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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1386089
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-21 
確定日 2022-04-13 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6685080号発明「電子デバイス封止用シート、及び、電子デバイスパッケージの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6685080号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜5〕について訂正することを認める。 特許第6685080号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許第6685080号(請求項の数5。以下、「本件特許」という。)は、平成26年11月7日を出願日とする特許出願(特願2014−227057号、以下「本願」ともいう。)であって、令和2年4月2日に特許権の設定登録がされ、令和2年4月22日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和2年10月21日に、本件特許の請求項1〜5に係る特許に対して、特許異議申立人である麻生 陽一郎(以下、「申立人A」という。)から、同じく令和2年10月21日に、本件特許の請求項1〜5に係る特許に対して、特許異議申立人である秋山 隆(以下、「申立人B」という。)から、特許異議の申立てがなされたものである。
以降の手続の経緯は、以下のとおりである。

令和3年 2月18日付け 取消理由通知書
同年 4月12日 訂正請求書、意見書(特許権者)
同年 5月13日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
同年 6月14日 意見書(申立人A)
同年 6月14日 意見書(申立人B)
同年 9月 6日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年10月29日 訂正請求書、意見書(特許権者)
同年11月 4日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
同年12月 7日 意見書(申立人A)
なお、令和3年4月12日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなされた。
また、申立人Bからは令和3年11月4日付け通知書に対する意見書は提出されなかった。

2 証拠方法
(1)申立人Aが提出した証拠方法は、以下のとおりである。
ア 特許異議申立書に添付した証拠
・甲第1号証:特開2014−189790号公報
・甲第2号証:特開2013−14671号公報
・甲第3号証:特開2013−10940号公報
・甲第4号証:特開2003−105168号公報
・甲第5号証:特開平9−124901号公報
・甲第6号証:特開2002−275353号公報
・甲第7号証:特開2013−147589号公報

イ 令和3年12月7日に提出した意見書に添付した証拠
甲第8号証:特開2003−142636号公報
(以下、上記「甲第1号証」〜「甲第8号証」を、それぞれ「甲1A」〜「甲8A」という。)

(2)申立人Bが提出した証拠方法は、以下のとおりである。
・甲第1号証:特開2014−95063号公報
・甲第2号証:特開2003−64239号公報
・甲第3号証:特開2001−151866号公報
・甲第4号証:特開2014−189791号公報
・甲第5号証:特開2013−147589号公報
・甲第6号証:特開2008−218496号公報
・甲第7号証:特開2008−98419号公報

(以下、申立人Bによる甲第1号証〜甲第7号証を「甲1B」〜「甲7B」という。また、「甲5B」は「甲7A」と同じであるから、「甲7A」ともいう。)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和3年10月29日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜5について一群の請求項ごとに訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有」と記載されているのを、
「無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2〜5も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の「含有し、」と「最低粘度が、」との間に
「前記無機充填剤は、下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあり、
前記無機充填剤は、シリカであり、」との記載を加入するとともに、請求項1の末尾に、
「<粒度分布の測定方法>
(a)電子デバイス封止用シートをるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。」
との記載を加入する訂正を行う(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2〜5も同様に訂正する)。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に
「電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。」と記載されているのを、
「電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く)。」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2〜5も同様に訂正する)。

(4)一群の請求項
訂正前の請求項1〜5について、請求項2〜5は請求項1を直接的又は間接的に引用する関係にあり、訂正事項1〜3によって請求項2〜5の記載が、訂正される訂正前の請求項1に連動して訂正されるから、訂正前の請求項1〜5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否の検討
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有」との記載を、「無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有」と訂正するものであり、無機充填剤の含有量の範囲を減縮するものであるから、訂正事項1に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、当該訂正事項1は明細書の【0029】の記載に基づくものであるから、新規事項の追加に該当しない。さらに、特許請求の範囲を実質的に減縮するものであることは明らかであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項1に記載の「無機充填剤」を、
「前記無機充填剤は、下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあり、
前記無機充填剤は、シリカであり、」
との記載で限定するとともに、
「<粒度分布の測定方法>
(a)電子デバイス封止用シートをるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。」
との記載を加入するものである。ここで、前者の記載は明らかに無機充填剤を限定するものである。そして、後者の記載は、前者の記載における無機充填剤の粒度分布を測定するための方法を規定するものであるから、前者の記載と一体となって無機充填剤を限定するものといえる。
してみると、これらの2つの限定からなる訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載の「無機充填剤」を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、当該訂正事項2は明細書の【0027】及び【0033】の記載に基づくものであるから、新規事項の追加に該当しない。さらに、特許請求の範囲を実質的に減縮するものであることは明らかであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項1に記載の「電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。」から、さらに「電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く)。」と除く対象を追加することにより、訂正前の請求項1に対して、その特許請求の範囲を減縮して訂正後の請求項1としていることから、訂正事項3に係る訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的としている。
また、除く対象を追加していることから、新たな技術的事項の導入にはあたらないことは明らかであり、新規事項の追加に該当しない。さらに、特許請求の範囲を実質的に減縮するものであることは明らかであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 申立人Aの主張について
申立人Aは、令和3年12月7日に提出した意見書の「3.2 訂正要件」「(2)」(第3〜4頁)において、概略、本件訂正後の請求項1は、無機充填剤が粒度分布において2つのピークを有しており、それらのピークがそれぞれ特定の数値範囲内にあることを特定しているが、訂正前の特許請求の範囲では無機充填剤の粒度分布が何ら規定されていないから、本件訂正は実質上特許請求の範囲を変更する訂正であると主張している。
しかしながら、当該粒度分布の限定を加入する訂正である訂正事項2は、上記2(2)で述べたとおり訂正前の請求項1に記載の「無機充填剤」をより限定するものであるから、それにより特許請求の範囲は減縮されているのであり、特許請求の範囲が変更されているとはいえない。
したがって、申立人Aの上記主張は採用できない。

4 訂正に係る検討のまとめ
以上のとおり、本件訂正請求は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1〜5〕について訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、本件特許の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1〜5に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明5」といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。また、本件特許の明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、
メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられており、
無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有し、
前記無機充填剤は、下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあり、
前記無機充填剤は、シリカであり、
最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であることを特徴とする電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く)。
【化1】


(一般式(II)中、Rは置換基を有してもよい炭化水素骨格、R1は水素原子、メチル基、又はエチル基を表し、mは1〜4、nは2以上の整数を表す。)
<粒度分布の測定方法>
(a)電子デバイス封止用シートをるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。
【請求項2】
50℃での引張貯蔵弾性率をX、最低粘度をYとしたとき、比X/Yが、15〜100の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項3】
前記無機充填剤は、前記シランカップリング剤で予め表面処理されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項4】
前記無機充填剤は、前記無機充填剤100重量部に対して0.5〜2重量部の前記シランカップリング剤により予め表面処理されていることを特徴とする請求項3に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1に記載の電子デバイス封止用シートを準備する工程と、
被着体上に配置された1又は複数の電子デバイスを覆うように前記電子デバイス封止用シートを積層する積層工程と、
前記電子デバイス封止用シートを硬化させて封止体を形成する封止体形成工程と
を含むことを特徴とする電子デバイスパッケージの製造方法。」

第4 取消理由通知で示した取消理由、特許異議申立理由及び特許異議申立人が意見書において主張した新たな取消理由の概要
1 当審が通知した取消理由の概要
(1)当審が令和3年2月18日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

ア 取消理由1−1(甲1Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Aに記載された発明及び甲4A〜7Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

イ 取消理由1−2(甲7Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲7Aに記載された発明及び甲4A〜6Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

ウ 取消理由1−3(甲2Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Aに記載された発明及び甲4A〜7Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

エ 取消理由1−4(甲1Bを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Bに記載された発明及び甲4A〜7Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)当審が令和3年9月6日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

ア 取消理由2(明確性
令和3年4月12日に提出された訂正請求により訂正された特許請求の範囲の請求項1〜5の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

請求項1〜5に係る発明は、「無機充填剤」について「無機充填剤の平均粒径が、0.1〜15μmの範囲であり」と特定しているが、この「平均粒径」が明確に定義されていないので、その「平均粒径」によって特定される「無機充填剤」は明確であるとはいえない。

イ 取消理由3−1(甲1Aを主引用例とする進歩性
令和3年4月12日に提出された訂正請求により訂正された請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Aに記載された発明及び甲4A〜7A、1B、7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

ウ 取消理由3−2(甲7Aを主引用例とする進歩性
令和3年4月12日に提出された訂正請求により訂正された請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲7Aに記載された発明及び甲4A〜6A、1B、7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

エ 取消理由3−3(甲2Aを主引用例とする進歩性
令和3年4月12日に提出された訂正請求により訂正された請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Aに記載された発明及び甲4A〜7A、1B、7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

オ 取消理由3−4(甲1Bを主引用例とする進歩性
令和3年4月12日に提出された訂正請求により訂正された請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Bに記載された発明及び甲4A〜7Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 特許異議申立理由の概要
(1)申立人Aが特許異議申立書でした申立ての理由の概要は、以下に示すとおりである。
ア 申立理由1A(甲1Aを主引用例とする新規性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Aに記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

イ 申立理由2A(甲1Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Aに記載された発明及び甲3A〜6Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

ウ 申立理由3A(甲2Aを主引用例とする新規性
本件訂正前の請求項1、2、5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Aに記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

エ 申立理由4A(甲2Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Aに記載された発明及び甲3A〜6Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

オ 申立理由5A(甲7Aを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲7Aに記載された発明及び甲2A〜6Aに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

カ 申立理由6A(明確性
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜5の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

請求項1には「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内である」との記載があるが、上記最低粘度は通常使用される技術用語でなくその定義が明らかでないうえ、一般に粘度が温度や測定条件に依存するという技術常識に鑑みて、当該記載は明確でない。

キ 申立理由7A(サポート要件)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜5の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

請求項1〜5に係る発明は、「低粘度であり、無機充填剤を高充填することが可能な電子デバイス封止用シートを提供する」ことをその課題とするところ、本件明細書の【0023】の記載によれば、熱硬化性樹脂とシランカップリング剤が非反応であるが故に粘度の上昇が抑制されるものであるが、本件明細書の実施例では特定の熱硬化性樹脂とシランカップリング剤の組み合わせにより課題が解決されることが開示されるのみである。そして、請求項1〜5に係る発明は、エポキシ樹脂とフェノール樹脂がメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物と非反応でない場合をも包含し、そのような場合には上記課題を解決できない。
また、請求項1〜5に係る発明は、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内である」ことを特定しているところ、明細書において具体的に開示されているのは最低粘度が、12,300〜700,000Pa・sである場合のみであり、組成物の粘度及び無機充填剤の充填性はその構成成分に強く依存するという技術常識に照らして、請求項1〜5に係る発明の最低粘度の数値の範囲内であれば課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例または説明が記載されていない。
また、請求項2〜5に係る発明は、引張貯蔵弾性率を規定しているところ、組成物の引張貯蔵弾性率はその構成成分に依存することが技術常識であるから、発明の詳細な説明に開示された記載を請求項2〜5に係る発明の範囲にまで拡張ないし一般化できるとはいえない。

(2)申立人Bが特許異議申立書でした申立ての理由の概要は、以下に示すとおりである。
ア 申立理由1B(甲1Bを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Bに記載された発明及び甲5B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本件訂正前の請求項3〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1Bに記載された発明及び甲4B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

イ 申立理由2B(甲2Bを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Bに記載された発明及び甲5B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本件訂正前の請求項3〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲2Bに記載された発明及び甲4B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

ウ 申立理由3B(甲3Bを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜2に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲3Bに記載された発明及び甲5B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
本件訂正前の請求項3〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲3Bに記載された発明及び甲4B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

エ 申立理由4B(甲4Bを主引用例とする進歩性
本件訂正前の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲4Bに記載された発明及び甲5B〜7Bに記載された事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 特許異議申立人が意見書において主張した、本件訂正により生じた新たな取消理由
申立人Aが令和3年12月7日提出の意見書で主張した、本件訂正により生じた新たな取消理由の概要は、以下に示すとおりである。

ア 新たな取消理由(実施可能要件
本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、下記の点で、当業者が本件発明1〜5の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、請求項1〜5に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件発明1は、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であること」、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」を発明特定事項とする。
本件明細書の実施例では、「ガラス転移温度:−35℃」の熱可塑性樹脂を使用していることから硬化物のガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高い。また、最低粘度が上記範囲の下限に近い場合にガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高く、本件明細書では最低粘度が12,300〜400,000の場合についてしか実施例が無い。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても、どのようにすれば硬化物のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除くことができるのかが明らかでない。

第5 当審の判断
当審は、取消理由1−1〜1−4、2、3−1〜3−4、申立理由1A〜7A、1B〜4Bのいずれの理由によっても、本件発明1〜5に係る特許を取り消すことができないと判断する。理由は以下のとおりである。

1 取消理由について
(1)取消理由1−1〜1−4、3−1〜3−4及び申立理由1A〜5A、1Bについて
申立理由1A〜5A、1Bは、甲1A、2A、7A又は1Bを主引用例とする新規性進歩性欠如の理由であり、主引用例が同じ取消理由1−1〜1−4、3−1〜3−4と対比・判断において共通するものであるので、以下において、併せて判断する。

ア 各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載された発明
(ア)甲1Aの記載事項及び甲1Aに記載された発明
甲1Aにおいて、特許請求の範囲には特定の物性及び組成を有する電子デバイス封止用樹脂シートについて記載され、【0037】〜【0038】にはフィラーが無機充填材であること及びフィラーの平均粒径について記載され、【0087】には、実施例で使用された成分の詳細について記載され、【0088】には、【表1】に記載の配合比により、配合し、混練し、樹脂シートにすることが記載されている。
さらに、甲1Aの請求項1には「電子デバイス封止用樹脂シート」とすることが記載されているから、実施例1で作製された樹脂シートは、「電子デバイス封止用」といえる。
以上のことから、甲1Aの実施例1に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「新日鐵化学(株)製のYSLV−80XY(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキン当量200g/eq.軟化点80℃)であるエポキシ樹脂3.4重量部、明和化成社製のMEH−7851−SS(ビフェニルアラルキル骨格を有するフェノール樹脂、水酸基当量203g/eq.軟化点67℃)であるフェノール樹脂3.6重量部、三菱レイヨン社製メタブレンC−132E(MBS樹脂、平均粒径120μm)である熱可塑性樹脂2.3重量部、電気化学工業社製のFB−9454FC(溶融球状シリカ、平均粒子径20μm)であるフィラー87.9重量部、信越化学社製のKBM−403(3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)であるシランカップリング剤0.5重量部、三菱化学社製の#20であるカーボンブラック0.1重量部、伏見製薬所製のFP−100(ホスファゼン化合物)である難燃剤1.8重量部、四国化成工業社製の2PHZ−PW(2−フェニル−4,5−ジヒドロキシメチルイミダゾール)である硬化促進剤1を0.4重量部配合し、ロール混練機により60〜120℃、10分間、減圧条件下(0.01kg/cm2)で溶融混練し、混練物を調製し、次いで、得られた混練物を、平板プレス法により、シート状に形成して作製した、厚さ200μmの樹脂シートであって、該樹脂シート中のフィラー含有量が80体積%であり、保存前の最低溶融粘度が6000Pa・sであり、保存後の最低溶融粘度が7200Pa・sである電子デバイス封止用樹脂シート。」(以下、「甲1A発明1」という。)

さらに、甲1Aの実施例5に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「新日鐵化学(株)製のYSLV−80XY(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキン当量200g/eq.軟化点80℃)であるエポキシ樹脂3.4重量部、明和化成社製のMEH−7851−SS(ビフェニルアラルキル骨格を有するフェノール樹脂、水酸基当量203g/eq.軟化点67℃)であるフェノール樹脂3.6重量部、三菱レイヨン社製メタブレンC−132E(MBS樹脂、平均粒径120μm)である熱可塑性樹脂2.3重量部、電気化学工業社製のFB−9454FC(溶融球状シリカ、平均一次粒子径20μm)を信越化学社製のKBM−403(3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)で処理したもの(FB−9454FC 87.9重量部に対して、KBM−403 0.5重量部の割合で処理)であるシランカップリング剤処理フィラー88.4重量部、三菱化学社製の#20であるカーボンブラック0.1重量部、伏見製薬所製のFP−100(ホスファゼン化合物)である難燃剤1.8重量部、四国化成工業社製の2PHZ−PW(2−フェニル−4,5−ジヒドロキシメチルイミダゾール)である硬化促進剤1を0.4重量部配合し、ロール混練機により60〜120℃、10分間、減圧条件下(0.01kg/cm2)で溶融混練し、混練物を調製し、次いで、得られた混練物を、平板プレス法により、シート状に形成して作製した、厚さ200μmの樹脂シートであって、該樹脂シート中のフィラー含有量が81体積%であり、保存前の最低溶融粘度が7000Pa・sであり、保存後の最低溶融粘度が8000Pa・sである電子デバイス封止用樹脂シート。」(以下、「甲1A発明2」という。)

(イ)甲2Aの記載事項及び甲2Aに記載された発明
甲2Aにおいて、特許請求の範囲には特定の組成の樹脂組成物シートについて記載され、【0141】〜【0154】には絶縁性無機フィラーが第1から第3の絶縁性無機フィラー群を含むこと、樹脂組成物シートから抽出して得られる絶縁性無機フィラーの粒子径分布は第1から第3の絶縁性無機フィラー群に対応する少なくとも3つのピークを有することについて記載され、【0215】、【0217】には、それぞれ、実施例として、ワニス状樹脂組成物、樹脂組成物シートの製造について記載され、【0218】、【表1】には、絶縁性無機フィラーの含有率が記載され、【表1】、【表2】には、得られたシートの物性が記載されている。
以上のことから、甲2Aの実施例1には、以下の発明が記載されているといえる。

「ポリプロピレン製の1L蓋付き容器中に、第1のアルミナとして粒子径D50が18μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA18)を66.72g(74.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第2のアルミナとして粒子径D50が3μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA3)を12.62g(14.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第3のアルミナとして粒子径D50が0.4μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA04)を10.82g(12.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、を秤量し、シランカップリング剤として3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業株式会社製、KBM403)を0.096g、溶剤として2−ブタノン(和光純薬株式会社製)を17.34g、シクロヘキサノン(和光純薬株式会社製)を3.32g、フェノール樹脂(一般式(I)で表される構造単位を有するノボラック樹脂)を4.91g加えて攪拌し、更にビフェニル骨格を有する2官能エポキシ樹脂(住友化学株式会社製、TM38)を7.597g、硬化触媒(北興化学工業株式会社製、TPP)を0.101g加え、直径5mmのジルコニア製ボールを500g投入し、ボールミル架台上で100rpmで48時間攪拌した後、アルミナ製ボールを濾別し、得られた、ワニス状の樹脂組成物1を、バーコーターを用いて、PETフィルム(帝人デュポンフィルム社製、A53)上に塗布し、100℃で20分間乾燥を行ない、乾燥後の膜厚は50μmである樹脂組成物シートを向かい合わせに2枚載置し、ロールラミネーターを用い、110℃、0.3MPa、送り速度0.3m/minにて積層し、得た平均厚さ100μmの樹脂組成物シート(Bステージシート)であって、総アルミナの含有率が73vol%であり、絶縁破壊電圧の最低値が5.6kV、熱伝導率が8.6W/mKであるシート。」(以下、「甲2A発明」という。)

(ウ)甲4Aの記載事項
甲4Aにおいて、特許請求の範囲には(メタ)アクリロキシ基含有シラン化合物を含む特定の組成を有する半導体封止用樹脂組成物について記載され、【0080】〜【0081】には当該樹脂組成物にシリカ粉末を配合すること及びその好ましい平均粒径について記載され、【0139】には実施例の樹脂組成物の無機質充填材として球状溶融シリカ粉末(平均粒径0.56μm)が記載されている。

(エ)甲5Aの記載事項
甲5Aにおいて、特許請求の範囲には不飽和二重結合含有のシランカップリング剤を含む特定の組成を有する半導体封止用エポキシ樹脂組成物について記載され、【0012】には無機充填材として球状シリカ粉末を用いること及びその粒度分布はブロードであることが望ましいことが記載され、【0016】及び【0018】には実施例に用いる球状シリカの平均粒径が15μmであることが記載されている。

(オ)甲6Aの記載事項
甲6Aにおいて、特許請求の範囲には式(I)

で示されるシランカップリング剤を含む特定の組成を有する半導体封止用エポキシ樹脂組成物について記載され、請求項4及び【0019】には無機充填材の平均粒径について記載され、【0018】には無機充填材の例として非晶性シリカ、結晶性シリカが記載されている。

(カ)甲7Aの記載事項及び甲7Aに記載された発明
甲7Aにおいて、特許請求の範囲には特定の物性及び組成を有する電子部品封止用樹脂組成物シートが記載され、【0019】〜【0020】には無機質充填剤の例としてシリカ粉末を用いること及びその好ましい平均粒径が記載され、【0058】には実施例として「後記の表1〜表3に示す割合で各成分を分散混合し、二軸混練機により120℃で2分間溶融混練後、Tダイから厚み1mmで押出した。これを平板熱プレスにより100℃でプレスすることで所望の厚みのシートを得た」と記載され、【0044】〜【0055】には、実施例で使用した材料の詳細が記載され、表1〜3には、各成分の割合が記載され、【0063】には、得られたシートで電子部品の封止を行うことが記載されている。
以上のことから、甲7Aの実施例4に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「下記の構造式に示されるビスフェノールF型結晶性エポキシ樹脂であるエポキシ樹脂c

を4.1重量部、ビフェニルアラルキル型フェノール樹脂(明和化成社製、MEH−7851SS)であるフェノール樹脂bを4.2重量部、スチレン−イソブチレン−スチレン骨格からなるトリブロック共重合体であるエラストマーbを3.6重量部、2−フェニル−4,5−ジヒドロキシメチルイミダゾールである硬化促進剤0.1重量部、平均粒径20μmの球状溶融シリカである無機質充填剤bを88重量部を分散混合し、二軸混練機により120℃で2分間溶融混練後、Tダイから厚み1mmで押出し、これを平板熱プレスにより100℃でプレスすることで得られた厚み100μmの電子部品封止用シートであって、最低粘度が800Pa・sであるシート」(以下、「甲7A発明」という。)

(キ)甲8Aの記載事項
甲8Aは、申立人が令和3年12月7日提出の意見書において、本件訂正に対応して新たに提示した証拠であり、当該意見書では特に【0009】〜【0012】、【0020】、【0023】、実施例2、図4に言及されている。そして、本決定において後述する引用箇所も含めて、甲8Aには以下の事項が記載されている。
「【請求項1】 樹脂成分及び該樹脂成分に含有されるフィラー粒子を含んで成る封止用樹脂において、前記フィラー粒子が複数の異なったフィラー分布のピークを有することを特徴とする封止用樹脂。
・・・
【請求項9】 請求項1乃至8のいずれかに記載の封止用樹脂を含有することを特徴とする半導体封止用樹脂組成物。
【請求項10】 組成物中に含まれる封止用樹脂の充填率が70〜90重量%の範囲である請求項9に記載の半導体封止用樹脂組成物。
【請求項11】 請求項8又は9に記載の封止用樹脂組成物を半導体パッケージに充填したことを特徴とする樹脂封止型半導体。
【請求項12】 請求項1乃至8のいずれかに記載の封止用樹脂とともに半導体素子及びその機能部を一括して樹脂封止したことを特徴とするシステムインパッケージ。」
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は上記の事情に鑑みなされたものであり、樹脂成形で封止するための異なった空隙(隙間)、特に成形時の溶融樹脂が流通可能な幅が異なる複数の空隙へ充填性の良いフィラー分布を持つ封止用樹脂を供給することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は、樹脂成分及び該樹脂成分に含有されるフィラー粒子を含んで成る封止用樹脂において、前記フィラー粒子が複数の異なったフィラー分布のピークを有することを特徴とする封止用樹脂である。
【0007】以下本発明を詳細に説明する。半導体パッケージのように容器の内部空間を、フィラー粒子を分散させた封止用樹脂で封止しながら樹脂成形する際には、樹脂として熱可塑性樹脂を使用し、この熱可塑性樹脂を加熱し溶融するとともに、該溶融樹脂中に粒状のフィラー粒子を分散させる。そしてこの溶融樹脂を前記容器中に供給すると容器の内部空間の形状に対して溶融樹脂が進入し前記空間内に充填され、その後冷却されることにより溶融樹脂が硬化して充填が完了する。
【0008】しかしながら通常の容器内空間は単純な形状ではなく、通路等が組み合わされた複雑な形状の内部構造を有している。本発明の封止用樹脂を使用すると、未充填部やボイドを形成することなく、このような複雑な形状を有する容器等の内部空間を充填することができる。つまり本発明の封止用樹脂は、樹脂成形中のフィラー粒子が複数の異なったフィラー分布のピークを有し、例えば2個のピークを有する場合には、比較的大径のフィラー粒子と比較的小径のフィラー粒子が樹脂成分中に存在する。樹脂成形時には、通常は熱可塑性樹脂である樹脂成分は、溶融状態にあり、大きな自由度で容器内の通路内等を進行できる。一方フィラー粒子は固体であり殆ど又は全く変形できないため、通路等の幅より大径の粒子であるフィラー粒子が存在すると、前記通路等の封止用樹脂による充填が良好に行えないことがある」
「【0017】本実施形態では、封止用樹脂11は、溶融樹脂12とその中に分散された多数のフィラー粒子13を有し、例えば半導体パッケージのような容器中の内部空間を「X」で示す方向に向けて流れている。・・・このように複数の独立したフィラー分布を持つフィラー粒子13を含む封止用樹脂11を用いることで狭い隙間(A)及び広い隙間(B)のいずれにも充填不良を招くことなく充填を完了することが可能になる。
【0018】図2aは、本発明の封止用樹脂を使用して半導体パッケージ内の内部空間を充填する第2実施態様を示す平面図、図2bは、図2aのA−A線縦断面図である。図2a及び2bに示すように、本実施形態の封止用樹脂21は、半導体パッケージの樹脂注入ゲート口22から注入され、半導体パッケージ内が充填されていく。」
「【図2】



(ク)甲1Bの記載事項及び甲1Bに記載された発明
甲1Bにおいて、特許請求の範囲には特定の物性及び組成を有する封止用エポキシ樹脂無機複合シートについて記載され、請求項3及び【0039】〜【0040】には無機充填材の平均粒径について記載され、【0074】には、実施例として【表1】に示す配合成分(質量%)をメチルエチルケトンに溶解、分散させ、樹脂ワニスを調整すること、【0075】には、この樹脂ワニスを、ポリエチレンテレフタレートフィルムの片面に塗布して、乾燥炉にて10分間加熱乾燥し、半硬化状態の封止用エポキシ樹脂無機複合シートを作成すること、【0076】には硬化物を作成しガラス転移温度を測定したこと、【表1】には配合成分の詳細及びガラス転移温度が記載されている。
以上のことから、甲1Bの実施例2に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「ビスフェノールA型エポキシ樹脂であるエポキシ樹脂A(DIC株式会社製、エピクロン840S、エポキシ当量190)を8.0質量%、ポリアルキレングリコールジグリシジルエーテルであるエポキシ樹脂D(東都化成株式会社製、PG−207、エポキシ当量318)を6.0質量%、ノボラック型フェノール樹脂である硬化剤A(明和化成株式会社製、DL−75、水酸基当量105)を3.0質量%、球状溶融シリカ(アドマテックス株式会社製:SO−25H、平均粒径0.5μm)である無機充填材Aを11質量%、球状溶融シリカ(電気化学工業株式会社製:FB1SDX、平均粒径1μm)である無機充填材Bを70質量%、2−エチル−4−メチルイミダゾールである硬化促進剤A(四国化成株式会社製、2E4MZ)を1.0質量%、メルカプトシラン系カップリング剤であるカップリング剤(信越化学工業株式会社製、KBM803)を1.0質量%をメチルエチルケトンに溶解、分散させ、樹脂ワニスを調整した後、ポリエチレンテレフタレートフィルムの片面に塗布して、乾燥炉にて10分間加熱乾燥し、半硬化状態とした、封止用エポキシ樹脂無機複合シートであって、封止用エポキシ樹脂無機複合シートを複数枚重ね、18μm厚の銅箔を両側に配置し、真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧成形した硬化物のガラス転移温度が45℃である、封止用エポキシ樹脂無機複合シート。」(以下、「甲1B発明1」という。)

さらに、甲1Bの実施例3に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「ビスフェノールA型エポキシ樹脂であるエポキシ樹脂B(三菱化学株式会社製、エピコート1001、エポキシ当量500)7.0質量%、ポリアルキレングリコールジグリシジルエーテルであるエポキシ樹脂D(東都化成株式会社製、PG−207、エポキシ当量318)を3.0質量%、アリル化フェノールノボラックである硬化剤B(明和化成株式会社製、MEH8000H、水酸基当量141)を2.0質量%、球状溶融シリカ(アドマテックス株式会社製:SO−25H、平均粒径0.5μm)である無機充填材Aを14質量%、球状溶融シリカ(電気化学工業株式会社製:FB1SDX、平均粒径1μm)である無機充填材Bを73質量%、イミダゾールを核とするマイクロカプセルである硬化促進剤B(旭化成工業株式会社製、ノバキュアHX3088)を0.5質量%、メルカプトシラン系カップリング剤であるカップリング剤(信越化学工業株式会社製、KBM803)を0.5質量%をメチルエチルケトンに溶解、分散させ、樹脂ワニスを調整した後、ポリエチレンテレフタレートフィルムの片面に塗布して、乾燥炉にて10分間加熱乾燥し、半硬化状態とした、封止用エポキシ樹脂無機複合シートであって、封止用エポキシ樹脂無機複合シートを複数枚重ね、18μm厚の銅箔を両側に配置し、真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧成形した硬化物のガラス転移温度が40℃である、封止用エポキシ樹脂無機複合シート。」(以下、「甲1B発明2」という。)

(ケ)甲7Bの記載事項
甲7Bにおいて、特許請求の範囲には特定の物性及び組成を有する封止フィルムについて記載され、【0039】には無機フィラーの平均粒径について記載され、【0065】〜【0066】、【0069】には、実施例として平均粒径8.0μmや3.9μmのシリカフィラーをそれぞれ体積分率で69%含む封止フィルムが記載されている。

イ 対比・判断
(ア)甲1Aを主引用例とする新規性進歩性の検討
a 本件発明1と甲1A発明1、甲1発明2との対比・判断
(a)対比
本件発明1と、甲1A発明1、甲1A発明2のそれぞれをまとめて対比する。
甲1A発明1〜2における「新日鐵化学(株)製のYSLV−80XY(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキン当量200g/eq.軟化点80℃)であるエポキシ樹脂」、「明和化成社製のMEH−7851−SS(ビフェニルアラルキル骨格を有するフェノール樹脂、水酸基当量203g/eq.軟化点67℃)であるフェノール樹脂」は、それぞれ本件発明1の「エポキシ樹脂」、「フェノール樹脂」に相当し、「電気化学工業社製のFB−9454FC(溶融球状シリカ、平均粒子径20μm)であるフィラー」は、本件発明1の「シリカ」である「無機充填剤」に相当し、甲1A発明1ではそれを80体積%、甲1A発明2では81体積%含有するから、本件発明1における「無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有」なる条件を満足するといえる。
また、甲1A発明1〜2には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲1A発明1〜2は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点1A−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲1A発明1〜2では、「3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン」を用いている点。

相違点1A−2:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲1A発明1〜2では、粒度分布が不明である点。
ここで、当該相違点に係る本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」とは、本件発明1の
「<粒度分布の測定方法>
(a)電子デバイス封止用シートをるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。」
の事項を指す。(他の引用発明との対比においても同様であるので、この<粒度分布の測定方法>についての記載はこれ以降の対比において省略する。)

相違点1A−3:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲1A発明1〜2では、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点1A−4:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲1A発明1〜2では、当該場合を除くものに該当するか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点1A−2について、まず当該相違点に係る本件発明1の構成について確認し、次いで主引用例である甲1Aの記載に基づいて検討し、その後、他の甲号証の記載に基づいて検討することとする。

i 本件発明1の構成について
まず、相違点1A−2に係る本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成について、当該構成が3つ以上のピークを有する場合も包含するのか否かを、本件明細書の記載に基づいて確認する。無機充填剤の粒径分布について説明する【0033】では、もっぱらピークが2つである記載のみがあり、3つ以上のピークの存在を許容する記載は見当たらない。そして、【0033】における「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあることが好ましい。前記2つのピークが前記数値範囲内にあると、無機充填剤の含有量をさらに多くすることが可能となる。」の記載を踏まえると、本件発明1では高密度な充填のための粒度分布としてピークの数だけでなく大径側と小径側の2つのピークの数値範囲まで特定したものであるから、その粒度分布を実質的に変えてしまうような余計なピークがさらに存在してもよいと解することは合理的でない。よって、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成は、3つ以上のピークを有する場合を包含しないものと解釈される。
以下、この認定にしたがって相違点1A−2についての判断を行う。

ii 甲1Aの記載の検討
甲1A発明1〜2では、無機充填剤について平均粒径が20μmであることは特定されているものの、平均粒径の値のみからでは、粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するものとはいえないから、この点は実質的な相違点である。
そして、甲1Aにおける無機充填剤に関する記載をみるに、【0038】に「フィラーの平均粒径は、好ましくは1μm以上、より好ましくは5μm以上である。1μm以上であると、樹脂シートの可撓性、柔軟性を得易い。フィラーの平均粒径は、好ましくは40μm以下、より好ましくは30μm以下である。40μm以下であると、フィラーを高充填率化し易い。」との記載はあるものの、当該記載はあくまで平均粒径に言及するのみであって、粒度分布が特定の2つのピークを有することは記載も示唆もされていない。
したがって、甲1発明及び甲1に記載された事項に基づいて、当業者が相違点1A−2に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たとはいえない。

iii 甲2A、4A〜7A、1B、7Bの記載の検討
相違点1A−2に関して、これらの甲号証の記載を順次確認する。
甲2Aには樹脂組成物シートに用いる絶縁性無機フィラーについて、
「【0141】
・・・
絶縁性無機フィラーが高密度に充填されて高い熱伝導性を示し、電気絶縁性を高める観点からは、重量累積粒度分布の小粒径側からの累積50%に対応する粒子径D50が7μm〜25μmである第1の絶縁性無機フィラー群、前記粒子径D50が1μm以上7μm未満である第2の絶縁性無機フィラー群、及び、前記粒子径D50が1μm未満である第3の絶縁性無機フィラー群の少なくとも3種の絶縁性無機フィラーを含むことが好適である。
【0142】
第1から第3の絶縁性無機フィラー群を含有する樹脂組成物シートから、絶縁性無機フィラーを抽出したとき、得られる絶縁性無機フィラーの粒子径分布は、第1から第3の絶縁性無機フィラー群にそれぞれ対応する少なくとも3つのピークを有する。また、それぞれのピークのピーク面積は、それぞれの絶縁性無機フィラーの含有率に応じたものとなっている。」
との記載がある。この記載からみて、甲2Aには、樹脂組成物シートにおける絶縁性無機フィラーを高密度に充填するために、絶縁性無機フィラーの粒子径分布が、少なくとも3つのピークを有し、それらのピークが3種類の所定の粒子径D50のフィラー群に対応することが記載されているとはいえるものの、あくまで少なくとも3つのピークを必須とするものであり、上記相違点に係る本件発明1の構成のように、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

次に、甲4Aには、半導体封止用樹脂組成物に配合するシリカ粉末について、
「【0081】シリカ粉末については、球状溶融シリカ粉末が特に好ましく用いられ平均粒径0.01〜60μmの範囲のものが好ましく、より好ましくは0.1〜15μmの範囲のものである。」
と記載され、【0122】〜【0142】の実施例では、樹脂組成物の無機質充填材として球状溶融シリカ粉末(平均粒径0.56μm)のみが用いた例が記載されているに過ぎず、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

また、甲5Aには、半導体封止用エポキシ樹脂組成物に用いられる無機充填材について、
「【0012】本発明で用いられる無機充填材としては、溶融シリカ粉末、球状シリカ粉末、結晶シリカ粉末、2次凝集シリカ粉末、アルミナ等が挙げられ、特に封止樹脂組成物の流動性の向上という観点から球状シリカ粉末が望ましい。球状シリカ粉末の形状は、流動性改善のために粒子自体の形状は限りなく真球状であることが望ましく、更に粒度分布がブロードであるることが望ましい。」
と記載され、粒度分布についてはブロードが望ましいとの記載はあるものの、分布がブロード(すなわちピークの形状が幅広)であることは、2つのピークを有するか否かとは直接関係するものではない。そして、甲5の実施例において「球状シリカ(平均粒径15μm)」
が記載されているものの(【0016】、【0018】)、特定の2つのピークを有する粒径分布が記載されているとはいえない。

また、甲6Aには、半導体封止用エポキシ樹脂組成物に用いる無機充填材について、
「【請求項4】無機充填材(C)の平均粒径が5〜30μmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の半導体封止用エポキシ樹脂組成物。」
「【0019】無機充填材(C)の配合量としては、通常、樹脂組成物中70重量%以上であり、低吸湿性、成形性の点から、80〜95重量%が特に好ましい。さらに、流動性、成形時のバリの低減、取り扱い易さに優れる点から、平均粒径が5〜30μm、比表面積が2.5〜5.0m2/gであることが好ましい。」
と記載されているにすぎず、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

また、甲7Aには、電子部品封止用樹脂組成物シートにおける無機質充填剤について
「【0019】
〔無機質充填剤〕
また、上記エポキシ樹脂およびフェノール樹脂とともに用いられる無機質充填剤としては、・・・高充填性および高流動性の観点から、溶融シリカ粉末を用いることが、より好ましい。
【0020】
上記溶融シリカ粉末としては、球状溶融シリカ粉末、破砕溶融シリカ粉末等があげられるが、流動性の観点から、球状溶融シリカ粉末を用いることが特に好ましい。なかでも、平均粒径が0.1〜30μmの範囲のものを用いることが好ましく、0.3〜15μmの範囲のものを用いることが殊に好ましい。なお、上記平均粒径は、例えば、母集団から任意に抽出される試料を用い、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置を用いて測定することにより導き出すことができる。」
と記載され、【0042】〜【0067】の実施例では、平均粒径0.5μmの合成シリカ又は平均粒径20μmの球状溶融シリカのいずれかが単独で使用された例しか記載されておらず、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

また、甲1Bには、封止用エポキシ樹脂無機複合シートにおける無機充填材について、
「【請求項3】
前記無機充填材の平均粒径が0.5〜5μmの範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載の封止用エポキシ樹脂無機複合シート。」
「【0039】
また、本発明で用いられる無機充填材の粒径は、平均粒径が0.5〜5μm、好ましくは0.5〜3μmの範囲である。
【0040】
無機充填材の平均粒径をこの範囲とすることにより、流動性及び、ビア形成時のレーザー加工プロセスにおける作業性を良好なものとすることができる。なお、ここで平均粒径は、市販のレーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて、レーザー回折・散乱法による粒度分布の測定値から、累積分布によるメディアン径(d50、体積基準)として求めることができる。」
と記載され、【0074】〜【0086】の実施例では平均粒径0.5μmの球状溶融シリカと平均粒径1μmの球状溶融シリカを併用して配合したものが記載されている(表1)ものの、当該記載から特定の2つのピークを有する粒径分布、特に粒径の大きい側のピークが3〜30μmの範囲内にあることは、何ら記載されていない。なお、表1の参考例1は、平均粒径0.5μmの球状溶融シリカと平均粒径9μmの球状溶融シリカを併用して配合した例であるが、【0081】に「無機充填材の平均粒径が大き過ぎる場合、参考例1のようにレーザー加工性が劣るようになる。」と記載されているとおり、甲1Bにおいて所望の効果が得られないことを確認するための対比例にすぎず、無機充填材を高充填することを示すものではないから、別の発明と組み合わせることは何ら動機づけられるものでない。

また、甲7Bには、封止フィルムにおける無機フィラーについて、
「【0039】
無機フィラーの平均粒径は、フィルムの流動性と表面平滑性の点から0.1μm以上20μm以下が好ましい。さらに好ましくは0.3μm以上10μm以下である。平均粒径の下限が、0.1μm未満であるとフィラーの比表面積が大きくなり、その表面効果により流動性が低下する場合がある。一方、平均粒径が20μmを超えるとフィルムの平滑性が低下する場合がある。本発明においては、フィラーの粒度分布を測定し、その粒度分布において累積重量が50%となる粒子径を平均粒径とする。フィラーの粒度分布は、例えば、レーザー回折式粒度分布測定装置(日機装製マイクロトラック)を用いて測定することができる。」
と記載され、【0064】〜【0083】の実施例では、平均粒径8.0μmや3.9μmのシリカフィラーを含む封止フィルムが記載されているにとどまり、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

以上のとおりであるから、上記各甲号証のいずれの記載をみても、甲1A発明1又は2において、相違点1A−2に係る本件発明1の構成を採用することが動機づけられるとはいえない。

iv 特許異議申立人の主張について
相違点1A−2に関連する令和3年12月7日提出の意見書における申立人Aの主張についても検討する。
申立人Aは、当該意見書の第5〜6頁において、甲2Aの【0138】、【0141】、【0143】、表1及び【0239】の記載を挙げるとともに、新たに「甲8号証」(すなわち甲8A)を引用してその【0009】〜【0012】、【0020】、【0023】、実施例2、図4の記載を挙げ、
「上記甲2Aと甲8の記載から明らかなように、電気絶縁性やフィラーの充填性の向上のために本件粒度分布の程度の無機充填剤(シリカ)を高充填率で用いることは、電子デバイス封止用樹脂シートの分野において、当業者に周知の技術事項である。」
と主張している。
しかしながら、当該主張は以下に示すとおり、採用することができない。
まず、甲2Aについては、上記「iii」で既に述べたとおり、あくまで少なくとも3つのピークを必須とするものであり、上記相違点に係る本件発明1の構成のように、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。
次に、甲8Aの記載を検討するに、甲8Aの請求項1に「・・・複数の異なったフィラー分布のピークを有することを特徴とする封止用樹脂」が記載され、解決しようとする課題は「樹脂成形で封止するための異なった空隙(隙間)、特に成形時の溶融樹脂が流通可能な幅が異なる複数の空隙へ充填性の良いフィラー分布を持つ封止用樹脂を供給する」ことであり(【0005】)、封止用樹脂の詳細な説明として、「半導体パッケージのように容器の内部空間を、フィラー粒子を分散させた封止用樹脂で封止しながら樹脂成形する際には、樹脂として熱可塑性樹脂を使用し、この熱可塑性樹脂を加熱し溶融するとともに、該溶融樹脂中に粒状のフィラー粒子を分散させる。そしてこの溶融樹脂を前記容器中に供給すると容器の内部空間の形状に対して溶融樹脂が進入し前記空間内に充填され、その後冷却されることにより溶融樹脂が硬化して充填が完了する。」と記載されており(【0007】)、具体的な実施態様としても樹脂を溶融して注入する態様が記載されている(【0017】〜【0018】、図2)。
すなわち、甲8Aに記載されている封止用樹脂は、樹脂が熱可塑性樹脂であり、封止の際には溶融させて液状の状態とし、冷却によって硬化することを前提とするものであって、容器の内部空間を隙間無く充填するために、複数の異なったフィラー分布のピークを有するという構成を採用したといえる。
しかしながら、甲1A発明1〜2である電子デバイス封止用樹脂シートは、熱可塑性樹脂でなく熱硬化性であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を用いるものであり、溶融して液状とするものではなくシートの形態で熱硬化して使用するものであるから、甲8Aに記載の封止用樹脂は、甲1A発明1〜2の電子デバイス封止用樹脂シートとは半導体を封止する際の実施形態が異なり、技術分野が大きく異なるものといえる。
そうすると、「甲8の記載から明らかなように」「電子デバイス封止用樹脂シートの分野において、当業者に周知の技術事項である」との上記主張は採用することはできず、甲1A発明1〜2における無機充填剤に対して、技術分野の異なる甲8Aに記載された技術事項を適用することを動機づけることはできない。

v 結論
よって、本件発明1は、相違点1A−1、1A−3及び1A−4について検討するまでもなく、甲1Aに記載された発明ではなく、また、甲1A発明1又は甲1A発明2と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲1A発明1、甲1A発明2との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲1Aに記載された発明ではなく、また、甲1Aに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(イ)甲7Aを主引用例とする進歩性の検討
a 本件発明1と甲7A発明との対比・判断
(a)対比
本件発明1と甲7A発明を対比する。
甲7A発明における「下記の構造式に示されるビスフェノールF型結晶性エポキシ樹脂であるエポキシ樹脂c

」、「ビフェニルアラルキル型フェノール樹脂(明和化成社製、MEH−7851SS)であるフェノール樹脂b」は、それぞれ本件発明1における「エポキシ樹脂」、「フェノール樹脂」に相当し、甲7A発明における「平均粒径20μmの球状溶融シリカである無機質充填剤b」は、本件発明1における「シリカ」である「無機充填剤」に相当し、また、その含有量について、甲7A発明では、エポキシ樹脂を4.1重量部、フェノール樹脂を4.2重量部、エラストマーを3.6重量部、硬化促進剤を0.1重量部、無機質充填剤を88重量部配合されるから、無機質充填剤である球状溶融シリカは、シート中に88重量%配合されていると算出される。
また、甲7A発明における「電子部品封止用シート」は、本件発明1における「電子デバイス封止用シート」に相当する。
さらに、甲7A発明には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲7A発明は、下記の点で一致し、下記の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点7A−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲7A発明では、シランカップリング剤を用いていない点。

相違点7A−2:無機充填剤の含有量について、本件発明1では、「75〜86体積%の範囲内」であるのに対し、甲7A発明では、88重量%である点。

相違点7A−3:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲7A発明では、粒度分布が不明である点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点7A−4:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲7A発明では「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点7A−5:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲7A発明では、当該場合を除くか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点7A−3について検討する。
まず、相違点7A−3は、相違点1A−2と同様の相違点であるところ、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成の解釈については、上記「a(b)i」のとおりである。
次に、甲7A発明では、無機充填剤について平均粒径が20μmであることは特定されているものの、平均粒径の値のみからでは、粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するとはいえない。
そして、上記「a(b)iii」、「a(b)iv」での検討結果と同様に、甲2A、4A〜8A、1B、7Bのいずれの記載をみても、甲7A発明において、相違点7A−3に係る本件発明1の構成を採用することが動機づけられるとはいえない。
よって、本件発明1は、相違点7A−1、7A−2、7A−4、7A−5について検討するまでもなく、甲7A発明と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲7A発明との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲7Aに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(ウ)甲2Aを主引用例とする新規性進歩性の検討
a 本件発明1と甲2A発明との対比・判断
(a)対比
本件発明1と甲2A発明を対比する。
甲2A発明における「フェニル骨格を有する2官能エポキシ樹脂(住友化学株式会社製、TM38)」、「フェノール樹脂(一般式(I)で表される構造単位を有するノボラック樹脂)」は、それぞれ本件発明1における「エポキシ樹脂」、「フェノール樹脂」に相当し、甲2A発明における「第1のアルミナとして粒子径D50が18μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA18)を66.72g(74.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第2のアルミナとして粒子径D50が3μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA3)を12.62g(14.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第3のアルミナとして粒子径D50が0.4μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA04)を10.82g(12.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))」は、いずれも「アルミナ」である。ここで、本件明細書の【0027】には、「無機充填剤」としてアルミナが挙げられているから、甲2A発明における「アルミナ」は、本件発明1における「無機充填剤」と、「無機充填剤」である限りにおいて、一致する。
また、甲2A発明には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲2A発明は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を含有する、シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、前記エポキシ樹脂としてポリアルキレングリコールジグリシジルエーテルを含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点2A−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲2A発明では、「3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン」を用いている点。

相違点2A−2: 本件発明1では、「無機充填剤を75〜86体積%含有」するのに対し、甲2A発明では、「総アルミナの含有率が73vol%」である点。

相違点2A−3:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」り、「シリカ」であるのに対し、甲2A発明では、「第1のアルミナとして粒子径D50が18μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA18)を66.72g(74.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第2のアルミナとして粒子径D50が3μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA3)を12.62g(14.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と、第3のアルミナとして粒子径D50が0.4μmである絶縁性無機フィラー(住友化学株式会社製、スミコランダムAA04)を10.82g(12.0%(対絶縁性無機フィラー総質量))と」を含有する点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点2A−4:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲2A発明では、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点2A−5:本件発明1では、「電子デバイス封止用シート」であるのに対し、甲2A発明では、「シート」である点。

相違点2A−6:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲2A発明では、当該場合を除くか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点2A−3について検討する。
まず、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成の解釈については、上記「a(b)i」のとおりである。
次に、甲2A発明の絶縁性無機フィラーについて、甲2Aの【0141】〜【0142】の記載にしたがうと、粒子径D50が18μmの第1のアルミナが第1の絶縁性無機フィラー群、粒子径D50が3μmの第2のアルミナが第2の絶縁性無機フィラー群、粒子径D50が0.4μmの第3のアルミナが第3の絶縁性無機フィラー群であり、樹脂組成物シートから絶縁性無機フィラーを抽出して得られる絶縁性無機フィラーの粒子径分布は、これらのフィラー群のD50に対応する3つのピークを有するといえる。
してみると、甲2A発明は、無機充填剤の粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するものでないから、この点は実質的な相違点である。
そして、甲2Aでは請求項5〜6、【0141】〜【0142】に記載されているように、絶縁性無機フィラーが第1〜第3の3つの絶縁性無機フィラー群を有し、それに対応する3つのピークを有することが記載されているにとどまり、ピークの数を2つとすることは記載も示唆もされていない。
また、上記「a(b)iii」でも述べたとおり、甲4A〜6A、1B、7Bのいずれにも、樹脂組成物シートにおいて、無機充填剤の粒度分布が特定の2つのピークを有することを動機づけるような記載はない。
さらに、申立人Aは、令和3年12月7日提出の意見書の第12頁「3.5」の「(4)」において、上記「a(b)iv」で述べたものと同様の主張している。しかしながら、甲2Aは熱硬化性であるエポキシ樹脂及びフェノール樹脂を用いるものでありシートの形態で熱硬化して使用するものであるから、上記「a(b)iv」における検討と同様、甲8Aに記載の封止用樹脂は、甲2A発明である樹脂組成物シートとは技術分野が大きく異なるものであり、甲2A発明における絶縁性無機フィラーに関して、使用の形態が全く異なり、技術分野の異なる甲8Aの記載を参酌することを動機づけることはできない。

よって、本件発明1は、相違点2A−1、2A−2、2A−4〜2A−6について検討するまでもなく、甲2Aに記載された発明ではなく、また、甲2A発明と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲2A発明との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲2Aに記載された発明ではなく、また、甲2Aに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(エ)甲1Bを主引用例とする進歩性の検討
a 本件発明1と甲1B発明1、甲1B発明2との対比・判断
(a)対比
本件発明1と甲1B発明1、甲1B発明2をそれぞれまとめて対比する。
甲1B発明1における「ノボラック型フェノール樹脂」、甲1B発明2における「アリル化フェノール樹脂」は、フェノール樹脂の一種であるから、本件発明1における「フェノール樹脂」に相当する。
また、甲1B発明1〜2における無機充填剤A及びBは、球状溶融シリカであり、本件発明1における「シリカ」に相当する。なお、甲1B発明1における無機充填剤A及びBの含有量は合計81質量%であり、甲1B発明2では合計87質量%である。
さらに、甲1B発明1〜2の用途は、封止用であるが、甲1Bの【0002】には、「従来より、電子部品や半導体装置を構成する半導体チップや基板等の部材を電気絶縁性を有する封止材で封止することが行われている」と記載されているから、前提として、電子デバイスの封止に用いるものであるといえる。してみると、甲1B発明1〜2における「封止用エポキシ樹脂無機複合シート」は、本件発明1における「電子デバイス封止用シート」に相当する。
また、甲1B発明1〜2には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲1B発明1〜2は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点1B−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲1B発明1〜2では、「メルカプトシラン系カップリング剤」を用いている点。

相違点1B−2:無機充填剤の含有量について、本件発明1では、「75〜86体積%の範囲内」であるのに対し、甲1B発明1〜2では、81質量%又は87質量%である点。

相違点1B−3:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲1B発明1〜2では、粒度分布が不明である点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点1B−4:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲1B発明1〜2では、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点1B−5:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲1B発明1〜2では、「封止用エポキシ樹脂無機複合シートを複数枚重ね、18μm厚の銅箔を両側に配置し、真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧成形した硬化物のガラス転移温度」が「45℃」又は「40℃」である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点1B−5について検討する。
まず、当該相違点におけるガラス転移温度の規定対象である硬化物については、甲1B発明1〜2の「封止用エポキシ樹脂無機複合シートを複数枚重ね、18μm厚の銅箔を両側に配置し、真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧成形した」という硬化条件は、本件発明1の「硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧」と同等の条件といえる。そうすると、本件発明1の「硬化物・・・のガラス転移温度」と甲1B発明1〜2の「硬化物のガラス転移温度」とは、直接比較可能な物性値である。
そして、本件発明1では「ガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のであるから、甲1B発明1〜2の「45℃」又は「40℃」という「ガラス転移温度」は、まさに本件発明1の除く場合に該当するものである。
そして、甲1Bでは請求項1において「封止用エポキシ樹脂無機複合シートの硬化物のガラス転移温度が50℃未満であり」と記載され、【0013】〜【0014】においても課題を解決するための手段として同様の記載があり、さらに実施例及び比較例において唯一ガラス転移温度が50℃以上であった比較例1は、「ガラス転移温度が非常に高い値を示し、反りが大きく発生した。」(【0081】〜【0082】)と記載されている。
そうすると、甲1Bでは、封止用エポキシ樹脂無機複合シートについて、「硬化物のガラス転移温度が50℃未満」との事項が課題の解決手段として必須のものとされており、「ガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」という相違点1B−5に係る本件発明1の構成はその必須の事項を欠くものであるから、上記「ア」で挙げた他の甲号証の記載をみるまでもなく、甲1B発明1〜2において当該構成を採用しようとすることは全く動機づけられるものでない。
よって、本件発明1は、相違点1B−1〜1B−4について検討するまでもなく、甲1B発明1又は甲1B発明2と上記各甲号証に記載された事項を組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲1B発明1、甲1B発明2との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲1Bに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

ウ 小括
以上のとおりであるので、取消理由1−1〜1−4、3−1〜3−4及び申立理由1A〜5A、1Bは理由がない。

(2)取消理由2について
取消理由2は、令和3年4月12日にされた訂正請求により訂正された訂正特許請求の範囲について、上記「第4 1(2)」で述べたとおり、特許請求の範囲の請求項1〜5の記載は、概略、「無機充填剤」について「無機充填剤の平均粒径が、0.1〜15μmの範囲であり」と特定しているが、この「平均粒径」が明確に定義されていないので、その「平均粒径」によって特定される「無機充填剤」は明確であるとはいえない、というものである。

この点に関し、本件訂正により、特許請求の範囲の請求項1〜5の記載は、「平均粒径」との記載を含まないものとなったので、上述の明確性に関する取消理由は解消された。

よって、取消理由2は理由がない。

2 当審が通知しなかった申立理由について
申立理由1A〜5A、1Bについては取消理由1−1〜1−4、3−1〜3−4と併せて既に上記1(1)で検討済みであるので、ここでは申立理由6A、7A、2B〜4Bについて検討する。

(1)申立理由6Aについて
ア 申立人Aの主張する明確性要件についての理由
申立人Aの主張する明確性要件についての理由の概要は以下のとおりである。

請求項1には「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内である」との記載があるが、上記最低粘度は通常使用される技術用語でなくその定義が明らかでないうえ、一般に粘度が温度や測定条件に依存するという技術常識に鑑みて、当該記載は明確でない。
(申立人Aの特許異議申立書の第35頁「エ 記載不備の理由」「(ア)」)

イ 特許法第36条第6項第2号について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
以下、この観点に立って検討する。

ウ 本件明細書の記載
本件明細書の発明の詳細な説明の【0079】には以下の記載がある。
「(封止用シートの最低粘度の測定)
実施例及び比較例で作製した封止用シートの最低粘度を、レオメーター(HAAKE社製、MARS III)を用いて、パラレルプレート法により測定した。より詳細には、ギャップ1mm、パラレルプレート直径8mm、回転速度5s−1、歪み0.05%、昇温速度10℃/分の条件にて、50℃から130℃の範囲で粘度を測定し、その際の粘度の最低値を最低粘度とした。」

エ 判断
本件発明で規定される「電子デバイス封止用シート」の「最低粘度」について、特許請求の範囲には具体的な定義や測定方法は記載されていないものの、明細書の【0079】には、当該最低粘度の測定方法が具体的な条件とともに記載されているから、当該記載を参酌することにより、当該最低粘度が一定の方法で測定される明確な物性値であるといえる。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載が、「最低粘度」の数値範囲の規定によって第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

オ 小括
以上のとおりであるから、申立理由6Aは理由がない。

(2)申立理由7Aについて
ア 申立人Aの主張するサポート要件についての理由
申立人Aの主張するサポート要件についての理由の概要は以下のとおりである。

本件特許の請求項1〜5に係る発明は、「低粘度であり、無機充填剤を高充填することが可能な電子デバイス封止用シートを提供する」ことをその課題とするところ、本件明細書の【0023】の記載によれば、熱硬化性樹脂とシランカップリング剤が非反応であるが故に粘度の上昇が抑制されるものであるが、本件明細書の実施例では特定の熱硬化性樹脂とシランカップリング剤の組み合わせにより課題が解決されることが開示されるのみである。そして、請求項1〜5に係る発明は、エポキシ樹脂とフェノール樹脂がメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物と非反応でない場合をも包含し、当該場合には上記課題を解決できない。
また、本件特許の請求項1〜5に係る発明は、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内である」ことを特定しているところ、明細書において具体的に開示されているのは最低粘度が、12,300〜700,000Pa・sである場合のみであり、最低粘度が12,300Pa・s未満となるような熱硬化性樹脂とシランカップリング剤の組み合わせにおいて、本件発明の課題を解決できることが開示されていない。
また、本件特許の請求項2〜5に係る発明は、引張貯蔵弾性率を規定しているところ、組成物の引張貯蔵弾性率はその構成成分に依存することが技術常識であるから、発明の詳細な説明に開示された記載を請求項2〜5に係る発明の範囲にまで拡張ないし一般化できるとはいえない。
(申立人Aの特許異議申立書の第35〜37頁「エ 記載不備の理由」「(イ)」)

イ サポート要件の考え方
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

ウ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。
「【0004】
上記パッケージの製造方法としては、被着体上に配置された1又は複数の電子デバイスを覆うように封止用シートを積層し、その後、封止用シートを熱硬化させる方法が挙げられる。このようにして製造されるパッケージには、封止用シートの樹脂と電子デバイスとの熱膨張係数の差に起因して熱硬化時等にパッケージが反るという問題がある。
【0005】
パッケージの反りを抑制する方法としては、例えば、封止用シート中の無機充填剤の含有量を多くする方法が考えられる。これにより、封止用シートの熱膨張係数を電子デバイスに近づけることができる。
【0006】
しかしながら、封止用シート中の無機充填剤の含有量を多くするほど、封止用シートの粘度が大きくなるため、一定量以上含有させることはできないといった問題がある。
【0007】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、低粘度であり、無機充填剤を高充填することが可能な電子デバイス封止用シートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者等は、下記の構成を採用することにより、前記の課題を解決できることを見出して本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明に係る電子デバイス封止用シートは、
メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられており、
無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有し、
最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であることを特徴とする。
【0010】
前記構成によれば、熱硬化性樹脂と非反応なメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられている。従って、熱硬化性樹脂との反応による粘度の上昇を抑制することができる。また、熱硬化性樹脂との反応による粘度の上昇を抑制することができるため、無機充填剤の含有量を多くすることができる。
また、無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有するため、熱膨張係数を電子デバイスに近づけることができる。その結果、パッケージの反りを抑制することができる。さらに、無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有するため、吸水率を低くすることができる。また、最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であり、粘度上昇が抑制されている。その結果、当該電子デバイス封止用シートを用いて製造される電子デバイスパッケージの信頼性を向上させることができる。
【0011】
前記構成において、50℃での引張貯蔵弾性率をX、最低粘度をYとしたとき、比X/Yが、15〜100の範囲であることが好ましい。
【0012】
本発明者らは、実験結果などに基づいて鋭意検討を行った結果、前記比X/Yを15以上とすれば、シートとしてのハンドリング性と成型時の部品への追従性が両立でき、歩留り良く成型を行うことができることを見出した。一方、前記比X/Yを100以下とすればシートが硬すぎないため、成型時のシート割れや欠けを防止することができることを見出した。」
「【0023】
封止用シート11は、メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられている。熱硬化性樹脂と非反応なメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられているため、熱硬化性樹脂との反応による粘度の上昇を抑制することができる。
【0024】
本明細書において、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられている」とは、
(1)シランカップリング剤としてのメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物で予め表面処理された無機充填剤を含有する場合、及び、
(2)メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物をシランカップリング剤として封止用シート11中に含有する場合、を含む。
【0025】
前記シランカップリング剤としては、メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有しており、無機充填剤の表面処理をすることが可能なものであれば特に限定されない。前記シランカップリング剤の具体例としては、3−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、メタクリロキシオクチルトリメトキシシラン、メタクリロキシオクチルトリエトキシシランを挙げることができる。なかでも、反応性とコストの観点から、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランが好ましい。
【0026】
封止用シート11は、無機充填剤を含有する。
【0027】
前記無機充填剤は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種充填剤を用いることができ、例えば、石英ガラス、タルク、シリカ(溶融シリカや結晶性シリカなど)、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化珪素、窒化ホウ素の粉末が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。なかでも、線膨張係数を良好に低減できるという理由から、シリカ、アルミナが好ましく、シリカがより好ましい。
【0028】
シリカとしては、シリカ粉末が好ましく、溶融シリカ粉末がより好ましい。溶融シリカ粉末としては、球状溶融シリカ粉末、破砕溶融シリカ粉末が挙げられるが、流動性という観点から、球状溶融シリカ粉末が好ましい。
【0029】
封止用シート11は、無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有する。上記含有量は、75体積%以上が好ましく、78体積%以上がより好ましい。無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有するため、熱膨張係数をSAWチップ13に近づけることができる。その結果、パッケージの反りを抑制することができる。さらに、無機充填剤を69〜86体積%の範囲内で含有するため、吸水率を低くすることができる。
・・・
【0033】
封止用シート11に含有される前記無機充填剤は、レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有していることが好ましい。このような無機充填剤は、例えば、平均粒径の異なる2種類の無機充填剤を混合することにより得ることができる。
粒度分布において2つのピークを有する無機充填剤を用いると、無機充填剤を高密度で充填することができる。その結果、無機充填剤の含有量をより多くすることが可能となる。
前記2つのピークは、特に限定されないが、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあることが好ましい。前記2つのピークが前記数値範囲内にあると、無機充填剤の含有量をさらに多くすることが可能となる。
上記粒度分布は、具体的には、以下の方法により得られる。
(a)封止用シート11をるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。
なお、封止用シート11の組成として無機充填剤以外は有機成分であり、上記の強熱処理により実質的に全ての有機成分が焼失することから、得られる灰分を無機充填剤とみなして測定を行う。なお、平均粒径の算出も粒度分布と同時に行うことができる。」
「【0038】
封止用シート11は、最低粘度Yが、10〜1000000Pa・sの範囲内であり、5000〜800000Pa・sの範囲内であることが好ましく、10000〜700000Pa・sの範囲内であることがより好ましい。封止用シート11の最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であるため、粘度上昇が抑制されている。
【0039】
封止用シート11は、50℃での引張貯蔵弾性率をX、最低粘度をYとしたとき、比X/Yが、15〜100(1/s)の範囲であることが好ましく、20〜80(1/s)の範囲内であることがより好ましく、30〜60(1/s)の範囲内であることがさらに好ましい。前記比X/Yを15以上とすれば、シートとしてのハンドリング性と成型時の部品への追従性が両立でき、歩留り良く成型を行うことができる。一方、前記比X/Yを100以下とすれば、シートが硬すぎないため、成型時のシート割れや欠けを防止することができる。」
「【0041】
封止用シート11は、エポキシ樹脂、及びフェノール樹脂を含むことが好ましい。これにより、良好な熱硬化性が得られる。
【0042】
エポキシ樹脂としては、特に限定されるものではない。例えば、トリフェニルメタン型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、変性ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、変性ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂などの各種のエポキシ樹脂を用いることができる。これらエポキシ樹脂は単独で用いてもよいし2種以上併用してもよい。
【0043】
エポキシ樹脂の硬化後の靭性及びエポキシ樹脂の反応性を確保する観点からは、エポキシ当量150〜250、軟化点もしくは融点が50〜130℃の常温で固形のものが好ましく、なかでも、成型性および信頼性の観点から、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂などがより好ましい。
【0044】
フェノール樹脂は、エポキシ樹脂との間で硬化反応を生起するものであれば特に限定されるものではない。例えば、フェノールノボラック樹脂、フェノールアラルキル樹脂、ビフェニルアラルキル樹脂、ジシクロペンタジエン型フェノール樹脂、クレゾールノボラック樹脂、レゾール樹脂などが用いられる。これらフェノール樹脂は単独で用いてもよいし、2種以上併用してもよい。
【0045】
フェノール樹脂としては、エポキシ樹脂との反応性の観点から、水酸基当量が70〜250、軟化点が50〜110℃のものを用いることが好ましく、なかでも硬化反応性が高く安価であるという観点から、フェノールノボラック樹脂を好適に用いることができる。また、信頼性の観点から、フェノールアラルキル樹脂やビフェニルアラルキル樹脂のような低吸湿性のものも好適に用いることができる。
【0046】
エポキシ樹脂とフェノール樹脂の配合割合は、硬化反応性という観点から、エポキシ樹脂中のエポキシ基1当量に対して、フェノール樹脂中の水酸基の合計が0.7〜1.5当量となるように配合することが好ましく、より好ましくは0.9〜1.2当量である。
【0047】
封止用シート11中のエポキシ樹脂及びフェノール樹脂の合計含有量の下限は、5.0重量%以上が好ましく、7.0重量%以上がより好ましい。5.0重量%以上であると、電子デバイス、基板などに対する接着力が良好に得られる。一方、上記合計含有量の上限は、25重量%以下が好ましく、20重量%以下がより好ましい。25重量%以下であると、封止用シートの吸湿性を低減させることができる。」
「【0065】
[中空パッケージの製造方法]
以下では、封止用シート11でSAWチップを中空封止する場合について説明する。
図2A〜図2Cはそれぞれ、本発明の一実施形態に係る中空パッケージの製造方法の一工程を模式的に示す図である。中空封止方法としては特に限定されず、従来公知の方法で封止できる。例えば、被着体上の電子デバイスを覆うように未硬化の封止用シート11を基板上に中空構造を維持しながら積層(載置)し、次いで封止用シート11を硬化させて封止する方法などが挙げられる。被着体としては特に限定されず、例えば、プリント配線基板、セラミック基板、シリコン基板、金属基板等が挙げられる。本実施形態では、プリント配線基板12上に搭載されたSAWチップ13を封止用シート11により中空封止して中空パッケージを作製する。なお、SAWチップ13とは、SAW(Surface Acoustic Wave)フィルタを有するチップである。
【0066】
(SAWチップ搭載基板準備工程)
・・・
【0067】
(積層工程)
積層工程では、SAWチップ13を覆うようにプリント配線基板12へ封止用シート11を積層し、SAWチップ13を封止用シート11で樹脂封止する(図2B参照)。封止用シート11は、SAWチップ13及びそれに付随する要素を外部環境から保護するための封止樹脂として機能する。
・・・
【0069】
(封止体形成工程)
封止体形成工程では、封止用シート11を熱硬化処理して封止体15を形成する(図2B参照)。
・・・
【0072】
上述した実施形態では、電子デバイス封止用シート11が、被着体と電子デバイスとの間に中空部を残しつつ電子デバイスを封止することが可能な中空封止用シートである場合について説明した。しかしながら、本発明における電子デバイス封止用シートは、電子デバイスを封止できるものであれば特に限定されない。例えば、被着体と電子デバイスとの間に中空部を残さない態様で電子デバイスを封止するものであってもよい。」
「【実施例】
【0074】
以下に、この発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている材料や配合量などは、特に限定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0075】
実施例で使用した成分について説明する。
エポキシ樹脂:新日鐵化学(株)製のYSLV−80XY(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキン当量200g/eq.、軟化点80℃)
フェノール樹脂:群栄化学製のLVR8210DL(ノボラック型フェノール樹脂、水酸基当量104g/eq.、軟化点60℃)
熱可塑性樹脂:根上工業社製のHME−2006M(カルボキシル基含有のアクリル酸エステル共重合体、重量平均分子量:約60万、ガラス転移温度(Tg):−35℃)
無機充填剤A:電気化学工業社製のFB−5SDC(平均粒径5μm)を3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学社製の製品名:KBM−503)で表面処理したもの。無機充填剤Aの100重量部に対して1重量部のシランカップリング剤で表面処理。
無機充填剤B:アドマテックス社製のSO−25R(平均粒径0.5μm)を3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学社製の製品名:KBM−503)で表面処理したもの。無機充填剤Bの100重量部に対して1重量部のシランカップリング剤で表面処理。
無機充填剤C:電気化学工業社製のFB−5SDC(平均粒径5μm、表面処理ナシ)
無機充填剤D:アドマテックス社製のSO−25R(平均粒径0.5μm表面処理ナシ)
シランカップリング剤:3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学社製の製品名:KBM−503)
カーボンブラック:三菱化学社製の#20
硬化促進剤:四国化成工業社製の2PHZ−PW(2−フェニル−4,5−ジヒドロキシメチルイミダゾール)
【0076】
[実施例、及び、比較例]
表1に記載の配合比に従い、各成分を溶剤としてのメチルエチルケトンに溶解、分散させ、濃度90重量%のワニスを得た。このワニスを、シリコーン離型処理した厚さが38μmのポリエチレンテレフタレートフィルムからなる離型処理フィルム上に塗布した後、110℃で5分間乾燥させた。これにより、厚さ65μmのシートを得た。このシートを4層積層させて厚さ260μmの中空封止用封止用シートを作製した。
【0077】
【表1】

【0078】
(封止用シートの50℃での引張貯蔵弾性率)
実施例及び比較例で作製した封止用シートの50℃での引張貯蔵弾性率Xを、粘弾性測定装置(レオメトリックス社製:形式:RSA−II)を用いて測定した。具体的には、作製した封止用シートを切断してサンプルサイズを長さ30mm×幅5mmとし、測定試料をフィルム引っ張り測定用治具にセットし、−20℃〜100℃の温度域で周波数1Hz、歪み0.01%、昇温速度10℃/minの条件下で測定した。結果を表2に示す。
【0079】
(封止用シートの最低粘度の測定)
実施例及び比較例で作製した封止用シートの最低粘度を、レオメーター(HAAKE社製、MARS III)を用いて、パラレルプレート法により測定した。より詳細には、ギャップ1mm、パラレルプレート直径8mm、回転速度5s−1、歪み0.05%、昇温速度10℃/分の条件にて、50℃から130℃の範囲で粘度を測定し、その際の粘度の最低値を最低粘度とした。結果を表2に示す。
なお、表2は、比X/Yも合わせて示した。
【0080】
(封止用シートの可とう性、及び、タック性評価)
粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント社製のRSA−3)に25mmφ(直径25mm)のプレートを2枚装着した。2枚のプレートのうち下側のプレートに実施例及び比較例の封止用シートを両面テープで固定した後、25℃雰囲気下において上側のプレート(プローブ)を下降させることにより100gの荷重で上側のプレートを封止用シートに押し当てた。その後、上側のプレートを上昇させることにより上側のプレートを封止用シートから引き剥がすために必要な荷重を測定した。荷重が5g以上の場合を○、5g未満の場合を×として評価した。結果を表2に示す。
【0081】
(硬化後の反り量の評価)
実施例及び比較例の封止用シートの硬化後の反り量を以下のようにして測定した。
100mm×100mmサイズ、厚み0.2mmのアルミナ基板に対し、同サイズ、同厚みの封止用シートを0.5kgf/cm2の圧力で100℃30秒間圧着した。その後、150℃1時間オーブンで硬化後、室温に放冷した際の最大反り量をノギスで計測した。具体的には、封止用シートが上面になるように平坦な台の上に置き、台面から一番遠い部分までの厚さとして測定した。次に、得られた測定厚みからアルミナ基板の厚み:0.2mmと封止用シートの厚み:0.2mmとを差し引いた値を反り量とし、反り量2mm未満の場合を○、2mm以上の場合を×として評価した。結果を表2に示す。
【0082】
(パッケージ中空部への樹脂進入性評価)
アルミニウム櫛形電極が形成された以下の仕様のSAWチップを下記ボンディング条件にてセラミック基板に実装したSAWチップ実装基板を作製した。SAWチップとセラミック基板との間のギャップ幅は、15μmであった。
【0083】
<SAWチップ>
チップサイズ:1.2mm角(厚さ150μm)
バンプ材質:Au(高さ15μm)
バンプ数:6バンプ
チップ数:100個(10個×10個)
【0084】
<ボンディング条件>
装置:パナソニック電工(株)製
ボンディング条件:200℃、3N、1sec、超音波出力2W
【0085】
得られたSAWチップ実装基板上に、以下に示す加熱加圧条件下、各封止用シートを真空プレスにより貼付けた。
【0086】
<貼り付け条件>
温度:60℃
加圧力:4MPa
真空度:1.6kPa
プレス時間:1分
【0087】
大気圧に開放した後、熱風乾燥機中、150℃、1時間の条件で封止用シートを熱硬化させ、封止体を得た。得られた封止体の基板、封止樹脂界面を劈開し、KEYENCE社製、商品名「デジタルマイクロスコープ」(200倍)により、SAWチップとセラミック基板との間の中空部への樹脂の進入量を測定した。樹脂進入量は、SAWチップの端部から中空部へ進入した樹脂の最大到達距離を測定し、これを樹脂進入量とした。なお、進入がなく、中空部がSAWチップよりも外側に広がっている場合は、樹脂進入量をマイナスで表した。樹脂進入量が−50μm〜50μmであった場合を「○」、−50μm未満もしくは50μmより大であった場合を「×」として評価した。結果を表2に示す。
【0088】
【表2】



エ 本件発明の課題について
本件発明の課題は、本件明細書の【0004】〜【0007】の記載によれば、熱硬化時のパッケージの反りを抑制し、低粘度であり、無機充填剤を高充填することが可能な電子デバイス封止用シートを提供することであると認める。

オ 判断
(ア)サポート要件について
まず、本件発明1について検討する。
本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1について、個々の構成ごとに具体的に記載されており(【0009】、【0023】〜【0029】、【0033】、【0041】〜【0047】)、さらに、エポキシ樹脂とフェノール樹脂(熱硬化性樹脂)に対して非反応である、メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられているため、熱硬化性樹脂との反応による粘度の上昇を抑制することができること(【0023】)、それにより無機充填剤の含有量を多くすることができ、シートの熱膨張係数を電子デバイスに近づけることでパッケージの反りを抑制することができること(【0010】)が記載され、本件発明1の構成によって上記本件発明の課題を解決できることを当業者が合理的に理解できる程度に説明されているといえる。そして、実施例において、本件発明1の具体的態様である封止用シートが調製され、その試験結果が開示されており、本件発明の課題を解決することが具体例によって裏付けられている(【0074】〜【0088】)。
したがって、発明の詳細な説明には、本件発明1が本件発明の課題を解決できることが当業者に認識できるように記載されていないとはいえない。

また、本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、本件発明2〜5はいずれも本件発明1の構成を有するものである。
したがって、本件発明1と同様に、発明の詳細な説明には、本件発明2〜5が本件発明の課題を解決できることが当業者に認識できるように記載されているといえる。

(イ)申立人Aの主張の検討
申立人が申立理由7Aとして主張している上記「ア」の内容について、順次検討する。
まず、申立人Aは、エポキシ樹脂とフェノール樹脂がメタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物と非反応でない場合には粘度の上昇を抑制できず上記課題を解決できないと主張し、また、明細書において具体的に開示されているのは最低粘度が12,300〜700,000Pa・sである場合のみであり、最低粘度が12,300Pa・s未満となるような熱硬化性樹脂とシランカップリング剤の組み合わせの場合に上記課題を解決できることは開示されていないと主張している。しかしながら、上記主張の1点目について、本件明細書の発明の詳細な説明の【0023】の記載によれば「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」である「シランカップリング剤」はエポキシ樹脂とフェノール樹脂(熱硬化性樹脂)に対して非反応であることを前提にしていると認められるし、上記主張の2点目について、粘度上昇の抑制という本件発明の課題に鑑みれば、最低粘度の値が実施例で確認された12,300Pa・sより低くとも課題の解決において特段問題となるものではなく、10Pa・s以上であれば本件発明の課題を解決できるといえる。そして、申立人は、上記のような場合に課題を解決できないと主張するものの、それを技術的に裏付ける実験データのような具体的な反証を挙げて主張しているわけでもないので、上記主張は採用できない。
また、申立人Aは、本件特許の請求項2〜5に係る発明における引張貯蔵弾性率の規定について縷々主張しているものの、請求項2に記載の引張貯蔵弾性率Xと最低粘度Yとの比X/Yについての規定は本件明細書の【0039】において技術的に説明されており、ここでの説明は、本件発明が本件発明の課題を解決できると認識できることを前提に、上記比X/Yを満たせば、さらなる効果を示す記載であるといえ、実施例においても具体的に当該規定を満たす比X/Yを有する封止用シートが記載されているから、本件発明2〜5は発明の詳細な説明に記載されたものである。さらにいえば、そもそも、本件発明の課題自体は、上記「ア」で述べたとおり本件発明1の構成によって解決できるように記載されているから、本件発明1を引用する本件発明2〜5においても当然に解決できるものといえる。
したがって、申立人Aの上記主張を採用することはできない。

カ 小括
以上のとおりであるから、申立理由7Aは理由がない。

(3)申立理由2B〜4Bについて
ア 各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載された発明
(ア)甲2Bの記載事項及び甲2Bに記載された発明
甲2Bにおいて、特許請求の範囲には特定の組成を有する電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料について記載され、【0022】には無機充填剤について記載され、【0039】にはシート状として使用できることが記載され、【0040】には電子部品装置の素子の封止に使用することが記載され、【0042】〜【0045】、【表1】には実施例で使用された各成分の詳細及び配合について記載されている。
以上のことから、甲2Bの実施例1に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「(A)成分のエポキシ樹脂としてエポキシ当量196、融点106℃のビフェニル型エポキシ樹脂(油化シェルエポキシ株式会社製商品名エピコートYX−4000H)を85重量部、(B)成分の硬化剤として軟化点70℃のフェノール・アラルキル樹脂(三井化学株式会社製商品名ミレックスXL−225)を85重量部、(C)成分硬化促進剤としてトリフェニルホスフィンとp−ベンゾキノンとの付加物を3重量部、(D)成分の無機充填剤として平均粒径17.5μm、比表面積3.8m2/gの球状溶融シリカを1600重量部、(E)成分の離型剤として重量平均分子量8800、針入度1、酸化30mg/KOHの直鎖型酸化ポリエチレン1(クラリアント社製商品名PED153)を3重量部、(F)成分の離型剤として1−エイコセン、1−ドコセン及び1−トリコセンの混合物と無水マレイン酸との共重合物(日本油脂株式会社製商品名ニッサンエレクトールWPB−1)をステアリルアルコールでエステル化して得られた重量平均分子量29000、モノエステル化率30モル%の化合物1を3重量部、その他の離型剤としてモンタン酸エステル(クラリアント社製商品名Hoechst-Wax E)を1重量部、カップリング剤としてγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(エポキシシラン)を7.5重量部、難燃剤として三酸化アンチモンを6重量部及びエポキシ当量375、軟化点80℃、臭素含量48重量%のビスフェノールA型ブロム化エポキシ樹脂(住友化学工業株式会社製商品名ESB−400T)を15重量部、着色剤としてカーボンブラック(三菱化学株式会社製商品名MA−100)を3重量部配合し、ここで無機充填剤量が88重量%であり、混練温度80℃、混練時間10分の条件でロール混練を行い作製した電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料。」(以下、「甲2B発明」という。)

(イ)甲3Bの記載事項及び甲3Bに記載された発明
甲3Bにおいて、特許請求の範囲には特定の組成を有する電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料について記載され、請求項1、【0015】〜【0016】には無機充填剤(D)が特定の粒径、粒度分布を有する溶融シリカであること及びその配合量が記載され、【0025】にはシート状として使用できることが記載され、【0026】には電子部品装置の素子の封止に使用することが記載され、【0029】〜【0033】には実施例で使用された各成分の詳細及び配合について記載されている。
以上のことから、甲3Bの実施例1に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「エポキシ樹脂としてエポキシ当量196、融点106℃のビフェニル型エポキシ樹脂(油化シェルエポキシ株式会社製商品名エピコートYX−4000H)85重量部、硬化剤として軟化点70℃のフェノール・アラルキル樹脂(三井化学株式会社製商品名ミレックスXL−225)85重量部、硬化促進剤としてトリフェニルホスフィンとp−ベンゾキノンとの付加物2重量部、無機充填剤として平均粒径が15μm、粒径100μm以上の成分を含まず粒径75μm以上の成分が0.05重量%で、粗粒画分15重量%及び細粒画分15重量%を除いた中間画分70重量%をRRS粒度線図にプロットしたときの勾配nが0.65の直線性を有し、比表面積3.5m2/gの球状溶融シリカを使用直前に800℃の電気炉で1時間加熱処理したもの(表面シラノール基濃度1.0個/nm2)1620重量部(封止用エポキシ樹脂成形材料に対して88重量%)、陰イオン交換体としてビスマスの含水酸化物(東亜合成化学工業株式会社製商品名IXE500)5重量部、カップリング剤としてγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(エポキシシラン)10重量部、離型剤としてモンタン酸エステル(クラリアント社製商品名Hoechst-Wax E)2重量部、難燃剤としてエポキシ当量375、軟化点80℃、臭素含量48重量%のビスフェノールA型ブロム化エポキシ樹脂(住友化学工業株式会社製商品名ESB−400T)15重量部、及び五酸化アンチモン15重量部、着色剤としてカーボンブラック(三菱化学株式会社製商品名MA−100)2重量部を配合し、混練温度80℃、混練時間10分の条件でニ軸ロール混練を行い、作製した電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料。」(以下、「甲3B発明」という。)

(ウ)甲4Bの記載事項及び甲4Bに記載された発明
甲4Bにおいて、特許請求の範囲には特定の物性及び組成を有する電子デバイス封止用樹脂シートについて記載され、【0020】〜【0021】にはフィラーについて記載され、【0028】にはフィラーの含有量について記載され、【0084】〜【0085】、【表1】には実施例で使用された各成分の詳細及び配合について記載されている。
以上のことから、甲4Bの実施例1に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「エポキシ樹脂1:新日鐵化学(株)製のYSLV−80XY(ビスフェノールF型エポキシ樹脂、エポキン当量200g/eq.軟化点80℃)を3.3重量部、フェノール樹脂1:明和化成社製のMEH−7851−SS(ビフェニルアラルキル骨格を有するフェノール樹脂、水酸基当量203g/eq.、軟化点67℃)を3.5重量部、熱可塑性樹脂1:カネカ社製のSIBSTER 072T(スチレン-イソブチレン-スチレンブロック共重合体)を3.0重量部、シランカップリング剤処理フィラー:電気化学工業社製のFB−9454FC(溶融球状シリカ、平均一次粒子径20μm)を信越化学社製のKBM−403(3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン)で処理したもの(FB−9454FC 88.0重量部に対して、KBM−403 0.3重量部の割合で処理)を88.3重量部、カーボンブラック:三菱化学社製の#20 難燃剤:伏見製薬所製のFP−100(ホスファゼン系難燃剤)を1.5重量部、硬化促進剤1:北興化学工業社製のTPP−K(テトラフェニルホスホニウム・テトラフェニルボレート)を0.1重量部配合し、ロール混練機により60〜120℃、10分間、減圧条件下で溶融混練し、得られた混練物を、平板プレス法により、シート状に形成して作製され、樹脂シート中のフィラー含有量が80体積%、厚さ200μmの電子デバイス封止用樹脂シート。」(以下、「甲4B発明」という。)


(エ)甲5Bの記載事項
甲5Bすなわち甲7Aに記載された事項については、上記「1(1)ア(カ)」参照。

(オ)甲6Bの記載事項
甲6Bにおいて、特許請求の範囲には、60〜230℃での最低粘度が1〜107Pa・sとなる樹脂組成物からなる封止用樹脂フィルムについて記載され、【0106】〜【0111】には樹脂組成物に用いる無機フィラーについて、二酸化ケイ素が記載され、さらに好ましい平均粒径が記載されている。

(カ)甲7Bの記載事項
甲7Bに記載された事項については、上記「1(1)ア(ケ)」参照。

イ 対比・判断
(ア)甲2Bを主引用例とする進歩性の検討
a 本件発明1と甲2B発明との対比・判断
(a)対比
甲2B発明における「ビフェニル型エポキシ樹脂」、「フェノール・アラルキル樹脂」は、それぞれ本件発明1における「エポキシ樹脂」、「フェノール樹脂」に相当し、甲2B発明における「球状溶融シリカ」は、本件発明1における「シリカ」に相当する。
また、甲2B発明における「電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料」は、「電子デバイス封止用」の材料である限りにおいて、本件発明1の「電子デバイス封止用シート」と一致する。
また、甲2B発明には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲2B発明は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用材料(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点2B−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲2B発明では、「γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(エポキシシラン)」を用いている点。

相違点2B−2:無機充填剤の含有量について、本件発明1では、「75〜86体積%の範囲内」であるのに対し、甲2B発明では、88重量%である点。

相違点2B−3:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲2B発明では、粒度分布が不明である点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点2B−4:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲2B発明では「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点2B−5:発明としての封止用材料の形態について、本件発明1は「シート」であるのに対し、甲2B発明はそのように特定していない点

相違点2B−6:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲2B発明では、当該場合を除くか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点2B−3について検討する。
まず、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成の解釈については、上記「1(1)イ(ア)a(b)i」のとおりである。
甲2B発明では、無機充填剤について平均粒径が17.5μmであることは特定されているものの、平均粒径の値のみからでは、粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するとはいえない。
そして、甲2Bの【0022】には、無機充填剤に関して縷々記載されているものの、粒度分布が特定の2つのピークを有する記載はおろか、そもそも粒径に関しては何らの記載も示唆もされていない。
次に、申立理由2Bで引用された副引用例である甲4B〜甲7Bの記載について検討するに、甲5B(すなわち甲7A)と甲7Bにおいて、無機充填剤が特定の2つのピークを有することが記載も示唆もされていないことは、上記「1(1)イ(ア)a(b)iii」で述べたとおりである。
また、甲4Bには、電子デバイス封止用樹脂シートに用いられるフィラーについて、
「【0021】
フィラーの平均一次粒子径は、好ましくは1μm以上、より好ましくは5μm以上である。1μm以上であると、樹脂シートの可撓性、柔軟性を得易い。フィラーの平均一次粒子径は、好ましくは40μm以下、より好ましくは30μm以下である。40μm以下であると、フィラーを高充填率化し易い。
なお、平均一次粒子径は、例えば、母集団から任意に抽出される試料を用い、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置を用いて測定することにより導き出すことができる。」
と記載されているにすぎず、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。
また、甲6Bには、封止用樹脂フィルムに用いる無機フィラーについて、
「【0111】
上記無機フィラーの平均粒径(粒状でない場合は、その平均最大径)は、0.5μm以下であることが、無機フィラーの樹脂組成物に対する分散性や、得られる樹脂組成物の加工性の点から好ましく、0.3μm以下であることがより薄いフィルムを成形可能となる点からより好ましい。」
と記載されているにすぎず、特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

以上のとおりであるから、上記甲2B、4B〜7Bのいずれの記載をみても、甲2B発明において、相違点2B−3に係る本件発明1の構成を採用することが動機づけられるとはいえない。

よって、本件発明1は、相違点2B−1、2B−2、2B−4〜2B−6について検討するまでもなく、甲2B発明と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲2B発明との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲2Bに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(イ)甲3Bを主引用例とする進歩性の検討
a 本件発明1と甲3B発明との対比・判断
(a)対比
甲3B発明における「ビフェニル型エポキシ樹脂」、「フェノール・アラルキル樹脂」は、それぞれ本件発明1における「エポキシ樹脂」、「フェノール樹脂」に相当し、甲3B発明における「球状溶融シリカ」は、本件発明1における「シリカ」に相当する。
また、甲3B発明における「電子部品装置の素子封止用エポキシ樹脂成形材料」は、「電子デバイス封止用」の材料である限りにおいて、本件発明1の「電子デバイス封止用シート」と一致する。
また、甲3B発明には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲3B発明は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用材料(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点3B−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲3B発明では、「γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(エポキシシラン)」を用いている点。

相違点3B−2:無機充填剤の含有量について、本件発明1では、「75〜86体積%の範囲内」であるのに対し、甲3B発明では、88重量%である点。

相違点3B−3:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲3B発明では、平均粒径が15μm、粒径100μm以上の成分を含まず粒径75μm以上の成分が0.05重量%で、粗粒画分15重量%及び細粒画分15重量%を除いた中間画分70重量%をRRS粒度線図にプロットしたときの勾配nが0.65の直線性を有する点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点3B−4:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲3B発明では「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点3B−5:発明としての封止用材料の形態について、本件発明1は「シート」であるのに対し、甲3B発明はそのように特定していない点

相違点3B−6:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲3B発明では、当該場合を除くか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点3B−3について検討する。
まず、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成の解釈については、上記「1(1)イ(ア)a(b)i」のとおりである。
甲3B発明では、無機充填剤について平均粒径が15μm、粒径100μm以上の成分を含まず粒径75μm以上の成分が0.05重量%で、粗粒画分15重量%及び細粒画分15重量%を除いた中間画分70重量%をRRS粒度線図にプロットしたときの勾配nが0.65の直線性を有することが特定されている。
そして、甲3Bの【0015】〜【0016】には、無機充填剤の粒度分布について
「【0015】
本発明において用いられる(D)成分の無機充填剤は、平均粒径が1〜30μm、粒径100μm以上の成分が0.1重量%以下、粗粒画分及び細粒画分を除いた中間画分の60重量%以上がRRS粒度線図にプロットしたときの勾配nが0.60〜1.00の粒度分布を有し、・・・の溶融シリカである。無機充填剤(D)の平均粒径は、1〜30μmであることが必要であり、2〜20μmが好ましく、5〜15μmがより好ましい。平均粒径が1μm未満では増粘作用が大きくなって高充填が困難になる傾向があり、30μmを超えると封止用エポキシ樹脂成形材料の狭い隙間への含浸性が悪くなって未充填やワイヤ変形等の問題を起こしやすくなる傾向がある。・・・
【0016】
無機充填剤(D)は、粗粒画分及び細粒画分を除いた中間画分の60重量%以上がRRS粒度線図(「粉体工学ハンドブック」第51〜52頁参照、朝倉書店発行、1965年)にプロットしたときの勾配nが0.60〜1.00の粒度分布を有することが必要である。この勾配nが1.00を超えると粒度分布が狭くなり最大充填分率が上がらないため、封止用エポキシ樹脂成形材料の粘度が上昇し流動性が低下する傾向がある。また、勾配nが0.60の値は、平均粒径が1〜30μmで粒径100μm以上の成分が0.1重量%以下の無機充填剤がとり得るほぼ最小値である。ここで、例えば、無機充填剤の粗粒画分及び細粒画分を除いた中間画分の60重量%とは、粗粒画分20重量%及び細粒画分20重量%を除いた中間画分60重量%を示す。RRS粒度線図にプロットしたときの勾配nが0.60〜1.00を示す上記の中間画分が60重量%未満になると、本発明における効果が得られない。一般に原石を粉砕して製造した無機充填剤はその粒度分布をRRS粒度線図にプロットするとほぼ直線を示すといわれているが、その直線の勾配nが大きいほど粒度分布が狭く、勾配nが小さいほど粒度分布が広いことを示す。粒度分布が広い場合は、大きな粒子の隙間に小さな粒子が介在し、さらに、その隙間に、より小さな粒子が介在する。従って、粒度分布が広いほど、すなわち勾配nが小さいほど、無機充填剤の最大充填率は高くなり、無機充填剤は最密充填する。最大充填率の高い無機充填剤ほど、封止用エポキシ樹脂成形材料に配合した場合の増粘作用が小さく、同じ樹脂粘度で高充填の封止用エポキシ樹脂成形材料を得ることができる。」
と記載されている。ここで、中間画分をRRS粒度線図にプロットしたときの勾配nについての規定は、「勾配nが大きいほど粒度分布が狭く、勾配nが小さいほど粒度分布が広いことを示す」、すなわち、粒度分布の幅の広さを規定するものといえるから、粒度分布におけるピークの数及びその位置を規定するものではない。してみると、平均粒径の値及び当該勾配nからでは、粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するとはいえない。
次に、申立理由3Bで引用された副引用例である甲4B〜甲7Bの記載について検討するに、上記「(ア)a(b)」で述べたとおり、これらのいずれにも、無機充填剤において特定の2つのピークを有する粒径分布は何ら記載されていない。

以上のとおりであるから、上記甲3B〜7Bのいずれの記載をみても、甲3B発明において、相違点3B−3に係る本件発明1の構成を採用することが動機づけられるとはいえない。

よって、本件発明1は、相違点3B−1、3B−2、3B−4〜3B−6について検討するまでもなく、甲3B発明と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲3B発明との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲3Bに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(ウ)甲4Bを主引用例とする進歩性の検討
a 本件発明1と甲4B発明との対比・判断
(a)対比
甲4B発明における「電気化学工業社製のFB−9454FC(溶融球状シリカ、平均一次粒子径20μm)」は、本件発明1の「無機充填剤」である「シリカ」に相当する。
また、甲4B発明における「樹脂シート中のフィラー含有量が80体積%」は、本件発明1における「無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有し」に相当する。
また、甲4B発明には、使用された成分に、本件発明1で特定される「一般式(II)で表される化合物」を含まないことから、本件発明1の「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」との点を満足する。

そうすると、本件発明1と甲4B発明は、以下の点で一致し、以下の点で相違している。

一致点:「エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有し、前記無機充填剤は、シリカである、電子デバイス封止用材料(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合を除く)。
(当審注:一般式(II)の化学構造式及び式中の記号の定義は省略する。)」

相違点4B−1:本件発明1では、「シランカップリング剤」として、「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を用いているのに対し、甲4B発明では、「3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン」を用いている点。

相違点4B−2:無機充填剤について、本件発明1では、「下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあ」るのに対し、甲4B発明では、粒度分布が不明である点。
(本件発明1の「下記レーザー回折散乱法」が指す<粒度分布の測定方法>に関する事項の記載は省略する。)

相違点4B−3:本件発明1では、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内」であるのに対し、甲4B発明では「メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物」を配合してなる場合の最低粘度が不明である点。

相違点4B−4:本件発明1では、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」のに対し、甲4B発明では、当該場合を除くか否かが不明である点。

(b)判断
事案に鑑みて、相違点4B−2について検討する。
まず、相違点4B−2は、相違点2B−3と同様の相違点であるところ、本件発明1の「粒径分布において、2つのピークを有して」いるとの構成の解釈については、上記「1(1)イ(ア)a(b)i」のとおりである。
甲4B発明では、無機充填剤について平均一次粒子径が20μmであることは特定されているものの、平均粒径の値のみからでは、粒度分布が「粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にある」という特定の2つのピークを有するとはいえない。
そして、上記「(ア)a(b)」での検討結果と同様、甲4B〜7Bのいずれの記載をみても、甲4B発明において、相違点4B−2に係る本件発明1の構成を採用することが動機づけられるとはいえない。
よって、本件発明1は、相違点4B−1、4B−3、4B−4について検討するまでもなく、甲4B発明と上記各甲号証に記載された事項とを組み合わせて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明2〜5と甲4B発明との対比・判断
本件発明2〜4は、本件発明1を引用してさらに限定した発明であり、本件発明5は、本件発明1を引用して電子デバイスパッケージの製造方法とした発明であるから、上記「a」で述べた理由と同じ理由により、本件発明2〜5は、甲4Bに記載された発明と上記各甲号証に記載された事項とから当業者が容易に発明をすることができたものでない。

ウ 小括
以上のとおりであるので、申立理由2B〜4Bは理由がない。

3 特許異議申立人が意見書において主張した新たな取消理由について
(1)申立人Aの主張する実施可能要件についての理由
申立人Aが令和3年12月7日提出の意見書において新たに主張した実施可能要件についての理由の概要は、以下のとおりである

本件発明1は、「最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であること」、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」を発明特定事項とする。
本件明細書の実施例では、「ガラス転移温度:−35℃」の熱可塑性樹脂を使用していることから硬化物のガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高い。また、最低粘度が上記範囲の下限に近い場合にガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高く、本件明細書では最低粘度が12,300〜400,000の場合についてしか実施例が無い。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても、どのようにすれば硬化物のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除くことができるのかが明らかでない。
(申立人Aが令和3年12月7日に提出した意見書の第12〜13頁「3.6」)

(2)実施可能要件の考え方
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。
以下、この観点に立って検討する。

(3)本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明の記載については、上記「2(2)ウ」参照。

(4)判断
本件発明は、「ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」という、いわゆる除くクレームの構成を有するものである。そこで、判断の便宜上、まず本件発明において当該除くクレームの構成が無いと仮定した場合について実施可能要件を満たすことを示し、次に、当該除くクレームの構成を加味しても本件発明が実施可能要件を欠くものとはならないことを示す。

ア 本件発明において当該除くクレームの構成が無いと仮定した場合の検討
発明の詳細な説明には、本件発明1〜4の電子デバイス封止用シートの構成、すなわち各構成成分の配合並びに該シートの最低粘度及び50℃での引張貯蔵弾性率について記載され(【0024】〜【0033】、【0041】〜【0047】)、本件発明5の電子デバイスパッケージの製造方法についても各工程の内容が記載され(【0065】〜【0072】)、さらに実施例として、実際にシートを製造し、それを用いて電子デバイスを封止した具体例も開示されている(【0074】〜【0088】、表1〜2)。
してみると、本件発明において当該除くクレームの構成が無いと仮定した場合については、発明の詳細な説明に接した当業者が、本願出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤や複雑高度な実験等というほどまでの必要はなく発明を実施することができるといえる。

イ 当該除くクレームの構成を加味した検討
次に、上記除くクレームの構成を加味して実施可能要件をさらに検討する。
まず、「一般式(II)で表される化合物を含む場合」を「除く」という構成は、本件発明の実施に際して当該化合物をシートに配合しなければただちに満たすことができる構成に過ぎないから、当該構成によって実施可能要件を欠くことはないといえる。
また、「電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く」との構成について検討するに、当該構成は上記「第2 2(3)」で新たな技術的事項の導入に当たらないと判断した訂正事項3に対応する構成であるから、それによって本件発明が実施可能要件を欠くことになるものではないといえる。
したがって、上記除くクレームの構成を加味しても、本件発明が実施可能要件を欠くものとはならないといえる。

(5)申立人Aの主張の検討
上記(1)に挙げた申立人Aの主張について順次検討する。
申立人Aは、本件明細書の実施例では、「ガラス転移温度:−35℃」の熱可塑性樹脂を使用していることを根拠に、硬化物のガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高いと主張している。
しかしながら、本件明細書の実施例2〜4のシートには、当該熱可塑性樹脂が1.3〜1.9重量部含まれているのに対し、さらにエポキシ樹脂を4.8〜6.3重量部、フェノール樹脂を2.6〜3.5重量部含んでおり、さらに硬化促進剤も添加したものである。してみると、当該シートを熱硬化した硬化物のガラス転移温度は、熱硬化したエポキシ樹脂及びフェノール樹脂に左右されると考えるのが自然であり、それを無視して、熱硬化性樹脂よりも少量しか含まれていない熱可塑性樹脂のガラス転移温度にのみ着目して硬化物のガラス転移温度を低く見積もることは合理的な推測であるとはいえない。
また、申立人Aは、最低粘度が10〜1000000Pa・sの範囲の下限に近い場合にガラス転移温度は50℃未満である蓋然性が高いと主張しているが、最低粘度と硬化物のガラス転移温度の間にどのような関係があるのかを示す本願出願時の技術常識や、実際に最低粘度が上記下限付近の場合に硬化物のガラス転移温度が50℃未満であったことを裏付ける実験データのような具体的な反証を何ら提示していない。
よって、申立人Aの主張はいずれも採用できない。

(6)小括
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に本件発明の実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものではないとはいえないから、申立人Aが意見書において主張した新たな取消理由は理由がない。

第6 むすび
特許第6685080号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜5〕について訂正することを認める。
当審が通知した取消理由並びに特許異議申立人が申立した申立理由及び意見書で新たに主張した取消理由によっては、本件発明1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。


 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ樹脂とフェノール樹脂とを含み、
メタクリロキシ基、又は、アクリロキシ基を有する化合物がシランカップリング剤として用いられており、
無機充填剤を75〜86体積%の範囲内で含有し、
前記無機充填剤は、下記レーザー回折散乱法により測定した粒度分布において、2つのピークを有しており、粒径の大きい側のピークが、3〜30μmの範囲内にあり、粒径の小さい側のピークが0.1〜1μmの範囲内にあり、
前記無機充填剤は、シリカであり、
最低粘度が、10〜1000000Pa・sの範囲内であることを特徴とする電子デバイス封止用シート(ただし、下記一般式(II)で表される化合物を含む場合、及び、電子デバイス封止用シートの硬化物(硬化条件:真空中で加熱温度175℃、加圧力2.9MPaで120分間、加熱加圧)のガラス転移温度が50℃未満となる場合を除く)。
【化1】

(一般式(II)中、Rは置換基を有してもよい炭化水素骨格、R1は水素原子、メチル基、又はエチル基を表し、mは1〜4、nは2以上の整数を表す。)
<粒度分布の測定方法>
(a)電子デバイス封止用シートをるつぼに入れ、大気雰囲気下、700℃で2時間強熱して灰化させる。
(b)得られた灰分を純水中に分散させて10分間超音波処理し、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(ベックマンコールター社製、「LS 13 320」;湿式法)を用いて粒度分布(体積基準)を求める。
【請求項2】
50℃での引張貯蔵弾性率をX、最低粘度をYとしたとき、比X/Yが、15〜100の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項3】
前記無機充填剤は、前記シランカップリング剤で予め表面処理されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項4】
前記無機充填剤は、前記無機充填剤100重量部に対して0.5〜2重量部の前記シランカップリング剤により予め表面処理されていることを特徴とする請求項3に記載の電子デバイス封止用シート。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1に記載の電子デバイス封止用シートを準備する工程と、
被着体上に配置された1又は複数の電子デバイスを覆うように前記電子デバイス封止用シートを積層する積層工程と、
前記電子デバイス封止用シートを硬化させて封止体を形成する封止体形成工程と
を含むことを特徴とする電子デバイスパッケージの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-03-31 
出願番号 P2014-227057
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 536- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 土橋 敬介
佐藤 健史
登録日 2020-04-02 
登録番号 6685080
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 電子デバイス封止用シート、及び、電子デバイスパッケージの製造方法  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 ユニアス国際特許事務所  

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