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審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
審判 一部申し立て 2項進歩性  A23L
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  A23L
管理番号 1384207
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-24 
確定日 2022-03-02 
異議申立件数
事件の表示 特許第6847582号発明「液相と微生物細胞加工物を含む分散組成物、および酵母エキスを用いた調味料組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6847582号の請求項1ないし6、9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6847582号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜9に係る特許についての出願は、平成28年3月3日の出願であって、令和3年3月5日にその特許権の設定登録がされ、同年同月24日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許の請求項1〜6、9に対し、令和3年9月24日付けで特許異議申立人 森田 弘潤(以下、「申立人」という。)より、特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1〜9に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
以下、本件特許の請求項1〜9に係る発明を、請求項順にそれぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などといい、これらをまとめて「本件特許発明」ともいう。

「【請求項1】
液相と微生物細胞加工物とを含み、液相が微生物細胞加工物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物であって、
液相が水相および油相を含み、
液相100重量部に対し、微生物細胞加工物を1〜30重量部含み、
微生物細胞加工物が、酵母エキスを抽出した残渣であり、
カード状である、分散組成物。
【請求項2】
液相が香気成分を含有する、請求項1に記載の分散組成物。
【請求項3】
液相が水相および香気成分を含有する油相を含む、請求項2に記載の分散組成物。
【請求項4】
微生物細胞加工物が、酵母エキスを抽出した残渣にプロテアーゼおよび/またはセルラーゼを反応させた加工物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の分散組成物。
【請求項5】
加熱した、肉類、種実類または穀類の香りを有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の分散組成物。
【請求項6】
調味料組成物である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の分散組成物。
【請求項7】
プロリンを3.0重量%以上含む酵母由来の酵母エキスと菜種油との混合物を、105℃で30分間または120℃で60分間加熱して得られた加熱混合物を含む、食品に、ごままたは焼いた餅の香りを付与するための調味料組成物。
【請求項8】
プロリンを3.0重量%以上含む酵母由来の酵母エキスと菜種油との混合物を105℃で30分間または120℃で60分間加熱して加熱混合物を得る工程を含み、得られた加熱混合物を調味料組成物とする、ごままたは焼いた餅の香りを有する調味料組成物の製造方法。
【請求項9】
液相が、酵母エキスと植物油脂類との混合物を加熱して得られた加熱混合物、または請求項7に記載の調味料組成物である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の分散組成物。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、下記6に示す甲第1号証〜甲第12号証(以下、「甲1」などという。)を提出し、次の申立理由を主張している。

1 申立理由1(明確性要件)
本件特許発明1〜6、9に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が、以下の(1−ア)〜(1−ウ)の点で、特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当するから取り消すべきものである。

(1−ア)請求項1の記載において、「液相が微生物細胞加工物を分散剤として組成物中に分散されている」との記載が、本件特許明細書の記載及び甲3の記載を参酌しても不明確である。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様である。

(1−イ)請求項1の記載において、「カード状である」との記載が、甲4〜5の記載から理解できる一般的な意味との解釈とは異なり、どのような形状のものが該当するのか不明確である。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様である。

(1−ウ)請求項1の記載において、「酵母エキスを抽出した残渣」との記載が、経時的なプロセスを含み、プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するので、明確性要件を充足しないことは明らかであり、甲8のような酵母をまるごと分解した酵母調味料を含む分散組成物が、本件特許発明の技術的範囲に含まれるのか不明確である。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様である。

2 申立理由2(サポート要件)
本件特許発明1〜6、9に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が以下の(2−ア)〜(2−ウ)の点で、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当するから取り消すべきものである。

(2−ア)本件特許明細書の記載等を踏まえ、本件特許発明1〜6、9の技術的課題は、「酵母細胞加工物、特に酵母エキスの抽出残渣を分散剤として用いることで、室温で比較的長時間にわたり分散状態が安定に保たれ、かつ香りが失われにくい分散組成物を提供すること」と読み取ることができる。
しかしながら、本件特許明細書の実施例は、いずれも本件特許発明1〜6、9の構成自体に基づく効果を示すものとはいえない。

(2−イ)本件特許発明1〜6、9の課題は、上記(2−ア)のとおりであるところ、本件特許発明1の「微生物細胞加工物(酵母エキスを抽出した残渣)の種類及び調製方法に関し、仮に、本件特許明細書の実施例から、技術的課題に関連し何らかの作用効果を読み取れるとしても、本件特許発明1〜6、9に規定する範囲にまで、その効果を一般化・抽象化し得るとは認められない。

(2−ウ)本件特許発明1〜6、9の課題は、上記(2−ア)のとおりであるところ、本件特許発明1の「微生物細胞加工物」の配合量の数値範囲に関し、仮に、本件特許明細書の実施例から、技術的課題に関連し何らかの作用効果を読み取れるとしても、本件特許発明1〜6、9に規定する範囲にまで、その効果を一般化・抽象化し得るとは認められない。

3 申立理由3(実施可能要件
本件特許発明1〜6、9に係る特許は、その発明の詳細な説明の記載が以下の(3−ア)の点で、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当するから取り消すべきものである。

(3−ア)本件特許発明1は、「分散されている」、「カード状」及び「酵母エキスを抽出した残渣」という用語が不明確であるから、過度な試行錯誤を要することなく本件特許発明を実施し得ないことは明らかである。

4 申立理由4(新規性)・(進歩性
(4−1)本件特許発明1〜6、9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当するから取り消すべきものである。

(4−2)本件特許発明1〜6、9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲1に記載された発明及び公知の技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当するから取り消すべきものである。

5 申立理由5(新規性)・(進歩性
(5−1)本件特許発明1〜6、9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当するから取り消すべきものである。

(5−2)本件特許発明1〜6、9は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲2に記載された発明及び公知の技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当するから取り消すべきものである。

6 証拠方法
甲1:特開2012−231747号公報
甲2:Innovative Food Science and Em
erging Technologies,2014,Vol.2
3,p.164−170
甲3:新村 出編,広辞苑第六版,株式会社岩波書店,2008年1月1
1日,p.2509(分散)
甲4:新村 出編,広辞苑第六版,株式会社岩波書店,2008年1月1
1日,p.450(カード)
甲5:“カード(食品)”,[online],2015年10月18日
,ウィキペディア,[2021年9月13日検索],インターネッ
ト<URL:https://ja.wikipedia.org
/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83
%89_(%E9%A3%9F%E5%93%81)>
甲6:“ペースト”,[online],2015年9月15日,ウィキ
ペディア,[2021年9月15日検索],インターネット<UR
L:https://ja.wikipedia.org/wik
i/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%
E3%83%88>
甲7:“ドレッシング類の範囲”,[online],2015年10月
1日,全国マヨネーズ・ドレッシング類協会,[2021年9月1
4日検索],インターネット<URL:http://www.m
ayonnaise.org/dressing/>
甲8:“アロマウェイ(登録商標)”,[online],2020年9
月27日,興人ライフサイエンス株式会社,[2021年8月30
日検索],インターネット<URL:https://www.k
ohjinls.com/business/foodmater
ial/aromaway/>
甲9:“スプレッド(食品)”,[online],2015年10月6
日,ウィキペディア,[2021年9月15日検索],インターネ
ット<URL:https://ja.wikipedia.or
g/wiki/%E3%82%B9%E3%83%97%E3%8
3%AC%E3%83%83%E3%83%89_(%E9%A3
%9F%E5%93%81)>
甲10:編集部,「平成22年度食酢の研究業績」,醸協,2011年,
第106巻,第6号,p.376−409
甲11:松浦弘明,塩田誠,「GC/MSによる高脂肪食品中ラクトン類
の簡易定量」,分析化学,2017,Vol.66,No.10,
p.751−756
甲12:再公表特許WO2008/069173(平成22年3月18日
発行)

なお、甲5〜9は、電子的技術情報であるところ、その公知日は、申立人が証拠説明書において、インターネットアーカイブによる日付を主張したものである。
また、甲11は、本件特許出願後に公知となった文献であるが、証拠説明書において、甲11本文中で参照されている1979年の文献による技術常識とされている。

第4 本件特許明細書の記載
1 技術分野の記載
(本a)「【0001】
・・・本発明の分散組成物および調味料組成物は、食品に添加して用いることができる。本発明は食品製造等の分野で有用である。」

2 背景技術の記載
(本b)「【0002】
酵母エキスは、安全・安心な食品素材として、種々の食品において、特徴ある味作りのために使用されている。
【0003】
酵母エキスに代表される酵母由来物はまた、食品に使用される乳化剤や賦形剤として用いることも検討されてきている。例えば、特許文献1は、酵母エキスが有効成分である食品用乳化剤を提案する。ここでは実施例として、トルラ酵母のツニカーゼ処理エキス(ペプチド18%、RNA30%、食物繊維22.7%)とサラダ油とを混合し、ホモジナイザーで乳化したことが示されている。・・・
【0004】
他方、酵母エキスを適宜加工し、香りに関する各種の機能を発揮させることも検討されてきている。・・・
・・・
【特許文献1】特開2012−231747号公報」

3 発明が解決しようとする課題の記載
(本c)「【0006】
本発明者らは、酵母エキスおよび酵母細胞、特に酵母エキス抽出後の酵母残渣について種々の検討を行ってきた。その中で、酵母細胞においては、酵素処理および乳化剤の添加により、異臭・異味を低減できることを見出し、またそのようにして製造された酵母細胞加工物が、肉軟化効果や揚げ物の衣をサクサクさせる作用があることを見出していた(PCT/JP2015/082560、本願出願時には未公開)。そしてこのような作用は、酵母細胞の油と水との双方を保持する能力(高保水性、高保油性)によるものと考察され、新たな用途への利用が期待された。」

4 課題を解決するための手段の記載
(本d)「【0007】
今般、本発明者らは、酵母エキスと植物油脂類を混合加熱することで、動物性および油脂以外の植物性素材を用いることなく、ローストした様々な食品様の風味を有する調味料組成物が得られることを見出した。また、この液状の調味料組成物に、分散剤として酵母細胞加工物を添加して混合することで、液相が安定的に分散されたカード状(ペースト状または可塑性を有する半凝固状の分散物)を得た。そしてこのようなカードは、従来の乳化剤を添加して得られるエマルジョン組成物と比較して、香りが失われにくいという効果が期待できることも見出し、本発明を完成した。」

5 発明を実施するための形態の記載
(本e)「【0010】
・・・食品は、固形のもののみならず、飲料およびスープのような液状の経口摂取物も含む。また、そのまま摂取される形態のもの(例えば、調理済みの各種の食品、サプリメント、ドリンク剤)のみならず、食品添加物、発酵調味料組成物、飲料濃縮物も含む。・・・」

(本f)「【0011】
I.液相と微生物細胞加工物とを含む分散組成物
・・・
【0012】
[液相]
本発明の分散組成物は液相を含む。本発明において液相は、油相、水相またはそれらの混合相であり得る。液相は、食品、化粧品または医薬品として許容される成分からなる限り特に限定されない。液相には、種々の成分を含有させることができる。含有させることができる成分の例は、香気成分、呈味成分、天然香料、合成香料、調合香料、抽出物、色素成分、精油成分、栄養成分、その他保存料などの添加物等である。好ましい液相の例は、油溶性の成分を溶解した油相およびそのような油相と水相との混合物である。好ましい態様の一つにおいては、液相は、後述する酵母エキスと植物油脂類との混合物を加熱して得られた加熱混合物、またはそれを含む、食品に、加熱した肉類、種実類または穀類の香りを付与するための調味料組成物を含む。」

(本g)「【0013】
[微生物細胞加工物]
本発明の分散組成物は微生物細胞加工物を含む。微生物細胞加工物は、原料微生物細胞に対して、加熱、加圧、乾燥、圧縮、圧搾、抽出(低分子生体成分が取り除かれる)等の加工を施したものであり、電子顕微鏡で観察した場合には細胞の形が確認できるものが好ましいが、微生物細胞そのものではない。微生物細胞加工物は、・・・好ましくは、酵母細胞に由来する。・・・
【0014】
酵母細胞加工物が由来する原料酵母の例としては、食品製造のために用いられるものであれば、特に限定されない。例えば、酒酵母、ワイン酵母、ビール酵母等の慣用されている酵母を用いることができる。・・・酵母は、増殖性が良好であることから、パン製造に用いられているパン酵母、食料や飼料等の製造に用いられているトルラ酵母であることが好ましい。食経験が豊富であることから、サッカロマイセス(Saccharomyces)に属する菌やキャンディダ(Candida)に属する菌であることがより好ましい。・・・特に好ましい態様の一つにおいては、酵母細胞加工物が由来する原料酵母は、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)またはキャンディダ・ユーティリス(Candida utilis)である。
・・・
【0016】
酵母細胞加工物は、酵母エキス抽出残渣であってもよい。ここで、酵母エキス抽出残渣とは、酵母から酵母エキスを抽出した後に残ったものをいう。酵母エキスの抽出方法は特に限定されず、熱水処理法、自己消化法、酵素分解法等の抽出方法が挙げられる。酵母エキス抽出残渣からは、通常、主に細胞内部に存在する低分子の生体成分の一部が取り除かれている。
【0017】
好ましい態様の一つにおいては、酵母細胞加工物は、酵母細胞に、プロテアーゼおよび/またはセルラーゼを反応させたものであり、さらに好ましくは、酵母エキス抽出残渣にプロテアーゼおよび/またはセルラーゼを反応させたものである。理論に拘泥するものではないが、発明者らは、酵母細胞にプロテアーゼを反応させることにより、酵母細胞壁表層のタンパク質を切断するとともに、そのタンパク質に付着している異臭の原因物質である低級アルコール等が除去されることにより、異臭が除去され、酵母細胞加工物の風味が改善されるものと推測している。また、理論に拘泥するものではないが、発明者らは、酵母細胞にセルラーゼを反応させることにより、酵母細胞の細胞壁を構成する多糖類を切断するとともに、細胞壁に結合している異臭の原因物質である低級アルコール等が除去されることにより、酵母細胞加工物の風味が改善されるものと推測している。
・・・
【0022】
好ましい態様の一つにおいては、酵母細胞加工物は、プロテアーゼおよび/またはセルラーゼを酵母細胞に反応させる工程の前または後に、乳化剤で処理されたものである。理論に拘泥するものではないが、発明者らは、酵母細胞に乳化剤を添加することにより、苦味、渋み、えぐ味等の異味の原因物質である疎水性アミノ酸等が、水洗浄中に洗い流されやすくなり、酵母細胞加工物においてこれらの異味が低減されるものと推測している。
・・・
【0024】
特に好ましい態様の一つにおいては、酵母細胞加工物に含まれる酵母細胞は原料酵母の形状の特徴を残しており、具体的には楕円球体であり、その長径は、2〜10μmであり、好ましくは3〜6μmである。また特に好ましい態様の一つにおいて、酵母細胞加工物の成分は、タンパク質含有量が25重量%以上であり、β−グルカン含有量が10重量%以上であり、食物繊維含有量が25重量%以上であり、さらに(RNAを含む)核酸含有量が5重量%以下である。
【0025】
微生物細胞加工物は、タンパク質と食物繊維が豊富であり、セルロース系食品添加物と植物タンパク質食品の双方の性質を有しうる。そのため高い保水性と高い保油性とを有し、両親媒性であり、油性のものも水性のものも安定的に分散できると考えられる。また微生物細胞加工物は、原料となる細胞自体とは異なり、最表層の一部が加工処理により破壊され、通常は細胞内にある部分が細胞外に露出していると考えられる。具体的には、酵母細胞加工物の場合は、最表層にあるマンナン層の一部が除去されており、グルカン層が一部露出していると考えられる。そのため微生物細胞加工物に含まれる細胞内には細胞外から成分が流入可能であり、その結果細胞外からの香気物質等を封じ込めるという、一種のカプセル様の機能を有すると考えられる。微生物細胞加工物は、この機能によっても各種成分を安定的に保持・分散できると考えられる。」

(本h)「【0026】
[配合、分散、分散組成物]
液相と微生物細胞加工物との配合比は、組成物全体が均一な外観を有し、かつその状態が安定である限り、特に限定されない。例えば、液相100重量部に対して微生物細胞加工物を、7重量部以上配合することができ、8重量部以上配合することが好ましく、9重量部以上配合することがより好ましく、10重量部以上配合することがさらに好ましい。これより少ない場合、分散はできても長期間の保存において安定でない場合がある。微生物細胞加工物の配合比の上限は経済的な観点等からも定めることができるが、液相100重量部に対して30重量部以下とすることができ、25重量部以下とすることが好ましく、20重量部以下とすることがより好ましく、18重量部以下、15重量部以下、または11重量部以下とすることがさらに好ましい。これより多い場合、組成物中の液相が相対的に少なくなり、液相の機能を十分に発揮できない可能性があるからである。
・・・
【0028】
得られた組成物においては、微生物細胞加工物の作用により、液相が組成物中に分散されている。分散されているとは、微細に散らばって存在している状態をいい、分散されていることは組成物全体の外観が均一であることから分かる。上述の様に配合され、調製された分散組成物は、各種の形態であり得るが、典型的には、半固形状(カード状)である。
【0029】
本発明の分散組成物は、安定であることが好ましい。分散組成物が安定であるとは、一定条件で、例えば室温で1日、好ましくは室温で1週間、より好ましくは室温で1か月の条件で、外観に変化がないこと(すなわち、液相と微生物細胞加工物との分離が起こらないこと)をいう。
【0030】
一般に、油溶性の成分はそのままでは水性の対象に配合することが困難であるが、本発明の分散組成物とすることにより、水性の対象においても安定に配合できることとなる。また後述するように、微生物細胞加工物に含有される微生物細胞内に液相が流入していると考えられる場合には、液相に含有される成分が細胞内に保持されることにより、より安定で持続的な機能を対象に付与できると考えられる。」

(本i)「【0032】
II.食品に、加熱した肉類、種実類または穀類の香りを付与するための調味料組成物
・・・
【0047】
本発明により提供される、加熱した肉類、種実類または穀類の香りを付与するための調味料組成物は、従来技術と比較し、酵母エキスの配合比が低いにも関わらず、十分な香りを有する。また酵母エキスと植物油脂類のみから、肉類、種実類または穀類の香りを生じさせるものである。本発明を用いることにより、好ましい香りを有する食品を得ることができることに加え、格段に原料費を低減させることができ、さらには廃棄物を減量することにもつながると期待できる。」

6 実施例の記載
(本j)「【0048】
[実験例1:プロリン高含有酵母エキスの製造]
プロリン高含有酵母エキスについては、以下の通り製造した。
日本たばこ産業株式会社の製パン用酵母・・・。・・・プロリンを高蓄積する株AZC66−21を得た。
AZC66−21株を・・・。・・・固形分分離を行うことで、プロリン高含有酵母エキスを得た。
【0049】
そのようにして製造したプロリン高含有酵母の遊離アミノ酸組成を表1に示す。
・・・
【0051】
[実験例2:各種酵母エキスを使用した、調味料組成物の製造]
酵母エキスとして、実施例1で製造したプロリン高含有酵母エキスおよび表2に記載の酵母エキスを準備した。
・・・
【0053】
それら酵母エキスを7.5重量部用い、植物油(菜種油)70重量部および水22.5重量部に混合し、混合液体を得た。そのようにして得られた混合液体を105℃で30分或いは120℃で60分間加熱し、調味料組成物を得た。さらに水溶液部と油部に分離し、分離した油部を湯100重量部に対し5重量部浮かべ、熟練したパネラー3人により香りを確認し、好ましいと感じた香りを○、やや好ましい香りを△、不快に感じた香りを×として表した。その結果を表3に示す。
・・・
【0055】
表3に示した通り、プロリン高含有酵母エキス、およびトルラ酵母エキスである市販酵母エキスAを用いた場合に、焼いた畜肉様香や焙煎したごまなどの加熱した食品様の好ましい香気が生じた。
【0056】
[実験例3:事前加熱処理酵母エキスを使用した、調味料組成物の製造]
酵母エキスとして、プロリン高含有酵母エキスおよび市販酵母エキスAをそれぞれ等量の水に溶解し、さらに1.4重量部の果糖ブドウ糖液糖を添加混合し100重量部とした。溶解物は105〜110℃で30分加熱処理した後、真空乾燥にて乾燥・粉末化し事前加熱処理酵母エキスを得た。それら事前加熱酵母エキスを用い、実施例2と同様に調味料組成物を得た。同様に油部と水部に分離し、香りを確認した。その結果を表4に示す。
・・・
【0058】
表4より、一度加熱処理を行った酵母エキスをさらに食用植物性油脂と混合して加熱した場合には、ローストした食品様の香りはさらに強く呈することが明らかになった。さらに、一度加熱処理を行った酵母エキスにおいては、菜種油およびパーム油のどちらにおいても好ましい香りを呈した。」

(本k)「【0059】
[実験例4:乳化方法の検討1]
実験例3と同様に、市販酵母エキスAおよびプロリン高含有酵母エキスをそれぞれ水に溶解、果糖ブドウ糖液糖を添加し、110℃で30分加熱した後、真空乾燥にて乾燥・粉末化し、事前加熱処理酵母エキスを2種類得た。そのようにして得られた事前加熱処理酵母エキス2種類を各2重量部と、パーム油45重量部、および水47重量部を混合し、混合液体物を得た。そのようにして得られたる混合液体物を、110℃で30分間加熱した。得られた焼いた肉様の香りを有する加熱混合物を80℃程度まで冷却したのち、乳化剤(シュガーエステルP−1570(三菱化学フーズ社))を3重量部添加し、乳化機により3000rpm・5分間の乳化処理を行った。しかし、安定した乳化には至らず、また、乳化により香気が低減した。
そこで、酵母エキスおよびパーム油の量は変えず、添加する乳化剤の量を3重量部、5重量部、7重量部、10重量部と増加させ乳化を試みたが、安定した乳化には至らなかった。
【0060】
[実験例5:乳化方法の検討2]
さらに、種々の乳化剤の効果について検討した。表5に記載された各種乳化剤を、実験例4で製造した加熱混合物を冷却したもの97重量部に3重量部添加し同様に乳化を試みた。しかし、どの乳化剤を用いてもなお、安定した乳化物は得られなかった。」

(本l)「【0062】
[実験例6:酵母細胞加工物の製造]
(製造)
酵母細胞加工物を、以下のように製造した。
原料酵母細胞としては、パン酵母から熱水抽出法によって酵母エキスを抽出することによって生じた酵母エキス残渣(以下では、単に酵母細胞ということがある。)を使用した。まず、酵母細胞に、HLB値が4.1であるグリセリン脂肪酸エステル(SUNSOFT No.8000V、太陽化学社製)を、酵母細胞(湿潤重量)を基準として、0.05重量%添加した。続いて、酵母細胞を90〜92℃で30分間処理し、滅菌した。続いて、冷却後、pHを7.0に調整した。続いて、バチルス・アミロリクエファシエンス由来のエンド型プロテアーゼを、酵母細胞(固形分)1gあたり210ユニット添加し、50℃で6時間反応させた。続いて、酵母細胞を80℃で20分間処理し、酵素を失活させた。続いて、酵母細胞を冷却後、水洗浄を3回行い、ドラム型乾燥機により乾燥させた。続いて、乾燥物を破砕し、50メッシュパスの粉末として、酵母細胞加工物を得た。
【0063】
次に、得られた酵母細胞加工物の成分分析、電子顕微鏡観察、ならびに保水率および保油率の測定を行った。
【0064】
(成分分析)
上記で得た酵母細胞加工物の成分分析を行った。分析結果を下表に示す。水分含量は、105℃、3時間の乾燥条件における常圧乾燥重量法により測定した。固形分は、100(%)から水分含量(%)を減じることにより算出した。塩分は、電位差滴定法により測定した。
総窒素量は、ケルダール法により測定した。タンパク質含量は、総窒素量に6.25を乗じることにより算出した。脂質含量は、ソックスレー抽出法により測定した。灰分量は、直接灰化法により測定した。β−グルカン含量は、酵素法により測定した。食物繊維含量は、酵素−重量法により測定した。
【0065】
【表6】

【0066】
(電子顕微鏡観察)
酵母細胞加工物の形態を電子顕微鏡により観察した。具体的には、イオンスパッタ(型番「E−1010」、日立社製)の試料台に走査型電子顕微鏡用カーボン両面テープ(カタログ番号「7322」、日新EM社製)で試料(酵母細胞加工物)を接着し、10Pa、イオン電流15mAの条件で2分間放電して、試料をコーティングした。続いて、走査型電子顕微鏡(型番「S−3000N」、日立社製)を用いて、高真空モード、加速電圧15kVの条件でコーティングした試料を観察した。図1は、試料の電子顕微鏡写真(倍率500倍)である。図1において、粒状に見えるものがそれぞれ酵母の細胞である。その結果、酵母細胞加工物には、細胞の形が残っていることが明らかとなった。
【0067】
(保水率の測定)
酵母細胞加工物の保水率を測定した。また、対照として、粉末セルロース(商品名「KCフロック」、日本製紙ケミカル社製)、結晶セルロース(商品名「セオラスDX−2」、旭化成ケミカルズ社製)、大豆たんぱく質(商品名「フジプロ−FR」、不二製油株式会社製)の保水率も測定した。
【0068】
保水率は次のようにして測定した。まず、水分含量10%以下である乾燥試料は10g、水分含量が10%より高いペースト状試料は30g量りとり、100mLの熱水を添加した。続いて、試料を20分間静置し、十分吸水させ、室温まで冷却した。続いて、試料を1000×gで5分間遠心分離し、上清を除去した。続いて、得られた沈殿の湿潤重量を測定した。続いて、得られた沈殿を105℃で4時間乾燥させ、乾燥重量を測定した。続いて、以下の式により、保水率を算出した。測定結果を表12に示す。
保水率(%)=沈殿の湿潤重量(g)/沈殿の乾燥重量(g)×100
【0069】
(保油率の測定)
酵母細胞加工物の保油率を測定した。また、対照として、粉末セルロース(商品名「KCフロック」、日本製紙ケミカル社製)、結晶セルロース(商品名「セオラスDX−2」、旭化成ケミカルズ社製)、大豆たんぱく質(商品名「フジプロ−FR」、不二製油株式会社製)の保油率も測定した。
【0070】
保油率は次のようにして測定した。まず、各試料を2.5g量りとった。これに適量のサラダ油を添加し、ボルテックスミキサーで懸濁した。続いて、試料を1400×gで15分間遠心分離し、上清を除去した。続いて、得られた沈殿の湿潤重量を測定した。続いて、以下の式により、保油率を算出した。測定結果を表12に示す。
保油率(%)=沈殿の湿潤重量(g)/サンプル重量(g)×100
【0071】
【表7】



(本m)「【0072】
[実験例7:酵母細胞加工物による安定分散化の検討]
実験例4で製造した加熱混合物を冷却したもの87重量部に対し、食塩2重量部、実験例6で製造した酵母細胞加工物を11重量部添加し、撹拌しながら25度まで緩慢冷却した。その結果、カード(半固形物、カード1)を得ることができた。また、そのようにして得られたカードは、5人のパネラーで香気力価を確認したところ、乳化剤を用いて製造した不安定な乳化物に比べ、香り立ちが格段によく、香気力価が高いものであった。また、香気だけでなく味質面でも、液部が油脂部と混在している事により、マイルドに低減される事無く、特有の肉様味質を保持していた。
【0073】
同様に、下表の重量比でカード2および3を調整した。
【表8】

【0074】
得られたカードを室温で静置し、1日後、1週間後、1か月後に香気力価を確認した。結果を表7に示す。得られたカードは、室温で長時間にわたり分散状態が保たれ、香気力価にも変化がなく、安定であった。
【0075】
【表9】

【0076】
なお、カード1の写真を図2に示した。図2左は、製造直後の写真であり、中はそれをパウチに入れた状態の写真、右はパウチに入れた物の三週間経過後の写真である。
【0077】
[ロースト風味調味料の食品への配合例(香味油脂顆粒製造例)]
プロリン高含有酵母エキスと菜種油を用い、105℃、30分の加熱により、実験例2と同様に加熱混合物を得た。得られた加熱混合物を用い、・・・。・・・得られた顆粒状油脂を熱湯に溶かし、5人のパネラーで官能評価を行った。
・・・
【0079】
その結果、ごま油を用いない添加群においても、ごま様の香りを有する、香味油脂顆粒を得ることができた。このように、代替としてごまの様な香りを持つ調味料組成物を用いることにより、同等の風味の製品を作成することができ、またごまアレルゲンフリーの製品とすることもできる。
【0080】
[香気含有液の酵母細胞加工物による分散物の食品への配合例(ハンバーグ調製例)]
実験例7で製造したカード1を用い、下表の配合比でハンバーグを製造した。
・・・
【0082】
カードを用いることにより、加熱調理・喫食時に良好な風味の生じるハンバーグを作成することができた。これより、牛肉等原料の削減によるコストダウンが期待できる。」

(本n)「【図1】

【図2】



第5 甲号証に記載された事項
1 甲1の記載事項
(甲1a)「【請求項1】
酵母エキスが有効成分である食品用乳化剤。」

(甲1b)「【背景技術】
【0002】
マーガリンやマヨネーズなど油中に水滴をあるいは水中に油滴を均一に分散させて得る食品の製造には乳化技術が欠かせない。」

(甲1c)「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、食品添加物以外で、アレルゲン性が低く、安全性の高い、新規な天然由来の乳化剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意研究の結果、特定の組成を有する酵母エキスに乳化剤の効果があることを見出した。
・・・
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、酵母を原料として、複雑な精製工程や長時間の加熱工程を経ずに、食品用乳化剤として用いうる酵母エキスを取得できる。酵母エキスは植物由来の一般の食品であり、この酵母エキスからなる乳化剤を、乳化が必要となる食品に添加することで、アレルゲン性が低く、安全性の高い乳化物を得ることができる。」

(甲1d)「【0020】
<製造例>
キャンディダ・ユティリスCs7529株(FERM BP−1656株)の10%菌体懸濁液1000mlを10N−硫酸でpH3.5に調整し、60℃、30分間加熱処理した後、遠心分離で菌体を回収し、菌体を水で洗浄し硫酸や余分な抽出物を除去した。本菌体を水で菌体濃度10%に調整、懸濁した後、90℃、30分間加熱し、菌体内酵素を完全に失活させ、40℃、pH7.0に調整し、細胞壁溶解酵素(ツニカーゼ大和化成製)0.5gを加え4時間反応し、エキスを抽出した。遠心分離により菌体残さを除去し、得られた上澄液を濃縮、スプレードライし、酵母エキス粉末30gを得た。得られた酵母エキス1は、ペプチド含量18.7重量%、RNA含量30.4重量%、食物繊維含量22.7重量%であった。
【0021】
<実施例1> 乳化作用評価
表1に示す配合割合で水に酵母エキス1(ペプチド含量18.7重量%、RNA含量30.4重量%、食物繊維22.7重量%)を添加し、サラダ油を添加し、ホモジナイザー(IKA LABORTECHNUK T25basic)によって10000rpm1分処理することにより乳化物を得た。
【0022】
【表1】



2 甲2の記載事項(訳文で示す)
(甲2a)「使用済み醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)からのβ−グルカンとマンノプロテインのさらなる抽出及び、得られたマンノプロテインのマヨネーズの安定剤としての使用。」(164ページ表題)

(甲2b)「要約
この研究の目的は、使用済み醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁からβ−グルカンとマンノプロテイン(MP)の両方を抽出する新しい方法、特に、β−グルカンを抽出するための非分解手順の追加ステップによるMPの取得の実行可能性を評価することである。」(164ページ要約の1〜3行)

(甲2c)「2.3.β−グルカンとMPの抽出
β−グルカンの抽出方法は、以前に記載された手順(Magnani他、2009)にしたがいつつ、タンパク質分解に使用される酵素に変更を加えた[Protamex酵素(Novozymes(登録商標)、ラテンアメリカLtda、パラナ、ブラジル)を、Protemax(Prozyn(登録商標)、Bio Solutions for Life、サンパウロ、ブラジル)に置き換えた]。簡単に説明すると、自己消化した醸造用酵母スラリーの不溶性物質をリン酸ナトリウム緩衝液(30%w/v;0.02Mリン酸ナトリウム緩衝液、pH7.5)で希釈し、オートクレーブ内で121℃(1.5atm)に4時間加熱し、蒸留水で3回洗浄した(4500×g、室温で7分間)。β−グルカンを抽出するために、超音波処理(20kHz;150W;6分)、石油エーテルを使用した脂質抽出(還流下で2時間)、及び酵素Protemax(登録商標)N200を使用したタンパク質分解(55℃及びpH7.5で5時間;20%水性懸濁液中の細胞壁1gあたり0.4U)を実施した。タンパク質分解後、不溶性残留物を蒸留水で5回洗浄し、可溶性タンパク質を遠心分離(4500×g、室温で5分間)により除去して、β−グルカンのみを得た。不溶性残留物を透析し(頻繁に水を交換しながら穏やかに攪拌しながら蒸留水に対して48時間)、−20℃で凍結し、凍結乾燥した。
MPを抽出するために、自己消化サンプルの最初の遠心分離後の上清を収集し、無水エタノールを加え(3:1)、混合物を4℃で18時間維持してMPを沈殿させた。沈殿物を遠心分離により得、無水エタノール(4500×g、5分、10℃)で洗浄し、透析し(頻繁に水を交換しながら穏やかに攪拌しながら蒸留水に対して48時間)、凍結乾燥した。
得られたβ−グルカンとMPを密閉した金属化BOPPバッグに詰め、10℃、25℃又は40℃で28日後、一定の重量が得られるまで105℃で乾燥することにより、β−グルカンとMPの残留水分を測定した。自己消化速度とβ−グルカン及びMPの収量は、使用済み細胞の初期重量に対する乾燥重量に基づいて計算した。」(165ページ右欄6〜36行)

(甲2d)「2.5.MPの乳化活性及び安定性アッセイ
MPの乳化活性は、Martinez−checa、Toledo、Mabrouki、Quesada、及びCalvo(2007)の記載に沿って評価した。以前に報告されている酵母MPの濃度(0.5g/100g)を使用して、上下に変更してMP濃度の範囲を調べた。5mLの水、5mLの市販大豆油、及び0.8g/100g濃度(A);0.6g/100gの濃度(B);0.4g/100gの濃度(C);又は0.2g/100gの濃度(D)のMPの混合物を9500×gで1分間(室温で)撹拌し、次に、得られたエマルジョンを目盛り付きチューブで遠心分離(3500×g、5分、25℃)した。乳化活性(EA)は、溶液の総体積(油、水、MPの混合物によってチューブ内で得られたもの)と形成されたエマルジョンの体積(全体積がエマルジョンに変換された状態が乳化活性100%を意味する)を考慮して(パーセントで)決定した。得られた乳濁液(SA)の安定性は、形成された乳濁液を80℃で30分間加熱し、流水で10分間冷却した後、さらに遠心分離(3500×g;25℃;30分)することによって決定した。SAは、最初に観察されたエマルジョンの量との関係で、目盛り付きチューブ内のエマルジョンの最終的な量(加熱、冷却及び遠心分離後)を考慮して(パーセントで)決定した。」(166ページ左欄15〜34行)

(甲2e)「2.6.MPで製造したマヨネーズの化学組成と安定性評価
マヨネーズ組成物は、参考として最高の乳化及び安定化特性を示したMP濃度(0.8gのMP/100gのエマルジョン)を使用して調製した。Dikit、Musikasang、及びH−kittikun(2010)によって記述された手順にしたがって、0.6gのMP/100gのエマルジョン(MP1)、0.8gのMP/100gのエマルジョン(MP2)及び1.0gのMP/100gのエマルジョン(MP3)の濃度のMPを使用して、3つのマヨネーズ組成物を調製した。マヨネーズの調製に使用した原材料は、大豆油(65g/エマルジョン100g)、低温殺菌卵粉末(5g/エマルジョン100g)、酢(4g/エマルジョン100g)、砂糖(2g/エマルジョン100g)、塩(1.5g/エマルジョン100g)及び水(22.5g/エマルジョン100g)である。調製したマヨネーズ組成物の安定性、色、pH、化学組成を確認するためのアッセイは、1日(調製後24時間の製品)、14日、28日間の冷蔵(7℃)後に行い、MPの代わりにキサンタンガム(0.1g/エマルジョン100g、コントロール)を使用して調製したマヨネーズ組成物と比較した。各保存期間について、各マヨネーズ組成物を80℃で30分間加熱し、流水で冷却し(約10分)、遠心分離した(3500×g;30分;25℃)。エマルジョンの安定性は、Martinez−checa他(2007)(2.5項目の詳細を参照)に記載された手順にしたがって、加熱、冷却、及び遠心分離の前後のエマルジョンを比較することによって決定した。色分析は、ミノルタ(CR−300、ミノルタ、マフア、ニュージャージー、米国)デジタル比色計を使用して行い、CIELABシステムパラメーターを測定した(Mun他、2009)。化学組成(水分、灰分、脂肪、タンパク質、炭水化物)とpHは、AOAC(2005)に記載されている方法にしたがって決定した。評価されたすべてのパラメーターについて、マヨネーズ組成物は3つの異なる反復実験で評価し、すべての分析は3回実行し、結果は反復の平均として表示した。」(166ページ左欄35行〜右欄6行)

(甲2f)「3.4.MPの乳化特性
MPの乳化活性(EA)は、MP濃度の増加とともに増加し、0.8gのMP/100gのエマルジョンで最高のEAが得られた。ただし、この挙動は、対応する安定化活性では観察されなかった(表2)。」(168ページ右欄6〜10行)

(甲2g)「3.5.MPで調製したマヨネーズの保存中の化学組成、pH、安定性、色
・・・MP1、MP2、及びMP3組成物の安定性は、評価された冷蔵保存期間中に増加した(P≦0.05)。これは、14日までの安定性の増加が観察されたXG組成物では観察されなかった(表3)。この挙動は、MPで観察された高い安定化活性に起因する可能性が最も高い(表2)。しかしながら、異なる濃度のMPを含むマヨネーズ組成物の安定性に違いが見られなかったため、pHや冷蔵温度などの他の要因も観察された安定性に影響を与える可能性がある。以前の研究では、醸造用酵母のMPは、さまざまなpH値と塩濃度で安定したエマルジョンを形成することが示され(Barriga他、1999;Cameron他、1988)、pHは、タンパク質を使用して調製されるエマルジョンの安定化の最も重要な制限要因の1つとして挙げられている(Guo&Mu、2011)。冷蔵温度も、エマルジョンの望ましい特性を維持するための重要な要素として位置づけられている(Magnusson、Rosen、&Nilsson、2011)。優れた安定剤は、水相と油相の結晶化を防ぐ必要があり、結晶のサイズによっては、システムが不安定になる可能性がある(Ghosh&Coupland、2008)。おそらく、MPの特性はエマルジョンの一貫性を改善し、脂肪滴の合体を遅らせる。」(168ページ右欄25行〜169ページ左欄28行)

(甲2h)「表3
連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテインを使用して調製された、28日間の冷蔵保存中に観察されたマヨネーズ組成物の安定性。
(表略)
MP1:0.6gのマンノプロテイン/100gのマヨネーズ;MP2:0.8gのマンノプロテイン/100gのマヨネーズ;MP3:1.0gのマンノプロテイン/100gのマヨネーズ;XG:0.1gのキサンタンガム/100gのマヨネーズ。a−c各試行について、同じ行にある異なる上付き小文字は、Tukeyの検定による平均値間の差(p≦0.05)を示す。」(168ページ右欄表3の表題及び注釈)

(甲2i)「4.結論
上記に提示された結果は、いくつかの工業的発酵後に廃棄されたS.uvarumの細胞壁から、β−グルカンとMPの両方を高収率及び満足のいく純度で得る提案された追跡抽出法の実現可能性を示した。得られたMPは、興味深い乳化及び安定化特性を示し、マヨネーズ組成物でXG(キサンタンガム)を置き換えるために使用しても、冷蔵保存中の製品の官能特性に悪影響はなかった。これらの発見は、食品、特にマヨネーズなどのソースに使用される合成乳化剤/安定剤に代わる食品産業の代替としてこのタンパク質を適用することを示唆している。」(169ページ右欄32〜42行)

3 甲3の記載事項
(甲3a)「・・・【分散】・・・ある物質が、他の均一な物質の中に微粒子状になって散在する現象。・・・【分散系】・・・ある物質の微粒子が気相、液相または固相の中に散在している系。この粒子を分散質または分散相、媒質を分散媒という。・・・分散媒が気体の場合をエアロゾル、液体の場合をエマルション(粒子が液体)あるいはサスペンション(粒子が固体)という。」(2509ページ3段〜4段)

4 甲4の記載事項
(甲4a)「カード【curd】乳が酸や酵素の作用で凝固したもの。チーズやヨーグルトの製造過程でできる。凝乳。」(450ページ2段)

5 甲5の記載事項
(甲5a)「ウィキベディア
カード(食品)
・・・
カード(・・・)は、牛乳や山羊、水牛などの乳に、酸やキモシンなどの酵素を作用させてできる凝固物のこと[1]。フレッシュチーズの一種であり、カッテージチーズ、南アジアのパニール、ドイツのクワルクなどを含む。チーズの原料とするほか、そのまま食べることもある。
・・・
カードを使った食品」(1/2ページ)

(甲5b)「

」(1/2ページの写真を横に並べて掲載)

6 甲6の記載事項
(甲6a)「ウィキベディア
ペースト
・・・
ペースト(paste)は、流動性と高い粘性のある物質。多くは懸濁した分散系である。
・・・
食材
・・・
味噌や各種の醤、サンバルやチャツネ、ハリッサ、ワカモレなど一部のソース類、バター、ギーなど一部の油脂類、各種ジャムやスプレッド類、練りごまなど、調味料にはペーストの形をとるものが多い。
・・・
脚注
1.・・・原義である。」(1/2ページ)

(甲6b)「

」(1/2ページの写真を横に並べて掲載)

7 甲7の記載事項
(甲7a)「全国マヨネーズ・ドレッシング類協会
・・・
ドレッシング類の範囲
・・・
「ドレッシング」は、食品表示法に基づく「食品表示基準」(平成27年内閣府令第10号)で定義されており、大きく3つに分けられます。1つ目は、「半固体状ドレッシング」といって、固体でも液体でもない一定の粘度(とろみ)をもったものです。この半固体状ドレッシングは、さらに「マヨネーズ」、「サラダクリーミードレッシング」、「その他の半固体状ドレッシング」の3種類に分けられます。サラダクリーミードレッシングやその他の半固体状ドレッシングは、見た目はマヨネーズに似ていますが、使用できる原材料や食用植物油脂の重量割合が異なります。・・・2つ目は「乳化液状ドレッシング」、3つ目は「分離液状ドレッシング」です。
・・・

・・・
・・・平成19年に公正取引委員会の認定を受けました。この規約・規」(1/2ページ)

8 甲8の記載事項
(甲8a)「・・・興人ライフサイエンス株式会社
・・・

・・・
・・・お問い合わせ」(1/2ページ)

9 甲9の記載事項
(甲9a)「ウィキベディア
スプレッド(食品)
・・・
スプレッド(Spread)とは、パンやクラッカーなどに塗る「塗り物」のこと。
・・・
主なスプレッド
・・・
■師管液(樹液など)に由来するもの」(1/2ページ)

10 甲10の記載事項
(甲10a)「当該食酢中の主要成分は酢酸(45.591%),3−ヒドロキシブタノン(24.408%),フルフラール(21.522%),ピラジン(1.072%),乳酸エチル(1.031%),β−フェニルエチルアルコール(0.473%)などであった。」(391ページ右欄9〜13行)

11 甲11の記載事項
(甲11a)「ラクトン類は,フルーティーで甘い風味を特徴とする香気成分である.バターやチーズ,発酵乳などの乳製品に広く存在する,乳の風味を形成する重要な香気成分であり,その含有量や組成比の違いにより食品の風味を特徴付けている.ラクトン類は乳脂肪感を与える主要成分であることから,バター様の乳風味を有するマーガリン類への添加が行われている1).」(751ページ左欄2〜8行)

(甲11b)「文献
1)中澤君敏:“マーガリン ショートニング ラード”,p.250(1979),(光琳).」(755ページ右欄下から2行〜756ページ左欄1行)

12 甲12の記載事項
(甲12a)「【技術分野】
【0001】
・・・
本発明は、調味料の製造方法に関し、より詳細には、酵母エキスと、糖類及び/又は核酸関連物質とを用いて、良好なローストミート様の風味を有する調味料の製造方法並びに当該方法により製造される調味料等に関する。」

第6 当審の判断
当審は、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、上記第3に概要を示した申立理由によっては、取り消すことはできないと判断する。
その理由は以下のとおりである。
なお、以下、第4及び第5の本件特許明細書及び甲号証の記載事項については、単に(本a)や(甲1a)などと記載する。

1 申立理由1(明確性要件)について
(1)(1−ア)について
ア 申立人の主張
申立人の主張は、請求項1の「液相が微生物細胞加工物を分散剤として組成物中に分散されている」が、本件特許明細書の「分散されているとは、微細に散らばって存在している状態をいい、分散されていることは組成物全体の外観が均一であることから分かる。」(上記(本h)【0028】)の記載及び甲3の「分散」についての記載(上記(甲3a))を参酌しても、「液相」が「分散質(分散相)」、「組成物」が「分散媒」と位置づけられ、例えば「液体の微粒子が液相又は固相の組成物中に分散している」のような記載ではないため不明確であり、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様であるというものである。

イ 判断
請求項1の上記記載は、申立人が示す一般的な意味と整合しており、不明確なところはなく、本件特許明細書に定義されたとおりのものとして明確である。
申立人はさらに、仮に、「液体の微粒子が液相又は固相の組成物中に分散している」状態を意味していると解釈しても、上記(本d)の従来技術の乳化に関する記載、上記(本k)の実験例4及び5の乳化方法の検討について記載及び上記(本m)の実験例7の乳化剤を用いた場合と比較した記載から、本件特許明細書には、「分散」と「乳化」が明らかに区別して記載されている場合もあるため、「乳化」が「分散」に含まれるか否かが明確でなく、上記(本b)【0003】の従来技術の酵母エキスに関する記載のとおり、微生物細胞加工物は乳化剤としても広く利用されているものであるから、不明確であることによる第三者への萎縮効果は非常に大きいと考えられると主張しているが、本件特許明細書の記載は、申立人が示した記載箇所を検討しても、「乳化剤」、「分散剤」との用語が存在しているだけで、「分散」と「乳化」とを異なる技術的事項として区別しているとはいえず、特段の関係を示す記載がない以上、技術常識に基づき、「乳化」は、請求項1に記載の「分散されている」に含まれると整理でき、明確である。また、本件特許明細書には、微生物細胞加工物が乳化剤として広く利用されているとは記載されていない。
よって、上記(1−ア)の主張は採用できない。

(2)(1−イ)について
ア 申立人の主張
申立人の主張は、請求項1の「カード状である」について、甲4〜5の「カード」についての記載(上記(甲4a)、(甲5a)〜(甲5b))から「固形状」のものを指していると理解できるのに対し、本件特許明細書では、「カード状」について、「カード状(ペースト状または可塑性を有する半凝固状の分散物)」(上記(本d))、「半固形状(カード状)」(上記(本h)【0028】)及び「カード(半固形物、カード1)」(上記(本m)【0072】)と記載され、上記(本m)【0076】及び(本n)【図2】にカード1の写真が示されているが、甲6の「ペースト」についての記載(上記(甲6a)〜(甲6b))も参照すると、「固形状」という一般的な意味とは異なり、本件特許明細書の上記記載を参照しても、「カード状」の定義が一貫しておらず、どのような形状のものが該当するのか不明確であり、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様であるというものである。

イ 判断
請求項1の「カード状である」は、上記甲4〜5に示される「カード」そのものを意味していないことは明らかであり、カードのような状態を意味していると理解できるが、その状態は一義的に定まるとはいえないので、本件特許明細書の記載を参照すると、申立人が示すとおり、「ペースト状または可塑性を有する半凝固状の分散物」、「半固形状」及び「半固形物」と記載されている。
そして、これらの記載を総合すると、当業者であれば、「カード状」との記載の技術的意味は明確で、液状や固形状ではない、ペースト状や半固形状のものであることが理解できるといえるから、請求項1の「カード状である」との記載は明確である。
申立人は、「液体にかなり近い形状の流動性を有するペースト状」のものも「カード状」に含まれると解釈すれば、液体状と識別するために特定の粘度で下限を規定するべきであるが、そのような定義もないと主張しているが、当業者であれば、「ペースト状または可塑性を有する半凝固状の分散物」との記載から、技術的意味や発明の範囲は理解できるし、技術的意味の不明確な「液体にかなり近い形状の流動性を有するペースト状」なるものが含まれると解釈することはなく、液体状とペースト状とは区別されているといえる。
申立人はさらに、なおとして、本件特許明細書の上記(本a)、(本e)〜(本f)の記載から、本件特許発明の分散組成物は、液相としてドレッシングやソースを想定できるところ、「カード状である」に、甲7の「半固形状ドレッシング」(上記(甲7a))が該当するのか明らかでないため、仮に、本件特許発明の「微生物細胞加工物」を含有している場合、本件特許発明の技術的範囲に含まれるのか否かを判断することは不可能であるとも主張しているが、上記のとおり請求項1の「カード状である」との記載は明確であるから、申立人の主張は前提において誤っているうえ、半固形状ドレッシングが「カード状である」であるか否かは、請求項1の記載についての明確性の判断に影響しない。
よって、上記(1−イ)の主張は採用できない。

(3)(1−ウ)について
ア 申立人の主張
申立人の主張は、請求項1の「酵母エキスを抽出した残渣」について、本件特許明細書には、「酵母エキス抽出残渣とは、酵母から酵母エキスを抽出した後に残ったものをいう。酵母エキスの抽出方法は特に限定されず、熱水処理法、自己消化法、酵素分解法等の抽出方法が挙げられる。酵母エキス抽出残渣からは、通常、主に細胞内部に存在する低分子の生体成分の一部が取り除かれている。」(上記(本g)【0016】)と記載されているが、そもそも「酵母エキスを抽出した残渣」という規定は、経時的なプロセスを含むから、プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するので、明確性要件を充足しないことは明らかである。
そして、例えば、甲8の「アロマウェイ(登録商標)」(上記(甲8a))のように、酵母エキスを抽出・分離せずに酵母をまるごと分解した酵母調味料は、「酵母エキスを抽出した残渣」と同じ成分を含有するため、物として区別することは不可能であると考えられ、このような酵母調味料を含む分散組成物が、本件特許発明の技術的範囲に含まれるのか不明確である。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、9も同様であるというものである。

イ 判断
請求項1の「酵母エキスを抽出した残渣」という記載は、上記(本g)に定義されたとおりのものとして明確である。そして、酵母エキス抽出残渣という記載であっても理解できるとおり、単に状態を示すことにより構造又は特性を示しているものであるから、プロダクト・バイ・プロセス・クレームには該当しない。
また、上記(本g)【0016】に記載されるとおり、酵母エキスを抽出する方法は、当業者に広く知られた技術的事項であり、甲8の上記(甲8a)にも、「酵母エキスの場合」の“エキス抽出/分離”と、「アロマウェイ(登録商標)の場合」の“全分解”が区別して図示されているように、当業者であれば両者を区別でき、酵母を全分解して得られたものが「酵母エキスを抽出した残渣」に該当しないことも明確である。
よって、上記(1−ウ)の主張は採用できない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第4号により取り消すべきものではなく、申立理由1(明確性要件)は理由がない。

2 申立理由2(サポート要件)について
(1)本件特許発明1〜6、9について
本件特許明細書全体の記載、特に上記(本c)〜(本d)からみて、本件特許発明1〜6、9の解決しようとする課題は、「酵母エキスを抽出した残渣である微生物細胞加工物を分散剤として液相が安定的に分散されたカード状である分散組成物の提供」にあると認める。
そして、上記(本g)【0025】に、微生物細胞加工物を分散剤として用いることで液相が安定的に分散されることについて技術的な説明がされており、上記(本k)の実験例4、5の従来の乳化剤を用いた結果と、上記(本m)の実験例7との比較によって、酵母エキスを抽出した残渣である微生物細胞加工物を用いることで、上記課題を解決できることが具体的に示されている。
また、上記(本f)に、液相は、水相と油相を含むものであり、香気成分を含むことや、酵母エキスと植物油脂類との混合物を加熱して得られた加熱混合物を含む、食品に、加熱した肉類などの香りを付与するための調味料組成物を含むことの記載があり、上記(本g)【0017】に、酵母エキスを抽出した残渣にプロテアーゼ及び/又はセルラーゼを反応させることで風味が改善されることについての記載があり、実験例6で酵母エキス残渣をプロテアーゼで処理して得られた酵母細胞化合物を用いた実験例7において、加熱調理・喫食時に良好な風味を生じるハンバーグを作成できたことが具体的に示されている。
したがって、本件特許発明1〜6、9は、発明の詳細な説明において、課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものである。

(2)申立人の主張について
ア 本件特許発明の課題について
申立人は、本件特許発明の課題について、本件特許明細書の上記(本c)及び(本h)【0030】の記載から、油と水の双方を保持する乳化状態(分散状態)を安定させることが課題解決メカニズムにおいて必須の要素であり、上記(本d)及び(本i)【0047】の記載から、その作用効果は香りが失われにくいものであることであり、審査過程における特許権者の意見書の記載も考慮すると、本件特許発明1〜6、9の技術的課題は、「酵母細胞加工物、特に酵母エキスの抽出残渣を分散剤として用いることで、室温で比較的長時間にわたり分散状態が安定に保たれ、かつ香りが失われにくい分散組成物を提供すること」と読み取ることができると主張している。
しかしながら、発明の課題は、発明の詳細な説明における、課題としての記載から把握されるべきものであり、発明の構成からその発明が奏する効果や審査過程における出願人(権利者)の主張までを組み入れたようなものとして認定すべきではない。
そして、本件特許発明1〜6、9の解決しようとする課題は、上記(1)で述べたとおりである。
よって、上述の過度な必須の要素を追加した課題に基づく申立人の主張は採用できない。

イ (2−ア)について
申立人の主張は、本件特許明細書に、実験例1〜7が記載されているが、上記(本j)〜(本k)の実験例1〜5は、本件特許発明7、8の調味料組成物に関するものであり、上記(本l)の実験例6は、酵母細胞加工物自体に関するものであって、分散組成物に関するものではなく、上記(本m)の実験例7は、実験例4の本件特許発明7、8の調味料組成物という特殊なものを用いているから、いずれも本件特許発明1〜6、9の構成自体に基づく効果を示すものとはいえないというものである。
しかしながら、液相が安定的に分散されることについて、上記(本g)【0025】に、微生物細胞加工物は、高い保水性と高い保油性とを有し、両親媒性であり、油性のものも水性のものも安定的に分散できると考えられることが説明されており、実験例6で、酵母細胞加工物の保水率及び保油率が確認されているのであるから、液相が実験例4の調味料組成物以外であっても安定的に分散されることが理解できる。
なお、申立人はさらに、実験例7の香りに関する官能評価は、具体的にどのような評価基準に基づいてどのような試験がなされ、各パネラーがどのような評価を下したか、全く明らかではないとも主張しているが、この点は、本件特許発明1〜6、9の奏する香りに関する効果を、実験例7に記載のとおりの定性的な評価として確認したものといえ、評価基準の記載の程度自体と、本件特許発明の課題を解決し得るか否かとが直接関係するものとはいえない。
よって、上記(2−ア)の主張は採用できない。

ウ (2−イ)について
申立人の主張は、本件特許発明1には「微生物細胞加工物」、「酵母エキスを抽出した残渣」という規定はあるが、酵母の種類や加工方法に関しては限定されていないのに対し、上記(本g)【0014】からも明らかなとおり、同じ酵母でも酒酵母、ワイン酵母、ビール酵母など様々な種類が存在し、その種類によっても酵母の特性(はたらき)や細胞の構造や中に含まれる成分などが異なることは技術常識である。
一方、酵母細胞加工物の製造に関する上記(本l)の実験例6は、パン酵母を用い、上記(本g)【0017】及び【0022】の乳化剤やプロテアーゼによる処理がなされて、【0024】のタンパク質及びβ−グルカンの含有量が特に好ましいとされる組成となっており、上記(本n)の図1のとおり、一種のカプセル様の機能を有する細胞の形が残っていることが確かめられたものであって、実験例6に特有の効果と考える他なく、そのような限定のない本件特許発明1の「微生物細胞加工物(酵母エキスを抽出した残渣)」の範囲にまで一般化・抽象化し得るとは到底考えられないというものである。
しかしながら、上記(1)や上記イで述べたとおり、微生物細胞加工物を用いることで課題を解決できることが理解でき、上記(本g)の乳化剤やプロテアーゼによる処理は、風味の改善に好ましい態様として説明されているのであって、本件特許発明の課題を解決し得るか否かとは直接関係がない。
なお、申立人は、甲8のように酵母細胞の細胞壁がバラバラになるような全分解を行った後の「酵母エキスを抽出した残渣」を用いた場合は、カプセル様の機能を有しないとも主張しているが、上記1(3)イで述べたとおり、酵母細胞を全分解して得られたものは、「酵母エキスを抽出した残渣」には該当しない。
よって、上記(2−イ)の主張は採用できない。

エ (2−ウ)について
申立人の主張は、本件特許発明1では、微生物細胞加工物(酵母エキスを抽出した残渣)の含有量について、「液相100重量部に対し、微生物細胞加工物を1〜30重量部含み」と規定しているが、その含有量が小さくなるほどその効果を発揮するのが難しくなることが容易に予測されるから、その下限値付近については実施例による裏付けが必要とされるべきであるところ、本件特許明細書に、「例えば、液相100重量部に対して微生物細胞加工物を、7重量部以上配合することができ、・・・。これより少ない場合、分散はできても長期間の保存において安定でない場合がある。」(上記(本g)【0026】)と記載され、実験例7も7.5部程度であるから(上記(本m)【0073】【表8】)、少なくともその含有量が7.5部を下回る数値範囲については、発明の詳細な説明の記載により当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないというものである。
しかしながら、上記(本g)【0026】に記載されているとおり、液相と微生物細胞加工物との配合比は、組成物全体が均一な外観を有し、かつその状態が安定であればよく、7重量部以上との記載は、例えばとして例示された数値であり、少ない場合は、長期間の保存において安定でない場合があることが記載されているに過ぎない。そして、実験例7には、7重量部程度の配合比で、1か月後でも外観に変化がなかったことが確認されている。
また、申立人も理解するとおり、含有量が小さくなるほど効果を発揮することが難しくなることは予測されるものの、液相の種類によっても、安定的に分散している状態が異なることも予測されるのであるから、当業者であれば技術常識に基づき液相の種類を選択すればよく、下限値付近で課題が解決できないことが明らかとはいえない。
よって、上記(2−ウ)の主張は採用できない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第4号により取り消すべきものではなく、申立理由2(サポート要件)は理由がない。

3 申立理由3(実施可能要件要件)について
(1)本件特許発明1〜6、9について
本件特許発明1〜6、9は、液相と、酵母エキスを抽出した残渣である微生物細胞加工物を含むカード状である分散組成物という物の発明であるところ、液相については、上記(本f)に、油相、水相又はそれらの混合相であることや、含有させることができる成分として、香気成分や酵母エキスと植物油脂類との混合物を加熱して得られた加熱混合物を含む、食品に、加熱した肉類などの香りを付与するための調味料組成物についての説明があり、微生物細胞加工物については、上記(本g)に、原料酵母の例や、プロテアーゼ及び/又はセルラーゼの例示とともに、これらを反応させる場合を含む製造方法の説明があり、上記(本h)に、液相と微生物細胞加工物との配合比や分散組成物の製造方法についての説明とともに、得られる形態が典型的にはカード状であることが説明されている。
そして、上記(本l)の実験例6には、酵母エキス残渣をプロテアーゼで処理して微生物細胞加工物を具体的に製造したことが、上記(本m)の実験例7には、得られた微生物細胞加工物を用いてカード状である分散組成物を具体的に製造したこと、また、得られた分散組成物を用いた食品への配合例としてハンバーグを調製したことが、それぞれ記載されている。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明1〜6、9について、その物を作れ、かつ、その物を使用できるように記載されているといえるから、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。

(2)申立人の主張について
申立人の主張は、要するに、本件特許発明1は、「分散されている」、「カード状」及び「酵母エキスを抽出した残渣」という用語が不明確であるから、過度な試行錯誤を要することなく本件特許発明を実施し得ないことは明らかであるというものである。
しかしならが、上記1で述べたとおり、本件特許発明1〜6、9は明確であるから、申立人の主張は前提において誤っている。
なお、申立人はさらに、仮に「分散されている」という用語が明確であるとしても、「液相100重量部に対し、微生物細胞加工物を1〜30重量部」と規定されているから、この数値範囲の一部においても、当業者が容易に実施できない事情があれば実施可能要件違反となることは免れないところ、サポート要件について主張したとおり、実施例もなく、分散安定性を維持することが難しいことが記載されている下限値付近については、当業者がその発明を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められないとも主張している。
しかしながら、上記2(2)エで述べたとおりであり、液相に対する微生物細胞加工物の配合量の範囲に関し、下限値付近で当業者が容易に実施できない事情は見いだせず、他に、当業者が実施できない具体的な理由は示されていない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第4号により取り消すべきものではなく、申立理由3(実施可能要件)は理由がない。

4 申立理由4(4−1)(新規性)及び(4−2)(進歩性)について
(1)甲1に記載された発明
甲1の製造例及び実施例1(上記(甲1d))からみて、甲1には、次の「甲1発明」が記載されていると認める。

甲1発明
「サラダ油を70g、水を30g及び酵母エキス1を1g含み、合計で101gの乳化物であって、
前記酵母エキス1が、キャンディダ・ユティリスCs7529株(FERM BP−1656株)の10%菌体懸濁液1000mlを10N−硫酸でpH3.5に調整し、60℃、30分間加熱処理した後、遠心分離で菌体を回収し、菌体を水で洗浄し硫酸や余分な抽出物を除去し、本菌体を水で菌体濃度10%に調整、懸濁した後、90℃、30分間加熱し、菌体内酵素を完全に失活させ、40℃、pH7.0に調整し、細胞壁溶解酵素(ツニカーゼ大和化成製)0.5gを加え4時間反応し、エキスを抽出した後、遠心分離により菌体残さを除去し、得られた上澄液を濃縮、スプレードライして得た、酵母エキス粉末である、乳化物。」

(2)本件特許発明1について
ア 対比
甲1発明の「サラダ油」及び「水」は、本件特許発明1の「液相」であって、「液相が水相および油相」を含むことに該当する。
甲1発明の「酵母エキス1」は、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」と、「微生物由来物」である点において共通する。
甲1発明は「サラダ油」及び「水」の合計100gに対し、「酵母エキス1」が1gであるから、本件特許発明1の「液相100重量部に対し、微生物細胞化合物を1〜30重量部含み」と、「液相100重量部に対し、微生物由来物を1〜30重量部含み」である点において共通する。
そして、甲1発明の「酵母エキス1」は、甲1の上記(甲1a)の記載からみて乳化剤として配合されているところ、技術常識(乳化剤は分散剤との概念に含まれる。)からみて、本件特許発明1の分散剤に相当するといえるから、甲1発明の「サラダ油」及び「水」と「酵母エキス1」とを含む「乳化物」は、本件特許発明1の「液相と微生物細胞加工物とを含み、液相が微生物細胞加工物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物」と、「液相と微生物由来物とを含み、液相が微生物由来物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物」である点で共通する。
よって、両発明は、次の一致点及び相違点1A〜1Bを有する。

一致点
「液相と微生物由来物とを含み、液相が微生物由来物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物であって、
液相が水相および油相を含み、
液相100重量部に対し、微生物由来物を1〜30重量部含む、
分散組成物。」である点。

相違点1A
「微生物由来物」が、本件特許発明1では、「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」であるのに対し、甲1発明では、「キャンディダ・ユティリスCs7529株(FERM BP−1656株)の10%菌体懸濁液1000mlを10N−硫酸でpH3.5に調整し、60℃、30分間加熱処理した後、遠心分離で菌体を回収し、菌体を水で洗浄し硫酸や余分な抽出物を除去し、本菌体を水で菌体濃度10%に調整、懸濁した後、90℃、30分間加熱し、菌体内酵素を完全に失活させ、40℃、pH7.0に調整し、細胞壁溶解酵素(ツニカーゼ大和化成製)0.5gを加え4時間反応し、エキスを抽出した後、遠心分離により菌体残さを除去し、得られた上澄液を濃縮、スプレードライして得た、酵母エキス粉末」である「酵母エキス1」である点。

相違点1B
「分散組成物」が、本件特許発明1では、「カード状である、分散組成物」であるのに対し、甲1発明では、「乳化物」であって、カード状であるか不明である点。

イ 判断
事案に鑑み、相違点1Aについて検討する。
甲1発明の「酵母エキス1」は、「エキスを抽出した後、遠心分離により菌体残さを除去し、得られた上澄液を濃縮、スプレードライして得た、酵母エキス粉末」のとおり、「酵母エキスを抽出した残渣」を除去したものであり、これを含まないと解するのが相当である。
また、甲1に、「本発明によると、酵母を原料として、複雑な精製工程や長時間の加熱工程を経ずに、食品用乳化剤として用いうる酵母エキスを取得できる。酵母エキスは植物由来の一般の食品であり、この酵母エキスからなる乳化剤を、乳化が必要となる食品に添加することで、アレルゲン性が低く、安全性の高い乳化物を得ることができる。」(上記(甲1b))と記載されているように、「酵母エキス」はそれ自体で当業者に一般の食品として認識されているものであることからも、甲1発明の「酵母エキス1」は、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」とは全く異なるものといえる。
そして、甲1は、上記(本b)で酵母エキスが乳化剤として検討されてきたことを示すために引用された特許文献1であるように、甲1には、「酵母エキスを抽出した残渣」を用いることに関する技術的思想は存在せず、その他の甲号証を検討しても、甲1発明において、「酵母エキス1」にかえて、「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」を用いる動機付けはない。
したがって、相違点1Bについて検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明及び公知の技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たものでもない。

(3)本件特許発明2〜6、9について
本件特許発明2〜6、9は、それぞれ、本件特許発明1を直接又は間接的に引用して、「液相」、「微生物細胞加工物」又は「分散組成物」についてさらに限定するものであるから、少なくとも、上記相違点1A及び相違点1Bにおいて相違する。
したがって、本件特許発明2〜6、9は、本件特許発明1と同様の理由により、甲1発明ではなく、また、甲1発明及び公知の技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たものでもない。

(4)申立人の主張について
ア 相違点1Aについて
申立人は、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」は不明確であるから、当業者において「酵母エキスを抽出した残渣」と解釈し得るものであれば、須くこれに該当すると解釈すべきであることを踏まえると、甲1発明の「酵母エキス1」には、細胞壁溶解酵素により分解された細胞壁分解物が含まれており、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」と同じ成分が含まれていると考えられるから、この点において両発明に相違点はないと主張する。
しかしながら、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」は明確であり、その記載の意味が不明確であることを前提とする申立人の主張するような解釈は成り立たない。
よって、申立人の主張は採用できない。

イ 相違点1Bについて
申立人は、甲1発明の乳化物がカード状であるか否かについては不明であるが、甲1のマーガリンやマヨネーズの製造には乳化技術が欠かせないという従来技術の記載から(上記(甲1b))、マーガリンやマヨネーズの乳化過程において甲1発明の「酵母エキス1」を乳化剤として用いることは、甲1に記載されているに等しい事項であるか、少なくともその示唆ないし動機付けが甲1の記載自体に明確に記載されていると言えることを前提に、マーガリンはスプレッドなどと呼ばれるところ(上記(甲9a))、スプレッド類はペーストの形態であることから(上記(甲6a))、また、マヨネーズは半固体状ドレッシングに分類されていることから(上記(甲7a))、カード状にあたるといえるとしている。
しかしながら、甲1発明の乳化物は、酵母エキス1の乳化作用を評価するためのものであって、サラダ油と水とからなるものであるから、マーガリンやマヨネーズであるということはできない。また、仮に、酵母エキス1をマーガリンやマヨネーズの乳化に用いることが容易であるとしても、相違点1Aは、当業者が容易になし得ることではない。
よって、申立人の主張は採用できない。

ウ その他の主張について
申立人は、甲10には、マヨネーズに含まれる食酢に香気成分である3−ヒドロキシブタノンやフルフラールが含まれていることが記載されていること(上記(甲10a))、甲11には、従来からマーガリンに香気成分であるラクトン類が添加されていることが記載されていること(上記(甲11a)〜(甲11b))、甲12には、酵母エキス等を用いた良好なローストミート用の風味を有する調味料が開示されていること(上記(甲12a))などを示すが、これらの事項を検討しても、相違点1Aは、当業者が容易になし得ることとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第1項又は同条第2項の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第2号により取り消すべきものではなく、申立理由4(4−1)(新規性)及び(4−2)(進歩性)は理由がない。

5 申立理由5(5−1)(新規性)及び(5−2)(進歩性)について
(1)甲2に記載された発明
甲2の「2.6 MPで製造したマヨネーズの化学組成と安定性評価」(上記(甲2e))の記載において、MP(マンノプロテイン)として、MP3を用いた場合に関する記載からみて、甲2には、次の「甲2発明」が記載されていると認める。
ここで、甲2の表3の記載(上記(甲2h))から、上記MP3は、連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテインであると理解できる。

甲2発明
「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)を、1.0gのMP/100gのエマルジョンの濃度で使用して、大豆油(65g/エマルジョン100g)、低温殺菌卵粉末(5g/エマルジョン100g)、酢(4g/エマルジョン100g)、砂糖(2g/エマルジョン100g)、塩(1.5g/エマルジョン100g)及び水(22.5g/エマルジョン100g)からなる原材料から調製された、マヨネーズ組成物。」

(2)本件特許発明1について
ア 対比
甲2発明の「大豆油」、「酢」及び「水」は、本件特許発明1の「液相」であって、「液相が水相および油相」を含むことに該当する。
甲2発明の「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」は、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」と、「微生物由来物」である点において共通する。
甲2発明は「大豆油」65g、「酢」4g及び「水」22.5gの合計91.5gに対し、「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」が1gであるから、換算すると100gに対して約1.1g(=1÷91.5)となり、本件特許発明1の「液相100重量部に対し、微生物細胞化合物を1〜30重量部含み」と、「液相100重量部に対し、微生物由来物を1〜30重量部含み」である点において共通する。
そして、甲2発明の「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」は、甲2の上記(甲2d)の記載からみて乳化剤として配合されているところ、本件特許発明1の分散剤に相当するといえるから、甲2発明の「大豆油」、「酢」及び「水」と「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」とを含む「マヨネーズ組成物」は、本件特許発明1の「液相と微生物細胞加工物とを含み、液相が微生物細胞加工物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物」と、「液相と微生物由来物とを含み、液相が微生物由来物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物」である点で共通する。
また、マヨネーズは、半固体状ドレッシングといえるところ(上記(甲7a))、本件特許発明1の「カード状である」分散組成物について、上記(本h)【0028】に「典型的には、半固形状(カード状)である」と記載されているから、甲2発明の「マヨネーズ組成物」は、本件特許発明1の「カード状である、分散組成物」に該当する。
よって、両発明は、次の一致点及び相違点2Aを有する。

一致点
「液相と微生物由来物とを含み、液相が微生物由来物を分散剤として組成物中に分散されている、分散組成物であって、
液相が水相および油相を含み、
液相100重量部に対し、微生物由来物を1〜30重量部含み、
カード状である、分散組成物。」である点。

相違点2A
「微生物由来物」が、本件特許発明1では、「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」であるのに対し、甲2発明では、「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」である点。

イ 判断
甲2発明の「マンノプロテイン(MP)」は、醸造用酵母の細胞壁から抽出されたものであるところ、甲2の上記(甲2c)の記載から、洗浄、透析、凍結乾燥などの処理をして得られたものであることが理解でき、さらに、上記(甲2i)の記載から、高収率及び満足のいく純度で得られたものであることが理解できる。
そうすると、甲2発明の「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」は、醸造用酵母の細胞壁から単離、精製されたものであるから、「酵母エキスを抽出した残渣」とは、「抽出した残渣」である点からも全く異なるものである。
そして、甲2は、上記(甲2b)のとおり、酵母の細胞壁からβ−グルカンとマンノプロテイン(MP)の両方を抽出する新しい方法の実行可能性を評価することを目的としたものであり、抽出により得られたマンノプロテイン(MP)の乳化活性やマンノプロテイン(MP)で調製したマヨネーズの保存中の安定性などを評価しているにとどまり(上記(甲2f)、(甲2g))、「酵母エキスを抽出した残渣」について着目したところはなく、その他の甲号証を検討しても、甲2発明において、「連続発酵プロセス後に醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁から抽出されたマンノプロテイン(MP)」にかえて、「酵母エキスを抽出した残渣」である「微生物細胞加工物」を用いる動機付けはない。
したがって、本件特許発明1は、甲2発明ではなく、また、甲2発明及び公知の技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たものでもない。

(3)本件特許発明2〜6、9について
本件特許発明2〜6、9は、それぞれ、本件特許発明1を直接又は間接的に引用して、「液相」、「微生物細胞加工物」又は「分散組成物」についてさらに限定するものであるから、少なくとも、上記相違点2Aにおいて相違する。
したがって、本件特許発明2〜6、9は、本件特許発明1と同様の理由により、甲2発明ではなく、また、甲2発明及び公知の技術的事項に基いて、当業者が容易になし得たものでもない。

(4)申立人の主張について
申立人は、甲2には、酵母細胞の細胞壁分解物の一部成分であるマンノプロテインを配合するマヨネーズが示されていることから、甲2に記載された発明として、「使用済み醸造用酵母(Saccharomyces uvarum)の細胞壁分解物であるマンノプロテイン(MP)を、・・・1g配合する、乳化安定性に優れたマヨネーズ組成物」を認定している。
そして、そのうえで、このマンノプロテイン(MP)は、使用済み醸造用酵母の細胞壁分解物であるので、少なくとも本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」と物として同一ということになり、両発明に相違点は存在しないと主張している。
しかしながら、申立人の主張は、上記4(4)アの主張と同様のものであると認められるところ、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」は明確であり、甲2発明の「マンノプロテイン(MP)」が、本件特許発明1の「酵母エキスを抽出した残渣」と物として同一であるとはいえず、申立人の主張するような解釈はできない。
よって、申立人の主張は採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1〜6、9に係る特許は、特許法第29条第1項又は同条第2項の規定に違反してされたものではないから、同法第113条第2号により取り消すべきものではなく、申立理由5(5−1)(新規性)及び(5−2)(進歩性)は理由がない。

第7 むすび
したがって、申立人の特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜6、9に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜6、9に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-02-18 
出願番号 P2016-040880
審決分類 P 1 652・ 121- Y (A23L)
P 1 652・ 537- Y (A23L)
P 1 652・ 113- Y (A23L)
P 1 652・ 536- Y (A23L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 関 美祝
吉岡 沙織
登録日 2021-03-05 
登録番号 6847582
権利者 テーブルマーク株式会社
発明の名称 液相と微生物細胞加工物を含む分散組成物、および酵母エキスを用いた調味料組成物  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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