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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C08J 審判 全部申し立て 2項進歩性 C08J 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C08J 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C08J |
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管理番号 | 1387503 |
総通号数 | 8 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-08-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-09-17 |
確定日 | 2022-05-23 |
異議申立件数 | 2 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第6854124号発明「熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた回路基板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6854124号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[3〜12]について訂正することを認める。 特許第6854124号の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を維持する。 特許第6854124号の請求項3及び7に係る特許に対する特許異議申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6854124号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし12に係る特許についての出願は、平成28年12月28日の出願であって、令和3年3月17日にその特許権の設定登録(請求項の数12)がされ、同年4月7日に特許掲載公報が発行されたものである。 その後、その特許に対し、令和3年9月17日に特許異議申立人 天野 真弓(以下、「特許異議申立人A」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされるとともに、同年10月7日に特許異議申立人 森田 弘潤(以下、「特許異議申立人B」という。)により、特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされ、令和4年2月17日付で取消理由が通知され、同年4月20日に特許権者 株式会社クラレ(以下、「特許権者」という。)より意見書の提出及び訂正の請求がされたものである。 なお、下記第2 1のとおり、令和4年4月20日にされた訂正請求は、一部の請求項の削除のみを目的とするものであるから、特許法第120条の5第5項ただし書における特別の事情にあたるものと合議体は判断し、特許異議申立人A及びBに意見書の提出の機会は与えないこととした。 第2 訂正の適否についての判断 1 訂正の内容 令和4年4月20日にされた訂正の請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。) (1) 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (2) 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項4に、 「請求項1〜3のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、120℃における20GHzの誘電率が2.5〜4.0である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 と記載されているのを、 「請求項1または2のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、120℃における20GHzの誘電率が2.5〜4.0である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 に訂正する。 請求項4の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様に訂正する。 (3) 訂正事項3 特許請求の範囲の請求項5に、 「請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、融点が200〜400℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 と記載されているのを、 「請求項1〜2および4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、融点が200〜400℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 に訂正する。 請求項5の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様に訂正する。 (4) 訂正事項4 特許請求の範囲の請求項6に、 「請求項1〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、熱可塑性液晶ポリマーが、融点+20℃におけるせん断速度1000s−1の溶融粘度30〜120Pa・sを有する、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 と記載されているのを、 「請求項1〜2および4〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、熱可塑性液晶ポリマーが、融点+20℃におけるせん断速度1000s−1の溶融粘度30〜120Pa・sを有する、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 に訂正する。 請求項6の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様に訂正する。 (5) 訂正事項5 特許請求の範囲の請求項7を削除する。 (6) 訂正事項6 特許請求の範囲の請求項8に、 「請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、10GHz〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 と記載されているのを、 「請求項1〜2および4〜6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、10GHz〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 に訂正する。 請求項8の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様に訂正する。 (7) 訂正事項7 特許請求の範囲の請求項9に、 「少なくとも1つの導体層と、請求項1〜8のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。」 と記載されているのを、 「少なくとも1つの導体層と、請求項1〜2、4〜6および8のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。」 に訂正する。 請求項9の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様に訂正する。 なお、請求項3〜12は一群の請求項である。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1) 訂正事項1に係る請求項3の訂正について 訂正事項1に係る請求項3の訂正は、請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるから、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。 (2) 訂正事項5に係る請求項7の訂正について 訂正事項5に係る請求項7の訂正は、請求項7を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるから、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。 (3) 訂正事項2ないし4、6及び7に係る請求項4ないし6、8及び9に係る訂正について 訂正事項2ないし4、6及び7に係る請求項4ないし6、8及び9に係る訂正はいずれも、請求項3あるいは7が削除されたことに伴い、引用先請求項から請求項3あるいは7を削除する訂正であるから特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、これらの訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。 請求項4ないし6、8及び9の記載を直接又は間接的に引用する他の請求項についても同様である。 3 小括 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[3〜12]について訂正することを認める。 第3 本件特許発明 上記第2のとおり、訂正後の請求項[3〜12]について訂正することを認めるので、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明12」という。また、総称して「本件特許発明」という。)は、令和4年4月20日に提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルムであって、前記熱可塑性ポリマーは、 下記式(1): 【化1】 (式中、a、b、c、dは、互いに独立に0または1である。ただし、a+b=1、c+d=1であって、bおよびcが同時に0になることはない。) で示される構造単位を、熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構成単位中、30〜90モル%含むとともに、 前記フィルムにおいて、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)が、下記式: C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。) を満たす、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項2】 請求項1に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、式(1)の構造単位中、6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸に由来する構造単位を30〜100モル%含む、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項3】(削除) 【請求項4】 請求項1または2のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、120℃における20GHzの誘電率が2.5〜4.0である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項5】 請求項1〜2および4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、融点が200〜400℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項6】 請求項1〜2および4〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、熱可塑性液晶ポリマーが、融点+20℃におけるせん断速度1000s−1の溶融粘度30〜120Pa・sを有する、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項7】(削除) 【請求項8】 請求項1〜2および4〜6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、10GHz〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項9】 少なくとも1つの導体層と、請求項1〜2、4〜6および8のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。 【請求項10】 請求項9に記載の回路基板であって、多層回路である回路基板。 【請求項11】 請求項9または10に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。 【請求項12】 請求項9〜11のいずれか一項に記載の回路基板を含む車載レーダ。」 第4 特許異議申立人が主張する特許異議申立理由について 特許異議申立人A及び特許異議申立人Bが特許異議申立書において、請求項1ないし12に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の要旨は、それぞれ次のとおりである。 1 特許異議申立人Aが申し立てた特許異議申立理由の要旨 特許異議申立人Aが申し立てた請求項1ないし13に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨(下記(1)〜(4))及び証拠方法(同(5))は、次のとおりである。 (1) 申立理由A1(新規性) 本件特許の請求項1ないし9に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲A1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (2) 申立理由A2−1(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲A1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (3) 申立理由A2−2(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲A3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (4) 申立理由A3(サポート要件) 本件特許の請求項1ないし12についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 申立理由A3は、概略次のとおりである。 本件特許発明1は請求項1に記載の通りであるが、実施例において「2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸1034.99g(55モル%)、ハイドロキノン272.52g(ポリマー中の組成としては22.5モル%)、2,6−ナフタレンジカルボン酸378.33g(17.5モル%)、テレフタル酸83.07g(5モル%)をモノマー原料とする熱可塑性液晶ポリマー」の誘電正接および誘電率が測定されているだけである。 したがって、式(1)で示される構造単位を、熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構造単位中、30〜90モル%含む熱可塑性液晶ポリマーが全て高温下においても誘電正接の上昇を抑制できるのか定かではなく、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 請求項1を引用する請求項2−12についても同様の点が指摘される。 (5) 証拠方法 甲A1号証:特開2012−77117号公報 (下記の甲B3号証と同じ文献である。) 甲A2号証:特開2008−100528号公報 甲A3号証:特開2005−272819号公報 なお、証拠の表記は、おおむね特許異議申立書の記載にしたがった。 2 特許異議申立人Bが申し立てた特許異議申立理由の要旨 特許異議申立人Bが申し立てた請求項1ないし12に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨(下記(1)〜(9))及び証拠方法(同(10))は、次のとおりである。 (1) 申立理由B1(明確性要件) 本件特許の請求項3ないし12についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 申立理由B1は、概略次のとおりである。 誘電正接は温度と周波数以外に湿度への依存度が非常に大きいことから、その測定条件に係る湿度が決まらない以上は、誘電正接の値を一義的に定義することはできない。 故に、「120℃における20GHzの誘電正接(Tanδ120)が0.004以下である」との特定事項を有する本件特許発明3は、明確ではない。 「40℃における20GHzの誘電正接(Tanδ40)」と「120℃における20GHzの誘電正接(Tanδ120)」についての特定事項を有する本件特許発明7についても同じく明確ではない。 また、請求項3あるいは7を引用する請求項4−12についても同様である。 (2) 申立理由B2(実施可能要件) 本件特許の請求項1ないし12についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 申立理由B2は、概略次のとおりである。 (申立理由B2−1) 本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても、実施例1の具体的な事案を除いては、本件特許発明3および7に規定する誘電正接のパラメータを満たす熱可塑性液晶ポリマーフィルムをどのようにすれば製造できるのか理解することができない。 請求項3あるいは7の記載を引用する、請求項4−12についても同様である。 (申立理由B2−2) 本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても、実施例1の具体的な事案を除いては、本件特許発明1に規定する誘電率の面内での変動係数Cを満たす熱可塑性液晶ポリマーフィルムをどのようにすれば製造できるのか理解することができない。 請求項1の記載を引用する、請求項2−12についても同様である。 (申立理由B2−3) 本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても、変動係数Cの条件を満たしつつ、120℃、20GHzの誘電率を2.5〜4.0の全範囲で調整することは過度の試行錯誤を要するものである。 請求項4の記載を引用する、請求項5−12についても同様である。 (3) 申立理由B3(サポート要件) 本件特許の請求項1ないし12についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 申立理由B3は、概略次のとおりである。 (申立理由B3−1) 本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載からは、変動係数に関する構成要件Cの式「C=σ/εave×100≦1」と、本件特許の技術的課題である高温下における誘電正接(120℃における誘電正接の値)との技術的関連性は全く不明というほかなく、その数式が示す範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者が理解できる程度に記載されているとも、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載されているとも認められない。 (申立理由B3−2) 本件特許発明に規定する式(1)で示される構造単位の30〜90モル%という割合が、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に示す「高温下における誘電正接が低減された熱可塑性液晶ポリマーフィルム」と言いうる120℃における誘電正接の値と対応しているとは考え難く、少なくともそのことは本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載からは何ら明らかにされていない。 したがって、実質的に本件特許発明の唯一の解決手段となり得る、式(1)で示される構造単位の割合の数値範囲に関しても、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。 (4) 申立理由B4−1(新規性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (5) 申立理由B4−2(新規性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (6) 申立理由B4−3(新規性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B3号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (7) 申立理由B5−1(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (8) 申立理由B5−2(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (9) 申立理由B5−3(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (10) 証拠方法 甲B1号証:特開2011−157533号公報 甲B2号証:特開2010−31256号公報 甲B3号証:特開2012−77117号公報 (甲A1号証と同じである) 甲B4号証:電子情報通信学会 技法コンテンツアーカイブ 2006/ 10/16「LCP(液晶ポリマー)の高機能化(透明耐熱 性樹脂・一般)」https://www.ieice.org/publications/ken /summary.php?contribution_id=KJ00004399653 甲B5号証:試験報告書(住ベリサーチ株式会社) 甲B6号証:特開2009−127025号公報 甲B7号証:特開2010−37474号公報 甲B8号証:フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」 の「誘電正接」に関する説明 https://ja.wikipedia.org/ wiki/%E8%AA%98%E9%9B%BB%E6%AD%A3%E6%8E%A5 甲B9号証:「低損失誘導体の損失角とその温湿度特性について」電気学 会雑誌 1967年87巻950号2249−2255頁 書誌情報:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ieejjour nal1888/87/950/_contents/-char/ja なお、証拠の表記は、おおむね特許異議申立書の記載にしたがった。 第5 令和4年2月17日付けで特許権者に通知した取消理由の概要 請求項3ないし12に係る特許に対して、当審が令和4年2月17日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は次のとおりである。(なお、特許異議申立理由のうち、申立理由B1は、取消理由に包含される。) ・取消理由(明確性) 本件特許の請求項3〜12に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。 なお、取消理由の概略は次のとおりである。 本件特許明細書における誘電正接の具体的な測定方法では、温度及び周波数が特定されているものの、その他の条件については何ら記載されていない。 しかしながら、誘電正接(tanδ)の測定においては、温度、周波数のみならず、湿度も大きな影響を及ぼすことは、例えば、特許異議申立人 森田 弘潤が提出した甲第8号証(「性能を左右する要素」の項)及び甲第9号証(「<3・2>低損失試料の温度・湿度特性と表面漏えい電流の影響」の項)に記載されているように、当該技術分野における技術常識である。 そして、本件特許明細書及び特許請求の範囲には、誘電正接の測定における湿度条件についての記載はなく、当該技術分野において、誘電正接を測定する際に特定の湿度で測定するものであるとの技術常識があるとも認めることができない。 してみると、本件特許発明3あるいは本件特許発明7で特定するところの誘電正接の値あるいは関係式は、結局のところ、どのような条件下で特定されるものか明確であるとはいえないから、そのような特定事項を有する本件特許発明3及び本件特許発明7は、明確ではない。 本件特許発明3、あるいは、本件特許発明7の特定事項を全て含む本件特許発明4ないし12についても同様である。 第6 当審の判断 1 取消理由についての当審の判断 第2 1のとおり、令和4年4月20日にされた訂正請求により、請求項3および請求項7は削除された。 よって、取消理由は解消した。 2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について (1) 申立理由A1(甲A1号証を根拠とする新規性)、申立理由A2−1(甲A1号証を主引例とする進歩性)、申立理由B4−3(甲B3号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−3(甲B3号証を主引例とする進歩性)について(合議体注:甲A1号証と甲B3号証は同じ文献である。以下、「甲A1号証」として記載する。) ア 甲A1号証の記載事項等 (ア) 甲A1号証の記載事項 甲A1号証には、「熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた伝送線路」に関し、次の記載がある。 「【請求項1】 光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマーからなるフィルム(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーフィルムと称する)であって、 熱膨張係数0〜25ppm/℃であるとともに、 面内における誘電率の変動係数C(%)が、下記式(1)を満たす熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 C=σ/εave×100<0.40 (1) (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。) 【請求項2】 請求項1において、誘電率の平均値が、3.30以下である熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項3】 請求項1または2において、15GHzにおける誘電正接が、0.005以下である熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項4】 請求項1〜3のいずれか一項において、ミリ波アンテナ用フィルムとして用いられる熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 「【0001】 本発明は、光学的異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマーからなるフィルム(以下、熱可塑性液晶ポリマーフィルムと称する)に関し、面内誘電率を高度に制御した熱可塑性液晶ポリマーフィルム、特にミリ波(10GHz〜300GHz)アンテナ用途に対して有用な熱可塑性液晶ポリマーフィルムに関する。」 「【0008】 従って、本発明の目的は、面方向の熱膨張係数が所定の範囲内にあるとともに、面内における誘電率のばらつきが極めて少ない熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。 本発明の別の目的は、上述の効果に加えて、強伸度特性に優れている熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。 【0009】 本発明の他の目的は、ミリ波アンテナを形成するのに好適な熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。 本発明のさらに他の目的は、伝送損失を低減することができる伝送線路を提供することにある。」 「【0019】 [熱可塑性液晶ポリマー] 熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、溶融成形できる液晶性ポリマーから形成され、この熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマーであれば特にその化学的構成については特に限定されるものではないが、例えば、熱可塑性液晶ポリエステル、又はこれにアミド結合が導入された熱可塑性液晶ポリエステルアミドなどを挙げることができる。 ・・・ 【0029】 これらの共重合体のうち、p−ヒドロキシ安息香酸および/または6−ヒドロシキ−2−ナフトエ酸を少なくとも繰り返し単位として含む重合体が好ましく、特に、(i)p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロシキ−2−ナフトエ酸との繰り返し単位を含む重合体、(ii)p−ヒドロキシ安息香酸および6−ヒドロシキ−2−ナフトエ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ヒドロキシカルボン酸と、4,4’−ジヒドロキシビフェニルおよびヒドロキノンからなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジオールと、テレフタル酸、イソフタル酸および2,6−ナフタレンジカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジカルボン酸との繰り返し単位を含む重合体が好ましい。 ・・・ 【0031】 また、(ii)の重合体の場合、p−ヒドロキシ安息香酸および6−ヒドロシキ−2−ナフトエ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ヒドロキシカルボン酸(C)と、4,4’−ジヒドロキシビフェニルおよびヒドロキノンからなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジオール(D)と、テレフタル酸、イソフタル酸および2,6−ナフタレンジカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジカルボン酸(E)の、液晶ポリマーにおける各繰り返し単位のモル比は、芳香族ヒドロキシカルボン酸(C):前記芳香族ジオール(D):前記芳香族ジカルボン酸(E)=30〜80:35〜10:35〜10程度であってもよく、より好ましくは、(C):(D):(E)=35〜75:32.5〜12.5:32.5〜12.5程度であってもよく、さらに好ましくは、(C):(D):(E)=40〜70:30〜15:30〜15程度であってもよい。」 「【0050】 (誘電率) 熱可塑性液晶ポリマーフィルムの誘電率は、例えば、15GHzにおける熱可塑性液晶ポリマーフィルムのTD方向の誘電率は、3.30以下(例えば、1.8〜3.28程度)であってもよく、好ましくは2.5〜3.25程度であってもよい。なお、誘電率は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。 【0051】 本発明において特筆すべき点は、特定の製造方法を用いているため、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、面内における誘電率の変動係数C(%)が下記式(1)を満たしている。 C=σ/εave×100<0.40 (1) (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。) 【0052】 Cは、好ましくは0.30未満であってもよく、より好ましくは0.20未満であってもよい。 ここで、誘電率のばらつきを評価するうえで重要なことは、膜厚を正確に測定することと、評価するフィルムの全体の大きさに応じて適宜サンプルの取得方法を調節することである。 【0053】 すなわち、以下に示す所定の方法で切り出されたサンプルをもとに、切り出されたサンプルの誘電率についての平均値および標準偏差を算出することが必要である。 (1)TD方向の切り出し方 まず、TD方向での切り出し方については、(a)フィルムの全幅28cm以上の場合と、(b)フィルムの全幅28cm未満の場合に分けて行なわれる。 【0054】 (a)フィルムの全幅28cm以上の場合 フィルムを均等に7列に分割後、各列の中央4cmをサンプリングする。 例えば、全幅W(cm)のとき、w=(W?4x7)/7より、サンプリング間隔w(cm)を決定する。 【0055】 次いで、このwに基づいて、TD方向の一端から他端に向かって、 第1サンプル:wx1/2〜4+wx1/2 (cm) 第2サンプル:4+wx3/2〜8+wx3/2 (cm) 第3サンプル:8+wx5/2〜12+wx5/2 (cm) 第4サンプル:12+wx7/2〜16+wx7/2 (cm) 第5サンプル:16+wx9/2〜20+wx9/2 (cm) 第6サンプル:20+wx11/2〜24+wx11/2 (cm) 第7サンプル:24+wx13/2〜28+wx13/2 (cm) の順で、サンプルの切り出し幅を決定する。 【0056】 具体的には、例えば全幅W=56cmの場合、サンプリング間隔w=(56−4x7)/7=4cmとなる。 そして、TD方向の一端から他端に向かって、2〜6cm、10〜14cm、18〜22cm、26〜30cm、34〜38cm、42〜46cm、50〜54cmの箇所においてサンプルの切り出しが行なわれる。 【0057】 (b)フィルムの全幅28cm未満の場合 フィルムのTD方向において、4cm幅のサンプルを等間隔で採取できるだけ採取する。例えば、全幅W’(W’<28)とし、全幅W’から4cm幅のサンプルを採取できるサンプルの最大値をs(1≦s≦6)とすると、サンプリング間隔w’は、w’=(W’−4xs)/sとして求めることができる。 具体的には、例えば全幅W=15cmの場合、採取できるサンプルの最大値sは3であり、全幅W=18cmならば、採取できるサンプルの最大値sは4である。 (2)MD方向の切り出し方 MD方向での切り出し方についても、(a)フィルムの全長100cm以上の場合と、(b)フィルムの全長100cm未満の場合に分けて行なわれる。 【0058】 (a)フィルムの全長100cm以上の場合 全長100cm以上の場合、MD方向に任意の100cmを選び、均等に10行に分割後、各行の中央5cmをサンプリングする。 (b)フィルムの全長50cm以上100cm未満の場合 フィルムをMD方向に均等に10行に分割後、各行の中央5cmをサンプリングする。 (c)フィルムの全長50cm未満の揚合 フィルムのMD方向において、5cm幅のサンプルを等間隔で採取できるだけ採取する。 【0059】 フィルムのサイズは、工業的規模での実施を確保する観点から、通常、幅12cm以上、長さ30m以上であり、幅30cm以上、長さ50m以上であることが好ましい。そのような場合、サンプル枚数は、幅3〜7列、長手6〜10行となるので、サンプル18〜70枚について測定を行うことになる。」 「【実施例】 【0066】 以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何ら限定されるものではない。 ・・・ 【0068】 [誘電率測定] 王子計測機器(株)製分子配向計「MOA6015」を用いて、TD方向、MD方向のそれぞれにおいて採取した各サンプルについて、TD方向、MD方向の15GHzでの誘電率および誘電正接を測定した。また、測定の際に入力する膜厚は、上述した膜厚を採用した。 ・・・ 【0072】 (実施例1〜4および比較例1・2) (1)原反熱可塑性液晶ポリマーフィルムの作製 p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27)で、融点が280℃である熱可塑性液晶ポリマーを単軸押0出機(合議体注:「単軸押出機」の誤記と認められる。)で加熱混練し、環状インフレーションダイ(ダイ直径46.0mm、ダイスリット間隔800μm)から、溶融押出し、融点280℃、膜厚100μmの原反フィルムを作製した。得られた原反フィルムは、Lotにより、それぞれの誘電率がばらついていた。原反フィルムのMD方向とTD方向の誘電率を、表7に示す。 【0073】 (2)熱処理 支持体として、厚さ50μmのアルミニウム箔を用い、連続熱ロールプレス装置に耐熱ゴムロール(硬さ90度)と、加熱金属ロールを取り付け、耐熱ゴムロール面に熱可塑性液晶ポリマーフィルム原反が、加熱金属ロール面にアルミニウム箔が接触するようにロール間に供給し、260℃の加熱状態で圧力10kg/cm2で圧着して、熱可塑性液晶ポリマーフィルム/アルミニウムの構成の積層板を作製した。続いて、炉内において、左側、中央、右側をそれぞれ表7に示す所定の温度に精密に制御した炉長1.5mの熱風循環式熱処理炉に、前記積層板を3m/分の速度で加熱処理し、熱処理後の積層板を得た。得られた積層板において、フィルムを支持体に対して180°の角度で剥がし、誘電率および熱膨張係数が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルム(TD方向の幅:530mm、MD方向の長さ:100m、厚み:100μm、引張り破断強度:30kg/mm2、引張り破断伸度:45%)を得た。得られたフィルムのその他の物性を表7に示す。 ・・・ 【0077】 【表7】 」 (イ) 甲A1号証に記載された発明 上記(ア)の記載、特に実施例1の記載を中心に整理すると、甲A1号証には次の発明(以下、「甲A1発明」が記載されていると認める。 「p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27)で、融点が280℃である熱可塑性液晶ポリマーを単軸押出機で加熱混練し、環状インフレーションダイ(ダイ直径46.0mm、ダイスリット間隔800μm)から、溶融押出し、融点280℃、膜厚100μmの原反フィルムを作製し、 支持体として、厚さ50μmのアルミニウム箔を用い、連続熱ロールプレス装置に耐熱ゴムロール(硬さ90度)と、加熱金属ロールを取り付け、耐熱ゴムロール面に熱可塑性液晶ポリマーフィルム原反が、加熱金属ロール面にアルミニウム箔が接触するようにロール間に供給し、260℃の加熱状態で圧力10kg/cm2で圧着して、熱可塑性液晶ポリマーフィルム/アルミニウムの構成の積層板を作製し、続いて、炉内において、左側、中央、右側をそれぞれ表7に示す所定の温度に精密に制御した炉長1.5mの熱風循環式熱処理炉に、前記積層板を3m/分の速度で加熱処理し、熱処理後の積層板を得、 得られた積層板において、フィルムを支持体に対して180°の角度で剥がし、得られたフィルムの15GHzでの測定による誘電率(MD,TD平均値)が3.23、誘電正接(MD,TD平均値)が0.03、C(ばらつき)が0.29である熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 なお、特許異議申立人Bは、甲A1号証(甲B3号証)に記載された発明について、甲A1号証の請求項1及び【0031】の記載から認定できる旨を主張している節がみられるので検討するに、【0031】の記載は、あくまで選択肢の一つとして「6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸」があげられているにすぎないから、これらの記載から、恣意的に「6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸」を採用して上記発明を認定することはできない。 イ 対比・判断 (ア) 本件特許発明1について 本件特許発明1と甲A1発明とを対比する。 甲A1発明の「6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸」は、本件特許発明1の式(1)を満たす化合物である。 また、甲A1発明の「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」は、本件特許発明1の「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルム」に相当することも明らかである。 また、甲A1発明の「C(ばらつき)」は、「C=σ/εave×100<0.40 (1) (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。)」(【0051】)により算出されるものであり、その値は0.29であり、その測定条件が15GHzであるから(なお、温度についての明示はないが、明示がない場合は通常室温、すなわち、25℃と解される)、本件特許発明1の「フィルムにおいて、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)が、下記式: C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。)」との特定事項を満たす。 すると、両者は、 「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルムであって、前記熱可塑性ポリマーは、 下記式(1): 【化1】 (式中、a、b、c、dは、互いに独立に0または1である。ただし、a+b=1、c+d=1であって、bおよびcが同時に0になることはない。) で示される構造単位を含むとともに、 前記フィルムにおいて、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)が、下記式: C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。) を満たす、 熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 で一致し、次の点で相違する。 (相違点A1) 熱可塑性液晶ポリマーフィルムに含まれる式(1)の構造単位に関し、本件特許発明1は、「熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構成単位中、30〜90モル%含む」と特定されるのに対し、甲A1発明は、27モル%(p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27))である点。 上記相違点について検討する。 上記相違点A1であげるように、式(1)の構造単位の割合が、本件特許発明1と甲A1発明とでは異なる。 よって、本件特許発明1は甲A1発明ではない。 また、甲A1号証や他の証拠を見ても、甲A1発明において、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに含まれる「6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸」の割合を変更する動機付けがない。 そして、本件特許発明1は、式(1)の割合を、30〜90モル%含むものとすることにより、明細書記載(特に【0011】、【0029】、実施例及び【表6】)の予期せぬ効果を奏するものであるといえる。(なお、甲A1発明の27モル%は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明における「比較例1」に相当するものである。) してみれば、本件特許発明1は、甲A1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 (イ) 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12について 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。 そして、上記(ア)のとおり、本件特許発明1は、甲A1発明ではなく、また、甲A1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は甲A1発明ではないし、また、甲A1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 ウ 申立理由A1(甲A1号証を根拠とする新規性)、申立理由A2−1(甲A1号証を主引例とする進歩性)、申立理由B4−3(甲B3号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−3(甲B3号証を主引例とする進歩性)についてのまとめ 上記イのとおりであるから、申立理由A1、A2−1、B4−3、B5−3によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (2) 申立理由A2−2(甲A3号証を主引例とする進歩性)について ア 甲A3号証に記載された発明 甲A3号証には、「芳香族液晶ポリエステル及びその用途」についての記載があり、その実施例5及び段落【0044】の記載を中心に整理すると、甲A3号証には、次の発明(以下、「甲A3発明」という。)が記載されていると認める。 「攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計及び還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸1034.99g(5.5モル)、ハイドロキノン272.52g(2.475モル、0.225モル過剰に使用。)、2,6−ナフタレンジカルボン酸378.33g(1.75モル)、テレフタル酸83.07g(0.5モル)、無水酢酸1226.87(11.9モル)および触媒としての1−メチルイミダゾール0.17gを加え、室温で15分間攪拌した後、攪拌しながら昇温した。内温が145℃となったところで、同温度で攪拌しながら1時間保温し、 次に、留出する副生酢酸、未反応の無水酢酸を留去しながら、145℃から310℃まで3時間30分かけて昇温した。同温度で3時間保温してプレポリマーを得、 このプレポリマーを室温に冷却し、粉砕機で粉砕して、プレポリマーの粉末(粒子径は約0.1mm〜約1mm)を得、 得られた粉末を25℃から250℃まで1時間かけて昇温したのち、同温度から315℃まで5時間かけて昇温し、次いで同温度で3時間保温して固相重合させた後、冷却することにより、芳香族液晶ポリエステル粉末を得、 得られた芳香族ポリエステルの粉末を、一軸押し出し機(スクリュー径50mm)内で溶融し、その押し出し機先端のTダイ(リップ長さ300mm、リップクリアランス1mm、ダイ温度360℃)より、ドラフト比4の条件でフィルム状に押し出し、冷却して得られた、厚さ250μmの芳香族液晶ポリエステルフィルム。」 イ 対比・判断 (ア) 本件特許発明1について 本件特許発明1と甲A3発明とを対比する。 甲A3発明の「2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸」は、本件特許発明1の式(1)を満たす化合物である。 また、甲A3発明の「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」は、本件特許発明1の「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルム」に相当することも明らかである。 すると、両者は、 「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルムであって、前記熱可塑性ポリマーは、 下記式(1): 【化1】 (式中、a、b、c、dは、互いに独立に0または1である。ただし、a+b=1、c+d=1であって、bおよびcが同時に0になることはない。) で示される構造単位を含む 熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 で一致し、次の点で相違する。 (相違点A3−1) 熱可塑性液晶ポリマーフィルムに含まれる式(1)の構造単位に関し、本件特許発明1は、「熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構成単位中、30〜90モル%含む」と特定されるのに対し、甲A3発明にはそのような特定がない点。 (相違点A3−2) 熱可塑性液晶ポリマーフィルムの、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)について、本件特許発明1は、「C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。)」と特定されるのに対し、甲A3発明にはそのような特定がない点。 事案に鑑み、先ず、相違点A3−2について検討する。 甲A3号証は、「誘電損失が抑制され、耐熱性に優れたフィルムを与えるのみならずフルム加工性にも優れる芳香族液晶ポリエステル、及びフィルム加工性に一層優れ、安定的に連続フィルムを与える芳香族液晶ポリエステル等を提供すること」(【0005】)を目的とするものであるところ、甲A3号証の明細書の発明の詳細な説明全体、さらには他の証拠を通じてみても、可塑性液晶ポリマーフィルムの特定条件下における誘電率の面内での変動について着目あるいは示唆する記載はない。 なお、甲A1号証には、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの特定条件下における誘電率の面内のばらつきに関する記載はあるものの、甲A1号証に記載の技術事項を甲A3号証に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムに適用する動機付けがあるとはいえない。 してみると、他の相違点については検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲A3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (イ) 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12について 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。 そして、上記(ア)のとおり、本件特許発明1は、甲A3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は、甲A3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 ウ 申立理由A2−2(甲A3号証を主引例とする進歩性)についてのまとめ 上記イのとおりであるから、申立理由A2−2によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (3) 申立理由B4−1(甲B1号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−1(甲B1号証を主引例とする進歩性)について ア 甲B1号証に記載された発明 甲B1号証には、「液晶ポリエステル組成物及びそのフィルム」についての記載があり、その実施例1の記載を中心に整理すると、甲B1号証には、次の発明(以下、「甲B1発明」という。)が記載されていると認める。 「攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計及び還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸1034.99g(5.5モル)、2,6−ナフタレンジカルボン酸378.33g(1.75モル)、テレフタル酸83.07g(0.5モル)、ハイドロキノン272.52g(2.475モル(2,6−ナフタレンジカルボン酸及びテレフタル酸に対して0.225モル過剰))、無水酢酸1226.87g(12.0モル)、及び触媒として1−メチルイミダゾール0.17gを入れ、室温で15分間にわたって攪拌した後、攪拌しながら昇温し、内温が145℃となったところで、同温度(145℃)を保持したまま1時間にわたって攪拌し、 次に、留出する副生酢酸と未反応の無水酢酸を留去しながら、145℃から310℃まで3時間30分かけて昇温した後、同温度(310℃)で3時間保温して液晶ポリエステルを得、 こうして得られた液晶ポリエステルを室温に冷却し、粉砕機で粉砕して、体積平均粒径が約0.4mmの粉末状の液晶ポリエステルを得、 この液晶ポリエステルを25℃から250℃まで1時間かけて昇温した後、同温度(250℃)から293℃まで5時間かけて昇温し、次いで、同温度(293℃)で5時間保温することにより、固相重合させ、固相重合後の粉末を冷却し、液晶ポリエステルを得、 得られた液晶ポリエステル100重量部を、体積平均粒径が0.21μmである酸化チタン(石原産業(株)製「TIPAQUE CR−60」)1重量部と混合し、2軸押出機(池貝鉄工(株)製「PCM−30」)を用いて、317〜327℃で造粒し、ペレットを得、 得られたペレットを、120℃で3時間乾燥した後、射出成形機(日清樹脂工業(株)製「PS40E5ASE型」)を用いて、シリンダー温度350℃、金型温度130℃で成形して得られた、64mm四方で厚さ1mmの試験片。」 イ 対比・判断 (ア) 本件特許発明1について 本件特許発明1と甲B1発明とを対比する。 甲B1発明の「2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸」は、本件特許発明1の式(1)を満たす化合物である。 そして、甲B1発明の液晶ポリエステルは、その構造単位からみて、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸に由来する構造単位の含有量が、全構造単位の合計量に対して、55モル%である(【0045】)から、本件特許発明1の、「熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構成単位中、30〜90モル%含む」との特定事項を満たす。 また、甲B1発明の「液晶ポリエステル」は、本件特許発明1の「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマー」に相当することも明らかであるし、甲B1発明の「試験片」は「64mm四方で厚さ1mm」であるから、本件特許発明1の「フィルム」に相当することも明らかである。 すると、両者は、 「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルムであって、前記熱可塑性ポリマーは、 下記式(1): 【化1】 (式中、a、b、c、dは、互いに独立に0または1である。ただし、a+b=1、c+d=1であって、bおよびcが同時に0になることはない。) で示される構造単位を、熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構成単位中、30〜90モル%含む、 熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」 で一致し、次の点で相違する。 (相違点B1) 熱可塑性液晶ポリマーフィルムの、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)について、本件特許発明1は、「C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。)」と特定されるのに対し、甲B1発明にはそのような特定がない点。 相違点B1について検討する。 相違点B1は実質的な相違点であるから、本件特許発明1は、甲B1発明ではない。 また、甲B1号証は、「押出成形フィルムの材料として用いられる液晶ポリエステル材料であって、誘電損失が低く、耐熱性に優れ、溶融張力が高く、かつ、溶融粘度が低くて、低温での押出成形が可能な液晶ポリエステル材料を提供すること」(【0004】)を目的とするものであるところ、甲B1号証の明細書の発明の詳細な説明全体、さらには他の証拠を通じてみても、可塑性液晶ポリマーフィルムの特定条件下における誘電率の面内での変動について着目あるいは示唆する記載はない。 なお、甲A1号証には、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの特定条件下における誘電率の面内のばらつきに関する記載はあるものの、甲A1号証に記載の技術事項を甲B1号証に記載の熱可塑性液晶ポリマーに適用する動機付けがあるとはいえない。 してみると、本件特許発明1は、甲B1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (イ) 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12について 本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。 そして、上記(ア)のとおり、本件特許発明1は、甲B1発明ではなく、また、甲B1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は甲B1発明ではないし、また、甲B1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 ウ 申立理由B4−1(甲B1号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−1(甲B1号証を主引例とする進歩性)についてのまとめ 上記イのとおりであるから、申立理由B4−1、B5−1によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (4) 申立理由B4−2(甲B2号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−2(甲B2号証を主引例とする進歩性)について 甲B2号証には、「樹脂組成物およびそれを用いてなる成形体」についての記載があり、特に実施例1の記載を中心に整理すると、甲B2号証には、次の発明(以下、「甲B2発明」という。)が記載されていると認める。 「攪拌装置、トルクメータ、窒素ガス導入管、温度計および還流冷却器を備えた反応器に、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸1034.99g(5.5モル)、ハイドロキノン272.52g(2.475モル、0.225モル過剰仕込み)、2,6−ナフタレンジカルボン酸378.33g(1.75モル)、テレフタル酸83.07g(0.5モル)、無水酢酸1226.87g(12.0モル)および触媒として1−メチルイミダゾール0.17gを添加し、室温で15分間攪拌した後、攪拌しながら昇温した。内温が145℃となったところで、同温度を保持したまま1時間攪拌し、 次に、留出する副生酢酸、未反応の無水酢酸を留去しながら、145℃から310℃まで3時間30分かけて昇温し、同温度で3時間保温して液晶ポリエステルを得、 得られた液晶ポリエステルを室温に冷却し、粉砕機で粉砕して、粒子径が約0.1〜1mmの液晶ポリエステルの粉末(プレポリマー)を得、 得られたプレポリマーを粉砕して粉末状とした後、粉末状のプレポリマーを、25℃から250℃まで1時間かけて昇温したのち、同温度から293℃まで5時間かけて昇温し、次いで同温度で5時間保温して固相重合させ、冷却して液晶ポリエステルを得、 得られた液晶ポリエステルと共立マテリアル(株)製「HF−120D」(Ba、SmおよびTiを主成分とする複合酸化物。BaとSmの含有当量比Ba/Sm=0.8〜0.9)を組成物中のフィラー成分(「HF−120D」)含有量が19容量%となるように配合し、二軸押出し機(池貝鉄工(株)製「PCM−30」)を用いて、溶融温度340℃ にてストランド法によりペレット化して、組成物ペレットを得、 得られたペレットを、120℃で3時間乾燥した後、射出成形機(日清樹脂工業(株)製「PS40E5ASE型」)を用いて、シリンダー温度350℃、金型温度130℃で成形して得られた、64mm×64mm×1mmの樹脂基板。」 イ 対比・判断 本件特許発明1と甲B2発明を対比すると、上記(3)イ(ア)と同じ一致点・相違点が導かれる。 してみると、上記(3)イ(ア)での検討と同様に、本件特許発明1は、甲B2発明ではなく、甲B2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 また、本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。 そして、本件特許発明1は、甲B2発明ではなく、また、甲B2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2、4ないし6及び8ないし12は甲B2発明ではないし、また、甲B2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 ウ 申立理由B4−2(甲B2号証を根拠とする新規性)及び申立理由B5−2(甲B2号証を主引例とする進歩性)についてのまとめ 上記イのとおりであるから、申立理由B4−2、B5−2によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (5) 申立理由A3(サポート要件)及び申立理由B3−2(サポート要件)について 本件特許発明の課題は、「高温下における誘電正接が低減された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供すること」(【0009】)である。 そして、本件特許の明細書の発明の詳細な説明を見るに、「(1)誘電率の面内均一性を高めたフィルムであっても、高温下では分子の運動が激しくなるために、温度が上昇するにつれ増加する誘電損に由来して誘電正接が上昇してしまうことを見出し、(2)さらに、熱可塑性液晶ポリマー中の永久双極子を構成するカルボニル基に着目し、その配向性および回転性を検討したところ、(3)カルボニル基に結合する芳香族環をナフタレン環とする構造単位を液晶ポリマーの全構造単位の中で所定の範囲にすることにより、高温下であっても誘電損が発生するのを抑制できるためか、誘電率の面内均一性に優れるとともに、高温下での誘電正接が低減された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを見出し、本発明の完成に至った」(【0011】)、「本発明では、誘電率の面内均一性に優れるとともに、高温下においても誘電正接の上昇を抑制できる熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得ることができる」(【0015】)、「式(1)で示される構造単位は、ポリマー中のカルボニル基の回転運動を抑制する観点から、熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構造単位中、30〜90モル%で含まれている。この範囲で式(1)の構造単位を含むことにより、液晶ポリマー中で、カルボニル基がナフタレン骨格に結合した永久双極子の割合を制御することができるためか、永久双極子の振動に由来する誘電正接の上昇を抑制することが可能である」(【0029】)との記載があり、これらの記載に接した当業者であれば、「式(1)で示される構造単位」を30モル%以上含むことにより、カルボニル基の回転運動を抑制でき、その結果、高温下での分子の運動が抑えられ、高温下における誘電正接が低減されるものと理解することができる。 そして、本件特許発明1は、「式(1)で示される構造単位」を30モル%以上含む熱可塑性液晶ポリマーフィルムであるから、本件特許発明の課題を解決するものと認識できる。 本件特許発明1の特定事項を全て含むものである、本件特許発明2、4ないし6および8ないし12について同様である。 よって、申立理由A3及びB3−2によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (6) 申立理由B3−1(サポート要件)について 本件特許発明1、2、4ないし6及び8ないし12が、本件特許発明の課題を解決するものであることは、上記(5)の検討のとおりである。 なお、特許異議申立人Bは、申立理由B3−1に関し、表7と誘電正接との関係(特に比較例2)が明らかでない点をあげ主張(特許異議申立書Bのp.53)するが、表7は、面内における誘電率の変動係数に関する検討であり、誘電正接の大小に関する例ではない。 よって、申立理由B3−1によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 (7) 申立理由B2(実施可能要件)について ア 申立理由B2−1について 第2 1のとおり、令和4年4月20日にされた訂正請求により、誘電正接のパラメータを特定する請求項3および請求項7は削除された。 よって、申立理由B2−1は、その理由がない。 イ 申立理由B2−2について 本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、「面内での変動係数」について、幅方向(すなわちTD方向)において、熱処理条件を変えることで調整できること、フィルムの種類に応じて適宜設定できることが記載(【0048】〜【0052】)されており、その実施例等(実施例1、比較例2)の記載もある。 してみれば、これらの記載に接した当業者であれば、本件特許発明1、2、4ないし6及び8ないし12に規定する誘電率の面内での変動係数Cを満たす熱可塑性液晶ポリマーフィルムを製造できるものといえる。 よって、申立理由B2−2によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 ウ 申立理由B2−3について 本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、熱可塑性液晶ポリマーの具体的な例示が記載(【0020】〜【0039】)、製造方法に関する記載(【0040】〜【0052】)があり、これらの記載に加え、実施例や参考例の記載もある。これらの記載に接した当業者であれば、本件特許発明1、2、4ないし6及び8ないし12に規定する変動係数Cの条件を満たしつつ、120℃、20GHzの誘電率をみたす熱可塑性液晶ポリマーフィルムを製造することは、過度の試行錯誤を要するものとまではいえない。 よって、申立理由B2−3によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 第7 結語 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1、2、4ないし6及び8ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 本件特許の請求項3及び7に係る特許は、訂正により削除されたため、特許異議申立人による請求項3及び7に係る特許異議の申立ては、いずれも、申立ての対象が存在しないものとなったので、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性ポリマーフィルムであって、前記熱可塑性ポリマーは、 下記式(1): 【化1】 (式中、a、b、c、dは、互いに独立に0または1である。ただし、a+b=1、c+d=1であって、bおよびcが同時に0になることはない。) で示される構造単位を、熱可塑性液晶ポリマーを構成する全構造単位中、30〜90モル%含むとともに、 前記フィルムにおいて、25℃、15GHzでの誘電率の面内での変動係数C(%)が、下記式: C=σ/εave×100≦1 (ここで、C:変動係数、σ:標準偏差、εave:平均値を示す。) を満たす、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項2】 請求項1に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、式(1)の構造単位中、6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸に由来する構造単位を30〜100モル%含む、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項3】(削除) 【請求項4】 請求項1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、120℃における20GHzの誘電率が2.5〜4.0である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項5】 請求項1〜2および4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、融点が200〜400℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項6】 請求項1〜2および4〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、熱可塑性液晶ポリマーが、融点+20℃におけるせん断速度1000s−1の溶融粘度30〜120Pa・sを有する、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項7】(削除) 【請求項8】 請求項1〜2および4〜6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、10GHz〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。 【請求項9】 少なくとも1つの導体層と、請求項1〜2、4〜6および8のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。 【請求項10】 請求項9に記載の回路基板であって、多層回路である回路基板。 【請求項11】 請求項9または10に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。 【請求項12】 請求項9〜11のいずれか一項に記載の回路基板を含む車載レーダ。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2022-05-13 |
出願番号 | P2016-256309 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
YAA
(C08J)
P 1 651・ 121- YAA (C08J) P 1 651・ 537- YAA (C08J) P 1 651・ 113- YAA (C08J) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
須藤 康洋 |
特許庁審判官 |
加藤 友也 植前 充司 |
登録日 | 2021-03-17 |
登録番号 | 6854124 |
権利者 | 株式会社クラレ |
発明の名称 | 熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた回路基板 |
代理人 | 杉本 修司 |
代理人 | 中田 健一 |
代理人 | 堤 健郎 |
代理人 | 小林 由佳 |
代理人 | 杉本 修司 |
代理人 | 小林 由佳 |
代理人 | 堤 健郎 |
代理人 | 中田 健一 |