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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1385520
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-06-19 
確定日 2022-06-06 
事件の表示 特願2018−153440「糖尿病及び関連症状の治療のための方法及び組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成30年12月20日出願公開、特開2018−199692〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2012年11月17日(パリ条約による優先権主張 2011年11月21日、(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2014−542296号の一部を、平成28年10月24日に新たな出願とした特願2016−207931号の一部を、平成30年8月17日に新たな出願としたものであり、その主な手続の経緯は、次のとおりである。

平成30年 9月 7日 手続補正書の提出
令和 1年 6月26日付け 拒絶理由通知書
同年10月 3日 手続補正書及び意見書の提出
令和 2年 2月17日付け 拒絶査定
同年 6月19日 審判請求書の提出
令和 3年 3月16日付け 拒絶理由通知書(当審)
同年 7月19日 手続補正書及び意見書の提出

第2 本願発明

本願の特許請求の範囲の請求項1〜3に係る発明は、令和3年7月19日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
妊娠糖尿病を治療するための組成物であって、
該組成物は、L−グルタミンまたはL−グルタミン塩のみを有効成分として含み、
妊娠糖尿病の人に、1日に0.15g/体重kg〜7.0g/体重kgの前記L−グルタミンまたはL−グルタミン塩を経口摂取させ、
前記妊娠糖尿病の人に、該組成物を少なくとも3ヶ月間にわたって経口摂取させた後、前記妊娠糖尿病の人のHbA1C値が6.1%以下となる、組成物。」

第3 拒絶の理由

当審において令和3年3月16日付けで通知した拒絶理由のうち、特許法第29条第2項の理由の概略は、本願の請求項1〜3に係る発明は、引用文献2に記載された発明(引用発明)、及び引用文献2〜4の記載から、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

[引用文献一覧]
・引用文献2:The Journal of Nutrition, first published online May 18.2011, Vol.141, p.1233-1238
・引用文献3:岡山医学会雑誌,2007,第119巻,p.79-81
・引用文献4:肥満と糖尿病,2008,Vol.7 No.6,p.815-817

第4 引用文献に記載された事項及び引用発明

1 引用文献2に記載された事項、及び引用文献2に記載された発明(引用発明)

(1)引用文献2に記載された事項
引用文献2には、以下の事項が記載されている。原文は外国語で記載されているため、当審合議体による日本語訳で摘記する。また、下線は当審合議体が付した。

(摘記2a)
「グルタミンによる2型糖尿病患者の食後血糖値の低減とグルカゴン様ペプチド-1応答の増強1-3
・・・
要約
グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)の分泌又は応答不全は、2型糖尿病における無効なインスリン分泌の一因となり得る。条件付き必須アミノ酸グルタミンはin vitro、in vivoでのGLP-1の分泌を刺激する。無作為化クロスオーバー試験において、我々は2型糖尿病患者15人(糖化ヘモグロビン6.5±0.6%)における食後血糖値とGLP-1濃度への経口グルタミンの効果を、シタグリプチン(SIT)とともに投与した場合と単独で投与した場合について評価した。参加者は、水(対照群)、30gのL−グルタミン(Gln-30群)、15gのL−グルタミン(Gln-15群)、100mgのSIT(SIT群)又は100mgのSITと15gのL−グルタミン(SIT + Gln-15群)のいずれかを摂取した後、低脂肪食(脂質5%)を摂取した。試験は1〜2週間の間隔を空けて実施した。ベースライン時と食後に、血中のグルコース、インスリン、C-ペプチド、グルカゴン、総GLP-1と活性型GLP-1を測定するために180分間血液を採取した。Gln-30群とSIT+Gln-15群で、対照群に対して、食後早期(t=0〜60分)のグルコース応答が低減した。どのグルタミン処置群でも、対照群に対して、食後のインスリン応答はt=60〜180分から増加したが、C-ペプチド応答には効果がなかった。食後のグルカゴン濃度は、対照群に対してGln-30群とGln-15群で増加したが、インスリン/グルカゴン比はどの処置によっても影響されなかった。総GLP-1の血糖上昇曲線下面積(AUC)が増加傾向だったGln-30群とは対照的に、SIT群は、対照群に対して、総GLP-1のAUCが減少傾向にあった(いずれもP=0.03)。Gln-30群とSIT群は、活性型GLP-1のAUCが対照群に対して増加した(それぞれP=0.008、P=0.01)。つまり、Gln-30群では、対照群に対して、食後早期のグルコース応答が低減し、食後後期のインスリン血症が増大し、食後の活性型GLP-1の応答が増強した。以上の結果は、グルタミンがGLP-1濃度を刺激し、2型糖尿病における食後血糖値を抑制する新薬となり得ることを示唆している。J. Nutr.141:1233-1238,2011.」(タイトル〜「Abstract」)
(当審注:「GLP-1」はグルコースや脂肪酸等の食物の刺激に応じて血中に分泌される消化管ホルモンであり、膵臓B細胞でのインスリン分泌に基づく血糖降下作用、胃の排出運動抑制、食欲の抑制等の働きがある。
また、「C-ペプチド」はプロセシング酵素によりプロインスリンが切断され、インスリン分子と分離生成する31アミノ酸残基より成るペプチドであり、インスリン分泌能の指標となるものである(要すれば「『生化学辞典(第4版)』,株式会社東京化学同人,2007年12月10日第1刷発行,p.141及びp.639」を参照。)。
そして、「シタグリプチン(SIT)」は、本願の親出願である特願2014−542296号の拒絶査定において引用された文献5(Therapeutic Research, 2011.04, Vol.32, No.4, p.523-529)、文献6(Progress in Medicine, 2011.03, Vol.31, No.3,p.911-916)及び文献7(医学と薬学,2010,Vol.64,No.6,p.887-894)に記載されているように、GLP-1の分解を抑制する酵素であるDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)の阻害剤であり、糖尿病治療薬として用いられている。)

(摘記2b)
「経口グルタミンが痩せた患者、インスリン抵抗性を有する肥満患者、糖尿病患者のGLP-1濃度を増加させること、これが血中のインスリン増加と関連付けられている効果であることを、我々は既に実証している(17)。
・・・
2型糖尿病患者において、食事とともに摂取した場合に経口グルタミンが食後血糖値を低減させるかどうかについては、不明なままである。本試験の目的は、2型糖尿病患者において、食事とともに摂取された場合に、グルタミンが食後血糖値を軽減するのかどうか、そして、グルタミンが食後の血中のインスリン、C-ペプチド、GLP-1の各濃度を上昇させるかどうかを判断することにある。」(p.1234左欄第2〜3段落)

(摘記2c)
「試験のデザイン 参加者は、ガーヴァン医学研究所(Garvan Institute of Medical Research)の臨床研究施設に5回出向き、前夜の22時から絶食し、ランダムに、水(対照群)、L−グルタミンを30g(Gln-30群)、L−グルタミンを15g(Gln-15群)、シタグリプチンを100mg(SIT群)、SITとGln-15を100mg(SIT+Gln-15群)摂取した。この処置後に、参加者は、エネルギー963kJ(炭水化物37g、脂肪1.3g、タンパク質16g)の全粒小麦シリアル(Wheat-Bix)33gと低脂肪乳250mLの食事を摂取した。SITの投与は、食事の25分前に(t=-25)に水50mLとともに行った。L−グルタミンパウダー(Cambridge Commodities)は、ピログルタミン酸に変換しないように(21)、食前2分以上前によく冷えた水300mLに溶かして摂取された。食事は10分間で摂取された(t=-10〜0 分)。高濃度のグルタミンは水には完全に溶けないので、前記のゆすいで飲み込む(swish and swallow)方法を利用した(20)。参加者には完食するよう指示し、臨床試験コーディネーターがこれをモニターした。t=0は食事摂取の終了に対応する。」(p.1234左欄の「Study design」の第1段落)

(摘記2d)
「結果
群の特徴 15人の参加者(男性9人、女性6人)を対象に試験した。平均年齢は63.6±5.2歳、BMIは29.7±4.4 kg/m-2だった。2型糖尿病の罹病期間が短い(2.4±1.2年)患者とした。参加者には、生活習慣のみによる治療(n=4人)、メトホルミン治療又はその両方による治療(n=11人)が行われ、血糖のコントロールは良好だった(糖化ヘモグロビン6.5±0.6%)。5回の来院の平均で、空腹時の結果は次のとおりだった。血糖6.2±0.8 mmol/L、血中インスリン146±90 pmol/L、血中Cペプチド3.3±1.4 μg/L、血漿グルカゴン77.1±27.7 ng/L、血漿中の総GLP-1 23.1±7.9 pmol/L、血漿中の活性型GLP-1 4.4±3.4 pmol/L。

血中代謝物 Gln-30群とSIT+Gln-15群では、対照群に対して、食後のグルコース反応が低減した。これは第1相(t=0〜60分)に限定された効果だった(図1、表1)。Gln-15群では、第1相のグルコース反応はt=0〜60分から減少傾向となった(P=0.016)。SIT群では、どちらの相でも、食後血糖値に影響がなかった(表1)。
食後のインスリン反応は、対照群に対して、Gln-30群とGln-15群では増加し、SIT+Gln-15群では増加傾向(P=0.017)となり、これは主にt=60〜180分期の効果だった(表1)。SIT群では、どちらの相でもインスリン濃度は増加しなかった(表1)。処置のインスリンへの影響は、その時の血糖値に関して見るべきである。そのため、インスリン/グルコース比を計算したところ、結果はほぼ変わらなかった(図1、表1)。」(p.1234右欄最終段落〜p.1235左欄第3段落)

(摘記2e)


」(p.1236の「TABLE 1」)

(摘記2f)
「我々は、過去の試験において経口グルタミンが、食事をせずに、痩せた患者、肥満の非糖尿病患者、肥満の糖尿病患者により摂取された場合には、血中のGLP-1濃度を上昇させることを示した(17)。本試験において、2型糖尿病患者に食事とともに与えた場合には、グルタミン30gは、対照群に対して、総GLP-1を増加させる傾向があり、また活性型GLP-1を増加させており、これは腸のL細胞からのGLP-1の分泌を増加させることを示唆している。」(p.1236左欄の「Discussion」の項目の第2段落の1〜7行)

(摘記2g)
「本試験は、グルタミンのグルコース低下作用が少なくともGLP-1の濃度の増加を原因の一つとしていることを示唆している。重要な問題は、グルタミンが誘発したGLP-1の増加が、インスリンの分泌を増加させることにより、又は胃内容排出を遅延させることにより、又はその両方により、血糖を減少させるのかどうかである。我々のデータは、後者がより重要であると考えられることを示唆している。第一に、インスリン血症の増大が起こる前には、食後血糖値が低減することを我々は観測した。第二に、我々は、グルタミンが食後のインスリン反応を高めたものの、C-ペプチドには対応する増加がなかったことを見出しており、これはグルタミンがインスリンの分泌よりもインスリンクリアランスに影響する可能性があることを示唆している。こうしたデータは、グルタミンの血糖への効果が、主に胃内容排出遅延により媒介されることを示している。事実、健康な人では、グルタミンと炭水化物の混合溶液は、炭水化物単独の場合と比べて、胃内容排出を遅らせた(28)。本試験でのグルタミンに反応しての胃内容排出遅延は、GLP-1の増加(29)又はグルタミンの消費によるエネルギー量の増加が原因となっている可能性がある。(p.1236右欄第2段落)

(摘記2h)
「グルタミンの副作用は本試験ではあまりみられなかった。グルタミンは忍容性が良好であり、胃腸に軽度の症状が見られた患者は2名のみだった。同程度の年齢と体重のグループについて、0.5g/kg体重/日を14日間投与して、グルタミンの安全性を検討した最近の試験では、グルタミンは、腎臓及び肝臓の機能、乳酸濃度、アンモニア濃度をはじめとする臨床検査測定で取り上げられるような副作用もなく忍容性が良好だった(18)。」(p.1237左欄の第3段落)

(摘記2i)
「要約すれば、本稿では、グルタミン30g又はグルタミン15gとSITとの摂取が、罹病期間が短期のコントロール良好な2型糖尿病患者の食後血糖値を大幅に低減させたことを実証する。これらの効果は、GLP-1に誘発された胃内容排出遅延により引き起こされる可能性が高い。本稿の結果は、グルタミンがGLP-1の濃度増加と、グルタミン欠乏に関連する状態である2型糖尿病患者の食後の血糖減少への新たなアプローチとなり得ることを示している(19)。2型糖尿病の治療に必要な多数の薬を指示通りに服用していない場合、アミノ酸による栄養補給が有益となる場合がある。このような治療の長期的効果については、特に2型糖尿病患者における食事によるタンパク質摂取に関する推奨事項を踏まえて、さらに調査していく必要がある(34)。」(p.1237左欄の第5段落)

(2)引用文献2に記載された発明(引用発明)

引用文献2は、2型糖尿病患者に対して、経口グルタミン摂取による食後血糖値とGLP-1濃度への効果を、水摂取群(対照群)、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)、15gのL−グルタミン摂取群(Gln-15群)、100mgのシタグリプチン摂取群(SIT群)、又は100mgのSIT及び15gのL−グルタミンの摂取群(SIT + Gln-15群)のそれぞれについて評価した臨床試験の結果、及び当該結果に基づく考察が記載された文献である(摘記2a)。
上記臨床試験では、L−グルタミンはよく冷えた水300mLに溶かして摂取されたが、高濃度のグルタミンは水には完全に溶けないので、ゆすいで飲み込む(swish and swallow)方法を利用して摂取されたこと(摘記2c)を考慮すると、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)の患者は、1回当たり、30gのL−グルタミンを水300mLに溶解又は分散させた組成物が摂取されたものと解される。
そして、引用文献2の表1(摘記2e)の「グルコース」の項目には、以下の事項が記載されており、



上記「グルコース」の項目の記載によると、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)では、食後0〜60分のグルコース応答(AUCt=0-60minの平均値が4.25mmol/L60分)は対照群(AUCt=0-60minの平均値が4.80mmol/L60分)に対して有意に低減し(**P<0.001)、食後60〜180分のグルコース応答(AUCt=60-180minの平均値が8.65 mmol/L120分)は対照群(AUCt=60-180minの平均値が9.12mmol/L120分)に対して低減する傾向を示し、食後0〜180分のグルコース応答(AUCt=0-180minの平均値が12.9mmol/L180分)は対照群(AUCt=0-180minの平均値が13.9mmol/L180分)に対して有意に低減した(*P<0.0125)、という結果が得られたのであるから、当該記載を参酌した当業者は、30gのL−グルタミン摂取により、食後血糖値が低下したことを理解できるといえる。
さらに、引用文献2には、上記表1(摘記2e)の「グルコース」、「インスリン」、「活性型GLP-1」等の各種の項目において記載された結果を踏まえて、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)では、対照群に対して、食後早期のグルコース応答が低減し、食後後期のインスリン血症が増大し、食後の活性型GLP-1の応答が増強しており、そして、グルタミンがGLP-1濃度を刺激し、2型糖尿病における食後血糖値を抑制する新薬となり得ることが示唆されたこと(摘記2a)が記載されている。

そうすると、引用文献2には、以下の発明が記載されていると認められる。
「2型糖尿病の人に経口摂取させるための組成物であって、
該組成物は、L−グルタミンのみを有効成分として含み、
2型糖尿病の人に、1回当たり、30gのL−グルタミンを水300mLに溶解又は分散させた組成物を経口摂取させ、前記2型糖尿病の人に、該組成物を経口摂取させた後、前記2型糖尿病の人の食後血糖値が低下する、前記組成物。」(以下「引用発明」という。)

2 引用文献3に記載された事項

令和3年3月16日付け拒絶理由通知書の引用文献3には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記3a)
「妊娠糖尿病の取り扱い
厚生労働省の調査による2002年のわが国の糖尿病人口は糖尿病740万人,予備軍880万人であり,糖尿病は10万人/年,予備軍は40万人/年増加している.妊婦でも同様に増加傾向があり,わが国の妊娠糖尿病gestational diabetes mellitus(GDM)の頻度は2.9%である1).
今回は科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン(2004年,日本糖尿病学会編)2)に基づきGDMの取り扱いにつき解説する.

GDMの定義と診断
GDMは「妊娠中に発症もしくは初めて発見された耐糖能低下をいう」と定義されている.従って,GDMには(1)従来のGDM概念であった軽度の耐糖能異常,(2)妊娠時の検査で初めて見つかった見逃されていた糖尿病,(3)妊娠中に発症した糖尿病が含まれることになる.」(タイトル〜p.79左欄の「GDMの定義と診断」の第1段落)
(当審注:「GDM」は妊娠糖尿病gestational diabetes mellitus(GDM)を意味する。また、(1)、(2)、(3)はそれぞれ1、2、3の丸囲いを意味する。)

(摘記3b)
「妊娠中の管理
妊娠中の血糖管理目標は,HbA1Cは5.8%以下,食前70〜100mg/dl,食後2時間120mg/dl未満とする2-4).
・・・
妊娠中の食事は,高血糖を予防し血糖の変動を少なくするために6分割食にする.これは3回の食事に間食を加えるのではなくて,3回の食事をほぼ半分に分け,毎回各種栄養分が均等に摂取できるようにする.なお,食前血糖が正常化したにもかかわらず,食後血糖が高い場合は,その分割の比率を変更する.
・・・
また、食後血糖が高い場合は6分割食+速効型インスリンという従来の方法にかわり,分割食にせず超速効型インスリンを用い食後高血糖を是正する方法が普及しつつある.ただ,超速効型インスリンのインスリンリスプロはFDA基準のカテゴリーBであるが,インスリングラルギンはカテゴリーCであり,胎児への影響が懸念されるため使用に際しては注意が必要である.」(p.79右欄5行〜p.80中欄3行)

3 引用文献4に記載された事項

令和3年3月16日付け拒絶理由通知書の引用文献4には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記4a)
「Question
食後血糖とHbA1Cの関係は?
HbA1Cに及ぼす食後血糖の寄与率について教えてください.
・・・
Answer
糖化ヘモグロビンの占める割合(%)として表されるHbA1Cは慢性の高血糖状態を反映する指標として使用され,その正常化が糖尿病治療の目標になります.ヘモグロビンが非酵素的・非可逆的な糖化を受けるパーセントは高血糖の程度とその持続時間,そして,平均120日の赤血球寿命と関連しています.つまり,ヘモグロビンの代謝が正常であれば,過去120日間の平均血糖値がHbA1C値に影響しますが,特に直近1カ月間の平均血糖値が約50%の寄与率を示します.」(タイトル〜p.815左欄第1段落)

(摘記4b)
「新規に2型糖尿病と診断された262人に朝食として試験食(483kcal,炭水化物58%)を負荷後,4時間にわたり血糖値を経時的に測定して得られる血糖曲線下面積(AUC; area under the curve)をHbA1C三分位 (≦7.0,7.1〜9.0,>9.0%)で比較しています1).実際の空腹時血糖以上の負荷後血糖AUC1を食後高血糖の成分とします.空腹時血糖の正常上限となる110mg/dl以上の負荷後血糖AUC2からAUC1を差し引いた面積が空腹時高血糖の成分になります.食後血糖の寄与率(AUC1/AUC2)はHbA1C三分位でそれぞれ49.6%,45.7%,30.2%となり,空腹時血糖の寄与率(〔AUC2-AUC1〕/AUC2)はそれぞれ50.4%,54.3%,69.8%でした(図1).」(p.815左欄下から9行〜右欄6行)

(摘記4c)


」(p.816の図1)

(摘記4d)
「さらに,インスリンやαグルコシダーゼ阻害薬以外の薬物療法実施中の患者さんを含めた2型糖尿病290人(病歴10.5年)の検討では,日中の4点(午前8時,11時,午後2時,5時)の血糖測定によるAUCを計算してHbA1C五分位(<7.3,7.3〜8.4,8.5〜9.2,9.3〜10.2,>10.2%)で比較しています2).前記と同様に,空腹時血糖(正常基準110mg/dl)以上の値を示す全AUCの中で占める,食後血糖と空腹時血糖のAUCの割合から寄与率が算出されました.HbA1C7.3%未満では食後血糖と空腹時血糖の寄与率はそれぞれ70%,30%であり,HbA1Cの上昇につれて割合は逆転し,HbA1Cが10.2%を超えると食後血糖の寄与率が30%,空腹時血糖の寄与率が70%でした(図2).」(p.815右欄の第2段落)

(摘記4e)


」(p.816の図2)

(摘記4f)
「HbA1Cは平均血糖値と強く相関することが知られており,120日間の高血糖の曝露がHbA1C値に影響し合併症に関与していることから,どの時間帯の高血糖の持続も見逃すことはできません.
一方,血糖値のmg/dlとは異なる単位の%で表現されるHbA1Cの説明や理解が難解という話はよく聞きます.・・・いずれにせよ,HbA1Cの治療目標を達成するためには,HbA1C値に応じて空腹時あるいは食後の血糖値を下げることを意識しながら治療法を調整する工夫が必要です.」(p.816左欄7行〜右欄5行)

第5 対比

本願発明と引用発明とを対比する。
本願発明と引用発明とは、「L−グルタミンのみを有効成分として含む、糖尿病の人に経口摂取させる組成物。」の発明である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
本願発明は、妊娠糖尿病を治療するための組成物であって、妊娠糖尿病の人に、1日に0.15g/体重kg〜7.0g/体重kgの用量でL−グルタミンを経口摂取させ、妊娠糖尿病の人に、該組成物を少なくとも3ヶ月間にわたって経口摂取させた後、前記妊娠糖尿病の人のHbA1C値が6.1%以下となるものであるのに対し、
引用発明は、2型糖尿病の人に経口摂取させるための組成物であって、2型糖尿病の人に、1回当たり、30gのL−グルタミンを水300mLに溶解又は分散させた組成物を経口摂取させ、2型糖尿病の人に、該組成物を経口摂取させた後、前記2型糖尿病の人の食後血糖が低下するものである点。

第6 判断

1 相違点について

(1)引用文献2には、L−グルタミンの経口摂取により腸のL細胞からのGLP-1の分泌が増加すること(摘記2f)、L−グルタミンの血糖への効果は主に胃内容排出遅延により媒介され、グルタミンに反応しての胃内容排出遅延は、GLP-1の増加又はグルタミンの消費によるエネルギー量の増加が原因となっている可能性があること(摘記2g)が記載されている。
そして、引用文献2には、過去の試験において、経口グルタミンが、食事をせずに、痩せた患者、肥満の非糖尿病患者、肥満の糖尿病患者により摂取された場合に、血中のGLP-1濃度を上昇させることが示されたこと(摘記2b及び2f)が記載されている。
これらの記載を参酌すると、「2型」の糖尿病の人に限らず、「2型」ではない糖尿病の人がL−グルタミンを経口摂取した場合でも、GLP-1分泌のの増加又はL−グルタミンの消費によるエネルギー量の増加に起因する可能性がある胃内容排出遅延によって主に媒介される、血糖への効果が得られること、具体的には、上記「第4 1(2)」で説示したように、食後早期のグルコース応答が低減し、食後後期のインスリン血症が増大し、食後の活性型GLP-1の応答が増強され、食後血糖値が抑制されることを、当業者は期待するといえる。
また、引用文献2に記載の臨床試験ではL−グルタミンの副作用はあまりみられず、0.5g/kg体重/日を14日間投与してグルタミンの安全性を検討した最近の試験では、グルタミンは、腎臓及び肝臓の機能、乳酸濃度、アンモニア濃度をはじめとする臨床検査測定で取り上げられるような副作用もなく忍容性が良好だったこと(摘記2h)を参酌すると、L−グルタミンの経口摂取を14日間よりも長い期間継続しても、重篤な副作用が生じる可能性は低いことを、当業者は推認できるといえる。

(2)引用文献3は、科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドラインに基づいて妊娠糖尿病(GDM)の取り扱いについて解説している文献である(摘記3a)。
引用文献3には、妊娠糖尿病(GDM)は「妊娠中に発症もしくは初めて発見された耐糖能低下をいう」と定義され(摘記3a)、妊娠中の血糖管理目標は「HbA1Cは5.8%以下,食前70〜100mg/dl,食後2時間120mg/dl未満とする」ことであり、妊娠中の食事は「高血糖を予防し血糖の変動を少なくする」こと、食後血糖が高い場合は「食後高血糖を是正する」ことが必要であること(摘記3b)が記載されている。
そして、食事による「高血糖を予防し血糖の変動を少なくする」こと、及び「食後高血糖を是正する」ことは、いずれも食後高血糖を低下させることにより達成できることが期待できるのであるから、本願優先日当時、妊娠糖尿病の人に対して、食後高血糖を低下させる何らかの手段を講じる必要があることは、当業者に知られていたといえる。
また、上記(1)で説示したように、引用文献2にはグルタミンの忍容性が良好であったことが記載されており(摘記2h)、本願優先日当時、妊娠糖尿病の人がL−グルタミンを経口摂取することを阻害するような、特段の事情が知られていたとはいえない。

(3)引用文献4は、食後血糖とHbA1Cとの関係についての臨床試験結果及びその結果に基づく考察が記載された文献である。
引用文献4には、糖化ヘモグロビンの占める割合(%)として表されるHbA1C値は慢性の高血糖状態を反映する指標として使用され、その正常化が糖尿病治療の目標になること、そして、ヘモグロビンの代謝が正常であれば、過去120日間の平均血糖値がHbA1C値に影響し、特に直近1カ月間の平均血糖値が約50%の寄与率を示すこと(摘記4a)が記載されている。
上記の記載から、本願優先日当時、慢性の高血糖状態を反映する指標であるHbA1Cは、過去120日間の平均血糖値、特に直近1カ月間の平均血糖値に影響されることが知られていたので、1カ月間〜120日間程度の平均血糖値が持続的に低下すれば、HbA1Cも低下することは、当業者に知られていた事項であるといえる。
そして、平均血糖値は、空腹時血糖及び食後血糖に影響される数値であるところ、引用文献4には、空腹時血糖及び食後血糖がいずれもHbA1C値に影響していることを示す臨床試験結果(摘記4b〜4e)が記載され、上記結果を踏まえた考察として、HbA1Cは平均血糖値と強く相関しており、HbA1Cの治療目標を達成するためには、HbA1C値に応じて空腹時あるいは食後の血糖値を下げることを意識しながら治療法を調整する工夫が必要であること(摘記4f)が記載されている。
これらの記載から、空腹時血糖及び/又は食後血糖が低下した期間、すなわち平均血糖値が低下した期間が1カ月間〜120日間程度持続すれば、慢性の高血糖状態を反映する指標であるHbA1Cが低下して、HbA1Cの治療目標を達成できることを、当業者は期待するといえる。

(4)上記(1)〜(3)を参酌した当業者は、妊娠糖尿病の人がL−グルタミンを経口摂取した場合でも、重篤な副作用を生じることなく食後血糖が低下した結果として平均血糖値が低下すること、そして、妊娠糖尿病の人の平均血糖値が低下する期間を1カ月間〜120日間程度持続すれば、低下した平均血糖値が反映されてHbA1Cが低下することを、期待するといえる。
また、妊娠中のHbA1Cの管理目標値は5.8%以下であるから(摘記3b)、この目標値までHbA1Cを低下させるために、引用発明の「1回当たり、30gのL−グルタミン」という用量を参考にしつつ、妊娠糖尿病の人が経口摂取するL−グルタミンの1日用量を設定することは当業者が当然に試みる事項である。
そして、妊婦の体重を55kgとすると、引用発明の「1回当たり、30gのL−グルタミン」を、1日1回摂取した場合の1日用量は約0.55g/体重kgになり、1日3度の食事ごとに摂取した場合の1日用量は90g(約1.64g/体重kg)となり、さらに、妊娠中の食事は高血糖を予防し血糖の変動を少なくするために6分割食にする場合があるので(摘記3b)、1日6度の食事ごとに毎回摂取した場合の1日用量は、180g(約3.27g/体重kg)となるから、これらの数値を含む「0.15g/体重kg〜7.0g/体重kg」程度の範囲を妊娠糖尿病の人における1日用量とし、平均血糖値がHbA1Cに反映されるまでに要する期間(1カ月間〜120日間程度)を考慮して、上記「妊娠糖尿病の人における1日用量」を「少なくとも3ヵ月にわたって」継続して摂取させて、妊娠中のHbA1Cの管理目標値(5.8%以下)を含む、「HbA1C値が6.1%以下となる」ようにして、引用発明を上記相違点の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到しえたものであるといえる。

(5)以上のとおり、引用発明を、上記相違点の構成を備えたものにすることは、引用文献2〜4に記載された事項から、当業者が容易に想到しえたものである。

2 本願発明の効果について

本願明細書の【0004】及び【0025】には、本願発明の効果について、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。
「【0004】
糖尿病には、1型、2型及び妊娠糖尿病という3つの主要な型がある。1型糖尿病では、身体がインスリンを生産できなくなる。2型糖尿病では、人の細胞がインスリンを正常に使用できないインスリン抵抗性によるものである。妊娠糖尿病は、2型糖尿病についての前病歴のない、特定の妊娠中の女性が経験するものである。」
「【0025】
実験結果
HA1Cの低下
ある人の測定された糖化ヘモグロビン値(すなわち、HbAlC値)は6.9%であった。その人に、L−グルタミンを水溶液として1日30g経口摂取させた。L−グルタミン投与の3ヶ月後、その人のHbA1C値を測定したところ、6.1%であった。」

上記【0004】の記載によれば、本願明細書では、L−グルタミンを経口摂取させる対象として、1型、2型及び妊娠糖尿病という3つの主要な型の糖尿病の人が記載されている。
これに対し、上記【0025】には、上記「ある人」が1型、2型及び妊娠糖尿病のいずれの糖尿病の人であるのかについては記載されておらず、不明である。
そうすると、上記【0025】に記載の実験結果が、HbAlC値が6.9%であった「妊娠糖尿病」の人に1日30gのL−グルタミンを経口摂取させて、3ヶ月後に、その「妊娠糖尿病」の人のHbA1C値が6.1%に低下したことを示すものであるのか否かは不明であるから、上記実験結果を参酌しても、本願発明により、引用発明、引用文献2〜4に記載された事項から、当業者が予測しえない格別顕著な効果が奏されるとはいえない。

3 請求人の主張について

(1)請求人は、本願明細書の【0025】に記載の「ある人」について、「令和1年10月3日付の意見書でも述べた通り、この実施例で治療された患者は実際のところ2型糖尿病患者でありました(なお、糖尿病患者の95%以上の型は、2型糖尿病であることが一般に知られています。」と主張している(審判請求書の「3.(1)」)。

そこで、上記主張(1)について検討する。
当業者は、上記「ある人」が2型糖尿病の人であることを当業者が客観的に確認できる証拠等を提示していない。そして、「糖尿病患者の95%以上の型は、2型糖尿病であること」が一般的に知られていることを考慮しても、上記「ある人」が2型糖尿病の人であるか否かは不明である。
そして、本願明細書には、上記「ある人」が1型、2型及び妊娠糖尿病のいずれの糖尿病の人であるのかについては記載されておらず不明であり、本願明細書の【0025】に記載の実験結果を参酌しても、本願発明により、引用発明、引用文献2〜4に記載された事項から、当業者が予測しえない格別顕著な効果が奏されるとはいえないことは、上記2で説示したとおりである。

(2)請求人は、引用文献2には「要約すると、我々は、30gのグルタミンまたは15gのグルタミンとSITとを摂取することによって、短期間にわたり十分に管理された2型糖尿病患者の食後血糖が著しく低下したことを示した。これらの効果は、GLP−1によって誘発される胃内容排出の遅延を通じて生じている可能性が高い。」(p.1237右欄最終段落)と記載されているが、下記ア及びイの点により、当業者がHbA1Cレベルを下げるための糖尿病治療としてグルタミンを使用する動機付けはない、という趣旨の主張をしている。

ア グルタミン摂取による食後血糖の低下効果は、食後0〜60分でのみ見られ、60〜180分までは見られていない(令和3年7月19日提出の意見書の「3.(2)1)」)。

イ グルタミン摂取による食後血糖の低下効果は、胃内容排出の遅延により、単に栄養素の吸収を遅らせることによるものである。そして、例えば、S. Reddy 2010に記載されているように、当技術分野における研究によれば、胃内容排出とHbA1cレベルの間に相関関係はない(令和3年7月19日提出の意見書の「3.(2)2)」)。

ウ 上記アの点について検討する。
上記「第4 1(2)」で説示したように、引用文献2の表1(摘記2e)の「グルコース」の項目の記載によると、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)では、食後60〜180分のグルコース応答(AUCt=60-180minの平均値が8.65 mmol/L120分)は対照群(AUCt=60-180minの平均値が9.12mmol/L120分)に対して低減する傾向を示しており、食後60〜180分でも食後血糖値を低下する効果が全く見られないというわけではない。
そして、上記「第4 1(2)」で説示したように、引用文献2には、上記表1(摘記2e)の「グルコース」、「インスリン」、「活性型GLP-1」等の各種の項目において記載された結果を踏まえて、30gのL−グルタミン摂取群(Gln-30群)では、対照群に対して、食後早期のグルコース応答が低減し、食後後期のインスリン血症が増大し、食後の活性型GLP-1の応答が増強しており、そして、グルタミンがGLP-1濃度を刺激し、2型糖尿病における食後血糖値を抑制する新薬となり得ることが示唆されたこと(摘記2a)が記載されている。
これらの記載から、引用文献2には、グルタミン摂取により食後血糖値が低下することが記載されているといえる。

エ 次に、上記イの点について検討する。
引用文献2において、上記表1(摘記2e)に記載された結果を踏まえて、グルタミンがGLP-1濃度を刺激し、2型糖尿病における食後血糖値を抑制する新薬となり得ることが示唆されたこと(摘記2a)が記載されていることは、上記上記「第4 1(2)」で説示したとおりである。
そして、空腹時血糖及び/又は食後血糖が低下した期間、すなわち平均血糖値が低下した期間が1カ月間〜120日間程度持続すれば、慢性の高血糖状態を反映する指標であるHbA1Cが低下して、HbA1Cの治療目標を達成できることを当業者は期待するといえることは、上記「第6 1(3)」で説示したとおりであるから、L−グルタミン摂取による食後血糖値の低下効果が所望の期間持続すれば、HbA1Cが低下することを、当業者は期待するといえる。
また、請求人は、上記主張における「S. Reddy 2010」と称される文献(以下、「S. Reddy 2010文献」という。)を上記意見書に添付して提出していないが、仮に、「S. Reddy 2010文献」が「S. Reddy et.al,“Do HbA1C Levels Correlate With Delayed Gastric Emptying in Diabetic Patients?”,J Neurogastroenterol Motil,2010,Vol.16,No.4,p.414-417」であるとして、以下に検討する。
「S. Reddy 2010文献」に記載の臨床試験では、食物を摂取した後の胃内容排出時間とHbA1Cとの相関は認められなかったこと(p.414の「Results」及び「Conclusions」等)が記載されている。
しかし、上記臨床試験の被験者は、胃内容排出を遅延させる薬理作用を有する薬物を摂取しておらず(p.415右欄の「2.Gastric emptying scintigraphy」)、上記被験者における食後0〜60分、60〜120分、0〜180分の血糖低下効果等については測定されておらず、不明である。
以上のように、「S. Reddy 2010文献」に記載の臨床試験は、引用文献2の臨床試験とは試験条件及び測定項目が異なっており、それぞれの臨床試験から得られた結果を定量的に比較することはできない。
よって、上記イの点を参酌しても、上記1における相違点の判断に誤りはない。

(3)請求人は、「引用文献2のAbstractには、その研究範囲において、血糖降下薬として一般的に用いられているシタグリプチンを投与した場合と同様の血糖降下作用が認められる旨が述べられていますが、本願出願時において、このシタグリプチンの投与によって妊娠糖尿病の人のHbA1C値が6.1%以下となるまでの効果が示された先行研究はありません。むしろ、シタグリプチンが長期間にわたって継続的に投与されることによって食後血糖値の上昇を抑制することについての文献(例として、本願の親出願となる特願2014−542296の審査において引用された文献5:Therapeutic Research,2011年 4月,vol.32, No.4,p523-529、文献6:Progress in Medicine,2011年 3月,Vol.31,p911-916、文献7:医学と薬学,2010年,Vol.64, No.6,p887-894等)には、シタグリプチンを長期間投与しても、被験者のHbA1c値が6.5%〜7.2%を下回ることはなく、3〜5ヶ月以降はHbA1c値の低下もほとんど見られなくなったことが示されています(文献5:第523頁右欄第4〜11行、図1/文献6:第913頁図1/文献7:図1、図3)。
したがって、「該組成物を少なくとも3ヶ月間にわたって経口摂取させた後、前記妊娠糖尿病の人のHbA1C値が6.1%以下となる」効果は、引用文献2の示唆により同等と見なされた血糖降下薬の投与によって得られる効果よりも顕著に大きいことは明らかであるため、当業者が予測できない格別顕著な効果であるといえます。」という主張をしている(令和3年7月19日提出の意見書の「3.(2)2)」、上記主張における下線は請求人が付したものである。)。

そこで、上記主張について検討する。
引用文献2のAbstract(摘記2a)には、30gのL−グルタミンを摂取した群(Gln-30群)では、請求人が主張する「その研究範囲において、血糖降下薬として一般的に用いられているシタグリプチンを投与した場合と同様の血糖降下作用が認められる」という記載はない。
そして、引用文献2の表1(摘記2e)には、「グルコース」及び「インスリン」の項目において、以下の結果が得られたことが記載されている。


」(当審注:上記表は、表1の一部を、当審合議体による日本語訳で摘記したものである。)
上記表1の記載から、30gのL−グルタミンを摂取した群(Gln-30群)と、100mgのシタグリプチンを摂取した群(SIT群)とでは、血糖低下効果(「グルコース」の項目)及びインスリン反応増加効果(「インスリン」の項目)において、同様の傾向が見られるとはいえない。
仮に、同様の傾向が見られるとしても、請求人が指摘した上記文献5〜7に記載の臨床試験における被験者はいずれも2型糖尿病の人であって「妊娠糖尿病の人」ではなく、シタグリプチンの投与量はいずれも50mgであり引用文献2に記載の臨床試験で用いられた100mgのシタグリプチン(摘記2a及び2c)の半分の用量であるから、上記文献5〜7の記載を参酌しても、100mgのシタグリプチンを「妊娠糖尿病の人」に少なくとも3ヶ月間にわたって経口摂取させた後、上記「妊娠糖尿病の人」のHbA1Cが6.5〜7.2%を下回ることはないとはいえない。
そして、請求人の上記「該組成物を少なくとも3ヶ月間にわたって経口摂取させた後、前記妊娠糖尿病の人のHbA1C値が6.1%以下となる」効果は、・・・当業者が予測できない格別顕著な効果であるといえます。」という主張は、本願明細書の【0025】に記載の「ある人」が「妊娠糖尿病の人」であることを前提とする主張であるが、上記2で説示したように、そもそも、本願明細書には上記「ある人」が1型、2型及び妊娠糖尿病のいずれの糖尿病の人であるのかについては記載されておらず、不明である。
そうすると、請求人の上記主張(3)を参酌しても、上記2で説示したように、本願発明により、引用発明、引用文献2〜4に記載された事項から、当業者が予測しえない格別顕著な効果が奏されるとはいえない。

以上のとおり、請求人の上記主張(1)〜(3)を検討しても、上記1及び2の判断に誤りはない。

4 小括

以上のとおりであるから、本願発明は、引用発明、及び引用文献2〜4に記載された事項に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものである

第7 むすび

以上のとおり、本願請求項1に係る発明は、引用文献2に記載された発明、及び引用文献2〜4に記載された事項に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 藤原 浩子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2021-12-23 
結審通知日 2022-01-07 
審決日 2022-01-20 
出願番号 P2018-153440
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 前田 佳与子
穴吹 智子
発明の名称 糖尿病及び関連症状の治療のための方法及び組成物  
代理人 特許業務法人藤本パートナーズ  

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