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審決分類 審判 全部申し立て 特29条の2  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1385183
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-15 
確定日 2022-04-01 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6799716号発明「熱可塑性樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6799716号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−8〕について訂正することを認める。 特許第6799716号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6799716号(請求項の数8。以下、「本件特許」という。)は、令和1年9月4日(優先権主張:平成30年9月7日 日本国(JP)、令和1年6月27日 日本国(JP))を国際出願日とする出願に係るものであって、令和2年11月25日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和2年12月16日である。)。
その後、令和3年6月15日に、本件特許の請求項1〜8に係る特許に対して、特許異議申立人である橋詰隆(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

特許異議申立て以降の手続の経緯は以下のとおりである。
令和3年 6月15日 特許異議申立書
同年 9月27日付け 取消理由通知書
同年11月29日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年12月 6日 通知書(申立人あて)
なお、上記通知書により特許異議申立人に対して意見を求めたが、特許異議申立人からは意見書の提出はなかった。

申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第1号証:特開2018−193436号公報
・甲第2号証:株式会社DJKによる、2021年5月20日付けの、「結果報告書」および「変性ポリオレフィン樹脂のMFR測定」(報告書No.C17−4883−R1)
・甲第3号証:特開2018−199789号公報
・甲第4号証:中島江梨香ら、ポリエチレンの熱分解と分子量変化が及ぼす燃焼性、高分子論文集、第69巻、第11号、第631頁〜第638頁(2012年11月)
・甲第5号証:国際公開第2016/152741号
(以下、「甲第1号証」〜「甲第5号証」を、それぞれ「甲1」〜「甲5」という。)

第2 訂正の適否についての判断
特許権者は、令和3年11月29日に訂正請求書を提出し、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1〜8について訂正することを求めた(以下「本件訂正」という。また、本件設定登録時の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を「本件明細書等」という。)。

1 訂正の内容
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に「熱可塑性樹脂組成物。」とあるのを、「熱可塑性樹脂組成物であって、前記ポリアミド樹脂が、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である、熱可塑性樹脂組成物。」に訂正する。

(2)一群の請求項
請求項2〜8はそれぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
よって、本件訂正は、一群の請求項に対してなされたものである。

2 判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項1における「融点が270℃以上のポリアミド樹脂」について、「ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である」と限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
本件明細書等の【0016】には、「融点が270℃以上のポリアミド樹脂」として、「ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)」が例示されているから、訂正事項1による訂正は本件明細書等の記載した事項の範囲内であるといえ、また、実質上特許請求の範囲の拡張又は変更に当たらないことは明らかである。

(2)まとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる目的に適合し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、特許第6799716号の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜8に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1〜8に記載された事項により特定される発明を「本件発明1」〜「本件発明8」といい、まとめて「本件発明」ともいう。また、本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
融点が270℃以上のポリアミド樹脂からなる熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を3〜10質量部含有する熱可塑性樹脂組成物であって、前記ポリアミド樹脂が、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である、熱可塑性樹脂組成物。
【請求項2】
前記変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が300〜450℃である、請求項1に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項3】
前記ポリアミド樹脂が半芳香族ポリアミドである、請求項1又は2に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項4】
前記変性ポリオレフィン(B)が変性ポリエチレン樹脂である、請求項1〜3のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項5】
前記変性ポリオレフィン(B)中に含まれるエチレン由来の構造単位の含有量が50モル%以上である、請求項1〜4のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項6】
前記ポリアミド樹脂の重量平均分子量が7,000〜110,000である、請求項1〜5のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体。
【請求項8】
前記成形体が摺動部材である請求項7に記載の成形体。」

第4 特許異議申立理由及び取消理由の概要
1 取消理由通知の概要
当審が取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)取消理由1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜8に係る発明は、本件特許の優先日前の特許出願であって、本件特許の出願後に出願公開された下記の甲1の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が本件特許の優先日前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜8に係る発明の特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

甲1(特開2018−193436号公報)の特許出願(特願2017−96274号)

2 特許異議申立理由の概要
申立人が特許異議申立書でした申立の理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)申立理由1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜8に係る発明は、本件特許の優先日前の特許出願であって、本件特許の出願後に出願公開された下記の甲1の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の出願の発明者が本件特許の優先日前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜8に係る発明の特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

甲1(特開2018−193436号公報)の特許出願(特願2017−96274号)
その理由は、取消理由1と同旨である。

(2)申立理由2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項2に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

内容の概要は、「第5 2(1)」で示すとおりである。

第5 当審の判断
当審は、当審が通知した取消理由1並びに申立人がした申立理由1及び2によっては、いずれも、本件発明1〜8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
その理由は以下のとおりである。
なお、取消理由1及び申立理由1は同旨であるから併せて検討する。

1 取消理由について
(1)取消理由1について
ア 各甲号証の記載事項について
(ア)甲1
甲1は、本件特許の優先日である平成30年9月7日より前の平成29年5月15日に特許出願され、当該優先日より後の平成30年12月6日に出願公開された特許出願(特願2017−96274号)(以下、「先願」という。)の公開公報であり、その特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
(甲1−1)「【請求項1】
ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する樹脂材料で形成された樹脂部材であって、 前記樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.50×10−6以下である樹脂部材。
【数1】

tanδ:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される損失係数
E’:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される引張貯蔵弾性率
【請求項2】
請求項1に記載された樹脂部材において、
前記ベース樹脂が熱可塑性樹脂を含む樹脂部材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載された樹脂部材において、
前記樹脂材料における前記ベース樹脂の含有量が70.0質量%以上95.0質量%以下である樹脂部材。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載された樹脂部材において、
前記摩擦係数低減剤がポリオレフィン系樹脂を含む樹脂部材。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載された樹脂部材において、
前記樹脂材料における前記摩擦係数低減剤の含有量が5.00質量%以上15.0質量%である樹脂部材。」

(甲1−2)「【0004】
本発明の課題は、高温で且つオイルが介在するWET環境において摺接抵抗が低い樹脂部材を提供することである。」

(甲1−3)「【0013】
ここで、ベース樹脂は熱可塑性樹脂であることが好ましい。ベース樹脂の熱可塑性樹脂は、結晶性熱可塑性樹脂であることが好ましいが、非晶性熱可塑性樹脂であってもよい。結晶性熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリオレフィン樹脂等が挙げられる。非晶性熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂等が挙げられる。ベース樹脂は、これらのうちポリアミド樹脂を用いることが好ましい。
【0014】
ベース樹脂のポリアミド樹脂としては、脂肪族ポリアミド樹脂及び半芳香族ポリアミド樹脂が挙げられる。
【0015】
脂肪族ポリアミド樹脂としては、例えば、ナイロン6(PA6)、ナイロン11(PA11)、ナイロン12(PA12)、ナイロン46(PA46)、ナイロン66(PA66)、ナイロン92(PA92)、ナイロン99(PA99)、ナイロン610(PA610)、ナイロン612(PA612)、ナイロン912(PA912)、ナイロン1010(PA1010)、ナイロン1012(PA1012)、ナイロン6とナイロン12との共重合体(PA6/12)、ナイロン6とナイロン66との共重合体(PA6/66)等が挙げられる。
【0016】
半芳香族ポリアミド樹脂としては、例えば、ナイロン4T(PA4T)、ナイロン6T(PA6T)、ナイロンMXD6(PAMXD6)、ナイロン9T(PA9T)、ナイロン10T(PA10T)、ナイロン11T(PA11T)、ナイロン12T(PA12T)、ナイロン13T(PA13T)等が挙げられる。
【0017】
ベース樹脂は、これらのうちの1種又は2種以上の熱可塑性樹脂を含むことが好ましく、高温で且つオイルが介在するWET環境において低い摺接抵抗を得る観点からは、結晶性熱可塑性樹脂を含むことがより好ましく、ポリアミド樹脂を含むことが更に好ましく、融点が250℃以上のポリアミド樹脂を含むことがより更に好ましく、ナイロン66、ナイロン9T、及びナイロン10Tのうちの1種又は2種以上を含むことがより更に好ましい。
【0018】
樹脂材料Aにおけるベース樹脂の含有量は、好ましくは85.0質量%以上95.0質量%以下、より好ましくは87.5質量%以上92.5質量%以下である。
【0019】
摩擦係数低減剤としては、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト(黒鉛)等が挙げられる。ポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、それらの共重合体樹脂等が挙げられる。摩擦係数低減剤は、これらのうちの1種又は2種以上を含むことが好ましく、高温で且つオイルが介在するWET環境において低い摺接抵抗を得る観点からは、ポリオレフィン系樹脂を含むことがより好ましく、ポリエチレン樹脂を含むことが更に好ましく、分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含むことがより更に好ましい。また、摩擦係数低減剤は、酸変性されたポリエチレン樹脂を含むことが好ましい。
【0020】
樹脂材料Aにおける摩擦係数低減剤の含有量は、好ましくは5.00質量%以上15.0質量%以下、より好ましくは7.50質量%以上12.5質量%以下である。」

(甲1−4)「【0026】
実施形態に係る樹脂部材は、樹脂材料Aのペレット等を用い、射出成形、押出成形、プレス成形等により製造することができる。」

(甲1−5)「【実施例】
【0027】
(樹脂材料)
以下の実施例1〜5及び比較例1〜4を準備した。それぞれの構成は表1及び2にも示す。
【0028】
<実施例1〜5>
ベース樹脂のナイロン66(アミランCM3006 東レ社製 融点265℃)を90.0質量%と摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂(リュブマーLY1040 三井化学社製)を10.0質量%とを含有する樹脂材料を実施例1とした。
【0029】
また、ベース樹脂をナイロン9T(ジェネスタN1000A クラレ社製 融点306℃)及びナイロン10T(ゼコットXN500 ユニチカ社製 融点315℃)としたことを除いて実施例1と同一構成の樹脂材料をそれぞれ実施例2及び3とした。
【0030】
更に、ベース樹脂のナイロン9T及び摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂の含有量をそれぞれ95.0質量%及び5.00質量%としたことを除いて実施例2と同一構成の樹脂材料を実施例4とした。ベース樹脂のナイロン9T及び摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂の含有量をそれぞれ85.0質量%及び15.0質量%としたことを除いて実施例2と同一構成の樹脂材料を実施例5とした。
・・・
【0034】
【表1】

・・・
【0036】
(試験方法)
<動摩擦係数μ(WET,80℃)>
実施例1〜5及び比較例1〜4のそれぞれについて、外径25.6mm、内径20.0mm、及び高さ15.0mmの中空円筒状の試験片を作製した。そして、鈴木式摩擦摩耗試験機を用い、JISK7218:1986に準じ、エンジンオイル(SAE0W−20)が介在したWET環境で、試験温度を80℃、相手材を表面粗さRaが0.4μmのS55C材、面圧力を4.0MPa、及び摺り速度を500mm/秒としてリングオンディスク式の摩擦摩耗試験を実施して動摩擦係数μ(WET,80℃)を測定した。
【0037】
<乗越抵抗指数(RRF)>
実施例1〜5及び比較例1〜4のそれぞれについて、幅4mm、厚さ2mm、及び長さ25mmの短冊状の試験片を作製した。続いて、JISK7244−1:1998に準じ、振動周波数を200Hz及び試験温度を80℃として引張振動式の動的粘弾性試験(動的機械特性試験)を実施してtanδ(200Hz,80℃)及びE’(200Hz,80℃)を測定した。そして、上記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)を算出した。また、動摩擦係数μ(WET,80℃)と乗越抵抗指数(RRF)との積を算出した。
【0038】
<ジャーナル軸受試験>
実施例1〜5及び比較例1〜4のそれぞれについて、外径25mm、内径20mm、及び長さ10mmの軸受試験片を作製した。S55C材で形成された軸径が20mmの軸にオイル(SAE0W−20)を介在させて軸受試験片を外嵌めし、試験温度を80℃として、軸受試験片に側方から1000N(P=5MPa)の負荷を与えた状態で軸を955rpm(V=1000mm/sec)の回転数で回転させた。そして、このとき軸に摺接抵抗により発生したトルクを測定した。
【0039】
(試験結果)
試験結果を表1及び2に示す。
【0040】
表1によれば、動摩擦係数μ(WET,80℃)と乗越抵抗指数(RRF)との積が2.50×10−6以下である実施例1〜5は、その積が2.50×10−6より大きい比較例1〜4よりもジャーナル軸受試験における軸に摺接抵抗により発生したトルクが小さい、つまり、高温で且つオイルが介在するWET環境において低い摺接抵抗を得ることができることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は樹脂部材の技術分野について有用である。」

イ 甲1に記載された発明
甲1の実施例4に着目すると、【0028】〜【0030】及び【0034】の【表1】には、樹脂材料に用いた構成成分及びその含有量が記載されているから、先願明細書等の内容を示す甲1には、以下の発明が記載されている。

「ベース樹脂のナイロン9T(ジェネスタN1000A クラレ社製 融点306℃)を95.0質量%と摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂(リュブマーLY1040 三井化学社製)を5.00質量%とを含有する樹脂材料」(以下、「甲1先願発明」という。)

ウ 対比・判断
(ア)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲1先願発明を対比する。
甲1先願発明における「ベース樹脂のナイロン9T(ジェネスタN1000A クラレ社製 融点306℃)」は、甲1の【0016】によると、半芳香族ポリアミド樹脂の一つであり、【0017】より、熱可塑性樹脂として用いられているから、本件発明1における「融点が270℃以上のポリアミド樹脂からなる熱可塑性樹脂(A)」に相当する。
また、甲1先願発明における「摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂(リュブマーLY1040 三井化学社製)」は、ポリオレフィンであるから、本件発明1における「ポリオレフィン(B)」に相当する。
さらに、甲1先願発明における「樹脂材料」は、上記の熱可塑性樹脂であるナイロン9Tがベース樹脂であるから、本件発明1における「熱可塑性樹脂組成物」に相当し、また、甲1先願発明における「樹脂材料」は、「ベース樹脂のナイロン9T(ジェネスタN1000A クラレ社製 融点306℃)を95.0質量%と摩擦係数低減剤の超高分子量ポリエチレン樹脂(リュブマーLY1040 三井化学社製)を5.00質量%とを含有」し、換算すると、「ナイロン9T」100質量部に対して、「超高分子量ポリエチレン樹脂」5.26質量部含有するから、本件発明1で特定される(A)と(B)の含有量を満足する。

そうすると、本件発明1と甲1先願発明は、
「融点が270℃以上のポリアミド樹脂からなる熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、ポリオレフィン(B)を3〜10質量部含有する熱可塑性樹脂組成物。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1:本件発明1では、「ポリオレフィン(B)」が、「温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)」であるのに対し、甲1先願発明では、「メルトフローレート(MFR)」及び「変性」の有無が特定されていない点

相違点2:ポリアミド樹脂が、本件発明1では、「ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である(以下「本件発明1で特定される5種類の具体的なポリアミド樹脂」という。)」のに対して、甲1先願発明では、ナイロン9Tである点

b 判断
事案に鑑み相違点2から判断する。
甲1先願発明の「ナイロン9T」は、ポリノナメチレンテレフタルアミドであることは明らかであり、これは、本件発明1で特定される5種類の具体的なポリアミド樹脂と相違することは明らかである。そして、甲1には、その特許請求の範囲の請求項1に、概略、ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する樹脂材料で形成された樹脂部材が記載されており(摘記(甲1−1))、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0013】には、ベース樹脂に使用される熱可塑性樹脂としてポリアミド樹脂が例示されており、同【0015】及び【0016】にポリアミド樹脂の具体例が記載されている(摘記(甲1−3))が、ここには、本件発明1で特定される5種類の具体的なポリアミド樹脂は記載されていない。また、甲1先願発明において、ナイロン9Tに代えて本件発明1で特定される5種類の具体的なポリアミド樹脂を使用することが、周知技術や慣用技術の付加、転換であるともいえない。
そうすると、上記相違点2は、本件発明1と甲1先願発明との間の課題解決のための具体化手段における微差であるとはいえない。

よって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は甲1先願発明と同一あるいは実質同一であるとはいえない。

(イ)本件発明2〜8について
本件発明2〜8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して限定した発明であるから、本件発明2〜8は、上記「(ア)」で示した理由と同じ理由により、甲1先願発明と同一あるいは実質同一であるとはいえない。

(2)まとめ
以上のとおりであるから、取消理由1によっては、本件発明に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立人がした申立理由について
(1)申立理由2について
申立理由2は、概略、本件発明2は、「前記変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が300〜450℃である」ことを発明特定事項として含む発明であるのに対し、本件明細書の実施例において変性ポリオレフィン(B)として具体的に記載されているのは、段落【0057】に記載された「B−1」だけであり、その1%分解温度は387℃である。
すると、本件発明2において特定される1%分解温度が300〜450℃の範囲のうち、具体的に実施例によってサポートされているのは387℃の場合だけであって、それ以外の温度については、本件明細書の段落【0036】に記載された「変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が前記範囲内であると、融点が高い熱可塑性樹脂(A)と混練することが容易となり、耐熱性及び摺動性により優れた成形体を得ることができる。」との点は、実施例による実証がなされておらず、技術的効果が得られるのかどうか不明である。
よって、本件発明2は、特許を受けようとする発明が 発明の詳細な説明に記載した範囲を超えておりサポート要件を満足しない、というものである。

(2)特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

(3)発明の詳細な説明の記載
本願の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
(本a)「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法では、ポリアミド樹脂に二硫化モリブデンを配合した場合に成形時の流動性が低下してしまい、摺動性の改良効果も十分とはいえない。また、特許文献2に記載の方法では、ポリエチレンやフッ素樹脂はポリアミドとの相溶性に乏しく、成形体表面へのブリードアウトによる成形体表面の剥離やフローマーク等の外観不良、成形金型汚染の発生等の問題があった。更に、特許文献3では、アクリル変性オルガノシロキサンを含むポリアミド樹脂組成物が摺動性に優れることが開示されているが、オルガノシロキサンが通電不良を起こす可能性があり、含有する材料の使用用途が限られる問題もある。
【0006】
本発明は、前記従来の課題を鑑みてなされたものであって、特に高面圧下での摺動性に優れると共に、摩擦熱等の熱に対して耐熱性を有する成形体が得られる熱可塑性樹脂組成物、及び該熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体を提供することを課題とする。
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、高融点の熱可塑性樹脂と特定のメルトフローレートを有する変性ポリオレフィンとを特定の割合で配合した熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体が、特に高面圧下での摺動性に優れること、また、耐熱性にも優れることを見出し、当該知見に基づいてさらに検討を重ねて本発明を完成した。」

(本b)「【発明を実施するための形態】
【0010】
[熱可塑性樹脂組成物]
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を3〜10質量部含有する。本発明によれば、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂を用いているため、この熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体の耐熱性が向上する。また、特定のメルトフローレートを有する変性ポリオレフィンを用いているため、前記熱可塑性樹脂の相中に前記変性ポリオレフィンが微細に分散するようになり、摩擦時に変性ポリオレフィンが少しずつ削られることによって潤滑性が発揮され、優れた摺動性が発現すると考えられる。」

(本c)「【0011】
<熱可塑性樹脂(A)>
本発明においては、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂(A)を用いる。融点が270℃以上であれば、本発明の熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体の耐熱性が向上する。したがって、前記成形体を摺動部材等に用いた場合に摩擦熱等によって成形体が溶融する不具合を防止することができる。この観点から、熱可塑性樹脂(A)の融点は、280℃以上が好ましく、290℃以上がより好ましく、295℃以上が更に好ましく、通常、350℃以下が好ましい。
・・・
【0012】
本発明に用いる熱可塑性樹脂(A)は融点が270℃以上であれば特に制限はなく、ポリエステル系樹脂、フッ素系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテル系樹脂等が挙げられる。これらの中でも、熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体の耐熱性、機械特性を向上させる観点から、ポリアミド樹脂、ポリエーテル系樹脂が好ましく、ポリアミド樹脂がより好ましい。
・・・
【0016】
これらの中でも、成形体の耐熱性を向上させる観点から、・・・ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)が好ましく、・・・」

(本d)「【0031】
<変性ポリオレフィン(B)>
本発明においては、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を用いる。本発明の熱可塑性樹脂組成物が前記変性ポリオレフィン(B)を含有することにより、熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体の摺動性が向上する。本発明の熱可塑性樹脂組成物においては、熱可塑性樹脂(A)中に変性ポリオレフィン(B)が微分散しやすく、摩擦により変性ポリオレフィン(B)が削れることにより変性ポリオレフィン(B)の潤滑性が発揮され、成形体の摺動性が向上すると考えられる。
前記変性ポリオレフィン(B)のMFRが前記範囲内であると、成形体の摺動性が向上すると共に、変性ポリオレフィン(B)と熱可塑性樹脂(A)との混錬性及び親和性が向上する。・・・
【0036】
本発明において用いる変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度は300〜450℃が好ましい。変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が前記範囲内であると、融点が高い熱可塑性樹脂(A)と混錬することが容易となり、耐熱性及び摺動性により優れた成形体を得ることができる。また、1%分解温度が300℃よりも低いと溶融混練及び成形時に分解によるガスが発生する場合がある。これらの観点から、変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度は、340℃以上がより好ましく、350℃以上が更に好ましく、360℃以上が特に好ましく、また、440℃以下がより好ましく、430℃以下が更に好ましく、420℃以下が特に好ましい。・・・
【0037】
熱可塑性樹脂(A)100質量部に対する変性ポリオレフィン(B)の量は3〜10質量部である。熱可塑性樹脂(A)100質量部に対する変性ポリオレフィン(B)の量が3質量部未満の場合は、摺動部材の摩擦係数を十分に低下させることができず摩耗量が多くなり、変性ポリオレフィン(B)の量が10質量部を超える場合は成形体の機械強度が低下する。これらの観点から、熱可塑性樹脂(A)100質量部に対する変性ポリオレフィン(B)の量は、4質量部以上が好ましく、5質量部以上がより好ましい。変性ポリオレフィン(B)の量が前記範囲内であると成形体の引張強さが向上する。また、特に得られる成形体の摺動性の観点から、上記変性ポリオレフィン(B)の量は9質量部以下、8質量部以下、更には7質量部以下であってもよい。」

(本e)「【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。各実施例、比較例で用いた化合物の物性は以下の方法で評価した。
・・・
【0056】
<ポリアミドA−2:ポリアミド9N(繰り返し単位中のアミド基1個当たりの炭素数:10.5)>
716gの1,9−ノナンジアミン、6442gの2−メチル−1,8−オクタンジアミン(1,9−ノナンジアミン:2−メチル−1,8−オクタンジアミン=10:90(モル比))、2,6−ナフタレンジカルボン酸9602g、安息香酸142.9g、次亜リン酸ナトリウム一水和物16.9g、7300gの水を内容積40リットルのオートクレーブに入れ、窒素置換した。3時間かけて内部温度を220℃に昇温した。この時、オートクレーブ内部の圧力は2MPaまで昇圧した。その後4時間、水蒸気を徐々に抜いて圧力を2MPaに保ちながら反応させた。次いで、30分かけて圧力を1.2MPaまで下げ、プレポリマーを得た。このプレポリマーを粉砕し、120℃、減圧下で12時間乾燥した。これを230℃、13Paにて10時間固相重合し、融点が317℃、重量平均分子量20,000のポリアミド9N(PA9N)を得た。
【0057】
<変性ポリオレフィン(B)>
B−1:無水マレイン酸変性ポリエチレン(MFR:0.3g/10分、1%分解温度:387℃)
<比較ポリマー(X)>
X−1:無水マレイン酸変性ポリエチレン(MFR:123g/10分、1%分解温度:
281℃)
【0058】
<実施例1〜5、比較例1〜3>
表1に記載の各成分を表1に示す割合で予備混合した後、同方向回転二軸押出機(東芝機械株式会社製「TEM−26SS」)の供給口に一括投入し、ポリアミド9Tの場合はシリンダ温度320℃、ポリアミド9Nの場合はシリンダ温度330℃の条件下で溶融混練した後にストランド状に押出し、冷却、切断してペレット状の熱可塑性樹脂組成物を製造した。得られたペレットを用いて、各種物性評価を行った。結果を表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1の結果から明らかなように、実施例1〜5では、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.3g/10分である変性ポリオレフィン(B−1)を熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して3〜10質量部含有するため、成形体が優れた摺動性を示していることが分かる。比較例1では変性ポリオレフィン(B−1)が少ないため、摩擦熱により成形体が溶融したため摺動性について測定できなかった。
比較例2では、変性ポリオレフィン(B−1)を多く含有しているため、引張強さが低下した。比較例3では、MFRが大きい変性ポリオレフィンを用いているため、成形性が悪く、摺動性や耐衝撃性が低いことが分かる。」

(4)本件発明の課題について
本件発明の課題は、発明の詳細な説明の段落【0006】記載からみて、特に高面圧下での摺動性に優れると共に、摩擦熱等の熱に対して耐熱性を有する成形体が得られる熱可塑性樹脂組成物を提供することであると認める。

(5)判断
本件発明1は特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下の発明である。
「【請求項1】
融点が270℃以上のポリアミド樹脂からなる熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を3〜10質量部含有する熱可塑性樹脂組成物であって、前記ポリアミド樹脂が、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である、熱可塑性樹脂組成物。」

一方、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0007】には、高融点の熱可塑性樹脂と特定のメルトフローレートを有する変性ポリオレフィンとを特定の割合で配合した熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体が、高面圧下での摺動性に優れること、耐熱性にも優れることが記載され(摘記(本a))、同【0010】には、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂を用いているため、成形体の耐熱性が向上すること、また、特定のメルトフローレートを有する変性ポリオレフィンを用いているため、前記熱可塑性樹脂の相中に前記変性ポリオレフィンが微細に分散するようになり、摩擦時に変性ポリオレフィンが少しずつ削られることによって潤滑性が発揮され、優れた摺動性が発現すると考えられることが記載され(摘記(本b))、同【0016】には、成形体の耐熱性を向上させる観点から、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂の具体例として本件発明1で特定される5種類の具体的なポリアミド樹脂が記載されている(摘記(本c))。
また、同【0031】には、本発明においては、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を用いることにより、成形体の摺動性が向上すること、これは、熱可塑性樹脂(A)中に変性ポリオレフィン(B)が微分散しやすく、摩擦により変性ポリオレフィン(B)が削れることにより変性ポリオレフィン(B)の潤滑性が発揮され、成形体の摺動性が向上すると考えられることが記載され、変性ポリオレフィン(B)のMFRが0.1〜0.6g/10分の範囲内であると、成形体の摺動性が向上すると共に、変性ポリオレフィン(B)と熱可塑性樹脂(A)との混錬性及び親和性が向上することが記載されている(摘記(本d))。
そして、実施例においては、本件発明1の具体例である実施例5が、耐熱性、耐摩耗性に優れることが具体的なデータと共に記載されている。
このように、本件明細書によれば、本件発明1の特定を満足する実施例5が、本件発明の課題を解決できることが具体的なデータにより確認でき、この実施例5をみた上で、上記した本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみた当業者であれば、本件発明1の特定を満たせば、高面圧下での摺動性に優れると共に、摩擦熱等の熱に対して耐熱性を有する成形体が得られるという本件発明の課題を解決できると認識できるということができる。

(6)申立人の主張の検討
上記(5)で述べたとおり、「変性ポリオレフィン(B)」について「温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である」と特定した本件発明1は本件発明の課題を解決できると認識できるといえるところ、本件発明1を引用して、さらに変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度を300〜450℃と限定した本件発明2も同様に、本件発明の課題を解決できると認識できるといえる。
念のため、本件発明2の「変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度を300〜450℃」との発明特定事項についても検討すると、本件明細書の段落 同【0036】には、本発明において用いる変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度は300〜450℃が好ましいこと、変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が前記範囲内であると、融点が高い熱可塑性樹脂(A)と混錬することが容易となり、耐熱性及び摺動性により優れた成形体を得ることができること、1%分解温度が300℃よりも低いと溶融混練及び成形時に分解によるガスが発生する場合があることが記載されており(摘記(本d))、実施例においても、1%分解温度が387℃の変性ポリオレフィン(B)を使用した実施例5が、同温度が281℃の変性ポリオレフィン(B)を使用した比較例3よりも耐熱性、耐摩耗性に優れることが示されていることから、変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が300〜450℃であれば、融点が270℃以上である熱可塑性樹脂であるポリアミド樹脂(A)(上記(5)で摘記した段落【0010】、【0016】)との混錬がより容易になることは当業者であれば理解できるといえる。
一方、申立人は、実施例による実証がなされておらず、効果が得られるのかどうか不明であるという主張にとどまり、具体的な証拠を挙げている訳でもない。
以上のとおりであるので、申立人の主張は採用できない。

(7)まとめ
したがって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるから、申立理由2によっては、本件発明2に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
特許第6799716号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜8〕について訂正することを認める。
当審が通知した取消理由1並びに特許異議申立人がした申立理由1及び2によっては、本件発明1〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
融点が270℃以上のポリアミド樹脂からなる熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、温度240℃、荷重2.16kgにおけるメルトフローレート(MFR)が0.1〜0.6g/10分である変性ポリオレフィン(B)を3〜10質量部含有する熱可塑性樹脂組成物であって、前記ポリアミド樹脂が、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド(ナイロン9N)、ポリノナメチレンナフタレンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)ナフタレンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9N/M8N)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロン9C)、ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミド(ナイロンM8C)、ポリノナメチレンシクロヘキサンジカルボキサミド/ポリ(2−メチルオクタメチレン)シクロヘキサンジカルボキサミドコポリマー(ナイロン9C/M8C)から選ばれる1種以上である、熱可塑性樹脂組成物。
【請求項2】
前記変性ポリオレフィン(B)の1%分解温度が300〜450℃である、請求項1に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項3】
前記ポリアミド樹脂が半芳香族ポリアミドである、請求項1又は2に記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項4】
前記変性ポリオレフィン(B)が変性ポリエチレン樹脂である、請求項1〜3のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項5】
前記変性ポリオレフィン(B)中に含まれるエチレン由来の構造単位の含有量が50モル%以上である、請求項1〜4のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項6】
前記ポリアミド樹脂の重量平均分子量が7,000〜110,000である、請求項1〜5のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体。
【請求項8】
前記成形体が摺動部材である請求項7に記載の成形体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-03-24 
出願番号 P2020-513377
審決分類 P 1 651・ 16- YAA (C08L)
P 1 651・ 537- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 細井 龍史
佐藤 健史
登録日 2020-11-25 
登録番号 6799716
権利者 株式会社クラレ
発明の名称 熱可塑性樹脂組成物  
代理人 特許業務法人大谷特許事務所  
代理人 特許業務法人大谷特許事務所  

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