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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
管理番号 1388329
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-09-18 
確定日 2022-06-17 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6678698号発明「微細セルロース含有樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6678698号の特許請求の範囲を、令和3年12月6日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜6〕について訂正することを認める。 特許第6678698号の請求項1〜4、6に係る特許を維持する。 特許第6678698号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 手続の経緯
特許第6678698号(請求項の数6。以下、「本件特許」という。)は、2018年(平成30年)5月25日を出願日とする出願に係る特許であって、令和2年3月19日に設定登録がされたものである(特許掲載公報の発行日は同年4月8日である。)。
その後、令和2年9月18日に、特許異議申立人である枝木幸二(以下、「申立人1」という。)により、本件特許の請求項1〜6に係る特許に対して特許異議の申立てがされ、また、同年10月7日に、特許異議申立人である野中恵(以下、「申立人2」という。)により本件特許の請求項1〜6に係る特許に対して、特許異議の申立てがされた。その後の経緯は、以下のとおりである。
令和3年 2月18日付け取消理由通知書
同年 4月20日 意見書及び訂正請求書(特許権者)
同年 6月10日 意見書(申立人1)
同年 6月10日 意見書(申立人2)
同年 9月30日 取消理由通知(決定の予告 審尋を含む)
同年12月 6日 意見書、訂正請求書及び回答書(特許権者)
令和4年 1月19日 意見書(申立人2)
同年 1月20日 意見書(申立人1)
なお、令和3年4月20日提出の訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなされた。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和3年12月6日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
請求項1に「熱可塑性樹脂(B)」とあるのを、「ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂(B)」に訂正する。

(2)訂正事項2
請求項1に「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束」とあるのを、「ミクロフィブリル束」に訂正する。

(3)訂正事項3
請求項1に「表層」とあるのを、「表面を含む表層」に訂正する。

(4)訂正事項4
請求項1に「表層の一部が加水分解されており」とあるのを、「表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」に訂正する。

(5)訂正事項5
請求項1に「S1/S2が1.00より大きく、3.00以下であり、」とあるのを、「S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であり、」に訂正する。
(以上、請求項1の記載を引用する請求項2〜4、6も同様に訂正する。)

(6)訂正事項6
請求項3に「4〜1500nm」とあるのを、「15〜1500nm」に訂正する。

(7)訂正事項7
請求項5を削除する。

(8)訂正事項8
請求項6に「請求項1〜5のいずれか一項」とあるのを、「請求項1〜4のいずれか一項」に訂正する。

訂正前の請求項2〜6は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用する関係にあり、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるから、訂正事項1〜8に係る訂正は、一群の請求項〔1〜6〕について請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、本件明細書の【0034】及び【0036】の記載に基づいて、「熱可塑性樹脂(B)」について「ポリアミド系樹脂を含む」との限定を加えたものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束」を「ミクロフィブリル束」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、「部分加水分解された微細セルロース(A)」の「表層の一部が加水分解されており」における「表層」がどのような意味であるのかが判然としないとの取消理由(明確性)に対応して訂正するものであり、加水分解されている部位が表面のみでなく、表面を含む層にも及んでいることを明確にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、一般に「表層」なる用語がその層の表面を含む部位を指すことは明らかであるといえるから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求
の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は、【0024】及び請求項5に基づいて、「微細セルロース(A)」について、「表層の一部が加水分解されており」に加えて「且つ内層が加水分解されておらず」との限定を付すものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、【0025】の記載に基づいて、S1/S2の数値範囲を狭くするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項6について
訂正事項6は、【0021】に基づいて、「微細セルロース(A)」の「平均繊維径」について、「4〜1500nm」を「15〜1500nm」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(7)訂正事項7について
訂正事項7は、請求項5を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8)訂正事項8について
訂正事項8は、訂正事項7に伴い、請求項6の「請求項1〜5のいずれか一項」との記載から、請求項5の引用を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮又は明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するものであるから、結論のとおり、本件訂正を認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1〜6に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(下線部は訂正箇所であり、当審が付した。)。

「【請求項1】
部分加水分解された微細セルロース(A)、ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂(B)、及びヘミセルロース(C)を含む、樹脂組成物であって、前記部分加水分解された微細セルロース(A)は、ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず、
部分加水分解された微細セルロース(A)が、重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であり、
部分加水分解された微細セルロース(A)の平均繊維径が1500nm以下であり、
部分加水分解された微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である、樹脂組成物。
【請求項2】
部分加水分解された微細セルロース(A)が、繊維長/繊維径のアスペクト比30以上の微細セルロース繊維である、請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
部分加水分解された微細セルロース(A)の平均繊維径が15〜1500nmである、請求項1又は2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
熱可塑性樹脂(B)がポリアミド系樹脂である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の樹脂組成物の成形体である、摺動性部材。」
(以下、請求項1〜6に係る発明を、順に「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した訂正後の明細書を「本件明細書」という。)

第4 特許異議申立書の申立理由と当審が通知した取消理由
1 特許異議申立書の申立理由
(1)申立人1の申立理由
本件訂正前の本件発明1〜6は、下記アのとおりの取消理由があるから、本件特許の本件発明1〜6に係る特許は、特許法第113条第2号又は第4号に該当し、取り消されるべきものである。証拠方法として、下記イの甲第1号証〜甲第12号証を提出する。

ア 申立ての理由
申立理由1a(新規性
請求項1、3、5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第8号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

申立理由2a(進歩性
請求項1〜6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第8号証に記載された発明、並びに甲第9及び10号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

申立理由3a(サポート要件)
請求項1〜5に係る特許は、以下の点で、その特許請求の範囲が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

請求項1〜5の微細セルロース(A)の加水分解の態様、ピークトップ分子量、S1/S2比、平均繊維径、及び熱可塑性樹脂に対する質量比、熱可塑性樹脂(B)、並びにヘミセルロース(C)は、本件課題を解決できない範囲を含んでおり、広範に過ぎる。

申立理由4a(明確性
請求項1、2及び5に係る特許は、以下の点で、その特許請求の範囲が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 請求項1及び5に記載の「微細セルロース(A)」の加水分解の態様(ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束において、「表層の一部が加水分解されており」(請求項1)、「内層が加水分解されていない」(請求項5)部分加水分解という状態又は形態)は不明である。
イ 請求項1に記載された、上限のない「ビークトップ分子量」及び下限のない「平均繊維径」は不明確である。
ウ 請求項2に記載された、上限のない「アスペクト比」は不明確である。

申立理由5a(実施可能要件
請求項1及び5に係る特許は、以下の点で、その発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

請求項1及び5に記載された「微細セルロース(A)」の加水分解の態様は、その技術的範囲を理解できるものではなく、実施例1〜13には、得られた微細セルロースの加水分解の態様が記載されていないから、仮に当業者が本件実施例を追試しても、請求項1及び5に記載された「微細セルロース(A)」の加水分解の態様に相当するか否かを判別することができない。

イ 証拠方法
甲第1号証:特開2014−88478号公報
甲第2号証:特開2017−179365号公報
甲第3号証:特開2016−79370号公報
甲第4号証:国際公開第2012/111408号
甲第5号証:林治助ら、「セルロース各種結晶変態の吸湿性、酸加水分解によるアクセシビリティおよびレベルオフ重合度」、北海道大学工学部研究報告、75、p.93〜104、1975年7月26日、
甲第6号証:松崎啓、「ミクロクリスタリンセルロース」、高分子、vol.14、No.157、p.285−289、1965年
甲第7号証:柳明洋、「天然物由来の有機系ファイバーの調製及び応用に関する研究―セルロースナノファイバーに関する研究開発及び産業界の動向―」、平成27年度研究報告 大分県産業科学技術センター、p.54〜57
甲第8号証:特開2017−19976号公報
甲第9号証:特開2008−297668号公報
甲第10号証:東ソー分析センター、 「GPCによるセルロース材料の分子量分布測定6〜セルロースナノファイバー(CNF)〜」、技術レポートNo.T1818、2018年6月27日
甲第11号証:特開2011−116838号公報
甲第12号証:特開2005−42283号公報
(以下、甲第1号証〜甲第12号証を、順に「甲1A」、「甲2A」等という。)

ウ 令和3年6月10日に提出した意見書の証拠方法
甲第13号証:遠藤貴士、「ナノセルロースの特徴と産業展開」、機能紙研究会、No.53、 p.33-37、2014年10月
甲第14号証:西野孝、「セルロースの構造と力学的極限」、Journal of the Society of Materials Science, Japan、Vol.57, No.1, pp.97-103, Jan.2008
(以下、甲第13号証及び甲第14号証を、それぞれ「甲13A」及び「甲14A」という。)

(2)申立人2の申立理由
本件訂正前の本件発明1〜6は、下記アのとおりの取消理由があるから、本件特許の本件発明1〜11に係る特許は、特許法第113条第2号又は第4号に該当し、取り消されるべきものである。証拠方法として、下記イの甲第1号証〜甲第5号証を提出する。

ア 申立ての理由
申立理由1b(新規性
請求項1〜5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

申立理由2b−1(進歩性
請求項2〜6に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第1号証に記載された発明、並びに、甲第1〜3号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

申立理由2b−2(進歩性
請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲第4号証の1に記載された発明、並びに、甲第4号証の2及び甲第5号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

申立理由3b(サポート要件)
請求項1に係る特許は、以下の点で、その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

ア 請求項1に記載の「部分加水分解された微細セルロース(A)が、重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し」に関して、本件明細書の実施例には上記重合度が1000以上のものしか記載されておらず(表1)、重合度450以上1000未満の範囲まで一般化ないし拡張することはできない。
イ 請求項1に記載の「S1/S2が1.00より大きく、3.00以下であり」に関して、実施例には最大で1.26までのものしか記載されておらず(表1)、S1/S2が1.26超3.00以下の範囲にまで一般化ないし拡張することはできない。
ウ 請求項1に記載の「部分加水分解された微細セルロース(A)の平均繊維径が1500nm以下であり」に関して、平均繊維径が410nmを超え1500nm以下である範囲の効果は実施例によって実証されておらず、この範囲にまで一般化ないし拡張することはできない。

イ 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2011/126038号
甲第2号証:ダイセルファインケム株式会社、技術資料「微小繊維状セルロース セリッシュ」、1998年5月5日
甲第3号証:特開2014−136745号公報
甲第4号証の1:Ryoya Hiraoki et al., “Molecular Mass and Molecular-Mass Distribution of TEMPO-Oxidized Cellulose Nanofibrils”, Biomacromolecules 2015, 16, p.675-681 及び部分訳
甲第4号証の2:甲第4号証の1におけるFig.3の右上図の拡大コピー
甲第5号証:特開2017−19976号公報
(以下、甲第1号証〜甲第5号証を、順に「甲1B」、「甲2B」等という。)

2 当審が通知した取消理由
(1)令和3年9月30日付け取消理由通知書(令和3年4月20日に訂正された訂正特許請求の範囲に対して)

取消理由1a(明確性
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

ア 本件発明1〜4及び6において、発明の詳細な説明の記載を見ても、「ミクロフィブリル束」において、加水分解されたことによってどのような状態になっている部分を「表層」と定義しているのか判然とせず、また、「表層」より内側の加水分解されていない部分である「内層」もどのような状態になっている部分であるのか判然としない。
イ 本件発明1〜4及び6において、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」との特定事項は、その確認方法が判然としない。

取消理由2a(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

実施例2〜13の樹脂組成物は、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」という発明特定事項について、具体的にどのようにして確認するのかは記載されておらず、実施例2〜13の樹脂組成物は、「表層」が加水分解されていること、及び「内層」が加水分解されていないことは確認されておらず、実施例2〜13が本件発明1〜4及び6の具体例であるのかどうかは判然としない。

取消理由3a(実施可能要件
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

発明の詳細な説明には、微細セルロースやその原料の水分散液、又はこれに酸を加えたものを酸加水分解したり、酵素反応を利用したりすることが記載されているが、これらの方法により、一部が「加水分解されて」いる「表層」及び「加水分解されて」いない「内層」を有する微細セルロースが得られるかは判然とせず、実施例2〜13では、その樹脂組成物において、一部が「加水分解されて」いる「表層」及び「加水分解されて」いない「内層」が存在することは確認されておらず、本件発明1〜4及び6の具体例であるのか判然としない。

(2)令和3年2月18日付け取消理由通知書(本件特許の特許掲載公報に記載された特許請求の範囲に対して)

取消理由1b(明確性
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

ア 本件発明1の「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束において、表層の一部が加水分解されており」がどのような意味であるのかは判然とせず、本件発明1は明確でない。
イ 本件発明1の「S1/S2が1.00より大きく、3.00以下」及び「平均繊維径が1500nm以下」は、微細セルロースの分散液を用いて測定・算出されたものであるのか、樹脂組成物の樹脂を溶解除去して得た微細セルロースの再分散液を用いて測定・算出されたものであるのか判然としない。

取消理由2b(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

ア 本件発明1〜6に関して、実施例2〜13の樹脂組成物は、「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束において、表層の一部が加水分解されて」いることは確認されておらず、本件発明1〜6の具体例であるのかどうか判然とせず、発明の詳細な説明には、本件発明1の具体例が記載されているとはいえない。
イ 本件発明1〜6に関して、発明の詳細な説明には、ミクロフィブリルに近い繊維径ではコンポジット化工程の加熱により微細セルロースの表面から分解が起き易いことが記載されており、平均繊維径が4nm程度に小さい微細セルロースを用いる場合であっても、樹脂組成物における樹脂との界面密着性、耐摩耗性及び耐久性が優れたものになると解することはできない。
ウ 本件発明1〜6に関して、発明の詳細な説明には、ポリアミド以外の熱可塑性樹脂を用いた具体例は記載されておらず、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基などの官能基を持たない熱可塑性樹脂を用いる場合に、微細セルロースと熱可塑性樹脂との界面密着性、耐摩耗性及び耐久性に優れると解することはできない。
エ 本件発明5〜6に関して、発明の詳細な説明の記載から、ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束の内層が加水分解されていないことによって、本件発明の課題を解決できることを当業者が理解できると解することはできない。

取消理由3b(実施可能要件
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

ア 発明の詳細な説明には、「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束」の「表層の一部が加水分解されて」いる微細セルロースを製造する方法が記載されているとはいえず、当業者が本件発明1〜6を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
イ 発明の詳細な説明には、「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束」の「内層が加水分解されていない」微細セルロースを製造する方法が明示的に記載されておらず、それを確認したことや確認する方法も記載されていないから、本件発明5〜6における微細セルロースを製造する方法が記載されていないといえる。

3 特許権者が令和3年12月6日提出の回答書とともに提出した証拠方法
乙第1号証:Akira Isogai, Wood nanocelluloses: fundamentals and applications as new bio-based nanomaterials, Journal of Wood Science, 59, pp.449-459, 2013 及び部分訳

第5 当審の判断
以下に述べるように、本件発明5に係る特許に対する申立てを却下し、当審が通知した取消理由、及び、特許異議申立書の申立理由によっては、本件発明1〜4及び6に係る特許は取り消すことはできない。

1 本件発明5に係る特許に対する申立ての却下
本件発明5に係る特許は、第2及び第3で示したとおり、訂正により削除され、これらの特許に対する申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

2 当審が通知した取消理由について
(1)本願明細書に記載された事項
本件明細書には、【0012】(発明が解決しようとする課題)、【0021】〜【0026】(部分加水分解された微細セルロース)、【0027】〜【0028】(ヘミセルロース)、【0054】(ポリアミド系樹脂)、【0058】〜【0066】(樹脂組成物の製造方法)、【0072】〜【0078】、【0082】及び【0083】(評価方法)、【0085】〜【0103】及び表1(実施例1〜13)の記載があり、具体的には以下の記載がある。

ア 「一般にセルロース繊維は、規則的に配列した結晶構造部分とアモルファス構造部分を含んでいる。通常は約40本のセルロース分子が分子間水素結合によって幅4〜5nm程度のミクロフィブリルを形成し、ミクロフィブリルが複数集まって幅が約15nm以上の束を形成している」(【0021】)

イ 「結晶構造部分のセルロース分子は互いに強固に水素結合しているため、加水分解され難いが、アモルファス部分は加水分解され易い。アモルファス構造部分のセルロース分子を酸加水分解によって切断し、重合度200〜300前後まで微細化した結晶セルロースにおいては、長さ/太さのアスペクト比が最大でも数十程度であり、セルロースナノウィスカーやセルロースナノクリスタルと呼称されている。このサイズまで微細化されると、樹脂とコンポジット化した場合に樹脂中でセルロースナノクリスタル同士の相互作用によるネットワークが形成され難いため、補強効果も発現し難くなる。また、このようなセルロースナノクリスタルでは、アスペクト比が大きいセルロースナノファイバーと比べて耐熱性が低い傾向がある。繊維表面積及び/又はセルロース分子末端数が多くなることで熱分解の起点が増えてくると考えられる。」(【0022】)

ウ 「部分加水分解された微細セルロース(A)は、アモルファス部分の少なくとも一部が加水分解されるに留まり、低アスペクト比のセルロースナノクリスタルまでは分解されていないものである。部分加水分解された微細セルロース(A)の長さ/太さ(繊維長/繊維径)のアスペクト比は、好ましくは30以上、より好ましくは50以上、さらに好ましくは100以上である。原料として用いる微細セルロース、又は樹脂組成物から樹脂を溶解除去して回収された微細セルロースを走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで、上記好ましい範囲よりも低アスペクト比の微細セルロースの含有を確認できる。樹脂組成物中、このような低アスペクト比までせつだんされた微細セルロースは少ないことが好ましいが、本発明の樹脂組成物の所望の補強効果を発現できる範囲で存在しても構わない。なおアスペクト比は、本開示の[実施例]の項に記載される方法で測定される値である。」(【0023】)

エ 「微細セルロースの局所的な分子構造を直接観察することは難しいが、マクロスケールの分析結果から、本発明の部分加水分解された微細セルロースの構造は次のように考えられる。セルロースを、例えば、水の存在下、中性〜弱い酸性条件で加熱すること等によって加水分解すると、アモルファス部分の少なくとも一部が加水分解される一方、結晶構造は実質的に維持された、部分加水分解されたセルロースを得ることができる。このような部分加水分解セルロースは、分子量分布を測定したときの低重合度のセルロースを多く含む一方、形態観察での低アスペクト比の微細セルロースはほとんど含まない。すなわち、部分加水分解されたセルロースでは、ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束において、内層では加水分解が実質的に起きておらず、また表層の加水分解も一部に留まっているため、セルロースが高アスペクト比の微細セルロースとして存在し得る。」(【0024】)

オ 「通常、植物由来の微細セルロースには、ミクロフィブリル同士の間、及びミクロフィブリル束同士の間に、ヘミセルロースと総称される多糖類や、リグニンと総称される芳香族化合物が残存している。…ヘミセルロースは、マンナンやキシランなどの糖で構成される多糖類であり、セルロースと水素結合して、ミクロフィブリル間を結びつける役割を果たしている。また、ヘミセルロースの溶解度パラメータ(SP値)はセルロースよりも疎水性側にあることから、ヘミセルロースは、熱可塑性樹脂と微細セルロースとのSP値差を緩和する効果を有すると考えられる。
本発明の樹脂組成物中のヘミセルロース(C)の量としては、部分加水分解された微細セルロース(A)に対する質量比(C)/(A)で、0.001以上が好ましく…0.2以下が好ましく…ヘミセルロースが(C)が前述の範囲で含まれる場合には、微細セルロースが部分加水分解された際の、低重合度となったセルロース分子の表層からの剥落が抑制されているため、樹脂コンポジットの引張強度、摩擦係数、及び摩耗深さが良好である。」(【0027】及び【0028】)

(2)令和3年9月30日付け取消理由通知について
ア 取消理由1a(明確性)のア及びイ
取消理由1bのア及び申立理由4aのアは、取消理由1aのアと同旨なので、併せて検討する。

(ア)特許法第36条第6項第2号明確性)の判断手法
特許法第36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載に関して、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、これを防止することにあるものと解される。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、本件明細書及び図面とを考慮し、本件出願時の技術常識にも照らして、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきものである。以下、この観点に立って判断する。

(イ)「部分加水分解された微細セルロース」の「内層」について
a 本件明細書の上記(1)ア及びオには、本件発明1の「ミクロフィブリル束」は、ミクロフィブリルが複数集まって、ヘミセルロースがミクロフィブリル間を結びつけ、幅が約15nm以上の束となったものであること、セルロース繊維の結晶構造部分は加水分解され難く、アモルファス構造部分は加水分解され易いものであること、及び、アモルファス構造部分を酸加水分解によって切断し、重合度200〜300前後まで微細化したセルロースナノクリスタルは、そのアスペクト比が最大でも数十程度であること、という本願出願時の技術常識が示されている。

b 本件明細書の上記エには、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)」は、ミクロフィブリル束の内層では加水分解が実質的に起きておらず、表層の加水分解も一部に留まっているために高アスペクト比であり、低アスペクト比のセルロースナノクリスタルまでは分解されていないものであることが示され、さらに、実施例2〜13の樹脂組成物は、10箇所の観察エリアの全て又はいずれかにおいてアスペクト比が30以下の微細セルロースを含まず、アスペクト比が30を超える高アスペクト比の微細セルロースを含むことが示されている。

c 特許権者は、令和3年12月6日提出の意見書において、「微細セルロースが、加水分解されつつ高アスペクト比を維持している状態とは、微細セルロースが、切断されていないミクロフィブリルを保持している状態である。」(8頁13〜15行)と述べ、微細セルロースが高アスペクト比を維持している状態では、加水分解により切断されていないミクロフィブリルを保持していることを説明しており、これはアモルファス構造を加水分解により重合度200〜300前後まで切断されたセルロースナノクリスタルは最大でも数十程度の低アスペクト比であるいう技術常識(上記a)に基づく合理的な説明であると解される。

d また、特許権者は、同意見書において、「加水分解性成分がミクロフィブリル束の外部から供給されてミクロフィブリル束内部に拡散していく場合、加水分解の程度は、ミクロフィブリル束全体の非晶領域で一様にはならず、ミクロフィブリル束の表面から内部に向かって低くなる。」(8頁21〜24行)と述べ、加水分解性成分がミクロフィブリル束の外部から供給される場合、加水分解の程度はミクロフィブリル束の内部ほど低くなることを説明しており、これは本件出願時の技術常識であると解される。

e 更に、特許権者は、同意見書において、「微細セルロースが、外部からの加水分解性成分供給によって加水分解された領域を有するにも関わらず切断されていないミクロフィブリルを保持している(すなわち高アスペクト比を維持している)のであれば、切断されていないミクロフィブリルの存在位置は、ミクロフィブリル束のうち最も加水分解され難い部位、すなわちミクロフィブリル束の中央部近傍を含む位置であろうというのが当業者の合理的な理解である」(8頁24行〜9頁4行)と述べ、高アスペクト比のミクロフィブリル束は、加水分解により切断されていないミクロフィブリルを、その中央部近傍を含む位置に保持していることを説明している。この説明は、ミクロフィブリル束はミクロフィルブリルが複数集まって、ミクロフィブリル間をヘミセルロースで結びつけたものであること(上記a)、及び、加水分解の程度はミクロフィルブル束の内部ほど低くなること(上記d)という上記技術常識に基づいた合理的な説明であると解される。

f そうすると、本件明細書の記載及びこれに基づく特許権者の上記説明から、本件発明1の「内層」は、ミクロフィブリル束の外部から供給される加水分解性成分によっても、加水分解され易いアモルファス部分が切断されていないミクロフィブリルを含む、ミクロフィブリル束の中央部近傍の領域であり、ミクロフィブリル束は「内層」を保持することにより高アスペクト比の微細セルロースとして存在し得ることを一応理解することができる。

g そして、本件明細書の実施例2〜13には、製造例1〜4で得られた微細セルロース原料1〜4を加水分解した微細セルロースを含む樹脂組成物について、当該樹脂組成物中の微細セルロースのSEM観察を行い、10箇所の観察エリアの全て又はいずれかにアスペクト比30以下の微細セルロースを含まなかったことが示されており、これにより、上記樹脂組成物は、本件発明1の「ミクロフィブリル束において」「内層が加水分解されて」いない高アスペクト比の微細セルロースを含むことを、間接的ではあるが、確認できると解される。

h したがって、本件発明1の「内層」が加水分解されていないミクロフィブリルにより構成された領域であることは明確であり、本件明細書の実施例2〜13において「部分加水分解された微細セルロース」の「内層」を確認することができるから、本件発明1の「内層」が、本件出願時の技術常識にも照らして、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。

(ウ)「部分加水分解された微細セルロース」の「表層」について
a 上述のとおり、ミクロフィブリル束はミクロフィブリルが複数集まって幅が約15nm以上の束を形成したものであり、本件発明1の「内層」が、ミクロフィブリル束において、加水分解で切断されていないミクロフィブリルを含む領域であることから(上記(イ)f)、「表層」は、ミクロフィブリル束における「内層」以外の領域であることは明らかである。
また、ミクロフィブリル束はセルロースが複数集まってヘミセルロースでセルロース間を結びつけたものであり(上記(イ)a)、本件明細書には、上記(1)オに記載されるとおり、「表層」は、ミクロフィブリル束の外部から供給された加水分解性成分により加水分解されて低重合度となったセルロース分子が、ヘミセルロースにより隣接するセルロースと結びつき、剥落が抑制されている状態であると解される。

b 「表層」の一部が加水分解されていることは、上記(1)エの記載、並びに、実施例2〜13における微細セルロースが、重合度450以上に相当するピークトップ分子量を示し、S1/S2比が1.00より大きく、1.80以下であることから、間接的ではあるが、確認することができると解される。そして、実施例2〜13は、上記(イ)gで述べたとおり、高アスペクト比の微細セルロースを含んで「内層」を有し、本件発明1の「重合度450以上に相当するピークトップ分子量」及び「S1/S2」比を充足して「表層」を有することを確認することができ、本件発明1の具体例であるといえる。

c したがって、本件発明1の「表層」は上記「内層」以外の領域であることは明確であり、本件明細書の実施例2〜13において「部分加水分解された微細セルロース」の「表層」を確認することができるから、本件発明1の「表層」が、本件出願時の技術常識にも照らして、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。

(エ)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1の「内層」は加水分解されていないミクロフィブリルにより構成された領域であり、「表層」は上記「内層」以外の領域であることは明確であるといえる。そして、「部分加水分解された微細セルロース」の「表層」及び「内層」は、上記(イ)g及び(ウ)bで述べたように確認することができる。
したがって、本件発明1並びにこれを直接又は間接的に引用する本件発明2〜4及び6の「表層」及び「内層」は明確であり、本件発明1〜4及び6に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たす特許出願に対してされたものであり、取消理由1aのア及びイ、並びに、取消理由1bのア及び申立理由4aのアによっては取り消すことはできない。

イ 取消理由2a(サポート要件)
取消理由2bのア及びエは、取消理由2aと同旨であるから、併せて検討する。
(ア)特許法第36条第6項第1号の判断について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。そこで、この点について、以下に検討する。

(イ)本件発明の課題
本件明細書には、樹脂の新たな強化材料として環境負荷の低いセルロースが用いられるようになってきているが、汎用的に用いられる熱可塑性樹脂とセルロースは親和性に乏しい場合が多く、セルロースナノファイバーと熱可塑性樹脂の界面密着性が低いため、セルロースの表面状態を改質するために化学修飾した変性セルロースナノファイバーを用いる方法が知られているものの、溶媒置換処理は副生する廃棄物及び消費エネルギーを増大させ、イオン化変性したセルロースナノファイバーは耐熱性が低下して、本来の補強効果を発揮できないことが記載されている(【0004】、【0008】、【0010】及び【0011】)。
そして、このような従来技術を背景にした、本件明細書の【0012】の記載から、本件発明の課題は、「樹脂との界面密着性が良好で、化学修飾プロセスによる環境負荷及び物性低下の問題が低減されたCNFフィラーを用いており、耐摩耗性及び耐久性に優れる樹脂コンポジットを与えることができる、樹脂組成物、及びその成形体である樹脂コンポジットを提供すること」(【0012】)であると解される。

(ウ)本件発明1について
本件明細書には、S1/S2比が1.00より大きいとき、「部分加水分解された微細セルロース(A)によって樹脂コンポジットの良好な引張強度、摩擦係数、摩耗深さが得られ」(【0025】)、1.80以下のとき、「樹脂コンポジットを混練する際の加熱による熱分解及び性能劣化が抑えられる」こと(【0025】)が記載されている。
また、本件明細書には、「部分加水分解された微細セルロースは、アモルファス部分が加水分解されることで、新たに還元末端が生じ、還元末端のアルデヒド基が熱可塑性樹脂に存在するアミノ基、カルボキシ基、ヒドロキシ基などの官能基と反応して共有結合を形成し、それらの界面密着力が強められる」(【0026】)、「熱可塑性樹脂(B)は、部分加水分解された微細セルロース(A)に新しく生成した還元末端アルデヒドと反応し易いアミノ基を末端に有している点で、ポリアミド系樹脂であることが好ましい」(【0054】)と記載されている。
そして、上記ア(ウ)bで述べたとおり、実施例2〜13は、本件発明1の「表層」及び「内層」を有する部分加水分解された微細セルロース及びポリアミド系樹脂を用いた本件発明1の具体例である樹脂組成物であり、これを射出成形した成形体は、引張強度、摩擦係数、及び摩耗深さに優れるものであることを具体的に確認することができる。
そうすると、発明の詳細な説明は、本件発明1が上記課題を解決することを当業者が認識することができるように記載されているといえる。

(エ)本件発明2〜4及び6について
本件発明2〜4及び6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について述べたのと同じ理由により、発明の詳細な説明には、本件発明2〜4及び6が上記課題を解決することを当業者が認識することができるように記載されているといえる。

(オ)まとめ
したがって、本件発明1〜4及び6に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たす特許出願に対してされたものであり、取消理由2a、並びに取消理由2bのア及びエによっては取り消すことはできない。

ウ 取消理由3a(実施可能要件
取消理由3bのア及びイ、並びに申立理由5aは、取消理由3aと同旨なので、併せて検討する。
(ア)特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項第1号は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と定めている。
これは、当業者が明細書に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、その発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならないことを意味するものである。
そこで、この点について検討する。

(イ)本件発明1について
本件明細書には、本件発明1に係る樹脂組成物の製造方法として、部分加水分解された微細セルロースと熱可塑性樹脂を混練する方法(【0059】)、混練機中で微細セルロースの部分加水分解を行いながら、連続的に熱可塑性樹脂と混練する方法(【0059】、【0064】)、及び、微細セルロースの共存下で、熱可塑性樹脂の原料モノマーを重合する方法(【0058】、【0065】)がそれぞれ記載され、部分加水分解された微細セルロースを予め得る方法として、微細セルロースの水分散液そのもの、又はpHが1以上7以下の酸性にされた微細セルロース分散液を、常温若しくは高温で処理して酸加水分解を進行させる方法(【0061】)及び酸加水分解の代わりに酵素反応を利用して部分加水分解を行う方法(【0062】)が記載されている。
そして、本件明細書の実施例2〜13は、上記ア(ウ)bで述べたとおり、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)」が「表層」及び「内層」を有する具体例であり、実施例2〜11は、微細セルロース原料の水分散液と熱可塑性樹脂の原料モノマーと亜リン酸を含む混合分散液を加熱して、微細セルロースの部分加水分解を行いながら、連続的に上記モノマーの重合反応を行ったものであり、実施例12及び13は、予め微細セルロース原料の水分散液と酢酸を含む混合分散液を加熱して得た微細セルロースの含水ケーキと熱可塑性樹脂を各シリンダーから押出機に供給して押し出したものであって、これらの樹脂組成物は上述した製造方法により得られたものであると解される。
そうすると、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1に係る樹脂組成物を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されていると解される。

(ウ)本件発明2〜4及び6について
本件発明2〜4及び6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について述べたのと同じ理由により、発明の詳細な説明には、本件発明2〜4及び6に係る樹脂組成物を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されている。

(エ)まとめ
したがって、本件発明1〜4及び6に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たす特許出願に対してされたものであり、取消理由3a、取消理由3bのア及びイ、並びに申立理由5aによっては取り消すことはできない。

(3)令和3年2月18日付け取消理由通知書について
ア 取消理由1b(明確性)のイ
この取消理由の主旨は、本件明細書の【0021】に記載された「ミクロフィブリルに近い微細セルロース繊維では、樹脂とのコンポジット化工程の加熱で表面から分解が起き易くなる」ことが本件出願時の技術常識であり、ミクロフィブリルに近い微細セルロース繊維では、上記樹脂とのコンポジット化工程の前後でその分子量分布及び平均繊維径が変化するから、【0073】に記載された「微細セルロースの分散液、又は樹脂組成物から樹脂を溶解除去して得た微細セルロースの再分散液」のいずれを、本件発明1における「部分加水分解された微細セルロース(A)」の「S1/S2」比及び「平均繊維径」の測定又は算出に用いるのかが判然としない、というものである。
本件訂正により、本件発明1における「部分加水分解された微細セルロース(A)」は「ミクロフィブリル束」となり、「ミクロフィブリル」ではないものとなったから、この取消理由はその根拠がないものとなった。

また、特許権者は、令和3年4月20日提出の意見書において、「S1/S2及び平均繊維径は、樹脂組成物中の部分加水分解された微細セルロース(A)に係る特徴であることから、本件明細書段落0071〜0074における「樹脂組成物から樹脂を溶解除去して得た微細セルロース」なる記載に依拠して評価される数値であることは、本件明細書全体を参照した当業者であれば十分明確に理解できると思量する」と述べ(意見書8頁下2行〜9頁3行)、更に、付言して、「樹脂組成物から微細セルロースを取り出すことが何らかの理由で困難である場合には、樹脂組成物の製造に用いた微細セルロースの分散液のS1/S2及び平均繊維径から樹脂組成物中の微細セルロース(A)のS1/S2及び平均繊維径を推定可能である。」と述べており(意見書9頁8〜12行)、この説明は、本件発明1及び本件明細書の記載に基づく説明であると解される。

そうすると、本件発明1及び本件明細書の記載、並びに特許権者の上記説明に基づき、本件発明1における「部分加水分解された微細セルロース(A)」の「S1/S2」比及び「平均繊維径」の測定又は算出方法は明確である。

イ 取消理由2b(サポート要件)のイ及びウ
(ア)取消理由2bのイ
本件訂正により、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)」は「ミクロフィブリル又はミクロフィブリル束」のうち、「ミクロフィブリル束」に訂正された。
上記ア(イ)aで述べたように、セルロース分子が水素結合によって幅4〜5nmのミクロフィブリルを形成し、複数のミクロフィブリルが集まって幅15nm以上のミクロフィブリル束を形成することは、本願出願時の技術常識であるから(本件明細書の【0021】を参照)、本件発明の「ミクロフィブリル束」は、その幅が約15nm以上であって、取消理由2bのイの対象とした平均繊維径が4nm程度に小さい微細セルロースではないから、本件訂正により取消理由の根拠がなくなった。
そして、上記(2)イで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。

(イ)取消理由2bのウ
本件訂正により、本件発明1の「熱可塑性樹脂」は「ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂」に訂正され、本件発明1は、「ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂」と「部分加水分解された微細セルロース(A)」の界面密着力が強められるものとなったから(本件明細書の【0026】及び【0054】)、取消理由2bのウはその根拠がなくなった。
そして、上記(2)イ(ウ)で述べたとおり、本件明細書の実施例2〜13は、ポリアミド系樹脂を含む樹脂組成物を用いており、引張強度、摩擦係数、及び摩耗深さに優れるものである。

3 取消理由通知に採用しなかった申立理由について
(1)申立人1の申立理由
ア 申立理由1a(新規性)及び申立理由2a(進歩性
(ア)甲8Aに記載された事項及び甲8Aに記載された発明
甲8Aには、請求項1、3及び4(熱可塑性樹脂組成物)、【0031】、【0032】及び【0047】(酵素処理、酸処理、酸化処理)、【0081】〜【0084】(セルロースナノファイバーの平均繊維径)、【0089】〜【0090】(セルロースナノファイバーの結晶化度)、【0106】(熱可塑性樹脂)、【0189】〜【0194】(実施例1〜3)が記載されており、実施例2及び3に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。

「ニーダー等でほぐした含水率70%以上の製紙用広葉樹晒クラフトパルプ(LBKP)に、対乾燥パルプ1質量%となる量の多糖類加水分解酵素(ジェネンコア社製、CX7L)と、パルプ濃度が10質量%となる量の水を投入し、50℃で5時間反応させ、反応後は、105℃で5分間酵素を失活させ、パルプを水で数回ろ過洗浄した後、水を加え、2質量%水分散液とし、この水分散液を、ナイアガラビーターを使用してフリーネスが100ml以下となるまで叩解処理し、更にジェットミル(常光株式会社製)を使用して微細化処理(5パス)することにより、粒度分布体積平均径が20μm以下の2〜3質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を得て、この分散液を、遠心分離機(9,000rpm)で10分間処理し、7〜15質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を得て、ポリプロピレン粉末(日本ポリプロ製ノバテックPP射出成型グレードMA3、粒径500μm程度)、及び当該7〜15質量%セルロースナノファイバースラリーが、乾燥質量比で90:5となるように500mlビーカーにそれぞれ投入し、プロペラ式加熱攪拌機(70℃、300rpm)を使用して2時間攪拌し、水分率が5〜10%になるまで乾燥処理し、更にニーダー(東洋精機製ラボプラストミル、70℃、60rpm)を使用して1時間の固相せん断処理をし、セルロースナノファイバー及びポリプロピレンの乾燥混合粉末を得て、当該乾燥混合粉末及びマレイン酸変性ポリプロピレン粉末(化薬アクゾ製カヤブリッド、相溶剤)が乾燥質量比で95:5となるように500mlビーカーにそれぞれ投入し混合して得た混合粉末を、二軸混練機(45rpm、180℃)を使用して混練処理して得た、セルロースナノファイバー5質量%配合のポリプロピレン(熱可塑性組成物)」(以下、「甲8A発明1a」という。)

「ニーダー等でほぐした含水率70%以上の製紙用広葉樹晒クラフトパルプ(LBKP)に、対乾燥パルプ20質量%となる量の過硫酸アンモニウム(APS)と、パルプ濃度が10質量%となる量の水を投入し、80℃で5時間反応させ、反応後は、パルプを水で数回ろ過洗浄した後、水を加え、2質量%水分散液とし、この水分散液を、ナイアガラビーターを使用してフリーネスが100ml以下となるまで叩解処理し、更にジェットミル(常光株式会社製)を使用して微細化処理(5パス)することにより、粒度分布体積平均径が20μm以下の2〜3質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を得て、この分散液を、遠心分離機(9,000rpm)で10分間処理し、7〜15質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を得て、ポリプロピレン粉末(日本ポリプロ製ノバテックPP射出成型グレードMA3、粒径500μm程度)、及び当該7〜15質量%セルロースナノファイバースラリーが、乾燥質量比で90:5となるように500mlビーカーにそれぞれ投入し、プロペラ式加熱攪拌機(70℃、300rpm)を使用して2時間攪拌し、水分率が5〜10%になるまで乾燥処理し、更にニーダー(東洋精機製ラボプラストミル、70℃、60rpm)を使用して1時間の固相せん断処理をし、セルロースナノファイバー及びポリプロピレンの乾燥混合粉末を得て、当該乾燥混合粉末及びマレイン酸変性ポリプロピレン粉末(化薬アクゾ製カヤブリッド、相溶剤)が乾燥質量比で95:5となるように500mlビーカーにそれぞれ投入し混合して得た混合粉末を、二軸混練機(45rpm、180℃)を使用して混練処理して得た、セルロースナノファイバー5質量%配合のポリプロピレン(熱可塑性組成物)」(以下、「甲8A発明2a」という。)

(イ)本件発明1について
a 対比
本件発明1と、甲8A発明1a及び2aとを併せて対比、検討する。
甲8Aには、パルプの叩解に先立って又は同時に酵素処理や酸処理、酸化処理により、パルプが持つヘミセルロースやセルロースの非晶領域が分解されることが記載され(【0032】)、甲8A発明1aの「多糖類加水分解酵素」又は甲8A発明2aの「過硫酸アンモニウム」と反応したパルプは、加水分解されたものであると解される。このことから、甲8発明1a及び2aは、セルロースが加水分解されている限りにおいて、本件発明1と一致する。
甲8発明1a及び2aの「ポリプロピレン粉末」及び「マレイン酸変性ポリプロピレン粉末」は、熱可塑性樹脂である限りにおいて、本件発明1の「熱可塑性樹脂」に相当する。
甲8A発明1a及び2aの「ポリプロピレン粉末」と「セルロースナノファイバー」との乾燥質量比は90:5であり、「セルロースナノファイバー及びポリプロピレンの乾燥混合粉末」と「マレイン酸変性ポリプロピレン粉末」との乾燥質量比は95:5であるから、「ポリプロピレン」及び「マレイン酸変性ポリプロピレン粉末」の合計量に対する「セルロースナノファイバー」の比率は0.05(=5/95)であるから、甲8A発明1a及び2aは、微細セルロース/熱可塑性樹脂の質量比である限りにおいて、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である」を満たすといえる。

そうすると、本件発明1と甲8A発明1a及び2aは、「加水分解されたセルロース、熱可塑性樹脂を含む、樹脂組成物であって、加水分解されたセルロース/熱可塑性樹脂(B)の質量比が0.01〜1である、樹脂組成物」の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1A:加水分解されたセルロースが、本件発明1は、「部分加水分解された微細セルロース(A)」であって、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であり」、「平均繊維径が1500nm以下であ」るのに対して、甲8A発明1a及び2aは、そのような「部分加水分解された微細セルロース」であるかが不明である点

相違点2A:本件発明1は、「ヘミセルロース(C)」を含むのに対して、甲8A発明1a及び2aは、ヘミセルロースを含むか不明である点

b 検討
まず、相違点1Aについて検討する。
甲8A発明1a及び2aは、粒度分布体積平均径が20μm以下の2〜3質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を遠心分離処理し、7〜15質量%セルロースナノファイバースラリー(分散液)を得て、ポリプロピレン粉末と混合し、乾燥処理、固相せん断処理したものであるが、上記粒度分布体積平均径や処理を考慮しても、ピークトップ分子量に対応する重合度、及び、本件発明1で規定する「S1/S2」比の数値は不明であるし、甲8Aの記載全体(【0081】の平均繊維径、【0087】の保水度、【0089】の結晶化度など)を参酌しても、上記重合度及び「S1/S2」比の数値は不明であると言わざるを得ない。また、上記「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」の点についても、甲8A発明1a及び2aの「セルロースナノファイバー」がそのようなものであることは、甲8Aの記載から読み取ることはできない。
そうすると、相違点1Aは実質的な相違点であり、本件発明1は甲8Aに記載された発明でない。また、甲9A及び甲10Aの記載を見ても、相違点1Aに係る上記重合度、「S1/S2」比等に係る構成を採用することが動機づけられず、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
したがって、本件発明1は、相違点2Aについて検討するまでもなく、甲8Aに記載された発明、甲9A及び甲10Aに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

c 申立人1の主張について
申立人1は、甲8Aに記載の酵素処理(加水分解処理)は、原料パルプがもつセルロースの非晶領域を分解するものである点で本件発明1の加水分解と技術的内容が同一であり、セルロースの結晶領域の繊維全体に占める割合を上げて、熱可塑性樹脂組成物の強度を向上させる点も本件発明1の作用効果と一致するから、甲8Aに記載された発明は、本件訂正前の「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、3.00以下であ」るとの物性値を有することは明らかである旨を主張する。
しかしながら、申立人1は、甲8Aに記載された発明において、酵素処理により非晶領域を分解したセルロースが上記物性値を有することとなる客観的根拠は何ら示しておらず、また、本件訂正により「S1/S2」比の上限が1.80以下に訂正された範囲を満たすことについても何ら具体的に説明していないから、上記主張を採用することはできない。

(ウ)本件発明2〜4及び6について
本件発明2〜4及び6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明3は、甲8Aに記載された発明でないし、本件発明2〜4及び6は、甲8Aに記載された発明、甲9A及び甲10Aに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(エ)まとめ
よって、申立理由1a及び2aは、本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すべき理由がない。

イ 申立理由3a(サポート要件)
申立理由3bのア〜ウは、申立理由3aと同旨であるから、併せて検討する。
(ア)本件発明1について
a 本件発明の課題は、上記2(2)イ(イ)で述べたとおり、「樹脂との界面密着性が良好で、化学修飾プロセスによる環境負荷及び物性低下の問題が低減されたCNFフィラーを用いており、耐摩耗性及び耐久性に優れる樹脂コンポジットを与えることができる、樹脂組成物、及びその成形体である樹脂コンポジットを提供すること」であると解される。
そして、上記2(2)アで述べたとおり、本件発明1の「表層」及び「内層」は明確であり、上記2(2)イで述べたとおり、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)は、ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」、「部分加水分解された微細セルロース(A)が、重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、…S1/S2が1.00より大きく、1.80以下」であるという加水分解の態様により、上記課題を解決できると解される。
b 本件明細書には、重合度200〜300前後のセルロースナノクリルタルまで微細化されると、樹脂コンポジット中でセルロースナノクリルタル同士の相互作用によるネットワークが形成され難いため、補強効果が発現し難くなること、セルロースナノクリスタルは、繊維表面積や分子末端数など熱分解の起点が増えているため耐熱性が低い傾向があること(以上【0022】)、及び、ピークトップ分子量が重合度450以上である場合、部分加水分解の過剰な進行が抑えられており、セルロースナノクリスタルと同等の低アスペクト比で微細セルロースの含有量が少なく耐熱性が良好であること(【0025】)が記載されている。これらの記載から、重合度450以上に相当するピークトップ分子量であれば、微細セルロースの耐熱性が良好であり、樹脂コンポジット中の補強効果を発現し、本件発明1の上記課題の解決に寄与すると解される。
c 本件訂正により、S1/S2比の上限が1.80以下に訂正された。本件明細書には、S1/S2が1.80以下であれば、樹脂コンポジットを混練する際の加熱による熱分解及び性能劣化が抑えられることが記載されている(【0025】)。また、実施例2〜13は、S1/S2比が1.05〜1.26であり、引張強度、摩擦係数、及び摩耗深さに優れるものであるが、比較例1は、市販DPパルプを10質量%塩酸水溶液中、105℃で5分間、加水分解した微細セルロースの水分散液を用い、S1/S2比が1.84となっており、摩擦係数及び摩耗深さに劣ることが具体的に示されている。
d 本件明細書には、平均繊維径が大きすぎると、補強効果が低くなるほか、樹脂コンポジットの表面粗さが増して意匠性が悪くなる場合があるため、平均繊維径は1500nm以下が好ましいことが記載されており(【0021】)、平均繊維径が1500nm以下であることにより、上記課題の解決に悪影響を与えないものと解される。また、本件発明1の上記「ミクロフィブリル束」が、複数のミクロフィルブリルが集まって幅が約15nm以上の束を形成したものであることは本願出願時の技術常識であるから(本件明細書の【0021】)、本件発明1において、「部分加水分解された微細セルロース」の平均繊維径は、実質的にその下限が特定されていると解される。
e 本件訂正により、本件発明1の「熱可塑性樹脂」は、「ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂」に訂正された。本件明細書には、ポリアミド系樹脂は、部分加水分解された微細セルロースに新しく生成した還元末端アルデヒドと反応し易いアミノ基を末端に有していることが記載されており(【0054】)、ポリアミド系樹脂を含むことにより、部分加水分解された微細セルロースとの界面密着性が高くなるものと解される。
また、本件明細書には、部分加水分解された微細セルロース(A)による補強効果を得る観点から、部分加水分解された微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)を0.01〜1とすることが記載されている(【0056】)。そして、実施例2〜13は、上記質量比が上記範囲内であり、引張強度、摩擦係数及び摩耗深さが良好であり、比較例2及び比較例3は、上記質量比がそれぞれ0.003(=0.29/99.69)及び1.48(=57.03/38.47)であって上記範囲外であり、いずれも摩擦係数及び摩耗深さに劣り、比較例3は引張強度にも劣るものである。
f 本件明細書には、ヘミセルロースは、セルロースと水素結合してミクロフィブリル間を結びつける役割を果たすとの本件出願時の技術常識と、本件発明1においては、微細セルロースが部分加水分解された際の、低重合度となったセルロース分子の表層からの剥落が抑制されているため、樹脂コンポジットの引張強度、摩擦係数及び摩耗深さが良好になることが記載されており(【0028】)、ミクロフィブリル間に存在するヘミセロースの含有量に応じて、上記課題の解決に寄与するものと解される。
g このように、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1の各特定事項により上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されていると解される。

(イ)本件発明2について
本件発明2は、「部分加水分解された微細セルロース(A)が、繊維長/繊維径のアスペクト比30以上の微細セルロースである」ものであり、上記アスペクト比は、【0072】に記載の方法により、繊維長及び繊維径を実測し、得られた繊維長及び繊維径から求められるものであるから、本件発明2は、【0072】のアスペクト比判定により、アスペクト比30未満の微細セルロースが観察されないものであると解される。そうすると、本件発明2は比較例1を包含しないものである。

(ウ)まとめ
よって、申立理由3a及び申立理由3bのア〜ウは、本件発明1〜4に係る特許を取り消すべき理由がない。

ウ 申立理由4a(明確性)のイ及びウ
本件発明1の「重合度450以上に相当するピークトップ分子量」及び「平均繊維径が1500nm以下である」との記載、本件発明2の「繊維長/繊維径のアスペクト比30以上」との記載は、数値範囲の上限又は下限を特定しないものであるが、そのことによって上記記載の技術的な意味が不明確にならないし、上記記載はそれ自体、不明確な点はない。
したがって、申立理由4aのイ及びウは、本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すべき理由がない。

(2)申立人2の申立理由
ア 申立理由1b(新規性)及び申立理由2b−1(進歩性
(ア)甲1Bに記載された事項及び甲1に記載された発明
甲1Bには、請求項1及び2(平均繊維径が10μm以下のセルロース繊維0.01〜50質量部を含有するポリアミド樹脂組成物)、[0009](発明が解決しようとする課題)、[0018]〜[0027](セルロース繊維)、[0042]〜[0046](ポリアミド樹脂組成物の製造法)、[0052]及び[表1](実施例1)の記載がある。
そして、表1には、実施例1におけるポリアミド樹脂がナイロン6であり、セルロース繊維の平均繊維径が55nmであり、ポリアミド樹脂100質量部に対するセルロース繊維の含有量が2.0質量部であることが記載されている。
そうすると、甲1Bには、実施例1に着目して、以下の発明が記載されている。

「セルロース繊維の水分散液として、セリッシュKY100G(ダイセルファインケム社製:平均繊維径が125nmのセルロース繊維が10質量%含有されたもの)を使用し、これに精製水を加えてミキサーで攪拌し、セルロース繊維の含有量が3質量%の水分散液を調整し、当該セルロース繊維の水分散液170質量部と、ε−カプロラクタム216質量部と、アミノカプロン酸44質量部と、亜リン酸0.59質量部とを、均一な溶液となるまでミキサーで攪拌、混合し、続いて、この混合溶液を徐々に加熱し、加熱の途中において水蒸気を排出しながら、240℃まで温度を上げ、240℃にて1時間攪拌し、重合反応を行って得られ、
ナイロン6であるポリアミド樹脂と、平均繊維径が55nmであるセルロース繊維をポリアミド100質量部に対して2.0質量部の量で含有する、ポリアミド樹脂組成物。」(以下、「甲1B発明1a」という。)

(イ)本件発明1について
a 対比
本件発明1と甲1B発明1aを対比する。
甲1B発明1aの「平均繊維径が55nmであるセルロース繊維」は、その構成物質がセルロースである限りにおいて、本件発明1の「微細セルロース」に相当し、同じく「微細セルロース(A)の平均繊維径が1500nm以下であり」を満たすといえる。
甲1B発明1aの「ナイロン6であるポリアミド樹脂」及び「ポリアミド樹脂組成物」は、本件発明1の「ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂」及び「樹脂組成物」に相当する。
そして、甲1B発明1aは、「セルロース繊維をポリアミド100質量部に対して2.0質量部の量で含有する」は、本件発明1aの「微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1B発明1aは、
「微細セルロース(A)、ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂(B)、を含む、樹脂組成物であって、
微細セルロース(A)の平均繊維径が1500nm以下であり、
微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である、樹脂組成物。」の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1B:微細セルロースが、本件発明1は、「部分加水分解された微細セルロース(A)」であって、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であ」るのに対して、甲1B発明1aは、上記のような部分加水分解された微細セルロースであるかが不明である点

相違点2B:本件発明1は、「ヘミセルロース(C)を含む」のに対して、甲1B発明1aは、ヘミセルロースを含むか不明である点

b 検討
相違点1Bについて検討する。
甲1Bには、ポリアミド樹脂組成物中のセルロース繊維が、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されて」いない「部分加水分解された微細セルロース」であることは記載されておらず、ましてや、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し」、「S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であ」ることは記載も示唆もされていない。そうすると、相違点1Bは実質的な相違点であり、本件発明1は、甲1に記載された発明ではない。
また、甲1Bの記載に基づき、甲1B発明1aにおける「セルロース繊維」を、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されて」いない「部分加水分解された微細セルロース」とすることも、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し」、「S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であ」ることも動機づけられず、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

(ウ)本件発明2〜4及び6について
本件発明2〜4及び6は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1について上記(イ)で述べたのと同じ理由により、本件発明2〜4は、甲1Bに記載された発明でないし、本件発明2〜4及び6は、甲1Bに記載された発明、並びに、甲2B及び甲3Bに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(エ)申立人2の主張について
申立人2は、甲1Bの実施例1に記載された「セリッシュKY100G」は、本件明細書の実施例1に記載された微細セルロースに対応するものであり、甲1Bの実施例1である甲1B発明1aは、本件明細書の実施例1と同じものであるから、本件発明1のすべての要件を充足する旨を主張する。
しかしながら、甲2Bの記載を見ても、甲1B発明1aの「セリッシュKY100G」が、本件明細書の製造例1で製造され、実施例1で使用された「微細セルロース原料1の水分散液」と同じものであるかは明らかでない。
また、本件明細書の実施例1は「密閉した反応容器内に窒素を流して空気を置換し」て(【0091】)加熱を行うのに対し、甲1Bの実施例1はそのような処理を行うものではなく、両者は加熱雰囲気が異なると解される。
さらに、甲1B発明1aのセルロース繊維の平均繊維径は55nmであり、その測定方法は、凍結ウルトラミクロトームを用いて樹脂組成物から厚さ100nmの切片を採取し、OsO4で切片染色後、透過型電子顕微鏡で観察して、セルロース繊維の長手方向に対する垂直方向の最大長さを繊維径とし、10本の繊維径の平均値を上記平均繊維径とするものである(甲1Bの[0024])。一方、本件明細書の実施例1における微細セルロースの平均繊維径は120nmであり(表1)、その測定方法は、上記2(3)アで述べたとおり、樹脂組成物から樹脂を溶解除去して得た微細セルロースの再分散液を用いて、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、10箇所のSEM画像について、各繊維の繊維径を実測してそれらの数平均繊維径を算出し、10箇所の画像の結果を数平均して上記平均繊維径とするものである(本件明細書の【0071】)。このように、本件発明1と甲1B発明1aの平均繊維径の測定方法は異なるものであり、得られた平均繊維径も大きく異なっている。
そうすると、甲1Bの実施例1と本件明細書の実施例1は、微細セルロース原料が同じであるか明らかでなく、加熱雰囲気が異なり、セルロース繊維の平均繊維径も異なるもの同士であるから、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)」と甲1B発明1aの「セルロース繊維」が同じものであるとはいえず、本件発明1の「樹脂組成物」が、甲1B発明1aの「ポリアミド樹脂組成物」と同じものであるとはいえない。

(オ)まとめ
したがって、本件発明1〜4は、甲1Bに記載された発明でないし、本件発明2〜4及び6は、甲1Bに記載された発明、並びに、甲2B及び甲3Bに記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。
よって、申立理由1b及び2b−1は、本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すべき理由がない。

イ 申立理由2b−2(進歩性)について
申立理由2b−2は、申立書(特に4頁及び13頁)によると、本件発明1は、甲4Bの1、甲4Bの2、甲5Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを主旨とし、甲4Bの1を主引用文献とする理由であると解されるが、甲4Bの1には微細セルロースを含む樹脂組成物について実質的に記載されていないから、事案に鑑みて、甲5Bを主引用文献とする理由を検討する。

(ア)甲5Bに記載された発明、本件発明1との対比
甲5Bは甲8Aと同じ文献であるから、上記3(1)アで述べたとおり、甲5Bには、甲8A発明1a及び2aが記載されており、両者は、「加水分解された微細セルロース 、熱可塑性樹脂を含む、樹脂組成物であって、加水分解された微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である、樹脂組成物」の点で一致し、以下の点で相違するといえる。なお、ここでは、便宜上、甲8A発明1a及び2aを「甲5B発明1a」及び「甲5B発明2a」と言い換えることとする。

相違点1C:加水分解された微細セルロースが、本件発明1は、「部分加水分解された微細セルロース(A)」であって、「ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であり」、「平均繊維径が1500nm以下であ」るのに対して、甲5B発明1a及び2aは、そのような「部分加水分解された微細セルロース」であるかが不明である点

相違点2C:本件発明1は、「ヘミセルロース(C)」を含むのに対して、甲5B発明1a及び2aは、ヘミセルロースを含むか不明である点

(イ)相違点の検討
まず、相違点1Cについて検討する。
甲4Bの1には、以下の事項が記載されている。
"The changes in the MMDs of TOCNs prepared from TOCs-NaClO2 by sonication treatment for various times are shown in Figure 3.…Clear depolymerization of the TOCNs occured during the sonication treatment."(667頁右欄44〜49行)
(当審訳:異なる時間の超音波処理によって、TOCs(TEMPO酸化セルロース)−NaClOから調製されたTOCNs(TEMPO酸化セルロースナノフィブリル)における分子量分布の変化が、図3に示されている。…TOCNsの明らかな解重合が、超音波処理の間に生じた。)



(Figure3)
(脚注の当審訳:図3.超音波処理前のTOCs−NaClO、及び、異なる超音波処理時間で調製されたTOCNsの分子量分布)



(Figure3の左上図の拡大図)
(凡例の当審訳:
(TEMPO酸化において添加されたNaClO 3.8mmol/g)
超音波処理 15分間
超音波処理 25分間)

このように、甲4Bの1には、超音波処理前のTEMPO酸化セルロース(TOCs)−NaClO、及び、異なる超音波処理時間でTEMPO酸化セルロース(TOCs)−NaClOから調製されたTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCNs)における分子量分布が記載されており(図3)、その左上のグラフには、TEMPO酸化において添加されたNaClOが3.8mmol/gであるときの分子量分布が記載され、図3の他のグラフにも、異なる条件で同様の処理をしたTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCNs)における分子量分布が記載されている。
しかしながら、甲4Bの1の図3に示されたいずれもグラフも、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース」の分子量分布を示したものではないし、甲4Bの1には、上記「TEMPO酸化セルロース(TOCs)−NaClOから調製されたTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCNs)」を、甲5B発明1a及び2aの「セルロースナノファイバー」に採用することを動機づける記載は見当たらないから、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

申立人2は、甲4Bの1の図3(左上図)に関して、所定時間の超音波処理後のピークトップの高さが最も低いカーブが記載されており、このカーブのピークトップ分子量は1235であるから、本件発明1の「重合度450以上に相当するピークトップ分子量」に該当し、また、甲4の2(上記左上図の拡大コピー)の上記カーブより下の部分について、ピークトップ分子量を示す細線より左側の部分と右側の部分を切り取ることにより、上記左側の部分及び右側の部分はそれぞれ本件発明1の「S1」及び「S2」に相当し、その紙片の重量から計算した「S1/S2」は1.36であるから、本件訂正前の請求項1に記載された「S1/S2が1.00より大きく、3.00以下」を満たす旨を主張する。
しかしながら、上述のとおり、甲5B発明1a及び2aにおいて、その「セルロースナノファイバー」に代えて、甲4Bの1に記載の「TEMPO酸化セルロース(TOCs)−NaClOから調製されたTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCNs)」を採用することが動機づけられないし、仮に、このことが動機づけられるとしても、甲5B発明1a及び2aの熱可塑性組成物中に存在するセルロースナノファイバーが、本件発明1の「部分加水分解された微細セルロース(A)は、ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず」、「重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し」、「S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であ」るものとであるかは明らかでないと言わざるを得ず、申立人2の上記主張を採用することはできない。

そうすると、本件発明1は、相違点2Cについて検討するまでもなく、甲5Bに記載された発明、及び、甲4Bの1及び甲4Bの2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでなく、申立理由2b−2は、本件発明1に係る特許を取り消すべき理由がない。

第6 むすび
以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜6〕について訂正することを認める。
請求項5に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項5に対する申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する135条により却下する。
請求項1〜4及び6に係る特許は、当審が通知した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した申立理由によっては、本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜4及び6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
部分加水分解された微細セルロース(A)、ポリアミド系樹脂を含む熱可塑性樹脂(B)、及びヘミセルロース(C)を含む、樹脂組成物であって、前記部分加水分解された微細セルロース(A)は、ミクロフィブリル束において、表面を含む表層の一部が加水分解されており且つ内層が加水分解されておらず、
部分加水分解された微細セルロース(A)が、重合度450以上に相当するピークトップ分子量を有し、前記ピークトップ分子量以下の分子量を有する低分子量成分の量をS1、前記ピークトップ分子量を超える分子量を有する高分子量成分の量をS2としたとき、S1/S2が1.00より大きく、1.80以下であり、
部分加水分解された微細セルロース(A)の平均繊維径が1500nm以下であり、
部分加水分解された微細セルロース(A)/熱可塑性樹脂(B)の質量比(A)/(B)が0.01〜1である、樹脂組成物。
【請求項2】
部分加水分解された微細セルロース(A)が、繊維長/繊維径のアスペクト比30以上の微細セルロース繊維である、請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
部分加水分解された微細セルロース(A)の平均繊維径が15〜1500nmである、請求項1又は2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
熱可塑性樹脂(B)がポリアミド系樹脂である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項5】(削除)
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の樹脂組成物の成形体である、摺動性部材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-06-06 
出願番号 P2018-100948
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 藤代 亮
近野 光知
登録日 2020-03-19 
登録番号 6678698
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 微細セルロース含有樹脂組成物  
代理人 青木 篤  
代理人 三橋 真二  
代理人 三間 俊介  
代理人 三橋 真二  
代理人 中村 和広  
代理人 中村 和広  
代理人 三間 俊介  
代理人 齋藤 都子  
代理人 青木 篤  
代理人 齋藤 都子  

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