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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1386788
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-03-01 
確定日 2022-03-08 
事件の表示 特願2017−542734「非水系二次電池電極用バインダー組成物、非水系二次電池電極用スラリー組成物、非水系二次電池用電極、及び非水系二次電池」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月 6日国際公開、WO2017/056466、請求項の数(10)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2016年9月23日(優先権主張2015年9月28日)を国際出願日とする出願であって、令和2年5月11日付で拒絶理由が通知され、令和2年7月10日に手続補正がなされ、令和2年11月27日付で拒絶査定がなされ、これに対し令和3年3月1日に拒絶査定不服審判が請求され、同時に手続補正がなされ、令和3年4月7日に手続補正(方式)がなされたものである。

第2 原査定の概要
原査定(令和2年11月27日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。
「本願請求項1ないし10に係る発明は、以下の引用文献1、3、4に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献等一覧
1.国際公開第98/039808号
3.国際公開第2013/161786号(周知技術を示す文献)
4.特開2015−162384号公報(周知技術を示す文献)」

第3 審判請求時の補正について
審判請求時の補正は、請求項1における「シェル部」の「第2重合体」の「酸基含有単量体単位」について、「7質量%以下」との事項を付加するものである。
該補正は、前記「酸基含有単量体単位」の含有量の範囲を限定する補正であって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、該「酸基含有単量体単位」の含有量を「7質量%以下」とすることは、当初明細書等に記載された事項であり、新規事項を追加するものではないといえる。
そして、「第4 本願発明」から「第6 対比・判断」までに示すように、補正後の請求項1ないし10に係る発明は、独立特許要件を満たすものである。

第4 本願発明
本願請求項1ないし10に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明10」という。)は、令和3年3月1日の手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される発明であり、以下のとおりの発明である。
「 【請求項1】
粒子状重合体を含む非水系二次電池電極用バインダー組成物であって、
前記粒子状重合体は、最外層にシェル部と、前記シェル部よりも内側にあるコア部とを備えるコアシェル構造を有し、
前記コア部が、脂肪族共役ジエン単量体単位を35質量%以上と、芳香族ビニル単量体単位を40質量%以上とを含有する第1重合体を含み、
前記シェル部が、(メタ)アクリル酸エステル単量体単位を40質量%以上と、酸基含有単量体単位を1質量%以上7質量%以下とを含有する、前記第1重合体とは異なる第2重合体を含み、
前記粒子状重合体の電解液に対する膨潤度が2.5倍以下である、非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項2】
前記第1重合体が、芳香族ビニル単量体単位を65質量%以下含む、請求項1に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項3】
前記第2重合体が、更に芳香族ビニル単量体単位を20質量%以上60質量%未満含む、請求項1又は2に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項4】
前記(メタ)アクリル酸エステル単量体単位に含まれる非カルボニル性酸素原子に結合するアルキル基又はパーフルオロアルキル基の炭素数が、3以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項5】
前記第2重合体が、更に架橋性単量体単位を0.05質量%以上2質量%以下含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項6】
前記シェル部の厚みが前記粒子状重合体の体積平均粒子径(D50)に対して0.1%以上30%以下である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項7】
前記粒子状重合体の体積平均粒子径(D50)が、50nm以上1000nm以下である請求項1〜6のいずれか一項に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物。
【請求項8】
電極活物質、水溶性高分子、及び請求項1〜7のいずれか一項に記載の非水系二次電池電極用バインダー組成物を含む非水系二次電池電極用スラリー組成物。
【請求項9】
請求項8に記載の非水系二次電池電極用スラリー組成物を用いて形成された電極合材層を備える、非水系二次電池用電極。
【請求項10】
請求項9に記載の非水系二次電池用電極を備える、非水系二次電池。」

第5 引用文献、引用発明等
1 引用文献1について
(1)原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は、当審で付与した。)。
ア 「本発明は二次電池用バインダーおよびその利用に関し、さらに詳しくは複合ポリマー粒子を用いたリチウム二次電池用バインダー、当該バインダーを用いて得られる電池用スラリー、電極およびリチウムニ次電池に関する。」(第1頁第7−9行、空白行含む。)

イ 「電池の容量は、活物質の種類や量、電解液の種類や量などの複数の要因によって決まるが、バインダーの性能も重要な一つの要因となる。バインダーが十分な量の活物質を集電体に結着でき、かつ活物質同士を結着できないと、容量の大きな電池が得られず、また、充放電を繰り返すことによって集電体から活物質が脱落し、電池の容量が低下する。
すなわち、バインダーには集電体と活物質および活物質同士の強い結着性(以下、単に「結着性」ということがある)と、充放電の繰り返しによっても活物質の体積変動によって集電体から活物質が脱落したり、活物質同士が脱落しないような結着持続性(以下、単に「結着持続性」ということがある)が要求されている。」(第1頁第18−27行、空白行含む。)

ウ 「上記のような従来技術に鑑み、本発明の目的は、結着性と結着持続性とのバランスがよく、優れた電池特性を示す電池用バインダーを提供することにある。
本発明の他の目的は、上記のような電池用バインダー、液状物質および活物質を含有する電池電極用スラリーを提供することにある。
かくして本発明によれば、化学構造が異なる2以上のポリマーが異相構造を形成している複合ポリマー粒子を含有する電池用バインダーが提供される。
さらに、本発明によれば、上記バインダーと液状物質とを含有する電池用バインダー組成物が提供され;さらに、当該バインダー、液状物質および活物質を含有する電池電極用スラリーが提供され;さらに、当該電池用スラリーを用いたリチウムニ次電池電極が提供され;さらに、当該電極を用いたリチウム二次電池が提供される。」(第3頁第2−12行)

エ 「本発明で用いる複合ポリマー粒子の構造は、通常主として結着性に寄与するポリマーと、主として結着持続性に寄与するポリマーとを含む上のポリマーが、一つの粒子中に均一に存在している完全混合構造ではなく、結着性と結着持続方の性能を効果的に発揮させるために、化学構造が異なる2以上のポリマーが一つの粒子中に局在して異相構造を形成している。
ここで異相構造とは、単一の均一相ではなく、互いに異なる2以上の相から形成される構造を指すが、その粒子断面をみると、一般に、複数の相が同様な形状して一様に分布することはなく、特異な分布形態を採るので、異形断面構造とも呼ばれている。異相構造をもつポリマー粒子の断面の具体例として図1〜図9に示すものがものが挙げられる。すなわち、コアシェル異相構造(図1)、海島状(アイランド・イン・シー)異相構造(図2)、いいだこ状異相構造(図3、図4)、並置型(サイド・バイ・サイド)異相構造(図5)、ラズベリー状異相構造(図7)、多粒子複合型異相構造(図6、図8)、だるま状異相構造(図9)などが挙げられる(「接着」34巻1号第13〜23頁記載、特に第17頁記載の図6参照)。これらの異相構造の中ではコアシェル異相構造(図1)が好ましい。また、上記のような各種の異相構造の2以上のものがさらに組合されて一つの複合粒子を形成したものでもよい。」(第4頁第24行−第5頁第11行)


オ 「本発明で用いる複合ポリマー粒子は、当該粒子を形成する複数のポリマーの中Tg差が5℃以上である2種のポリマーが含まれることが望ましい。これによって結着性と結着持続性の両者の性能がより効果的に発揮される。」(第5頁第12−14行)

カ 「本発明で用いられる複合ポリマー粒子は、通常の重合法、例えば、乳化重合法や懸濁重合法、分散重合法、シード重合法などの二段重合による方法によって得ることができる。本発明で用いられる異相構造を有する複合ポリマー粒子の製造方法の具体例としては、ポリマー(a)に対応するモノマー成分を常法により重合し、重合転化率が20〜100%、好ましくは40〜100%、より好ましくは80〜100%まで重合し、引き続き、別のポリマー(b)となるモノマー成分を添加し、常法により重合させる方法(二段重合法)、別々に合成されたラテックス状の2種類以上のポリマー粒子を室温〜300、好ましくは50〜200°Cで、2〜100時間、好ましくは4〜50時間攪拌混合し複合ポリマー粒子を得る方法などが挙げられる。」(第5頁第15−24行)

キ 「これらの重合法において用いられる分散剤は、通常のラテックスの合成で使用されるものでよく、具体例としては、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、・・・(途中省略)・・・などが例示される。これらの分散剤は単独でも2種類以上を組合せ用いてもよい。分散剤の添加量は任意に設定でき、モノマー総量100重量部に対して通常0.01〜10重量部程度である。重合条件によっては分散剤を使用しなくてもよい。」(第5頁第25行−第6頁第12行)

ク 「すなわち、集電体と活物質および活物質同士の結着性に寄与するポリマーは高Tgポリマーであり、充放電の繰り返しによる活物質の体積変動による活物質の脱着を防止する結着持続性に寄与するポリマーは低Tgポリマーであり、両方のポリマ一を含有する複合ポリマー粒子が、バインダーとして結着性と結着持続性とをバランスよく保有すると考えられる。」(第8頁第5−9行)

ケ 「本発明で用いる複合ポリマー粒子のゲル含量は、通常30%以上、好ましくは60%上、より好ましくは80%以上である。なお、本発明においてゲル含量はトルエン不溶分として算出され・・・(途中省略)・・・ゲル含量が少なすぎると、電解液に溶解することがあり好ましくない。」(第8頁第18−26行)

コ 「本発明で用いる複合ポリマ一粒子の原料となるそれぞれのポリマーを構成するモノマーとしては、共役ジエン系モノマー、(メタ)アクリル酸エステル系モノマー、およびこれらと共重合可能なモノマーが挙げられる。共役ジエン系モノマーの具体例としては、・・・(途中省略)・・・好ましくは1,3−ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエンなどである。
(メタ)アクリル酸エステル系モノマーの具体例としては、・・・(途中省略)・・・アクリル酸n−ブチル・・・(途中省略)・・・メ夕クリル酸メチル・・・(途中省略)・・・などが上げられる。これらの中でも好ましくは(メタ)アクリル酸アルキルであり、アルキル部分の炭素数は1〜6、好ましくは1〜4のものである。
共役ジエン系モノマーや(メタ)アクリル酸エステル系モノマーと共重合可能なモノマーの具体例としては、スチレン・・・(途中省略)・・・アクリロニトリル、・・・(途中省略)・・・イタコン酸・・・(途中省略)・・・が挙げられる。これらの中でも、好ましい例としてはスチレン系モノマーや二トリル基含有モノマー、ポリカルボン酸モノマー、不飽和モノカルボン酸系モノマー、アルコキシ基含有メタクリル酸系モノマーなどが挙げられる。」

サ 「本発明で用いる複合ポリマー粒子を構成するポリマーのうち、結着持続性に優れており、低Tgポリマーとして好ましく用いることができるものとしては、例えば、・・・(途中省略)・・・スチレン−アクリル酸n−ブチル−イタコン酸−メタクリル酸メチル−アクリロニトリル共重合体・・・(途中省略)・・・などが挙げられる。
一方、高Tgポリマーとしては、・・・(途中省略)・・・(メタ)アクリル酸エステル系モノマー−スチレン−1,3−ブタジエン共重合体などは、高Tgポリマーとしてとりわけ好ましい例である。」(第10頁第19行−第11頁第22行)

シ 「さらに、複合ポリマー粒子の結着性や結着持続性を高めるために、これらのポリマーを、架橋剤を用いて架橋することが好ましい。架橋剤を使用する場合、その使用量は反応条件やポリマーの種類などによって異なるが、通常、ポリマーに対して30重量%以下である。」(第11頁第23−26行)

ス 「本発明のバインダーを液状物質に分散させることによって本発明の電池電極用バインダ一組成物が得られる。」(第12頁第29行−第13頁第1行、空白行含む)

セ 「このようなリチウムニ次電池の電解液は通常用いられるものでよく、負極活物質、正極活物質の種類に応じて電池としての機能を発揮するものを選択すればよい。例えば、・・・(途中省略)・・・電解液の溶媒としては、エーテル類、ケトン類、ラクトン類、ニトリル類、アミン類、アミド類、硫黄化合物類、塩素化炭化水素類、エステル類、カーボネート類、ニトロ化合物類、リン酸エステル系化合物類、スルホラン系化合物類などが例示され、一般にはエチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジェチルカーポネートなどのカーボネート類が好適である。」
(第16頁第14−24行)

ソ 「実施例 1
・・・(途中省略)・・・
透過型電子顕微鏡観察から、複合ポリマ一粒子a中の粒子断面をオスミウム酸 染色をして炭素−炭素二重結合を有する部分を染色し、粒子内部の構造を観察し たところ、本発明の複合ポリマー粒子aの殆どは、コアシェル異相構造(図1)の複合ポリマー粒子を主とし、このほか海島状異相構造(図2)、いいだこ状異相構造(図3、図4)および並置型異相構造(図5)を有する粒子からなっていることを確認した。」(第17頁第11−26行)

タ 「実施例8
(ポリマーの製造)
攪拌機付き50Kgf/cm2耐圧オートクレーブに、1,3−ブタジエン150部、メ夕クリル酸メチル30部、スチレン300部、架橋剤としてジビニルベンゼン5部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム25部、イオン交換水1,500部を加え、重合開始剤としてアゾビスプチロニトリル15部を入れ、十分攪拌した後、80℃に加温し重合した。モノマー消費量が95%となった時、さらにアクリル酸n−ブチル340部、スチレン100部、イタコン酸20部、メ夕クリル酸メチル20部、アクリロニトリル20部、架橋剤としてジビニルべンゼン5部、イオン交換水200部を加え、十分に混合し、重合させ、モノマ一消費量が99.8%となった時点で冷却し、反応を止め、複合ポリマー粒子gのラテックスを得た。この複合ポリマー粒子gは粒子径0.25μmであり、部分粒子径は0.20μmであった。そのTgは5℃と112℃であった。また、ゲル含量は94%であった。
実施例1と同様に透過型電子顕微鏡で観察した。複合ポリマー粒子dの殆どはコアシェル異相構造(図1)であり、いいだこ状異相構造(図4)および並置型異相構造(図5)を有する粒子も含まれていた。」(第26頁第21行−第27頁第8行、なお、「複合ポリマー粒子d」とある記載は、「複合ポリマー粒子g」の誤記である。)

(2)上記記載から、引用文献1には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
ア 上記(1)ア、ウより、引用文献1は、「複合ポリマー粒子を含有する電池用バインダー」「と液状物質とを含有する」「リチウム二次」「電池用バインダー組成物」に関するものであることがわかる。

イ 上記(1)エより、「複合ポリマー粒子の構造は、」「化学構造が異なる2以上のポリマーが一つの粒子中に局在して異相構造を形成し」、「ここで異相構造」「は、」「異形断面構造とも呼ばれ」、「コアシェル異相構造」「が挙げられ」るとの技術的事項を読み取ることができる。

ウ 上記(1)カより、「異相構造を有する複合ポリマー粒子の製造方法」「としては、」「二段重合法」「が挙げられ」るとの技術的事項を読み取ることができる。

エ 上記(1)サより、「複合ポリマー粒子を構成するポリマー」「は、」「スチレン−アクリル酸n−ブチル−イタコン酸−メタクリル酸メチル−アクリロニトリル共重合体」と、「(メタ)アクリル酸エステル系モノマー−スチレン−1,3−ブタジエン共重合体」「である。」との技術的事項を読み取ることができる。

オ 上記(1)タより、「コアシェル異相構造」の「複合ポリマー粒子g」は、「1,3−ブタジエン150部、メ夕クリル酸メチル30部、スチレン300部、架橋剤としてジビニルベンゼン5部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム25部、イオン交換水1,500部を加え、重合開始剤としてアゾビスプチロニトリル15部を入れ、」「重合し」、「モノマー消費量が95%となった時、さらにアクリル酸n−ブチル340部、スチレン100部、イタコン酸20部、メ夕クリル酸メチル20部、アクリロニトリル20部、架橋剤としてジビニルべンゼン5部、イオン交換水200部を加え、」「重合させ、モノマー消費量が99.8%となった時点で」、「反応を止め、複合ポリマー粒子gのラテックスを得」るものであるとの技術的事項を読み取ることができる。

(3)上記(2)アないしオから、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「複合ポリマー粒子を含有する電池用バインダーと液状物質とを含有するリチウム二次電池用バインダー組成物であって、
複合ポリマー粒子の構造は、化学構造が異なる2以上のポリマーが一つの粒子中に局在して異相構造を形成し、異相構造はコアシェル異相構造が挙げられ、
異相構造を有する複合ポリマー粒子は、二段重合法で製造され、
複合ポリマー粒子を構成するポリマーは、スチレン−アクリル酸n−ブチル−イタコン酸−メタクリル酸メチル−アクリロニトリル共重合体と、(メタ)アクリル酸エステル系モノマー−スチレン−1,3−ブタジエン共重合体であり、
コアシェル異相構造の複合ポリマー粒子gは、1,3−ブタジエン150部、メ夕クリル酸メチル30部、スチレン300部、架橋剤としてジビニルベンゼン5部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム25部、イオン交換水1,500部を加え、重合開始剤としてアゾビスプチロニトリル15部を入れ、重合し、モノマー消費量が95%となった時、さらにアクリル酸n−ブチル340部、スチレン100部、イタコン酸20部、メ夕クリル酸メチル20部、アクリロニトリル20部、架橋剤としてジビニルべンゼン5部、イオン交換水200部を加え、重合させ、モノマー消費量が99.8%となった時点で、反応を止め、複合ポリマー粒子gのラテックスを得るものである、
リチウム二次電池用バインダー組成物。」

2 引用文献3
(1)同じく原査定に引用された引用文献3には、次の記載がある。
「[0001] 本発明は、大容量であって、充放電後のセルの膨らみを抑制したリチウムイオン二次電池に関するものである。」

「[0011] (負極用バインダー組成物)
本発明のリチウムイオンニ次電極に用いる負極用バインダー組成物は、脂肪族共役ジエン単量体単位を含む粒子状重合体Aを含んでなり、粒子状重合体A及び媒体、又は、粒子状重合体A、水溶性高分子及び媒体を含んでなることが好ましい。脂肪族共役ジエン単量体単位とは、脂肪族共役ジエン単量体を重合して形成される構造単位のことをいう。脂肪族共役ジエン単量体としては、たとえば、・・・(途中省略)・・・1,3−ブタジエンがさらに好ましい。
これらの脂肪族共役ジエン単量体は単独でまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。」

「[0020] 本発明の負極用バインダー組成物の電解液に対する膨潤度は、1〜2倍、好ましくは1〜1.8倍、より好ましくは1〜1.6倍である。ここで、負極用バインダー組成物の膨潤度は、溶解度パラメータが8〜13(cal/cm3)1/2である溶媒に電解質を溶解した電解液に対する膨潤度を示している。」

「[0021] ・・・(中略)・・・
負極用バインダー組成物の膨潤度が大きすぎると、リチウムイオン二次電池負極としたときのリチウムイオン二次電池の耐久性が低下する。
負極用バインダー組成物の膨潤度を上記範囲にするためには、粒子状重合体Aを構成する重合性単量体の種類や量を調整したり、後述する水溶性高分子の種類や量を調整したりすればよい。具体的には、脂肪族共役ジエン単量体単位の含有割合を減らしたり、芳香族ビニル単量体単位の含有割合を増やしたりすることにより調整することができる。」

(2)上記記載から、引用文献3には、次の技術(以下、「引用文献3に記載された技術」という。)が記載されていると認められる。
「リチウムイオン二次電池に関して、負極用バインダー組成物の膨潤度が大きすぎると、リチウムイオン二次電池負極としたときのリチウムイオン二次電池の耐久性が低下するので、脂肪族共役ジエン単量体単位の含有割合を減らしたり、芳香族ビニル単量体単位の含有割合を増やしたりすることにより、負極用バインダー組成物の電解液に対する膨潤度を、1〜2倍、好ましくは1〜1.8倍、より好ましくは1〜1.6倍とする技術。」

3 引用文献4について
(1)同じく原査定に引用された引用文献4には、次の記載がある。
「【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池正極用バインダー組成物、リチウムイオン二次電池正極用スラリー組成物、リチウムイオン二次電池用正極、およびリチウムイオン二次電池に関するものである。」

「【0010】
即ち、この発明は、上記課題を有利に解決することを目的とするものであり、本発明のリチウムイオン二次電池正極用バインダー組成物は、アミド基含有単量体単位と、芳香族ビニル単量体単位と、ニトリル基含有単量体単位と、カルボキシル基含有単量体単位と、を含有する重合体(A)を含むことを特徴とする。
このように、アミド基含有単量体単位と、芳香族ビニル単量体単位と、ニトリル基含有単量体単位と、カルボキシル基含有単量体単位と、を含有する重合体(A)を含むバインダー組成物を用いて作製した正極を使用すれば、リチウムイオン二次電池の出力特性およびサイクル特性を十分に向上させることができる。
【0011】 ここで、本発明のリチウムイオン二次電池正極用バインダー組成物は、前記重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度が
1.5倍以上5倍以下であることが好ましい。重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度がかかる範囲内であれば、リチウムイオン二次電池の出力特性およびサイクル特性を良好に向上させることができる。」

「【0040】
具体的には、重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度は、1.5倍以上5倍以下であることが好ましく、2倍以上であることがより好ましく、4倍以下であることがより好ましく、3倍以下であることが特に好ましい。
重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度が1.5倍未満となると、非水電解液が浸透しにくくなるため、アミド基含有単量体単位のアミド基によりハロゲンイオンを十分に捕捉することができなくなる虞がある。・・・(以下、省略)・・・」

「【0041】 [重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度の調整] 重合体(A)の膨潤度は、例えば、電解液のSP値を考慮して、当該重合体(A)を製造するための単量体の種類および量を適切に選択することにより制御することができる。一般に、重合体のSP値が電解液のSP値に近い場合、その重合体はその電解液に膨潤しやすい傾向がある。他方、重合体のSP値が電解液のSP値から離れていると、その重合体はその電解液に膨潤し難い傾向がある。また、膨潤度は、上述した架橋性単量体単位の割合を調整して制御することもできる。一般に、重合体において架橋性単量体単位の割合が増えると、その重合体の電解液に対する膨潤度は小さくなる。したがって、使用する単量体の種類および量を考慮して架橋性単量体単位の割合を決定し、膨潤度を制御することが好ましい。」

(2)上記記載から、引用文献4には、次の技術(以下、「引用文献4に記載された技術」という。)が記載されていると認められる。
「リチウムイオン二次電池正極用バインダー組成物に関して、リチウムイオン二次電池正極用バインダー組成物は、アミド基含有単量体単位と、芳香族ビニル単量体単位と、ニトリル基含有単量体単位と、カルボキシル基含有単量体単位と、を含有する重合体(A)の非水電解液に対する膨潤度が、1.5倍以上5倍以下であることが好ましく、2倍以上であることがより好ましく、4倍以下であることがより好ましく、3倍以下であることが特に好ましく、一般に、重合体において架橋性単量体単位の割合が増えると、その重合体の電解液に対する膨潤度は小さくなり、したがって、使用する単量体の種類および量を考慮して架橋性単量体単位の割合を決定し、膨潤度を制御する技術。」

第6 対比・判断
1 本願発明1について
(1)対比
引用発明と本願発明1とを対比する。
ア 引用発明における「リチウム二次電池」は、引用文献1の摘記事項(セ)に記載されているとおり、電解液の溶媒として非水系のものが用いられるから、本願発明1における「非水系二次電池」に相当する。
また、引用発明における「複合ポリマー粒子」が、本願発明1における「粒子状重合体」に相当する。

イ 上記アを踏まえると、引用発明における「複合ポリマー粒子を含有する電池用バインダーと液状物質とを含有するリチウム二次電池用バインダー組成物」が、本願発明1における「粒子状重合体を含む非水系二次電池電極用バインダー組成物」に相当する。

ウ 引用発明における「複合ポリマー粒子の構造は、化学構造が異なる2以上のポリマーが一つの粒子中に局在して異相構造を形成し、ここで異相構造はコアシェル異相構造が挙げられ」ることが、本願発明1における「前記粒子状重合体は、最外層にシェル部と、前記シェル部よりも内側にあるコア部とを備えるコアシェル構造を有」することに相当する。

エ 引用発明における「二段重合法」の一段目で得られる重合体は、「1,3−ブタジエン150部、メ夕クリル酸メチル30部、スチレン300部、架橋剤としてジビニルベンゼン5部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム25部、イオン交換水1,500部を加え、重合開始剤としてアゾビスプチロニトリル15部を入れ、重合し」たものであるから、「(メタ)アクリル酸エステル系モノマー−スチレン−1,3−ブタジエン共重合体」であることはいうまでもないことである。
よって、引用発明における「コアシェル異相構造の複合ポリマー粒子g」のうちの「(メタ)アクリル酸エステル系モノマー−スチレン−1,3−ブタジエン共重合体」は「二段重合法」の一段目で得られる重合体、すなわちコアシェル異相構造のコア部の重合体であって、本願発明1における「コア部」の「第1重合体」に相当する(以下、引用発明における「二段重合法」の一段目で得られる重合体を「コア部重合体」という。)。

オ 引用発明における「コアシェル異相構造の複合ポリマー粒子g」のコア部重合体は、「1,3−ブタジエン150部、メ夕クリル酸メチル30部、スチレン300部、架橋剤としてジビニルベンゼン5部、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム25部、イオン交換水1,500部を加え、重合開始剤としてアゾビスプチロニトリル15部を入れ、重合し」て得られるものである。
そして、本願明細書の段落【0099】(実施例1)の記載をみると、本願発明1で規定する脂肪族共役ジエン単量体の質量%は、単量体全体を100部としたときの脂肪族共役ジエン単量体の含有割合に等しいから、引用発明におけるコア部重合体に含有される「1,3−ブタジエン」(脂肪族共役ジエン単量体)の割合は31質量%(=150/(150+30+300)×100)である。
同様に、引用発明におけるコア部重合体に含有される「スチレン」(芳香族ビニル単量体)の割合は、63質量%(=300/(150+30+300)×100)である。
したがって、引用発明は、本願発明1における「前記コア部が、脂肪族共役ジエン単量体単位と、芳香族ビニル単量体単位を40質量%以上とを含有する第1重合体を含」むとの条件を満たしている。
しかしながら、コア部の第1重合体における脂肪族共役ジエン単量体単位の割合が、本願発明1では「35質量%以上」とされているのに対し、引用発明では「31質量%」である点で相違する。

カ 引用発明における「二段重合法」の二段目で得られる重合体は、「アクリル酸n−ブチル340部、スチレン100部、イタコン酸20部、メ夕クリル酸メチル20部、アクリロニトリル20部、架橋剤としてジビニルべンゼン5部、イオン交換水200部を加え、重合させ」たものであるから、「スチレン−アクリル酸n−ブチル−イタコン酸−メタクリル酸メチル−アクリロニトリル共重合体」であることはいうまでもないことである。
よって、引用発明における「コアシェル異相構造の複合ポリマー粒子g」のうちの「スチレン−アクリル酸n−ブチル−イタコン酸−メタクリル酸メチル−アクリロニトリル共重合体」は、「二段重合法」の二段目で得られる重合体、すなわちコアシェル異相構造のシェル部の重合体であって、本願発明1における「シェル部」の「前記第1重合体とは異なる第2重合体」に相当する(以下、引用発明における「二段重合法」の二段目で得られる重合体を「シェル部重合体」という。)。

キ 引用発明における「コアシェル異相構造の複合ポリマー粒子g」のシェル部重合体は、「アクリル酸n−ブチル340部、スチレン100部、イタコン酸20部、メ夕クリル酸メチル20部、アクリロニトリル20部、架橋剤としてジビニルべンゼン5部、イオン交換水200部を加え、重合させ」て得られるものである。
そして、本願明細書の段落【0099】(実施例1)の記載をみると、本願発明1で規定する(メタ)アクリル酸エステル単量体の質量%は、単量体全体を100部としたときの(メタ)アクリル酸エステル単量体の含有割合に等しいから、引用発明におけるシェル部重合体に含有される「アクリル酸n−ブチル」((メタ)アクリル酸エステル単量体)の割合は68質量%(=340/(340+100+20+20+20)×100)である。
同様に、引用発明におけるシェル部重合体に含有される「イタコン酸」(酸基含有単量体)の割合は、4質量%(=20/(340+100+20+20+20)×100)である。
したがって、引用発明は、本願発明1における「前記シェル部が、(メタ)アクリル酸エステル単量体単位を40質量%以上と、酸基含有単量体単位を1質量%以上7質量%以下とを含有する、前記第1重合体とは異なる第2重合体を含」むとの条件を満たしている。

ク 本願発明1では、「前記粒子状重合体の電解液に対する膨潤度が2.5倍以下である」のに対し、引用発明では、その点が特定されていない点で相違する。

ケ 上記アを踏まえると、引用発明における「リチウム二次電池用バインダー組成物」が、本願発明1における「非水系二次電池電極用バインダー組成物」に相当する。

上記アないしケより、本願発明1と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
(一致点)
「粒子状重合体を含む非水系二次電池電極用バインダー組成物であって、
前記粒子状重合体は、最外層にシェル部と、前記シェル部よりも内側にあるコア部とを備えるコアシェル構造を有し、
前記コア部が、脂肪族共役ジエン単量体単位と、芳香族ビニル単量体単位を40質量%以上とを含有する第1重合体を含み、
前記シェル部が、(メタ)アクリル酸エステル単量体単位を40質量%以上と、酸基含有単量体単位を1質量%以上7質量%以下とを含有する、前記第1重合体とは異なる第2重合体を含む、
非水系二次電池電極用バインダー組成物。」

(相違点1)
コア部の第1重合体における脂肪族共役ジエン単量体単位の割合が、本願発明1では「35質量%以上」とされているのに対し、引用発明では「31質量%」である点。

(相違点2)
本願発明1では「前記粒子状重合体の電解液に対する膨潤度が2.5倍以下である」のに対し引用発明では、その点が特定されていない点。

(2)判断
以下、事案に鑑み、先ず、相違点2についてする。
ア 引用文献3に記載された技術及び引用文献4に記載された技術によれば、リチウムイオン二次電池において、単一の均一相からなる重合体の非水電解液に対する膨潤度を、電極用バインダー組成物においては1〜2倍、好ましくは1〜1.8倍、より好ましくは1〜1.6倍とし、正極用バインダー組成物においては1.5倍以上5倍以下、好ましくは2倍以上、より好ましくは4倍以下であるものすることは、一般的なことと認められる。

イ しかし、引用発明における複合ポリマー粒子の膨潤度について、使用する単量体の種類および量が特定されていたとしても、それだけでは重合分子量が特定できず、電解液に対する膨潤度は予測しえない。
また、本願明細書の段落【0024】にも「粒子状重合体の電解液に対する膨潤度は、使用する単量体の種類および量を変更することにより調整することができ、例えば、芳香族ビニル単量体や架橋性単量体の量を増加させることや、重合温度を上げることや、重合反応時間を長くすること等により重合分子量を大きくすることで電解液に対する膨潤度を低下させることができる。」と記載されているとおりである。

ウ さらに引用文献1には、「複合ポリマー粒子」を二段重合により形成する際の重合温度と重合反応時間との組み合わせすら記載されていないのであるから、引用発明において「複合ポリマー粒子」の電解液に対する膨潤度を調整しようとする着想を得ること自体、当業者といえども困難なことといわざるを得ない。

エ また、引用文献3及び引用文献4に記載された技術に、単一の均一相からなる重合体の膨潤度に関する一般的な記載があるからといって、その技術は引用発明における「コアシェル」構造の「複合ポリマー粒子」に対して直ちに適用できるものではないことも明らかである。

オ なお、本願明細書の表1、表2における「実施例8」「比較例6」と「実施例1−7」「実施例8−15」とを比較すれば明らかなとおり、引用発明のような「コアシェル」構造の「複合ポリマー粒子」粒子においては、「第2重合体」(シェル部の重合体)のモノマーの種類を変えただけで「電解液膨潤度」が大きく変化することがわかる。

カ よって、上記相違点2は、当業者であっても容易に想到し得たこととはいえない。

(3)まとめ
以上のとおり、上記相違点1について検討するまでもなく、本願発明1は、当業者であっても、引用発明及び引用文献3、引用文献4に記載された技術に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

2 本願発明2ないし10について
本願の請求項2ないし10は、本願発明1に係る請求項1を引用して記載された請求項である。よって、本願発明2ないし10は、本願発明1の「前記粒子状重合体の電解液に対する膨潤度が2.5倍以下である」と同一の構成を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献3、引用文献4に記載された技術に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

第7 原査定について
本願発明1ないし10は「前記粒子状重合体の電解液に対する膨潤度が2.5倍以下である」という事項を有するものとなっており、当業者であっても、拒絶査定において引用された引用文献1、3、4に基づいて容易に発明できたものとはいえないことは、上記第6で述べたとおりである。
したがって、原査定の理由を維持することはできない。

第8 むすび
以上のとおり、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2022-02-17 
出願番号 P2017-542734
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01M)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 酒井 朋広
特許庁審判官 木下 直哉
清水 稔
発明の名称 非水系二次電池電極用バインダー組成物、非水系二次電池電極用スラリー組成物、非水系二次電池用電極、及び非水系二次電池  
代理人 結城 仁美  
代理人 杉村 憲司  
代理人 杉村 光嗣  

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