• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1385699
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-02-04 
確定日 2022-05-26 
事件の表示 特願2018−143418「窒化物半導体発光素子及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 2年 2月 6日出願公開、特開2020− 21798〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成30年7月31日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
令和元年 8月 6日付け:拒絶理由通知書
令和元年10月30日 :意見書、手続補正書の提出
令和2年 3月27日付け:拒絶理由通知書
令和2年 6月 5日 :意見書、手続補正書の提出
令和2年10月28日付け:令和2年6月5日の手続補正についての補正の却下の決定、拒絶査定
令和3年 2月 4日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和3年12月14日 :面接の実施
令和4年 2月14日 :上申書の提出

第2 令和3年2月4日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年2月4日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
(1)本件補正後の特許請求の範囲
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、次のとおり補正された(下線部は、補正箇所として、請求人が付したものである。)。
「AlGaN系の窒化物半導体が積層された中心波長が295nmから360nmの紫外光を発光する窒化物半導体発光素子であって、
50%以下のAl組成比を有するn型AlGaNによって形成された、3μm以上4μm以下の厚みを有するn型クラッド層と、
前記n型クラッド層上に設けられた、AlGaNにより形成された単一の障壁層及び該単一の障壁層を形成するAlGaNのAl組成比よりも小さいAl組成比を有するAlGaNにより形成された単一の井戸層により構成された単一の量子井戸構造を含む活性層と、
を備える窒化物半導体発光素子。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
令和元年10月30日にされた手続補正により補正された、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1は次のとおりである。
「AlGaN系の窒化物半導体が積層された中心波長が290nmから360nmの紫外光を発光する窒化物半導体発光素であって、
50%以下のAl組成比を有するn型AlGaNによって形成された、3μm以上4μm以下の厚みを有するn型クラッド層と、
前記n型クラッド層上に設けられた、AlGaNにより形成された1つの障壁層及び該1つの障壁層を形成するAlGaNのAl組成比よりも小さいAl組成比を有するAlGaNにより形成された1つの井戸層により構成された単一の量子井戸構造を含む活性層と、
を備える窒化物半導体発光素子。」

2 補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「中心波長」について、補正前の「290nmから360nm」を「295nmから360nm」と限定するものであり、補正前の請求項1に係る発明と補正後の請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、本件補正前の請求項1に記載された「障壁層」及び「井戸層」について、補正前の「1つの障壁層」及び「1つの井戸層」をそれぞれ「単一の障壁層」及び「単一の井戸層」とするものであり、特許法17条の2第5項3号の誤記の訂正を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下に検討する。
(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献及び引用発明並びに周知技術を示す文献
ア 国際公開第2012/144046号
(ア)原査定の拒絶の理由で引用された本願の出願日前に頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、国際公開第2012/144046号(以下「引用文献1」という。)には、図面とともに、次の記載がある(下線は当審が付した。以下同じ。)。
「[0037] 本発明に係る窒化物半導体紫外線発光素子(以下、適宜「本発明素子」と称する)の実施の形態につき、図面に基づいて説明する。尚、以下の説明で使用する図面では、説明の理解の容易のために、要部を強調して発明内容を模式的に示しているため、各部の寸法比は必ずしも実際の素子と同じ寸法比とはなっていない。以下、本発明素子が発光ダイオードの場合を想定して説明する。
[0038] [第1実施形態]
図2に示すように、本発明素子1は、サファイア(0001)基板2上にAlN層3とAlGaN層4を成長させた基板をテンプレート5として用い、当該テンプレート5上に、n型AlGaNからなるn型クラッド層6、活性層7、Alモル分率が活性層7より大きいp型AlGaNの電子ブロック層8、p型AlGaNのp型クラッド層9、p型GaNのp型コンタクト層10を順番に積層した積層構造を有している。n型クラッド層6より上部の活性層7、電子ブロック層8、p型クラッド層9、p型コンタクト層10の一部が、n型クラッド層6の一部表面が露出するまで反応性イオンエッチング等により除去され、n型クラッド層6上の第1領域(R1)に活性層7からp型コンタクト層10までの積層構造が形成されている。また、活性層7は、一例として、膜厚10nmのn型AlGaNのバリア層7aと膜厚3.5nmのAlGaNの井戸層7bからなる単層の量子井戸構造となっている。活性層7は、下側層と上側層にAlモル分率の大きいn型及びp型AlGaN層で挟持されるダブルヘテロジャンクション構造であれば良く、また、上記単層の量子井戸構造を多層化した多重量子井戸構造であっても良い。」
「[0045] 引き続き、基板全面にn電極12の反転パターンとなるフォトレジスト(図示せず)を形成しておき、その上に、n電極12となるTi/Al/Ti/Auの4層金属膜を、電子ビーム蒸着法等により蒸着し、当該フォトレジストをリフトオフにより除去して、当該フォトレジスト上の4層金属膜を剥離し、RTA(瞬間熱アニール)等により熱処理を加えて、図7に示すように、n型クラッド層6上にn電極12を形成する。Ti/Al/Ti/Auの4層金属膜の膜厚は、例えば、記載順に、20nm/100nm/50nm/100nmである。尚、熱処理は、接触抵抗低減の目的で行われる。熱処理温度は、n型クラッド層6のAlNモル分率に応じて、n電極12とn型クラッド層6間の接触抵抗が最も低くなるように、図1に示す関係等を考慮して設定するのが好ましい。」
「[0048] 次に、n型クラッド層6上に図3に示す平面視パターンのn電極12と反射電極13を形成した本発明素子1の実施例1及び2と、n型クラッド層6上に反射電極13と同じ平面視パターンのn電極12だけを形成した比較例1及び2に対して、発光出力P(単位:mW)の順方向電流If(単位:mA)に対する特性、及び、順方向電圧Vf(単位:V)と順方向電流Ifの電流電圧特性の各特性の測定結果を、図10〜図13に示す。尚、各サンプルのn型クラッド層6のAlモル分率は、55%(実施例1と比較例1)と20%(実施例2と比較例2)の2種類について評価した。図10と図11は、実施例1と比較例1の各測定結果を比較対照して示し、図12と図13は、実施例2と比較例2の各測定結果を比較対照して示している。各図とも、実施例1及び2の測定結果を実線または黒い四角印(■)で、比較例1及び2の測定結果を破線または白抜き丸印(○)で、夫々示している。」
「[0052] また、図14と図15に、実施例1と実施例2における発光強度LI(任意単位)の波長依存性の各特性を測定した結果を夫々示す。実施例1と実施例2では、n型クラッド層6のAlモル分率の差に応じて、活性層7の井戸層7bのAlモル分率も、夫々40%、12%と小さくなっているので、当該Alモル分率の差が、ピーク発光波長の差(実施例1:約290nm、実施例2:約339nm)となって現れている。」
「図2



(イ)上記 [0048]より、第1実施形態の実施例2における「n型クラッド層6」のAlモル分率は、20%であると認められる。

(ウ)上記 [0052]より、第1実施形態の実施例2における「ピーク発光波長」は、約339nmであると認められる。

(エ)上記(ア)〜(ウ)より、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。なお、参考までに、引用発明の認定に用いた引用文献1の記載等に係る段落番号等を括弧内に付してある。

<引用発明>
「サファイア(0001)基板2上にAlN層3とAlGaN層4を成長させた基板をテンプレート5として用い、当該テンプレート5上に、n型AlGaNからなるn型クラッド層6、活性層7、Alモル分率が活性層7より大きいp型AlGaNの電子ブロック層8、p型AlGaNのp型クラッド層9、p型GaNのp型コンタクト層10を順番に積層した積層構造を有している窒化物半導体紫外線発光素子であって、([0037]、[0038])
n型クラッド層6より上部の活性層7、電子ブロック層8、p型クラッド層9、p型コンタクト層10の一部が、n型クラッド層6の一部表面が露出するまで反応性イオンエッチング等により除去され、([0038])
n型クラッド層6上にn電極12を形成し、([0045])
活性層7は、膜厚10nmのn型AlGaNのバリア層7aと膜厚3.5nmのAlGaNの井戸層7bからなる単層の量子井戸構造となっており、([0038])
n型クラッド層6のAlモル分率は、20%であり、(上記(イ))
ピーク発光波長は、約339nmである、(上記(ウ))
窒化物半導体紫外線発光素子。」

イ 国際公開第2016/072150号
原査定の拒絶の理由で周知技術を示す文献として引用された、国際公開第2016/072150号(以下「周知文献1」という。)には、次の事項が記載されている。
「[0047] <n型コンタクト層>
n型コンタクト層8は、一般式Alx2Iny2Ga1-x2-y2N(0≦x2≦1、0≦y2≦1)で表される窒化物半導体からなる層にn型不純物がドープされた層であることが好ましく、より好ましくは一般式Alx2Ga1-x2N(0≦x2<1、好ましくは0≦x2≦0.5、より好ましくは0≦x2≦0.1)で表される窒化物半導体からなる層にn型不純物がドープされた層である。
[0048]n型コンタクト層8にドープされるn型不純物としては、Si、P、AsまたはSbなどであることが好ましく、より好ましくはSiである。このことは、後述のn型窒化物半導体層(例えばn型バッファ層11)においても言える。n型不純物の濃度は、特に限定されないが、1.2×1019/cm3以下であることが好ましい。
[0049] n型コンタクト層8の厚さをできるだけ大きくすることにより、n型コンタクト層8の抵抗を減少させることができる。しかし、n型コンタクト層8の厚さが大きくなると、ESD耐性の不良の発生又は窒化物半導体発光素子1の生産性の低下などの問題が発生する。この点に関しては後述する。」
「[0088] より好ましくは、下地層7の厚さT1は3.7μm以上7.5μm以下であり、n型コンタクト層8の厚さT2は2μm以上4.5μm以下である。」
「[0126] バッファ層が形成されたサファイア基板をMOCVD装置に入れ、サファイア基板の温度を1000℃とした。MOCVD法により、バッファ層の上面に、アンドープGaNからなる下地層を成長させ、その後、下地層の上面に、SiドープGaNからなるn型コンタクト層を成長させた。下地層の厚さT1(図1参照)は6μmであり、n型コンタクト層の厚さT2(図1参照)は3μmであった。よって、膜厚比Rは0.5であった。また、n型コンタクト層のn型ドーパント濃度は1×1019/cm3であった。」
「図1



ウ 特開2011−222728号公報
原査定の拒絶の理由で周知技術を示す文献として引用された、特開2011−222728号公報(以下「周知文献2」という。)には、次の記載がある。
「【0054】
(4)n型層形成工程
(4−1)n型AlGaN層形成工程
上記(3)第2バッファ層形成工程の終了後、炉内圧力を30kPaとし、処理炉内にキャリアガスとして窒素ガスを流量15slmおよび水素ガスを流量12slmで供給しながら、基板温度1165℃の状態で、TMGを流量100μmol/min、TMAを流量18μmol/min、アンモニアを流量250000μmol/min、TESiを流量0.013μmol/minで50分間供給することにより、第2バッファ層34上に層厚3μmのn型Al0.15Ga0.85N層よりなるn型AlGaN層16を形成した。」
「【0061】
(7−2)電極形成工程
活性化アニール処理された発光素子材料に対し、フォトリソグラフィと誘導結合型プラズマ処理装置(ICP)により、n型層のn型AlGaN層16の一部をエッチングして露出させることによりnパッド部を形成し、当該nパッド部およびp+型コンタクト層26の表面に設定されたpパッド部の各々に、ニッケル5nmおよび金5nmを積層した後、大気中において温度500℃で5分間アニールを行い、nパッド部およびpパッド部の各々にAlを蒸着してn電極およびp電極を形成することにより、発光ピーク波長が360nm帯にある発光素子を製造した。これを「発光素子2」とする。」

エ 特開平9−331116号公報
原査定の拒絶の理由で周知技術を示す文献として引用された、特開平9−331116号公報(以下「周知文献3」という。)には、次の記載がある。
「【0020】バッファ層成長後、温度を1030℃まで上昇させ、同じく原料ガスにTMGとアンモニアガス、不純物ガスにSiH4(シラン)ガスを用いて、SiドープGaNよりなるn型コンタクト層103を4μmの膜厚で成長させる。…(後略)…。」
「図1



(3)引用発明との対比
ア 本件補正発明と引用発明とを対比する。
(ア)引用発明の「窒化物半導体紫外線発光素子」は、「サファイア(0001)基板2上にAlN層3とAlGaN層4を成長させた基板をテンプレート5として用い、当該テンプレート5上に、n型AlGaNからなるn型クラッド層6、活性層7、Alモル分率が活性層7より大きいp型AlGaNの電子ブロック層8、p型AlGaNのp型クラッド層9、p型GaNのp型コンタクト層10を順番に積層した積層構造を有している」から、本件補正発明の「AlGaN系の窒化物半導体が積層された窒化物半導体発光素子」に相当する。
また、単色の半導体発光素子の発光スペクトルについて、そのスペクトルは、一つのピークと当該ピークに対して略左右対称形であることが技術常識であるから、引用発明の「ピーク波長」は、本件補正発明の「中心波長」に相当するといえ、その「ピーク発光波長」は「約339nm」であるから、本件補正発明の「295nmから360nmの紫外光」に相当するといえる。
したがって、引用発明は、本件補正発明の「AlGaN系の窒化物半導体が積層された中心波長が295nmから360nmの紫外光を発光する窒化物半導体発光素子であって」との構成を備えるといえる。

(イ)引用発明の「n型クラッド層6」は、「n型AlGaN」からなり、その「Alモル分率」は、「20%」であるところ、「Alモル分率」と「Al組成比」は同義といえるので、引用発明の「n型クラッド層6」は、本件補正発明の「n型クラッド層」に相当し、「50%以下のAl組成比を有する」との構成を備えるといえる。
したがって、引用発明は、本件補正発明の「50%以下のAl組成比を有するn型AlGaNによって形成された、3μm以上4μm以下の厚みを有するn型クラッド層」と、「50%以下のAl組成比を有するn型AlGaNによって形成された、n型クラッド層」を備える点で一致する。

(ウ)引用発明の「活性層7」は、「n型クラッド層6」に積層した層であって、「膜厚10nmのn型AlGaNのバリア層7aと膜厚3.5nmのAlGaNの井戸層7bからなる単層の量子井戸構造」を有しているところ、当該「障壁層」及び「井戸層」は、「AlGaN」の「単層」である。
また、量子井戸構造において、井戸層のバンドギャップがバリア層のバンドギャップより小さいこと、及び「AlGaN」のバンドギャップが、そのAl組成比で定まることは、技術常識である。
したがって、引用発明の「活性層7」、「バリア層7a」及び「井戸層7b」は、それぞれ本件補正発明の「活性層」、「障壁層」及び「井戸層」に相当し、引用発明は、本件補正発明の「前記n型クラッド層上に設けられた、AlGaNにより形成された単一の障壁層及び該単一の障壁層を形成するAlGaNのAl組成比よりも小さいAl組成比を有するAlGaNにより形成された単一の井戸層により構成された単一の量子井戸構造を含む活性層」を備えるといえる。

イ 以上より、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「AlGaN系の窒化物半導体が積層された中心波長が295nmから360nmの紫外光を発光する窒化物半導体発光素子であって、
50%以下のAl組成比を有するn型AlGaNによって形成された、n型クラッド層と、
前記n型クラッド層上に設けられた、AlGaNにより形成された単一の障壁層及び該単一の障壁層を形成するAlGaNのAl組成比よりも小さいAl組成比を有するAlGaNにより形成された単一の井戸層により構成された単一の量子井戸構造を含む活性層と、
を備える窒化物半導体発光素子。」

<相違点>
「n型クラッド層」について、本件補正発明では、「3μm以上4μm以下の厚みを有する」のに対して、引用発明では、その厚みは不明である点。

(4)判断
ア 上記相違点について
一般に、数値範囲の最適化・好適化は、異質な効果あるいは際だって優れた効果があるといった事情がない限り、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎないと認められるところ、本願の明細書等の記載を参酌しても、「n型クラッド層」の厚みを「3μm以上4μm以下」の数値範囲にすることに、異質な効果あるいは際だって優れた効果があるとは認められない。
また、周知文献1〜3に記載のとおり、上面電極型(n型層が露出され、当該露出面にn電極が形成されるもの)の窒化物半導体発光素子(LED)において、そのn型コンタクト層の厚さが3μm〜4μmであるものは周知であり、厚いn型コンタクト層によってn型コンタクト層の抵抗が低くなることも、周知文献1に記載のとおりである。さらに、周知文献1の「n型コンタクト層の厚さT2(図1参照)は3μmであった」([0126])、及び「より好ましくは、…(中略)…、n型コンタクト層8の厚さT2は2μm以上4.5μm以下である」([0088])との記載を併せてみると、n型コンタクト層の厚さを「3μm〜4μm」とすることは、この技術分野において、n型コンタクト層を厚くすることになるものと理解することができる。
そして、引用発明は窒化物半導体紫外線発光素子であり、そのn型クラッド層6にn電極が形成されている構成であるから、引用発明には、当該n型クラッド層6を厚く形成し、n型クラッド層6の抵抗を低くする動機があるといえる。
そうすると、引用発明の「n型クラッド層6」を、相違点に係る本件補正発明の「3μm以上4μm以下の厚みを有する」ものとして構成することは、当業者が容易になし得た事項といえる。

イ 本件補正発明の効果について
そして、本件補正発明の奏する作用効果は、引用発明及び周知文献1〜3に記載された技術的事項の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

ウ 審判請求人の主張について
審判請求人は、審判請求書にて以下のことを主張している。
(ア)引用文献1に記載の発明には、n型クラッド層の厚さとして「3μm以上4μm以下」を採用する動機づけがなく、n型クラッド層の厚さにおける無数の選択肢の中から、「3μm以上4μm以下」を採用することは、容易ではないこと。
(イ)n型クラッド層の厚さを「3μm以上4μm以下」の数値範囲としたことにより、「特定の範囲の発光波長において発光効率を向上させることができる」こと。
しかしながら、下記のとおりであるから、審判請求人の主張は、上記判断を左右するものではない。
(ア)に対して、上記アに説示のとおりである。
(イ)に対して、本願の発明の詳細な説明において、n型クラッド層の厚さについての記載は、「n型クラッド層30は、1μm〜4μm程度の厚さを有し、例えば、3μm程度の厚さを有している。」(【0018】)のみであり、技術常識を参酌しても、当該記載からは、n型クラッド層の厚さが、「3μm以上4μm以下」の数値範囲にあることによる、異質な効果あるいは際だって優れた効果を理解することはできず、その数値範囲に臨界的意義があることも理解し得ないものである。よって、上記(イ)の主張を採択することはできない。
したがって、審判請求人の主張は、上記判断を左右するものではない。

エ 令和4年2月14日提出の上申書について
上申書において、次の事項を特定する補正案を提示しているが、以下のとおりであるから、上記判断を左右するものではない。
(ア)障壁層のAl組成比がn型クラッド層のAl組成比より大きいこと
(イ)多重量子井戸構造の活性層よりも発光出力が大きく、発光効率を向上させたこと
上記(ア)について、令和元年8月6日付け拒絶理由通知書の「理由2(進歩性)請求項3、4」に指摘のとおり、上記(ア)は、紫外発光の窒化物半導体発光素子において周知な構成であり、当業者が適宜なし得た設計的な事項といえる。
上記(イ)について、上記(イ)の特定は「窒化物半導体発光素子」の構成を特定するものとは認められない。すなわち、「多重量子井戸構造の活性層よりも発光出力が大きく、発光効率を向上させた」とは、「窒化物半導体発光素子」の特性を特定するものであると認められるところ、このような特性となるための窒化物半導体発光素子の構造上の特徴は、本願の明細書等を参酌しても認められず、量子井戸構造を実施例と統一した3つの量子井戸構造、あるいは2つの量子井戸構造の比較例との対比で、実施例の単一の量子井戸構造のものが発光出力が大きいことを開示するのみである(比較例は、3つあるいは2つの量子井戸構造とした上で、発光出力を最大化させるよう量子井戸構造を最適化したわけではなく、実施例と統一しているだけである。)。そうすると、「多重量子井戸構造の活性層よりも発光出力が大きく、発光効率を向上させた」とは、「窒化物半導体発光素子」が有する特性を単に確認的に記載したに過ぎないものというべきであり、引用発明との対比において相違点とは認められないものである。

オ 結論
したがって、本件補正発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび
以上より、本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
令和3年2月4日にされた手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、令和2年6月5日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、前記第2の1(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の出願日前に頒布された刊行物である又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものを含むものである。


1.国際公開第2012/144046号
2.国際公開第2016/072150号
3.特開2011−222728号公報
4.特開平9−331116号公報

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1〜4及びその記載事項は、前記第2の2(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、上記第2の2で検討した本件補正発明から、「中心波長が290nmから360nm」とその数値範囲を広げ、「障壁層」及び「井戸層」に関する限定について、「単一の」との限定を「1つの」と実質的に同義の文言に置き換えたものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含むものに相当する本件補正発明が、前記第2の2(3)、(4)に記載したとおり、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-03-18 
結審通知日 2022-03-22 
審決日 2022-04-04 
出願番号 P2018-143418
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 瀬川 勝久
特許庁審判官 吉野 三寛
清水 督史
発明の名称 窒化物半導体発光素子及びその製造方法  
代理人 特許業務法人平田国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ