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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1386165
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-01-21 
確定日 2022-06-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6908209号発明「表面処理金属材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6908209号の請求項1〜5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6908209号の請求項1〜5に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2020年(令和 2年) 3月19日(優先権主張 平成31年 3月19日)を国際出願日として国際出願され、令和 3年 7月 5日にその特許権の設定登録がされ、同年 7月21日に特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、令和 4年 1月21日に、特許異議申立人山▲崎▼浩一郎(以下、「申立人」という。)による請求項1〜5(全請求項)に係る特許に対する特許異議の申立てが行われたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜5に係る発明(以下、「本件発明1〜5」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、次の事項により特定されるとおりのものである。

【請求項1】
金属板と、
前記金属板上に形成され、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層と、
前記めっき層の表面上に形成され、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む複合被膜と、
を有し、
前記複合被膜の表面を、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である、
表面処理金属材。
【請求項2】
前記複合被膜において、前記マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、前記V/Znが0.010〜0.100である領域の測定範囲全体に対する面積率が、1%〜50%である、
請求項1に記載の表面処理金属材。
【請求項3】
前記複合被膜において、前記マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、Vの固形分質量とSiの固形分質量との比であるV/Siの最大値が、1.0〜100である、
請求項1または2に記載の表面処理金属材。
【請求項4】
前記複合被膜において、前記マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ2mmで分析したときの、
Zr及びTiの1種または2種の合計の固形分質量とSiの固形分質量との比である(Zr+Ti)/Siの平均値が0.06〜0.15であり、
Pの固形分質量とSiの固形分質量との比であるP/Siの平均値が、0.15〜0.25であり、
V/Siの平均値が、0.01〜0.10である、
請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面処理金属材。
【請求項5】
前記めっき層の化学組成が、
Al:4.0%超〜25.0%未満、
Mg:1.0%超〜12.5%未満、
Sn:0%〜20%、
Bi:0%〜5.0%未満、
In:0%〜2.0%未満、
Ca:0%〜3.0%、
Y:0%〜0.5%、
La:0%〜0.5%未満、
Ce:0%〜0.5%未満、
Si:0%〜2.5%未満、
Cr:0%〜0.25%未満、
Ti:0%〜0.25%未満、
Ni:0%〜0.25%未満、
Co:0%〜0.25%未満、
V:0%〜0.25%未満、
Nb:0%〜0.25%未満、
Cu:0%〜0.25%未満、
Mn:0%〜0.25%未満、
Fe:0%〜5.0%、
Sr:0%〜0.5%未満、
Sb:0%〜0.5%未満、
Pb:0%〜0.5%未満、及び
B:0%〜0.5%未満、
を含有し、残部がZn及び不純物である、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の表面処理金属材。」

第3 特許異議の申立てについて
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、甲第1号証〜甲第2号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の申立理由により、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。なお、下線は当審が付した。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下同じ。

(証拠方法)
甲第1号証(甲1):特開2008−133510号公報
甲第2号証(甲2):国際公開第2018/083784号

(1)申立理由1(サポート要件)
ア 酸化皮膜について
本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の、特に、段落【0056】の記載を参照すると、耐食性が低い領域rの耐食性向上との発明の課題を解決するには、前記領域rにおいて、めっき層と処理液によって形成される複合被膜との間に所定厚さの酸化皮膜が必要とされるところ、請求項1〜5には、前記酸化皮膜が特定されていない。
したがって、本件発明1〜5は、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された発明の範囲を超えている。
よって、請求項1〜5に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

イ V/Znの最小値について
本件明細書の、特に、段落【0038】の記載を参照すると、表面処理を行った全面において耐食性に優れた表面処理金属材を提供するとの発明の課題を解決するには、複合被膜の至るところにVが存在することが必要とされるところ、請求項1〜5には、V/Znの最小値が特定されていないため、V/Znが「0」である領域、すなわち耐食性に優れていない領域を有する表面処理金属材も含まれる。
さらに、請求項1〜5には、複合被膜の表面を分析する領域が特定されていないから、前記耐食性に優れていない領域が複合被膜の表面全体に対して、例えば、1〜99%の範囲である場合も含まれる。
それゆえ、本件発明1〜5は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が、出願時の技術常識に照らし、発明の課題を解決できると認識できないものを包含しているため、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された発明の範囲を超えている。
よって、請求項1〜5に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件
上記(1)イに記載されているように、請求項1〜5には、V/Znの最小値が「0」である領域を有する表面処理金属材も含まれるが、本件明細書の実施例には、V/Znの最小値が「0」である領域を有する表面処理金属材の全面において耐食性が優れていることは記載されていない。また、本件明細書の段落【0038】の記載を参照すると、表面処理を行った全面において耐食性に優れた表面処理金属材を提供するには、複合被膜の至るところにVが存在することが必要であると理解できることから、当業者であっても、V/Znの最小値が「0」である領域を有する表面処理金属材が、表面処理金属材を行った全面において耐食性に優れていることは容易に理解することができない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1〜5を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえない。
よって、請求項1〜5に係る特許は、発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(進歩性
本件発明1〜3、5は、甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 当審の判断
当審は、申立人が主張するいずれの申立理由によっても、本件特許を取り消すことはできないと判断する。

(1)申立理由1のアについて
ア 発明が解決しようとする課題
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には、発明が解決しようとする課題について、以下の事項が記載されている。
a 「
【0009】
さらに、特許文献6には、金属材表面に、特定の構造のシランカップリング剤2種を特定の質量比で配合して得られる有機ケイ素化合物(W)と、特定のインヒビターとを含有する水系金属表面処理剤を塗布し乾燥させることにより、各成分を含有する複合被膜を形成したクロメートフリー表面処理金属材が開示されている。
【0010】
また、特許文献7には、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性の各要素に優れたクロメートフリー表面処理を施した金属材、及び金属材料に優れた耐食性及び耐アルカリ性を付与するために用いるクロムを含まない金属表面処理剤が開示されている。
【0011】
特許文献6、特許文献7に開示された技術は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理鋼板として実用化されている優れた技術である。
しかしながら、アルミニウム、マグネシウム及び亜鉛を含有するめっき層は複数の相を有している。このようなめっき層を表面上に有する金属材に特許文献6、特許文献7に開示された表面処理を行って被膜を形成する場合、場所によって耐食性に差が生じ、局所的に耐食性の低い領域が形成される可能性があることが分かった。」

b 「
【0013】
上述の通り、複数の相を有するめっき層上に従来の表面処理を行って被膜を形成する場合、場所によって耐食性に差が生じ、局所的に耐食性の低い部分が形成される可能性がある。最も耐食性が低い領域においても十分な耐食性を確保するためには、被膜中に必要以上のインヒビターを含有させることが考えられる。しかしながら、必要以上のインヒビターの含有は、塗装密着性等の性能の低下の原因となる。
【0014】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされた。本発明は、表面処理を行った全面において耐食性に優れ、かつ、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れた表面処理金属材を提供することを目的とする。」

c 「
【0038】
本発明者らは、複合被膜13中のインヒビターの含有量を増加させずに複合被膜13の耐食性、特に耐食性が低くなる領域での耐食性を向上させる方法について検討した。・・・」

(イ)上記(ア)から、発明が解決しようとする課題は、複数の相を有するめっき層上に、従来のような、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れたクロメートフリー表面処理を施して被膜を形成した場合でも、前記被膜全体のインヒビターの含有量を増加させずに耐食性を向上させ、かつ、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れた表面処理金属材を提供することであると認められる。

イ 課題を解決するための手段
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には、上記ア(イ)の課題を解決するための手段に関し、以下の事項が記載されている。
a 「
【0019】
以下、本発明の一実施形態に係る表面処理金属材(本実施形態に係る表面処理金属材)について説明する。
本実施形態に係る表面処理金属材1は、図1に示すように、金属板11と、金属板11の上に形成され、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層12と、めっき層12の表面上に形成され、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物、及びバナジウム化合物を含む複合被膜13とを有する。・・・」

b 「
【0022】
<めっき層12>
本実施形態に係る表面処理金属材1が備えるめっき層12は、金属板11の表面上に形成され、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有する。アルミニウム、マグネシウム、亜鉛を含むめっきは、亜鉛のみからなるめっき、または亜鉛及びアルミニウムからなるめっきに比べて耐食性が高い。本実施形態に係る表面処理金属材1においては、優れた耐食性を得るため、めっき層12は、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有する。」

c 「
【0037】
しかしながら、上述の通り、本実施形態に係る表面処理金属材1は、耐食性を確保するため、めっき層12として、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層を用いる。このようなアルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層は複数の相を有する。
複数の相を有するめっき層に従来の化成処理被膜等の被膜を形成した場合、場所によって耐食性に差が生じ、耐食性の低い領域が形成される可能性がある。耐食性の低い領域があるとその領域から腐食が生じるので、表面処理金属材1においては、最も耐食性が低い領域においても十分な耐食性を確保する必要がある。
最も耐食性が低い領域でも十分な耐食性を確保するためには、耐食性の向上に寄与するインヒビターの被膜中の含有量を増加させることが考えられる。しかしながら、必要以上のインヒビターの含有は、塗装密着性等のその他の性能の低下の原因となる。そのため、単純に被膜中のインヒビターの含有量を増加させることは好ましくない。
【0038】
本発明者らは、複合被膜13中のインヒビターの含有量を増加させずに複合被膜13の耐食性、特に耐食性が低くなる領域での耐食性を向上させる方法について検討した。その結果、複合被膜13において、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及び/またはチタン化合物、りん酸化合物、ふっ素化合物等のマトリクスを構成する成分については均一に分布させた上で、インヒビターとして作用するバナジウム化合物(V化合物)を、耐食性が低い領域には多く、それ以外の領域には平均的に存在するように分布させることで、複合被膜13全体のインヒビターの含有量を増加させずに耐食性を向上させることができることを見出した。
より具体的には、複合被膜13の表面を、マイクロ蛍光X線を用いて分析した際に、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100となるようにバナジウム化合物を分布させればよいことが分かった。
バナジウム化合物は通常、被膜のマトリクス中にほぼ均一に分散するが、後述のようにめっき層12上に塗布する処理液を酸性にするとともに、塗布〜焼付までの条件を後述する条件に制御することで、処理液を塗布し、焼付を行う過程で、耐食性が低い領域にインヒビター成分を濃化させることができる。このメカニズムは明らかではないが、処理液が酸性である場合、処理液を塗布した際、めっき層12において耐食性が低い領域が選択的に腐食され、亜鉛が溶出する。亜鉛の溶出とともに周囲のpHが上昇する。pHが上昇しアルカリ性になった部分にVイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出する。このバナジウム化合物はインヒビターとして作用する。つまり、耐食性が低かった領域にVが濃化し、その部分の耐食性が向上すると想定される。処理液が中性、またはアルカリ性であると、処理液安定性が不良となる。
【0039】
本実施形態に係る金属板では、V/Znの最大値が0.010以上であれば耐食性が低かった領域にVが十分に濃化していると言える。一方、V/Znの最大値が0.100を超えると、当初耐食性が低かった領域にはVが濃化しているものの、Vの過度な濃化によって濃化部以外の部分のV含有量が低下し、全体としての耐食性が低下するので好ましくない。
【0040】
複合被膜13の表面に対してマイクロ蛍光X線で分析を行った場合、マイクロ蛍光X線では一定の深さまでの情報が得られるので、めっき層12に含まれるZnが検出される。このZnは概ね均一に分散することが分かっているので、V/Znが高い領域には、Vが濃化していると判断できる。
【0041】
従来、インヒビターが溶出することを防止するため、被膜の表面付近、または被膜とめっき層との界面付近に均一に樹脂等を吸着させる技術はあった。しかしながら、本実施形態に係る金属板では、耐食性が低い領域にVを濃化させ、耐食性を向上させている。このような方法で被膜の耐食性を向上可能である事実は、本発明者らが新たに見出した知見である。また、本実施形態に係る表面処理金属材1では、複合被膜13の形成時の、常温よりも高い温度でVが濃化する時間を確保することで、十分なV濃化領域を形成することができる。このように被膜形成時にVを濃化させることは従来提案されておらず、新たな技術思想に基づく手法である。」

d 「
【0043】
また、複合被膜13において、Vの固形分質量とSiの固形分質量との比であるV/Siの最大値が、1.0〜100であることが好ましい。V/Siの最大値が、1.0〜100であると、Vの濃化(析出)と被膜の健全性とのバランスが良好となる。
また、複合被膜13のマトリクスに含まれる有機珪素化合物由来のSiの固形分質量と、バナジウム化合物由来のVの固形分質量との比であるV/Siの最大値は、めっき層12中のSi有無に依らず、Vの濃化を知ることができる。本実施形態に係る表面処理金属材1が備える複合被膜13において、V/Siの最大値が1.0〜100であることは、V濃化領域が存在していることを示す指標にもなる。V濃化は、めっき層12において耐食性が低い領域が選択的に腐食され、亜鉛が溶出するとともに周囲のpHが上昇して、アルカリ性になった部分にVイオンがV(OH)4等のバナジウム化合物として析出することで起こり、これによりバリヤ性が付与されて、その部分の耐食性が向上すると想定している。V/Siの最大値が、1.0〜100であれば、耐食性が低い領域にバナジウム化合物が析出していると考えられる。」

e 「
【0053】
次に、本実施形態に係る表面処理金属材1の好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係る表面処理金属材1は、製造方法に依らず上記の特徴を有していればその効果が得られる。しかしながら、以下に示す工程を含む製造方法によれば安定して製造できる。
【0054】
本実施形態に係る表面処理金属材は、鋼板等の金属材を、Zn、Al、Mgを含むめっき浴に浸漬して金属材の表面にめっき層を形成するめっき工程と、めっき層を有する金属材に表面処理金属剤を塗布する塗布工程と、表面処理金属剤が塗布された金属材を加熱(焼付け)して、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む複合被膜形成する複合被膜形成工程と、を含む製造方法によって得られる。
【0055】
[めっき工程]
めっき工程については特に限定されない。十分なめっき密着性が得られるように通常の方法で行えばよい。
また、めっき工程に供する金属材の製造方法についても限定されない。
【0056】
[塗布工程]
塗布工程では、めっき層を有する金属材に、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む表面処理金属剤を塗布する。
有機珪素化合物(W)に対する、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種(X2)、りん酸化合物(Y)、ふっ素化合物(X1)およびバナジウム化合物(Z)の比率(X/W、Y/W、Z/Wなど、X/Wは(X1+X2)/Wを意味する)を、それぞれ、目標とする被膜の比率に合わせて調整することが好ましい。
また、V濃化領域を形成するため、塗布する表面処理金属剤(処理液)を酸性にすることが好ましい。処理液を酸性にすることで、めっき層において耐食性が低い領域を選択的に腐食され、亜鉛が溶出する。亜鉛が溶出した部分の周囲のpHが上昇する。pHが上昇しアルカリ性になった部分では、処理液が乾燥するまでの間にVイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出する。その結果、耐食性が低かった領域にVが濃化し、V濃化領域が形成される。
処理液のpHは、酢酸及び乳酸などの有機酸類、フッ酸などの無機酸類、アンモニウム塩やアミン類などのpH調整剤を用いて調整することができる。
また、より優れた耐食性が求められる場合、めっき後に(めっき完了後)、湿度80%以上の雰囲気に2〜5秒保持することを含む10〜60秒の間に表面処理金属剤の塗布を行い、この10〜60秒の間にめっき層の温度変化が300〜450℃となるように制御することが好ましい。これらを制御することで、V/Siの平均値、P/Siの平均値、(Zr+Ti)/Siの平均値が、好ましい範囲となる。この場合、さらに耐食性が向上する。
V/Siの平均値、P/Siの平均値、(Zr+Ti)/Siの平均値を好ましい範囲とする場合、めっきから塗布までの時間、保持雰囲気湿度、保持時間、及びめっき層の温度変化のうち、少なくとも2つの好ましい条件満足する必要がある。また、より好ましい範囲とする場合、3つ以上の好ましい条件満足する必要がある。
これらの条件が耐食性向上に影響する理由は明確ではないが、例えばV/Siの平均値について、考えられるメカニズムについて、図2を用いて説明する。
図2の(a)のように、めっき後のめっき層12表面に耐食性が低い領域rが存在する場合について検討する。
めっき後のめっき層12表面は活性な状態となっている。そのため図2の(b)に示すように、めっき層12表面には酸化皮膜21が形成される。酸化皮膜21を適切な厚みで生成させるためには、めっき後に、めっき層12を湿度80%以上の雰囲気において2〜5秒保持することを含む10〜60秒の間にめっき層12表面に処理液の塗布を行い、さらに、その10〜60秒の間にめっき層12の温度変化を300〜450℃とする。めっき層12表面の耐食性の低い領域rには酸化皮膜21が生成されていても、塗布液を塗布することで、その耐食性の低い領域において選択的にV化合物とめっき層12表面との反応が進行する。その結果、図2の(b)に示すように、この耐食性の低い領域rにV化合物31が濃化する。一方、めっき層12表面のそのほかの領域Rにおいては酸化皮膜21が適切な厚みで生成していることにより、処理液を塗布してもV化合物とめっき層12表面との反応が領域rより相対的に小さい。このため「そのほかの領域R」にはV化合物31が濃化することはない。つまり、「耐食性が低い領域r」については、V化合物31が濃化し、耐食性が向上し、一方「そのほかの領域R」では、V化合物31は濃化しないものの、少量のV化合物31が存在するとともに、酸化皮膜21が十分な厚さで形成されていることにより耐食性を保つことが可能となる。
これに対し、めっきから10秒未満の間にめっき層12表面に処理液を塗布すると、処理液を塗布する前にあらかじめ「湿度80%以上の雰囲気中において2〜5秒保持」し、「温度変化を300〜450℃」としても、図2(c)に示すようにめっき層12表面の酸化皮膜21の厚さが十分とならない。このように、酸化皮膜21が十分な厚さで形成されない場合、もしくは、酸化皮膜21が形成されない場合には、めっき層12表面の耐食性が低い領域rとその他の領域Rとの反応性が大きく変わらないこととなる。このため、めっき層12表面全体にV化合物31が同様に析出してしまい、耐食性が低い領域rにV化合物31を選択的に析出させることができない。このためV化合物31の析出による、耐食性が低い領域rの耐食性向上が不十分となる。
一方、めっきから塗布までの時間が60秒を超えると、図2(d)に示すように、めっき層12表面の耐食性の低い領域rにも酸化皮膜21が厚く成長しすぎてしまう。このため、めっきから60秒を超えた後に処理液を塗布しても、めっき層12表面の耐食性の低い領域rであっても、処理液との選択的な反応が起こりにくい。このため耐食性が低い領域rにV化合物31を選択的に析出させることができず、V化合物31の析出による、耐食性が低い領域rの耐食性向上が不十分となる。
また、めっき後10〜60秒の間におけるめっき層12の温度変化が300℃未満である場合には、めっき層12表面における耐食性が低い領域rと処理液との選択的な反応が起こりにくい。このため、耐食性が低い領域rにV化合物31が十分に濃化されない。これは、めっき層12の温度変化が不十分となることにより、めっき層12表面における耐食性の低い領域rとそれ以外の領域Rとの間における処理液に対する反応性の差異が小さくなるためと推定される。
一方、温度変化が450℃超である場合、酸化皮膜21が十分成長し、塗布液との反応性が確保できないおそれがある。
また、処理液を塗布する前にめっき層12を湿度80%以上の雰囲気に2秒以上保持しなかった場合にも、めっき層12表面における耐食性が低い領域rと処理液との選択的な反応が起こりにくい。これは、雰囲気中における酸化皮膜21の成長時間が不十分なことにより、酸化皮膜21の厚みが不十分となり、めっき層12表面における耐食性の低い領域rと処理液との反応性と、それ以外の領域Rと処理液との反応性の差異が小さくなるためと推定される。また、保持時間が5秒超の場合、めっき層12表面における耐食性の低い領域rであっても、酸化皮膜21が厚く成長しすぎてしまい、めっき層12表面における耐食性の低い領域rと処理液との反応性と、それ以外の領域Rと処理液との反応性の差が小さくなると推定される。
【0057】
塗布工程において、表面処理金属剤の塗布方法については限定されない。
例えばロールコータ、バーコータ、スプレーなどを用いて塗布することができる。
【0058】
[複合被膜形成工程]
複合被膜形成工程では、表面処理金属剤を塗布した金属材を、50℃より高く250℃未満の到達温度(最高到達板温)に加熱して乾燥させ、焼き付ける。乾燥温度については、到達温度が50℃以下であると、該水系金属表面処理剤の溶媒が完全に揮発しないため好ましくない。逆に250℃以上となると、該水系金属表面処理剤にて形成された被膜の有機鎖の一部が分解するため好ましくない。到達温度は60℃〜150℃であることがより好ましく、80℃〜150℃であることが更に好ましい。
また、複合被膜形成工程は、表面処理金属剤を塗布した後、0.5秒以上経過後に加熱を開始することが好ましい。塗布後、加熱までの時間(塗膜保持時間)を0.5秒以上とすることで、Vイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出するまでの時間を十分に確保することができる。加熱までの時間が0.5秒未満であると、Vの濃化が不十分となる。
ロールコータにて表面処理金属剤をめっき層12上へ塗布する場合、金属板11がロールコータに突入するときの金属板11の温度(以下、「金属板突入温度」という場合もある。)は、5℃以上80℃以下とすることが好ましい。金属板突入温度が上記上限値である80℃を超えると表面処理金属剤の組成によっては、水系表面処理薬剤中の水分の蒸発が急激すぎる結果、泡状の小さな膨れや穴が生じる現象、いわゆるワキ現象が生じてしまう。金属板突入温度は、より好ましくは10℃以上60℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下である。
表面処理金属剤のめっき層12上への塗布時における表面処理金属剤の温度は、特に限定されないが、例えば、5℃以上60℃以下、好ましくは10℃以上50℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下とすることができる。塗布時における水系表面処理薬剤の温度を上記範囲内とすることにより、優れた生産性でロールコータを用いた塗布ができ、かつ、複合被膜13を形成することができる。
また、表面処理金属剤をめっき層12上へ塗布する場合、Co処理を行うことが好ましい。コバルト化合物は処理液中でイオンとして存在し、金属と接触した際に、金属表面に置換析出する。Co処理を行うことで、コバルト化合物による金属表面の改質で、優れた耐黒変性を発現することが可能である。」

f 「
【実施例】
【0059】
<実施例1>
金属板をめっき浴に浸漬して、表1に記載のめっき層を有する金属板M1〜M7を得た。表1の記載において、例えば「Zn―0.5%Mg−0.2%Al」とは、質量%で、Mgを0.5%、Alを0.2%含み、残部がZn及び不純物であることを意味している。
めっき層の付着量は、90g/m2とした。
金属板としては、JISG3141:2017に記載された冷延鋼板を用いた。
【0060】
塗布は、めっき後脱脂することなく、表2−1〜表2−10に記載の金属板突入板温になるように適宜加熱したM1〜M7のめっき層を有する金属材に、表2−1〜表2−10に示すように、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含み、温度の調整された表面処理金属剤を塗布液として、ロールコータを用いて、塗布した。表面処理金属剤をめっき層上へ塗布する場合、一部の例についてはCo処理を行った。
その後、スプレーを用いて10秒間水洗を行った。
各例における表面処理金属剤の25℃での粘度は、1〜2mPa・sの範囲内であった。
また、表中、有機珪素化合物の「シランカップリング剤」において、A1、A2、B1、B2は以下を示す。
A1:3−アミノプロピルトリメトキシシラン
A2:3−アミノプロピルトリエトキシシラン
B1:3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
B2:3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン
また、V化合物において、Z1,Z2は以下を示す。
Z1:オキシ硫酸バナジウムVOSO4、
Z2:バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(OC(=CH2)CH2COCH3)2。
【0061】
表面処理金属剤を塗布し、表2−1〜表2−10に記載の塗膜保持時間経過した後に、表面処理金属剤を塗布した金属材を、表2−1〜表2−10の最高到達板温に加熱して乾燥させ、焼き付けた。塗膜保持時間は、ロールコータから加熱炉までの鋼板の搬送速度を制御することにより調整した。
【0062】
得られた複合被膜について、V/Znの最大値、V/Znが0.010〜0.100である領域の測定範囲全体に対する面積率、V/Siの最大値、(Zr+Ti)/Siの平均値、P/Siの平均値、V/Siの平均値を、マイクロ蛍光X線を用いて測定した。
具体的には、V/Znの最大値、V濃化領域の面積率、V/Siの最大値は、マイクロ蛍光X線(アメテック製、エネルギー分散型微小部蛍光X線分析装置 Orbis、管電圧:5kV、管電流:1mA)を用いて、X線源をRhとして、スポットサイズφ30μmで、複合被膜の表面に対し、横方向約2.3mm×縦方向約1.5mmの領域を、画素数256×200で複合被膜、めっき層、金属板を構成する検出可能な元素におけるV、Zn、Siの質量パーセントを測定し、その結果から算出した。
また、(Zr+Ti)/Siの平均値、P/Siの平均値、V/Siの平均値はマイクロ蛍光X線(アメテック製、エネルギー分散型微小部蛍光X線分析装置 Orbis、管電圧:5kV、管電流:1mA)を用いて、X線源をRhとして、スポットサイズφ2mmで、複合被膜の表面に対し、照射領域(2mmφ)の、複合被膜、めっき層、金属板を構成する検出可能な元素におけるZr、P、V、Siの質量パーセントを測定し、その結果から算出した。
【0063】
また、得られた表面処理金属材について耐食性を評価した。
「耐食性」
平板試験片を作製した。
まず、各試験片に対し、JIS Z 2371:2015に準拠する塩水噴霧試験を行い、72時間後の表面の白錆の発生状況(試験片の面積における白錆が発生した面積の割合)を評価した。
白錆発生率は、めっき層腐食評価面を2値化し、未腐食部分と白錆部分が分離できる閾値を決め、画像処理ソフトを使用して白色部の面積率を測定した。
耐食性の評価基準を以下に示す。評価が3または4であれば、耐食性に優れると判断した。
4:5%以下
3:5%超15%以下
2:15%超30%以下
1:30%超」

g 「
【表1】



h 「
【表2−2】



i 「
【表2−7】



j 「
【表3−2】



k 「
【0080】
表1〜表3−5から分かるように、発明例では、複合被膜が好ましい状態になっており、任意に採取した3サンプルの耐食性がすべて評点3以上であった。
また、表には示していないが、発明例では、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性にも優れていた。
一方、比較例では、V/Znの最大値が本発明範囲内にならず、耐食性が低下していた。」

l 「



m 「



(イ)上記(ア)a〜c、e〜lの記載から、上記ア(イ)の課題は、金属板上に、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有しためっき層を形成し、前記めっき層の表面上に、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む表面処理金属剤(処理液)を塗布して複合被膜を形成し、塗布後の前記複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したとき、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100となっている表面処理金属材とすることによって解決できるものと認められる。

ウ 本件発明1〜5の検討
(ア)上記第2の特許請求の範囲の記載を参照すれば明らかなように、本件発明1〜5には、上記イ(イ)において示した、上記ア(イ)の課題を解決できる構成が全て含まれている。

(イ)ここで、申立人は、上記第3の1(1)アに示したとおり、本件明細書の段落【0056】の記載を参照し、耐食性が低い領域rの耐食性向上との発明の課題を解決するには、前記領域rにおいて、めっき層と処理液によって形成される複合被膜との間に所定厚さの酸化皮膜が必要とされると主張する。
しかしながら、申立人が参照する本件明細書の段落【0056】の記載を含む、上記イ(ア)d〜e、mの記載によれば、ある特定の(所定の)膜厚の酸化皮膜が、上記めっき層と上記複合被膜との間に必要とされるのは、V/Siの平均値、P/Siの平均値、(Zr+Ti)/Siの平均値を好ましい範囲とし、さらに耐食性を向上させる場合である。

(ウ)そして、上記イ(ア)c、eの記載、及び上記イ(ア)e、i〜jの記載、特に、発明例と比較例27との比較によれば、「塗布後の前記複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したとき、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100」との構成自体は、
a 処理液を酸性にすること、
b 処理液塗布後、加熱までの時間(塗膜保持時間)を0.5秒以上とすること、及び
c ロールコータにて表面処理金属剤をめっき層上へ塗布する場合には、少なくとも、金属板がロールコータに突入するときの金属板の温度を80℃以下とすること、
で実現でき、申立人が参照する本件明細書の段落【0056】の記載を含む、上記イ(ア)eに記載されるような、上記めっき層と上記複合被膜との間に、ある特定の(所定の)膜厚の酸化皮膜を形成する条件は必要とされないことが理解される。

(エ)さらに、上記イ(ア)f〜kの実施例を参照すれば、上記イ(ア)eに記載されたように、めっき後に(めっき完了後)、湿度80%以上の雰囲気に2〜5秒保持することを含む10〜60秒の間に表面処理金属剤の塗布を行い、この10〜60秒の間にめっき層の温度変化が300〜450℃となるように調整し、上記めっき層表面に、ある特定の(所定の)膜厚の酸化皮膜を形成しなくても、V濃化領域が形成され、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れた表面処理基材が製造できることが確認されている。

(オ)そうすると、上記(ア)〜(エ)から、本件発明1〜5のように、上記めっき層と上記複合被膜との間にある特定の(所定の)膜厚の酸化皮膜が存在することが特定されていなくても、上記ア(イ)の課題を解決できるものと認められる。

(カ)また、仮に、上記めっき層と上記複合被膜との間に酸化皮膜が存在することが、上記ア(イ)の課題を解決するために必須であったとしても、上記イ(ア)eにおいても指摘されているように、通常、めっき後のめっき層表面は活性な状態となっているため、めっき層表面には、ある程度の膜厚の自然酸化膜(酸化皮膜)が形成される。そのため、本件発明1〜5のように、上記めっき層と上記複合被膜との間に酸化皮膜が存在することが特定されていなくても、本件明細書に触れた当業者であれば、本件発明1〜5において、上記めっき層と上記複合被膜との間に酸化皮膜が存在することは、当然に認識できる。

(キ)以上から、本件発明1〜5は、上記イ(イ)において示した、上記ア(イ)の課題を解決できる構成が全て含まれているから、上記ア(イ)の課題を解決できるといえる。
また、仮に、上記めっき層と上記複合被膜との間に酸化皮膜が存在することが、上記ア(イ)の課題を解決するために必須であったとしても、上記(カ)において示したように、本件明細書に触れた当業者であれば、本件発明1〜5において、上記めっき層と上記複合被膜との間に酸化皮膜が存在することは、当然に認識できるから、本件発明1〜5の特定であっても、上記ア(イ)の課題を解決できることは、当業者であれば認識できる。

(ク)したがって、本件発明1〜5は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。

(2)申立理由1のイについて
ア 上記(1)イ(ア)e〜fによれば、本件発明において、表面処理金属剤(処理液)は、ロールコータを用いて塗布するとされている。

イ ここで、ロールコータを用いて分散液を塗布する場合、分散体が均一に分布するように塗布されることは技術常識である。

ウ そのため、上記イの技術常識を考慮すれば、塗布直後の複合被膜では、被膜を構成する各種成分が均一に分布し平均的に存在したものとなっていることを、当業者であれば、当然に認識できる。

エ そして、上記ウ、並びに、上記(1)イ(ア)c、e及び上記(1)ウ(ウ)におけるバナジウム化合物の析出メカニズムを勘案すれば、当業者であれば、本件明細書から、塗布直後の複合被膜内では平均的に存在していたバナジウム化合物の一部が、塗布によって最終的に得られる複合被膜では、耐食性が低い領域でのみ濃化していること、すなわち、本件発明1〜5における複合被膜が、耐食性が低い領域のみバナジウム化合物が多く、それ以外の領域では平均的に存在したものであって、V/Znが「0」である領域を有するもの、特に、V/Znが「0」である領域が複合被膜の表面全体に対して、1〜99%の範囲にわたって存在するものを含んでいないことは、当然に認識できる。

オ したがって、本件明細書に触れた当業者であれば、V/Znの最小値が特定されていなくても、本件発明1〜5が、上記エのような発明の課題を解決できるといえないものを含んでいないことは、当然に認識できるから、本件発明1〜5は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。

(3)申立理由1の小括
上記(1)及び(2)から、請求項1〜5に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号の規定に違反してなされたものとはいえず、同法第113条第4号に該当しないものであるため、取り消すことはできない。

(4)申立理由2について
ア 上記(2)で検討したように、本件明細書に触れた当業者であれば、V/Znの最小値が特定されていなくても、本件発明1〜5が、V/Znが「0」である領域を有するものを含んでいないことを、当然に認識できるから、申立人が上記第3の1(2)において主張しているような、V/Znの最小値が「0」である領域を有する表面処理金属材の全面において耐食性が優れていることを示す実施例は、本件明細書に必要ないと認められる。

イ したがって、請求項1〜5に係る特許は、発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないものであるため、取り消すことはできない。

(5)申立理由3について
ア 甲1の記載事項
甲1には、「表面処理金属材」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(ア)「
【請求項1】
金属材表面に、
分子内に式−SiR1R2R3(式中、R1、R2及びR3は互いに独立に、アルコキシ基又は水酸基を表し、少なくとも1つはアルコキシ基を表す)で表される官能基(a)2個以上と、水酸基(官能基(a)に含まれ得るものとは別個のもの)およびアミノ基から選ばれる少なくとも1種の親水性官能基(b)1個以上とを有し、平均の分子量が1000〜10000である有機ケイ素化合物(W)と、
チタンフッ化水素酸またはジルコニウムフッ化水素酸から選ばれる少なくとも1種のフルオロ化合物(X)と、
リン酸(Y)と、
バナジウム化合物(Z)と、
光触媒(L)と、
を含有する複合皮膜を有し、
前記有機ケイ素化合物(W)は、分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)とを固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られるものであり、
前記複合皮膜中の各成分の比率は、下記(1)〜(5)の条件を満たすことを特徴とする、表面処理金属材。
(1)前記有機ケイ素化合物(W)と前記フルオロ化合物(X)との固形分質量比を〔(X)/(W)〕としたとき、0.02≦〔(X)/(W)〕≦0.07
(2)前記有機ケイ素化合物(W)と前記リン酸(Y)との固形分質量比を〔(Y)/(W)〕としたとき、0.03≦〔(Y)/(W)〕≦0.12
(3)前記有機ケイ素化合物(W)と前記バナジウム化合物(Z)との固形分質量比を〔(Z)/(W)〕としたとき、0.05≦〔(Z)/(W)〕≦0.17
(4)前記フルオロ化合物(X)と前記バナジウム化合物(Z)との固形分質量比を〔(Z)/(X)〕としたとき、1.3≦〔(Z)/(X)〕≦6.0
(5)前記光触媒(L)の全固形分質量比を〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L)〕としたとき、0.02≦〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L)〕≦0.5」

(イ)「
【0001】
本発明は、表面処理金属材に関し、特に、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性に優れたクロメートフリー表面処理を施した金属材に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、金属材料表面への密着性に優れ、金属材料表面に耐食性や耐指紋性などを付与する技術として、金属材料表面に、クロム酸、重クロム酸又はそれらの塩を主成分として含有する処理液によりクロメート処理を施す方法が用いられていたが、近年、クロメート処理皮膜は有害な6価クロムを多量に含んでおり、環境に配慮すべく、クロメート皮膜の代替として使用できるノンクロム系の表面処理技術の開発が行われている。このようなノンクロム系の表面処理技術としては、例えば、無機成分を用いた処理を施す方法、リン酸塩処理を施す方法、シランカップリング剤単体による処理を施す方法、有機樹脂皮膜処理を施す方法、などが知られており、実用に供されている。」

(ウ)「
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの技術は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足するものではなく、実用化に至って依然として問題を抱えている。
【0009】
このように、いずれの方法でもクロメート皮膜の代替として使用できるような表面処理剤を得られていないのが現状であり、これらを総合的に満足できる表面処理剤および処理方法の開発が強く要求されているのである。
【0010】
そこで、本発明は、従来技術の有する前記問題点を解決して、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足し得るクロメートフリー表面処理を施した金属材を提供することを目的とするものである。」

(エ)「
【0011】
本発明者らは、これらの問題を解決すべく鋭意検討を重ねてきた結果、金属材表面に、特定のシランカップリング剤2種類を特定の固形分質量比で配合して得られる、分子内に特定の官能基を2個以上と、特定の親水性官能基を1個以上含有する有機ケイ素化合物(W)と、フルオロ化合物(X)と、リン酸(Y)と、バナジウム化合物(Z)と、光触媒(L)とからなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより各成分を含有する複合皮膜を形成することで、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足し得るクロメートフリー表面処理金属材が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。」

(オ)「
【0012】
すなわち、本発明は、金属材表面に、分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)を固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られる、分子内に式−SiR1R2R3(式中、R1、R2及びR3は互いに独立に、アルコキシ基又は水酸基を表し、少なくとも1つはアルコキシ基を表す)で表される官能基(a)を2個以上と、水酸基(官能基(a)に含まれ得るものとは別個のもの)およびアミノ基から選ばれる少なくとも1種の親水性官能基(b)を1個以上含有し、平均の分子量が1000〜10000である有機ケイ素化合物(W)と、チタン弗化水素酸またはジルコニウム弗化水素酸から選ばれる少なくとも1種のフルオロ化合物(X)と、リン酸(Y)と、バナジウム化合物(Z)と、光触媒(L)とからなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより各成分を含有する複合皮膜を形成し、且つ、その複合皮膜の各成分において、有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02〜0.07であり、有機ケイ素化合物(W)とリン酸(Y)の固形分質量比〔(Y)/(W)〕が0.03〜0.12であり、有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05〜0.17であり、且つ、フルオロ化合物(X)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(X)〕が1.3〜6.0であり、且つ、光触媒(L)の全固形分質量比〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L))が0.02〜0.5であることを特徴とする表面処理金属材を提供する。」

(カ)「
【0018】
本発明において適用可能な金属材としては特に限定されるものではなく、例えば、鉄、鉄基合金、アルミニウム、アルミニウム基合金、銅、銅基合金等を挙げられ、任意に金属材上にめっきしためっき金属材を使用することもできる。中でも本発明の適応において最も好適なものは亜鉛系めっき鋼板である。亜鉛系めっき鋼板としては、亜鉛めっき鋼板、亜鉛−ニッケルめっき鋼板、亜鉛−鉄めっき鋼板、亜鉛−クロムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウムめっき鋼板、亜鉛−チタンめっき鋼板、亜鉛−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−マンガンめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウムめっき鋼板、亜鉛−アルミニウム−マグネシウム−シリコンめっき鋼板等の亜鉛系めっき鋼板、さらにはこれらのめっき層に少量の異種金属元素又は不純物としてコバルト、モリブデン、タングステン、ニッケル、チタン、クロム、アルミニウム、マンガン、鉄、マグネシウム、鉛、ビスマス、アンチモン、錫、銅、カドミウム、ヒ素等を含有したもの、シリカ、アルミナ、チタニア等の無機物を分散させたものが含まれる。更には、以上のめっきと他の種類のめっき、例えば鉄めっき、鉄−りんめっき、ニッケルめっき、コバルトめっき等と組み合わせた複層めっきも適用可能である。めっき方法は特に限定されるものではなく、公知の電気めっき法、溶融めっき法、蒸着めっき法、分散めっき法、真空めっき法等のいずれの方法でもよい。」

(キ)「
【0019】
本発明のクロメートフリー表面処理金属材の水系金属表面処理剤の必須成分である有機ケイ素化合物(W)は、分子中にアミノ基を1つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を1つ含有するシランカップリング剤(B)とを固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7の割合で配合して得られるものである。シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(B)との配合比率としては、固形分質量比〔(A)/(B)〕で0.5〜1.7である必要があり、0.7〜1.7が好ましく、0.9〜1.1であることが最も好ましい。固形分質量比〔(A)/(B)〕が0.5未満であると、耐指紋性および浴安定性、耐黒カス性が著しく低下するため好ましくない。逆に1.7を超えると、耐水性が著しく低下するため好ましくない。」

(ク)「
【0023】
また、本発明の必須成分であるフルオロ化合物(X)の配合量に関しては、有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)との固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02〜0.07である必要があり、0.03〜0.06が好ましく、0.04〜0.05であることが最も好ましい。有機ケイ素化合物(W)とフルオロ化合物(X)の固形分質量比〔(X)/(W)〕が0.02未満であると、フルオロ化合物の添加効果(耐食性の向上)が発現しないため好ましくない。逆に0.07より大きいと導電性が低下するため好ましくない。」

(ケ)「
【0025】
また、本発明の必須成分であるバナジウム化合物(Z)の配合量に関しては、有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05〜0.17である必要があり、0.07〜0.15であることが好ましく、0.09〜0.14であることがさらに好ましく、0.11〜0.13であることが最も好ましい。有機ケイ素化合物(W)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(W)〕が0.05未満であるとバナジウム化合物の添加効果(耐食性の向上)が発現しないため好ましくない。逆に0.17を超えると、安定性が極めて低下するため好ましくない。」

(コ)「
【0027】
また、本発明の必須成分であるフルオロ化合物(X)とバナジウム化合物(Z)の配合量に関しては、フルオロ化合物(X)とバナジウム化合物(Z)の固形分質量比〔(Z)/(X)〕が1.3〜6.0である必要があり、1.3〜3.5であることが好ましく、2.5〜3.3であることがさらに好ましく、2.8〜3.0であることが最も好ましい。フルオロ化合物(X)とバナジウム化合物(Z)固形分質量比〔(Z)/(X)〕が1.3未満であるとバナジウム化合物(Z)の添加効果が発現しないため好ましくない。逆に6.0を超えると、浴安定性、耐黒カス性が低下するため好ましくない。」

(サ)「
【0028】
他方、本発明における光触媒(L)としては、そのバンドギャップ以上のエネルギーを持つ波長の光を照射すると光触媒性能を発現する粒子のことであり、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化タングステン、酸化鉄、チタン酸ストロンチウムなどの公知の金属化合物半導体の1種類または2種類以上を組み合わせて用いることが可能である。この中でも特に、高い光触媒活性を有し、化学的に安定であり、且つ無害である酸化チタン、特にこのアナターゼ型タイプが好ましい。更に、処理液中での光触媒(L)の安定化や光触媒効果の向上等を図るために、場合によっては光触媒粒子の内部またはその表面の少なくともいずれか一方に、第二成分として、Pt、Au、Ag、Cu、Co、Ni、Pd、Rh、Ru、V、FeおよびZnからなる群より選ばれる少なくとも1種類または2種類以上の金属または金属化合物の少なくともいずれか一方や、pH緩衝剤等の1種類または2種類以上を含有させてもかまわない。
【0029】
また、本発明の必須成分である光触媒(L)の配合量に関しては、光触媒(L)の全固形分に対する質量比〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L))〕が0.02〜0.5である必要があり、0.03〜0.45であることが好ましく、0.05〜0.3であることが最も好ましい。光触媒(L)の全固形分に対する質量比〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L))が0.02未満であると光触媒(L)の添加効果(耐汚染性)が発現しないため好ましくない。逆に0.5より大きいと、皮膜の成膜性が低下するため好ましくない。」

(シ)「
【0034】
本発明の表面処理金属材は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足し得る。この理由は以下のように推測されるが、本発明はかかる推測に縛られるものではない。本発明に用いる水系金属表面処理剤を用いて形成される皮膜は主に有機ケイ素化合物によるものである。まず、耐食性は、前記有機ケイ素化合物の1部が乾燥などにより濃縮されたときに前記有機ケイ素化合物が互いに反応して連続皮膜を成膜すること、前記有機ケイ素化合物の1部が加水分解して生成した−Si−OH基が金属表面とSi−O−M結合(M:被塗物表面の金属元素)を形成することにより、著しいバリアー効果を発揮することによると推定される。また、緻密な皮膜形成が可能なため皮膜の薄膜化が可能となり、導電性も良好になる。
【0035】
一方、本発明の水系金属表面処理剤を用いた皮膜は、ケイ素を基盤として形成され、その構造については、ケイ素−有機鎖の配列が規則的であり、また有機鎖が比較的短いことから、皮膜中の極めて微小な区域に、規則的かつ緻密にケイ素含有部と有機物部、すなわち無機物と有機物が配列している。そのため、無機系皮膜が通常有する耐熱性、導電性および加工性時の耐黒カス性、有機系皮膜が通常有する耐指紋性や塗装性などを併せ持つ新規な皮膜の形成が可能になると推定される。なお、皮膜中のケイ素含有部においては、ケイ素の約80%がシロキサン結合を形成していることが分析で確認されている。
【0036】
このようなベース皮膜に、耐食性付与の目的から、エッチング反応により生じる被処理金属表面極近傍におけるpH上昇によって緻密な皮膜を形成するフルオロ化合物、溶出性インヒビターとしてのリン酸、酸化還元反応によって耐食性を付与するバナジウム化合物を添加することで、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性に加え優れた耐食性を発現するものと推定される。
【0037】
上記に加え、本発明の水系金属表面処理剤に光触媒を添加することで良好な耐汚染性が発現されるのは、前述のごとく本発明の水系金属表面処理剤を用いた皮膜はケイ素を基盤として形成され、その構造については、ケイ素−有機鎖の配列が規則的であり、また有機鎖が比較的短いことから、有機鎖の光触媒分解反応が起こりにくいものと考えられる。このため、光触媒が皮膜に劣化や変質を与えず、皮膜の諸機能を保持したまま安定的に存在し、且つ光触媒反応による外的汚染物質の分解能を維持するものと推定される。」

(ス)「
【実施例】
【0038】
以下に本発明の実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。試験板の調製、実施例および比較例、および金属材料用表面処理剤の塗布の方法について下記に説明する。
【0039】
〔試験板の調製〕
(1)試験素材
金属材としては、下記に示した市販の素材を用いた。
・電気亜鉛めっき鋼板(EG)
:板厚=0.8mm、目付量=20/20(g/m2)
・溶融亜鉛めっき鋼板(GI)
:板厚=0.8mm、目付量=90/90(g/m2)
・電気亜鉛−12%ニッケルめっき(ZL)
:板厚=0.8mm、目付量=20/20(g/m2)
・溶融亜鉛−11%アルミニウム−3%マグネシウム−0.2%シリコンめっき(SD)
:板厚=0.8mm、目付量=60/60(g/m2)
(2)脱脂処理
上記試験素材を、シリケート系アルカリ脱脂剤のファインクリーナー4336(登録商標:日本パーカライジング(株)製)を用いて、濃度20g/L、温度60℃の条件で2分間スプレー処理し、純水で30秒間水洗したのちに乾燥したものを試験板とした。
(3)表面処理剤の調製
シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(B)を加えて混錬し、有機ケイ素化合物(W)を作製した後、フルオロ化合物(X)、リン酸(Y)、バナジウム化合物(Z)、潤滑剤(J)の順に添加し、常温で充分に攪拌することにより表面処理剤を調製した。
(4)表面処理金属材の作製(表面処理剤の塗布方法)
表面処理剤をロールコーターにて試験板に塗布し、到達板温度を変えながら焼付けを行い、空冷することにより表面処理金属材を作製した。
【0040】
実施例および比較例に使用したシランカップリング剤を表1に、バナジウム化合物を表2に示し、配合例、皮膜量および乾燥温度を表3〜5に示す。更に、表3〜5に示される実施例および比較例に使用した光触媒は市販のアナターゼ型の酸化チタン(粒径分布5〜200nm)を使用した。」

(セ)「
【0049】
試験結果を表6〜17に示す。実施例1〜68は、クロメートと同等の耐食性を示し、良好な耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足することがわかる。」

(ソ)「
【0050】
【表1】



(タ)「
【0051】
【表2】



(チ)「
【0052】
【表3】



(ツ)「
【0053】
【表4】



(テ)「
【0054】
【表5】



(ト)「
【0064】
【表15】



(ナ)「
【0065】
【表16】



(ニ)「
【0066】
【表17】


イ 甲1に記載された発明
(ア)上記ア(イ)〜(エ)によれば、甲1に記載された発明は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性、加工時の耐黒カス性および耐汚染性の全てを満足し得るクロメートフリー表面処理を施した金属材を提供することを目的とし、金属材表面に、特定のシランカップリング剤2種類を特定の固形分質量比で配合して得られる、分子内に特定の官能基を2個以上と、特定の親水性官能基を1個以上含有する有機ケイ素化合物(W)と、フルオロ化合物(X)と、リン酸(Y)と、バナジウム化合物(Z)と、光触媒(L)とからなる水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより各成分を含有する複合皮膜を形成することにより前記目的を達成することを意図するものである。

(イ)そして、上記(ア)、(オ)〜(ニ)、特に、実施例23、24によれば、甲1には、上記(ア)の目的を達成する具体的な構成として、以下の発明(「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
鋼板に溶融亜鉛−11%アルミニウム−3%マグネシウム−0.2%シリコンめっき(SD)を施した金属材表面に、
3−アミノプロピルトリエトキシシラン(A2)と、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(B1)とを固形分質量比〔(A)/(B)〕で1.0の割合で配合して得られた有機ケイ素化合物(W)[分子量3000]と、
チタン弗化水素酸であるフルオロ化合物(X)と、
りん酸(Y)と、
オキシ硫酸バナジウム(Z1)であるバナジウム化合物(Z)と、
アナターゼ型の酸化チタンである光触媒(L)と、
潤滑剤(J)
を含有した表面処理剤を、ロールコーターにて、乾燥後の皮膜重量が0.35g/m3となるように塗布し、到達板温度(乾燥温度)を120℃にして焼付けを行い、空冷することにより複合皮膜を形成し、
前記複合皮膜中の各成分の比率が、下記(1)〜(5)である表面処理金属材。
(1)前記有機ケイ素化合物(W)と前記フルオロ化合物(X)との固形分質量比を〔(X)/(W)〕としたとき、〔(X)/(W)〕=0.05
(2)前記有機ケイ素化合物(W)と前記リン酸(Y)との固形分質量比を〔(Y)/(W)〕としたとき、〔(Y)/(W)〕=0.1又は0.12
(3)前記有機ケイ素化合物(W)と前記バナジウム化合物(Z)との固形分質量比を〔(Z)/(W)〕としたとき、〔(Z)/(W)〕=0.07
(4)前記フルオロ化合物(X)と前記バナジウム化合物(Z)との固形分質量比を〔(Z)/(X)〕としたとき、〔(Z)/(X)〕=1.4
(5)前記光触媒(L)の全固形分質量比を〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L)〕としたとき、〔(L)/((W)+(X)+(Y)+(Z)+(L)〕=0.10又は0.20

ウ 甲2の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
(ア)「
[0004] 無塗装で使用される表面処理鋼板の表面外観品位に関する重要な要求特性の一つとして耐結露白化性がある。結露白化(白錆)とは、表面処理鋼板の表面に発生した結露水との接触部分が、白化する現象である。しかしながら、従来の表面に皮膜を有する亜鉛めっき鋼板は、結露白化を十分に抑制できるものではなかった。また、従来の表面に皮膜を有する亜鉛めっき鋼板では、より一層耐食性を向上させることが要求されていた。
[0005] 本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐結露白化性および耐食性を有する表面処理鋼板を提供することを課題とする。」

(イ) 「
[0006] 本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意検討した。本発明者らは、まず、皮膜を構成する成分について検討を行い、P、Ti、V、Siおよびポリウレタン樹脂を含む処理薬剤を用いて形成した皮膜が耐結露白化性および耐食性を向上させることを見出した。

[0007] さらに、本発明者らは、ポリウレタン樹脂を微細な粒子状とし、皮膜中に均一に分散させることにより、V、Ti等の腐食抑制作用を有する成分を皮膜中に均一に分散させることによって、更なる耐結露白化性および耐食性を向上させる可能性に着目した。そして、本発明者らは、酢酸を処理薬剤の成分として使用する特殊な製法を採用することにより、上記の組成系において初めてポリウレタン樹脂を粒子状で均一に分散させた皮膜を確認した。さらに、驚くことに、本発明者らは、このようにして形成された皮膜が、優れた耐結露白化性および耐食性を発現することのみならず、結露白化とは全く異なる環境で生じるスタック白化に対しても高い耐性を発現することを見出した。
本発明の要旨は以下のとおりである。」

(ウ)「
[0020] 1.2 めっき層
めっき層2は、亜鉛を含み、鋼板1の片面または両面の表面に形成されている。亜鉛を含むめっき層とは、純亜鉛系めっき層と、亜鉛含有量が40質量%以上の亜鉛合金めっき層とを包含する意味である。亜鉛合金めっき層としては、例えば、55%Al−Zn合金めっき層、5%Al−Zn合金めっき層、Al−Mg−Zn合金めっき層、Ni−Zn合金めっき層などが挙げられる。
[0021] めっき層2は、アンチモンを含むものであってもよい。アンチモンを含むめっき層2では、アンチモンを含まない場合と比較して、表面処理鋼板10の耐食性が低くなる傾向がある。本実施形態では、めっき層2がアンチモンを含むものであっても、めっき層2上に形成された皮膜3によって、優れた耐結露白化性、耐スタック白化性および耐食性が得られる。
めっき層2のめっき付着量は特に制限されず、従来の一般的な範囲内でよい。
[0022] 1.3 皮膜
皮膜3は、めっき層2上に形成されている。
皮膜3は、図1に示すように、平均粒径20〜200nmのポリウレタン樹脂からなる樹脂粒子を含む第1成分31(樹脂成分)と、第1成分31を除く第2成分32とからなる。皮膜3の断面における第1成分31の面積率は35〜80%である。第2成分32は、りん(P)とチタン(Ti)とバナジウム(V)とシリコン(Si)とを含む。皮膜3中にはPがリン酸換算で2.5〜7.5質量%含まれている。皮膜3中には、第1成分31および第2成分32が略均一に分散している。
[0023] 皮膜3は、皮膜3に含まれる各成分を所定の割合で含む水系表面処理薬剤を、めっき層2上に塗布し、乾燥させることにより得られる。以下に、本実施形態の皮膜3が形成されるメカニズムを説明する。
[0024] 皮膜3に含まれる各成分を所定の割合で含む水系表面処理薬剤をめっき層2上に塗布すると、水系表面処理薬剤中のりん(P)がめっき層2の表面に沈着し、第1成分31(樹脂成分)が自己整合的に略均一に分散された塗膜が形成される。これは、水系表面処理薬剤と、水系表面処理薬剤中のりんが沈着しためっき層2との表面エネルギーのバランスと、水系表面処理薬剤中に存在する第1成分31の比重のバランスとが適正であることによるものと推定される。そして、水系表面処理薬剤を塗布して得られた塗膜を乾燥させると、塗膜中における第1成分31の略均一な分散状態を維持したまま、第1成分31および隣接する第1成分31、31間に存在する第2成分32が略均一に配置された皮膜3が形成されると推定される。」

(エ)「
[0100] 本実施形態では、水系表面処理薬剤をめっき層上に塗布して塗膜を形成してから乾燥を開始するまで、0.1〜10秒間保持する。塗膜の状態で0.1秒間以上、より好ましくは0.2秒間以上保持することにより、塗膜中の第1成分31が自己整合的に略均一に安定して分散する。なお、塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間を10秒間超えにしても塗膜中の第1成分31が均一に分散する効果は向上せず、生産性が低下する。また、塗膜を形成してから開始するまでの時間が長時間にわたると第1成分31同士の凝集、偏在が起こる傾向にある。したがって、塗膜の状態で保持する時間を10秒間以下とすることが好ましく、5秒間以下とすることがより好ましい。」

エ 本件発明と甲1発明との対比及び判断
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「鋼板」、「3−アミノプロピルトリエトキシシラン(A2)と、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(B1)とを固形分質量比〔(A)/(B)〕で1.0の割合で配合して得られた有機ケイ素化合物(W)[分子量3000]」、「りん酸(Y)」、「オキシ硫酸バナジウム(Z1)であるバナジウム化合物(Z)」、「複合皮膜」は、それぞれ、本件発明1の「金属板」、「有機珪素化合物」、「りん酸化合物」、「バナジウム化合物」、「複合被膜」に相当する。

(イ)甲1発明の「溶融亜鉛−11%アルミニウム−3%マグネシウム−0.2%シリコンめっき(SD)」について、通常、めっきされた材料は、層状となるから、甲1発明の「溶融亜鉛−11%アルミニウム−3%マグネシウム−0.2%シリコンめっき(SD)」も層状となっていることは、明らかである。そうすると、甲1発明の「溶融亜鉛−11%アルミニウム−3%マグネシウム−0.2%シリコンめっき(SD)」は、本件発明1の「アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層」に相当する。

(ウ)甲1発明の「チタン弗化水素酸であるフルオロ化合物(X)」について、本件明細書には、以下の事項が記載されている。
a 「
【0050】
本実施形態において、複合被膜13が含むふっ素化合物としては、特に限定されないが、弗化水素酸、ホウ弗化水素酸、ケイ弗化水素酸、及びこれらの水溶性塩等の弗化物、並びに錯弗化物塩などを例示することができる。この中でも、弗化水素酸であることがより好ましい。弗化水素酸を用いる場合、より優れた耐食性や塗装性を得ることができる。
【0051】
本実施形態において、複合被膜13が含むジルコニウム化合物及び/またはチタン化合物としては、特に限定されないが、ジルコン弗化水素酸、六フッ化ジルコニウム酸アンモニウム、硫酸ジルコニウム、オキシ塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、酢酸ジルコニウム、六フッ化チタン酸アンモニウ、チタン弗化水素酸などを例示することができる。この中でも、ジルコン弗化水素酸またはチタン弗化水素酸であることがより好ましい。ジルコニウム弗化水素酸またはチタン弗化水素酸を用いる場合、より優れた耐食性や塗装性を得ることができる。
また、ジルコニウム弗化水素酸またはチタン弗化水素酸はふっ素化合物としても作用するので好ましい。」

b そうすると、甲1発明の「チタン弗化水素酸であるフルオロ化合物(X)」は、本件発明1の「ふっ素化合物」及び「ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種」に相当する。

(ウ)甲1発明の「アナターゼ型の酸化チタンである光触媒(L)」について、「アナターゼ型の酸化チタン」はチタン化合物であるから、上記イ(ア)から、本件発明の「チタン化合物」に含まれるといえる。そうすると、甲1発明の「アナターゼ型の酸化チタンである光触媒(L)」は、本件発明1の「ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種」に相当する。

(エ)したがって、両者は、以下の点で一致する。
<一致点>

金属板と、
前記金属板上に形成され、アルミニウム、マグネシウム、及び亜鉛を含有するめっき層と、
前記めっき層の表面上に形成され、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む複合被膜と、
を有する、
表面処理金属材。」

(オ)また、両者は、以下の点で相違する。
<相違点>
本件発明1では、複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100であるのに対し、甲1発明では、複合被膜の表面のV含有量とZn含有量との質量比について明記されておらず、不明である点。

(カ)上記相違点について、甲1発明に係る複合被膜が、本件発明1に係る複合被膜と同一の製造条件で製造され、複合被膜として同様の物性を有している蓋然性が高いといえるかどうかの観点から、以下、検討する。
a V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100となるようなVの濃化領域について、本件明細書には、以下の事項が記載されている。
(a)「
【0038】
本発明者らは、複合被膜13中のインヒビターの含有量を増加させずに複合被膜13の耐食性、特に耐食性が低くなる領域での耐食性を向上させる方法について検討した。その結果、複合被膜13において、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及び/またはチタン化合物、りん酸化合物、ふっ素化合物等のマトリクスを構成する成分については均一に分布させた上で、インヒビターとして作用するバナジウム化合物(V化合物)を、耐食性が低い領域には多く、それ以外の領域には平均的に存在するように分布させることで、複合被膜13全体のインヒビターの含有量を増加させずに耐食性を向上させることができることを見出した。
より具体的には、複合被膜13の表面を、マイクロ蛍光X線を用いて分析した際に、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100となるようにバナジウム化合物を分布させればよいことが分かった。
バナジウム化合物は通常、被膜のマトリクス中にほぼ均一に分散するが、後述のようにめっき層12上に塗布する処理液を酸性にするとともに、塗布〜焼付までの条件を後述する条件に制御することで、処理液を塗布し、焼付を行う過程で、耐食性が低い領域にインヒビター成分を濃化させることができる。このメカニズムは明らかではないが、処理液が酸性である場合、処理液を塗布した際、めっき層12において耐食性が低い領域が選択的に腐食され、亜鉛が溶出する。亜鉛の溶出とともに周囲のpHが上昇する。pHが上昇しアルカリ性になった部分にVイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出する。このバナジウム化合物はインヒビターとして作用する。つまり、耐食性が低かった領域にVが濃化し、その部分の耐食性が向上すると想定される。処理液が中性、またはアルカリ性であると、処理液安定性が不良となる。
【0039】
本実施形態に係る金属板では、V/Znの最大値が0.010以上であれば耐食性が低かった領域にVが十分に濃化していると言える。一方、V/Znの最大値が0.100を超えると、当初耐食性が低かった領域にはVが濃化しているものの、Vの過度な濃化によって濃化部以外の部分のV含有量が低下し、全体としての耐食性が低下するので好ましくない。
【0040】
複合被膜13の表面に対してマイクロ蛍光X線で分析を行った場合、マイクロ蛍光X線では一定の深さまでの情報が得られるので、めっき層12に含まれるZnが検出される。このZnは概ね均一に分散することが分かっているので、V/Znが高い領域には、Vが濃化していると判断できる。」

(b)「
【0056】
[塗布工程]
塗布工程では、めっき層を有する金属材に、有機珪素化合物、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種、りん酸化合物、ふっ素化合物およびバナジウム化合物を含む表面処理金属剤を塗布する。
有機珪素化合物(W)に対する、ジルコニウム化合物及びチタン化合物の1種または2種(X2)、りん酸化合物(Y)、ふっ素化合物(X1)およびバナジウム化合物(Z)の比率(X/W、Y/W、Z/Wなど、X/Wは(X1+X2)/Wを意味する)を、それぞれ、目標とする被膜の比率に合わせて調整することが好ましい。
また、V濃化領域を形成するため、塗布する表面処理金属剤(処理液)を酸性にすることが好ましい。処理液を酸性にすることで、めっき層において耐食性が低い領域を選択的に腐食され、亜鉛が溶出する。亜鉛が溶出した部分の周囲のpHが上昇する。pHが上昇しアルカリ性になった部分では、処理液が乾燥するまでの間にVイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出する。その結果、耐食性が低かった領域にVが濃化し、V濃化領域が形成される。
処理液のpHは、酢酸及び乳酸などの有機酸類、フッ酸などの無機酸類、アンモニウム塩やアミン類などのpH調整剤を用いて調整することができる。・・・」

(c)「
【0057】
塗布工程において、表面処理金属剤の塗布方法については限定されない。
例えばロールコータ、バーコータ、スプレーなどを用いて塗布することができる。

(d)「
【0058】
[複合被膜形成工程]
複合被膜形成工程では、表面処理金属剤を塗布した金属材を、50℃より高く250℃未満の到達温度(最高到達板温)に加熱して乾燥させ、焼き付ける。乾燥温度については、到達温度が50℃以下であると、該水系金属表面処理剤の溶媒が完全に揮発しないため好ましくない。逆に250℃以上となると、該水系金属表面処理剤にて形成された被膜の有機鎖の一部が分解するため好ましくない。到達温度は60℃〜150℃であることがより好ましく、80℃〜150℃であることが更に好ましい。
また、複合被膜形成工程は、表面処理金属剤を塗布した後、0.5秒以上経過後に加熱を開始することが好ましい。塗布後、加熱までの時間(塗膜保持時間)を0.5秒以上とすることで、Vイオンが沈着し、V(OH)4等のバナジウム化合物が析出するまでの時間を十分に確保することができる。加熱までの時間が0.5秒未満であると、Vの濃化が不十分となる。
ロールコータにて表面処理金属剤をめっき層12上へ塗布する場合、金属板11がロールコータに突入するときの金属板11の温度(以下、「金属板突入温度」という場合もある。)は、5℃以上80℃以下とすることが好ましい。金属板突入温度が上記上限値である80℃を超えると表面処理金属剤の組成によっては、水系表面処理薬剤中の水分の蒸発が急激すぎる結果、泡状の小さな膨れや穴が生じる現象、いわゆるワキ現象が生じてしまう。金属板突入温度は、より好ましくは10℃以上60℃以下、さらに好ましくは15℃以上40℃以下である。・・・」

(e)「
【表2−7】



(f)「
【表3−2】



b 上記(a)〜(d)から、V/Znの最大値が0.010〜0.100となるようなVの濃化領域を形成するためには、処理液を酸性にすること、及び処理液塗布後、加熱までの時間(塗膜保持時間)を0.5秒以上とすることが必要であることが理解される。

c また、上記(d)〜(f)の記載、特に、発明例と比較例27との比較から、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100となるようなVの濃化領域を形成するためには、ロールコータにて表面処理金属剤をめっき層上へ塗布する場合には、少なくとも、金属板がロールコータに突入するときの金属板の温度を80℃以下とすることも必要であることが理解される。

d 一方、甲1では、上記ア(ス)を参照しても明らかなように、処理液塗布後、加熱までの時間(塗膜保持時間)や金属板がロールコータに突入するときの金属板の温度について、上記b〜cのように調整されていない。

e そうすると、甲1発明において、「複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である」となっている蓋然性が高いとはいえないから、上記相違点は実質的な相違点である。

f そして、上記ア(イ)〜(エ)やイ(ア)から、甲1発明は、本件発明のように、複数の相を有するめっき層上に従来の表面処理を行って被膜を形成する場合に、インヒビター成分であるVの濃化領域を形成し、前記被膜全体のインヒビターの含有量を増加させずに耐食性を向上させることを意図したものではないから、甲1発明において、「複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である」とする積極的な動機は認められない。

g また、上記ウ(ア)〜(エ)から、甲2には、優れた耐結露白化(白錆)性および耐食性を有する表面処理鋼板を提供するために、Al−Mg−Zn合金めっき層が形成された鋼板に、P、Ti、V、Si(第2成分)およびポリウレタン樹脂(第1成分)を含む処理薬剤を塗布し、塗膜を形成する表面処理鋼板の製造方法、及び、前記塗膜を形成する際に、塗布してから乾燥を開始するまで、0.1〜10秒間保持することで、塗膜中の前記第1成分を自己整合的に略均一に安定して分散させ、更なる耐結露白化性および耐食性を向上させる表面処理鋼板の製造方法が記載されている。

h そうすると、甲2も、本件発明のように、複数の相を有するめっき層上に従来の表面処理を行って被膜を形成する場合に、インヒビター成分であるVの濃化領域を形成し、前記被膜全体のインヒビターの含有量を増加させずに耐食性を向上させることを意図したものではないから、甲1発明において、「複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である」とすることや、異議申立書において申立人が主張するように、甲2から、「ポリウレタン樹脂を添加すること」及び「塗膜を形成してから乾燥を開始するまで、0.1〜10秒間保持する」との構成のみを抽出・採用することについて、積極的な動機は認められない。

i したがって、「複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である」とする動機がない甲1発明、及び甲2に記載された事項からでは、「複合被膜の表面が、マイクロ蛍光X線を用いてスポットサイズφ30μmで分析したときの、V含有量とZn含有量との質量比であるV/Znの最大値が0.010〜0.100である」との構成を実現するということを、容易に想到し得るということはできない。

j よって、上記相違点に係る本件発明1の構成は、甲1発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(キ)以上から、本件発明1は、甲1発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明できたものとはいえない。

オ 本件発明2〜3、5と甲1発明の対比及び判断
また、本件発明2〜3、5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであって、本件発明1をさらに減縮したものであるから、本件発明1において、上記エで判断したのと同様の理由によって、甲1発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明できたものとはいえない。

カ 申立理由3の小括
以上のとおりであるから、本件発明1〜3、5は、甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえず、同法第113条第2号に該当しないものであるから、取り消すことはできない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立てに係る申立理由によっては、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-06-20 
出願番号 P2021-507423
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C23C)
P 1 651・ 121- Y (C23C)
P 1 651・ 537- Y (C23C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 太田 一平
平塚 政宏
登録日 2021-07-05 
登録番号 6908209
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 表面処理金属材  
代理人 山口 洋  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 寺本 光生  
代理人 棚井 澄雄  

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