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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08L
管理番号 1385495
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-04-27 
確定日 2022-06-23 
事件の表示 特願2017−204698「耐火樹脂組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月 5日出願公開、特開2018− 53253〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件審判の請求に係る出願(以下、「本願」という。)は、2016(平成28)年5月13日(優先権主張 2015(平成27)年5月14日)を国際出願日とする特願2016−538114号の一部を、平成29年10月23日に新たな出願とした特願2017−204698号に係るものであって、その後の主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和1年 6月 4日 :手続補正書の提出
同年12月 6日付け:拒絶理由通知
2年 1月22日 :意見書、手続補正書の提出
同年 2月13日付け:拒絶査定
同年 4月27日 :審判請求書、手続補正書の提出
3年 9月16日付け:令和2年4月27日提出の手続補正の却下の決定
同年 同月 同日付け:拒絶理由通知<最後>
同年10月19日 :意見書、手続補正書の提出

第2 令和 3年10月19日提出の手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和 3年10月19日提出の手続補正を却下する。

[理由]
1 令和 3年10月19日提出の手続補正の内容
令和 3年10月19日提出の手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)は、令和3年9月16日付けで令和2年4月27日提出の手続補正書が却下されているから、特許請求の範囲の請求項1について、本件補正により補正される前の(すなわち、令和 2年1月22日に提出された手続補正書により補正された)特許請求の範囲の請求項1の記載である、
「【請求項1】
熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上であるマトリックス成分と、
熱膨張性黒鉛と、
ポリリン酸塩とを含み、
アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であり、
前記熱膨張性黒鉛の含有量がマトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部であり、
前記ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である耐火樹脂組成物(但し、発泡剤を含有するものを除く。)。」
を、
「【請求項1】
ゴムであるマトリックス成分と、
熱膨張性黒鉛と、
ポリリン酸塩とを含み、
アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であり、
前記熱膨張性黒鉛の含有量がマトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部であり、
前記ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である、耐火樹脂組成物(但し、熱膨張性黒鉛とは異なる発泡剤を含有するものを除く。)。」
と補正するものである(なお、下線は、補正箇所を示すため当審が付与した。)。

2 本件補正の目的
請求項1についての本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明の「熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上であるマトリックス成分」について、「ゴムであるマトリックス成分」として、特定の成分に限定するものと、本件補正前の請求項1に係る発明の「(但し、発泡剤を含有するものを除く。)」について、「(但し、熱膨張性黒鉛とは異なる発泡剤を含有するものを除く。)」として、不明瞭な記載の釈明をするものであり、補正の前後において、産業上の利用分野及び発明の解決しようとする課題は同じといえる。
よって、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮(いわゆる限定的減縮)及び第4号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

3 独立特許要件違反の有無について
請求項1についての本件補正が限定的減縮を目的とするものであるときには、本件補正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか、すなわち、本件補正が特許法第17条の2第6項で準用する同法第126条第7項の規定に適合するものであるか(いわゆる独立特許要件違反の有無)についての検討がなされるべきところ、以下述べるように、本件補正発明は、独立して特許を受けることができるものではない。
すなわち、マトリックス成分をゴムに限定した本件補正発明は、本願の出願日前に頒布された刊行物である下記引用文献3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
・引用文献3 特開2001−180305号公報(原査定の理由で引用された「引用文献3」)

(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1に記載したとおりのものである。

(2)引用文献等に記載された事項等
ア 引用文献3に記載された事項
引用文献3には以下の記載がある。なお、下線については当審において付与した。
・「【請求項1】 合成樹脂で形成された燃料タンク本体と、該燃料タンク本体の少なくとも下半分の外面に加熱により膨張断熱する層を設けたことを特徴とする燃料タンク。
【請求項2】 加熱により膨張断熱する層が、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分100重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛15〜300重量部、並びに、無機充填剤30〜500重量部を含有する樹脂組成物(I)より形成され、かつ中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤の合計量が200〜600重量部であることを特徴とする請求項1記載の燃料タンク。
【請求項3】 加熱により膨張断熱する層が、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分100重量部、リン化合物50〜150重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛15〜300重量部、並びに、無機充填剤30〜500重量部を含有する樹脂組成物(II)より形成され、かつ中和処理された熱膨張性黒鉛、無機充填剤及びリン化合物の合計量が200〜600重量部であることを特徴とする請求項1記載の燃料タンク。」
・「【0005】本発明の目的は、上記に鑑み、高い難燃性を有し、しかも加熱後の残渣が膨張して耐火断熱層を形成することにより、火災時に防火性能を発現しうる燃料タンクを提供することにある。」
・「【0011】さらに、上記加熱により膨張断熱する層としては、下記樹脂組成物(I)又は(II)より形成されるものが好ましい。上記樹脂組成物(I)としては、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分、中和処理された熱膨張性黒鉛並びに無機充填剤を含有するものが用いられ、上記樹脂組成物(II)としては、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分、リン化合物、中和処理された熱膨張性黒鉛並びに無機充填剤を含有するものが用いられる。」
・「【0014】上記ゴム成分を用いる場合は、燃料タンクとの積層を容易にするために粘着性を付与することが好ましい。粘着性を付与する方法としては、特に制限はないが、例えば、ブチルゴムのゴム成分にポリブテン等の液状樹脂や石油樹脂等の粘着付与剤を配合する方法が挙げられる。」
・「【0033】上記リン化合物としては、例えば、赤リン;トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェート、キシレニルジフェニルホスフェート等の各種リン酸エステル;リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸マグネシウム等のリン酸金属塩;ポリリン酸アンモニウム類;下記一般式(1)で表される化合物等が挙げられる。これらのうち、耐火性の観点から、赤リン、ポリリン酸アンモニウム類、及び、下記一般式(1)で表される化合物が好ましく、性能、安全性、費用等の点においてポリリン酸アンモニウム類がより好ましい。
【0034】
【化1】

【0035】式中、R1及びR3は、水素、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は、炭素数6〜16のアリール基を表す。R2は、水酸基、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルコキシル基、炭素数6〜16のアリール基、又は、炭素数6〜16のアリールオキシ基を表す。
【0036】上記赤リンは、少量の添加で難燃効果が向上する。上記赤リンとしては、市販の赤リンを用いることができるが、耐湿性、混練時に自然発火しない等の安全性の点から、赤リン粒子の表面を樹脂でコーティングしたもの等が好適に用いられる。
【0037】上記一般式(1)で表される化合物としては特に限定されず、例えば、メチルホスホン酸、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸ジエチル、エチルホスホン酸、プロピルホスホン酸、ブチルホスホン酸、2−メチルプロピルホスホン酸、t−ブチルホスホン酸、2,3−ジメチル−ブチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、フェニルホスホン酸、ジオクチルフェニルホスホネート、ジメチルホスフィン酸、メチルエチルホスフィン酸、メチルプロピルホスフィン酸、ジエチルホスフィン酸、ジオクチルホスフィン酸、フェニルホスフィン酸、ジエチルフェニルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸、ビス(4−メトキシフェニル)ホスフィン酸等が挙げられる。なかでも、t−ブチルホスホン酸は、高価ではあるが、難燃性が優れる点において好ましい。
上記リン化合物は、単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0038】上記ポリリン酸アンモニウム類としては、例えば、ポリリン酸アンモニウム、メラミン変性ポリリン酸アンモニウム等が挙げられるが、取扱い性等の点からポリリン酸アンモニウムが好適に用いられる。市販品としては、例えば、クラリアント社製「エキソリットAP422」、「エキソリットAP462」、住友化学工業社製「スミセーフP」、チッソ社製「テラージュC60」、「テラージュC70」、「テラージュC80」等が挙げられる。」
・「【0043】上記樹脂組成物(II)において、中和処理された熱膨張性黒鉛の配合量は、樹脂組成物(I)と同様の理由により、樹脂成分100重量部に対して15〜300重量部が好ましく、無機充填剤の配合量は、樹脂組成物(I)と同様の理由により、樹脂成分100重量部に対して30〜500重量部が好ましい。」
・「【0051】(作用)本発明の燃料タンクで用いられる膨張断熱する層は、樹脂成分、中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤を含有する樹脂組成物から形成されることにより、火災時の加熱によって、樹脂成分は炭化して断熱層の役割を果たし、熱膨張性黒鉛は膨張断熱層を形成して燃料タンクへ熱が伝達するのを阻止する。また、無機充填剤は熱容量の増大に寄与する。さらに、上記樹脂組成物にリン化合物が添加されることにより、膨張断熱層及び充填剤の形状保持力が向上する。」
・「【0053】(実施例1〜3、比較例1〜3)表1に示した配合量の樹脂成分、中和処理された熱膨張性黒鉛、無機充填剤及びリン化合物をロールにて混練して樹脂組成物を得た。次いで、上記樹脂組成物の樹脂成分がゴム成分の場合は、樹脂組成物を100℃で3分間プレス成形して、耐火性評価に用いる試験片Aを作製した。また、上記樹脂組成物の樹脂成分がエポキシ樹脂の場合は、樹脂組成物を150℃で15分間プレス成形して硬化させ、耐火性評価に用いる試験片Aを作製した。
【0054】別途、高密度ポリエチレン(昭和電工社製「ショーレックス4551H」)から、長さ100mm×幅100mm×厚さ3mmの試験片Bを作製した後、この試験片Bに上記試験片Aを積層して、燃料タンクの耐火性評価用試験体を得た。上記試験体の試験片A側が下側となるように固定した後、試験体の下方にブンゼンバーナーを置き、ブンゼンバーナーの炎の先端が試験片Aに接するように加熱した。表中、60秒間の加熱で試験片Bに孔か開かなかったものを○、60秒未満の加熱で試験片Bに孔か開いたものを×で示した。尚、ブンゼンバーナーの炎は、炎の高さが3cm、炎先端の温度が800℃となるように調節した。
【0055】
【表1】

【0056】尚、表中で使用した各成分は下記の通りである。
・ブチルゴム:エクソン化学社製「エクソンブチル065」
・ポリブテン:出光石油化学社製「出光ポリブテン100R」
・石油樹脂:トーネックス社製「エスコレッツ5320」
【0057】・エポキシ基をもつモノマー(表中、エポキシモノマーで示す):
○1(審決注:丸囲み1を表す。以下同様)油化シェルエポキシ社製「エピコートE807」
(ビスフェノールF型エポキシモノマー)
○2油化シェルエポキシ社製「エピコートYL6795」(ビスフェノールF型エポキシモノマー)
・硬化剤:○1油化シェルエポキシ社製「エピキュアーFL052」
(ジアミン系硬化剤)
○2油化シェルエポキシ社製「エピキュアーYLH854」
(ジアミン系硬化剤)
【0058】・中和処理された熱膨張性黒鉛:東ソー社製「フレームカットGREP−EG」
・水酸アルミニウム:昭和電工社製「ハイジライトH−31」
・炭酸カルシウム:備北粉化社製「ホワイトンBF−300」
・ポリリン酸アンモニウム:クラリアント社製「エキソリットAP422」
【0059】
【発明の効果】本発明の燃料タンクは、上述の構成であり、高い難燃性を有し、しかも加熱後の残渣が膨張して耐火断熱層を形成することにより、火災時に優れた防火性能を発現して燃料タンクの燃焼を阻止する。また、燃料タンクの近傍に、排気管、排気浄化装置等の熱発生源が配置されても、防火性能は低下することがない。」

イ 引用文献3に記載された発明
引用文献3には、その特許請求の範囲に「【請求項1】 合成樹脂で形成された燃料タンク本体と、該燃料タンク本体の少なくとも下半分の外面に加熱により膨張断熱する層を設けたことを特徴とする燃料タンク。【請求項2】 加熱により膨張断熱する層が、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分100重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛15〜300重量部、並びに、無機充填剤30〜500重量部を含有する樹脂組成物(I)より形成され、かつ中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤の合計量が200〜600重量部であることを特徴とする請求項1記載の燃料タンク。【請求項3】 加熱により膨張断熱する層が、ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分100重量部、リン化合物50〜150重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛15〜300重量部、並びに、無機充填剤30〜500重量部を含有する樹脂組成物(II)より形成され、かつ中和処理された熱膨張性黒鉛、無機充填剤及びリン化合物の合計量が200〜600重量部であることを特徴とする請求項1記載の燃料タンク。」が記載され、また、「火災時に防火性能を発現しうる燃料タンクを提供すること」(段落【0005】)を目的とすることが記載されており、特許請求の範囲に記載された発明の具体例である実施例1として、燃料タンクに設けられた膨張断熱する層に用いられる樹脂組成物が記載され、その耐火性能が試験片Aとして確認されているから、引用文献3には、実施例1の燃料タンクに設けられた膨張断熱する層に用いられる樹脂組成物として、以下の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されていると認める。

「ブチルゴム(エクソン化学社製「エクソンブチル065」)50重量部、ポリブテン(出光石油化学社製「出光ポリブテン100R」)45重量部、石油樹脂(トーネックス社製「エスコレッツ5320」)5重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛(東ソー社製「フレームカットGREP−EG」)20重量部、水酸化アルミニウム(昭和電工社製「ハイジライトH−31」)200重量部、ポリリン酸アンモニウム(クラリアント社製「エキソリットAP422」)100重量部をロールにて混練した樹脂組成物であって、当該樹脂組成物を100℃で3分間プレス成形して得られた試験片Aの耐火性能は、別途、高密度ポリエチレン(昭和電工社製「ショーレックス4551H」)から、長さ100mm×幅100mm×厚さ3mmの試験片Bを作製した後、この試験片Bに上記試験片Aを積層して、燃料タンクの耐火性評価用試験体を得、上記試験体の試験片A側が下側となるように固定した後、試験体の下方にブンゼンバーナーを置き、ブンゼンバーナーの炎の先端が試験片Aに接するように加熱し、60秒間の加熱で試験片Bに孔が開かなかったものである、樹脂組成物。」

(3)対比・判断
引用発明3における「ブチルゴム」は、本件補正発明の「ゴムからなるマトリックス成分」に相当する。
引用発明3における「ポリブテン(出光石油化学社製「出光ポリブテン100R」)及び石油樹脂(トーネックス社製「エスコレッツ5320」)は、引用文献3の段落【0011】、【0014】の記載から、引用発明3のブチルゴム(エクソン化学社製「エクソンブチル065」)の粘着性を付与する成分であるといえるので、本件補正発明において任意に加えてよい他の成分に相当している。
引用発明3における「中和処理された熱膨張性黒鉛(東ソー社製「フレームカットGREP−EG」)」、「ポリリン酸アンモニウム(クラリアント社製「エキソリットAP422」)」は、それぞれ、本件補正発明における「熱膨張性黒鉛」、「ポリリン酸塩」に相当する。
引用発明3における「ポリリン酸アンモニウム(クラリアント社製「エキソリットAP422」)」の含有量は、100/(50+45+5+20+200+100)×100=23.8重量%と計算されるから、本件補正発明の「ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である」を満足している。
引用発明3の「樹脂組成物」から製造された試験片Aの耐火性能は、別途、高密度ポリエチレン(昭和電工社製「ショーレックス4551H」)から、長さ100mm×幅100mm×厚さ3mmの試験片Bを作製した後、この試験片Bに上記試験片Aを積層して、燃料タンクの耐火性評価用試験体を得、上記試験体の試験片A側が下側となるように固定した後、試験体の下方にブンゼンバーナーを置き、ブンゼンバーナーの炎の先端が試験片Aに接するように加熱し、60秒間の加熱で試験片Bに孔が開かなかったものである。そして、引用発明3は、「火災時に防火性能を発現しうる燃料タンクを提供すること」を目的とした発明の実施例でもあるから、引用発明3の「樹脂組成物」は、本件補正発明における「耐火樹脂組成物」といえる。
また、引用発明3の樹脂組成物が、熱膨張性黒鉛とは異なる発泡剤を含有していないのは明らかであるから、引用発明3は、本件補正発明の「ただし、熱膨張性黒鉛とは異なる発泡剤を含有するものを除く。)」を満たしている。

そうすると、本件補正発明と引用発明3は、
「ゴムであるマトリックス成分と、
熱膨張性黒鉛と、
ポリリン酸塩とを含み、
前記ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である、
耐火樹脂組成物(但し、熱膨張性黒鉛とは異なる発泡剤を含有するものを除く。)。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3−1>
本件補正発明は、「アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であり」と特定するのに対し、引用発明3は、そのような特定がなされていない点

<相違点3−2>
熱膨張性黒鉛の含有量に関し、本件補正発明は、「マトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部」と特定するのに対し、引用発明3は、マトリックス成分50重量部(ブチルゴムの配合量)に対し20重量部である点

以下、相違点について検討する。
ア 相違点3−1について
本願明細書の「一つの実施形態では、本発明の耐火樹脂組成物中のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムからなる群から選択される少なくとも一種以上の金属の含有量は、0重量%である。」(段落【0030】)の記載からみて、本件補正発明の耐火樹脂組成物中のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの含有量が0重量%である場合を含むものである。
そして、引用発明3の樹脂組成物には、アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムを含む成分は配合されておらず、引用発明3の樹脂組成物中のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムからなる群から選択される少なくとも一種以上の金属の含有量が5重量%以下といえる。
次に、本願明細書において「本発明の耐火樹脂組成物は、意図せず混入した不純物としてのみ、アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムからなる群から選択される少なくとも一種以上の金属を含有する。」(段落【0032】)と記載されているから、以下、引用発明3において意図せず混入した場合について検討する。
確かに、成分としての配合はなくとも、不純物等により混入する場合等もあることから、より詳細に検討するために、本件補正発明の場合を参照して検討する。
引用発明3の樹脂組成物の「アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムからなる群から選択される少なくとも一種以上の金属」を不純物として混入する場合に、どの程度の量が混入したものとなるのかを確認するために本願明細書を参照すると、洗浄していない熱膨張性黒鉛90重量部及び炭酸カルシウム45重量部を含み総部数が360部である比較例1の樹脂組成物(炭酸カルシウム含有量12.5重量%に相当する。)のアルカリ金属の含有量が2600ppm(0.26重量%)、アルカリ土類金属の含有量が5重量%、マグネシウムは検出限界以下であることが記載されている。
また、10回洗浄した熱膨張性黒鉛100重量部を用い、炭酸カルシウム100重量部を含み総部数が400部である比較例2の樹脂組成物(炭酸カルシウム含有量25重量%に相当する。)のアルカリ土類金属(カルシウム)の含有量が10重量%であること、すなわち、炭酸カルシウムを1重量%含有する場合の樹脂組成物のアルカリ土類金属(カルシウム)含有量が0.4重量%であることを勘案すると、炭酸カルシウム45重量部を含み総部数が360部である上記比較例1(炭酸カルシウム含有量12.5重量%に相当する。)において、アルカリ土類金属の含有量の5重量%はその全てがカルシウムによるものであると解される。
上記の検討を踏まえると、洗浄していない熱膨張性黒鉛90重量部を含み総部数が360部である比較例1の樹脂組成物(熱膨張性黒鉛含有量25重量%に相当する。)のアルカリ金属の含有量が0.26重量%であり、熱膨張性黒鉛に起因するアルカリ土類金属およびマグネシウムの含有量が0重量%であることに照らして、洗浄していない熱膨張性黒鉛を1重量%含有する場合の樹脂組成物のアルカリ金属及びアルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量は0.0104重量%(=0.26÷25)となるものと解される。
本願明細書から求めた未洗浄の熱膨張性黒鉛のアルカリ金属濃度を基に引用発明3のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量を算出すると、引用発明3の熱膨張性黒鉛の中和がアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属により行われたものであると仮定した場合における、樹脂組成物のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量は、引用発明3における熱膨張性黒鉛の含有量が20/(50+45+5+20+200+100)=4.8重量%であるから、4.8×0.0104=0.50重量%であると考えられる。
また、引用発明3の熱膨張性黒鉛が本件補正発明の熱膨張性黒鉛と同じアルカリ金属濃度でないとしても、引用発明3における「アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量」が5重量%を超えることはないものと考えられる。
よって、相違点3−1は実質的な相違点でない。

イ 相違点3−2について
引用発明3における熱膨張性黒鉛は、高い難燃性を有し、しかも加熱後の残渣が膨張して耐火断熱層を形成することにより火災時に防火性能を発現しうることを目的として配合されているものであって(段落【0005】、【0051】)、樹脂成分100重量部に対して15〜300重量部の範囲(段落【0043】)で配合されるものであること、引用発明3の「ポリブテン」、「石油樹脂」はブチルゴムのゴム成分に配合する粘着付与剤であって(段落【0014】)、「ゴム成分又はエポキシ樹脂からなる樹脂成分」ではないから、引用発明3においても、前記目的を達するために、その配合量は、樹脂成分であるブチルゴム50重量部に対して、7.5〜150重量部配合可能といえる。
そうすると、引用発明3のゴムであるマトリックス成分(ブチルゴム50重量部)を100重量部に換算した場合の熱膨張性黒鉛の配合量を、より高い難燃性を得るために、引用文献3における調整の範囲内である50〜300重量部(実際の配合量としては、25〜150重量部)の範囲にすることは当業者が容易に想到し得たことである。

ウ その効果について検討する。
本件補正発明の効果が「耐火性に優れ、かつ析出物の発生が抑制された耐火樹脂組成物の提供することが可能となる」(段落【0009】)であり、実施例及び比較例において、耐火性と析出物の発生の観点で「耐火性」、「耐火シートの耐水性評価−外観評価」及び「耐火シートの耐水性評価−水浸漬試験」が確認されている。一方で、引用発明3には、耐火性に優れることは記載されているが、析出物の発生については記載されていない。しかしながら、上記相違点3−1で検討したとおり、引用発明3においてもアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であるといえることから、引用発明3は、本件補正発明と同様に、析出物発生を抑制しているといえる。
そして、その他の相違点に係る効果は、引用文献3の記載から当業者が予測し得る範囲内のものであるから、本件補正発明は、引用発明3と比較して格別顕著な効果が奏されるとは認められない。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は、令和3年10月19日提出の意見書において、令和3年9月16日付けの令和2年4月27日付け手続補正の却下の決定に対して争うことなく、引用文献1のポリ塩化ビニル樹脂を「ゴムであるマトリックス成分」とすることは記載も示唆もない旨主張するのみである。
また、審判請求書において、引用文献3に基づく新規性進歩性違反を拒絶の理由とする拒絶査定に対して、請求時補正により「建具用」と特定したことにより本願発明は引用文献3に記載された発明とは異なるとの主張をするのみである。
そうすると、審判請求人の主張はいずれも採用できない。

(5)独立特許要件の検討のまとめ
上述のとおり、本件補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

4 本件補正についてのむすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

よって、上記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり、本件補正は却下され、また、令和2年4月27日提出の手続補正は決定をもって却下されているため、本願の請求項1〜4に係る発明は、令和2年1月22日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲のとおりであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2[理由]1に摘記した令和2年1月22日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1として記載された次のとおりである。

「熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上であるマトリックス成分と、
熱膨張性黒鉛と、
ポリリン酸塩とを含み、
アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であり、
前記熱膨張性黒鉛の含有量がマトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部であり、
前記ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である耐火樹脂組成物(但し、発泡剤を含有するものを除く。)。」

2 当審からの拒絶の理由及び原査定の理由
当審からの令和3年9月16日付けの拒絶理由の概要は、本願発明を「建具用」に限定した令和2年4月27日提出の手続補正書が、同日付で、引用文献1を主引例とする進歩性欠如に基づく独立特許要件違反により却下されたので、同じ引用文献1を主引例とする進歩性欠如に基づく以下のとおりである。
この出願の請求項1〜4に係る発明は、その出願前に日本国内において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
・引用文献1 特開平10−95887号公報

また、原査定は、概略、次のとおりの理由を含むものである。
この出願の請求項1〜4に係る発明は、その出願前に日本国内において、頒布された下記の引用文献3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
・引用文献3 特開2001−180305号公報

3 当審から通知した引用文献1に基づく進歩性について
(1)引用文献1の記載事項等
ア 引用文献1の記載事項
引用文献1には、「ポリ塩化ビニル系樹脂組成物」に関して、おおむね次の記載がある。なお、下線は当審で付したものである。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリ塩化ビニル系樹脂に、リン化合物、中和処理された熱膨張性黒鉛、及び、無機充填剤を含有してなり、それぞれの含有量が、前記ポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、リン化合物と中和処理された熱膨張性黒鉛との合計量が20〜200重量部、無機充填剤が30〜500重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛:リン化合物の重量比が、9:1〜1:9であることを特徴とするポリ塩化ビニル系樹脂組成物。
・・・
【請求項3】 ポリ塩化ビニル系樹脂が、アルキル(メタ)アクリレートモノマーと多官能性モノマーからなるアクリル系共重合体に塩化ビニルをグラフト共重合させたグラフト共重合体よりなることを特徴とする請求項1又は2記載のポリ塩化ビニル系樹脂組成物。
・・・
【請求項6】 酢酸ビニル含有量が5〜90重量%であるエチレン−酢酸ビニル共重合体の含有量が5〜60重量%であるエチレン−酢酸ビニル共重合体に塩化ビニルをグラフト共重合させた塩化ビニル系樹脂に、リン化合物、中和処理された熱膨張性黒鉛、及び、無機充填剤を含有してなり、それぞれの含有量が、前記ポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、リン化合物と中和処理された熱膨張性黒鉛との合計量が20〜200重量部、無機充填剤が30〜500重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛:リン化合物の重量比が、9:1〜1:9であることを特徴とするポリ塩化ビニル系樹脂組成物。」

(イ)「【0002】
【従来の技術】建築材料の分野においては、従来から、耐火性が重要な意味を持っている。近年、樹脂材料の用途拡大に伴って、建築材料として樹脂材料が広く用いられてきており、耐火性能を付与された樹脂材料が求められている。」

(ウ)「【0017】上記ポリ塩化ビニル系樹脂としては、例えば、ポリ塩化ビニル単独重合体;塩化ビニルモノマーと、該塩化ビニルモノマーと共重合可能な不飽和結合を有するモノマーとの共重合体;塩化ビニル以外の(共)重合体に塩化ビニルをグラフト共重合したグラフト共重合体等が挙げられ、これらは単独で使用されてもよく、2種以上が併用されてもよい。
・・・
【0019】上記塩化ビニルをグラフト共重合する(共)重合体としては、塩化ビニルをグラフト(共)重合するものであれば特に限定されず、例えば、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−酢酸ビニル−一酸化炭素共重合体、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−ブチルアクリレート−一酸化炭素共重合体、エチレン−メチルメタクリレート共重合体、エチレン−プロピレン共重合体、アクリロニトリル−ブタジエン共重合体、ポリウレタン、塩素化ポリエチレン、塩素化ポリプロピレンなどが挙げられ、これらは単独で使用されてもよく、2種以上が併用されてもよい。」

(エ)「【0022】上記リン化合物としては、特に限定されず、例えば、赤リン;トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、トリキシレニルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェート、キシレニルジフェニルホスフェート等の各種リン酸エステル;リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸マグネシウム等のリン酸金属塩;ポリリン酸アンモニウム類;下記一般式(1)で表される化合物等が挙げられる。
【0023】
【化1】

【0024】式中、R1 、R3 は、水素、炭素数1〜16の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基、又は、炭素数6〜16のアリール基を表す。R2 は、水酸基、炭素数1〜16の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基、炭素数1〜16の直鎖状もしくは分岐状のアルコキシル基、炭素数6〜16のアリール基、又は、炭素数6〜16のアリールオキシ基を表す。
【0025】上記赤リンとしては、市販の赤リンを用いることができるが、耐湿性、混練時に自然発火しない等の安全性の点から、赤リン粒子の表面を樹脂でコーティングしたものが好ましい。
【0026】上記ポリリン酸アンモニウム類としては、例えば、ポリリン酸アンモニウム、メラミン変性ポリリン酸アンモニウム等が挙げられるが、取扱い性等の点から、ポリリン酸アンモニウムが好ましい。市販品としては、ヘキスト社製「AP462」、住友化学工業社製「スミセーフP」が挙げられる。
【0027】上記一般式(1)で表される化合物としては、例えば、メチルホスホン酸、メチルホスホン酸ジメチル、メチルホスホン酸ジエチル、エチルホスホン酸、プロピルホスホン酸、ブチルホスホン酸、2−メチルプロピルホスホン酸、t−ブチルホスホン酸、2,3−ジメチル−ブチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、フェニルホスホン酸、ジオクチルフェニルホスホネート、ジメチルホスフィン酸、メチルエチルホスフィン酸、メチルプロピルホスフィン酸、ジエチルホスフィン酸、ジオクチルホスフィン酸、フェニルホスフィン酸、ジエチルフェニルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸、ビス(4−メトキシフェニル)ホスフィン酸等が挙げられ、これらは、単独で用いられても、2種以上が併用されてもよい。」

(オ)「【0029】第1発明では上記のように酸処理して得られた熱膨張性黒鉛は、更にアンモニア、脂肪族低級アミン、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物等で中和される。上記脂肪族低級アミンとしては、例えば、モノメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン等が挙げられる。上記アルカリ金属化合物及びアルカリ土類金属化合物としては、例えば、カリウム、ナトリウム、カルシウム、バリウム、マグネシウム等の水酸化物、酸化物、炭酸塩、硫酸塩、有機酸塩等が挙げられる。このように中和処理した熱膨張性黒鉛の具体例としては、例えば、日本化成社製「CA−60S」等が挙げられる。」

(カ)「【0090】(実施例13〜17、比較例14〜19)
〔グラフト共重合体の調製〕n−ブチルアクリレート100重量部及びトリメチルプロパントリアクリレート0.5重量部からなるアクリル系共重合体ラテックスに、塩化ビニルをグラフト共重合したポリ塩化ビニル系樹脂(以下、AG1という)を得た。このポリ塩化ビニル系樹脂(AG1)において、塩化ビニル:アルキルアクリレートの重量比は、90:10であった。
【0091】〔グラフト共重合体の調製〕AG1と同様にしてアクリル系共重合体ラテックスに、塩化ビニルをグラフト共重合したポリ塩化ビニル系樹脂(以下、AG2という)を得た。このポリ塩化ビニル系樹脂(AG2)において、塩化ビニル:アルキルアクリレートの重量比は、80:20であった。
【0092】表6及び7に示した配合量の、ポリ塩化ビニル系樹脂〔AG1、AG2又はTS1000R(徳山積水社製、塩化ビニル単独重合体)〕、中和処理された熱膨張性黒鉛(日本化成社製「CA−60S」)、ポリリン酸アンモニウム(住友化学社製「スミセーフP」)、t−ブチルホスホン酸(和光純薬社製)、水酸化アルミニウム(日本軽金属社製「B703−S」)及び水酸化マグネシウム(協和化学社製「キスマ5B」)ならびにブチル錫メルカプト安定剤(三共有機合成社製「JF−10B」)及びモンタン酸ワックス系滑剤(ヘキスト社製「Wax−OP」)からなる混合物を、200℃の混練ロールを用いて溶融混練し樹脂組成物を得た。 得られた樹脂組成物を200℃、150kg/cm2の圧力で、予熱3分、加圧3分でプレス成形し、性能評価に用いるサンプルを作製した。
【0093】上記実施例13〜17及び比較例14〜19で得られたサンプルについて、下記の性能評価を行い、その結果を表6及び7に示した。
(1)耐火性
実施例1と同様にして行った。
【0094】(2)耐衝撃性
JIS K7111に準拠してシャルピー耐衝撃試験を行った。
【0095】
【表6】

【0096】
【表7】

【0097】実施例13〜17は、多量のリン化合物、中和処理された熱膨張性黒鉛及び無機充填剤が混合されながら、通常の塩化ビニル樹脂(比較例6)より耐衝撃性が大幅に向上している。」

(キ)「【0111】(実施例32〜36、比較例34〜41)
・エチレン−酢酸ビニルグラフト塩化ビニル樹脂(TG1)の調製
酢酸ビニル含有量が26重量%のエチレン−酢酸ビニル共重合体(東ソー社製「ウルトラセン634」)に塩化ビニルをグラフト共重合した塩化ビニル系樹脂(以下、TG1という)を得た。尚、エチレン−酢酸ビニル共重合体の含有量は40重量%であった。
【0112】・エチレン−酢酸ビニルグラフト塩化ビニル樹脂(TG2)の調製
酢酸ビニル含有量が41重量%のエチレン−酢酸ビニル共重合体(住友化学社製「スミテートRB−11」)に塩化ビニルをグラフト共重合した塩化ビニル系樹脂(以下、TG2 という)を得た。尚、エチレン−酢酸ビニル共重合体の含有量は40重量%であった。
【0113】表14〜16に示した配合量の、塩化ビニル系樹脂(「TG1 」、「TG2 」又は「TS1000R」)、ポリリン酸アンモニウム(住友化学社製「スミセーフP」)、t−ブチルホスホン酸(和光純薬社製)、中和処理された熱膨張性黒鉛(日本化成社製「CA−60S」)、水酸化アルミニウム(日本軽金属社製「B703−S」)、水酸化マグネシウム(協和化学社製「キスマ5B」)、ならびに、ブチル錫メルカプト安定剤(三共有機合成社製「JF−10B」)及びモンタン酸ワックス(ヘキスト社製「Wax−OP」)からなる混合物を、200℃の混練ロールを用いて溶融混練し樹脂組成物を得た。得られた樹脂組成物を200℃、150kg/cm2 の圧力で、予熱3分、加圧3分でプレス成形し、性能評価に用いるサンプルを作製した。
【0114】上記実施例32〜36及び比較例34〜41で得られたサンプルについて、下記の性能評価を行い、その結果を表14〜16に示した。
(1)耐火性
実施例1と同様にして行った。
【0115】(2)耐衝撃性
JIS K7111に準拠してシャルピー耐衝撃試験を行った。
【0116】
【表14】


【0117】
【表15】

【0118】
【表16】

【0119】
【発明の効果】本発明により得られるポリ塩化ビニル系樹脂組成物は、加熱時に膨張断熱層を形成し、さらにその形状を保持することにより顕著な耐火性を有し、且つ耐衝撃性に優れるので、幅広い用途に提供できるものである。」

イ 引用文献1に記載された発明
特に上記ア(カ)及び(キ)の記載から、引用文献1には、実施例16及び実施例35として、次の発明(以下、「引用発明1A」、「引用発明1B」という。)が記載されていると認める。

<引用発明1A>
「n−ブチルアクリレート100重量部及びトリメチルプロパントリアクリレート0.5重量部からなるアクリル系共重合体ラテックスに、塩化ビニルをグラフト共重合したポリ塩化ビニル系樹脂(以下、AG1という)100重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛(日本化成社製「CA−60S」)100重量部、ポリリン酸アンモニウム(住友化学社製「スミセーフP」)100重量分、水酸化アルミニウム(日本軽金属社製「B703−S」)100重量部、ならびにブチル錫メルカプト安定剤(三共有機合成社製「JF−10B」)2重量部及びモンタン酸ワックス系滑剤(ヘキスト社製「Wax−OP」)0.5重量部からなる混合物を、200℃の混練ロールを用いて溶融混練した樹脂組成物。」

<引用発明1B>
「酢酸ビニル含有量が26重量%のエチレン−酢酸ビニル共重合体(東ソー社製「ウルトラセン634」)に塩化ビニルをグラフト共重合した塩化ビニル系樹脂(以下、TG1という)100重量部、ポリリン酸アンモニウム(住友化学社製「スミセーフP」)100重量部、中和処理された熱膨張性黒鉛(日本化成社製「CA−60S」)100重量部、水酸化アルミニウム(日本軽金属社製「B703−S」)100重量部、ならびに、ブチル錫メルカプト安定剤(三共有機合成社製「JF−10B」)2重量部及びモンタン酸ワックス(ヘキスト社製「Wax−OP」)0.5重量部からなる混合物を、200℃の混練ロールを用いて溶融混練した樹脂組成物。」

(2)対比・判断
ア 本願発明と引用発明1Aとの対比
本願発明と引用発明1Aを対比する。
引用発明1Aにおける「ポリ塩化ビニル系樹脂AG1」は、本願発明の「熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上であるマトリックス成分」において、「マトリックス樹脂」の限りにおいて相当する。
引用発明1Aにおける「中和処理された熱膨張性黒鉛(日本化成社製「CA−60S」)」、「ポリリン酸アンモニウム(住友化学社製「スミセーフP」)」は、それぞれ、本願発明における「熱膨張性黒鉛」、「ポリリン酸塩」に相当する。
引用発明1Aにおける「中和処理された熱膨張性黒鉛」の配合量は100重量部であって、マトリックス樹脂に相当する「ポリ塩化ビニル系樹脂AG1」は100重量であることから、引用発明1Aは、本願発明における「前記熱膨張性黒鉛の含有量がマトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部であり」を満足する。
引用発明1Aにおける「ポリリン酸アンモニウム」の配合量は、100重量部であり、組成物全体での重量%を計算すると24.8重量%(100/(100+2+0.5+100+100+100)=24.8)であるから、引用発明1Aは、本願発明における「ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である」を満足する。
引用発明1Aにおける「樹脂組成物」は、耐火性能を有していることを確認されているから、本願発明における「耐火樹脂組成物」に相当する。
そして、本願発明の「(但し、発泡剤を含有するものを除く。)」については、令和1年12月6日付け拒絶理由通知に対する補正において加入されたものであって、同日付の意見書において当該補正に関し「これは請求項1に係る発明である耐火樹脂組成物から引用文献2(当審注:特開2003−64209号公報)の発泡剤を含有する発泡体を除く補正です。」と記載されていることから、引用文献2に記載された発明を除外するための構成であるといえ、引用発明1Aとの対比においては相違点とはならない。
また、引用発明1Aの樹脂組成物が、他の発泡剤を含まないことは明らかである。

そうすると、本願発明と引用発明1Aは、
「マトリックス成分と、
熱膨張性黒鉛と、
ポリリン酸塩とを含み、
前記熱膨張性黒鉛の含有量がマトリックス成分100重量部に対して50〜500重量部であり、
前記ポリリン酸塩の含有量が5〜30重量%である、
耐火樹脂組成物(但し、発泡剤を含有するものを除く。)。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1−1>
マトリックス樹脂成分に関し、本願発明は、「熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上である」と特定するのに対し、引用発明1Aは、この点を特定しない点

<相違点1−2>
本願発明は、「アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であり」と特定するのに対し、引用発明1Aは、そのような特定がなされていない点

そこで、上記相違点について、以下に検討する。
イ 相違点1−1について
引用発明1Aにおいての「AG1」は、それが多官能モノマーを用いて共重合したものである点に照らして、本願発明の「熱硬化性樹脂」に相当するものであり、及び/又は、令和2年4月27日付け審判請求書に添付されている「証拠1」である「高分子材料大百科」の「塩化ビニル系熱可塑性エラストマー(TPVC)」の項における、「TPVCはベースポリマーとして、高重合度PVC、架橋構造を持たせたものを使用していることから、一般のPVCの持つ性能にゴム的な弾性を加えたものである。」との記載における「TPVCはベースポリマーとして、・・・架橋構造を持たせたものを使用している」に相当するものであることから、本願発明の「エラストマー」に相当するものである。
そうすると、相違点1−1は、実質的な相違点ではない。
仮に、相違点1−1が実質的な相違点であったとしても、周知技術から当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 相違点1−2について
上記第2 2(3)における相違点3−1についての検討と同様に、引用発明1Aの樹脂組成物には、アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムを含む成分は配合されていないから、引用発明1Aの樹脂組成物のアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であるといえるし、意図せず混入した場合を検討しても、引用発明1Aのアルカリ金属濃度を上記と同様に算出すると、引用発明1Aの熱膨張性黒鉛の中和がアルカリ金属及び/又はアルカリ土類金属により行われたものであると仮定した場合における、ポリ塩化ビニル系樹脂組成物のアルカリ金属、アルカリ土類金属及びマグネシウムの合計の含有量は、引用発明1Aにおける熱膨張性黒鉛の含有量が24.8重量%であることから、24.8×0.0104=0.26重量%であると考えられる。
また、引用発明1Aの熱膨張性黒鉛が本願発明の熱膨張性黒鉛と同じアルカリ金属濃度でないとしても、引用発明1Aの「アルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量」が5重量%を超えることはないと考えられる。
よって、相違点1−2は実質的な相違点でない。

エ 効果について検討する。
本願発明は、「耐火性に優れ、かつ析出物の発生が抑制された耐火樹脂組成物を提供することが可能」(段落【0009】)であるとされ、実施例及び比較例において、耐火性と析出物の発生の観点で「耐火性」、「耐火シートの耐水性評価−外観評価」及び「耐火シートの耐水性評価−水浸漬試験」が確認されている。
一方で、引用発明1Aには、耐火性に優れることは記載されているが、析出物の発生については記載されていない。しかしながら、上記相違点1−2で検討したとおり、引用発明1Aにおいてもアルカリ金属、アルカリ土類金属およびマグネシウムの合計の含有量が5重量%以下であるといえることから、引用発明1Aは、本願発明と同様に、析出物発生を抑制しているといえる。
そして、その他の相違点に係る効果は、引用文献1の記載から当業者が予測し得る範囲内のものであるから、本願発明は、引用発明1Aと比較して格別顕著な効果が奏されるとは認められない。

オ 本願発明と引用発明1Bとの対比・判断
本願発明と引用発明1Bを対比すると、引用発明1Bにおける「エチレン−酢酸ビニル共重合体(東ソー社製「ウルトラセン634」)に塩化ビニルをグラフト共重合した塩化ビニル系樹脂(TG1)は、本願発明の「熱硬化性樹脂、エラストマー、及びゴムからなる群から選択される少なくとも一種以上であるマトリックス成分」において、「マトリックス樹脂」の限りにおいて相当し、その他の点は、上記アにおいて対比したとおりであるから、上記アに記載の点で一致し、上記アに記載の相違点1−1ないし1−2で相違している。
以下相違点について検討する。
相違点1−1について
引用発明1Bにおけるポリ塩化ビニル系樹脂である、エチレン−酢酸ビニル共重合体(東ソー社製「ウルトラセン634」、もしくは、住友化学社製「スミテートRB−11」)に塩化ビニルをグラフト共重合した塩化ビニル系樹脂(TG1)は、本願発明の「エラストマー」に相当する(上記「ウルトラセン634」についてのウェブサイトhttps://www.tosoh.co.jp/product/petrochemicals/polymer/ethylene_vinyl_eva_polymer.html」における「ウルトラセンは、・・・ゴム弾性と優れた低温特性、耐候性をもつ樹脂です。」との記載を参照されたい。)ものである。
そうすると、相違点1−1は、実質的な相違点ではない。
仮に、相違点1−1が実質的な相違点であったとしても、周知技術から当業者が容易に想到し得たことである。
相違点1−2及び効果については、上記ウ及びエにおいて検討したとおりである。

カ 小括
したがって、本願発明は、引用発明1A又は1Bの記載から、又は引用発明1A又は1B並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3) むすび
したがって、本願発明は、引用発明1A又は1B、すなわち引用文献1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4 原査定の引用文献3に基づく進歩性について
上記第2[理由]2で検討したように、本件補正発明は、本願発明の発明特定事項をすべて含み、更に限定を加えたものである。そして、本願発明の発明特定事項に該限定を加えた本件補正発明が、上記第2[理由]3のとおり、引用発明3に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、該限定のない本願発明もまた、引用発明3から当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 結語
上記第3のとおり、本願発明、すなわち請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないので、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。


 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-04-05 
結審通知日 2022-04-12 
審決日 2022-05-09 
出願番号 P2017-204698
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C08L)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 近野 光知
特許庁審判官 橋本 栄和
大島 祥吾
発明の名称 耐火樹脂組成物  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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