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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01V
審判 全部申し立て 2項進歩性  G01V
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G01V
管理番号 1387484
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-09 
確定日 2022-05-12 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6833096号発明「磁気探査装置、磁気探査方法、および磁気探査プログラム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6833096号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−2〕、3、4について訂正することを認める。 特許第6833096号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6833096号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、令和2年10月8日に出願され、令和3年2月4日にその特許権の設定登録がされ、同月24日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和3年 7月 9日 :特許異議申立人 中石 幸明(以下「申立人」
という。)による請求項1ないし4に係る特許
に対する特許異議の申立て
同年10月18日付け:取消理由通知
同年12月16日 :特許権者による意見書の提出及び訂正の請求
令和4年 2月 8日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
(1)特許権者が令和3年12月16日にした訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正(以下「本件訂正」という。)は、請求項1ないし4について訂正することを求めるものであり、その具体的内容は、以下の訂正事項1ないし14のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す(訂正事項に係る記載において以下同様。)。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に「前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定の周期でデジタル値に変換する変換部、」と記載されているのを、「前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換部、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する)。

(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項1に「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、」と記載されているのを、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する)。

(訂正事項3)
特許請求の範囲の請求項1に「前記変換部で変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、」と記載されているのを、「前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する)。

(訂正事項4)
特許請求の範囲の請求項1に「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去する」と記載されているのを、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去する」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する)。

(訂正事項5)
特許請求の範囲の請求項2に「前記ノイズ範囲は、所定の閾値未満の周波数帯に相当する第1範囲と、前記閾値以上の周波数帯に相当する第2範囲とを含み、」と記載されているのを、「前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み、」に訂正する。

(訂正事項6)
特許請求の範囲の請求項2に「前記ノイズ除去部は、連続する2つの前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」と記載されているのを、「前記ノイズ除去部は、前記減衰値を設定する際に、前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記減衰値を大きく設定する」に訂正する。

(訂正事項7)
特許請求の範囲の請求項3に「増幅された前記アナログ信号を所定の周期でデジタル値に変換し、」と記載されているのを、「増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換し、」に訂正する。

(訂正事項8)
特許請求の範囲の請求項3に「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、」と記載されているのを、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、」に訂正する。

(訂正事項9)
特許請求の範囲の請求項3に「変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、」と記載されているのを、「変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、」に訂正する。

(訂正事項10)
特許請求の範囲の請求項3に「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去し、」と記載されているのを、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去し、」に訂正する。

(訂正事項11)
特許請求の範囲の請求項4に「前記増幅手段で増幅された前記アナログ信号を所定の周期でデジタル値に変換する変換部、」と記載されているのを、「前記増幅手段で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換手段、」に訂正する。

(訂正事項12)
特許請求の範囲の請求項4に「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、」と記載されているのを、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、」に訂正する。

(訂正事項13)
特許請求の範囲の請求項4に「前記変換手段で変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、」と記載されているのを、「前記変換手段で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換手段で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、」に訂正する。

(訂正事項14)
特許請求の範囲の請求項4に「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去する」と記載されているのを、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去する」に訂正する。

(2)訂正の単位について
訂正前の請求項1及び2について、請求項2は請求項1を直接的に引用しているものであって、請求項2は、訂正事項1ないし4によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正事項1ないし6は、訂正前に引用関係を有する請求項1及び2に対して請求されたものである。
よって、訂正事項1ないし6は、一群の請求項〔1−2〕に対して請求されている。
また、訂正事項7ないし10は、請求項3に対して、訂正事項11ないし14は、請求項4に対して、それぞれ請求されている。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)請求項〔1−2〕に係る訂正について
ア 訂正事項1ないし4について
(ア)訂正の目的の適否
a 訂正事項1は、アナログ信号をデジタル値に変換する所定の「周期」について、「サンプリング周期」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

b 訂正事項2は、「歩行ノイズ」について、「磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れ」を「磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れ」に限定するとともに、「歩行ノイズ」を当該「揺れの周波数における前記アナログ信号の変化」に特定して限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

c 訂正事項3は、本件訂正前は「前記変換手段で変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲」として特定される「ノイズ範囲」を、「前記歩行ノイズの周波数帯に相当する」ものとして「前記変換手段で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換手段で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲」と具体的に特定して限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

d 訂正事項4は、ノイズ除去部について、本件訂正前は「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去する」と特定されているのを、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去する」と具体的に特定して限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無
a 訂正事項1は、明細書段落【0026】の「A/D変換部33は、信号増幅部32によって増幅された入力信号を所定の周期(サンプリング周期)でデジタル信号(デジタル値)へと変換するA/D変換処理を行う。」との記載に基づくものであるから、本件特許についての出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項1は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

b 明細書段落【0041】の「このような磁気探査方法(水平磁気探査方法)では、磁気センサ2が移動されるとき、磁気センサ2の移動が一定でなく、磁気センサ2の移動にばらつき(移動ノイズ)が生じることがある。たとえば、移動ノイズには、地面の傾斜、凹凸または泥濘の影響、各探査員の歩行リズムの違い等の影響による歩行ノイズ等が含まれる。」との記載から、磁気センサの出力には、各探査員の歩行リズムの違い等の影響による歩行ノイズが含まれていることが理解できる。
明細書段落【0045】の「『ピッチ(ピッチング)』とは、左右方向を軸とした回転のことであり、磁気センサ2の両端部の上下の揺れのことをいう。」、同【0046】の「『ピッチ』の加速度は、1Hz付近に集中していることがわかる。これらのことから、『ピッチ』の動き(磁気センサ2の前後の上下方向の動き)が誘導起電力に与える影響が大きく、磁性物体の検出漏れまたは誤検出の原因となる。」、及び同【0047】の「『ピッチ』の動きを移動ノイズ(歩行ノイズ)とすると、少なくとも1Hzを含む周波数帯(0.5Hz〜1.5Hz、好ましくは0.8Hz〜1.1Hz)に相当する範囲(ノイズ範囲)を減衰ないし除去することによって、移動ノイズの影響を抑制ないし防止できると考えられる。」との記載から、歩行時の磁気センサの両端部の上下の揺れの周波数と同じ周波数で変動する磁気センサの出力は、歩行ノイズに相当するものであることが理解できる。
そうすると、訂正事項2は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項2は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

c 明細書段落【0047】の「移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める。」との記載から、A/D変換部によって変換されたデジタル値の、1つ前のデジタル値に対する変化量は、信号の変化が移動ノイズによるものか否かの指標となることが理解できる。
そして、上記bで述べたように、明細書段落【0045】ないし【0047】の記載から、歩行時の磁気センサの両端部の上下の揺れの周波数と同じ周波数で変動する磁気センサの出力は、歩行ノイズに相当するものであることが理解できる。
以上のことから、歩行時の磁気センサの出力を所定のサンプリング周期でデジタル値化した場合、磁気センサの両端部の上下の揺れの周波数と同じ周波数で変動するデジタル値の、連続する2つのデジタル値間の変化量は、磁気センサの出力変化が歩行ノイズによる変化であるのかを判定する指標となることが理解できるから、当該連続する2つのデジタル値間の変化量の範囲が、歩行ノイズを含むか否かの判定指標となることが理解できる。
そうすると、訂正事項3は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項3は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

d 訂正事項4は、明細書段落【0048】の「ノイズ除去部34におけるノイズ除去処理では、まず、A/D変換部33によって入力信号が所定周期で(所定時間毎に)デジタル値へと変換されると、連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)がノイズ範囲に含まれるかどうかが判断される(判断ステップ)。」、同【0049】の「デジタル値の変化量がノイズ範囲に含まれる場合には、変化量に応じた減衰値(減衰量)が設定される(設定ステップ)。たとえば、デジタル値の変化量の所定割合(30%〜80%)に相当する値が減衰値として設定される。」、及び同【0051】の「設定された減衰値の分、後のデジタル値が減衰され(減衰ステップ)、減衰後のデジタル値に応じた出力信号が出力される。」との記載に基づくものであるから、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項4は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

(ウ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1ないし4は、上記(ア)で示したように、特許請求の範囲を減縮するものであって特許請求の範囲を拡張するものではなく、当該訂正により訂正前の請求項1に係る発明のカテゴリー、対象及び目的を変更するものでもない。
したがって、訂正事項1ないし4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

イ 訂正事項5及び6について
(ア)訂正の目的の適否
a 訂正事項5は、前記ノイズ範囲の「所定の閾値未満の周波数帯に相当する第1範囲」及び「前記閾値以上の周波数帯に相当する第2範囲」について、それぞれ「前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲」及び「前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲」と具体的に特定して限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

b 訂正事項6のうち、「連続する2つの前記デジタル値の変化量」及び「前記変化量」をそれぞれ「前記デジタル値の変化量」及び「前記デジタル値の変化量」とする訂正は、訂正事項3により引用する請求項1において「連続する2つのデジタル値の変化」との特定がされたことに伴い、重複する記載を削除して記載を簡潔なものにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

c 訂正事項6のうち、前記ノイズ除去部について、「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」を「前記減衰値を設定する際に、」「前記減衰値を大きく設定する」とする訂正は、訂正事項3により、引用する請求項1においてノイズ除去部について「減衰値を設定し」「前記減衰値の分の値を減衰させる」との特定がされたことに伴い、請求項1のノイズ除去部に係る記載と平仄を合わせるとともに、減衰のさせ方を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮、及び同項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(イ)新規事項の有無
a 上記ア(イ)cで述べたとおり、明細書段落【0045】ないし【0047】の記載から、歩行時の磁気センサの出力を所定のサンプリング周期でデジタル値化した場合、磁気センサの両端部の上下の揺れの周波数と同じ周波数で変動するデジタル値の、連続する2つのデジタル値間の変化量は、磁気センサの出力変化が歩行ノイズによる変化であるのかを判定する指標となることが理解できるから、当該連続する2つのデジタル値間の変化量の範囲が、歩行ノイズを含むか否かの判定指標となることが理解できる。
そうすると、訂正事項5は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項5は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

b 訂正事項6は、
明細書段落【0050】の「ノイズ範囲が0.8Hz〜1.1Hzに相当する範囲である場合、0.9Hzを閾値として、0.8Hz以上0.9Hz未満を第1範囲とし、0.9Hz以上1.1Hz以下を第2範囲とする。この場合、デジタル値の変化量が第1範囲(閾値よりも低周波数帯に相当する範囲)に含まれる場合には、デジタル値の変化量が第2範囲(閾値よりも高周波数帯に相当する範囲)に含まれる場合よりも減衰値を大きく設定する。」との記載に基づくものであるから、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項6は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。

(ウ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項5及び6は、上記(ア)で示したように、明瞭でない記載を明瞭にするとともに、特許請求の範囲を減縮するものであって特許請求の範囲を拡張するものではなく、当該訂正により訂正前の請求項2に係る発明のカテゴリー、対象及び目的を変更するものでもない。
したがって、訂正事項5及び6は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

ウ 訂正事項7ないし10について
請求項3に係る磁気探査方法の発明は、請求項1に係る磁気探査装置の発明をカテゴリー変更した発明に相当するものであるところ、訂正事項7ないし10は、請求項3について、請求項1に係る訂正事項1ないし4と同様の訂正をしようとするものである。
そうすると、上記アで検討した訂正事項1ないし4と同じ理由により、訂正事項7ないし10は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、同条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

エ 訂正事項11ないし14について
請求項4に係る磁気探査プログラムの発明は、請求項1に係る磁気探査装置の発明をカテゴリー変更した発明に相当するものであるところ、訂正事項11ないし14は、請求項4について、請求項1に係る訂正事項1ないし4と同様の訂正をしようとするものである。
そうすると、上記アで検討した訂正事項1ないし4と同じ理由により、訂正事項11ないし14は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、同条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

3 独立特許要件
本件においては、訂正前の全ての請求項1ないし4について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1ないし14に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項に規定される独立特許要件は課されない。

4 訂正の適否についてのまとめ
上記のとおり、訂正事項1ないし14に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−2〕、3、4について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記のとおり本件訂正が認められるから、本件訂正後の請求項1ないし4に係る発明(以下それぞれ請求項の番号に対応して「本件発明1」などという。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

(本件発明1)
【請求項1】
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサ、
前記磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅部、
前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換部、
前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部、および
前記ノイズ除去部で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信部を備える
磁気探査装置。

(本件発明2)
【請求項2】
前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み、
前記ノイズ除去部は、前記減衰値を設定する際に、前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記減衰値を大きく設定する
請求項1記載の磁気探査装置。

(本件発明3)
【請求項3】
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅し、
増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換し、前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去し、
前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する磁気探査方法。

(本件発明4)
【請求項4】
コンピュータを、
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅手段、
前記増幅手段で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換手段、
前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換手段で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換手段で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去手段、および
前記ノイズ除去手段で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信手段として機能させる
磁気探査プログラム。

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし4に係る特許に対して、当審が令和3年10月18日付け取消理由通知で特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

(1)(明確性)本件特許に係る出願の特許請求の範囲の記載は下記の点で不備であるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

ア 「前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲」が意味する技術的事項が不明であり、当該範囲により定義される「ノイズ範囲」の技術的意味も不明である。(請求項1ないし4)

イ 「ノイズ範囲」は、「前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲」と定義されているが、「前記ノイズ範囲を減衰させる」とは、いかなる技術的事項を意味するのかが不明である。(請求項1ないし4)

ウ 「連続する2つの前記デジタル値の変化量」が、周波数帯の範囲である「前記第1範囲」又は「前記第2範囲」「に含まれる場合」とは、いかなる技術的事項を意味するのかが不明である。(請求項2)

エ 「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」は、いかなる技術的事項を意味するのかが不明である。(請求項2)

(2)(実施可能要件)本件特許に係る出願の発明の詳細な説明の記載は下記の点で不備であるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

ア 発明の詳細な説明の「移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める」(【0047】)、「連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)がノイズ範囲に含まれるかどうかが判断される」(【0048】)、及び「連続する2つのデジタル値の変化量が移動ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲に含まれるかどうかが判断され」(【0056】)との記載によると、「連続する2つのデジタル値の変化量」からデジタル値の周波数を把握することができ、当該周波数がノイズ範囲の周波数帯に含まれる場合には、当該デジタル値を減衰させることにより、歩行ノイズを除去することが記載されていると解される。
しかしながら、なぜ「連続する2つのデジタル値の変化量」からデジタル値の周波数を把握することができるのか、技術常識を考慮しても理解することができない。
そのため、「連続する2つのデジタル値の変化量」からデジタル値の周波数を把握する手法が不明であり、「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させる」手法が不明である。
イ したがって、請求項1ないし4に係る「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去」することについて、発明の詳細な説明は、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

2 当審の判断
(1)特許法第36条第6項第2号について
ア 請求項1及び2において、訂正事項2により歩行ノイズについて「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし」と訂正され、訂正事項3によりノイズ範囲について「前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし」と訂正された。
また、請求項3及び4においても、それぞれ訂正事項8及び9並びに訂正事項12及び13により請求項1及び2と同様の訂正がされた。
これらの訂正により、ノイズ範囲の定義及び技術的意味は明確となった。

イ 請求項1及び2において、訂正事項4により、「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させる」との記載は、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させる」と訂正された。
また、請求項3及び4においても、それぞれ訂正事項10及び訂正事項14により請求項1及び2と同様の訂正がされた。
これらの訂正により、「前記ノイズ範囲を減衰させる」に係る明確性の不備は解消した。

ウ 訂正事項5により、第1範囲及び第2範囲について「前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み」と訂正されたことにより、「デジタル値の変化量」と「第1範囲」及び「第2範囲」との関係は明確になった。

エ 訂正事項6により、「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」との記載は、「前記減衰値を大きく設定する」と訂正されたことにより、「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」に係る明確性の不備は解消した。

オ 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した特許法第36条第6項第2号に係る取消理由は解消した。

(2)特許法第36条第4項第1号について
ア 請求項1ないし4において、ノイズ範囲について、訂正事項3、9及び13により「前記変換手段で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換手段で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし」と訂正された。
イ また、請求項1ないし4において、訂正事項4、10及び14により、「前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去」との記載は、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去」と訂正された。

ウ 本件訂正後の本件発明1ないし4では、ノイズ範囲が周波数帯そのものではなく、連続する2つのデジタル値の変化量の範囲として定められる旨の特定がされたため、「連続する2つのデジタル値の変化量」からデジタル値の周波数を把握する必要がないものであることが明らかとなった。

エ したがって、取消理由通知に記載した特許法第36条第4項第1号に係る取消理由は解消した。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 特許異議申立理由1(特許法第29条第2項)について
(1)申立人は、甲第1号証ないし甲第8号証を提出し、請求項1、3及び4に係る発明は、本件特許に係る出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、請求項1、3及び4に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。

甲第1号証:「埋没鉄類の磁気探査の重合測定によるS/N比の向上について」、物理探査学会第78回学術講演会講演論文集、1988年、p.340−345(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開2011−133308号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特開2004−138513号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特開2019−195633号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特開2020−38196号公報(以下「甲5」という。)
甲第6号証:特開2007−64751号公報(以下「甲6」という。)
甲第7号証:特開2016−130711号公報(以下「甲7」という。)
甲第8号証:登録実用新案第3141717号公報(以下「甲8」という。)

(2)甲号証の記載
ア 甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
(ア)甲1には以下の記載がある(下線は当審で付加した。甲号証の記載において以下同様。)。
(甲1−ア)「概要
埋没鉄類の磁気探査において、センサー移動の際に生じる探査現場付近の雑鉄類の影響による振動ノイズを減少させる方法を開発し、その実験を行った。測定は両コイル型磁気傾度計を用い、同1条件の下で5回繰り返し行ない、センサーと磁性体との距離を変えて何通りか行った。測定記録はペンレコダーで記録紙に記録すると共に、データロガーのマイクロフロッピーディスクに収録した。
ディスクに収録されたデータをマイクロコンピューターに転送し、ノイズ除去、波形整形などの処理を行った後重合し、X−Yプロッターに出力した。生データと処理後のデータの比較の結果、センサーの移動速度が一定でないために生じる記録波形の歪が改善され、更に重合効果によって歩行ノイズ等の振動ノイズが大幅に減少していることが確認された。」(340頁中央の「概要」の項)

(甲1−イ)「現在、地没鉄類の磁気探査の方法として、陸上においては水平探査とボーリング孔による鉛直探査が実施されているが、センサー移動の際に生じる探査現場付近の雑鉄類の影響による振動ノイズのため、探査の有効距離が制限される。この問題を解決するため、測定記録重合方式によりノイズを減少させる方法を開発した。」(340頁左下欄2〜8行)

(甲1−ウ)「測定の方法は、通常の水平探査と同様に両コイル型磁気傾度計(DTM−1)を人力で水平に保持し、地上約0.5mの高度を保って測線を移動させた。測定は同1条件下で、5回繰り返し行った。
測定信号は、アンプを通してペンレコーダで記録紙に記録され、同時に、データロガー(LAX−55)に人力され、A/D変換後3.5インチフロッピーディスクに記憶される。」(341頁左欄1〜8行)

(甲1−エ)「LAX−55によリA/D変換され、3.5インチフロッピーディスクに記録された信号を図−3に示すシステムで処理した。」(341頁左欄16〜18行)

(甲1−オ)「記録されているデータはA/D変換のサンプリング間隔をベースにした、いわば時間等間隔のデータであるが、重合を行う場合、同じ測定位置のデータ同志を足し合わせなければならないので、1m毎のマークをベースに距離等間隔のデータに変換する必要がある。」(342頁左欄2〜7行)

(甲1−カ)341頁の図−2 現場計測見取図




(甲1−キ)341頁の図−3 記録処理システム




(イ)甲1に記載された発明
a 上記(甲1−ウ)の「両コイル型磁気傾度計」は上記(甲1−ア)の「センサー」の具体例であるから、以下「両コイル型磁気傾度計」に記載を統一することとする。

b 上記aを踏まえると、上記(甲1−ア)ないし(甲1−キ)の記載から、甲1には、
「 人力で水平に保持し、地上約0.5mの高度を保って測線を移動させ、通常の水平探査を行うための両コイル型磁気傾度計、
アンプを通して測定信号を記録紙に記録するペンレコーダ、
アンプを通して測定信号を時間等間隔のサンプリング間隔でA/D変換後3.5インチフロッピーディスクに記憶させるデータロガー、
及び、
3.5インチフロッピーディスクに記憶された、同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を、ノイズ除去、波形整形などの処理を行った後重合処理する記録処理システム
を備え、
両コイル型磁気傾度計の移動速度が一定でないために生じる記録波形の歪が改善され、更に重合効果によって歩行ノイズ等の振動ノイズが大幅に減少する、
磁気探査装置。」
の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。

イ 甲2の記載事項及び甲2に記載された技術事項
(ア)甲2には以下の記載がある。
(甲2−ア)「【0001】
本発明は地中に埋没する廃棄爆弾などの磁性物体を判別し、その位置を探索する磁気センサーを用いた磁気探査に関し、特に強磁性体の近傍の探査を可能とする磁気探査システム及び磁気探査の判定方法に関する。」

(甲2−イ)「【0010】
地中の廃棄爆弾の探査の場合には、水平探査方法が広く行われている。これは、図1に示すように、細長い棒状の磁気センサ1を二人でつり下げて支持し、1m間隔の探査測線図を基に、探査前に現地にて区域を設定した後、1m間隔の探査測線となる測線ロープ2を10m単位で設置し、各測線に沿って人力により磁気センサ1をつり下げて移動する方法により探査する。磁気センサ1の移動により、磁気センサ1内のコイルに起電し、その信号がケーブル3で接続された磁気探知装置4により受信し、記録装置5により出力され、記録紙に記録される。
・・・
【0015】
強磁性体の磁界の強さは、出力される波形に大きく影響するものであり、その影響の中での廃棄爆弾の波形の変化を読み取らなければならないため、相当な知識と経験を必要とするものである。
【0016】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、水平探査による磁気センサーを用いて、強磁性体の近傍でも廃棄爆弾等の弱磁性体の探査が可能となる磁気探査システム及び磁気探査の判定方法を提供するものである。」

(甲2−ウ)「【0017】
本発明は諸課題を解決するために、請求項1では、磁気センサーと、該磁気センサーからの出力信号を受信し、解析し、記憶する磁気探知装置と、該磁気探知装置に接続される記録装置とからなる磁気探査システムにおいて、磁気探知装置に、磁気センサーにより探知された磁気信号に対して、磁気センサーから近い範囲の磁気信号のみを抽出するための近範囲磁気信号抽出手段が設けられていることを特徴とする磁気探査システムとするものである。
【0018】
該磁気センサーは、磁気探査に用いられる磁気センサーであればいずれでも良く、両コイル型磁気斜度計などが好ましい。
【0019】
該磁気探知装置は、市販されている磁気探知装置であればいずれでも良く、例えば、沖縄県不発弾探査事業協同組合の認定する磁気探知装置等でも良い。
【0020】
該記録装置は、磁気探知装置からの出力信号をプリントできるものであればいずれでも良く、(株)パントス社の記録装置などでも良い。
【0021】
該近範囲磁気信号抽出手段は、磁気センサーにより検知された磁気信号の中の近い範囲(1m程度以内)の磁気信号のみとすることができるものであればいずれでも良く、近い範囲の信号のみを分離、抽出できる手段、あるいは遠い範囲の信号を除去する手段などいずれでも良い。
【0022】
請求項2では、前記の近範囲磁気信号抽出手段は、探知された磁気信号の中で、低い周波数帯域をカットするためのローカットフィルタ回路が設けられていることを特徴とする磁気探査システムとするものである。
【0023】
該低い周波数帯域とは、検出下限界〜0.6ヘルツ程度であり、概ね0.3〜0.6ヘルツ程度である。
【0024】
該ローカットフィルタ回路は、低い周波数帯域をカットできる回路であればいずれでも良く、音響関連装置に使用されているローカットフィルター回路を使用しても良い。
【0025】
請求項3では、前記の磁気探知装置に、磁気センサーにより探知された磁気信号において、磁気センサーから遠い範囲の磁気信号のみを抽出するための遠範囲磁気信号抽出手段が設けられていることを特徴とする磁気探査システムとするものである。
【0026】
該遠範囲磁気信号抽出手段は、磁気センサーにより検知された磁気信号の中の遠い範囲(1m程度以上)の磁気信号のみとすることができるものであればいずれでも良く、遠い範囲の信号のみを分離、抽出できる手段、あるいは近い範囲の信号を除去する手段などいずれでも良い。
【0027】
請求項4では、前記の遠範囲磁気信号抽出手段は、探知された磁気信号の中で、高い周波数帯域をカットするためのハイカットフィルタ回路が設けられていることを特徴とする磁気探査システムとするものである。
【0028】
該高い周波数帯域とは、0.7ヘルツ〜検出上限界までであり、概ね0.7〜2.0ヘルツ程度である。
【0029】
該ハイカットフィルタ回路は、高い周波数帯域をカットできる回路であればいずれでも良く、音響関連装置に使用されているハイカットフィルター回路を使用しても良い。」

(甲2−エ)「【0043】
しかしながら、本願発明では、磁気センサーにより探知された状態のままの近範囲から遠範囲までが合成された磁気信号を、近範囲磁気信号と遠範囲磁気信号を別々に抽出して比較表示することにより、前記の合成信号の波形では判別が困難であった、強磁性体の近傍の廃棄爆弾の磁気信号を容易に判別できるようにしたものである。
【0044】
すなわち、遠範囲磁気信号においては、強磁性体の影響がそのまま出現するため、前記の合成信号の波形とほぼ同様な波形が出現する。
【0045】
これに対して、近範囲磁気信号は、強磁性体よりも近い範囲の磁気信号のみを抽出したものであるため、強磁性体の影響の無い磁気信号が得られる。
【0046】
これにより、強磁性体の波形の影響の無い、強磁性体よりも近い範囲に埋没している廃棄爆弾のみの磁気信号が出力されるので、鮮明に廃棄爆弾の磁気信号を判別することができるものである。
【0047】
この場合においては、遠範囲磁気信号による波形と近範囲磁気信号の波形を同時に比較表示されていることにより、両者の波形に違い、特に異なる振幅の波形が近範囲磁気信号の波形として出現した場合には、廃棄爆弾の磁気信号による波形であることが明確に判別できるものである。
【0048】
そして、その廃棄爆弾の位置は、強磁性体よりも近い範囲に存在することも判別できるものである。
【0049】
これにより、従来の磁気探査においては、困難であった強磁性体の近傍、特に1m以内の探査が可能となり、かつ判別が容易となるものである。」

(イ)甲2に記載された技術事項
上記(甲2−ア)ないし(甲2−エ)の記載から、甲2には、
「 磁気センサーとして両コイル型磁気斜度計を用いて地中の廃棄爆弾の探査を行う水平探査方法において、
強磁性体の近傍でも廃棄爆弾等の弱磁性体の探査を可能とするために、
磁気センサーにより探知された磁気信号に対して、磁気センサーから近い範囲の磁気信号のみを抽出するための近範囲磁気信号抽出手段として、概ね0.3〜0.6ヘルツ程度の低い周波数帯域をカットするためのローカットフィルタ回路を設け、
磁気センサーにより探知された状態のままの近範囲から遠範囲までが合成された磁気信号を、近範囲磁気信号と遠範囲磁気信号を別々に抽出して比較表示することにより、前記の合成信号の波形では判別が困難であった、強磁性体の近傍の廃棄爆弾の磁気信号を容易に判別できるようにすること。」
という技術事項(以下「甲2技術事項」という。)が記載されているものと認められる。

ウ 甲3の記載事項
甲3には以下の記載がある。
(甲3−ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、屋内において人間の位置を検出する方法及び装置に関する。」

(甲3−イ)
「【0016】
携帯端末109の進行距離検出方法(404)を図5に示す。進行距離の検出には、進行方向加速度信号501,上下加速度信号502および絶対位置情報406が用いられる。上下加速度信号は、鉛直方向の加速度信号である。
【0017】
進行方向加速度信号501は、帯域通過フィルタ504により、直流成分及び歩行周波数の影響が排除される。帯域通過フィルタのカットオフ周波数(通過帯域の周波数範囲)は、例えば0.1Hz〜0.5Hzとする。カットオフ周波数の下限は、直流成分のみをカットするためにできるだけ低くする。歩行周波数は低くても1Hz以上であるため、カットオフ周波数の上限を0.5Hzとして、進行方向加速度信号が1Hzで十分に減衰するように設定する。次に、進行事象検出(505)では、帯域通過フィルタ504を通過した信号の絶対値を監視し、この絶対値が予め設定したしきい値を超えた時に、作業員が進行方向に移動していると判断する。また、この絶対値が上記しきい値以下の時は、作業員が停止していると判断する。これは、人が移動している場合、進行方向に加速度が発生する現象を利用している。
【0018】
上下加速度信号502は、帯域通過フィルタ506により歩行周波数の成分のみが取り出される。通常の歩行及び走行の場合、上下加速度信号は1Hz〜3Hzの間にピークが現れる。このため、帯域通過フィルタのカットオフ周波数は、1Hz〜3Hzとする。ステップ検出(507)では、帯域通過フィルタ506を通過した信号を用いて歩数を検出する。具体的には、帯域通過フィルタ506の出力信号の1周期毎にステップをカウントして歩数を求める。歩数検出(508)では、進行事象検出(505)で進行していると判断した時に、ステップ検出(507)で求めた歩数を、最終的に歩行した歩数として検出する。」

エ 甲4の記載事項
甲4には以下の記載がある。
(甲4−ア)「【0001】
本発明は、IVLR(Instantaneous Vertical Loading Rate)予測方法およびそれを用いた走行時のケガ危険性定量化装置に関する。より詳しくは、走行時に、ユーザが地面を踏む瞬間に受ける地面反力によりユーザが受ける衝撃量を用いてユーザが負傷する危険性を定量化する装置に関する。」

(甲4−イ)「【0064】
ケガ危険性定量化方法の例示
図3は、ケガ危険性定量化方法を例示的に示すフローチャートである。
本発明の技術的思想が適用されるケガ危険性定量化装置100は、上述したように加速度センサ111を含んでなり、ユーザの頭側および/または腰側に着用される少なくとも一つのセンサ信号収集部110を用いて上下方向加速度azを測定し、測定された上下方向加速度azを用いてケガ危険性判断指標を導出し、それよりケガ危険性を定量化する。このために、本発明の技術的思想が適用されるケガ危険性定量化装置100は、データ収集ステップ、判断指標導出ステップ、ケガ危険性判断ステップ、ケガ危険性警報ステップを実行するように動作することができる。
【0065】
前記データ収集ステップにおいては、センサ信号収集部110が上下方向加速度azを測定し、加速度垂直信号を収集する。収集された加速度垂直信号はそのまま使用してもよいが、予め通過帯域が設定されているバンドパスフィルタ(BPF)を用いてノイズを除去した後に使用してもよい。前記バンドパスフィルタは、例えば、一般的な人の歩行または走行周波数に該当する0.1〜5Hzに通過帯域が設定されるが、このような範囲は適切に変更して用いられてもよい。」

オ 甲5の記載事項
甲5には以下の記載がある。
(甲5−ア)「【0001】
本発明は、電流センサ、検出装置、検出方法、およびプログラムに関する。」

(甲5−イ)「【0068】
図18に示すようにA/D部170の後段にフィルタ部140を配置する場合、フィルタ部140は、デジタルフィルタであってよい。このデジタルフィルタの場合、フィルタ部の特性が、温度や素子ばらつきによってばらつくことを考慮する必要がない。なお、全ての実施形態における検出装置は、電流センサであってよい。」

カ 甲6の記載事項
甲6には以下の記載がある。
(甲6−ア)「【0001】
本発明は、磁気センサを使って試料に含まれる物質の量を測定する測定装置及び測定方法に係り、特に磁性体粒子を標識として物質に付与し、磁性粒子が発生する磁気的な信号によってこの物質の測定を行う磁気センサを用いた測定装置及び測定方法に関する。」

(甲6−イ)「【0031】
センサ部103から出力されたアナログ信号aは、アナログ信号処理部108からA/D変換素子109にアナログ信号bとして出力される。
A/D変換素子109は、アナログ信号bを入力し、デジタル変換した後にデジタル信号cとしてデジタルフィルタ110に出力する。このようなA/D変換素子109は、A/Dコンバータ等を用いることによって実現可能である。デジタル信号cは、A/D変換素子109からデジタルフィルタ110へ出力される。
【0032】
デジタルフィルタ110は、デジタル信号cのオフセットやオフセットドリフトなどを除去し、デジタル信号dとして出力する。デジタルフィルタ処理は、高速フーリエ変換によって実現可能であるが、このような手法によってなされる処理に限定されるものではない。」

キ 甲7の記載事項
甲7には以下の記載がある。
(甲7−ア)「【0001】
本発明は、携帯型磁気検知器および携帯型磁気検知器を備えた磁気計測システムに関する。」

(甲7−イ)「【0030】
このような構成により、磁気検知器1は、加速度センサ13および角速度センサ14により検出された磁気センサ12(12a)の位置データと、磁気センサ12(12a)の磁気データとを対応付けて出力するように構成されている。サンプリング時間毎の位置データと磁気データとは、ケーブル17を介してデータ処理装置2に送信される。」

ク 甲8の記載事項
甲8には以下の記載がある。
(甲8−ア)「【0001】
本考案は、磁気探査装置において、ディジタル方式の無線送受信を使用して無線化するものである。」

(甲8−イ)「【0011】
図2における送信部5の詳細を示すと図3のとおりである。図3における破線部内が磁気探査装置の無線化用機器の送信部5になる。磁気センサ1の信号は、アンプ部3に有線で入力され、アンプ部3で信号を増幅してから、受信部6に送信する。
送信部5中の信号処理部7では、アンプ部3からの入力信号を電圧レベル変換などの処理を行い、A/D変換部8でディジタル信号に変換してから、送信機9に入力する。したがって、送信機9からはディジタル信号として送信される。
図2、図3におけるアンプ部3は分離型で送信部5とは別筐体だが、送信部5に含ませることでアンプ部3を送信部5と一体化することもできる。」

(3)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)本件発明1と甲1発明とを対比する。
a 甲1発明の「人力で水平に保持し、地上約0.5mの高度を保って測線を移動させ」る「両コイル型磁気傾度計」は、本件発明1の「人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサ」に相当する。

b(a)甲1発明の「測定信号」は、「A/D変換後3.5インチフロッピーディスクに記憶」されるから、アナログ信号である。

(b)アンプが信号増幅処理を行うものであることは技術常識であるから、甲1発明の「測定信号」が「通」される「アンプ」は、「測定信号」を増幅するものであるといえる。

(c)上記(a)及び(b)を踏まえると、甲1発明の「測定信号」が「通」される「アンプ」は、本件発明1の「前記磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅部」に相当する。

c 甲1発明の「アンプを通して測定信号を時間等間隔のサンプリング間隔でA/D変換」する「データロガー」は、本件発明1の「前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換部」に相当する。

d(a)甲1発明の「歩行ノイズ」と、本件発明1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化」である「歩行ノイズ」とは、「歩行によるノイズ」で共通する。

(b)甲1発明において、「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「測定信号」は、「A/D変換後」のものであるから、デジタル値である。

(c)甲1発明は、「重合効果によって歩行ノイズ等の振動ノイズが大幅に減少する」ものであって、測定信号に対する「歩行ノイズ等の振動ノイズ」の相対的比率を減少させることによって「歩行ノイズ」を除去しているといえるから、甲1発明の「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する記録処理システム」は、「歩行ノイズ」を減少させることによって除去する機能を備えている。

(d)上記(a)ないし(c)を踏まえると、甲1発明の「記録処理システム」における「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する」部分と、本件発明1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」とは、「デジタル値から歩行によるノイズを除去するノイズ除去部」で共通する。

e(a)甲1発明の「記録処理システム」が、「重合処理」した信号を記録することは明らかであり、甲1発明の「記録処理システム」における「重合処理」した信号を記録する部分は、本件発明1の「記録器」に相当する。

(b)甲1発明の「記録処理システム」において、「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する」部分と、「重合処理」した信号を記録する部分とは、通常異なる部分であって、甲1発明の「記録処理システム」は、「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する」部分から、「重合処理」した信号を記録する部分へ「重合処理」した信号を送信する部分を備えているといえる。

(c)上記(a)及び(b)を踏まえると、甲1発明の「記録処理システム」における「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する」部分から、「重合処理」した信号を記録する部分へ「重合処理」した信号を送信する部分は、本件発明1の「前記ノイズ除去部で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信部」に相当する。

f 甲1発明の「磁気探査装置」は、本件発明1の「磁気探査装置」に相当する。

(イ)そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「 人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサ、
前記磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅部、
前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換部、
デジタル値から歩行によるノイズを除去するノイズ除去部、および
前記ノイズ除去部で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信部を備える
磁気探査装置。」
の発明である点において一致し、次の点において相違する。

(相違点1)
「デジタル値から歩行によるノイズを除去するノイズ除去部」が、本件発明1においては、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」であるのに対し、甲1発明においては、「記録処理システム」における「3.5インチフロッピーディスクに記憶された」「同1条件下で5回繰り返し行った測定信号を」「重合処理する」部分である点。

(ウ)上記相違点1について検討する。
a 甲2技術事項は、磁気センサーとして両コイル型磁気斜度計を用いて地中の廃棄爆弾の探査を行う水平探査方法において、概ね0.3〜0.6ヘルツ程度の低い周波数帯域をカットするためのローカットフィルタ回路を設けることを開示しているが、当該ローカットフィルタ回路は磁気センサーから近い範囲の磁気信号のみを抽出するための近範囲磁気信号抽出手段であって、歩行ノイズを除去するためのものではない。

b 甲3ないし甲8も、本件発明1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」を開示又は示唆するものではない。

c さらに、本件発明1の「ノイズ除去部」が、磁気探査装置において周知な手段であるとは認められない。

d したがって、甲1ないし甲8に触れた当業者といえども、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、容易になし得たこととはいえない。

(e)以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1発明、甲2技術事項、及び甲3ないし甲8に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 本件発明3及び4について
本件発明3及び4は、それぞれ本件発明1に対応する方法の発明及びプログラムの発明であり、本件発明1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」に対応する構成を備えるものであるから、本件発明1と同様の理由により、当業者であっても、甲1発明、甲2技術事項、及び甲3ないし甲8に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件発明2について
特許異議申立理由1は、請求項2に係る特許を対象としていないが、以下検討する。
本件発明2も、本件発明1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、当業者であっても、甲1発明、甲2技術事項、及び甲3ないし甲8に記載された事項に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

エ 以上のとおりであるから、特許異議申立理由1によっては、本件の請求項1、3及び4に係る特許を取り消すことはできない。

2 特許異議申立理由2(特許法第36条第6項第2号)について
(1)申立人は、本件特許に係る出願の特許請求の範囲の記載は下記の点で不備であるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。

ア 本件特許発明1、3−4について
請求項1には、「前記ノイズ範囲を減衰させる」と記載されている。また、請求項1の上記記載と同様の事項を特定する記載は、請求項3−4にも記載されている。
しかしながら、請求項1、3−4の上記記載における「前記ノイズ範囲を減衰させる」とは、どのような処理を特定しているのかが技術的に不明である。すなわち、「ノイズ範囲」は、請求項1、3−4の「前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、」という記載を参照すると、「周波数帯の範囲」を表すものと解されるが、このような「周波数帯の範囲」を減衰させるという処理は、周波数帯の範囲を減らす(狭める)ことを意味するのか、それとも、それ以外を意味するのかが理解できない。そのため、「前記ノイズ範囲を減衰させる」ことでどのような結果が得られるのかが理解できない。
よって、本件特許発明1、3−4は明確でない。

イ 本件特許発明2について
請求項2には、「前記ノイズ範囲は、所定の閾値未満の周波数帯に相当する第1範囲と、前記閾値以上の周波数帯に相当する第2範囲とを含み、前記ノイズ除去部は、連続する2つの前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」と記載されている。
請求項2の上記記載における「連続する2つの前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合」及び「前記変化量が前記第2範囲に含まれる場合」とは、どのような場合をそれぞれ示すのかが技術的に不明である。
具体的には、上記記載における「連続する2つの前記デジタル値の変化量」及び「前記変化量」は、請求項2が引用する請求項1の「前記磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅部、前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定の周期でデジタル値に変換する変換部」という記載を参照すると、磁気センサから入力されるアナログ信号を所定の周期でデジタル値に変換したときに、任意の連続する2つのデジタル値が、1周期分の時間が経過する間にどの程度変化したかを表す量である。
一方、「連続する2つの前記デジタル値の変化量」及び「前記変化量」とそれぞれ比較の対象とされる「前記第1範囲」及び「前記第2範囲」は、「周波数帯」に相当するものであり、所定の上限値及び下限値により定められる特定の周波数の範囲を表す量である。
そうしてみると、「連続する2つの前記デジタル値の変化置」と、「前記第1範囲」及び「前記第2範囲」とは、異なる量を表すものであるから、両者は、それらの大小関係や包含関係を単純に導き出すことできないものと解される。また、「連続する2つの前記デジタル値の変化量」だけでは、それらのデジタル値に内在されるノイズの周波数を特定できないものと解される。そのため、請求項2の上記記載における「連続する2つの前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合」及び「前記変化量が前記第2範囲に含まれる場合」とは、連続するデジタル値の変化量がどのような値であれば、特定の周波数の範囲に含まれるといえるのかが不明である。
また、請求項2の上記記載における「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」とは、どのような処理を特定しているのかが技術的に不明である。すなわち、「ノイズ範囲」は、請求項2が引用する請求項1の「前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、」という記載を参照すると、「周波数帯の範囲」を表すものと解されるが、このような「周波数帯の範囲」を大きく減衰させるという処理は、周波数帯の範囲を大きく減らす(狭める)ことを意味するのか、それとも、それ以外を意味するのかが理解できない。そのため、「前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」ことでどのような結果が得られるのかが理解できない。
よって、本件特許発明2は明確でない。

(2)当審の判断
ア 本件訂正により、請求項1のノイズ除去部は、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」となった。
また、請求項3の「歩行ノイズを除去」する工程及び請求項4の「ノイズ除去手段」についても同様の訂正がされた。
したがって、本件訂正後の請求項1、3及び4には、申立人が主張する「前記ノイズ範囲を減衰させる」に係る不備は存在しない。

イ 本件訂正により、請求項1のノイズ除去部の訂正に加えて、請求項2の記載は、「前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み、
前記ノイズ除去部は、前記減衰値を設定する際に、前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記減衰値を大きく設定する
請求項1記載の磁気探査装置。」と訂正された。
したがって、本件訂正後の請求項2には、申立人が主張する「ノイズ範囲」及び「ノイズ除去部」に係る不備は存在しない。

ウ 以上のとおりであるから、特許異議申立理由2によっては、本件の請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。

3 特許異議申立理由3(特許法第36条第4項第1号)について
(1)申立人は、甲第9号証及び甲第10号証を提出し、本件特許に係る出願の発明の詳細な説明の記載は下記の点で不備であるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。

甲第9号証:特開2004−325391号公報
甲第10号証:特開平6−289072号公報

ア 本件特許発明1、3−4について
請求項1には、「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、前記変換部で変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」と記載されている。
また、請求項1の上記記載と同様の事項を特定する記載として、請求項3には、「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去し、」と記載されており、請求項4には、「前記磁気センサの水平方向の両端部における上下の揺れを歩行ノイズとし、前記変換手段で変換された前記デジタル値における前記歩行ノイズに相当する周波数帯の範囲をノイズ範囲とし、前記デジタル値のうち、前記ノイズ範囲を減衰させることによって、当該デジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去手段」と記載されている。
請求項1、3−4の上記記載に関する説明として、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
「信号増幅部32は、磁気センサ2から入力される誘導起電力に応じたアナログ信号(入力信号)を増幅する増幅処理を行う。A/D変換部33は、信号増幅部32によって増幅された入力信号を所定の周期(サンプリング周期)でデジタル信号(デジタル値)へと変換するA/D変換処理を行う。なお、デジタル値は、たとえば誘導起電力に相関する電圧値などである。また、サンプリング周期は、たとえば2ms〜10msの範囲内で設定され、好ましくは4msである。」(段落【0026】)、
「『ピッチ』の動きを移動ノイズ(歩行ノイズ)とすると、少なくとも1Hzを含む周波数帯(0.5Hz〜1.5Hz、好ましくは0.8Hz〜1.1Hz)に相当する範囲(ノイズ範囲)を減衰ないし除去することによって、移動ノイズの影響を抑制ないし防止できると考えられる。なお、移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める。これにより、デジタル値が20個以下(好ましくは10個以下)という少ない数(最小では2つ)の連続するデジタル値で移動ノイズを判定して減衰ないし除去することができ、リアルタイムでの処理が可能となる。」(段落【0047】)、
「ノイズ除去部34におけるノイズ除去処理では、まず、A/D変換部33によって入力信号が所定周期で(所定時間毎に)デジタル値へと変換されると、連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)がノイズ範囲に含まれるかどうかが判断される(判断ステップ)。すなわち、ノイズ除去部34は、デジタル値の変化量が移動ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲に含まれるかどうかを判断する判断部としても機能する。」(段落【0048】)、及び、
「デジタル値の変化量がノイズ範囲に含まれる場合には、変化量に応じた減衰値(減衰量)が設定される(設定ステップ)。たとえば、デジタル値の変化量の所定割合(30%〜80%)に相当する値が減衰値として設定される。」(段落【0049】)
と記載されている。
本件特許明細書の上記記載のうち、段落【0026】には、デジタル値のサンプリング周期は、2ms〜10msの範囲内であると記載され、段落【0047】には、移動ノイズを判定する際に必要となるデジタル値は、2個〜20個であると記載されている。
ここで、本件特許発明の出願時における一般的な周波数解析手法の1つとして、FFT(高速フーリエ変換)周波数解析を例に挙げると、FFT周波数解析により解析可能な周波数分解能△fは、例えば、甲第9号証(特開2004−325391号公報の段落【0011】−【0012】参照)及び甲第10号証(特開平6−289072号公報の段落【0014】−【0015】参照)に記載されたように、下記の式にて求められる。
△f=1/T(T:サンプリング時間)
=1/(n・△t)(n:サンプリング数、△t:サンプリング周期)
そこで、上記の周波数分解能△fを求める式に、段落【0047】に記載されたデジタル値のサンプリング数(2個〜20個)と、段落【0026】に記載されたデジタル値のサンプリング周期(2ms〜10ms)という値を代入すると、FFT周波数解析による周波数分解能△fは、「5Hz〜250Hz」であると求められる。なお、サンプリング数20個、及び、サンプリング周期10msの場合、周波数分解能△fは、「5Hz」と算出され、サンプリング数2個、及び、サンプリング周期2msの場合、周波数分解能△fは、「250Hz」と算出される。
一方、本件特許明細書の上記記載のうち、段落【0047】には、デジタル値から減衰させることができるノイズ範囲の周波数帯(すなわち、周波数分解能)は、少なくとも1Hzを含む周波数帯(0.5Hz〜1.5Hz、好ましくは0.8Hz〜1.1Hz)であると記載されている。
そのため、本件特許発明1、3−4は、デジタル値から歩行ノイズを除去する手法として、例えば、上記のような周波数分解能△f(=5Hz〜250Hz)を有するFFT周波数解析を採用することはできず、FFT周波数解析よりも高分解能な周波数解析手法を採用したものと認められる。しかしながら、本件特許明細書には、段落【0047】に記載されたデジタル値のサンプリング数(2個〜20個)と、段落【0026】に記載されたデジタル値のサンプリング周期(2ms〜10ms)とに対して、少なくとも1Hzを含む周波数分解能を実現するための周波数解析手法(ノイズ除去部34におけるノイズ除去処理)が具体的に記載されておらず、出願時の技術常識を考慮しても、どのようにしてデジタル値から歩行ノイズを除去するのかが不明である。
特に、本件特許明細書の上記記載は、ノイズ除去部34におけるノイズ除去処理が、サンプリング周期2msで取得された連続する2つのデジタル値に対して、0.5Hzの周波数に相当する歩行ノイズを除去する態様も含むものであるが、どのようにして、サンプリング周期2msで取得された連続する2つのデジタル値から、0,5Hzの周波数に相当する歩行ノイズを除去するのかが不明である。また、本件特許明細書の上記記載のうち、段落【0048】には、判断ステップでは、連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)が、ノイズ範囲に含まれるかどうかが判断されると記載されている。
ここで、「連続する2つのデジタル値の変化量」と、「ノイズ範囲」とは、異なる量を表すものと認められるため、それらの大小関係や包含関係を単純に導き出すことできないものと解される。また、「連続する2つのデジタル値の変化量」だけでは、それらのデジタル値に内在されるノイズの周波数を特定できないものと解される。そうしてみると、判断ステップにおける「含まれるかどうか」という技術的な意味を理解することができず、判断ステップでは、どのような場合に、連続するデジタル値の変化量が、ノイズ範囲に含まれると判断されるのかが不明である。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明1、3−4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

イ 本件特許発明2について
請求項2には、「前記ノイズ範囲は、所定の閾値未満の周波数帯に相当する第1範囲と、前記閾値以上の周波数帯に相当する第2範囲とを含み、前記ノイズ除去部は、連続する2つの前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記ノイズ範囲を大きく減衰させる」と記載されている。
請求項2の上記記載に関する説明として、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
「ノイズ除去部34におけるノイズ除去処理では、まず、A/D変換部33によって入力信号が所定周期で(所定時間毎に)デジタル値へと変換されると、連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)がノイズ範囲に含まれるかどうかが判断される(判断ステップ)。すなわち、ノイズ除去部34は、デジタル値の変化量が移動ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲に含まれるかどうかを判断する判断部としても機能する。」(段落【0048】)、
「デジタル値の変化量がノイズ範囲に含まれる場合には、変化量に応じた減衰値(減衰量)が設定される(設定ステップ)。たとえば、デジタル値の変化量の所定割合(30%〜80%)に相当する値が減衰値として設定される。」(段落【0049】)、及び、
「ただし、ノイズ範囲が2以上の範囲に分割され、範囲毎に減衰値の設定方法が異なるようにしてもよい)。たとえば、ノイズ範囲が0.8Hz〜1.1Hzに相当する範囲である場合、0.9Hzを閾値として、0.8Hz以上0.9Hz未満を第1範囲とし、0.9Hz以上1.1Hz以下を第2範囲とする。この場合、デジタル値の変化量が第1範囲(閾値よりも低周波数帯に相当する範囲)に含まれる場合には、デジタル値の変化量が第2範囲(閾値よりも高周波数帯に相当する範囲)に含まれる場合よりも減衰値を大きく設定する。詳しくは、デジタル値の変化量が第1範囲に含まれる場合には、変化量の80%に相当する値が減衰値として設定され、デジタル値の変化量が第2範囲に含まれる場合には、変化量の80%に相当する値が減衰値として設定される。」(段落【0050】)と記載されている。
本件特許明細書の上記記載において、判断ステップでは、連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)が、第1範囲又は第2範囲に含まれるかどうかが判断されるものと認められる。ここで、「連続する2つのデジタル値の変化量」と、「第1範囲」及び「第2範囲」とは、異なる量を表すものと認められるため、それらの大小関係や包含関係を単純に導き出すことできないものと解される。また、「連続する2つのデジタル値の変化量」だけでは、それらのデジタル値に内在されるノイズの周波数を特定できないものと解される。そうしてみると、判断ステップにおける「含まれるかどうか」という技術的な意味を理解することができず、判断ステップでは、どのような場合に、連続する2つのデジタル値の変化最が、第1範囲又は第2範囲に含まれると判断されるのかが不明である。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明2を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

(2)当審の判断
ア(ア)本件訂正により、請求項1のノイズ除去部は、「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部」となった。
また、請求項3の「歩行ノイズを除去」する工程及び請求項4の「ノイズ除去手段」についても同様の訂正がされた。

(イ)本件発明1、3及び4の「ノイズ範囲」は、「デジタル値の変化量の範囲」として定められるものであるから、「ノイズ範囲」と「連続する2つのデジタル値の変化量」は、同種の物理量である。

(ウ)したがって、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、申立人が主張する本件発明1、3及び4の「ノイズ除去」に係る不備は存在しない。

イ(ア)本件訂正により、請求項1のノイズ除去部の訂正に加えて、請求項2の記載は、「前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み、
前記ノイズ除去部は、前記減衰値を設定する際に、前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記減衰値を大きく設定する
請求項1記載の磁気探査装置。」と訂正された。

(イ)本件発明2の「第1範囲」及び「第2範囲」は、それぞれ「デジタル値の変化量の範囲」として定められるものであるから、「第1範囲」及び「第2範囲」と「連続する2つのデジタル値の変化量」は、同種の物理量である。

(ウ)そして、明細書段落【0047】の「『ピッチ』の動きを移動ノイズ(歩行ノイズ)とすると、少なくとも1Hzを含む周波数帯(0.5Hz〜1.5Hz、好ましくは0.8Hz〜1.1Hz)に相当する範囲(ノイズ範囲)を減衰ないし除去することによって、移動ノイズの影響を抑制ないし防止できると考えられる。なお、移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める。」との記載によれば、歩行ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)は、サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量で定められるところ、磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数が異なれば、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量も異なるものとなることが予測される。

(エ)したがって、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、申立人が主張する本件発明2の「ノイズ除去」に係る不備は存在しない。

ウ 以上のとおりであるから、特許異議申立理由3によっては、本件の請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。

第6 申立人の意見について
1 訂正要件違反について
(1)申立人は、令和4年2月8日提出の意見書(以下「申立人意見書」という。)において、訂正要件違反について、おおむね以下の主張をする。
ア 発明特定事項の「ノイズ除去部」について
訂正事項2ないし4により訂正された「ノイズ除去部」は、「歩行ノイズ」及び「ノイズ範囲」の訂正内容(語句の定義)に基づくと、
「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズ」として、「前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲」とみなし、「前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、」「連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去する」ものと技術的事項を規定している。
しかしながら、前記新たな定義による歩行ノイズの除去について、当初明細書には明示的、直接的な記載は何ら見当たらず、また記載された事項から自明のものとも認められない。すなわち、「ノイズ除去部」の技術的意義が当初明細書に記載された事項の範囲外(新規事項)を含むものとなっている。(申立人意見書5頁11行〜末行)

イ 訂正事項に係る「歩行ノイズ」及び「ノイズ範囲」について
「歩行ノイズ」について、当初明細書に記載された「移動ノイズ」との対応についてみると、段落[0004]に「作業員が・・・影響を及ぼし」、また段落[0041]に「移動ノイズには、・・・歩行ノイズ等が含まれる。」、さらに段落[0058]に「移動ノイズは、人間の歩行ノイズを含み」と明記(定義)され、除去される「歩行ノイズ」は「移動ノイズ」とは異なるものである。
そして、磁気センサ2からのノイズ出力(アナログ信号)は「移動ノイズ」であり、これから「歩行ノイズ」を除去する(前記特定事項の「前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で変換する」「後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去する」)ものであるから、この磁気センサ2から出力される「移動ノイズ」からさらに「歩行ノイズ」のみを抽出・選択し、これを(周波数として)除去するもので、これに係わる記載は当初明細書に明示的、直接的な記載としては何ら見当たらないし、記載から自明のものとも認められない。(申立人意見書6頁1〜13行)

(2)申立人の上記主張について検討する。
ア 「ノイズ除去部」について
上記第2の2(1)ア(イ)bないしdで検討したとおり、訂正事項2ないし4は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。

イ 「歩行ノイズ」及び「ノイズ範囲」について
訂正事項2及び3の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし」、「前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし」によれば、「磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数」と同じ周波数で生じる「アナログ信号の変化を歩行ノイズとし」、「前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換」した場合の「連続する2つのデジタル値」「の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲と」するものと解され、磁気センサの出力から「移動ノイズ」を抽出し、そこから更に「歩行ノイズ」のみを抽出・選択することを特定するものとは解されない。

ウ したがって、申立人の訂正要件違反に係る上記主張は、いずれも採用することができない。

明確性要件違反について
(1)申立人は、申立人意見書において、明確性要件違反について、おおむね以下の主張をする。
ア 「歩行ノイズ」について
特許権者は、各請求項を訂正することにより、歩行ノイズを「・・・人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズ」と明記(規定)し、またノイズ範囲を「・・・、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を・・・前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範とし」と明記(規定)したので、技術的意味は明確であると主張している。
しかしながら、この「歩行ノイズ」は「移動ノイズ」に包含されるものである。すなわち、「移動ノイズ」中の一成分が「歩行ノイズ」であるから、「歩行ノイズ」はセンサから出力された「移動ノイズ」としてのアナログ信号から、その信号成分の一部分を取り出したもので、「移動ノイズ」とは区別されたノイズ成分(「歩行ノイズ」)としているものである。そして、この一部分がノイズ成分(「歩行ノイズ」)として除去されることとなる。
これに対して、特許権者はこれらノイズを混同させて、「歩行ノイズ」について「『磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化』については、本願明細書の段落[0043]に記載しているように、磁気センサを近くに磁性物体がない状態で移動させ、このときのアナログ信号を取得することによって得られることは出願時点において技術常識である。」(意見書第3頁14〜18行)と、根拠なく「技術常識」を主張するのみで、「歩行ノイズ」は明確になっていない。また、仮にこれが技術常識であるとしても、訂正により明記(定義)された「歩行ノイズ」が「移動ノイズ」と峻別されたものか不明確であり、さらに「歩行ノイズ」に係わる「周波数」及び「周波数帯」との関連も依然として不明のままである。
元々ここで用いられている「周波数」、「周波数帯」が不明確であって、センサから得られた移動ノイズの一成分である歩行ノイズは、これを特定する「周波数」、「周波数帯」がどのような技術的意義を持つのかも不明である。
また、訂正された「上下の揺れの周波数におけるアナログ信号の変化」においても、この「周波数」はどのような「周波数」を意味するのか不明確(「上下の揺れの周波数」における「アナログ信号の変化」であるのか、または「上下の揺れの」「周波数におけるアナログ信号の変化」であるのか多義的)である。(申立人意見書7頁下から2行〜9頁5行)

イ 「サンプリング周期」について
特許権者は、「また、アナログ信号をデジタル信号に変換するサンプリング周期を、『歩行ノイズとしたアナログ信号の変化』に対応する連続する2つのデジタル値の変化量の範囲を得ることができる程度の周期に設定することは、出願時点において技術常識である。」とも主張しているが、この主張も前記同様、技術常識とは言えない。
また、「『歩行ノイズとしたアナログ信号の変化』が得られたとすると、『連続する2つのデジタル値の変化のうち、歩行ノイズに対応するアナログ信号を変換部でデジタル値に変換するサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲』を得られることは技術常識である」とも主張しているが(「歩行ノイズとしたアナログ信号の変化」を得る手段が明らかでなく、特許権者も「歩行ノイズが得られた」との仮定の上で主張している。)、「歩行ノイズに対応するアナログ信号」がどのようなものであるのか不明であるため、結果として「サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲」を得られることも技術常識であるとは言えない。
なお、「ノイズ範囲」についても、その前提事項である「歩行ノイズ」が不明であり、前記同様に不明確のままである。(申立人意見書9頁6〜19行)

ウ 「減衰させる」について
特許権者は「『減衰させる』とは『連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から減衰値の分の値を減衰させる』という意味であること、およびその技術的意味は明確となった。」旨、主張しているが、この説明自体意味を成しておらず、不明確のままであり、取消理由は解消していない。(申立人意見書10頁1〜4行)

エ 「閾値」について
特許権者は、訂正により「人間の歩行に起因する磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が閾値未満である場合に、当該周波数が閾値以上である場合よりも減衰値を大きく設定する」の技術的意味が明確となった。」旨、主張しているが、上記同様に「周波数」に係る明確性は何ら解消されておらず、したがって「閾値」に係る技術的意味も不明確のままであり、取消理由は解消していない。(申立人意見書10頁6〜10行)

(2)申立人の上記主張について検討する。
ア 「歩行ノイズ」について
本件補正後の請求項1の「前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし」との記載によれば、「磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数」と同じ周波数で生じる「アナログ信号の変化を歩行ノイズと」するものと解されるから、本件訂正後の「歩行ノイズ」は明確である。
また、「歩行ノイズ」に係る「周波数」及び「周波数帯」についても、それぞれ、「磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数」と同じ周波数、及び、当該周波数の取り得る範囲であると理解できるから、明確である。

イ 「サンプリング周期」について
本件発明1は、「前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲と」するものであるから、歩行ノイズによるデジタル値の変化を把握することができるように、サンプリング周期を歩行ノイズの周波数に対して相当程度高く設定することは、当業者であれば当然考慮すべきことである。
この点、本件特許明細書等に記載されたサンプリング周期の2ms〜10ms(段落【0026】)、歩行ノイズの1Hz(段落【0047】)も、歩行ノイズによるデジタル値の変化を把握することができるものといえる。
また、上記アで述べたように「歩行ノイズ」は明確であり、「ノイズ範囲」もまた明確である。

ウ 「減衰させる」について
「連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から減衰値の分の値を減衰させる」は、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値を、減衰値に対応する値の分だけ減少させることと解されるから、明確である。

エ 「閾値」について
上記アで述べたように「周波数」は明確であり、周波数に係る「閾値」もまた明確である。

オ したがって、申立人の明確性要件違反に係る上記主張は、いずれも採用することができない。

実施可能要件違反について
(1)申立人は、申立人意見書において、実施可能要件違反について、おおむね以下の主張をする。
発明の詳細な説明には、特許権者が訂正後の請求項1、3、4にて特定したものと主張する「(a)歩行ノイズを特定する具体的手法」、「(b)ノイズ範囲を特定する具体的手法」、「(c)ノイズ範囲を利用してノイズ除去を行う具体的手法」について具体的に何ら説明されておらず、それらの各手法をどのように実施するのか当業者が理解できない。(申立人意見書11頁17〜21行)

(2)申立人の上記主張について検討する。
ア 本件特許明細書等の段落【0047】の「『ピッチ』の動きを移動ノイズ(歩行ノイズ)とすると、少なくとも1Hzを含む周波数帯(0.5Hz〜1.5Hz、好ましくは0.8Hz〜1.1Hz)に相当する範囲(ノイズ範囲)を減衰ないし除去することによって、移動ノイズの影響を抑制ないし防止できると考えられる。なお、移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める。」との記載によれば、磁気センサの出力は、周囲に磁性体が存在しない場合であっても、歩行による磁気センサの上下動により、1Hzを含む周波数帯に対応する周期で変動し、当該変動を歩行ノイズとすることが理解できる。
したがって、周囲に磁性体が存在しない状態で磁気センサを持って歩行することにより、歩行ノイズのデータを取得することが可能であることが理解できる。

イ そして、「移動ノイズの周波数帯に相当する範囲(ノイズ範囲)とは、A/D変換部33によって入力信号をデジタル値にするサンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量がどの範囲に入るかによって定める」のであるから、取得した歩行ノイズのデータについて、サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量を連続する2つデジタル値ごとに求めれば、ノイズ範囲を取得できることが理解できる。

ウ 本件特許明細書等の段落【0048】の「連続する2つのデジタル値の変化量(先のデジタル値に対する後のデジタル値の変化量または差分)がノイズ範囲に含まれるかどうかが判断される」との記載によれば、実際の探査時において、連続する2つのデジタル値の変化量とノイズ範囲を比較し、当該変化量がノイズ範囲に含まれる場合は、当該変化量は歩行ノイズに起因するものであると判断することが理解できる。
そして、本件特許明細書等の段落【0049】の「デジタル値の変化量がノイズ範囲に含まれる場合には、変化量に応じた減衰値(減衰量)が設定される(設定ステップ)。たとえば、デジタル値の変化量の所定割合(30%〜80%)に相当する値が減衰値として設定される。」及び同【0051】の「そして、設定された減衰値の分、後のデジタル値が減衰され(減衰ステップ)、減衰後のデジタル値に応じた出力信号が出力される。」との記載によれば、連続する2つのデジタル値の変化量がノイズ範囲に含まれる場合には、後のデジタル値を減衰値に対応する値の分だけ減少させることにより、後のデジタル値に対して歩行ノイズの影響を減少させることが理解できる。

エ したがって、申立人の実施可能要件違反に係る上記主張は、採用することができない。

第7 むすび
以上のとおり、本件請求項1ないし4に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサ、
前記磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅部、
前記増幅部で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換部、
前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換部で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換部で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去部、および 前記ノイズ除去部で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信部を備える
磁気探査装置。
【請求項2】
前記ノイズ範囲は、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が所定の閾値未満の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第1範囲と、前記磁気センサの水平方向の両端部の上下の揺れの周波数が前記閾値以上の周波数帯に含まれる場合の前記アナログ信号の変化に相当する前記デジタル値の変化量の範囲に相当する第2範囲とを含み、
前記ノイズ除去部は、前記減衰値を設定する際に、前記デジタル値の変化量が前記第1範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量が前記第2範囲に含まれる場合よりも前記減衰値を大きく設定する
請求項1記載の磁気探査装置。
【請求項3】
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅し、
増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換し、前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナログ信号の変化を歩行ノイズとし、変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去し、
前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する 磁気探査方法。
【請求項4】
コンピュータを、
人間が持ち運び可能な可搬型のコイル式の磁気センサから入力されるアナログ信号を増幅する増幅手段、
前記増幅手段で増幅された前記アナログ信号を所定のサンプリング周期でデジタル値に変換する変換手段、
前記磁気センサの水平方向の両端部における人間の歩行に起因する上下の揺れの周波数における前記アナロのグ信号の変化を歩行ノイズとし、前記変換手段で変換された連続する2つのデジタル値の変化のうち、前記歩行ノイズに対応する前記アナログ信号を前記変換手段で前記デジタル値に変換する前記サンプリング周期の時間におけるデジタル値の変化量の範囲を前記歩行ノイズの周波数帯に相当するノイズ範囲とし、前記デジタル値の変化量が前記ノイズ範囲に含まれる場合に、前記デジタル値の変化量の所定割合に対応する減衰値を設定し、連続する2つのデジタル値のうち後のデジタル値から前記減衰値の分の値を減衰させることによって、当該後のデジタル値から前記歩行ノイズを除去するノイズ除去手段、および
前記ノイズ除去手段で前記歩行ノイズを除去した前記デジタル値に応じた出力信号を記録器に送信する送信手段として機能させる
磁気探査プログラム。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2022-04-25 
出願番号 P2020-170645
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (G01V)
P 1 651・ 537- YAA (G01V)
P 1 651・ 121- YAA (G01V)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 福島 浩司
特許庁審判官 井上 香緒梨
渡戸 正義
登録日 2021-02-04 
登録番号 6833096
権利者 株式会社沖縄計測
発明の名称 磁気探査装置、磁気探査方法、および磁気探査プログラム  
代理人 西原 広徳  
代理人 西原 広徳  

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