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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1387982
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-09-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-07-01 
確定日 2022-08-17 
事件の表示 特願2018−195068「光学フィルムおよびそれを含む液晶表示装置」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年 6月20日出願公開、特開2019− 95779〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2018−195068号(以下「本件出願」という。)は、平成30年10月16日(パリ条約に基づく優先権主張 2017年(平成29年)10月17日 韓国(KR))に出願された特許出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和2年 1月15日付け:拒絶理由通知書
令和2年 4月20日付け:意見書
令和2年 4月20日付け:手続補正書
令和2年 6月12日付け:拒絶理由通知書
令和2年 9月15日付け:意見書
令和2年 9月15日付け:手続補正書
令和3年 2月19日付け:拒絶査定
令和3年 7月 1日付け:審判請求書
令和3年 7月 1日付け:手続補正書
令和3年12月24日付け:上申書

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年7月1日にした手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
(1) 本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の(令和2年9月15日付けにした手続補正後の)特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。
「光学フィルムであって、
フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を1:10〜1:20の質量比で含む基材層を含み、
前記基材層は、10nm以下の面内位相差(Ro)、50nm以下の厚さ方向位相差(Rth)および40ダイン/cm〜60ダイン/cmの表面張力を有し、
前記フッ素系樹脂は、100s−1の剪断速度および230℃の条件下でキャピラリーフローメーターにより測定されたとき、100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有し、
前記基材層は、150℃で3時間熱処理した後、0.1%〜1%のヘイズを有し、
前記基材層は、85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有する、光学フィルム。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。なお、下線は補正箇所を示す。
「光学フィルムであって、
フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を1:10〜1:20の質量比で含む基材層を含み、
前記基材層は、10nm以下の面内位相差(Ro)、50nm以下の厚さ方向位相差(Rth)および40ダイン/cm〜60ダイン/cmの表面張力を有し、
前記フッ素系樹脂は、100s−1の剪断速度および230℃の条件下でキャピラリーフローメーターにより測定されたとき、100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有し、
前記基材層は、150℃で3時間熱処理した後、0.1%〜1%のヘイズを有し、
前記基材層は、85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有し、
前記基材層は、横方向の延伸と縦方向の延伸との比1.1〜1.5:1を有する、光学フィルム。」

(3) 本件補正について
ア 請求項1についてした本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「基材層」について、「横方向の延伸と縦方向の延伸との比1.1〜1.5:1を有する」ものに限定する補正である。
また、本件補正前の請求項1に係る発明と、本件補正後の請求項1に係る発明の、産業上の利用分野及び解決しようとする課題は、同一である(本件出願の明細書の【0001】及び【0007】〜【0008】。)。

イ してみると、請求項1についてした本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものに該当する。

ウ そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下検討する。

2 独立特許要件(進歩性)についての判断
(1) 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由(特許法第29条第2項)において引用文献1として引用された、特開2010−265396号公報(以下、同じく「引用文献1」という。)は、本件出願の優先権主張の日(以下「優先日」)前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。なお、引用発明の認定や判断等に活用した箇所に下線を付した。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーとを61〜99質量部:1〜39質量部の比率で含み、ヘイズが1%以下であるアクリル樹脂フィルム。
【請求項2】
結晶化度が5%以下である請求項1に記載のアクリル樹脂フィルム。」

イ 「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性と耐熱性を両立したアクリル樹脂フィルムに関する。特に、ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができるアクリル樹脂フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル樹脂フィルムは、透明性や表面光沢性および耐光性に優れているため、液晶ディスプレイ用シートまたはフィルム、導光板などの光学材料、車両用内装材および外装材、自動販売機の外装材、電化製品、建材用内装材および外装材等、物体の表面表皮に用いられている。
【0003】
近年これらの樹脂フィルムは、例えば、自動車のナビゲーションシステム、ハンディカメラなどの普及により、使用範囲が屋外や自動車の車内など、耐候性、耐熱性が要求される過酷な使用環境条件下へ拡大してきている。このような過酷な環境条件下で使用する場合、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)を基板とするシートまたはフィルムは、優れた透明性、耐候性を有するものの、耐熱性が低いために変形が生じるうえに、靱性が低いために加工時に割れやすいという問題があった。
・・・略・・・
【0006】
一方、アクリルポリマーはポリ(2フッ化ビニリデン)(PVDF)などのフッ素化ポリマーと相溶性が良いことが知られている。しかし、PVDFの濃度が40質量%以上のPMMAとPVDFのブレンド体では、PVDF相が結晶化し白色となり透明フィルムとならないため光学フィルムとしては適さない(非特許文献1)。一方、40質量%未満ではPVDFの結晶化による白色になることはないが、PMMAとPVDFの屈折率差によりヘイズが大きく、高品位の透明性が求められる光学フィルムとしての展開が不可能であった(非特許文献2)。
【0007】
・・・略・・・しかし、PVDFが40質量%未満の場合には結晶化せず球晶直径を制御できないために、PMMAとPVDFの屈折率差によるヘイズを低減するのに有効ではなく、高品位の透明性を持つフィルムを得ることができなかった。
・・・略・・・
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、上述した従来のアクリル樹脂フィルムの問題を解決し、優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性と耐熱性を両立したアクリル樹脂フィルムおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための本発明は、アクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーとを61〜99質量部:1〜39質量部の比率で含み、ヘイズが1%以下であるアクリル樹脂フィルムであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、品位、透明性、光学等方性に優れ、かつ耐熱性が高く、加工特性に優れた、光学用途にも使用可能なアクリル樹脂フィルムを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のアクリル樹脂フィルムは、アクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーとを61〜99質量部:1〜39質量部の割合で含んでいる。アクリル樹脂中に結晶性フッ素化ポリマーを含有せしめることによって、欠点を最小限に抑えつつ靭性の高いフィルムを得ることができる。結晶性フッ素化ポリマー(以下、単にフッ素化ポリマーということがある)が39質量部より多いと、フッ素化ポリマーの結晶性により白色の不透明な樹脂となるために光学用フィルムとして好ましくなく、また1質量部未満であると十分な靭性が得られないことがある。より好ましくはアクリル樹脂75〜90質量部に対しフッ素化ポリマー10〜25質量部の比率である。フッ素化ポリマーが25質量部以下であることにより、十分な耐熱性が得られやすく、10質量部以上であることにより十分な靭性が得られやすい。
・・・略・・・
【0015】
本発明でいうアクリル樹脂とは、特に限定されるものではないが、メタクリル酸アルキルエステルおよび/またはアクリル酸アルキルエステルからなる重合体が挙げられ、好ましくはアルキル基の炭素数が1〜4個のメタクリル酸エステルおよび/または炭素数1〜8個の有機基を有するアクリル酸エステルからなる樹脂が挙げられる。
・・・略・・・
【0018】
また、アクリル樹脂の重量平均分子量(Mw)としては、8万〜15万が好ましい。8万以上とすることで、アクリル樹脂フィルムの機械的強度を維持することができる。また15万以下とすることで、製膜時の樹脂の着色を防ぐことができる。
・・・略・・・
【0019】
本発明でいう結晶性フッ素化ポリマーとは、フッ化ビニリデンのホモポリマー(PVDF)、あるいはフッ化ビニリデンを主成分としこれと共重合可能な単量体との共重合体を主たる樹脂成分とするポリマーをいう。
・・・略・・・
【0021】
本発明において使用するフッ素化ポリマーは結晶性である。結晶性であることによってアクリル樹脂との屈折率差を小さくし、高透明とすることができる。
・・・略・・・
【0023】
また、本発明のアクリル樹脂フィルムは、本発明の目的を損なわない範囲で、・・・略・・・紫外線吸収剤あるいは酸化防止剤、高級脂肪酸、酸エステル系、酸アミド系および高級アルコールなどの滑剤あるいは可塑剤・・・略・・・などの添加剤を含有していてもよい。
・・・略・・・
【0024】
本発明のアクリル樹脂フィルムはヘイズが1%以下である。好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。ヘイズを1%以下とすることによってさまざまな光学用フィルムに適用することができる。なお、ヘイズはJIS K7105−1981により測定した値をいう。
【0025】
ヘイズを1%以下にするためには、アクリル樹脂フィルムをアニール処理する。例えば、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)80質量部とポリ(2フッ化ビニリデン)(PVDF)20質量部からなるアクリル樹脂フィルムは、165℃の温度で40分以上アニール処理を行うことによってヘイズ1%以下とすることができる。
【0026】
アニール処理の具体的方法としては、1軸押出機により成形した未延伸のアクリル樹脂フィルム、または1軸および/または二軸に延伸したアクリル樹脂フィルムを、構成する結晶性フッ素化ポリマーの結晶化温度の範囲内において、1分間〜1,000時間加熱処理を施すことを示す。これは、アニール処理を施すことによって結晶性フッ素化ポリマーとアクリル樹脂の屈折率差が小さくなるためヘイズが低減する効果が得られると考えている。・・・略・・・結晶性フッ素化ポリマーの結晶化温度未満でのアニール処理は、ヘイズが低減しないことがあり、結晶化温度を超える場合、結晶性フッ素化ポリマーの融点に近くなるためにフィルムの形状を保持することが困難になる。
【0027】
また、1分未満のアニール処理では、フィルムに均一にアニール効果を得ることが困難である。また1,000時間を超えるアニール処理では、フィルムの黄変や可塑化が起こることがあり、光学用フィルムとして用いることが困難となる。アニール処理条件としては例えばPMMAとPVDFからなるフィルムの場合、好ましくは、PVDFの結晶化温度の範囲内である155℃〜175℃の温度範囲において、30分間〜10時間アニール処理を施すこと、より好ましくは、PVDFの結晶化がより早く進行する160℃〜170℃の温度範囲において、30分間〜5時間行うことが好ましい。
・・・略・・・
【0029】
アクリル樹脂フィルムの結晶化度は5%以下であることが好ましい。より好ましくは3%以下であり、最も好ましくは1%以下である。
・・・略・・・
【0031】
アニール処理をした後の結晶化度が5%以下であることによって、ヘイズを1%以下とすることができる。結晶化度を5%以下とする方法としては、結晶性フッ素化ポリマーの構成比を上述したように39質量部以下とすればよい。
【0032】
アクリル樹脂フィルムの熱変形温度は100℃以上であることが好ましい。100℃未満であるとフィルムの耐久性が乏しくなり、光学用フィルムとして使用できない場合がある。上限は特に限定されないが、250℃以下が好ましい。250℃を超えると混練や押出製膜などの成形性が困難になる場合がある。熱変形温度が100℃以上となるためには、たとえば、構成するアクリル樹脂が、シンジオタクティック結合の割合を増やした高TgPMMAや、グルタル酸無水物、ラクトン環やマレイミドなどの環構造を持つことによって達成できる。
・・・略・・・
【0036】
・・・略・・・
本発明のアクリル樹脂フィルムは全光線透過率が90%以上であることが好ましく、特に好ましくは92%以上である。全光線透過率が90%未満の場合、ディスプレイ用途として用いた場合に十分な輝度が得られないという問題が生じることがある。全光線透過率を90%以上とするためには、アクリル樹脂フィルム中に含まれる結晶性フッ素化ポリマーの含有量は少ない方が好ましく、具体的には例えば39質量%以下とすることで達成することができる。
【0037】
本発明のアクリル樹脂フィルムを偏光板保護フィルムや光学基板として使用する場合は、波長590nmの光線に対するフィルムの面内位相差Re(nm)が1nm以下であることが好ましい。1nmより大きい場合、ディスプレイ用途で用いた場合は角度による輝度ムラの原因となる。面内位相差は好ましくは0.5nm以下とすることによって、特に角度による輝度ムラが小さく均一で安定した輝度のディスプレイを得ることができる。フィルム面内の位相差は0.0nmが最も好ましいが、測定の限界から現実的な下限は0.01nm程度と考えられる。面内位相差Re(nm)を1nm以下とするためには、例えば溶融製膜の場合、冷却ドラムの温度をアクリル樹脂フィルムが粘着しない上限の温度にすることによって達成することが可能である。
【0038】
また本発明のアクリル樹脂フィルムは、波長590nmの光線に対するアクリル樹脂フィルム面内の直交軸方向の屈折率をそれぞれnx、ny(ただしnx≧ny)とし、波長590nmの光線に対するアクリル樹脂フィルムの厚み方向の屈折率をnz、アクリル樹脂フィルムの厚みをd(nm)とした時に、下式で定義する厚み方向の位相差Rthの絶対値が0nm以上5nm以下であることが好ましく、より好ましくは0nm以上3nm以下である。
【0039】
厚み方向の位相差Rth(nm)=d×{(nx+ny)/2−nz}
厚み方向の位相差Rth(nm)を0nm以上5nm以下とするためには、例えば溶融製膜の場合、冷却ドラムの温度をアクリル樹脂フィルムが粘着しない上限の温度にすることが挙げられる。
【0040】
アクリル樹脂フィルムの厚み方向の位相差Rthの絶対値が5nm以下であると、フィルム面内の光学等方性のみならず厚み方向の光学等方性にも優れたアクリル樹脂フィルムとなるため、偏光板や光ディスクなどの保護フィルム用途でより一層好適に用いることができる。厚み方向の光学等方性が要求される用途において、厚み方向の位相差Rthの絶対値は0nmに近い方が好ましいが、測定の限界から現実的に下限は0.01nm以上程度と考えられる。
【0041】
本発明でいう面内位相差および厚み方向の位相差はエトー(株)社製の複屈折位相差測定装置(AD−175SI)を用い、波長590nmの光線に対する面内位相差および厚み方向の位相差を測定した値をいう。
・・・略・・・
【0045】
本発明のアクリル樹脂フィルムは接着層を介して他の光学等方性フィルムや偏光子、位相差フィルム等の光学機能フィルム、ガラス基板などと積層した形で用いることができる。
【0046】
次に、本発明のアクリル樹脂フィルムを製造する方法について説明する。
【0047】
本発明のアクリル樹脂フィルムは、溶融製膜あるいは溶液製膜にて製膜することができるが生産性の観点から溶融製膜で行うことが好ましい。溶融製膜としては、インフレーション法、Tダイ法、カレンダー法、切削法などがあり、特にTダイ法を好ましく採用できる。溶融製膜には、単軸あるいは二軸の押出スクリューのついたエクストルーダ型溶融押出装置等が使用できる。そのスクリューのL/Dとしては、25〜120とすることが着色を防ぐために好ましい。溶融押出温度としては、好ましくは150〜350℃、より好ましくは200〜270℃である。溶融剪断速度としては、1,000s−1以上5,000s−1以下が好ましい。また、溶融押出装置を使用し溶融混練する場合、着色抑制の観点から、ベントを使用し減圧下で、あるいは窒素気流下で溶融混練を行うことが好ましい。具体的にアクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーを混合させる方法としては、二軸混練押出機で所定の分量比でブレンドしたチップを作成する方法や、単軸の押出機に2台のフィーダーを用い所定の分量比でそれぞれの原料を供給する方法が挙げられる。
・・・略・・・
【0050】
以上のようにして得られる未延伸のアクリル樹脂フィルムの厚みは、未延伸のフィルムとして使用する場合は好ましくは10〜200μm、より好ましくは20〜100μmである。10μm未満の厚みの場合、機械強度不足によりフィルムの搬送が困難になる場合があり、また100μmより厚い場合、ディスプレイで求められる薄膜化の要求に応えられない場合がある。また、さらに延伸する場合の未延伸フィルムの厚みは15〜500μm、より好ましくは、15〜150μmである。15μm未満の厚みの場合、延伸中に破れやすい場合があり、一方、500μmを超える厚みの場合、厚みや表面性などが均一なフィルムを製造することが難しい。
【0051】
フィルムの厚み分布は、通常、平均値に対して±5%以内、好ましくは±3%以内、より好ましくは±1%以内である。厚み分布が±5%を超えると、ディスプレイ用の光学フィルムとして使用した場合、ディスプレイに映る像がゆがんで見えることがある。
【0052】
本発明のアクリル樹脂フィルムは上記未延伸フィルムをさらに延伸加工してもよいが、コスト面から未延伸であることが好ましい。延伸する場合は、二軸延伸法などを適用してもよい。すなわち、周方向の回転速度の異なるロールを利用する縦延伸法およびテンター法による横延伸法を組み合わせた逐次二軸延伸法や、テンター内で同時に2方向に延伸する同時二軸延伸法を用いることができる。
【0053】
逐次二軸延伸法の場合、延伸速度は各延伸方向で同じであってもよく、異なっていてもよく、好ましくは1〜5,000%/分であり、より好ましくは100〜2,000%/分である。また、同時二軸延伸法の場合、延伸速度を大きくすると破れが発生しやすく生産性が著しく低下するため、その延伸速度は1〜2,000%/分が好ましく、より好ましくは50〜1,000%/分である。
【0054】
延伸温度は、特に限定されるものではないが、本発明で用いられるアクリル樹脂のガラス転移温度Tgを基準として、逐次二軸延伸法の場合、好ましくはTg以上(Tg+30℃)以下、より好ましくは(Tg+5℃)以上(Tg+15℃)以下であり、同時二軸延伸法の場合、好ましくは(Tg+5℃)以上(Tg+35℃)以下、より好ましくは(Tg+10℃)以上(Tg+20℃)以下である。前記範囲内とすることで、厚みムラの発生を抑えることが可能となり、また、Rthの制御が容易になることから好ましい。
【0055】
本発明のアクリル樹脂フィルムは使用の目的によって表面にコーティングによって帯電防止層や易接着層を設けたり、紫外線硬化樹脂からなるハードコート層を設けたり、金属や酸化金属の蒸着層や、スパッタによる透明導電層を設けたり、接着層を介して他の光学等方性フィルムや偏光子、位相差フィルム等の光学機能フィルム、ガラス基板などと積層した形で用いることができる。」

ウ 「【実施例】
【0056】
(1)ガラス転移温度(Tg)
示差走査熱量計(Perkin Elmer社製DSC−7型)を用い、窒素雰囲気下、20℃/minの昇温速度で測定した。ガラス転移温度の求め方は、JIS−K7121(1987)の9.3項の中間点ガラス転移温度の求め方に従い、測定チャートの各ベースラインの延長した直線から縦軸方向に等距離にある直線と、ガラス転移の階段状変化部分の曲線とが交わる点の温度とした。測定は各水準の異なる部分について5回測定を行い、平均値を用いた。
【0057】
(2)面内位相差および厚み方向位相差
エトー(株)社製の複屈折位相差測定装置(AD−175SI)を用い、波長590nmの光線に対する面内位相差Reおよび厚み方向の位相差Rthを測定した。測定回数は5回測定しその平均値を用いた。
【0058】
(3)全光線透過率、ヘイズ
JIS K 7105−(1981)に準じ、東洋精機(株)製直読ヘイズメーターを用いて、23℃での全光線透過率(%)を測定した。測定は各水準の異なる部分についてそれぞれ10回行い、平均値を用いた。
【0059】
(4)靭性テスト
一辺50mmの正方形のサンプルを作成し、各延伸方向に異なる箇所を5回ずつ、合計10回、180°に折り曲げ、10回ともフィルムが割れなかった場合を合格(○)、割れた回数が1〜5回の場合を(△)、割れた回数が6〜10回の場合を不合格(×)とした。
【0060】
(5)結晶化度
示差走査熱量計(Perkin Elmer社製DSC−7型)を用い、試料樹脂10mgを測定セルにセットし、窒素ガス雰囲気中で、温度30℃から10℃/分の昇温速度で250℃まで昇温し測定した。このDSC曲線における165℃を含む吸熱ピークによる吸熱ΔH(J/g)に対し、下記式で求められる結晶化度X(%)を求める。
【0061】
X(%)=(ΔH / ΔH0)× 100
ただし、ΔH0=90.4(J/g)である。
【0062】
[実施例1〜5、比較例1〜2]
<実施例1>
クラレ製PMMA、パラペットHR−Sを80質量部およびアルケマ製PVDF、KYNAR1000HDを20質量部をそれぞれ100℃で3時間減圧乾燥し、スクリュー径15mmφの二軸混練押出機(設定温度260℃)を用いてTダイ(設定温度260℃)を介してシート状に押出した。
【0063】
このフィルムを110℃の冷却ロールに片面を完全に密着させながら冷却して、厚み30μmの未延伸のアクリル樹脂フィルムを得た。さらに、未延伸のアクリル樹脂フィルムを、165℃の熱風オーブンにて60分間アニール処理を行った。
【0064】
かくして得られたアクリル樹脂フィルムは透明性、靱性ともに優れていた。フィルムの特性は表1の通りであった。
・・・略・・・
【0067】
<実施例3>
クラレ製PMMA、パラペットHR−Sを90質量部およびアルケマ製PVDF、KYNAR1000HDを10質量部とした以外は実施例1と同様にして厚み30μmの未延伸のフィルムを得た。得られたフィルムのヘイズは1.8%であった。165℃の熱風オーブンにて60分間アニール処理を行った。アニール処理後得られたアクリル樹脂フィルムのヘイズは0.5%であり、透明性、耐熱性に優れていた。フィルムの特性は表1の通りであった。
・・・略・・・
【0081】
【表1】

(当合議体注:【表1】を90°回転している。)
・・・略・・・
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のアクリル樹脂フィルムはその優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性と耐熱性を活かして、ディスプレイなどに使用される光学用フィルムとして有用である。特に、ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用である。」

(2) 引用発明
ア 引用文献1でいう「本発明」は、「優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性と耐熱性を両立したアクリル樹脂フィルムに関」し、「特に、ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができるアクリル樹脂フィルムに関する」(【0001】)ものであるところ、引用文献1には、「実施例3」として、【0067】に記載の製造方法により「得られたアクリル樹脂フィルム」が記載されている。
【0067】の記載によれば、「実施例3」においては、「クラレ製PMMA、パラペットHR−Sを90質量部およびアルケマ製PVDF、KYNAR1000HDを10質量部とした以外は実施例1と同様にして厚み30μmの未延伸のフィルムを得た。」と記載されているところ、「実施例1」については、【0062】〜【0063】に記載のとおりである。

イ 引用文献1の【0067】には、「実施例3」で「得られたアクリル樹脂フィルムのヘイズは0.5%であり、透明性、耐熱性に優れていた。フィルムの特性は表1の通りであった。」と記載されているところ、【0081】【表1】に記載の「全光線透過率(%)」、「ヘイズ(%)」、「面内位相差(nm)」、「厚み方向位相差(nm)」及び「靱性テスト」の測定方法については、【0058】、【0057】及び【0059】に記載のとおりであり、「厚み方向位相差」の定義は【0039】に記載のとおりである。

ウ 上記(1)ア〜ウ、上記ア及びイより、引用文献1には、「実施例3」で「得られたアクリル樹脂フィルム」の発明(以下「引用発明」という。)として、次の発明の記載されているものと認められる。
「 クラレ製PMMA、パラペットHR−Sを90質量部及びアルケマ製PVDF、KYNAR1000HDを10質量部をそれぞれ100℃で3時間減圧乾燥し、スクリュー径15mmφの二軸混練押出機(設定温度260℃)を用いてTダイ(設定温度260℃)を介してシート状に押出し、
このフィルムを110℃の冷却ロールに片面を完全に密着させながら冷却して、厚み30μmの未延伸のアクリル樹脂フィルムを得て、
さらに、未延伸のアクリル樹脂フィルムを、165℃の熱風オーブンにて60分間アニール処理を行って、得られたアクリル樹脂フィルムであって、
ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができるものであり、
下記の定義による全光線透過率は92%であり、下記の定義によるヘイズは0.5%であり、透明性、耐熱性に優れ、
下記の定義による面内位相差(nm)は0nmであり、下記の定義による厚み方向位相差(nm)は0.8nmであり、結晶化度(%)は0%であり、下記の定義による靱性テストは△である、アクリル樹脂フィルム。
(全光線透過率、ヘイズ)
JIS K 7105−(1981)に準じ、東洋精機(株)製直読ヘイズメーターを用いて、23℃での全光線透過率(%)を測定した。測定は各水準の異なる部分についてそれぞれ10回行い、平均値を用いた。
(面内位相差及び厚み方向位相差)
エトー(株)社製の複屈折位相差測定装置(AD−175SI)を用い、波長590nmの光線に対する面内位相差Re及び厚み方向の位相差Rthを測定した。測定回数は5回測定しその平均値を用いた。厚み方向位相差は、厚み方向の位相差Rth(nm)=d×{(nx+ny)/2−nz}、により定義される。
(靭性テスト)
一辺50mmの正方形のサンプルを作成し、各延伸方向に異なる箇所を5回ずつ、合計10回、180°に折り曲げ、10回ともフィルムが割れなかった場合を合格(○)、割れた回数が1〜5回の場合を(△)、割れた回数が6〜10回の場合を不合格(×)とした。」
(当合議体注:「および」(2箇所)を、「及び」と記載している。)

(3) 対比
本件補正後発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、その製造工程からみて、「クラレ製PMMA」(「パラペットHR−S」)を「90質量部」及び「アルケマ製PVDF」(「KYNAR1000HD」)を「10質量部」含む。

イ 引用発明の「PMMA」及び「PVDF」は、それぞれ「ポリメタクリル酸メチル樹脂」及び「ポリ(2フッ化ビニリデン)」を意味する(引用文献1の【0025】)。
そうすると、引用発明の「クラレ製PMMA」(「パラペットHR−S」)及び「アルケマ製PVDF」(「KYNAR1000HD」)は、それぞれ本件補正後発明の「アクリル樹脂」及び「フッ素系樹脂」に相当する。

ウ 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、「ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができる」ものである。
そうすると、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、偏光子の保護フィルムと積層されて偏光板を製造するための基となる材料(基材)の層ということができる。
してみると、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、本件補正後発明の「基材層」に相当する。
また、上記アとイより、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」と、本件補正後発明の「基材層」は、「フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を」「含む」点で一致する。

エ 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」の「面内位相差(nm)は0nmであり」、「厚み方向位相差(nm)は0.8nm」である。
そうすると、上記ウより、引用発明は、本件補正後発明の、「前記基材層は、10nm以下の面内位相差(Ro)、50nm以下の厚さ方向位相差(Rth)」「を有し」との要件を具備する(当合議体注:本件補正後発明の「面内位相差(Ro)」及び「厚さ方向位相差(Rth)」の定義(本件出願明細書の【0093】及び【0094】)と、引用発明の「面内位相差(nm)」及び「厚み方向位相差(nm)」の定義を対比すると、本件補正後発明の「面内位相差(Ro)」及び「厚さ方向位相差(Rth)」は、「測定波長550nm」「を用いて」「測定した」ものであるのに対して、引用発明の「面内位相差(Ro)」及び「厚さ方向位相差(Rth)」は、「波長590nmの光線に対する」ものである点で相違する。しかしながら、波長550nmと波長590nmとの間での屈折率、面内位相差及び厚み(厚さ)方向位相差の変化は僅かである。)。

オ 技術常識から、引用発明の「PVDF」(ポリ(2フッ化ビニリデン))、「KYNAR1000HD」は、本件補正後発明の、「フッ素系樹脂は、100s−1の剪断速度および230℃の条件下でキャピラリーフローメーターにより測定されたとき、100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有し」との要件を具備するということができる。
具体的には、「KYNAR1000HD」は、剪断速度100s−1、230℃の条件で、キャピラリーレオメーター(キャピラリーフローメーターに相当)により測定された時、溶融粘度は、1500Pa・s〜2000Pa・sである。
例えば、「KYNAR(R)1000HD」(当合議体注:登録商標であることを示す「丸囲みのR」を、「(R)」に置き換えて表示している。),p.1-3,Arkema Inc.,[online],令和4年3月21日検索,インターネット<https://www.fosterpolymers.com/downloads/docs/2019/arkema/tds/Kynar1000HD.pdf>の1頁「MAIN CHARACTERISTICS」「PROPERTIES」の9項目目には、「Melt Viscosity,230℃,100s−1」が、「VALUE」「15-20」、「UNIT」「kPoise」、「TEST STANDARD」「ASTM D3835」であること記載されている。ここで、規格「ASTM D3835」は「キャピラリーレオメーターによる高分子材料の特性測定のための標準試験法」に関するものであるところ、「キャピラリーレオメーター(細管粘度計)」は、シリンダ内で溶融させた試料を一定の速度(剪断速度)のピストンでキャピラリー(毛細管)を通して押し出すことにより、溶融粘度(単位:Pa・sec)を求めるものである。そうすると、「Melt Viscosity,230℃,100s−1」が「VALUE」「15-20」、「UNIT」「kPoise」であるとのことは、剪断速度100s−1、230℃の条件で、キャピラリーレオメーター(キャピラリーフローメーターに相当)により測定された時、溶融粘度が1500Pa・s〜2000Pa・sであることを示していると理解できる(当合議体注:1Poise=10Pa・sとの換算式から、15〜20kPoiseは、1500〜2000Pa・sとなる。)。

カ 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、「全光線透過率(%)は92%であり」、「ヘイズは0.5%であり、透明性、耐熱性に優れ」、「面内位相差(nm)は0nmであり」、「厚み方向位相差(nm)は0.8nmであ」る。
そうすると、上記イ〜オより、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、本件補正後発明の「光学フィルム」に相当する。
また、上記ウより、引用発明は、本件補正後発明の、「基材層を含み」との要件を具備するといえる。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件補正後発明と引用発明は、次の構成で一致する。
「光学フィルムであって、
フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を含む基材層を含み、
前記基材層は、10nm以下の面内位相差(Ro)、50nm以下の厚さ方向位相差(Rth)を有し、
前記フッ素系樹脂は、100s−1の剪断速度および230℃の条件下でキャピラリーフローメーターにより測定されたとき、100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有する、光学フィルム。」

イ 相違点
本件補正後発明と引用発明は、以下の点で相違、あるいは一応相違する。


(相違点1)
「基材層」が、本件補正後発明は、フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を「1:10〜1:20の質量比」で含むのに対して、引用発明は、「クラレ製PMMA、パラペットHR−Sを90質量部及びアルケマ製PVDF、KYNAR1000HDを10質量部」を含む点。

(相違点2)
「基材層」が、本件補正後発明は、「40ダイン/cm〜60ダイン/cmの表面張力を有し」ているのに対して、引用発明は、「表面張力」が分からない点。

(相違点3)
「基材層」が、本件補正後発明は、「150℃で3時間熱処理した後、0.1%〜1%のヘイズを有し」ているのに対して、引用発明は、そのようなものであるかどうか分からない点。

(相違点4)
「基材層」が、本件補正後発明は、「85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有し」ているのに対して、引用発明は、そのようなものであるかどうか分からない点。

(相違点5)
「基材層」が、本件補正後発明は、「横方向の延伸と縦方向の延伸との比1.1〜1.5:1を有する」のに対して、引用発明は、そのようなものであるかどうか分からない点。

(5) 判断
ア 相違点1について
(ア) 引用文献1の【0013】には、アクリル樹脂フィルムに含まれる「アクリル樹脂」と「結晶性フッ素化ポリマー」の比率について、「アクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーとを61〜99質量部:1〜39質量部の割合で含んでいる。アクリル樹脂中に結晶性フッ素化ポリマーを含有せしめることによって、欠点を最小限に抑えつつ靭性の高いフィルムを得ることができる。結晶性フッ素化ポリマー・・・略・・・が39質量部より多いと、フッ素化ポリマーの結晶性により白色の不透明な樹脂となるために光学用フィルムとして好ましくなく、また1質量部未満であると十分な靭性が得られないことがある。」、「より好ましくはアクリル樹脂75〜90質量部に対しフッ素化ポリマー10〜25質量部の比率である。フッ素化ポリマーが25質量部以下であることにより、十分な耐熱性が得られやすく、10質量部以上であることにより十分な靭性が得られやすい。」との記載がある。
上記の記載に接した当業者は、「十分な耐熱性が得られやすく」、「十分な靭性が得られやすい」ことから、「アクリル樹脂75〜90質量部に対しフッ素化ポリマー10〜25質量部の比率」がより好ましいと理解できる。一方、「アクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーとを61〜99質量部:1〜39質量部の割合で含んでい」れば、白色の不透明な樹脂とならず、また、十分な靭性が得られるとのことであるから、仕様、使用、用途に応じて、靱性よりも耐熱性や透明性を重視する場合には、アクリル樹脂90〜99質量部及びフッ素化ポリマー1〜10質量部の範囲の比率、例えば、アクリル樹脂91質量部、フッ素化ポリマー9質量部の比率、あるいはアクリル樹脂92質量部、フッ素化ポリマー8質量部の比率、あるいはアクリル樹脂95質量部、フッ素化ポリマー5質量部の比率などとしてもよいと当業者は理解できる。

(イ) 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、「パラペットHR−S」を「90質量部」及び「KYNAR1000HD」を「10質量部」含み、「全光線透過率は92%であり」、「ヘイズは0.5%であり、透明性、耐熱性に優れ」、「靱性テスト」は「△」(「割れた回数が1〜5回」)である。
そうすると、上記(ア)で述べた引用文献1の記載から理解されるアクリル樹脂と結晶性フッ素化ポリマーの比率に基づき、引用発明において、例えば、「パラペットHR−S」を91質量部(あるいは95重量部)及び「KYNAR1000HD」を9質量部(あるいは5質量部)含む構成として、フッ素系樹脂及びアクリル樹脂の比率を1:10.111・・・(あるいは、1:19)とし、相違点1に係る本件補正後発明の構成とすることは、靱性よりも耐熱性や透明性(低ヘイズ、高全光線透過率)を重視する当業者が容易になし得たことである。

イ 相違点5について
(ア) 引用文献1の【0052】や【0050】には、アクリル樹脂フィルムを、未延伸フィルムを二軸延伸して製造することが記載、示唆されている。
ここで、アクリル樹脂等の保護フィルム等の光学フィルムにおいて、横方向の延伸倍率と縦方向の延伸倍率との比が1.1〜1.5:1を有する程度とすることは周知の技術である。
例えば、特開2013−241556号公報(以下「引用文献7」という。)の【0141】、【0191】(縦2.0倍、横2.4倍)、特開2014−83703号公報(以下「引用文献8」という。)の【0254】、【0256】(縦延伸倍率2.2倍、横延伸倍率2.8倍)、特開2016−105175号公報(以下「引用文献4」という。)の【0024】、【0084】、【0148】(MD延伸倍率1.8倍、TD延伸倍率2.5倍)、【0155】(1.8倍の縦延伸、2.4倍の横延伸)、国際公開第2016/047796号(以下「引用文献5」という。)の[0041](縦延伸1.8倍、横延伸2.4倍)、[0048](縦延伸1.5倍、横延伸2.0倍)、[0015]、特開2015−188772号公報(以下「引用文献6」という。)の【0086】(縦方向1.2倍、横方向1.5倍)、【0030】、【0002】等参照。
また、フィルムに二軸延伸を行うことによりフィルムの機械的強度を向上できることは技術常識である。さらに、二軸延伸処理後、その光学的等方性、機械的特性を安定化させるため、あるいは熱収縮が小さく寸法安定性に優れたものとするために、熱処理(アニーリング処理、弛緩処理、緩和処理、熱固定処理等ともいう。)を行うことも技術常識である(例えば、引用文献7の【0142】、国際公開第2015/076398号(以下「引用文献9」という。)の[0079]、特開2017−78168号公報(以下「引用文献10」という。)の【0061】等を参照。)。

(イ) してみると、引用発明において、アクリル樹脂フィルムを、引用文献4〜8等に記載された周知の二軸延伸における縦延伸倍率及び横延伸倍率を参考にして、横方向の延伸と縦方向の延伸との比1.1〜1.5:1を有するアクリル樹脂フィルムとして、相違点5に係る本件補正後発明の構成とすることは、引用発明の設計変更、改良を行う当業者が容易になし得たことである(「面内位相差(nm)は0nmであり」、「厚み方向位相差(nm)は0.8nm」である引用発明に、二軸延伸を採用する際、(屈折率)異方性の点から、縦方向と横方向の延伸倍率が大きく異ならないものとすることは当然のことということができる。)。主成分のアクリル樹脂は光学等方性に優れるものであるから、相違点5に係る上記設計変更を施してなる引用発明において、一致点とした面内位相差(値)及び厚み方向位相差(値)が相違点となるわけでもない。
相違点1に係る設計変更を考慮しても同様である。すなわち、光学等方性に優れるアクリル樹脂の割合が増せば、「面内位相差」及び「厚み方向位相差」の点でより好ましい。
さらに、引用発明においては、165℃、60分間のアニール処理を行っているから、応力、歪み、異方性等が緩和されているといえる。あるいは、二軸延伸後に光学等方性の向上、安定のために熱処理(弛緩処理、熱固定処理等)を行ってもよい。
あるいは、二軸延伸を使用する際、(引用文献1の【0037】や【0038】の記載、示唆に基づき、)「面内位相差(nm)」「0nm」、「厚み方向位相差(nm)」「0.8nm」を維持することは、当業者であれば当然に考慮する技術的事項である。

ウ 相違点3について
(ア) 引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、「未延伸のアクリル樹脂フィルムを、165℃の熱風オーブンにて60分間アニール処理を行って」「得られた」ものであり、「ヘイズは0.5%であ」る。

(イ) 引用発明の「ヘイズ」について、引用文献1の【0024】には、「本発明のアクリル樹脂フィルムはヘイズが1%以下である。好ましくは0.8%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。」との記載がある。
また、引用発明の「アニール処理」について、引用文献1の【0026】には、「アニール処理の具体的方法としては、1軸押出機により成形した未延伸のアクリル樹脂フィルム、または・・・略・・・二軸に延伸したアクリル樹脂フィルムを、構成する結晶性フッ素化ポリマーの結晶化温度の範囲内において、1分間〜1,000時間加熱処理を施すことを示す。これは、アニール処理を施すことによって結晶性フッ素化ポリマーとアクリル樹脂の屈折率差が小さくなるためヘイズが低減する効果が得られると考えている。」と記載されている。

(ウ) そうすると、仮に、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」に、「150℃で3時間熱処理」すると、150℃によるアニール処理が更に進み、ヘイズ低減効果が更に進むから、ヘイズが0.5%から更に低下すると考えられる。一方、ヘイズが0.5%から0.1%以下となるまで極端に低下するとは考えられない。
してみると、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」は、本件補正後発明の「150℃で3時間熱処理した後、0.1%〜1%のヘイズを有」するとの要件を満足するといえる。
してみると、相違点3は、相違点を構成しない。

(エ) あるいは、引用発明のヘイズについては、0.5%以下がより好ましい(【0024】)から、フィルムの黄変や可塑化が生じない範囲で、165℃でより長時間(〜1000時間)のアニール処理を行い、ヘイズを例えば0.1%以上〜0.5%未満に十分に低下させたものとして、相違点3に係る本件補正後発明の構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(オ) (ウ)及び(エ)については、相違点1及び相違点5に係る設計変更を合わせて考慮しても同様である。

エ 相違点4について
(ア) 引用発明のアクリル樹脂フィルムの材料、組成やその製造工程からみて、引用発明のアクリル樹脂フィルムは、85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有している蓋然性が高い。
なぜなら、引用発明の「クラレ製PMMA」「パラペットHR−S」は、「光学グレード」のものであり、プロジェクションレンズをはじめ、各種光学レンズに適し、優れた光学特性、耐熱性を示す銘柄として周知のものである。そうすると、耐熱性に優れ、光学レンズに適した「パラペットHR−S」は、その温度変化に伴う形状変化は当然に小さい(例えば、下記に示す引用文献11の[0087]等の記載を参照。)。加えて、引用発明は、165℃、60分間のアニール処理を行っているから、応力、歪みが緩和、弛緩され、その後に加熱処理しても形状変化は小さいといえる。してみると、相違点4は、相違点を構成しない。

あるいは、引用文献1の【0026】〜【0027】の記載に基づき、ヘイズを考慮して165℃のアニール時間を十分に長く(〜1,000時間)してなるアクリル樹脂フィルムは、相違点4に係る本件補正後発明の「85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有し」との構成を具備するといえる。

(イ) 相違点1、相違点3、あるいは相違点5に係る設計変更を合わせて考慮しても同様である。
すなわち、相違点1に伴う設計変更に伴い、耐熱性に優れ、温度変化に伴う形状変化が小さい「パラペットHR−S」の割合が増えることから、その後の加熱処理(「85℃で24時間処理」)による形状変化は更に小さくなるといえる。
あるいは、引用文献1の【0026】〜【0027】の記載に基づき、165℃のアニール時間を十分に長く(〜1,000時間)し、ヘイズを十分に低く(例えば0.1以上0.5%未満)てなるアクリル樹脂フィルムは、その後の加熱処理による形状変化が小さいものとなる。
あるいは、二軸延伸後のフィルムに対して熱処理を行い、熱収縮が小さく寸法安定性に極めて優れたものとすることは技術常識である。特に、引用発明は、「ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができるものであ」るところ、保護フィルム(偏光板保護フィルム等)が熱収縮を起こすと、被保護体(偏光子等)に応力を与えて好ましくないため、小さい熱収縮率(例えば1%以下等)が求められることは技術常識である(例えば、国際公開2005/105918号(以下「引用文献11」という。)の[0086](アクリル樹脂フィルムの等方性用途として、偏光板保護フィルムがあること等)、[0087](保護フィルムとして利用するには熱収縮率は小さい(例えば、長手方向及び幅方向の熱収縮率が1%以下等)必要があること等))。
してみると、引用発明に周知の二軸延伸処理及び二軸延伸後の熱処理を採用し、二軸延伸後の熱処理を十分に行って、熱収縮率を極めて小さいものとすることは、引用発明の用途に基づく当業者の設計上の事項である。
そうしてみると、引用発明において、相違点4に係る本件補正後発明の「85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有し」との構成とすること(、及び相違点1、3、5に係る本件補正後発明の構成とすること)は、当業者が容易になし得たことである。

オ 相違点2について検討する。
(ア) 引用発明のアクリル樹脂フィルムの材料、組成やその製造工程からみて、引用発明のアクリル樹脂フィルムの表面張力は、40〜60ダイン/cmの範囲となっている蓋然性が高い。相違点1、相違点3〜相違点5に係る設計変更を考慮しても同様である。そうすると、相違点2は、相違点を構成しない。

(イ) あるいは、引用発明は、「ポリビニルアルコール系高分子およびヨウ素を主成分とする偏光子の保護フィルムとして有用であり、保護フィルムとして用いた場合に、光学特性および保護機能に優れた偏光板を製造することができるものであ」る。
そうすると、引用発明は、偏光子等他のフィルムとの貼り合わせを前提とするものであるから、当業者は、接着性、密着性の観点からフィルムの表面張力に注目するといえる。あるいは、引用文献1の【0055】には、「アクリル樹脂フィルムは使用の目的によって表面に」「易接着層を設け」ることが記載されているから、アクリル樹脂の表面張力を調整する動機付けとなる記載があるということもできる。
ここで、接着性、密着性の観点から表面張力を40dyne/cm〜60dyne/cm程度とすることは技術常識である。例えば、特開平7−56017号公報の【0036】(54dyne/cm等)、特開2003−96207号公報の【0046】、【0066】(57dyne/cm等)、引用文献7の【0142】(40mN/m以上、50mN/m以上、55mN/m以上(言い換えると、40dyne/cm以上、50dyne/cm以上、55dyne/cm以上)等)を参照。
してみると、引用発明の「アクリル樹脂フィルム」に、コロナ処理、プラズマ処理あるいはプライマー処理等周知・慣用の表面処理を適宜施し(あるいは、アクリル樹脂フィルム製造用組成物の組成の調製(添加剤等)により)、その表面張力を、例えば54dyne等として、相違点2に係る本件補正後発明の構成とすることは、技術常識に基づく当業者の設計上の事項である。相違点1、相違点3〜相違点5に係る設計変更を合わせて考慮しても同等である。

カ 本願発明の効果について
(ア) 本願発明の効果については、本件出願の明細書の【0012】には、「本開示による光学フィルムは、脆いアクリル樹脂の欠点が補われるため優れた加工性を有し、小さい面内位相差および小さい厚さ方向位相差を有するので偏光ムラが発生せず、かつ、適当な程度の表面張力を有して、さらなる層をその表面に容易に積層またはコーティング(または塗布)することを可能にする。」との記載がある。

(イ) しかしながら、引用発明の課題は、「優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性と耐熱性を両立したアクリル樹脂フィルム」「を提供する」(引用文献1の【0010】)ことである。そうすると、上記(ア)の各効果は、相違点1〜相違点5に係る設計変更を施してなる引用発明が奏する効果であるか、あるいは、当該引用発明において、引用文献1、4〜11等の記載、周知技術及び技術常識に基づき、当業者が予測、期待する効果である。

カ 審判請求書について
(ア) 請求人は、審判請求書の「3.請求項1〜13に係る発明が特許されるべき理由」「(2)請求項1に係る発明」において、「請求項1に係る発明」の「前記基材層は、」「40ダイン/cm〜60ダイン/cmの表面張力を有し」を「特徴(A)」、「前記フッ素系樹脂は、100s−1の剪断速度および230℃の条件下でキャピラリーフローメーターにより測定されたとき、100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有し」を「特徴(B)」とし、「前記基材層は、85℃で24時間処理した後、縦方向および横方向にそれぞれ1%以下の収縮を有し」を「特徴(C)」とし、「前記基材層は、横方向の延伸と縦方向の延伸との比1.1〜1.5:1を有する」を「特徴(D)」として、
「本発明に係る光学フィルムは、脆いアクリル樹脂の欠点が補われるため優れた加工性を有し、小さい面内位相差および小さい厚さ方向位相差を有するので偏向ムラが発生せず、かつ適当な程度の表面張力を有して、さらなる層をその表面に容易に積層またはコーティング(または塗布)することを可能にします・・・略・・・。」、
「また、本発明に係る光学フィルムでは、フッ素系樹脂が所定の条件で100Pa・s〜2500Pa・sの粘度を有することにより、押出成形および射出成形に好適なものとなります・・・略・・・。」、
「また、本発明に係る光学フィルムでは、基材層に含まれるフッ素系樹脂およびアクリル樹脂の質量比を1:10〜1:20とすることにより、アクリル樹脂の脆性特性に起因すると考えられる加工不良を防止し、かつフッ素系樹脂の正の複屈折による位差(当合議体注:「位差」は、「位相差」の誤記と認められる。)の低下を防止する効果を得ることができます・・・略・・・。」と主張する。
また、同「(3−2)請求項1に係る発明と、引用文献1に記載の発明との対比について」において、「請求項1に係る発明は、上述のように、特徴(A)〜(D)の組み合わせを有します。これに対して、引用文献1〜3では、本発明の上記特徴(A)〜(D)の組み合わせが開示も示唆もされていません。」、
「特徴(A)について」において、「引用文献1〜3には、特徴(A)の特定の数値範囲の表面張力について開示も示唆もされていません。また、引用文献1〜3には、特徴(A)の特定の数値範囲の表面張力を導き得る技術思想が開示も示唆もされていません。よって、当業者であっても引用文献1〜3に基づいて特徴(A)を容易に想到できないものと思料致します。」、
「特徴(B)について」において、「引用文献1〜3には、特徴(B)の特定の数値範囲のフッ素系樹脂の粘度について開示も示唆もされていません。また、引用文献1〜3には、特徴(B)の特定の数値範囲のフッ素系樹脂の粘度を導き得る技術思想が開示も示唆もされていません。よって、当業者であっても引用文献1〜3に基づいて特徴(B)を容易に想到できないものと思料致します。」、
「特徴(C)について」において、「引用文献1の段落[0037]には、「本発明のアクリル樹脂フィルムを偏光板保護フィルムや光学基板として使用する場合は、・・・フィルムの面内位相差Re(nm)が1nm以下であることが好ましい」等と記載されています。つまり、当該段落には、引用文献1に記載のアクリル樹脂フィルムを偏光板保護フィルムや光学基板に使用する場合には、主として機能の観点から、面内位相差が特定の数値範囲であることが好ましいことが開示されているだけであって、「基材層の収縮がない方が好ましい」ことについて何ら言及していません。引用文献2〜3についても同様です。」、「よって、「後知恵」として事後分析かつ論理的思考を排除して考えると、当業者であっても、引用文献1〜3に基づき、本発明の光学フィルムが収縮することに容易想到ではなく、ましてや特徴(C)の特定の収縮率に容易想到とは決して言えないものと思料致します。」、
「特徴(D)について」「引用文献1に記載のアクリル樹脂フィルムは、実施例1〜5および比較例1〜2に示すように、未延伸フィルムに関します・・・略・・・。」、「一方、引用文献1には、延伸加工について、「延伸速度が各延伸方向で同じであってもよく、異なっていてもよく、好ましくは1〜5,000%/分であり、・・」等の記載があります・・・略・・・。」、「しかしながら、例えば、延伸速度が非常に大きな数値範囲で開示されているように、引用文献1では、延伸加工について一般的な事項を開示しているにすぎません。また、上述のように実際の実施例では、延伸加工を施しておらず、引用文献1では延伸の技術的意義に着目していないことは明らかです。さらに、「本発明のアクリル樹脂フィルムは上記未延伸フィルムをさらに延伸加工してもよいが、コスト面から未延伸であることが好ましい。」・・・略・・・と記載されています。」、「引用文献1に接した当業者であれば、延伸加工を施さないものと思料致します。仮に施したとしても、引用文献1は、延伸加工について一般的事項を開示しているにすぎず、本発明の特徴(D)の縦方向と横方向との延伸比が引用文献1に開示も示唆もされていない以上、当業者であっても、引用文献1に基づいて特徴(D)に想到することは容易ではないものと思料致します。」、「当業者であっても引用文献2に基づいて本発明の特徴(D)を容易に想到できないものと思料致します。」、「当業者であっても引用文献3に基づいて本発明の特徴(D)を容易に想到できないものと思料致します。」と主張する。
さらに、同「(3−3)技術思想の相違について」において、
「請求項1に係る発明では、フッ素系樹脂およびアクリル樹脂を所定の割合で含む基材層を含み、基材層の面内位相差、厚さ方向位相差、表面張力、ヘイズ、収縮率および延伸比をそれぞれ所定の数値範囲を有し、かつフッ素系樹脂が所定の条件で所定の数値範囲の粘度を有します。これにより、アクリル樹脂の欠点である脆さを改善し加工特性に優れ、偏光ムラの発生が抑制され、さらなる層を積層等することができます(本願明細書の段落[0012])。つまり、請求項1に係る発明は、フッ素系樹脂とアクリル樹脂のブレンド比および各物性値を調整することにより、加工性、および光学特性を向上させる発明です。」、「引用文献1〜3には、請求項1に係る発明の技術思想は開示に示唆もされていません。特に、引用文献1〜3に記載の発明は、いずれも耐熱性を向上させることを課題と掲げており、請求項1に係る発明は耐熱性の向上を課題として掲げておりません。このため、当業者であっても引用文献1〜3に基づいて請求項1に係る発明の特徴を容易に導き得ないものと思料致します。」と主張する。

(イ) しかしながら、特徴(B)については、上記(3)オで述べたとおり、引用発明の「KYNAR1000HD」(フッ素系樹脂)が具備する事項である。
また、特徴(A)については、上記オで述べたとおりであり、引用発明も具備することである。あるいは、引用発明の表面張力は、当業者が当然に注目、考慮する技術的事項であるし、表面張力として「40ダイン/cm〜60ダイン/cm」は普通の数値である。引用発明において、相違点2に係る本件補正後発明の構成とすることは、技術常識に基づく当業者の設計上の事項である。
また、特徴(D)については、上記(5)イで述べたとおり、引用文献1の【0052】、【0050】には、アクリル樹脂フィルムを、未延伸フィルムを二軸延伸して製造することが記載、示唆されている。フィルムの機械的強度の向上を(コストより)重視する当業者であれば、引用発明に二軸延伸を採用しようと考えるし、引用文献4〜8等に記載の周知の保護フィルムの二軸延伸における縦延伸倍率及び横延伸倍率を参考にできる。
さらに、特徴(C)については、上記(5)エで述べたとおり、相違点4は、相違点を構成しないか、あるいは、引用発明において、相違点4に係る本件補正後発明の構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。保護フィルム(偏光板保護フィルム等)が熱収縮を起こすと、被保護体(偏光子等)に応力を与えて好ましくないため、小さい熱収縮率(例えば1%以下等)が求められることは技術常識である。
してみると、特徴(A)〜(D)を組み合わせた構成とすることは、引用発明、引用文献4〜11等に記載の周知の技術的事項及び技術常識に基づいて当業者が容易になし得たことといえる。
以上のとおりであるから、請求人の審判請求書の主張を採用することはできない。

キ 上申書について
(ア) 請求人は、上申書の「III.請求項1に係る発明の特許性について」「(1)29条2項進歩性)について」「(1−3)周知技術の引用発明1への適用性について」において、「一方、引用文献1に記載の発明(以下、「引用発明1」とも称する)は、アクリル樹脂と、結晶性フッ素ポリマーとの混合樹脂で構成されるアクリル樹脂フィルムであって、これらの樹脂およびポリマーはいずれも、主鎖に環構造を有しません・・・略・・・。」、「よって、引用発明1は、引用発明3では比較例に相当するものと考えられます。」、「よって、引用文献1ならびに引用文献3〜4および7〜9に接した当業者であれば、引用文献3〜4および6〜9に開示された延伸倍率を、引用文献1に記載のアクリル樹脂フィルムに適用すれば、アクリル樹脂フィルムが破断することを予測すると考えられます。」、「このため、引用文献3〜4および7〜9に開示された延伸倍率の引用発明1への適用には阻害要因が存在し、当該適用に動機はないものと思料致します。」、「したがいまして、当業者であれば、引用発明1に引用文献3〜4および7〜9に記載の事項を引用発明1に適用することは容易ではないものと思料致します。」、
「(1−5)周知技術の引用発明1への適用性について」において、「一方、引用文献1の実施例1〜4では、厚み30μmの未延伸フィルムを作製しています・・・略・・・。」、「引用文献1の未延伸フィルムの厚みは、引用文献5〜6に記載の延伸フィルムの厚みと同程度です。」、「(1−4)で述べましたように、例えば、引用文献5に開示された延伸条件で延伸すると、厚みが大幅に減少するため、引用文献1の実施例1〜4の厚み30μmの未延伸フィルムに引用文献5〜6に開示された延伸倍率で延伸処理を施せば、破断が生じ得るものと思料致します。」、「引用文献1の未延伸フィルムの厚みを大きくすることも考えられますが、引用文献1のアクリル樹脂フィルムは、優れた品位、透明性、光学等方性、加工特性、耐熱性をバランスよく兼ね備えたものであり・・・略・・・、厚みの増加および延伸処理によって、それらのバランスが崩れる可能性があります。このため、当業者にとって、引用文献5〜6に開示された延伸処理を引用発明1に適用することは容易ではないものと思料致します。」、「したがいまして、当業者であれば、引用発明1に引用文献5〜6に記載の事項を引用発明1に適用することは容易ではないものと思料致します。」と主張する。

(イ) しかしながら、上記カ(イ)において「特徴(D)」について述べたとおりであり、当業者であれば、引用発明に二軸延伸を採用しようと考えるところ、引用文献4〜8等に記載の周知の保護フィルムの二軸延伸における縦延伸倍率及び横延伸倍率を参考にできる。加えて、二軸延伸の際、未延伸フィルムを破断が生じない厚みとすることは当然(引用文献1の【0050】等)のことであるし、引用発明が持つ(好ましい)全光線透過率、ヘイズ、面内位相差、厚み方向位相差等が維持されるように(あるいは、引用文献1の一般記載において好ましいとされる値が得られるように)、当業者は、引用文献1の【0050】、【0052】〜【0055】等の記載や引用文献4〜8等の記載を参考にして、二軸延伸条件を適宜調整できる。してみると、相違点5に係る本件補正後発明の構成とすることは、当業者が容易になし得たことであるといえる。
以上のとおりであるから、請求人の上申書の主張を採用することはできない。

ク 小括
以上のとおりであるから、本件補正後発明は、引用文献1に記載された発明、引用文献4〜11に記載された周知の技術的事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3 補正の却下の決定のむすび
本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、前記[補正の却下の決定の結論]に記載のとおり、決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり、本件補正は却下されたので、本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記「第2」[理由]1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、概略、理由2(進歩性)本願発明は、優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明及び技術常識に基づいて、優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(引用文献等一覧)
引用文献1:特開2010−265396号公報

3 理由2(進歩性)について
(1) 引用文献1及び引用発明
引用文献1の記載及び引用発明は、前記「第2」[理由]2(1)及び(2)に記載したとおりである。

(2) 対比及び判断
本願発明は、前記「第2」[理由]2で検討した本件補正後発明から、同1(3)で述べた限定事項を除いたものである。また、本願発明の構成を全て具備し、これにさらに限定を付したものに相当する本件補正後発明は、前記「第2」[理由]2(5)ア〜オで述べたとおり、引用文献1に記載された発明、引用文献4〜11に記載された周知の技術的事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
そうしてみると、本願発明は、前記「第2」[理由]2(5)ア、ウ〜オで述べた理由と同様の理由により、引用文献1に記載された発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
してみると、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 榎本 吉孝
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-03-14 
結審通知日 2022-03-15 
審決日 2022-03-30 
出願番号 P2018-195068
審決分類 P 1 8・ 575- Z (G02B)
P 1 8・ 121- Z (G02B)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 榎本 吉孝
特許庁審判官 関根 洋之
河原 正
発明の名称 光学フィルムおよびそれを含む液晶表示装置  
代理人 山尾 憲人  
代理人 吉田 環  

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