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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1387094
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-08-02 
確定日 2022-07-07 
事件の表示 特願2017− 96409「円偏光板および有機ELパネル」拒絶査定不服審判事件〔平成30年12月 6日出願公開、特開2018−194606〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2017−96409号(以下「本件出願」という。)は、平成29年5月15日を出願日とする特許出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和 3年 2月26日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 4月26日付け:手続補正書
令和 3年 4月26日付け:意見書
令和 3年 5月11日付け:拒絶査定
令和 3年 8月 2日付け:審判請求書
令和 3年12月 3日付け:拒絶理由通知書(以下、この拒絶理由通知書で通知した理由を「当審拒絶理由」という。)
令和 4年 1月31日付け:手続補正書(以下、この手続補正書でした補正を「本件補正」という。)
令和 4年 1月31日付け:意見書


第2 本件発明
本件出願の請求項1〜5に係る発明は、本件補正より補正された特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
円偏光板を備える、湾曲した有機ELパネルであって、
該円偏光板が、偏光子と、該偏光子に直接接着された位相差層とを備え、
前記位相差層の面内位相差は、Re(550)が100nm〜180nmであり、Re(450)<Re(550)の関係を満たし、
前記偏光子の吸収軸は、前記有機ELパネルの湾曲方向とのなす角度が75°〜105 °となるように調整されており、
長方形状であり、長辺の長さが1200mm〜1470mmである、
有機ELパネル:
ここで、Re(450)およびRe(550)は、それぞれ、23℃における波長450nmおよび550nmで測定した面内位相差を表す。」


第3 当審拒絶理由の概要
当審拒絶理由は、概略、以下のとおりである。
理由2(進歩性
本件出願の請求項1〜7に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、以下の引用文献1〜5に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献1:特開2014−170221号公報
引用文献2:特開2015−207377号公報
引用文献3:特開2013−118193号公報
引用文献4:特開2007−232935号公報
引用文献5:特開2014−194483号公報
(なお、引用文献1及び引用文献3が主引用文献であり、引用文献2,4及び5は周知技術を示すための文献である。)


第4 引用文献の記載事項及び引用発明
1 引用文献1の記載及び引用文献1に記載された発明
(1)引用文献1の記載
引用文献1(特開2014−170221号公報)は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、主に反射防止を目的として使用される円偏光板およびそのような円偏光板が用いられる屈曲可能な表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンに代表されるスマートデバイス、またデジタルサイネージやウィンドウディスプレイなどの表示装置が強い外光の下使用される機会が増加している。それに伴い、表示装置自体または表示装置に用いられるタッチパネル部やガラス基板、金属配線等の反射体による外光反射や背景の映り込み等の問題が生じている。特に、近年実用化されてきている有機エレクトロルミネッセンス(EL)パネルは、反射性の高い金属層を有するため、外光反射や背景の映り込み等の問題を生じやすい。そこで、位相差フィルム(代表的にはλ/4板)を有する円偏光板を視認側に反射防止フィルムとして設けることにより、これらの問題を防ぐことが知られている。
【0003】
ところで、近年、有機ELパネルのフレキシブル化・屈曲可能化に対する要望が強まっている。さらに、単なるフレキシブル化・屈曲可能化ではなく、非常に小さい曲率半径での屈曲可能化の実現が要望されるようになっている。しかし、有機ELパネルを非常に小さい曲率半径で屈曲させると、円偏光板の位相差フィルムに大きな力(一部には引張力、一部には圧縮力)がかかり、その部分の位相差が変化してしまう。その結果、屈曲部分での円偏光板の反射防止機能が低下し、屈曲部分だけ色が変化してしまい、このことが大きな問題となっている。特に、逆分散波長特性を有する位相差フィルムを含む円偏光板は、優れた反射特性が得られる一方で、屈曲による色変化の問題が顕著である。
・・・中略・・・
【0005】
本発明は上記従来の課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、優れた反射色相が得られ、かつ、屈曲による色変化が抑制された、屈曲可能な表示装置を実現し得る円偏光板を提供することにある。」

イ 「【0010】
(用語および記号の定義)
本明細書における用語および記号の定義は下記の通りである。(1)屈折率(nx、ny、nz) 「nx」は面内の屈折率が最大になる方向(すなわち、遅相軸方向)の屈折率であり、「ny」は面内で遅相軸と直交する方向(すなわち、進相軸方向)の屈折率であり、「nz」は厚み方向の屈折率である。(2)面内位相差(Re) 「Re(λ)」は、23℃における波長λnmの光で測定したフィルムの面内位相差である。例えば、「Re(450)」は、23℃における波長450nmの光で測定したフィルムの面内位相差である。Re(λ)は、フィルムの厚みをd(nm)としたとき、式:Re=(nx−ny)×dによって求められる。(3)厚み方向の位相差(Rth) 「Rth(λ)」は、23℃における波長550nmの光で測定したフィルムの厚み方向の位相差である。例えば、「Rth(450)」は、23℃における波長450nmの光で測定したフィルムの厚み方向の位相差である。Rth(λ)は、フィルムの厚みをd(nm)としたとき、式:Rth=(nx−nz)×dによって求められる。(4)Nz係数 Nz係数は、Nz=Rth/Reによって求められる。
【0011】
A.円偏光板の全体構成
図1(a)は、本発明の1つの実施形態による円偏光板の概略断面図である。本実施形態の円偏光板100は、偏光子10と、偏光子10の片側に配置された位相差フィルム20とを備える。円偏光板100は、必要に応じて、偏光子10のもう一方の側に保護フィルム40(以下、外側保護フィルムと称する場合がある)を備えていてもよい。さらに、必要に応じて、偏光子10と位相差フィルム20との間に、別の保護フィルム(以下、内側保護フィルムと称する場合がある:図示せず)を配置してもよい。
【0012】
図1(b)は、本発明の別の実施形態による円偏光板の概略断面図である。本実施形態の円偏光板100’は、偏光子10と、偏光子10の片側に配置された位相差フィルム20と、偏光子10のもう一方の側に配置された位相差フィルム30とを有する。図示例は、外側保護フィルム40が備えられる形態を示している。外側保護フィルム40が備えられる場合、位相差フィルム30は、外側保護フィルム40のさらに外側(視認側)に配置され得る。外側保護フィルム40は省略されてもよい。この場合、位相差フィルム30が外側保護フィルムとして機能し得る。なお、本明細書において便宜上、位相差フィルム20を第1の位相差フィルムと称し、位相差フィルム30を第2の位相差フィルムと称する場合がある。
【0013】
本発明の円偏光板は、屈曲可能な表示装置に用いられる。屈曲可能な表示装置の具体例としては、有機EL表示装置、円偏光を利用した液晶表示装置(代表的には、VAモードの液晶表示装置)、MEMSディスプレイ等が挙げられる。本発明の円偏光板が特に好適に用いられる屈曲可能な表示装置は、有機EL表示装置である。後述のように非常に小さな曲率半径での屈曲が可能であり、および、本発明の円偏光板を用いることにより非常に優れた反射色相が得られ得るからである。表示装置の少なくとも一部は、曲率半径が好ましくは10mm以下で、より好ましくは8mm以下で屈曲される。このような非常に小さい曲率半径で屈曲した状態の表示装置において、上記のような優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制したことが、本発明の成果のうちの1つである。より詳細には、表示装置は、任意の適切な部分で屈曲される。例えば、表示装置は、折り畳み式の表示装置のように中央部で屈曲されていてもよく(例えば、図2(a)および(b))、デザイン性と表示画面を最大限に確保するという観点から端部で屈曲されていてもよい(例えば、図2(c)および(d))。さらに、図2(a)〜図2(d)に示すように、表示装置は、その長手方向に沿って屈曲されていてもよく、その短手方向に沿って屈曲されていてもよい。用途に応じて表示装置の特定部分が(例えば、四隅の一部または全部が斜め方向に)屈曲されていればよいことは言うまでもない。
【0014】
第1の位相差フィルム20は、逆分散波長特性を示す。具体的には、その面内位相差は、Re(450)<Re(550)<Re(650)の関係を満たす。このような関係を満たすことにより、有機ELパネルの正面方向において優れた反射色相を達成することができる。さらに、第1の位相差フィルム20は、代表的には、屈折率特性がnx>nyの関係を示し、遅相軸を有する。図2(a)〜図2(d)に示すように、第1の位相差フィルム20の遅相軸方向は、表示装置の屈曲方向に対して角度αを規定するよう調整されている。角度αは、20°〜70°であり、好ましくは30°〜60°であり、より好ましくは40°〜50°であり、特に好ましくは45°近傍である。角度αがこのような範囲となるように第1の位相差フィルムの遅相軸方向を調整することにより、屈曲による色変化を抑制することができる。第2の位相差フィルム30は、偏光サングラスをかけて表示装置を見る場合の視認性低下を防止する目的で配置される場合がある。この場合には、第2の位相差フィルム30は、逆分散波長特性を示してもよく、示さなくてもよい。なお、本明細書において角度に言及するときは、特に明記しない限り、当該角度は時計回りおよび反時計回りの両方の方向の角度を包含する。
【0015】
1つの実施形態においては、本発明の円偏光板は長尺状であり、したがって、偏光子10および第1の位相差フィルム20(および存在する場合には第2の位相差フィルム30)もまた長尺状である。
・・・中略・・・
【0017】
A−1.偏光子
偏光子10としては、任意の適切な偏光子が採用され得る。
・・・中略・・・
【0020】
偏光子10と第1の位相差フィルム20とは、偏光子10の吸収軸と第1の位相差フィルム20の遅相軸とが所定の角度をなすように積層されている。上記のとおり、偏光子10の吸収軸と第1の位相差フィルム20の遅相軸とのなす角度θは、好ましくは35°≦θ≦55°、より好ましくは38°≦θ≦52°、さらに好ましくは39°≦θ≦51°の関係を満たす。
【0021】
A−2.第1の位相差フィルム
第1の位相差フィルム20は、上述のとおり、屈折率特性がnx>nyの関係を示す。位相差フィルムの面内位相差Re(550)は、好ましくは100nm〜180nm、より好ましくは135nm〜155nmである。
【0022】
第1の位相差フィルムは、上述のとおり、いわゆる逆分散の波長依存性を示す。具体的には、その面内位相差は、Re(450)<Re(550)<Re(650)の関係を満たす。Re(450)/Re(550)は、好ましくは0.8以上1.0未満であり、より好ましくは0.8〜0.95である。Re(550)/Re(650)は、好ましくは0.8以上1.0未満であり、より好ましくは0.8〜0.97である。
【0023】
第1の位相差フィルム20は、nx>nyの関係を有する限り、任意の適切な屈折率楕円体を示す。好ましくは、位相差フィルムの屈折率楕円体は、nx>ny≧nzの関係を示す。位相差フィルムのNz係数は、好ましくは1〜2であり、より好ましくは1〜1.5であり、さらに好ましくは1〜1.3である。」

ウ 「【0060】
B.表示装置
本発明の表示装置は上記円偏光板を備える。1つの実施形態においては、本発明の表示装置は有機EL表示装置である。図3は、本発明の1つの実施形態による有機EL表示装置の概略断面図である。有機EL表示装置300は、有機EL素子200と、有機EL素子200の視認側に円偏光板100を備える。円偏光板は、上記A項に記載した本発明の円偏光板である。円偏光板は、第1の位相差フィルム20が有機EL素子側となるように(偏光子10が視認側となるように)積層されている。なお、円偏光板は図3に示した形態に限られず、図1(b)に示すような円偏光板100’であってもよく、図示していない本発明のさらに別の実施形態による円偏光板であってもよい。
【0061】
本発明においては、円偏光板は、上記のように、第1の位相差フィルム20の遅相軸方向が、有機EL表示装置300(または有機EL素子200)の屈曲方向に対して角度αを規定するよう調整されている。角度αは、20°〜70°であり、好ましくは30°〜60°であり、より好ましくは40°〜50°であり、特に好ましくは45°近傍である。角度αがこのような範囲となるように円偏光板100と有機EL素子200とを積層することにより、屈曲による色変化が抑制された屈曲可能な表示装置を得ることができる。1つの実施形態においては、有機EL表示装置300(または有機EL素子200)の屈曲方向は、長手方向または長手方向に直交する方向(短手方向)である。このような実施形態においては、円偏光板の偏光子10の吸収軸を長手方向(または短手方向)に対して直交または平行に設定すれば、有機EL素子に積層される際、第1の位相差フィルム20の遅相軸を位置合わせする必要はなく、偏光子10の吸収軸方向を位置合わせすればよい。このようにすれば、ロールトゥロールによる製造が可能となる。」

エ 「【0071】
[実施例1]
(偏光子の作製)
長尺状のポリビニルアルコールフィルムを、ヨウ素を含む水溶液中で染色した後、ホウ酸を含む水溶液中で速比の異なるロール間にて6倍に一軸延伸し、長手方向に吸収軸を有する長尺状の偏光子を得た。この長尺状の偏光子は延伸後、巻き取って巻回体とした。
(保護フィルム)
保護フィルムとして、長尺状のトリアセチルセルロースフィルム(厚み40μm、コニカミノルタ社製、商品名:KC4UYW)を用いた。この保護フィルムは巻回体として用意した。なお、この保護フィルムの面内位相差Re(550)は5nmであり、厚み方向の位相差Rth(550)は45nmであった。
(位相差フィルム)
逆分散の波長依存性を示す市販の位相差フィルム(帝人社製、商品名「ピュアエースWR」)を用いた。この位相差フィルムの面内位相差Re(550)は147nmであり、Re(450)/Re(550)は0.89であり、光弾性係数は65×10−12Pa−1(m2/N)であった。
【0072】
(円偏光板の作製)
上記の偏光子、保護フィルムおよび位相差フィルムを、それぞれ200mm×300mmに切り出した。偏光子と保護フィルムとをポリビニルアルコール系接着剤を介して貼り合わせた。偏光子/保護フィルムの積層体と位相差フィルムとを、アクリル系粘着剤層を介して偏光子と位相差フィルムとが隣接するようにして貼り合わせ、保護フィルム/偏光子/位相差フィルム(第1の位相差フィルム)の構成を有する円偏光板を作製した。その後、作製した円偏光板を50mm×80mmのサイズにトリミングした。なお、位相差フィルムは、貼り合わせた際に、その遅相軸と偏光子の吸収軸とが45°の角度をなすように切り出した。また、偏光子の吸収軸は長手方向に平行となるように配置した。」

オ 「【図2】

【図3】



(2)引用文献1に記載された発明
引用文献1に記載の有機EL表示装置は、【0013】に記載のとおり、「屈曲した状態の表示装置」において「優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制した」ものである。
そして、引用文献1の【0010】〜【0022】に示された円偏光板の具体的な作製方法は【0071】〜【0072】に記載されるものであり、円偏光板の特性等は【0010】に記載の条件下で測定されたものである。
また、引用文献1の【0060】〜【0061】並びに図2及び図3には、「有機EL表示装置300(または有機EL素子200)の屈曲方向は、長手方向または長手方向に直交する方向(短手方向)」であり、「円偏光板の偏光子10の吸収軸を長手方向(または短手方向)に対して直交または平行に設定」することが記載されている。

以上のことを踏まえると、引用文献1には、有機EL表示装置(または有機EL素子)の屈曲方向(長手方向または短手方向)に対して、円偏光板の偏光子の吸収軸を直交に設定した態様に相当する以下の「有機EL表示装置」の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されている。
「視認側に円偏光板を備え、
屈曲した状態の表示装置において優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制した有機EL表示装置であって、
前記円偏光板は、偏光子と保護フィルムとをポリビニルアルコール系接着剤を介して貼り合わせ、偏光子/保護フィルムの積層体と位相差フィルムとを、アクリル系粘着剤層を介して偏光子と位相差フィルムとが隣接するようにして貼り合わせて作製され、保護フィルム/偏光子/位相差フィルムの構成を有し、
前記位相差フィルムの面内位相差Re(550)は147nmであり、Re(450)/Re(550)は0.89であり、
前記円偏光板の偏光子の吸収軸を前記有機EL表示装置の屈曲方向に対して直交に設定した、
有機EL表示装置:
ここで、Re(λ)は、23℃における波長λnmで測定した面内位相差を表す。」

2 引用文献2の記載
引用文献2(特開2015−207377号公報)は、本件出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであるところ、そこには、以下の記載がある。
「【0028】
C.積層光学フィルム
図1に示すように、積層光学フィルム20は、有機ELパネル10側から順に光拡散層21と位相差フィルム22と偏光子23とを有する。図示例では、偏光子23の位相差フィルム22と反対側(すなわち、偏光子23の視認側)に保護フィルム24が設けられている。必要に応じて、光拡散層21と位相差フィルム22との間あるいは位相差フィルム22と偏光子23との間に、別の位相差フィルムを設けてもよい。別の位相差フィルムを設ける場合には、当該別の位相差フィルムの屈折率楕円体は、代表的にはnz>nx=nyの関係を示す。
・・・中略・・・
【0088】
C−3.別の位相差フィルム
上記の別の位相差フィルム(図示せず)は、代表的には、屈折率楕円体がnz>nx=nyの関係を示す正の一軸性光学素子(いわゆる、ポジティブCプレート)である。なお、本明細書において、nx=nyとは、nxとnyが完全に同一である場合だけでなく、nxとnyとが実質的に同一である場合も包含する。ここで、「nxとnyとが実質的に同一である場合」とは、例えば、面内の位相差値(Re[590])が10nm以下であるものを包含する。」

3 引用文献3の記載及び引用文献3に記載された発明
(1)引用文献3の記載
引用文献3(特開2013−118193号公報)は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当審において付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【請求項1】
有機EL層が形成された第1の基板と、前記第1の基板と対向する第2の基板とを備えた有機EL表示パネルを有する有機EL表示装置であって、 前記有機EL表示パネルの画面は、前記第1の基板と前記第2の基板のうちの一方の基板に形成され、
前記画面は、第1の方向の一方向に曲率を有する外側に凸または外側に凹な曲面であり、
前記一方の基板には偏光板が配置され、
前記曲面が外側に凸な時は、前記偏光板の吸収軸の方向と前記第1の方向とのなす角が±5度以内であり、
前記曲面が外側に凹な時は、前記偏光板の吸収軸の方向と前記第1の方向に対して直角な第2の方向とのなす角が±5度以内であることを特徴とする有機EL表示装置。
・・・中略・・・
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以上のような課題を解決するために、画面が一方向に曲率を有する曲面となっている液晶表示装置において、上偏光板の吸収軸の方向を画面の曲率の方向と特別な関係とすることによって、偏光板の光学特性の変化を防止するものである。すなわち、偏光板が張力を受けるように湾曲している場合は、偏光板の吸収軸の方向、すなわち延伸軸方向を画面が湾曲している方向と一致させ、偏光板が圧縮応力を受けるように湾曲している場合は偏光板の吸収軸の方向を画面が直角方向に湾曲している方向と直角な方向に一致させる。有機EL表示装置の場合は円偏光板を構成する位相差板あるいは偏光板の延伸軸の方向を円偏光板が引っ張り応力あるいは圧縮応力を受ける場合によって上記液晶表示装置の場合と同様に変化させる。具体的な手段は次のとおりである。」

イ 「【実施例4】
【0076】
薄型の表示装置としては、液晶表示装置の他に有機EL表示装置がある。有機EL表示装置も湾曲して使用することが可能である。また、本発明を湾曲した有機EL表示装置に適用することが出来る。図18は本発明を有機EL表示装置に適用した場合の例を示す断面模式図である。図18において画面は外側に凸であるが、図18の曲率を有する方向と直角な方向には曲率は無いものとする。
【0077】
図18において、ガラスで形成されたOLED(Organic Light Emitting Device)基板上に、発光をする有機EL層73、および有機EL層73を制御するTFT、信号線、電源線等が形成されている。有機EL層73は水分が存在すると特性が劣化する。水分による有機EL層73の劣化を防止するために、OLED基板72に対向してシール板75を設置し、シール材113によって内部の有機EL層73を封止する。なお、シール板75には乾燥材74が設置されており、シール内部の水分を除去する。OLED基板72およびシール板75を組み合わせた状態が有機EL表示パネルである。
【0078】
シール板75は樹脂で形成される場合もあるが、樹脂は水分を透しやすいため、内側に金属の薄膜を形成する場合もある。一方、シール板75をガラスで形成する場合もある。この場合は、OLED基板72とシール基板がガラスで形成されることになる。有機EL表示パネルを湾曲可能とするために、OLED基板72とシール基板を研磨して薄くする。この場合、有機EL表示パネルの強度が弱くなるために、透明な樹脂で形成された補強板71が取り付けられている。なお、補強板71を取り付けるか否かはOLED基板72等の機械的強度による。
【0079】
シール板75の上には円偏光板76が接着によって取り付けられている。円偏光板76は外部からの反射光を防止するために取り付けられる。円偏光板76はλ/4位相差板と偏光板とから構成される。すなわち、光が円偏光板76を2回通ると偏光方向が90度回転することになる。外部から円偏光板76をとおり、OLED基板72を反射した光が再び外部へ出ようとすると再び円偏光を受けるために、この光は偏光板の吸収軸によって吸収されてしまい、再び外部に出てくることが出来ない。したがって、外光の影響を防止し、コントラストの高い画像を得ることが出来る。
【0080】
円偏光板76は位相差板と偏光板によって構成されている。有機EL表示パネルを湾曲させる場合、偏光板の吸収軸を偏光板が引っ張り応力を受ける方向と一致させることは液晶表示パネル10の場合と同様である。また、位相差版も偏光板と同様に一軸延伸して作成される。したがって、本実施例において、位相差板の延伸方向を有機EL表示パネルの湾曲方向と一致させることによって、位相差板の特性の変化を防止することが出来る。
【0081】
ところで、有機EL表示装置は有機EL層73からの発光がOLED基板72と反対の方向に向かい、シール板75側に画像を形成するトップエミッション型と、有機EL層73からの発光がOLED基板72側に向かい、OLED基板72側で画像を形成するボトムエミッション型とがある。図18はトップエミッション型の有機EL表示装置の例である。
【0082】
図18はトップエミッション型で画面が外側に凸の場合である。この場合は円偏光板76は引っ張り応力を受けるので、円偏光板76を構成する位相差板および偏光板の延伸軸の方向は有機EL表示パネルが曲率を持つ方向と一致させている。しかし、トップエミッション型で、画面が外側に凹の場合は、円偏光板76は圧縮応力を受けるので、円偏光板76を構成する位相差板および偏光板の延伸軸方向は、有機EL表示パネルが曲率を持つ方向と直角の方向と一致させる必要がある。
【0083】
図19はボトムエミッション型の有機EL表示装置の場合の有機EL表示パネルの断面図である。図19における画面は外側に凸である。そして図19の画面の曲率を有する方向と直角な方向には曲率は無いものとする。図19において、OLED基板72側に有機EL層73からの光が出射されて画像が形成されるので、OLED基板72側に円偏光板76が取り付けられている。
【0084】
OLED基板72に形成された有機EL層73はシール板75によってシール材113を介して封止されている。外部からの水分の浸入を防止するためである。シール板75の内側には乾燥材74が設置されている。図19においては、補強板71は使用されていない。図19において、円偏光板76がTFT基板101に取り付けられている。この場合、円偏光板76は引っ張り応力を受けているので、円偏光板76を構成する位相差板および偏光板の延伸軸は有機EL表示パネルの湾曲方向と一致している。
【0085】
ボトムエミッションの場合で、画面が外側に凹の場合も曲率の向きが反対になるだけで、基本的な構成は図19と同様である。しかし、この場合は、円偏光板76は図19と異なり、圧縮応力を受けることになる。したがって、円偏光板76を構成する位相差板および偏光板の延伸軸は有機EL表示パネルの湾曲方向と直角な方向と一致している。
【0086】
以上の説明においては、円偏光板76を構成する位相差板と偏光板はいずれも一軸方向に延伸されて形成されているとして説明した。しかし、位相差板は一軸方向に延伸せずに形成される場合もありうる。この場合は偏光板の延伸軸方向を、上記のような例とすればよい。
【0087】
また、位相差板あるいは偏光板の延伸軸の方向と有機EL表示パネルが曲率を有する方向とは製造誤差等によってばらつくが、有機EL表示装置の場合も、±5度以内であれば所定の効果を得ることが出来る。
【0088】
以上説明したように、本発明を湾曲した有機EL表示装置に使用することによって、偏光板と位相差板とで構成される円偏光板76の特性変動を防止することが出来、長期にわたってコントラストの優れた有機EL表示装置を得ることが出来る。」

ウ 「【図18】

【図19】



(2)引用文献3に記載された発明
引用文献3の【0076】〜【0086】、図18及び図19には、【請求項1】に係る発明を具現化するに際して、トップエミッション型及びボトムエミッション型のそれぞれについて、画面の凹凸形状と吸収軸との関係及び位相差板のタイプ(製造方法が異なるタイプ)を種々想定した形態の有機EL表示装置が記載されている。そのうち、特に【0086】には、位相差板のタイプとして、「位相差板は一軸方向に延伸せずに形成」されたタイプが記載されている。また、上記【0086】の「この場合は偏光板の延伸軸方向を、上記のような例とすればよい。」の「上記のような例」が、【請求項1】、【0082】〜【0085】、図18及び図19に記載されている画面の凹凸形状に応じた、偏光板の延伸軸方向と湾曲方向との関係の例を意味していることは明らかである。(「偏光板の延伸軸方向」が「偏光板の吸収軸の方向」であることは技術常識である。)

以上のことを踏まえると、引用文献3には、「画面」が「外側に凹な曲面」である形態として以下の「有機EL表示装置」の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されている。
「画面上に円偏光板が取り付けられ、
湾曲して使用する有機EL表示装置であって、
円偏光板は、一軸方向に延伸せずに形成された位相差板と偏光板とから構成され、
前記画面が外側に凹であり、前記偏光板の吸収軸の方向は、湾曲方向と直角な方向と一致している、有機EL表示装置。」

4 引用文献4の記載
引用文献4(特開2007−232935号公報)は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当審において付したものであり、判断等に活用した箇所を示す。
「【実施例】
【0007】
以下は、本発明の円偏光板を作製した例である。
(実施例1)
コロナ放電により表面処理した長尺なハードコート付TAC(トリアセチルセルロース)フィルムに、複屈折誘起材料の20重量%トルエン溶液を、小径グラビアコータを用いて連続的に塗布し乾燥した。塗布した複屈折誘起材の厚みは約1μmであった。続いて、長尺フィルムの流れ方向に対して電界振動方向が18°になるように偏光紫外光照射装置を配置し、直線偏光性の紫外光を連続的に照射した。続いて、照射したフィルムを100℃から40℃まで温度が徐々低下するよう設定した長さ20mのヒーターゾーンを通過させて複屈折を誘起せしめたところで、更に紫外線照射装置を用いて紫外線を照射し未反応の感光性基反応させ配向を固定した。このようにして作製したフィルムは長尺フィルム流れ方向に対して、遅相軸が18°であり、面内位相差が94nmである複屈折フィルムであった(第1の配向層)。続いて、このフィルムに、再度、複屈折誘起材料の20重量%トルエン溶液を、小径グラビアコータを用いて塗布し乾燥した。塗布した複屈折誘起材の厚みは約2μmであった。続いて、長尺フィルムの流れ方向に対して電界振動方向が76°になるように偏光紫外光照射装置を配置し、直線偏光性の紫外光を連続的に照射した。続いて、第1層の配向層のときと同様に、照射したフィルムを100℃から40℃まで温度が徐々低下するよう設定した長さ20mのヒーターゾーンを通過させて複屈折を誘起せしめたところで、紫外線照射装置を用いて紫外線を照射し未反応の感光性基反応させ配向を固定した。この2層目の複屈折誘起材料の配向層は、面内位相差が195nmである複屈折層となる製造条件の設定で作製した(第2の配向層)。このように作製したフィルムと光吸収軸が長尺方向である粘着剤付きの偏光フィルムとをラミネーターで貼合した。このように作製した円偏光板の透過光の偏光状態を回転検光子法にて測定した。図5は測定光学系の模式図を示し、測定においては作製した円偏光板50の偏光フィルム51の透過軸P1と測定光学系の偏光子52の透過軸P2とを一致させ、円偏光板の偏光フィルム側から光Lが入射する配置で測定した。図5において、50a、50bはそれぞれ第1の配向層、第2の配向層をそれぞれ模式的に示す。53は検光子であり、54はパワーメーターである。作製した円偏光板の光学特性測定結果は、波長450nmにおける位相差は109.5nmで振幅比の角度は46.3°、波長550nmにおける位相差は137.8nmで振幅比の角度は45.5°、波長650nmにおける位相差は152.8nmで振幅比の角度は44.2°であったことから、全波長域で良好な円偏光が得られた。」

5 引用文献5の記載
引用文献5(特開2014−194483号公報)は、本件出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当審において付したものであり、判断等に活用した箇所を示す。
「【0039】
上記延伸対象のフィルムを延伸して得られる位相差フィルムは、好ましくは、屈折率特性がnx>nyの関係を示す。さらに、位相差フィルムは、好ましくはλ/4板として機能し得る。位相差フィルムの面内位相差Re(550)は、好ましくは100nm〜180nm、より好ましくは135nm〜155nmである。なお、本明細書において、nxは面内の屈折率が最大になる方向(すなわち、遅相軸方向)の屈折率であり、nyは面内で遅相軸と直交する方向(すなわち、進相軸方向)の屈折率であり、nzは厚み方向の屈折率である。また、Re(λ)は、23℃における波長λnmの光で測定したフィルムの面内位相差である。したがって、Re(550)は、23℃における波長550nmの光で測定したフィルムの面内位相差である。Re(λ)は、フィルムの厚みをd(nm)としたとき、式:Re(λ)=(nx−ny)×dによって求められる。
【0040】
位相差フィルムは、nx>nyの関係を有する限り、任意の適切な屈折率楕円体を示す。好ましくは、位相差フィルムの屈折率楕円体は、nx>ny≧nzの関係を示す。位相差フィルムのNz係数は、好ましくは1〜2であり、より好ましくは1〜1.5であり、さらに好ましくは1〜1.3である。Nz係数は、Nz=Rth(λ)/Re(λ)によって求められる。ここで、Rth(λ)は、23℃における波長λnmの光で測定したフィルムの厚み方向の位相差であり、式:Rth(λ)=(nx−nz)×dによって求められる。
【0041】
位相差フィルムは、好ましくは、いわゆる逆分散の波長依存性を示す。具体的には、その面内位相差は、Re(450)<Re(550)<Re(650)の関係を満たす。Re(450)/Re(550)は、好ましくは0.8以上1.0未満であり、より好ましくは0.8〜0.95である。Re(550)/Re(650)は、好ましくは0.8以上1.0未満であり、より好ましくは0.8〜0.97である。
【0042】
位相差フィルムは、その光弾性係数の絶対値が、好ましくは2×10−12(m2/N)〜100×10−12(m2/N)であり、より好ましくは10×10−12(m2/N)〜50×10−12(m2/N)である。
【0043】
G.円偏光板および円偏光板の製造方法
上記の本発明の製造方法により得られた位相差フィルムは、代表的には円偏光板に好適に用いられ得る。図9は、そのような円偏光板の一例の概略断面図である。図示例の円偏光板300は、偏光子310と、偏光子310の片側に配置された第1の保護フィルム320と、偏光子310のもう片側に配置された第2の保護フィルム330と、第2の保護フィルム330の外側に配置された位相差フィルム340と、を有する。位相差フィルム340は、上記の本発明の製造方法により得られた位相差フィルムである。第2の保護フィルム330は省略されてもよい。その場合、位相差フィルム340が偏光子の保護フィルムとして機能し得る。偏光子310の吸収軸と位相差フィルム340の遅相軸とのなす角度は、好ましくは30°〜60°、より好ましくは38°〜52°、さらに好ましくは43°〜47°、特に好ましくは45°程度である。なお、偏光子および保護フィルムの構成は業界で周知であるので、詳細な説明は省略する。」


第5 引用文献1を主引用文献とした対比及び判断
1 本件発明1と引用発明1との対比
(1)円偏光板を備える有機ELパネル
引用発明1の「円偏光板」は、その文言が意味するとおり、本件発明1の「円偏光板」に相当する。また、引用発明1の「有機EL表示装置」は、図3に示されるとおり「視認側に円偏光板を備える」ものであって、パネル状のものであることは明らかである。
そうすると、引用発明1の「有機EL表示装置」は、本件発明1の「円偏光板を備える」「有機ELパネル」に相当する。

(2)円偏光板の構成(直接接着)
引用発明1の「円偏光板」は、「アクリル系粘着剤層を介して偏光子と位相差フィルムとが隣接するようにして貼り合わせて作製され、保護フィルム/偏光子/位相差フィルムの構成を有」する「円偏光板」である。そして、引用発明1の「偏光子」及び「位相差フィルム」はその文言のとおり、それぞれ本件発明1の「偏光子」及び「位相差層」に相当する。
ここで、本件出願の明細書における「偏光子10と、偏光子10に直接(すなわち、保護フィルムを介することなく)接着された位相差層20とを備える」(【0011】)という記載に鑑みると、引用発明1の「円偏光板」は、「偏光子」及び「位相差フィルム」が、「保護フィルム」を介することなく貼り合わされており、本件発明1の「円偏光板が、偏光子と、該偏光子に直接接着された位相差層とを備え」るという要件を満たす。

(3)位相差層
引用発明1の面内位相差は、「Re(λ)は、23℃における波長λnmで測定した面内位相差を表す」ものであるから、引用発明1のRe(450)及びRe(550)は、それぞれ、23℃における波長450nm及び550nmで測定した面内位相差である。
また、引用発明1の「位相差フィルム」は、「面内位相差Re(550)は147nmであり、Re(450)/Re(550)は0.89」である。
そうしてみると、引用発明1の「位相差フィルム」は、本件特許発明1の「Re(450)およびRe(550)は、それぞれ、23℃における波長450nmおよび550nmで測定した面内位相差を表す」という要件及び「位相差層の面内位相差は、Re(550)が100nm〜180nmであり、Re(450)<Re(550)の関係を満たし」という要件を満たす。

2 本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点
(1) 一致点
本件発明1と引用発明1とは、以下の点で一致する。
「円偏光板を備える、有機ELパネルであって、
該円偏光板が、偏光子と、該偏光子に直接接着された位相差層とを備え、
前記位相差層の面内位相差は、Re(550)が100nm〜180nmであり、Re(450)<Re(550)の関係を満たす、
有機ELパネル:
ここで、Re(450)およびRe(550)は、それぞれ、23℃における波長450nmおよび550nmで測定した面内位相差を表す。」

(2) 相違点
本件発明1と引用発明1とは、以下の点で相違もしくは一応相違する。
(相違点1−1)
「有機ELパネル」が、本件発明1は「湾曲した」ものであるのに対し、引用発明1は「屈曲した状態」のものである点。
また、それに伴い、本件発明1が、偏光子の吸収軸は、前記有機ELパネルの「湾曲方向」とのなす角度が75°〜105 °となるように調整されているのに対し、引用発明1は、偏光子の吸収軸を前記有機EL表示装置の「屈曲方向」に対して直交するように設定している点。

(相違点1−2)
本件発明1の「有機ELパネル」が、「長方形状であり、長辺の長さが1200mm〜1470mmである」のに対し、引用発明1の「有機EL表示装置」が、「長方形状であり、長辺の長さが1200mm〜1470mmである」ことが特定されていない点。

3 引用発明1に基づく判断
(1) 上記相違点1−1について検討する。
引用文献1には、「近年、有機ELパネルのフレキシブル化・屈曲可能化に対する要望が強まっている。さらに、単なるフレキシブル化・屈曲可能化ではなく、非常に小さい曲率半径での屈曲可能化の実現が要望されるようになっている。しかし、有機ELパネルを非常に小さい曲率半径で屈曲させると、円偏光板の位相差フィルムに大きな力(一部には引張力、一部には圧縮力)がかかり、その部分の位相差が変化してしまう。その結果、屈曲部分での円偏光板の反射防止機能が低下し、屈曲部分だけ色が変化してしまい、このことが大きな問題となっている」(【0003】)と記載されている。
そして、引用発明1は上記問題に対して、「非常に小さい曲率半径で屈曲した状態の表示装置において、上記のような優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制したことが、本発明の成果のうちの1つである」(【0013】)ことが記載されている。
以上の記載を鑑みると、引用発明1は、「非常に小さい曲率半径で屈曲した状態の表示装置」のみならず、曲率半径が比較的大きい、湾曲した状態と表現し得る表示装置をも対象とした発明であると理解するのが自然な解釈といえる。

さらにいえば、引用文献1には、有機EL表示装置が用いられる表示装置として、「デジタルサイネージやウィンドウディスプレイなどの表示装置」(【0002】)が例示されているところ、本件出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2015−157392号公報(以下「文献1」という。)を参照すると、「デジタル・サイネージ等」の「大型ディスプレイ」として、「画面の対角線の長さが20インチ以上、50インチ、100インチ以上」(【0003】)であり、「直径φ1〜2m等の柱の周りに、後付加工で取り付けられる曲面状の大型の各種デジタル・サイネージ等に利用」(【0094】)される「有機EL」(【0096】)に対する市場ニーズが本件出願当時に存在していたことが理解できる。
そうすると、引用発明が想定する「フレキシブル化・屈曲可能化」に、画面の対角線が100インチ以上の大型ディスプイレイであって、φ1〜2mの曲率半径の曲面を有する状態(「湾曲した状態」と表現し得る状態)が含まれていることは、上記市場ニーズを熟知した当業者であれば当然に認識し得ることである。
したがって、相違点1−1は実質的な相違点ではない。

また、仮に相違点であったとしても次のとおりである。
曲率半径が比較的大きい、湾曲した状態の表示装置においても、色変化を軽減すべきことは当然の課題といえる。したがって、「非常に小さい曲率半径で屈曲した状態の表示装置」において、「優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制」できる引用発明1を、φ1〜2mの曲率半径を有する(「湾曲した」状態と表現し得る)デジタルサイネージ等の大型ディスプレイに適したものに設計することは、当業者が容易に想到することができたといえる。
したがって、上記相違点1−1に係る本件発明1の「湾曲した」状態とすることは当業者が容易に想到し得たことである。そして、そのように設計を経た引用発明1は、本件発明1の相違点1−1に係る「偏光子の吸収軸は、前記有機ELパネルの湾曲方向とのなす角度が75°〜105 °となるように調整されており」との構成を満たすこととなる。

(2)上記相違点1−2について検討する。
上記(1)で検討したとおり、引用文献5の記載を参照すると、引用文献1が例示する「デジタルサイネージ」等の大型ディスプレイとして、「長方形状であり、長辺の長さが1200mm〜1470mmである」ものは格別なものではなく、通常想定される程度のものである。
したがって、上記相違点1−2に係る事項は、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易になし得たものである。

(3)本件発明1の効果について
引用発明1の「有機EL表示装置」は、有機ELパネルのフレキシブル化・屈曲可能化に対する要望が強まる中、単なるフレキシブル化・屈曲可能化ではなく、要望される曲面形状の中でも、特に(曲げの)条件が厳しい「非常に小さい曲率半径で屈曲した表示装置において」、「優れた反射色相を維持しつつ、屈曲による色変化を抑制」するという効果が得られるものであること(例えば、引用文献1の【0003】及び【0013】等参照。)に鑑みれば、本件発明1の効果(円偏光板の光学特性(反射色相等)の変化の抑制効果)は、引用発明1から容易に想到し得る構成から、当業者が予測し得る範囲のものであって、その効果の程度も格別顕著なものとはいえない。

(4)請求人の主張について
請求人は、令和4年1月31日付けの意見書「(4)請求項1の発明と引用文献に記載の発明との対比」において、「本願発明においては、湾曲した(すなわち、Bendedな)有機ELパネルが提供されます。当該湾曲した有機ELパネルにおいては、繰り返し高温環境下に晒されることにより、経時的かつ不可逆的に円偏光板の反りが進行し、この反りに伴って円偏光板の光学特性が変化し、その結果、有機ELパネルの反射色相が変化する等の不具合が生じるという問題点があります([0011])。一方、引用文献1は、湾曲した有機ELパネルを開示しません。引用文献1は、屈曲可能な表示装置を開示するのみです(引用文献1の請求項1)。当該屈曲可能な表示装置とは、すなわちFoldableの表示装置です([0013]および図2)。さらに、引用文献1に係る屈曲可能な表示装置においては、本願発明のような、湾曲した有機ELパネルに特有の課題が生じ得ません。したがって、引用文献1は主引例として不適格であり、引用文献1から本願発明には到達し得ません。」と主張する。

しかしながら、上記「3(1)」において説示したとおり、引用発明1は、「非常に小さい曲率半径で屈曲した状態の表示装置」のみならず、曲率半径が比較的大きい、湾曲した状態と表現し得る表示装置をも対象とした発明であると理解するのが自然な解釈といえる。
また、引用文献1は、表示装置に種々の曲面形状が要望される中で、「単なるフレキシブル化・屈曲可能化ではなく」(【0002】)特に条件の厳しい「非常に小さい曲率半径での屈曲した状態の表示装置」(【0013】)について記載したものであるから、引用発明1が、比較的曲率半径の大きい曲面形状(「湾曲した状態」と表現し得る状態)の表示装置を想定したものであることは当然理解できることである。
以上、引用発明1の「屈曲した状態」という用語の解釈及び引用発明1が奏する効果、いずれの観点からみても、引用文献1が主引例として不適格であるということはできない。
したがって、上記主張は採用の限りではない。


第6 引用文献3を主引用文献とした対比及び判断
1 本件発明1と引用発明3との対比
(1)円偏光板を備える、湾曲した有機ELパネル
引用発明3の「有機EL表示装置」は、有機EL表示パネルの画面上に円偏光板を備えており、湾曲して使用する有機EL表示装置である。
そうすると、引用発明3の「有機EL表示装置」は、「円偏光板を備える」「湾曲した」パネル状の有機EL表示装置であるから、本件発明1の「円偏光板を備える、湾曲した有機ELパネル」であるという要件を満たす。

(2)円偏光板の構成
引用発明3の「円偏光板」は、「位相差板」と「偏光板」とから構成されるものである。そして、引用文献3の「位相差板」及び「偏光板」が、それぞれ本件発明1の「位相差層」及び「偏光子」に相当することは明らかである。
そうすると、引用発明3は、本件発明1の円偏光板が、「偏光子」と「位相差層」とを備えるという要件を満たす。

(3)吸収軸方向
引用発明3は、「偏光板の吸収軸の方向は、前記湾曲方向と直角な方向と一致している」ものであるから、その構成からみて、本件発明1の「偏光子の吸収軸は、前記有機ELパネルの湾曲方向とのなす角度が75°〜105 °となるように調整されており」という要件を満たす。

2 本件発明1と引用発明3の一致点及び相違点
(1)一致点
本件発明1と引用発明3とは、以下の点で一致する。
「円偏光板を備える、湾曲した有機ELパネルであって、
該円偏光板が、偏光子と、位相差層とを備え、
前記偏光子の吸収軸は、前記有機ELパネルの湾曲方向とのなす角度が75°〜105 °となるように調整されている、有機ELパネル。」

(2)相違点
本件発明1と引用発明3とは、以下の点で相違する。
(相違点1−3)
本件発明1が、位相差層が偏光子に「直接接着」されているのに対し、引用発明3はその点が明らかでない点。

(相違点1−4)
本件発明1の面内位相差が、「Re(450)およびRe(550)は、それぞれ、23℃における波長450nmおよび550nmで測定した面内位相差を表」しており、「位相差層の面内位相差は、Re(550)が100nm〜180nmであり、Re(450)<Re(550)の関係」を満たすのに対し、引用発明3の「位相差板」は、測定条件を含めて、Re(450)及びRe(550)の値及びそれらの大小関係が明らかでない点。

(相違点1−5)
本件発明1の「有機ELパネル」が、「長方形状であり、長辺の長さが1200mm〜1470mmである」形状を有するのに対し、引用発明3の「有機EL表示装置」は、その形状が特定されていない点。

3 引用発明3に基づく判断
(1)上記相違点1−3及び相違点1−4について検討する。
事案に鑑み、相違点1−3及び相違点1−4をまとめて検討する。
引用文献4には、延伸工程ではなく紫外線照射による配向を利用して位相差フィルムを作製し、「このように作製したフィルムと光吸収軸が長尺方向である粘着剤付きの偏光フィルムとをラミネーターで貼合」(【0007】)して円偏光板を構成すること、「作製した円偏光板の光学特性測定結果は、波長450nmにおける位相差は109.5nmで振幅比の角度は46.3°、波長550nmにおける位相差は137.8nmで振幅比の角度は45.5°」(【0007】)であることが記載されている。また、上記記載から、「フィルム」と「偏光フィルム」とは保護フィルム等を介さずに粘着剤によって直接「貼合」されていると解するのが自然である。
また、引用文献5には、「円偏光板300は、偏光子310と、偏光子310の片側に配置された第1の保護フィルム320と、偏光子310のもう片側に配置された第2の保護フィルム330と、第2の保護フィルム330の外側に配置された位相差フィルム340と、を有する。位相差フィルム340は、上記の本発明の製造方法により得られた位相差フィルムである。第2の保護フィルム330は省略されてもよい。」(【0043】)こと、「位相差フィルムの面内位相差Re(550)は、好ましくは100nm〜180nm、より好ましくは135nm〜155nmである。・・・略・・・Re(λ)は、23℃における波長λnmの光で測定したフィルムの面内位相差である。したがって、Re(550)は、23℃における波長550nmの光で測定したフィルムの面内位相差である。」(【0039】)こと、「位相差フィルムは、好ましくは、いわゆる逆分散の波長依存性を示す。具体的には、その面内位相差は、Re(450)<Re(550)<Re(650)の関係を満たす。」(【0041】)こと等が記載されている。

以上の引用文献4及び引用文献5の記載を参照すると、延伸せずに形成された位相差フィルムを用いて円偏光板を構成するに際して、保護フィルムを介することなく、偏光子と位相差フィルムを直接貼り合わせる(直接接着する)ことで相違点1−3に係る構成とすること、面内位相差の測定条件を相違点1−6に係る構成とすること、当該測定条件におけるRe(550)の値及びRe(450)とRe(550)との関係を相違点1−4に係る構成とすることは、当業者であれば適宜なし得たことである。

(3)上記相違点1−5について検討する。
引用文献3には、表示装置を設置する場所として「曲面を有した設置場所としては、例えば、円柱、電車、バス等の壁面等」(【0003】)が例示されているところ、相違点1−5に係る構成の形状や大きさとすることは当業者にとって容易に想到し得たものといえる。

(4)本件発明1の効果について
引用文献3には、引用発明3が奏する効果として「偏光板が圧縮応力を受けるように湾曲している場合は偏光板の吸収軸の方向を画面が直角方向に湾曲している方向と直角な方向に一致させる」ことによって、「偏光板の光学特性の変化を防止」すること(【0012】)が記載されている。
ここで、当業者であれば、「偏光板の光学特性の変化」が、偏光板を湾曲した状態で用いることによる反りや歪みによって生じるものであることは技術常識である。
そうすると、本件発明1の効果(円偏光板の光学特性(反射色相等)の変化の抑制効果)は、引用発明3から容易に想到し得る構成から、当業者が予測し得る範囲のものであって、その効果の程度も格別顕著なものとはいえない。

(5)請求人の主張について
請求人は、令和4年1月31日付けの意見書「(4)請求項1の発明と引用文献に記載の発明との対比」において、「引用文献3は、本願発明に係る大型の有機ELパネルを開示しません。引用文献3は、表示装置の用途として、携帯電話の表示パネルやスロットマシーン遊技機等を挙げるのみであり(図10および図15)、すなわち、小型の表示装置を開示するのみです。さらに、本願発明に係る有機ELパネルと、引用文献3に係る表示装置とは、その用途が異なることは明らかです。さらに、有機ELパネルの反りの進行は、本願発明が開示するような大型ディスプレイ特有の課題であり、引用文献3が開示するような小型ディスプレイでは生じにくい課題です。」と主張する。

しかしながら、引用発明3を大型ディスプレイに適用することは上記(3)で説示したとおりである。また、上記主張の「大型ディスプレイ特有の課題」であることは、本件出願の明細書には記載されていないし、効果が検証されている本件出願の実施例は250mm×150mmであり、本件発明1に係るような「大型ディスプレイ」についての効果の検証は記載されていない。
以上のことから、上記主張は採用の限りではない。


第7 むすび
以上のとおり、本件発明1は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
また、本件発明1は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された引用文献3に記載された発明及び引用文献4の記載並びに引用文献5の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-04-26 
結審通知日 2022-05-10 
審決日 2022-05-25 
出願番号 P2017-096409
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 関根 洋之
小濱 健太
発明の名称 円偏光板および有機ELパネル  
代理人 籾井 孝文  

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