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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01S
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01S
管理番号 1385603
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-10-22 
確定日 2021-11-25 
事件の表示 特願2018−559458「位置推定システム及び位置推定方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 7月 5日国際公開、WO2018/123970〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)12月25日を国際出願日とする日本語特許出願であって(優先権主張 平成28年12月27日)、その手続の経緯は以下のとおりである。

令和 2年 4月15日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 6月23日 :意見書、手続補正書の提出
令和 2年 8月19日付け:拒絶査定(同年9月1日送達、以下「原査定」という。)
令和 2年10月22日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 3年 6月10日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 8月10日 :意見書、手続補正書の提出


第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、令和3年8月10日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

「 【請求項1】
建屋内に設置され、移動体から送信された無線信号の信号強度を測定する複数の固定局と、
前記複数の固定局で測定された前記信号強度に基づいて前記移動体の位置を推定する計算器と、
前記移動体の頂部の、上方へ向けて電波が透過する位置に設置され、前記無線信号を送信する送信器と、を備え、
前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され、
前記所定距離は、前記信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値であり、
前記移動体は前記建屋内で作業する2以上の複数の人又は物であり、前記複数の固定局のうち少なくとも1つは、前記移動体の頂部よりも上方に設置されており、前記建屋内の天井、壁、什器、及び設備のうちの少なくとも1つから延びる絶縁性のスペーサの端部に取り付けられている、
位置推定システム。」


第3 当審拒絶理由の概要
令和3年6月10日付けで当審が通知した拒絶理由(以下「当審拒絶理由」という。)のうち、請求項1に対する、理由1(進歩性)と理由3(明確性)の(1)、(2)の概要は、次のとおりである。

1.(進歩性)本願発明は下記の引用文献1〜3に記載された発明に基づいて、本願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1.特開2014−52196号公報
引用文献2.国際公開第2009/121738号
引用文献3.特開2008−47994号公報(周知技術を示す文献)


3.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の請求項1の記載が下記の点で、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。



(1)請求項1には「前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され」と記載されているが、「所定距離」がどの程度の距離を示すのか明らかでない。

(2)請求項1には「前記複数の固定局のうち少なくとも1つは、前記複数の移動体にとっての最も高い位置よりも上方に設置されており」と記載されているが、一般に、作業者や車両等の「移動体」は、作業の時間帯やその状況に応じて変化するものであることを考慮すると、「複数の移動体にとっての最も高い位置」は客観的に特定されておらず、「複数の固定局」がどの位置よりも上方に設置されているか明らかでない。


第4 当審の判断(36条6項2号
1 「所定距離」について
請求人は、令和3年8月10日付け意見書の2頁19〜23行において、「請求項1に『前記所定距離は、前記信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値であり、』を追記する補正をしました。・・・これにより、「所定距離」がどの程度の距離を示すのか明らかとなり、拒絶理由(3−1)は解消されたと考えます。」と主張している。
しかしながら、「信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない」という表現は主観的なものであって、「信号強度と前記距離との対応精度」がどの程度まで低下すれば「損なわれ」たといえるかは曖昧であり、それが「マルチパスの影響」によるものであるかも曖昧であるから、依然として、「所定距離」が客観的にどの程度の距離を示すものか明確でない。
よって、当該主張は採用できない。

2 「複数の移動体にとっての最も高い位置」について
請求人は、令和3年8月10日付け意見書の2頁27〜32行において、「請求項1の『複数の移動体にとっての最も高い位置』を、請求項1に前出している『移動体の頂部』に変更する補正しました。・・・この補正により、請求項1に前出している『前記移動体の頂部の、上方へ向けて電波が透過する位置に設置され、前記無線信号を送信する送信器』との記載から、「複数の固定局」が、送信器が設置されている位置よりも上方であることが明らかとなり、拒絶理由(3−2)は解消されたと考えます。」と主張している。
しかしながら、「複数の移動体にとっての最も高い位置」を「移動体の頂部」に変更する補正をしても、それが「移動体」によって特定されるものである以上、当審拒絶理由で示した、作業者や車両等の「移動体」は、作業の時間帯やその状況に応じて変化するものであることを考慮すると、「複数の固定局」がどの位置よりも上方に設置されているか客観的に特定されていないという趣旨の拒絶理由は、依然として解消されていない。
よって、当該主張は採用できない。

3 小括
したがって、令和3年8月10日付け意見書及び手続補正書の内容を考慮しても、依然として、請求項1に係る発明は明確でない。


第5 当審の判断(29条2項
1 引用文献に記載された発明の認定等
(1) 引用文献1に記載された事項と引用発明の認定
ア 引用文献1に記載された事項
当審拒絶理由に引用され、本願の優先日前に発行された特開2014−52196号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。下線は当審が付したもので、以下同様である。

「【0001】
本発明は、倉庫内などで、人、或いはフォークリフトなどの搬送車輛の移動経路を検出する移動経路検出方法および移動経路検出システムに関し、特に、狭域部と広域部が存在する空間における移動経路検出に関するものである。」

「【0016】
<移動経路検出システムの全体構成>
図1により、本発明の一実施の形態に係る移動経路検出システムの全体構成について説明する。図1は本発明の一実施の形態に係る移動経路検出システムの全体構成を示す構成図である。
【0017】
図1において、移動経路検出システムは、入退出用固定局10、固定局20、レーザスキャン装置(例えば、LRF:Laser Range Finder)30、レーザスキャンデータ処理装置60、移動体動線把握装置70、移動局110から構成されている。
【0018】
また、倉庫内には、広域部と狭域部が存在し、広域部には、出入口50に無線で移動体100の位置を検出するための入退出用固定局10が設置され、レーザで移動体の位置を検出するためのレーザスキャン装置30も設置されている。
【0019】
また、狭域部には、無線で移動体の位置を検出するための固定局20が棚40に設置されている。
【0020】
また、倉庫内を移動する作業者などの移動体100は入退出用固定局10および固定局20からの電波を受信して位置を検出する移動局110を携帯している。
【0021】
なお、移動体100としては、作業者などの人ではなく、フォークリフトなどの搬送車輛など移動するものでもよく、この場合では、フォークリフトなどの搬送車輛に移動局110が設置される。
【0022】
移動局110は、全ての入退出用固定局10および固定局20の固定局番号が座標位置のどこにあるかを保持しており、入退出用固定局10および固定局20からの電波を受信して、RSSI(Received Signal Strength Indication:受信信号強度)などにより位置情報を検出して、検出した位置情報を時系列のデータとして移動局固有のIDと共に記録している。
【0023】
この入退出用固定局10、固定局20、移動局110は、例えば、ZigBee(登録商標)などを用いた通信部を備えており、移動局110では、電波強度を検出できるようになっている。
【0024】
レーザスキャンデータ処理装置60は、レーザスキャンデータ処理装置60からの情報に基づいて、検出した移動体の位置情報を時系列のデータとして仮想移動体IDを付与して記録している。
【0025】
移動体動線把握装置70は、複数の移動局110に記録された移動体100の位置データを、例えば、SDカードなどを経由して取り込み、さらにレーザスキャンデータ処理装置60からの移動体の位置データを取り込む。
【0026】
そして、移動体動線把握装置70は、取り込んだ位置データに基づいて、移動局110に記録され、入退出用固定局10および固定局20からの電波により位置が確定できなかったデータについて、レーザスキャンデータ処理装置60の位置データで補完し、移動体の位置データを生成する。」

「【0029】
図2において、移動局110は、RSSI受信部300、G(加速度)センサ301、ジャイロセンサ302、地磁気センサ303、処理部304、SD記録装置306、バッテリー307から構成されている。
処理部304上では、位置計測を行う位置計測アプリ305が実行されている。
【0030】
ここで、位置計測アプリ305による位置計測処理について図3により説明する。
まず、RSSI受信部300からRSSI受信部データ400を入力し、移動局近距離位置固定処理401を行う。
【0031】
これは、例えば、設置してある固定局20の半径1m以内に移動局110が入ると電波強度は異常に強い値を示し、固定局20の設置位置のXY座標により、ほぼ絶対位置としての位置固定を行う。
【0032】
また、固定局20の設置間隔が広い場所などでは、固定局20から1m以上、移動局110が離れると、電波の強い3点の固定局20の電波を選択し3点での位置推定を行う。
【0033】
この場合には、障害物での電波の遮断、マルチパス(電波の反射)による外乱が入り、近傍にいることは判断できるも誤差は3〜5mに拡大し、電波の揺らぎによる移動体位置の揺らぎが発生する状態となる。
【0034】
この揺らぎは、Gセンサ301、ジャイロセンサ302、地磁気センサ303により補正することになる。
【0035】
まず、Gセンサ301からのGセンサデータ402、ジャイロセンサ302からのジャイロセンサデータ403、地磁気センサ303からの地磁気センサデータ404に基づいて、移動局110の移動方向・移動量計算処理405が行わる。
【0036】
そして、移動局近距離位置固定処理401からのデータと、移動方向・移動量計算処理405からのデータに基づいて、例えば、確率推論などによる総合位置固定処理406を行い、揺らぎなどを補正する。
【0037】
そして、倉庫内のMAPデータ409とのMAPマッチング408を行い、MAP補正処理407を行い、最終的な位置計測データ出力410を行う。
【0038】
この最終的な位置計測データ出力410は、SD記録装置306によりSDカードに記録される。」

「【0045】
また、図6において、移動体動線把握装置70は、移動局110からのデータを取り込むRSSI位置データ受信部701、レーザスキャンデータ処理装置60からのデータを取り込むLRF位置データ受信部702、移動局IDごとの位置データ格納処理部703、RSSI位置データ704の記憶装置、LRF移動体認識部705、LRF位置データ706の記憶装置、位置同定並列処理部707、同定された位置データ708の記憶装置、位置データを出力する位置データ出力部709から構成されている。
【0046】
RSSI位置データ受信部701は、移動局110に記録された位置データを、SDカードなどにより取り込む。なお、移動局110からの位置データの取り込みは、移動局110側で無線による通信部などを備えていれば、無線により定期的に位置データを取り込んだり、リアルタイムで位置データを取り込むことも可能である。
【0047】
LRF位置データ受信部702は、レーザスキャンデータ処理装置60で記録された位置データを、通信線などにより取り込む。なお、この位置データの取り込みは、無線などにより行うことも可能である。
【0048】
さらに、移動体動線把握装置70内にレーザスキャンデータ処理装置60の処理部を設置し、移動体動線把握装置70に複数のレーザスキャン装置30を接続するようにしてもよい。
【0049】
移動局IDごとの位置データ格納処理部703は、RSSI位置データ受信部701で取り込んだ複数の移動局110からのデータを移動局IDごとに処理し、RSSI位置データ704として記憶装置に格納する。
【0050】
LRF移動体認識部705は、LRF位置データ受信部702で取り込んだ仮想移動体IDが付与された複数の移動体の位置情報を仮想移動体IDごとに処理し、LRF位置データ706として記憶装置に格納する。
【0051】
位置同定並列処理部707は、RSSI位置データ704およびLRF位置データ706に基づいて、位置データの同定処理を行い移動局110の位置データで不明となっているデータを補完し、同定された位置データ708として記憶装置に格納する。
【0052】
位置データ出力部709は、同定された位置データ708を、移動体100の移動経路などの処理を行う別の装置に出力する。
【0053】
なお、移動体動線把握装置70において、同定された位置データ708に基づいて、移動体100の移動経路を検出して、移動経路情報を記憶装置などに格納することも可能である。」

「【図1】



「【図2】



「【図3】



「【図6】



引用発明の認定
上記アの記載事項を総合すると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「倉庫内などで、人の移動経路を検出する移動経路検出システムであって(【0001】)、
移動経路検出システムは、固定局20、移動体動線把握装置70、移動局110から構成され(【0017】)、
無線で移動体の位置を検出するための固定局20が棚40に設置されており(【0019】)、
倉庫内を移動する作業者などの移動体100は固定局20からの電波を受信して位置を検出する移動局110を携帯しており(【0020】)、
移動局110は、固定局20からの電波を受信して、RSSI(Received Signal Strength Indication:受信信号強度)などにより位置情報を検出して、検出した位置情報を時系列のデータとして移動局固有のIDと共に記録し(【0022】)、
移動局110は、位置計測を行う位置計測アプリ305が実行されている処理部304から構成され(【0029】)、
位置計測アプリ305による位置計測処理は(【0030】)、
設置してある固定局20の半径1m以内に移動局110が入ると電波強度は異常に強い値を示し、固定局20の設置位置のXY座標により、ほぼ絶対位置としての位置固定を行い(【0031】)、
固定局20から1m以上、移動局110が離れると、電波の強い3点の固定局20の電波を選択し3点での位置推定を行うものであり(【0032】)、
移動体動線把握装置70は、移動局110からのデータを取り込むRSSI位置データ受信部701、移動局IDごとの位置データ格納処理部703、RSSI位置データ704の記憶装置、から構成され(【0045】)、
RSSI位置データ受信部701は、移動局110に記録された位置データを、無線により取り込み(【0046】)、
移動局IDごとの位置データ格納処理部703は、RSSI位置データ受信部701で取り込んだ複数の移動局110からのデータを移動局IDごとに処理し、RSSI位置データ704として記憶装置に格納する(【0049】)、
移動経路検出システム。」

(2) 引用文献2に記載された事項の認定
ア 引用文献2に記載された事項
当審拒絶理由に引用され、本願の優先日前に発行された国際公開第2009/121738号(以下「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。翻訳文は当審によるものである。

(12頁6〜24行)



(図1には、衝突の危険性を検出するための装置2が概略的に示されている。図1からわかるように、装置2は、多数の送信ユニット4と1つの受信ユニット6と1つの基地局8とを有している。ここではWLAN送信ユニット10として構成されている送信ユニット4は、特定の領域14上に位置する各移動ユニット12によって搬送される。領域14は産業領域であり、この領域に、産業設備が配置されている。移動ユニット12は、特に領域14の車両のない場所を移動する作業者16と、例えばトラック、フォークリフト等の車両18である。作業者16によって領域14上で携行される送信ユニット4はそれぞれ、各作業者16が装着するヘルメット20に固定されている。したがって、各作業者16は、自分のヘルメット20を適切に装着することで、送信ユニット4を携行することが保証される。図1には、例えば、歩行する作業者16並びに車両18が示されている。)

(12頁30行〜13頁22行)



(送信ユニット4は、それぞれ送信信号を送信し、この送信信号は、特に、無線WLAN信号として与えられる。送信信号に変調されるのは、それぞれの送信ユニット4の識別アドレスである。識別アドレスに基づいて、特に、個々の送信ユニット4を送信信号特性に基づいて区別することが可能である。基地局8は、複数のベースポイント24を含む。ベースポイント24では、特に送信ユニット4からの送信信号が検出される。この場合、送信信号は常に、少なくとも3つのベースポイント24によって同時に検出可能であることが意図されている。これを保証するために、産業領域14には十分に多くのベースポイント24が分配されている。ベースポイント24において、送信信号が受信され、特に受信されたWLAN信号の信号強度が測定される。対応する測定信号は、ベースポイント24から無線で、基地局8に含まれる評価ユニット26に伝送される。評価ユニット26は少なくとも3つのベースポイント24からの測定信号を受信し、送信ユニット4の送信位置を決定する。さらに、送信信号の識別アドレスに関して評価が行われ、これにより対応する送信ユニット4が識別可能である。送信位置の決定は、本質的にWLAN信号強度の評価に基づいている。付加的に、評価ユニット26は、受信ユニット6の受信位置を求める。受信位置は原理的に受信ユニット6の送信位置によって与えられるので、このことは送信位置を検出する過程で自動的に行われる。)





イ 引用文献2に記載された事項の認定
上記アを総合すると、引用文献2には、次の事項が記載されているものと認められる。

<引用文献2記載事項>
「各作業者16が装着するヘルメット20に固定される送信ユニット4からの送信信号を、基地局8のベースポイント24において受信して、その信号強度を測定し、当該測定信号は、ベースポイント24から無線で、基地局8の評価ユニット26に伝送され、評価ユニット26は少なくとも3つのベースポイント24からの測定信号から送信ユニット4の送信位置を決定すること。」

(3) 引用文献3に記載された事項の認定
ア 引用文献3に記載された事項
当審拒絶理由に引用され、本願の優先日前に発行された特開2008−47994号公報(以下「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【0001】
本発明は、アンテナ及びそのアンテナを用いたアンテナシステムに関する。特に、テレビジョン信号やラジオ信号の受信、及び携帯電話や無線LAN等の双方向の情報通信のためのアンテナシステムに関する。」

「【0062】
また、本実施形態1のアンテナシステム1000は、筐体(ケース)に格納して用いることが可能である。これまでも、本発明と同様のアンテナシステムにおいても筐体に格納して用いることが可能なものもあった。しかし、従来の筐体には支柱部のような部材がなく据え置きでの利用に限られていた。これに対し、本実施形態1の筐体部500は支柱部600に連結し、筐体部500を所望の角度及び方向に固定した状態で用いることが可能である。そこで、以下、本実施形態1のアンテナシステム1000を格納する筐体部500及びこれに連結される支柱部600について説明する。」

「【0066】
次に、本実施形態1の支柱部600について説明する。図11乃至図12を参照する。図11は、支柱部600を構成する各部材を示したものである。図11で示すとおり、支柱部600は、天井等に螺合する桶状の固定台部610(天井等と螺合される固定台611、固定台611と主軸部620とを螺合するナット612、固定台を天井等に螺合する螺子613)と、その一端が固定台部610に螺合し、他端が保持部630と接合する円筒形の主軸部620と、主軸部620に接合する円筒形の保持部630(内部に可動部640の一部を保持する保持部631、保持部631と主軸部620とを螺合する螺子632)と、球体状の部材に略棒状の部材が結合する可動部640と、可動部640に連結される接合部650(螺合部502と連結される接合部651、可動部640と接合部651とを螺合するナット652、接合部650と螺合部502を螺合する螺子653)と、からなる。これらの部材を用いて組み立てて完成させた場合の支柱部を図12に示す。また、筐体部500と支柱部600とが螺合され、さらに固定台部610と天井が螺子613で螺合された場合の一例を図13に示す。」

「【0069】
以上に説明したとおり、本実施形態1の筐体部500及び支柱部600によれば、アンテナシステム1000を所望の角度及び方向に固定した状態で利用することが可能となる。筐体部500の角度及び方向の調整が可能となることで、アンテナシステム1000の広帯域性、高利得補償性を一段と向上させることが可能となる。また、天井付近部分はデッドスペースとなりがちなところ、本実施形態の筐体部500及び支柱部600によれば、このようなスペースの有効利用を図ることも可能となる。」

「【図13】



【図13】から、アンテナシステムを格納した筐体部500が、天井に取り付けられた支柱部600の端部に取り付けられる構成が読み取れる。

イ 周知技術の認定
引用文献3の上記アの摘記箇所の記載に例示されるように、次の事項は周知技術であると認める(以下「周知技術」という。)。

<周知技術>
「無線LAN等のアンテナシステムにおいて(【0001】)、当該アンテナシステムを格納した筐体部500を、天井に取り付けられた支柱部600の端部に取り付けることで(【0062】、【0066】、【図13】)、デッドスペースである天井付近部分を有効利用すること(【0069】)。」

2 対比
(1) 本願発明と引用発明の対比
本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明では、固定局20から1m以上、移動局110が離れると、電波の強い3点の固定局20の電波を選択し3点での位置推定を行うものであるから、引用発明の「固定局20」は、少なくとも3つ以上、すなわち複数設置されているといえる。
よって、引用発明の「倉庫内など」の「棚40に設置されて」いる「無線で移動体の位置を検出するための固定局20」と本願発明の「建屋内に設置され、移動体から送信された無線信号の信号強度を測定する複数の固定局」は、「建屋内に設置された複数の固定局」という点で共通する。

イ 引用発明の「移動局110」は、固定局20からの電波を受信して、RSSI(Received Signal Strength Indication:受信信号強度)などにより位置情報を検出するものであり、当該検出は「移動局110」の「処理部304」によって行われている。
よって、引用発明の「移動局110」の「処理部304」と本願発明の「前記複数の固定局で測定された前記信号強度に基づいて前記移動体の位置を推定する計算器」は、「測定された信号強度に基づいて移動体の位置を推定する計算器」という点で共通する。

ウ 引用発明の「固定局20」は、「移動局110」が受信する電波を送信しているから、本願発明の「前記移動体の頂部の、上方へ向けて電波が透過する位置に設置され、前記無線信号を送信する送信器」と、「無線信号を送信する送信器」という点で共通する。

エ 引用発明では、設置してある固定局20の半径1m以内に移動局110が入ると電波強度は異常に強い値を示し、固定局20の設置位置のXY座標により、ほぼ絶対位置としての位置固定を行うものであり、それは「移動局110」と「固定局20」の距離が1m以内となる場合があり得ることを意味する。そうすると、半径1mでの両者間の直線距離を所定距離とすれば、「移動局110」と各「固定局20」は接近した場合の距離が所定距離以下となるものであって、このことと、本願発明の「前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され、前記所定距離は、前記信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値である」ことは、[岸 智史1]「前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局に接近したときに、前記移動体との距離が所定距離以下となる位置に設置され」という点で共通する。

オ 引用発明は、倉庫内を移動する作業者などの移動体100が携帯する移動局110により、位置情報を検出して、検出した位置情報を移動局固有のIDと共に記録し、移動体動線把握装置70において、移動局110からのデータを移動局IDごとに記憶装置に格納しているものであり、移動局IDによって移動体100を特定していることからみて、移動体100が複数であることは明らかである。
よって、引用発明において「移動体100」が「倉庫内を移動する作業者など」であることは、本願発明の「前記移動体は前記建屋内で作業する2以上の複数の人又は物であり、前記複数の固定局のうち少なくとも1つは、前記移動体の頂部よりも上方に設置されており、前記建屋内の天井、壁、什器、及び設備のうちの少なくとも1つから延びる絶縁性のスペーサの端部に取り付けられている」ことと、「前記移動体は前記建屋内で作業する2以上の複数の人又は物である」という点で共通する。

カ 引用発明の「移動経路検出システム」は、移動局110の位置推定を行うものであるから、本願発明の「位置推定システム」に相当する。

(2) 一致点及び相違点
上記(1)の検討を総合すると、本願発明と引用発明の両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点において相違する。

<一致点>
建屋内に設置された複数の固定局と、
測定された信号強度に基づいて移動体の位置を推定する計算器と、
無線信号を送信する送信器と、を備え、
前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局に接近したときに、前記移動体との距離が所定距離以下となる位置に設置され、
前記移動体は前記建屋内で作業する2以上の複数の人又は物である、
位置推定システム、である点。

<相違点1>
本願発明では、「移動体から送信された無線信号の信号強度を測定する複数の固定局」と、「前記複数の固定局で測定された前記信号強度に基づいて前記移動体の位置を推定する計算器」と、「前記移動体の頂部の、上方へ向けて電波が透過する位置に設置され、前記無線信号を送信する送信器」とを備えているのに対して、引用発明では、移動局110が、固定局20からの電波を受信して、その受信信号の強度により位置情報を検出している点。

<相違点2>
本願発明では、
ア 「前記複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され」、
イ 「前記所定距離は、前記信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値であ」り、
ウ 「前記複数の固定局のうち少なくとも1つは、前記移動体の頂部よりも上方に設置されており、前記建屋内の天井、壁、什器、及び設備のうちの少なくとも1つから延びる絶縁性のスペーサの端部に取り付けられている」のに対して、
引用発明では、
エ 固定局20の半径1m以内に移動局110が入ることが可能となる位置に、固定局が設置されているものの、その位置が固定局の直下であるかどうか不明であり、
オ 上記「半径1m以内」での直線距離が、信号強度と距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのないものかどうか不明であり、
カ 固定局20のうち少なくとも1つが、前記移動体110の頂部よりも上方に、前記建屋内の天井、壁、什器、及び設備のうちの少なくとも1つから延びる絶縁性のスペーサの端部に取り付けられているかどうか、
不明な点。

3 判断
(1) 相違点1について
上記相違点1について検討する。
前記1(2)の「イ 引用文献2に記載された事項の認定」において示したとおり、引用文献2には、「各作業者16が装着するヘルメット20に固定される送信ユニット4からの送信信号を、基地局8のベースポイント24において受信して、その信号強度を測定し、当該測定信号は、ベースポイント24から無線で、基地局8の評価ユニット26に伝送され、評価ユニット26は少なくとも3つのベースポイント24からの測定信号から送信ユニット4の送信位置を決定すること」が記載されている。
ここで、引用文献2に記載された事項の「ベースポイント24」、「評価ユニット26」、「各作業者16が装着するヘルメット20に固定される送信ユニット4」は、それぞれ本願発明の「固定局」、「計算器」、「前記移動体の頂部の、上方へ向けて電波が透過する位置に設置され、前記無線信号を送信する送信器」に相当する。
そして、引用発明と引用文献2に記載された事項は、いずれも信号強度により複数の移動体の位置を検出するという同一の課題を有するものであるから、引用発明において、固定局が送信する信号を移動局が検出し、移動局において、移動体の位置推定を行う構成に代えて、引用文献2に記載された、作業者16(本願発明の「移動体」に相当)が装着するヘルメット20に固定された送信ユニット4からの送信信号を、基地局8のベースポイント24(本願発明の「固定局」に相当)で測定し、当該測定信号を基地局8の評価ユニット26(本願発明の「計算器」に相当)に伝送し、前記評価ユニット26において、前記ベースポイント24から伝送された測定信号から前記送信ユニット4の送信位置を決定する構成を適用し、上記相違点1に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(2) 相違点2について
上記相違点2について検討する。
前記1(3)の「イ 周知技術の認定」において示したとおり、「無線LAN等のアンテナシステムにおいて、当該アンテナシステムを格納した筐体部500を、天井に取り付けられた支柱部600の端部に取り付けることで、デッドスペースである天井付近部分を有効利用すること」は、本願優先日前に周知の技術である。
引用発明においても、固定局が無線のアンテナシステムを有するものであることは明らかであり、その設置箇所として、デッドスペースである天井を有効利用した方が好ましいことも明らかであるから、引用発明に前記周知技術を適用し、前記固定局を筐体部に格納し、当該筐体部を天井に取り付けられた支柱部の端部に取り付けるようにして、天井に設置することは、当業者が容易に想到し得ることである。
そして、前記固定局を天井に設置すると、「複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され」、「前記複数の固定局のうち少なくとも1つは、前記複数の移動体にとっての最も高い位置よりも上方に設置され」るという構成は当然に満たされる。
また、引用文献1の【0031】〜【0033】から、固定局20から1m以上、移動局110が離れた場合には、マルチパス(電波の反射)による外乱が入ること、すなわち、固定局20から1m以内に移動局110がある場合には、マルチパスによる外乱が入らないように設定されていることが読み取れる。
そうすると、固定局を天井に設置する場合においても、「移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離」を「信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値」に設定することは当然といえる。
さらに、アンテナをほかの部材から絶縁する必要があることは明らかであるから、前記スペーサを絶縁性のものとすることは、当業者が適宜なし得ることに過ぎない。
そうしてみると、引用発明において周知技術を適用し、上記相違点2に係る構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(3) 請求人の主張について
請求人は、令和3年8月10日付け意見書において、次の主張をしている。

(意見書3頁26〜33行)
「いずれの文献にも、上述した本願発明に固有の特徴である、『複数の固定局の各々は、前記移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離が所定距離以下となる位置に設置され』ており、かつ、その『所定距離は、前記信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値であ』る点については、開示も示唆もされていません。
本願請求項1の位置推定システムによれば、このような位置関係により、マルチパスの影響が抑制され、移動体が注目位置にいることを特に高い精度で検出できるという格別の効果が奏されます(明細書の段落0051〜0053)。」

しかしながら、上記(2)において説示したとおり、引用文献1の【0031】〜【0033】の記載から、引用発明においても、マルチパスによる外乱が入らないように設定されており、「移動体が固定局の直下にいるときに、前記移動体の頂部との距離」を「信号強度と前記距離との対応精度がマルチパスの影響によって損なわれることのない距離範囲の値」とする動機付けは十分にあったといえるから、上記構成がいずれの文献にも開示も示唆もされていないという、請求人の主張は採用できない。

(4) 小括
上記(1)〜(3)に検討したとおり、上記相違点1、2に係る本願発明の構成は、引用発明、引用文献2に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
そして、本願発明によって奏される効果は、引用発明、引用文献2に記載された事項及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものにすぎない。
したがって、本願発明は、引用発明、引用文献2に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび
以上のとおり、本願の請求項1の記載は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
また、本願発明は、引用発明、引用文献2に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について審理するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。




 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2021-09-16 
結審通知日 2021-09-21 
審決日 2021-10-07 
出願番号 P2018-559458
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (G01S)
P 1 8・ 121- WZ (G01S)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 中塚 直樹
特許庁審判官 濱本 禎広
岸 智史
発明の名称 位置推定システム及び位置推定方法  
代理人 傍島 正朗  
代理人 吉川 修一  

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