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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D21H
審判 全部申し立て 2項進歩性  D21H
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D21H
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D21H
管理番号 1384227
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-10-14 
確定日 2022-03-31 
異議申立件数
事件の表示 特許第6857289号発明「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6857289号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6857289号の請求項1〜5に係る特許についての出願は、2020年(令和2年)9月14日(優先権主張 令和元年9月17日、日本国)を国際出願日とする特許出願(特願2021−503617号)に係るものであって、令和3年3月23日に特許権の設定登録(特許掲載公報発行日:同年4月14日)がされ、同年10月14日に実川 栄一郎(以下「申立人」という。)から特許異議の申立てがされたものである。

第2.本件発明
特許第6857289号の請求項1〜5の特許に係る発明(以下「本件発明1」〜「本件発明5」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法であって、
原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程と、を含み、
BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法。
【請求項2】
化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法であって、
原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でコニカル型リファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程と、を含み、
BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法。
【請求項3】
化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法であって、
原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件で高速離解機を用いて解繊処理する工程と、を含み、
BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法。
【請求項4】
前記化学変性が、N−オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物およびこれらの混合物からなる群から選択される化合物と、酸化剤を用いて実施する酸化である、請求項1〜3の何れかに記載の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法。
【請求項5】
前記化学変性が、カルボキシメチル変性である、請求項1〜3の何れかに記載の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法。」

第3.特許異議の申立理由の概要
申立人の主張する申立理由は、概略次のとおりである。
なお、申立人が本件特許異議申立書(以下、「申立書」という。)に添付した甲第1号証等を、以下、それぞれ「甲1」等という。

理由1. 本件発明1、2、4は、甲1〜3のそれぞれに記載された発明であり、本件発明3は、甲3に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができず、同法第113条第2項の規定により取り消されるべきである。
理由2. 本件発明1及び2は、甲1〜甲3、甲7のそれぞれに記載された発明及び周知技術に基いて、本件発明3は、甲1、2、7のそれぞれに記載された発明、甲3に記載された発明及び周知技術に基いて、又は、甲3に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件発明4は、甲1〜3、7のそれぞれに記載された発明、甲3に記載された発明及び周知技術に基いて、又は、甲3に記載された発明及び周知技術に基いて、本件発明5は、甲1〜3、7のそれぞれに記載された発明及び周知技術並びに甲9記載事項に基いて、甲1、2、7のそれぞれに記載された発明、甲3に記載された発明、周知技術及び甲9記載事項に基いて、又は、甲3に記載された発明、周知技術及び甲9記載事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきである。
理由3. 本件発明1〜5は、発明の詳細な説明にて当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができず、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきである。
理由4. 本件発明1〜5は、特許請求の範囲の記載が、課題を解決できると認識できる範囲を超えているので、特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができず、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきである。
理由5. 本件発明1〜5は、具体的に如何なる製造上の限定(製造条件)が付された方法の発明であるのかが明確に理解できないので、特許法第36条第6項第2号の規定により特許を受けることができず、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきである。

(引用文献等一覧)
甲1:国際公開第2016/002688号
甲2:特開2017−57390号公報
甲3:国際公開第2017/057710号
甲4:熊谷理機工業株式会社の製品情報,URL,http://www.krk-kumagai.co.jp/business/search/index.php/search?list=1&cell003=パルプ・チップ試験機&cell004=叩解&keyword=
甲5:特開2017−141531号公報
甲6:国際公開第2017/014255号
甲7:開2013−185068号公報
甲8:特開2006−193858号公報
甲9:国際公開第2019/059079号

第4.甲号証に記載された事項及び甲号証に記載された発明
1.甲1
甲1には、以下の事項(以下、「甲1記載事項」という。)が記載されている。
なお、以下、下線は、理解の便宜のため、当審が付した。
(1)「[0001] 本発明は、微細セルロース繊維を含む地下層処理用組成物に関する。本発明の組成物は、オイル・ガス採掘、地震探査、地下層の掘削、調査、テスト、セメンチング、刺激等の分野で有用である。」
(2)「[0012] 本発明者らは、こうした事情を鑑み、高い増粘効果やゲル化機能を有する微細セルロース繊維分散液を探すべく、鋭意研究を重ねた。その結果、驚くべきことに、微細化の程度をコントロールし、ヘイズ値を一定範囲内とすることで、またはあえて一定量の粗大繊維を微細繊維と共存させることで、優れた増粘性を有する微細セルロース繊維分散液を製造可能なことを見出した。また、そのような分散液が、掘削用途を想定した実験では、十分な粘度特性に加え、粗大繊維が粒子の安定性や止水性を高めることができる等、掘削用途に非常に適した添加剤であることが明らかとなり、本発明を完成した。」
(3)「[0021] 本発明で粗大セルロース繊維(単に、粗大繊維ということもある。)は、その平均繊維幅は特に限定されないが、例えば1μm以上であり、好ましくは5μm以上であり、より好ましくは10μm以上である。」
(4)「[0049] 本発明に用いられるセルロース繊維は、化学変性することができる。化学変性としては、特に限定されないが、カチオン化またはアニオン化が好ましい。
・・・(中略)・・・
[0050] 本発明に用いられるセルロース繊維は、アニオン化(カルボキシル化、リン酸化など)されていることがより好ましく、リン酸化されていることがさらに好ましい。」
(5)「[0051]<解繊処理/微細化処理工程>
本発明の地下層処理用組成物の成分の一つである微細セルロース繊維を得るためには、所望により化学的処理をしたセルロース繊維を、解繊処理することにより得ることができる。解繊処理工程では、通常、解繊処理装置を用いて繊維を解繊処理して微細繊維含有スラリーを得るが、処理装置、処理方法は、当業者であれば適宜選択・設計できる。
[0052] 解繊処理装置としては、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル等を使用できる。あるいは、解繊処理装置としては、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、またはビーター等、湿式粉砕する装置等を使用することもできる。
・・・(中略)・・・
[0057]〔粗大繊維量〕
本発明は、粗大セルロース繊維と微細セルロース繊維とにより増粘するものである。ある組成物中に本発明でいう粗大セルロース繊維および微細セルロース繊維が含まれるか否かおよびどの程度の割合で含まれるかは、平均繊維幅を測定することにより確認することができるが、次に述べる粗大繊維量の測定方法により、確認することもできる。
[0058]粗大繊維量の測定方法:
対象となる微細繊維含有組成物に水を添加して、繊維固形分濃度を0.2質量%に調整する。次いで12000G×10minの条件で遠心分離し、得られた上澄み液を回収する。そして、上澄み液の固形分濃度を適切な方法で測定する。得られた上澄み液の固形分濃度に基づき、下記式により、粗大セルロース繊維の割合として、粗大セルロース繊維量が求められる。
粗大セルロース繊維の割合(%)=100−(上澄み液の固形分濃度/0.2質量%×100)
[0059] 本発明の組成物に含まれる粗大セルロース繊維量は、特に限定されないが、好ましくは、0.5%以上85%未満である。粗大セルロース繊維量は、より好ましくは1.0%以上85%未満であり、さらに好ましくは、1.5%以上85%未満である。このような範囲であれば、微細繊維のみを成分とする増粘剤に比較して、高い増粘効果が発揮されうるからである。
[0060] 本発明の組成物においては、粗大繊維表面のフィブリル化された繊維とは別に、微細繊維が独立して存在している。繊維の表面が毛羽立って一部がナノ化したものは既に知られているが、本発明の組成物はそうではなく、粗大な、例えば繊維幅が1μm以上のセルロース繊維と、ナノサイズ、例えば繊維幅が数nmの微細セルロース繊維とがそれぞれ独立して存在している点が特徴の一つである。
[0061]〔ヘイズ(Haze)〕
本発明の組成物は、透明性、すなわちヘイズ値によって特徴づけることができる。ヘイズは、セルロース懸濁液の透明度の尺度であり、ヘイズの値が低いほど透明度が高い。本発明において、ヘイズというときは、特に記載した場合を除き、次の方法で測定された値をいう。
[0062]ヘイズの測定方法:
対象となる微細繊維含有組成物に水を添加して、繊維固形分濃度を0.2質量%に調整する。調製された液は、粗大繊維、微細繊維、水のみを含むようにする。調製された液を、JIS規格K7136に準拠し、ヘイズメーター、例えば村上色彩技術研究所製ヘイズメーター(HM−150)を用いて、測定する。
[0063] 本発明の組成物のヘイズ値は、特に限定されないが、好ましくは、1.0〜50%である。例えば、1.9〜40%であってもよい。ヘイズ値は、より好ましくは1.0〜40%であり、さらに好ましくは1.0〜30%であり、さらに好ましくは2.0〜30%であり、さらに好ましくは2.0〜20%であり、さらに好ましく2.0〜15%である。このような範囲であれば、高い増粘性を発揮し、また地下層処理において特に好ましい特性が発揮されうるからである。
[0064] ヘイズ値がコントロールされた本発明の組成物においては、粗大繊維表面のフィブリル化された繊維とは別に、微細繊維が独立して存在していると考えられる。繊維の表面が毛羽立って一部がナノ化したものは既に知られているが、本発明の組成物はそうではなく、粗大な、例えば繊維幅が1μm以上のセルロース繊維と、ナノサイズ、例えば繊維幅が数nmの微細セルロース繊維とがそれぞれ独立して存在している点が特徴の一つである。」
(6)「実施例
[0118]リン酸化セルロース1の調製:
尿素100g、リン酸二水素ナトリウム二水和物55.3g、リン酸水素二ナトリウム41.3gを109gの水に溶解させてリン酸化試薬を調製した。
乾燥した針葉樹晒クラフトパルプの抄上げシートをカッターミルおよびピンミルで処理し、綿状の繊維にした。この綿状の繊維を絶乾質量で100g取り、リン酸化試薬をスプレーでまんべんなく吹きかけた後、手で練り合わせ、薬液含浸パルプを得た。
得られた薬液含浸パルプを140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機にて、80分間加熱処理し、リン酸化セルロース1を得た。得られたリン酸化セルロース1のリン酸基量は0.678mmol/gであった。
・・・(中略)・・・
[0120]リン酸化セルロース2の調製:
リン酸化セルロース1の調製で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返してリン酸化セルロース2を得た。得られたリン酸化セルロース2のリン酸基量は1.479mmol/gであった。」
(7)「[0147](製造例23)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを1回パスさせセルロース懸濁液23を得た。
[0148](製造例24)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを2回パスさせセルロース懸濁液24を得た。
[0149](製造例25)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを3回パスさせセルロース懸濁液25を得た。
[0150](製造例26)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを4回パスさせセルロース懸濁液26を得た。
[0151](製造例27)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを5回パスさせセルロース懸濁液27を得た。
[0152](製造例28)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを6回パスさせセルロース懸濁液28を得た。
[0153](製造例29)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを7回パスさせセルロース懸濁液29を得た。
[0154](製造例30)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを8回パスさせセルロース懸濁液30を得た。
[0155](製造例31)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを9回パスさせセルロース懸濁液31を得た。
[0156](製造例32)
得られたリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを10回パスさせセルロース懸濁液32を得た。
[0157](製造例33)
得られたリン酸化セルロース1にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを1回パスさせセルロース懸濁液33を得た。
[0158](製造例34)
得られたリン酸化セルロース1にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを5回パスさせセルロース懸濁液34を得た。
[0159](製造例35)
得られたリン酸化セルロース1にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを10回パスさせセルロース懸濁液35を得た。
[0160](製造例36)
得られたリン酸化セルロース1にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを20回パスさせセルロース懸濁液36を得た。
[0161](製造例37)
得られたリン酸化セルロース1にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを30回パスさせセルロース懸濁液37を得た。」
(7)「[0178]
・・・(中略)・・・
[表1-2]



以上より、特に製造例23〜37に着目すると、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。以下、甲2等についても同様。)が記載されている。
「微細化の程度をコントロールし、ヘイズ値を一定範囲内とすることで、またはあえて一定量の粗大繊維を微細繊維と共存させることで、優れた増粘性を有するセルロース懸濁液23〜37の製造方法であって、
乾燥した針葉樹晒クラフトパルプの抄上げシートをカッターミルおよびピンミルで処理し、綿状の繊維にしたものにリン酸化試薬を吹きかけ、手で練り合わせ80分間140℃で加熱乾燥処理してリン酸化セルロース1を得る工程、又は前記リン酸化セルロース1に対してリン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返してリン酸化セルロース2を得る工程のいずれかのアニオン化による化学変性工程を行い、
得られたリン酸化セルロース1又はリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製し、シングルディスクリファイナーをリン酸化セルロース2では1回ないし10回のいずれかをパスさせ、リン酸化セルロース1では1回、5回、10回、又は30回パスさせる、いずれかの工程と、を実行し、
平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維量の含有割合が17.8〜94.1%のセルロース懸濁液を得る製造方法。」

2.甲2
甲2には、以下の事項(以下、「甲2記載事項」という。)が記載されている。
(1)「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、特許文献1から4には、セルロース濃縮物の調製について記載がある。しかし、特に微細繊維状セルロースの濃縮物を増粘剤として使用する場合、前記微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子(酸化チタンなど)の分散性の低下が懸念されることに本発明者は注目した。微細繊維状セルロースの濃縮物に関する上記観点からの検討は、これまで十分に行われてはいなかった。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。本発明が解決しようとする課題は、微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した。その結果、微細繊維状セルロース含有物を用いて所定の条件で調製した試料の粘度およびヘーズ値をそれぞれ一定の範囲に制御することによって、前記微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性を向上させることができることを見出した。さらに本発明者らは、上記の粘度及びヘーズ値は、微細繊維状セルロース含有物の濃縮方法や、微細繊維状セルロースの置換基量などをそれぞれ適切に調節することによって制御できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。」
(2)「【0014】
<繊維状セルロース原料>
繊維状セルロースを得るための繊維状セルロース原料としては特に限定されないが、入手しやすく安価である点から、パルプを用いることが好ましい。パルプとしては、木材パルプ、非木材パルプ、脱墨パルプから選ばれる。木材パルプとしては例えば、広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、サルファイトパルプ(SP)、ソーダパルプ(AP)、未晒しクラフトパルプ(UKP)、酸素漂白クラフトパルプ(OKP)、溶解パルプ(DP)等の化学パルプ等が挙げられる。また、セミケミカルパルプ(SCP)、ケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等の半化学パルプ、砕木パルプ(GP)、サーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等の機械パルプ、等が挙げられるが、特に限定されない。非木材パルプとしてはコットンリンターやコットンリント等の綿系パルプ、麻、麦わら、バガス等の非木材系パルプ、ホヤや海草等から単離されるセルロース、キチン、キトサン等が挙げられるが、特に限定されない。」
(3)「【0015】
<イオン性置換基>
本発明で用いる微細繊維状セルロースは、イオン性置換基を有することが好ましいが、特にこれに限定されない。
イオン性置換基としては、アニオン性置換基又はカチオン性置換基のいずれでもよいが、好ましくはアニオン性置換基である。
【0016】
繊維状セルロースにアニオン性置換基を導入する方法は、特に限定されないが、例えば、酸化処理、又はセルロース中の官能基と共有結合を形成し得る化合物による処理などが挙げられる。
【0017】
酸化処理とは、セルロース中のヒドロキシ基をアルデヒド基やカルボキシ基に変換する処理である。酸化処理としては、例えばTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルラジカル)酸化処理や各種酸化剤(亜塩素酸ナトリウム、オゾンなど)を用いた処理が挙げられる。酸化処理の一例としては、Biomacromolecules 8、2485−2491、2007(Saitoら)に記載されている方法を挙げることができるが、特に限定されない。
【0018】
化合物による処理は、乾燥状態または湿潤状態の繊維原料に、該繊維原料と反応するような化合物を混合することにより、繊維原料に上記置換基を導入することにより実施できる。導入時の反応を促進するため、加熱する方法が特に有効である。置換基の導入における加熱処理温度は特に限定されないが、該繊維原料の熱分解や加水分解等が起こりにくい温度帯であることが好ましい。例えば、セルロースの熱分解温度の観点から、250℃以下であることが好ましく、セルロースの加水分解を抑える観点から、100〜170℃で加熱処理することが好ましい。
【0019】
繊維原料と反応する化合物としては、微細繊維を得ることができ、かつアニオン性置換基を導入するものである限り、特に限定されない。 アニオン性置換基を導入する場合、繊維原料と反応する化合物としては、例えば、リン酸由来の基を有する化合物、カルボン酸由来の基を有する化合物、硫酸由来の基を有する化合物、スルホン酸由来の基を有する化合物等が挙げられる。取扱いの容易さ、繊維との反応性から、リン酸由来の基、カルボン酸由来の基および硫酸由来の基からなる群より選択される少なくとも1種を有する化合物が好ましい。これらの化合物が繊維とエステルまたは/およびエーテルを形成することがより好ましいが、特に限定されない。」
(4)「【0046】
<繊維状セルロースの微細化処理>
微細繊維状セルローススラリーは、繊維状セルロースを微細化(解繊)処理に供することによって製造することができる。
【0047】
微細化処理に際し、繊維状セルロースは溶媒に分散される。 溶媒の具体例としては、水、有機溶媒単独、並びに水と有機溶媒との混合物を挙げることができる。有機溶媒としては、意図した比誘電率を確保できる限り特に限定されない。例えば、アルコール類、多価アルコール類、ケトン類、エーテル類、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF),ジメチルアセトアミド(DMAc)等が挙げられる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、tブチルアルコール等が挙げられる。多価アルコール類としては、エチレングリコール、グリセリンなどが挙げられる。ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。エーテル類としては、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノn−ブチルエーテル、エチレングリコールモノt−ブチルエーテル等が挙げられる。有機溶媒は、1種のみ用いてもよく、2種以上用いてもよい。上記の中でも好ましくは、溶媒は水である。
【0048】
溶媒中の繊維状セルロースの分散濃度は、0.1〜20質量%であることが好ましく、0.5〜10質量%であることがより好ましい。分散濃度が0.1質量%以上であれば、解繊処理の効率が向上し、20質量%以下であれば、解繊処理装置内での閉塞を防止できるからである。
【0049】
解繊処理装置としては特に限定されない。例えば、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、クレアミックス、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナーが挙げられる。また、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、ビーター等、湿式粉砕する装置等を適宜使用することができる。
【0050】
微細化処理により、微細繊維状セルローススラリーが得られる。得られる微細繊維状セルロースの平均繊維幅は特に限定されないが、例えば1〜1000nmとすることができ、好ましくは2〜1000nm、より好ましくは2〜500nm、さらに好ましくは3〜100nmである。微細繊維の平均繊維幅が1nm以上であると、分子の水への溶解が抑えられるため、微細繊維としての物性(強度や剛性、寸法安定性)が十分に発現される。一方、平均繊維幅が1000nm以下であれば、微細繊維としての特長(高透明、高弾性率、低線膨張係数、フレキシブル性)が発揮されやすくなる。なお、微細繊維状セルロースは、たとえば繊維幅が1000nm以下である単繊維状のセルロースである。
【0051】
また、微細繊維状セルロース分散液は、繊維幅が1000nm(1μm)を超える繊維状セルロース(粗大繊維状セルロースとも言う)を含んでいてもよい。粗大繊維状セルロースの繊維幅は1μmより大きければ特に限定されないが、好ましくは5μm以上であり、より好ましくは10μm以上である。なお、粗大繊維状セルロースは、繊維幅が1000nmを超える繊維状セルロースであって、その表面に幅1000nm以下の枝状部を有するものを含む。」
(5)「【実施例】
【0100】
製造例1:CNF1の調製
尿素100g、リン酸二水素ナトリウム二水和物55.3g、リン酸水素二ナトリウム41.3gを109gの水に溶解させてリン酸化試薬を調製した。
乾燥した針葉樹晒クラフトパルプの抄上げシートをカッターミルおよびピンミルで処理し、綿状の繊維にした。この綿状の繊維を絶乾質量で100g取り、リン酸化試薬をスプレーでまんべんなく吹きかけた後、手で練り合わせ、薬液含浸パルプを得た。
得られた薬液含浸パルプを140℃に加熱したダンパー付きの送風乾燥機にて、120分間加熱処理し、リン酸化パルプを得た。
得られたリン酸化パルプをパルプ質量で100g分取し、10Lのイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。ここで得られた脱水シートを脱水シートAと称する。
【0101】
次いで、上記で得られた脱水シートを10Lのイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pHが12〜13のパルプスラリーを得た。
【0102】
その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、10Lのイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。 イオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを3回パスさせCNF1を得た。
・・・(中略)・・・
【0104】
製造例2〜8:CNF2〜8の調製
製造例1において、シングルディスクリファイナーを3回パスさせることに代えて、シングルディスクリファイナーを4回、5回、6回、7回、8回、9回、又は10回パスさせることによって、CNF2〜8をそれぞれ調製した。
【0105】
製造例9及び10:CNF9及び10
製造例1において、送風乾燥機による加熱処理時間を120分から80分に変更し、シングルディスクリファイナーを3回パスさせることに代えてシングルディスクリファイナーを5回又は10回パスさせることによって、CNF9及び10をそれぞれ調製した。
【0106】
製造例11から18:CNF11〜18の調製
製造例1において、送風乾燥機による加熱処理時間を120分から160分に変更することによって、CNF11を調製した。
製造例1において、送風乾燥機による加熱処理時間を120分から160分に変更した。また、製造例1において、シングルディスクリファイナーを3回パスさせることに代えて、シングルディスクリファイナーを4回、5回、6回、7回、8回、9回、又は10回パスさせた。上記により、CNF12〜CNF18をそれぞれ調製した。
【0107】
製造例19:CNF19の調製
乾燥質量200g相当分の未乾燥の針葉樹晒クラフトパルプとTEMPO2.5gと、臭化ナトリウム25gを水1500mlに分散させた。その後、13質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1.0gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウムの量が5.0mmolになるように加えて反応を開始した。反応中は0.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10〜11に保ち、pHに変化が見られなくなった時点で反応を終了した。
【0108】
その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、10Lのイオン交換水を添加した。次に、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。
【0109】
イオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製した。このスラリーをクリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを10回パスさせCNF19を得た。
・・・・(中略)・・・
【0113】
上記により、CNF1〜CNF21には、平均繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースが含まれていることを確認した。また、CNF1〜20には、平均繊維幅が1μmより大きく、繊維長さが10μm以上である粗大繊維状セルロースも含まれていた。」
以上の記載事項から、特に実施例のCNF1〜19に着目すると、甲2には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されている。
「微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物の製造方法であって、
乾燥した針葉樹晒クラフトパルプにリン酸化試薬を吹きかけ練り合わせて得た薬液含浸パルプを120分、80分、又は160分加熱乾燥してリン酸化パルプを得る工程、または、乾燥した針葉樹晒クラフトパルプにTEMPO、臭化ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウムを含む溶液を加え、pH10〜11下で反応させる工程のいずれかと、
前記リン酸化パルプをpH12〜13に調製したもの、又は前記TEMPOによる反応工程後の処理パルプに、イオン交換水を添加して2質量%スラリーとし、クリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを3〜10回パスさせる工程と、を含み、
B型粘度計を用いて3rpm、25℃で測定される粘度が2800mPa・s以上、ヘーズ値が10%以上50%以下でありかつ、平均繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを含む、水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物の製造方法。」

3.甲3
甲3には、以下の事項(以下「甲3記載事項」という。)が記載されている。
(1)「[請求項1]
下記の工程(A)〜(B)の工程を備える、平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
工程(A):水を分散媒とする濃度が3%(v/w)のパルプスラリーとした場合にB型粘度が50mPa・s以上となるまで原料パルプを叩解処理する予備解繊工程
工程(B):前記予備解繊工程(A)で得られたパルプを繊維幅3〜100nmになるまで解繊する本解繊工程。
・・・(中略)・・・
[請求項3] 前記叩解処理がリファイナー、ビーター、又は離解機から選ばれる少なくとも1つの解繊装置を用いる、請求項1又は2に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。
・・・(中略)・・・
[請求項5] 前記原料パルプが、化学変性パルプである、請求項1〜4記載のいずれか一項に記載のセルロースナノファイバー分散液の製造方法。」
(2)「発明の概要
発明が解決しようとする課題
[0004] しかしながら、従来のセルロースナノファイバーの製造方法では、一般的に超高圧ホモジナイザーのようなせん断力の強い分散機により複数回、微細化の処理を行うため、製造に莫大な電力を使用する。また、超高圧ホモジナイザーは、非常に細い間隙に、サンプルを押し込み高圧とするため、パルプのような大きな繊維を処理する場合、詰まりなどを発生させ、非常に生産性、作業性が劣ることなどが問題であった。
[0005] そこで、本発明は、少ない電力消費量で、透明度の高いセルロースナノファイバーを効率よく製造する方法を提供することを目的とする。」
(3)「[0011](1)パルプ原料
本発明において、パルプ原料とは、晒又は未晒木材パルプ、晒又は未晒非木材パルプ、精製リンター、ジュート、マニラ麻、ケナフ等の草本由来のパルプなど、及び上記パルプ原料に加水分解、アルカリ加水分解、酵素分解、爆砕処理、振動ボールミル等の機械的処理等をすることによってセルロースを解重合した微細セルロースなどが例示される。
[0012](2)化学変性処理
上記のセルロース原料に化学処理を施すことで、平均繊維幅3〜100nmになるまで解繊する本解繊工程(B)における負荷が小さくなる好ましい。また、化学変性処理の方法は問わないが、酸化、エーテル化、カチオン化、エステル化などがあげられる。」
(4)「[0031] 本発明において、機械的叩解処理とは、リファイナー、ビーター、PFIミル、ニーダー、ディスパーザーなど回転軸を中心として金属または刃物とパルプ繊維を作用させるもの、あるいはパルプ繊維同士の摩擦によるものなど、一般的に知られている装置を使用することができる。
[0032] 本発明において、リファイナーとしては公知の装置を用いることができ、例えば、シングルディスクリファイナー、コニカルディスクリファイナー、ダブルディスクリファイナー、ツインディスクリファイナー等を用いることができる。」
(5)「[0046][実施例1]
(パルプ原料の調整:酸化パルプ)
針葉樹由来の漂白済み未叩解パルプ(日本製紙社製)5g(絶乾)を、TEMPO(東京化成社製)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム(和光純薬社製)756mg(7.35mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。ここに次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬社製)2.3mmolを水溶液の形態で加え、次いで、次亜塩素酸ナトリウムをパルプ1g当たり0.23mmol/分の添加速度となるように送液ポンプを用いて徐々に添加し、パルプの酸化を行った。次亜塩素酸ナトリウムの全添加量が22.5mmolとなるまで添加を継続した。反応中は系内のpHは低下するが、3N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。水酸化ナトリウム水溶液を添加し始めてから(すなわち、酸化反応が開始されてpHの低下が見られた時点から)、添加を終了するまで(すなわち、酸化反応が終了してpHの低下が見られなくなった時点まで)の時間を反応時間とした。この反応液を塩酸にて中性になるまで中和した後、反応後の液をガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。」
(6)「[0051] [実施例2]
予備解繊をリファイナー(熊谷理機工業株式会社製)での処理に変更し、2パス処理した以外は、実施例1と同様にセルロースナノファイバーを製造した。なお、この叩解処理におけるパルプ1kgあたりの電力消費量は0.5Kwhであり、得られたパルプスラリー(濃度3%(w/v))のB型粘度は2900mPa・sであった。また、濾水度は3mLであった。また、本解繊後の透明度は58%で、平均繊維長は1.9μm、平均繊維幅は5nmであった。分散ノズルの詰まりは発生しなかった。
[0052] [実施例3]
予備解繊をリファイナーの1パス処理に変更した以外は、実施例1と同様にセルロースナノファイバーを製造した。なお、この叩解処理におけるパルプ1kgあたりの電力消費量は0.3Kwhであり、得られたパルプスラリー(濃度3%(w/v))のB型粘度は1500mPa・sであった。また、濾水度は25mLであった。また、本解繊の透明度は55%、平均繊維長は2μm、平均繊維幅は10nmであった。分散ノズルの詰まりは発生しなかった。」

以上の記載事項から、甲3には、以下の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。
「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法であって、
パルプに化学処理を施す化学変性処理を行い、
化学変性処理をしたパルプを濃度3%(v/w)含むスラリーをシングルディスクリファイナーによる叩解処理を行う予備解繊工程と、
前記予備解繊工程で得られたパルプを繊維幅3〜100nmになるまで解繊する本解繊工程を行う、
平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法。」

4.甲4
甲4には、熊谷理機工業株式会社が販売する各種繊維からのパルプ化に用いるパルプ・チップ試験機のうち、叩解用途の製品として、「KRK高濃度ディスクレファイナー」、「KRK連続式高濃度レファイナー」、「KRK加圧レファイナー」の3機が掲載されている。

5.甲5
甲5には、以下の事項(以下「甲5記載事項」という。)が記載されている。
「【0047】
<1−3.叩解>
本発明における金属担持セルロース繊維は、前記変性処理を行う前から、前記金属担持処理を行った後の間に少なくとも1回以上叩解処理を行ってもよい。ここで叩解処理とは、繊維に機械的剪断力を与える処理のことである。叩解処理により、セルロース繊維の一部がフィブリル化し、表面積が増大することにより、一般的には乾燥時における繊維間結合を強くすることができるほか、本発明においてはさらに消臭効果や抗菌効果を高めることができる。特に、湿潤状態での消臭効果が向上する。一方、叩解処理を過剰に行い、セルロース繊維を過度に微細化しすぎると、パルプと配合して抄紙する際に歩留まりが低下したり、紙中に留まらず(残らず)、金属イオンあるいは金属ナノ粒子含有セルロース繊維が有する消臭・抗菌効果が低下したりするため好ましくない。叩解度合いの指標としては、ろ水度(CSF)を用いることができる。具体的には、ろ水度(CSF)が30ml未満であると、シートへの歩留まり減少により消臭・抗菌効果が低下し、ろ水度(CSF)が600mlを超えると、フィブリル化が不十分で消臭・抗菌効果が低下する。このように、金属イオンあるいは金属ナノ粒子含有セルロース繊維のろ水度(CSF)を30〜600mlとすることで、消臭効果や抗菌効果が向上し、特に、湿潤状態での消臭効果が向上する。」

6.甲6
甲6には、以下の事項(以下「甲6記載事項」という。)が記載されている。
「[0031] 又、金属イオン含有セルロース繊維の平均繊維長を0.5〜2.5mm、平均繊維径を10〜40μmとすると、他の成分(一般のパルプ等)と混合する時にきれいに分散でき、かつ、セルロース繊維由来の高比表面積などの特性が得られるので好ましい。
平均繊維長、平均繊維径は、金属イオン含有セルロース繊維0.1gを離解し、L&W社製Fiber Testerを用いて長さ加重平均繊維長と、長さ加重平均繊維径を算出して求める。」

7.甲7
甲7には、以下の事項(以下「甲7記載事項」という。)が記載されている。
(1)「【0006】
・・・(中略)・・・
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
カチオン変性された、新規な変性セルロースナノファイバーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、セルロースナノファイバーをジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物によってカチオン変性することにより、新規な変性セルロースナノファイバーを得ることが可能となることを見出した。本発明はこの様な知見に基づき、更に鋭意検討を重ねて完成した発明である。
【0010】
本発明は下記項に示す変性セルロースナノファイバー及び当該変性セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物、並びに前記変性セルロースナノファイバーの製造方法及び前記樹脂組成物の製造方法を提供する。
【0011】
項1. ジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物によってカチオン変性された、変性セルロースナノファイバー。
【0012】
項2. 前記変性セルロースナノファイバー中に、前記ジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物が1〜50質量%含まれる、前記項1に記載の変性セルロースナノファイバー。
【0013】
項3. 前記項1又は2に記載の変性セルロースナノファイバー(A)及び熱可塑性樹脂(B)を含む樹脂組成物。
【0014】
項4. 前記熱可塑性樹脂(B)100質量部に対する前記変性セルロースナノファイバー(A)の含有量が、1〜300質量部である、前記項3に記載の樹脂組成物。
【0015】
項5. 前記熱可塑性樹脂(B)が、ポリアミド樹脂及び/又はABS樹脂である、前記項3又は4に記載の樹脂組成物。
【0016】
項6. セルロースナノファイバーの一部の水酸基とジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物とを反応させることにより、セルロースナノファイバーをカチオン変性することを特徴とする、変性セルロースナノファイバーの製造方法。
【0017】
項7. (1)セルロースナノファイバーの一部の水酸基とジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物とを反応させることにより、セルロースナノファイバーをカチオン変性する工程、(2)工程(1)によって得られた変性セルロースナノファイバー(A)と熱可塑性樹脂(B)とを混合する工程、を含む樹脂組成物の製造方法。
【0018】
項8. 前記熱可塑性樹脂(B)が、ポリアミド樹脂及び/又はABS樹脂である、前記項7に記載の樹脂組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の変性セルロースナノファイバーは、表面に存在する水酸基が分子量の大きな嵩高い化合物であるジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物によって置換されているので、変性セルロースナノファイバー同士が、水素結合によって凝集することを抑制できる。また、ジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物はカチオン性化合物であるため、変性セルロースナノファイバー同士の静電反発性を良好に得ることができる。
【0020】
本発明の変性セルロースナノファイバーは、樹脂材料との混合において、変性セルロースナノファイバー同士の凝集が抑制され、変性セルロースナノファイバーが樹脂中で均一に分散されるので、力学的特性、耐熱性、表面平滑性、外観等に優れた変性セルロースナノファイバーを含む樹脂組成物及び成形体を調製することができる。」
(2)「【0033】
セルロースナノファイバーの製造方法(植物繊維を解繊する方法)としては、公知の方法が採用でき、例えば、前記植物繊維含有材料の水懸濁液又はスラリーをリファイナー、高圧ホモジナイザー、グラインダー、一軸又は多軸混練機(好ましくは二軸混練機)、ビーズミル等による機械的な摩砕、ないし叩解することにより解繊する方法が使用できる。必要に応じて、上記の解繊方法を組み合わせて処理してもよい。」
(3)「【0036】
セルロースナノファイバーの比表面積としては、50〜300m2/g程度が好ましく、70〜250m2/g程度がより好ましく、100〜200m2/g程度がさらに好ましい。セルロースナノファイバーの比表面積を高くすることで樹脂組成物の強度が向上するため、好ましい。また、比表面積が極端に高いと樹脂中での凝集が起こりやすくなり、目的とする高強度材料が得られないことがある。そのため、セルロースナノファイバーの比表面積は上記の範囲とすることが好ましい。また、セルロースナノファイバーの比表面積が大きいと、セルロースナノファイバーに対してジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物によるカチオン変性を効率よく行うことができる。
【0037】
セルロースナノファイバーの平均繊維径は、3μm以下程度が好ましく、0.01〜3μm程度がより好ましい。また、平均繊維径が10〜200nm程度、好ましくは10〜150nm程度、特に好ましくは10〜100nm程度のセルロースナノファイバーを使用することもできる。また、セルロースナノファイバーの平均繊維長は、5〜3000μmが好ましい。尚、セルロースナノファイバーの繊維径の平均値(平均繊維径)は、電子顕微鏡の視野内の変性セルロースナノファイバーの少なくとも50本以上について測定した時の平均値である。この様なセルロースナノファイバーとしては、ダイセル化学工業株式会社製の「セリッシュ」がある。前記特性を有するセルロースナノファイバーを用いることで、セルロースナノファイバーに対してジアリルアミン由来の構成単位からなるカチオンポリマー化合物によるカチオン変性を効率よく行うことができる。」
(4)「【0116】
(1)各種カチオン変性処理剤によるCNFのカチオン変性処理1
実施例1
1.カチオン変性処理剤によるCNFのカチオン変性処理 表1に示すカチオン変性処理剤によりセルロースナノファイバー(CNF)のカチオン変性処理を行った。使用したCNFは、ダイセル化学工業株式会社製の「セリッシュ(KY100G)」である。セリッシュ(KY100G)は、コットンリンター等を由来原料として、高剪断力、高衝撃力を作用させることによって、高度に裂解・微細化した、平均繊維径10nm〜10μm、平均繊維長0.4〜0.5mmのCNFである。」
以上の記載事項から、特に実施例1に着目すると、甲7には、以下の発明(以下「甲7発明」という。)が記載されている。
「変性セルロースナノファイバーの製造方法であって、
コットンリンター等を原料とし、リファイナーによる高剪断力、高衝撃力を作用させることによって、高度に裂解・微細化し、比表面積50〜300m2/g、平均繊維径10nm〜10μm、平均繊維長0.4〜0.5mmのセルロースナノファイバーを得る工程と、
前記裂解・微細化後のセルロースナノファイバーをカチオン変性する処理工程からなる
変性セルロースナノファイバーの製造方法。」

8.甲8
甲8には、以下の事項(以下「甲8記載事項」という。)が記載されている。
(1)「【0044】
[セルロース原料の調整]
MFC-1
MFC原料として木材パルプの高度叩解品である市販のセリッシュKY-100G(ダイセル社製、固形分約10wt%の脱水ケーク)を用いた。セリッシュKY-100Gはセルロース濃度が0.1wt%となるように水中に再分散させた後に、家庭用ミキサーで約4分間の均一分散処理を行った。この0.1wt%均一分散スラリーを本実施例におけるMFC-1原料とした。
MFC-2
精製クラフトパルプを水中に1wt%となるように分散させ、ビーターにより2時間の叩解処理を行った。こうして得られた予備離解スラリーを前記の高圧ホモジナイザーを用いて80MPaで20回の離解処理を行った。得られたスラリーを水で0.1wt%に希釈し、家庭用ミキサーで約4分間の均一分散処理を行った。この0.1wt%均一分散スラリーを本実施例におけるMFC-2原料とした。」
(2)「【0053】
【表3】



9.甲9
甲9には、以下の事項(以下「甲9記載事項」という。)が記載されている。
(1)「[0064](実施例1)
(カルボキシル化セルロースの調製)
漂白済み針葉樹未叩解パルプ(日本製紙社製)5g(絶乾)を、TEMPO(Sigma Aldrich社製)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム754mg(7.4mmol)を溶解した水溶液500mLに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に2M次亜塩素酸ナトリウム水溶液18mL添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するので、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に維持した。2時間反応させた後、ガラスフィルターでろ過し、十分に水洗することでカルボキシル基量1.7mmol/gのカルボキシル化セルロースを得た。」
(2)「[0080](実施例9)
(カルボキシメチル化セルロースの調製)
パルプを撹拌することができる反応器に、パルプ(LBKP、日本製紙社製)を乾燥質量で250g入れ、撹拌しながら50質量%水酸化ナトリウム水溶液112gと、水67gを添加した。30℃で45分間撹拌し、マーセル化処理した後、撹拌しながら35質量%モノクロロ酢酸ナトリウム水溶液を364g添加した。30℃で60分間撹拌し、30分かけて70℃まで昇温した後、70℃で1時間反応を行った。その後、反応物を取り出し、グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度が0.27のカルボキシメチル化されたパルプ(以下、「カルボキシメチル化セルロース」ともいう)を得た。」

第5.当審の判断
1.甲1発明に基づく新規性進歩性
(1)本件発明1
ア.対比
(ア)甲1発明の「乾燥した針葉樹晒クラフトパルプの抄上げシートをカッターミルおよびピンミルで処理し、綿状の繊維にしたものにリン酸化試薬を吹きかけ、手で練り合わせ80分間140℃で加熱乾燥処理してリン酸化セルロース1を得る工程、又は前記リン酸化セルロース1に対してリン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返してリン酸化セルロース2を得る工程のいずれかのアニオン化による化学変性工程」は、その処理内容からみて、本件発明1の「原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程」に相当する。
(イ)甲1発明の「得られたリン酸化セルロース1又はリン酸化セルロース2にイオン交換水を添加し、2質量%スラリーを調製し、シングルディスクリファイナーをリン酸化セルロース2では1回ないし10回のいずれかをパスさせ、リン酸化セルロース1では1回、5回、10回、又は30回パスさせる、いずれかの工程」は、本件発明1の「前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程」に相当する。
(ウ)甲1発明の「平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維量の含有割合が17.8〜94.1%のセルロース懸濁液を得る製造方法」と、本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」とは、「物の製造方法」の限りで一致する。

以上より、本件発明1と甲1発明は、次の点で一致し、相違する。
<一致点>
「原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程と、を含んだ物の製造方法。」
<相違点1>
「物の製造方法」について、本件発明1は、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」であるのに対して、甲1発明は、「平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維量の含有割合が17.8〜94.1%のセルロース懸濁液を得る製造方法」である点。

イ.判断
上記相違点1について検討する。
本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」と、甲1発明の「平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維量の含有割合が17.8〜94.1%のセルロース懸濁液を得る製造方法」とは、製造される物が、それぞれ「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」と「セルロース懸濁液」という点で異なるのであるから、当該相違点1は実質的な相違点である。

また、本件発明1の発明が解決しようとする課題は、「セルロースナノファイバーに代えて、セルロースナノファイバーよりも解繊の程度が低いミクロフィブリルセルロース繊維のうち、BET比表面積が高いものを用いることで、低コストで強度の高い紙を製造することができるとの着想を得」(【0006】)て、「BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供すること」(【0007】)であるが、甲1発明は、「微細化の程度をコントロールし、ヘイズ値を一定範囲内とすることで、またはあえて一定量の粗大繊維を微細繊維と共存させることで、優れた増粘性を有する微細セルロース繊維分散液を製造可能なことを見出し」、「そのような分散液が、掘削用途を想定した実験では、十分な粘度特性に加え、粗大繊維が粒子の安定性や止水性を高めることができる等、掘削用途に非常に適した添加剤であることが明らかとなり、本発明を完成した」([0012])ものであるから、甲1発明の「平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維量の含有割合が17.8〜94.1%のセルロース懸濁液を得る製造方法」を、甲1発明とは技術分野及び解決しようとする課題が異なり、かつ、甲1発明とは製造する物が異なると共に異質な効果を奏する本件発明1のように「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」とする動機付けはない。

仮に、甲1発明の「セルロース懸濁液」中の「セルロース繊維」のみに着目したとしても、甲1発明の「セルロース懸濁液」は、「粗大セルロース繊維と微細セルロース繊維とにより増粘するものであ」([0057])り、「粗大セルロース繊維量は、より好ましくは1.0%以上85%未満であり、さらに好ましくは、1.5%以上85%未満」の「範囲内であれば、微細繊維のみを成分とする増粘剤に比較して、高い増粘効果が発揮されうる」([0058])ものであるから、微細セルロース繊維も含む甲1発明の「セルロース繊維」において、「平均繊維幅が1μm以上とされる粗大繊維」の「含有割合が17.8〜94.1%」であるものが、ただちに、本件発明1のような「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」である蓋然性が高いとまではいえないし、「セルロース繊維」の「平均繊維幅が500nm以上」であったとしても、甲1発明とは技術分野が及び解決しようとする課題が異なり、かつ異質な効果を奏する本件発明1のように「BET比表面積が50m2/g以上」とする動機付けはなく、かつ、甲1に記載されている「優れた増粘性を有する微細セルロース分散液」において「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を用いることは、甲2〜9のいずれにも記載されておらず、当業者に周知でもないから、甲1発明の「セルロース繊維」を、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」とすることは当業者が容易に想到し得たとはいえない。

したがって、本件発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。

なお、申立人は、特許異議申立書において「ア 甲第1号証に基づく新規性及び進歩性欠如の取消理由・・・欠如する発明である。」(26ページ14行〜27ページ21行)と主張しているが、そもそも、甲1に記載された製造例37は「セルロース懸濁液」であって、「化学変成ミクロフィブリルセルロース繊維」ではないから、申立人の主張は当を得ておらず、採用できない。

(2)本件発明2〜3
本件発明2〜3は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「叩解処理工程」で用いる手段(=機器)のみ異にする関係にある。そうすると、甲1発明と対比すると、両者が製造する物が異なるとした上記相違点1で相違する関係にある点は同様である。
したがって、本件発明1と同様の理由から、本件発明2及び3はいずれも甲1発明ではない。また、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4〜5
本件発明4〜5は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「化学変成工程」を更に限定するものである。そうすると、甲1発明と対比すると、両者が製造する物が異なるとした上記相違点1で相違する関係にある点は同様である。
したがって、本件発明1と同様の理由から、本件発明4及び5は、甲1発明ではない。また、本件発明4〜5は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2.甲2発明に基づく進歩性
(1)本件発明1
ア.対比
(ア)甲2発明の「乾燥した針葉樹晒クラフトパルプにリン酸化試薬を吹きかけ練り合わせて得た薬液含浸パルプを120分、80分、又は160分加熱乾燥してリン酸化パルプを得る工程、または、乾燥した針葉樹晒クラフトパルプにTEMPO、臭化ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウムを含む溶液を加え、pH10〜11下で反応させる工程のいずれか」は、本件発明1の原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程」に相当する。
(イ)甲2発明の「前記リン酸化パルプをpH12〜13に調製したもの、又は前記TEMPOによる反応工程後の処理パルプに、イオン交換水を添加して2質量%スラリーとし、クリアランスを100μmに設定したシングルディスクリファイナーを3〜10回パスさせる工程」は、本件発明1の「前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程」に相当する。
(ウ)甲2発明の「微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物の製造方法」と、本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」とは、「物の製造方法」の限りで一致する。

以上より、本件発明1と甲2発明は、次の点で一致し、相違する。
<一致点>
「原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程と、を含む
物の製造方法。」
<相違点2>
「物の製造方法」について、本件発明1は、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」であるのに対して、甲2発明は、「微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物の製造方法」である点。

イ.判断
上記相違点について検討する。
本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」と、甲2発明の「微細繊維状セルロースを含む水性媒体中における微粒子の分散性が良好である微細繊維状セルロース含有物の製造方法」とは、製造される物が、それぞれ「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」と「微細繊維状セルロース含有物」という点で異なるのであるから、当該相違点2は実質的な相違点である。

なぜなら、甲2発明は、上記第4 2.(1)に記載されているとおり、増粘剤として使用する微細繊維状セルロースの濃縮物を製造しようとし、水性媒体中の分散性を良好とするようになした発明である。そうすると、本件発明1が意図する製造物に求められる性質と、甲2発明が意図する製造物に求められる性質とははじめから相違する関係にあることが明らかである。その結果、本件発明1が製造しようとする繊維には上記相違点で示すBET比表面積の範囲及び平均繊維幅の範囲が希求されるのであり、甲2発明ではBET比表面積の範囲を希求せず、粘度、ヘイズ値、及び平均繊維幅の上限を特定した上で、微細繊維状である含有物を希求するとした関係にあると認められる。
したがって、本件発明1は、甲2発明ではなく、また、甲2発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。

なお、申立人は、特許異議申立書において「イ 甲第2号証に基づく新規性及び進歩性欠如の取消理由・・・欠如する発明である。」(27ページ下から6行〜29ページ5行)と主張しているが、最初の主張を見ると、甲2では「微細繊維」という表記や、「分散性が良好」という記載と共に実施例のものを「CNF」と呼称している(注:CNFは、”セルロースナノファイバー”の略称)ところから、製造したい対象物の繊維サイズはナノのオーダーを指向している。この点は、本件発明1の製造対象に付した「平均繊維幅が500nm以上である」とした点や、「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」とした点(”ミクロ”の名称は、本件特許明細書の【0006】にて、”セルロースナノファイバーよりも解繊の程度が低い”とされている)にそぐわない。
次の主張は、単に叩解処理に用いる手段が一致していることのみをもって、処理後の対象物の性状を同じになるとはできず、蓋然性に欠けると認められる。
最後の主張は、BET比表面積のみの一致を確認できたにとどまり、最初の主張に示したように、平均繊維幅の程度の一致まで確認できたものではない。
よって、申立人の主張は当を得ておらず、いずれも採用できない。

(2)本件発明2〜3
本件発明2〜3は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「叩解処理工程」で用いる手段(=機器)のみ異にする関係にある。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明2〜3は、甲2発明ではない。また、甲2発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4〜5
本件発明4〜5は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「化学変成工程」を更に限定するものである。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明4〜5は、甲2発明ではない。また、本件発明4〜5は、甲2発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.甲3発明に基づく新規性進歩性
(1)本件発明1
ア.対比
(ア)甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法」と、本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」とは、「物の製造方法」の限りで一致する。
(イ)甲3発明の「パルプに化学処理を施す化学変性処理を行」うことは、本件発明1の「原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程」に相当する。
(ウ)甲3発明の「化学変性処理をしたパルプを濃度3%(v/w)含むスラリーをシングルディスクリファイナーによる叩解処理を行う予備解繊工程」は、本件発明1の「前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程」に相当する。

以上より、本件発明1と甲3発明は、次の点で一致し、相違する。
<一致点>
「原料パルプを化学変性して化学変性パルプを得る化学変性工程と、
前記化学変性工程で得た化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程と、を含む、 物の製造方法。」
<相違点3>
「物の製造方法」について、本件発明1は「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」であるのに対し、甲3発明は「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法」である点。

イ.判断
上記相違点3について検討する。
本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」と、甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法」とは、製造される物が、それぞれ「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」と「セルロースナノファイバー分散液」という点で異なるのであるから、当該相違点3は実質的な相違点である。

また、本件発明1の発明が解決しようとする課題は、「セルロースナノファイバーに代えて、セルロースナノファイバーよりも解繊の程度が低いミクロフィブリルセルロース繊維のうち、BET比表面積が高いものを用いることで、低コストで強度の高い紙を製造することができるとの着想を得」(【0006】)て、「BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供すること」(【0007】)であるが、甲3発明は、「従来のセルロースナノファイバーの製造方法では、一般的に超高圧ホモジナイザーのようなせん断力の強い分散機により複数回、微細化の処理を行うため、製造に莫大な電力を使用する。また、超高圧ホモジナイザーは、非常に細い間隙に、サンプルを押し込み高圧とするため、パルプのような大きな繊維を処理する場合、詰まりなどを発生させ、非常に生産性、作業性が劣ることなどが問題」([0004])とし、「少ない電力消費量で、透明度の高いセルロースナノファイバーを効率よく製造する方法を提供することを目的とする。」([0005])ものであるから、甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液の製造方法」を、甲3発明とは技術分野及び解決しようとする課題が異なり、かつ、甲3発明とは製造する物が異なると共に異質な効果を奏する本件発明1のように「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を製造する製造方法」とする動機付けはない。

仮に、甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー」のみに着目したとしても、甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー分散液」は、「少ない電力消費で、透明度の高いセルロースナノファイバーを効率よく製造する方法を提供する」([0005])ものであり、「分散液」が「高い透明性を有」することは、「1〜100nm程度のナノレベルの繊維径を有する繊維であ」([0002])ることで達成しているのであるから、甲3発明の「平均繊維幅3〜100nmであるセルロースナノファイバー」を、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」とすることには阻害要因がある。
したがって、本件発明1は、甲3発明ではなく、また、甲3発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明できたものではない。
なお、申立人は、特許異議申立書において、「ウ 甲第3号証に基づく新規性及び進歩性欠如の取消理由・・・発明である。」(29ページ6行〜30ページ下から4行)と主張しているが、そもそも、甲3に記載されたものは「セルロースナノファイバー分散液」であって、「化学変成ミクロフィブリルセルロース繊維」ではないから、申立人の主張は当を得ておらず、採用できない。

(2)本件発明2〜3
本件発明2〜3は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「叩解処理工程」で用いる手段(=機器)のみ異にする関係にある。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明2〜3は、甲3発明ではない。また、甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4〜5
本件発明4〜5は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「化学変成工程」を更に限定するものである。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明4〜5は、甲3発明ではない。また、本件発明4〜5は、甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

4.甲7発明に基づく新規性進歩性(理由1及び2)
(1)本件発明1
ア.対比
(ア)甲7発明の「コットンリンター等」は、本件発明1の「原料パルプ」に相当する。
(イ)甲7発明の「リファイナーによる高剪断力、高衝撃力を作用させることによって、高度に裂解・微細化」する処理は、本件発明1の「ディスクリファイナーを用いて叩解処理する」に相当する。
(ウ)甲7発明の「セルロースナノファイバー」が「比表面積50〜300m2/g」であることは、本件発明1の「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」が「BET比表面積が50m2/g以上」であることに相当する。
(エ)甲7発明の「変性セルロースナノファイバー」と本件発明1の「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」とは、「化学変性」された「セルロース繊維」の限りにおいて一致する。
以上により、本件発明1と甲7発明とは以下の点で一致し、かつ相違する。
<一致点>
「原料パルプをリファイナーを用いて叩解処理する処理を含む、BET比表面積が50m2/g以上である化学変性セルロース繊維を製造する方法。」
<相違点4−1>
製造物の性質に関し、本件発明1は「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」であるのに対し、甲7発明は「BET比表面積が50m2/g以上である」「変性セルロース」の「ファイバー」であるものの、「平均繊維幅」が異なり、本件発明1では「ミクロ」と特定され、甲7発明では「ナノ」と特定されている点。
<相違点4−2>
「製造方法」の諸工程の順序に関し、本件発明1は原料パルプを「化学変成して化学変成パルプを得る化学変成工程」を行った上で「化学変性パルプを固形分濃度15重量%以下の条件でディスクリファイナーを用いて叩解処理する叩解処理工程」を経るとしているのに対して、甲7発明は原料パルプ相当であるコットンリンター等の原料を化学変成することなく、かつ、リファイナーで裂解・微細化し、比表面積50〜300m2/gの処理物を得た上で、カチオン変性する処理を行うとしており、工程の順序が相違し、かつ、叩解処理工程に用いる具体的手段が相違するとともに叩解の際の具体的条件が不明ある点。

イ.判断
上記相違点4−1,4−2について検討する。
<相違点4−1について>
本件発明1の「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」と、甲7発明の「変性セルロースナノファイバー」とは、製造される繊維の大きさが、それぞれ「ミクロ」かつ「平均繊維幅」が「500nm以上」と、「ナノ」かつ「平均繊維径」が「10nm〜10μm」という点で異なるのであるから、当該相違点4−1は実質的な相違点である。
<相違点4−2について>
甲7には工程の順序を入れ替えることが可能であるとの示唆はない。また、そもそも甲7発明が製造しようとした物と、本件発明1で製造しようとした物とは、繊維のサイズが異なる関係上、平均繊維幅を変更しようとする動機付けに欠ける。
以上により、甲7発明は本件発明1ではなく、また、甲7発明から当業者が本件発明1を想到し得るものとも認められない。

(2)本件発明2〜3
本件発明2〜3は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「叩解処理工程」で用いる手段(=機器)のみ異にする関係にある。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明2〜3は、甲7発明ではない。また、甲7発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4〜5
本件発明4〜5は、本件発明1の発明特定事項のうち、製造物を特定する事項を共にし、製造工程の一部である「化学変成工程」を更に限定するものである。よって、本件発明1と同様の理由から、本件発明4〜5は、甲7発明ではない。また、本件発明4〜5は、甲7発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5.理由4(サポート要件)について
事案に鑑み、理由4から検討する。

本件特許の発明が解決しようとする課題(以下「本件特許の課題」という。)は、「セルロースナノファイバーよりも解繊の程度が低いミクロフィブリルセルロース繊維のうち、BET比表面積が高いものを用いることで、低コストで強度の高い紙を製造することができるとの着想を得た」が、「このような特性のミクロフィブリルセルロース繊維を製造する方法については、検討がされてこなかった」(【0006】)ため、「BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供すること」(【0007】)である。

本件特許の課題の解決手段について、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。
「【0014】
(化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維)
ミクロフィブリルセルロース繊維(以下「MFC」ともいう)とは、パルプ等のセルロース系原料を解繊して得られる500nm以上の平均繊維幅を有する繊維であり、化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維(以下「化学変性MFC」ともいう)とは、化学変性セルロース系原料を解繊して得られるMFCである。・・・
【0015】
(BET比表面積)
本発明の製造方法(製造方法A)により得られる化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維は、BET比表面積が50m2/g以上であり、好ましくは70m2/g以上である。
また本発明の製造方法(製造方法B)により得られる化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維は、BET比表面積が50m2/g以上であり、好ましくは60m2/g以上、より好ましくは70m2/g以上である。
また本発明の製造方法(製造方法C)により得られる化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維は、BET比表面積が50m2/g以上であり、好ましくは70m2/g以上である。
BET比表面積が高いと、例えば製紙用添加剤として用いた場合にパルプに結合しやすくなり、歩留まりが向上する、紙への強度付与の効果が高まるなどの利点がある。・・・」
「【0029】
(叩解処理工程)
本発明の製造方法(製造方法A)の叩解処理工程では、固形分濃度を15重量%以下に調整した化学変性パルプに対して、ディスクリファイナーを用いて叩解処理を行う。化学変性パルプに対して叩解処理を行うと、繊維長、繊維幅が小さくなる微細化、および繊維の毛羽立ちが多くなるフィブリル化が進行する。
・・・
【0033】
本発明の製造方法Aにおいて、叩解処理工程に供する化学変性パルプの固形分濃度は、パルプスラリー移送の観点から15重量%以下であり、0.3〜10重量%が好ましく、0.5〜6重量%がより好ましい。・・・
・・・
【0043】
本発明の製造方法Aによれば、BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供することができる。」
「【0045】
本発明の製造方法(製造方法B)の叩解処理工程では、固形分濃度を15重量%以下に調整した化学変性パルプに対して、コニカル型リファイナーを用いて叩解処理を行う。化学変性パルプに対して叩解処理を行うと、繊維長、繊維幅が小さくなる微細化、および繊維の毛羽立ちが多くなるフィブリル化が進行する。
・・・
【0048】
本発明の製造方法Bにおいて、叩解処理工程に供する化学変性パルプの固形分濃度は、パルプスラリー移送の観点から15重量%以下であり、0.3〜10重量%が好ましく、0.5〜6重量%がより好ましい。・・・
・・・
【0058】
本発明の製造方法Bによれば、BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供することができる。」
「【0060】
(解繊処理する工程)
本発明の製造方法(製造方法C)の解繊処理する工程では、固形分濃度を15重量%以下に調整した化学変性パルプに対して、高速離解機を用いて解繊処理を行う。化学変性パルプに対して高速離解機を用いた解繊処理を行うと、繊維長、繊維幅が小さくなる微細化、および繊維の毛羽立ちが多くなるフィブリル化が進行する。
・・・
【0064】
本発明の製造方法Cにおいて、解繊処理する工程に供する化学変性パルプの固形分濃度は、パルプスラリー移送の観点から15重量%以下であり、0.3〜10重量%が好ましく、0.5〜6重量%がより好ましい。・・・
・・・
【0074】
本発明の製造方法Cによれば、BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供することができる。」

以上の記載によれば、本件特許の課題は、「化学変成されたパルプに対して、ディスクリファイナーを用いて叩解処理を行う」、「化学変成されたパルプに対して、コニカル型リファイナーを用いて叩解処理を行う」又は「化学変成パルプに対して高速離解機を用いた解繊処理を行う」ことにより「500nm以上の平均繊維幅」及び「BET比表面積が50m2/g以上」である「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を製造することで解決可能である。
そして、「500nm以上の平均繊維幅」及び「BET比表面積が50m2/g以上」である「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を製造することについては、「化学変成パルプに対して、ディスクリファイナーを用いて叩解処理を行」った実施例1及び2、「化学変成パルプに対して、コニカル型リファイナーを用いて叩解処理を行」った実施例3、並びに「化学変成パルプに対して、高速離解機を用いた解繊処理を行」った実施例4及び5の平均繊維幅が13.2〜17.8μmすなわち13200〜17800nmであり、BET比表面積が82〜257m2/gであることによって裏付けられている。

そうすると、本件発明1〜5は、「化学変成されたパルプに対して、ディスクリファイナーを用いて叩解処理を行う」、「化学変成されたパルプに対して、コニカル型リファイナーを用いて叩解処理を行う」又は「化学変成パルプに対して高速離解機を用いた解繊処理を行う」ことにより、「500nm以上の平均繊維幅」及び「BET比表面積が50m2/g以上」である「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」が製造されることが特定されているから、いずれも本件特許の課題を解決可能である。

したがって、本件発明1〜5は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものである。

なお、申立人は特許異議申立書の第39〜43頁にて、以下の主張を行っている。
ア 本件特許明細書では実施例1、2、及び比較例1、2に記載の条件にて本件発明1で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に照らして当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えている。
イ 本件特許明細書では実施例3に記載の条件にて本件発明2で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に照らして当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えている。
ウ 本件特許明細書では実施例4,5に記載の条件にて本件発明3で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に照らして当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えている。
エ 本件特許発明1〜3の解決しようとする課題、当該課題を解決するための手段は、発明の詳細な説明の【0038】−【0039】、【0053】−【0054】、【0069】−【0070】に記載されているところ、甲第3号証に照らせば、係る解決手段を用いた場合、セルロース繊維の平均繊維幅は10nm以下のナノ化される結果が示されているから、本件の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載されたものは、必ずしもできあがるセルロース繊維の平均繊維幅を500nm以上とできない課題解決手段を含んでおり、当業者が課題を解決できると認識できる範囲を超えている。
そこで、上記ア〜エについて検討する。
<ア〜ウについて>
当該主張を検討したところ、本件発明1〜3では、化学変成されたパルプの叩解処理に採用できる手段として、明細書の【0029】−【0032】にディスクリファイナーを用いることが好適である旨の記載がなされ、【0033】−【0034】に固形分濃度の範囲を定めた理由が記載され、【0038】−【0075】に使用できるタイプの装置及び処理に組み合わせて使用できる他の装置の候補が記載されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載では、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を製造するに際し、「叩解処理」に採用できる手段が、本件発明1でいう「ディスクリファイナー」、本件発明2でいう「コニカル型リファイナー」、本件発明3でいう「高速離解機」のいずれをも使用できることとされ、これら3種の手段に共通して、化学変性パルプの固形分濃度を定めた理由は、【0033】に「パルプスラリー移送の観点から15重量%以下であり、0.3〜10重量%が好ましく、0.5〜6重量%がより好ましい。」とされていることが理解できる。そして、本件明細書の発明の詳細な説明における実施例は、前述の理解の範囲内で発明の実施がされた関係にあると理解できる。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明で、【0007】に「本発明の目的は、BET比表面積が高く、平均繊維幅が特定範囲の化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維を与える化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法を提供することである。」とした、発明の課題を解決する手段として、本件発明1〜3で発明を特定するための事項として記載されたものは、当該発明が解決しようとする課題を解決する手段として妥当なものと認められる。

なお、申立人の前記ア〜ウの主張は、本件明細書で実施例として記載された他の諸条件を伴うものでないと、発明の課題が解決できないとする趣旨の主張とみられるが、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、上記のとおり複数の手段を用いることができること、どの手段を用いたとしても、最終的に、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を製造するために必要な条件が、「化学変成されたパルプ」の「叩解処理工程」にて「化学変性パルプの固形分濃度」が「15重量%以下」であればよいと整理されていることに照らすと、課題を解決するために必要な手段の一部を欠いているものとすることができない。
<エについて>
上記エで挙げられた甲3は、上記「3.甲3発明に基づく新規性進歩性」の対比、検討で示したとおり、本件発明1〜3と大きく異なる製造工程、製造対象に関して記載されたものである。
共通する手段や条件の一部を採用したとしても、製造したい対象を異にする結果、甲3発明ではナノサイズのセルロース繊維となり、本件発明1〜3ではミクロサイズのセルロース繊維が得られると理解できる。
そうすると、本件発明1〜3に対する特許請求の範囲の記載は、製造したいミクロサイズのセルロース繊維を得るための手段が適切に記載されているというべきである。

6.理由3(実施可能要件)について
前述のとおり、本件発明1〜3の「500nm以上の平均繊維幅」及び「BET比表面積が50m2/g以上」である「化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」を製造することについては、「化学変成パルプに対して、ディスクリファイナーを用いて叩解処理を行」った実施例1及び2、「化学変成パルプに対して、コニカル型リファイナーを用いて叩解処理を行」った実施例3、並びに「化学変成パルプに対して、高速離解機を用いた解繊処理を行」った実施例4及び5の平均繊維幅が13.2〜17.8μmすなわち13200〜17800nmであり、BET比表面積が82〜257m2/gであることによって裏付けられているから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜3及び本件発明1〜3を充足し、さらにその一部を特定した本件発明4〜5の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

なお、申立人は特許異議申立書の第39〜43頁にて、以下の主張を行っている。
ア 本件特許明細書では実施例1、2、及び比較例1、2に記載の条件にて本件発明1で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
イ 本件特許明細書では実施例3に記載の条件にて本件発明2で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
ウ 本件特許明細書では実施例4,5に記載の条件にて本件発明3で特定した平均繊維幅及びBET比表面積のミクロフィブリルセルロース繊維を得た旨の記載がなされているものの、かかる条件以外のディスクリファイナー処理やクリアランス、処理時間で特定したミクロフィブリルセルロース繊維が得られるか否かを明らかとしていないため、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
そこで、上記ア〜ウについて検討する。
これらア〜ウは、要するに本件明細書の発明の詳細な説明に、様々な工程実行上の条件を調べ尽くした記載がなされるべきとした主張と解せるが、発明の詳細な説明はそこまでの開示を求めるものではない。
本件明細書の発明の詳細な説明では、前記5.で示したとおり、本件発明の課題を解決できる手段に関し、【0029】−【0032】にディスクリファイナーを用いることが好適である旨の記載がなされ、【0033】−【0034】に固形分濃度の範囲を定めた理由が記載され、【0038】−【0075】に使用できるタイプの装置及び処理に組み合わせて使用できる他の装置の候補が記載されている。そして、これらの記載を受けて実施例に、、「BET比表面積が50m2/g以上、平均繊維幅が500nm以上である化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維」の製造を果たしたとする記載が現にあるため、発明の実施に当たって特段の支障があるとは認められない。

7.理由5(明確性)について
申立人は特許異議申立書の第43頁にて、本件発明1〜3が規定する、BET比表面積及び平均繊維幅について、達成すべき条件、もしくは希望する結果で特定したに過ぎず、しかもそのために必要な製造条件は当業者にとり自明でないから、本件発明1〜5は明確に理解できないとしている。

しかしながら、特許法第36条第6項第2項に掲げる要件は、特許請求の記載が明確であるかにより決せられるものである以上、本件特許の請求項1〜3に記載された「BET比表面積」及び「平均繊維幅」はいずれも当業者に周知のパラメータであり、その意味内容は明確であるから、本件発明1〜5は明確である。

8.小括
以上のとおり、本件発明は、理由1ないし5のいずれの理由にも該当しないから、本件発明1〜5に係る特許は、特許法第113条第2号または第4号に該当せず、取り消すことはできない。


第6.むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-03-22 
出願番号 P2021-503617
審決分類 P 1 651・ 113- Y (D21H)
P 1 651・ 537- Y (D21H)
P 1 651・ 536- Y (D21H)
P 1 651・ 121- Y (D21H)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 石井 孝明
特許庁審判官 平野 崇
西村 泰英
登録日 2021-03-23 
登録番号 6857289
権利者 日本製紙株式会社
発明の名称 化学変性ミクロフィブリルセルロース繊維の製造方法  
代理人 藤本 芳洋  

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