• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1384765
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-02-25 
確定日 2022-06-14 
事件の表示 特願2017− 79861「リチウムイオン二次電池用正極材料」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月15日出願公開、特開2018−181614、請求項の数(2)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年4月13日の出願であって、令和2年6月4日付けで拒絶理由通知がされ、令和2年7月31日に手続補正がされ、令和2年12月22日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、令和3年2月25日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正がされ、令和4年2月8日付けで拒絶理由通知(以下、「当審拒絶理由通知」という。)がされ、令和4年3月30日に手続補正がされたものである。

第2 原査定の概要
原査定(令和2年12月22日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。
「本願請求項1ないし2に係る発明は、以下の引用文献1’、2’に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献等一覧
1’.特開2011−210694号公報
2’.特開平9−326331号公報」

第3 当審拒絶理由の概要
当審拒絶理由の概要は次のとおりである。
「(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1、2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
・請求項1
・引用文献1、2

<引用文献等一覧>
1.寺西貴志 他6名、第57回 電池討論会 講演要旨集、2C05、「高出力Liイオン電池に向けたペロブスカイト強誘電体SEIの検討」、電気化学会 電池技術委員会、平成28年11月28日発行、p.188

2.「2009年度 科学研究費補助金研究成果報告書」、平成22年6月25日現在、研究種目:基礎研究(A)、研究期間:2007〜2009、課題番号:19206068、研究課題名(和文) サブミリ波エリプソメトリによる誘電体フォノン解析と計算結晶化学、研究代表者 鶴見 敬章」、インターネット、<URL:https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-19206068/19206068seika.pdf>(なお、「2009年度研究成果報告書」であることは、<URL:https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-19206068/19206068seika/>に掲載されている。)

第4 本願発明
本願請求項1ないし2に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明2」という。)は、令和4年3月30日の手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載された事項により特定される、以下のとおりの発明である。
「 【請求項1】
正極活物質粒子と、
強誘電体と
を含み、
前記強誘電体は、前記正極活物質粒子の表面の少なくとも一部に配置されており、
前記強誘電体は、−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、 前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表される、
リチウムイオン二次電池用正極材料。
【請求項2】
前記強誘電体は、−70℃以上−50℃以下の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
上記式(I)中、xは、0.5≦x≦0.6の関係を満たす、
請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極材料。」

第5 引用文献、引用発明等
1 引用文献1
当審で引用した引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は、当審で付与した。)。
「1.緒言
ハイブリッド自動車や電気自動車の加速的な普及に伴い,高速充放電可能な蓄電池に対する需要が急速に高まっている.電気二重層キャパシタやリチウムイオンキャパシタは,出力特性は特段優れる一方,エネルギー密度はリチウムイオン電池を大きく下回る.元来高いエネルギー密度を有するリチウムイオン電池を出発として高レート特性を劇的に改善することができれば,次世代型車載蓄電池として非常に魅力的となる.高レート特性改善に向けたアプローチ策の一つとして活物質粒子への人工固体電解質界面(artificial−SEI)被覆があり,関連の研究成果は多く蓄積されつつある[1−2].我々は,人工SEIに強誘電体を適用させる試みを行っている.実際,活物質LiCoO2(LC)粒子上にBaTiO3(BT)ナノ粒子を担持させることで,高レート特性を劇的に改善することができている[3,4].本発表では,これまで検討した種々誘電体SEIにおける高速充放電特性,並びに特性改善原理確認のための充放電中in−situ評価について報告する.

2.実験方法
活物質LCへの誘電体SEIナノ粒子担持はゾルゲル法をべ一スとした液相合成により行った.SEIナノ粒子担持量はLCに対し1mol%固定とした.前駆体として酢酸Ba/Sr,Ti−butoxide,Al−isopropoxideを用いた.市販LC粉末(日本化学工業CellSeedC−5H)の分散溶液中に上記原料を加え,加熱攪拌しゲル化した後,種々温度で20時間本焼成を行った.得られた複合活物質を導電助剤,PVDFと一定割合で混合し正極シートを作製した.対極をLi,電解液をlmol/L LiPF6とし,2032型コインセルを用いて3.3V−4.5Vの電位範囲において充放電試験を行った.充放電レートは0.1C(1C=160mA/g)から,各レート5サイクルずつ段階的に速度を引き上げていき,最終的に100Cレートまで評価を行った.誘電体SEI材料として,強誘電体BT,散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST),常誘電体SrTiO3(ST),さらにこれまで人工SEIとして多数報告がされているAl203についても比較試料として検討した.さらに特性改善の原理確認実験として,電気化学インピ一ダンス測定[5],Co−K吸収端における時分割XAFS(X線吸収微細構造)測定[6]を電池充放電中において行った.

3.結果と考察
Figure 1 に低レート(0.1C)・高レート(10C)充放電時の放電容量におけるLC粒子へのBT担持量依存性を示す.低レート(0.1C)ではBT担持量増大に伴い,放電容量は単調減少した.これは単純にBT担持量増大に伴う導入活物質量の減少と,BT過剰導入により生成した不純物相BaCO3によるものであると考えられる.一方,10C高レートにおいては,BT添加量1mol%付近において最大値を示した.結果,BT1mol%において未処理LC(10C放電容量62mAh/g)に対して,同充放電レートでの容量が146mAh/gと,約2.38倍の改善を確認した[4].我々は,優先Li界面拡散パスが,電界が集中する活物質−強誘電体−電解液の三相界面にあると考えている.実際,液相合成のプロセス変更により担持するBT粒子径を約半減させ,上記三相界面密度を増大させたところ,高レート容量は従来法に比べ改善した.また,パルスレーザー堆積法(PLD)によりBTの表面被覆率をコントロールした積層正極膜についても電池評価を行ったが,BTのドット密度と出力特性に相関があることも確認している.これらの結果は,活物質−強誘電体−電解液三相界面において優先的なLi拡散パスが存在することを示唆している.その他,種々のBT系ペロブスカイト系誘電体SEIにおける高レート特性の評価結果,並びに特性改善原理確認のための充放電中in−situインピーダンス・XAFS解析等の結果については当日の発表にて報告する.」


引用文献1のFig 1.のキャプションには「Discharge capacities of BT decorated cathodes at 0.1C and 10C rate.」(当審訳:レート0.1C及び10CにおけるBT担持正極の放電容量)と記載されている。

上記「2.実験方法」は、「正極シート」についてのものであるから、引用文献1のFig 1.のキャプションに「BT担持正極」と記載されていることと併せ考えると、上記「2.実験方法」に記載された「活物質」が正極活物質であることは明らかである。

よって、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。

「正極活物質粒子への人工固体電解質界面(artificial−SEI)被覆における誘電体SEI材料が、散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST)である、正極活物質。」

2.引用文献2
当審で引用した引用文献2には、図面とともに、次の事項が記載されている。
(1)「(3) チタン酸バリウム系リラクサーの相転移挙動
強誘電体であるチタン酸バリウム(BaTiO3,BT),散漫相転移型強誘電体であるチタン酸バリウムストロンチウム(Ba0.6Sr0.4TiO3,BST-0.6)およびリラクサー強誘電体であるチタン酸ジルコン酸バリウム(BaZr0.25Ti0.75O3,BZT-0.25)の高密度焼結体を作製した.これらのBaTiO3系強誘電体について,広帯域誘電スペクトル測定によりキュリー温度(Tc)あるいは誘電率極大温度(Tm)付近での分極種(双極子分極,イオン分極,電子分極)の定量化を試みた.」(第3頁左欄下から4行−同頁右欄第8行)

(2)「(3) チタン酸バリウム系リラクサーの相転移挙動
BT,BST-0.6及びBZT-0.25について様々な温度で広帯域誘電スペクトルを測定し,TcあるいはTm付近における双極子分極由来の誘電率(εdipole)およびイオン分極由来の誘電率(εionic)を決定した.その結果を図8(a)-(c)に示した.」(第5頁左欄下から11行−同頁同欄下から4行)」



上記(1)、(2)及び図8より、引用文献2には、次の事項(以下、「引用文献2に記載された事項」という。)が記載されている。「散漫相転移型強誘電体である(Ba0.6Sr0.4TiO3,BST-0.6)の誘電率は、5℃付近で最大になる。」

第6 対比・判断
1 本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明1とを対比する。
ア 引用発明1における「正極活物質粒子」、「散漫相転移型強誘電体」が、それぞれ本願発明1における「正極活物質粒子」、「強誘電体」に相当する。

イ 引用発明1における「正極活物質粒子」に「散漫相転移型強誘電体」を「被覆」していることが、本願発明1における「前記強誘電体は、前記正極活物質粒子の表面の少なくとも一部に配置されて」いることに相当する。

ウ 引用発明1における「散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST)」と、本願発明1における強誘電体とは、
「前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
により表される」点で一致する。
しかしながら、本願発明1では、Ba1-xSrxTiO3式により表される強誘電体が、「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表される」のに対し、引用発明1における「散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST)」は、誘電率の最大ピークを有する温度が不明であり、また、xは0.4であって、0.4<x≦0.6の要件を満たさない点で相違する。

エ 引用発明1は「正極活物質」であるから、本願発明1とは「正極材料」の点で一致する。
しかしながら、正極材料が、本願発明1は「リチウムイオン二次電池用」であるのに対し、引用発明1は「リチウムイオン二次電池用」であることは明記されていない点で相違する。

したがって、上記アないしエより、本願発明1と引用発明との間には、次の一致点および相違点があるといえる。

(一致点)
「正極活物質粒子と、
強誘電体と
を含み、
前記強誘電体は、前記正極活物質粒子の表面の少なくとも一部に配置されており、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
により表される、
正極材料。」

(相違点1)
本願発明1では、Ba1-xSrxTiO3式により表される強誘電体が、「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表される」のに対し、引用発明1における「散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST)」は、誘電率の最大ピークを有する温度が不明であり、また、xは、0.4<x≦0.6の要件を満たさない点。

(相違点2)
正極材料が、本願発明1は「リチウムイオン二次電池用」であるのに対し、引用発明1は「リチウムイオン二次電池用」であることは明記されていない点。

(2)判断
上記相違点1について検討する。
ア 引用文献2には、散漫相転移型強誘電体である(Ba0.6Sr0.4TiO3,BST-0.6)の誘電率が、5℃付近で最大になることが記載されているにすぎないから、引用文献2に記載された事項をみても、引用発明1における「散漫相転移型強誘電体Ba0.6Sr0.4TiO3(0.6−BST)」において、誘電率の最大ピークを有する温度を、さらに低温の「−5℃未満の温度範囲」とし、かつ、Baに対するSrの置換量xをさらに増加させ、組成式Ba1-xSrxTiO3におけるxが「[xは0.4<x≦0.6を満たす。]」ものとすることは、当業者が容易に想到し得ないことである。

イ そして、本願発明1では、Ba1-xSrxTiO3式により表される強誘電体として「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表される」ものを用いることで、非水電解質二次電池の「低温環境における出力特性およびサイクル耐久性がいっそう向上」(本願明細書段落【0068】及び【表1】)するという格別な作用効果を奏するものである。

ウ よって、上記相違点1は、当業者であっても、容易になし得たことではない。

(3)まとめ
以上のとおり、相違点2について判断するまでもなく、本願発明1は、当業者であっても、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 本願発明2について
本願発明2に係る請求項2は、請求項1を引用し、さらに発明特定事項を加えたものであるから、上記(1)イに記載したのと同様の理由により、当業者であっても、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

第7 原査定についての判断
1 引用発明及び引用文献について
(1)引用文献1’
ア 引用文献1’に記載された事項について
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1’には、次の事項が記載されている。
「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、非水系溶媒に溶質を溶解させた非水電解液とを備えた非水電解質二次電池に関するものである。特に、正極活物質にリチウム含有遷移金属複合酸化物を用いた非水電解質二次電池において、このリチウム含有遷移金属複合酸化物を改良し、低い温度領域での出力特性を向上させた点に特徴を有するものである。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、非水系溶媒に溶質を溶解させた非水電解液とを備えた非水電解質二次電池において、正極活物質に用いるリチウム含有遷移金属複合酸化物を改良し、低い温度領域での出力特性を向上させることを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明においては、上記のような課題を解決するため、正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、非水系溶媒に溶質を溶解させた非水電解液とを備えた非水電解質二次電池において、一般式LiaMebO2(式中Meは、Co,Ni,Mnから選択される1種類以上の元素を含む遷移金属であり、a,bは、0.9≦a/b≦1.2の条件を満たす。)で表されるリチウム含有遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の表面に、比誘電率が500以上の強誘電体が焼結されたものを用いるようにした。
【0013】
そして、本発明のように、上記のリチウム含有遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の表面に、比誘電率が500以上の強誘電体を焼結させると、正極と負極との電位差により、正極活物質の表面に焼結された強誘電体において、非水電解液と接触する面は正に、正極活物質との界面は負に誘電される。このため、リチウムイオンは、強誘電体と接触する非水電解液中では斥力を、正極活物質中では引力を受けるようになり、低温環境下においても、界面反応が円滑に進むようになる。なお、上記のように正極活物質の表面に焼結された強誘電体において、非水電解液と接触する面が正に、正極活物質との界面が負に適切に誘電されて、上記の界面反応がより円滑に進むようにするためには、上記の正極活物質と強誘電体との比誘電率の差が大きいことが望ましく、このため、上記の強誘電体としては、その比誘電率が1000以上のものを用いることがより好ましい。
【0014】
ここで、上記の比誘電率が500以上の強誘電体としては、例えば、BaTiO3、KNbO3、Cd2Nb2O7、(Na0.5Bi0.5)TiO3、Pb(Zr0.54Ti0.46)O3などが挙げられる。特に、これらの強誘電体の中でも、非電解液中における耐酸化性や高い比誘電率の点から、BaTiO3を用いることが望ましい。
【0015】
また、強誘電体としてBaTiO3を用いる場合、このBaTiO3に対して、Ca、Sr等のアルカリ土類金属元素や、Y、Nd、Sm、Dy等の希土類金属元素などが1種又は複数種添加されていてもよい。また、この高い比誘電率を得る上では、このBaTiO3におけるBaとTiとのモル比が約1であることが好ましい。」

「【発明の効果】
【0028】
本発明の非水電解質二次電池においては、一般式LiaMebO2(式中Meは、Co,Ni,Mnから選択される1種類以上の元素を含む遷移金属であり、a,bは、0.9≦a/b≦1.2の条件を満たす。)で表されるリチウム含有遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の表面に、比誘電率が500以上の強誘電体が焼結されたものを用いたため、正極活物質の表面に焼結された強誘電体において、非水電解液と接触する面は正に、正極活物質との界面は負に誘電されて、正極活物質におけるリチウムイオンの出し入れが、低温環境下においてもスムーズに行われるようになる。」

イ 引用文献1’に記載された発明について
上記アより、引用文献1’には、次の発明(以下、「引用発明1’」という。)が記載されているものと認められる。
「正極活物質を含む正極と、負極活物質を含む負極と、非水系溶媒に溶質を溶解させた非水電解液とを備えた非水電解質二次電池において、リチウム含有遷移金属複合酸化物からなる正極活物質の表面に、比誘電率が500以上の強誘電体が焼結されたものを用い(【0012】)、
上記の比誘電率が500以上の強誘電体として、BaTiO3を用いる場合、このBaTiO3に対して、Ca、Sr等のアルカリ土類金属元素や、Y、Nd、Sm、Dy等の希土類金属元素などが1種又は複数種添加される(【0014】、【0015】)、
非水電解質二次電池(【0012】)。」

(2)引用文献2’
ア 引用文献2’に記載された事項について
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2’には、次の事項が記載されている。
「【0005】本発明は、従来技術における前記課題を解決するために、高い誘電率を有する(100)に優先配向した(Ba,Sr)TiO3薄膜の製造方法およびそれを用いた薄膜コンデンサを提供することを目的とする。」

「【0018】以下に、本発明の製造方法により、種種の組成の(Ba,Sr)TiO3薄膜を製造する方法について具体的に説明する。
・・・(途中省略)・・・
【0023】得られた薄膜の結晶構造をX線回折により調べた結果、ペロブスカイト型結晶構造をしていた。また、(100)面に優先配向していた。
【0024】また、膜厚、膜構造および組成を走査型電子顕微鏡(SEM)およびプラズマ質量分析法により解析した。膜厚は1.8μmで、堆積速度は60nm/minであった。また膜は柱状構造をしていた。粒径は0.3μmであった。膜組成はBa0.70Sr0.30TiO3で、その他の不純物は検出されなかった。また膜はがれやクラックも見られなかった。
【0025】次に、上部電極として白金膜をスパッタ法により200nm形成することにより薄膜コンデンサを作製した。周波数1kHzでの比誘電率および誘電損失を測定した。その結果、比誘電率は2400、誘電損失は0.04であった。また、絶縁抵抗は109・cm以上で、直流破壊電圧は2.2MV/cmであった。下記(表1)の2行目に、本具体例1における製造条件と解析結果を示す。
【0026】
【表1】



イ 引用文献2’に記載された発明について
原査定において、「引用文献3(当審注:引用文献2’)には、Ba0.7Sr0.3TiO3は(室温での)比誘電率が2400の強誘電体であることが記載されて」いると認定されていることを踏まえると、上記アより、引用文献2’には、次の技術(以下、「引用文献2’に記載された技術」という。)が記載されているものと認められる。
「高い誘電率を有する(Ba,Sr)TiO3薄膜として(【0005】)、ペロブスカイト型結晶構造をし、膜組成がBa0.70Sr0.30TiO3で、比誘電率が2400(【0023】、表1の具体例1)の薄膜を得る(【0023】)」技術。

2 対比・判断
(1)本願発明1について
ア 対比
本願発明1と引用発明1’とを対比する。
(ア)引用発明1’における「正極活物質」は、粒子であることは明らかであって、本願発明1における「正極活物質粒子」に相当する。

(イ)引用発明1’における「強誘電体」が、本願発明1における「強誘電体」に相当する。

(ウ)引用発明1’における「正極活物質の表面に」、「強誘電体が焼結されたもの」が、本願発明1における「前記正極活物質粒子の表面の少なくとも一部に配置されて」いる「強誘電体」に相当する。

(エ)引用発明1’における「強誘電体」は、「BaTiO3に対して、Ca、Sr等のアルカリ土類金属元素や、Y、Nd、Sm、Dy等の希土類金属元素などが1種又は複数種添加される」から、本願発明1における「強誘電体」とは、さらに組成が「BaTiO3に、金属元素が添加された組成」である点で共通する。
しかしながら、本願発明1における「強誘電体」は、「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表されるものである」のに対し、引用発明1’における「強誘電体」は、BaTiO3に添加される金属元素として「Sr」が例示されているものの、具体的組成も誘電率が最大ピークを有する温度範囲も示されていない点で相違する。

(オ)引用発明1’における「非水電解質二次電池」は、引用文献1’の段落【0028】に「正極活物質におけるリチウムイオンの出し入れが、低温環境下においてもスムーズに行われるようになる」と記載されていることから、リチウムイオン二次電池であると認められる。
よって、引用発明1’における「非水電解質二次電池」の「正極活物質」が、本願発明1における「リチウムイオン二次電池用正極材料」に相当する。

よって、上記(ア)ないし(オ)より、本願発明1と引用発明1’とは、次の一致点及び相違点を有するものと認められる。
(一致点)
「正極活物質粒子と、
強誘電体と
を含み、
前記強誘電体は、前記正極活物質粒子の表面の少なくとも一部に配置されており、
前記強誘電体は、BaTiO3に、金属元素が添加された組成である、
リチウムイオン二次電池用正極材料。」

(相違点3)
本願発明1における「強誘電体」は、「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有し、
前記強誘電体は、下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表されるものである」のに対し、引用発明1’では、BaTiO3に添加される金属元素として「Sr」が例示されているものの、その添加量xも誘電率が最大ピークを有する温度範囲も示されていない点。

イ 相違点についての判断
(ア)そこで上記相違点3について検討すると、引用文献2’の段落【0005】 に記載されているとおり、引用文献2’に記載された薄膜は「薄膜コンデンサ」に用いられるものであるから、引用文献2’に記載された上記薄膜(焼結体ではない)を、引用発明1’における「非水電解質二次電池」の「正極活物質の表面に」「焼結されたもの」として用いることは、当業者であっても容易に想到し得たことではない。
また、引用文献2’に記載された高い誘電率を有する(Ba,Sr)TiO3薄膜は、膜組成がBa0.70Sr0.30TiO3(つまり、x=0.3)であるから、上記相違点3における「xは0.4<x≦0.6を満たす」との要件を満足しない。
さらに、引用文献2’に記載された、膜組成がBa0.70Sr0.30TiO3の薄膜の誘電率が最大ピークを有する温度が−5℃未満の温度範囲にあることも示されていない。

(イ)よって、引用発明1’における「非水電解質二次電池」の「正極活物質の表面に」「焼結された」「強誘電体」として引用文献2’に記載された高い誘電率を有する(Ba,Sr)TiO3薄膜を採用しても、上記相違点3に係る構成とはならない。

(ウ)なお、引用文献2’の表1に記載された他の具体例についても検討すると、上記(ア)で述べたとおり、引用文献2’に記載された薄膜は「薄膜コンデンサ」に用いられるものであるから、引用文献2’に記載された上記薄膜(焼結体ではない)を、引用発明1’における「非水電解質二次電池」の「正極活物質の表面に」「焼結されたもの」として用いることは、当業者であっても容易に想到し得たことではない。
また、表1に記載された最も比誘電率の高い具体例1の薄膜に代え、敢えて比誘電率の劣る他の具体例の薄膜を引用発明1’における「非水電解質二次電池」の「正極活物質の表面に」「焼結されたもの」として用いる理由も見いだせない。
よって、引用文献2’の表1に記載された他の具体例をみても、上記相違点3が当業者にとって容易になし得たものとはいえない。

(エ)そして、本願発明1では、強誘電体として「−5℃未満の温度範囲に、誘電率の最大ピークを有」し、「下記式(I):
Ba1-xSrxTiO3 …(I)
[ただし式(I)中、xは0.4<x≦0.6を満たす。]
により表されるものである」ものを用いることで、非水電解質二次電池の「低温環境における出力特性およびサイクル耐久性がいっそう向上」(本願明細書段落【0068】及び【表1】)するという格別な作用効果を奏するものである。

(オ)よって、上記相違点3は、当業者であっても、容易になし得たことではない。

ウ まとめ
以上のとおり、本願発明1は、当業者であっても、引用文献1’に記載された発明及び引用文献2’に記載された技術に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

(2)本願発明2について
本願発明2に係る請求項2は、請求項1を引用し、さらに発明特定事項を加えたものであるから、上記(1)イに記載したのと同様の理由により、当業者であっても、引用文献1’に記載された発明及び引用文献2’に記載された技術に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

第8 むすび
以上のとおり、原査定の理由によって、本願を拒絶することはできない。
他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2022-05-31 
出願番号 P2017-079861
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01M)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 山田 正文
特許庁審判官 山本 章裕
清水 稔
発明の名称 リチウムイオン二次電池用正極材料  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ