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審決分類 審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  C01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01B
管理番号 1387489
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-20 
確定日 2022-05-13 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6814906号発明「溶融球状シリカ粉末の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6814906号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。 特許第6814906号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6814906号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願は、2020年(令和2年)1月30日(優先権主張 平成31年3月26日、令和1年6月25日、いずれも日本国(JP))を国際出願日とする特願2020−512631号の一部を令和2年11月4日に特願2020−184594号として新たな特許出願としたものであって、同年12月23日にその特許権の設定登録がされ、令和3年1月20日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜4に係る特許に対して、同年7月20日に特許異議申立人 森山 涼子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年9月28日付けで取消理由が通知され、同年11月30日に特許権者により意見書及び訂正請求書の提出がされ、令和4年1月20日に申立人により意見書の提出がされたものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和3年11月30日提出の訂正請求書による訂正の請求(以下、「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)は、特許法第120条の5第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項1〜4を訂正の単位として訂正することを求めるものであり、その内容(訂正事項)は、次のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「加熱処理する誘電正接低減処理を含み、」とあるのを、「加熱処理し、110℃〜300℃まで自然放冷後に球状シリカ粉末を、湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却する誘電正接低減処理を含み、」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。)。

2 訂正要件(訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について)の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、願書に添付された明細書の段落【0022】、実施例等の記載に基づき、訂正前の請求項1に記載された「誘電正接低減処理」の内容をさらに限定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)申立人の主張の検討
申立人は、令和4年1月20日提出の意見書において、訂正の根拠とされた段落【0022】には、「湿度40%RH以下の環境下にて25℃にまで冷却し」と記載されるのみで、「室温」との記載はないから、本件訂正は、新規事項を追加するものである旨を主張する。
しかしながら、願書に添付された明細書の段落【0022】の「25℃」という温度は、「室温」として一般的に用いられている温度であるし、段落【0036】に記載の実施例には、「デシケータ内(23℃−10%RH)で室温まで冷却し」と、「室温」まで冷却することも明示されている。
そうすると、本件訂正は、願書に添付した明細書の全ての記載を総合して導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものでないから、申立人の上記主張は採用できない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。

第3 本件特許請求の範囲の記載(本件発明)
前記第2のとおり、本件訂正請求は適法にされたものであるから、本件特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、各請求項に係る発明を、項番号に併せて「本件発明1」などといい、纏めて「本件発明」という。)。
「【請求項1】
誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法であって、
平均円形度が0.85以上、比表面積が1〜30m2/gである原料溶融球状シリカ粉末を、500〜1100℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理し、110℃〜300℃まで自然放冷後に球状シリカ粉末を、湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却する誘電正接低減処理を含み、
樹脂に配合してシート状に成形した後、共振器法にて周波数35〜40GHzの条件で測定した該シートの誘電正接(tanδc)から、下記の式(I)を用いて算出される溶融球状シリカ粉末の誘電正接において、誘電正接低減処理前の原料溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfA)をA、誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfB)をBとしたとき、B/Aが0.70以下であり、前記誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の比表面積が1〜30m2/gであることを特徴とする、誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。

ただし、式(I)において記号の意味は次の通り。
Vf;シート中の球状溶融シリカ粉末の体積分率
tanδr;樹脂シート(フィラー配合無し)の誘電正接
【請求項2】
平均円形度が0.85以上であることを特徴とする請求項1に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
【請求項3】
密度が1.8〜2.4g/cm3であることを特徴とする請求項1または2に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
【請求項4】
前記誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末を表面処理剤で表面処理する、請求項1〜3いずれか一項に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。」

第4 取消理由通知書に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
設定登録時の請求項1〜4に係る特許に対する取消理由は、要するに、請求項1〜4に係る発明は、誘電正接低減処理において、加熱処理後の冷却、回収及び保管工程を特定していないため、発明の詳細な説明の記載などから、当業者が「誘電正接が低い球状シリカ粉末の製造方法を提供する」(段落【0010】)という課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないことを論拠として、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない特許出願に対してされたものである、というものである。

2 取消理由に対する当審の判断
(1)サポート要件の判断手法について
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるから、以下、この観点に立って検討する。

(2)サポート要件適合性の判断
ア 本件発明の課題は、本件特許明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」という。)の段落【0010】の記載によれば、前記1にも示したとおり、「誘電正接が低い球状シリカ粉末の製造方法を提供する」ことといえる。
イ 発明の詳細な説明に記載された実施例(【0031】〜【0060】)には、誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の具体的な製造方法が記載されており、実施例1〜9では、比表面積が2.4〜30m2/gの球状シリカを原料粉末とし、600〜1000℃の温度で、1〜12時間加熱処理して、炉内で200℃まで冷却し、デシケーター内(23℃−10%RH)で室温まで冷却し、各種評価直前までアルミパック(PET/AL/PEラミネート袋:生産日本社製)のスタンドパックで保存することで、B(tanδfB)が6.9×10−4〜8.0×10−3の範囲で、上記B/Aが0.16〜0.52の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末が得られている(【0059】【表2】)。そして、同一の原料球状シリカ粉末(FB−5D)を用いた実施例と比較例に着目すると、実施例1〜5、9の方が、比較例1〜3、5よりも、B(tanδfB)及びB/Aが共に低くなっていることが看取されるから、実施例の製造方法であれば、当業者が上記課題を解決できるものであると認識できる。
ウ 加えて、発明の詳細な説明には、「原料の球状シリカ粉末を500〜1100℃の温度で、かつ、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間(例えば、約1〜52時間)、好ましくは、1800〜17600(℃・h)とする所定時間(例えば、約2〜35時間)、熱風あるいは電気炉にて処理し、電気炉内にて自然放冷後、110℃〜300℃の状態で球状シリカ粉末を回収し、さらに湿度40%RH以下の環境下にて25℃にまで冷却し、15〜25℃にて保管し、防湿アルミ袋にて回収することにより製造することができる。」(【0022】)、及び、「上記の製造方法により、比表面積といった粉体特性を変化させずに、球状シリカ粒子の表面の吸着水および極性官能基を低減させることができる。製造後においても、例えば、1ヵ月の間高湿度下に保存しても、球状シリカの誘電正接(tanδf)の増加に影響するほど粒子の表面の吸着水および極性官能基量が変化しないことが期待できる。」(【0023】)と記載されている。そして、これらの記載を併せて考えれば、上記加熱処理において、表面の吸着水と極性官能基が除去されることで誘電正接の値が低減するという本件発明の作用機序を理解できるし、当該加熱後における特定湿度下の冷却処理によって吸着水の再付着を防止しつつ、シリカ粉末を通常使用する温度まで降温できることも理解できる。そうすると、当業者は、原料の球状シリカ粉末を500〜1100℃の温度で、かつ、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理し、110℃〜300℃まで自然放冷後、さらに湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却した時点で、比表面積といった粉体特性を変化させずに、表面の吸着水および極性官能基を低減させた誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末を提供できたことを認識できる。
エ ここで、発明の詳細な説明の段落【0026】を参照すると、防湿アルミ袋を用いた保管は、誘電正接の低減を実現した後の工程であるから、防湿アルミ袋での保管工程は、本件発明の課題を解決するために必須の事項でないことが理解できる。また、発明の詳細な説明に記載された実施例10、11(【0045】〜【0058】、【0061】)には、チャック付きPE袋{ユニパック0.08タイプ:生産日本社製:透湿度0.1以下(g/m2・24h)で保管した際にも、誘電正接の値が上昇するのを抑制できたことが示されているから、誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末を比較的長期に保管する場合であっても、チャック付きPE袋のような簡易的な保管袋を用いるだけで、当該シリカ粉末表面に吸着水が再付着するのを防止できること、すなわち、吸着水による誘電正接の上昇を抑制できることを理解できることからも、当業者は、防湿アルミ袋を用いた保管工程が、上記課題を解決するのに必須の工程でないことを認識できる。
オ これに対して、本件発明1〜4に係る特許請求の範囲の記載は、前記第3のとおりであって、本件発明1は、誘電正接低減処理として、「500〜1100℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理し、110℃〜300℃まで自然放冷後に球状シリカ粉末を、湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却する」ことが特定されているのであるから、本件発明1及びこれを引用する本件発明2〜4は、当該発明の詳細な説明の記載及び技術常識に照らして、当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
カ したがって、前記(1)の判断手法に従えば、本件発明1〜4に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。

(3)申立人の主張の検討
申立人は、令和4年1月20日提出の意見書において、本件発明1〜4において、アルミパックで「保管」することを特定していないことを論拠として、本件発明1〜4は、サポート要件を満たさない旨を主張している。
しかしながら、前記(2)エで検討したとおり、防湿アルミ袋を用いた保管工程を経ずとも、本件発明の課題を解決できることを認識できるといえるから、申立人の上記主張は採用できない。

(4)小活
以上のとおりであるから、取消理由に理由はない。

第5 取消理由において採用しなかった特許異議申立理由について
1 特許異議申立理由の概要
申立人が主張する特許異議申立理由のうち、前記第4の取消理由において採用しなかった特許異議申立理由は、概略、以下のとおりである。
ここで、申立人が提出した証拠方法は、次のものである(以下、「甲第1号証」は「甲1」という。以下同じである。)
甲1:特開2011−219429号公報
甲2:特開2018−145037号公報
甲3:電材向け放熱フィラー製品カタログ、昭和電工株式会社セラミック
ス事業部、2013年7月18日(改訂日)
甲4:特開2019−19222号公報
甲6:卜部吉庸、二酸化ケイ素の結晶構造について、サイエンスネット、
第25号、 P.10〜13、2005年11月発行
甲7:特開2008−162849号公報
甲8:特開2004−189577号公報
甲9:特開2016−121044号公報
甲10:特願2020−512631号の審査段階で令和2年8月27日
に出願人(本件特許権者)により提出された意見書
甲11:今井祐介、高周波用誘電体コンポジット開発におけるセラミック
ス粉体フィラー、粉砕、ホソカワミクロン株式会社、No.58
、P.22−27、2014年12月15日(発行日)
甲12:宮田謙一、熱処理微粉末シリカの水蒸気吸着特性、日本化学雑誌
、第86巻、第12号、P.1241〜1244、1965年1
2月10(発行日)
甲13:Jiae Lee et al., 「Filler effect of low loss dielectricity
in printed circuit board material」, Journal of Electrocer
amics, 2009, Vol.13, No.141, pp.141-145

(1)申立理由1(甲1を主たる証拠とした新規性進歩性欠如)について
設定登録時の請求項1〜4に係る発明は、甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、同請求項1〜4に係る発明は、甲1に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものである。

(2)申立理由2(甲2を主たる証拠とした新規性進歩性欠如)について
設定登録時の請求項1〜4に係る発明は、甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、同請求項1〜4に係る発明は、甲2に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものである。

(3)申立理由3(甲7を主たる証拠とした新規性進歩性欠如)について
設定登録時の請求項1、3、4に係る発明は、甲7に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、同請求項1〜4に係る発明は、甲7に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものである。

(4)申立理由4(サポート要件違反)について
設定登録時の請求項1〜4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が後記3(2)ア(ア)及びイ(ア)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2 甲号証の記載事項
(1)甲1(特開2011−219429号公報)の記載事項及び甲1に記載された発明
ア 甲1の記載事項(下線は当審で付したもの。また、「…」は省略を表す。以下同様。)
「【0066】
[粉体の製造]
(粉体A)
酸素をキャリアガスとして用い、LPGを対酸素比(容量比)1.1で燃焼させて、約2000℃の火炎を発生させた。この火炎中に、平均粒子径2.0μmの天然珪石粉砕物(純度99.9%)を投入し、平均粒子径2.2μmの非晶質シリカ粒子を得た。この非晶質シリカ粒子100質量部に、硝酸カルシウム四水和物を4.2質量部(酸化物換算で1.00質量部)添加し、更にエタノールを加えて、ボールミルで30分間混合した。この混合物からエタノールを除去した後、1100℃で24時間熱処理を施すことで、粉体Aを得た。」

イ 甲1に記載された発明
前記アの粉体Aに着目すると、甲1には、「平均粒子径が2.2μmである非晶質シリカ粒子100質量部に、硝酸カルシウム四水和物を4.2質量部(酸化物換算で1.00質量部)添加し、更にエタノールを加えて、ボールミルで30分間混合し、この混合物からエタノールを除去した後、1100℃で24時間熱処理を施す、シリカ粉体の製造方法。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

(2)甲2(特開2018−145037号公報)の記載事項及び甲2に記載された発明
ア 甲2の記載事項
「【0018】
「球状」であるためには円形度が0.8以上である。特に、0.88以上であることが望ましく、0.90以上、0.92以上であることがより好ましい。…また、BET法(窒素)により測定した比表面積が、3.0m2/g以下であることが望ましく、2.0m2/g以下、1.0m2/g以下であることがより好ましい。比表面積を小さくするためには表面を滑らかにしたり、円形度を高くしたりすることで実現できる。

【0022】
・製造方法の例
球状結晶質シリカ粉体を製造する方法としては、球状の非晶質シリカからなる粒子材料を加熱し(加熱工程)、結晶化する方法が例示できる。また、加熱工程の前に、結晶化を促進することができる金属元素を含む化合物を粒子表面に付着させても良い(付着工程)。結晶化を促進できる金属元素とは、例えばアルカリ金属、Al、Mg、Ti、Znなどから選択することができる。

【0024】
加熱工程は非晶質シリカからなる粒子材料を1000℃から1500℃の温度範囲で加熱する工程である。加熱温度の設定は非晶質シリカからなる粒子材料の結晶化が進行する温度である。加熱時間としては非晶質シリカからなる粒子材料が必要な結晶化度になるまで行うが上限として10時間、5時間、3時間程度になるようにすると生産性の観点から好ましい。加熱を行う具体的な方法としては特に限定しないが、ガス炉(バッチ式、連続式)、電気炉、ロータリーキルンなどの公知の装置・方法が採用できる。」

イ 甲2に記載された発明
前記アによれば、甲2には、「円形度が0.8以上であり、BET法(窒素)により測定した比表面積が、3.0m2/g以下である球状の非晶質シリカからなる粒子材料に対して、1000℃から1500℃の温度範囲で、上限として10時間、5時間、または3時間程度加熱する、球状結晶質シリカ粉体の製造方法。」の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

(3)甲7(特開2008−162849号公報)の記載事項及び甲7に記載された発明
ア 甲7の記載事項
(ア)「【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のクリストバライト粒子は、…ウラン及びトリウムのそれぞれの含有量が1ppb以下、アルカリ金属及びアルカリ土類金属のそれぞれの含有量が10ppm以下、最大粒径が200μm以下の高純度非晶質シリカを、アルミニウム、マグネシウム及びチタンから選ばれる金属を含有する有機金属化合物又は該化合物のゾルもしくはスラリーで表面処理した後、1,000〜1,600℃で加熱処理することにより製造することができる。

【0019】
上記表面処理した高純度非晶質シリカを、1,000〜1,600℃、好ましくは1,200〜1,500℃で加熱処理することで、クリストバライト粒子が得られる。加熱温度が低すぎるとクリストバライト化率が低く、高すぎると粒子同士が融着してしまう。

【0021】
加熱処理は、表面を処理した原料シリカを石英製の容器に入れ、所定の温度に設定された管状炉、箱形炉、トンネル炉などを使用し、空気中、窒素などの不活性ガス中などで行うことができる。また、加熱方法は1,000〜1,600℃に設定できるものであれば電気、燃焼ガスなどいずれでも良い。加熱処理時間は1時間以上であることが好ましく、より好ましくは2時間〜30時間である。加熱処理後は、処理温度から200℃まで5℃/分以下で冷却することが好ましい。これより早く冷却するとクリストバライト化率が低下するおそれがある。より望ましくは3℃/分以下である。200℃まで冷却させたら、その後室温まで自然放冷することが好ましい。」

(イ)「【0027】
表1に本発明の実施例、比較例で使用した原料である高純度シリカ(シリカA〜C)、及び通常のシリカ(シリカD)中の不純物含有量、並びに粒度について示した。
【0028】
【表1】



(ウ)「【0031】
[実施例1〜7、比較例1]
1kgの表1で示されるシリカを高速混合装置に入れ、高速で混合しながら表2で示されるアルミニウム、チタン又はマグネシウム化合物溶液をスプレーで塗布し、シリカの表面処理を10分間行った。表面処理量を下記表3に示す。表面処理したシリカを100℃で5時間乾燥させた後、1次粒子に解砕した。
解砕した1次粒子を常温から1,400℃まで6時間かけて昇温し、1,400℃で6時間維持、その後1,400℃から600℃まで6時間、600℃から200℃まで4時間かけて下げた。200℃から室温までは自然放冷した。
得られたクリストバライト粒子について、金属含有量、最大粒径及びクリストバライト化率を測定した。なお、クリストバライト化率の算出方法は、下記に示す。これらの結果を表3に示す。」

イ 甲7に記載された発明
前記ア(イ)の表1におけるシリカBに着目して同(ウ)の記載を整理すると、甲7には、「比表面積が1.8m2/gである球状非晶質シリカを高速混合装置に入れ、高速で混合しながらアルミニウム、チタン又はマグネシウム化合物溶液をスプレーで塗布する表面処理を10分行い、表面処理したシリカを100℃で5時間乾燥させた後に1次粒子に解砕し、解砕した1次粒子を常温から1400℃まで6時間かけて昇温し、1400℃で6時間維持し、その後1400℃から600℃まで6時間、600℃から200℃まで4時間かけて下げ、200℃から室温までは自然放冷する、クリストバライト粒子の製造方法。」の発明(以下、「甲7発明」という。)が記載されているといえる。

3 申立理由に対する当審の判断
(1)申立理由1〜3(甲1、甲2及び甲7を主たる証拠とした新規性進歩性欠如)について
事案に鑑み、申立理由1〜3を併せて検討する。
ア 本件発明1は、前記第3に記載したとおりの発明であって、「500〜1100℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理」(「本件加熱処理」という。)を行い、その後、「110℃〜300℃まで自然放冷後に球状シリカ粉末を、湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却する」(「本件冷却処理」という。)を行うことにより、「誘電正接低減処理前の原料溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfA)をA、誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfB)をBとしたとき、B/Aが0.70以下」(「本件誘電正接の関係」という。)とする「誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法」に関するものである。
他方、甲1発明及び甲2発明における加熱処理後の工程に着目してみると、前記2(1)及び(2)のとおり、本件冷却処理を行うものではなく、加熱処理後の誘電正接の値も不明であるから、本件誘電正接の関係を満たすものとはいえない。また、甲1及び甲2の他の記載を参照しても、甲1発明及び甲2発明において、本件誘電正接の関係を満たすように加熱及び冷却処理条件を変更することの動機付けがあるとはいえないし、他の証拠方法をみても、本件冷却処理を行うことや、それにより本件誘電正接の関係を満たすようなシリカ粒子が得られることを示すものはない。
加えて、甲7発明における加熱処理後の工程に着目してみると、冷却処理を行うものではあるものの、そのときの湿度及び温度プロファイルは本件冷却処理と同じであるとはいえないし、甲7発明における加熱処理の条件(1400℃×6時間)に着目してみても、本件加熱処理における温度(500〜1100℃)の範囲外である。また、甲7発明における、加熱処理後の誘電正接の値は不明であるし、甲7の他の記載を参照しても、甲7発明において、本件誘電正接の関係を満たすように加熱及び冷却処理条件を変更することの動機付けがあるとはいえない。そして、他の証拠方法をみても、本件冷却処理を行うことや、それにより本件誘電正接の関係を満たすようなシリカ粒子が得られることを示すものはない。
そうである以上、本件発明1〜4は、甲1、甲2及び甲7に記載されたものではないし、甲1、甲2及び甲7を主たる証拠として当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)申立理由4(サポート要件違反)について
ア 誘電正接低減処理のパラメータについて
(ア)当該申立理由は、要するに、本件発明1は、「500〜1100℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理」するものであるのに対し、発明の詳細な説明に記載された実施例で効果が確認されているのは、「600〜1000℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜12000(℃・h)とする所定時間、加熱処理」のみであること、及び、加熱温度(℃)×加熱時間(h)と誘電正接の比B/Aとの間に明確な相関が認められないことを論拠にして、設定登録時の請求項1〜4に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない、というものである。
(イ)しかしながら、発明の詳細な説明に記載された実施例では、「600〜1000℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000〜12000(℃・h)とする所定時間、加熱処理」により効果が確認されているから、当該温度範囲と近接する、本件発明1の「加熱温度」の下限値「500℃」及び上限値「1100℃」付近、並びに「加熱温度(℃)×加熱時間(h)」の下限値「1000℃・h」付近においても、上記課題を解決できることを認識できる。
また、本件発明1の「加熱温度(℃)×加熱時間(h)」の上限値「26400℃・h」は、効果が確認されている実施例3の「12000℃・h」(1000℃×12h)より大きな値ではあるものの、発明の詳細な説明の段落【0022】には、加熱時間として「1〜52時間」及び「2〜35時間」という数値範囲が記載されている。そして、本件発明における、誘電正接低減処理の作用機序は、上記第4の2(2)ウに記載したように、特定条件下での加熱処理によってシリカ粒子表面の吸着水及び極性官能基を除去することによるものと理解できるところ、当業者は、例えば実施例3において加熱時間(12h)を長くすることで、吸着水と極性官能基を十分に除去することを認識できるから、本件発明1の「加熱温度(℃)×加熱時間(h)」の上限値「26400℃・h」付近においても、上記課題を解決できることを認識できる。

イ 「誘電正接が低い」ことの定量的な説明がない点について
(ア)当該申立理由は、要するに、本件発明の課題は「誘電正接が低い球状シリカ粉末の製造方法を提供する」ことであるが、誘電正接の値がどの程度であれば課題を解決できたといえるのか、本件特許明細書の発明の詳細な説明において明示がなく、しかも、実施例における誘電正接処理後のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値は6.9×10−4〜8.0×10−3であったところ、比較例では3.2×10−4〜2.7×10−3であり、実施例における誘電正接処理後のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値が比較例の値よりも大きいことから、設定登録時の請求項1に係る発明は、本件発明の課題を解決できるものではない、というものである。
(イ)しかしながら、上記第3のとおり、本件発明1は、「誘電正接低減処理前の原料溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfA)をA、誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の誘電正接(tanδfB)をBとしたとき、B/Aが0.70以下」とするもの、すなわち、特定の誘電正接低減処理を行うことにより、誘電正接処理後の誘電正接の値を誘電正接低減処理前の値に対して所定の割合よりも小さくする、というものであるから、誘電正接処理前後の値の変化割合によって、本件発明の課題を解決できたか否かを認識できるものであるといえる。
また、申立人は、実施例のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値が比較例の値よりも大きい旨を主張するものの、発明の詳細な説明の段落【0059】、【0060】の表2及び3を参照すると、「FB−5D」なる同一の原料シリカ粉末(実施例1〜5、9、比較例1〜3、5)同士で比較したときには、実施例のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値は1.5×10−3〜7.6×10−4であり、比較例のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値は2.2×10−3〜2.7×10−3であって、総じて実施例のシリカ粉末の誘電正接(tanδfB)の値の方が比較例の値よりも小さいことが看取される。そうすると、原料シリカ粉末の種類を考慮することなく誘電正接(tanδfB)の値を比較した、申立人の上記主張は採用できない。

(3)小活
以上のとおりであるから、申立理由1〜4に理由はない。

第6 令和4年1月20日提出の意見書において申立人が主張する新たな理由(明確性要件違反)について
(1)「自然放冷」の冷却速度について
当該理由は、要するに、本件発明1の「自然放冷」なる用語には、どの程度の冷却速度による冷却が含まれるのか明確でない、というものである。
しかしながら、一般に、「自然放冷」とは、冷却手段を用いることなく放置することで自然に冷却することの意味で用いられていることは明らかであるから、当該用語の意味が明確でない、ということはできない。

(2)「室温」について
当該理由は、要するに、本件発明1の「室温」なる用語が定義されていないために明確でなく、また、本件発明1には、「湿度40%RH以下」なる特定事項も含まれているところ、RH(相対湿度)は温度に応じて変動するものであるから、「室温」の定義がないために上記湿度も不明確になる、というものである。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0022】の「湿度40%RH以下の環境下にて25℃にまで冷却し」、【0036】の「デシケーター内(23℃−10%RH)で室温まで冷却し」といった記載から、本件発明の「室温」とは、23〜25℃程度の温度を意味するものと理解することができるし、当該温度は、一般に「室温」として扱われる温度範囲に含まれるものであるから、本件発明1の「室温」の定義は明確であるといえる。
また、RH(相対湿度)が、温度に応じて変動するものであるとしても、本件発明1の「湿度40%RH以下の環境下」とは、相対湿度で40%を超えない環境下であることを意味することは明らかである。

(3)小活
以上のとおりであるから、申立人が主張する新たな理由に理由はない。

第7 むすび
以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法であって、
平均円形度が0.85以上、比表面積が1〜30m2/gである原料溶融球状シリ カ粉末を、500〜1100℃の温度で、加熱温度(℃)×加熱時間(h)を1000 〜26400(℃・h)とする所定時間、加熱処理し、110〜300℃まで自然放冷 後に球状シリカ粉末を、湿度40%RH以下の環境下にて室温にまで冷却する誘電正接 低減処理を含み、
樹脂に配合してシート状に成形した後、共振器法にて周波数35〜40GHzの条 件で測定した該シートの誘電正接(tanδc)から、下記の式(I)を用いて算出さ れる溶融球状シリカ粉末の誘電正接において、誘電正接低減処理前の原料溶融球状シリ カ粉末の誘電正接(tanδfA)をA、誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の 誘電正接(tanδfB)をBとしたとき、B/Aが0.70以下であり、前記誘電正 接低減処理後の溶融球状シリカ粉末の比表面積が1〜30m2/gであることを特徴 とする、誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
【数1】

ただし、式(I)において記号の意味は次の通り。
Vf;シート中の球状溶融シリカ粉末の体積分率
tanδr;樹脂シート(フィラー配合無し)の誘電正接
【請求項2】
平均円形度が0.85以上であることを特徴とする請求項1に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
【請求項3】
密度が1.8〜2.4g/cm3であることを特徴とする請求項1または2に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
【請求項4】
前記誘電正接低減処理後の溶融球状シリカ粉末を表面処理剤で表面処理する、請求項1〜3いずれか一項に記載の誘電正接低減処理溶融球状シリカ粉末の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-04-20 
出願番号 P2020-184594
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C01B)
P 1 651・ 841- YAA (C01B)
P 1 651・ 121- YAA (C01B)
P 1 651・ 113- YAA (C01B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 後藤 政博
関根 崇
登録日 2020-12-23 
登録番号 6814906
権利者 デンカ株式会社
発明の名称 溶融球状シリカ粉末の製造方法  
代理人 佐藤 剛  
代理人 佐藤 剛  
代理人 川本 真由美  
代理人 川本 真由美  

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