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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1386146
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-08-25 
確定日 2022-04-25 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6848339号発明「ガスバリア積層体及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6848339号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕について訂正することを認める。 特許第6848339号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6848339号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成28年10月25日に出願したものであって、令和3年3月8日にその特許権の設定登録(特許掲載公報発行日:令和3年3月24日)がされた。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和 3年 8月25日 :特許異議申立人加藤浩志(以下「申立人」という。)による請求項1〜4に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 3年11月19日付け:取消理由通知書
令和 4年 1月19日 :特許権者による意見書の提出及び訂正の請求
(以下「本件訂正請求」といい、訂正そのものを「本件訂正」という。)

なお、本件訂正請求について申立人へ送付し、意見を求めたが、指定期間内に意見書の提出はなかった。

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容
本件訂正請求は、「特許第6848339号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜4について訂正することを求める。」ものであり、その訂正の内容は、訂正箇所に下線を付して示すと、次のとおりである。
<訂正事項>
本件訂正前の請求項1に記載された「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率」を、
「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2〜4も同様に訂正する。)。

2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項1〜4は、請求項2〜4が、それぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、請求項1の記載の訂正に連動して訂正されるものであるから、本件訂正請求による訂正は、一群の請求項ごとにされたものである。

3 訂正の目的、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の適否について
(1)訂正の目的について
上記訂正事項は、本件訂正前の請求項1の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率」について、何に対する比率を意味するのか不明瞭であったものを、明瞭とする訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(2)新規事項の有無について
本件訂正前の請求項1の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率」について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には次の記載がある。
「【0018】
本発明者の鋭意検討に基づく知見によれば、ガスバリア積層体のPET(ポリエチレンテレフタレート)基材のCOO結合の割合を好適化することにより、レトルト処理・ボイル処理を行っても密着性が劣化しないガスバリア積層体が得られることを見出した。そこで、以下のような実施形態により本発明のガスバリア積層体が得られた。ただし、本発明は以下の実施形態のみに限定するものではない。
・・・
【0021】
本発明のガスバリア積層体は、本発明者の次の知見に基づくものである。
基材であるPETの分子構造におけるCOO結合の割合をCOO%とすると、COO%は一般にX線光電子分光法(XPS)で測定される。例えば基材の測定面積を直径6mmとし、100WのX線を照射してC1sスペクトルを測定し、波形分離解析を行うことによって、前記COO%の測定値が得られる。本発明者は種々の実験検討により、このCOO%が適切な値になっていないと、密着性劣化を起こしやすいことを見出した。」
これらの記載から訂正前の請求項1に記載の「COO結合ピークの面積率」が、「基材のC1sピーク全体の面積に対する」ものであることは明らかである。
したがって、本件訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてするものである。

(3)特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
本件訂正は、本件訂正前の請求項1の発明特定事項である「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率が、16.2%から17.8%の範囲内であり」について明瞭にするものであり、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項並びに第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正後の本件発明
上記第2のとおり本件訂正が認められたことから、本件特許の請求項1〜4に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
ポリエチレンテレフタレートからなる基材の少なくとも一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体において、
X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内であり、前記酸化アルミニウム膜が、前記XPSによって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8の範囲内であることを特徴とするガスバリア積層体。
【請求項2】
前記酸化アルミニウム膜の厚さが5〜30nmであることを特徴とする、請求項1に記載のガスバリア積層体。
【請求項3】
前記請求項1または2に記載のガスバリア積層体の製造工程において、前記基材上にプラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)処理が施されていることを特徴とするガスバリア積層体の製造方法。
【請求項4】
前記RIE処理が、アルゴン、窒素、酸素、水素のうちの1種類のガス、または、これらの混合ガスを用いて1回以上行われる処理であることを特徴とする、請求項3に記載のガスバリア積層体の製造方法。」

第4 取消理由の概要
本件訂正前の請求項に係る特許に対して、当審が令和3年11月19日付け取消理由通知書で特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

1 取消理由1(明確性
本件特許は、特許請求の範囲の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率」の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2 取消理由2(進歩性
本件特許の請求項1〜4に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2の記載事項に基いて、及び、引用文献3に記載された発明及び引用文献2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

[引用文献等一覧]
引用文献1:特開2005−59265号公報(申立人提出:甲第1号証)
引用文献2:特開2006−56092号公報(申立人提出:甲第2号証)
引用文献3:特開2004−137419号公報(申立人提出:甲第3号証)

第5 当審の判断
1 取消理由2(進歩性)について
(1)引用文献1に記載された事項、引用文献1に記載された発明
引用文献1には、以下の記載がある(下線は当審が付した。以下同様。)。
ア 「【請求項1】
少なくとも一方の表面に、厚さ5〜100nmの無機酸化物からなる蒸着層を設けたポリエチレンテレフタレートフィルムを処理水に浸漬し、無機酸化物からなる蒸着層を取り除いた後に、該フィルム表面のX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23以下であることを特徴とする強密着蒸着フィルム。」
イ 「【請求項4】
前記無機酸化物が、酸化アルミニウム、酸化珪素もしくはそれらの混合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の強密着蒸着フィルム。」
ウ 「【0024】
図2はXPS測定で得られる未処理PETのC1s波形をピーク分離解析したスペクトルである。C1s波形はC−C結合5、C−O結合6、COO結合7に分離される。なお、それぞれの結合エネルギーの値は、285.0eV(C−C結合)、286.6〜286.7eV(C−O結合)、288.9〜289.0eV(COO結合)である。
【0025】
上記のように無機酸化物層を除去した後のPETフィルム表面のXPS測定を行った時、C1s波形分離から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23以下になる場合、このPETフィルムと無機酸化物層は極めて良好な密着性を示し、レトルトなどの加熱殺菌処理を行ってもデラミネーションが生じない。さらに好ましくは、官能基比率が0.05〜0.23の範囲になることである。0.05未満ではフィルム表面を処理しすぎで、表面が劣化してしまう。
【0026】
それに対し、未処理のPETフィルムの場合には、無機酸化物層を除去した後のPETフィルム表面は、官能基比率(COO/C−C)は0.25程度になる。このような場合はPETフィルムと無機酸化物層の密着性が悪く、レトルトなどの加熱殺菌処理を行うとデラミネーションが発生する。
【0027】
上記のような無機酸化物層と密着のよいPETフィルムを得るために、PETフィルム表面にリアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ前処理を施すことが有効である。RIEを利用したプラズマ前処理を行うことで、発生したラジカルやイオンを利用してPETフィルムの表面構造を化学的に変化させることが可能であり、官能基比率(COO/C−C)を制御することができる。更にこの処理を行うことで、蒸着の際に無機酸化物の緻密な薄膜を形成させることができる。その結果、基材と無機酸化物層との密着性を強化させることができ、ガスバリア性向上やクラック発生防止につながるだけでなく、レトルトなどの加熱殺菌を行った場合においても、デラミネーションが起こることがない。」
エ 「【0028】
次に、無機酸化物層2について、詳しく説明する。無機酸化物からなる蒸着薄膜層は、酸化アルミニウム、酸化珪素、酸化錫、酸化マグネシウム、或いはそれらの混合物などの無機酸化物の蒸着膜からなり、透明性を有しかつ酸素、水蒸気等のを有する層であればよい。各種殺菌耐性を配慮するとこれらの中では、特に酸化アルミニウム及び酸化珪素を用いることがより好ましい。ただし本発明の蒸着薄膜層は、上述した無機酸化物に限定されず、上記条件に適合する材料であれば用いることが可能である。
【0029】
蒸着薄膜層の厚さは、用いられる無機化合物の種類・構成により最適条件が異なるが、一般的には5〜300nmの範囲内が望ましく、その値は適宜選択される。ただし膜厚が5nm未満であると均一な膜が得られないことや膜厚が十分ではないことがあり、ガスバリア材としての機能を十分に果たすことができない場合がある。また膜厚が300nmを越える場合は薄膜にフレキシビリティを保持させることができず、成膜後に折り曲げ、引っ張りなどの外的要因により、薄膜に亀裂を生じるおそれがあるので問題がある。より好ましくは、10〜150nmの範囲内にあることである。」

オ 【図2】(当審注:図中の「4」,「5」,「6」は、【0024】の記載からみて、順に「5」,「6」、「7」の誤記と認める。)



カ 「【0041】
以下に本発明の強密着蒸着フィルムの実施例を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[表面状態分析方法]
測定に用いたX線光電子分光装置は、日本電子株式会社製JPS−90MXVを用い、X線源としては非単色化MgKα(1253.6eV)を使用、出力は100W(10kV−10mA)で測定した。定量分析にはO1sで2.28、C1sで1.00の相対感度因子を用いて計算をした。C1s波形の波形分離解析にはガウシアン関数とローレンツ関数の混合関数を使用し、帯電補正はベンゼン環に由来するC−C結合ピークを285.0eVとして補正した。
【実施例1】
【0042】
厚さ12μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムの未処理面に、以下の条件にてリアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ前処理を施した。この時、電極には周波数13.56MHzの高周波電源を用いた。
[プラズマ処理条件]
印加電力:120W
処理時間:0.1sec
処理ガス:アルゴン
処理ユニット圧力:2.0Pa
この上に、電子線加熱方式を用いた反応蒸着により、酸化アルミニウムを15nmの厚みで成膜して、強密着蒸着フィルムを作成した。
【0043】
次にこのフィルムを1.0wt.%のトリエタノールアミンを添加した蒸留水中に80℃で5分間浸漬し、酸化物アルミニウム蒸着層を取り除いた後、そのフィルム表面のXPS測定を行った。」
キ 「【0053】
更に、二液硬化型ポリウレタン系接着剤を用いて、ドライラミネートにより、上記蒸着フィルム/延伸ナイロン(15μm)/未延伸ポリプロピレン(70μm)のレトルト用包装材料を作成した。
[評価1]
上記積層サンプルの蒸着フィルム/延伸ナイロン間のラミネート強度を、オリエンテック社テンシロン万能試験機RTC−1250を用いて測定した(JIS Z1707準拠)。但し、測定の際に測定部位を水で湿潤させながら行った。
結果を表1に示す。
[評価2]
上記積層サンプルを用いて4辺をシール部とするパウチを作製し、内容物としてを充填した。その後、121℃−30分間のレトルト殺菌を行い、目視によりレトルト後の状態を観察した。結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

表1より、実施例1〜4の本発明の強密着蒸着フィルムは、実施例5〜8の比較のための蒸着フィルムに比べて、ラミネート強度に優れ、かつレトルト処理後のデラミネーションの発生もなく、食品及びレトルト食品分野や医薬品、電子部材等の非食品分野の包装に用いられる実用範囲の広い包装材料を提供することが可能である。」

以上を総合し、特に実施例1に注目すると、引用文献1には以下の物の発明(以下、「引用発明1−1」という。)、及び、製造方法の発明(以下、「引用発明1−2」という。)が記載されている。
(引用発明1−1)
「厚さ12μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムの一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを15nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する強密着蒸着フィルムであって、
前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23である
ガスバリア性を有する強密着蒸着フィルム。」
(引用発明1−2)
「厚さ12μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムの一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを15nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する強密着蒸着フィルムであって、
前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23である
ガスバリア性を有する強密着蒸着フィルムを製造する工程において、
前記ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムにアルゴンガスを用いてなるリアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ前処理を施した
強密着蒸着フィルムの製造方法。」

(2)引用文献2に記載された事項
引用文献2には、以下の記載がある。
ア 「【請求項1】
プラスチック材料からなる基材の少なくとも一方の面にプラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)による前処理を施すことによって設けられているプラズマ前処理層上に、一般式AlOXで表され、Xが1.5〜1.7の範囲である酸化アルミニウムからなる酸化アルミニウム蒸着層が少なくとも設けられていることを特徴とする強密着蒸着フィルム。
・・・(中略)・・・
【請求項3】
前記プラスチック材料がポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド類、ポリエステル類、ポリカーボネート、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、セルロース、トリアセチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリウレタン類の少なくとも一種類以上を成分に持っているか、あるいは共重合成分に持っていることを特徴とする、請求項1または2記載の強密着蒸着フィルム。
【請求項4】
前記ポリエステル類がポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリブチレンナフタレートおよびそれらの共重合体のいずれかであることを特徴とする、請求項3に記載の強密着蒸着フィル ム。」
イ 「【発明の効果】
【0019】
本発明の強密着蒸着フィルムとそれを用いたレトルト用包装材料は、プラスチック材料からなる基材の少なくとも一方の面に、プラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)による前処理を施し、その上に、一般式AlOXで表され、Xが1.5〜1.7の範囲である酸化アルミニウムからなる蒸着層が設けられているので、基材と酸化アルミニウムからなる蒸着層との密着性が極めて強固であると共に、極めて良好なガスバリア性を奏する。さらに、これらにレトルト処理等の加熱殺菌処理を行った場合においても、ハイバリア性を保持し、デラミネーションなどが発生しない。」
ウ 「【0026】
次に酸化アルミニウム蒸着層2について、詳しく説明する。この酸化アルミニウム蒸着層2は、上述の如く、基材1のRIEによる処理を行ったプラズマ前処理層4の上に積層されており、特に一般式AlOxで表される酸化アルミニウムのXが1.5〜1.7の範囲にある酸化アルミニウムからなることを特徴とする、透明な蒸着層である。
【0027】
このXの値は酸化アルミニウム蒸着層表面のX線光電子分光法による測定(XPS測定)で計測することができる。即ち、酸化アルミニウム蒸着層をその表面から厚さの3分の2程度の深さまでArイオンエッチングにて削り取り、露出した表面部分をX線源MgKα、X線出力100Wの条件にてXPS測定し、得られたアルミニウム原子と酸素原子の比率からXの値を求める。この場合、酸化アルミニウム蒸着層の表面は空気中の酸素による酸化や表面汚染などの影響により元素比が変わり、また、エッチングし過ぎると基材の影響が出てしまうため、正しい値を求めることが出来ない。従って、上述したように酸化アルミニウム蒸着層をその表面から3分の2程度の深さを削り取ってから所期の測定を行う必要がある。
【0028】
このような測定により得られたAlOxのX値が1.5以下の場合には、アルミニウムが多い状態であるので、酸化アルミニウム蒸着層に色が付いてしまって概観を損ねる。さらに、アルミニウムが過剰の状態では基材表面の官能基と酸化アルミニウムとの相互作用が起こりにくいため、基材との密着性が悪くなり好ましくない。また、AlOxのX値が1.7以上の場合には酸素が過剰な状態であるが、このような状態の酸化アルミニウム蒸着層は硬くて脆いために伸びに対して弱く、割れが発生しやすい。そのため、例えばこのような酸化アルミニウム蒸着層を設けた蒸着フィルムで包装体を作製し、それに対してレトルト殺菌処理をしたような場合、レトルト殺菌時の熱や圧力により包装体に変形が起き易くなり、その変形に耐えられずに酸化アルミニウム蒸着層が割れ、結果としてバリア性 が低下する恐れがでてくる。
【0029】
従って、基材との密着がよく、レトルト殺菌時に容器の変形が起こっても割れが起きにくい層にするために、前述の如くに、AlOxのXの値を1.5〜1.7の範囲にすることが重要である。この範囲であると、プラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)による前処理を行った基材表面との相互作用が起こり、密着性が向上する。また、緻密な酸化アルミニウム蒸着層の上に後述の如くにガスバリア性被膜層3をさらに積層した場合、この層との密着性も向上する。これらの密着性向上の効果により、酸化アルミニウム蒸着層はさらに割れが生じにくくなり、結果としてレトルト殺菌後もハイバリア性を維持できる。
【0030】
酸化アルミニウム蒸着層2の厚さは、一般的には5〜300nmの範囲内が望ましく、その値は要求される機能により適宜選択される。ただし膜厚が5nm未満であると均一な膜が得られないことや膜厚が十分ではないことがあり、ガスバリア材としての機能を十分に果たすことができない場合がある。また膜厚が300nmを越える場合は薄膜にフレキシビリティを保持させることができず、成膜後に折り曲げられたり引っ張られたりすることにより、薄膜に亀裂を生じる恐れがあるので問題がある。より好ましくは、10〜150nmの範囲内にあることである。」

(3)引用文献3に記載された事項、引用文献3に記載された発明
引用文献3には、以下の記載がある。
ア 「【請求項1】
少なくとも、一方の表面が、X線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)した元素比率(O/C)が、0.49以下であることを特徴とするポリエチレンテレフタレートフィルム。
【請求項2】少なくとも、一方の表面が、X線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)、0.32以下であることを特徴とするポリエチレンテレフタレートフィルム。」
イ 「【0018】
図1は本発明のPETフィルムを説明する断面図である。プラズマを利用したリアクティブエッチング(RIE)による前処理を施したPETフィルム1表面上に、無機蒸着膜2が積層されている構造である。
図2はXPS測定で得られた未処理PETのC1s波形をピーク分離解析スペクトルである。C1s波形はC−C結合4、C−O結合5、COO結合6に分離される。なお、それぞれの結合エネルギーの値は、285.0eV(C−C結合)、286.6〜286.7eV
(C−O結合)、288.9〜289.0eV(COO結合)である。
【0019】
X線光電子分光法による測定(XPS測定)では、被測定物質の表面から数nmの深さ領域の原子の種類と濃度やその原子と結合している原子の種類やそれら結合状態が分析でき、元素比率、官能基比率などを求めることができる。
本発明のPETフィルムは、少なくとも一方の表面に表面処理を施すことにより元素比率(O/C)が0.49以下、及び/またはC1s波形分離から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32以下を示すものである。そして、該表面上に無機蒸着膜を積層した際、該無機蒸着膜と極めて良好な密着性を示し、レトルトなどの加熱殺菌を行っても無機蒸着膜とデラミネーションを起こしにくい。また、さらに好ましくは、元素比率(O/C)が0.20〜0.49、及び/またはC1s波形分離から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.05〜0.32の範囲内であると良い。
【0020】
それに対し、通常のプラズマ処理などの表面処理が施されていない未処理状態PETフィルムは、原子濃度比(O/C)が0.5程度の値を示すことが一般的である。また、C1s波形はPET分子構造に由来するC−C結合、C−O結合、COO結合のピークに分離され、これらのピーク強度比はC−C:C−O:COO=3:1:1になり、C−CとCOOの比率(COO/C−C)は0.33程度になる。このような(O/C)と(COO/C−C)を示すPETフィルムは、レトルトなどの加熱殺菌を行うと無機蒸着膜とデラミネーションを起こし密着性が低い。
【0021】したがって、本発明のPETフィルムを包装材料として用いれば、レトルトなどの加熱殺菌を行っても、無機蒸着膜とPETフィルムとの剥離が防止され、高いガスバリア性を維持するものとなる。」

【図2】

エ 「【0026】
本発明のPETフィルムにおいては、PETフィルム1の表面の元素比率(O/C)を0.49以下、及び/又は官能基比率(COO/C−C)を0.32以下の範囲となるように調整する。
【0027】
PETフィルム表面にプラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)による前処理を施すことが有効である。このRIEによる処理を行うことで、発生したラジカルやイオンを利用して元素比率(O/C)と官能基比率(COO/C−C)を制御する。その結果、PETフィルムと無機蒸着層との密着性を強化させることができ、ガスバリア性向上やクラック発生防止につながるだけでなく、レトルトなどの加熱殺菌を行った場合においても、デラミネーションが起こることがない。
【0028】
次に本発明に用いる無機蒸着膜2は、透明性を有し、かつ酸素、水蒸気等のガスバリア性を有する層であれば、特に限定するものではなく、金属や金属化合物などを用いることができる。中でも、酸化アルミニウム、酸化珪素、酸化錫、酸化マグネシウム、或いはそれらの混合物などの無機酸化物の蒸着膜からなることが好ましい。各種殺菌耐性を配慮するとこれらの中では、特に酸化アルミニウム及び酸化珪素を用いることがより好ましい。ただし無機蒸着膜2は、上述した物に限定されず、上記条件に適合する材料であれば用いることが可能である。
【0029】
無機蒸着膜2の厚さは、用いられる無機化合物の種類・構成により最適条件が異なるが、一般的には5〜300nmの範囲内が望ましく、その値は適宜選択される。ただし膜厚が5nm未満であると均一な膜が得られないことや膜厚が十分ではないことがあり、ガスバリア材としての機能を十分に果たすことができない場合がある。また膜厚が300nmを越える場合は薄膜にフレキシビリティを保持させることができず、成膜後に折り曲げ、引っ張りなどの外的要因により、薄膜に亀裂を生じるおそれがあるので問題がある。より好ましくは、10〜150nmの範囲内にあることである。」
オ 「【0032】
【実施例】
以下に本発明のPETフィルムの実施例を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0033】
[表面状態分析方法]
測定に用いたX線光電子分光装置は、日本電子株式会社製JPS−90MXVを用い、X線源としては非単色化MgKα(1253.6eV)を使用、出力は100W(10kV−10mA)で測定した。定量分析にはO1sで2.28、C1sで1.00の相対感度因子を用いて計算をした。C1s波形の波形分離解析にはガウシアン関数とローレンツ関数の混合関数を使用し、帯電補正はベンゼン環に由来するC−C結合ピークを285.0eVとして補正した。
【0034】
<実施例1>
厚さ12μmのPETフィルムの片面に、処理方法としてリアクテブイオンエッチング(RIE)による前処理を施した。この時、電極には周波数13.56MHzの高周波電源を用い、処理ガスにアルゴン/酸素混合ガスを用いた。XPS 測定におけるO/Cは0.46で、COO/C−Cは0.32であった。この上に、電子線加熱方式を用いた反応蒸着により、酸化アルミニウムを20nmの厚みで成膜して、積層体を作成した。」

以上を総合し、特に実施例1に注目すると、引用文献3には以下の物の発明(以下、「引用発明3−1」という。)、及び、製造方法の発明(以下、「引用発明3−2」という。)が記載されている。
(引用発明3−1)
「厚さ12μmのPETフィルムの一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを20nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する酸化アルミニウム蒸着PETフィルムであって、
該リアクティブエッチング処理後のフィルム表面をX線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32である
ガスバリア性を有する酸化アルミニウム蒸着PETフィルム。」
(引用発明3−2)
「厚さ12μmのPETフィルムの一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを20nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する酸化アルミニウム蒸着PETフィルムであって、
該前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にフィルム表面をX線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32である
ガスバリア性を有する酸化アルミニウム蒸着PETフィルムを製造する工程において、
前記PETフィルムにアルゴン/酸素混合ガスを用いてなるリアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ前処理を施した
酸化アルミニウム蒸着PETフィルムの製造方法。」

2 引用発明1−1、1−2に基づく本件発明1〜4の進歩性についての検討
まず、本件発明1と引用発明1−1を対比する。
(1)引用発明1−1の「厚さ12μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを15nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する強密着蒸着フィルム」は、本件発明1の「ポリエチレンテレフタレートからなる基材の少なくとも一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体」に相当する。
(2)引用発明1−1の「前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23である」と、本件発明1の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内であり」とは、
(2−1)引用発明1−1の「前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム」が本件発明1の「前記基材」に相当し、かつ、引用発明1−1の「X線光電子分光測定」による「C1s波形」が本件発明1の「X線光電子分光法(XPS)」による「C1sピーク」に相当するため、両者の測定法と測定対象は一致するとともに、
(2−2)引用発明1−1の「官能基」の「COO」が本件発明1の「COO結合」に相当するから、両者は「基材」である「ポリエチレンテレフタレートフィルム」の「COO結合」の存在量を測定する限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と引用発明1−1は、以下の点で一致し、相違する。
<一致点>
「ポリエチレンテレフタレートからなる基材の一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体であって、
X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークから、COO結合の存在量を測定している
ガスバリア積層体。」

<相違点1>
基材のCOO結合の測定に関し、本件発明1は「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内」であると特定しているのに対し、引用発明1−1は「前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23である」としている点。
<相違点2>
ガスバリア積層体を構成する「酸化アルミニウム膜」に関し、本件発明1は「前記酸化アルミニウム膜が、前記XPSによって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8の範囲内である」のに対し、引用発明1−1は、そのように特定されていない点。

上記<相違点1>について検討する。
本件発明1と引用発明1−1の相違点は、ポリエチレンテレフタレートからなるフィルム様の基材を同一の測定法にて測定した際に、COO基の存在割合の表し方として、本件発明1ではC1sピーク全体、すなわち、全官能基のピーク面積に対するCOO基のピーク面積の比率とした表し方を採用し、引用発明1−1ではポリエチレンテレフタレートフィルム内のC−C基に対するCOO基の存在比率とした表し方を採用していると理解できる。
引用文献1には、測定対象であるポリエチレンテレフタレートフィルムの官能基組成に関する記載として、上記1(1)ウ、及びオがあり、オの図面はリアクティブエッチング処理が施されていない、「未処理」のフィルムを測定した場合のC1s波形分離解析スペクトル図とされ、ウの【0024】によれば、未処理のPETには、官能基としてC−C結合、C−O結合、COO結合がC1s波形に含まれるが、オの図2の図示ではこれがすべてではなく、他の官能基も若干ながら存在することがわかる。
また、ウの【0027】によれば、リアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ処理を施すことにより、PETフィルムの表面構造が化学的に変化するとされ、その結果、官能基比率(COO/C−C)を制御することができる旨の記載がある。
引用文献1の実施例1のポリエチレンテレフタレートフィルムを測定した結果は、COO/C−C=0.23であることは明瞭であるものの、他の官能基全体のC1sピーク波形の全面積はいかほどであり、それに対するCOOのピーク波形の面積がいかほどかは、COO/C−Cの比率単独では割り出すことができないし、たとえリアクティブイオンエッチング処理が未処理である場合に測定した全波形図である引用文献1の図2があろうとも、リアクティブイオンエッチング処理によりPETフィルムの表面構造が化学的に変化するとされている以上、処理後のPETフィルムの官能基は、処理前の図2と異なるというべきであり、処理後の実施例1のPETフィルムの測定結果は不知というべきである。
そうすると、当該相違点1に係る引用発明1−1の「前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム表面にX線光電子分光測定(測定条件:X線源MgKα、出力100W)を行った時に、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.23である」ことからは、RIE処理により表面の官能基の調整が行われた結果の「ポリエチレンテレフタレートフィルム」の官能基全体に対するCOOの比率は不明であるというにとどまり、本件発明1の対応する発明特定事項との異同は不知と認められる。
したがって、当該相違点1の相違は、引用発明1−1のポリエチレンテレフタレートフィルム表面の官能基のうち、COO結合のフィルム全体に対する比率について、本件発明1と同等である、または、実質的に同等であるとまでは言えず、本件発明1は、引用発明1−1に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

よって、本件発明1は、上記相違点2を検討するまでもなく、引用発明1−1及び引用文献2記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明2−4は、本件発明1の発明特定事項の全てを含むガスバリア積層体ないしガスバリア積層体の製造方法とされ、その一部をさらに限定する発明であるため、前述と同様、引用発明1−1又は引用発明1−2及び引用文献2記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3 引用発明3−1、3−2に基づく本件発明1〜4の進歩性についての検討
本件発明1と引用発明3−1を対比する。
(1)引用発明3−1の「厚さ12μmのPETフィルム一面にリアクティブイオンエッチング(RIE)処理を施し、処理面に酸化アルミニウムを20nmの厚さで成膜蒸着してなるガスバリア性を有する酸化アルミニウム蒸着PETフィルム」は、本件発明1の「ポリエチレンテレフタレートからなる基材の少なくとも一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体」に相当する
(2)引用発明3−1の「該リアクティブエッチング処理後のフィルム表面をX線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32である」と、本件発明1の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内であり」とは、
(2−1)引用発明3−1の「前記リアクティブエッチング処理後のポリエチレンテレフタレートフィルム」が本件発明1の「前記基材」に相当し、かつ、引用発明3−1の「X線光電子分光測定」による「C1s波形」が本件発明1の「X線光電子分光法(XPS)」による「C1sピーク」に相当するため、両者の測定法と測定対象は一致するとともに、
(2−2)引用発明3−1の「官能基」の「COO」が本件発明1の「COO結合」に相当するから、両者は「基材」である「ポリエチレンテレフタレートフィルム」の「COO結合」の存在量を測定する限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と引用発明3−1は、以下の点で一致し、相違する。
<一致点>
「ポリエチレンテレフタレートからなる基材の一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体であって、
X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークから、COO結合の存在量を測定している
ガスバリア積層体。」

<相違点3>
基材のCOO結合の測定に関し、本件発明1は「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内」であると特定しているのに対し、引用発明3−1は「該フィルム表面をX線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32である」としている点。
<相違点4>
ガスバリア積層体を構成する「酸化アルミニウム膜」に関し、本件発明1は「前記酸化アルミニウム膜が、前記XPSによって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8の範囲内である」のに対し、引用発明3−1は、そのように特定されていない点。

上記<相違点3>について検討する。
本件発明1と引用発明3−1の相違点は、ポリエチレンテレフタレートからなるフィルム様の基材を同一の測定法にて測定した際に、COO基の存在割合の表し方として、本件発明1ではC1sピーク全体、すなわち、全官能基のピーク面積に対するCOO基のピーク面積の比率とした表し方を採用し、引用発明3−1ではポリエチレンテレフタレートフィルム内のC−C基に対するCOO基の存在比率とした表し方を採用していると理解できる。
引用文献3には、測定対象であるポリエチレンテレフタレートフィルムの官能基組成に関する記載として、上記1(3)イ、及びウがあり、ウの図面はリアクティブエッチング処理が施されていない、「未処理」のフィルムを測定した場合のC1s波形分離解析スペクトル図とされ、イの【0020】によれば、未処理のPETには、官能基としてC−C結合、C−O結合、COO結合がC1s波形に含まれるが、ウの図2の図示ではこれがすべてではなく、他の官能基も若干ながら存在することがわかる。
また、エの【0027】によれば、リアクティブイオンエッチング(RIE)を利用したプラズマ処理を施すことにより、PETフィルムの表面構造が化学的に変化するとされ、その結果、官能基比率(COO/C−C)を制御することができる旨の記載がある。
引用文献3の実施例1のポリエチレンテレフタレートフィルムを測定した結果は、COO/C−C=0.32であることは明瞭であるものの、他の官能基全体のC1sピーク波形の全面積はいかほどであり、それに対するCOOのピーク波形の面積がいかほどかは、COO/C−Cの比率単独では割り出すことができないし、たとえリアクティブイオンエッチング処理が未処理である場合に測定した全波形図である引用文献3の図2があろうとも、リアクティブイオンエッチング処理によりPETフィルムの表面構造が化学的に変化するとされている以上、処理後のPETフィルムの官能基は、処理前の図2と異なるというべきであり、処理後の実施例1のPETフィルムの測定結果は不知というべきである。
そうすると、当該相違点1に係る引用発明3−1の「該フィルム表面をX線光電子分光法により測定(測定条件:X線源MgKα、X線出力100W)し、C1s波形の解析から求めた官能基比率(COO/C−C)が0.32である」ことからは、RIE処理により表面の官能基の調整が行われた結果の「ポリエチレンテレフタレートフィルム」の官能基全体に対するCOOの比率は不明であるというにとどまり、本件発明1の対応する発明特定事項との異同は不知と認められる。
したがって、当該相違点3の相違は、引用発明3−1のポリエチレンテレフタレートフィルム表面の官能基のうち、COO結合のフィルム全体に対する比率について、本件発明1と同等である、または、実質的に同等であるとまでは言えず、本件発明1は、引用発明3−1に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

よって、本件発明1は、上記相違点4を検討するまでもなく、引用発明3−1及び引用文献2記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明2−4は、本件発明1の発明特定事項の全てを含むガスバリア積層体ないしガスバリア積層体の製造方法とされ、その一部をさらに限定する発明であるため、前述と同様、引用発明3−1又は引用発明3−2及び引用文献2記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

4 取消理由1(明確性)について
請求項1に記載された「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピークのCOO結合ピークの面積率」は、上述のように、本件訂正により「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率」に訂正されたため、取消理由1は理由のないものとなった。

5.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
申立人は、特許異議申立書において、上記取消理由の他に次の理由を主張する。
(1) (i)発明の本質、(iii)O/Al、(iv)製造方法に関する特許法第36条第6項第2号明確性
(2) 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
(3) 特許法第36条第4項第1号実施可能要件
しかしながら、上記主張の理由(1)〜(3)は次に示すとおり成り立たない。

(1)明確性について
ア (i)及び(iii)について
本件の請求項1の「X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率」及び「前記酸化アルミニウム膜が、前記XPSによって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8の範囲内である」の記載は、それぞれ特定される発明の内容を把握することができるものであり、明確である。
イ (iv)について
本件の請求項3、4は、発明のカテゴリーとして末尾に「ガスバリア積層体の製造方法」と記載されているとおり、物の製造方法に関する発明である。
そして、その製造方法に関する記載として、請求項3には「前記基材上にプラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)処理が施されていることを特徴とする」と記載されているとおり、「基材」に「プラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)処理」を「施」すことを特定しようとする記載であると理解でき、製造工程上で採用する一部の工程を特定しようとした内容が明確である。
よって、請求項3及び請求項3を引用する請求項4の記載は、明確である。

(2)サポート要件について
本件特許発明が解決しようとする課題は、本件特許明細書の【0001】−【0009】の記載から、「従来のようなガスバリア基材に使われる酸化アルミニウム膜を積層したフィルムでは、酸化アルミニウム膜と基材PET間での凝集力が劣化するため、レトルト処理やボイル処理のような加熱処理により密着性の劣化を引き起こすという欠点があった」(【0006】)ため、「レトルト処理・ボイル処理を行っても密着性が劣化しないガスバリア積層体を提供すること」(【0009】)である。
そして、係る課題を解決するための手段としては、次の記載がある。
「【0018】
本発明者の鋭意検討に基づく知見によれば、ガスバリア積層体のPET(ポリエチレンテレフタレート)基材のCOO結合の割合を好適化することにより、レトルト処理・ボイル処理を行っても密着性が劣化しないガスバリア積層体が得られることを見出した。」
「【0020】
本発明のガスバリア積層体は、基材であるPET中の分子構造のCOO結合を制御してなるものである。この結果、密着性の向上につながるだけでなく、レトルト処理・ボイル処理においても、密着性の劣化を抑制することができる。
【0021】
本発明のガスバリア積層体は、本発明者の次の知見に基づくものである。
基材であるPETの分子構造におけるCOO結合の割合をCOO%とすると、COO%は一般にX線光電子分光法(XPS)で測定される。例えば基材の測定面積を直径6mmとし、100WのX線を照射してC1sスペクトルを測定し、波形分離解析を行うことによって、前記COO%の測定値が得られる。本発明者は種々の実験検討により、このCOO%が適切な値になっていないと、密着性劣化を起こしやすいことを見出した。
【0022】
未処理の場合のPETフィルムの分子構造は、XPSで測定されるC1s波形の波形分離解析(図2)からC−C結合が約60%、C−O結合が約20%、COO結合が約20%となっている。このようにしてXPSで分子構造が測定される。
【0023】
COO%はPETフィルム表面の凝集力に関係しており、RIE処理をすることにより表面の凝集力が変化することを利用して、さらにPET基材のCOO%を適切な値に調整することができ、その効果としてレトルト処理・ボイル処理で密着性の劣化を防ぐことができる。」
「【0039】
次に酸化アルミニウム膜2について説明する。酸化アルミニウム膜はXPS法測定によって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5〜1.8であることが好ましい。O/Alが1.5より小さい場合、バリア性が低下し、かつバリア層が着色し透明性を失う。一方、1.8より大きい場合、バリア膜の残留応力が大きく、また水酸基が多く導入された状態でバリア性が著しく低下する。また、ボイル・レトルト処理などで加熱されると、膜とPET基材の密着性が低下する。
【0040】
酸化アルミニウム膜の膜厚は、一般的には5〜30nmの範囲内が望ましく、その値は適宜選択される。ただし膜厚が5nm未満であると均一な膜が得られないことや膜厚が十分ではないことがあり、ガスバリア材としての機能を十分に果たすことができない場合がある。また、膜厚が30nmを越える場合は薄膜の残留応力によりフレキシビリティを保持させることができず、成膜後外的要因により、薄膜に亀裂を生じるおそれがあるので問題がある。」
「【0056】
表1に示した結果から、実施例1〜3の条件ではフィルムの剥離強度がいずれも2N/15mm以上が得られ、○の判定であった。これらの結果から、COO%が16.2%から17.8%、および酸化アルミニウム薄膜の酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8に調整したガスバリア積層体フィルムは、優れた密着性を有し、劣化しないことを示した。」
「【0058】
以上のように本発明のガスバリア積層体は、基材PETフィルムのCOO%とO/Alの値が上記の範囲であることにより、ボイル又はレトルト処理後でも優れた密着性を有しているガスバリア積層体が得られる。」
以上の記載から、本件発明の解決しようとする課題に対する解決手段は、「ガスバリア積層体のPET(ポリエチレンテレフタレート)基材のCOO結合の割合を好適化する」(【0018】)、及び、「酸化アルミニウム膜はXPS法測定によって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5〜1.8」(【0039】)であり、「COO%が16.2%から17.8%」(【0056】)であることが理解できる。
そして、本件の請求項1にはこれら2点が記載されているから、本件の請求項1及び請求項1を引用する請求項2〜4の記載は、発明が解決しようとする課題に対する解決手段が記載されていると認められる。
なお、申立人は、特許異議申立書の5〜6ページ及び35〜38ページにかけて、(i)PETフィルム、(ii)RIE処理ガス、(iii)COO面積率の測定条件、(iv)酸化アルミニウム膜の厚み、(v)他の官能基に関して、請求項1〜4の記載は、発明の課題を解決し得ないものを包含している旨を主張しているが、本件発明に関する課題解決手段は上述のとおりであり、請求項1〜4の記載は、解決しようとする課題の解決手段を適切に記載したと認められるから、かかる申立人の主張は成り立たない。

(3)実施可能要件について
上記(2)にて示したとおり、本件の請求項1〜4に係る発明は、発明が解決しようとする課題に対して解決する手段が特許請求の範囲に記載された発明であり、その発明の実施に当たり、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当該発明特定事項であるCOO結合ピークの面積の比率を充足したポリエチレンテレフタレートからなる基材を用意し、当該基材に酸素とアルミニウムの比を充足した酸化アルミニウム膜を積層するとした内容が、実施例1,2,3として【0047】〜【0049】に記載されているから、本件特許明細書に接した当業者が本件発明を実施するに当たり、明確かつ十分な記載があると認められる。
なお、申立人は、特許異議申立書の6ページ及び38〜39ページにかけて、RIE処理時間、O/Al、COO面積率、O/Al及び剥離強度の関係に関して発明の詳細な説明に明確かつ十分な記載がないと主張しているが、前述の実施例1〜3にはRIE処理時間の目安として出力W数と、COO%の目標値が記載されているから、目標値に達するための処理時間は数度のテストで知得可能であり、また酸化アルミニウム膜についての本件発明特定事項は、酸素原子とアルミニウム原子の存在比率を定めているにすぎず、定法により指定範囲の比率を得ることが可能である。
さらに、COO面積率、O/Al及び剥離強度の関係については、本件特許明細書の【0047】〜【0058】、【表1】にて三者の関係が記載されている。
したがって、申立人のかかる主張は、採用することができない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1−4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1−4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンテレフタレートからなる基材の少なくとも一方の面に酸化アルミニウム膜を積層してなるガスバリア積層体において、
X線光電子分光法(XPS)によって測定される前記基材のC1sピーク全体の面積に対する、COO結合ピークの面積の比率が、16.2%から17.8%の範囲内であり、前記酸化アルミニウム膜が、前記XPSによって算出される酸素とアルミニウムの比(O/Al)が1.5から1.8の範囲内であることを特徴とするガスバリア積層体。
【請求項2】
前記酸化アルミニウム膜の厚さが5〜30nmであることを特徴とする、請求項1に記載のガスバリア積層体。
【請求項3】
前記請求項1または2に記載のガスバリア積層体の製造工程において、前記基材上にプラズマを利用したリアクティブイオンエッチング(RIE)処理が施されていることを特徴とするガスバリア積層体の製造方法。
【請求項4】
前記RIE処理が、アルゴン、窒素、酸素、水素のうちの1種類のガス、または、これらの混合ガスを用いて1回以上行われる処理であることを特徴とする、請求項3に記載のガスバリア積層体の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-04-08 
出願番号 P2016-208722
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B32B)
P 1 651・ 537- YAA (B32B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 藤原 直欣
特許庁審判官 西村 泰英
井上 茂夫
登録日 2021-03-08 
登録番号 6848339
権利者 凸版印刷株式会社
発明の名称 ガスバリア積層体及びその製造方法  
代理人 田村 明照  
代理人 黒木 義樹  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 鈴木 洋平  
代理人 黒木 義樹  
代理人 田村 明照  
代理人 鈴木 洋平  
代理人 長谷川 芳樹  

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