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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1387848
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-09-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-03-01 
確定日 2022-07-28 
事件の表示 特願2016−556606「妊娠状態を改善するための薬剤及びその利用」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 5月 6日国際公開、WO2016/068208〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年10月28日(パリ条約による優先権主張2014年10月28日、アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、令和2年5月25日付けの拒絶理由の通知に対し、同2年8月4日に意見書が提出されたが、同年11月19日付けで拒絶査定がなされ、これに対して令和3年3月1日に審判の請求がなされ、同年4月9日に審判請求書の手続補正(請求の理由の補充)がなされた。
当審において、同年12月28日付けの拒絶理由を通知し、これに対して令和4年3月2日に意見書が提出されるとともに手続補正書が提出された。

第2 本願発明
本願の請求項1〜13に係る発明は、令和4年3月2日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
【請求項1】
タクロリムス、又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含む、妊娠状態を改善するための薬剤であって、Th1/Th2細胞比率が10.3以上のヒト対象に投与される、薬剤。

第3 当審における拒絶の理由
当審における拒絶の理由のうち、特許法第29条第2項進歩性)に係る理由は以下のとおりである。
この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
・請求項1〜13
・引用文献1、2、4〜7
<引用文献一覧>
引用文献1:国際公開第2012/162796号
引用文献2:笠倉新平,Horm. Front. Gynecol.,2003年,vol.10 no.1,p.11−28
引用文献4:齋藤 滋 外6名、日本生殖免疫学会雑誌、2002年、17巻1号、1−9頁
引用文献5:J.A. Garcia−Donaire et al, Transplantation Proceedings, 2005, vol.37, p.3754−3755
引用文献6:Siu Chui et al, American Journal of Reproductive Immunology, 2002, vol.48, p.77−86
引用文献7:特表2013−528052号公報

第4 引用文献
1 引用文献1に記載された事項、引用発明
引用文献1には、以下のとおり記載されている。(翻訳文及び下線は、合議体による。以下同様。)
(1)発明の名称
生殖能力を高め及び/又は妊娠不全を抑制し耐糖能を回復させるための方法及び組成物(1頁1、2行)

(2)特許請求の範囲
24.それを必要とする個体で生殖能力を高め及び/又は胚着床を高め及び/又は妊娠不全を抑制するための組成物であり、IFN-γ又は下流IFN-γ刺激遺伝子の発現を阻害する薬学的に活性な成分を含む、前記組成物。

31.前記薬学的に活性な成分が、マクロライド免疫抑制剤である、請求項24〜30のいずれか一つに記載の前記組成物。
32.前記マクロライド免疫抑制剤が、タクロリムス、ピメクロリムス又はシロリムスである、請求項31に記載の前記組成物。
33.前記マクロライド剤がタクロリムスである、請求項31に記載の前記組成物。

(3)図1は、1型糖尿病のモデルであるNODマウスに使用されるタクロリムスの実験計画と服薬スケジュールを示すフローチャートである。(4頁24〜26行)

(4)図7A〜7Fは、治療した糖尿病及び肥満マウスの子宮の着床胚着床中に着床障害を是正するタクロリムスの短期投与の結果を示す。糖尿病マウスの着床障害は、子宮ドーム形成不全(図7A〜7Cの白い矢印)、胚着床中の主要な着床サイトカインLIFの産生不足(レーン1-2の正常血糖とレーン3-4の糖尿病及び図7Dのレーン5-6の治療したタクロリムスとを比較)、及び胚着床中の糖尿病マウスの子宮内での胚毒性炎症性サイトカイン、特にIFN-γ、TNFα及びIL16(図7E)、及び母体胎児拒絶に関与するもの、特にインターロイキン12ファミリー(図7F)の異常な過剰産生によるものであった。(6頁32行〜7頁11行)

(5)図10は、交尾前のタクロリムスの短期投与の結果、着床前後に糖尿病マウスの子宮ですべてのTh1により誘発されたサイトカイン、特にIFN-γ、IL16及びTNFが有意に抑制されたことを示す。インターロイキンアルファ(IL-la)の過剰発現、及び程度は低いがIL-1ベータ(IL-1b)の過剰発現によって引き起こされる一過性の局所子宮炎症(Th1バイアス)応答があると、マウス及びヒトで着床に成功している。すべての未治療又はビヒクル治療の糖尿病マウスにおいて、IFN-γ、TNFα、及びIL16の異常な過剰発現が、これらのマウスにおける免疫細胞毒性に関連した着床の失敗の原因となっている。(8頁1〜12行)

(6)図13A〜13Gは、タクロリムスの短期投与が糖尿病妊娠に関連する死産と奇形の発生率を低下させ、治療した糖尿病マウス及び肥満マウスで高率の生児出生で通常期間の妊娠を回復させた結果を示す。タクロリムスを投与したマウスに対してビヒクルで治療した糖尿病マウスとそれらの正常血糖対照群マウスで出産された短期間(Gd.16.5)仔(pups)の数及び外部形態学的特徴を図13A〜13Cにそれぞれ示す。タクロリムスを投与した肥満マウス及び2型糖尿病マウスと共に、糖尿病マウス及び肥満マウスから出産された仔の胎児生存率及び外部特徴を図13D及び13Eにそれぞれ示す。図13F及び13Gのグラフバーは、図の統計を表示する。
図14A及び図14Bは、タクロリムスを投与した糖尿病マウス対ビヒクル治療糖尿病母マウス(dams)及びそれらの正常血糖対照コホートで妊娠18.5日目に測定された子宮内発育不全(IUGR)仔(図14B)をもつ母マウスの典型的胎児体重(図14A)と百分率を示す。図14Aのひげは、胎児の体重の10パーセンタイルと90パーセンタイルを表す。体重が正常血糖対照群の10パーセンタイル未満の仔は、影付領域で示すように子宮内胎児発育遅延(IUGR)とみなされた。タクロリムスの短期投与(9〜11週齢間に0.1mg / kgを1日おきに皮下で)は、胎児体重を有意に改善し(図14A)、妊娠中糖尿病マウスでIUGR発症のリスクを抑制した(図14B)。図14Aの括弧内の数字は調べた子の数を表し、「n」は母マウスの数を表し、p <0.05である。(9頁1〜31行)

(7)妊娠初期の失敗、繰り返しの流産、及び広範囲の子宮内胎児発育遅延(IUGR)は、よく見られる繁殖率の問題である。これらの問題は自己免疫患者では悪化する。
出産可能年齢では糖尿病の女性は一般に非糖尿病の対照群よりも生殖能力は低い。流産と死産の高い再発率、先天性奇形と新生児及び新生児後死亡の高発生率を伴う中期から後期の自己免疫及び血管妊娠関連の合併症(妊娠高血圧症や子癇前症など)の発症リスクの増加は、妊娠可能な糖尿病患者における出産問題の特徴である(Piattら、Diabet Med (2002) 19(3): 216-220;Cassonら、BMJ (1997) 315:275-278)。自己免疫性糖尿病患者におけるT細胞受容体の遺伝性の異常な自己免疫活性化は、疾患の進行をもたらす自己免疫性破壊カスケードを開始させると考えられている(Green, E.A.及びFlavell、R.A. Curr Opin Immunol (1999) 11:663-669)。自己免疫性非肥満糖尿病(NOD)マウスモデルでは、妊娠中の子宮内膜は、マウスの胎児の喪失と先天性欠損症に寄与する可能性が高いと示唆される免疫及び血管の欠損を示した(Burkeら、Diabetes (2007) 56:2919-2926)。マウスでのこれらの実験に基づいて、糖尿病の女性における類似の問題及び子癇前症が同様のメカニズムを伴う可能性があることが示唆されている(Burkeら、Diabetes (2007) 56:2919-2926)。(12頁6〜32行)

(8)IFN-γの異常な発現が非受容性の子宮の変化をもたらすことを実証する実験が行われた。これらの実験は、ヒト1型糖尿病の確立されたモデルである非肥満糖尿病(NOD)マウスで実施された。自然に交配し、人工的に刺激された脱落膜化を受けた糖尿病NODマウスの子宮を、交尾後4.5日と6.5日の着床欠陥について比較した。・・・したがって、これらの実験によって示されるように、IFN-γの異常な発現は、高血糖NODマウスにおける非受容性子宮変化を媒介する役割を果たす。
製薬上有効成分であるタクロリムスが正常な妊娠パターンを回復し、IUGRを予防する能力は、NODマウスで実証された。これらの研究では、タクロリムスを投与したマウスの妊娠の進行と血糖制御を調べた。最初の一連の実験では、最初に10mg/kgの負荷用量を糖尿病前症の段階でマウスに投与し、その後3週間隔日(q2d)で1又は0.1mg/kgの維持用量を投与し、その最後の投与後に動物を交配させ妊娠させた。追加の一連の実験では、糖尿病前段階中に3週間マウスに1又は0.1mg/kgの用量を隔日で注射し、最後の注射後、マウスを交配させ、妊娠の進行を調べた。
・・・
したがって、これらの研究によって示されるように、NODマウスにおけるIFN-γ産生の選択的阻害は、自己免疫性糖尿病における妊娠不全及びIUGR発生の治療において効果的な治療アプローチを提供した。(16頁26行〜18頁10行)

(9)タクロリムスはまた、胚着床中の治療した糖尿病及び肥満マウスの子宮における着床欠陥を修正した。糖尿病マウスの着床障害は、子宮ドーム形成不全、胚着床中の主要な着床サイトカインLIFの不十分な産生、及び胚着床中の糖尿病マウスの子宮内の胚毒性炎症誘発性サイトカイン、すなわちIFN-γ、TNF及びIL16、ならびにインターロイキン12ファミリーの異常な過剰産生から構成されていた。(21頁30行〜22頁4行)

(10)タクロリムスを投与した糖尿病NODマウスの子宮における着床前後でのサイトカイン多重プロファイリングは、IFN-γの過剰発現によって引き起こされる一過性の局所子宮炎症(Th1バイアス)応答がTNF及びIL16の病理学的誘導をもたらしたことを示したが、インターロイキン1アルファ(IL-1a)及びIL-1ベータ(IL-1b)及びIL12ファミリー、すなわち糖尿病マウスのIL12p70、IL17、IL23及びIL27では有意な効果は観察されなかった(図7Eを参照)。すべての未治療またはビヒクル治療糖尿病マウスにおいて、IFN-γ、TNFα、およびIL16の異常な過剰発現が、これらのマウスにおける免疫細胞毒性に関連する着床不全の原因であった。交配前のタクロリムスの短期投与は、Th1誘導性サイトカインの大部分、特に、自己抗体の異常刺激及び異常に活性化された単球及びマクロファージによる組織因子を含む微粒子の放出などのIFN-γ細胞毒性の媒介に関与すると報告されている、IFN-γ、IL16、TNFα及びIL12ファミリーサイトカインの有意な阻害をもたらした。(23頁12〜30行)

(11)インターフェロンガンマは、正常な妊娠における胎盤及び胎児の成長段階での脱落膜動脈の血管作用の低下など、妊娠の変化を促進する生理学的役割を果たす。マウス及び糖尿病のヒトで同様に糖尿病妊娠におけるIUGRは、妊娠初期に発生する妊娠免疫不適応に関連すると考えられているNK細胞の非機能的未成熟サブセットの増殖によって引き起こされる著しく損なわれた脱落膜動脈リモデリングに関連していると広く考えられている(Burkeら、Placenta 2011 32 (12): 949-955)。不十分な胎盤灌流と栄養素の供給不足により、子孫は成長遅延を経験した。uNK細胞が損なわれた糖尿病NODマウスは、妊娠中期に子宮内のインターフェロンガンマ濃度が低く(Leonardら、Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2011 301(4), 1276-85)、結果として生じるすべての合併症を経験した。・・・潜在的な臨床的重要性があるのは、妊娠前の糖尿病及び肥満母マウスの免疫調整にタクロリムスを使用することによる妊娠中の胎児及び母体の健康への利益であり、胎盤及び胎児の発達段階における母体の免疫及び血管適応の正常化に有用であることが証明された。提示された証拠は、妊娠後期の正常な胎児の成長パターンの回復において、着床前後の炎症性サイトカインIFN-γの母体産生を阻害する直接的な役割を実証している。(26頁13行〜27頁10行)

(12)図面




(合議体注:図7E、図10の縦軸は「サイトカイン発現比率」、右上の棒グラフの凡例は上から順に「正常血糖NOD」、「糖尿病NOD」、「タクロリムス治療NOD」。翻訳は合議体による。以下同様。)


(合議体注:図13Fの縦軸は「生児出産率」、右上の棒グラフの凡例は上から順に「%死産(率)」、「%生児出産(率)」。横軸は上記図7E、図10の合議体注を参照。)


(合議体注:図14A、Bの縦軸は「妊娠18.5日目の胎児体重(グラム)」、「妊娠18.5日目の%IUGR(子宮内発育不全)」。右上の棒グラフの凡例、横軸は上記図7E、図10の合議体注を参照。)

(13)上記(1)〜(12)の記載、特に、(2)の特許請求の範囲の記載からみて、引用文献1には、以下の「引用発明」が記載されていると認められる。
「それを必要とする個体で妊娠不全を抑制するための組成物であり、IFN-γの発現を阻害する、タクロリムスであるマクロライド免疫抑制剤である薬学的に活性な成分を含む、前記組成物。」

2 引用文献2の記載事項
引用文献2には、以下のとおり記載されている。
(1)遅延型過敏症,移植免疫,腫瘍免疫,細胞内寄生菌やウイルスなどに対する感染防御機構などに関与する細胞性免疫を増強するサイトカインには,IL−2,IL−12,IL−15,IL−18,IL−23,IL−24,IL−27,IFN−γやTNF−βがあり,逆に抑制するものとしてはIL−4やIL−10がある。抗体産生を誘導するサイトカインとしてはIL−4,IL−5,IL−6,IL−10,IL−13があり,抑制するものとしてはIFN−γがある。(13頁左欄1〜9行)

(2)1)Th1細胞とTh2細胞
CD4+T細胞は,サイトカインの産生パターンによりTh1細胞とTh2細胞に分けられることが明らかになった(図1)5)。前者はIL−2やIFN−γ,TNF−βを産生して炎症細胞を活性化し,細胞性免疫を担うのに対して,後者はIL−4,IL−5,IL−6,IL−10やIL−13を産生して抗体産生を促進する。・・・したがって,最近では,サイトカイン産生からみた表現型による分類よりも,細胞性免疫を直接的あるいは間接的に誘導するサイトカインをTh1型サイトカイン,抗体産生に有利に働くサイトカインをTh2型サイトカインと命名したほうがよいと考えられている。(13頁右欄3〜19行)

(3)さらに興味深いことにCBA/J×DBA/2であっても,妊娠期間中にIL−10あるいは抗IFN−γ抗体を投与するとTh2型サイトカイン優位となるため,流産率が低下した(図3)。逆にCBA/J×BALB/cであっても,妊娠期間中に抗IL−10抗体を投与するとTh1型サイトカイン優位となるため,流産率が亢進した。(21頁左欄12〜18行)

(4)


3 引用文献4の記載事項
引用文献4には、以下のとおり記載されている。
(1)現在までの多くの知見はTh1免疫の意義を否定するものではなく,バランスからみると通常の末梢血でのTh1/Th2比(約10)に対してTh2が妊娠時に,特に子宮内で優位となっていることを示している。したがって,これらのバランスの変化は妊娠維持に何らかの好影響を及ぼしていると考えられ,かつ後述するように習慣流産患者ではTh1免疫が優位となっていることからみても,妊娠維持にはTh2優位な免疫環境は必要と考えられる。
習慣流産例の末梢血と絨毛癌細胞との混合培養でサイトカイン分泌を検討すると,Th1型のサイトカインであるIFN-γ,TNF-β の産生は習慣流産例で高値であるが,Th2型のサイトカインであるIL10の産生は逆に低値を示すことをHillらは報告している[13]。以上のことは,習慣流産例では妊娠する前の状態でTh1優位な免疫環境であることを意味する。HayakawaらはFCMにて正確にTh1,Th2細胞率を測定したところ,習慣流産例では(非妊時)Th1/Th2比が24.1±17.2とコントロール群の値(11.1±5.1)に比し有意に高値であり,かつ免疫療法後にTh1/Th2比は有意に減少し,かつTh1/Th2比が著明に減少した例では次回妊娠が流産に至らなかったと報告している[14]。(3頁右欄19行〜5頁左欄23行)

(2)表1


4 引用文献5の記載事項
引用文献5には、以下のとおり記載されている。
(1)腎移植後の妊娠における基礎免疫抑制剤としてのタクロリムス。単一施設での経験(表題)

(2)基礎免疫抑制剤としてのタクロリムスで治療した女性が高い確率で妊娠に成功したことを強調して我々の経験を報告し、健康な出産の達成を推奨する。(3754頁アブストラクト7〜9行)

(3)我々の結果は、綿密な追跡によりタクロリムスに基づく免疫抑制下での妊娠が安全かつ有効であることを示唆した。(3755頁右欄14〜16行)

5 引用文献6の記載事項
引用文献6には、以下のとおり記載されている。
(1)我々は、3回以上の再発性自然流産(RSA)、体外受精及び胚移植(IVF/ET)(3回以上)後の複数の移植失敗、又は、正常妊娠の女性における細胞内Tヘルパー1(Th1)及びTh2サイトカイン発現T細胞亜集団の絶対数を調査することを目的とした。(77頁左欄5〜9行)

(2)以前、4色フローサイトメトリーによる細胞内サイトカイン発現分析を使用した通常の妊娠可能な対照と比較した場合、再発性妊娠喪失及び体外受精及び胚移植(IVF/ET)による複数の着床失敗の女性でTh1/Th2サイトカイン比の増加を観察した(未発表の結果)14。Th1又はTh2細胞の絶対数は、同じ集団におけるシフトしたTh1又はTh2免疫応答を反映している可能性があると推測する。(78頁左欄下から11行〜下から3行)

(3)表I. IVF/ET後の3回又はそれ以上の反復性自然流産、着床不全の女性並びに正常な繁殖力がある対照の年齢および産科既往。


数値は、平均±S.D。N/A=該当なし。(79頁表I)

(4)本研究は、二段階であった。最初の段階で、我々は、正常な繁殖力がある対照と比べた、IVF/ET後のRSA患者又は着床不全患者のT細胞の絶対数を見た。次の段階で、我々は、妊娠対照の各妊娠期の間の細胞内サイトカイン発現を調べた。最初の実験において、我々は、Th1サイトカイン(IFN-γ及びTNF-α)並びにTh2サイトカイン(IL-4及びIL-10)を発現する、CD3+、CD3+/CD4+、及びCD3+/CD8+のT細胞の絶対数を調べ、正常な繁殖力がある対照と比べた際の、IVF/ET後の着床不全女性におけるTh1の優位を反映する、TNF-α発現T細胞の絶対数を報告した。このTh1サイトカイン、TNF-α及びIFN-γは、TNF-α及びIFN-γが妊娠に不利な影響を与える一方、IL-4及びIL-10等のTh2サイトカインが成功裏の妊娠の維持に重要であることを、示唆した24(82頁左欄下から3行〜右欄14行)

第5 対比・判断
1 本願発明と引用発明を対比する。
引用発明の「IFN-γの発現を阻害する、タクロリムスであるマクロライド免疫抑制剤である薬学的に活性な成分を含む」は、本願発明の「タクロリムスを有効成分として含む」に相当する。
引用発明の「妊娠不全を抑制するための組成物」において、「妊娠不全を抑制する」ことは、本願発明の「妊娠状態を改善する」ことに相当し、引用発明の組成物は薬学的に活性な成分を含むものであって、当然、薬剤といえるから、引用発明の「妊娠不全を抑制するための組成物」は、本願発明の「妊娠状態を改善するための薬剤」に相当する。
引用発明の「それを必要とする個体」は、薬剤が投与される個体であるから、本願発明の「対象」に相当する。

2 そうすると、本願発明と引用発明は、
「タクロリムスを有効成分として含む、妊娠状態を改善するための薬剤であって、対象に投与される、薬剤。」という点で一致し、次の点で相違する。
<相違点>
投与される対象について、本願発明は「Th1/Th2細胞比率が10.3以上のヒト対象」としているのに対して、引用発明はそのような特定がない点で相違する。

3 上記相違点について検討する。
(1)引用文献1は、生殖能力を高め及び/又は妊娠不全を抑制し耐糖能を回復させるための組成物であって(上記第4の1(1))、
1型糖尿病のモデルであるNODマウスにおいて、タクロリムスの短期投与により、マウスの子宮の着床胚着床中に着床障害を是正し、胚毒性炎症性サイトカインであるIFN-γの異常な過剰産生を抑制したこと(上記第4の1(3)、(4)、(10)、(12)図7E)、
タクロリムスの短期投与によって、着床前後に糖尿病マウスの子宮でTh1により誘発されたサイトカインであるIFN-γが有意に抑制されたこと(上記第4の1(5)、(12)図10)、
タクロリムスの短期投与によって、糖尿病妊娠に関連する死産と奇形の発生率を低下させ、治療した糖尿病マウスと肥満マウスで高率の生児出生で通常期間の妊娠を回復させたこと、タクロリムスで処理した肥満マウス及び2型糖尿病マウスと共に、出産された仔の胎児生存率及び外部特徴が改善し、タクロリムス処理糖尿病マウスは、胎児体重を有意に改善し、子宮内発育不全(IUGR)発症のリスクを抑制したこと(上記第4の1(6)、(12)図13、14)、
が記載されている。
これらの記載から、NODマウスに対するタクロリムスの短期投与によって、NODマウスの子宮着床障害が是正され、子宮内Th1誘発性サイトカインであるIFN-γが有意に抑制され、子宮内発育不全(IUGR)発症のリスクが抑制されたことを、当業者は理解できる。
ここで、引用文献1には、2型糖尿病及びメタボリックシンドロームのニュージーランド(NZO)マウスモデル、及び食餌性肥満(DIO)モデルで使用されるタクロリムスの実験も行われたことが記載されているように(4頁27〜32行、図2)、引用発明の「それを必要とする個体」は、上記NODマウスに限定されるものではない。
そして、上記NODマウスは、ヒト1型糖尿病の確立されたモデルである非肥満糖尿病(NOD)マウスであり(上記第4の1(8))、引用文献1に「マウスおよび及び糖尿病のヒトで同様に糖尿病妊娠におけるIUGRは、・・・関連していると広く考えられている」(上記第4の1(11))と記載されているように、糖尿病妊娠におけるIUGR(子宮内発育不全)の原因はマウス及び糖尿病のヒトで同様であると考えられていることに加えて、引用文献5に記載されるように、腎移植後の妊娠であるが、タクロリムスがヒトの不妊治療に用いられていること(上記4)からすれば、引用発明の「それを必要とする個体」を「ヒト対象」とすることは、当業者が当然に想起することである。

(2)引用発明の用途は「それを必要とする個体で妊娠不全を抑制するための」という用途であるから、引用発明における「それを必要とする個体」は、妊娠不全の抑制を必要とする個体である。
そして、引用文献1の「図7A〜7Fは、治療した糖尿病及び肥満マウスの子宮の着床胚着床中に着床障害を是正するタクロリムスの短期投与の結果を示す。」(上記第4の1(4))、「妊娠初期の失敗、繰り返しの流産、及び広範囲の子宮内胎児発育遅延(IUGR)は、よく見られる繁殖率の問題である。」(上記第4の1(7))、及び「NODマウスにおけるIFN-γ産生の選択的阻害は、自己免疫性糖尿病における妊娠不全及びIUGR発生の治療において効果的な治療アプローチを提供した。」(上記第4の1(8))という記載から、引用発明の「妊娠不全」には着床障害や繰り返しの流産が含まれており、引用発明の「それを必要とする個体」には、流産を繰り返す個体や着床障害である個体が含まれるといえる。
他方、本願優先日以前において、妊娠・流産とTh1・Th2に関する技術常識としては、以下の事項が知られている。
引用文献2には、妊娠期間中に抗IFN-γ抗体を投与するとTh2型サイトカイン優位となるため,流産率が低下したことが記載されている。(上記第4の2(3)、(4))

引用文献4には、バランスからみると通常の末梢血でのTh1/Th2比(約10)に対してTh2が妊娠時に、特に子宮内で優位となっていること、
習慣流産患者ではTh1免疫が優位となっていることからみても、妊娠維持にはTh2優位な免疫環境は必要と考えられること、
Th1型のサイトカインであるIFN-γの産生は習慣流産例で高値であるが、Th2型のサイトカインであるIL10の産生は逆に低値を示すこと、
Th1、Th2細胞率を測定したところ、習慣流産例では(非妊時)Th1/Th2比が24.1±17.2とコントロール群の値(11.1±5.1)に比し有意に高値であることが記載されている。(上記第4の3(1)、(2))
引用文献6には、「IVF/ET後の着床不全女性におけるTh1の優位を反映する、・・・TNF-α及びIFN-γが妊娠に不利な影響を与える」ことが記載されている。(上記第4の5(4))

これらの記載から、IFN-γが妊娠に不利な影響を与えるので、妊娠期間中に妊娠期間中に抗IFN-γ抗体を投与しTh2型サイトカイン優位とすれば、流産率が低下すること、
通常の末梢血でのTh1/Th2比(約10)に対してTh2が妊娠時に特に子宮内で優位であるが、習慣流産、着床不全患者ではTh1免疫が優位となっていることからみても、妊娠維持にはTh2優位な免疫環境は必要であること、
Th1、Th2細胞率について、習慣流産例では(非妊時)Th1/Th2比が24.1±17.2とコントロール群の値(11.1±5.1)に比し有意に高値であることは、本願優先権日前の技術常識であったといえる。

そして、引用文献2、4及び6に記載される習慣流産の患者や着床不全の患者は、流産を繰り返す個体や着床障害である個体にそれぞれ相当するので、これらの患者は、引用発明の「それを必要とする個体」すなわち妊娠不全の抑制を必要とする個体に相当するといえる。

(3)そうすると、上記(1)で説示したように、引用発明の「それを必要とする個体」を「ヒト対象」とすることは当業者が当然に想起することであることに加えて、上記(2)で説示したように、習慣流産、着床不全患者は、通常の末梢血でのTh1/Th2細胞比率(約10)に対してTh1免疫が優位となっていること、すなわち、Th1/Th2の分子であるTh1が大きくなっており、妊娠維持のためにTh2優位な免疫環境を必要としているから、引用発明の「それを必要とする個体」すなわち妊娠不全の抑制を必要とする個体として、Th1/Th2細胞比率が通常の末梢血よりも高めである「Th1/Th2細胞比率10.3以上のヒト対象」を選択することは、当業者が容易になしえたことに過ぎない。

(4)したがって、引用発明を、相違点に係る本願発明の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易に想到することである。

5 本願発明の効果について、検討する。
本願発明の効果は、「上昇したTh1/Th2細胞比率を伴うRIF(反復着床不全)の女性において、着床率、医学的な妊娠率、及び生存出生率を著しく向上させた」(【0132】、RIFについては【0127】)ことと認められる。
この効果は、引用文献1の着床障害の是正、高率の生児出生で通常期間の妊娠の回復、正常な妊娠パターンの回復(上記第4の1(4)、(6)、(8))、引用文献2の流産率の低下(上記第4の2(3))、引用文献4の習慣流産例の次回妊娠が流産に至らなかったこと(上記第4の3(1))等の記載事項から、予測し得ることであるから、本願発明の効果は格別のものではない。

6 請求人の主張について
(1)請求人は、審判請求書の手続補正書、令和4年3月2日提出の意見書において、おおむね以下のとおり主張している。
引用文献1には、自己免疫性の非肥満糖尿病マウス(NODマウス)は、1型糖尿病のモデルマウスであり、免疫の関与する不妊・不育症のモデルマウスにはなり得ない。
さらに、不妊症のモデルマウスは妊娠しないので継代できないため、存在せず、そもそもヒトとマウスの様な多胎の動物では妊娠のメカニズムが大きく異なるため、薬物動態を含めて動物で評価することは難しいと考えられる。
以上より、上記認定における「それを必要とする個体」とは、NODマウスの域を出ず、すなわち、引用発明には「NODマウスにおける妊娠障害を抑制するための組成物であって、IFN−γの発現を阻害する、タクロリムスであるマクロライド免疫抑制剤である医薬活性成分を含む前記組成物。」が記載されているにとどまる。
免疫の関与する不妊・不育症のモデルマウスとはなり得ないNODマウスを用いた試験に基づく記載からは、他の引用文献の記載や技術常識を参酌したとしても、妊娠に関連する免疫学的評価に関する発明を把握することはできないので、かかる相違点は当業者により容易に想到できるものではないと考える。

(2)請求人の上記主張は、引用文献1の自己免疫性の非肥満糖尿病マウス(NODマウス)は、1型糖尿病のモデルマウスであり、免疫の関与する不妊・不育症のモデルマウスにはなり得ないことを前提とするものと認められる。
この点について検討する。
まず、引用発明は、上記第4の1(13)のとおり、特許請求の範囲の記載に基づいて認定されており、また、上記3(1)で説示したように、引用発明の「それを必要とする個体」は、上記NODマウスに限定されるものではないのであるから、請求人による、「引用発明には「NODマウスにおける妊娠障害を抑制するための組成物であって、IFN−γの発現を阻害する、タクロリムスであるマクロライド免疫抑制剤である医薬活性成分を含む前記組成物。」が記載されているにとどまる。」という主張は、採用できない。
そして、引用文献1には、流産と死産の高い再発率、新生児及び新生児後死亡の高発生率の発症リスクの増加は、妊娠可能な糖尿病患者における出産問題の特徴であること、自己免疫性非肥満糖尿病(NOD)マウスモデルでは、妊娠中の子宮内膜は、マウスの胎児の喪失と先天性欠損症に寄与する可能性が高いと示唆される免疫及び血管の欠損を示したこと(上記第4の1(7))、また、糖尿病妊娠におけるIUGR(子宮内発育不全)の原因はマウス及び糖尿病のヒトで同様と考えられていることが記載されている。(上記第4の1(11))
そうすると、引用文献1には糖尿病患者における出産問題が認識されており、糖尿病妊娠におけるIUGR(子宮内発育不全)の原因はマウス及び糖尿病のヒトで同様と考えられることからすれば、自己免疫性の非肥満糖尿病マウス(NODマウス)は、自己免疫性の非肥満糖尿病、1型糖尿病のヒト患者の妊娠状態と同等であるモデル(動物)となり得るものである。
さらに、本願発明について、本願明細書を参酌すれば、改善すべき妊娠状態である不妊、不育の原因に、自己免疫疾患も含むとされていることからみても、本願発明により改善すべき妊娠状態が、請求人の主張するところの免疫の関与する不妊・不育症に限られないことは明らかであるといえる(本願明細書の【0052】〜【0059】、特に【0056】、【0058】)。

(3)よって、引用文献1の自己免疫性の非肥満糖尿病マウス(NODマウス)は、1型糖尿病のモデルマウスであり、免疫の関与する不妊・不育症のモデルマウスにはなり得ないことを前提とする請求人の主張を採用することができない。

7 したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-04-27 
結審通知日 2022-05-10 
審決日 2022-06-16 
出願番号 P2016-556606
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 前田 佳与子
特許庁審判官 原田 隆興
渕野 留香
発明の名称 妊娠状態を改善するための薬剤及びその利用  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  
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