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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
管理番号 1388345
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-02-10 
確定日 2022-06-10 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6739981号発明「ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6739981号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜11〕について訂正することを認める。 特許第6739981号の請求項1〜5に係る特許を維持する。 特許第6739981号の請求項6〜11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6739981号に係る出願は、平成28年4月22日を出願日とする出願であって、令和2年7月28日にその請求項1〜11に係る発明について特許権の設定登録がされ、同年8月12日に特許掲載公報が発行され、その後、全請求項に係る特許に対して、令和3年2月10日に特許異議申立人金澤 毅(以下、「異議申立人」という。)により甲第1〜9号証を証拠方法として特許異議の申立がされ、同年4月20日付で当審より取消理由が通知され、その指定期間内である同年7月30日に特許権者より参考文献1〜6を添付して意見書の提出及び訂正の請求(以下、「先の訂正請求」という。)がされ、同年10月14日に異議申立人より参考文献1を添付して意見書が提出され、その後、同年11月26日付で当審より取消理由(決定の予告)が通知され、その指定期間内である令和4年2月28日に特許権者より参考文献5及び6(令和3年7月30日提出の意見書に添付された参考文献5及び6と同じもの。)を添付して意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされたので、特許法第120条の5第5項の規定に従って、申立人に期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、指定期間内に申立人からは何らの応答もなされなかったものである。
なお、本件訂正請求がされたので、先の訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正請求による訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項1〜8からなるものである(当審注:下線は訂正箇所であり、当審が付与した。)。
(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」
と記載されているのを、
「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」
に訂正する(請求項1を引用する請求項2〜5も同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
本件訂正前の請求項1に
「そして上記工程2において、
上記混合物が容器本体と蓋とからなる容器の内部に充填された状態で上記焼成炉に置かれ、
上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、
上記焼成炉の外から上記給気路を経て、酸化性ガスが加熱された状態で上記容器の内部に供給されること、」
と記載されているのを、
「そして上記工程2において、
上記混合物が容器本体と蓋とからなる容器の内部に充填された状態で上記焼成炉に置かれ、
上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、
上記焼成炉の外から上記給気路を経て、酸化性ガスが加熱された状態で上記容器の内部に供給され、
さらに、
上記工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成され、
上記工程2において、上記容器内への給気と上記容器からの排気が制御され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体としての上記酸化性ガスが容器内に流入するが、この時、上記酸化性ガスは焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出され、
上記酸化性ガスを焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入し、上記給気管は上記容器に設けられた給気口に開口あるいは連結し、上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出し、上記酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触するが、上記「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した上記酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、上記酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であって、
上記工程2では、容器にはまた排気口が形成されており、上記排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に設けられ、上記工程2は焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われ、
またさらに、
上記容器は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器であり、
上記容器本体の側面に上記給気口と上記排気口が設けられ、上記給気管が上記給気口に連結・開口し、加熱された上記酸化性ガスが前記給気口から容器内部の空間に流入して給気路が形成され、一方、焼成の進行に伴い上記容器内部に蓄積した気体は上記排気口から上記焼成炉内に排出され、排気は上記焼成炉内の空間に排気され、ここに排気路が形成され、また蓋は完全に容器本体の上部を覆っており、前記給気口と前記排気口が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはなく、
上記工程2で、600℃〜800℃の温度域で、1段目の焼成を行いその後に2段目の焼成を行い、」
に訂正する(請求項1を引用する請求項2〜5も同様に訂正する。)。
なお、本件訂正請求に係る訂正請求書においては、訂正事項2の訂正の内容について、「焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、」と記載されているが、訂正特許請求の範囲には、「焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、」と記載されているので、訂正事項2の訂正の内容は、訂正特許請求の範囲の記載にのっとって、上記のとおりのものと認める。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9を削除する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10を削除する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11を削除する。

(9)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2〜5は、いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用するものであり、本件訂正前の請求項1〜5は一群の請求項である。
また、本件訂正前の請求項7〜11は、いずれも直接的又は間接的に請求項6を引用するものであり、本件訂正前の請求項6〜11は一群の請求項であるが、このうち本件訂正前の請求項7〜11は直接的または間接的に本件訂正前の請求項1も引用しているので、本件訂正前の請求項1〜11は一群の請求項である。
そして、訂正事項1〜8に係る特許請求の範囲の訂正は、この一群の請求項1〜11に対して請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書の段落【0073】〜【0074】の記載に基づいて、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の用途を「リチウムイオン電池正極活物質用」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正といえ、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2による訂正は、願書に添付した明細書の段落【0045】〜【0053】、【0064】の記載に基づいて、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」を更に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正といえ、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(3)訂正事項3〜8について
訂正事項3〜8による訂正は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項6〜11を削除するものであるから、いずれも、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項を追加するものではないこと、及び、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

なお、本件においては、本件訂正前の全ての請求項1〜11について特許異議の申立てがなされているので、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項所定の独立特許要件は課されない。

3 小括
以上のとおりであるので、本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、特許法120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
したがって、訂正後の請求項〔1〜11〕について訂正を認める。

第3 本件発明
本件訂正が認められることは上記第2に記載のとおりであるので、本件特許の請求項1〜5に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明5」といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
リチウム源として炭酸リチウムを使用する以下の式(1)で表されるリチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法であって、
上記製造方法は以下の工程1及び/又は工程1’と工程2とを含み、
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を焼成炉で焼成することによって焼成物を得る、焼成工程。
そして上記工程2において、
上記混合物が容器本体と蓋とからなる容器の内部に充填された状態で上記焼成炉に置かれ、
上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、
上記焼成炉の外から上記給気路を経て、酸化性ガスが加熱された状態で上記容器の内部に供給され、
さらに、
上記工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成され、
上記工程2において、上記容器内への給気と上記容器からの排気が制御され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体としての上記酸化性ガスが容器内に流入するが、この時、上記酸化性ガスは焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出され、
上記酸化性ガスを焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入し、上記給気管は上記容器に設けられた給気口に開口あるいは連結し、上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出し、上記酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触するが、上記「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した上記酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、上記酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であって、
上記工程2では、容器にはまた排気口が形成されており、上記排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に設けられ、上記工程2は焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われ、
またさらに、
上記容器は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器であり、
上記容器本体の側面に上記給気口と上記排気口が設けられ、上記給気管が上記給気口に連結・開口し、加熱された上記酸化性ガスが前記給気口から容器内部の空間に流入して給気路が形成され、一方、焼成の進行に伴い上記容器内部に蓄積した気体は上記排気口から上記焼成炉内に排出され、排気は上記焼成炉内の空間に排気され、ここに排気路が形成され、また蓋は完全に容器本体の上部を覆っており、前記給気口と前記排気口が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはなく、
上記工程2で、600℃〜800℃の温度域で、1段目の焼成を行いその後に2段目の焼成を行い、
上記工程2を経て上記炭酸リチウムの残留量が1重量%以下(ただし上記工程2で得られた焼成物全量を100重量部とする)であるニッケルリチウム金属複合酸化物焼成物が得られること、
を特徴とする、
ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
工程2において上記混合物が2kg以上10kg以下の重量単位毎に上記容器の内部に積載されている、請求項1のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
工程2で連続式炉あるいはバッチ式炉を用いる、請求項1又は2に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
工程2でローラーハースキルン、マッフル炉から選ばれる焼成炉を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載の請求項のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
工程2の後に、工程2で得られた焼成物を解砕する工程及び/又は工程2を経た焼成物を篩掛する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれかに記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)」

第4 特許異議申立理由の概要
1 特許法第29条第1項第3号及び第2項所定の規定違反(新規性進歩性欠如)について
(1)本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願時における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6〜11に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願時における周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6〜11に係る発明は、甲第9号証に記載された発明であるか、甲第9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)について
(1)本件特許に係る発明においては、炉外から供給した加熱された酸化性ガスを、給気管を用いて容器内に直接引込み、かつ容器内の前駆体混合物に対して直接供給すること、給気路を構成する給気口から排気されないように、すなわち給気口から焼成炉内に酸化性ガスが噴出しないように、給気管は、該容器に設けられた給気口を塞ぐように設けること、及び、酸化性ガスを所定の流速、流圧で供給することが、本件特許に係る発明の課題を解決するための必須の要件であることは、本件特許明細書に記載された実施例と比較例との比較や本件特許明細書の段落【0046】〜【0050】の記載から明らかである。
ところが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、これらの事項を特定していないから、本件特許に係る発明の課題を解決できないと考えられるので、上記請求項1の記載はサポート要件に適合しない。
また、酸化性ガスの流速、流圧や、前駆体混合物の重量が本件特許明細書に記載された実施例の場合から大きく外れた場合や、給気管を用いない場合においても、本件特許に係る発明の課題を解決できるか否かは明らかでないので、本件特許明細書の記載を、容器に充填した前駆体混合物の重量や純酸素の流速、流圧、純酸素の供給形態について何ら特定していない本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明まで拡張ないし一般化することもできないので、上記請求項1の記載はサポート要件に適合しない。
したがって、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載、及び上記請求項1を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2〜5、7〜11の記載は、サポート要件に適合しない。

(2)本件特許明細書の実施例には、そもそも組成が明らかでない特定の1つの実施例が開示されているのみであり、本件特許明細書の記載を、これ以外の組成を包含する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明まで拡張ないし一般化することはできず、同様のことが本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6に係る発明についてもいえるものである。
また、本件特許明細書に記載された実施例の組成が明らかでないので、上記実施例が本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1、6に係る発明の発明特定事項を充足しているか否かも明らかでないから、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1、6の記載、及び上記請求項1、6を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2〜5、7〜11の記載は、サポート要件に適合しない。

(3)本件特許明細書に記載された実施例1〜4と比較例1、2との比較からは、本件特許に係る発明においては、少なくとも所定の温度、時間で2段階の焼成を行うことが、本件特許に係る発明の課題を解決するための必須の要件といえるが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明においては、上記必須の要件が特定されていないので、本件特許に係る発明の課題を解決できないから、上記請求項1の記載、及び上記請求項1を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2〜5、7〜11の記載は、サポート要件に適合しない。

(4)本件特許に係る発明の課題を解決するためには、容器の混合物周辺の空間容積を制御することが必須であり、容器のサイズや、容器内への混合物の充填の程度を所定の条件とすることが必須であると認められるが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明においては、上記必須の要件が特定されていないので、本件特許に係る発明の課題を解決できないから、上記請求項1の記載、及び上記請求項1を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2〜5、7〜11の記載は、サポート要件に適合しない。

3 特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)について
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6に係る発明は物の発明であるが、上記請求項6にはその物の製造方法が記載されており、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するものともいえない。
また、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項7にもその物の製造方法が記載されているので、上記請求項6、7に係る発明及び上記請求項6、7を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項8〜11に係る発明は明確でない。

4 証拠方法
(1)異議申立人が提出した証拠方法
甲第1号証:特開2009−215143号公報
甲第2号証:特開2015−137814号公報
甲第3号証:特開2011−23120号公報
甲第4号証:特開2011−113885号公報
甲第5号証:国際公開第2011/074058号
甲第6号証:特開2010−64944号公報
甲第7号証:特開2012−252844号公報
甲第8号証:特開2013−147416号公報
甲第9号証:特開2015−103331号公報
参考文献1:特開2009−245911号公報

(2)特許権者が提出した証拠方法
参考文献1:梅尾良之著,「新しい電池の科学 高性能乾電池から燃料電池まで」,第1刷,2006年9月20日,株式会社講談社,p.60〜65,86,87,98〜101,106,107
参考文献2:板子一隆ら著,「これだけ! 電池」,第1版第1刷,2015年4月1日,株式会社秀和システム,p.42,43,94〜99
参考文献3:株式会社ユニゾン著,「電池のしくみ」,2004年3月21日,株式会社ナツメ社,p.28,29,132〜137,140〜147,156,157
参考文献4:INTERNATIONAL ELECTROTECHNICAL COMMISSION ,「INTERNATIONAL STANDARD IEC 60086-1 Edition 13.0」,2021年4月,p.3,29,36
参考文献5:社団法人日本工業炉協会編,「新版 工業炉用語事典」,初版第1刷,平成15年3月25日,社団法人日本工業炉協会,p.112,113
参考文献6:(独)日本学術振興会高温セラミック材料第124委員会編,「先進セラミックスの作り方と使い方」,初版第1刷,2005年3月31日,日刊工業新聞社,p.254〜257

第5 取消理由の概要
1 令和3年4月20日付取消理由通知の取消理由の概要
(1)特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)について
本件特許出願時の技術常識からみれば、0.1C放電容量や初回の充放電効率は、リチウムイオン電池における電解液の組成やセパレータの材質・構造によっても変化するものと認められ、同一の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を上記リチウムイオン電池とした場合でも、リチウムイオン電池における電解液の組成やセパレータの材質・構造が明らかでなければ、「0.1C放電容量が185mAh/g以上であり、かつ、初回の充放電効率が86%以上である」か否かを一義的に判断することはできないから、仮に、本件特許明細書を参酌したとしても、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」について、上記リチウムイオン電池とすることのみが特定され、電解液の組成やセパレータの材質・構造が特定されない本件訂正前の請求項6に係る発明により、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を一義的に特定したことにはならないので、上記請求項6に係る発明、及び上記請求項6を引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項7〜11に係る発明は明確でない。

(2)特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)について
ア 用途について
本件特許に係る発明の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」は、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを前提として、本件特許に係る発明の課題を解決するものと認められるが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明においては、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」がリチウムイオン電池の正極活物質として用いられるものであることが特定されていないので、上記請求項1に係る発明は、本件特許に係る発明の課題とは無関係の、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられるものではない「ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」までも包含するものであり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を上記請求項1に係る発明の範囲まで拡張ないし一般化できないので、発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。
そして、このことは、上記請求項1を直接的又は間接的に引用する本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2〜5についても同様である。

イ 課題解決の可否について
(ア)本件特許明細書の段落【0045】〜【0057】の記載及び段落【0064】〜【0073】の実施例1〜4(以下、「本件実施例」という。)の記載に接した当業者は、本件特許に係る発明は、「(工程2)」において、容器本体と蓋と混合物の表面とで一定の空間が形成され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成され、給気路を経て焼成雰囲気に適合した酸化性気体が容器内に流入するものであるが、この時、酸化性気体は焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出されるものであり、酸化性気体は容器の給気口に相対する上記混合物の表面に「流圧を伴って」接触するものであって、この「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、酸化性ガス自体の流れが上記給気管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であり、排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置の容器内部の空間に設けられ、このようにして焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行うことで、本件特許に係る発明の課題を解決するものと理解する。
ところが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明おいて、「(工程2)」についてそのような特定はなされていないから、当業者は、上記請求項1に係る発明により本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できない。

(イ)本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明においては、酸化性ガスの流速、流圧、容器に充てんした前駆体混合物の重量、焼成温度、焼成時間、容器のサイズ、容器内への前駆体混合物の充てんの割合が特定されていないのに対して、本件特許に係る発明においては、酸化性ガスの流速、流圧、容器に充てんした前駆体混合物の重量、焼成温度、焼成時間、容器のサイズ、容器内への前駆体混合物の充てんの割合の変化により、容器内に滞留する炭酸ガス等の反応ガスの量が変化し、容器内の雰囲気が変化して、炭酸リチウムの消費効率や得られた「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の正極活物質としての性能も変化するものと推認され、これらが任意に変化したとき、本件特許に係る発明の課題を解決できるとはいえない。
そうすると、当業者は、酸化性ガスの流速、流圧、容器に充てんした前駆体混合物の重量、焼成温度、焼成時間、容器のサイズ、容器内への前駆体混合物の充てんの割合が特定されていない上記請求項1に係る発明により、本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できない。
なお、焼成温度及び焼成時間ついて、本件特許明細書の【0045】〜【0057】によれば、「(工程2)」において、焼成を500〜850℃の温度域で3〜40時間かけて行うことで、本件発明を解決できるものとされているが、本件特許明細書の段落【0054】、【0056】によれば、本件特許に係る発明の課題を解決できる「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の焼成時間は、少なくとも10時間程度以上であると推認され、また、本件実施例からは、500℃や850℃で焼成した場合や、焼成時間が10時間以下の場合に、本件特許に係る発明の課題を解決できることを理解できないから、焼成を500〜850℃の温度域で3〜40時間かけて行ったとしても、本件特許に係る発明の課題を解決できるものとは理解できない。

(ウ)本件特許明細書には、本件実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成が記載されていないから、本件実施例において、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1で特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとはいえないので、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項を満たすことにより、本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できない。
また、本件実施例の工程からみれば、本件実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成は一種類のみであって、かつ、本件特許明細書には、上記請求項1に係る発明の発明特定事項を満たすことにより本件特許に係る発明の課題を解決する際の機序が記載されるものでもない。
してみれば、仮に、本件実施例において、上記請求項1に係る発明の発明特定事項で特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」が製造されているとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、本件実施例により製造された一種類の組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」から、上記請求項1に係る発明の発明特定事項で特定される全ての組成範囲の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」に拡張ないし一般化して、本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できないから、上記請求項1に係る発明により本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できない。

(エ)本件特許明細書の段落【0045】〜【0057】によれば、本件特許に係る発明においては、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項を満たす工程により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」により、本件特許に係る発明の課題を解決するものとされているが、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項6に係る発明においては、上記請求項6に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物」が、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項を満たす工程により製造されたものであることが特定されていないので、本件特許明細書の記載に接した当業者は、上記請求項6に係る発明により本件特許に係る発明の課題を解決できることを認識できないから、上記請求項6に係る発明が、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。

(3)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)について
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1〜5に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、または、甲第1号証に記載された発明、甲第1〜2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 令和3年11月26日付取消理由通知の取消理由の概要
(1)特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)について
本件特許出願時の技術常識からみれば、「2032型コイン電池」の「0.1C放電容量」及び「初回の充放電効率」は、当該「2032型コイン電池」の正極活物質のみならず、電解液の組成やセパレータの材質・構造の相違によっても相違することが強く推認されるものであるが、先の訂正請求により訂正された特許請求の範囲の請求項6に係る発明においては、「0.1C放電容量」及び「初回の充放電効率」の測定に用いられる「2032型コイン電池」の電解液の組成やセパレータの材質・構造が特定されていないから、上記請求項6に係る発明においては、上記「2032型コイン電池」の「0.1C放電容量」及び「初回の充放電効率」を一義的に特定することができないので、上記請求項6に係る発明、及び上記請求項6を引用する先の訂正請求により訂正された特許請求の範囲の請求項7〜11に係る発明は明確でない。

第6 特許異議申立理由及び取消理由についての当審の判断
事案に鑑み、上記第4の特許異議申立理由及び第5の取消理由について、ここでまとめて検討する。
1 特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)について
本件訂正により本件特許請求の範囲の請求項6〜11は削除されたから、明確性要件違反に係る、上記第4の3の特許異議申立理由及び上記第5の1(1)及び同2(1)の取消理由は、いずれも理由がない。

2 特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)について
(1)サポート要件の判断手法
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が本件特許の出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるから、以下、この観点に立って検討する。

(2)用途について
ア 本件特許明細書の記載事項
本件特許明細書には、以下(a)の記載がある(当審注:下線は当審が付与した.また、「・・・」は記載の省略を表す。)。
(a)「【0012】
出願人は、このような従来技術の限界に挑戦して、従来不可能と考えられてきた炭酸リチウムのみをリチウム源とするLNO系正極活物質の製造方法を探求した。その結果、焼成工程を高温焼成工程とこれに続く低温焼成工程の2段階で行うことにより要求に見合う性能のリチウムイオン電池用正極活物質を製造できることを発見し、既に特許出願を行っている(特許文献6)。
【0013】
しかしながら、特許文献6に開示した製造方法では、比較的大規模な焼成を行う場合、例えば数キロから数十キロの原料をローラーハースキルン(RHK)内で焼成した場合に、相当量の炭酸リチウムが未反応のまま残存するという問題があった。焼成温度を上げて非常に長い時間かけて焼成すれば炭酸リチウムの消費効率は上がるものの、焼成に要するエネルギーが増大して生産コストの面では不利益が生じる。しかも得られたニッケルリチウム金属複合酸化物の正極活物質としての性能が低下するという問題も見出される。
・・・
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
このように、炭酸リチウムを唯一のリチウム源とするリチウムイオン電池用ニッケル系正極活物質の製造方法は十分な検討がなされておらず、多くの改良の余地がある。そこで、本発明者は引き続き、リチウムイオン電池正極活物質の高性能化と低コスト化を目指して炭酸リチウムを原料とするニッケル系正極材活物質とその製造方法の一層の改良を行った。
【0017】
すなわち、リチウム源として炭酸リチウムを使用して比較的大量の原料を焼成する場合でも、正極活物質としての性能に優れるニッケルリチウム金属複合酸化物を高収率で製造する方法を求めて鋭意検討した。
【課題を解決するための手段】
【0018】
その結果、焼成工程における焼成炉の空間容積を制御することによって、実機レベルでの大スケールでも正極活物質としての性能に優れるニッケルリチウム金属複合酸化物を高収率で製造することに成功した。」

イ 用途についての判断
上記ア(a)によれば、本件発明は、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられる「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の製造において、炭酸リチウムのみをリチウム源とするLNO系正極活物質を比較的大規模に焼成を行う場合、相当量の炭酸リチウムが未反応のまま残存し、また、焼成温度を上げて長い時間焼成すると、炭酸リチウムの消費効率は上がるものの、焼成に要するエネルギーが増大して生産コストの面で不利益が生じ、しかも得られたニッケルリチウム金属複合酸化物の正極活物質としての性能が低下する、という課題(以下、「本件課題」という。)を解決するものであって、本件発明に係る「ニッケルリチウム金属複合酸化物」は、本件課題を解決するにあたり、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを前提としたものと認められる。
そして、本件発明1の「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物」との発明特定事項は、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」がリチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを特定するものにほかならないから、当業者は、リチウムイオン電池の正極活物質として用いられることを前提とした本件発明1により、本件課題を解決できることを理解することができるのであって、このことを上記(1)の判断手法に照らせば、本件特許請求の範囲の請求項1の記載は、特に「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の用途についてみたとき、サポート要件に適合するというべきであり、本件特許請求の範囲の請求項2〜5について検討しても事情は同じである。
よって、上記第5の1(2)アの取消理由は理由がない。

(3)課題解決の可否について
ア 本件特許明細書の記載事項
本件特許明細書には、更に以下(b)、(c)の記載がある。
(b)「【0045】
(工程2) 工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を焼成炉で焼成する工程である。焼成は500℃〜850℃の温度域で3〜40時間かけて行う。上記焼成炉の焼成雰囲気には上記混合物を敷設するための容器が置かれ、上記混合物は上記容器に敷設される。本発明で用いる容器は蓋と容器本体とからなる。蓋は繰り返し開閉できる構造のものであればよい。工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成される。このような容器の材質は耐熱性、耐火性に優れるものであれば制限はなく、通常は耐熱性セラミック製の平皿、鉢、槽が用いられる。容器の容積や形状は混合物の量や、焼成炉の構造に応じて自在に適宜設計できる。本発明で用いる容器の最も典型的な形は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器である。・・・
【0046】
本発明の工程2では、上記容器内への給気と上記容器からの排気を制御する。すなわち工程2において、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体が容器内に流入する。この時、上記酸化性気体は焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはない。上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出される。工程2の間、上記容器に上記給気路と上記排気路がそれぞれ1つ形成されていてもよく、あるいはそれぞれ複数形成されていてもよい。
・・・
【0048】
典型的には、本発明では、工程2において焼成炉外のタンクに貯蔵された純酸素、あるいは焼成炉外で適当な組成に調節された酸化性気体混合物を、焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入する。給気管は容器に設けられた給気口に開口あるいは連結する。酸化性ガスは焼成炉外であらかじめ焼成雰囲気に適した温度まで加熱されるか、あるいは、焼成炉内を貫通する給気管を通る過程で焼成雰囲気に適した温度まで加熱される。・・・
【0049】
上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出する。酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触する。この「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味である。上記給気管の端部の位置は、このような状態で酸化性ガスが混合物表面に接触するような位置に決められる。・・・
【0050】
本発明の工程2では、容器にはまた排気口が形成されている。排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体が新たに流入する酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に、好ましくは容器において給気口から最も離れた位置や、酸化性ガスの流入部と分離された容器内部の空間に設けられる。このように本発明の工程2では焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われる。
【0051】
本発明の工程2で使用する容器として好ましい例を、図1、図2、図3を用いて説明する。図1(立体図)及び図2(上面図)は、容器本体(3)の側面に給気口(1)と排気口(2)を設ける例である。給気管(図示せず)が給気口(1)に連結・開口し、加熱された酸化性ガスが給気口(1)から容器内部の空間に流入する。ここに給気路(図3の流路(6))が形成される。一方、焼成の進行に伴い容器内部に蓄積した気体は排気口(2)から焼成炉内に排出される(排気は焼成炉内の空間に排気される)。ここに排気路(図3の流路(7))が形成される。蓋(4)が完全に容器本体の上部を覆っており、給気口(1)と排気口(2)が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはない。こうして容器内部の雰囲気は酸化性ガスの組成、濃度、温度、排気量によって制御される。
・・・
【0053】
昇温開始後は、500℃〜850℃の温度域、好ましくは600℃〜800℃の温度域で焼成する。焼成温度が500℃未満では未反応の炭酸リチウムが多量に残存しニッケルリチウム金属複合酸化物の生産効率が低下する。・・・焼成温度が850℃を超えると未反応の炭酸リチウムは減少するが、製造されたニッケルリチウム金属複合酸化物のリチウムイオン電池用正極活物質に利用すると、十分な電池性能が得られない。・・・」

(c)「【実施例】
【0064】
(実施例1)
以下の工程1、工程2を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液から調製した水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成される平均粒径13.6μmの前駆体に水酸化アルミニウムと炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。なお、水酸化アルミニウムは前駆体量に対してアルミニウムが2モル%となるように、炭酸リチウムはニッケル−コバルト−アルミニウムの合計に対するモル比が1.025となるように各々調製した。
(工程2)図1、図2に示すセラミック製容器を用いて工程1で得られた前駆体混合物を焼成した。容器本体(3)には、酸化性ガス導入のための給気口(1)、排気のための排気口(2)が設けられ、蓋(4)で密閉されている。給気口(1)より加熱された純酸素を導入した。工程1で得られた混合物4000gを1つの焼成容器に入れ、給気管(図示せず)と給気口(2)から毎時2立方メートルの加熱された純酸素を供給した。排気口(2)から自然に排気させながら、昇温を開始した。昇温速度は毎時155℃で720℃まで昇温し、720℃で20時間保持する(1段目の焼成)。その後780℃まで毎時155℃の昇温速度で昇温し20時間保持(2段目の焼成)した後、室温まで冷却した。こうして本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られた。
・・・
【0070】
実施例、比較例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物を以下の点で評価した。評価結果を表1に示す。
・・・
【0071】
【表1】



イ 課題解決の可否についての判断
(ア)上記(2)ア(a)(段落【0017】〜【0018】)によれば、本件発明は、リチウム源として炭酸リチウムを使用して比較的大量の原料を焼成して「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を製造する方法において、焼成工程における焼成炉の空間容積を制御することによって、本件課題を解決することができたものである。
そして、上記ア(b)によれば、これを具現した構成がまさに、本件発明1の
「上記工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成され、
上記工程2において、上記容器内への給気と上記容器からの排気が制御され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体としての上記酸化性ガスが容器内に流入するが、この時、上記酸化性ガスは焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出され、
上記酸化性ガスを焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入し、上記給気管は上記容器に設けられた給気口に開口あるいは連結し、上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出し、上記酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触するが、上記「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した上記酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、上記酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であって、
上記工程2では、容器にはまた排気口が形成されており、上記排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に設けられ、上記工程2は焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われ、
またさらに、
上記容器は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器であり、
上記容器本体の側面に上記給気口と上記排気口が設けられ、上記給気管が上記給気口に連結・開口し、加熱された上記酸化性ガスが前記給気口から容器内部の空間に流入して給気路が形成され、一方、焼成の進行に伴い上記容器内部に蓄積した気体は上記排気口から上記焼成炉内に排出され、排気は上記焼成炉内の空間に排気され、ここに排気路が形成され、また蓋は完全に容器本体の上部を覆っており、前記給気口と前記排気口が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはなく、
上記工程2で、600℃〜800℃の温度域で、1段目の焼成を行いその後に2段目の焼成を行」う、との発明特定事項であるということができる。
また、上記本件発明1における焼成時間は、その「上記工程2を経て上記炭酸リチウムの残留量が1重量%以下(ただし上記工程2で得られた焼成物全量を100重量部とする)である」との発明特定事項からみれば、炭酸リチウムの反応が十分に進行して、本件課題を解決できる範囲にあると解するのが妥当である。
そうすると、本件発明1には、600℃〜800℃の焼成温度で2段階の焼成を行うことが特定されるものであり、また、仮に、本件発明1において、酸化性ガスの流速、流圧、容器に充てんした前駆体混合物の重量、焼成時間、容器のサイズ、容器内への前駆体混合物の充てんの割合といった、「(工程2)」における具体的な製造条件が特定されていないとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、上記のとおり、本件発明1の発明特定事項により本件課題を解決できることを理解することができるのであって、このことを上記(1)の判断手法に照らせば、本件特許請求の範囲の請求項1の記載は、特に「(工程2)」による本件課題の解決の可否についてみたとき、サポート要件に適合するというべきであり、本件特許請求の範囲の請求項2〜5について検討しても事情は同じである。
したがって、上記第4の2(1)、(3)及び(4)の特許異議申立理由及び上記第5の1(2)イ(ア)、(イ)の取消理由は、いずれも理由がない。

(イ)本件発明は、リチウム源として炭酸リチウムを使用して比較的大量の原料を焼成して「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を製造する方法において、焼成工程における焼成炉の空間容積を制御することによって、本件課題を解決するものであることは、上記(ア)に記載のとおりであって、製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成に技術的特徴を有するものではないから、本件発明における「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成は、従来から使用されるものと同等のものに過ぎないと解するのが妥当である。
すると、本件特許明細書の記載に接した当業者は、従来から使用されるものと同等の組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を製造することで、本件課題を解決できることを理解することができるのであり、従来から使用されるものと同等の「ニッケルリチウム金属複合酸化物」は、本件発明1の「式(1)」で表される「ニッケルリチウム金属複合酸化物」にほかならない。
してみれば、仮に、本件特許明細書に、本件実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成が記載されておらず、また、本件実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成が一種類のみであって、かつ、本件特許明細書に、本件発明1の発明特定事項を満たすことにより本件課題を解決する際の機序が記載されていないとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、組成に関して、本件実施例により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物」を、本件発明1で特定される「ニッケルリチウム金属複合酸化物」に拡張ないし一般化して、本件発明1の発明特定事項により本件課題を解決できることを理解することができるものである。
そして、このことを上記(1)の判断手法に照らせば、本件特許請求の範囲の請求項1の記載は、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」の組成についてみたとき、サポート要件に適合するというべきであり、本件特許請求の範囲の請求項2〜5について検討しても事情は同じである。
よって、上記第4の2(2)の特許異議申立理由及び上記第5の1(2)イ(ウ)の取消理由は、いずれも理由がない。

(ウ)本件訂正により本件特許請求の範囲の請求項6〜11は削除されたから、上記第5の1(2)イ(エ)の取消理由は理由がない。

(4)小括
以上のとおり、サポート要件違反に係る、上記第4の2の特許異議申立理由及び上記第5の1(2)の取消理由は、いずれも理由がない。

3 特許法第29条第1項第3号及び第2項所定の規定違反(新規性進歩性欠如)について
(1)甲第1号証の記載事項及び甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証には、以下(1a)〜(1c)の記載がある。
(1a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が下記の式(1)で表される板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法であって、
式(1):LiyNi1−xMxO2
(式中のMは、Ni以外の遷移金属、アルカリ土類金属元素、Al、Ti、Ga、In、又はSiから選ばれる少なくとも1種の元素であり、xは、0≦x≦0.3であり、及びyは、0.95≦y≦1.1である。)
次の(1)〜(3)の工程を含むことを特徴とする板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法。
(1)平面方向粒径が3〜20μmであり、比表面積が50〜150m2/gである板状水酸化ニッケルを準備する。
(2)前記板状水酸化ニッケルに、リチウム化合物を添加し、混合する。
(3)得られた混合物を、650〜850℃の温度で焼成する。」

(1b)「【0069】
(実施例1)
(1)板状水酸化ニッケル粉の製造原料として、通常の晶析法により製造したNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2の組成からなり、粒径5μmの粒状の水酸化ニッケル粉末を用いて、反応槽内で、この水酸化ニッケル粉末1molを、水酸化ナトリウム水溶液(含有量2.5mol)200mLに懸濁させ、十分攪拌した。その後、反応槽を140℃まで加熱した後、撹拌しながら5時間保持した。保持後、水洗、乾燥して板状水酸化ニッケルを得た。 得られた板状水酸化ニッケル粉は、平面方向粒径が10.6μm、比表面積が105m2/gであり、組成は原料の水酸化ニッケルと同様であった。
【0070】
(2)板状リチウムニッケル複合酸化物の製造
スパルタンリューザーを使用して、前記板状水酸化ニッケル粉に、水酸化リチウム一水和物を、モル比でLi/(Ni+Co+Al)=1.02となるように添加し、混合し、得られた混合物を、酸素雰囲気中で680℃の温度で24時間の焼成を行った。得られた焼成物を解砕後、網目50μmの超音波篩で分級し、その後真空乾燥して、板状リチウムニッケル複合酸化物を得た。
得られた板状リチウムニッケル複合酸化物の平面方向粒子径、組成、25サイクル後の電池容量、及び熱安定性を評価した。結果を表1に示す。また、得られた板状リチウムニッケル複合酸化物の外観のSEM写真を図2に、断面のSEM写真を図3に示す。
【0071】
(実施例2)
上記板状リチウムニッケル複合酸化物の製造において、焼成温度を800℃としたこと以外は実施例1と同様にして板状リチウムニッケル複合酸化物を得た。得られた板状リチウムニッケル複合酸化物の平面方向粒径、組成、25サイクル後の電池容量、及び熱安定性を評価した。結果を表1に示す。

【0074】
(実施例5)
上記板状リチウムニッケル複合酸化物の製造において、水酸化リチウム一水和物に代えて、炭酸リチウムを用いたこと以外は実施例2と同様にして板状リチウムニッケル複合酸化物を得た。得られた板状リチウムニッケル複合酸化物の平面方向粒径、組成、25サイクル後の電池容量、及び熱安定性を評価した。結果を表1に示す。」

(1c)「【0101】
【表1】



イ 上記ア(1a)によれば、甲第1号証には「板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」が記載されており、上記ア(1b)、(1c)の実施例5に注目すると、上記「板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」は、具体的には、板状水酸化ニッケル粉の製造原料として、通常の晶析法により製造したNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2の組成からなり、粒径5μmの粒状の水酸化ニッケル粉末を用いて、反応槽内で、この水酸化ニッケル粉末1molを、水酸化ナトリウム水溶液(含有量2.5mol)200mLに懸濁させ、十分攪拌し、その後、反応槽を140℃まで加熱した後、撹拌しながら5時間保持し、保持後、水洗、乾燥して板状水酸化ニッケルを得るものであり、得られた板状水酸化ニッケル粉は、平面方向粒径が10.6μm、比表面積が105m2/gであり、組成は原料の水酸化ニッケルと同様であったものであり、スパルタンリューザーを使用して、上記板状水酸化ニッケル粉に、炭酸リチウムを、モル比でLi/(Ni+Co+Al)=1.02となるように添加し、混合し、得られた混合物を、酸素雰囲気中で800℃の温度で24時間の焼成を行い、得られた焼成物を解砕後、網目50μmの超音波篩で分級し、その後真空乾燥して、板状リチウムニッケル複合酸化物を得て、その平面方向粒径、組成、25サイクル後の電池容量、及び熱安定性を評価したものであり、得られたリチウム複合ニッケル酸化物の化学組成はLi1.02Ni0.821Co0.149Al0.030O2であることが分かる。

ウ 上記イによれば、甲第1号証には、以下の発明が記載されているといえる。
「板状水酸化ニッケル粉の製造原料として、通常の晶析法により製造したNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2の組成からなり、粒径5μmの粒状の水酸化ニッケル粉末を用いて、反応槽内で、この水酸化ニッケル粉末1molを、水酸化ナトリウム水溶液(含有量2.5mol)200mLに懸濁させ、十分攪拌し、その後、反応槽を140℃まで加熱した後、撹拌しながら5時間保持し、保持後、水洗、乾燥して板状水酸化ニッケルを得るものであり、得られた板状水酸化ニッケル粉は、平面方向粒径が10.6μm、比表面積が105m2/gであり、組成は原料の水酸化ニッケルと同様であったものであり、
スパルタンリューザーを使用して、上記板状水酸化ニッケル粉に、炭酸リチウムを、モル比でLi/(Ni+Co+Al)=1.02となるように添加し、混合し、
得られた混合物を、酸素雰囲気中で800℃の温度で24時間の焼成を行い、得られた焼成物を解砕後、網目50μmの超音波篩で分級し、その後真空乾燥して、板状リチウムニッケル複合酸化物を得て、その平面方向粒径、組成、25サイクル後の電池容量、及び熱安定性を評価したものであり、
得られた板状リチウム複合ニッケル酸化物の化学組成はLi1.02Ni0.821Co0.149Al0.030O2である、板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法。」(以下、「甲1発明」という。)

(2)対比・判断
ア 対比
(ア)本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「板状リチウムニッケル複合酸化物の製造方法」は、得られた「板状リチウムニッケル複合酸化物」により25サイクル後の電池容量を評価するものであるから、本件発明1における「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」に相当する。
また、甲1発明における、「通常の晶析法により製造したNi0.82Co0.15Al0.03(OH)2の組成からなり、粒径5μmの粒状の水酸化ニッケル粉末を用いて、反応槽内で、この水酸化ニッケル粉末1molを、水酸化ナトリウム水溶液(含有量2.5mol)200mLに懸濁させ、十分攪拌し、その後、反応槽を140℃まで加熱した後、撹拌しながら5時間保持し、保持後、水洗、乾燥して」得られ、「平面方向粒径が10.6μm、比表面積が105m2/gであり、組成は原料の水酸化ニッケルと同様」である「板状水酸化ニッケル粉」は、本件発明1における、「ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体」に相当し、甲1発明において、「スパルタンリューザーを使用して、板状水酸化ニッケル粉に、炭酸リチウムを、モル比でLi/(Ni+Co+Al)=1.02となるように添加し、混合」することは、本件発明1における、「(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合する、混合工程」に相当し、甲1発明において、「得られた混合物を、酸素雰囲気中で800℃の温度で24時間の焼成を行」うことは、本件発明1における、「(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を焼成炉で焼成することによって焼成物を得る、焼成工程」に相当する。
更に、甲1発明において「得られたリチウム複合ニッケル酸化物の化学組成」である「Li1.02Ni0.821Co0.149Al0.030O2」は、本件発明1における式(1)に合致する。

(イ)上記(ア)によれば、本件発明と甲1発明とは、
「リチウム源として炭酸リチウムを使用する以下の式(1)で表されるリチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法であって、上記製造方法は以下の工程1及び/又は工程1’と工程2とを含む、
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を焼成炉で焼成することによって焼成物を得る、焼成工程。
ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。」の点で一致し、以下の点で相違するといえる。

・相違点1:本件発明1は、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」が、「上記工程2において、上記混合物が容器本体と蓋とからなる容器の内部に充填された状態で上記焼成炉に置かれ、 上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、上記焼成炉の外から上記給気路を経て、酸化性ガスが加熱された状態で上記容器の内部に供給され、さらに、上記工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成され、上記工程2において、上記容器内への給気と上記容器からの排気が制御され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体としての上記酸化性ガスが容器内に流入するが、この時、上記酸化性ガスは焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出され、上記酸化性ガスを焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入し、上記給気管は上記容器に設けられた給気口に開口あるいは連結し、上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出し、上記酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触するが、上記「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した上記酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、上記酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であって、上記工程2では、容器にはまた排気口が形成されており、上記排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に設けられ、上記工程2は焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われ、またさらに、上記容器は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器であり、上記容器本体の側面に上記給気口と上記排気口が設けられ、上記給気管が上記給気口に連結・開口し、加熱された上記酸化性ガスが前記給気口から容器内部の空間に流入して給気路が形成され、一方、焼成の進行に伴い上記容器内部に蓄積した気体は上記排気口から上記焼成炉内に排出され、排気は上記焼成炉内の空間に排気され、ここに排気路が形成され、また蓋は完全に容器本体の上部を覆っており、前記給気口と前記排気口が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはなく、上記工程2で、600℃〜800℃の温度域で、1段目の焼成を行いその後に2段目の焼成を行」う、との発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は上記発明特定事項を有しない点。

・相違点2:本件発明1は、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」が、「上記工程2を経て上記炭酸リチウムの残留量が1重量%以下(ただし上記工程2で得られた焼成物全量を100重量部とする)であるニッケルリチウム金属複合酸化物焼成物が得られる」との発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は上記発明特定事項を有しない点。

イ 判断
まず、上記ア(イ)の相違点1について検討すると、甲第2号証〜甲第9号証及び異議申立人が提出した参考文献1のいずれにも、上記相違点1に係る上記「工程2」についての発明特定事項が記載も示唆もされていないから、仮に、上記甲第2号証〜甲第9号証及び参考文献1の記載を参酌したとしても、当業者は、甲1発明において、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」を、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとするには至らない。
してみれば、甲1発明において、「リチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」を、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を有するものとすることは、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、または、甲第1〜2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、当業者が容易になし得ることではない。
したがって、そのほかの相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、または、甲第1号証に記載された発明、甲第1〜2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないのであって、本件発明2〜5について検討しても事情は同じである。
よって、本件発明1〜5は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、または、甲第1号証に記載された発明、甲第1〜2号証に記載された事項及び本件特許の出願日当時の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないので、上記第4の1(1)の特許異議申立理由及び上記第5の1(3)の取消理由はいずれも理由がない。
また、本件訂正により本件特許請求の範囲の請求項6〜11は削除されたから、上記第4の1(2)、(3)の特許異議申立理由も、今や妥当しない。

(3)小括
以上のとおり、新規性進歩性欠如に係る、上記第4の1の特許異議申立理由及び上記第5の1(3)の取消理由は、いずれも理由がない。

第7 むすび
以上の検討のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件特許請求の範囲の請求項1〜5に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に上記請求項1〜5に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
更に、本件特許請求の範囲の請求項6〜11は本件訂正により削除され、上記請求項6〜11に係る発明の特許に対する特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条所定の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム源として炭酸リチウムを使用する以下の式(1)で表されるリチウムイオン電池正極活物質用ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法であって、
上記製造方法は以下の工程1及び/又は工程1’と工程2とを含み、
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはA1を必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合する、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を焼成炉で焼成することによって焼成物を得る、焼成工程。
そして上記工程2において、
上記混合物が容器本体と蓋とからなる容器の内部に充填された状態で上記焼成炉に置かれ、
上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、
上記焼成炉の外から上記給気路を経て、酸化性ガスが加熱された状態で上記容器の内部に供給され、
さらに、
上記工程2の間、容器本体と蓋と上記混合物の表面とで一定の空間が形成され、
上記工程2において、上記容器内への給気と上記容器からの排気が制御され、上記容器にはそれぞれ異なる給気路と排気路が形成されており、給気路を経て焼成雰囲気に適合した気体としての上記酸化性ガスが容器内に流入するが、この時、上記酸化性ガスは焼成炉の外から容器内部に直接引き込まれ、焼成炉内であって容器の外部である空間に噴出することはなく、上記混合物の焼成の進行に伴って蓄積する容器中の気体は、上記給気路と異なる流路で容器の外に排出され、
上記酸化性ガスを焼成炉外から容器内まで貫通する給気管に導入し、上記給気管は上記容器に設けられた給気口に開口あるいは連結し、上記容器の給気口に位置する上記管の端部から酸化性ガスが噴出し、上記酸化性ガスは容器の給気口に相対する上記混合物の表面に流圧を伴って接触するが、上記「流圧を伴って」は、一旦焼成容器中に流入した上記酸化性ガスが拡散によって上記混合物表面に接触するのではなく、上記酸化性ガス自体の流れが上記管の端部から上記混合物の表面に達するという意味であって、
上記工程2では、容器にはまた排気口が形成されており、上記排気口は、焼成の進行に伴って蓄積する上記容器中の気体が新たに流入する上記酸化性ガスの噴出流に巻き込まれることなく、対流、拡散、または吸引によって容器の外部に流出するような位置に設けられ、上記工程2は焼成雰囲気のガスの流れと組成を制御しながら行われ、
またさらに、
上記容器は角皿形状の容器本体と平板状の蓋からなるセラミック製容器であり、
上記容器本体の側面に上記給気口と上記排気口が設けられ、上記給気管が上記給気口に連結・開口し、加熱された上記酸化性ガスが前記給気口から容器内部の空間に流入して給気路が形成され、一方、焼成の進行に伴い上記容器内部に蓄積した気体は上記排気口から上記焼成炉内に排出され、排気は上記焼成炉内の空間に排気され、ここに排気路が形成され、また蓋は完全に容器本体の上部を覆っており、前記給気口と前記排気口が十分に隔たることによって、給気路と排気路が重なり合うことはなく、
上記工程2で、600℃〜800℃の温度域で、1段目の焼成を行いその後に2段目の焼成を行い、
上記工程2を経て上記炭酸リチウムの残留量が1重量%以下(ただし上記工程2で得られた焼成物全量を100重量部とする)であるニッケルリチウム金属複合酸化物焼成物が得られること、
を特徴とする、
ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
工程2において上記混合物が2kg以上10kg以下の重量単位毎に上記容器の内部に積載されている、請求項1のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
工程2で連続式炉あるいはバッチ式炉を用いる、請求項1又は2に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
工程2でローラーハースキルン、マッフル炉から選ばれる焼成炉を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載の請求項のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
工程2の後に、工程2で得られた焼成物を解砕する工程及び/又は工程2を経た焼成物を篩掛する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれかに記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-05-31 
出願番号 P2016-086290
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
P 1 651・ 851- YAA (C01G)
P 1 651・ 113- YAA (C01G)
P 1 651・ 536- YAA (C01G)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 金 公彦
関根 崇
登録日 2020-07-28 
登録番号 6739981
権利者 ユミコア
発明の名称 ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法  
代理人 三谷 祥子  
代理人 井澤 幹  
代理人 井澤 洵  
代理人 井澤 洵  
代理人 茂木 康彦  
代理人 三谷 祥子  
代理人 茂木 康彦  
代理人 井澤 幹  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  

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