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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1385579
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-09-25 
確定日 2022-06-13 
事件の表示 特願2019−564190「ディスプレイ用レンズの成型方法、ディスプレイ用レンズの金型セット」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 5月 6日国際公開、WO2021/084586〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2019−564190号(以下「本件出願」という。)は、2019年(令和元年)10月28日を国際出願日とする特許出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和 元年12月11日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 2月14日提出:手続補正書
令和 2年 2月14日提出:意見書
令和 2年 4月13日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 6月10日提出:手続補正書
令和 2年 6月10日提出:意見書
令和 2年 6月26日付け:拒絶査定
令和 2年 9月25日提出:手続補正書
令和 2年 9月25日提出:審判請求書
令和 4年 1月12日付け:拒絶理由通知書
令和 4年 3月 2日提出:手続補正書
令和 4年 3月 2日提出:意見書


第2 本件発明
本件出願の請求項1〜6に係る発明は、令和4年3月2日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1〜6に係る発明(以下それぞれ「本件発明1」〜「本件発明6」という。また、それらを総称して「本件発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
ディスプレイ用レンズの一次側半体の射出成型工程において、二次側半体との接合面央部を二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くするために
つまり二次側半体の射出冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凹状に成型する一次側半体成型工程と、
一次側半体の接合面上に二次側半体を射出成型する二次側半体成型工程と、
からなるディスプレイ用レンズの成型方法。
【請求項2】
二次側半体成型工程は、一次側半体との接合面に対向する対向面央部が厚さ方向の収縮を補うために完成レンズ形状に沿う仮想金型に対比して凹状に成型されている二次側半体成型用金型を用いて行われる請求項1に記載のディスプレイ用レンズの成型方法。
【請求項3】
二次側半体成型工程は、一次側半体のディスプレイ用レンズ機能領域の外側である非機能領域上に重ねて樹脂を重複射出するように行われる請求項1又は請求項2に記載のディスプレイ用レンズ成型方法。
【請求項4】
ディスプレイ用レンズの一次側半体を成型するための金型であって、二次側半体との接合面を構成する金型面はその央部に、二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くするために
つまり二次側半体の射出後冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凸状にした凸状部を有するディスプレイ用レンズの一次側半体成型用金型と、
ディスプレイ用レンズの二次側半体成型用金型と、からなるディスプレイ用レンズの金型セット。
【請求項5】
前記二次側半体成型用金型は、一次側半体との接合面と対向する金型の面央部に凹状部を有する請求項4に記載のディスプレイ用レンズの金型セット。
【請求項6】
ディスプレイ用レンズの一次側半体の射出成型工程において、二次側半体との接合面央部を、相対的に収縮率の高い接合面側での樹脂の収縮量と、相対的に収縮率の低い金型面での収縮量とを近づけることで樹脂内部の応力を均一に近くするために凸状に成型する一次側半体成型工程と、
一次側半体の接合面上に二次側半体を射出成型する二次側半体成型工程と、
からなるディスプレイ用レンズの成型方法。」


第3 当審の拒絶理由通知書の概要
当審の拒絶の理由である、令和4年1月12日付け拒絶理由通知の理由は、概略、以下のとおりである。
●理由1(明確性要件)
本件出願の特許請求の範囲の記載は、(令和2年9月25日に提出された手続補正書における)請求項1〜6に係る発明が明確であるということはできないから、本件出願は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
●理由2(実施可能要件
本件出願の発明の詳細な説明の記載は、(令和2年9月25日に提出された手続補正書における)請求項1〜6に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから、本件出願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。


第4 当審の判断
1 本件明細書の記載
本件出願の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、判断等に活用した箇所を示す。
(1) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスプレイ用レンズを射出成型するための方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
ヘッドランプの投影用レンズなどのような厚肉の樹脂レンズを射出成型により製造する場合、溶融樹脂が冷却固化するまでに多くの時間を要し生産性が悪く、また厚肉であるため溶融樹脂の固化に伴う収縮が大きくなり成型不良をもたらすという問題があった。
【0003】
そこで、生産性と成型精度の向上を図るため、一次成型用金型により成型した一次成型品を、さらに別の金型にセットし一次成型品に樹脂が重なるように射出して二次成型するプロジェクタ型ヘッドランプ用レンズ方法が提案されている(特許文献1)。
・・・中略・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の発明は、生産性の向上には寄与するものの、近年需要増加が著しいヘッドアップディスプレイなどのディスプレイ用のレンズに求められる成型精度を実現することはできない。プロジェクタ型ヘッドランプ用レンズに求められる成型精度は、光源からの光を集光し所定方向に配光することができれば足りる程度であるのに対して、ディスプレイ用のレンズは文字や図形などから構成される様々な情報をウィンドウスクリーンやコンバイナーに明瞭に投影する必要があり、これを実現するための成型精度は一段と高いものになるからである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために本発明において、以下のディスプレイ用レンズの成型方法などを提供する。すなわち、ディスプレイ用レンズの一次側半体の射出成型工程において、二次側半体との接合面央部を二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くなるように凹状に成型する一次側半体成型工程と、一次側半体の接合面上に二次側半体を射出成型する二次側半体成型工程と、からなるディスプレイ用レンズの成型方法を提供する。
・・・中略・・・
【発明の効果】
【0012】
以上のような構成をとる本発明によって、生産性の向上を実現するだけでなく、文字や図形などの情報を明瞭に投影するためのディスプレイ用レンズに求められる成型精度を得ることができる。」

(2) 「【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図を用いて本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明はこれら実施の形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
・・・中略・・・
【0018】
「ディスプレイ用レンズ」とは、画像をスクリーンなどに投影するためのレンズであり、例えば、自動車や飛行機などのウィンドウスクリーンに画像を投影するためのヘッドアップディスプレイ用のレンズや、壁やスクリーンなどに画像を投影するためのプロジェクタ用のレンズなどである。
・・・中略・・・
【0022】
図3を用いて、以下に一次側半体成型工程と二次側半体成型工程とを説明する。
<実施形態1 一次側半体成型工程>
【0023】
「一次側半体成型工程」は、ディスプレイ用レンズの一次側半体の射出成型工程において、二次側半体との接合面央部を二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くなるように凹状に成型する工程である。
【0024】
まず、一次側半体成型用キャビティ0304へ樹脂注入路0308を介して図示しない樹脂射出装置から溶融状態の樹脂を射出する。射出した樹脂は射出圧力を維持した状態で金型が徐冷して一次側半体が成型される。このとき央部に凸状部を有する凸状金型面0305により、一次側半体における二次側半体との接合面の央部が凹状に成型される。そして、成型された一次側半体を収納したまま回動金型0302は180°回動する(図3(b))。なお、接合面を凹状に成型する技術的意義は後述する。
<実施形態1 二次側半体成型工程>
【0025】
「二次側半体成型工程」は、一次側半体の接合面上に二次側半体を射出成型する工程である。図3(b)に示すように、二次側半体成型用キャビティ0306に一次側半体03010が存在する状態で樹脂注入路0309を介して樹脂を注入する。注入された樹脂は一次側半体の接合面上に積層して二次側半体0311が形成され(図3(c))、さらに一次側半体と二次側半体とが一体化してディスプレイ用レンズとして成型される。また、二次側半体成型用キャビティに樹脂を射出するとともに、一次側半体成型用キャビティにも樹脂を射出することで、一次側半体も併せて成型することができる。【0026】
なお、一次側半体成型用キャビティあるいは二次側半体成型用キャビティへ樹脂を射出して注入する注入路0307や注入路0309の位置などは、図3に示した場合に限られず一次側半体や二次側半体の形状などに応じて適宜定めることができる。
【0027】
上述した一次側半体成型工程及び二次側半体成型工程における金型温度、樹脂温度、射出圧力などは、樹脂の種類や特性、一次側半体と二次側半体のそれぞれの形状、環境温度など諸々の条件によって適宜設定される。例えば、シクロオレフィンポリマーを材料として成型する場合、金型温度を120〜150℃、樹脂温度を260〜280℃、射出圧力を180〜200Mpa程度にそれぞれ設定して行う。
【0028】
また、上述した例においては、一の固定金型と一の回動金型とによって一次側半体と二次側半体とを成型する態様を示したが、一次側半体を成型するための金型と、二次側半体を成型するための金型を、別個に用意して一次側半体と二次側半体とをそれぞれ成型するようにしてもよい。
<実施形態1 一次側半体の接合面>
【0029】
二次側半体との接合面央部を二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くなるように凹状に成型する。このように成型する意義について図4を用いて説明する。
【0030】
図4は、一次側半体の接合面上に二次側半体を成型する態様を示す概念図である。図4(a)は、一次側半体の接合面央部を平板状に成型した場合を示している。二次側半体射出成型工程において、一次側半体0401はある程度固化している。そして、射出された二次側半体を成型するための樹脂0402は、一次側半体の接合面0403に接する。ここで、一次側半体の接合面は射出された樹脂の温度に対して低温であるため、一次側半体の接合面と接した樹脂は急冷され、射出された樹脂内部に温度勾配が生じる。そのため、二次側半体となる樹脂内の応力であって、成型後の二次側半体の表面(すなわちディスプレイ用レンズの表面)としての目標面0404と略平行方向の応力である面内応力が樹脂の厚さ方向0405において不均一となる(図中の両端矢印)。射出される樹脂の収縮量は、冷却速度に依存して変化する。つまり冷却速度が速い一次半体との接合面側の領域での収縮量が大きくなる。二次側半体の樹脂は、一次側半体上及び二次側半体を形作る金型面に囲まれた領域に注がれる。一次側半体は固化温度以下になっており、最初に一次側半体に至った射出樹脂は、相対的に急冷される一方、成形品内部で射出口に近い領域の樹脂は相対的に徐冷される。従って収縮量に差が出る(収縮量が分布する)こととなる。
【0031】
その結果、図4(b)に示すように、樹脂が冷却固化して成型された二次側半体0406は、目標面0407側における樹脂の収縮長S1よりも、接合面側0408での樹脂の収縮長S2の方が長くなる。つまり、二次側半体の両端部において目標面側と接合面側とで樹脂の収縮が不均一となる。射出成型において樹脂の収縮率を鑑みて、収縮分を充填できるように圧力をかけてキャビティ内に射出することは本技術分野において行われていることであるが、キャビティの端部領域の樹脂に不均一な収縮が生じた場合には、成型後に歪みなどが生じやすくなってしまう。このような歪みは、たとえわずかなものであったとしても、画像を明瞭に投影するためのディスプレイ用レンズにおいては問題となる。
【0032】
図4(c)は、一次側半体の接合面の央部を凹状に成型した場合を示している。この場合においても、接合面0409側と目標面0410側とでは樹脂内部の応力は上述したように接合面側が強くなり目標面側との不均一が生じる。ここで、接合面側の応力は央部から端部にかけての傾斜面に沿ったものとなる(L1)。しかし、面内応力でみると、L1の応力は面内方向の成分L2は傾斜角θに応じてL1より小さくなる。このように接合面の央部を凹状に成型することにより、二次側半体の面内応力を厚さ方向において均一に近くすることができる。その結果、二次側半体の端部において目標との差分を厚さ方向において均一に近くなり、収縮分の充当を良好に行うことができ、最終成型品であるディスプレイ用レンズの成型精度を高めることに資するのである。なお、図4(c)は、図4(b)で示した態様との違いを説明するためのものであり、同様の量の樹脂を注入した場合の態様を示している。実際には二次側半体の表面が目標面に近づくように十分な量の樹脂が注入されるので、図示するように表面の央部が凹状となることはない。また、ゲートが設けられる二次側半体の長手方向の側面領域には溝や傾斜を設けておいてもよい。ゲート側の側面領域は一般的に充填されるのがもっとも遅くなるため他の領域に比べて十分な圧力がかかる状態が短くなりがちであるが、溝などを設けることで注入当初から樹脂が流れやすくすることで圧力がかかり始めるタイミングが早くなり成型時に十分な圧力がかかるからである。
・・・中略・・・
【0034】
本実施形態のディスプレイ用レンズの射出成型方法によれば、文字や図形などを明瞭に投影することのできる成型精度のレンズを成型することができる。また、従来技術(特許文献1など)により成型された積層樹脂レンズは、冷熱衝撃試験(例えば、−70℃〜100℃)によりクラックや端面剥離などの不具合が生じることが多々あったが、本実施形態の射出成型方法によればそのような不具合が生じることはない。」

(3)「図3


図4



明確性要件について
(1)本件出願における判断基準について
特許請求の範囲に記載された発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の本件出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)判断
上記判断基準に基づいて、本件発明1が明確であるかについて、以下検討する。
上記「第2」のとおり、請求項1には「ディスプレイ用レンズの成型方法」として、「二次側半体との接合面央部を二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くするため」つまり「一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凹状に成型する」「一次側半体成型工程」が記載されている。
しかしながら、上記工程の「厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くするため」及び「横方向の収縮量を均一に近くするため」における「均一」が、どの程度の「均一」(性)を意味するのか(「均一に近くする」とは、面内応力や収縮量の差がどの程度なのか)は、請求項1の記載からは明らかでない。
また、請求項1の(接合面央部)の「凹状」について、「凹」が「物の表面が部分的にくぼんでいること。」、「状」が「すがた。ありさま。」(広辞苑第七版,2018年)を意味することから、「凹状」とは、「物の表面が部分的にくぼんでいるありさま」と一応理解することができる。しかしながら、後述するように本件発明1の「レンズの成型方法」は、成型対象たる「レンズ」が「ディスプレイ用」である点に技術的意義(特徴)を有するものといえるから、前記「凹状」は、上記理解にとどまらず、「ディスプレイ用」のレンズに通常求められる成型精度を具備したレンズが成型可能な程度の「凹状」を意味すると解されるところ、それがどのような範囲の「凹状」であるかは請求項1の記載からは明らかでない。
したがって、特許請求の範囲(請求項1)の記載から、上記「均一」及び「凹状」が意味する範囲(均一の程度、凹状といえる範囲、以下「上記事項」ということがある。)を明確に理解することは困難である。

次に、本件出願の発明の詳細な説明の記載から、上記事項が明確に把握できるか検討する。
上記「1」「イ」の特に【0023】〜【0028】及び図3には、本件発明1に係るディスプレイ用レンズの成型方法の概略が記載されており、上記「1」「イ」の特に【0029】〜【0032】及び図4には、本件発明1において、上記「均一」(性)が必要となる根拠及びそれを実現するための「凹状」の形状についての概略が記載されている。
しかしながら、本件明細書には、上記の「均一」(性)の程度や「凹状」の形状を具体的に示す記載はなく、本件発明1のディスプレイ用レンズの成型方法を実施してディスプレイ用レンズを成型した実施例及び実際に成型されたディスプレイ用レンズも記載されていない。例えば、図4(b)において、S1とS2との差がどの程度であれば、本件発明1の「均一」(性)を満たすといえるのか、図4(c)において、「凹状」は円形なのか楕円形なのか、θは何度であれば本件発明1の「凹状」といえるのか等は記載されていない。
また、本件明細書には、上記「均一」(性)の程度及び「凹状」といえる範囲を理解する手がかりとして、「ディスプレイ用のレンズは文字や図形などから構成される様々な情報をウィンドウスクリーンやコンバイナーに明瞭に投影する必要があり、これを実現するための成型精度は一段と高い物になる。」(上記「1」「ア」【0005】)、「本発明によって、生産性の向上を実現するだけでなく、文字や図形などの情報を明瞭に投影するためのディスプレイ用レンズに求められる成型精度を得ることができる。」(上記「1」「ア」【0012】)、「本実施形態のディスプレイ用レンズの射出成型方法によれば、文字や図形などを明瞭に投影することのできる成型精度のレンズを成型することができる。」(上記「1」「イ」【0034】)等の記載がある。
しかしながら、ディスプレイ、ウィンドウスクリーン及びコンバイナーにおいても種々の性能の物が想定され得るのであって、性能(投影画像の明瞭性等)に応じて、レンズに要求される成型精度には依然として幅があることは明らかである。そうしてみると、本件明細書の上記記載を参酌してもなお、当業者が、本件発明1に係る上記「均一」(性)の程度や、上記用途のレンズに求められる「均一」(性)を備えたレンズが成型可能な「凹状」がどのような形状であるかを理解することは困難である。
さらに、本件明細書には、具体的な実施例やその実質的な検証ないし評価等は開示されていない一方で、「キャビティの端部領域の樹脂に不均一な収縮が生じた場合には、成型後に歪みなどが生じやすくなってしまう。このような歪みは、たとえわずかなものであったとしても、画像を明瞭に投影するためのディスプレイ用レンズにおいては問題となる。」(上記「1」「イ」の【0031】)と記載されているように「歪み」が「たとえわずかなものであったとしても、画像を明瞭に投影するためのディスプレイ用レンズにおいては問題となる」ことが指摘されている。
このように歪みがわずかなものであっても問題となるディスプレイ用レンズにおいて、そのようなわずかな歪みも生じないようなディスプレイ用レンズの成型方法及びそれを実現するための「凹状」の形状を、具体的な成型条件あるいは具体的な「凹状」の形状を示す実施例及びその検証ないし評価等が開示されていない本件明細書から当業者が認識することができたといえる証拠はない。また、そのような具体例についての開示がなくても、ディスプレイ用レンズの成型に関する技術分野における当業者であれば、本件出願当時における技術常識から、上記事項を明確に把握することができると認めるに足りる他の証拠もない。

以上によれば、本件出願の特許請求の範囲の記載、明細書及び図面の記載並びに本件出願時の技術常識いずれを参照しても、本件発明1の「均一」(性)の程度及び「凹状」といえる範囲について手がかりとなる情報は何ら見いだせないから、本件出願の特許請求の範囲(請求項1)に係る発明は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確というほかない。
したがって、本件出願の特許請求の範囲は、特許を受けようとする発明が明確であるように記載されていない。

請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2及び請求項3についても同様である。
また、請求項6の記載についても、上記請求項1についての判断と同様に、「均一」及び「凸状」が意味する範囲(均一の程度、凸状といえる範囲)を、本件出願の特許請求の範囲の記載、明細書及び図面の記載並びに本件出願時の技術常識いずれを参照しても明確に理解することは困難である。

実施可能要件について
(1)本件出願における判断基準について
発明の詳細な説明の記載が特許法第36条4項1号の要件、いわゆる実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があることが必要である。
そして、特許請求の範囲に記載された発明が、物を生産する方法の発明である場合、物を生産する方法の発明の実施が、その方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいう(特許法第2条3項3号)ことからみて、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすためには、当業者がその物を生産する方法の使用を可能とし、さらには、その方法を使用することによりその物を生産(製造)することができる程度の具体的な記載が求められる。あるいは、そのような記載がなくても本件出願の出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法の使用によりその物を生産(製造)することができる必要がある。

(2)判断
最初に、本件発明1は「ディスプレイ用レンズ」の製造方法の発明であるから、その製造対象たる「ディスプレイ用レンズ」そのものが明確でなければ、当業者がそれを製造することができないことは明らかである。そして、上記「2(2)」に示したとおり、本件出願の特許請求の範囲の記載、明細書及び図面の記載並びに本件出願時の技術常識いずれを参酌しても、本件発明1は、その製造対象たる「ディスプレイ用レンズ」が備えるべき「均一」及び「凹状」が意味する範囲が明確でないから、その意味において、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすということができない。

次に、本件発明1は「ディスプレイ用レンズの成型方法」という物を生産するための方法の発明であるから、以下、上記(1)の判断基準に基づいて、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が、上記方法により、(ディスプレイ用レンズとして)求められる機能や特性を有するディスプレイ用レンズを生産できるように記載されているか否かについて検討する。
当業者が、本件請求項1に係る「ディスプレイ用レンズ」を生産するためには、本件明細書及び図面には、少なくとも、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物の三つの技術的事項が記載されていなければならない。
しかしながら、上記「2」で説示したとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記の三つの技術的事項を理解し得る具体的な実施例の開示はない。
さらに、上記三つの技術的事項について、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、抽象的又は機能的な記載(「均一に近い」や「明瞭に投影」等)にとどまり、それらの範囲が明確でない(上記「2(2)」参照)から、「処理工程」で用いられる製造装置等(一次側及び二次側半体に係る金型セットの具体的な形状等)を当業者が理解することは困難である。
さらにまた、上記「1」「イ」の【0027】に「金型温度、樹脂温度、射出圧力などは、樹脂の種類や特性、一次側半体と二次側半体のそれぞれの形状、環境温度など諸々の条件によって適宜設定される。例えばシクロオレフィンポリマーを材料として成型する場合、金型温度を120〜150℃、樹脂温度を260〜280℃、射出圧力を180〜200MPa程度にそれぞれ設定して行う」という記載がある。しかしながら、上記記載は、原材料として特定の樹脂(シクロフォレフィンポリマー)を選択した場合における、「金型温度」、「樹脂温度」及び「射出圧力」(以下「3条件」という。)について好ましい数値範囲を示したものと一応理解されるところ、当該特定の樹脂を用いた場合でさえ、上記好ましいとされる数値範囲を採用して実際にレンズを成型した具体例の開示は存在しない。加えて、【0027】に記載されているように、3条件は、原材料(樹脂の種類や特性)のみならず「一次側半体と二次側半体のそれぞれの形状」や「環境温度」等の「処理工程」に関係する「諸々の条件によって適宜設定される」べきものであるから、上記特定の樹脂を原材料とした場合であっても、これらの「諸々の条件」が明らかにされなければ、たとえ上記3条件として上記好ましい数値範囲を採用したとしても当業者が本件発明の「ディスプレイ用レンズ」を製造することができるかは不明である。さらにいえば、成型精度が原材料(樹脂の種類)に依存することは【0027】の上記記載を参照するまでもなく技術常識といえるから、本件発明の技術的範囲に包含される、「シクロオレフィンポリマー」以外の原材料から製造される「ディスプレイ用レンズの成型方法」についてみれば、なおさら製造できるか否か不明である。

さらに進んで検討する。
当業者は、種々の条件を試行錯誤することで、これらの条件と生産物たるディスプレイ用レンズ(の成型精度)との間に一定の規則性を見出し、それに基づいて試行錯誤を繰り返す創作能力を備えている。しかしながら、そうであっても、本件明細書において具体的な製造例の開示が何ら存在しない状況で上記のような一定の規則性を見出すこと自体、過度な試行錯誤を要することであって、見出した規則性に基づいてさらに他の条件を最適化することで、本件発明の「ディスプレイ用レンズ」を製造することは上記能力を備えた当業者といえども困難というほかない。そして、本件明細書に具体的な記載がなくても本件出願の出願当時の技術常識に基づき当業者が本件発明の方法の使用により本件発明の「ディスプレイ用レンズ」を製造することができることが理解できる他の証拠もない。
以上のことから、本件出願の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施することができる程度に十分かつ明確に記載したものであるということができない。


第5 審判請求人の主張
明確性要件について
審判請求人は、上記理由1(明確性要件)について、令和4年3月2日に提出された意見書の「4.(1)理由1について」において、「上述の補正のとおり、面内応力を均一に近くすることについて、明細書の段落0030〜0032及び図面の図4(a)〜(c)に記載しました「接合面を凹状に成型する」技術的意義に基づいて、「二次側半体の射出後冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凹状に成型する」という具体的な設計指針を請求項において示しました。
このように定性的に示しました設計指針に基づいて試行錯誤を繰り返すことで、金型の形状は自ずと決定されますので、発明の範囲が不明確になることはないと思料致します。
したがいまして、理由1は解消されたものと思料致します。」と主張する。
しかしながら、上記「第4」「2」で説示したとおり、本件明細書の記載から、「明細書の段落0030〜0032及び図面の図4(a)〜(c)」に記載された「接合面を凹状に成型する」技術的意義について、どの程度の「均一」(性)が求められるのか、そのための具体的な「凹状」の形状とはどのような形状なのか等の「具体的な」設計指針を理解することはできないし、試行錯誤を繰り返しても「具体的な」設計指針が記載されていないので、試行錯誤を繰り返した結果が本件発明1の要件を満たしているのか否かも明確でない。
以上のことから、上記主張は採用の限りではない。

実施可能要件について
審判請求人は、令和4年3月2日に提出された意見書において、「4.(2)理由2について」において、「本願発明が属する技術分野、すなわち、金型の製作業界において、金型の製作にあたっては、金型の形状を最初から定量的に示すことが困難であることから、まず、金型の形状を定性的に示す必要があります。そのうえで、この定性的に示した金型の形状を指針としてトライ&エラーを繰り返し試みて、所望の金型が得られた時点のデータをもって金型の形状を定量的に示すことが可能になります。
したがいまして、この意見書と同日付けで提出する手続補正書における補正事項こそ、精度良い成型品を作るための金型の十分且つ具体的な設計指針になり得るものであると確信致します。
このように定性的に示された指針に基づいて、当業者であれば本願発明に係るディスプレイ用樹脂レンズの成型を行うことが可能であり、今回提出の手続補正書における補正事項は、実施可能要件を満たすものです。
したがいまして、理由2も解消されたものと思料致します。」と主張する。
しかしながら、上記「第4」「2」及び「3」で説示したとおり、本件出願の明細書を参酌しても具体的に求められる成型精度や具体的な凹状の形状について理解することはできないから、上記主張のようにトライ&エラーを繰り返しても、その結果得られたデータが、「ディスプレイ用レンズ」として本件明細書において求められる機能や特性を有するものであると判断することもできない。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記主張のように「トライ&エラーを繰り返し試みて、所望の金型が得られた時点のデータをもって金型の形状を定量的に示す」記載はないし、トライ&エラーを繰り返した結果、求められる機能や特性を備えた「ディスプレイ用レンズ」が生産できたことを示す実施例やその検証等も行われていない。
(当合議体注:発明の公開の代償として、一定の期間独占権が与えられるという特許制度の趣旨からして、上記トライ&エラーを繰り返した結果として得られたデータに相当する技術的事項を発明の詳細な説明において開示すべきである。)
以上のことから、上記主張は採用の限りではない。

なお、審判請求人は、令和4年1月12日付けで当審が通知した拒絶理由通知書において留保した新規性進歩性の判断について、令和4年3月2日に提出された意見書において、「今回の補正により請求項4,5に係る金型の形状は、二次側半体の射出後冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凹状にしています。引用文献1に記載の発明において一次側半体面央部を凹状に形成するのは、一次成型と二次成型に分割して成型する場合において最も冷却時間が短くなるようにして成形時間の短縮を図るためであり、面内応力を均一に近くするという技術思想や、かかる技術思想に基づく具体的な設計指針である「二次側半体の射出後冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために凹状に成型する」ということについて何ら開示も示唆もしていません。
したがいまして、請求項4,5に係る発明は引用文献1に記載の発明ではなく、この記載された発明に基づいて容易に想到し得るものでもありません。」と主張する。
しかしながら、本件発明4は、「金型セット」という「物の発明」である上、上記「第4」「2」及び「3」における説示と同様に、本件発明4における「凸状」の形状を特定することはできない。
また、本件発明4の「二次側半体射出成型時に二次側半体の面内応力が厚さ方向で偏って分布しないで均一に近くするために
つまり二次側半体の射出後冷却時に、一次側半体よりの冷却速度が相対的に大きい主面側と、一次側半体から遠く上部金型側の冷却速度が相対的に小さい主面側と、の間で横方向の収縮量を均一に近くするために」という点が、本件明細書の特に【0032】及び図4(c)に記載されたθが0°<θ<90°でありさえすれば満たされる事項であるとすると、本件発明4,5に係る「金型セット」と、上記主張の引用文献1(特開2006−62359号公報)に記載された「可動金型3」及び「固定金型4」のセットとの間に「物の発明」としての差異を認識することはできない。
請求項4を引用する請求項5についても同様である。
したがって、上記主張は採用の限りではない。


第6 むすび
以上のとおりであるから、本件出願は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。また、本件出願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件出願は、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-04-12 
結審通知日 2022-04-13 
審決日 2022-04-28 
出願番号 P2019-564190
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (G02B)
P 1 8・ 537- WZ (G02B)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 小濱 健太
関根 洋之
発明の名称 ディスプレイ用レンズの成型方法、ディスプレイ用レンズの金型セット  
代理人 工藤 一郎  
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