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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  F24F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F24F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  F24F
審判 全部申し立て 2項進歩性  F24F
管理番号 1387501
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-08-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-08 
確定日 2022-05-27 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6843721号発明「空気調和機」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6843721号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−6〕について訂正することを認める。 特許第6843721号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6843721号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成29年9月27日に出願され、令和3年2月26日にその特許権の設定登録がされ、令和3年3月17日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和3年 9月 8日 :特許異議申立人小松珠美(以下、「異議申立人
」という。)による請求項1ないし6に係る特
許に対する特許異議の申立て
令和3年12月 2日付け:取消理由通知書
令和4年 2月 7日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和4年 3月24日 :異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和4年2月7日の訂正の請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし6について訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである(下線は、訂正箇所を示すために当審で付したものである。)。

(1)訂正事項
特許請求の範囲の請求項1に「前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、
前記クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている前記複数の羽根車の個数が17個以上30個以下である、空気調和機。」と記載されているのを「 前記クロスフローファンの1秒当たりの回転数をNとし、前記各羽根車の前記翼の枚数をZとした場合の2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減するように、
前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、且つ
前記クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている前記複数の羽根車の個数が17個以上30個以下とされている、空気調和機。」との記載に訂正する。

2 訂正要件についての判断
(1)訂正事項
ア 訂正の目的について
訂正事項は、訂正前の「空気調和機」の発明を特定しようとする事項のうち、「前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列」と「前記クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている前記複数の羽根車の個数が17個以上30個以下」との2つの事項に対して、ともに「前記クロスフローファンの1秒当たりの回転数をNとし、前記各羽根車の前記翼の枚数をZとした場合の2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減する」ことを限定したことを明らかにする訂正であるから、特許法第126条第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮及び同法同条同項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについて
本件特許明細書の段落【0005】には、「本開示の課題は、2NZ音から3NZ音までの騒音が低減された静粛性の高い空気調和機を提供することである。」、段落【0006】には、「本開示の第1観点に係る空気調和機は、複数の翼を周方向に配列した羽根車を複数設けた円筒状のクロスフローファンと、羽根車の直径の20%以下の寸法の隙間をあけてクロスフローファンの空気流れ上流側に配置されている熱交換器と、を備え、複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている複数の羽根車の個数が14個以上30個以下である、ものである。」、段落【0007】には「第1観点に係る空気調和機によれば、各羽根車で発生する2NZ音から3NZ音までの騒音が互いに十分に打ち消される。」、段落【0009】には、「羽根車の数が17個以上であることから、位相ずれ(スキュー角)の公差などに起因する変動による2NZ音から3NZ音までを含む騒音の変化幅が小さくなる。」と記載されている。
よって、訂正事項は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないことについて
訂正事項は、明瞭でない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を行うものであり、実質的な内容の変更を伴うものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(2)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし6について、請求項2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1ないし6に対応する訂正後の請求項1ないし6は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

3 小活
上記のとおり、訂正事項に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−6〕について訂正することを認める。

第3 本件訂正発明
本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下、「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明6」という。)は、本件訂正により訂正された特許請求の範囲に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
複数の翼(42)を周方向に配列した羽根車(41)を複数設けた円筒状のクロスフローファン(40)と、
前記羽根車の直径の20%以下の寸法の隙間をあけて前記クロスフローファンの空気流れ上流側に配置されている熱交換器(30)と、
を備え、
前記クロスフローファンの1秒当たりの回転数をNとし、前記各羽根車の前記翼の枚数をZとした場合の2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減するように、
前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、且つ
前記クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている前記複数の羽根車の個数が17個以上30個以下とされている、空気調和機。
【請求項2】
前記クロスフローファンは、2000rpm以下の回転数で送風する、
請求項1に記載の空気調和機。
【請求項3】
前記クロスフローファンは、17個以上25個以下の羽根車を有する、
請求項1または請求項2に記載の空気調和機。
【請求項4】
前記クロスフローファンは、前記複数の羽根車の回転軸方向の各々の長さ寸法が前記直径の40%以下である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の空気調和機。
【請求項5】
前記熱交換器は、前記隙間が前記直径の10%以下になるように配置されている、
請求項1から4のいずれか一項に記載の空気調和機。
【請求項6】
前記クロスフローファンは、前記直径が90mm以上150mm以下であり、回転数が700rpm以上2000rpm以下である、
請求項1から5のいずれか一項に記載の空気調和機。」

第4 取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし6に係る特許に対して、当審が令和3年12月2日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
【理由1】:本件特許の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
【理由2】:請求項1ないし6では、スキュー角が何ら特定されていないので、本件発明が解決しようとする課題の解決手段が反映されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないので、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

<異議申立人の特許異議申立における証拠方法>
・甲第1号証:特開2011−58450号公報
・甲第2号証:特開昭58−219337号公報
・甲第3号証:特開平2−106632号公報
(以下、申立人の各号証をそれぞれ「甲1」等という。)

第5 当審の判断
1 甲各号証の記載について
(1)甲1の記載
甲1には次の記載がある(なお、下線は当審において付したものである。以下同様。)。
ア「【技術分野】
【0001】
この発明は、一般的には、貫流ファン、成型用金型および流体送り装置に関し、より特定的には、貫流ファン、その貫流ファンの製造に用いられる成型用金型、およびその貫流ファンを備える空気調和機、空気清浄機、加湿器、除湿器、扇風機、ファンヒータ、冷却装置、換気装置といった流体送り装置に関する。」

イ「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
空気調和機や空気清浄機などに用いられる貫流ファン(クロスフローファン)においては、低騒音化や高効率化を目的として、各種工夫が施されたものが提案されている。特に、翼通過音(笛吹き音)と呼ばれる単波長の騒音や、翼間流れに乱れが生じた際に生ずる騒音(いわゆる、バサツキ音)など聴感上好ましくない異音に対する工夫が提案されている。」

ウ「【0063】
図7は、実施例2において、L/(πD/N)と風量との関係を示すグラフである。図7を参照して、(2式)の関係を満たすL/(πD/N)=1.6である貫流ファン10を用いた場合、回転数1200rpmにおいて約14.1m3/minの風量が測定された。」

エ「【0069】
(3)本実施の形態における貫流ファン10は、下記の関係を満たす。
0.15≦πD/(N×M)≦3.77 (3式)
一例として、D=113.2mm、N=41枚、M=10個のファンブレード21および羽根車12を備える貫流ファン10において、πD/(N×M)は、約0.87となる。
【0070】
ファンブレード21の外径Dおよび枚数N、ならびに羽根車12の個数Mによって規定されるπD/(N×M)の値は、ファンに設けられた全てのファンブレード21についてその断面を中心軸101に直交する平面に投影した場合に、異なる羽根車12間において、投影されたファンブレード21の外径円周位置での重複のし易さの目安となる値である。」

オ「【0074】
また、貫流ファン10の用途によって、適当な羽根車12の個数Mの値も異なるため、これに伴ってπD/(N×M)の好適な範囲も異なる。たとえば、空気調和機や扇風機、換気装置など、比較的羽根車12の個数Mが多くなる電気機器(M≧5)については、0.43≦πD/(N×M)≦1.68の範囲にある場合がより好適であり、たとえば、空気清浄機や加湿器、除湿器など、比較的羽根車12の個数Mが少なくなる電気機器(M≦6)については、1.34≦πD/(N×M)≦2.83の範囲にある場合がより好適である。」

カ「【0088】
[羽根車間のずらし角度の説明]
本実施の形態における貫流ファン10においては、複数の羽根車12が、中心軸101の軸方向から見た場合に隣接する羽根車12間でずらし角度θが生じるように積層されている。」

キ「



ク「



ケ「



甲1の段落【0088】の「貫流ファン10においては、複数の羽根車12が、中心軸101の軸方向から見た場合に隣接する羽根車12間でずらし角度θが生じるように積層されている。」との記載から、甲1には、複数の羽根車12は、互いに隣接する羽根車12の複数のファンブレード(21)のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列されていることが記載されているに等しい。
甲1の図3をみると、複数のファンブレード21は羽根車12の周方向に配列していることが分かり、甲1の図1をみると、貫流ファン10は羽根車12を複数備えて円筒状に形成されていることが分かる。
また、甲1の図16をみると、熱交換器129は、貫流ファン10の空気流れ上流側に貫流ファン10と隙間をあけて配置されていることが分かる。
さらに、甲1の段落【0070】、【0074】の記載から、貫流ファン10は、ファンブレード21の外径をDおよび枚数をN、羽根車12の個数Mとした場合、0.43≦πD/(N×M)≦1.68を満たすように構成されていることが分かる。

上記の記載を総合すると、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。
「複数のファンブレード21を周方向に配列した羽根車12を複数備えた円筒状の貫流ファン10と、
隙間をあけて前記貫流ファン10の空気流れ上流側に配置されている熱交換器129と、
を備え、
前記複数の羽根車12は、互いに隣接する羽根車12の複数のファンブレード21のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、且つ
前記貫流ファン10は、ファンブレード21の外径をDおよび枚数をN、羽根車12の個数Mとした場合、0.43≦πD/(N×M)≦1.68を満たすように構成されている、空気調和機。」

(2)甲2の記載
甲2には次の記載がある。
ア「最近の空気調和機の室内ユニットは、室内の設置面積を小さくする関係上、ケーシングの薄型化を図つているけれども、このケーシングの薄型化に伴い、このケーシング内に組込まれる横流フアンによる運転時の騒音が、室内での静粛な運転上、大きな問題になる。」(第1頁右下欄第3行−第8行参照。)。

イ「又、この室内熱交換器3の下位には、ドレン皿4が間隙5を存して設けられており、このドレン皿及び上記室内熱交換器3の内がわに位置する上記ケーシング1には横流フアンの羽根車6が設けられている。さらに、この羽根車6の吹出流路7には冷風の吹出口8が形成されており、この吹出口8は冷風を下向きにして室内へ送風するようになっている。一方、上記室内熱交換器3の最下位の冷媒管3a上記羽根車6の外周とには離間距離Hの間隙が形成されており、上記冷媒管3aと上記ドレン皿4のノーズ4aとには離間距離Cの間隙が形成されている。特に、上記離間距離Hは、上記羽根車6の直径(外径)Dの約15%としており、他方、上記離間距離Cの間隙は約5mm以内に形成されている。」(第2頁左下欄第12行−同頁右下欄第7行参照。)。

ウ「


上記ア及びイの記載からケーシング1の薄型化のために、横流フアンと室内熱交換器のとの離間距離Hを羽根車6の直径(外形)Dの約15%の寸法の隙間としていることが分かる。
上記イ及びウにおける第3図の記載から、第3図において、外径Dの文字と矢印が記載されているものが、羽根車6を有する横流フアンであることが分かり、第3図をみると、当該横流フアンの空気流れ上流側に室内熱交換器3を横流フアンと離間距離Hの隙間を空けて配置していることが分かる。

上記の記載を総合すると、甲2には、次の技術(以下、「甲2技術」という。)が記載されている。
「ケーシング1の薄型化のために、羽根車6の直径(外径)Dの約15%の寸法の隙間をあけて横流フアンの空気流れ上流側に室内熱交換器3を配置する技術。」

(3)甲3の記載
甲3には次の記載がある。
ア「本発明は、空気調和機の高性能化及び小型化に関するものである。」(第1頁右下欄第9行−第10行参照。)。

イ「しかし、上記従来の空気調和機から性能をさらに上げようとすると、室内ユニットの厚みを増すか、又は高さ寸法が上がってしまう。また付加機能として空気清浄器等も取付けるスペースがない。そこで本発明は、従来の室内ユニットの外形寸法の中で熱交換器の性能を向上し、また付加機能として空気清浄器も取付け可能にすることを目的とする。又は、同性能であれば室内ユニットを小型化することを目的とする。」(第1頁右下欄第19行−第2頁左上欄第7行参照。)。
「ここで室内ユニットの高さ寸法H、厚み寸法D、ファン2と熱交換器1の最小距離yとすると、H、D、yを変えずに従来の熱交換器を組込むと、13段しか組込めない。(伝熱管1dの段ピッチP、ファン2の外径d、水受皿3等の寸法は同一とし、例えばH=360mm、D=150mm、y=6mm、p=21mm、d=86mmとする。)
よって、従来の室内ユニットの外形寸法にて、より大きな熱交換器1(2列14段)を組込むことができ、また吸込面積も大きくなるため同一騒音値に対して、より大風量の風と熱交換できる。したがって性能を大幅に向上させることができる。」(第2頁左下欄第15行−同頁右下欄第7行参照。)。

ウ「



上記イの記載「例えばH=360mm、D=150mm、y=6mm、p=21mm、d=86mmとする。」(第2頁左下欄第20行−同頁右下欄第2行)から、熱交換器1とファン2との間隙yは、ファン2の外径dの約7%(y/d=0.0698)であることが分かる。
上記ウにおける第1図をみると、ファン2の下方側に吹出グリル4があることから、吹出グリル4が空気流れの下流側であることが分かり、その結果、熱交換器1はファン2の空気流れ上流側に配置されていることが分かる。

上記の記載を総合すると、甲3には、次の技術(以下、「甲3技術」という。)が記載されている。
「室内ユニットの小型化のために、ファン2の外径dの約7%の寸法の隙間をあけてファン2の空気流れ上流側に熱交換器1を配置する技術。」

(4)甲4の記載
異議申立書において証拠として提示され、取消理由通知において採用しなかった甲4(米国特許第6034984号明細書)には次の記載がある。
ア「



(4)甲5の記載
異議申立書において証拠として提示され、取消理由通知において採用しなかった甲5(米国特許第8814522号明細書)には次の記載がある。
ア「



(6)甲6の記載
異議申立人が令和4年3月24日に提出した意見書に添付された甲6(韓国公開特許第10−2006−0089076号公報)には、以下の記載がある。
ア「



(7)甲7の記載
異議申立人が令和4年3月24日に提出した意見書に添付された甲7(特開2005−76952号公報)には、以下の記載がある。
ア「【0003】
しかしながら、上記従来の構成の空気調和機は、ブレード枚数が30〜40枚と多く、かつ必要な風量を得るには回転数が700〜1700rpmとなり、これによりクロスフローファンの近傍の熱交換器からファンに流入する位置で生じる特異音を抑えることが最大の課題とされている。この特異音は、その周波数がクロスフローファン5のブレード4の枚数Zと,毎分回転数Nrpmの積とその倍音で現れ、通常羽根ピッチ音と呼ばれる。一般にブレード4の枚数が多いほど、また回転数が大きいほど、羽根ピッチ音の周波数が高く、聴感的に笛を吹くような音色として非常にうるさく感じられる。これに対して、この羽根ピッチ音を弱めるため、いろいろな試みが従来から行われており、その代表的な例として、実開昭59−167990号公報に示されているような一対策案例がある。第14図は従来のクロスフローファン5のブレード4の相対位置を示しており、ファン軸中心に対する各ブレード間のピッチ角φは等しく、その周波数特性は、第15図に示されるように羽根ピッチ音としてN×z/60Hz、及びその倍音として2×N×z/60Hzにピークが現れる。これに対して,対策構造を示す第16図では、ブレード4間のピッチ角φが乱数的に配列されており、図示の対策例では、この部分から発生する羽根ピッチ音の周波数は360×N/(9×60)Hz及び360×N/(11×60)Hzとなる。従って、このようにクロスフローファン羽根車において、乱数的にピッチ角を配列すれば、第17図に示したような特性となり、通常N×z/60Hz、2×N×z/60Hzで現れる羽根ピッチ音及びその倍音のピークが互いに干渉し合って分散して現れる。これにより、羽根ピッチ音は聴感的には他の音と混ざって殆ど聞こえなくなる。」

イ「



(8)甲8の記載
異議申立人が令和4年3月24日に提出した意見書に添付された甲8(機械騒音ハンドブック、日本機械学会編、1991年10月25日 初版)には、以下の記載がある。
ア「羽根車によるものとしては,隣り合う羽根を半ピッチずらすもの(31),羽根を不等ピッチにしたもの(32)がある(図4.4.6)。前者は傾斜させたスタビライザと同様,発生音の位相をずらすものであり,後者は発生する音を積極的に周囲の周波数に分散させるものである。」(257頁)

イ「

」(260頁)


2 取消理由についての判断
2−1 進歩性(特許法第29条第2項)について
(1)本件訂正発明1について
本件訂正発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「ファンブレード21」は、本件訂正発明1における「翼(42)」に相当し、以下同様に、「羽根車12」、「貫流ファン10」、「熱交換器129」、「中心軸101」は、それぞれ、「羽根車(41)」、「クロスフローファン(40)」、「熱交換器(30)」、「回転軸」にそれぞれ相当する。

したがって、両者の一致点、相違点は下記の通りである。
[一致点]
「複数の翼を周方向に配列した羽根車を複数設けた円筒状のクロスフローファンと、
隙間をあけて前記クロスフローファンの空気流れ上流側に配置されている熱交換器と、
を備え、
前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列された、
空気調和機。」

[相違点1]
クロスフローファンと熱交換器との隙間の寸法に関して、本件訂正発明1においては、「羽根車の直径の20%以下」であるのに対し、甲1発明では寸法が特定されていない点。

[相違点2]
本件訂正発明1は、「クロスフローファンの1秒当たりの回転数をNとし、各羽根車の各羽根車の翼の枚数をZとした場合の2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減するように」、「複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され」且つ「複数の羽根車の個数が17個以上20個以下」としたものであるのに対し、甲1発明は、前記複数の羽根車12は、互いに隣接する羽根車12の複数のファンブレード21のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、且つ前記貫流ファン10は、ファンブレード21の外径をDおよび枚数をN、羽根車12の個数Mとした場合、0.43≦πD/(N×M)≦1.68を満たすように構成されている点。

事案に鑑み、まず[相違点2]について検討する。
本件特許明細書の段落【0031】には、「図6に、熱交換器30と羽根車41とが最も近い部分が拡大して示されている。図6に示されている隙間Inが小さくなるほど、騒音が大きくなる傾向がある。この隙間Inは、クロスフローファン40の直径D1を与える円から熱交換器30の伝熱フィン36までの距離である。」との記載があることから、本件訂正発明1は、「羽根車の直径の20%以下の寸法の隙間をあけて」、「クロスフローファンの空気流れ上流側」に「熱交換器」を配置したことにより「2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音」が発生するものであり、当該騒音を「低減」させるために、「複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され」且つ「複数の羽根車の個数が17個以上20個以下」させたものであると認められる。
そして、甲1発明においては、「互いに隣接する羽根車12の複数のファンブレード21のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され」るものの、「貫流ファン10は、ファンブレード21の外径をDおよび枚数をN、羽根車12の個数Mとした場合、0.43≦πD/(N×M)≦1.68を満たすように構成されている」が、DとNの値が不明であるため、羽根車12の個数Mが17個以上20個以下であるかは不明である。
また、甲2技術は「ケーシング1の薄型化のために、羽根車6の直径(外径)Dの約15%の寸法の隙間をあけて横流フアンの空気流れ上流側に室内熱交換器3を配置する技術」であり、甲3技術は「室内ユニットの小型化のために、ファン2の外径dの約7%の寸法の隙間をあけてファン2の空気流れ上流側に熱交換器1を配置する技術」であるものの、甲2技術の羽根車6や甲3技術のファン2において、互いに隣接する羽根が位置ずれして配列されたか及び羽根車6やファン2の個数については不明である。
したがって、甲1発明に、上記甲2技術及び甲3技術を適用して上記相違点2に係る本件訂正発明1とすることが当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
そうすると、相違点1について検討するまでもなく本件訂正発明1は、甲1発明、甲2技術及び甲3技術に基いて当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
また、甲4ないし甲8のいずれも、上記相違点2に係る本件訂正発明1を開示するものではないから、本件訂正発明1は、甲1発明、甲2技術、甲3技術、甲4ないし甲8の記載事項に基いて当業者が容易になし得ることであるとはいえない。
(なお、甲1の段落【0069】には、「D=113.2mm、N=41枚、M=10個のファンブレード21および羽根車12を備える貫流ファン10において、πD/(N×M)は、約0.87となる。」との記載においては、羽根車の個数Mを10個とした場合において、ファンブレード21の外径D=113.2mm、枚数N=41枚を設定したものであると認められるので、段落【0074】の「0.43≦πD/(N×M)≦1.68」の式に、当該外形D=113.2mm、枚数N=41枚との値だけを代入して個数Mを算出することはできない。)。

(2)本件訂正発明2ないし6について
本件訂正発明2ないし6は、本件訂正発明1を直接あるいは間接的に引用するものであって、本件訂正発明1の発明特定事項を全て含むものである。
そして、上記(1)で述べたとおり、本件訂正発明1は、甲1ないし8に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件訂正発明2ないし6も、甲1ないし8に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないことが明らかである。

2−2 サポート要件(特許法第36条第6項第1号)について
図25の記載を参酌すると、例えば羽根車の個数が8個(G41)から23個(G47)に増えると、スキュー角によらず、2〜3NZの相対デシベルが低減傾向にあることが分かる(翼の枚数により相対デシベルが上昇し、羽根車の個数によって相対デシベルに差が出ていない特異点であるスキュー角3.4付近を除く。)。
さらに、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0005】、【0006】の記載を総合すると、本件特許では羽根車の翼を位置ずれして配列すること及び羽根車の個数を増やすことで、2〜3NZの騒音を低減しているものであることが分かる。
そうしてみると、スキュー角の設定は本件特許の課題解決手段ではなく、本件特許の課題解決手段は、羽根車の翼を位置ずれして配列すること及び羽根車の個数を増やすことであると認められ、本件訂正発明1ないし6は、当該課題解決手段が反映されたものと認められるので、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。

2−3 特許異議申立人の主張について
令和4年2月7日付けの意見書において、異議申立人は以下の点について概略主張している。
(1)進歩性に係る甲1発明との対比について、「意見書4頁20行〜26行において、特許権者は、甲1の図15を参照して、騒音低減の効果は350Hzから600Hzであり1NZ音よりも低い周波数帯の騒音(バサツキ音等)の低減のみであると主張する。しかし、甲1の【0116】に「特に350Hz〜550Hzの領域において」と記載されているように、350Hz〜550Hzの領域が騒音低減の効果が顕著に見られるといったことを述べているに過ぎず、甲1の図15を参照すれば明らかなように、1NZ(820Hz)を超えた900Hz前後の騒音も低減されている。したがつて、特許権者の「甲1で記載されているのは、1NZ音よりも低い周波数帯の騒音(バサツキ音等)の低減のみである。」との主張は誤りである。意見書4頁26行〜30行において、特許権者は、本件発明の目的は2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音の抑制であり、甲1発明とは異なると主張している。この特許権者の主張は意味不明である。甲1に記載された引用発明の認定に関して本件発明の目的は関係ない。甲1に羽根車の個数が6個以上20個以下とされた発明が記載されているかが論点であり、甲1の客観的記載を離れて本件発明の目的を参酌する理由はない。したがって、本件発明の目的に関する特許権者の主張は意味不明というほかない。」
(2)サポート要件に係る課題解決手段について、「特許権者が主張するように、本件特許の図25を参照すると、スキュー角4.6°のときの2NZ〜3NZの騒音が、羽根車の個数が多いほど低下しているようである。しかし、4.6°の前後のスキュー角では、羽根車の個数に応じて騒音が低下していることは図25から読み取れない。むしろ、スキュー角4.8°のときは、全ての羽根車の個数について高い騒音レベルで同じ値を示している。そうすると、図25を根拠として、広いスキュー角の範囲で2〜3NZ音の発生を抑制できるとした特許権者の主張は誤りである。」

上記主張(1)について
上記「2 2−1(1)」で上述したとおり、甲1には、貫流ファン10と熱交換器129との間にどの程度隙間を空けているのか及び2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音が発生することは記載されていないので、甲1発明においては、「2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減する」との課題が存在しない。
そうしてみると、甲1発明では当該課題の解決のために、複数の羽根車12について、互いに隣接する羽根車12の複数のファンブレード21のうちの少なくとも1つを位置ずれして配列し、且つ、複数の羽根車の個数を17個以上20個以下として、2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減するようにしたものではないので、特許異議申立人の主張(1)は採用できない。

上記主張(2)について
上記「2 2−2」で上述したとおり、図25を参酌すると、スキュー角が3.6以上の範囲においても羽根車の個数を増やすと、羽根車の個数が少ない場合に比べて、相対的にノイズの相対デシベルが低減していることが分かるので、異議申立人の主張(2)は採用できない。

3 取消理由通知で採用しなかった異議申立理由について
異議申立書において、異議申立人は以下の点について概略主張している。
(1)特許法第29条第1項第3号
本件特許の請求項1ないし6にかかる発明は、甲1記載の発明と同一であり、新規性を有しない。
(異議申立書の4頁〜24頁)

(2)特許法第36条第4項第1号
本件特許明細書の図27にはスキュー角3.0°の時のものしか記載されておらず、他のスキュー角についても、羽根車の個数を変えることで、2NZから3NZ音までの騒音を抑制するという効果を奏するのか不明であり、図25をみると、3.4°〜5.0°の範囲では相対デシベルが比較的大きな値となっているため、本件特許明細書を参酌しても、2NZから3NZ音までの騒音を抑制するという効果を奏する空気調和機を製造することができない。
(異議申立書の23頁〜25頁)

(3)当審の判断
ア 上記(1)について
上記「2 2−1(1)」で上述したとおり、本件訂正発明1は甲1記載の発明と相違し、当該相違点は実質的な相違点であるため、同一ではなく、新規性を有する。
また、本件訂正発明2ないし6は、本件訂正発明1を直接あるいは間接的に引用するものであって、本件訂正発明1の発明特定事項の全てを含むものであるので、同様に甲1記載の発明と同一ではなく、新規性を有する。
よって、特許異議申立人の主張(1)は、採用できない。

イ 上記(2)について
上記「2 2−2」で上述したとおり、図25及び【0044】等の関連する箇所には、スキュー角の全域にわたり、羽根車の個数を増やすと、個数の少ない場合に比べて、相対的にノイズの相対デシベルが低減したとする測定結果が記載されている。
そうしてみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面には、羽根車の個数を変えることで、2NZから3NZ音までの騒音を抑制することが記載されていると認められる。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び図面は当業者が請求項1ないし6に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
よって、異議申立人の主張(2)は、採用できない。

なお、異議申立書の1頁の「3 申し立ての理由」の「(1)申し立ての理由の要約」において、「特許法第36条6項2号(請求項1−6)」との記載があるが、異議申立書の25頁には「特許法第36条6項2号違反(サポート要件違反)」との記載があり、25頁、26頁の内容を総合すると、「特許法第36条6項第1号」の誤記であると認められる。
そして、「特許法第36条6項第1号」の判断については、上記「2 2−2」のとおりである。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の翼(42)を周方向に配列した羽根車(41)を複数設けた円筒状のクロスフローファン(40)と、
前記羽根車の直径の20%以下の寸法の隙間をあけて前記クロスフローファンの空気流れ上流側に配置されている熱交換器(30)と、
を備え、
前記クロスフローファンの1秒当たりの回転数をNとし、前記各羽根車の前記翼の枚数をZとした場合の2NZから3NZまでの周波数を持つ騒音を低減するように、
前記複数の羽根車は、互いに隣接する羽根車の前記複数の翼のうちの少なくとも1つが位置ずれして配列され、且つ
前記クロスフローファンは、回転軸に沿って並べられている前記複数の羽根車の個数が17個以上30個以下とされている、空気調和機。
【請求項2】
前記クロスフローファンは、2000rpm以下の回転数で送風する、
請求項1に記載の空気調和機。
【請求項3】
前記クロスフローファンは、17個以上25個以下の羽根車を有する、
請求項1または請求項2に記載の空気調和機。
【請求項4】
前記クロスフローファンは、前記複数の羽根車の回転軸方向の各々の長さ寸法が前記直径の40%以下である、
請求項1から3のいずれか一項に記載の空気調和機。
【請求項5】
前記熱交換器は、前記隙間が前記直径の10%以下になるように配置されている、
請求項1から4のいずれか一項に記載の空気調和機。
【請求項6】
前記クロスフローファンは、前記直径が90mm以上150mm以下であり、回転数が700rpm以上2000rpm以下である、
請求項1から5のいずれか一項に記載の空気調和機。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-05-19 
出願番号 P2017-186489
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (F24F)
P 1 651・ 121- YAA (F24F)
P 1 651・ 536- YAA (F24F)
P 1 651・ 537- YAA (F24F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 松下 聡
特許庁審判官 西村 泰英
田村 佳孝
登録日 2021-02-26 
登録番号 6843721
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 空気調和機  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  

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