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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
管理番号 1386149
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-08 
確定日 2022-05-11 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6840536号発明「筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6840536号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−8〕について訂正することを認める。 特許第6840536号の請求項1及び3−8に係る特許を維持する。 特許第6840536号の請求項2に係る特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6840536号の請求項1〜8に係る特許についての出願は、平成28年12月28日に出願され、令和3年2月19日にその特許権の設定登録がされ、同年3月10日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜8に係る特許に対し、同年9月8日に特許異議申立人 高橋和秀(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、同年11月4日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和4年1月27日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、同年2月17日に手続補正書(以下、この手続補正書により補正された訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」といい、その内容を「本件訂正」という。)の提出を行った。特許権者から訂正請求があったことを、同年同月22日付けで特許異議申立人に通知し、特許異議申立人は、その指定期間内である同年3月23日に意見書を提出した。

第2 本件訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨について
令和4年2月17日付けの手続補正により補正された訂正請求による訂正の「請求の趣旨」は、「特許第6840536号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜8について訂正することを求める。」というものである。

2 本件訂正
本件訂正は、以下の訂正事項1〜7からなる。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1について、「顔料」を「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」に訂正する。さらに、「筆記具用水性インキ組成物」を「、くし 溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物」に訂正する。(請求項1の記載を引用する請求項3〜8も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に、「請求項2に記載の筆記具用水性インキ組成物。」と記載されているのを、「請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に、「請求項1〜3のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。」と記載されているのを、「請求項1または3に記載の筆記具用水性インキ組成物。」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に、「請求項1〜4のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。」と記載されているのを、「請求項1、3、4のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に、「請求項1〜5のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。」と記載されているのを、「請求項1,3〜5のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。」に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に、「請求項1〜6のいずれか1項に記載筆記具用水性インキ組成物を内蔵してなる筆記具。」と記載されているのを、「請求項1、3〜6のいずれか1項に記載筆記具用水性インキ組成物を内蔵してなる筆記具。」に訂正する。

3 一群の請求項について
訂正前の請求項1〜8について、請求項2〜8はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1〜8に対応する訂正後の請求項1、3〜8は、特許法特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項といえる。

4 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正前の請求項1に係る特許発明は、筆記具用水性インキ組成物が「顔料」を含むことを特定している。
これに対して、訂正後の請求項1は、「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」との記載により、訂正後の請求項1に係る発明における「顔料」をより具体的に特定し、更に限定するものである。
また、訂正前の請求項1に係る特許発明は、「筆記具用水性インキ組成物」に関するものである。これに対して、訂正後の請求項1は、「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物」との記載により、訂正後の請求項1に係る発明における「筆記具用水性インキ組成物」をより具体的に特定し、更に限定するものである。
すなわち、訂正事項1は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
同様に、訂正後の請求項3〜8は、訂正後の請求項1に記載された「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」及び「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物」との記載を引用することにより、訂正後の請求項3〜8に係る発明における「顔料」及び「筆記具用水性インキ組成物」をより具体的に特定し、更に限定するものであるため、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アの理由から、訂正事項1は、発明特定事項を上位概念から下位概念にするものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。また、訂正事項1は、訂正前の請求項1の記載以外に、訂正前の請求項2の記載について訂正するものではなく、請求項2のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項1は、願書に添付した明細書中の発明の詳細な説明または特許請求の範囲の記載に基づいて導き出される構成である。
まず、「顔料」が「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」であることは、願書に添付した明細書の段落【0021】及び【0031】、並びに願書に添付した特許請求の範囲の請求項2に記載されている。
また「筆記具用水性インキ組成物」が「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物」であることは、願書に添付した明細書の段落【0084】に記載されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、請求項2を削除するというものであるから、当該訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、請求項2を削除するというものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項2は、請求項2を削除するというものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、訂正前の請求項3が請求項2の記載を引用する記載であるところ、訂正事項2で請求項2が削除されて、訂正事項1で請求項2の発明特定事項が請求項1で特定されたことに伴い、請求項間の引用関係に矛盾が生じないようにする訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。また、訂正前の請求項3に対して、訂正後の請求項3は筆記具について「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用」という限定がなされているから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正であるともいえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項3は、訂正前の請求項3が請求項2の記載を引用する記載であるところ、訂正事項2で請求項2が削除されて、訂正事項1で請求項2の発明特定事項が請求項1で特定されたことに伴い、請求項間の引用関係に矛盾が生じないようにする訂正であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。したがって、訂正事項3は特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項3は、訂正前の請求項3が請求項2の記載を引用する記載であるところ、訂正事項2で請求項2が削除されて、訂正事項1で請求項2の発明特定事項が請求項1で特定されたことに伴い、請求項間の引用関係に矛盾が生じないようにする訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものであるといえる。

(4)訂正事項4〜7
ア 訂正の目的について
訂正事項4〜7は、訂正前の請求項4が請求項1〜3のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項5が請求項1〜4のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項6が請求項1〜5のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項7が請求項1〜6のいずれかの記載を引用する記載であるところ、請求項2を引用しないものとするための訂正であって、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正であるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項4〜7は、請求項2を引用しないものとするための訂正であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項4〜7は、請求項2を引用しないものとするための訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項 範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものであるといえる。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許第6840536号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−8〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2で述べたとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1〜8に係る発明は、令和4年2月17日付けの手続補正により補正された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される次のとおりのもの(以下「本件特許発明1」〜「本件特許発明8」、まとめて「本件特許発明」ともいう。)である。

「【請求項1】
機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料と水とナノセルロースとヒドロキシアルキルセルロースを含む、くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物であって、
前記筆記具用インキ組成物の全質量に対する前記ヒドロキシアルキルセルロースの配合割合が、0.001〜0.4質量%であり、
前記筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、1〜20mPa・sであることを特徴とする筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記機能性材料が、
(イ)電子供与性呈色性有機化合物からなる成分と、
(ロ)電子受容性化合物からなる成分と、
(ハ)前記(イ)成分および(ロ)成分による電子授受反応を特定温度域において可逆的に生起させる反応媒体と、
を含んでなる可逆熱変色性組成物であることを特徴とする請求項1に記載の筆記具用水性
インキ組成物。
【請求項4】
前記ナノセルロースがセルロースナノクリスタルであり、その数平均繊維径が3〜70nmであり繊維長が100〜500nmであることを特徴とする請求項1または3のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項5】
前記ヒドロキシアルキルセルロースが、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、およびヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくともひとつであることを特徴とする請求項1、3、4のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項6】
前記ナノセルロースと前記ヒドロキシアルキルセルロースとの配合比率が1:10〜1:1であることを特徴とする、請求項1、3〜5のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項7】
請求項1、3〜6のいずれか1項に記載筆記具用水性インキ組成物を内蔵してなる筆記具。
【請求項8】
前記筆記具が、くし溝を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具であることを特徴とする請求項7に記載の筆記具。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
本件訂正前の請求項1〜8に係る特許に対して、当審が令和3年11月24日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
理由1(進歩性)本件特許の請求項1〜8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証〜甲第6号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2014−189686号公報
甲第2号証:特開2016−124930号公報
甲第3号証:特開平8−183923号公報
甲第4号証:国際公開2012/133672号
甲第5号証:特表2016−517458号公報
甲第6号証:特許2011−225858号公報

理由2(サポート要件)本件特許の請求項1〜8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(1)一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(…)が証明責任を負うと解するのが相当である。…当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。』とされている〔知財高裁、平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。

(2)そして、本件特許発明1の課題は、【0005】の記載からみて、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することにあると認める。
ここで、本件特許明細書の実施例からみて、「顔料」として「マイクロカプセル顔料」を用いた場合に、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができることは理解できるが、マイクロカプセル顔料以外の顔料を用いた場合に、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができるとは理解できない。
そして、本件特許明細書の段落0019には「本発明による筆記具用水性インキ組成物は、前記水性インキ組成物中でナノセルロースが均一に分散している。前記ナノセルロースは、セルロースのもつ官能基と水分子が結合することで、網目状に均一に分散した状態を保っていると考えられる。一方、ヒドロキシアルキルセルロースは前記の通り、顔料間のゆるい橋かけ作用を生じさせゆるい凝集状態を作り、顔料同士の凝集を押さえる働きをしている。そして、顔料とヒドロキシアルキルセルロースとで形成されたゆるい凝集体が、ナノセルロースが均一に分散した状態を作る際に、網目に取り込まれた状態で分散される。この為、ナノセルロース、ヒドロキシアルキルセルロース単独で顔料を分散させるよりも、顔料が分散しやすい状態を保つことができる為、インキ粘度が低い場合にも、その沈降を押さえることができ、分散状態を安定して保つことができるものと考えられる。」と記載され、水性インキ組成物における顔料の沈降抑制には、一般的に沈降に影響すると考えられる顔料の比重だけでなく、「ゆるい橋かけ作用」を生じさせるためのヒドロキシアルキルセルロースとの相互作用も影響すると考えられる。
しかし、本件特許発明1の「顔料」は、マイクロカプセル顔料とはヒドロキシアルキルセルロースとの相互作用が明らかに異なるマイクロカプセル顔料以外のものが包含されており、そのような顔料を用いた場合、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができるとはいえない。
そうすると、発明の詳細な説明の内容を参酌しても、本件特許発明1が、前記課題を解決できると認識できる範囲にあるとは認められない。
したがって、本件特許発明1は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が理解できるように記載された範囲を超えていると認められる。
本件特許発明1を引用し、顔料がマイクロカプセル顔料に特定されていない本件特許発明4〜8についても同様である。

第5 前記第4における理由1(進歩性)についての判断
1 甲号証の記載について
(1)甲第1号証(以下、「甲1」という。)
1a「【請求項1】
熱変色性組成物をマイクロカプセルに内包させたマイクロカプセル顔料と、水と、剪断減粘性付与剤と、発酵セルロースを含有する熱変色性ボールペン用水性インキ組成物。
【請求項2】
前記熱変色性組成物が、(イ)電子供与性呈色性有機化合物、(ロ)電子受容性化合物、(ハ)前記(イ)、(ロ)の呈色反応をコントロールする反応媒体とからなる可逆熱変色性組成物である請求項1記載の熱変色性ボールペン用水性インキ組成物。
【請求項3】
前記剪断減粘性付与剤と、発酵セルロースの配合比率が1:1〜4:1である請求項1又は2記載の熱変色性ボールペン用水性インキ組成物。
【請求項4】
前記剪断減粘性付与剤がキサンタンガム、サクシノグリカン、アルカシーガム、ゼータシーガム、ダイユウタンガム、ウェランガムから選ばれるいずれか一種以上である請求項1乃至3のいずれかに記載の熱変色性ボールペン用水性インキ組成物。
・・・
【請求項6】
前記請求項1乃至5のいずれかに記載の熱変色性ボールペン用水性インキ組成物を内蔵したボールペン。」
1b「【0005】
本発明は、着色剤として熱変色性マイクロカプセル顔料を適用する剪断減粘性付与剤を用いた水性インキであっても、マイクロカプセル顔料の分散安定性に優れ、筆記不良を生じることなく良好な筆跡を長期的に形成できる熱変色性ボールペン用水性インキ組成物とそれを内蔵したボールペンを提供するものである。」
1c「【0009】
本発明の水性インキ組成物は、水媒体中に熱変色性マイクロカプセル顔料と剪断減粘性付与剤を含むと共に、発酵セルロースを含むものである。
前記発酵セルロースは、酢酸菌の亜種を適正な培地で通気撹拌培養し、菌体外産出されたセルロース繊維を分離・回収したものであり、水媒体中で非常に細かい三次元網目構造を形成する繊維性物質である。そのため、水性インキに添加した際には、インキ粘度を上昇させることなく三次元網目構造を形成する。本発明では、剪断減粘性付与剤とともに発酵セルロースを併用することで、発酵セルロースの網目を用いてマイクロカプセル顔料の分散性を付与するとともに、該分散状態の材料を剪断減粘性付与剤による適度な粘性でインキ中全体に均等分散保持するものである。そのため、インキ組成中の固形分(着色剤成分)が多くなるマイクロカプセル顔料を用いた水性インキ組成物であっても、高粘度化に伴うペン先のドライアップや筆跡カスレ等の筆記不良を生じることなく、良好な筆記が長期に亘って可能なものとなる。
【0010】
前記発酵セルロースは、インキ組成物全量に対し、0.01〜5.0質量%、好ましくは0.1〜2.0質量%の範囲で添加される。前記範囲を下まわると、マイクロカプセル顔料の分散保持性が十分ではなく、この範囲を超えても更なる性能の向上は得られない。
【0011】
更に、前記発酵セルロースと併用してセルロース誘導体を添加することで、発酵セルロースの網目構造をより細かくするとともに、各発酵セルロースの網目構造間を複合的に結ぶことができる。そのため、マイクロカプセル顔料がより分散安定性に優れた状態を確保できる。
前記セルロース誘導体としては、カルボキシメチルセルロース又はその塩、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、酢酸セルロース等の発酵セルロースとは異なる構造のものが挙げられる。特に、発酵セルロースと絡みやすく、長期間安定して複合状態を維持できることから、カルボキシメチルセルロース又はその塩を用いることが好ましい。
これらは、単独又は二種以上混合して使用してもよい。」
1d「【0030】
前記剪断減粘性付与剤としては、水に可溶乃至分散性の物質が効果的であり、キサンタンガム、ウェランガム、構成単糖がグルコースとガラクトースの有機酸修飾ヘテロ多糖体であるサクシノグリカン(平均分子量約100〜800万)、グアーガム、ローカストビーンガム及びその誘導体、ヒドロキシエチルセルロース、ダイユータンガム等の増粘多糖類や、アルギン酸アルキルエステル類、メタクリル酸のアルキルエステルを主成分とする分子量10万〜15万の重合体、グルコマンナン、寒天やカラゲニン等の海藻より抽出されるゲル化能を有する炭水化物、ベンジリデンソルビトール及びベンジリデンキシリトール又はこれらの誘導体、ポリN−ビニルカルボン酸アミド、無機質微粒子、HLB値が8〜12のノニオン系界面活性剤、ジアルキルスルホコハク酸の金属塩やアミン塩等を例示でき、更には、インキ組成物中にN−アルキル−2−ピロリドンとアニオン系界面活性剤を併用して添加しても安定した剪断減粘性を付与できる。これらは、単独又は二種以上混合して使用してもよい。
【0031】
中でも、インキの経時安定性が高い点から増粘多糖類が好適に用いられ、特に、キサンタンガム、サクシノグリカン、アルカシーガム、ゼータシーガム、ダイユウタンガム、ウェランガムは、水性媒体中で自身が三次元網目構造となるため、発酵セルロースの三次元網目構造との複合作用によって、少量の添加であってもより複雑な網目構造を形成できるため、マイクロカプセル顔料の分散性をより高いレベルで発現できる点から最も好適である。
【0032】
前記剪断減粘性付与剤は、筆跡の滲みを抑制することができるとともに、発酵セルロー
スと併用することにより、粒子径及び比重の大きいマイクロカプセル顔料を用いることでインキ中の固形分比率が多くなる場合であっても、インキ粘度を大きく上げることなく効果的にマイクロカプセル顔料の分散状態を保持できるため、顔料の凝集や沈降と、ペン先のドライアップを長期的に抑制することが可能となる。
【0033】
前記剪断減粘性付与剤はインキ組成物全量中0.05〜0.5質量%含有され、該剪断減粘性付与剤の添加量に応じて発酵セルロースの配合量が調整される。具体的には、剪断減粘性付与剤と発酵セルロースの質量比率が1:1〜4:1で添加されることが好ましい。前記範囲とすることで、インキ粘度を上げ過ぎることなくマイクロカプセル顔料の凝集、沈降をより効果的に抑制できる。そのため、経時後も良好な筆記性能を示すボールペンを得ることができる。
前記剪断減粘性付与剤としてキサンタンガムやサクシノグリカン等の自身がインキ中で網目構造となる多糖類を単独で用いた際には、特に加温時にマイクロカプセル顔料の沈降を生じ易くなるため、沈降を抑制するには多量の添加が必要となる。この場合、インキが高粘度化して筆跡の濃度低下や線割れやインキ追従性の低下といった副作用をもたらすこととなる。そのため、前記比率で発酵セルロースを添加することで必要以上に粘度を上げることなく、ボールペン用インキとして特に適した粘度で凝集や沈降が抑制できるものとなる。
前記剪断減粘性付与剤がインキ組成物全量中0.05質量%未満では、インキ粘度が低すぎてマイクロカプセル顔料の凝集、沈降を抑制する効果に乏しく、一方、剪断減粘性付与剤がインキ組成物全量中0.5質量%を越えると、インキ粘度が高すぎて筆跡がかすれ易くなる。
更に、前記発酵セルロースの質量に対し剪断減粘性付与剤の質量比率が1を下回ると、発酵セルロースと剪断減粘性付与剤との相乗効果が乏しく、前記多糖類を単独で用いた場合と同程度の効果が得られるのみである。一方、発酵セルロースの質量に対して剪断減粘性付与剤の質量比率が4を超えると、粘度が高くなりすぎて筆跡かすれやインキの追従不良を生じ易くなる。
尚、前記剪断減粘性付与剤はインキ組成物全量中0.1〜0.3質量%含有されることがより好ましく、且つ、剪断減粘性付与剤と発酵セルロースの質量比率は、1:1〜4:1であることがより好ましい。」
1e「【0043】
以下に実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、数値は質量部を表わす。尚、粒子径はレーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置〔(株)堀場製作所製;LA−300〕を用いて測定してその数値を基に平均粒子径(メジアン径)を算出した値である。
マイクロカプセル顔料Aの調製
(イ)成分として4,5,6,7−テトラクロロ−3−[4−(ジエチルアミノ)−2−メチルフェニル]−3−(1−エチル−2−メチル−1H−インドール−3−イル)−1(3H)−イソベンゾフラノン、(ロ)成分として4,4′−(2−エチルヘキサン−1、1−ジイル)ジフェノール、2,2−ビス(4′−ヒドロキシフェニル)−ヘキサフルオロプロパン、(ハ)成分としてカプリン酸4−ベンジルオキシフェニルエチルからなる色彩記憶性を有する可逆熱変色性組成物を内包したマイクロカプセル顔料懸濁液を得た。その後、前記懸濁液を遠心分離してマイクロカプセル顔料Aを単離した。
前記マイクロカプセル顔料の平均粒子径は1.0μm、完全消色温度は55℃、完全発色温度は−20℃であり、温度変化により青色から無色に変色する。
前記マイクロカプセル顔料(予め−20℃以下に冷却してマイクロカプセル顔料を青色に発色させたもの)を着色剤として用いた。
・・・
【0048】
ボールペン用水性インキ組成物の調製
以下の表にインキ組成を示す。表中の組成の数値は質量部を表す。尚、各実施例、比較例のインキ粘度は、20℃で回転粘度計〔Paar physica社製 レオメーターDSR4000(コーンプレートMK−2S)ギャップ50μm〕により、1rpm及び100rpmを測定した値である。
【表1】

【0049】
表中の原料の内容を注番号に従って以下に説明する。
(1)商品名:ケルザン、三晶(株)製
(2)商品名:レオザン、三晶(株)製
(3)商品名:ゼータシーガム、伯東(株)製
(4)商品名:ビストップD−2029、三栄源(株)製
(5)商品名:ジュリマーAC−10P、日本純薬(株)製
(6)商品名:プライサーフAL、第一工業製薬(株)製、リン酸エステル系界面活性剤
(7)商品名:プロキセルXL−2、アーチケミカルズジャパン社製
【0050】
インキの調製
発酵セルロースを少量の水に添加し、ディスパーにて20℃で1時間攪拌して分散液を作製した。次に、残りのイオン交換水中に剪断減粘性付与剤以外の成分を添加し、先に作製した分散液を更に加えて攪拌した後、剪断減粘性付与剤を添加してディスパーにて均一となるように混合攪拌することで水性インキ組成物を調製した。
【0051】
ボールペンレフィルAの作製
前記各インキ組成物をポリプロピレン樹脂からなるインキ収容管に吸引充填し、樹脂製接続部材(ホルダー)を介して金属製のパイプの先端近傍を外面より内方に押圧変形させて形成したボール抱持部に直径0.4mmの超硬合金ボールを抱持したボールペンチップと連結させた。
次いで、前記ポリプロピレン製パイプの後端よりインキ逆流防止体(液栓)を充填し、更に尾栓をパイプの後部に嵌合させてボールペンレフィルを得た。
【0052】
ボールペンレフィルBの作製
前記各インキ組成物をポリプロピレン樹脂からなるインキ収容管に吸引充填し、樹脂製接続部材(ホルダー)を介して金属材料を切削加工して形成したボール抱持部に直径0.7mmのステンレス鋼ボールを抱持したボールペンチップと連結させた。
次いで、前記ポリプロピレン製パイプの後端よりインキ逆流防止体(液栓)を充填し、更に尾栓をパイプの後部に嵌合させてボールペンレフィルを得た。
【0053】
ボールペンの作製
前記ボールペンレフィルA,Bを、それぞれ軸筒内に組み込み、出没式ボールペンを得た。
前記出没式ボールペンは、ボールペンレフィルに設けられた筆記先端部が外気に晒された状態で軸筒内に収納されており、軸筒側面に設けられたクリップ形状の出没機構(スライド機構)の作動によって軸筒前端開口部から筆記先端部が突出する構造である。尚、前記筆跡は、軸筒後端部に設けたSEBS樹脂製の摩擦部材を用いて摩擦することにより消色させることができる。
出没機構の作動により軸筒前端開口部からボールペンチップを出没させた状態で筆記して得られる初期の筆跡はいずれも着色状態を呈していた。
前記ボールペンレフィルとボールペンを用いて、以下の試験を行なった。
【0054】
インキ安定性試験
前記ボールペンレフィルをチップ下向き状態で静置し、50℃の環境下に60日間放置した。その後、室温にてレフィル内のインキの状態を目視により確認した。更に層分離していないものについては用紙に螺旋状の丸を筆記した。
【0055】
筆記試験
筆記可能であることを確認した各試料ボールペンを、室温にて旧JIS P3201筆記用紙Aに手書きで1行に12個の螺旋状の丸を3行連続筆記した。その際の筆跡状態を目視により確認した。
前記試験の結果を以下の表に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
尚、試験結果の評価は以下の通りである。
インキ安定性試験
○:マイクロカプセル顔料の凝集や沈降はみられず、初期と同様の状態を示し、良好な筆記ができた。
△:初期と比較すると若干の顔料凝集が認められるものの、筆記時には実用レベルにある。
×:インキが層分離する。
筆記試験
○:良好な筆跡を示した。
△:筆跡に若干の線割れやウスが見られた。
×:筆跡に複数のカスレが見られた。又は追従不良や筆記不能となった。」

(2)甲第2号証(以下、「甲2」という。)
2a「【請求項1】
水と顔料と酸化チタンナノチューブを含むことを特徴とする筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
前記顔料が、機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料であることを特徴とする請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。」
2b「【0080】
前記筆記具用水性インキ組成物は、20℃でBL型粘度計を用いて60rpmで測定したインキ粘度が好ましくは1.1〜100mPa・s、より好ましくは1.5〜50mPa・sである。本発明の筆記具用水性インキ組成物は、特に低粘度のインキに用いた際に、顔料の沈降抑制において、最大限の効果を発揮する。
・・・
【0082】
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、万年筆、ボールペン、筆ペン、カリグラフィー用のペン、各種マーカー類など各種筆記具用水性のインキとして用いることができる。特に、万年筆などのくし溝を利用したインキ供給機構を備える筆記具や、マーカー類などに代表される繊維収束体をを利用したインキ供給機構を備える筆記具など、毛管現象を利用したインキ供給機構を備える筆記具は、そのインキ供給機構などから、インキ粘度の高いインキを用いることができないため低粘度のインキを用いる必要があり、従来の筆記具用インキ組成物においては、顔料の沈降などにより、筆記する際にその筆跡が掠れたり、筆記不能になる場合があったが、本発明による筆記具用インキ組成物においては、低粘度インキにおいても顔料の沈降を抑制することが可能となるため、好適に用いられる。」

(3)甲第3号証(以下、「甲3」という。)
3a「【請求項1】 着色剤、水溶性有機溶剤及び水を少なくとも含有するインキ組成物からなり、インキ中の溶存気体量を不飽和状態とした水性インキ。
・・・
【請求項3】 水性インキが、インキ室密閉構造のインキフリー式筆記具用インキである請求項1又は2記載の水性インキ。
・・・
【請求項6】 水性インキの粘度が1〜20cps(25℃)である請求項1乃至4記載のいずれかである水性インキ。
【請求項7】 着色剤が顔料である請求項1乃至6記載のいずれかである水性インキ。」
3b「【0057】次に、実施例1〜12及び比較例1〜6で得られた水性インキ組成物の25℃に於ける粘度を東京計器製BL型粘度計(ブルックフィールド型粘度計)を使用し、実施例1〜6及び比較例1〜3はNo.3ローターの6rpmでの粘度を測定し、実施例7〜12及び比較例4〜6はNo.1ローターの60rpmでの粘度を測定した。また20℃に於ける溶存酸素量も堀場製作所製溶存酸素計(OM−14)にて測定した。
・・・
【0061】
【表1】




(4)甲第4号証(以下、「甲4」という。)
4a「[0019]
本発明の水中油分散型油含有液状食品が含有する「三次元網目構造体」は、微細セルロースから実質的になる。すなわち、微細セルロースは、三次元網目構造体の骨格を構成する。当該三次元網目構造体は、本発明の効果が奏される限りにおいて、微細セルロース以外の成分を含有してもよい。当該「微細セルロース」は、好ましくは、約10nm〜約1μmの微細な繊維径を有する。本発明の水中油分散型油含有液状食品が含有する「三次元網目構造体」において、「微細セルロース」は分離可能な複数本が凝集して束を形成していてもよく、ここでの繊維径は、このような束の直径であってもよい。このような微細セルロースとしては、例えば、セルロース生産菌(例、アセトバクター属、シュードモナス属、アグロバクテリウム属等に属する細菌)が生産する発酵セルロースが挙げられる。なお、このような繊維径は、植物由来の一般的なセルロース繊維の繊維径に比べて非常に微細である。一方、その繊維長は長い。当該微細セルロースは、水中油分散型油含有液状食品中で、三次元網目構造を形成しており、細かな粒子として存在する微結晶セルロースとは大きく異なる。
本発明の水中油分散型油含有液状食品中において、当該三次元網目構造は、微細セルロースの自己組織性により形成されていると推測される。
当該三次元網目構造の大きさは、多数の油滴を保持して、油滴同士の凝集を妨げる観点からは、より大きいことが好ましい。
当該微細セルロースの0.1%水溶液をプロペラ撹拌で10分間撹拌後、圧力15MPaで高圧ホモジナイズ処理を1回行なった後に、レーザ回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて測定すると、三次元網目構造のかたまりとして、約100〜1000μmの数値が観測される場合がある。本発明では、当該三次元網目構造のかたまりとして測定した値が、100μm以下の数平均粒子径が得られないことが好ましく、200μm以下の数平均粒子径が得られないことがより好ましい。但し、実際には、本発明の水中油分散型油含有液状食品中において、三次元網目構造は、通常、粒子の形態ではなく、水中油分散型油含有液状食品の全体にわたって連続的に存在しているものであると推測される。」

(5)甲第5号証(以下、「甲5」という。)
5a「【請求項1】
水性のインクジェットインク組成物であって、
少なくとも1種の着色剤;および
該組成物の全質量に対して0.5質量%〜5質量%の範囲の量で存在するナノ結晶性セルロース、
を含んでなる組成物。
・・・
【請求項6】
前記少なくとも1種の着色剤が、カーボンブラックおよび有機顔料から選択された顔料である、請求項1〜4のいずれか1項記載の組成物。
・・・
【請求項12】
前記組成物が、ポリマー分散剤を更に含む、請求項1〜6のいずれか1項記載の組成物。
・・・
【請求項18】
前記ナノ結晶性セルロースが、10nm〜50nmの範囲の直径および100nm〜300nmの範囲の長さを有する、請求項1〜15のいずれか1項記載の組成物。
・・・
【請求項24】
前記インクジェットインク組成物が、1cP〜20cPの範囲の粘度を有する、請求項1〜23のいずれか1項記載の組成物。」
5b「【0026】
ここに開示されているのは、ナノ結晶性セルロース(NCC)を含む水性分散液およびインク組成物(例えば、インクジェットインク組成物)である。1つの態様では、少なくとも1種の着色剤およびナノ結晶性セルロールを含む、水性分散液またはインク組成物が提供される。」
5c「【0074】
1つの態様では、インク組成物(例えば、インクジェットインク組成物)は、例えば、顔料が自己分散性でない場合には、少なくとも1種の界面活性剤を含んでいる。この少なくとも1種の界面活性剤は、本組成物のコロイド安定性を高めるか、あるいはインクと、印刷用基材、例えば印刷用紙、またはインク印刷ヘッドのいずれかとの相互作用を変化させることができる。種々のアニオン性、カチオン性およびノニオン性分散剤を、本発明のインク組成物と組合わせて用いることができ、そしてそれらは単体で、または水溶液として用いることができる。1つの態様では、界面活性剤は、インクジェットインク組成物の総質量に対して、0.05質量%〜5質量%の範囲の量、例えば0.1質量%〜5質量%、または0.5質量%〜2質量%の量で存在する。
・・・
【0077】
また、分散剤は、ポリマー分散剤、例えば天然もしくは合成ポリマー分散剤であることができる。天然ポリマー分散剤の具体的な例としては、タンパク質、例えば、膠(glue)、ゼラチン、カゼイン、アルブミン;天然ゴム、例えばアラビアゴムおよびトラガカント
ガム;グルコシド、例えばサポニン;アルギン酸、およびアルギン酸誘導体、例えばアルギン酸プロピレングリコール、トリエタノールアミンアルギネート、およびアルギン酸アンモニウム;ならびにセルロース誘導体、例えばメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、およびエチルヒドロキシセルロースが挙げられる。合成ポリマー分散剤を含むポリマー分散剤の具体的な例としては、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、アクリルもしくはメタクリル樹脂(しばしば「(メタ)アクリル」と記載される)、例えばポリ(メタ)アクリル酸、アクリル酸−(メタ)アクリロニトリル共重合体、(メタ)アクリル酸カリウム−(メタ)アクリロニトリル共重合体、酢酸ビニル−(メタ)アクリル酸エステル共重合体および(メタ)アクリル酸−(メタ)アクリル酸エステル共重合体;スチレン−アクリルもしくはメタクリル樹脂、例えばスチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、スチレン−(メタ)アクリル酸−(メタ)アクリル酸エステル共重合体、スチレン−α−メチルスチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、スチレン−α−メチルスチレン−(メタ)アクリル酸−(メタ)アクリル酸エステル共重合体;スチレン−マレイン酸共重合体;スチレン−マレイン酸無水物共重合体、ビニルナフタレン−アクリルもしくはメタクリル酸共重合体;ビニルナフタレン−マレイン酸共重合体;ならびに酢酸ビニル共重合体、例えば酢酸ビニル−エチレン共重合体、酢酸ビニル−脂肪酸ビニルエチレン共重合体、酢酸ビニル−マレイン酸エステル共重合体、酢酸ビニル−クロトン酸共重合体および酢酸ビニル−アクリル酸共重合体;ならびにそれらの塩、が挙げられる。」
5d「【0084】
例1
この例は、NCCのインクジェットインクの粘度への効果を説明している。粘度測定におけるそれぞれの試料は、表1に列挙された種々の濃度のNCCと共に、水中にブラック顔料(4.5質量%)、グリセロール(5質量%)、およびSurfynol(商標)465(1質量%)を含んでいた。全ての試料の粘度(熱エージング試料は除いて)は、Brookfield DV-II + Pro粘度計で、32℃で、00スピンドルを用いて50rpmで測定した。それらの試料は、温度を平衡にし、そして安定な粘度の読みを可能とするために、50rpmで5分間試験せしめた。結果も表1に示した。
【0085】
【表1】

【0086】
それらの結果は、目標のインク粘度は、グリセロールの有意な量の減少で得ることができることを示唆している。マゼンタ顔料では、6cPの粘度が、典型的な市販のインク配合物の40%のグリセロールと比較して、2.875質量%のNCCとわずかに5質量%のグリセロールで得られた。同様の実験を、シアン、イエロー、およびブラック分散液から作られたインクに必要とされるNCC濃度を定めるために行い、そしてそれらの結果が図1に示されている。シアン、イエロー、およびブラック顔料についての新しいインク配合物に必要とされるナノ結晶性セルロースの量は、それぞれ2.6、2.5および2.5質量%である。従って、新しいインク配合物(「試料」)を下記の表2に従って調製し、そして従来技術の配合物(「対照」)と対比させた。
【0087】
【表2】


【0088】
例2
この例は、インク液滴の広がりおよび紙基材との相互作用を、対照のインクの性能をNCC含有インクと対比して示す実験を説明している。用いた紙は、非インクジェット処理の多孔質紙、インクジェット処理の多孔質紙1、インクジェット処理の多孔質紙2、およびコーティングされたオフセット紙であった。
【0089】
インク液滴(0.5μL)を注射器によってそれぞれの紙基材上に分配した。広がりを、光学顕微鏡(オリンパス、モデル# BX51)で監視した。図2〜5に、インク液滴と紙基材との接触の時(「開始」)および乾燥後(「終了」)の光学顕微鏡の写真が示されている。NCC含有インク配合物は、対照のインク配合物に比べて低減されたインクの広がりを示していることを認めることができ、そしてこの効果は、多孔質基材(非インクジェット処理の多孔質紙)上で最も有意であり、この場合には、対照のインク液滴は、接触すると直ぐに多孔質基材の全体に広がり、そして吸収された(wicked)。インクジェット処理された多孔質紙1および2では、NCC含有インク配合物の顔料は、実質的に広がらなかったが、しかしながらインクビヒクルは広がりを示した。コーティングされたオフセット紙では、NCCコーティングされたインク液滴は最小の広がりを示した。NCCインクと対照のインクの間のそれらの差異は、それらの異なるレオロジー的性質に起因すると考えることができる。
【0090】
商業的印刷用途では、種々の紙について良好な印刷性能が期待され、紙の融通性(flexibility)が高い優先事項となっている。NCC含有インクの制御されたインク液滴の広がりおよびインク−紙の相互作用は、それらの商業的印刷への適応性を示している。」

(6)甲第6号証(以下、「甲6」という。)
6a「【請求項1】
水と、
前記水性顔料インクの5wt%未満の顔料と、
水溶性高分子化合物とを含有し,
コーンプレート型粘度計を用いて測定された25℃の粘度(mPa・s)が以下の関係を満たすことを特徴とする水性顔料インク。
0≦(VB−VA)/VB<0.05
VC/VA≧1.5
3mPa・s≦VA≦15mPa・s
ここで、
VAは、50rpmの回転数で測定された粘度であり、
VBは、2.5rpmの回転数で測定された粘度であり、
VCは、前記水性顔料インクに対して0.5wt%の塩化カルシウムを加えて50rpmの回転数で測定された粘度である。」
6b「【0013】
0≦(VB−VA)/VB<0.05 式1
VC/VA≧1.5 式2
3mPa・s≦VA≦15mPa・s 式3
VAは、50rpmの回転数で測定された粘度である。VAは、与えられるせん断力が強い場合、例えばヘッド駆動時における水性顔料インクの粘度である。ヘッドから吐出されて紙媒体に接触するまでの水性顔料インクの粘度が、VAに相当する。インクジェットインクの粘度は、通常25℃で3〜15mPa・sの範囲内である。式3に示されるように、VAが3〜15mPa・sの範囲内に規定されるので、本実施形態の水性顔料インクは、インクジェット記録用に用いることができる。本実施形態の水性顔料インクは、ペン等の筆記具用として用いてもよい。」

2 甲号証に記載された発明
(1)甲1に記載された発明
甲1には実施例1として「(イ)成分として4,5,6,7−テトラクロロ−3−[4−(ジエチルアミノ)−2−メチルフェニル]−3−(1−エチル−2−メチル−1H−インドール−3−イル)−1(3H)−イソベンゾフラノン、(ロ)成分として4,4′−(2−エチルヘキサン−1、1−ジイル)ジフェノール、2,2−ビス(4′−ヒドロキシフェニル)−ヘキサフルオロプロパン、(ハ)成分としてカプリン酸4−ベンジルオキシフェニルエチルからなる色彩記憶性を有する可逆熱変色性組成物を内包したマイクロカプセル顔料懸濁液を得て、その後、前記懸濁液を遠心分離して単離したマイクロカプセル顔料Aを25.0質量部、キサンタンガムを0.27質量部、発酵セルロースを0.07質量部、潤滑剤を0.5質量部、防腐剤を0.5質量部、トリエタノールアミンを1.0質量部、デキストリンを2.0質量部、グリセリンを5.0質量部、イオン交換水を残部含み、20℃で1rpm及び100rpmで測定した粘度が、それぞれ960及び41.4であるボールペン用水性インキ組成物。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる(摘記1e参照)。

(2)甲5に記載された発明
甲5には例1の表2に試料として「顔料を4.5質量%、グリセロールを5質量%、Surfynol(商標)を1質量%、NCCを2.5〜2.875質量%、水を残部含み、32℃で50rpmで測定した粘度が4.9〜5.9cpであるインクジェットインク配合物。」の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されているといえる(摘記5d参照)。

3 当審の判断
(1)甲1発明を主たる引用発明とする場合
ア 本件特許発明1
(ア)甲1発明との対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「(イ)成分として4,5,6,7−テトラクロロ−3−[4−(ジエチルアミノ)−2−メチルフェニル]−3−(1−エチル−2−メチル−1H−インドール−3−イル)−1(3H)−イソベンゾフラノン、(ロ)成分として4,4′−(2−エチルヘキサン−1、1−ジイル)ジフェノール、2,2−ビス(4′−ヒドロキシフェニル)−ヘキサフルオロプロパン、(ハ)成分としてカプリン酸4−ベンジルオキシフェニルエチルからなる色彩記憶性を有する可逆熱変色性組成物を内包したマイクロカプセル顔料懸濁液を得て、その後、前記懸濁液を遠心分離して単離したマイクロカプセル顔料A」は、本件特許発明1の「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」に相当する。
甲1発明の「ボールペン用水性インキ組成物」は、本件特許発明1の「筆記具用水性インキ組成物」に相当する。
甲1発明の「発酵セルロース」は、セルロースの限りにおいて、本件特許発明1の「ナノセルロース」と一致する。
そうすると、本件特許発明1と甲1発明は、「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料と水とセルロースとを含む、筆記具用水性インキ組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1−1>
筆記具用水性インキ組成物が、本件特許発明1ではくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用であるのに対し、甲1発明ではボールペン用である点。

<相違点1−2>
セルロースが、本件特許発明1ではナノセルロースであるのに対し、甲1発明は発酵セルロースである点。

<相違点1−3>
本件特許発明1では、ヒドロキシアルキルセルロースを含み、前記筆記具用インキ組成物の全質量に対する前記ヒドロキシアルキルセルロースの配合割合が、0.001〜0.4質量%であると特定されているのに対し、甲1発明はそのような特定がない点。

<相違点1−4>
本件特許発明1では、筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、1〜20mPa・sであると特定されているのに対し、甲1発明は20℃で1rpm及び100rpmで測定したで粘度が、それぞれ960及び41.4である点。

(イ)相違点についての検討
<相違点1−1>、<相違点1−3>及び<相違点1−4>について
甲1発明においてキサンタンガムは剪断減粘性付与剤であり(摘記1a参照)、甲1発明はそれを0.27質量%含む。
そして、甲1には剪断減粘性付与剤としてキサンタンガムとともにヒドロキシエチルセルロースが挙げられており、剪断減粘性付与剤はインキ組成物全量中0.05〜0.5質量%であることが記載されている(摘記1d参照)。
甲2には、ボールペンに用いることのできる筆記具用水性インキ組成物は、低粘度であれば、万年筆やマーカー類などに用いることができること記載されており、ここで、万年筆はくし溝を利用したインキ供給機構を備える筆記具であり、マーカー類などは繊維収束体を利用したインキ供給機構を備える筆記具である(摘記2b参照)。
また、甲2には、甲1発明と同様のマイクロカプセル顔料と水を含有するボールペン用水性インキ組成物において、その20℃でBL型粘度計を用いて60rpmで測定した粘度が1.5〜50mPa・sであることが記載され(摘記2a、2b参照)、甲3には、顔料と水を含有するボールペン用水性インキにおいて、その25℃でBL型粘度計を用いて60rpmで測定した粘度が1〜20cps(mPa・s)であることが記載されている(摘記3a、3b参照)。
しかし、甲1発明はくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物より粘度が高いボールペン用のものであり、甲1にはくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用とすることについて記載も示唆もなく、また、甲1においてヒドロキシエチルセルロースは多数列記された剪断減粘性付与剤の一つであり(摘記1d参照)、キサンタンガムのように好適なものとしては記載されていないから、甲1発明のボールペン用水性インキ組成物をくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用とし、同時にキサンタンガムをヒドロキシエチルセルロースに代えることに、動機付けがあるとまではいえず、さらに、それを筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、甲1発明のものより低い1〜20mPa・sとした場合に、組成物の分散安定性は不明であり、筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、甲1発明のものより低い1〜20mPa・sとすることにも動機付けがあるとはいえない。

(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許明細書の【0093】の【表1】からみて、本件特許発明1は、くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具に用いるような低い粘度を有する水性インキ組成物において分散性が優れているという効果を奏するものであり、そのような本件特許発明1の効果は、本件特許明細書【0019】に記載されるように、顔料とヒドロキシアルキルセルロースとで形成されたゆるい凝集体が、ナノセルロースが均一に分散した状態を作る際に、網目に取り込まれた状態で分散されることにより奏されるものであり、そのような効果は、甲1発明及び甲2〜甲3の記載から予測できるものではない。

(エ)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、「しかしながら、顔料を含む水性インキ組成物をボールペンや万年筆、マーカー等の様々な筆記具に用いることは従来周知の技術にすぎない。例えば、甲2には、「水と顔料と酸化チタンチューブを含むことを特徴とする筆記具用水性インキ組成物」(【請求項1】参照)が、「万年筆、ボールペン、筆ペン、カリグラフィー用のペン、各種マーカー類など各種筆記具用水性のインキとして用いることができる」ことが記載されている(【0082】参照)。また、甲3には、「着色剤、水溶性有機溶剤及び水を少なくとも含有するインキ組成物からなり、インキ中の溶存気体量を不飽和状態とした水性インキ」(【請求項1】参照)であって「着色剤が顔料である・・・水性インキ」(【請求項7】参照)が、「ボールペン、フェルトペン、サインペン、筆ペン、プロッターペン」などに用いられることが記載されている(【0002】参照)。そうすると、ボールペン用に係る甲1発明の水性インキ組成物を、万年筆用やマーカー類用に転用することは、かかる周知技術に鑑み、当業者が容易に想到し得ることである。
また、効果の点でも、甲1には、マイクロカプセル顔料の分散安定性に優れ、筆記不良を生じることなく良好な筆跡を長期的に形成できる(【0005】参照)との本件特許発明1と同様の効果が記載されており、本件特許発明1により格別顕著な効果が奏されるとはいえない。
特許権者は、令和4年1月27日付提出の意見書の第16頁において、粘度が低いにもかかわらず分散性が改良された点を格別顕著な効果として主張するが、低粘度の場合にもマイクロカプセル顔料の沈降を抑制し、インキ組成物の保存安定性を向上することが望まれることは、甲2に記載されており(【0007】参照)、公知の課題であることから、取消理由通知書の第18頁における<相違点1−3>でのご認定に従い、甲1発明において、甲2及び甲3の記載に基づいて20℃、30rpmでの粘度を1〜20mPa・sとする際に当然に考慮されるものであり、予測できない格別顕著な効果とはいえない。
また、特許権者は、上記意見書の第16〜17頁において、「もうひとつの予想外の効果」として、比較例1〜3と実施例1、3及び4を示しながら、ヒドロキシアルキルセルロースとナノセルロースとの組合せが水性インキ組成物の粘度上昇を抑えながら分散性を改良するとの効果を主張するが、これらの比較例及び実施例ではグリセリンの配合量が異なるので、そのまま比較して論じることはできない。
以上より、訂正後の請求項1に係る発明は、依然として、甲1に記載された発明及び甲2〜甲4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、進歩性がない。」と主張する。
確かに、比較例1〜3と実施例1、3及び4との効果の差異は、これらの比較例及び実施例ではグリセリンの配合量が異なるので、そのまま比較して論じることはできないかもしれない。
しかし、上記(イ)<相違点1−1>、<相違点1−3>及び<相違点1−4>について、で検討したとおり、甲1発明のボールペン用水性インキ組成物をくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用とし、かつ、20℃、30rpmでの粘度を1〜20mPa・sとする動機付けがあるとはいえず、さらに、上記(ウ)で検討したとおり、20℃、30rpmでの粘度を1〜20mPa・sと低いものとしても、分散安定性が優れているという本件特許発明1の効果は甲1発明から予測し得ない顕著なものであるといえるし、そのような本件特許発明1の効果は、本件特許明細書【0019】に記載されるように、顔料とヒドロキシアルキルセルロースとで形成されたゆるい凝集体が、ナノセルロースが均一に分散した状態を作る際に、網目に取り込まれた状態で分散されることにより奏されるものであり、このような作用機序はいずれの甲号証にも記載も示唆もされていない。
また、上記(ウ)で検討したとおり、甲1発明のボールペン用インキ組成物を20℃、30rpmでの粘度を1〜20mPa・sとしても、分散安定性に優れるという効果は甲1発明から予測し得ないものである。

(オ)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、<相違点1−2>について検討するまでもなく、甲1発明、及び、甲2及び甲3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

イ 本件特許発明3〜8
本件特許発明3〜8は、本件特許発明1を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と甲1発明との<相違点1−1>、<相違点1−3>及び<相違点1−4>と実質的に同等の相違点を有するものであるから、本件特許発明3〜8は、甲1発明、及び、甲2及び甲3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(2)甲5発明を主たる引用発明とする場合
ア 本件特許発明1
(ア)甲5発明との対比
甲5発明の「NCC」は、ナノ結晶性セルロースであるから(摘記5b参照)、本件特許発明1の「ナノセルロース」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲5発明は、「顔料と水とナノセルロースとヒドロキシアルキルセルロースを含むインク。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点5−1>
顔料が、本件特許発明1では機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料であるのに対し、甲5発明ではそのような特定がない点。

<相違点5−2>
本件特許発明1はくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物であるのに対し、甲5発明はインクジェットインクである点。

<相違点5−3>
本件特許発明1では、ヒドロキシアルキルセルロースを含み、前記筆記具用インキ組成物の全質量に対する前記ヒドロキシアルキルセルロースの配合割合が、0.001〜0.4質量%であると特定されているのに対し、甲5発明はそのような特定がない点。

<相違点5−4>
本件特許発明1では、筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、1〜20mPa・sであると特定されているのに対し、甲5発明はインク組成物の粘度が32℃で50rpmで測定した粘度が4.9〜5.9cPである点。

(イ)相違点についての検討
事案に鑑み、まず、<相違点5−2>及び<相違点5−3>について検討する。
甲6にはインクジェットインクがペン等の筆記用具用として用いられる水性顔料インクに用いることができることが記載されている(摘記6b参照)。
そして、甲2には、ボールペンに用いることのできる筆記具用水性インキ組成物は、低粘度であれば、万年筆やマーカー類などに用いることができることが記載されており、ここで、万年筆はくし溝を利用したインキ供給機構を備える筆記具であり、マーカー類などは繊維収束体を利用したインキ供給機構を備える筆記具である(摘記2b参照)。
しかし、甲5発明のインクジェットインクをヒドロキシアルキルセルロースを含有するくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物とするためには、甲5発明のインクジェットインクを、ヒドロキシアルキルセルロースを加えた上でくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物とすることとなるから、甲5発明のインクジェットインクに接した当業者が甲6の記載を参考にしたとしても、相違点5−2及び相違点5−3を同時に備える本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。

(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許明細書の【0093】の【表1】からみて、本件特許発明1は、くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具に用いるような低い粘度を有する水性インキ組成物において分散性が優れているという効果を奏するものであり、そのような効果は甲5発明、及び、甲1、甲2及び甲6の記載事項から予測できるものではない。

(エ)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、令和4年3月23日付けの意見書において、「請求項1における訂正事項のうち、「顔料」が「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」に訂正された点については、取消理由通知書の第22頁における「イ 本件特許発明2」で指摘されているように、甲1に記載されており、甲5発明において、顔料とナノセルロースを含む水性インク組成物として共通する甲1に記載の技術を適用して、顔料として熱変色性組成物をマイクロカプセルに内包させたマイクロカプセル顔料を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。
一方、請求項1における訂正事項のうち、「筆記具用水性インキ組成物」が「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物」に訂正された点については、甲5には記載されておらず、新たな相違点であるといえる。
この点について、まず、甲5発明の「インク組成物」は、主として「インクジェットインク組成物」に関するものであるが、甲5の【0001】において「ここに開示されているのは、着色剤およびナノ結晶性セルロースを含む水性分散液およびそれらのインク組成物およびそれらのインク組成物、例えばインクジェットインク組成物への使用が開示されている。」(下線部は強調)と記載され、また【0026】において「ここに開示されているのは、ナノ結晶性セルロース(NCC)を含む水性分散液およびインク組成物(例えば、インクジェットインク組成物)である。」(下線部は強調)と記載され、さらに【0034】において「1つの態様では、本組成物は、インク組成物(例えば、インクジェットインク組成物)であり、」と記載されているように、インクジェットインク用は好ましい一態様にすぎず、この用途に限定されるものではない。
このように甲5発明の水性インク組成物はインクジェットインク用に限定されるものではないうえに、インクジェットインク用の水性インク組成物が筆記具用としても用いられることは、例えば甲6に記載されているように周知技術にすぎない。甲6の【0013】には、25℃での粘度が3〜15mPa・sである水性顔料インクがインクジェットインク用として用いてもよく、ペン等の筆記具用として用いてもよいことが記載されている。甲5発明の水性インク組成物は、その粘度が上記のように1〜20mPa・sであり、甲6に記載の水性顔料インクと同程度の粘度を持つであり、かつ、甲5発明において水性インク組成物の用途は必ずしもインクジェットインク用に限定されるものではないことから、甲6の記載に基づき、甲5発明の水性インク組成物を、筆記具用として用いることは当業者が容易に想到し得ることである。
なお、インクジェットインク用の水性インキ組成物が筆記具用としても用いられることの周知性について必要であれば、特開2011−105866号公報(【0069】)、特開2016−176000号公報(【0108】)、特開2015−140359号公報(【0104])等を参照されたい。特に、特開2011−105866号公報(参考文献1として添付)の【0069】には「前記顔料分散物は、例えば、後述のインクジェット記録用の水性インク組成物、また、水性ボールペンやマーカーペンなどの筆記用具の水系インクに使用することができる。」(下線部は強調)と記載されている。
そして、筆記具用のなかでも特に「くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用」である点については、上記のように甲2の【0082】及び甲3の【0002】に記載されているとおり周知の技術であることから(必要であれば、さらに上記参考文献1の【0069】を参照)、甲5発明の水性インクを筆記具用として用いる際に、その具体的な筆記具の用途として、くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具に用いることも、当業者が容易に想到し得ることである。」と主張する。
しかし、甲5発明は、甲5の請求項1の記載からみても、インクジェットインク用に限定されているものといえ、上記公報には、インクジェットインク用の水性インキ組成物をくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具に用いることについて記載も示唆もなく、参考文献1の上記記載をもって、必ずしも、甲5発明のインクジェットインク用の水性インキ組成物をくし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具に用いる動機付けになるとはいえない。また、仮に動機付けになったとしても、前記(イ)のとおり、甲5発明の用途を単に転用しただけでなく、ヒドロキシアルキルセルロースを所定量加えるという変更も行わなければ本件発明1に到達しないのであるから、このような変更は、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(オ)まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、<相違点5−1>及び<相違点5−4>について検討するまでもなく、甲5発明、及び、甲1、甲2及び甲6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

イ 本件特許発明3〜8
本件特許発明3〜8は、本件特許発明1を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と甲5発明との<相違点5−2>と実質的に同等の相違点を有するものであるから、本件特許発明3〜8は、甲5発明、及び、甲1、甲2及び甲6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

第6 前記第4における理由2(サポート要件)についての判断
本件特許発明1の課題は、【0005】の記載からみて、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することにあると認める。
そして、本件訂正により「顔料」は「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」と訂正され、一方、本件特許明細書の実施例からみて、「顔料」として「機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料」を用いた場合に、筆記具用水性インキ組成物の顔料の沈降を抑制し、低粘度の筆記具用インキに用いた際にもその沈降を抑制することが出来、筆記する際にも筆跡にかすれを生じない筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができることは理解できる。
そうすると、発明の詳細な説明の内容を参酌すれば、本件特許発明1が、前記課題を解決できると認識できる範囲にあると認められる。
本件特許発明1を引用する本件特許発明3〜8についても同様である。

第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由はない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、令和3年11月4日付けの取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び3〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び3〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
訂正前の請求項2は本件訂正により削除されたため、請求項2についての特許異議の申立ては、不適法なものであり、その補正をすることができないから、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機能性材料を内包したマイクロカプセル顔料と水とナノセルロースとヒドロキシアルキルセルロースを含む、くし溝または繊維束を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具用水性インキ組成物であって、
前記筆記具用インキ組成物の全質量に対する前記ヒドロキシアルキルセルロースの配合割合が、0.001〜0.4質量%であり、
前記筆記具用水性インキ組成物の、20℃でBL型粘度計を用いて30rpmで測定した粘度が、1〜20mPa・sであることを特徴とする筆記具用水性インキ組成物。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記機能性材料が、
(イ)電子供与性呈色性有機化合物からなる成分と、
(ロ)電子受容性化合物からなる成分と、
(ハ)前記(イ)成分および(ロ)成分による電子授受反応を特定温度域において可逆的に生起させる反応媒体と、
を含んでなる可逆熱変色性組成物であることを特徴とする請求項1に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項4】
前記ナノセルロースがセルロースナノクリスタルであり、その数平均繊維径が3〜70nmであり繊維長が100〜500nmであることを特徴とする請求項1または3に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項5】
前記ヒドロキシアルキルセルロースが、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、およびヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくともひとつであることを特徴とする請求項1、3、4のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項6】
前記ナノセルロースと前記ヒドロキシアルキルセルロースとの配合比率が1:10〜1:1であることを特徴とする、請求項1、3〜5のいずれか1項に記載の筆記具用水性インキ組成物。
【請求項7】
請求項1、3〜6のいずれか1項に記載筆記具用水性インキ組成物を内蔵してなる筆記具。
【請求項8】
前記筆記具が、くし溝を利用したインキ流量調節機構を備える筆記具であることを特徴とする請求項7に記載の筆記具。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2022-04-26 
出願番号 P2016-254836
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C09D)
P 1 651・ 537- YAA (C09D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 瀬下 浩一
門前 浩一
登録日 2021-02-19 
登録番号 6840536
権利者 株式会社パイロットコーポレーション
発明の名称 筆記具用水性インキ組成物およびそれを用いた筆記具  
代理人 前川 英明  
代理人 朝倉 悟  
代理人 中村 行孝  
代理人 前川 英明  
代理人 中村 行孝  
代理人 朝倉 悟  

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