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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1386168
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-07-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-01-26 
確定日 2022-06-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6908966号発明「非水電解質二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6908966号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6908966号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、平成27年 3月16日を出願日とする出願であって、令和 3年 7月 6日に特許権の設定登録がされ、令和 3年 7月28日に特許掲載公報が発行され、その後、令和 4年 1月26日に、請求項1〜6(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である田之口良子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜6に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明6」といい、これらを総合して「本件発明」という。)は、それぞれ、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
正極活物質として組成式LixMO2、またはLiyM2O4(ただし、Mは1種類以上の遷移金属、0≦x≦1、0≦y≦2)で表される複合酸化物を含む正極と、負極と、電解液とを備える非水電解質二次電池であって、
前記負極はグラファイトを含む負極活物質層(但し、シリコン(Si)粒子を含む場合を除く)を含み、前記電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有し、
前記フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、前記非水電解質二次電池の作製時において、
10≦(X/Y)≦100
の関係を満たす、非水電解質二次電池。
【請求項2】
前記電解液中における前記フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下である、請求項1に記載の非水電解質二次電池。
【請求項3】
前記電解液は、前記フルオロエチレンカーボネートよりも還元電位の低い溶媒を含有する請求項1または2に記載の非水電解質二次電池。
【請求項4】
前記フルオロエチレンカーボネートよりも還元電位の低い溶媒は、エチルメチルカーボネートである請求項3に記載の非水電解質二次電池。
【請求項5】
前記エチルメチルカーボネートに対する前記フルオロエチレンカーボネートの重量比が0.5以下である、請求項4に記載の非水電解質二次電池。
【請求項6】
正極活物質として組成式LixMO2、またはLiyM2O4(ただし、Mは1種類以上の遷移金属、0≦x≦1、0≦y≦2)で表される複合酸化物を含む正極と、負極と、電解液とを備える非水電解質二次電池であって、
前記負極はグラファイトを含む負極活物質層(但し、シリコン(Si)粒子を含む場合を除く)を含み、前記電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有し、
前記フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、前記電解液は、前記非水電解質二次電池の作製時において、
10≦(X/Y)≦100
の関係を満たすように調整されたものである、非水電解質二次電池。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願の出願前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、下記甲第1〜12号証を提出して、以下の申立理由1〜3により、本件特許のうち請求項1〜6に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(進歩性
本件発明1〜6は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2〜12号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(サポート要件)
本件発明1〜6に係る特許は、以下に示すア〜ウの理由により、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
ア 本件発明1は「10≦(X/Y)≦100」の関係が特定されているが、当該関係を満たす二次電池が高いサイクル特性を有することが示されたのは、発明の詳細な説明に記載された実施例において、Y=9.0と9.9のわずか二つの場合のみであり、Yがそれ以外の値をとる場合に、「高いサイクル特性を有する非水電解質二次電池を提供する」ことができるとはいえない。
したがって、上記発明の詳細な説明の記載に基いて、XとYの値の適切な数値範囲が規定されていない本件特許発明1の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。本件発明1を引用する本件発明2〜5と、本件発明1と同様の特定事項を有する本件発明6についても同様である。

イ 表1と図2に示された実施例の実験結果によれば、X/Y=100のときに500サイクル後の容量保持率が50%以上であるとはいえないから、X/Yの上限値が100である本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。本件発明1を引用する本件発明2〜5と、本件発明1と同様の特定事項を有する本件発明6についても同様である。

ウ 表1に示された実施例の実験結果によれば、FECの含有量が2.5%未満、すなわちFECの含有量Xが90mg未満のときの容量保持率は記載されておらず、段落【0049】の記載も参照すると、FECは比較的多量に含まれるべきものであることを鑑みれば、単に「電解液中における前記フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下である」と特定するのみで、FECの含有量が微量である場合を排除していない本件発明2の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえない。本件発明2を引用する本件発明3〜5についても同様である。

(3)申立理由3(明確性
本件発明2〜6に係る特許は、以下に示す理由により、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
本件発明2は「フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下」との特定事項を有しており、12.2重量%以下というフルオロエチレンカーボネート(FEC)の含有量Xの範囲には、0重量%も含まれているところ、X=0重量%のとき、本件発明1の「10≦(X/Y)≦100」の関係を満たすことはない。したがって、請求項2の記載は不明瞭であり、本件発明2は明確ではない。また、本件発明2を引用する本件発明3〜5も同様の理由で明確ではない。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2006−4878号公報
甲第2号証:特開2004−31100号公報
甲第3号証:特開2004−95354号公報
甲第4号証:特開2006−114280号公報
甲第5号証:特開2010−123580号公報
甲第6号証:国際公開第95/28011号
甲第7号証:特開平6−168725号公報
甲第8号証:特開平6−318459号公報
甲第9号証:特開平9−306489号公報
甲第10号証:特開平11−73961号公報
甲第11号証:特開2014−120459号公報
甲第12号証:特開2014−67592号公報

(以下、甲第1号証〜甲第12号証を、順に「甲1」〜「甲12」という。)

第4 当審の判断
1 申立理由1(進歩性)について
(1)甲1の記載、及び甲1に記載された発明
ア 甲1には、「電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。(なお、下線は当審が付与し、「…」は記載の省略を表す。以下同様。)。

1ア「【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極および負極と共に電解液を備えた電池であって、
前記負極は炭素材料を含み、
前記電解液は、プロピレンカーボネートと、4-フルオロエチレンカーボネートとを含み、
4-フルオロエチレンカーボネートの含有量は、前記炭素材料1gに対して0.0027g以上0.056g以下の割合である
ことを特徴とする電池。
【請求項2】
前記負極の面積密度は、18.0mg/cm2 以下であることを特徴とする請求項1記載の電池。
【請求項3】
前記炭素材料は、黒鉛、易黒鉛化性炭素および難黒鉛化性炭素からなる群のうちの少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1記載の電池。」

1イ「【技術分野】
【0001】
本発明は、負極に炭素材料を含み、かつ電解液にプロピレンカーボネートを含む電池に関する。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、4-フルオロエチレンカーボネートを添加するとプロピレンカーボネートの分解は抑制されるものの、負極の界面抵抗が大きくなるので、負極の面積密度を大きくすると負荷特性が低下し、容量が劣化が大きくなってしまうという問題があった。
【0005】
本発明はかかる問題に鑑みてなされたもので、その目的は、サイクル特性などの電池特性を向上させることができる電池を提供することにある。」
「【発明の効果】
【0007】
本発明の電池によれば、4-フルオロエチレンカーボネートを、負極の炭素材料1gに対して0.0027g以上0.056g以下の割合で含むようにしたので、負極の界面抵抗の増加を小さく抑えつつ、プロピレンカーボネートの分解反応を効果的に抑制することができる。よって、サイクル特性などの電池特性を向上させることができる。」

1ウ「【0013】
正極活物質層21Bは、正極活物質として、例えばリチウムを吸蔵および放出することが可能な正極材料のいずれか1種または2種以上を含んでおり、更に必要に応じて導電剤および結着剤を含んでいてもよい。リチウムを吸蔵および放出することが可能な正極材料としては、例えば、硫化チタン(TiS2 ),硫化モリブデン(MoS2 ),セレン化ニオブ(NbSe2 )あるいは酸化バナジウム(V2 O5 )などのリチウムを含有しない金属硫化物,金属セレン化物あるいは金属酸化物など、またはリチウムを含有するリチウム含有化合物が挙げられる。
【0014】
中でも、リチウム含有化合物は、高電圧および高エネルギー密度を得ることができるものがあるので好ましい。このようなリチウム含有化合物としては、例えば、化学式Lix MIO2 あるいはLiy MIIPO4 で表されるものが挙げられる。式中、MIおよびMIIは1種類以上の遷移金属を表し、特にコバルト(Co),ニッケルおよびマンガン(Mn)のうちの少なくとも1種を含むことが好ましい。より高い電圧を得ることができるからである。なお、式中、xおよびyの値は電池の充放電状態によって異なり、通常、0.05≦x≦1.10、0.05≦y≦1.10である。化学式Lix MIO2 で表されるリチウム含有化合物の具体例としては、リチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2 )、リチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2 )、リチウムニッケルコバルト複合酸化物(Liz Niv Co1-v O2 (式中、zおよびvは電池の充放電状態によって異なり、通常0<z<1、0.7<v<1.02である))、あるいはスピネル型構造を有するリチウムマンガン複合酸化物(LiMn2 O4 )などが挙げられる。

【0016】
負極活物質層22Bは、負極活物質として1種または2種以上の炭素材料を含んでおり、更に必要に応じてポリフッ化ビニリデンなどの結着剤を含んでいてもよい。炭素材料は例えばリチウムを吸蔵および離脱することが可能であると共に、充放電時に伴う結晶構造の変化が非常に少なく、良好なサイクル特性を得ることができるので好ましい。このような炭素材料としては、黒鉛,難黒鉛化性炭素あるいは易黒鉛化性炭素などが挙げられ、特に黒鉛は、電気化学当量が大きく、高いエネルギー密度を得ることができ好ましい。
【0017】
黒鉛としては、例えば、真密度が2.10g/cm3 以上、(002)面の面間隔が0.340nm未満のものが好ましく、真密度が2.18g/cm3 以上、(002)面の面間隔が0.335nm以上0.337nm以下のものであればより好ましい。難黒鉛化性炭素としては、例えば、(002)面の面間隔が0.37nm以上、真密度が1.70g/cm3 未満であり、空気中での示差熱分析(differential thermal analysis ;DTA)において700℃以上に発熱ピークを示さないものが好ましい。

【0029】
溶媒は、プロピレンカーボネートと4-フルオロエチレンカーボネートとにより構成してもよいが、他の1種または2種以上の溶媒と混合してもよい。他の溶媒としては、上述したエチレンカーボネートや、他にも、ビニレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、1,2-ジメトキシエタン、1,2-ジエトキシエタン、γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトン、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン、1,3-ジオキソラン、4-メチル-1,3-ジオキソラン、ジエチルエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、アセトニトリル、プロピオニトリル、アニソール、酢酸エステル、酪酸エステル、プロピオン酸エステルあるいはフルオロベンゼンなどが挙げられる。」

1エ「【0032】
この二次電池は、例えば、次のようにして製造することができる。
【0033】
まず、例えば、正極活物質と、導電剤と、結着剤とを混合して正極合剤を調製し、この正極合剤をN-メチル-2-ピロリドンなどの溶剤に分散させてペースト状の正極合剤スラリーとする。続いて、この正極合剤スラリーを正極集電体21Aに塗布し溶剤を乾燥させたのち、ロールプレス機などにより圧縮成型して正極活物質層21Bを形成し、正極21を作製する。
【0034】
次いで、例えば、負極活物質と、結着剤とを混合して負極合剤を調製し、この負極合剤をN-メチル-2-ピロリドンなどの溶剤に分散させてペースト状の負極合剤スラリーとする。続いて、この負極合剤スラリーを負極集電体22Aに塗布し溶剤を乾燥させたのち、ロールプレス機などにより圧縮成型して負極活物質層22Bを形成し、負極22を作製する。
【0035】
次いで、正極集電体21Aに正極リード25を溶接などにより取り付けると共に、負極集電体22Aに負極リード26を溶接などにより取り付ける。そののち、正極21と負極22とをセパレータ23を介して巻回し、正極リード25の先端部を安全弁機構15に溶接すると共に、負極リード26の先端部を電池缶11に溶接して、巻回した正極21および負極22を一対の絶縁板12,13で挟み電池缶11の内部に収納する。正極21および負極22を電池缶11の内部に収納したのち、電解液を電池缶11の内部に注入し、セパレータ23に含浸させる。そののち、電池缶11の開口端部に電池蓋14,安全弁機構15および熱感抵抗素子16をガスケット17を介してかしめることにより固定する。これにより、図1に示した二次電池が完成する。
【0036】
このように本実施の形態では、電解液が、負極22に含まれる炭素材料1gに対して0.0027g以上0.056g以下の割合で4-フルオロエチレンカーボネートを含むようにしたので、負極22の界面抵抗の増加を小さく抑えつつ、プロピレンカーボネートの分解反応を効果的に抑制することができる。よって、サイクル特性などの電池特性を向上させることができる。
【0037】
特に、負極の面積密度を18.0mg/cm2 以下とするようにすれば、より高い効果を得ることができる。」

1オ「【実施例】
【0038】
更に、本発明の具体的な実施例について詳細に説明する。
【0039】
(実施例1-1〜1-9)
図1に示したような円筒型の二次電池を作製した。
【0040】
まず、炭酸リチウム(Li2 CO3 )と炭酸コバルト(CoCO3 )とを、Li2 CO3 :CoCO3 =0.5:1(モル比)の割合で混合し、空気中において900℃で5時間焼成して焼結体を得た。得られた焼結体についてX線回折測定を行ったところ、JCPDSファイルに登録されたLiCoO2 のスペクトルと良く一致していた。次いで、この焼結体を粉砕してレーザ回折法で得られる累積50%粒径が15μmの粉末状とした。続いて、このリチウム・コバルト複合酸化物粉末95質量部と、炭酸リチウム粉末5質量部とを混合し、この混合物94質量部と、導電剤であるケッチェンブラック3質量部と、結着剤であるポリフッ化ビニリデン3質量部とを混合して正極合剤を調整した。そののち、この正極合剤を溶剤であるN-メチル-2-ピロリドンに分散して正極合剤スラリーとし、帯状のアルミニウム箔よりなる正極集電体21Aの両面に均一に塗布して乾燥させ、ロールプレス機で圧縮成型して正極活物質層21Bを形成し、正極21を作製した。
【0041】
また、負極活物質として平均粒径25μmの黒鉛粉末を用意し、この黒鉛粉末90質量部と、結着材であるポリフッ化ビニリデン10質量部とを混合して負極合剤を調製した。次いで、この負極合剤を溶剤であるN-メチル-2ピロリドンに分散して負極合剤スラリーとし、帯状の銅箔よりなる負極集電体22Aの両面に均一に塗布して乾燥させ、ロールプレス機で圧縮成型して負極活物質層22Bを形成し、負極22を作製した。その際、負極の面積密度は15.2mg/cm2 とし、また、正極21と負極22との対向面における容量比は正極容量:負極容量=97:100となるようにした。
【0042】
続いて、正極21に正極リード25を取り付けると共に、負極22に負極リード26を取り付けたのち、正極21と負極22とを、厚さ25μmの微多孔性ポリエチレン延伸フィルムからなるセパレータ23を介して積層してから多数回巻回し、巻回電極体20を作製した。そののち、この巻回電極体20の上下に絶縁板12, 13を配設してニッケルめっきを施した鉄製の電池缶11に収納し、正極リード25を電池蓋14に、負極リード26を電池缶11にそれぞれ溶接した。
【0043】
次いで、電池缶11の中に電解液を減圧注入法により注入したのち、ガスケット17を介して電池缶11をかしめることにより、安全弁機構15、熱感抵抗素子16および電池蓋14を固定し、二次電池を得た。電解液には、プロピレンカーボネート(PC)と、エチレンカーボネート(EC)と、4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)との混合溶媒に、電解質塩として1.0mol/lのLiPF6 を溶解させたものを用いた。
【0044】
その際、プロピレンカーボネートとエチレンカーボネートとの体積比は、実施例1−1〜1−3と実施例1−4〜1−6と実施例1−7〜1−9とで表1〜3に示したように変化させた。具体的には、実施例1−1〜1−3ではPC:EC=70:30、実施例1−4〜1−6ではPC:EC=50:50、実施例1−7〜1−9ではPC:EC=30:70とした。また、4−フルオロエチレンカーボネートの含有量は、負極22の炭素材料(すなわち黒鉛)1gに対して実施例1−1〜1−9で表1〜3に示したようにそれぞれ変化させた。具体的には、実施例1−1,1−4,1−7では0.0027g、実施例1−2,1−5,1−8では0.028g、実施例1−3,1−6,1−9では0.056gとした。
【0045】
また、実施例1−1〜1−9に対する比較例1−1〜1−9として、プロピレンカーボネートとエチレンカーボネートとの体積比および負極の炭素材料1gに対する4-フルオロエチレンカーボネートの割合を表1〜3に示したようにそれぞれ変化させたことを除き、他は実施例1−1〜1−9と同様にして二次電池を作製した。
【0046】
作製した実施例1−1〜1−9および比較例1−1〜1−9の二次電池について充放電試験を行い、放電容量維持率を求めた。充放電試験は−10℃の環境下にて行い、充電は、1200mAの定電流で電池電圧が4.2Vに達するまで行ったのち、4.2Vの定電圧で総充電時間が4時間に達するまで行い、放電は、1200mAの定電流で電池電圧が2.75Vに達するまで行った。放電容量維持率は、1サイクル目の放電容量(初回放電容量)に対する100サイクル目の放電容量の比率、すなわち(100サイクル目の放電容量/初回放電容量)×100として算出した。得られた結果を表1〜3に示す。
【0047】
【表1】



イ 甲1に記載された発明
(ア)上記1ア、1イによれば、甲1に記載された発明は、サイクル特性などの電池特性を向上させることができる電池を提供することを目的としており(【0005】)、電解液中の4-フルオロエチレンカーボネートの含有量を、負極の炭素材料1gに対して0.0027g以上0.056g以下とすることによって上記電池を製造することができる(【請求項1】、【0007】)。

(イ)上記1オによれば、実施例として作製された二次電池において、正極活物質であるリチウム・コバルト複合酸化物は、炭酸リチウム(Li2 CO3 )と炭酸コバルト(CoCO3 )とを、0.5:1(モル比)の割合で混合し、空気中において900℃で5時間焼成して得られた焼結体を粉砕したものであり、X線回折測定の結果LiCoO2 のスペクトルと良く一致していたものである(【0040】)。

(ウ)また、実施例として作製された二次電池において、負極合剤は、負極活物質である平均粒径25μmの黒鉛粉末90質量部と結着材であるポリフッ化ビニリデン10質量部とを混合したものが使用されている(【0041】)。

(エ)また、上記(ウ)の負極合剤を溶剤に分散して負極合剤スラリーとし、負極集電体の両面に均一に塗布して乾燥させ、ロールプレス機で圧縮成型して負極活物質層を形成することによって、負極を作製しており、その際、負極の面積密度は15.2mg/cm2 となっている(【0041】)。ここで、上記面積密度とは、負極集電体上に形成された負極活物質層の単位面積あたりの質量を意味するものと解される。なお、負極活物質層を形成するために使用した負極合剤スラリーのうち、溶剤成分は乾燥により消失していると考えられるので、負極活物質層には上記(ウ)の負極合剤を構成する黒鉛粉末とポリフッ化ビニリデンのみが、90質量部:10質量部の割合で含まれているものと認められる。

(オ)また、実施例として作製された二次電池において、電解液として、プロピレンカーボネート(PC)と、エチレンカーボネート(EC)と、4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)との混合溶媒に、電解質塩として1.0mol/lのLiPF6 を溶解させたものが用いられている(【0043】)。
そして、上記電解液において、負極22の黒鉛1gに対する4-フルオロエチレンカーボネートの含有量は、【表1】に示されるように、実施例1-1の二次電池では0.0027g、実施例1-2の二次電池では0.028g、実施例の二次電池1-3では0.056gである(【0047】)。

(カ)したがって、上記(ア)〜(オ)の検討に基づいて、実施例1-1、実施例1-2、実施例1-3の二次電池に注目すると、甲1には次の「二次電池」が記載されているものと認められる(以下「甲1発明」という。)。

「 正極と負極と電解液とを備える二次電池であって、
前記正極は、正極活物質として、X線回折測定の結果LiCoO2 のスペクトルと良く一致するリチウム・コバルト複合酸化物を含み、
前記負極は、負極活物質である平均粒径25μmの黒鉛粉末90質量部に対して結着材であるポリフッ化ビニリデン10質量部の割合で混合した負極合剤を含み、
前記負極は、負極活物質層の面積密度が15.2mg/cm2 であり、
前記電解液は、プロピレンカーボネート(PC)と、エチレンカーボネート(EC)と、4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)との混合溶媒に、電解質塩として1.0mol/lのLiPF6 を溶解させたものが用いられており、
前記負極の黒鉛1gに対する前記電解液の4-フルオロエチレンカーボネートの含有量は、0.0027g、0.028g又は0.056gである、
二次電池。」

(2)甲2の記載
甲2には、「ゲル電解質二次電池とその製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0008】
【課題を解決するための手段】以上の問題を鑑みて、二次電池の諸特性と製造方法を改善するために鋭意検討した結果、ゲル電解質の前駆体溶液に酪酸を含ませると、前駆体溶液がセパレータと電極、特に負極に染み込み易くなるので製造方法が改善され、更に電池諸特性も向上することを見出し、本発明に至ったものである。かくして本発明によれば、リチウムイオンを挿入/脱離しうる活物質を含む正極と負極と、正極と負極の間に配置されたゲル電解質とからなり、該ゲル電解質中に5-550ppmの濃度で酪酸を含むことを特徴とするゲル電解質二次電池が提供される。」
「【0053】
(実施例1)
以下の工程にて実施例1の電池を作製した。
a)負極の作製
炭素材料には表面非晶質黒鉛(平均粒径12μm、d002=0.336nm、R値=0.35、比表面積1-2m2/g)を用いた。結着剤PVdFを乳鉢中で溶剤N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に溶かして、表面非晶質黒鉛を分散させた。分散処理には2軸遊星方式の混合混錬機を使用し、炭素材料、結着剤が均一に分散する状態にペーストを調製した。負極の組成は炭素材料100重量部、PVdF10重量部とした。このペーストを厚さ約20μmの銅箔に塗布し、これを50〜70℃で仮乾燥した。その後、約150℃で12時間熱処理をし、活物質密度1.5g/cm3程度になるまで、大気中にてローラープレス機を用いて圧縮成形し、無塗布部にニッケル箔(50μm)のリードを溶接した。その後、水分除去のために約150℃にて12時間減圧乾燥したものを負極として用いた。」
「【0060】
(実施例3)
以下の工程にて実施例3の電池を作製した。
a)負極の作製
表面非晶質黒鉛(平均粒径25μm、d002=0.336nm、R値=0.25、比表面積1〜2m2/g)と、負極の組成を炭素材料100重量部、PVdF9重量部に変えたこと以外は実施例1と同様にして負極を作製した。
b)正極の作製
実施例1と同様の操作を繰り返して正極を作製した。」

(3)甲3の記載
甲3には、「ゲル電解質二次電池及びその製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0009】
【課題を解決するための手段】
以上の課題を鑑みて、過充電等によりゲル電解質(イオン伝導性高分子)を具備する二次電池の電池温度が異常高温になった時、発火を防ぐことを目的に鋭意検討した結果、少なくとも正極に含まれるゲル電解質中にフッ素化合物を含ませるか、特定のフッ素化合物を電解質層に含ませれば、難燃性が向上することを見出し本発明にいたった。更に正極に含まれるゲル電解質中のフッ素化合物の濃度を、負極に含まれるゲル電解質中のフッ素化合物の濃度よりも高くすることで、良好な電池特性と難燃化を同時に満たすゲル電解質二次電池を提供することができることも見出している。」
「【0068】
(実施例2)
フッ素化合物として構造式(I)において、R1とR2がCF3、R3がCH3である(CF3)2CHCOOCH3を用いて、以下の工程にて実施例2の電池を作製した。
【0069】
a)負極の作製
炭素材料に表面非晶質黒鉛(平均粒径25μm、d002=0.336nm、R値=0.25、比表面積1〜2m2/g)を用いたこと以外は、実施例1と同様の操作を繰り返して負極を得た。
b)正極の作製
実施例1と同様の操作を繰り返して正極を得た。」

(4)甲4の記載
甲4には「リチウム二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、体積および重量当たりのエネルギー密度を高めつつ電池のコストを低減する目的で、厚い電極を使用することに着目し、厚い電極への非水系電解質の浸透性を高めるために、非水系電解質にノニオン系界面活性剤を用いることにより、大電流での放電性能に優れ、充放電サイクル寿命の劣化の少ない、低コストなリチウム二次電池が得られることを見出した。
【0006】
かくして、本発明によれば、正極と、負極と、リチウム塩を含む非水電解質を備え、前記正極および/または負極の厚さが0.5〜10mmであり、かつ、前記非水電解質がノニオン系界面活性剤を含有するリチウム二次電池が提供される。」
「【0030】
(実施例1)
この実施例1のリチウム二次電池の作製では、正極活物質にオリビン型LiFePO4を用い、導電材としてVGCFを正極活物質100重量部に対し20重量部、バインダーとして呉羽化学工業(株)社製のポリフッ化ビニリデン(以下PVdFと称する)を正極活物質100重量部に対し10重量部加え、これらに溶剤としてクラレ(株)社製のN-メチル-2-ピロリドン(以下NMPと称する)を加えて正極形成用のペーストを作製した。得られたペーストを発泡状アルミニウム(サイズ:10cm×20cm、厚さ4mm、空隙率92%)に充填し、充分に乾燥した後、油圧プレスを用いてプレスし、厚さ3.0mmの正極1を得た。なお、発泡状アルミニウムは、粉末金属に発泡材を混合し、その材料を粉末鍛造、押し出し等の処理により固化し、その後、発泡剤のガス発生温度付近で焼結・発泡させて得た。そして、この正極1の一端縁に、厚さ100μmのアルミニウム箔からなる帯状の正極端子6の一端を超音波溶接にて固着した。
得られた正極1の面積あたりの活物質重量は210mg/cm2であり、空隙率は55%であった。
【0031】
負極活物質には、中国産の天然黒鉛粉末(平均粒径25μm、d002=0.3357nm、BET(日本ベル(株)社製のBELSORP18)比表面積3m2/g)を用い、導電材としてVGCFを負極活物質100重量部に対し20重量部、バインダーとしてPVdFを負極活物質100重量部に対し12重量部加え、これらに溶剤としてNMPを加えて負極のペーストを作製した。得られたペーストを発泡状ニッケル(サイズ:10.2cm×20.2cm、厚さ2.5mm、空隙率88%)に充填し、充分乾燥した後油圧プレスを用いてプレスし、厚さ1.5mmの負極2を得た。なお、発泡状ニッケルは、住友電工(株)社製のものを使用した。そして、この負極2の一端縁に、厚さ100μmのニッケル箔からなる帯状の負極端子7の一端を超音波溶接にて固着した。
得られた負極2の面積あたりの活物質量は95mg/cm2であり、空隙率は50%であった。」

(5)甲5の記載
甲5には「リチウム二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、体積および重量当たりのエネルギー密度を高めつつ電池のコストを低減する目的で、厚い電極を使用することに着目し、厚い電極への非水系電解質の浸透性を高めるために、非水系電解質にノニオン系界面活性剤を用いることにより、大電流での放電性能に優れ、充放電サイクル寿命の劣化の少ない、低コストなリチウム二次電池が得られることを見出した。
【0006】
かくして、正極と、負極と、リチウム塩を含む非水電解質と、前記正極と前記負極とを区画するセパレータとを備え、厚さが3.0mmであるときの前記正極の面積あたりの正極活物質量が210mg/cm2であり、かつ厚さが1.5mmであるときの前記負極の面積あたりの負極活物質量が95mg/cm2であるリチウム二次電池が提供される。」
「【0031】
(実施例1)
この実施例1のリチウム二次電池の作製では、正極活物質にオリビン型LiFePO4を用い、導電材としてVGCFを正極活物質100重量部に対し20重量部、バインダーとして呉羽化学工業(株)社製のポリフッ化ビニリデン(以下PVdFと称する)を正極活物質100重量部に対し10重量部加え、これらに溶剤としてクラレ(株)社製のN-メチル-2-ピロリドン(以下NMPと称する)を加えて正極形成用のペーストを作製した。得られたペーストを発泡状アルミニウム(サイズ:10cm×20cm、厚さ4mm、空隙率92%)に充填し、充分に乾燥した後、油圧プレスを用いてプレスし、厚さ3.0mmの正極1を得た。なお、発泡状アルミニウムは、粉末金属に発泡材を混合し、その材料を粉末鍛造、押し出し等の処理により固化し、その後、発泡剤のガス発生温度付近で焼結・発泡させて得た。そして、この正極1の一端縁に、厚さ100μmのアルミニウム箔からなる帯状の正極端子6の一端を超音波溶接にて固着した。
得られた正極1の面積あたりの活物質重量は210mg/cm2であり、空隙率は55%であった。
【0032】
負極活物質には、中国産の天然黒鉛粉末(平均粒径25μm、d002=0.3357nm、BET(日本ベル(株)社製のBELSORP18)比表面積3m2/g)を用い、導電材としてVGCFを負極活物質100重量部に対し20重量部、バインダーとしてPVdFを負極活物質100重量部に対し12重量部加え、これらに溶剤としてNMPを加えて負極のペーストを作製した。得られたペーストを発泡状ニッケル(サイズ:10.2cm×20.2cm、厚さ2.5mm、空隙率88%)に充填し、充分乾燥した後油圧プレスを用いてプレスし、厚さ1.5mmの負極2を得た。なお、発泡状ニッケルは、住友電工(株)社製のものを使用した。そして、この負極2の一端縁に、厚さ100μmのニッケル箔からなる帯状の負極端子7の一端を超音波溶接にて固着した。
得られた負極2の面積あたりの活物質量は95mg/cm2であり、空隙率は50%であった。」

(6)甲6の記載
甲6には「非水電解液二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「発明の開示
本発明は、電極充填性が高く、高エネルギー密度であり、且つサィクル寿命が長く、高い信頼性が得られる非水電解液二次電池を提供することを目的とする。
上述の目的を達成するために、本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、電池のサイクル寿命は、特に偏平度が高く嵩高い鱗片状黒鉛を用いた場合に短くなり、黒鉛類を負極に用いる場合でも嵩比重が高く比較的偏平度の低いものを選択すれば、サイクル寿命の延長が可能になるとの知見を得るに至った。
また、粉砕された黒鉛粉末、特定の比表面積を有する黒鉛粉末を使用することにより、さらにサイクル寿命の延長が可能になるとの知見を得た。」(第3頁下から8行〜第4頁4行)
「本発明では、このような非水電解液二次電池において、電極充?性を高めて高エネルギー密度を獲得するとともに、長サイクル寿命を得るために、負極を構成する炭素材料として、真密度が2.1g/c m3以上で且つ嵩比重が0.4gcm3以上の黒鉛材料を用いることとする。
まず、負極に黒鉛材料を用いるのは、黒鉛材料は真密度が高く電極充?性を高めるうえで有利であるからである。
したがって、期待する効果を十分得るためには、黒鉛材料は真密度が2.1g/cm3以上であることが望ましい。
黒鉛材料の真密度は、その結晶構造によって決まり、X線回折法で得られる(002)面間隔,(002)面のC軸結晶子厚み及びミクロな構造欠陥の指標となるラマンスペクトルにおけるG値(黒鉛結晶構造に由来するシグナルの面積強度と非晶質構造に由来するシグナルの面積強度の比)等の結晶構造パラメ一夕が指標となる。
すなわち、真密度が2.1g/cm3以上の黒鉛材料は、X線回折法で得られる(002)面間隔が0.34nm未満であり、(002)面のC軸結晶子厚みが14.Onm以上である。また、ラマンスペクトルにおけるG値が2.5以上である。」(第7頁下から1行〜第8頁17行)
「また、黒鉛材料として嵩比重、平均形状パラメ一夕Xaveが前記の範囲であって、比表面積が9m2/g以下の黒鉛粉末を用いた場合、さらに長いサイクル寿命が得ることができる。
これは、黒鉛粒子に付着したサブミクロンの微粒子が嵩比重の低下に影響していると考えられ、微粒子が付着した場合に比表面積が増加することから、同様の粒度であっても比表面積の小さい黒鉛粉末を用いたほうが微粒子の影響がなく高い嵩比重が得られ、結果として長サイクル寿命となる。
但し、ここでいう比表面積とは、BET法によって測定され求められるものを言う。黒鉛粉末の比表面積が9m2/g以下であれば上記効果は充分得られるが、好ましくは7m2/g以下、さらに好ましくは5m2/g以下が良い。」(第10頁下から2行〜第11頁10行)
「実施例 1
まず、負極材料として用いる黒鉛粉末を以下のようにして生成した。
石炭ピッチコークスを温度1200°Cで仮焼して得た炭素質材料粉末を粉砕した後、不活性雰囲気中、温度3000°Cで熱処理して人造黒鉛材料を生成し、さらに粉砕分級して黒鉛粉末を得た。得られた黒鉛粉末の真密度,平均粒径,嵩密度,平均形状パラメ一タXave,容量および容量ロスを表1及び表2に示す。」
(第18頁10〜17行)」



(第27頁。表1の実施例1〜4の部分のみ抜粋。)

(7)甲7の記載
甲7には「リチウム二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0011】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、高容量で充放電効率、サイクル寿命、放電電圧の平坦性、急速充放電サイクル特性など電池特性の優れたリチウム二次電池を提供するものである。」
「【0030】また、本発明に係る負極の炭素質物の真密度は、 2.15 g/cm3 以上が好ましい。真密度は、黒鉛化度の高さを示す尺度となる。本発明に係る負極の炭素質物は粒度分布が1μm以上 100μm以下の範囲に90体積%以上が存在し、かつ平均粒径が1μm以上80μm以下であることが好ましい。また、N2 ガス吸着のBET法による比表面積を 0.1〜 100m2 /gにすることが適当である。」
「【0137】また、本発明の第1の発明(請求項1及び請求項2に記載)の別の実施例を以下に示す。
(実施例18)図1に、本実施例で用いた円筒形リチウム二次電池の構成を示す。図1において、1は底部に絶縁体2が配置された有底円筒状のステンレス容器である。この容器1内には、電極群3が収納されている。この電極群3は、正極4、セパレ―タ5及び負極6をこの順序で積層した帯状物を負極6が外側に位置するように渦巻き状に巻き回した構造になっている。
【0138】前記正極4は、リチウムコバルト酸化物(LixCoO2(0.8≦x≦1))粉末91重量%をアセチレンブラック 3.5重量%、グラファイト3.5重量%、及びエチレンプロピレンジェンモ粉末2重量%の混合物にトルエンを加え、よく混合し、厚さ30μmのアルミニウム箔集電体に塗付後プレスしたものである。前記セパレ―タ5は、ポリプロピレン性多孔質フィルムから形成されている。
【0139】負極6は後述する方法で得た炭素質物96.7重量%をスチレンブタジエンゴム 2.2重量%とカルボキシメチルセルロ―ス1.1重量%と共に混合し、これを集電体としての銅箔に塗付したものである。
【0140】前記容器1内には、六フッ化りん酸リチウム(LiPF6)をエチレンカ―ボネ―ト(EC)とプロピレンカ―ボネ―ト(PC)とジェチルカ―ボネ―ト(DEC)の混合溶媒(混合体積比率40:30:30)に1.0モル/l溶解した組成の非水電解液が収容されている。
【0141】前記電極群3上には、中央部が開口された絶縁紙7が載置されている。さらに、前記容器1の上部開口部には、絶縁封口板8が該容器1へのかしめ加工などにより液密に設けられており、かつ該絶縁封口板8の中央には正極端子9が嵌合されている。この正極端子9、前記電極群3の正極4に正極リ―ド10を介して接続されている。なお電極群3の負極リ―ド(図示しない)を介して負極端子である前記容器1に接続されている。
【0142】前記炭素質物は以下の方法で得られた。まず、硫黄の含有量が8000ppm である石油ピッチから得られた異方性ピッチの純度が 100体積%のメソフェ―ズピッチを原料として、該ピッチを短繊維に紡糸し、さらにアルゴンガス雰囲気下で1000℃にて熱処理化し炭素化してメソフェ―ズピッチ系の炭素繊維を得た。該メソフェ―ズピッチ系の炭素繊維は、繊維径12μmであった。該炭素繊維を、得られる炭素粉末が平均繊維長30μm、粒度分布で1〜50μmに90体積%が存在するように、かつ粒径が 0.5μm以下の粒子を少なく(5体積%以下)するよう適度に粉砕後、真空下で3000℃にて黒鉛化した。
【0143】得られた炭素質物は、平均繊維長30μmの黒鉛化炭素粉末であり、粒度分布で1〜50μmに90体積%が存在した。また、N2ガス吸着BET法による比表面積は5m2/gであった。なお、電子顕微鏡観察による結晶子の配向性は放射状であった。」
「【0172】(比較例9)以下に示すような炭素質物以外は、実施例18と同様な電池を組み立てた。前記炭素質物は以下の方法で得られた。
【0173】コ―ルタ―ルを原料としたメソフェ―ズ小球体を、還元雰囲気中、1000℃にて炭素化し、続いて窒素雰囲気中2800℃にて黒鉛化した。得られた炭素質物は、平均粒径6μmの黒鉛化粉末であり、粒度分布で1〜80μmに90体積%が存在し、粒径が0.5μm以下の粒子の分布は6体積%であった。またN2ガス吸着BET法による比表面積は1.2m2/gであった。」

(8)甲8の記載
甲8には「リチウム二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0012】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、高容量で充放電効率、サイクル寿命、放電電圧の平坦性、急速充放電サイクルなど電池特性が優れたリチウム二次電池を提供しようとするものである。」
「【0035】前記炭素質物は、黒鉛化度を示す尺度である真密度が2.20g/cm3以上であることが好ましい。前記炭素質物は、粒度分布が1〜100μmの範囲に90体積%以上が存在し、かつ平均粒径が1〜80μmであることが好ましい。また、N2ガス吸着のBET法による比表面積が0.1〜40m2/gであることが好ましい。このような粒度分布および比表面積を有する炭素質物は、負極の充填密度を向上できると同時に、非水溶媒に対し活性である黒鉛結晶構造の崩れた炭素質物または無定型炭素の含有を減少させ、非水溶媒の還元分解を抑えることができる。さらに、粒径が0.5μm以下の微粒子を粒度分布において5体積%以下含む炭素質物は黒鉛結晶構造の崩れた炭素質物あるいは無定型炭素をさらに減少させ、非水溶媒の還元分解を効果的に抑制することが可能になる。逆に、前記粒度分布およびN2ガス吸着のBET法による比表面積が大きくなり過ぎると、無定型炭素質物の含有および黒鉛結晶構造の崩れた炭素質物の含有が多くなって溶媒の還元分解が起こり易くなり、その上負極の充填密度が低下する。」
「【0088】
【実施例】以下、本発明の実施例を前述した図1を参照して詳細に説明する。
実施例1
まず、リチウムコバルト酸化物(LixCoO2(0.8≦x≦1))粉末91重量%をアセチレンブラック3.5重量%、グラファイト3.5重量%及びエチレンプロピレンジエンモノマ粉末2重量%とトルエンを加えて共に混合し、アルミニウム箔(30μm)集電体に塗布した後、プレスすることにより正極を作製した。
【0089】また、低硫黄(含有量8000ppm以下)石油ピッチを原料としたコークスをアルゴン雰囲気下、1000℃で炭素化した後、平均粒径40μm、粒度1〜80μmで90体積%が存在するように、かつ粒径0.5μm以下の粒子を少なく(5%以下)なるように適度に粉砕した後、真空下で3000℃にて黒鉛化することにより炭素質物を製造した。
【0090】得られた炭素質物は、平均粒径40μmの黒鉛化炭素粉末であり、粒度分布で1〜80μmに90体積%以上が存在し、粒径が0.5μm以下の粒子の粒度分布は0体積%であった。N2ガス吸着BET法による比表面積は、3m2/gであった。粉末の形状は、ブロック状であった。X線回折による強度比(P101/P100)の値は3.6であった。d002は、0.3354nm、Lcは43nm、Laは43nmで、La/Lcは1であった。なお、X線回折による菱面体晶系と六方晶系の(101)回折ピーク強度の比は0.4であった。また炭素質物中の硫黄の含有量は、100ppm以下であった。その他、酸素の含有量は100ppm以下、窒素の含有は100ppm以下、Fe、Niは各々1ppmであった。」

(9)甲9の記載
甲9には「非水電解液二次電池用負極材料とこの非水電解液二次電池用負極材料の製造方法およびこれを用いた非水電解液二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0012】
【発明が解決しようとする課題】従って本発明の課題は、負極材料としての繊維状炭素粉砕粉の前駆体である黒鉛化繊維状炭素に対して、粉砕されやすい構造を導入することにより、物性パラメータのバラツキの少ない実用的な負極材料を容易に得ることを目的とし、更に、これを負極に用いることでエネルギー密度が高く、高信頼性の非水電解液二次電池を提供しようとするものである。
【0013】
【課題を解決するための手段】本発明は上記課題に鑑みなされたものであり、リチウムのドープ脱ドープ可能な炭素材料よりなる負極と正極、および非水溶媒に電解質が溶解された非水電解液を有してなる非水電解液二次電池において、前記負極材料は繊維長さ方向に周期的に結晶構造の異なる断面部を有する繊維状炭素を粉砕して形成された繊維状の炭素材料とする。
【0014】また、前記炭素材料はそのアスペクト比が50以下であり、且つBET法による比表面積が1.5m2/g以下であるとする。」
「【0037】より高い電極充填密度を得るには、黒鉛化繊維状炭素の真密度は2.1g/cm3以上が好ましく、2.18g/cm3以上が更に好ましい。黒鉛材料の真密度(ブタノール溶媒によるピクノメータ法)は、その結晶性によって決まり、X線回折法(学振法)で得られる(002)面間隔、(002)面のC軸結晶子厚み等の結晶構造パラメータが指標となる。高い真密度の材料を得るためには、結晶性が高いほうがよく、X線回折法で得られる(002)面間隔が0.340nm未満が好ましく、0.335nm以上、0.337nm以下が更に好ましい。また、(002)面のC軸結晶子厚みについては14.0nm以上が好ましく、30.0nm以上が更に好ましい。」
「【0046】また、比表面積が9m2/g以下の材料を用いた場合、さらに長いサイクル寿命を得ることができる。これは、黒鉛粒子に付着したサブミクロンの微粒子が嵩密度の低下に影響していると考えられ、微粒子が付着した場合に比表面積が増加することから、同様の粒度であっても比表面積の小さい黒鉛粉末を用いたほうが微粒子の影響がなく、高い嵩密度が得られ、結果としてサイクル特性が向上する。
【0047】但し、ここでいう比表面積とは、BET法によって測定され求められたものを言う。黒鉛粉末の比表面積が9m2/g以下であれば上記効果は十分得られるが、好ましくは7m2/g以下、更に好ましくは5m2/g以下がよい。」
「【0078】各実施例および比較例で用いた繊維状炭素について充放電能力を測定した結果を表1に示した。



(10)甲10の記載
甲10には「リチウム二次電池の製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0010】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、放電容量、初期充放電効率及びサイクル寿命を向上することが可能なリチウム二次電池の製造方法を提供しようとするものである。」
「【0069】実施例1
まず、リチウムコバルト酸化物(LiCoO2 )粉末91重量%をアセチレンブラック3.5重量%、グラファイト3.5重量%及びエチレンプロピレンジエンモノマ粉末2重量%とトルエンを加えて共に混合し、アルミニウム箔(30μm)集電体に塗布した後、プレスすることにより正極を作製した。
【0070】また、石油ピッチから得られたメソフェーズピッチを空気中で300℃に加熱し、ポリアクリロニトリルを30重量%添加し、これを空気中において350℃で紡糸することにより併せて不融化を行った後、アルゴンガス雰囲気下において600℃で炭素化し、平均粒径11μm、粒度1〜80μmで90体積%が存在するように、かつ粒径0.5μm以下の粒子を少なく(5%以下)になるように適度に粉砕する。これを不活性ガス雰囲気下で80℃/hrで昇温し、3000℃にて黒鉛化することにより繊維状の炭素粉末を製造した。
【0071】得られた繊維状炭素粉末は、平均繊維径が7μm、平均繊維長が40μmであり、平均粒径が20μmであった。粒度分布で1〜80μmの範囲に90体積%以上が存在し、粒径が0.5μm以下の粒子の粒度分布は0体積%であった。N2 ガス吸着BET法による比表面積は、3m2/gであった。真密度は、2.1g/cm3であった。X線回折による(002)格子像から、前記繊維状炭素粉末の微細組織が黒鉛構造および無定形構造が共存したものであることを確認した。また、以下に説明する小角X線散乱法によって前記無定形構造部分に直径が1〜2nmの微細空隙が多数存在することを確認した。前記炭素質物の粉末X線回折には、0.336nmのd002 に相当するピークが存在していた。この0.336nmのピークは炭素質物の黒鉛構造に起因するものである。さらに、SEM観察による繊維断面の黒鉛結晶子の配向は放射型に属するものであった。ただし、配向性に若干の乱れを有しているため、繊維に欠落部はなかった。」

(11)甲11の記載
甲11には「リチウムイオン二次電池用の負極活物質層、リチウムイオン二次電池、リチウムイオン二次電池用の負極合剤、及びリチウムイオン二次電池用負極活物質層の製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【0008】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、リチウムイオン二次電池のサイクル寿命を向上させることが可能な、新規かつ改良されたリチウムイオン二次電池用の負極活物質層等を提供することにある。」
「【0074】
(電解液の作製)
エチレンカーボネート(EC)及びエチルメチルカーボネート(EMC)を体積比3:7で混合した溶媒に対し、LiPF6を1モル/リットルとなるように溶解することでLiPF6溶液を作製した。ついで、LiPF6溶液90質量部に対し10質量部のフルオロエチレンカーボネート(FEC)を混合することで電解液を得た。」

(12)甲12の記載
甲12には「リチウム二次電池の製造方法」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
負極バインダーとしてポリイミド樹脂を用いた場合、負極内での集電性の低下の抑制が可能となる。しかしながら、ケイ素負極活物質表面での電解液の還元分解反応に伴う還元分解物の不要な堆積やケイ素負極活物質の変質を抑制することはできず、ケイ素負極活物質を用いたリチウム二次電池の充放電サイクル特性は依然として不十分である。
【0006】
本発明の一の局面によれば、負極活物質としてケイ素を含む材料を用いた場合においても、初期以降の充放電サイクル時のケイ素負極表面での不要な電解液の還元分解が抑制されて、高エネルギー密度かつサイクル特性に優れたリチウム二次電池用負極、この負極を用いたリチウム二次電池及びこのリチウム二次電池用負極の製造方法を提供することができる。」
「【0013】
この電解液の適切な還元分解の一例として、フルオロエチレンカーボネート(FEC)を含む電解液の場合に関し、以下に説明する。リチウム二次電池の電解液に関し、FECはサイクル特性向上に効果のある電解液材料として知られている。これは、FECが、エチルメチルカーボネート(EMC)のような鎖状カーボネート材料との混合電解液系では、FECの還元電位が1.0Vと、EMCに比べて高い電位で反応が生じるため、初回充電時にはFECの還元分解が先に生じて、フッ素を含有した被膜がケイ素負極活物質の表面に形成されるため、その後の充放電反応が適切に生じ、初回以降の充放電サイクル特性が向上するものと考えられている。」

(13) 本件発明と甲1発明との対比及び判断
ア 本件発明1と甲1発明との対比
(ア)甲1発明の「正極活物質として」の「X線回折測定の結果LiCoO2 のスペクトルと良く一致するリチウム・コバルト複合酸化物」は、本件発明1の「正極活物質として」の「組成式LixMO2」「(ただし、Mは1種類以上の遷移金属、0≦x≦1、0≦y≦2)で表される複合酸化物」に相当する。
したがって、甲1発明の「正極活物質として、X線回折測定の結果LiCoO2 のスペクトルと良く一致するリチウム・コバルト複合酸化物を含」む「正極」は、本件発明1の「正極活物質として組成式LixMO2、またはLiyM2O4(ただし、Mは1種類以上の遷移金属、0≦x≦1、0≦y≦2)で表される複合酸化物を含む正極」に相当する。

(イ)甲1発明の「電解液」は「プロピレンカーボネート(PC)と、エチレンカーボネート(EC)と、4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)との混合溶媒」すなわち「非水電解液」を含むものであるから、甲1発明の「二次電池」は、本件発明1の「非水電解質二次電池」に相当する。

(ウ)甲1発明の「黒鉛」は本件発明1の「グラファイト」に相当する。したがって、甲1発明の「負極」が、「負極活物質である平均粒径25μmの黒鉛粉末90質量部と結着材であるポリフッ化ビニリデン10質量部とを混合した負極合剤を含」むものであることは、本件発明1の「負極」が、「グラファイトを含む負極活物質層(但し、シリコン(Si)粒子を含む場合を除く)を含」むものであることに相当する。

(エ)甲1発明の「4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)」は、本件発明1の、「フルオロエチレンカーボネート」に相当する。したがって、甲1発明の、「電解液は、プロピレンカーボネート(PC)と、エチレンカーボネート(EC)と、4-フルオロエチレンカーボネート(FEC)との混合溶媒に、電解質塩として1.0mol/lのLiPF6 を溶解させたものが用いられて」いることは、本件発明1の、「電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有」することに相当する。

(オ)以上によれば、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。
(一致点)
「正極活物質として組成式LixMO2、またはLiyM2O4(ただし、Mは1種類以上の遷移金属、0≦x≦1、0≦y≦2)で表される複合酸化物を含む正極と、負極と、電解液とを備える非水電解質二次電池であって、
前記負極はグラファイトを含む負極活物質層(但し、シリコン(Si)粒子を含む場合を除く)を含み、前記電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有する、非水電解質二次電池。」の点。

(相違点1)
「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、前記非水電解質二次電池の作製時において」、本件発明1は「10≦(X/Y)≦100の関係を満たす」のに対して、甲1発明では「X/Y」がそのような関係を満たすかについて甲1には明示的な記載がされておらず不明である点。

イ 相違点についての検討
(ア)甲1発明において、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、前記非水電解質二次電池の作製時において」、「X/Y」がどのような値となるかについて甲1の記載に基づいて検討する。

(イ)まず、甲1発明における「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)」Xを算出する。
甲1発明の負極は、負極活物質層の面積密度が15.2mg/cm2であり、上記負極活物質層には、黒鉛粉末とポリフッ化ビニリデンのみが、90質量部:10質量部の割合で含まれていることから、上記負極活物質層に含まれる黒鉛の量(面積密度)は、負極活物質層全体の90/(90+10)=0.9であるので、
15.2mg/cm2×0.9=136.8g/m2
となる。
そして、甲1発明の電解液には、負極の黒鉛1gに対して、0.0027g、0.028g又は0.056gの4-フルオロエチレンカーボネートが含有されているから、上記電解液に含まれる4-フルオロエチレンカーボネートの量(負極の単位面積あたりの含有量)は、
136.8g/m2×(0.0027、0.028または0.056)
=0.369、3.83または7.66g/m2
=369、3830または7660mg/m2

(ウ)したがって、負極単位面積(1m2)あたりのフルオロエチレンカーボネートの含有量X(mg)は、
X/m2=369、3830または7660mg/m2・・・(A)
となる。

(エ)次に、甲1発明における「負極活物質層の反応面積(m2)」Yを算出する。本願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。本件特許の特許公報参照。)には、Yの算出方法について次のように記載されている。
「【0022】
なお、負極活物質層の反応面積(m2)とは、下記の[式1]に示すように、前記負極活物質層のBET比表面積(m2/g)に、前記負極活物質層の重量(g)を乗じて得られる値を意味する。
反応面積=負極活物質層のBET比表面積×負極活物質層の重量・・・[式1]」
そこで、上記記載を参照すると、甲1発明において、負極単位面積(1m2)あたりの負極活物質層の反応面積Y(m2)は、負極活物質層の比表面積をA(m2/g)とすると、次の式で計算できる。

Y=負極活物質層の比表面積A(m2/g)×負極活物質層の質量g/m2
=A×15.2mg/cm2
=A×152(m2/m2)・・・(B)

(オ)しかしながら、甲1には、実施例の二次電池の負極活物質層について、その比表面積Aがいかなる数値をとるものであるか記載されておらず不明であるから、甲1の記載によってはYを算出することはできず、したがって、X/Yも算出できず不明であるから、相違点1は実質的な相違点である。

(カ)ここで、上記(オ)の点について、異議申立書の第19頁のcに「比表面積が0.8〜3m2/gであるのは、負極活物質であり、負極(添加剤を含む)そのものではないが、甲1発明においては、負極活物質の質量は、負極質量の90%であるから、負極(添加剤を含む)そのものの比表面積の値も、負極活物質の比表面積の値に近いものとなると考えられる。」と記載されており、申立人は、負極活物質層の比表面積A(m2/g)と負極活物質である黒鉛粉末の比表面積がほぼ同じ値であると考えられるから、負極活物質層に含まれる黒鉛粉末の比表面積を求めることによってYの値を算出することができる旨の主張をしているので、この主張について検討する。

(キ)そこで、上記(カ)の申立人の主張に基づいて、甲1の実施例に使用された黒鉛粉末の比表面積を推定する。
甲1の段落【0017】には、好ましい黒鉛の各種特性が記載されており、当該記載を参照すると、甲1発明の平均粒径が25μmである黒鉛粉末は、上記好ましいとされる、真密度が2.10g/cm3以上、(002)面の面間隔が0.340nm未満のものであるとの特性を有するものであると推定されるから、上記特性を満たすような黒鉛の比表面積がどのような値であるかについて、甲2〜甲10を参照して検討する。
上記1の(2)〜(10)の甲2〜甲10の記載(特に下線を付した箇所)を参照すると、各甲号証には、負極活物質として使用される黒鉛粉末の比表面積等の値について、次の事項が記載されている。
甲2:非晶質黒鉛の平均粒径25μm、d002=0.336nm、比表面積=1〜2m2/g。
甲3:非晶質黒鉛の平均粒径25μm、d002=0.336nm、比表面積=1〜2m2/g。
甲4:天然黒鉛粉末の平均粒径25μm、d002=0.3357nm、BET比表面積=3m2/g。
甲5:天然黒鉛粉末の平均粒径25μm、d002=0.3357nm、BET比表面積=3m2/g。
甲6:黒鉛粉末は、真密度2.1g/cm3以上であれば、(002)面間隔が0.34nm未満であり、比表面積9m2/g以下、7以下、5以下が好ましい。実施例1の黒鉛粉末は、真密度2.20g/cm3、比表面積1.3m2/g。
甲7:黒鉛化粉末は、真密度2.15g/cm3以上、平均粒径1〜80μm、BET比表面積0.1〜100m2/gが好ましく、比較例9の黒鉛化粉末は、平均粒径6μm、BET比表面積=1.2m2/g。
甲8:黒鉛化粉末は、真密度2.20g/cm3以上で、比表面積=0.1〜40m2/gが好ましく、実施例1の黒鉛化炭素粉末は、平均粒径40μm、BET比表面積=3m2/g。
甲9:黒鉛化繊維状炭素は、真密度2.1g/cm3以上、(002)面間隔が0.340nm未満が好ましく、比表面積9m2/g以下であれば長いサイクル寿命となるところ、実施例1〜5の比表面積がそれぞれ0.9、0.8、1.2、1.3、1.5m2/g。
甲10:繊維状炭素粉末の平均粒径20μm、BET比表面積3m2/g、真密度2.1g/cm3。

(ク)上記(キ)の各甲号証の記載によれば、それらの黒鉛は、その比表面積が0.8〜3m2/gの範囲の値を取るものであり、必ずしも、甲1発明の黒鉛粉末が備える、平均粒径25μm、真密度が2.10g/cm3以上、(002)面の面間隔が0.340nm未満との特性の全てを満たすものではないが、上記特性を部分的に満たすものであることから、甲1発明の黒鉛の比表面積は、甲2〜甲10に記載された0.8〜3m2/gの範囲の値を取り得るものということができる。

(ケ)したがって、上記(カ)の申立人の主張が正しいとすると、甲1発明において、負極単位面積(1m2)あたりの負極活物質層の反応面積Y(m2)は、上記(B)式によって
Y=A×152(m2/m2)
と計算できるところ、負極活物質層の比表面積A(m2/g)に代えて、上記(ク)で得られた黒鉛の比表面積A(m2/g)=0.8〜3m2/gを用いて計算することができる。

(コ)すると、上記ウの(A)で表されるXの値と、上記エの(B)式で表されるYと、上記クの黒鉛の比表面積Aの値を用いてX/Yを計算することができる。特に、X=7660mg/m2の場合(甲1の実施例1−3)に注目して計算すると、
X/Y=7660/(0.8〜3)/152=16.7〜62.9
となるから、本件発明1の特定事項である、
「10≦(X/Y)≦100」
の条件を満たすものになると一応いうことができる。

(サ)しかしながら、上記(カ)の申立人の主張は次の理由で採用することができない。
すなわち、甲1発明の負極活物質層は、負極活物質である平均粒径25μmの黒鉛粉末90質量部に対して結着材であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)10質量部の割合で含むものであるところ、結着剤であるPVDFは、黒鉛表面に付着したり、黒鉛内部の微細孔に侵入したりすることによって、黒鉛表面や黒鉛内部の微細孔を埋める作用を有するものと考えられるので、負極活物質層内の黒鉛の比表面積は、黒鉛単体の比表面積に比べて減少すると考えられる。
つまり、甲1発明の負極活物質層では、90質量部の黒鉛に対して10質量部のPVDFが混合されているところ、黒鉛に対するPVDFの重量比は1/9と低いものではあるが、黒鉛の比表面積へのPVDF混合の影響が無視しうるほど小さいとはいえないから、混合物の比表面積と黒鉛粉末の比表面積がほぼ同程度であるとはいえないので、申立人の上記主張は採用できない。
また、甲1発明のように、「負極」が「負極活物質である平均粒径25μmの黒鉛粉末90質量部に対して結着材であるポリフッ化ビニリデン10質量部の割合で混合した負極合剤を含」む場合に、負極活物質層の比表面積がどの程度の値になっているかを推定する方法は、甲1〜甲12のいずれにも記載されておらず不明である。

(シ)したがって、申立人の上記(カ)の主張にかかわらず、上記相違点1は本件発明1と甲1発明との実質的な相違点であり、また、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに」、甲1発明の二次電池を、「作製時において」「10≦(X/Y)≦100の関係を満たす」ものとすることについて、動機付けを与える記載は甲1〜12のいずれにも見出すことができず、当業者に周知の事項であるともいえない。
そして、本件発明1は、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、前記非水電解質二次電池の作製時において、10≦(X/Y)≦100 の関係を満たす」ことによって、高いサイクル特性を有する非水電解質二次電池を提供するという優れた効果を奏するものである(【0012】、【0042】)。

(14)小括
以上から、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得たことであるとはいえないから、本件発明1は、甲1に記載された発明と甲2〜12に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(15)本件発明2〜6について
本件発明1を直接又は間接的に引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2〜5も、本件発明1と同様の理由で、甲1に記載された発明と甲2〜12に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件発明1の特定事項と同様の特定事項を備える本件発明6も、本件発明1と同様の理由で、甲1に記載された発明と甲2〜12に記載された周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2 申立理由2(サポート要件)について
(1)本件明細書等には以下の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、電解液に単にFECを添加しただけでは必ずしも二次電池のサイクル特性が向上するとは限らず、より確実に高いサイクル特性を有する二次電池の提供が求められている。
【0009】
本発明は、上記した課題に鑑み、高いサイクル特性を有する非水電解質二次電池を提供することを目的とする。」
「【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る非水電解質二次電池は、正極と、負極と、電解液とを備える非水電解質二次電池であって、前記負極は負極活物質層を含み、前記電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有し、前記フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、10≦(X/Y)≦100の関係を満たす。」
「【0022】
なお、負極活物質層の反応面積(m2)とは、下記の[式1]に示すように、前記負極活物質層のBET比表面積(m2/g)に、前記負極活物質層の重量(g)を乗じて得られる値を意味する。
反応面積=負極活物質層のBET比表面積×負極活物質層の重量・・・[式1]
【0023】
そして、負極活物質層を構成する負極活物質に結着剤、導電剤、増粘剤、フィラー等の添加剤が添加されている場合は、負極活物質層のBET比表面積(m2/g)とは、負極活物質および添加剤を含む、負極活物質層全体としてのBET比表面積(m2/g)を意味する。
【0024】
また、負極活物質層の重量(g)とは、負極活物質層を構成する負極活物質の重量(g)を意味し、負極活物質層を構成する負極活物質に上述したような添加剤が添加されている場合は、負極活物質および添加剤の重量(g)の総和を意味する。」
「【実施例】
【0029】
表1に示す実施例1〜8および比較例1,2の各二次電池を作製した。各二次電池は、本発明の一態様に係る二次電池1を基本構成とし、設計容量が1000mAhの角形非水電解質二次電池である。各二次電池は、表1に示すように、電解液の重量(g)、電解液中におけるFECの含有率(重量%)、負極活物質層のBET比表面積(m2/g)、負極活物質層の重量(g)、電解液中におけるEMCの含有率(重量%)等が異なる。そのため、FECの含有量X(mg)、反応面積Y(m2)、(X/Y)も異なる。
【0030】
【表1】

【0031】
各二次電池は、表1に示す構成以外は、基本的に同じ構成であり、正極、負極、セパレータ、電解液は次のように作製されている。
【0032】
正極の作製においては、まず、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2、アセチレンブラック、ポリフッ化ビニリデンを重量比90:5:5の割合(固形分換算)で含有し、N−メチルピロリドンを溶剤とする正極ペーストを作製した。次に、当該正極ペーストを、帯状のアルミニウム箔から成る正極集電体の両面に塗布し乾燥させて、正極集電体の両面に正極活物質層を形成して、それを正極とした。
【0033】
負極の作製においては、まず、グラファイト、スチレン−ブタジエン・ゴム、カルボキシメチルセルロースを重量比95:2:3の割合(固形分換算)で含有し、水を溶剤とする負極ペーストを作製した。次に、当該負極ペーストを、帯状の銅箔から成る負極集電体の両面に塗布し乾燥させて、負極集電体の両面に負極活物質層を形成して、それを負極とした。負極活物質層のBET比表面積は、表1に示す値となるよう、平均粒径の異なる活物質を用いて調節した。負極活物質層の重量は、表1に示す値となるよう、ペーストの塗布量を調節した。
【0034】
表1に示すBET比表面積は、TriStar3000型(Micromeritics社製)を用い、N2吸着法により求めた。本実施例では、多点法(5点をプロットする)を採用し、相対蒸気圧が0.05〜0.20の範囲で測定を行った。80cm2に切り出した試料の重量を測定し、試料を120℃の真空環境下で1時間保持して乾燥させてから測定を行った。
【0035】
セパレータとしては、Al2O3コートポリエチレンセパレータを用いた。
【0036】
電解液としては、FECとEMCとからなる非水溶媒に、LiPF6を1.0mol/lの濃度で溶解させたものを用いた。各二次電池の電解液中のFECの含有率(重量%)、EMCの含有率(重量%)は表1に示すとおりである。」
「【0042】
表1および図2に示すように、10≦(X/Y)≦100の関係を満たしている実施例1〜8は、いずれも容量保持率が50%以上であった。これに対し、10≦(X/Y)≦100の関係を満たしていない比較例1,2は、いずれも容量保持率が低く、10%以下であった。以上の結果から、10≦(X/Y)≦100の関係を満たす場合は、充放電サイクル時の容量低下が抑制されており、高いサイクル特性を有する二次電池が得られると言える。
【0043】
また、実施例1〜7は、いずれも容量保持率が極めて高く70%以上である。したがって、10≦(X/Y)≦50の関係を満たす場合は、充放電サイクル時の容量低下がより好適に抑制されており、より高いサイクル特性を有する二次電池が得られる。さらに、10≦(X/Y)≦40の関係を満たしている場合は、充放電サイクル時の容量低下がさらに好適に抑制され、さらに高いサイクル特性を有する二次電池が得られる。
【0044】
以上のように、発明者は、容量低下を抑制することができるか否かを見極める指標を見出した。すなわち、負極活物質層の反応面積Y当たりのFECの含有量Xを特定の範囲に調整することで、効率良く確実に容量低下を抑制することができるため、高いサイクル特性を有する二次電池を容易に作製することができる。
【0045】
このような関係を満たすことで高いサイクル特性を実現できる理由については、以下のように推定できる。
【0046】
一つ目の理由は、リチウムイオンの伝導性の変化が適切な範囲に保たれることによるものであると推定できる。電解液中に含まれるFECの一部は、充放電を繰り返すことで、徐々に還元分解される。電解液中のFECの含有量が減少すると、電解液の組成も変わり、電解質塩を溶媒中に解離させる能力が低下し、電解液のイオン伝導性が低下すると考えられる。また、FECの量が必要以上に多い場合も、電解液の粘度が増加し、イオンの伝導性が低下する。イオン伝導性が低下すると、発電要素中における電極反応が不均一となり、局所的な劣化が起こりやすくなるため、充放電を繰り返すことによる容量の低下も進行すると考えられる。X/Yの値を適切な範囲に保つことにより、リチウムイオンの伝導性の変化もまた適切な範囲に保たれ、高いサイクル特性を実現できると考えられる。
【0047】
二つ目の理由は、電解液中に含まれる、FEC以外の溶媒の分解を抑制することによるものであると推定できる。FECは、粘度やイオン伝導性を考慮して、他の溶媒と混合して使用されることがある。例えば他の溶媒として、EMC、DEC、DMC等の鎖状カーボネートを用いると、電解液の粘度が下がってリチウムイオンの伝導性の向上に寄与することができる。しかし、当該他の溶媒が、負極での還元分解や正極での酸化分解等の反応を起こすことで、電解液の組成が変化することがある。このような場合、電解液全体としてのイオン伝導性に影響を及ぼし、サイクル特性も低下してしまう。より具体的には、例えば、EMCの一部は、エステル交換反応によりDMCやDECに変化したり、負極上で還元分解されたりする。DMCやDEC、およびEMCの分解物(様々な有機物のフラグメントとして存在すると考えられる)は、比較的酸化分解されやすいため、正極でさらに酸化分解されることが考えられる。このような分解物の生成や電解液の組成変化は、電解液の粘度や電解質塩の解離能に悪影響を及ぼし、リチウムイオンの伝導性低下を招く。特に高電位の場合は、正極においてDMCおよびDEC等の酸化分解が起き易く、このような問題が顕著になる。しかしながら、電解液中にFECが一定量以上存在し、且つ、当該溶媒の還元電位がFECの還元電位よりも低い場合は、当該溶媒が負極で還元分解されるよりも優先的にFECが還元分解されるため、当該溶媒は還元分解により減少し難く、サイクル特性も低下し難いと考えられる。また、電解液にFECを添加すれば、初回充電時に負極にSEI膜が形成されるため、負極における溶媒の反応場が小さくなり、FEC以外の他の溶媒がより還元分解され難くなる。さらに、還元分解反応によりFECが減少して相対的に他の溶媒が分解される確率が増加した場合でも、FECの量が適切な範囲にあれば、容量低下が生じ難くなると考えられる。
【0048】
すなわち、本発明の一態様に係る二次電池1では、従来のように電解液の組成(電解液中のFECの含有率)だけに着目するのではなく、負極における反応場にも着目してFECの好適な量を見出している。具体的には、負極活物質層の反応面積Yが小さければ、FECやFEC以外の溶媒を還元分解する反応場も小さくなることから、反応面積Yとの関係でFECの含有量Xを規定する発想に基づき、10≦(X/Y)≦100の関係を導き出している。このように、FECの好適な量を、活物質層の反応面積に対して調整することで、高いサイクル特性を有する二次電池を提供することができる。
【0049】
従来の電解液は、FECが添加剤として微量に含まれているに過ぎなかったため、高いサイクル特性が得られなかったが、本発明の一態様に係る二次電池1の場合は、FECが添加剤としてではなく非水溶媒として比較的多量に含まれており、且つ、10≦(X/Y)の関係を満たしているため、高いサイクル特性を有する。」

(2)本件明細書等の段落【0008】〜【0009】の記載によれば、本件発明が解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)は、「電解液に単にFECを添加するよりも確実に高いサイクル特性を有する二次電池を提供すること」であると認められる。

(3)上記課題の解決手段は、段落【0010】の記載によれば、正極と、負極と、電解液とを備える非水電解質二次電池であって、前記負極は負極活物質層を含み、前記電解液はフルオロエチレンカーボネートを含有し、前記フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)をXとし、前記負極活物質層の反応面積(m2)をYとしたときに、「10≦(X/Y)≦100」の関係を満たすようにすることである。

(4)上記(3)の解決手段が上記課題を解決し得る理由の一つとして、本件明細書等において、次の理由が挙げられている。
電解液にFECを添加すれば、初回充電時に負極にSEI膜が形成されるため、負極における溶媒の反応場(当審注:負極表面のような、溶媒が電気化学的に反応して当該溶媒が分解されるような反応性の高い場のことであると解される)が小さくなり、FEC以外の溶媒が還元分解され難くなる(【0047】)。
つまり、本件発明では、従来のように電解液の組成(電解液中のFECの含有率)だけに着目するのではなく、負極における反応場にも着目してFECの好適な量を見出している。具体的には、負極活物質層の反応面積Yが小さければ、FECやFEC以外の溶媒を還元分解する反応場も小さくなることから、反応面積Yとの関係でFECの含有量Xを規定する発想に基づき、10≦(X/Y)≦100の関係を導き出している。このように、FECの好適な量を、活物質層の反応面積に対して調整することで、高いサイクル特性を有する二次電池を提供することができる(【0048】)。

(5)上記(4)の理由によれば、本件発明は、電解液中のFECの含有率のみに着目するのではなく、負極における反応場にも注目して、負極における反応場の大きさに応じたFECの好適な量が存在しており、FECの好適な含有量Xは、反応面積Yに対して「10≦(X/Y)≦100」の関係によって規定されることを見いだしたことによって創作されたものである。
このような関係を規定すると、FEC以外の溶媒の還元分解の原因となる反応場が大きい場合には、そのような大きい反応場での還元分解を防ぐために必要とされるSEI膜を形成するために十分な量のFECが供給されるので、反応場においてFEC以外の溶媒が分解して電解液の組成が変化し、電解液のイオン伝導性が低下することによる、電池容量の低下が進行することはない。
また、反応場が小さければSEI膜形成のために多量のFECは不要であるとともに、多すぎるFECの添加によって、電解液の粘度を増加し、イオンの伝導性が低下することによる電池容量の低下が進行することもない。

(6)そして、FECを含有する電解液を備える非水電解質二次電池において、上記(3)記載の「10≦(X/Y)≦100」の関係等を満足する場合に、高いサイクル特性を有する二次電池が提供されることは、【表1】の実施例1〜8の実験結果として示されている。これら実施例1〜8の二次電池は、いずれも、正極、負極、セパレータ、電解液を備えており(【0031】)、負極は負極活物質としてグラファイトを含み(【0033】)、電解液はFECとEMCとからなる非水溶媒に、LiPF6を溶解させたものである(【0036】)。そして、【表1】には、各実施例について、「FECの含有量X(mg)」、「反応面積Y(m2)」、「X/Y」、「500サイクル後の容量保持率(%)」の値が記載されており、実施例1〜8において、X/Yを10〜92とした場合に、容量保持率が50.8〜80.0%の範囲の高い値となっていることで確認することができる。つまり、実施例1〜実施例8は、いずれも上記(3)の課題解決手段を全て備えるものであり、高いサイクル特性を有しているものであることが確認できる。

(7)したがって、本件発明は、上記(3)の課題の解決手段を備えるものであるから、上記課題を解決し得るものであるといえる。

(8)ここで、上記第3の申立理由の概要の(2)のサポート要件違反において具体的な理由として示されたア〜ウの主張について検討する。まず、上記アの主張について検討する。
上記アでは、実施例において、負極活物質層の反応面積(m2)Yについて、9.0と9.9のわずか二つの場合のみが確認されているだけであり、Yがそれ以外の値をとる場合に、「高いサイクル特性を有する非水電解質二次電池を提供する」ことができるとはいえないと主張している。
しかしながら、負極活物質層の厚さが薄いため反応面積Yが9.0m2より小さい場合や、負極活物質層の厚さが厚いため9.9m2よりも大きい場合であっても、上記(5)の検討によれば、当該負極活物質層の反応面積に応じた適切な量のFECが供給されることによって適切なSEC膜が形成されるといえるから、本件発明は「高いサイクル特性を有する非水電解質二次電池を提供する」ことができるものであると合理的に理解することができる。
一方で、申立人は、反応面積Yが9.0m2と9.9m2以外の場合に本件発明が上記課題を解決できないといえる具体的な根拠を示しているものでもない。
したがって、上記アの主張を採用することができない。

(9)上記イでは、表1と図2に示された実施例の実験結果によれば、X/Y=100のときに500サイクル後の容量保持率が50%以上であるとはいえないから、X/Yの上限値が100である本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないと主張している。
確かに、図2において、実施例7と実施例8と比較例2の測定点を滑らかな曲線(もしくはこれら3点から最小自乗法で求められる直線)で結ぶと、当該曲線はX/Y=100において50%以上の点を通らないように見える。
しかしながら、上記(2)に記載したように、本件発明が解決しようとする課題は、「電解液に単にFECを添加するよりも確実に高いサイクル特性を有する二次電池を提供すること」であり、この課題において、高いサイクル特性であることを判断する基準を50%とするような特定はされていないから、上記実施例において高いサイクル特性を判断する基準として用いられた50%という値はこの実施例において例示的に採用された基準にすぎないものと認められ、本件明細書等の記載から、例えば45%や40%という他の値を高いサイクル特性の基準として採用することが排除されているということはできない。
また、図2において、X/Y=100における容量保持率が略45%と算出されるとしても、この容量保持率は、比較例1の0%や比較例2の10%よりはるかに大きく、したがって、X/Y=100におけるサイクル特性が高くないとまではいうことができない。
したがって、上記イの主張を採用することができない。

(10)上記ウでは、実施例の実験結果によれば、FECの含有量Xが90mg未満のときの容量保持率は記載されておらず、段落【0049】の記載も参照すると、FECは比較的多量に含まれるべきものであることを鑑みれば、単に「電解液中における前記フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下である」と特定するのみで、FECの含有量が微量である場合を排除していない本件発明2の範囲まで拡張ないし一般化できるとはいえないと主張している。
しかしながら、本件発明が、上記課題を解決し得るものであることは、上記(2)〜(7)で検討したとおりであり、本件発明2も本件発明1を引用することにより、上記(3)の課題解決手段を全て備えるものであるから、上記課題を解決し得るものであるということができる。
なお、ここでは、予備的に、上記ウの主張についても検討する。
本件発明1の特定事項である「10≦(X/Y)≦100」において、Yは「負極活物質層の反応面積(m2)」を表しており、本件明細書等の記載によれば、「反応面積=負極活物質層のBET比表面積×負極活物質層の重量・・・[式1]」(【0022】)によって算出されるものである。
ここで、「負極活物質層のBET比表面積」と「負極活物質層の重量」はいずれも0ではなく、正の有限の値をとるものであることは明らかであるから、これらを掛け合わせたYも同様に0ではなく、正の有限の値である。
そして、「10≦(X/Y)≦100」の式は「10×Y≦X≦100×Y」と変形することができ、当該変形後の式は、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)」Xが、「負極活物質層の反応面積(m2)」Yの値の10倍以上であることを意味している。
つまり、本件発明1において、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)」Xは、少なくとも「負極活物質層の反応面積(m2)」Yの10倍の大きさを有する数値であり、0や0に近い微量になることはないといえる。
以上より、本件発明1を引用する本件発明2の「フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下である」との特定事項において、「フルオロエチレンカーボネートの含有量」Xは当然に本件発明1における条件「10≦(X/Y)≦100」を満足するものであることを踏まえると、申立人が主張する、「フルオロエチレンカーボネートの含有量」が微量となるような態様は、本件発明2から排除されていると考えるのが相当である。
したがって、上記ウの主張を採用することができない。

(11) 以上のとおり、サポート要件違反の具体的な理由として示された上記ア〜ウの主張はいずれも採用できない。

3 申立理由3(明確性
(1)本件発明2は「フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下」との特定事項を有しており、12.2重量%以下というFECの含有量Xの範囲には、0重量%も含まれているところ、X=0重量%のとき、本件発明1の「10≦(X/Y)≦100」の関係を満たすことはないから、請求項2の記載は不明瞭である、との明確性の申立理由3について検討する。

(2)上記2の申立理由2(サポート要件)についての(10)において、主張ウについて検討したと同様の理由で、本件発明1において、「フルオロエチレンカーボネートの含有量(mg)」Xは、少なくとも「負極活物質層の反応面積(m2)」Yの10倍の大きさを有する数値であり、0になることはないといえる。
したがって、本件発明1を引用する本件発明2の「フルオロエチレンカーボネートの含有量が12.2重量%以下である」との特定事項において、「フルオロエチレンカーボネートの含有量」は当然に本件発明1における条件「10≦(X/Y)≦100」を満足するものであるから、申立人が主張する、「フルオロエチレンカーボネートの含有量」が0となるような態様は本件発明2から排除されていると考えるのが相当である。

(3)したがって、上記(1)の申立理由3は採用できない。

第5 結び
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-05-30 
出願番号 P2015-052100
審決分類 P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 121- Y (H01M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 池渕 立
太田 一平
登録日 2021-07-06 
登録番号 6908966
権利者 株式会社GSユアサ
発明の名称 非水電解質二次電池  

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