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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  G01N
管理番号 1385178
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-04 
確定日 2022-04-05 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6819218号発明「転がり軸受の疲労度取得方法及び装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6819218号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕、4について訂正することを認める。 特許第6819218号の請求項1、3、4に係る特許を維持する。 特許第6819218号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6819218号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成28年10月28日を出願日とする出願であって、令和3年1月6日にその特許権の設定登録がされ、同年1月27日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

・令和3年6月4日 :特許異議申立人 松本征二(以下「申立人」という。)による請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立て
・同年10月18日付け:取消理由通知(以下、「本件取消理由通知」という。)
・同年12月22日 :特許権者による訂正請求書及び意見書の提出(以下、当該訂正請求書による訂正を「本件訂正」という。)
・令和4年2月25日:申立人による意見書の提出(以下「申立人意見書」という。)

第2.訂正の適否についての判断

1 訂正前後における特許請求の範囲に記載された発明

(1)本件訂正前の特許請求の範囲に記載された発明
本件訂正前の請求項1〜4(以下「訂正前請求項1」などという。)に係る発明(以下、それぞれ「訂正前発明1」〜「訂正前発明4」という。)は、特許査定時の特許請求の範囲の記載によって特定される、次のとおりのものである。
ここで、各構成単位冒頭の「1A」などは、当審の便宜のために付した分説番号であり、以下各構成単位について「構成1A」などという。

「1A 転がり軸受の軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪における被測定面上で測定点を移動させて複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する第1工程、
1B 各X線パラメータから疲労度を取得する第2工程、及び
1C 各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする第3工程、を含み、
1D 前記軌道輪は固定輪であり、
1E 前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ、
1F 前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度を、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付ける処理である
1G 疲労度取得方法。
【請求項2】
2A 前記第1工程は、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲にも前記測定点を移動させる、請求項1に記載の疲労度取得方法。
【請求項3】
3A 前記X線パラメータは、回折X線の半価幅である、請求項1又は請求項2に記載の疲労度取得方法。
【請求項4】
4A 転がり軸受の軌道輪を保持する保持部と、
4B 前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部と、
4C 前記軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部と、
4D 前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得し、各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする処理部と、を備え、
4E 前記軌道輪は固定輪であり、
4F 前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、
4G 前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度を、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付ける処理である
4H 疲労度取得装置。」

(2)本件訂正後の特許請求の範囲に記載された発明
本件訂正後の請求項1〜4(以下「訂正後請求項1」などという。)に係る発明(以下、それぞれ「訂正後発明1」〜「訂正後発明4」という。)は、本件訂正により訂正された特許請求の範囲の記載によって特定される、次のとおりのものである。
分説番号については上記(1)と同様。上記(1)と相違ない構成単位には共通の分説記号を用いた。

「【請求項1】
1A 転がり軸受の軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪における被測定面上で測定点を移動させて複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する第1工程、
1B 各X線パラメータから疲労度を取得する第2工程、及び
1C 各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする第3工程、を含み、
1D 前記軌道輪は固定輪であり、
1E’ 前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ、
1F’ 前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である
1G 疲労度取得方法。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
3A’ 前記X線パラメータは、回折X線の半価幅である、請求項1に記載の疲労度取得方法。
【請求項4】
4A 転がり軸受の軌道輪を保持する保持部と、
4B 前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部と、
4C 前記軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部と、
4D 前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得し、各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする処理部と、を備え、
4E 前記軌道輪は固定輪であり、
4F’ 前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、
4G’ 前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である
4H 疲労度取得装置。」

2 訂正の内容

2−1 一群の請求項1〜3に係る訂正

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ、前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度を、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付ける処理である」と記載されているのを、「前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ、前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1又は請求項2に記載の疲労度取得方法」と記載されているのを、「請求項1に記載の疲労度取得方法」とし、訂正前の請求項3が請求項1又は請求項2の記載を引用する記載であるところ、請求項2を引用しないものに訂正する。

2−2 請求項4に係る訂正

(1)訂正事項4−1
特許請求の範囲の請求項4に「前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度を、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付ける処理である」と記載されているのを、「前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である」に訂正する。

3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について

(1)訂正事項1について
ア 当該訂正事項は、第1工程に関し、測定点を移動させる範囲として「前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲」を直列的に付加し、第3工程に関し、マッピングされる範囲に「前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲」を直列的に付加し、マッピングされる対象を、本件訂正前の「疲労度」から「疲労度の大きさ」へと、下位概念に変更し、マッピングの形態について、本件訂正前は「X線パラメータの測定点の位置に対応付ける」としていたところ、マッピングの表示形態に関し「可視表示」であることを直列的に付加するものである。
そうすると、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

イ(ア)本件特許明細書の【0024】には、「本実施形態のX線回折装置11は、図3のステップS1において、内輪軌道面2a上の軸方向及び周方向の全体にわたる範囲で測定点Pを移動させてX線パラメータを測定するものとなっている。」との記載がある。また、同【0035】には、「図7は、マッピングの一例を示すイメージ図である。図7に示すマップは、内輪軌道面2aにおける軸方向の範囲(大鍔部側〜小鍔部側)と、周方向の範囲(位相0度〜360度)内で、疲労度の大きさに応じて色の明度を異ならせたものである。例えば、本実施形態では、疲労度が大きくなるほど、明度を低くして表している。」との記載がある。また、本件特許図面の図7には、可視表示としてのマップ表示の例が記載されている。
(イ)上記アで整理したとおりの、訂正事項1により請求項1に付加・限定された各事項がいずれも、上記(ア)で挙げた本件特許明細書及び本件特許図面の各記載により裏付けられるものであることは明らかである。
そうすると、訂正事項1は、本件特許明細書・同図面に記載した事項または記載した事項から自明な事項の範囲内の訂正であり、本件特許明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるから、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合する。

ウ 上記アで説示したとおり、訂正事項1は発明特定事項の直列的付加及び下位概念への変更を行うものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合する。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は請求項を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないことが明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び同第6項に適合する。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正事項2による請求項2の削除に伴い、請求項2の引用を削除したものであり、多数項を引用している請求項の引用請求項数の削減にあたるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないことが明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び同第6項に適合する。

(4)訂正事項4−1について
本件訂正後の請求項4は、本件訂正後の請求項1のカテゴリーを変更したものに該当し、該請求項4に対する訂正事項4−1は、上記(1)アの説示事項と同様に、発明特定事項の直列的付加と下位概念への変更とを行うものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、上記(1)イ・ウでの説示と同様の理由により、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び同第6項に適合する。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕、4について訂正することを認める。

第3.取消理由通知に記載した取消理由について

1 取消理由の概要
訂正前請求項1〜4に係る特許に対する本件取消理由通知の要旨は次のとおりである。

(1)取消理由1(進歩性
請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証または甲第2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に想到することができたものである。よって、請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)取消理由2(明確性
請求項1〜4に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が、「マッピング」の意味範囲、すなわちその次元数、表示工程・手段の含非についてその意味するところが判然としない点で明確ではなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(3)甲号証等
申立人が申立の根拠として提出した甲第1〜6号証、申立人が申立人意見書と共に追加提出した甲7号証、及び当審にて探知し、本件取消理由通知で引用した当審引用文献1(以上まとめて以下「甲号証等」ということがある。)は次のとおりである。いずれも、本件特許の出願日前に公知となったものである。甲第1〜7号証については以下、それぞれ単に甲1〜甲7という。

甲第1号証:小熊規泰,「軸受の残存疲労寿命予測 第1報:X線回折法の適用」,Koyo Engineering Journal, 2002年4月,No.161, pp.26〜31
甲第2号証:特開平8−233755号公報
甲第3号証:特開2015−129523号公報
甲第4号証:特開2011−69684号公報
甲第5号証:小栗泰造,「残留応力とX線応力測定法」,大阪府立産業技術総合研究所報告,No.22, 2008年,pp.9〜17
甲第6号証:片岡泰弘,「X線回折法を利用した金属材料の硬さの評価について」,あいち産業科学技術総合センターニュース,2014年3月,pp.4
甲第7号証:特開2007−198822号公報
当審引用文献1:特開2000−2673号公報

2 取消理由に対する当審の判断

2−1 取消理由1に対する当審の判断

2−1−1 甲号証等に記載された事項

(1)甲1に記載された事項

(1−1)甲1の記載事項
甲1には図面と共に次の事項が記載されている。(句読点及び式の表現は便宜上等価なものに置き換えた箇所がある。)

ア 「 上記寿命予知手法は疲労き裂の発生を受動的にモニタリングするものであるが、近年、能動的な寿命予知手法の必要性が高まってきた。すなわちある程度の稼働時間で軸受の疲労の程度を解析し、残存寿命を予知したいという要求である。この背景には、新規アプリケーション開発を短期間で行うために評価試験の打切りによって軸受の疲労度を把握することや、既存製品の設計余裕度を把握することが挙げられる。また、メンテナンスの効率化を目的として適切な交換時期を把握するといった観点からも、軸受の疲労の程度を解析する技術が求められている。
金属材料の疲労を評価する手段として、X線回折法が広く適用されており、一般に測定されるX線パラメータは残留応力、マルテンサイト半価幅(いか半価幅と称す)、残留オーステナイト量である。これまで、これらのX線パラメータと疲労との対応を研究した結果が報告されており、軸受の疲労度(寿命時間に対する稼働時間の割合)を解析する取組みが行なわれている。」(項目「1.はじめに」)

イ 「まず予備試験を行い、転がり疲労の進行と対応する転走面でのX線パラメータの特定を行った。図1に本研究に用いた試験機を示す。試験軸受はX線回折測定の便宜上、外輪アッシータイプの普通焼入れ焼きもどし(以下普通熱処理と称す)された円筒ころ軸受(呼び番号:NU206)とし、両側に配置するようにシャフトに組み込んだ。すなわち、シャフトにはサポート軸受と円筒ころ軸受の内輪が組み込まれる。」(項目2.1試験方法および試験条件」)

ウ 「表1に試験条件を示す。軸受荷重は7.06kN(0.3Cr)とし、回転速度は2500min-1で行った。・・・X線回折測定は位置検出型比例計数管(PSPC)を備えた装置で行い、各パラメータの測定条件を表2に示す。軸受の測定対象は軸受要素の中で最も負荷応力の高い内輪とし、内輪転走痕における測定位置は円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点とした。また、はく離発生に至るまでの試験途中における測定は、断続的に所定の試験時間が経過した時点で試験を中断し、試験軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で行った。」(項目「2.2X線回折の測定条件」)

エ 「図2は疲労度に対する転走表面のX線バラメータ(残留応力、半価幅、残留オーステナイト量)の変化を示したものである。なお、図中に回帰分析による相関係数を示した。疲労の進行にともなって、残留応力は圧縮応力が増加していく傾向にあり、半価幅と残留オーステナイト量は減少傾向が認められる。また、上記3つのX線パラメータを比較すると、半価幅が相関係数0.943で転がり疲労の進行と最も良い対応を示している。したがって、疲労度解析の評価パラメータとして半価幅の減少量を対象とするのが良いと考えられる。
しかしながら、転走面の半価幅は、試験前の新品状態においても、仕上げ研磨加工の具合によってばらつくため個体差を持つ。また、同じ減少量であっても疲労の程度が異なり表面半価幅からの疲労度推定は困難であることが報告されている。さらにばらつきの要因を挙げると、測定装置や測定条件が異なると半価幅の値は変化する。したがって、半価幅の減少量を正規化して評価する必要がある。
そこで、本研究では半価幅の変化量を次のように無次元化し、半価幅減少度と定義する。

半価幅減少度=(内部半価幅−表面半価幅)/内部半価幅

この式において内部半価幅とは、転がり疲労の影響を受けず、研磨仕上げの影響も受けていない熱処理後の材料本来の半価幅を意味する。本研究では非破壊測定を前提とすることから、内部半価幅の測定は、軸受の転がり機能に影響のない側面を電解研磨し、約50μm掘下げた深さで行った。」(項目「2.3測定結果および評価パラメータの決定」)

オ 「図3は3水準の軸受荷重条件下で行った試験における疲労度に対する半価幅減少度の変化を示したものである。ただし、半価幅減少度を算出するために対象とした半価幅測定値は、一つの軸受あたり測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理した。すなわち、はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定した。・・・以上の結果から軸受荷重が異なっても、また寿命時間が異なっても疲労度と半価幅減少度という尺度を用いれば、両者の関係に良い相間が得られることが明らかとなった。
・・・
以上の結果から軸受荷重が異なっても、また寿命時間が異なっても疲労度と半価幅減少度という尺度を用いれば、両者の関係に良い相関が得られることが明らかとなった。」(項目「3.2半価幅減少度の挙動」)

カ 「図3を疲労度解析データベースとして用いるとき、従属変数である半価幅減少度から独立変数である疲労度を推定することになる。」(3.3「信頼区間」)

キ 「前述のように普通熱処理された円筒ころ軸受を用いて疲労度解析データベースを構築したが、点接触する軸受の場合への適用を検討する必要がある。そこで、深溝玉軸受(呼び番号:6206)を用いて疲労度試験を行い、疲労度に対する半価幅減少度の挙動を確認した。・・・図5は図4に示した円筒ころ軸受での95%信頼区間に深溝玉軸受のデータをプロットしたものである。点接触する深溝玉軸受においても、線接触する円筒ころ軸受の95%信頼区間に包括されていることが分かる。したがって、図4のデータベースは軸受の接触形式に関わらず適用可能であることが確認された。」(4.1「点接触軸受けの場合」)

ク 半価幅と疲労度との関係を示す図2(b)は次のとおりである。



ケ 半価幅減少度と疲労度との関係を示す図3は次のとおりである。




コ 図4は次のとおりである。




サ 図5は次のとおりである。



(1−2)甲1に記載された発明
上記(1−1)に摘記した記載事項から、甲1には次の各発明(甲1発明1、甲1発明2)が記載されているといえる(各構成単位末尾の括弧内は主な引用元記載箇所を示す。また、各構成単位冒頭の「1a」などは分説記号であり、以下当該構成単位を「構成1a」などと呼ぶことがある。以下、他の認定発明についても同様。)。

ア 甲1発明1
「1a 外輪アッシータイプの普通焼入れ焼きもどしされた円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕に対し、軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で、X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点とし、((1)イ・ウ)
1b 疲労の進行にともない、X線回折測定の半価幅は減少傾向が認められるが、転走面の半価幅は、試験前の新品状態においても、仕上げ研磨加工の具合によってばらつくため個体差を持ち、同じ減少量であっても疲労の程度が異なり、表面半価幅からの疲労度推定は困難であり、測定装置や測定条件が異なると半価幅の値は変化するから、表面半価幅を、軸受の転がり機能に影響のない側面を電解研磨し、約50μm掘下げた深さで測定した内部半価幅によって無次元化した半価幅減少度を定義して半価幅の減少量を正規化して評価し、((1)エ)
3水準の軸受荷重条件下で行った試験における疲労度に対する半価幅減少度の変化を、疲労度解析データベースとして用い、従属変数である半価幅減少度から独立変数である疲労度を推定し、((1)オ・カ)
1c 半価幅減少度を算出するために対象とした半価幅測定値は、一つの軸受あたり測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理し、((1)オ)
1d 測定位置は、円筒ころ軸受の、軸受要素の中で最も負荷応力の高い内輪であり、はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定し、((1)ウ・オ)
1e X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点とし、((1)ウ)
1f はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定し、測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理する、((1)オ)
1g 軸受の疲労度推定方法。((1)ア・オ・カ)」

イ 甲1発明2
「4a はく離発生に至るまでの試験途中における測定において試験軸受内輪を組み込むシャフトと、((1)ウ)
4b X線回折測定を行う位置検出型比例計数管(PSPC)を備えた装置と、((1)ウ)
4d 円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕に対し、軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で、X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点とし、((1)ウ)
X線回折測定の半価幅について、表面半価幅を、軸受の転がり機能に影響のない側面を電解研磨し、約50μm掘下げた深さで測定した内部半価幅によって無次元化した半価幅減少度を定義して半価幅の減少量を正規化して評価し、((1)エ)
3水準の軸受荷重条件下で行った試験における疲労度に対する半価幅減少度の変化を、疲労度解析データベースとして用い、従属変数である半価幅減少度から独立変数である疲労度を推定し、((1)オ・カ)
4e 測定位置は、円筒ころ軸受の、軸受要素の中で最も負荷応力の高い内輪であり、はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定し、((1)ウ・オ)
測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理するものである、((1)オ)
4h 疲労度推定装置。((1)ア・オ・カ)」

(2)甲2に記載された事項

(2−1)甲2の記載事項
甲2には次の記載がある。

「【0014】
また、本発明装置は、X線源から射出されるX線を上下の発散を制限する発散角の大きいソーラースリット或いは試料上の照射面積を制限する幅広スリットを通して発散X線ビームにする発散ビーム入射系と、その発散ビーム入射系からの発散X線ビームが照射される任意の外・内径を有する円筒試料と、円筒試料の外表面の接点とディフラクトメータのθ軸と一致させ、且つ円筒試料を中心軸まわりに回転させ或いは任意位置に停止させて、円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させる試料台と、円筒試料からの発散回折X線ビームを左右の発散を制限する細隙スリット、発散角度の小さい細隙ソーラースリット及び細隙、スリットを通し、且つX線検出器にて円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出する高分解能の平行ビーム受光系と、円筒試料の回転や停止位置を制御し、且つX線検出器が検出した回折X線を解析し、また表示する表示装置と演算装置から構成している。
【0015】
本発明によれば、基礎的な調査から円筒試料の外表面に発散X線ビームを照射し、円筒試料の外表面からの発散回折X線ビーム中の接点線上のみからの回折X線を検出できるX線光学系、或いは任意の内・外径を有する円筒試料について、X方向やY方向へ移動させて回折X線を検出することができる位置への設置及び中心軸まわりの回転や任意位置での回転停止が可能な試料台を提供する。即ち、任意の内・外径を有する円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出して、平均的或いは局所的な結晶構造の情報(結晶系、格子定数、物質の同定やその定量、集合組織、疲労度等)を求められるようになった。」

「【0017】
本発明装置は、図1に示したようにその主要構成として、強力型のX線発生装置11、X線ディフラクトメータ12、試料台13、演算装置14及び表示装置15を備えている。
【0018】
図2及び図3は、本発明に係るX線ディフラクトメータ12における光学系の平面図と斜視図である。この光学系は、X線源16と、上下の発散を制限するソーラースリット(soller slit)17及び幅広の発散スリット18等から成る入射系と、試料台13と、円筒試料19と、左右の散乱を制限する細隙スリット20、左右の発散を制限する細隙ソーラースリット21及び左右の散乱を制限する細隙スリット22等から成る受光系と、X線検出器23とから構成される。即ち本発明の光学系は、発散入射系、円筒試料を搭載した試料台及び高分解能な平行ビーム受光系から構成している。
・・・
【0020】
この光学系では、X線源16から射出されたX線24、幅広のソーラースリット17や幅広発散スリット18を通過してきた発散X線ビーム25の中心が、試料台13に設置された円筒試料19の外表面の接点26a(図2参照)上にブラッグ角θで入射される。
この場合、接点26aに対応する母線26上以外の入射X線は、円筒試料19の外表面が凸曲面(円筒面)であるため、ブラッグ角がθ±Δθとなる。故に、平行ビーム受光系では入射X線の中心に対して2θの角度で、細隙スリット20、細隙ソーラースリット21、細隙スリット22及びX線検出器23が設置されているので、円筒試料19の外表面の接点線(母線26)上、入射角度θのみからの回折X線27が検出できることになる。
【0021】
なお、細隙スリット20と細隙スリット22は同一の幅であり、左右の散乱線を遮蔽するものである。また、円筒試料19の外表面の接点26a以外の位置では、X線ビームがブラッグ角θ±Δθで入射されるので、発散回折X線27′,27″となる。故に、かかる発散回折X線27′,27″は、X線検出器23まで到達することができない。従って、本発明の光学系では、従来の集中法ディフラクトメータと異なり、円筒試料19の外表面の接点26a上のみから局所的な回折X線が検出される。また、円筒試料19をその中心軸周りに連続回転させて行う場合には、外表面における円周上に沿った平均的な回折X線を検出することができる。
【0022】
ここで図4〜図6は、本発明に係る試料台13の構成例を示している。図4はその正面図、図5は平面図、図6は円筒試料の位置調整時の側面図である。
試料台13は、円筒試料19を中心軸のまわりに回転駆動し或いは静止させるための回転機構や、円筒試料19の外表面の接点線上からの回折X線27を検出する位置へ該円筒試料19を移動させるためのX線ステージ28及びY軸ステージ29から構成される。」

「【0024】
そして、テーパ部41における試料受板40の底部よりも内径が大きい円筒試料19を試料受板40上に載せ、且つテーパ部41に外開きコレット44を嵌め込み、押え金具42を固定溝43に差し込むことにより、円筒試料19を試料受板40に固定する。故に、この回転機構は、モータ30のリード線45或いはフォトセンサ35のリード線46を介して演算装置14によって制御され、円筒試料19を回転させ、且つ任意位置に静止させることができる。」

「【0028】
従って、本発明装置は回転或いは停止する任意の内・外径を有する円筒試料の外表面に入射X線を照射し、且つその外表面の接点上のみからの回折X線を測定することができ、そして演算装置14によりそれを解析し、その結果を表示するというものである。故に、鉄道レール、圧延ロール、軸受鋼ブレーキ材料等の転動疲労過程の結晶構造の変化が明らかになり、耐疲労材料の改善やその開発指針が容易に得られる。」

「【0032】
1)各累積通トンの円筒試料について、本発明装置により連続回転させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線の強度と幅広がり(不均一歪のパラメータ)から平均的な集合組織や疲労度を求めた。図7はこの結果を表しており、累積通トンに対する変形集合組織と疲労度との関係を示している。・・・。
【0033】
2)疲労亀裂が認められた累積通トンが350億トンの円筒試料について、ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求めた。図8はこの結果を表しており、円筒試料の外周に対する変形集合組織と疲労度との関係を示している。・・・。」

「【0035】
【発明の効果】
以上説明したように本発明の円筒試料のX線回折法とその装置によれば、敷設レールのみならず圧延ロール、軸受け材、ブレーキ材等の疲労過程の結晶構造状態を解明することができるので、これにより耐疲労材料の改善や開発に使用できるので、その効果は大きい。」

・図3は次のとおりである。












・図8は次のとおりである。



(2−2)甲2の看取事項
甲2の【0014】の「円筒試料を中心軸まわりに回転させ或いは任意位置に停止させて、円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させる」、【0033】の「ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求めた。図8はこの結果を表しており、円筒試料の外周に対する変形集合組織と疲労度との関係を示している。」なる各記載及び【0035】の記載事項に照らし、図8は、「軸受け材などの円筒試料を中心軸まわりに任意位置に停止させつつ、
円周方向全体にわたって十分に多くの測定点に対しステップ走査、すなわち間欠的に回転・停止させつつ回折X線を検出し、各停止点(測定点)の回転角度にて各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求めた結果の円周角方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットしたもの」(以下「看取事項2−1」という。)であると理解される。

(2−3)甲2発明
上記(2−1)に摘記した記載事項及び(2−2)の看取事項から、甲2には次の各発明(甲2発明1、甲2発明2)が記載されているといえる。

ア 甲2発明1
「2−1a 試料台により、任意の外・内径を有する軸受け材などの円筒試料の外表面の接点とディフラクトメータのθ軸と一致させ、且つ円筒試料を中心軸まわりに回転させ或いは任意位置に停止させて、円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させ、
X線検出器にて前記円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出し、(【0014】、【0035】)
2−1b ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求め、(【0033】)
2−1c 疲労度の円周各方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットし、(【0014】、【0033】、【0035】、【図8】、看取事項2−1)
2−2a 試料台は、前記円筒試料を中心軸のまわりに回転駆動し或いは静止させるための回転機構や、前記円筒試料の外表面の接点線上からの回折X線を検出する位置へ前記円筒試料を移動させるためのX線ステージ及びY軸ステージから構成され、任意の内・外径を有する前記円筒試料について、X方向やY方向へ移動させて回折X線を検出することができる位置への設置及び中心軸まわりの回転や任意位置での回転停止を行うものである、(【0014】、【0015】)
2−1g 疲労度を求める方法。」

イ 甲2発明2
「2−4a 任意の外・内径を有する軸受け材などの円筒試料の外表面の接点とディフラクトメータのθ軸と一致させ、且つ前記円筒試料を中心軸まわりに回転させ或いは任意位置に停止させて、前記円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させる試料台と、(【0014】、【0035】)
2−4b X線源から射出されるX線を上下の発散を制限する発散角の大きいソーラースリット或いは試料上の照射面積を制限する幅広スリットを通して発散X線ビームにする発散ビーム入射系と、
前記円筒試料からの発散回折X線ビームを左右の発散を制限する細隙スリット、発散角度の小さい細隙ソーラースリット及び細隙、スリットを通し、且つX線検出器にて前記円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出する高分解能の平行ビーム受光系と、(【0014】)
2−4c 前記円筒試料19を中心軸のまわりに回転駆動し或いは静止させるための回転機構や、前記円筒試料19の外表面の接点線上からの回折X線27を検出する位置へ前記円筒試料19を移動させるためのX線ステージ28及びY軸ステージ29から構成される試料台と、(【0022】)
2−4d ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求め、
疲労度の円周角方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットする、(【0014】、【0033】、【0035】、【図8】、看取事項2−1)
2−4h 疲労度を求める装置。」

(3)その他の引用文献の記載事項

(3−1)甲3の記載事項
甲3には次の記載がある。

「【0010】
本実施例では一例として、軸受の疲労診断ができる装置の一つであるX線回折装置を利用して固定軌道輪を測定し、疲労の度合い推定した。また、疲労の度合いを推定する為、渦電流測定装置、漏洩磁束検出器、残留磁化測定器、電気抵抗測定器、超音波音速測定器、透磁率測定器のいずれか1つ以上を利用して固定軌道輪を測定しても良いが、精度の良い測定を行う為には、X線回折装置を利用することが好ましい。
【0011】
本実施例では、転がり軸受HR32017XJについて下記の条件で試験を行い、定期検査時に通常行われる180度回転→90度回転を繰返す方法の「手法1」とポータブルX回折装置を利用して疲労の少ない箇所を次回の負荷位置箇所とする方法の「手法2」で、はく離に至るまでの時間について検証を行った。尚、X解回折装置を利用した疲労度の測定は、測定部(軌道面)のマルテンサイト半価幅および残留オーステナイト量を測定し、新品時のマルテンサイト半価幅からの減少量(δa)および新品時の残留オーステナイト量からの減少量(δb)を用いて疲労度を下記式(1)により算出して、疲労度が少ない箇所を次回の負荷位置箇所とした。
【0012】
疲労度=δa+C×δb・・・(1)
式(1)中のCは残留オーステナイト量に依存した材料係数である。
軸受形式:HR32017XJ
軸受荷重:Fr=75kN、Fa20kN
潤滑油:強制循環給油試験時間:15hr毎に固定軌道輪(外輪)を回転させる。
固定軌道輪(外輪)の回転方法:
「手法1」:最大負荷位置A⇒B⇒C⇒D⇒A⇒B⇒C⇒D・・・
「手法2」:最大負荷位置A⇒B⇒C⇒D⇒(X線測定を行い、負荷位置番号を決定する)。
・・・。」

(3−2)甲4の記載事項
甲4には次の記載がある。

「【請求項1】
使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程と、この過程で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程と、この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程と、を含む転がり軸受の使用条件推定方法。」

「【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明における第1の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に、固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値を得る過程(S1)と、この過程(S1)で得られた回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重の推定値とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、この推定した軸受の負荷分布と軸受における転動体と内外輪との接触角とから、前記軸受の使用された使用条件であるラジアル荷重とアキシアル荷重とを推定する過程(S3)とを含む。
【0013】
この方法によると、使用後の転がり軸受のラジアル荷重およびアキシアル荷重を、X線分析を使って合理的に調べることができる。そのため、軸受の破損原因の正確な推定の一助となり、軸受の破損原因の調査をより詳細に実施できるようになる。
なお、上記X線分析では、X線照射により得られたデータから、表面からの深さに対応する残留応力と半価幅の分布を測定する。この残留応力あるいは半価幅の分布の結果から、回転輪の最大転動体荷重の推定値を得る。以下で言うX線分析においても、これと同様に残留応力と半価幅分布を測定する。」

「【0016】
この発明における第2の転がり軸受の使用条件推定方法は、使用後の転がり軸受の回転輪と固定輪に対してX線分析を行い、このX線分析の結果から回転輪の最大転動体荷重の推定値を得ると共に固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とを得る過程(S1)と、この過程(S1)で得られた前記回転輪の最大転動体荷重の推定値と固定輪の任意の1点以上の位置での転動体荷重とから軸受の負荷分布を推定する過程(S2)と、この推定した軸受の負荷分布と、あらかじめ負荷回数N、繰り返し応力S、X線分析で求まる半価幅w(°)の関係を求めておいた結果とから、軸受の使用された回転回数を推定する過程(S4)とを含む。」

「【0053】
次に、内部応力から半価幅w(°)の変化がどのように起こっていくかを計算する手順を説明する。鋼の疲労の程度は、繰り返し応力σe(kgf/mm2)の大きさと負荷回数Nによって決まる。また、半価幅w(°)の変化は鋼の疲労の程度を表す。したがって、半価幅w(°)、繰り返し応力σe(kgf/mm2)、負荷回数Nの関係が既知であれば、繰り返し応力と半価幅w(°)から負荷回数Nを見積もることができる。今、半価幅w(°)、繰り返し応力σe(kgf/mm2)、負荷回数Nの関係は式(24)で表せると仮定する。」

「【0066】
次に、上記X線分析過程S1aで行うX分析の測定原理を図6と共に説明する(非特許文献6を引用)。物質にある波長を持ったX線をある角度で入射すると、入射X線は、図6(A)に示すように、物質に応じて特定の角度に回折される。この回折X線の角度と強度は、物質中の原子の種類とその構成に依存する。したがって、物質にX線を入射し、反射してきたX線の角度と強度を測定すれば、その物質の状態(相)を同定できる。この実施形態におけるX線分析はこのX線回折を利用したもので、本来は結晶の状態(相)を同定する分析になる。その回折角度と物質との相互作用は次のブラッグの式で表される(λは入射X線の波長で、nは整数)。
ブラッグ反射の条件式:2d・sinθ=nλ
この式中に格子面の間隔dが入っている。もし、圧縮や引張の応力働いていたら、物質中の面間隔は若干変化する。この面間隔の変化を測定しているのが、X線分析による残留応力の測定になる。一方、半価幅は面間隔のばらつきを示したものになる。焼入された物質は急速に起こる変態で格子面が揃っていない。したがって面間隔のばらつきは、ばらつきが大きくなっている。転動等の疲労を受けると、格子が揺さぶられるので、焼入れ前の鉄本来の面間隔に緩和していき、結果、X線分析値の半価幅が小さくなっていく。」

(3−3)当審引用文献1の記載事項
当審引用文献1には、図面と共に次の記載がある。

「【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、電子写真感光体などの曲面に形成された膜の構造を評価するX線回折装置および方法に関する。」

「【0006】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に記載のX線回折装置は、膜のX線回折を測定するX線回折装置において、点光源から発散するX線光束を曲面に形成された膜に対して接線方向に近い入射角で照射する照射光学系を備えたことを特徴とする。これにより、電子写真感光体を始めとする円筒状の基体の上に形成された薄膜のX線回折を十分な強度で測定する際に適した照射を行うことができる。
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の請求項2に記載のX線回折装置は、請求項1において、前記膜は円柱表面に形成され、該円柱表面の各点で前記入射角が等しくなるように照射することを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載のX線回折装置において、前記円柱の軸に対して垂直な直線上に前記点光源が置くようにすることができる。
【0009】
また、請求項2に記載のX線回折装置において、前記円柱の軸上に前記点光源を置くようにすることができる。」

「【0020】
【発明の実施の形態】
本発明のX線回折装置および方法の実施形態について説明する。
[第1の実施形態]図1は第1の実施形態におけるX線回折装置の照射光学系の概略的構成を示す図である。点光源Gから発散されたX線光束は、照射側X線集光ミラー3で反射されると、円筒状の基体5の上に形成された薄膜(試料面、オーガニックフォトコンダクタ)7の上に照射されるが、このとき、薄膜7上のどの点においてもその接線方向に対して一定の入射角となるように照射される。例えば、図中a点およびb点における入射角は等しくなる。図1には、薄膜のX線回折の測定に最も適するように、薄膜7上の各点における接線方向すれすれの入射角(接線に対して0〜1度)で照射する場合が示されている。
【0021】
照射側X線集光ミラー3は、厚さ100μm程度のシリコンウエハを湾曲させて作製されている。
尚、湾曲させたシリコンウエハを使ってX線光束を集光させる技術は既に知られている。シリコンウエハは無転移結晶であるので、大きな破壊強度を有し、かなりの形状変化に耐えることができる。具体例として、X線の波長をλ=1.5405Åとし、シリコンの(111)面のブラッグ反射角が28.4°である場合における基体5、点光源Gおよび照射側X線集光ミラー3の位置関係が図1に示されている。
【0022】
図2はX線回折装置の検出光学系の概略的構成を示す図である。検出光学系には、円筒状の基体5の上に形成された薄膜7で反射される回折X線のうち、各点で所定の散乱角Θを有するものだけ、つまり各点における接線に対して出射角が一定となる光束だけを一点に集光する検出側X線集光ミラー9が設けられている。
また、検出側X線集光ミラー9の焦点位置にはスリット11が置かれ、スリット11を通過した光束だけが検出器12に入射するように配置されている。
【0023】
このように、検出側X線集光ミラー9により基体5の表面に形成された薄膜7からの回折X線を集光することができ、スリット11により検出器13で検出される回折X線のバックグランドを除去することができる。具体例として、X線の波長をλ=1.5405Åとし、シリコンの(111)面のブラッグ反射角が28.4°である場合、散乱角Θ=20°における基体5、検出側X線集光ミラー9、スリット11および検出器12の位置関係が図2に示されている。ここで、散乱角Θの関数として回折X線の強度を測定するためには、検出したい散乱角Θ毎に検出側X線集光ミラー9の表面形状や位置を変化させる必要がある。」

・図1は次のとおりである。




・図2は次のとおりである。


・図3は次のとおりである。






(3−4)甲7の記載事項
甲7には次の記載がある。

「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、複列円すいころ軸受形の車輪用軸受における外輪の転走面の焼入れ深さ、特に高周波焼入れされた外輪の転走面の焼入れ深さを、超音波を用いて測定する方法に関する。」

「【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の車輪用軸受外輪の転走面焼入れ深さ測定方法は、円すいころ軸受形の車輪用軸受における外輪の転走面の焼入れ深さを測定する方法であって、測定対象となる外輪を回転台により外輪中心回りに回転させながら、外輪の転走面に垂直に対向させた超音波プローブにより、所定サンプリング回転角度毎に転走面に向けて超音波を発信させ、この超音波の反射波を超音波プローブで受信し、受信された反射波における所定サンプリング回転角度毎の散乱波のピーク信号を超音波測定手段により検出し、このピーク信号が現れる転走面表面からの深さ位置であるピーク位置を、検出したピーク信号の発信から受信までの伝搬時間より算出することで測定する。このピーク位置の測定は、外輪の1回転毎に所定ピッチで外輪軸方向に走査することで転走面全域につき行い、各走査位置における外輪の1回転で得られるピーク位置データのうち、所定角度分のピーク位置データを用いて、これらピーク位置を2次元表示面に重ね書き表示する。この重ね書き表示は、走査した各軸方向位置について軸方向に並べたものとする。前記2次元表示面における前記重ね書き表示により、散乱確率が高くて塗り潰された部分と散乱確率が低くて塗り潰されない分部の境界位置を読み取ることで、前記転走面の焼入れ深さを推定する。転走面端部の焼入れ深さは、走面端部の近傍における焼入れ深さの測定値を元に推定する。」

「【0020】
測定データの解析は以下によって行われる。散乱波のピーク信号が現れる表面からの深さ位置を、外輪2の円周方向の所定の範囲分を重ね書きし、さらに軸方向につなぎ合わせて2次元表示に可視化する。図6はこの可視化した画像を示す。
この可視化画像において、焼入れ層の形状が、散乱波の発生確率が低く白い部分のパターンとして映像化される。焼入れ層との境界付近の母材層では、散乱波の発生確率が高く黒く塗り潰される。この可視化パターンの白い部分と黒い部分の境界位置を目視によって読取り、表面からの深さを超音波深さとする。」

・図6











(3−5)甲5の記載事項
甲5の「3.X線応力測定法,(C)回折X線強度曲線」の項には、下記の記載がある。

「半価幅が広がる主な原因は、微視的残留応力による不均一ひずみである。」

(3−6)甲6の記載事項
甲6の「2.半値幅とは」の項には、下記の記載がある。

「X線回折法では、多結晶金属材料にX線を照射することによって図1 に示すようにX線回折スペクトルを得ることができます。図中のX2−X1は、X線回折ピークの半分の強度値における両端を結んだ幅を表し、これを半値幅(半価幅) と呼びます。半値幅は、焼きなまし組織では狭く、焼入組織や高炭素量の鋼材では拡がる傾向にあり、不均一ひずみを反映していると考えられます。」

2−1−2 訂正後発明1・3について

(1)訂正後発明1・3と甲1発明との対比

ア(ア)構成1aの「外輪アッシータイプの普通焼入れ焼きもどしされた円筒ころ軸受の内輪」、「内輪転送痕」、「X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点と」することは、それぞれ構成1Aの「転がり軸受けの軌道輪」、「被測定面」、「複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定」することに相当する。
(イ)構成a1の「X線回折測定」の結果は構成1Aの「X線パラメータ」に相当する。
(ウ)構成a1の「軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で、X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点と」する工程において、「シャフト」は上記(1−1)ウに「表1に試験条件を示す。軸受荷重は7.06kN(0.3Cr)とし、回転速度は2500min-1で行った。」なる記載もあるとおり、軸受の内輪を回転させるための回転軸部材と推認されることから、軸受の試験において軸受円周方向に3等配個所すなわち円周角120°ごとに3個所測定するにあたり、軸受内輪が当該シャフトによって測定位置をX線回折装置に対して順次回転されていることは明らかであるといえる。よって、構成1aの当該工程が構成1Aの「複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する」にあたり「当該軌道輪における被測定面上で測定点を移動させ」る工程に相当する工程を含むと推認される。

イ 構成1bで「X線回折測定の半価幅」について「表面半価幅を、軸受の転がり機能に影響のない側面を電解研磨し、約50μm掘下げた深さで測定した内部半価幅によって無次元化した半価幅減少度を定義し」「半価幅減少度から独立変数である疲労度を推定」していることは、構成1Bの「各X線パラメータから疲労度を取得する」ことに相当する。

ウ 構成1dで「測定位置は、円筒ころ軸受の、軸受要素の中で最も負荷応力の高い内輪」としていることは、構成1Dにおける「固定輪」が本件特許明細書【0033】で「転がり軸受の内輪2は、軸9に嵌合された固定輪とされ」とされていること、すなわち、構成1Dにおける測定対象の軌道輪として「内輪」を選択する場合が含まれる点で共通する。

エ(ア)構成1eの「X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所」なる特定事項は、上記ア(ウ)でも一部論じたとおり、測定位置を円周方向に円周角120°ごとに等間隔の円周角位置において、軸方向にわたり3カ所ずつ設定することを意味しているから、構成1eにおける測定位置は周方向全体にわたる範囲に分布し、軸方向の一定範囲にわたっても分布しているといえる。
(イ)構成1E’の「軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ」との特定事項は、周方向における測定点の密度を特段限定するものではないから、前記構成1eで特定される測定位置の周方向での分布は、構成1E’の「軌道面の周方向全体にわたる範囲」なる特定事項に相当するといえる。
(ウ)一方、構成1E’において、「前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ」なる特定事項について、軸方向の測定点の分布密度や分布範囲については特段限定するものではない。
また、訂正後発明1が対象とする軸受としては、本件特許明細書【0015】において「円錐ころ軸受」なる、図1、2に示されるとおり単純な円筒形ではない複雑な構造をもつ部材が例示され、その測定個所については、【0018】に「内輪軌道面2aは、内輪2の外周面のうち小鍔部5と大鍔部6との軸方向の間であって逃げ溝8を除く領域が、実質的な円すいころ4の転動領域Rとされ、この領域が後述するX線パラメータの被測定領域とされる」と説明されるとおり、軸方向の測定範囲に「実質的な円すいころ4の転動領域R」といった制限を加える態様が含まれている。
よって、構成1E’の上記(イ)の特定事項と、構成1a・1eで「円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕」に対し測定位置を「軸方向に3個所」すなわち2より大きな複数位置を設定していることとは、軸方向の測定点が、共に軸方向の一定範囲にわたって分布する点で共通する。

オ 構成1gの「疲労度推定方法」は、構成1Gの「疲労度取得方法」に相当する。

カ 構成1bで「X線回折測定の半価幅」を求めて「疲労度の推定」を行っていることは、構成3Aの「前記X線パラメータは、回折X線の半価幅である」ことに相当する。

(2)訂正後発明1・3と甲1発明1との一致点・相違点
訂正後発明1・3と甲1発明1とは、次のアの構成で一致し、イの各点で相違する。

ア 一致点
「【請求項1】
1A 転がり軸受の軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪における被測定面上で測定点を移動させて複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する第1工程、
1B 各X線パラメータから疲労度を取得する第2工程、を含み、
1E” 前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向にわたる範囲で前記測定点を移動させる、
1G 疲労度取得方法。
【請求項3】
3A 前記X線パラメータは、回折X線の半価幅である、請求項1に記載の疲労度取得方法。」

イ 相違点

(ア)相違点1(構成1A)
訂正後発明1・3では、「軌道輪における被測定面上で測定点を移動させて複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する」工程を「転がり軸受の軌道輪の形状データに基づいて」行うのに対し、甲1発明1は、X線回折測定において、軸受内輪の内輪転送痕に対し「円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点」の測定位置で測定を行うものの、当該測定が軸受内輪の何らかの「形状データ」に基づくものであるのかは不明である点。

(イ)相違点2(構成1C、1F)
訂正後発明1・3では、「各疲労度の大きさを、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする第3工程」、を含み、「前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度を、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である」のに対し、甲1発明1は、「円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定し」(1d)、「はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定し、測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理する」ものであって、求めた疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示するマッピングする工程を備えない点。

(ウ)相違点3(1D)
訂正後発明1・3において、被測定面が設定される軸受の「軌道輪は固定輪」であるのに対し、甲1発明1においては、測定対象が軸受の内輪である点は本件特許発明1〜3の「軌道輪」の実施例と一致するものの、それが「固定輪」であるかは不明である点。

(エ)相違点4(1E’)
訂正後発明1・3において、測定点を「被測定面としての軌道面の軸方向全体にわたる範囲」についても移動させるのに対し、甲1発明1においては、軌道面の軸方向に複数の測定点を設定すべく測定点を軌道面の軸方向にわたる範囲について移動させるものの、それが訂正後発明1・3にいう「軸方向全体にわたる範囲」に相当する範囲であるか不明である点。

(3)相違点についての検討

ア 相違点1について
(ア)構成1Aの「軌道輪の形状データ」について本件特許明細書【0026】には「記憶部32には、外部から入力された内輪2の形状データが記憶されている。この形状データは、内輪2の外観形状を表す3次元モデルデータからなる。」なる具体例の記載があるものの、構成1Aでは単に「形状データ」と特定するにとどまり、該「形状データ」を前記具体例のみ指すものと定義する記載も本件特許明細書中に見出せないから、当該「形状データ」が前記具体例のような「3次元モデルデータ」に必ずしも限定されるとは解釈できない。

(イ)また、該位置データに基づくX戦の照射・測定が手動を含むのか否かや、さらにはマッピングとの関係についても、訂正後発明1において特段の限定はなされていない。

(ウ)そうすると、測定対象物の単純な内外径値や高さ値などの「形状データ」に基づいて手動を含めX線回折測定装置の位置合わせを行う程度のことも相違点1の構成には含まれることになる。

(エ)また、訂正後発明1が対象とする軌道輪には、円筒ころを用いる単純な形状(転送痕部分は円筒形状)のものも含まれる。

(オ)一方、X線回折測定において、X線の入射角や、測定される回折X線の角度範囲の設定が重要であり、そのために光学系を、例えば回転体(円柱形)である対象物(の径)に合わせて調整する程度のことは、例えば上記摘記したとおり、当審引用文献1にも記載されたとおりの周知技術であるといえる。

(カ)よって、甲1発明1において、相違点1の構成を付加することは、回転体に対するX線回折測定における周知の技術に基づいて、当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点2について
(ア)甲2における開示は、甲2発明1で構成2−1cとして認定したとおり、「疲労度の円周各方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロット」することにとどまり、「軸方向全体にわたる範囲」を含めた2次元的な可視表示についての開示は含まれない。
また、甲2発明2は、構成2−4aとして「前記円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させる」、構成2−4bとして「試料上の照射面積を制限する幅広スリットを通して発散X線ビームにする」、「円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出する」なる各前提構成を備えるものである。
すなわち、甲2の図3、並びに、該図に関係する【0020】の「円筒試料19の外表面の接点線(母線26)上、入射角度θのみからの回折X線27が検出できる」、及び、【0021】の「円筒試料19の外表面の接点26a上のみから局所的な回折X線が検出される。また、円筒試料19をその中心軸周りに連続回転させて行う場合には、外表面における円周上に沿った平均的な回折X線を検出することができる。」なる記載からみても、甲2発明1の方法は、円筒試料の外表面の母線に対し母線に沿うスリット状のX線を照射し、該母線上からの回折X線を一括してX線検出器で検出する装置構成を前提とするものであるといえ、軸方向にあたる母線上の一定幅について一括測定するにもかかわらず、母線方向(軸方向)に測定点を移動させる甲1発明1に適用する動機付けを欠くといえる。

(イ)a.申立人が申立人意見書と共に追加提出した甲7に記載された技術事項は、測定対象が軸受であり甲1発明及び訂正後発明1と共通するものの、
・測定面は外輪の内面(転送面)であり、
・測定手段はX線ではなく、超音波であり、
・目的とするパラメータは焼き入れ深さである、
点で、甲1発明1及び訂正後発明1とは技術分野が相違するため、甲1発明1に対し適用する積極的な動機に欠ける。
b.また、上記2−1−1(3−4)に摘記した図6及びその【0020】における説明から明らかなとおり、測定データのプロットは2次元ではあるものの、縦軸を軸受の軸方向、横軸を転送面下の深さ方向とするものであり、周方向各位置の測定データは、当該2次元のプロット面に対し投影され、周方向位置の情報を持たない表現形態をとるものであるから、仮に甲1発明1に甲7に記載された技術事項を適用しても、相違点2のうち、「前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する」との技術事項を充足しない。

(ウ)その他、甲3〜6及び当審引用文献1を通じ、相違点2に相当する技術事項の開示は見いだせない。

(エ)したがって、甲1発明1において相違点2の構成とすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ウ 相違点3について
軸受のX線回折を測定してその半価幅から軸受の疲労度の分布を求める方法において、軸受の固定輪を対象とすることは、上記2−1−1の(3−1)・(3−1)に摘記したとおり、甲3、4にも記載されたとおりの周知技術にすぎない。
よって、甲1発明1において、同分野における当該周知技術を適用して相違点3の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

エ 相違点4について
(ア)構成1F’において、「前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させる」なる特定事項について、軸方向の測定点の分布密度については特段限定するものではない。
また、訂正後発明1における軸受は、本件特許明細書【0015】において「円錐ころ軸受」なる、図1、2に示されるとおり単純な円筒形ではない複雑な構造をもつ部材であり、その測定個所については、【0018】に「内輪軌道面2aは、内輪2の外周面のうち小鍔部5と大鍔部6との軸方向の間であって逃げ溝8を除く領域が、実質的な円すいころ4の転動領域Rとされ、この領域が後述するX線パラメータの被測定領域とされる」と説明されるとおり、特定の判断の下で範囲に「実質的な円すいころ4の転動領域R」といった制限を加えた、軸方向の特定範囲とする態様が少なくとも含まれるといえる。

(イ)一方、構成1aの「円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕」に対し測定位置を「軸方向に3個所」すなわち2より大きな複数位置を設定するとの技術事項において、構成1aでは「内輪転送痕」を測定対象とするとされている。
該「内輪転送痕」とは、内輪表面のうち転送による接触痕が生じている領域であるから、上記(ア)で挙げた「実質的な円すいころ4の転動領域」という、構成1F’の「軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲」を説明する本件特許明細書中の定義に相当する概念であるといえる。

(ウ)また、甲1発明1は、構成1cに特定されるように、「半価幅減少度を算出するために対象とした半価幅測定値は、一つの軸受あたり測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理」するものであること、及び、「内輪転送痕」の軸(幅)方向のいずれかの位置にはく離発生可能性のある箇所が限定されるとの認識を示す記載が甲1に見いだせないこと、から、構成1cの「測定9個所」の軸(幅)方向位置は、軸方向に万遍なく分布させるものであると理解するのが自然であるし、少なくともそのように分布させる態様を甲1発明1は含むといえる。

(エ)以上のとおりであるから、相違点4は実質的な相違点とはいえない。

(オ)また、仮に相違点とすべきであるとしても、上記(イ)で述べたとおり、甲1発明1における「内輪転送痕」なる測定対象範囲と、訂正後発明1の「実質的な円すいころ4の転動領域」との共通性から、上記(ウ)で述べたとおり、甲1発明1において、はく離発生の可能性がある部位が内輪転送痕の軸方向全範囲にわたることを想定して「軸方向に3個所」を内輪転送痕の軸方向範囲について均等に分布させること、すなわち、測定点の移動範囲を軸方向にもその全体とすること、を想起することは、当業者が容易になし得たことである。

(カ)また、仮に、構成1eで、円周方向に3等配個所測定することについても、構成1Eの「軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動」させることに相当するとまでいえず、相違点にあたる(以下「相違点4’」という。)としても、上記看取事項2−1として示したとおり、「円周方向全体にわたって十分に多くの測定点に対しステップ走査、すなわち間欠的に回転・停止させつつ回折X線を検出」することは甲2に開示されているといえるから、甲1発明1において、測定点として周方向3等配個所より十分多く周方向全体にわたる測定点とし、前記相違点4’にあたる構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(4)小括
以上のとおりであるから、訂正後発明1・3は、相違点2に係る構成に関し、甲1に記載された発明(甲1発明1)に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

2−1−3 訂正後発明4について

2−1−3−1 甲1発明2に基づく容易想到性について

(1)訂正後発明4と甲1発明2との対比

ア 構成4aの「はく離発生に至るまでの試験途中における測定において試験軸受内輪を組み込むシャフト」は構成4Aの「転がり軸受の軌道輪を保持する保持部」に相当する。

イ 構成4bの「X線回折測定を行う位置検出型比例計数管(PSPC)を備えた装置」は、構成4dによれば「円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕に対し、軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で、」「円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点」について「X線回折測定の測定位置」とするものであるから、構成4Bの「前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部」に相当する。

ウ(ア)構成4dの「円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点とし」た「測定位置」での「X線回折測定」した値は、構成4Dの「前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータ」に相当する。
(イ)構成4dの「X線回折測定の半価幅について、表面半価幅を、軸受の転がり機能に影響のない側面を電解研磨し、約50μm掘下げた深さで測定した内部半価幅によって無次元化した半価幅減少度を定義して半価幅の減少量を正規化して評価し、3水準の軸受荷重条件下で行った試験における疲労度に対する半価幅減少度の変化を、疲労度解析データベースとして用い、従属変数である半価幅減少度から独立変数である疲労度を推定」することは、構成4Dの「各X線パラメータから疲労度を取得」することに相当する。
(ウ)甲1発明2は、構成4dに特定される「・・・疲労度を推定」する処理を実行する手段を備えることが明らかであり、該「処理を実行する手段」は、上記(ア)・(イ)で挙げた機能について一致する点で、構成4Dの「処理部」と共通する。

エ 構成4eと構成4Eとの共通事項については上記2−1−2(1)ウと同様である。

オ 構成4dと、構成4Cの「当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる」こととの相当関係は、上記2−1−2(1)ア(ウ)で説示したことと同様である。
すなわち、構成4dは、構成4Cの「軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部」に相当する構成を備えると推認される。

カ 構成4dと構成4F’との相当関係は、上記2−1−2(1)エで説示したことと同様である。
すなわち、構成4dは、構成4F’の「前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成」することに相当する構成を備えると推認される。
また、構成4dは、軸方向の測定点が、共に軸方向の一定範囲にわたって分布する(移動させる)点で、構成4F’と共通する。

キ 構成4hの「疲労度推定装置」は構成4Hの「疲労度取得装置」に相当する。

(2)訂正後発明4と甲1発明2との一致点・相違点
訂正後発明4と甲1発明2とは、次のアの構成で一致し、イの各点で相違する。

ア 一致点
「4A 転がり軸受の軌道輪を保持する保持部と、
4B 前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部と、
4C’ 当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部と、
4D’ 前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得し、処理する処理部と、を備え、
4F” 前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成される、
4H 疲労度取得装置。」

イ 相違点

(ア)相違点4−1−1(構成4C)
訂正後発明4では、移動部による「前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる」動作を「軌道輪の形状データに基づいて」行うのに対し、甲1発明2では当該動作が何に基づいて行われるのか不明である点。

(イ)相違点4−1−2(構成4D、4G’)
訂正後発明4では、処理部は「各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピング」し、「マッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向全体にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である」のに対し、甲1発明2は、疲労度をマッピングする構成を備えない点。

(ウ)相違点4−1−3(構成4E)
訂正後発明4は被測定面が設定される軌道輪が「固定輪」であるのに対し、甲1発明2においては、測定対象が軸受の内輪である点は本件特許発明4の「軌道輪」の実施例と一致するものの、それが「固定輪」であるかは不明である点。

(エ)相違点4−1−4(4F’)
訂正後発明4において、測定点を「被測定面としての軌道面の軸方向全体にわたる範囲」についても移動させるのに対し、甲1発明2においては、軌道面の軸方向に複数の測定点を設定すべく測定点を軌道面の軸方向にわたる範囲について移動させるものの、それが訂正後発明4にいう「軸方向全体にわたる範囲」に相当する範囲であるか不明である点。

(3)相違点についての検討

ア 相違点4−1−1について
上記2−1−2(3)ア(ア)と同様に、構成4Cの「軌道輪の形状データ」は本件特許明細書に記載された具体例における「3次元モデルデータ」に必ずしも限定されると解釈できないから、同(イ)〜(カ)と同様の理由により、甲1発明2において、相違点4−1−1の構成を付加することは、回転体に対するX線回折測定における周知の技術に基づいて、当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点4−1−2について
(ア)甲2には、甲2発明2として認定したとおり、
「2−4d ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求め、疲労度の円周各方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットする、」
ことが記載されている。
しかし、上記2−1−2(3)イ(ア)で説示したとおり、甲2には、「軸方向全体にわたる範囲」を含めた2次元的な可視表示についての開示はないし、甲2の実施例の記載を参酌しても、円筒試料の母線上、すなわち軸方向での回折X線の分布を測定することができない測定装置を用いることについてしか開示がない。
よって、甲2には、相違点4−1−2のうち、「マッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲・・・における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である」点を充足する開示がない。

(イ)申立人が申立人意見書と共に提出した甲7の記載事項が、相違点4−1−2のうち、「前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する」との技術事項を充足しないことは、上記2−1−2(3)イ(イ)で説示したとおりである。

(ウ)その他、甲3〜6及び当審引用文献1を通じ、相違点4−1−2に相当する技術事項の開示は見いだせない。

(エ)したがって、甲1発明2において相違点4−1−2の構成とすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ウ 相違点4−1−3について
上記2−1−2(3)ウと同様の理由により、甲1発明2において相違点4−1−3の構成とすることは、同分野における周知技術を適用して当業者が容易に想到し得たことである。

エ 相違点4−1−4について
(ア)構成4F’において、「軌道面の軸方向全体にわたる範囲・・・で前記測定点を移動させる」なる特定事項について、軸方向の測定点の分布密度については特段限定するものではない。
また、訂正後発明4における軸受は、本件特許明細書【0015】において「円錐ころ軸受」なる、図1、2に示されるとおり単純な円筒形ではない複雑な構造をもつ部材であり、その測定個所については、【0018】に「内輪軌道面2aは、内輪2の外周面のうち小鍔部5と大鍔部6との軸方向の間であって逃げ溝8を除く領域が、実質的な円すいころ4の転動領域Rとされ、この領域が後述するX線パラメータの被測定領域とされる」と説明されるとおり、特定の判断の下で範囲に「実質的な円すいころ4の転動領域」といった制限を加えた、軸方向の特定範囲とする態様が少なくとも含まれるといえる。

(イ)一方、構成4dの「円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕」に対し測定位置を「軸方向に3個所」すなわち2より大きな複数位置を設定するとの技術事項において、「内輪転送痕」を測定対象とするとされている。
該「内輪転送痕」とは、内輪表面のうち転送による接触痕が生じている領域であるから、上記(ア)で挙げた「実質的な円すいころ4の転動領域」という、構成4F’の「軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、周方向全体にわたる範囲」を説明する本件特許明細書中の定義に相当する概念であるといえる。

(ウ)また、甲1発明2は、構成4eに特定されるように、「はく離が発生した円周方向はどの個所においても同じ疲労度であると仮定するものであり、 測定9個所の中ではく離が発生した幅方向の位置に限定し、円周方向測定値の平均で整理する」ものであること、及び、「内輪転送痕」の軸(幅)方向のいずれかの位置に、はく離発生可能性のある箇所が限定されるとの認識を示す記載が甲1に見いだせないこと、から、構成4dの「円周方向に3等配個所の軸方向に3個所」の「合計9点」の各軸(幅)方向位置は、軸方向に万遍なく分布させるものであると理解するのが自然であるし、少なくともそのように分布させる態様を甲1発明2は含むといえる。

(エ)以上のとおりであるから、相違点4−1−4は実質的な相違点とはいえない。

(オ)また、仮に相違点とすべきであるとしても、上記(イ)で述べたとおり、甲1発明2(構成4d)における「内輪転送痕」なる測定対象範囲と、訂正後発明4の「実質的な円すいころ4の転動領域」との共通性から、上記(ウ)で述べたとおり、甲1発明2において、はく離発生の可能性がある部位が内輪転送痕の軸方向全範囲にわたることを想定して「軸方向に3個所」を内輪転送痕の軸方向範囲について均等に分布させること、すなわち、測定点の移動範囲を軸方向にもその全体とすること、を想起することは、当業者が容易になし得たことである。

(カ)また、仮に、構成4dで、円周方向に3等配個所測定することについても、構成4F’の、「軌道面の・・・周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動」させることに相当するとまでいえず、相違点にあたる(以下「相違点4−1−4’」という。)としても、上記看取事項2−1として示したとおり、「円周方向全体にわたって十分に多くの測定点に対しステップ走査、すなわち間欠的に回転・停止させつつ回折X線を検出」することは甲2に開示されているといえるから、甲1発明2において、測定点として周方向3等配個所より十分多く周方向全体にわたる測定点とし、前記相違点4−1−4’にあたる構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(4)小括
以上のとおりであるから、訂正後発明4は、相違点4−1−2に係る構成に関し、甲1に記載された発明(甲1発明2)に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

2−1−3−2 甲2発明2に基づく容易想到性について

(1)訂正後発明4と甲2発明2との対比

ア 構成2−4aの「軸受け材などの円筒試料」は構成4Aの「転がり軸受の軌道輪」に相当する。

イ 構成2−4bの「試料上の照射面積」、「発散ビーム入射」すること、「回折X線」、「X線検出器」はそれぞれ、構成4Bの「被測定面上の測定点」、「X線を照射」すること、「所定のX線パラメータ」、「測定部」にそれぞれ相当する。

ウ(ア)構成2−4cの「前記円筒試料19を中心軸のまわりに回転駆動し或いは静止させるための回転機構及び前記円筒試料19の外表面の接点線上からの回折X線27を検出する位置へ前記円筒試料19を移動させるためのX線ステージ28及びY軸ステージ29から構成される試料台」は、機能上、構成4Cの「前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部」に相当する。

(イ)また、構成2−4cの「回転機構」の「前記円筒試料19を中心軸のまわりに回転駆動し或いは静止させる」機能は、構成4F’で移動部が「前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての」対象面の「周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させる」機能に相当する。

エ(ア)構成2−4dの「ステップ走査させたときの回折X線を検出し、各結晶方位の回折X線強度と幅広がりから局所的な集合組織や疲労度を求め」ること、「疲労度の円周各方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットする」ことはそれぞれ、構成4Dの「前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得」すること、「各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする」ことに相当する。
よって、構成2−4dは構成4Dに記載された機能を備える「処理部」に相当する手段を備えるといえる。

(イ)構成2−4dの「疲労度の円周各方向での分布を横軸を円周角、縦軸を疲労度としたグラフにプロットする」ことは、構成4G’の「前記各疲労度の大きさを、」対象物の「周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理」に相当する。

(2)訂正後発明4と甲2発明2との一致点・相違点
訂正後発明4と甲2発明2とは、次のアの構成で一致し、イの各点で相違する。

ア 一致点
「4A 転がり軸受の軌道輪を保持する保持部と、
4B 前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部と、
4C’ 当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部と、
4D 前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得し、各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする処理部と、を備え、
4F” 前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の、周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、
4G” 前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である
4H 疲労度取得装置。」

イ 相違点

(ア)相違点4−2−1(構成4C)
訂正後発明4では、移動部による「前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる」動作を「軌道輪の形状データに基づいて」行うのに対し、甲2発明2では、当該動作が何に基づいて行われるのか不明である点。

(イ)相違点4−2−2(構成4E)
訂正後発明4では、被測定面が設定される軌道輪が「固定輪」であるのに対し、甲2発明2においては、測定対象の「固定輪」であるかは不明である点。

(ウ)相違点4−2−3(構成4F’)
訂正後発明4では、測定点を軸方向全体にわたる範囲にも移動させるのに対し、甲2発明2は対応する構成を備えない点。

(エ)相違点4−2−4(構成4G’)
「疲労度の大きさ」を「X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理」が、訂正後発明4では、「軌道面の周方向にわたる範囲」と共に「軌道面の軸方向全体にわたる範囲」についても行われ、「マッピング」が行われるのに対し、甲2発明2は、周方向(円周角方向)での分布を横軸を円周角としたグラフにプロットされるのみである点。

(3)相違点についての検討

ア 相違点4−2−1について
上記2−1−2(3)ア(ア)、2−1−3−1(3)アと同様に、構成4Cの「軌道輪の形状データ」は、本件特許明細書に記載された具体例における「3次元モデルデータ」に必ずしも限定されると解釈できないから、同2−1−2(3)ア(イ)〜(オ)と同様の理由により、甲2発明2において、相違点4−2−1の構成を付加することは、回転体に対するX線回折測定における周知の技術に基づいて、当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点4−2−2について
上記2−1−2(3)ウ、2−1−3−1(3)ウと同様の理由により、甲2発明2において相違点4−2−2の構成とすることは同分野における当該周知技術を適用して当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 相違点4−2−3について

(ア)甲1発明2は構成4b・4dとして、「X線回折測定を行う位置検出型比例計数管(PSPC)を備えた装置」において「円筒ころ軸受の内輪の内輪転送痕に対し、軸受内輪およびサポート軸受をシャフトに組み込んだ状態で、X線回折測定の測定位置を円周方向に3等配個所の軸方向に3個所の合計9点と」するとの構成を備える。
よって、円筒試料外表面に対しX線回折測定をする際に、円周方向及び軸方向について二次元的に複数個所の測定を行うことは公知であるといえる。

(イ)しかし、甲2発明2は、構成2−4aとして「前記円筒試料の外表面の接点線を中心に発散X線ビームを入射させる」、構成2−4bとして「試料上の照射面積を制限する幅広スリットを通して発散X線ビームにする」、「円筒試料の外表面の接点線上のみからの回折X線を検出する」なる各前提構成を備えるものである。
すなわち、甲2の図3、並びに、該図に関係する【0020】の「円筒試料19の外表面の接点線(母線26)上、入射角度θのみからの回折X線27が検出できる」、及び、【0021】の「円筒試料19の外表面の接点26a上のみから局所的な回折X線が検出される。また、円筒試料19をその中心軸周りに連続回転させて行う場合には、外表面における円周上に沿った平均的な回折X線を検出することができる。」なる説明からみても、甲2発明2の装置は、円筒試料の外表面の母線に対し母線に沿うスリット状のX線を照射し、該母線上からの回折X線を一括してX線検出器で検出する装置構成を前提とするものであるといえ、軸方向にあたる母線上の一定幅について一括測定するにもかかわらず、母線方向(軸方向)に測定点を移動させる動機付けを欠くといえる。

(ウ)また、仮に、甲2発明2において、甲1発明2を適用して母線方向に測定点を移動させて測定を行わせたとしても、母線方向におけるX線ビームの照射幅や検出幅によっては母線方向の測定範囲が重複することとなり、点としての測定点の軸方向への移動とはいい難く、また、構成4G’に特定される軸方向全体にわたる範囲についても位置に対応したマッピングを行うことに供し得る測定「点」ごとの測定値が得られるともいえない。
または、軸方向にわたる測定「点」ごとの測定といえる程度に、甲2発明2において、X線の軸方向照射幅や検出幅を調整する必要が生じ、単に甲2発明2に甲1発明2を適用するだけで直ちに相違点4−2−3の構成が導けるともいえない。

(エ)また、甲1・甲2以外の他の甲号証等にも、相違点4−2−3に相当する構成は開示されていない。

(オ)以上のとおりであるから、甲2発明2において相違点4−2−3の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことではない。

エ 相違点4−2−4について

(ア)上記ウで説示したとおり、甲2発明2において、軸方向に測定点を移動させる技術事項を適用することは当業者にとって容易になし得ることとはいえない。

(イ)上記(ア)を措くとしても、上記2−1−3−1(3)イで説示したとおり、相違点4−2−4に係る、軌道面の周方向にわたる範囲及び軸方向全体にわたる範囲について、疲労度の大きさをマッピングするとの技術事項については、各甲号証等に開示がない。

(ウ)したがって、甲2発明2において相違点4−2−4の構成とすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

2−1−4 申立人意見書における申立人の主張について

(1)甲2の記載事項について
ア 申立人は申立人意見書において、甲2の【0015】における「任意の内・外径を有する円筒試料について、X方向やY方向へ移動させて回折X線を検出することができる位置への設置及び中心軸まわりの回転や任意位置での回転停止」を行う旨の記載について、周方向及び軸方向の任意の位置において回折X線を検出可能であることが開示されているといえるから、甲2に基づいて甲1発明1において「軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させる」こと(相違点4:申立人意見書における「相違点1」)が容易想到である旨主張する。(申立人意見書2〜3頁)

イ 軸方向にわたる範囲で測定点を移動させること自体は甲1発明1が備える構成であるが、甲2の【0015】は、円筒試料の軸方向の移動に関しては「円筒試料について、(X方向や)Y方向へ移動させて回折X線を検出することができる位置への設置」とするのみで、検出することができる軸方向位置の範囲の中でさらに軸方向に円筒試料を移動させながら測定することまで意味するとは解せない。

ウ よって、申立人意見書における、甲2の記載事項についての上記アの解釈に基づく、相違点4についての容易想到性の主張はあたらない。

(2)甲7の記載事項について
ア 申立人は甲7の記載事項に関し、軸受の転走面の周方向および軸方向に測定した測定データを2次元表示に可視化する構成は甲7の図6及び【0020】に開示されている、旨主張する。(申立人意見書3頁)

イ しかし、甲7の開示事項は、上記2−1−2(3)イ(イ)b.で説示したとおり、周方向の測定点の位置に対応してプロット(可視表示)するものではないから、上記アの甲7の記載事項の解釈に関する主張は失当である。

ウ 申立人意見書における訂正後発明1・3・4の容易想到性に関する主張はいずれも、上記失当であるところの、上記(1)アの主張または上記(2)アの主張を根拠とするものである。
よって、前記各容易想到性に関する主張はその根拠を欠き、失当であって、採用することができない。

2−2 取消理由2について
本件訂正により、訂正後発明1における「マッピング」は構成1F’において「前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理」であると特定され、訂正後発明4における「マッピング」は「前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理」と特定された。
これにより、該各発明における「マッピング」は、軸方向と周方向との2次元についてするものであること、表示工程として「測定点の位置に対応して可視表示する」ものであること、また該可視表示する「処理部」なる手段を備えること、が明確となった。
よって、取消理由通知に「取消理由2」として記載した「本件特許発明1〜4において、「マッピング」の意味範囲、すなわちその次元数、表示工程・手段の含非についてその意味するところが判然としない」との記載不備は解消した。

2−3 特許異議申立理由について
取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由はない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1・3・4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1・3・4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項2に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項2に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。



 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪における被測定面上で測定点を移動させて複数箇所にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する第1工程、
各X線パラメータから疲労度を取得する第2工程、及び
各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする第3工程、を含み、
前記軌道輪は固定輪であり、
前記第1工程では、前記被測定面としての軌道面の周方向全体にわたる範囲、及び前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させ、
前記第3工程で行われるマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である
疲労度取得方法。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
前記X線パラメータは、回折X線の半価幅である、請求項1に記載の疲労度取得方法。
【請求項4】
転がり軸受の軌道輪を保持する保持部と、
前記軌道輪における被測定面上の測定点にX線を照射し、所定のX線パラメータを測定する測定部と、
前記軌道輪の形状データに基づいて当該軌道輪を保持している前記保持部と前記測定部とを相対的に移動させ、前記被測定面上で前記測定点を移動させる移動部と、
前記被測定面上の複数箇所で測定された各X線パラメータから疲労度を取得し、各疲労度を、前記被測定面上における前記X線パラメータの測定点の位置に対応付けてマッピングする処理部と、を備え、
前記軌道輪は固定輪であり、
前記移動部は、前記軌道輪を軸心回りに回転させることで、前記被測定面としての軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、周方向全体にわたる範囲で前記測定点を移動させるように構成され、
前記処理部が行うマッピングは、前記各疲労度の大きさを、前記軌道面の軸方向全体にわたる範囲と、前記軌道面の周方向にわたる範囲における前記X線パラメータの測定点の位置に対応して可視表示する処理である
疲労度取得装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-03-25 
出願番号 P2016-211365
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (G01N)
P 1 651・ 121- YAA (G01N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 三崎 仁
特許庁審判官 樋口 宗彦
蔵田 真彦
登録日 2021-01-06 
登録番号 6819218
権利者 株式会社ジェイテクト
発明の名称 転がり軸受の疲労度取得方法及び装置  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  

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