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審決分類 審判 全部申し立て 特174条1項  C25B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C25B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C25B
管理番号 1388360
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-08 
確定日 2022-07-08 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6797940号発明「電解槽、電解装置、電解方法、水素製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6797940号の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7、11〜19〕、〔8〜9〕、〔10〕について訂正することを認める。 特許第6797940号の請求項1〜19に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6797940号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜19に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)1月26日(優先権主張 平成29年1月26日 2件)を国際出願日とする出願であって、令和2年11月20日にその特許権の設定登録がなされ、同年12月9日にその特許掲載公報が発行されたものであり、本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和 3年 6月 8日差出 : 特許異議申立人山田宏基(以下、「申立
人」という。)による請求項1〜19(
全請求項)に係る特許に対する特許異議
の申立て
令和 3年 9月27日付 : 取消理由通知
令和 3年11月26日 : 特許権者による意見書及び訂正請求書の
提出
令和 4年 2月 4日差出 : 申立人による意見書の提出

第2 令和 3年11月26日提出の訂正請求書に係る訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)について
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。なお、下線は当審が付した。「・・・」は記載の省略を表す。以下同じ。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」と記載されているのを、「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」と記載されているのを、「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項8に「前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、」と記載されているのを「前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、」に訂正し、「式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す)」と記載されているのを「式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示し、Dは前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)を示す)」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項10に「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」と記載されているのを、「前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項16に「前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下である、請求項11〜15のいずれか1項に記載の電解槽。」と記載されているのを、「前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下であり、前記リブが前記隔壁に取り付けられ且つ前記陰極又は前記陽極と物理的に接続する整流板である、請求項11〜15のいずれか1項に記載の電解槽。」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0231】に「隔壁の陽極室側に、高さ25mm、厚み1.5mmのニッケル製の陽極側整流板(陽極側リブ)を5枚、隔壁の陰極室側に、高さ25mm、厚み1.5mmのニッケル製の陰極側整流板(陰極側リブ)を5枚、溶接により、95mmの間隔(外枠−整流板距離は95.5mm)で、取り付けた。」と記載されているのを、「隔壁の陽極室側に、厚み1.5mmのニッケル製の陽極側整流板(陽極側リブ)を5枚、隔壁の陰極室側に、厚み1.5mmのニッケル製の陰極側整流板(陰極側リブ)を5枚、溶接により、95mmの間隔(外枠−整流板距離は95.5mm)で、取り付けた。」に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1の「前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さB」との記載における「長さB」が、どことどこの間の長さを意味しているのかについて、「隔壁」と「隔膜」の間の長さであると明瞭にするものであり、さらに、訂正前の請求項1の「前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積D」との記載における「断面積D」が、「前記電極室の前記所与の方向に垂直な面」内の具体的にどの領域の面積を意味しているのかについて、「整流板で仕切られた」領域であると明瞭にするものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
(ア)本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている。
a 「
【0023】
【図1】 本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の全体について示す側面図である。
【図2】 本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例のゼロギャップ構造を図1に示す破線四角枠の部分について示す側面図である。
【図3】 本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の電極室部分について示す平面図である。・・・」

b 「
【0027】
そして、本実施形態における複極式電解槽50では、隔壁1と外枠3と隔膜4とにより電解液が通過する電極室5が画成されており、電極室5には隔壁1に沿う所与の方向D1に対して平行に配置される複数の整流板6が設けられている(図2、図3参照)。言い換えれば、電極室5には互いに平行に並べられた複数の整流板6が隔壁1に沿う所与の方向D1に平行に設けられている(図2、図3参照)。」

c 「
【0047】
特に、図1〜図3に示した例では、複数の整流板6が、隔壁1に沿う所与の方向D1(図示の例では、電解液通過方向)に垂直な方向に、一定の間隔(ピッチ)で設けられている。
【0048】
また、一例の複極式電解槽50では、整流板6は、電極室5の高さとほぼ同じ長さを有し、隔壁1に垂直に設けられている。整流板6は、必須ではないが、電解槽の重量を削減する等の目的で、隔壁1に沿う所与の方向D1(図示の例では、電解液通過方向)について所定のピッチで貫通孔を有している。
【0049】
ここで、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板6の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。」

d 「
【0055】
なお、上記断面積Dは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面形状が略矩形である場合、(前述の長さB)×(前述の間隔C)としてよい。
また、上記{(2×D)/(B+C)}は、一般的に前記断面形状が略矩形である場合、水力直径Dhを示すものであり、断面積Dと合わせて流体の流れ状態に相関する因子である。」

e 「
【0187】
なお、式(3)中のA、B、C、Dは、本実施形態の複極式電解槽50について定めた値であり、具体的には、Aは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1の長さであり、Bは、電極室5の電極2に垂直な方向の長さであり、Cは、複数の整流板6の間隔であり、Dは、B×Cで表される、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積である。
そして、A、B、C、Dの好適範囲は、本実施形態の複極式電解槽50について前述のとおりとしてよい。すなわち、電解セルのA、B、C、Dの設計に応じて、電極室当たりの電解液の流量Qを、電解液レイノルズ数Reが10〜1800の範囲になるように、制御すればよい。」

f 「
【図2】



g 「
【図3】




(イ)上記(ア)a〜c、fから、上記「長さB」は、「隔壁1と外枠3と隔膜4とにより」「画成される」「電解液が通過する電極室5」の「隔壁1に垂直な方向の長さB」であるから、「隔壁1」と「隔膜4」の間の長さを意味していると認められる。

(ウ)また、上記(ア)a、c〜gから、上記「断面積D」は、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面形状が略矩形である場合に、上記「長さB」×「複数の整流板6の間隔C」と規定されるものであるから、「電極室5」の「所与の方向D1」に垂直な面における、間隔Cで設けられた「複数の整流板6」で仕切られた領域の面積を意味していると認められる。

(エ)したがって、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、発明特定事項である「前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さB」及び「前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積D」の条件を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的の適否
上記(1)アと同様の理由で、訂正事項2に係る請求項2についての訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
上記(1)イと同様の理由で、訂正事項2に係る請求項2についての訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記(1)ウと同様の理由で、訂正事項2に係る請求項2についての訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的の適否
上記(1)アと同様の理由で、訂正事項3に係る請求項8についての訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
上記(1)イと同様の理由で、訂正事項3に係る請求項8についての訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記(1)ウと同様の理由で、訂正事項3に係る請求項8についての訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的の適否
上記(1)アと同様の理由で、訂正事項4に係る請求項10についての訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
上記(1)イと同様の理由で、訂正事項4に係る請求項10についての訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記(1)ウと同様の理由で、訂正事項4に係る請求項10についての訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的の適否
訂正事項5に係る請求項16についての訂正は、訂正前の請求項16における「リブ」が、訂正前の請求項1、2に記載された「整流板」と同一の構成であるか否か不明であった点について、「整流板」と同一の構成であることを明瞭にするものである。
したがって、訂正事項5は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
(ア)本件明細書等には、以下の事項が記載されている。
a 「
【0146】
−整流板−
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、隔壁1に整流板6(陽極整流板6a、陰極整流板6c)が取り付けられ、整流板6が電極2と物理的に接続されていることが好ましい。かかる構成によれば、整流板6が電極2の支持体(リブ)となり、ゼロギャップ構造Zを維持しやすい。また、整流板6は隔壁1と電気的につながっていることが好ましい。また、整流板6を設けることでは、電極室5内における気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができる。・・・」

b 「
【0152】
隣接する陽極整流板6a同士の間隔、又は隣接する陰極整流板6c同士の間隔は、電解圧力や陽極室5aと陰極室5cの圧力差等を勘案して決められる。
隣接する整流板間の間隔Cは、50mm以上190mm以下であり、より好ましくは50mm以上150mm以下であり、さらに好ましくは60mm以上120mm以下である。陽極整流板6a同士の間隔、又は隣接する陰極整流板6c同士の間隔が狭すぎれば電解液やガスの流動を阻害するだけでなくコストも高くなる欠点がある。整流板を電極と接続されたリブとする場合、リブピッチが50mm以上であると、電極裏面へのガス抜けが良好となる。また広すぎると、陽極室5aと陰極室5cとのわずかな差圧で保持している電極2(陽極2aや陰極2c)が変形する等の欠点が生じる。リブピッチが150mm以下であると電極がたわみにくくなる。
リブピッチは、複数の整流板が一定の間隔(ピッチ)で設けられている場合には、その間隔(ピッチ)をいい(図3参照)、複数の整流板が一定の間隔(ピッチ)で設けられていない場合には、設けられた複数の整流板同士の間隔の平均をいう。また、隣接する2つの整流板間においてその間隔が整流板の延在方向について変化している(一定でない)場合には、当該隣接する2つの整流板間の間隔の平均としてよい。」

(イ)上記(ア)a〜bから、訂正事項5に係る請求項16についての訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項5に係る請求項16についての訂正は、発明特定事項である「前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下である」における「リブピッチが50mm以上150mm以下である」「複数」の「リブ」の態様を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合する。

(6)訂正事項6
ア 訂正の目的の適否
(ア)訂正事項6に係る明細書の段落【0231】についての訂正は、訂正前の明細書の段落【0231】に記載される「高さ25mm、」との記載を削除するものである。

(イ)ここで、訂正前の明細書には、以下の事項が記載されている。
a 「
【0234】
−電解室−
電極室の隔壁に垂直な方向の長さ(電極室の深さ)は、陽極室で25mmであり、陰極室で25mmであった。
【0235】
−ゼロギャップ構造−
前述のとおり、複極式電解槽を組み立てることによって、図2に示すような、陰極と陽極とを隔膜の両側から押し付けて接触させ、ゼロギャップ構造を形成した。
陽極側では陽極のみを用い、陰極側は「陰極−導電性弾性体−集電体」の組み合わせを用い、ゼロギャップ構造の詳細は、実施例A1と同様とした。」

b 「
【図2】



(ウ)上記(1)イにおいて検討したように、上記(イ)aにおける「電極室の隔壁に垂直な方向の長さ」(長さB)は、隔壁と隔膜の間の長さを意味しているから、上記(イ)aにおける「25mm」は、上記(イ)bにおける隔壁1と隔膜4の間の長さということになる。

(エ)一方、上記(イ)a、bから明らかなように、隔壁1と隔膜4の間には、「陽極2a」や、「陰極2c」、「導電性弾性体2e」、及び「集電体2r」が存在する。そして、「陽極2a」、「陰極2c」、「導電性弾性体2e」、及び「集電体2r」のそれぞれの厚みが0でないことは明らかであるから、隔壁1と隔膜4の間で取り付け可能となる整流板の長さは、上記「隔壁1と隔膜4の間の長さ」(25mm)よりも小さくなることも明らかである。

(オ)そうすると、取り付け可能となる整流板の長さが25mmより小さいのに、高さ25mmの整流板を取り付けたとする訂正前の明細書の段落【0231】は、明らかな矛盾を含むものである。

(カ)したがって、訂正事項6に係る明細書の段落【0231】についての訂正は、上記矛盾を生じさせている「高さ25mm、」との誤記を訂正するものであると認められる。

(キ)以上から、訂正事項6は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に掲げる「誤記又は誤訳の訂正」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無
訂正事項6は、訂正前の明細書の段落【0231】の誤記を削除するものであるから、本件明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項6は、訂正前の明細書の段落【0231】の誤記を訂正するものであり、訂正事項1〜5で訂正された特許請求の範囲との対応関係を明瞭にするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第4項及び第6項に適合する。

(7)一群の請求項について
ア 請求項3〜7、11〜19は、それぞれ、請求項1を直接又は間接的に引用しており、請求項1に連動して訂正される。
また、請求項3〜7、11〜19は、それぞれ、請求項2を直接又は間接的に引用しており、請求項2に連動して訂正される。
したがって、共通の請求項3〜7、11〜19を有するこれらは組み合わされ、1つの一群の請求項になるため、最終的に、本件訂正前の請求項1〜7、11〜19は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

イ 請求項9が請求項8を直接的に引用しており、請求項8に連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項8〜9は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

ウ そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項〔1〜7、11〜19〕、〔8〜9〕と単一の請求項〔10〕についてされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

エ そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1〜7、11〜19〕、〔8〜9〕、〔10〕を訂正単位として訂正の請求をするものである。

(7)独立特許要件について
特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項である請求項1〜19に対してされているので、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

(8)明細書の訂正に関係する請求項
訂正事項6は、本件特許の実施例における誤記を訂正するものであるから、訂正前の請求項1〜19に対応する明細書の記載を訂正するものであるといえる。
そうすると、本件訂正請求は、訂正前の全ての請求項である請求項1〜19を請求の対象としているのであるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。

3 本件訂正請求についての結言
上記のとおり、本件訂正による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第4項乃至第6項の規定に適合するものである。
したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7、11〜19〕、〔8〜9〕、〔10〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で検討したとおり、本件訂正は適法になされたものであるから、本件訂正請求により訂正された請求項1〜19に係る発明(以下、「本件発明1」等といい、総称して「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜19に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

【請求項1】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、電解槽。
【請求項2】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、アルカリ水電解用電解槽。
【請求項3】
前記整流板の少なくとも一部が導電性を有し、前記整流板が前記電極と物理的及び電気的に接続されている、請求項1又は2に記載の電解槽。
【請求項4】
隣接する前記エレメント間において前記外枠同士の間に前記隔膜を有するガスケットが挟持され、前記ガスケットは、厚みが3.0mm〜10mm、100%変形時の弾性率が1.0MPa〜10MPaである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項5】
前記陽極又は前記陰極と前記隔壁との間に、導電性弾性体及び集電体が、前記導電性弾性体が前記陽極又は前記陰極と前記集電体とに挟まれるように、設けられている、請求項1〜4のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項6】
前記導電性弾性体が、ニッケル製のクッションマットである、請求項5に記載の電解槽。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含むことを特徴とする、電解装置。
【請求項8】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である、アルカリ水電解用電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含む、電解装置を用いて、下記式(1)
式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示し、Dは前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)を示す)
から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として電解液を循環させることによって電解を行う
ことを特徴とする、水電解方法。
【請求項9】
前記電解槽内の前記電解液の温度を、80℃〜130℃とする、請求項8に記載の水電解方法。
【請求項10】
アルカリを含有する水を電解槽により水電解し、水素を製造する水素製造方法において、
前記電解槽は、陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触しており、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、水素製造方法。
【請求項11】
前記陽極及び前記陰極を含む複数の前記エレメントが、多孔膜である前記隔膜を挟んで重ね合わされ、
前記陰極と、前記陰極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陰極集電体とを含む陰極複合体、及び/又は、前記陽極と、前記陽極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陽極集電体とを含む陽極複合体、を備えており、
前記陽極と前記陰極集電体との距離及び/又は前記陰極と前記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、
前記導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、
前記ゼロギャップ構造において、前記隔膜と、前記陽極及び/又は前記陰極との間にかかる面圧が8kN/m2以上100kN/m2以下である、
ことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項12】
前記導電性弾性体の線径が0.1mm以上0.5mm以下である、請求項11に記載の電解槽。
【請求項13】
前記隔膜の平均透水孔径が0.01μm以上1.0μm以下である、請求項11又は12に記載の電解槽。
【請求項14】
前記隔膜の厚みが100μm以上600μm以下である、請求項11〜13のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項15】
前記隔膜の気孔率が30%以上70%以下である、請求項11〜14のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項16】
前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下であり、
前記リブが前記隔壁に取り付けられ且つ前記陰極又は前記陽極と物理的に接続する整流板である、請求項11〜15のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項17】
前記エレメントの通電面の面積S1が0.1m2以上10m2以下である、請求項11〜16のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項18】
前記エレメントの厚みdが10mm以上100mm以下である、請求項11〜17のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項19】
電解セルを50個以上500個以下含む、請求項11〜18のいずれか1項に記載の電解槽。」

第4 特許異議申立理由について
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願優先日前に日本国内または外国において頒布された、又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記2に示す甲第1号証〜甲第9号証(以下、「甲1」〜「甲9」という。)を提出し、以下の申立理由1〜4により、本件訂正前の請求項1〜19に係る本件特許は取り消されるべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(進歩性
ア 本件訂正前の請求項1、2、8、10に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲2〜甲5に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件訂正前の請求項1、2、8、10に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

イ 本件訂正前の請求項3〜7、9、11〜19に係る発明は、甲1に記載された発明並びに甲2〜甲5及び甲7〜甲9に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件訂正前の請求項3〜7、9、11〜19に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(新規事項)
令和 2年 6月17日提出の手続補正書でした補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、本件訂正前の請求項1、2、10に係る特許は、同法第113条第1号に該当し取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件)
ア 本件訂正前の請求項1、3〜6、11〜19に係る発明は、「電解槽」の発明であるが、発明の詳細な説明には、アルカリ水電解に使用する電解槽(アルカリ水電解用電解槽)が記載されているに過ぎず、アルカリ水電解用以外に使用する電解槽に関しては記載されていないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件訂正前の請求項1、3〜6、11〜19に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

イ 本件訂正前の請求項1、2、8、10に係る発明は、電極室の所与の方向の長さAの数値範囲は「0.40m以上4.0m以下」と規定されているが、発明の詳細な説明には、長さAの数値範囲の上限値付近の実施例が欠落しており、その数値範囲の全体に渡って本件発明の課題を解決することができると当業者が認識できるように記載されたものでないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件訂正前の請求項1、2、8、10に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

ウ 本件訂正前の請求項1、2、10に係る発明は、電極室の所与の方向に垂直な面積におけるDは「0.00050m2以上0.0050m2以下」と規定されているが、発明の詳細な説明には、断面積Dの数値範囲の下限値付近及び上限値付近の実施例が欠落しており、その数値範囲の全体に渡って本件発明の課題を解決することができると当業者が認識できるように記載されたものでないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件訂正前の請求項1、2、10に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(明確性
本件訂正前の請求項1、2、10に係る発明は、発明特定事項の内容に技術的な欠陥があり、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、本件訂正前の請求項1、2、10に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

2 証拠方法
甲1:国際公開第2013/191140号
甲2:特開2000−144467号公報
甲3:特開平8−100286号公報
甲4:特開2010−111947号公報
甲5:疋田晴夫、改定新版化学工学通論I、初版、第19刷、株式会社朝倉書店、1995年4月20日、第33頁〜第39頁
甲6:吉田広志、特許法における補正・訂正に関する裁判例の分析と提言(2・完)−新規事項追加禁止を中心に−、知的財産法政策学研究、北海道大学情報法政策学研究センター、2009年3月26日、第22号、第87頁〜第136頁
甲7:特開昭51−068477号公報
甲8:特開2014−009385号公報
甲9:特開2016−094650号公報

第5 取消理由について
本件訂正前の請求項1〜19に係る特許に対して、令和 3年 9月27日付けで通知した取消理由通知により、当審が特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
(1)取消理由1(明確性
ア 本件訂正前の請求項1、2、8、10には、「前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さB」と記載されているが、「長さB」とは、「電極室」におけるどことどこの間の「隔壁に垂直な方向の長さ」を意味しているのか不明である。
したがって、本件訂正前の請求項1、2、8、10及び本件訂正前の請求項1、2、8を直接または間接的に引用する本件訂正前の請求項3〜7、9、11〜19に係る発明は、明確でないから、同発明に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

イ 本件訂正前の請求項1、2、10には、「前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積D」と記載されており、「断面積D」が「所与の方向に垂直な面」における「電極室」の領域の面積であって、当該領域は、「電極室」の隔壁に垂直な方向(長さBの方向)における両端部と、「電極室」の所与の方向に垂直かつ隔壁に沿う方向(間隔Cの方向)の両端部とによって囲まれた領域であると認められる。
しかし、
(ア)上記アと同様の理由で、「電極室」の「隔壁に垂直な方向の長さ」(長さB)がどのように定まるのか不明であり、
(イ)「電極室」の所与の方向と垂直かつ隔壁に沿う方向(間隔Cの方向)の距離、すなわち、「所与の方向に垂直な面」のうち「断面積D」を求めるための隔壁に沿う方向の長さは、どことどこの間の長さであるのかも不明である。
そのため、結果として、「断面積D」がどのように定まるのかも不明である。
したがって、本件訂正前の請求項1、2、10及び本件訂正前の請求項1、2、10を直接または間接的に引用する本件訂正前の請求項3〜7、11〜19に係る発明は、明確でないから、同発明に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

ウ 本件訂正前の請求項8には、
「式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す)」
と記載されているが、「D」が何の値を表すのか特定されておらず不明である。
したがって、本件訂正前の請求項8及び本件訂正前の請求項8を引用する本件訂正前の請求項9に係る発明は、明確でないから、同発明に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

エ 本件訂正前の請求項16には、「前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下である」と記載されているが、「リブ」とは、同項が間接的に引用する本件訂正前の請求項1、2に記載された「整流板」と同一の構成であるのか、それとも「リブ」は前記「整流板」とは別の構成であるのかが不明である。
したがって、本件訂正前の請求項16及び本件訂正前の請求項16を直接または間接的に引用する本件訂正前の請求項17〜19に係る発明は、明確でないから、同発明に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

第6 当審の判断
当審は、本件訂正請求により訂正された本件発明について、当審による取消理由はいずれも解消し、また、申立人が主張するその余の申立理由によっても、本件特許を取り消すことはできないと判断する。

1 取消理由1のア(明確性)について
本件訂正によって、本件発明1、2、8、10では、「電極室の」「隔壁に垂直な方向の長さB」が、「前記隔壁と前記隔膜の間」と特定された。
そのため、本件発明1、2、8、10では、電極室の隔壁に垂直な方向の長さBが、隔壁と隔膜の間の長さを意味することが明確になった。
したがって、上記取消理由1のアは、解消した。

2 取消理由1のイ(明確性)について
本件訂正によって、本件発明1、2、10では、
(1)「電極室の」「隔壁に垂直な方向の長さB」が、「前記隔壁と前記隔膜の間」と特定され、
(2)「電極室の」「所与の方向に垂直な面」における「断面積D」が、「整流板で仕切られた」部分であると特定された。
そうすると、本件発明1、2、10では、
(3)「断面積D」を求めるための「電極室の」「隔壁に垂直な方向の長さB」が、隔壁と隔膜の間の長さであること、及び
(4)「所与の方向に垂直な面」のうち「断面積D」を求めるための隔壁に沿う方向の長さは、複数の隣接する整流板同士の間の長さ(間隔C)であること、
が明確となった。
したがって、「断面積D」がどのように定まるのかも、明確となった。
よって、上記取消理由1のイは、解消した。

3 取消理由1のウ(明確性)について
本件訂正によって、本件発明8では、「Dは前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)を示す」ことが特定された。
そのため、本件発明8では、「D」が、電極室の所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)の値を表すことが明確となった。
よって、上記取消理由1のウは、解消した。

4 取消理由1のエ(明確性)について
本件訂正によって、本件発明16では、「前記リブが前記隔壁に取り付けられ且つ前記陰極又は前記陽極と物理的に接続する整流板である」ことが特定された。
そのため、本件発明16では、「リブ」が「整流板」であることが明確となった。
よって、上記取消理由1のエは、解消した。

5 申立理由1のア(進歩性)について
(1)甲1の記載、及び甲1に記載された発明
ア 甲1には、「複極式アルカリ水電解ユニット、及び電解槽」(発明の名称)に関して、次の記載がある。
(ア) 「
【請求項1】
アルカリ水からなる電解液を電解して酸素及び水素を得る電解槽を構成する複極式アルカリ水電解ユニットであって、
前記複極式アルカリ水電解ユニットは、
酸素発生用の多孔質体からなる陽極と、
水素発生用の陰極と、
前記陽極と前記陰極とを区画する導電性隔壁と、
前記導電性隔壁を取り囲む外枠と、を備え、
前記導電性隔壁及び/又は前記外枠の上部には、ガス及び電解液の通過部が設けられており、
前記導電性隔壁及び/又は前記外枠の下部には、電解液の通過部が設けられていることを特徴とする複極式アルカリ水電解ユニット。
【請求項2】
前記陽極又は陰極は、導電性弾性体を介して、前記導電性隔壁に支持されていることを特徴とする請求項1記載の複極式アルカリ水電解ユニット。
【請求項3】
前記陽極又は陰極は、導電性支持体を介して、前記導電性隔壁に支持されていることを特徴とする請求項1記載の複極式アルカリ水電解ユニット。」

(イ) 「
【請求項12】
前記導電性隔壁から延び、少なくとも前記外枠の一部を覆う金属薄板部を備え、
前記外枠は、前記金属薄板部に固定されて一体構造となることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の複極式アルカリ水電解ユニット。
【請求項13】
前記金属薄板部は、前記陽極側で前記外枠に重なる陽極側フランジパンと、前記陰極側で前記外枠に重なる陰極側フランジパンと、を有し、
前記外枠は、前記陽極側フランジパンのフランジ部と前記陰極側フランジパンのフランジ部との間に挟まれており、
前記導電性隔壁の前記陽極側の表面を含む陽極側基準面から前記陽極側フランジパンのフランジ面までの間隔、及び、前記導電性隔壁の前記陰極側の表面を含む陰極側基準面から前記陰極側フランジパンのフランジ面までの間隔が、5mm以上40mm以下であることを特徴とする請求項12記載の複極式アルカリ水電解ユニット。」

(ウ)「
【請求項15】
前記外枠の陽極側表面と隔壁の陽極側表面までの間隔及び前記外枠の陰極側表面と隔壁の陰極側表面までの間隔が、5mm以上40mm以下であることを特徴とする請求項1〜11又は14のいずれか一項に記載の複極式アルカリ水電解ユニット。」

(エ)「
【請求項23】
前記導電性隔壁には、前記陽極、前記陰極、又は前記集電体を固定するためのリブが取り付けられていることを特徴とする請求項19〜21のいずれか一項に記載の複極式アルカリ水電解ユニット。」

(オ)「
【請求項26】
アルカリ水からなる電解液を電解して酸素、及び水素を得るための電解槽であって、
請求項1〜25のいずれか一項に記載の複数の複極式アルカリ水電解ユニットと、
陽極用給電端子及び陽極が設けられた陽極ターミナルユニットと、
陰極用給電端子及び陰極が設けられた陰極ターミナルユニットと、
複数のイオン透過性隔膜と、を備え、
前記複極式アルカリ水電解ユニットは、前記陽極ターミナルユニットと前記陰極ターミナルユニットとの間に配置され、
前記イオン透過性隔膜は、前記陽極ターミナルユニットと前記複極式アルカリ水電解ユニットとの間、隣接して並ぶ複極式アルカリ水電解ユニット同士の間、及び前記複極式アルカリ水電解ユニットと前記陰極ターミナルユニットとの間に配置されることを特徴とする電解槽。」

(カ)「
【0007】
電解により水素を製造する方法としては、アルカリ水電解装置は、他の水電解装置に比べると設備費が安価であること、すでに商業プラントとして実績があることなどから、大規模水素製造装置として期待されている。しかし、再生可能エネルギーのような短時間で電圧や電流が大きく変動する電力を用いて、従来以上に設備コストが安く、性能の良いアルカリ水電解装置とするにはまだ多くの課題がある。
【0008】
アルカリ水電解において、性能を向上させるためには、エネルギーロスを削減することが重要である。エネルギーロスとしては、陰極の過電圧、陽極の過電圧、隔膜のオーム損、電解液によるオーム損、電解セルの構造抵抗によるオーム損などがあげられる。これらのロスを削減し、電解ユニットの構造を改良することにより電解電流密度を高くすることができれば、設備も小型化できるので建設費も大幅に削減できる。しかし、従来のアルカリ水電解の電流密度は「非特許文献2」に示されるように、1340A/m2〜2000A/m2と低く、そのため電解セルの数も多く設備が大型化し、設備コストが高かった。また、バイポーラプレートを用いているので大きな負荷変動のある不安定電源を用いて電解する場合ガス抜けが悪くなる等の可能性もあり、更には電極が劣化する可能性もある。」

(キ)「
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上述の通り、従来の電解槽では、大型のアルカリ水電解ユニットにおいては、不安定な電源を用いて、高電流密度低電圧で安定した電解を行うことが難しばかりでなく、電解槽の組み立てが面倒で、設備コストも高くなり易かった。
【0019】
本発明は、隔壁、電極、外枠を一体で備えることにより高電流密度電解を可能にするだけでなく、電解槽の組み立てを簡便にすることを目的としている。その結果、電極面積が1セル当たり0.1m2から3m2以上の大型電解槽でも安定した電解を行うことができる。また、設備費が安く、安定した電解を行うことのできる複極式アルカリ水電解ユニット、及び電解槽を提供することができる。」

(ク)「
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者等は、鋭意検討した結果、複極式アルカリ水電解ユニットの隔壁を取り囲む外枠を設けることにより3kA/m2以上の高電流密度で電解しても、イオン透過性隔膜や電極(陽極及び陰極)を破損せず、簡便に組みたて可能で、設備費も抑えることができることを知見して本発明に至った。
【0021】
すなわち、本発明の一側面に係る複極式アルカリ水電解ユニットは、アルカリ水からなる電解液を電解して酸素、及び水素を得るための電解槽に組み込まれる複極式アルカリ水電解ユニットであって、酸素発生用の多孔質体からなる陽極と、水素発生用の陰極と、陽極と陰極とを区画する導電性隔壁と、導電性隔壁を取り囲む外枠と、を備え、導電性隔壁及び/又は外枠の上部には、ガス及び電解液の通過部が設けられており、導電性隔壁及び/又は外枠の下部には、電解液の通過部が設けられていることを特徴とする。」

(ケ)「
【0033】
一実施形態においては、導電性隔壁から延び、少なくとも外枠の一部を覆う金属薄板部を備え、外枠は、金属薄板部に固定されて一体構造となっていてもよい。このように、アルカリ水電解ユニットでは、陽極と陰極及び導電性隔壁と外枠とが一体構造となっているので、例えば、複極式アルカリ水電解ユニットを多数配置し、その各々間にイオン透過性隔膜、ガスケットを挟んで電解槽を構成する際に、構成部品が少ない分、電解槽の確実な組み立てを非常に簡便に行うことができる。また、電解槽の組み立てを確実に行えるということは、導電性隔壁、外枠、陽極等で構成される陽極室空間、導電性隔壁、外枠、陰極等により構成される陰極室空間を、精度良く確保し易くなる。また、ガスの滞留の抑制、電解液と発生ガスを抜き出す際の圧力損失の低減にも効果的であり、高電流密度での電解を実現し易くなる。その結果、所望の水素発生量を確保できる電解槽を製造する際のアルカリ水電解ユニットの数を減少でき、設備コストの削減にもつながる。
【0034】
上記構成において、導電性隔壁と陰極又は陽極との間に配置されると共に、導電性隔壁に対して陽極や陰極を移動可能に支持する導電性の弾性体を備えるようにして、ゼロギャップ構造を実現することも可能である。電解槽を形成するために、隣接するアルカリ水電解ユニット同士の間にイオン透過性隔膜を配置し、一方のアルカリ水電解ユニットの陰極と他方のアルカリ水電解ユニットの陽極とでイオン透過性隔膜を挟み付けた場合に、導電性隔壁に対して陰極又は陽極を移動可能に支持する導電性の弾性体を備えることで、陰極、イオン透過性隔膜、及び陽極を均一に密着できる。その結果、発生するガスは陰極や陽極の背面から抵抗なく抜き出せるだけでなく、気泡の滞留や、発生ガスを払い出す際の振動などを防止でき、電解電圧が非常に低い状態で安定した電解が長期間に渡り可能となる。」

(コ)「
【0045】
一実施形態においては、導電性隔壁には、陽極、陰極、又は集電体を固定するためのリブが取り付けられていてもよい。」

(サ)「
【0054】
(電解槽の構成)
図1〜図3及び図11〜図12に示されるように、本実施形態に係る電解槽100は、アルカリ水からなる電解液を電解して酸素、及び水素を得るための装置であり、電解槽100は各部材によって構成される電解セル101を備え、電解セル101は、タイロッド15(図2参照)で締め付けられることで各部材が一体化されている。
【0055】
電解セル101は、端からプレスフランジ5、プレスフランジガスケット6、及び陽極ターミナルユニット8が順番に並べられ、更に、陽極ガスケット9、イオン透過性隔膜10、陰極ガスケット11、複極式アルカリ水電解ユニット12が、この順番で並べて配置されている。陽極ガスケット9から複極式アルカリ水電解ユニット12までは、設計生産量に必要な数だけ繰り返し配置される。なお、図2では、繰り返し配置される陽極ガスケット9、イオン透過性隔膜10、陰極ガスケット11、及び複極式アルカリ水電解ユニット12のうち、便宜的にイオン透過性隔膜10、及び複極式アルカリ水電解ユニット12のみを示している。
【0056】
陽極ガスケット9から複極式アルカリ水電解ユニット12までを必要数だけ繰り返し配置した後(図1参照)、再度、陽極ガスケット9、イオン透過性隔膜10、陰極ガスケット11を並べて配置し、最後に陰極ターミナルユニット13、絶縁プレート41、エンドプレスフランジ14をこの順番で配置して電解セル101が構成される。電解セル101は、全体をタイロッド15で締め付けることにより一体化され、電解槽100となる。電解セル101を構成する配置は、陽極側からでも陰極側からでも任意に選択でき、本実施形態の順序に限定されるものではない。つまり、電解セル101は、複極式アルカリ水電解ユニット12が陽極ターミナルユニット8と陰極ターミナルユニット13との間に配置され、イオン透過性隔膜10は、陽極ターミナルユニット8と複極式アルカリ水電解ユニット12との間、隣接して並ぶ複極式アルカリ水電解ユニット12同士の間、及び複極式アルカリ水電解ユニット12と陰極ターミナルユニット13との間に配置された態様を具現化している。」

(シ)「
【0061】
(複極式アルカリ水電解ユニット)
第1実施形態に係る複極式アルカリ水電解ユニット(以下、「電解ユニット」という)12について、図4、及び図5を参照して詳しく説明する。図4は電解ユニット12の平面図であり、図5は図4のV−V線断面図である。電解ユニット12は、陽極18側と陰極19側とを区画する円板状の導電性隔壁(以下、「隔壁」という)22を備え、隔壁22の外縁に沿って、隔壁22を取り囲むように環状の外枠フレーム(外枠)16が配置されている。
【0062】
隔壁22の外周には、隔壁22から延びて外枠フレーム16の一部を覆うように当接する陽極側フランジパン23が設けられている。また、隔壁22の外周には、隔壁22から延びて外枠フレーム16の一部を覆うように当接する陰極側フランジパン24が設けられている。陽極側フランジパン23と陰極側フランジパン24とによって、外枠フレーム16に取り付けられる金属薄板部102が構成される。
・・・
【0068】
図4、及び図5に示されるように、隔壁22の上部において、陽極側フランジパン23の内側(下方)には、陽極上部カバープレート28Aが設けられている。陽極上部カバープレート28Aは、陽極側フランジパン23に沿った弓型(円弧と弦とで形成される形状)のカバー本体28aと、カバー本体28aの下端で屈曲して隔壁22に当接する出口壁28bとを有し、出口壁28bには陽極上部孔42Aが形成されている。陽極側フランジパン23と、隔壁22と、陽極上部カバープレート28Aとにより陽極室出口空間部17Aが形成されている。陽極上部孔42Aは陽極室103の上部に連通している。
【0069】
同様に、隔壁22の上部において、陰極側フランジパン24の内側(下方)には、陰極上部カバープレート28Bが設けられている。陰極上部カバープレート28Bは、陰極側フランジパン24に沿った弓型(円弧と弦とで形成される形状)のカバー本体28cと、カバー本体28cの下端で屈曲して隔壁22に当接する出口壁28dとを有し、出口壁28dには陰極上部孔42Bが形成されている。陰極側フランジパン24と、隔壁22と、陰極上部カバープレート28Bとにより陰極室出口空間部17Bが形成されている。陰極上部孔42Bは陰極室105の上部に連通している。
【0070】
また、隔壁22の下部において、陽極側フランジパン23の内側には、陽極下部カバープレート33Aが設けられている。陽極下部カバープレート33Aは、陽極側フランジパン23に沿った弓型(円弧と弦とで形成される形状)のカバー本体33aと、カバー本体33aの上端で屈曲して隔壁22に当接する入口壁33bとを有し、入口壁33bには陽極下部孔43Aが形成されている。陽極側フランジパン23と、隔壁22と、陽極下部カバープレート33Aとにより陽極室入口空間部25Aが形成されている。陽極下部孔43Aは陽極室103の下部に連通している。
【0071】
同様に、隔壁22の下部において、陰極側フランジパン24の内側(上方)には、陰極下部カバープレート33Bが設けられている。陰極下部カバープレート33Bは、陰極側フランジパン24に沿った弓型(円弧と弦とで形成される形状)のカバー本体33cと、カバー本体33cの上端で屈曲して隔壁22に当接する入口壁33dとを有し、入口壁33dには陰極下部孔43Bが形成されている。陰極側フランジパン24と、隔壁22と、陰極下部カバープレート33Bとにより陰極室入口空間部25Bが形成されている。陰極下部孔43Bは陰極室105の下部に連通している。


(ス)「
【0078】
隔壁22には陽極リブ20と陰極リブ21が取り付けられている。陽極リブ20と陰極リブ21には、陽極18又は陰極19を支えるだけでなく、電流を隔壁22から陽極18又は陰極19へ伝える役割があるので、一般的に導電性の金属が用いられる。例えば、ニッケルメッキを施した軟鋼、ステンレススチール、ニッケル等が利用できる。また陽極リブ20及び陰極リブ21の厚みも、コストや製作性、強度等も考慮して0.5mm〜5mmの範囲から選ばれる。
【0079】
隣接する陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔は、電解圧力や陽極室103と陰極室105の圧力差等を勘案して決められる。陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔が狭すぎれば電解液やガスの流動を阻害するだけでなくコストも高くなる欠点がある。また広すぎると、陽極室103と陰極室105とのわずかな差圧で保持している電極(陽極18や陰極19)が変形したり、陽極リブ20や陰極リブ21の数が少なくなることによる電気抵抗が増したりするなどの欠点が生じる。したがって通常、50mm〜150mmの範囲で決めるのが好ましい。陽極リブ20や陰極リブ21の隔壁22への取り付けについてはレーザー溶接やTig溶接方法等が用いられる。」

(セ)「
【0083】
陽極室103は、陽極側フランジパン23の周壁部23a、隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び陽極18によって形成され、これらの寸法、形状によって容積が決まる。また、陰極室105は、陰極側フランジパン24の周壁部24a、隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び陰極19によって形成され、これらの寸法、形状によって容積が決まる。
【0084】
アルカリ水の電解運転中は、陽極18及び陰極19からガスが発生することもあり、陽極室103、及び陰極室105内は、ガスと液で満たされる。そのガスと液の比(ガス液比)は、電流密度が高くなればなるほど大きくなる。また、陽極18及び陰極19の容積が小さいほどガス液比は大きくなる傾向がある。ガス液比が大きくなりすぎると電解液の循環が悪くなり、陽極室103、及び陰極室105内にガスゾーンが生じ、電気抵抗を増大させる可能性がある。更には、ガスの透過量を増大させる等の悪影響が生じ、電圧の上昇やガス純度の低下などにつながる可能性がある。
【0085】
そのため、陽極室深さ、及び陰極室深さは、設計電解条件に応じて決定することが望ましい。陽極室深さや陰極室深さが深くなり過ぎると、多数の電解ユニット12を直列に配置した場合、電解槽100が長くなり大きなスペースが必要になるだけでなく、設備費も高くなる。また浅過ぎれば、ガス液比が高くなりすぎ、先に述べたような悪影響が生ずる。ここで、陽極室深さは、隔壁22の陽極18側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Da(図3、及び図6参照)であり、陰極室深さは、隔壁22の陰極19側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Fa(当審注:Fbの誤記である。)までの間隔Dbである。そして、陽極室深さを示す間隔Da、及び陰極室深さを示す間隔Dbとしては、5mm〜40mmの範囲が好ましく、10mm〜20mmが最も好ましい。」

(ソ)「
【0142】
通常のアルカリ水電解においては、イオン透過性膜と、陽極や陰極との間には隙間がある。そのため、この部分には電解液の他に大量の気泡が存在し、電気抵抗が非常に高くなっている。電解セルにおける大幅な電解電圧の低減を図るためには、陽極と陰極の間隔(以下、「極間距離」と言う)を出来るだけ小さくして、陽極と陰極の間に存在する電解液やガス気泡の影響をなくすことが最も効果的である。しかるに従来は、極間距離は1〜3mm程度が普通であった(以下、この程度の極間距離を有する電解セルを「ファイナイトギャップ電解セル」と言う)。極間距離を小さくするための手段は既にいくつか提案されているが、大型の電解槽においては、一般に1m2以上の通電面積を有しており、陽極と陰極を完全に平滑にして製作精度の公差をほぼゼロmmとすることは不可能である。従ってただ単に極間距離を小さくしていくだけでは、陽極と陰極の間に存在するイオン透過性隔膜を電極により押し切ることがあった。また無理に極間距離を近づけても、電極全面にわたり極間距離がイオン透過性隔膜の厚みとほぼ同じ距離で、陽極とイオン透過性隔膜、陰極とイオン透過性隔膜の間に隙間の殆ど無い状態(以下「ゼロギャップ」と言う)に保つことのできる精度で製作することは難しく、理想的なゼロギャップは得られなかった。」

(タ)「
【0145】
次に、第2の実施形態に係る電解ユニット120について、図8〜図10を参照して説明する。電解ユニット120は、上述のゼロギャップ構造を実現可能な形態である。なお、第2の実施形態に係る電解ユニット120において、上述の電解ユニット12と同様の要素や部材については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0146】
電解ユニット120では、陽極39の剛性を陰極38に比べて強くしておき、特にイオン透過性隔膜10を押しつけても変形の少ない構造としている。一方で、陰極38については、イオン透過性隔膜10を押しつけると変形する柔軟な構造とすることで、電解セル101の製作精度上の公差や電極(陽極39、陰極38)の変形等による凹凸を吸収してゼロギャップを保つような構造としている。
【0147】
具体的には、陰極リブ21の先端に集電体36を取り付け、その集電体36の上面側、つまり、隔壁22側とは反対となる側に導電性のクッションマット(クッションマット層)37を取り付け、さらに、その上面側、つまり、クッションマット37に隣接してイオン透過性隔膜10側となる部分に0.5mm以下の厚みのゼロギャップ用の陰極38を重ねた少なくとも3層構造になっている。本実施形態では、集電体36とクッションマット37とによって弾性体が構成される。」

(チ)「
【0167】
また、上述の第1実施形態の変形例に係る電解ユニット12A,12Bや第2実施形態に係る電解ユニット120のように、ゼロギャップ構造を採用することにより、陰極19,38、イオン透過性隔膜10、及び陽極18,39を均一に密着できる。その結果、発生するガスは陰極19,38や陽極18,39の背面から抵抗なく抜き出せるだけでなく、気泡の滞留や、発生ガスを払い出す際の振動などを防止でき、電解電圧が非常に低い状態で安定した電解が長期間に渡り可能となる。」

(ツ)「
【0199】
(実施例3)
電解ユニット12の代わりに図8〜図10に示される第2実施形態と同様な電解ユニット120を3セル使用し、図1の如く一方の端にプレスフランジ5、プレスフランジガスケット6、陽極ターミナルユニット8を配置し、もう一方の端には、陰極ターミナルユニット13、絶縁プレート41を取り付けたエンドプレスフランジ14を配列し、図2と同様な電解槽100を組み立てた。
【0200】
電解ユニット12は外径700mmの円形で、陽極18及び陰極19の面積は0.25m2とした。また、陽極室103の深さ(陽極室深さ)は15mm、陰極室105の深さ(陰極室深さ)は15mmとし、陽極側フランジパン23、陰極側フランジパン24の材質を、いずれもニッケルとした。高さ15mm、厚み1.5mmのニッケル製の陽極リブ20と、高さ13.5mm、厚み1.5mmのニッケル製の陰極リブ21を溶接により取り付けたニッケル製の隔壁22の厚みは1mmとした。
【0201】
電解ユニット12に装着した陽極39には、厚さ1.5mmのニッケルのエキスパンドメタルをロールによりプレスして1.0mm厚みに平滑化した基材上にプラズマ溶射により酸化ニッケルをコーティングして、電極の厚みを1.5mmとした。
【0202】
ゼロギャップモジュール(ゼロギャップ構造)としては図8の構造とした。即ち、集電体36としてニッケルエキスパンドメタルで厚み1.2mm、開口部の横方向長さ8mm、縦方向長さ5mmのものを用いた。クッションマット37として、0.1mmのニッケルワイヤー4本を用いて織物とし、更に波型に加工して厚さ9mmのものを、集電体上に5ヵ所スポット溶接して固定した。ゼロギャップ用の陰極38としては、線形0.15mmで40メッシュのニッケル製金網に酸化ルテニウムを主成分としたコーティングを3ミクロン施したものを用いた。
【0203】
電解ユニット12の陽極39側の上部には、幅3mm、長さ10mmの角形の陽極上部孔42Aを設けた厚さ3mmのニッケル製の陽極上部カバープレート28Aを取り付けた。また陰極38側の上部には、幅3mm、長さ10mmの角形の陰極上部孔42Bを設けた厚さ3mmのニッケル製の陰極上部カバープレート28Bを取り付けた。
【0204】
陽極上部カバープレート28A及び陰極上部カバープレート28Bには、断面積相当径70mm、内面を0.5mm厚みEPDMゴムでコーティングの陽極液及びガス通過パイプ31及び陰極液及びガス通過パイプ32を設け、陽極液・ガス排出孔34及び陰極液・ガス排出孔35として幅10mm、長さ50mmのスリットを設けた。隔壁22にも、上部に陽極液、陰極液、ガスが通過するための開口部を、陽極液及びガス通過パイプ31と陰極液及びガス通過パイプ32と同じ位置に同じ大きさで設けた。
【0205】
このような電解槽100に、イオン透過性隔膜10として当量重量950g/eqのフッ素系スルホン酸膜でPTFE芯材を有する厚み200ミクロンのイオン交換膜を装着し、23%NaOHを電解液として、80℃、電流密度2kA/m2〜6kA/m2で1週間電解し、電圧と水素ガス純度を測定した。水素ガス純度は、ガスクロマトグラフィー法により測定した。
【0206】
表3に結果を示した。6kA/m2の高電流密度においても、急激な電圧上昇もなく安定した電解ができるだけでなく電解電圧も低かった。
【表3】




(テ)「
【図1】




(ト)「
【図2】




(ナ)「
【図3】




(ニ)「
【図4】




(ヌ)「
【図5】



(ネ)「
【図8】



(ノ)「
【図9】



(ハ)「
【図10】


イ 甲1に記載された発明
(ア)上記ア(ア)〜(ク)によれば、甲1に記載された発明は、大型のアルカリ水電解ユニットにおいて再生可能エネルギーのような負荷変動のある不安定電源を用いる場合に、高電流密度低電圧で安定した電解を行うことが難しいという課題を解決することを目的とし、複極式アルカリ水電解ユニットの隔壁を取り囲む外枠を設けることにより前記目的を達成することを意図するものである。

(イ)そして、上記ア(ア)〜(オ)及び(ケ)〜(ハ)、特に、第2の実施形態及びその実施例である上記ア(ソ)〜(ツ)及び(ネ)〜(ハ)によれば、上記(ア)の目的を達成する構成として、酸素発生用の多孔質体からなる陽極39と、水素発生用の陰極38と、陽極39と陰極38とを区画する隔壁22と、隔壁22を取り囲む出口壁28b、28d及び入口壁33b、33dと、隔壁22に取り付けられている、高さ15mm、厚み1.5mmの陽極リブ20及び高さ13.5mm、厚み1.5mmの陰極リブ21と、陰極リブ21と陰極38の間に位置する集電体36及びクッションマット37と、隔壁22から延びて外枠フレーム16の一部を覆うように当接する陽極側フランジパン23及び陰極側フランジパン24と、を備える複極式アルカリ水電解ユニット120と、複極式アルカリ水電解ユニット120同士の間に配置され陰極38及び陽極39と密着するイオン透過性膜10と、陽極側フランジパン23の周壁部23a、隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び陽極38によって形成された陽極室103と、陰極側フランジパン24の周壁部24a、隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び陰極39によって形成された陰極室105とを有し、イオン透過性膜10、陰極38、及び陽極39がゼロギャップ構造を形成し、隣接する陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔が、50mm〜150mmの範囲であり、隔壁22の陽極39側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Daである陽極室103の深さは15mmであり、隔壁22の陰極19側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Faまでの間隔Dbである陰極室105の深さは15mmであり、隔壁22及び/又は外枠16の上部には、ガス及び電解液の通過部が設けられており、隔壁22及び/又は前記外枠16の下部には、電解液の通過部が設けられている電極槽100が記載されていると認められる。

(ウ)また、上記ア(ア)〜(オ)及び(ケ)〜(ハ)、特に、第2の実施形態及びその実施例である上記ア(ソ)〜(ツ)及び(ネ)〜(ハ)によれば、上記(ア)の目的を達成する構成として、上記(イ)の電解槽100を用いて、23%NaOHアルカリ水を電解液として電解し、水素を製造する水電解方法、又は水素製造方法が記載されていると認められる。

(エ)そうすると、甲1には、以下の発明(それぞれ、「甲1−1発明」〜「甲1−3発明」という。)が記載されていると認められる。
a 甲1−1発明

酸素発生用の多孔質体からなる陽極39と、
水素発生用の陰極38と、
前記陽極39と前記陰極38とを区画する隔壁22と、
前記隔壁22を取り囲む出口壁28b、28d及び入口壁33b、33dと、
を備える複極式アルカリ水電解ユニット120同士が、イオン透過性膜10を挟んで重ね合わせられ、
前記イオン透過性膜10が前記陽極39及び前記陰極38が密着してゼロギャップ構造を形成し、
陽極側フランジパン23の周壁部23a、前記隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び前記陽極38によって形成された陽極室103と、
陰極側フランジパン24の周壁部24a、前記隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び前記陰極39によって形成された陰極室105と、
隔壁22に取り付けられおり、高さ15mm、厚み1.5mmの陽極リブ20及び高さ13.5mm、厚み1.5mmの陰極リブ21と、
を有し、
隣接する陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔が、50mm〜150mmの範囲であり、
隔壁22の陽極39側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Daである陽極室103の深さは15mmであり、
隔壁22の陰極38側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Faまでの間隔Dbである陰極室105の深さは15mmである、
アルカリ水電解用電極槽100。」

b 甲1−2発明

酸素発生用の多孔質体からなる陽極39と、
水素発生用の陰極38と、
前記陽極39と前記陰極38とを区画する隔壁22と、
前記隔壁22を取り囲む出口壁28b、28d及び入口壁33b、33dと、
を備える複極式アルカリ水電解ユニット120同士が、イオン透過性膜10を挟んで重ね合わせられ、
前記イオン透過性膜10が前記陽極39及び前記陰極38が密着してゼロギャップ構造を形成し、
陽極側フランジパン23の周壁部23a、前記隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び前記陽極38によって形成された陽極室103と、
陰極側フランジパン24の周壁部24a、前記隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び前記陰極39によって形成された陰極室105と、
隔壁22に取り付けられおり、高さ15mm、厚み1.5mmの陽極リブ20及び高さ13.5mm、厚み1.5mmの陰極リブ21と、
を有し、
隣接する陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔が、50mm〜150mmの範囲であり、
隔壁22の陽極39側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Daである陽極室103の深さは15mmであり、
隔壁22の陰極38側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Faまでの間隔Dbである陰極室105の深さは15mmである、
アルカリ水電解用電極槽100を用いて、23%NaOHアルカリ水を電解液として電解を行う水電解方法。」

c 甲1−3発明

酸素発生用の多孔質体からなる陽極39と、
水素発生用の陰極38と、
前記陽極39と前記陰極38とを区画する隔壁22と、
前記隔壁22を取り囲む出口壁28b、28d及び入口壁33b、33dと、
を備える複極式アルカリ水電解ユニット120同士が、イオン透過性膜10を挟んで重ね合わせられ、
前記イオン透過性膜10が前記陽極39及び前記陰極38が密着してゼロギャップ構造を形成し、
陽極側フランジパン23の周壁部23a、前記隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び前記陽極38によって形成された陽極室103と、
陰極側フランジパン24の周壁部24a、前記隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び前記陰極39によって形成された陰極室105と、
隔壁22に取り付けられおり、高さ15mm、厚み1.5mmの陽極リブ20及び高さ13.5mm、厚み1.5mmの陰極リブ21と、
を有し、
隣接する陽極リブ20同士の間隔、又は隣接する陰極リブ21同士の間隔が、50mm〜150mmの範囲であり、
隔壁22の陽極39側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Daである陽極室103の深さは15mmであり、
隔壁22の陰極38側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Faまでの間隔Dbである陰極室105の深さは15mmである、
アルカリ水電解用電極槽100を用いて、23%NaOHアルカリ水を電解液として電解し、水素を製造する水素製造方法。」

(2)甲2の記載事項
ア 甲2には、以下の事項が記載されている。
(ア)「
【請求項1】
電極とリブ間、若しくは電極と隔壁間を、屈曲した板ばね部材で結合する可動性の電極を設けた電解槽において、板ばね屈曲部からリブと板ばね結合部、若しくは隔壁と板ばね結合部までの長さをL2、該屈曲部から電極と板ばね結合部までの長さをL1としたときに、L1/L2の値が0.2〜0.9の範囲であることを特徴とする電解槽」

(イ)「
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はイオン交換膜法電解槽に関するものであり、さらには電極間距離を短くして電解電圧を低減させる電解槽に関するものである。
【0002】
【従来の技術】イオン交換膜法電解槽は、海水の電気透析による食塩製造や、食塩の電気分解による苛性ソーダと塩素の製造等に広く用いられている。この中で、食塩の電気分解により、苛性ソーダと塩素を得る塩素アルカリ食塩電解法を例にとると、図7に示すように、イオン交換膜11を挾んで陰極12と陽極14とを設け、陰極12の側に陰極リブ13および隔壁6を備え、陽極14の側に陽極リブ15および隔壁6を備えたものである。電解槽には通常3〜5キロアンペア/m2の非常に大きな電流をイオン交換膜を挟んだ陽極と陰極の間に通電して、食塩水を電気分解している。」

(ウ)「
【0004】電解電圧を低減させるためには、イオン交換膜を挟んで、電極間距離をできるだけ短くすることが望ましい。しかし、陰極、陽極の両電極の製作精度と、電解室枠の組立て精度の限界、および運転時の加熱による熱変形歪みにより、陽極と陰極に挾んで設置しているイオン交換膜に電極を接触させず損傷を与えない平均電極間距離は、2mm〜3mm以上となることが通常である。よって電解電圧を低減するために平均電極間距離を特に2mm以下に短縮すると、電極がイオン交換膜に局所的に押し付けられ、イオン交換膜を局所的に押しつぶしたり、電極がイオン交換膜とこすれることでイオン交換膜に切り傷やピンホールなどの損傷を与え、運転が不能となる場合が多い。このため電極とイオン交換膜とを実質的に接触させたり、あるいは、極めて短い距離に電極間を保持するために、電解槽の電極とリブ間、あるいは電極と隔壁間を板ばね部材で結合する方法が提案されている。例えば、特開平5−306484号公報に示す如く、電極と電解槽の隔壁若しくはリブを櫛状の板ばね部材で結合する方法や、特開昭58−37183号公報に示す如く、電極の支持構造を穿孔され外側へ屈曲された先端部を有する平面可撓型押圧部材で形成する方法、特公昭62−3236号公報に示す如く、可撓性の空隙性電極を板ばね等の導電性支持体で支持する方法が提案されている。」

(エ)「
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、電極間距離を短くし、電極とイオン交換膜とを実質的に接触させた場合でも、イオン交換膜の損傷を生じることなく、電解電圧を低減できる電解槽を提供することを目的とする。


(オ)「
【0010】図1は、本発明の方法によって、電極とリブ間を屈曲した板ばね部材で結合した電解槽の一部を切り取った斜視図である。電極4とリブ5を板ばね2で結合してある。図2は、本発明の電解槽の一部を切り取った断面図である。図3は、本発明の電解槽の一実施形態を示す断面図であり、リブを使用せず、電極4と隔壁6を直接板ばね2で結合してある。例えば、陰極側に板ばねを設ける場合、電流は電極(陰極)4から板ばね2を通り、隔壁6へ流れ込む。
【0011】図4は板ばね部材の断面図であり、板ばねは屈曲角度θで曲げられている。板ばね屈曲部3からリブと板ばね結合部8、若しくは隔壁と板ばね結合部9までの長さをL2、該屈曲部3から電極と板ばね結合部7までの長さをL1とすると、L1/L2の値を0.2〜0.9の範囲に設定することが好ましく、さらに好ましくは、0.4〜0.6の範囲に設定するのが良い。最も好ましくはL1/L2の値を0.53とすることで、この場合はイオン交換膜に対する電極の水平方向の変位を完全になくすことができる。」

(カ)「
【0021】実施例1
電解面積が1.2m×2.4mの大きさの電極エレメントを製作し電解槽を組み立てた。陽極はチタン製で、ロールで圧延し平滑化したエキスパンドメタルの表面にルテニウム、イリジウム、チタニウムからなる塗布液を被覆したものを使用し、チタン製リブ(肉厚1.5mm)に電気抵抗スポット溶接により、接続固定した。リブの間隔は95mmになるようにした。陰極はニッケル製で、ロールで圧延し平滑化した基材肉厚0.5mmのエキスパンドメタルに酸化ニッケルを主成分とした粉末を溶射により被覆した活性陰極を使用した。図3の実施形態に示すように、陰極と陰極室隔壁をニッケル製の板ばね部材で電気抵抗スポット溶接により結合した。板ばねの肉厚は0.2mmとし、陰極と板ばね結合部から板ばね屈曲部までの長さを17mm、該屈曲部から陰極室隔壁と板ばね結合部までの長さを32mm、即ち板ばね全長を49mmとし、板ばね屈曲角度は59度とした。板ばねには、板ばね屈曲部から隔壁と板ばね結合部までの間に、Φ10mmの孔を50mmピッチで設けた。陽極室圧力に対し、陰極室圧力を水柱30cm高く保ち、陽極とイオン交換膜とを密着させた状態とし、陰極とイオン交換膜も密着させ、電極間距離を0mmとした。イオン交換膜は旭化成工業(株)のアシプレックスF4203を使用した。電解温度を90℃、苛性ソーダ濃度を32%とし、電流密度は4.0kA/m2の条件で電解を行った。14日間の電解を行った結果の電解電圧は、2.940Vであった。電解終了後、電解槽を分解しイオン交換膜を観察した結果、損傷は全く見られなかった。」

(キ)「
【図1】



(ク)「
【図2】



(ケ)「
【図3】



(コ)「



(3)甲3の記載事項
ア 甲3には、以下の事項が記載されている。
(ア)「
【請求項1】それぞれ背板とメッシュ状の極板とを間隔を置いてほぼ平行に配置してなる陽極室枠と陰極室枠とをその背板を背中合わせにして結合してなる室枠体をイオン交換膜を挾んで複数配置し締め付けてなる複極型イオン交換膜電解槽において、各陽極室枠と陰極室枠の極板より上の背板の上方部分が逆U字形になるようにそれぞれ外側に曲げられ、その逆U字形部分内にU字形の樋状部材が背板と間に通路となる隙間が設けられるように配置固定され、逆U字形部分とU字形の樋状部材で区画される部分が気液分離室となっていることを特徴とする複極型イオン交換膜電解槽。」

(イ)「
【0006】塩化アルカリ電解槽の場合、陽極室31内では塩素ガスが発生し、また陰極室41内では水素ガスが発生し、ガスが液相中に混じった気液混相流が各極室内を上昇し、各極室の上方に設けられた気液分離器29で気相と液相とに分離されてそれぞれ排出口28、28aから極室外に排出される。」

(ウ)「
【0008】
【発明が解決しようとする課題】複極型イオン交換膜電解槽では気液混相流の排出がスムースに行われないと、極室内の上方にガスだまりが生じ、これは極室内に圧力変動を生じさせ、電圧変動の原因にもなる。さらに極室内での圧力変動により隣接するイオン交換膜が振動して極板との接触をくり返してイオン交換膜の劣化を引き起こす原因となる。従って気液分離器で気体と液体とを速やかに分離して極室外に排出する必要があり、気液分離器の性能は重要である。」

(エ)「
【0011】本発明は、極室内の圧力の変動、イオン交換膜の劣化、極室内における電圧変動が生じにくい気液分離器を有する、複極型イオン交換膜電解槽を提供することを目的としている。」

(オ)「
【0016】図1〜図3のように、本発明の複極型イオン交換膜電解槽の室枠体1は陽極室枠2と陰極室枠3とを背中合わせに配置し結合したものからなる。陽極室枠2は背板5と、これとほぼ平行に配置されたメッシュ状の陽極板6とよりなり、陽極側背板5と陽極板6との間には間隔を保持するために支持部材7が配置されている。支持部材7には所どころに極液を流通させる孔7aが穿たれている。一方、陰極室枠3も陰極側背板3aと、陰極板3bと、支持部材3cとからなる。なお4はガスケット、1aはイオン交換膜である。」

(カ)「
【0024】各極室枠2、3の大きさは正面(図6)から見た場合、例えば横240cm、縦120cm、幅(厚さ)2cm程度で、気液分離室11の大きさは、外枠9の外側部9cの長さが例えば60mm、上部9bの幅が例えば20mm程度である。樋状部材10の内側部10aの上端と外枠9の上部9bとの間の、入口14となる間隙の寸法Aは10mm程度になされている。寸法Aは気液分離室11の高さの5〜30%が好ましく、更に好ましくは10〜20%がよい。」

(キ)「
【0028】
【実施例】
<実施例1>本発明の気液分離器を備えた陽、陰極室枠からなる室枠体を用いた複極型イオン交換膜電解槽にて電解試験を実施し、陽極室枠内の圧力変動値を測定した。各極室枠の極板の寸法は幅240cm、高さ120cmで、陽極板には板厚1.7mmのチタンエキスパンドメッシュ、陰極板には板厚1.2mmのニッケルパンチドメッシュを用いた。陽極側背板には厚み1.2mmのチタン板、支持部材には厚み2.0mm、幅30mmのチタン板を用いた。支持部材は縦方向に等間隔で24本背板と極板に溶接して固定した。また陰極側背板には厚み1.2mmのニッケル板、支持部材は厚み1.0mm、幅30mmのニッケル板を用いた。支持部材は電解面の縦方向に等間隔で24本背板と極板に溶接して固定した。」

(ク)「
【図1】




(ケ)「
【図2】



(コ)「
【図3】



(サ)「
【図6】




(4)甲4の記載事項
ア 甲4には、以下の事項が記載されている。
(ア)「
【請求項1】
複極式ファイナイト電解セルから複極式ゼロギャップ電解セルを製造する方法であって、該複極式ファイナイト電解セルは、陽極を有する陽極室と陰極を有する陰極室とが背中合わせに配置されており、
前記陰極を導電性プレートとして設定することと、
前記導電性プレートの上にクッションマット層を重ねて設けることと、
前記クッションマット層の上に新たな陰極を重ねて設け、かつ
新たな陰極は、隣接した電解セルの間に配置される陽イオン交換膜と接触するように位置させること、
とを特徴とする製造方法。」

(イ)「
【0001】
本発明は、陽イオン交換膜を用いて塩化アルカリ水溶液を電解する複極式ゼロギャップ電解セルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高電流効率、低電圧で高純度のアルカリ金属水酸化物を生産するためのイオン交換膜法塩化アルカリ電解セルについては、多くの提案がなされている。その中でイオン交換膜を挟んで陽極と陰極が接触している形式のゼロギャップに関するものも提案されている。」

(ウ)「
【0006】
これらの単位電解セルは、単位電解セルと一体となった気液分離室もなく、液及びガスを気液混相のまま上部に抜き出しているため単位電解セル内に振動が発生しイオン交換膜を破損するなどの欠点があった。更に内部に電解液を混合する工夫がなされておらず、そのために電解室内の電解液の濃度分布を均一にするため多量の電解液を循環しなければならない欠点がある。」

(エ)「
【0011】
本発明は、高電流密度のもとに安定した電解を、簡単、確実な構造で可能にする複極式ゼロギャップ電解セルの製造方法を提供することを目的とする。
より詳細には、本発明の目的は、ゼロギャップ型のイオン交換膜法電解槽を用いて、4kA/m2以上の高電流密度で電解する場合、イオン交換膜の破損しにくいゼロギャップ構造を有していて、且つ陽極液と陰極液が一定範囲内の濃度分布を持ち、セル内圧の変動の少ない長期間安定して電解できる複極式ゼロギャップ電解セルの製造方法を提供することである。
本発明の他の目的は、上記目的に加えて、電解セル内のガス振動によるイオン交換膜の破損を防いで長期間安定した電解を可能にする複極式ゼロギャップ電解セルの製造方法を提供することである。」

(オ)「
【0016】
この電解セルは、陽極室と、陽極室に設けた陽極であって、開口率25%から75%のチタン製エクスパンデッドメタルまたはチタン製金網を含む陽極基材で形成され、該陽極基材への触媒の塗布後に、陽極表面上の凹凸の高低差が最大で5μmから50μmであり、厚みが0.7mmから2.0mmである陽極と、陽極室と背中合わせに配置した陰極室と、重ねた少なくとも2つの層を陰極室に有する陰極であって、これらの層が導電性クッションマット層と、水素発生用陰極の層とを含み、該水素発生用陰極層がクッションマット層に隣接するとともに、前記陽イオン交換膜に接触する領域に配置されている陰極とを備えることを特徴とする。
【0017】
上記構成は、陽極とイオン交換膜と陰極の間に適切なゼロギャップを保ち、発生ガスの通過させることによって、イオン交換膜の破損とセル内圧の変動が少なく、安定した電解を長期間に渡って行うことを可能にする。」

(カ)「
【0030】
導電性プレート3は、その上に積層されるクッションマット2や水素発生用陰極1へ電気を伝えるとともに、それらから受ける荷重を支え、陰極から発生するガスを隔壁5側に支障なく通過させる役割がある。従って、この導電性プレートの形状は、エクスパンドメタルや打ち抜き多孔板などが好ましい。開口率は、陰極から発生した水素ガスを支障なく隔壁側に抜き出せるために40%以上あることが好ましい。強度については、リブ4とリブ4の間隔が100mmの場合、その中央部に3mH2Oの圧力がかかっても0.5mm以下の撓みであれば導電性プレートとして使用できる。材質は、耐食性の面からニッケル、ニッケル合金、ステンレススチール、鉄などが利用できるが、導電性の面からニッケルが最も好ましい。」

(キ)「
【0069】
複極式ゼロギャップ電解セル30は、横幅が2400mm、高さが1280mmで、陽極室と、陰極室と、気液分離室7とを有する。陽極室および陰極室は、それぞれ平鍋状の隔壁5によって形成されて、背中合わせに配置される。これら陽極室および陰極室は、隔壁5の上部に設けた折曲部18にフレーム材22を挿入して組み合わされている。各気液分離室は、高さHのL字状仕切部材16を隔壁5に固定して、各電極室の上部に画定されている。」

(ク)「
【図1】



(5)甲5の記載事項
ア 甲5には、以下の事項が記載されている。
(ア)「



(イ)「



(6)本件発明1と甲1−1発明との対比及び判断
ア 甲1−1発明の「酸素発生用の多孔質体からなる陽極39」、「水素発生用の陰極38」、「前記陽極39と前記陰極38とを区画する隔壁22」、「アルカリ水電解用電極槽100」は、それぞれ、本件発明1の「陽極」、「陰極」、「前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁」、「前記隔壁を縁取る外枠」、「電解槽」に相当する。

イ 本件明細書等の段落【0029】によれば、本件発明1の「外枠」は、隔壁の外縁に沿って隔壁を取り囲むように設けられるとされている。そうすると、本件発明1における「隔壁を縁取る外枠」とは、隔壁の外縁部において隔壁を取り囲むことを意味するといえる。
一方、甲1−1発明の出口壁28b、28d及び入口壁33b、33dは、上記(1)ア(ヌ)から、隔壁22の外縁部において、隔壁22を取り囲むように設けられていることが理解される。
したがって、甲1−1発明の「前記隔壁22を取り囲む出口壁28b、28d及び入口壁33b、33d」は、本件発明1の「前記隔壁を縁取る外枠」に相当するといえる。

ウ 甲1−1発明では、陽極39、陰極38、隔壁22、及び外枠16を備える複極式アルカリ水電解ユニット120同士が、イオン透過性膜10を挟んで重ね合わせられていることから、前記複極式アルカリ水電解ユニット120が複数存在することは明らかである。また、本件明細書等の段落【0094】によれば、本件発明1の「隔膜」には、「イオン透過性の膜」が使用されると記載されている。そうすると、甲1−1発明における「複極式アルカリ水電解ユニット120」、「イオン透過性膜10」は、それぞれ、本件発明1の「エレメント」、「隔膜」に相当する。

エ 甲1−1発明では、イオン透過性膜10に陽極39及び陰極38が密着して(すなわち、隙間無く付着して)ゼロギャップ構造を形成しているのであるから、イオン透過性膜10に陽極39及び陰極38が接触しているといえる。
したがって、甲1−1発明の「前記イオン透過性膜10が前記陽極39及び前記陰極38が密着してゼロギャップ構造を形成」することは、本件発明1の「前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成」することに相当する。

オ 甲1−1発明における「陽極室103」及び「陰極室105」について
(ア)上記(1)ア(シ)、(セ)、(ナ)〜(ヌ)によれば、「陽極室103」は、陽極側フランジパン23の周壁部23a、隔壁22、陽極上部カバープレート28A、陽極下部カバープレート33A、及び前記陽極39によって形成されており、特に、上記(1)ア(ナ)、(ヌ)を参照すれば、「陽極室103」は、隔膜22と、上記陽極上部カバープレート28Aにおける出口壁28b及び上記陽極下部カバープレート33Aにおける入口壁33bと、イオン透過性膜10によって画成されていることが理解される。
したがって、甲1−1発明の「陽極室103」は、本件発明1の「電極室」に相当するといえる。

(イ)上記(1)ア(シ)、(セ)、(ナ)〜(ヌ)によれば、「陰極室105」は、陰極側フランジパン24の周壁部24a、前記隔壁22、陰極上部カバープレート28B、陰極下部カバープレート33B、及び前記陰極38によって形成されており、特に、上記(1)ア(ナ)、(ヌ)を参照すれば、「陰極室105」は、隔膜22と、上記陰極上部カバープレート28Bにおける出口壁28d及び上記陰極下部カバープレート33Bにおける入口壁33dと、イオン透過性膜10によって画成されていることが理解される。
したがって、甲1−1発明の「陰極室105」は、本件発明1の「電極室」に相当するといえる。

カ 甲1−1発明における「陽極リブ20」及び「陰極リブ21」について、上記(1)ア(ス)によれば、陽極リブ20及び陰極リブ21は、陽極18又は陰極19を支えるだけでなく、電流を隔壁22から陽極18又は陰極19へ伝える役割があるものであり、陽極リブ20同士、又は陰極リブ21同士の間隔が狭すぎれば電解液やガスの流動を阻害するものであると説明されている。これから、甲1−1発明における「陽極リブ20」及び「陰極リブ21」は、電解液やガスの流動を制御する機能を有しているとはいえない。一方で、本件明細書の段落【0146】によれば、本件発明1の整流板は、電極室内における気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減するものであると説明されている。そうすると、甲1−1発明における「陽極リブ20」及び「陰極リブ21」は、本件発明1の「整流板」に相当しない。

キ 甲1−1発明の「隔壁22の陽極39側の表面を含む陽極側基準面Fxから陽極側フランジパン23のフランジ面Faまでの間隔Daである陽極室103の深さ」及び「隔壁22の陰極38側の表面を含む陰極側基準面Fyから陰極側フランジパン24のフランジ面Faまでの間隔Dbである陰極室105の深さ」について、上記(1)ア(セ)、(ナ)を参照すれば、
(ア)陽極側フランジパン23のフランジ面Faは、陽極39に接続される陽極ガスケット9の表面上に存在する陽極側フランジパン23のフランジ部の表面であるから、陽極室103の深さDaは、少なくとも、隔壁22とイオン透過性膜10の間の長さではなく、本件発明1の「電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さB」に相当しないこと、及び
(イ)陰極側フランジパン24のフランジ面Faは、陰極38に接続される陰極ガスケット11の表面上に存在する陰極側フランジパン24のフランジ部の表面であるから、陰極室105の深さDbは、少なくとも、隔壁22とイオン透過性膜10の間の長さではなく、本件発明1の「電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さB」に相当しないこと、
が明らかに読み取れる。

ク そうすると、本件発明1と甲1−1発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室が設けられた電解槽。」

ケ そして、本件発明1と甲1−1発明とは、以下の点で相違する。
<相違点1>
本件発明1では、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられ、電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室の隔壁と隔膜の間の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であるのに対し、甲1−1発明では、整流板が設けられておらず、前記A、B、C、Dの値の範囲も規定されておらず、さらに、{(2×D)/(B+C)}の値の範囲も規定されていない点。

コ 以下、相違点1について検討する。
(ア)甲2(特に、上記(2)ア(ア)〜(コ)の記載)には、電極4とリブ5間を、屈曲した板ばね部材2で結合する可動性の電極4を設けたイオン交換膜法電解槽において、板ばね屈曲部3からリブ5と板ばね結合部8の長さをL2、板ばね屈曲部3から電極4と板ばね結合部7までの長さをL1としたときに、L1/L2の値が0.2〜0.9の範囲とし、電極間距離を短くし、電極とイオン交換膜とを実質的に接触させた場合でも、イオン交換膜の損傷を生じることなく、電解電圧を低減できるイオン交換膜法電解槽が記載されている。

(イ)ここで、甲2には、上記「リブ5」の機能が明記されておらず、特に、気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減する機能を有することについて記載されていない。そのため、甲2からでは、甲2の上記「リブ5」が、本件発明1の上記「整流板」には相当するとはいえない。
また、甲2には、上記電極室を画成し、上記A、B、C、Dの値の範囲及び上記{(2×D)/(B+C)}の値の範囲を規定することについて記載されていない。

(ウ)甲3(特に、上記(3)ア(ア)〜(サ)の記載)には、背板5、3aとメッシュ状の極板6、3bとを、支持部材7を介して、間隔を置いてほぼ平行に配置してなる陽極室枠2と陰極室枠3とをその背板5、3aを背中合わせにして結合してなる室枠体1をイオン交換膜1aを挾んで複数配置し締め付けてなる複極型イオン交換膜電解槽において、各陽極室枠2と陰極室枠3の極板6、3bより上の背板5、3aの上方部分を逆U字形になるようにそれぞれ外側に曲げ、その逆U字形部分内にU字形の樋状部材10を背板5、3aと間に通路となる隙間が設けられるように配置固定し、逆U字形部分とU字形の樋状部材10で区画される部分が気液分離室8とすることによって、極室内の圧力の変動、イオン交換膜の劣化、極室内における電圧変動が生じにくい気液分離器とした複極型イオン交換膜電解槽が記載されている。

(エ)ここで、甲3の上記「支持部材7」は、極液を流通させる孔7aが穿たれているものの、その機能は、陽極側背板5と陽極板6との間の間隔を保持するものであり、電解液やガスの流動を制御する機能、特に、気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減するとまではいえないものである。そのため、甲3からでは、甲3の上記「支持部材7」が、本件発明1の上記「整流板」には相当するとはいえない。
また、甲3には、上記電極室を画成し、上記A、B、C、Dの値の範囲及び上記{(2×D)/(B+C)}の値の範囲を規定することについて記載されていない。

(オ)甲4(特に、上記(4)ア(ア)〜(ク)の記載)には、複極式ファイナイト電解セルから複極式ゼロギャップ電解セルを製造する方法であって、陽極11を有する陽極室と陰極1を有する陰極室とを背中合わせに配置して複極式ファイナイト電解セルを形成し、リブ4を用いて強度を確保した上で陰極1を導電性プレート3として設定し、導電性プレート3の上にクッションマット層2を重ねて設け、クッションマット層2の上に新たな陰極1を重ねて設け、かつ新たな陰極1を、隣接した電解セルの間に配置される陽イオン交換膜28と接触するように位置させて、ゼロギャップ型のイオン交換膜法電解槽を用いて4kA/m2以上の高電流密度で電解する場合でもイオン交換膜の破損しにくいゼロギャップ構造を有していて、且つ陽極液と陰極液が一定範囲内の濃度分布を持ち、セル内圧の変動の少ない長期間安定して電解できる複極式ゼロギャップ電解セルの製造方法が記載されている。

(カ)ここで、甲4の上記「リブ4」の機能について、特に、気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減する機能を有することが記載されていない。そのため、甲4からでは、甲4の上記「リブ4」が、本件発明1の上記「整流板」には相当するとはいえない。
また、甲4には、上記電極室を画成し、上記A、B、C、Dの値の範囲及び上記{(2×D)/(B+C)}の値の範囲を規定することについて記載されていない。

(キ)甲5(特に、上記(5)ア(ア)〜(イ)の記載)には、
a 流体の流れが層流と乱流に分けられ、それがレイノルズ数Reによって判別できること、
b 円管内流動における、レイノルズ数Reは、管の内径をD、質量速度をG、流体の粘度をμとすれば、Re=DG/μで計算できること、
c 管路の断面が円形でない場合には、流れの断面積をS、流体が接触している固体壁周辺の長さ(浸辺長)をlpとして、De=4S/lpで定義される相当直径を採用すれば円管の場合と全く同様に計算できること、
が記載されている。

(ク)ここで、甲5には、本件発明1の上記「整流板」には相当する部材の記載はなく、また、上記電極室を画成し、上記A、B、C、Dの値の範囲及び上記{(2×D)/(B+C)}の値の範囲を規定することについても記載されていない。

(ケ)そうすると、甲2〜5を参照しても、甲1−1発明において、
a 複数の整流板を、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に、互いに平行に、かつ、隔壁に沿う所与の方向に平行に設け、
b 電極室の上記所与の方向の長さAを、0.40m以上4.0m以下とし、
c 電極室の隔壁と隔膜の間の隔壁に垂直な方向の長さBを、0.0030m以上0.030m以下とし、
d 複数の整流板の間隔Cを、0.050m以上0.1m以下とし、
e 電極室の上記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dを、0.00050m2以上0.0050m2以下とし、さらに、
f {(2×D)/(B+C)}を、0.015m以上0.050m以下とする、
積極的な動機付けは見いだせない。

(コ)そうすると、上記(ケ)a〜fとする動機付けがない、甲1−1発明及び甲2〜5に記載された事項からでは、上記(ケ)a〜fの組み合わせを実現することを、容易に想到し得るということはできない。

(サ)また、本件明細書には、以下の事項が記載されている。
a 「
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは上述の課題を解決するため、アルカリ水電解中の電解液やガスの流れを観察しつつ、鋭意検討をしたところ、電流密度と陽極室及び陰極室での電解液及びガスのバックミキシング現象に相関が見られた。すなわち、電流密度の上昇に応じて、バックミキシング現象が増加し、オーム損が増大する結果が生じることを見出した。また、このとき、電解セル内の電解液の温度の上昇が顕著になり、電解液中に局所的に高温になる箇所が発生することも見出された。
【0016】
そして、発明者らは、電解セルにおける陽極室及び陰極室の高さや厚みを特定の範囲とし、さらに電解液や発生するガスの流れ方向に特定の間隔で整流板を設けることで、ゼロギャップ構造を有する電解槽において、これらのバックミキシングを抑制することを見出した。すなわち、電解液や水素及び酸素のガスの流れを適切な範囲に制御することにより、特に電流密度が高い場合のオーム損の増大を抑制でき、さらに、電極での発熱を適切な範囲に制御できることを見出し、本発明をなすに至った。」

b 「
【0049】
ここで、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板6の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。」

c 「
【0049】
ここで、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板6の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。

d 「
【0051】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50によれば、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、上記のとおり規定することで、電解液及びガスの流れを幅広い電解条件で改善し、バックミキシング現象を制御することで、高電流密度運転時の電解過電圧の急激な上昇を抑え、生産性の高いゼロギャップ構造Zを有する複極式電解槽50の設計が可能になる。
ひいては、高電流密度での運転や変動電源での運転で用いてアルカリ水電解を行った際に電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができ、長期に渡って安定して高い電解効率を実現することができる。
【0052】
上記効果をさらに高める観点に加え、電極室5内の気液比の断続的な変動による圧力変動を抑制する観点から、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、下記の範囲とすることが好適である。
本実施形態では、上記長さAについて、0.40m以上3.0m以下であることが好ましく、0.50m以上2.5m以下であることがさらに好ましく、0.60m以上2.0m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記長さBについて、0.0050m以上0.025m以下であることが好ましく、0.0060m以上0.023m以下であることがさらに好ましく、0.0070m以上0.020m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記間隔Cについて、0.060m以上0.12m以下であることが好ましく、0.070m以上0.11m以下であることがさらに好ましく、0.080m以上0.10m以下であることがより好ましい。
上記長さAの範囲、上記長さBの範囲、上記間隔Cの範囲は、本発明の効果を好適に得るうえで、それぞれ個別に選択されてもよい。」

e 「
【0054】
さらに、発明者らは、特に風力や太陽光等の再生可能エネルギーから得られる変動する電源での運転時に、電極室5内の気液比の断続的な変動により、電解液の乱れが増長されることが観測されたことから、これを克服する方法を種々検討した結果、下記好適特徴を見出した。
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であることが好ましい。」

f 「
【0056】
上記断面積D及び上記{(2×D)/(B+C)}を上記のとおり規定することで、幅広い電解液流量の範囲、電解液温度の範囲において、液及びガスの流れを制御し、気液比の乱れを抑える効果を容易に発現することができる。これにより、気液分離状態が改善され、電極室5内の圧力変動や両極室間の差圧変動を抑制させやすい。
ひいては、電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制するという本発明の効果を、より高い電流密度、より多くのセル数を有する電解槽50においても、安定して高めることができる。」

g 「
【0198】
(実施例A1)
実施例A1では、下記に説明するとおり、水電解中に発生するガスの流れを視認可能なモデル電解槽を使用して、アルカリ水電解を行った。
【0199】
モデル電解槽を下記のとおり作製した。
図9に、本実施例Aのモデル電解槽の概要を示す。(A)に、モデル電解槽の正面図(左図)及び側面図(右図)を示し、(B)に、モデル電解槽の電極室を形成したアクリル板を斜視図で示し、(C)に、モデル電解槽におけるゼロギャップ構造を示す。
【0200】
−隔壁、外枠、整流板−
モデル電解槽を構成する隔壁及び外枠3として、電解セル内部を視認できる透明な材質(アクリル)で構成されているセル枠を用いた。
まず、厚みQ:75mm、横幅R:300mm、縦幅P:1.45m又は2.65mのアクリル板を用意した。
次いで、このアクリル板を、図9(B)に示すように、片面側から電極室となる空間の分(所定の厚み、横幅:250mm、所定の縦幅)だけ削り、所望の長さA及び長さBを有する所望のサイズの電極室を有する箱型のセル枠を準備した。
例えば、長さAを1.2mとした例では、縦幅P:1.45mのアクリル板を用意し、長さAを2.4mとした例では、縦幅P:2.65mのアクリル板を用意した。いずれの場合にも、平面視において、電極室がアクリル板の中央に位置するように、配置した。
そして、整流板として、厚さ3mmのアクリル板を、横幅Rの方向に沿って所望の間隔Cで、2枚〜4枚設けた。このとき、2〜4枚の整流板は、電極室の横幅Rの方向の中心に関して対称となるように配置した。また、整流板の延在方向の端と電極室との縦幅Pの方向の間隔は、両端において100mmとした。」

h 「
【0220】
実施例A及び比較例Aにおける評価結果を表1に示す。
【0221】
(1)ガス滞留性
電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性の評価として、モデル電解槽の目視評価により、電極室内のバックミキシング現象の発生度合を、以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):発生頻度は少なく、数秒ですぐに消失する
B(良好):発生頻度は多いが、数秒ですぐに消失する
C(実用可能):発生頻度は多く、5分以上消失しない
D(不良):常に発生しており、消失しない
【0222】
(2)セル内温度差
電解中の電解セルにおいて複極式エレメントの電極室内の上下に均等配置した6箇所に挿入した熱電対により電解液の温度を計測し、6箇所における温度差の最大値を算出した。そして、温度差の最大値について以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):4℃未満
B(良好):4℃以上25℃未満
C(実用可能):25℃以上50℃未満
D(不良):50℃以上
【0223】
(3)気液比の変動による圧力変動
圧力変動の評価として、陰極側出側ホース内の液・ガスの二相流状態を目視により評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):層状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
B(良好):波状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
C(実用可能):スラグ流で二相は分離しておらず、断続的な流れが見られる
D(不良):乱れた間欠流で常に断続的な流れが発生している
【0224】
(4)電極たわみ量
電解後の陽極を取り出し、電極のたわみ量を計測した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):0.03mm未満
B(良好):0.03mm以上0.13mm未満
C(実用可能):0.13mm以上2.0mm未満
D(不良):2.0mm以上
【0225】
(5)対電圧
通電開始から60分後の時点でのセル電圧(V)を測定した。結果を表1に示す。」

i 「



(シ)上記(サ)a〜iから、本件発明1は、上記(ケ)a〜fとなるように調整することで、電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性(バックミキシング現象の発生度合)を低減させ、電解室内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流に起因して発生するセル内の温度差を低減させる等の格別な効果を奏するものである。

(ス)一方、甲1〜5には、上記格別な効果に関する記載がないから、甲1〜5に記載された事項からでは、本件発明1が上記格別な効果を奏することを予測可能であるともいえない。

(セ)したがって、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、甲1−1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(ソ)よって、本件発明1は、甲1−1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(7)本件発明2と甲1−1発明との対比及び判断
ア 上記第3の特許請求の範囲の記載から明らかなように、本件発明2は、本件発明1の「電解槽」を「アルカリ水電解用電解槽」と、アルカリ電解水用に用途限定しただけのものであり、その余の部分は同じである。

イ そして、甲1−1発明の「アルカリ水電解用電極槽100」は、本件発明2の「アルカリ水電解用電解槽」に相当する。

ウ そうすると、上記(6)コの検討と同じ理由で、上記相違点1に係る本件発明2の構成は、甲1−1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、、本件発明2は、甲1−1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(8)本件発明8と甲1−2発明の対比及び判断
ア 本件発明8と甲1−2発明の対比について、本件発明1と甲1−1発明との対比(上記(6)ア〜キ)と同様である。

イ そうすると、本件発明8と甲1−2発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室が設けられたアルカリ水電解用電解槽を用いて電解を行う水電解方法。」

ウ そして、本件発明8と甲1−2発明とは、以下の点で相違する。
<相違点2>
本件発明8では、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられ、電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室の隔壁と隔膜の間の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であるのに対し、甲1−2発明では、整流板が設けられておらず、前記A、B、C、Dの値の範囲も規定されておらず、さらに、{(2×D)/(B+C)}の値の範囲も規定されていない点。

<相違点3>
本件発明8では、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含む、電解装置を用いるのに対し、甲1−2発明では、前記送液ポンプ、気液分離タンク、及び水補給器を含む電解装置について明記されておらず、不明である点。

<相違点4>
本件発明8では、
式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示し、Dは前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)を示す)
から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として電解液を循環させることによって電解を行うのに対し、甲1−2発明では、前記電解液レイノルズ数Reを10〜1800として電解液を循環させることについて明記されておらず、不明である点。

エ 以下では、事案に鑑み、相違点2について検討する。
(ア) 上記(6)コの検討と同じ理由で、上記相違点2に係る本件発明8の構成は、甲1−2発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(イ)したがって、本件発明8は、相違点3〜4について検討するまでもなく、甲1−2発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(9)本件発明10と甲1−3の対比及び判断
ア 本件発明10と甲1−3の対比について、本件発明1と甲1−1発明との対比(上記(6)ア〜キ)と同様である。

イ そうすると、本件発明10と甲1−3発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「アルカリを含有する水を電解槽により水電解し、水素を製造する水素製造方法において、前記電解槽は、陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室が設けられた電解槽である、水素製造方法。」

ウ そして、本件発明10と甲1−3発明とは、以下の点で相違する。
<相違点5>
本件発明10では、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられ、電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室の隔壁と隔膜の間の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であるのに対し、甲1−3発明では、整流板が設けられておらず、前記A、B、C、Dの値の範囲も規定されておらず、さらに、{(2×D)/(B+C)}の値の範囲も規定されていない点。

エ 以下では、相違点5について検討する。
上記(6)コの検討と同じ理由で、上記相違点5に係る本件発明10の構成は、甲1−3発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

オ したがって、本件発明10は、甲1−3発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(10)申立人の主張
ア 申立人は、異議申立書において、以下の主張を行っている。
(ア)甲1の段落【0079】に、リブの間隔は(i)ガス滞留性(液やガスの流動を阻害)、(ii)圧変動(電解圧力や陽極室と陰極室との圧力差等を勘案)、(iii)陽極たわみ(電極が変形)、(iv)対電圧(電気抵抗が増したりする)等に影響する旨が記載されているから、前記(i)〜(iv)を最適化するために、リブの間隔を適宜設定することは当業者が通常行うことであり、その際に、甲2〜4に記載のリブ間隔(0.095m、0.096m、0.10m)を採用して、甲1に記載のリブ同士の間隔(0.050m〜0.150m)の上限を0.1mとすることは、当業者が容易に成し得ることである。

(イ)甲5に記載されているように、電極室内の流路の相当直径Deが2D/(B+C)であることは、当業者に周知の技術的事項に過ぎず、電極室の断面積D、および、「{(2×D)/(B+C)}」が液の流動状態(ガス滞留性、セル内温度差、圧変動)に影響することは技術常識であるから、D=(B×C)、および、「{(2×D)/(B+C)}」を設定することは、当業者が通常行う設計事項である。

(ウ)甲1の電解槽に、甲2〜5に記載された構成を置き換え又は組み合わせることは、当業者が容易に成し得ることであり、これにより得られる効果も甲1〜5の記載から予測可能なものに過ぎない。

イ 以下、上記ア(ア)〜(ウ)の主張について検討する。
(ア)主張ア(ア)について
a 上記(6)カ等において指摘したように、甲1に記載された「リブ」は、電解液やガスの流動を制御する機能を有しておらず、本件発明1の整流板のように、電極室内における気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減するものとは認められない。そのため、甲1発明おいて「リブ」の間隔を最適化し、甲2〜4の記載に基づき、「リブ」同士の間隔を0.05m〜0.1mとしたところで、上記「リブ」は、本件発明の「整流板」とはいえないから、本件発明の「複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であ」るとの構成を充足しない。

b よって、上記主張ア(ア)は、採用できない。

(イ)主張ア(イ)について
a 上記(5)ア(ア)〜(イ)に記載されているように、甲5には、管路の断面が円形でない場合においてレイノルズ数を計算する際に、管路の断面積を以下の式で表される相当直径Deとすれば計算できることが示されている。
De = 4×(流れの断面積S)/(流体が接している固体壁周辺の長さlp)

b そして、上記式と、本件明細書の段落【0055】及び【0186】の記載を勘案すれば、本件発明における隔壁、隔膜、及び隣り合う整流板で囲まれた領域(管路)の相当直径が{(2×D)/(B+C)}であることは導ける。

c しかし、甲5には、甲1に記載されている管路の相当直径を特定の値に設定する動機について記載されていない。

d 管路の相当直径を本件発明のような特定の値に設定するには、管路を層流にしないと、電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性(バックミキシング現象の発生度合)が発生し、電解室内における気液の流れの乱れにより電解室に生じる対流に起因してセル内に温度差が発生するとの知見が必要であるが、前記知見は、本件特許により見いだされたものであり、いずれの甲号証にも記載されていない。

e したがって、甲5の記載を参照しても、甲1発明において、D=(B×C)、および、「{(2×D)/(B+C)}」を特定の値に設定できるとはいえないし、D=(B×C)、および、「{(2×D)/(B+C)}」を特定の値に設定する動機も生じない。

f よって、上記主張ア(イ)は、採用できない。

(ウ)主張ア(ウ)について
a 上記(6)コ(シ)において指摘したように、本件発明は、上記(6)コ(ケ)a〜fとなるように調整することで、電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性(バックミキシング現象の発生度合)を低減させ、電解室内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流に起因して発生するセル内の温度差を低減させる等の格別な効果を奏するものである。

b そして、上記(2)〜(5)に記載されているように、甲2〜5には、電解液やガスの流動を制御する思想、特に、気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を制御する思想はない。

c したがって、甲2〜5には、上記aの格別な効果が予測可能といえる具体的な根拠がない。

d よって、上記主張ア(ウ)は、採用できない。

(11)小括
以上の検討から、本件発明1、2、8、10は、甲1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当しないものであり、取り消すことはできない。

6 申立理由1のイ(進歩性)について
(1)本件発明3〜7、11〜19は、本件発明1または2を直接もしくは間接的に引用するものであり、本件発明1または2をさらに減縮したものである。

(2)また、本件発明9は、本件発明8を引用するものであり、本件発明8をさらに減縮したものである。

(3)ここで、上記5において検討したとおり、本件発明1、2、8は、甲1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(4)そうすると、上記(1)〜(3)から、本件発明3〜7、11〜19は、新たな一致点及び相違点の検討、及び前記一致点及び相違点の検討の際に用いられる甲7〜9について検討するまでもなく、甲1発明及び甲2〜5の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(5)したがって、本件発明3〜7、9、11〜19は、甲1発明及び甲2〜5、7〜9の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえず、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものとはいえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当しないものであり、取り消すことはできない。

7 申立理由2(新規事項)について
(1)令和 2年 6月17日提出の手続補正書において、請求項1、2、10における複数の整流板の間隔Cの範囲を「0.050m以上0.19m以下」から、「0.050m以上0.1m以下」と変更する補正が行われており、本件発明1、2、10においても、複数の整流板の間隔Cの範囲は「0.050m以上0.1m以下」と変更されたままである。

(2)上記補正の適否を判断するために、本件当初明細書等について検討する。
本件当初明細書等には、以下の事項が記載されている。
ア 「
【0052】
上記効果をさらに高める観点に加え、電極室5内の気液比の断続的な変動による圧力変動を抑制する観点から、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、下記の範囲とすることが好適である。
本実施形態では、上記長さAについて、0.40m以上3.0m以下であることが好ましく、0.50m以上2.5m以下であることがさらに好ましく、0.60m以上2.0m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記長さBについて、0.0050m以上0.025m以下であることが好ましく、0.0060m以上0.023m以下であることがさらに好ましく、0.0070m以上0.020m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記間隔Cについて、0.060m以上0.12m以下であることが好ましく、0.070m以上0.11m以下であることがさらに好ましく、0.080m以上0.10m以下であることがより好ましい。
上記長さAの範囲、上記長さBの範囲、上記間隔Cの範囲は、本発明の効果を好適に得るうえで、それぞれ個別に選択されてもよい。」

イ 「
【0072】
本実施形態の電解槽は、
陽極と、・・・複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である、
ことを特徴とし、・・・」

ウ 「
【0194】(水素製造方法)
本実施形態の水素製造方法は、・・・
電解槽は、電極室の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。」


(3)上記(2)ア〜ウから、本件当初明細書等には、複数の整流板の間隔Cの範囲の下限を「0.050m」、上限を「0.1m」とすることが記載されていたといえる。

(4)したがって、複数の整流板の間隔Cの範囲として「0.050m以上0.1m以下」は、本件当初明細書等に記載されたものであるといえ、上記(1)の補正は、本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであり、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていたといえる。

(5)よって、令和 2年 6月17日提出の手続補正書でした補正は、本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしているから、本件発明1、2、10に係る特許は、同法第113条第1号に該当せず、取り消すことはできない。

8 申立理由3のア(サポート要件)について
(1)本件発明の解決しようとする課題
ア 本件明細書等には、本件発明の解決しようとする課題について、以下の事項が記載されている。
(ア)「
【0003】
再生可能エネルギーは、出力が気候条件に依存するため、その変動が非常に大きいという性質がある。そのため、再生可能エネルギーによる発電で得られた電力を一般電力系統に輸送することが常に可能とはならず、電力需給のアンバランスや電力系統の不安定化等の社会的な影響が懸念されている。
【0004】
そこで、再生可能エネルギーから発電された電力を、貯蔵及び輸送が可能な形に代えて、これを利用しようとする研究が行われている。具体的には、再生可能エネルギーから発電された電力を利用した水の電気分解(電解)により、貯蔵及び輸送が可能な水素を発生させ、水素をエネルギー源や原料として利用することが検討されている。」

(イ)「
【0006】
水の電気分解の方法としては、固体高分子型水電解法、高温水蒸気電解法、アルカリ水電解法等がある。この中で、数十年以上前から工業化されていること、大規模に実施することができること、他の水電解装置に比べると安価であること等から、アルカリ水電解は特に有力なものの一つとされている。
【0007】
しかしながら、アルカリ水電解を今後エネルギーの貯蔵及び輸送のための手段として適応させるためには、前述のとおり出力の変動が大きい電力を効率的且つ安定的に利用して水電解を行うことを可能にする必要がある。そのため、アルカリ水電解用の電解セルや装置の諸課題を解決することが求められている。
【0008】
アルカリ水電解において電解電圧を低く抑えて、水素製造の電力原単位を改善するという課題を解決するためには、電解セルの構造として、特に、隔膜と電極との隙間を実質的に無くした構造である、ゼロギャップ構造と呼ばれる構造を採用することが有効なことはよく知られている(特許文献1、2参照)。ゼロギャップ構造では、発生するガスを電極の細孔を通して電極の隔膜側とは反対側に素早く逃がすことによって、電極間の距離を低減しつつ、電極近傍におけるガス溜まりの発生を極力抑えて、電解電圧を低く抑制している。ゼロギャップ構造は、電解電圧の抑制にきわめて有効であり、種々の電解装置に採用されている。
【0009】
一方、効率的且つ安定的なアルカリ水電解を実現するためには、電極や隔膜の最適な選択、電解セルの構造の最適化等が重要であることも、Detlef Stoltenらにより報告されている(非特許文献1参照)。さらに、近年、ゼロギャップ構造を有するアルカリ水電解用電解セルについて上述の諸課題に取り組む研究が盛んに行われている(特許文献3、4参照)。」

(ウ)「
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、前述の従来の電解セルでは、電解装置に与えられる電流密度を大幅に高め、電解設備のスループットを高めて、電解設備について建設コストの削減やフットプリントの改善を図るうえで、問題があることがわかってきた。
【0013】
理論上、電流密度を高めた場合、電解時のオーム損が増加して、電解電圧が上昇することは避けられない。従来の電解セルを用いたアルカリ水電解では、電流密度を例えば2倍、3倍と高めた場合には、電解電圧が大幅に上昇し、電気を水素に変換する際のエネルギー変換効率が大幅に悪化する。さらには、エネルギー変換効率の悪化に伴って電極で発生する熱が増加して、電解液の温度が大幅に上昇する。この場合、隔膜等の電解装置の部材の劣化が特に助長され、長期的な運転に支障が出たり、電解液の沸騰により運転の継続に困難が生じたりする可能性もある。上記事情により、従来の電解装置は、標準的な単位電解面積当たりの電流密度を約2kA/m2程度として、運転されている。しかしながら、このような低水準以下の電流密度で電解装置を運転しなければならないとすると、電解設備が大型化することとなり、建設コストの上昇やフットプリントの悪化を招く虞があった。
【0014】
そこで、本発明は、ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制することを目的とする。」

(エ)「
【0015】
発明者らは上述の課題を解決するため、アルカリ水電解中の電解液やガスの流れを観察しつつ、鋭意検討をしたところ、電流密度と陽極室及び陰極室での電解液及びガスのバックミキシング現象に相関が見られた。すなわち、電流密度の上昇に応じて、バックミキシング現象が増加し、オーム損が増大する結果が生じることを見出した。また、このとき、電解セル内の電解液の温度の上昇が顕著になり、電解液中に局所的に高温になる箇所が発生することも見出された。
【0016】
そして、発明者らは、電解セルにおける陽極室及び陰極室の高さや厚みを特定の範囲とし、さらに電解液や発生するガスの流れ方向に特定の間隔で整流板を設けることで、ゼロギャップ構造を有する電解槽において、これらのバックミキシングを抑制することを見出した。すなわち、電解液や水素及び酸素のガスの流れを適切な範囲に制御することにより、特に電流密度が高い場合のオーム損の増大を抑制でき、さらに、電極での発熱を適切な範囲に制御できることを見出し、本発明をなすに至った。」

(オ)「
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制することができる。」

イ 上記ア(ア)〜(オ)から、発明の詳細な説明には、ゼロギャップ構造を有する電解槽において、電解セルにおける陽極室及び陰極室の高さや厚みを特定の範囲とし、さらに電解液や発生するガスの流れ方向に特定の間隔で整流板を設けることで、アルカリ水電解を行った場合に、電解液及びガスのバックミキシング現象を抑制し、オーム損の増大を抑制し、電極での発熱を適切な範囲に制御することができる程度に、電解液や水素及び酸素のガスの流れを適切な範囲に制御するという、電解槽の構造そのものに対する課題が記載されていると認められる。

(2)発明の課題を解決する手段
ア 発明の詳細な説明には、上記(1)イの課題を解決する手段に関し、以下の事項が記載されている。
(ア)「
【0034】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、図2に示すとおり、隔膜4が陽極2a及び陰極2cと接触してゼロギャップ構造Zが形成されている。
【0035】
アルカリ水電解において、隔膜4と、陽極2aや陰極2cとの間に隙間がある場合、この部分には電解液の他に電解で発生した大量の気泡が滞留することで、電気抵抗が非常に高くなる。電解セル65における大幅な電解電圧の低減を図るためには、陽極2aと陰極2cの間隔(以下、「極間距離」ともいう。)をできるだけ小さくして、陽極2aと陰極2cの間に存在する電解液や気泡の影響をなくすことが効果的である。
【0036】
そこで、電極2全面にわたり、陽極2aと隔膜4とが互いに接触し、且つ、陰極2cと隔膜4とが互いに接触している状態、又は、電極2全面にわたり、極間距離が隔膜4の厚みとほぼ同じとなる距離で、陽極2aと隔膜4との間及び陰極2cと隔膜4との間に隙間のほとんど無い状態、に保つことのできる、ゼロギャップ構造Zが採用される。」

(イ)「
【0049】
ここで、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板6の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。」

(ウ)「
【0051】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50によれば、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、上記のとおり規定することで、電解液及びガスの流れを幅広い電解条件で改善し、バックミキシング現象を制御することで、高電流密度運転時の電解過電圧の急激な上昇を抑え、生産性の高いゼロギャップ構造Zを有する複極式電解槽50の設計が可能になる。
ひいては、高電流密度での運転や変動電源での運転で用いてアルカリ水電解を行った際に電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができ、長期に渡って安定して高い電解効率を実現することができる。」

(エ)「
【0054】
さらに、発明者らは、特に風力や太陽光等の再生可能エネルギーから得られる変動する電源での運転時に、電極室5内の気液比の断続的な変動により、電解液の乱れが増長されることが観測されたことから、これを克服する方法を種々検討した結果、下記好適特徴を見出した。
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であることが好ましい。
【0055】
なお、上記断面積Dは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面形状が略矩形である場合、(前述の長さB)×(前述の間隔C)としてよい。
また、上記{(2×D)/(B+C)}は、一般的に前記断面形状が略矩形である場合、水力直径Dhを示すものであり、断面積Dと合わせて流体の流れ状態に相関する因子である。
【0056】
上記断面積D及び上記{(2×D)/(B+C)}を上記のとおり規定することで、幅広い電解液流量の範囲、電解液温度の範囲において、液及びガスの流れを制御し、気液比の乱れを抑える効果を容易に発現することができる。これにより、気液分離状態が改善され、電極室5内の圧力変動や両極室間の差圧変動を抑制させやすい。
ひいては、電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制するという本発明の効果を、より高い電流密度、より多くのセル数を有する電解槽50においても、安定して高めることができる。」

(オ)「
【0186】
(アルカリ水電解方法)
本実施形態のアルカリ水電解方法は、本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70を用いて、下記式(3)から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として、電解液を循環させて電解を行う、
式(3):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す)
【0187】
なお、式(3)中のA、B、C、Dは、本実施形態の複極式電解槽50について定めた値であり、具体的には、Aは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1の長さであり、Bは、電極室5の電極2に垂直な方向の長さであり、Cは、複数の整流板6の間隔であり、Dは、B×Cで表される、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積である。
そして、A、B、C、Dの好適範囲は、本実施形態の複極式電解槽50について前述のとおりとしてよい。すなわち、電解セルのA、B、C、Dの設計に応じて、電極室当たりの電解液の流量Qを、電解液レイノルズ数Reが10〜1800の範囲になるように、制御すればよい。」

(カ)「
【0198】
(実施例A1)
実施例A1では、下記に説明するとおり、水電解中に発生するガスの流れを視認可能なモデル電解槽を使用して、アルカリ水電解を行った。
【0199】
モデル電解槽を下記のとおり作製した。
図9に、本実施例Aのモデル電解槽の概要を示す。(A)に、モデル電解槽の正面図(左図)及び側面図(右図)を示し、(B)に、モデル電解槽の電極室を形成したアクリル板を斜視図で示し、(C)に、モデル電解槽におけるゼロギャップ構造を示す。
【0200】
−隔壁、外枠、整流板−
モデル電解槽を構成する隔壁及び外枠3として、電解セル内部を視認できる透明な材質(アクリル)で構成されているセル枠を用いた。
まず、厚みQ:75mm、横幅R:300mm、縦幅P:1.45m又は2.65mのアクリル板を用意した。
次いで、このアクリル板を、図9(B)に示すように、片面側から電極室となる空間の分(所定の厚み、横幅:250mm、所定の縦幅)だけ削り、所望の長さA及び長さBを有する所望のサイズの電極室を有する箱型のセル枠を準備した。
例えば、長さAを1.2mとした例では、縦幅P:1.45mのアクリル板を用意し、長さAを2.4mとした例では、縦幅P:2.65mのアクリル板を用意した。いずれの場合にも、平面視において、電極室がアクリル板の中央に位置するように、配置した。
そして、整流板として、厚さ3mmのアクリル板を、横幅Rの方向に沿って所望の間隔Cで、2枚〜4枚設けた。このとき、2〜4枚の整流板は、電極室の横幅Rの方向の中心に関して対称となるように配置した。また、整流板の延在方向の端と電極室との縦幅Pの方向の間隔は、両端において100mmとした。」

(キ)「
【0220】
実施例A及び比較例Aにおける評価結果を表1に示す。
【0221】
(1)ガス滞留性
電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性の評価として、モデル電解槽の目視評価により、電極室内のバックミキシング現象の発生度合を、以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):発生頻度は少なく、数秒ですぐに消失する
B(良好):発生頻度は多いが、数秒ですぐに消失する
C(実用可能):発生頻度は多く、5分以上消失しない
D(不良):常に発生しており、消失しない
【0222】
(2)セル内温度差
電解中の電解セルにおいて複極式エレメントの電極室内の上下に均等配置した6箇所に挿入した熱電対により電解液の温度を計測し、6箇所における温度差の最大値を算出した。そして、温度差の最大値について以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):4℃未満
B(良好):4℃以上25℃未満
C(実用可能):25℃以上50℃未満
D(不良):50℃以上
【0223】
(3)気液比の変動による圧力変動
圧力変動の評価として、陰極側出側ホース内の液・ガスの二相流状態を目視により評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):層状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
B(良好):波状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
C(実用可能):スラグ流で二相は分離しておらず、断続的な流れが見られる
D(不良):乱れた間欠流で常に断続的な流れが発生している
【0224】
(4)電極たわみ量
電解後の陽極を取り出し、電極のたわみ量を計測した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):0.03mm未満
B(良好):0.03mm以上0.13mm未満
C(実用可能):0.13mm以上2.0mm未満
D(不良):2.0mm以上
【0225】
(5)対電圧
通電開始から60分後の時点でのセル電圧(V)を測定した。結果を表1に示す。」

(ク)「



イ 上記ア(ア)〜(ク)に示されているとおり、発明の詳細な説明には、電解槽の構造を、
(ア)陽極と、陰極と、陽極と陰極とを隔離する隔壁と、隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、
(イ)隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、
(ウ)電極室が隔壁と外枠と隔膜とにより画成され、
(エ)複数の整流板が、電極室に、互いに平行に、かつ、隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられ、
(オ)電極室の上記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、
(カ)電極室の隔壁と隔膜の間の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、
(キ)複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下であり、
(ク)電極室の上記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、さらに、
(ケ){(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ようにすることで、上記(1)イの課題を解決できることが示されている。

(3)本件発明1、3〜6、11〜19についての検討
ア 上記第3の特許請求の範囲の記載を参照すれば明らかなように、本件発明1、3〜6、11〜19は、上記(2)イ(ア)〜(ケ)の構成が全て含まれている構造の電解槽であるから、本件発明1、3〜6、11〜19は、上記(1)イの課題を解決できるといえる。

(4)本件発明の解決しようとする課題を、本件明細書の段落【0014】の記載とした場合の検討
ア 仮に、申立人が異議申立書において主張しているように、本件発明の解決しようとする課題が、本件明細書の段落【0014】に記載されたとおり、「ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制すること」と、アルカリ水電解に用途が限定されたものである場合について検討する。

イ 上記(1)ア(イ)には、本件発明1、3〜6、11〜19における「ゼロギャップ構造」は、アルカリ水電解用の電解槽に適用される構造であることが示されている。

ウ また、上記(1)イ(オ)、(カ)〜(ク)は、本件発明1、3〜6、11〜19におけるA〜Dの値の範囲および{(2×D)/(B+C)}の値の範囲が、アルカリ水電解を行う際の電解液の動粘度ν(m2/秒)と電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を用いて、電解液レイノルズ数Reが10〜1800の範囲となるように調整されていることを示しており、これから、本件発明1、3〜6、11〜19におけるA〜Dの値の範囲および{(2×D)/(B+C)}の値の範囲は、アルカリ水電解用の電解槽用の数値範囲ということができる。

エ そうすると、本件発明1、3〜6、11〜19は、明示的に「アルカリ水電解用電解槽」とされていないものの、実質的に「アルカリ水電解用電解槽」であるといえる。

オ したがって、本件発明の解決しようとする課題が、仮に、本件明細書の段落【0014】に記載されたとおり、「ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制すること」であったとしても、本件発明1、3〜6、11〜19は、前記課題を解決する手段が反映されたものであり、上記アの課題を解決できるといえる。

(5)小括
以上から、本件発明1、3〜6、11〜19は、発明の詳細な説明に記載されたものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるといえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当しないものであるため、取り消すことはできない。

9 申立理由3のイ(サポート要件)について
(1)上記8で検討したように、本件発明は、電解槽の構造を、上記8(2)イ(ア)〜(ケ)のようにすることで、アルカリ水電解を行った場合に、電解液及びガスのバックミキシング現象を抑制し、オーム損の増大を抑制し、電極での発熱を適切な範囲に制御するものである。

(2)そうすると、本件明細書の実施例に、Aの値が1.2mと0.5mの2点しかなく、上限値付近での実施例が欠落していたとしても、上記5(5)ア(ア)〜(イ)に記載されたようなレイノルズ数と層流及び乱流との関係、上記8(2)ア(オ)に記載された電解液レイノルズ数Reの値の制御指針、及び上記8(2)ア(ク)における実施例及びで設定されている電解液レイノルズ数Reの設定値を勘案すれば、本件発明の実施例における電解液は安定した層流となっているといえるから、Aの上限値付近において、電解液及びガスのバックミキシング現象を抑制できない程度まで、電解液の挙動が突然大きく変動するということは考えにくい。

(3)そして、上記(2)を覆し、Aの上限値付近で、電解液及びガスのバックミキシング現象を抑制できない程度まで、電解液の挙動が突然大きく変動することを合理的に理解できるような技術常識は認められない。

(4)したがって、本件明細書等の記載から、本件発明が発明の課題を解決できると当業者が認識できるため、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、本件明細書等の記載からでは、本件発明が発明の課題を解決できると当業者が認識できないから、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないとの申立人の主張は採用できない。

(5)よって、本件発明1、2、8、10は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許法第36条第6項第1号に適合しないとはいえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当しないものであり、取り消すことはできない。

10 申立理由3のウ(サポート要件)について
(1)上記9の検討と同内容の理由で、本件明細書等の記載から、発明の課題を解決できると当業者が認識できるため、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、本件明細書等の記載からでは、発明の課題を解決できると当業者が認識できないから、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないとの申立人の主張は採用できない。

(2)よって、本件発明1、2、10は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許法第36条第6項第1号に適合しないとはいえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当しないものであり、取り消すことはできない。

11 申立理由4(明確性)について
(1)本件発明では、断面積Dは、D=B×Cで表され、Bの範囲は0.0030〜0.030mであり、Cの範囲は、0.05〜0.1mであるから、Dの範囲の上限は0.0030m2となる。

(2)一方、本件発明のDの範囲は、上記第3の特許請求の範囲に記載されたとおり、0.00050〜0.0050m2である。

(3)上記(1)、(2)から、本件発明においては、単に、Dの範囲である「0.00050〜0.0050m2」から、D=B×Cで計算される範囲の上限である0.0030m2を超える数値については、本件発明の範囲外であるというにすぎず、そこに、技術的な欠陥や矛盾は認められない。

(4)よって、本件発明1、2、10は、特許を受けようとする発明が明確であり、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるといえないから、同発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当しないものであり、取り消すことはできない。

第6 結言
以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、本件特許の請求項1〜19に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜19に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、上記結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】電解槽、電解装置、電解方法、水素製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解槽、アルカリ水電解用電解槽、電解装置、水電解方法、水素製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気分解技術を産業に応用することは古くから行われており、例えば、食塩水の電気分解による苛性ソーダ・塩素の製造、次亜塩素酸の製造、アルカリイオン水、オゾン水の製造等多岐にわたっている。これまでも、設備コストの低減、電解効率の向上や装置の耐久性の向上等を目指した種々の提案がなされてきている。
近年、二酸化炭素等の温室効果ガスによる地球温暖化、化石燃料の埋蔵量の減少等の問題を解決するため、再生可能エネルギーを利用した風力発電や太陽光発電等の技術が注目されている。
【0003】
再生可能エネルギーは、出力が気候条件に依存するため、その変動が非常に大きいという性質がある。そのため、再生可能エネルギーによる発電で得られた電力を一般電力系統に輸送することが常に可能とはならず、電力需給のアンバランスや電力系統の不安定化等の社会的な影響が懸念されている。
【0004】
そこで、再生可能エネルギーから発電された電力を、貯蔵及び輸送が可能な形に代えて、これを利用しようとする研究が行われている。具体的には、再生可能エネルギーから発電された電力を利用した水の電気分解(電解)により、貯蔵及び輸送が可能な水素を発生させ、水素をエネルギー源や原料として利用することが検討されている。
【0005】
水素は、石油精製、化学合成、金属精製等の場面において、工業的に広く利用されており、近年では、燃料電池車(FCV)向けの水素ステーションやスマートコミュニティ、水素発電所等における利用の可能性も広がっている。このため、再生可能エネルギーから特に高純度の水素を得る技術の開発に対する期待は高い。
【0006】
水の電気分解の方法としては、固体高分子型水電解法、高温水蒸気電解法、アルカリ水電解法等がある。この中で、数十年以上前から工業化されていること、大規模に実施することができること、他の水電解装置に比べると安価であること等から、アルカリ水電解は特に有力なものの一つとされている。
【0007】
しかしながら、アルカリ水電解を今後エネルギーの貯蔵及び輸送のための手段として適応させるためには、前述のとおり出力の変動が大きい電力を効率的且つ安定的に利用して水電解を行うことを可能にする必要がある。そのため、アルカリ水電解用の電解セルや装置の諸課題を解決することが求められている。
【0008】
アルカリ水電解において電解電圧を低く抑えて、水素製造の電力原単位を改善するという課題を解決するためには、電解セルの構造として、特に、隔膜と電極との隙間を実質的に無くした構造である、ゼロギャップ構造と呼ばれる構造を採用することが有効なことはよく知られている(特許文献1、2参照)。ゼロギャップ構造では、発生するガスを電極の細孔を通して電極の隔膜側とは反対側に素早く逃がすことによって、電極間の距離を低減しつつ、電極近傍におけるガス溜まりの発生を極力抑えて、電解電圧を低く抑制している。ゼロギャップ構造は、電解電圧の抑制にきわめて有効であり、種々の電解装置に採用されている。
【0009】
一方、効率的且つ安定的なアルカリ水電解を実現するためには、電極や隔膜の最適な選択、電解セルの構造の最適化等が重要であることも、Detlef Stoltenらにより報告されている(非特許文献1参照)。さらに、近年、ゼロギャップ構造を有するアルカリ水電解用電解セルについて上述の諸課題に取り組む研究が盛んに行われている(特許文献3、4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第4530743号明細書
【特許文献2】特開昭59−173281号公報
【特許文献3】国際公開第2013/191140号
【特許文献4】国際公開第2014/178317号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Detlef Stolten、「Hydrogen Energy」、ドイツ国、Wiley−VCH Verlag GmbH & Co. KGaA、2010年、第254頁〜第257頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、前述の従来の電解セルでは、電解装置に与えられる電流密度を大幅に高め、電解設備のスループットを高めて、電解設備について建設コストの削減やフットプリントの改善を図るうえで、問題があることがわかってきた。
【0013】
理論上、電流密度を高めた場合、電解時のオーム損が増加して、電解電圧が上昇することは避けられない。従来の電解セルを用いたアルカリ水電解では、電流密度を例えば2倍、3倍と高めた場合には、電解電圧が大幅に上昇し、電気を水素に変換する際のエネルギー変換効率が大幅に悪化する。さらには、エネルギー変換効率の悪化に伴って電極で発生する熱が増加して、電解液の温度が大幅に上昇する。この場合、隔膜等の電解装置の部材の劣化が特に助長され、長期的な運転に支障が出たり、電解液の沸騰により運転の継続に困難が生じたりする可能性もある。上記事情により、従来の電解装置は、標準的な単位電解面積当たりの電流密度を約2kA/m2程度として、運転されている。しかしながら、このような低水準以下の電流密度で電解装置を運転しなければならないとすると、電解設備が大型化することとなり、建設コストの上昇やフットプリントの悪化を招く虞があった。
【0014】
そこで、本発明は、ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは上述の課題を解決するため、アルカリ水電解中の電解液やガスの流れを観察しつつ、鋭意検討をしたところ、電流密度と陽極室及び陰極室での電解液及びガスのバックミキシング現象に相関が見られた。すなわち、電流密度の上昇に応じて、バックミキシング現象が増加し、オーム損が増大する結果が生じることを見出した。また、このとき、電解セル内の電解液の温度の上昇が顕著になり、電解液中に局所的に高温になる箇所が発生することも見出された。
【0016】
そして、発明者らは、電解セルにおける陽極室及び陰極室の高さや厚みを特定の範囲とし、さらに電解液や発生するガスの流れ方向に特定の間隔で整流板を設けることで、ゼロギャップ構造を有する電解槽において、これらのバックミキシングを抑制することを見出した。すなわち、電解液や水素及び酸素のガスの流れを適切な範囲に制御することにより、特に電流密度が高い場合のオーム損の増大を抑制でき、さらに、電極での発熱を適切な範囲に制御できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0017】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1]陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、ことを特徴とする、電解槽。
[2]陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、ことを特徴とする、アルカリ水電解用電解槽。
[3]前記整流板の少なくとも一部が導電性を有し、前記整流板が前記電極と物理的及び電気的に接続されている、[1]又は[2]に記載の電解槽。
[4]隣接する前記エレメント間において前記外枠同士の間に前記隔膜を有するガスケットが挟持され、前記ガスケットは、厚みが3.0mm〜10mm、100%変形時の弾性率が1.0MPa〜10MPaである、[1]〜[3]のいずれかに記載の電解槽。
[5]前記陽極又は前記陰極と前記隔壁との間に、導電性弾性体及び集電体が、前記導電性弾性体が前記陽極又は前記陰極と前記集電体とに挟まれるように、設けられている、[1]〜[4]のいずれかに記載の電解槽。
[6]前記導電性弾性体が、ニッケル製のクッションマットである、[5]に記載の電解槽。
【0018】
[7][1]〜[6]のいずれかに記載の電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含むことを特徴とする、電解装置。
【0019】
[8]陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である、アルカリ水電解用電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含む、電解装置を用いて、下記式(1)
式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す)
から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として電解液を循環させることによって電解を行うことを特徴とする、水電解方法。
[9]前記電解槽内の前記電解液の温度を、80℃〜130℃とする、[8]に記載の水電解方法。
【0020】
[10]アルカリを含有する水を電解槽により水電解し、水素を製造する水素製造方法において、
前記電解槽は、陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触しており、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、
前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、水素製造方法。
【0021】
[11]前記陽極及び前記陰極を含む複数の前記エレメントが、多孔膜である前記隔膜を挟んで重ね合わされ、
前記陰極と、前記陰極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陰極集電体とを含む陰極複合体、及び/又は、前記陽極と、前記陽極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陽極集電体とを含む陽極複合体、を備えており、
前記陽極と前記陰極集電体との距離及び/又は前記陰極と前記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、
前記導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、
前記ゼロギャップ構造において、前記隔膜と、前記陽極及び/又は前記陰極との間にかかる面圧が8kN/m2以上100kN/m2以下である、
[1]〜[6]のいずれかに記載の電解槽。
[12]前記導電性弾性体の線径が0.1mm以上0.5mm以下である、[11]に記載の電解槽。
[13]前記隔膜の平均透水孔径が0.01μm以上1.0μm以下である、[11]又は[12]に記載の電解槽。
[14]前記隔膜の厚みが100μm以上600μm以下である、[11]〜[13]のいずれかに記載の電解槽。
[15]前記隔膜の気孔率が30%以上70%以下である、[11]〜[14]のいずれかに記載の電解槽。
[16]前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下である、[11]〜[15]のいずれかに記載の電解槽。
[17]前記エレメントの通電面の面積S1が0.1m2以上10m2以下である、[11]〜[16]のいずれかに記載の電解槽。
[18]前記エレメントの厚みdが10mm以上100mm以下である、[11]〜[17]のいずれかに記載の電解槽。
[19]電解セルを50個以上500個以下含む、[11]〜[18]のいずれかに記載の電解槽。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の全体について示す側面図である。
【図2】本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例のゼロギャップ構造を図1に示す破線四角枠の部分について示す側面図である。
【図3】本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の電極室部分について示す平面図である。
【図4】本実施形態の内部ヘッダー型のアルカリ水電解用複極式電解槽の例を示す平面図である。
【図5】図4に示すアルカリ水電解用複極式電解槽の例を図4の線A−Aに沿う面により切断したときの断面の一部を示す図である。
【図6】本実施形態の外部ヘッダー型のアルカリ水電解用複極式電解槽の例を示す平面図である。
【図7】図6に示すアルカリ水電解用複極式電解槽の例を図6の線B−Bに沿う面により切断したときの断面の一部を示す図である。
【図8】本実施形態のアルカリ水電解用電解装置の概要を示す図である。
【図9】本実施例Aのモデル電解槽の概要を示す図である。(A)は、モデル電解槽の正面図(左図)及び側面図(右図)を示し、(B)は、モデル電解槽の電極室を形成したアクリル板を斜視図で示し、(C)は、モデル電解槽におけるゼロギャップ構造を示す。
【図10】本実施例Aの外部ヘッダー型の複極式電解槽の側面図の一部を電解液の流れと共に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0025】
(アルカリ水電解用複極式電解槽)
図1に、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の全体についての側面図を示す。
図2に、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例のゼロギャップ構造を図1に示す破線四角枠の部分についての側面図を示す。
図3に、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の一例の電極室部分についての平面図を示す。
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽は、図1に示すとおり、陽極2aと、陰極2cと、陽極2aと陰極2cとを隔離する隔壁1と、隔壁1を縁取る外枠3とを備える複数の複極式エレメント60が隔膜4を挟んで重ね合わせられている複極式電解槽50である。
【0026】
また、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50は、隔膜4が陽極2a及び陰極2cと接触してゼロギャップ構造Zが形成されている(図2参照)。
【0027】
そして、本実施形態における複極式電解槽50では、隔壁1と外枠3と隔膜4とにより電解液が通過する電極室5が画成されており、電極室5には隔壁1に沿う所与の方向D1に対して平行に配置される複数の整流板6が設けられている(図2、図3参照)。言い換えれば、電極室5には互いに平行に並べられた複数の整流板6が隔壁1に沿う所与の方向D1に平行に設けられている(図2、図3参照)。
【0028】
(電解槽)
本実施形態のアルカリ水電解用電解槽50は、単極式であっても、複極式であってもよく、隔膜4を介して複極式エレメント60がスタックされたアルカリ水電解用複極式電解セル65を含む複極式電解槽50であることが好ましい。
単極式とは、1又は複数のエレメントを直接電源に接続する方法であり、並列に並べた陰極2cと陽極2aとを備える各エレメントの陽極2aに隔膜4を挟んで陰極ターミナルエレメント51cを設け、陰極2cに隔膜4を挟んで陽極ターミナルエレメント51aを設け、各ターミナルエレメントに電源をつなぐ並列回路である。
複極式は、多数のセルを電源に接続する方法の1つであり、片面が陽極2a、片面が陰極2cとなる複数の複極式エレメント60を同じ向きに並べて直列に接続し、両端のみを電源に接続する方法である。
複極式電解槽50は、電源の電流を小さくできるという特徴を持ち、電解により化合物や所定の物質等を短時間で大量に製造することができる。電源設備は出力が同じであれば、定電流、高電圧の方が安価でコンパクトになるため、工業的には単極式よりも複極式の方が好ましい。
【0029】
((エレメント))
上記エレメントとしては、単極式電解槽に用いられる単極式エレメントと、複極式電解槽に用いられる複極式エレメント等が挙げられる。中でも、複極式エレメントが好ましい。
一例のアルカリ水電解用複極式電解槽50に用いられる複極式エレメント60は、図1に示すように、陽極2aと陰極2cとを隔離する隔壁1を備え、隔壁1を縁取る外枠3を備えている。より具体的には、隔壁1は導電性を有し、外枠3は隔壁1の外縁に沿って隔壁1を取り囲むように設けられている。
上記エレメントは、陽極2a、陰極集電体2r、導電性弾性体2e、陰極2cをこの順に含み、さらに、隔壁1、リブ6、外枠3、逆電吸収体、陽極集電体等を備えていてもよい。
【0030】
なお、本実施形態では、複極式エレメント60は、通常、隔壁1に沿う所与の方向D1が、鉛直方向となるように、使用してよく、具体的には、図2、図3に示すように隔壁1の平面視形状が長方形である場合、隔壁1に沿う所与の方向D1が、向かい合う2組の辺のうちの1組の辺の方向と同じ方向となるように、使用してよい(図1〜図7参照)。そして、本明細書では、上記鉛直方向を電解液通過方向とも称する。
【0031】
本実施形態では、図1に示すとおり、複極式電解槽50は複極式エレメント60を必要数積層することで構成されている。
図1に示す一例では、複極式電解槽50は、一端からファストヘッド51g、絶縁板51i、陽極ターミナルエレメント51aが順番に並べられ、更に、陽極側ガスケット部分7、隔膜4、陰極側ガスケット部分7、複極式エレメント60が、この順番で並べて配置される。このとき、複極式エレメント60は陽極ターミナルエレメント51a側に陰極2cを向けるよう配置する。陽極側ガスケット部分7から複極式エレメント60までは、設計生産量に必要な数だけ繰り返し配置される。陽極側ガスケット部分7から複極式エレメント60までを必要数だけ繰り返し配置した後、再度、陽極側ガスケット部分7、隔膜4、陰極側ガスケット部分7を並べて配置し、最後に陰極ターミナルエレメント51c、絶縁板51i、ルーズヘッド51gをこの順番で配置される。複極式電解槽50は、全体をタイロッド方式51r(図1参照)や油圧シリンダー方式等の締め付け機構により締め付けることにより一体化され、複極式電解槽50となる。
複極式電解槽50を構成する配置は、陽極2a側からでも陰極2c側からでも任意に選択でき、上述の順序に限定されるものではない。
【0032】
図1に示すように、複極式電解槽50では、複極式エレメント60が、陽極ターミナルエレメント51aと陰極ターミナルエレメント51cとの間に配置されている。隔膜は、陽極ターミナルエレメント51aと複極式エレメント60との間、隣接して並ぶ複極式エレメント60同士の間、及び複極式エレメント60と陰極ターミナルエレメント51cとの間に配置されている。
【0033】
また、本実施形態の複極式電解槽は、上記電解セルを50個以上500個以下含むことが好ましく、70個以上300個以下含むことがより好ましく、100個以上200個以下含むことがさらに好ましい。
特に、外部ヘッダー型の電解セルである場合、重ね合わせる電解セルの数が500個以下であると、リーク電流が少なくなり、効率が高くなる。また、シール面圧が均一になり易く、電解液の漏れやガス漏洩が起こりにくい。また、電解セルの数が50個以上であると、大電力をためることが可能となり、実質的に電力貯蔵システムとして一層機能することが可能となる。
【0034】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、図2に示すとおり、隔膜4が陽極2a及び陰極2cと接触してゼロギャップ構造Zが形成されている。
【0035】
アルカリ水電解において、隔膜4と、陽極2aや陰極2cとの間に隙間がある場合、この部分には電解液の他に電解で発生した大量の気泡が滞留することで、電気抵抗が非常に高くなる。電解セル65における大幅な電解電圧の低減を図るためには、陽極2aと陰極2cの間隔(以下、「極間距離」ともいう。)をできるだけ小さくして、陽極2aと陰極2cの間に存在する電解液や気泡の影響をなくすことが効果的である。
【0036】
そこで、電極2全面にわたり、陽極2aと隔膜4とが互いに接触し、且つ、陰極2cと隔膜4とが互いに接触している状態、又は、電極2全面にわたり、極間距離が隔膜4の厚みとほぼ同じとなる距離で、陽極2aと隔膜4との間及び陰極2cと隔膜4との間に隙間のほとんど無い状態、に保つことのできる、ゼロギャップ構造Zが採用される。
【0037】
極間距離を小さくするための手段は、既にいくつか提案されており、例えば、陽極2aと陰極2cを完全に平滑に加工して、隔膜4を挟むように押し付ける方法や、電極2と隔壁1との間にバネ等の弾性体(特に導電性弾性体2e)を配置し、この弾性体で電極2を支持する方法、電極2と隔壁1との間に上記弾性体(特に導電性弾性体2e)と集電体(特に陰極集電体2r)とを配置し、集電体で弾性体をささえる方法等が挙げられる。図1に示す例では、弾性体を用いる方法が採用されている。
【0038】
本発明のアルカリ水電解用電解槽は、陽極2a及び陰極2cを含む複数のエレメントが、隣り合うエレメントの陰極2cと陽極2aとが向かい合うように、多孔膜である隔膜4を挟んで重ね合わされている。また、上記陰極2cと、上記陰極の隔膜側とは反対側に順に設けられた導電性弾性体及び陰極集電体とを含む陰極複合体、及び/又は、上記陽極2aと、上記陽極の隔膜側とは反対側に順に設けられた導電性弾性体及び陽極集電体とを含む陽極複合体、を備えている。
【0039】
また、本実施形態における複極式電解槽50では、図2、図3に示すとおり、隔壁1と外枠3と隔膜4とにより、電解液が通過する電極室5が画成されている。
【0040】
本実施形態では、特に、複極式電解槽50における、隣接する2つの複極式エレメント60間の互いの隔壁1間における部分、及び、隣接する複極式エレメント60とターミナルエレメントとの間の互いの隔壁1間における部分を電解セル65と称する。電解セル65は、一方のエレメントの隔壁1、陽極室5a、陽極2a、及び、隔膜4、及び、他方のエレメントの陰極2c、陰極室5c、隔壁1を含む。
【0041】
詳細には、電極室5は、外枠3との境界において、電極室5に電解液を導入する電解液入口5iと、電極室から電解液を導出する電解液出口5oとを有する。より具体的には、陽極室5aには、陽極室5aに電解液を導入する陽極電解液入口5aiと、陽極室5aから導出する電解液を導出する陽極電解液出口5aoとが設けられる。同様に、陰極室5cには、陰極室5cに電解液を導入する陰極電解液入口5ciと、陰極室5cから導出する電解液を導出する陰極電解液出口5coとが設けられる。
【0042】
なお、図1〜図3に示した例では、長方形形状の隔壁1と長方形形状の隔膜4とが平行に配置され、また、隔壁1の端縁に設けられた直方体形状の外枠3の隔壁1側の内面が隔壁1に垂直となっているため、電極室5の形状が直方体となっている。
【0043】
複極式電解槽50には、通常、電解液を配液又は集液する管であるヘッダー10が取り付けられ、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの下方に、陽極室5aに電解液を入れる陽極入口ヘッダー10aiと、陰極室5cに電解液を入れる陰極入口ヘッダー10ciとを備えている。また、同様に、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの上方に、陽極室5aから電極液を出す陽極出口ヘッダー10aoと、陰極室5cから電解液を出す陰極出口ヘッダー10coとを備えている。
なお、図1〜図3に示す複極式電解槽50に取り付けられるヘッダー10の配設態様として、代表的には、内部ヘッダー10I型と外部ヘッダー10O型とがあるが、本発明では、いずれの型を採用してもよく、特に限定されない。
【0044】
本実施形態の複極式電解槽50では、陽極入口ヘッダー10aiで配液された電解液が、陽極電解液入口5aiを通って陽極室5aに導入され、陽極室5aを通過し、陽極電解液出口5aoを通って陽極室5aから導出され、陽極出口ヘッダー10aoで集液される。
【0045】
そして、本実施形態における電極室は、図2、図3に示すとおり、隔壁1に沿う所与の方向D1に対して平行に配置される複数の整流板6を備える。
【0046】
整流板6は、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制する。
【0047】
特に、図1〜図3に示した例では、複数の整流板6が、隔壁1に沿う所与の方向D1(図示の例では、電解液通過方向)に垂直な方向に、一定の間隔(ピッチ)で設けられている。
【0048】
また、一例の複極式電解槽50では、整流板6は、電極室5の高さとほぼ同じ長さを有し、隔壁1に垂直に設けられている。整流板6は、必須ではないが、電解槽の重量を削減する等の目的で、隔壁1に沿う所与の方向D1(図示の例では、電解液通過方向)について所定のピッチで貫通孔を有している。
【0049】
ここで、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板6の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。
【0050】
上記長さAは、図2、図3に示すように電極室5の高さを示すものとしてもよく、電極室5内で隔壁1に沿う所与の方向D1(電解液通過方向)の長さに変化がある場合には、その長さの平均としてよい。また、電極室5が隔壁1に沿う所与の方向D1に関して途中で分断されている場合には、上記長さAは、分断されていた部分についての上記長さAに相当する長さの合計としてよい。
上記長さBは、図2に示すように電極室5の厚さを示すものとしてもよく、電極室5内で電極2に垂直な方向の長さに変化がある場合には、その長さの平均としてよい。
上記間隔Cは、複数の整流板6が一定の間隔(ピッチ)で設けられている場合には、その間隔(ピッチ)をいい(図3参照)、複数の整流板6が一定の間隔(ピッチ)で設けられていない場合には、設けられた複数の整流板6同士の間隔の平均をいう。また、隣接する2つの整流板6間においてその間隔が整流板6の延在方向について変化している(一定でない)場合には、当該隣接する2つの整流板6間の間隔の平均としてよい。
【0051】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50によれば、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、上記のとおり規定することで、電解液及びガスの流れを幅広い電解条件で改善し、バックミキシング現象を制御することで、高電流密度運転時の電解過電圧の急激な上昇を抑え、生産性の高いゼロギャップ構造Zを有する複極式電解槽50の設計が可能になる。
ひいては、高電流密度での運転や変動電源での運転で用いてアルカリ水電解を行った際に電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができ、長期に渡って安定して高い電解効率を実現することができる。
【0052】
上記効果をさらに高める観点に加え、電極室5内の気液比の断続的な変動による圧力変動を抑制する観点から、上記長さA、上記長さB、上記間隔Cを、下記の範囲とすることが好適である。
本実施形態では、上記長さAについて、0.40m以上3.0m以下であることが好ましく、0.50m以上2.5m以下であることがさらに好ましく、0.60m以上2.0m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記長さBについて、0.0050m以上0.025m以下であることが好ましく、0.0060m以上0.023m以下であることがさらに好ましく、0.0070m以上0.020m以下であることがより好ましい。
本実施形態では、上記間隔Cについて、0.060m以上0.12m以下であることが好ましく、0.070m以上0.11m以下であることがさらに好ましく、0.080m以上0.10m以下であることがより好ましい。
上記長さAの範囲、上記長さBの範囲、上記間隔Cの範囲は、本発明の効果を好適に得るうえで、それぞれ個別に選択されてもよい。
【0053】
なお、隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な方向について最外端に位置する整流板6と外枠3との間の間隔(図示せず)としては、特に限定されるものではないが、本発明の効果を高める観点から、0.050m以上0.19m以下とするのが好ましい。
【0054】
さらに、発明者らは、特に風力や太陽光等の再生可能エネルギーから得られる変動する電源での運転時に、電極室5内の気液比の断続的な変動により、電解液の乱れが増長されることが観測されたことから、これを克服する方法を種々検討した結果、下記好適特徴を見出した。
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下であることが好ましい。
【0055】
なお、上記断面積Dは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面形状が略矩形である場合、(前述の長さB)×(前述の間隔C)としてよい。
また、上記{(2×D)/(B+C)}は、一般的に前記断面形状が略矩形である場合、水力直径Dhを示すものであり、断面積Dと合わせて流体の流れ状態に相関する因子である。
【0056】
上記断面積D及び上記{(2XD)/(B+C)}を上記のとおり規定することで、幅広い電解液流量の範囲、電解液温度の範囲において、液及びガスの流れを制御し、気液比の乱れを抑える効果を容易に発現することができる。これにより、気液分離状態が改善され、電極室5内の圧力変動や両極室間の差圧変動を抑制させやすい。
ひいては、電解室5出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制する、電解室5内における気液の流れの乱れにより電解室5に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制するという本発明の効果を、より高い電流密度、より多くのセル数を有する電解槽50においても、安定して高めることができる。
【0057】
上記効果をさらに高める観点から、本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)では、上記断面積Dについて、0.0010m2以上0.0040m2以下であることがさらに好ましく、0.0010m2以上0.0035m2以下であることが特に好ましい。
本実施形態では、上記{(2×D)/(B+C)}について、0.020m以上0.045m以下であることがさらに好ましく、0.025m以上0.040m以下であることがさらに好ましい。
上記断面積Dの範囲、上記{(2×D)/(B+C)}の範囲は、本発明の効果を好適に得るうえで、それぞれ個別に選択されてもよい。
【0058】
なお、本発明において、電極室5の形状は、図1〜図3に示す例の直方体に限定されることなく、隔壁1や隔膜4の平面視形状、外枠3の隔壁1側の内面と隔壁1とのなす角度等により、適宜変形されてよく、本発明の効果が得られる限り、いかなる形状であってもよい。
【0059】
なお、本発明において、電極室5における整流板6の配設態様は、図1〜図3に示す例に限定されない。
本発明において、整流板6の数や整流板6の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な方向についての一定の間隔(ピッチ)は、本発明の効果が得られる限り、適宜定められてよい。ここで、整流板6の間隔は、一定でなくてもよい。
また、本発明において、整流板6の長さ、整流板6と隔壁1とのなす角度、貫通孔の数や貫通孔の隔壁1に沿う所与の方向D1についての一定の間隔(ピッチ)は、本発明の効果が得られる限り、適宜定められてよい。ここで、貫通孔の間隔は、一定でなくてもよい。
【0060】
なお、図1〜図3に示す例では、隔壁1、陽極2a、陰極2cがいずれも所定の厚みを有する板状の形状であるが、本発明はこれに限定されることなく、断面において全部又は一部がジグザグ状、波状となる形状であってもよく、端部が丸みを帯びている形状であってもよい。
【0061】
従来技術におけるゼロギャップ構造を有する装置では、再生可能エネルギー等の変動電源下等で運転する場合、セル電圧が上昇することがあった。そのため、アルカリ水電解用電解槽には、再生可能エネルギー等の変動電源下等で運転する場合でも、セル電圧が上昇しにくいこともまた、追加的な課題として求められている。
発明者らは上記課題について、陽極と陰極集電体との距離、材料の物性や隔膜・陽極・陰極との間にかかる面圧を適切にコントロールすることで解決できることも見出し、本発明をなすに至った。
より具体的には、再生可能エネルギー由来の電気を水素に変換して貯蔵するといった用途では、従来の装置に較べ精緻な装置構造が求められるわけであるが、例えば、複数のセル間で電解電圧のばらつきを生じ経時的に電解電圧の上昇を起こす場合があるという新たな課題が生じてきたのである。この点についても、鋭意検討を進めた結果、面積の大きなセルを多数スタックして電解槽を構成する場合に、製作精度やセルをスタックする際の組み立てのばらつきなどが原因と推定された。そこで、このようなばらつきを許容して、安定的にセルの性能を発現させる方法についても検討を行った。その結果、電解電圧が製作精度やセルをスタックする際の組み立てのばらつきにより、望ましいセロギャップ構造を必ずしも取れない場合があることと推定され、これを抑制する構成として以下の構成に至った。
【0062】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)のアルカリ水電解用電解槽は、上記隔膜4が上記陽極2a及び上記陰極2cと接触してゼロギャップ構造Zが形成されており、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、上記導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記隔膜4と上記陰極2c及び/又は上記陽極2aとの間にかかる面圧が8.00kN/m2以上100.00kN/m2以下である。
なお、「上記陽極と上記陰極集電体との距離」とは、隔膜4を挟んだ、隣り合うエレメントの陽極2aと陰極集電体2rとの距離であって、陰極集電体2rの導電性弾性体2e側の面と、陽極2aと隔膜4とが接する面との距離をいう。また、「上記陰極と上記陽極集電体との距離」とは、隔膜を挟んだ、隣り合うエレメントの陰極と陽極集電体との距離であって、陽極集電体の導電性弾性体側の面と、陰極と隔膜とが接する面との距離をいう。
本実施形態のアルカリ水電解用電解槽は、上記構成を有するため、再生可能エネルギー等の変動電源下等で運転する場合でも、セル電圧が上昇しにくい。
より詳細には、電極・集電体間距離、陽極及び/又は陰極を構成する電極、集電体、弾性体の特性を上記の範囲内とすることで、製作精度やセルをスタックする際の組み立てのばらつきを克服して、望ましいゼロギャップ状態をセルスタック全体で作ることができるものと考えられる。加えて、電解を長期に行うとガス発生時にゼロギャップ構造内での振動を与え続けた際にも、その振動をうまく吸収して長期にわたって安定なゼロギャップ構造を保持することができるようになるものと推定される。
【0063】
ここで、本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65は、上記ゼロギャップ構造Zを有し、ゼロギャップ構造Zにおいて上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、上記導電性弾性体2eの密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記隔膜4と上記陰極2cとの間にかかる面圧が8.00kN/m2以上100.00kN/m2以下であるため、再生可能エネルギー等の変動電源下で運転する場合において、電極2によって隔膜4が押しつぶされて、電解液流路となる隔膜4の孔が閉塞しセル電圧上昇することを抑制することができる。また、電極2や隔膜面で発生したガスにより、圧変動で隔膜4が振動して、隔膜4と電極2との極間距離が開くことによるセル電圧上昇を抑制することができる。上記の範囲から外れると、運転条件を変更した場合でも、上述の効果が得られにくい。
【0064】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65では、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記隔膜4を挟んだ上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が、1.0mm以上6.0mm以下であり、1.2mm以上5.0mm以下であることが好ましく、より好ましくは1.3mm以上4.0mm以下である。
ここで、ゼロギャップ構造Zにおいて、陽極複合体及び陰極複合体を備える場合、上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であってもよいし、上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び上記陰極2cと上記陽極集電体との距離の一方の距離が1.0mm以上6.0mm以下であってもよい。図2に示す例では、陽極2aと陰極複合体とを含むゼロギャップ構造において、陽極2aと陰極集電体2rとの距離が1.0mm以上6.0mm以下である。本明細書において、陽極2aと陰極複合体2rとを含むゼロギャップ構造Zにおける、陽極2aと陰極集電体2rとの距離を距離aと称する場合がある。
なお、上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの上記距離は、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0065】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65では、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記導電性弾性体の厚みは、0.5mm以上5.5mm以下であることが好ましく、より好ましくは0.7mm以上4.5mm以下である。
上記厚みが0.5mm以上であると、再生可能エネルギー等の変動電源下で運転する場合において、電極によって隔膜が押しつぶされて、電解液流路となる隔膜の孔が閉塞しセル電圧上昇することを抑制することができる。また、上記厚みが5.5mm以下であると電極や隔膜面で発生したガスにより、圧変動で隔膜が振動して、隔膜と電極との極間距離が開くことによるセル電圧上昇を抑制することができる。
なお、上記導電性弾性体の厚みは、上記隔膜4を挟んだ上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が上記範囲であるゼロギャップ構造Zにおける、陽極2aと陰極集電体2r間及び/又は陰極2cと陽極集電体間の導電性弾性体の厚みをいう。
【0066】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65では、集電体と隔壁1との距離は、1mm以上40mm以下であることが好ましく、より好ましくは5mm以上25mm以下である。
上記距離が1mm以上であると、発生したガスを電極裏面への排出しやすくなり、また、電解液を供給しやすくなる。また、上記距離が40mm以下であると、発生したガスによってバックミキシングが生じやすく、隔膜4と電極2の界面に付着したガスの脱泡性に優れる。更に、電極室5内での温度や電解液濃度を均一化することができる。
なお、集電体と隔壁1との上記距離は、同一エレメント内の集電体と隔壁1との距離であって、集電体の隔壁側の面と隔壁1の該集電体側の面との距離をいう。
【0067】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65では、上記ゼロギャップ構造Zにおいて、上記隔膜4と上記陽極2a及び/又は上記陰極2cとの間にかかる面圧が、8.00kN/m2以上100.00kN/m2以下であり、好ましくは14.00kN/m2以上90.00kN/m2以下、より好ましくは19.00kN/m2以上60.00kN/m2以下である。面圧を上記範囲とすることにより、隔膜内の細孔がつぶれにくくなり、セル電圧が上昇しにくくなる。
ここで、「上記隔膜と上記陽極及び/又は上記陰極との間にかかる面圧」とは、上記隔膜4を挟んだ上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が上記範囲であるゼロギャップ構造Zにおける、上記隔膜4と上記陽極2a及び/又は上記陰極2cとの間にかかる面圧をいう。
なお、上記面圧は、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0068】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65では、上記ゼロギャップ構造において、導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、好ましくは0.2g/cm3以上3.0g/cm3以下、更に好ましくは0.4g/cm3以上2.5g/cm3以下である。導電性弾性体の密度を上記範囲とすることにより、隔膜と電極間の面圧を適度に制御することができ、隔膜内の細孔がつぶれにくくなる。
ここで、「導電性弾性体の密度」とは、上記隔膜4を挟んだ上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの距離及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との距離が上記範囲であるゼロギャップ構造における、上記陽極2aと上記陰極集電体2rとの間及び/又は上記陰極2cと上記陽極集電体との間にある、上記導電性弾性体の密度をいう。
なお、上記密度は、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0069】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65は、上記エレメントの通電面の面積S1が0.1m2以上10m2以下であることが好ましく、より好ましくは0.15m2以上8m2以下である。通電面が0.1m2以上であると、電解液供給ヘッダーを適度な大きさとすることができ、製作が容易となる。10m2以下であると、シール面圧が均一になり易く、電解液の漏れやガスの漏れが起こりにくくなる。
上記エレメントの通電面の面積S1とは、エレメントの電極(陽極及び陰極)の隔壁に平行な面における面積をいう。なお、陽極、陰極において上記面積が異なる場合には、その平均をいうものとする。
【0070】
本実施形態(例えば、上記[1]〜[20]の形態等)の電解セル65は、上記エレメントの厚みdが10mm以上100mm以下であることが好ましい。エレメントの厚みが10mm以上であると、電解セルのガス液チャンバー内のガス比率が増大しにくく、セル電圧が一層上昇しにくくなる。また、100mm以下であると、ヘッダーの圧損の影響を受けにくく、均一分配しやすくなる。また、設置面積を適度な大きさとすることができる。
上記エレメントの厚さdとは、隣接する2つのエレメントの隔壁1同士の間の隔壁1に垂直な方向についての距離をいう。
【0071】
本実施形態では、上述の電解槽の特徴を単独で用いてもよく複数組み合わせて用いてもよい。
【0072】
本実施形態の電解槽は、
陽極と、陰極と、陽極と陰極とを隔離する隔壁と、隔壁を縁取る外枠とを備える複数の複極式エレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に隔壁に沿う所与の方向に対して平行に複数の整流板が設けられた複極式電解槽であり、電極室の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、
電極室の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である、
ことを特徴とし、
且つ、
陽極及び陰極を含む複数の複極式エレメントが、多孔膜である隔膜を挟んで重ね合わされ、陰極と、
陰極の隔膜側とは反対側に順に設けられた導電性弾性体及び陰極集電体とを含む陰極複合体、及び/又は、陽極と、陽極の隔膜側とは反対側に順に設けられた導電性弾性体及び陽極集電体とを含む陽極複合体、を備えており、
陽極と陰極集電体との距離及び/又は陰極と陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、
導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、
ゼロギャップ構造において、隔膜と、陽極及び/又は陰極との間にかかる面圧が8kN/m2以上100kN/m2以下である、
ことを特徴とする
電解槽としてよい。
【0073】
以下、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50の構成要素について詳細に説明する。
また、以下では、本発明の効果を高めるための好適形態についても詳述する。
【0074】
−隔壁−
隔壁1は、陰極2cと陽極2aとの間であって、陽極2aと陰極複合体との間及び/又は陰極2cと陽極複合体との間に設けられることが好ましい。
本実施形態における隔壁1の形状は、所定の厚みを有する板状の形状としてよいが、特に限定されない。
隔壁1の平面視形状としては、特に限定されることなく、矩形(正方形、長方形等)、円形(円、楕円等)としてよく、ここで、矩形は角が丸みを帯びていてもよい。
一実施形態において、隔壁1と外枠3とを溶接その他の方法で接合することで一体化してもよく、例えば、隔壁1に、隔壁1の平面に対して垂直な方向に張り出したフランジ部(陽極2a側に張り出した陽極フランジ部、陰極2c側に張り出した陰極フランジ部)を設け、フランジ部を外枠3の一部としてもよい。
【0075】
なお、隔壁1は、通常、隔壁1に沿う所与の方向D1が、鉛直方向となるように、使用してよく、具体的には、図2、図3に示すように隔壁1の平面視形状が長方形である場合、隔壁1に沿う所与の方向D1が、向かい合う2組の辺のうちの1組の辺の方向と同じ方向となるように、使用してよい(図1〜図7参照)。そして、本明細書では、上記鉛直方向を電解液通過方向とも称する。
【0076】
隔壁1のサイズとしては、特に限定されることなく、電極室5のサイズに応じて適宜設計されてよい。
特に、隔壁1が板状の形状である場合、隔壁1の厚さは、0.5mm〜5mmとしてよく、縦の長さや横の長さは、特に限定されない。
上記隔壁の厚みは、陽極リブと陰極リブが隔壁に溶接等で接合されて一体構造になっている場合は、陽極リブや陰極リブにより補強されるので、厚くする必要はない。通常は、0.5〜2mmの厚みで十分である。0.5mmより薄いと陽極リブや陰極リブと隔壁との溶接も困難になる上、製作上もハンドリングがし難くなる欠点があり、また2mmより厚い場合は、製作コストが高くなり電解ユニットも重くなるため好ましくない。
【0077】
隔壁1の材料としては、電力の均一な供給を実現する観点から、高い導電性を有する材料が好ましく、耐アルカリ性や耐熱性といった面から、ニッケル、ニッケル合金、軟鋼、ニッケル合金上にニッケルメッキを施したものが好ましい。
【0078】
−電極−
本実施形態のアルカリ水電解による水素製造において、エネルギー消費量の削減、具体的には電解電圧の低減は、大きな課題である。この電解電圧は電極2に大きく依存するため、両電極2の性能は重要である。
【0079】
アルカリ水電解の電解電圧は、理論的に求められる水の電気分解に必要な電圧の他に、陽極反応(酸素発生)の過電圧、陰極反応(水素発生)の過電圧、陽極2aと陰極2cとの電極2間距離による電圧とに分けられる。ここで、過電圧とは、ある電流を流す際に、理論分解電位を越えて過剰に印加する必要のある電圧のことを言い、その値は電流値に依存する。同じ電流を流すとき、過電圧が低い電極2を使用することで消費電力を少なくすることができる。
【0080】
低い過電圧を実現するために、電極2に求められる要件としては、導電性が高いこと、酸素発生能(或いは水素発生能)が高いこと、電極2表面で電解液の濡れ性が高いこと等が挙げられる。
【0081】
アルカリ水電解の電極2として、過電圧が低いこと以外に、再生可能エネルギーのような不安定な電流を用いても、電極2の基材及び触媒層の腐食、触媒層の脱落、電解液への溶解、隔膜4への含有物の付着等が起きにくいことが挙げられる。
【0082】
電極2のサイズとしては、特に限定されることなく、電極室5のサイズに合わせて定められてよく、縦:0.4m〜4.0m、横:0.4m〜6.0m、厚さ:0.1mm〜3mmとしてよい。
【0083】
本実施形態における電極2としては、電解に用いられる表面積を増加させるため、また、電解により発生するガスを効率的に電極2表面から除去するために、陽極及び陰極のうち少なくとも一方が多孔体であることが好ましく、陽極及び陰極が多孔体であることがより好ましい。特に、ゼロギャップ電解槽の場合、隔膜4との接触面の裏側から発生するガスを脱泡する必要があるため、電極2の膜に接する面と反対に位置する面が、貫通していることが好ましい。
【0084】
多孔体の例としては、平織メッシュ、パンチングメタル、エキスパンドメタル、金属発泡体等が挙げられる。
【0085】
本実施形態における電極2は、基材そのものとしてもよく、基材の表面に反応活性の高い触媒層を有するものとしてもよいが、基材の表面に反応活性の高い触媒層を有するものが好ましい。
【0086】
基材の材料は、特に制限されないが、使用環境への耐性から、軟鋼、ステンレス、ニッケル、ニッケル基合金が好ましい。
【0087】
陽極2aの触媒層は、酸素発生能が高いものであることが好ましく、ニッケルやコバルト、鉄もしくは白金族元素等を使用することができる。これらは、所望の活性や耐久性を実現するために、金属単体や、酸化物等の化合物、複数の金属元素からなる複合酸化物や合金、或いはそれらの混合物として、触媒層を形成できる。具体的には、ニッケルめっきや、ニッケルとコバルト、ニッケルと鉄等の合金めっき、LaNiO3やLaCoO3、NiCo2O4等のニッケルやコバルトを含む複合酸化物、酸化イリジウム等の白金族元素の化合物、グラフェン等の炭素材料等が挙げられる。耐久性や基材との接着性を向上させるために高分子等の有機物が含まれていてもよい。
【0088】
陰極2cの触媒層は、水素発生能が高いものであることが好ましく、ニッケルやコバルト、鉄もしくは白金族元素等を使用することができる。これらは、所望の活性や耐久性を実現するために、金属単体や、酸化物等の化合物、複数の金属元素からなる複合酸化物や合金、或いはそれらの混合物として、触媒層を形成できる。具体的には、ラネーニッケルや、ニッケルとアルミニウム、或いはニッケルと錫等の複数の材料の組み合わせからなるラネー合金、ニッケル化合物やコバルト化合物を原料として、プラズマ溶射法により作製した多孔被膜、ニッケルと、コバルト、鉄、モリブデン、銀、銅等から選ばれる元素との合金や複合化合物、水素発生能が高い白金やルテニウム等の白金族元素の金属や酸化物、及び、それら白金族元素の金属や酸化物と、イリジウムやパラジウム等の他の白金族元素の化合物やランタンやセリウム等の希土類金属の化合物との混合物、グラフェン等の炭素材料等が挙げられる。高い触媒活性や耐久性を実現するために、上記の材料を複数積層してもよく、触媒層中に複数混在させてもよい。耐久性や基材との接着性を向上させるために高分子材料等の有機物が含まれていてもよい。
【0089】
触媒層の厚みは、厚すぎると電気抵抗が増加し過電圧を上昇させる場合があり、逆に薄すぎると長期間の電解や電解の停止により触媒層が溶解もしくは脱落することで電極2が劣化し、過電圧が上昇する場合がある。
これらの理由から、触媒層の厚みは、0.2μm以上1000μm以下が好ましく、より好ましくは0.5μm以上300μm以下である。
なお、触媒層の厚みは、例えば電子顕微鏡にて電極2の断面を観察することにより測定できる。
【0090】
基材上に触媒層を形成させる方法としては、めっき法、プラズマ溶射法等の溶射法、基材上に前駆体層溶液を塗布した後に熱を加える熱分解法、触媒物質をバインダー成分と混合して基材に固定化する方法、及び、スパッタリング法等の真空成膜法といった手法が挙げられる。
【0091】
本実施形態においては、電極2の比表面積は0.001m2/g以上1m2/g以下が好ましく、より好ましくは、0.005m2/g以上0.1m2/g以下である。電極2の比表面積(基材を含む電極2全体の比表面積)が小さいと、単位面積当たりの反応活性点が少なくなるので、低い過電圧が得られない場合がある。一方、水電解用電極2の比表面積が大き過ぎると触媒層の機械的強度が低下し、耐久性が低下する場合がある。
なお、比表面積は例えばBET法を用いて測定することができる。測定試料を専用セルに入れ、加熱真空排気を行うことにより前処理を行い、細孔表面への吸着物を予め取り除く。その後、−196℃で測定サンプルへのガス吸着の吸脱着等温線を測定する。得られた吸脱着等温線をBET法で解析することにより、測定サンプルの比表面積を求めることができる。
【0092】
−外枠−
本実施形態における外枠3の形状は、隔壁1を縁取ることができる限り特に限定されないが、隔壁1の平面に対して垂直な方向に沿う内面を隔壁1の外延に亘って備える形状としてよい。
外枠3の形状としては、特に限定されることなく、隔壁1の平面視形状に合わせて適宜定められてよい。
外枠3の寸法としては、特に限定されることなく、電極室5の外寸に応じて設計されてよい。外枠3の幅は、10mm〜40mmとしてよく、15mm〜30mmが好ましく、外枠3の延在長さは、特に限定されない。
一実施形態において、隔壁1と外枠3とを溶接その他の方法で接合することで一体化してもよく、例えば、隔壁1に、隔壁1の平面に対して垂直な方向に張り出したフランジ部(陽極2a側に張り出した陽極フランジ部、陰極2c側に張り出した陰極フランジ部)を設け、フランジ部を外枠3の一部としてもよい。
この場合の陽極フランジ部及び陰極フランジ部の長さとしては、特に限定されないが、それぞれ、5mm〜20mmとしてよく、7.5mm〜15mmが好ましい。
【0093】
外枠3の材料としては、導電性を有する材料が好ましく、耐アルカリ性や耐熱性といった面から、ニッケル、ニッケル合金、軟鋼、ニッケル合金上にニッケルメッキを施したものが好ましい。
【0094】
−隔膜−
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50において用いられる隔膜4としては、イオンを導通しつつ、発生する水素ガスと酸素ガスを隔離するために、イオン透過性の隔膜4が使用される。このイオン透過性の隔膜4は、イオン交換能を有するイオン交換膜と、電解液を浸透することができる多孔膜が使用できる。このイオン透過性の隔膜4は、ガス透過性が低く、イオン伝導率が高く、電子電導度が小さく、強度が強いものが好ましい。
【0095】
−−多孔膜−−
多孔膜は、複数の微細な貫通孔を有し、隔膜4を電解液が透過できる構造を有する。電解液が多孔膜中に浸透することにより、イオン伝導を発現するため、孔径や気孔率、親水性といった多孔構造の制御が非常に重要となる。一方、電解液だけでなく、発生ガスを通過させないこと、すなわちガスの遮断性を有することが求められる。この観点でも多孔構造の制御が重要となる。
【0096】
多孔膜は、複数の微細な貫通孔を有するものであるが、高分子多孔膜、無機多孔膜、織布、不織布等が挙げられる。これらは公知の技術により作製することができる。
高分子多孔膜の製法例としては、相転換法(ミクロ相分離法)、抽出法、延伸法、湿式ゲル延伸法等が挙げられる。相転換法(ミクロ相分離法)とは、高分子材料を良溶媒に溶解して得られた溶液により製膜し、これを貧溶媒中で相分離させることで多孔質化する方法(非溶媒誘起相分離法)である。抽出法とは、高分子材料に炭酸カルシウム等の無機粉体を混練して製膜した後に、該無機粉体を溶解抽出して多孔質化する方法である。延伸法とは、所定の結晶構造を有する高分子材料のフィルムを所定の条件で延伸して開孔させる方法である。湿式ゲル延伸法とは、高分子材料を流動パラフィン等の有機溶剤で膨潤させてゲル状シートとし、これを所定の条件で延伸したのち有機溶剤を抽出除去する方法である。
無機多孔膜の製法例としては、焼結法等が挙げられる。焼結法は、プレスや押出しによって得られた成形物を焼き、微細孔を残したまま一体化させる方法である。
不織布の製法例としては、スパンボンド法、電界紡糸(エレクトロスピニング)法等が挙げられる。スパンボンド法とは、溶融したペレットから紡糸された糸を熱ロールで圧着し、シート状に一体化させる方法である。電界紡糸(エレクトロスピニング)法とは、溶融ポリマーの入ったシリンジとコレクター間に高電圧を印加しながら射出することで、細く伸長した繊維をコレクター上に集積させる方法である。
【0097】
多孔膜は、高分子材料と親水性無機粒子とを含むことが好ましく、親水性無機粒子が存在することによって多孔膜に親水性を付与することができる。
【0098】
−−−高分子材料−−−
高分子材料としては、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリビニリデンフロライド、ポリカーボネート、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリテトラフルオロエチレン、パーフルオロスルホン酸、パーフルオロカルボン酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール、ポリケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド等が挙げられる。これらの中でも、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリテトラフルオロエチレン、であることが好ましく、ポリスルホンであることがより好ましい。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0099】
高分子材料として、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホンを用いることで、高温、高濃度のアルカリ溶液に対する耐性が一層向上する。
また、例えば、非溶媒誘起相分離法等の方法を用いることで、隔膜4を一層簡便に製膜することができる。特にポリスルホンであれば、孔径を一層精度よく制御することができる。
【0100】
ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホンは架橋処理が施されていてもよい。かかる架橋処理が施されたポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホンの重量平均分子量は、標準ポリスチレン換算の重量平均分子量として、4万以上15万以下であることが好ましい。架橋処理の方法は、特に限定されないが、電子線やγ線等の放射線照射による架橋や架橋剤による熱架橋等が挙げられる。なお、標準ポリスチレン換算の重量平均分子量はGPCで測定することができる。
【0101】
多孔膜は、分離能、強度等適切な膜物性を得る為に、孔径を制御することが好ましい。また、アルカリ水電解に用いる場合、陽極2aから発生する酸素ガス及び陰極2cから発生する水素ガスの混合を防止し、かつ電解における電圧損失を低減する観点から、多孔膜の孔径を制御することが好ましい。
多孔膜の平均孔径が大きいほど、単位面積あたりの多孔膜透過量は大きくなり、特に、電解においては多孔膜のイオン透過性が良好となり、電圧損失を低減しやすくなる傾向にある。また、多孔膜の平均孔径が大きいほど、アルカリ水との接触表面積が小さくなるので、ポリマーの劣化が抑制される傾向にある。
一方、多孔膜の平均孔径が小さいほど、多孔膜の分離精度が高くなり、電解においては多孔膜のガス遮断性が良好となる傾向にある。さらに、後述する粒径の小さな親水性無機粒子を多孔膜に担持した場合、欠落せずしっかりと保持することができる。これにより、親水性無機粒子が持つ高い保持能力を付与でき、長期に亘ってその効果を維持することができる。
また、多孔膜の最大孔径は多孔膜の分離精度を高める為、制御されることが好ましい。具体的には、平均孔径と最大孔径との差が小さいほど、多孔膜の分離性能は高くなる傾向にある。特に、電解においては、多孔膜内の孔径のばらつきを小さく保てる為、ピンホールが発生して両電極室5から発生するガスの純度が低下する可能性を低くできる。
【0102】
上記多孔膜の平均透水孔径(平均孔径)は、0.01μm以上1.0μm以下が好ましく、より好ましくは0.1μm以上0.5μm以下である。平均透水孔径が0.01μm以上であると、細孔が閉塞しにくく、不純物によって細孔が目詰まりしにくい。また、1.0μm以下であると、ガス遮断性に優れる。
【0103】
かかる観点から、本実施形態の多孔膜においては、平均孔径は、0.1μm以上1.0μm以下、かつ/又は、最大孔径は0.1μmよりも大きく2.0μm以下の範囲であることが好ましく、また、平均孔径が、0.01μm以上1.0μm以下、かつ/または最大孔径は0.01μmよりも大きく2.0μm以下の範囲であることが好ましい。多孔膜は、孔径がこの範囲であれば、優れたガス遮断性と高いイオン透過性とを両立することができる。また、多孔膜の孔径は実際に使用する温度域において制御されることが好ましい。従って、例えば90℃の環境下での電解用隔膜4として使用する場合は、90℃で上記の孔径の範囲を満足させることが好ましい。また、多孔膜は、アルカリ水電解用隔膜4として、より優れたガス遮断性と高いイオン透過性とを発現できる範囲として、平均孔径が0.1μm以上0.5μm以下、かつ/又は、最大孔径が0.5μm以上1.8μm以下であることがより好ましく、また、平均孔径が0.01μm以上0.5μm以下、かつ/または最大孔径が0.05μm以上1.8μm以下であることがより好ましい。
【0104】
多孔膜の透水平均孔径と最大孔径とは、以下の方法で測定することができる。
多孔膜の透水平均孔径とは、完全性試験機(ザルトリウス・ステディム・ジャパン社製、「Sartocheck Junior BP−Plus」)を使用して以下の方法で測定した平均透水孔径をいう。まず、多孔膜を芯材も含めて所定の大きさに切り出して、これをサンプルとする。このサンプルを任意の耐圧容器にセットして、容器内を純水で満たす。次に、耐圧容器を所定温度に設定した恒温槽内で保持し、耐圧容器内部が所定温度になってから測定を開始する。測定が始まると、サンプルの上面側が窒素で加圧されていき、サンプルの下面側から純水が透過してくる際の圧力及び透過流量の数値を記録する。平均透水孔径は、圧力が10kPaから30kPaの間の圧力と透水流量との勾配を使い、以下のハーゲンポアズイユの式から求めることができる。
平均透水孔径(m)={32ηLμ0/(εP)}0.5
ここで、ηは水の粘度(Pa・s)、Lは多孔膜の厚み(m)、μ0は見かけの流速であり、μ0(m/s)=流量(m3/s)/流路面積(m2)である。また、εは空隙率、Pは圧力(Pa)である。
【0105】
多孔膜の最大孔径は、完全性試験機(ザルトリウス・ステディム・ジャパン社製、「Sartocheck Junior BP−Plus」)を使用して以下の方法で測定することができる。まず、多孔膜を芯材も含めて所定の大きさに切り出して、これをサンプルとする。このサンプルを純水で濡らし、多孔膜の孔内に純水を含浸させ、これを測定用の耐圧容器にセットする。次に、耐圧容器を所定温度に設定した恒温槽内で保持し、耐圧容器内部が所定温度になってから測定を開始する。測定が始まると、サンプルの上面側が窒素で加圧されていき、サンプルの下面側から気泡が連続して発生してくるときの窒素圧力を、バブルポイント圧力とする。最大孔径はヤングーラプラスの式を変形させた下記バブルポイント式から求めることができる。
最大孔径(m)=4γcosθ/P
ここで、γは水の表面張力(N/m)、cosθは多孔膜表面と水の接触角(rad)、Pはバブルポイント圧力(Pa)である。
【0106】
アルカリ水電解用隔膜4は、ガス遮断性、親水性の維持、気泡の付着によるイオン透過性低下の防止、さらには長時間安定した電解性能(低電圧損失等)が得られるといった観点から、多孔膜の気孔率を制御することが好ましい。
ガス遮断性や低電圧損失等を高いレベルで両立させるといった観点から、多孔膜の気孔率の下限は30%以上であることが好ましく、35%以上であることがより好ましく、40%以上であることが更に好ましい。また、気孔率の上限は70%以下であることが好ましく、65%以下であることがより好ましく、60%以下であることが更に好ましく、55%以下であることが更により好ましい。また、隔膜の気孔率は30%以上70%以下であることが好ましい。多孔膜の気孔率が上記下限値以上であれば、セル電圧を低くすることができる。また、上記上限値以下であれば、ガスの遮断性、機械的強度が良好となり、変形しにくくなる。また、長期間使用しても隙間ができにくく、多孔膜中の細孔が潰れにくい。多孔膜の気孔率が上記上限値以下であれば、膜内をイオンが透過しやすく、膜の電圧損失を抑制できる。また、隔膜の気孔率が30%以上であると、セル電圧が高くなりすぎにくい。また、70%以下であれば、ガスの遮断性、機械的強度が良好となり、変形しにくくなる。また、長期間使用しても隙間ができにくく、多孔膜中の細孔が潰れにくい。
【0107】
多孔膜の気孔率とは、アルキメデス法により求めた開気孔率をいい、以下の式により求めることができる。
気孔率P(%)=ρ/(1+ρ)×100
ここで、ρ=(W3−W1)/(W3−W2)であり、W1は多孔膜の乾燥質量(g)、W2は多孔膜の水中質量(g)、W3は多孔膜の飽水質量(g)である。
【0108】
気孔率の測定方法としては、純水で洗浄した多孔膜を3cm×3cmの大きさで3枚に切出して、測定サンプルとする。まず、サンプルのW2及びW3を測定する。その後、多孔膜を50℃に設定された乾燥機で12時間以上静置して乾燥させて、W1を測定する。そして、W1、W2、W3の値から気孔率を求める。3枚のサンプルについて気孔率を求め、それらの算術平均値を気孔率Pとする。
【0109】
そして、アルカリ水電解用隔膜4の気孔率と膜表面の開口度は相関性がある。例えば、気孔率が大きいほど、開口度が高くなる傾向にある。また、開口度が高いほど、含有する親水性無機粒子の影響を受けやすく、より高い親水性を維持する傾向にある。本実施形態では、低電圧損失とガス遮断性を一層高いレベルで両立させ、多孔膜の表面の親水性を一層高いレベルで維持するといった観点からも、多孔膜の気孔率を制御することが好ましい。
【0110】
多孔膜の厚みは、特に限定されないが、100μm以上700μm以下であることが好ましく、より好ましくは100μm以上600μm以下、更に好ましくは200μm以上600μm以下である。
多孔膜の厚みが、上記下限値以上であると、突刺し等で破れにくく、電極間がショートしにくい。また、ガス遮断性が良好となる。また、上記上限値以下であると、電圧損失が増大しにくい。また、多孔膜の厚みのばらつきによる影響が少なくなる。
また、隔膜の厚みが、100μm以上であると、突刺し等で破れにくく、電極間がショートしにくい。また、ガス遮断性が良好となる。600μm以下であると、電圧損失が増大しにくい。また、多孔膜の厚みのばらつきによる影響が少なくなる。
多孔膜の厚みが、250μm以上であれば、一層優れたガス遮断性が得られ、また、衝撃に対する多孔膜の強度が一層向上する。この観点より、多孔膜の厚みの下限は、300μm以上であることがより好ましく、350μm以上であることが更に好ましく400μm以上でることがより一層好ましい。一方で、多孔膜の厚みが、700μm以下であれば、運転時に孔内に含まれる電解液の抵抗によりイオンの透過性を阻害されにくく、一層優れたイオン透過性を維持すことができる。かかる観点から、多孔膜の厚みの上限は、600μm以下であることがより好ましく、550μm以下であることが更に好ましく、500μm以下であることがより一層好ましい。特に、高分子樹脂が、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン及びポリフェニルスルホンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含むものである場合に、かかる効果は一層向上する。
なお、隔膜の厚みは、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0111】
−−−親水性無機粒子−−−
多孔膜は、高いイオン透過性及び高いガス遮断性を発現するために親水性無機粒子を含有していることが好ましい。親水性無機粒子は多孔膜の表面に付着していても良いし、一部が多孔膜を構成する高分子材料に埋没していても良い。
また親水性無機粒子が多孔膜の空隙部に内包されると、多孔膜から脱離しにくくなり、多孔膜の性能を長時間維持できる。
【0112】
親水性無機粒子としては、例えば、ジルコニウム、ビスマス、セリウム等の酸化物又は水酸化物;周期律表第IV族元素の酸化物;周期律表第IV族元素の窒化物;及び周期律表第IV族元素の炭化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の無機物が挙げられる。これらの中でも、化学的安定性の観点から、ジルコニウム、ビスマス、セリウムの酸化物、周期律表第IV族元素の酸化物がより好ましく、ジルコニウム、ビスマス、セリウムの酸化物が更に好ましく、酸化ジルコニウムがより更に好ましい。
【0113】
−−多孔性支持体−−
隔膜4として多孔膜を用いる場合、多孔膜は多孔性支持体と共に用いてよい。好ましくは、多孔膜が多孔性支持体を内在した構造であり、より好ましくは、多孔性支持体の両面に多孔膜を積層した構造である。また、多孔性支持体の両面に対称に多孔膜を積層した構造であってもよい。
【0114】
隔膜4の強度を一層向上する目的で、多孔性支持体を含むことができる。例えば、機械的なストレスによる、隔膜4の切れや破れや伸び等といった不具合を防止できる。また、多孔性支持体の両面に多孔膜が積層されている構造では、多孔性支持体の片面に傷や穴(ピンホール等)が生じた場合でも、多孔性支持体の他方に積層された多孔膜によりガス遮断性を担保することができる。多孔性支持体の両面に、対称に多孔膜が積層される構造では、膜のカール等を効果的に防止でき、運搬時や膜設置時等における取り扱い性が一層向上する。
【0115】
多孔性支持体の材質は、特に限定されないが、隔膜4における電解液のイオン透過性を実質的に低減させない材質であることが好ましい。多孔性支持体の材質は、特に限定されないが、例えば、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、ポリプロピレン、フッ素系樹脂、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール、ポリケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド等が挙げられる。これらの中でも、ポリフェニレンサルファイドを含むことが好ましい。ポリフェニレンサルファイドを用いることで、高温、高濃度のアルカリ溶液に対しても優れた耐性を示し、また、水の電気分解時に陽極2aから発生する活性酸素に対しても化学的に優れた安定性を示す。さらに、織布や不織布等のような様々に形態に加工し易いので、使用目的や使用環境に即して好適に調節することができる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0116】
多孔性支持体としては、例えば、メッシュ、多孔質膜、不織布、織布、不織布及びこの不織布に内在する織布とを含む複合布等が挙げられる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。多孔性支持体のより好適な態様としては、例えば、ポリフェニレンサルファイドのモノフィラメントで構成されるメッシュ基材、又は不織布及び該不織布内に内在する織布とを含む複合布等が挙げられる。
【0117】
−−イオン交換膜−−
イオン交換膜としては、カチオンを選択的に透過させるカチオン交換膜とアニオンを選択的に透過させるアニオン交換膜があり、いずれの交換膜でも使用することができる。
イオン交換膜の材質としては、特に限定されず、公知のものを用いることができる。例えば、含フッ素系樹脂やポリスチレン・ジビニルベンゼン共重合体の変性樹脂が好適に使用できる。特に耐熱性及び耐薬品性等に優れる点で、含フッ素系イオン交換膜が好ましい。
【0118】
含フッ素系イオン交換膜としては、電解時に発生するイオンを選択的に透過する機能を有し、かつイオン交換基を有する含フッ素系重合体を含むもの等が挙げられる。ここでいうイオン交換基を有する含フッ素系重合体とは、イオン交換基、又は、加水分解によりイオン交換基となり得るイオン交換基前駆体、を有する含フッ素系重合体をいう。例えば、フッ素化炭化水素の主鎖を有し、加水分解等によりイオン交換基に変換可能な官能基をペンダント側鎖として有し、かつ溶融加工が可能な重合体等が挙げられる。
【0119】
含フッ素系共重合体の分子量は、特に限定されないが、該前駆体を、ASTM:D1238に準拠して(測定条件:温度270℃、荷重2160g)測定されたメルトフローインデックス(MFI)の値で0.05〜50(g/10分)であることが好ましく、0.1〜30(g/10分)であることがより好ましい。
【0120】
イオン交換膜が有するイオン交換基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、リン酸基等のカチオン交換基、4級アンモニウム基等のアニオン交換基が挙げられる。
【0121】
イオン交換膜は、イオン交換基の当量質量EWを調整することによって、優れたイオン交換能と親水性を付与することができる。また、より小さなクラスター(イオン交換基が水分子を配位及び/又は吸着した微小部分)を数多く有するように制御でき、耐アルカリ性やイオン選択透過性を向上する傾向にある。
この当量質量EWは、イオン交換膜を塩置換し、その溶液をアルカリ又は酸溶液で逆滴定することにより測定することができる。当量質量EWは、原料であるモノマーの共重合比、モノマー種の選定等により調整することができる。
イオン交換膜の当量質量EWは、親水性、膜の耐水性の観点から300以上であることが好ましく、親水性、イオン交換能の観点から1300以下であることが好ましい。
【0122】
イオン交換膜の平衡含水率は、好ましくは5質量%以上であり、より好ましくは10質量%以上である。また、上記イオン交換膜の平衡含水率は、好ましくは60質量%以下、より好ましくは40質量%以下である。
イオン交換膜の平衡含水率は、樹脂組成物を水とアルコール系溶媒での分散液から成膜し、160℃以下で乾燥した膜を基準とし、23℃、50%関係湿度(RH)での平衡(24Hr放置)飽和吸水率(Wc)で表す。
イオン交換膜の平衡含水率が5質量%以上であると、膜の電気抵抗や電流効率、耐酸化性、イオン選択透過性が良好となる傾向にある。一方、平衡含水率が60質量%以下であると、膜の寸法安定性や強度が良好となり、また水溶解性成分の増加を抑制できる傾向にある。
【0123】
イオン交換膜の膜最大含水率は、特に限定されないが、膜の電気抵抗や電流効率、耐酸化性、イオン選択透過性の点から、10質量%以上が好ましく、より好ましくは15質量%以上である。また、膜の寸法安定性や強度の点から、80質量%以下が好ましく、より好ましくは50質量%以下である。
ここで、膜最大含水率は、前記平衡含水率測定の際に測定される含水率のうち最大値をいう。
【0124】
イオン交換膜の平衡含水率や膜最大含水率は、上述したEWと同様の方法により調整することができる。
【0125】
イオン交換膜の厚みは特に制限されないが、イオン透過性や強度の観点から、5μm〜300μmの範囲が好ましい。
【0126】
イオン交換膜の表面の親水性を向上させる目的で、表面処理を施してもよい。具体的には、酸化ジルコニウム等の親水性無機粒子をコーティングする方法や、表面に微細な凹凸を付与する方法が挙げられる。
【0127】
イオン交換膜は、膜強度の観点から、補強材と共に用いることが好ましい。補強材としては、特に限定されず、一般的な不織布や織布、各種素材からなる多孔膜が挙げられる。この場合の多孔膜としては、特に限定されないが、延伸されて多孔化したPTFE系膜が好ましい。
【0128】
((ゼロギャップ構造))
ゼロギャップ型セルにおける複極式エレメント60では、極間距離を小さくする手段として、電極2と隔壁1との間に弾性体であるバネを配置し、このバネで電極2を支持する形態をとることが好ましい。例えば、第1の例では、隔壁1に導電性の材料で製作されたバネを取り付け、このバネに電極2を取り付けてよい。また、第2の例では、隔壁1に取り付けた電極リブ6にバネを取り付け、そのバネに電極2を取り付けてよい。なお、このような弾性体を用いた形態を採用する場合には、電極2が隔膜4に接する圧力が不均一にならないように、バネの強度、バネの数、形状等必要に応じて適宜調節する必要がある。
【0129】
また弾性体を介して支持した電極2の対となるもう一方の電極2の剛性を強くすること(例えば、陽極の剛性を陰極の剛性よりも強くすること)で、押しつけても変形の少ない構造としている。一方で、弾性体を介して支持した電極2については、隔膜4を押しつけると変形する柔軟な構造とすることで、電解槽50の製作精度上の公差や電極2の変形等による凹凸を吸収してゼロギャップ構造Zを保つことができる。
【0130】
より具体的には、隔壁と電気的に接触している整流板6(リブ6)の先端に集電体2rを取り付け、その集電体2rの上面側、つまり、隔壁1側とは反対となる側に導電性弾性体2eを取り付け、さらに、その上面側、つまり、導電性弾性体2eに隣接して隔膜4側となる部分に電極2を重ねた少なくとも3層構造を構成することが挙げられる。集電体2rと導電性弾性体2eとによって弾性体が構成される。
本明細書において、電極、導電性弾性体、集電体の3層積層構造を電極複合体(陽極複合体、陰極複合体)と称する場合がある。
【0131】
ゼロギャップ構造Zとしては、陽極ターミナルエレメント51aと複極式エレメント60との間、複極式エレメント60間、複極式エレメント60と陰極ターミナルエレメント51cとの間に形成されるギャップ構造が挙げられる。
【0132】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、図2に示すように、陰極2c又は陽極2aと隔壁1との間に、導電性弾性体2e及び集電体2rが、導電性弾性体2eが陰極2c又は陽極2aと集電体2rとに挟まれるように、設けられている。また、陰極集電体2rは、陰極リブ6と接していることが好ましい。
【0133】
本実施形態のアルカリ水電解用電解セル65のゼロギャップ構造Zは、図2に示すように、隔壁1の陽極側に陽極リブ6及び陽極2aがこの順に重ねられ、隔壁1の陰極側に陰極リブ6、陰極集電体2r、導電性弾性体2e及び陰極2cがこの順に重ねられた複極式エレメント60が、隔膜4を挟んで重ね合わせられた、隔膜4が陽極2a及び陰極2cと接触する構造であることが好ましい。
【0134】
−集電体−
集電体としては、例えば、陰極集電体、陽極集電体が挙げられる。
集電体2rは、その上に積層される導電性弾性体2eや電極2へ電気を伝えるとともに、それらから受ける荷重を支え、電極2から発生するガスを隔壁1側に支障なく通過させる役割がある。従って、この集電体2rの形状は、エキスパンドメタルや打ち抜き多孔板等が好ましい。この場合の集電体2rの開口率は、電極2から発生した水素ガスを支障なく隔壁1側に抜き出せる範囲であることが好ましい。しかし、あまり開口率が大きいと強度が低下する、或いは導電性弾性体2eへの導電性が低下する等の問題が生ずる場合があり、小さすぎるとガス抜けが悪くなる場合がある。
【0135】
集電体2rの材質は、導電性と耐アルカリ性の面からニッケル、ニッケル合金、ステンレススチール、軟鋼等が利用できるが、耐蝕性の面からニッケル或いは軟鋼やステンレススチールニッケル合金上にニッケルメッキを施したものが好ましい。このような集電体2rのリブ6への固定は、スポット溶接、レーザー溶接等の手段で固定される。
【0136】
−導電性弾性体−
導電性弾性体2eは、集電体2rと電極2の間にあって集電体2r及び電極2と接しており、電気を電極2に伝えること、電極2から発生したガスの拡散を阻害しないことが必須要件である。ガスの拡散が阻害されることにより、電気的抵抗が増加し、また電解に使用される電極2面積が低下することで、電解効率が低下するためである。そして最も重要な役割は、隔膜4を損傷させない程度の適切な圧力を電極2に均等に加えることで、隔膜4と電極2とを密着させることである。
【0137】
導電性弾性体2eとしては、ワイヤーにより構成される弾性体等の通常公知のものが使用でき、例えば、線径0.05〜0.5mm程度(好ましくは0.1mm以上0.5mm以下、より好ましくは0.12mm以上0.35mm以下)のニッケル製ワイヤーを織ったものを波付け加工したクッションマットが、導電性弾性体の密度を低くし、ゼロギャップ構造Zを維持しやすいため、好ましい。線径が0.1mm以上0.5mm以下であると、導電性弾性体の密度が低くなり、上述のセル電圧上昇の抑制効果が一層得られやすくなるため、好ましい。なお、導電性弾性体の線径は、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
材質は限定されるものではないが、導電性、耐アルカリ性の面からニッケル、ニッケル合金又はステンレススチール又は軟鋼にニッケルメッキを施したものが好ましい。
またこのような導電性弾性体2eの厚みは、通常1mm〜20mm程度のものが使用できる。
【0138】
導電性弾性体2eの柔軟性は、公知の範囲のものが使用できる。例えば、50%圧縮変形時の反発力が30g/cm2〜300g/cm2の弾性を有するものが使用できる。このような導電性弾性体2eは、導電性プレートからなる集電体2rの上に重ねて使用する。この取り付け方法も通常公知の方法、例えばスポット溶接で適宜固定するか或いは樹脂製のピンや金属製のワイヤー等が使用できる。
なお、50%圧縮変形時の反発力は、JIS K6400に準拠して、測定することができる。例えば、島津製作所社製の品番:AGS−1kNXの卓上形精密万能試験機を、常温、大気圧で、圧縮試験モードの条件下で用いてよい。
導電性弾性体2eの上に、直接電極2を重ねてもよく、或いは、別の導電性シートを介して電極2を重ねてもよい。
【0139】
導電性弾性体の導電性としては、例えば、テスター、デジタルマルチメーター等により測定される電気抵抗率が1×10−5〜1×10−9Ωmであってもよい。
【0140】
ゼロギャップ構造Zに使用できる電極2基材としては、線径が細くメッシュの小さい電極2が柔軟性も高く好ましい。このような基材材質は通常公知のものを使用できる。例えば、陰極2cの基材としては、ニッケル、ニッケル合金、ステンレススチール、軟鋼、或いはニッケル合金又はステンレススチール又は軟鋼上にニッケルメッキを施したものを用いることができる。これらの基材の線径は0.05mm〜0.5mmで、目開きが30メッシュから80メッシュ程度の範囲が好ましい。
【0141】
ゼロギャップ構造Zを実現するための電極2は、導電性弾性体2eとスポット溶接、金属或いはプラスチック製のピンによる固定、或いは導電性弾性体2eの弾力性による押しつけ圧等が好ましい固定法である。
【0142】
また、弾性体を介して支持した電極2の対となるもう一方の電極2の形状も重要であり、平面的な電極形状とすることが望ましい
【0143】
また、上記電極2の厚みとしては、通常0.7mm〜3mm程度が好ましい。この厚みがあまり薄すぎると、陽極室5aと陰極室5cの圧力差や、押しつけ圧力により電極2に変形が生じ、例えば電極2端部が落ち込み、極間距離が広がり電圧が高くなる場合がある。
【0144】
−電極室−
本実施形態における複極式電解槽50では、図2に示すとおり、隔壁1と外枠3と隔膜4とにより、電解液が通過する電極室5が画成されている。
【0145】
図4に本実施形態の内部ヘッダー型のアルカリ水電解用複極式電解槽の例を平面図で示す。図5に、図4に示すアルカリ水電解用複極式電解槽の例を図4の線A−Aに沿う面により切断したときの断面の一部を示す。
図6に、本実施形態の外部ヘッダー型のアルカリ水電解用複極式電解槽の例を平面図で示す。図7に、図6に示すアルカリ水電解用複極式電解槽の例を図6の線B−Bに沿う面により切断したときの断面の一部を示す。
本実施形態においては、複極式電解槽のヘッダー10の配設態様としては、内部ヘッダー101型(図4及び図5)及び外部ヘッダー100型(図6及び図7)を採用できるところ、例えば、図4〜図7に示す例の場合、陽極及び陰極自身が占める空間も電極室5の内部にある空間であるものとしてよい。また、特に、図6及び図7に示す例の場合、気液分離ボックスが設けられているが、気液分離ボックスが占める空間も電極室5の内部にある空間であるものとしてよい。
【0146】
−整流板−
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、隔壁1に整流板6(陽極整流板6a、陰極整流板6c)が取り付けられ、整流板6が電極2と物理的に接続されていることが好ましい。かかる構成によれば、整流板6が電極2の支持体(リブ)となり、ゼロギャップ構造Zを維持しやすい。また、整流板6は隔壁1と電気的につながっていることが好ましい。また、整流板6を設けることでは、電極室5内における気液の流れの乱れにより電極室に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができる。
ここで、整流板6に、電極2が設けられていてもよく、整流板6に、集電体2r、導電性弾性体2e、電極2がこの順に設けられていてもよい。
前述の一例のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、陰極室5cにおいて、整流板6−集電体2r−導電性弾性体2e−電極2の順に重ね合わせられた構造が採用され、陽極室5aにおいて、整流板6−電極2の順に重ね合わせられた構造が採用されている。
【0147】
なお、前述の一例のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、陰極室5cにおいて上記「整流板6−集電体2r−導電性弾性体2e−電極2」の構造が採用され、陽極室5aにおいて上記「整流板6−電極2」の構造が採用されているが、本発明ではこれに限定されることなく、陽極室5aにおいても「整流板6−集電体2r−導電性弾性体2e−電極2」構造が採用されてもよい。
【0148】
詳細には、本実施形態では、図1に示すように、隔壁1に整流板6(陽極整流板6a、陰極整流板6c)が取り付けられている。
【0149】
整流板6(陽極整流板6a、陰極整流板6c)には、陽極2a又は陰極2cを支える役割だけでなく、電流を隔壁1から陽極2a又は陰極2cへ伝える役割を備えることがより好ましい。
【0150】
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、整流板6の少なくとも一部が導電性を備えことが好ましく、整流板6全体が導電性を備えことがさらに好ましい。かかる構成によれば、電極たわみによるセル電圧の上昇を抑制することができる。
すなわち、前述の間隔Cの範囲で導電性の整流板6が電極2を支持するように配置することにより、電極2が押圧や電極室5内の液及びガスの圧力によってたわんでしまい、局所的にゼロギャップ構造を損うという現象を、予防することができる。また、上記構成によれば、電極2に均一に電流を伝達させやすく、より高電密の運転においても、より高い効率を維持することが容易になる。
【0151】
整流板6の材料としては、使用環境での耐久性・強度等を考慮して決定される。例えば高分子材料や金属材料が挙げられる。複数の材料を同時に用いることも可能である。高分子材料としては、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリビニリデンフロライド、ポリカーボネート、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリテトラフルオロエチレン、パーフルオロスルホン酸、パーフルオロカルボン酸、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール、ポリケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド等が挙げられる。これらの中でも、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリテトラフルオロエチレン、であることが好ましい。金属材料としては導電性の金属が好ましく用いられる。例えば、ニッケルメッキを施した軟鋼、ステンレススチール、ニッケル等が利用できる。整流板6の材料は、特に隔壁1と同じ材料であることが好ましく、特にニッケルであることが最も好ましい。これら導電性の金属材料は電解セルの導電抵抗の低減にも寄与する効果も期待できる。
【0152】
隣接する陽極整流板6a同士の間隔、又は隣接する陰極整流板6c同士の間隔は、電解圧力や陽極室5aと陰極室5cの圧力差等を勘案して決められる。
隣接する整流板間の間隔Cは、50mm以上190mm以下であり、より好ましくは50mm以上150mm以下であり、さらに好ましくは60mm以上120mm以下である。陽極整流板6a同士の間隔、又は隣接する陰極整流板6c同士の間隔が狭すぎれば電解液やガスの流動を阻害するだけでなくコストも高くなる欠点がある。整流板を電極と接続されたリブとする場合、リブピッチが50mm以上であると、電極裏面へのガス抜けが良好となる。また広すぎると、陽極室5aと陰極室5cとのわずかな差圧で保持している電極2(陽極2aや陰極2c)が変形する等の欠点が生じる。リブピッチが150mm以下であると電極がたわみにくくなる。
リブピッチは、複数の整流板が一定の間隔(ピッチ)で設けられている場合には、その間隔(ピッチ)をいい(図3参照)、複数の整流板が一定の間隔(ピッチ)で設けられていない場合には、設けられた複数の整流板同士の間隔の平均をいう。また、隣接する2つの整流板間においてその間隔が整流板の延在方向について変化している(一定でない)場合には、当該隣接する2つの整流板間の間隔の平均としてよい。
整流板の数、整流板の長さ、整流板と隔壁とのなす角度、貫通孔の数や貫通孔の隔壁に沿う所与の方向についての間隔(ピッチ)は、本発明の効果が得られる限り、適宜定められてよい。整流板は、隔壁に沿う所与の方向(例えば、鉛直方向としてもよいし、図3に示すように隔壁の平面視形状が略長方形である場合、向かい合う2組の辺のうちの1組の辺の方向と同じ方向としてもよいし、電極の入口ヘッダーが設けられる側の辺と出口ヘッダーが設けられる側の辺との対向方向としてもよい(図3))に対して平行に設けられることが好ましい。陽極整流板のリブピッチと、陰極整流板のリブピッチとは、同一であってもよいし異なっていてもよく、陽極整流板のリブピッチ及び陰極整流板のリブピッチが共に上記範囲を満たすことが好ましい。
陽極整流板6aや陰極整流板6cの隔壁1への取り付けについてはレーザー溶接等が用いられる。
【0153】
整流板6(陽極整流板6a、陰極整流板6c)の長さは、電極室5や電極2のサイズに応じて、適宜に定められてよいが、前述の長さAの0.7倍〜1.0倍としてよく、0.8倍〜1.0倍が好ましい。
整流板6の高さは、隔壁1から各フランジ部までの距離、ガスケット7の厚さ、電極2(陽極2a、陰極2c)の厚さ、陽極2aと陰極2cとの間の距離等に応じて、適宜に定められてよいが、前述の長さBの0.7倍〜1.0倍としてよく、1.0倍が最も好ましい。
また、整流板6の厚みは、コストや製作性、強度等も考慮して、0.5mm〜5mmとしてよく、1mm〜2mmのものが用いやすいが、特に限定されない。
整流板6の高さは、隔壁1から各フランジ部までの距離、ガスケットの厚さ、電極2(陽極2a、陰極2c)の厚さ、陽極2aと陰極2cとの間の距離等に応じて、適宜に定められてよいが、電極室5の隔壁1に垂直な方向の長さの0.7倍〜1.0倍としてよく、1.0倍が最も好ましい。
整流板6には、特に限定されないが、適宜貫通孔を設けてよく、整流板6の延在方向について等間隔に貫通孔を設けることが好ましい。貫通孔の平面視形状としては、特に限定されないが、矩形としても円形としてもよく、例えば、半径0.5mm〜30mm、特には半径0.5mm〜10mmの半円形状としてよい。また、整流板6の面積に対する貫通孔の面積の割合としては、5%〜95%としてよく、10%〜80%であることが好ましく、20%〜60%であることがより好ましい。貫通孔の面積が、5%以上になると、電解液の槽内の水平方向への通水が円滑化する。95%を超えると機械的な強度が得られず、陽極や陰極集電体の変形が生じる。
【0154】
整流板6は通常隔壁1に固定して用いるが、隔壁1への取り付けは、どのような方法でもよい。例えばビス止めによる方法、接着剤を用いる方法、金属材料を用いた清流板の場合にはスポット溶接、レーザー溶接等による方法でもよい。整流板6は、陽極2a又は陰極2cと同様に、スポット溶接、レーザー溶接等の手段で隔壁1に固定されている。電極2や集電体2rの整流板6への取り付けも同様の方法で行われる他、ワイヤーやひも状の部材を用い、結びつけて密着させる方法でもよい。
【0155】
−ガスケット−
本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50では、隔壁1を縁取る外枠3同士の間に隔膜4を有するガスケット7が挟持されることが好ましい。
ガスケット7は、複極式エレメント60と隔膜4の間、複極式エレメント60間を電解液と発生ガスに対してシールするために使用され、電解液や発生ガスの電解槽外への漏れや両極室間におけるガス混合を防ぐことができる。
【0156】
ガスケット7の一般的な構造としては、エレメント(複極式エレメント、陽極ターミナルエレメント、陰極ターミナルエレメント等)の枠体に接する面に合わせて、電極面をくり抜いた四角形状又は環状である。このようなガスケット2枚で隔膜4を挟み込む形でエレメント間に隔膜4をスタックさせることができる。さらに、ガスケット7は、隔膜4を保持できるように、隔膜4を収容することが可能なスリット部を備え、収容された隔膜4がガスケット7両表面に露出することを可能にする開口部を備えることも好ましい。これにより、ガスケット7は、隔膜4の縁部をスリット部内に収容し、隔膜4の縁部の端面を覆う構造がとれる。したがって、隔膜4の端面から電解液やガスが漏れることをより確実に防止できる。
【0157】
また、ガスケット7の何れか一方の面から突出する突出部を設けることが好ましい。このような突出部を設けることにより、スタック時に突出部が局所的に押圧され、突出部に対応する位置においてスリット部に収容された隔膜4がガスケット7により押圧される。したがって、ガスケット7では、隔膜4をより強固に保持することができ、電解液やガスが漏れることをより防止しやすくなる。
【0158】
ガスケット7の材質としては、特に制限されるものではなく、絶縁性を有する公知のゴム材料や樹脂材料等を選択することができる。
ゴム材料や樹脂材料としては、具体的には、天然ゴム(NR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブタジエンゴム(BR)、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、シリコーンゴム(SR)、エチレンープロピレンゴム(EPT)、エチレン−プロピレン−ジエンゴム(EPDM)、フッ素ゴム(FR)、イソブチレン−イソプレンゴム(IIR)、ウレタンゴム(UR)、クロロスルホン化ポリエチレンゴム(CSM)等のゴム材料、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、クロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)等のフッ素樹脂材料や、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエチレン、ポリイミド、ポリアセタール等の樹脂材料を用いることができる。これらの中でも、弾性率や耐アルカリ性の観点でエチレン−プロピレン−ジエンゴム(EPDM)、フッ素ゴム(FR)が特に好適である。
【0159】
ガスケット7は、補強材が埋設されていてもよい。これにより、スタック時に枠体に挟まれて押圧されたときに、ガスケット7が潰れることを抑制でき、破損を防止し易くできる。
このような補強材は公知の金属材料、樹脂材料及び炭素材料等が使用でき、具体的には、ニッケル、ステンレス等の金属、ナイロン、ポリプロピレン、PVDF、PTFE、PPS等の樹脂、カーボン粒子や炭素繊維等の炭素材料が挙げられる。
補強材の形状としては、織布、不織布、短繊維、多孔膜等の形状のものが好適である。さらに、ガスケット7の表面に保護層が設けられていてもよい。これにより、ガスケット7とエレメント間の密着性を向上させることや、ガスケット7の耐アルカリ性を向上させることもできる。このような保護層の材質としても、ガスケット7の材質の中から選択できる。
【0160】
ガスケット7のサイズは、特に制限されるものではなく、電極室5や膜の寸法に合わせて設計すればよいが、幅が10mm〜40mmにするのがよい。
【0161】
ガスケット7の厚みは、特に制限されるものではなく、ガスケット7の材質や弾性率、セル面積に応じて設計される。好ましい厚みの範囲としては、0.5mm以上10mm以下が好ましく、1.0mm〜10mmがより好ましく、3.0mm〜10mmが更に好ましい。
また、前記の突出部を設ける際の突出部の高さも、特に制限されるものではないが、十分な押し圧を発現するために、0.5mm〜5mmであることが好ましい。
【0162】
ガスケット7の弾性率は、特に制限されるものではなく、電極2の材質やセル面積に応じて設計される。好ましい弾性率の範囲としては、100%変形時の引張応力で、0.20MPa〜20MPaの範囲が好ましく、シーリング特性やスタック時のセル強度の観点から、0.5MPa〜15MPaの範囲がより好ましく、1.0MPa〜10MPaの範囲が更に好ましい。
なお、引張応力は、JISK6251に準拠して、測定することができる。例えば、島津製作所社製のオートグラフAGを用いてよい。
【0163】
特に、本実施形態では、ガスケット7の厚みが3.0mm〜10mmであり、100%変形時の引張応力で1.0MPa〜10MPaであることが、電極たわみによるセル電圧の上昇を抑制する観点、また、シーリング特性やスタック時のセル強度の観点から、好ましい。
【0164】
ガスケット7を複極式エレメント60に取り付ける際に、接着剤を使用してもよい。ガスケット7の片面に接着剤を塗布し、エレメントの片側の外枠3に貼り付けることができる。なお、接着剤を乾燥させた後、複極式エレメント60の電極面に水をかけ、電極2を湿らせておくことが好ましい。隔膜4を保持できるように、隔膜4の縁部を収容するスリット部を設けたガスケット7の場合は、隔膜4を保持した状態で貼り付けてもよいし、貼り付けた後に隔膜4を保持させてもよい。
【0165】
−ヘッダー−
アルカリ水電解用複極式電解槽50は、電解セル65毎に、陰極室5c、陽極室5aを有する。電解槽50で、電気分解反応を連続的に行うためには、各電解セル65の陰極室5cと陽極室5aとに電気分解によって消費される原料を十分に含んだ電解液を供給し続ける必要がある。
【0166】
電解セル65は、複数の電解セル65に共通するヘッダー10と呼ばれる電解液の給排配管と繋がっている。一般に、陽極用配液管は陽極入口ヘッダー10ai、陰極用配液管は陰極入口ヘッダー10ci、陽極用集液管は陽極出口ヘッダー10ao、陰極用集液管は陰極出口ヘッダー10coと呼ばれる。電解セル65はホース等を通じて各電極用配液管及び各電極用集液管と繋がっている。
【0167】
ヘッダー10の材質は特に限定されないが、使用する電解液の腐食性や、圧力や温度等の運転条件に十分耐えうるものを採用する必要がある。ヘッダー10の材質に、鉄、ニッケル、コバルト、PTFE、ETFE,PFA、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン等を採用しても良い。
【0168】
本実施形態において、電極室5の範囲は、隔壁1の外端に設けられる外枠3の詳細構造により、変動するところ、外枠3の詳細構造は、外枠3に取り付けられるヘッダー10(電解液を配液又は集液する管)の配設態様により異なることがある。複極式電解槽50のヘッダー10の配設態様としては、内部ヘッダー101型及び外部ヘッダー100型が代表的である。
【0169】
−内部ヘッダー−
内部ヘッダー10I型とは、複極式電解槽50とヘッダー10(電解液を配液又は集液する管)とが一体化されている形式をいう。
【0170】
内部ヘッダー10I型複極式電解槽50では、より具体的には、陽極入口ヘッダー10Iai及び陰極入口ヘッダー10Iciが、隔壁1内及び/又は外枠3内の下部に設けられ、且つ、隔壁1に垂直な方向に延在するように設けられ、また、陽極出口ヘッダー10Iao及び陰極出口ヘッダー10Icoが、隔壁1内及び/又は外枠3内の上部に設けられ、且つ、隔壁1に垂直な方向に延在するように設けられる。
【0171】
内部ヘッダー101型複極式電解槽50が内在的に有する、陽極入口ヘッダー10Iaiと、陰極入口ヘッダー10Iciと、陽極出口ヘッダー10Iaoと、陰極出口ヘッダー10Icoを総称して、内部ヘッダー10Iと呼ぶ。
【0172】
図4及び図5に示す内部ヘッダー10I型の例では、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの下方に位置する部分の一部に、陽極入口ヘッダー10Iaiと陰極入口ヘッダー10Iciとを備えており、また、同様に、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの上方に位置する部分の一部に、陽極出口ヘッダー10Iaoと陰極出口ヘッダー10Icoとを備えている。なお、外枠3と、陽極室5a又は陰極室5cとは、電解液を通す電解液入口5i又は電解液出口5oでつながっている。
【0173】
−外部ヘッダー−
外部ヘッダー10O型とは、複極式電解槽50とヘッダー10(電解液を配液又は集液する管)とが独立している形式をいう。
【0174】
外部ヘッダー10O型複極式電解槽50は、陽極入口ヘッダー10Oaiと、陰極入口ヘッダー10Ociとが、電解セル65の通電面に対し、垂直方向に、電解槽50と並走する形で、独立して設けられる。この陽極入口ヘッダー10Oai及び陰極入口ヘッダー100ciと、各電解セル65が、ホースで接続される。
【0175】
外部ヘッダー10O型複極式電解槽50に外在的に接続される、陽極入口ヘッダー100aiと、陰極入口ヘッダー10Ociと、陽極出口ヘッダー10Oaoと、陰極出口ヘッダー100coを総称して、外部ヘッダー10Oと呼ぶ。
図6及び図7に示す外部ヘッダー10O型の例では、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの下方に位置する部分に設けられたヘッダー10用貫通孔に、管腔状部材が設置され、管腔状部材が、陽極入口ヘッダー10Oai及び陰極入口ヘッダー10Ociに接続されており、また、同様に、隔壁1の端縁にある外枠3のうちの上方に位置する部分に設けられたヘッダー10用貫通孔に、管腔状部材(例えば、ホースやチューブ等)が設置され、かかる管腔状部材が、陽極出口ヘッダー10Oao及び陰極出口ヘッダー10Ocoに接続されている。
【0176】
なお、内部ヘッダー10I型及び外部ヘッダー10O型の複極式電解槽50において、その内部に電解によって発生した気体と、電解液を分離する気液分離ボックスを有してもよい。気液分離ボックスの取付位置は、特に限定されないが、陽極室5aと陽極出口ヘッダー10aoとの間や、陰極室5cと陰極出口ヘッダー10coとの間に取付けられてもよい。
【0177】
気液分離ボックスの表面は、電解液の腐食性や、圧力や温度等の運転条件に十分耐えうる材質のコーティング材料で、被覆されていても良い。コーティング材料の材質は、電解槽内部での漏洩電流回路の電気抵抗を大きくする目的で、絶縁性のものを採用してもよい。コーティング材料の材質に、EPDM、PTFE、ETFE,PFA、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン等を採用してもよい。
【0178】
特に、本実施形態の電解槽は、隔膜と陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成されて形成れる電極室に前記隔壁に沿う所与の方向に対して平行に複数の整流板が設けられた複極式電解槽であって、各電極室に前記隔壁に沿う所与の方向に対して平行に複数の整流板が設けられているという特徴;前記電極室の前記隔壁に沿う所与の方向の長さA、前記電極室の前記隔壁に垂直な方向の長さB、前記複数の整流板の間隔C、及び前記電極室の前記隔壁に沿う所与の方向に垂直な面における断面積Dを前記に示された範囲にするという特徴;前記陽極及びまたは集電体と前記陰極及びまたは集電体との距離及び/又は前記陰極と前記陽極集電体との距離、前記導電性弾性体の密度、前記隔膜と前記陰極との間にかかる面圧を前記に示された範囲にするという特徴;を組み合わせて備えることが、本発明の効果を好適に得るうえで、好ましい。
【0179】
(アルカリ水電解用電解装置)
図8に、本実施形態のアルカリ水電解用電解装置の概要を示す。
本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70は、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽50と、電解液を循環させるための送液ポンプ71と、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンク72と、電解により消費した水を補給するための水補給器73とを有する。
【0180】
本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70によれば、本実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽の効果を得ることができる。
すなわち、本実施形態によれば、高電流密度での運転や変動電源での運転で用いてアルカリ水電解を行った際に、電解室出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制し、電解室内における気液の流れの乱れにより電解室に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することが可能となる。
【0181】
以下、本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70の構成要素について説明する。
【0182】
−送液ポンプ−
本実施形態において用いられる送液ポンプ71としては、特に限定されず、適宜定められてよい。
【0183】
−気液分離タンク−
本実施形態において用いられる気液分離タンク72は、電解液と水素ガスとを分離する水素分離タンク72hと、電解液と酸素ガスとを分離する酸素分離タンク72oとを含む。
水素分離タンク72hは陰極室5cに接続され、酸素分離タンク72oは陽極室5aに接続されて用いられる。
【0184】
−水補給器−
本実施形態において用いられる水補給器73としては、特に限定されず、適宜定められてよい。
水としては、一般上水を使用してもよいが、長期間に渡る運転を考慮した場合、イオン交換水、RO水、超純水等を使用することが好ましい。
−その他−
本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70は、複極式電解槽50、気液分離タンク72、水補給器73以外にも、整流器74、酸素濃度計75、水素濃度計76、流量計77、圧力計78、熱交換器79、圧力制御弁80を備えてよい。
【0185】
本実施形態では、前述のアルカリ水電解用電解装置70の構成要素を用いて、例えば、図6に示すような構成のアルカリ水電解用電解装置70を作製することができるが、これに限定されるものではない。
【0186】
(アルカリ水電解方法)
本実施形態のアルカリ水電解方法は、本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70を用いて、下記式(3)から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として、電解液を循環させて電解を行う、
式(3):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す)
【0187】
なお、式(3)中のA、B、C、Dは、本実施形態の複極式電解槽50について定めた値であり、具体的には、Aは、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1の長さであり、Bは、電極室5の電極2に垂直な方向の長さであり、Cは、複数の整流板6の間隔であり、Dは、B×Cで表される、電極室5の隔壁1に沿う所与の方向D1に垂直な面における断面積である。
そして、A、B、C、Dの好適範囲は、本実施形態の複極式電解槽50について前述のとおりとしてよい。すなわち、電解セルのA、B、C、Dの設計に応じて、電極室当たりの電解液の流量Qを、電解液レイノルズ数Reが10〜1800の範囲になるように、制御すればよい。
【0188】
本実施形態のアルカリ水電解方法によれば、本実施形態のアルカリ水電解用電解装置70の効果を得ることができる。
すなわち、本実施形態によれば、高電流密度での運転や変動電源での運転で用いてアルカリ水電解を行った際に、電解室出口の高温化を低減することで、電解液の温度の上昇を抑制し、電解室内における気液の流れの乱れにより電解室に生じる対流を低減して、局所的な電解液の温度の上昇を抑制することができることに加えて、気液比の変動による圧力の変動を抑制することができる。
【0189】
本実施形態において用いられる電解液としては、アルカリ塩が溶解されたアルカリ性の水溶液としてよく、例えば、NaOH水溶液、KOH水溶液等が挙げられる。
アルカリ塩の濃度としては、20質量%〜50質量%が好ましく、25質量%〜40質量%がより好ましい。
本実施形態では、イオン導電率、動粘度、冷温化での凍結の観点から、25質量%〜40質量%のKOH水溶液が特に好ましい。
【0190】
本実施形態のアルカリ水電解方法において、上記本発明の効果を高める観点から、電極室当たりの電解液の流量Qは、電極室5のサイズに応じて制御されるものであるが、1×10−7m3/秒〜1×10−2m3/秒であることが好ましく、1×10−6m3/秒〜1×10−3m3/秒であることがさらに好ましい。
電解液の動粘度νは、電解液の種類、濃度、温度によって決まるものである。
【0191】
本実施形態のアルカリ水電解方法において、電解セル65内にある電解液の温度が室温〜150℃であることが好ましく、80℃〜130℃であることがさらに好ましい。
上記温度範囲とすれば、高い電解効率を維持しながら、ガスケット7、隔膜4等の電解装置70の部材が熱により劣化することを効果的に抑制することができる。
【0192】
本実施形態のアルカリ水電解方法において、電解セル65に与える電流密度としては、通常30kA/m2以下であってよい。一定の電流密度での運転でもよく、電流密度が変動する運転でもよい。
【0193】
本実施形態のアルカリ水電解方法において、電解セル65内の圧力としては、電解セルの設計圧力の範囲で実施することができる。
【0194】
(水素製造方法)
本実施形態の水素製造方法は、アルカリを含有する水を電解槽により水電解し、水素を製造するものであり、本実施形態の電解槽、本実施形態の電解装置、本実施形態の水電解方法を用いて実施されてよい。
電解槽は、陽極と、陰極と、陽極と陰極とを隔離する隔壁と、隔壁を縁取る外枠とを備える複数の複極式エレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、隔膜が陽極及び陰極と接触しており、隔壁と外枠と隔膜とにより画成される電極室に隔壁に沿う所与の方向に対して平行に複数の整流板が設けられた電解槽である。かかる電解槽はゼロギャップ構造を形成していてもよい。
電解槽は、電極室の隔壁に沿う所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、電極室の隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である。
【0195】
本実施形態の電解槽の詳細、本実施形態の電解装置の詳細、本実施形態の水電解方法の詳細は、前述のとおりである。
【0196】
以上、図面を参照して、本発明の実施形態のアルカリ水電解用複極式電解槽、アルカリ水電解用電解装置、アルカリ水電解方法について例示説明したが、本発明のアルカリ水電解用複極式電解槽、アルカリ水電解用電解装置、アルカリ水電解方法は、上記の例に限定されることはなく、上記実施形態には、適宜変更を加えることができる。
【実施例】
【0197】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0198】
(実施例A1)
実施例A1では、下記に説明するとおり、水電解中に発生するガスの流れを視認可能なモデル電解槽を使用して、アルカリ水電解を行った。
【0199】
モデル電解槽を下記のとおり作製した。
図9に、本実施例Aのモデル電解槽の概要を示す。(A)に、モデル電解槽の正面図(左図)及び側面図(右図)を示し、(B)に、モデル電解槽の電極室を形成したアクリル板を斜視図で示し、(C)に、モデル電解槽におけるゼロギャップ構造を示す。
【0200】
−隔壁、外枠、整流板−
モデル電解槽を構成する隔壁及び外枠3として、電解セル内部を視認できる透明な材質(アクリル)で構成されているセル枠を用いた。
まず、厚みQ:75mm、横幅R:300mm、縦幅P:1.45m又は2.65mのアクリル板を用意した。
次いで、このアクリル板を、図9(B)に示すように、片面側から電極室となる空間の分(所定の厚み、横幅:250mm、所定の縦幅)だけ削り、所望の長さA及び長さBを有する所望のサイズの電極室を有する箱型のセル枠を準備した。
例えば、長さAを1.2mとした例では、縦幅P:1.45mのアクリル板を用意し、長さAを2.4mとした例では、縦幅P:2.65mのアクリル板を用意した。いずれの場合にも、平面視において、電極室がアクリル板の中央に位置するように、配置した。
そして、整流板として、厚さ3mmのアクリル板を、横幅Rの方向に沿って所望の間隔Cで、2枚〜4枚設けた。このとき、2〜4枚の整流板は、電極室の横幅Rの方向の中心に関して対称となるように配置した。また、整流板の延在方向の端と電極室との縦幅Pの方向の間隔は、両端において100mmとした。
【0201】
−陽極−
陽極としては、あらかじめブラスト処理を施したニッケルエキスパンド基材を用い、酸化ニッケルの造粒物をプラズマ溶射法によって導電性基材の両面に吹き付けて製作した。
陽極のサイズは、電解室のサイズと同様とした。
【0202】
−陰極−
導電性基材として、直径0.15mmのニッケルの細線を40メッシュの目開きで編んだ平織メッシュ基材上に白金を担持したものを用いた。なお、陰極の厚さは、0.3mmであった。
陰極のサイズは、電解室のサイズと同様とした。
【0203】
−隔膜−
酸化ジルコニウム(「EP酸化ジルコニウム」、第一稀元素化学工業社製)とN−メチル−2−ピロリドン(和光純薬工業社製)を、粒径0.5mmのSUSボールが入ったボールミルポットに投入した。これらを回転数70rpmで3時間撹拌して、分散させて混合物を得た。得られた混合物を、ステンレス製のざる(網目30メッシュ)により濾過し、混合物からボールを分離した。ボールを分離した混合物にポリスルホン(「ユーデル」(登録商標)、ソルベイアドバンストポリマーズ社製)及びポリビニルピロリドン(重量平均分子量(Mw)900000、和光純薬工業社製)を加え、スリーワンモータを用いて12時間撹拌して溶解させ、以下の成分組成の塗工液を得た。
ポリスルホン:15質量部
ポリビニルピロリドン:6質量部
N−メチル−2−ピロリドン:70質量部
酸化ジルコニウム:45質量部
【0204】
この塗工液を、基材であるポリフェニレンサルファイドメッシュ(くればあ社製、膜厚280μm、目開き358μm、糸径150μm)の両表面に対して、コンマコータを用いて塗工厚みが各面150μmとなるよう塗工した。塗工後直ちに、塗工液を塗工した基材を、30℃の純水/イソプロパノール混合液(和光純薬工業社製、純水/イソプロパノール=50/50(v/v))を溜めた凝固浴の蒸気下へ晒した。その後直ちに、塗工液を塗工した基材を、凝固浴中へ浸漬した。そして、ポリスルホンを凝固させることで基材表面に塗膜を形成させた。その後、純水で塗膜を十分洗浄して多孔膜を得た。
蒸気下への晒し時間と、凝固浴中への浸漬時間を調整することで、平均透水孔径及び、気孔率を調整し、平均透水孔径0.2μm、厚み500μm、気孔率50%の多孔膜である隔膜を得た。
【0205】
実施例A1では、図9(A)に示すように、一方側から他方側に向かって、プレス板、陽極用セル枠、ガスケット7、陽極2a、隔膜4を収容したガスケット7、陰極2c、ガスケット7、陰極用セル枠、プレス板、の順に配置し、これらをプレス板の両側からタイロッド51rで締め付けることでスタックし、モデル電解槽を組み立てた。
【0206】
−電解室−
実施例Aでは、前述のとおり、発明の効果をよりよく理解する目的で、図9(B)に示すように、アクリル板を片面側から削って得られた空間を電極室とした。
電極室の電解液通過方向の長さA、電極室の隔壁に垂直な方向の長さBは、表1に示すとおりとした。
【0207】
−ガスケット−
ガスケットとして、EPDMゴムを材質とし、100%変形時の弾性率が4.0MPaであるものを用いた。
セル枠と電極との間に挿入したガスケットは、厚みが4.0mmであり、平面視での開口部の寸法がアクリル製のセル枠の電極室の寸法であるものを使用した。
特に、陰極と陽極との間に挿入したガスケットは、厚みが4.0mmであり、平面視での開口部の寸法がアクリル製のセル枠の電極室の寸法であり、ここで、開口部の内壁の厚み方向中央部分に、隔膜を挿入することでこれを保持するための、厚み0.4mmのスリット構造を有するものを使用した。
【0208】
−ゼロギャップ構造−
モデル電解槽では、図9(C)に示すように、前述の隔膜を保持したガスケットを介してスタックさせることで、陰極と陽極とを隔膜の両側から押し付けて接触させ、ゼロギャップ構造Zを形成した。
陽極側では陽極のみを用い、陰極側は「陰極−導電性弾性体−集電体」の組み合わせを用いた。
陽極としては、前述のものを用いた。集電体として、あらかじめブラスト処理を施したニッケルエキスパンド基材を用いた。基材の厚みは1mmであり、開口率は54%であった。陰極としては前述のものを用い、導電性弾性体として、線径0.15mmのニッケル製ワイヤーの織物を波高さ5mmになるように波付け加工したものを使用した。厚みは5mmであり、50%圧縮変形時の反発力は150g/cm2、目開きは5メッシュ程度、密度は0.708g/cm3であった。導電性弾性体を集電体上にスポット溶接して固定した。この時、隔膜を挟んだ陽極と陰極集電体との距離aが1mmであり、隔膜が陽極及び陰極と接触しゼロギャップ構造を形成していた。面圧は29.4kN/m2であった。
【0209】
−ヘッダー(外部ヘッダー)−
ゼロギャップ構造Zを有するモデル電解槽においては、図9(A)に示すように、モデル電解槽では筐体となるアクリル製のセル枠に、電解液を通過させるホース(陽極入口側ホース10Oai、陽極出口側ホース10Oao、陰極入口側ホース10Oci、陰極出口側ホース10Oco)を、外部から取り付けて、外部ヘッダー型の電解槽とした。
陰極入口側ホース10Ociを介して陰極室5cへ、陰極室5cから陰極出口側ホース10Ocoを介して、電解液を流した。
また、陽極入口側ホース10Oaiを介して陽極室5aへ、陽極室5aから陽極出口側ホース10Oaoを介して、電解液を流した。
入口側ホースはセル枠の下側中央に、出口側ホースはセル枠の上側中央に、それぞれ接続されているため、電解液は、鉛直方向の下方から上方へ流れ、電極面に沿って上昇した。
モデル電解槽では、陽極室5aや陰極室5cの入口側ホースから、陽極室5aや陰極室5cに、電解液が流入し、陽極室5aや陰極室5cの出口側ホースから、電解液と生成ガスとが、電解槽外へ流出する構造とした。
陰極室5cでは、電解により水素ガスが発生し、陽極室5aでは、電解により酸素ガスが発生するため、前述した、陰極出口側ホース10Ocoでは、電解液と水素ガスとの混相流となり、陽極出口側ホース10Oaoでは、電解液と酸素ガスとの混相流となった。
【0210】
整流器、酸素濃度計、水素濃度計、圧力計、送液ポンプ、気液分離タンク、水補給器等は、いずれも当該技術分野において通常使用されるものを用いて、アルカリ水電解用電解装置を作製した(図8参照)。
【0211】
モデル電解槽を用いたアルカリ水電解を下記の条件で実施した。
【0212】
電解液として、30%KOH水溶液を用いた。
整流器からモデル電解槽に対して、モデル電解槽の陰極及び陽極の面積に対して、10kA/m2となるように通電をした。実施例A及び比較例Aにおいて、電極面積が250mm×1200mmである場合には、3.0kAを通電し、電極面積が250mm×2400mmである場合には、6.0kAを通電した。
【0213】
電解液の動粘度v(m2/秒)は、英弘精機(株)社製B型粘度計HBDV21CTで、90℃の粘度を測定し、90℃の密度を用いて算出した。
電極室当たりの電解液の流量Q(m3/秒)は、横河電機(株)社製の電磁流量計AXF025で測定した。
電解液レイノルズ数Reを、下記式(1)
式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示す) から算出した。
電解液の温度は、モデル電解槽の入口においてK熱電対で測定した。
【0214】
通電開始後の電解槽内圧力は、圧力計で測定し、陰極(水素ガス)側圧力が3kPa、陽極(酸素ガス)側圧力が2kPaとなるとように、調整した。圧力調整は、圧力計下流に設置した水封器内の貯水レベルの調整により、行った。
【0215】
電解中、送液ポンプにより、モデル電解槽の陽極室、陽極用気液分離タンク、陽極室を循環し、また、モデル電解槽の陰極室、陰極用気液分離タンク、陰極室を循環している。
【0216】
循環流路として電解液接液部にニッケル製の15Aの配管を用いた。
【0217】
気液分離タンクは、高さ500mm、容積0.016m3のものを用意した。
気液分離タンクの液量は、それぞれ設計容積の50%程度とした。
【0218】
実施例A及び比較例Aにおけるアルカリ水電解の詳細な条件を表1に示す。
【0219】
実施例A及び比較例Aにおけるアルカリ水電解について下記のとおり評価した。評価は通電開始から60分後の時点で行った。
【0220】
実施例A及び比較例Aにおける評価結果を表1に示す。
【0221】
(1)ガス滞留性
電解中の電解セルにおける液・ガス滞留性の評価として、モデル電解槽の目視評価により、電極室内のバックミキシング現象の発生度合を、以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):発生頻度は少なく、数秒ですぐに消失する
B(良好):発生頻度は多いが、数秒ですぐに消失する
C(実用可能):発生頻度は多く、5分以上消失しない
D(不良):常に発生しており、消失しない
【0222】
(2)セル内温度差
電解中の電解セルにおいて複極式エレメントの電極室内の上下に均等配置した6箇所に挿入した熱電対により電解液の温度を計測し、6箇所における温度差の最大値を算出した。そして、温度差の最大値について以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):4℃未満
B(良好):4℃以上25℃未満
C(実用可能):25℃以上50℃未満
D(不良):50℃以上
【0223】
(3)気液比の変動による圧力変動
圧力変動の評価として、陰極側出側ホース内の液・ガスの二相流状態を目視により評価した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):層状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
B(良好):波状流で二相が分離している、連続的な流れを形成している
C(実用可能):スラグ流で二相は分離しておらず、断続的な流れが見られる
D(不良):乱れた間欠流で常に断続的な流れが発生している
【0224】
(4)電極たわみ量
電解後の陽極を取り出し、電極のたわみ量を計測した。結果を表1に示す。
<評価基準>
A(優れる):0.03mm未満
B(良好):0.03mm以上0.13mm未満
C(実用可能):0.13mm以上2.0mm未満
D(不良):2.0mm以上
【0225】
(5)対電圧
通電開始から60分後の時点でのセル電圧(V)を測定した。結果を表1に示す。
【0226】
(実施例A2〜実施例A4、参考例A5〜A7)(比較例A1〜比較例A4)
モデル電解槽の構成及び水電解の条件を表1に示すとおりとした以外は実施例A1と同様にアルカリ水電解を行った。
【0227】
(比較例A5)
特に、比較例A5においては、長さAが2.4m、長さBが0.015m、間隔Cが0.06m、断面積Dが0.0009、2×D/(B+C)が0.024、であるモデル電解槽を2つ用意した。そして、1つ目のモデル電解槽に取り付けた陰極出口側ホースを2つ目のモデル電解槽の陰極入口側ホースと連結させ、また、1つ目のモデル電解槽の陽極出口側ホースを2つ目のモデル電解槽の陽極入口側ホースと連結させて、2つのモデル電解槽を長さAの方向に関して連なるように並べて、長さAが4.8mに相当するモデル電解槽を用意した。
【0228】
実施例A及び比較例Aにおける評価結果を表1に示す。
【0229】
【表1−1】

【表1−2】

【0230】
(実施例A8)
アルカリ水電解用複極式セル及びそれを用いたアルカリ水電解用電解装置は、下記のとおり作製した。
【0231】
−隔壁、外枠、整流板−
複極式エレメントとして、陽極と陰極とを区画する隔壁と隔壁を取り囲む外枠とが一体化されたニッケル製の部材を用いた。隔壁の平面視でのサイズは、縦500mm×横580mmとし、厚みは2mmとした。
隔壁の陽極室側に、厚み1.5mmのニッケル製の陽極側整流板(陽極側リブ)を5枚、隔壁の陰極室側に、厚み1.5mmのニッケル製の陰極側整流板(陰極側リブ)を5枚、溶接により、95mmの間隔(外枠−整流板距離は95.5mm)で、取り付けた。
整流板には、隔壁に溶接された側に、半径10mmの半円形状の穴を、整流板の延在方向について等間隔に、12か所設けた。
【0232】
−陽極、陰極、隔膜、ガスケット−
実施例A1において使用した陽極、陰極、隔膜、ガスケットと同様のものを使用した。
陽極及び陰極の平面視でのサイズは、500mm×580mmとした。
【0233】
−複極式電解槽、複極式エレメント−
複極式エレメントを5個使用し、図1に示すように、一方の端側で、ファストヘッド、絶縁板、陽極ターミナルエレメントを配置し、さらに、陽極側ガスケット部分、隔膜、陰極側ガスケット部分、複極式エレメントをこの順に並べたものを5組配置し、さらに、陽極側ガスケット部分、隔膜、電陰極側ガスケット部分を配置し、もう一方の端側で、陰極ターミナルエレメント、絶縁板、ルーズヘッドを配列し、その後、これらをファストヘッド及びルーズヘッドの両側から8本のタイロッドを使用し、各タイロッドをトルクレンチにより締め付けトルク59N・mで締め付けることでスタックし、複極式電解槽を組み立てた。
この実施例においては、陰極室及び陽極室が、それぞれ5室ある5対の直列接続構造を有していた。
ゼロギャップ型の複極式エレメントは、隔壁に垂直な方向にみて、縦540mm×横620mmの長方形の形状を有していた。
【0234】
−電解室−
電極室の隔壁に垂直な方向の長さ(電極室の深さ)は、陽極室で25mmであり、陰極室で25mmであった。
【0235】
−ゼロギャップ構造−
前述のとおり、複極式電解槽を組み立てることによって、図2に示すような、陰極と陽極とを隔膜の両側から押し付けて接触させ、ゼロギャップ構造を形成した。
陽極側では陽極のみを用い、陰極側は「陰極−導電性弾性体−集電体」の組み合わせを用い、ゼロギャップ構造の詳細は、実施例A1と同様とした。
【0236】
−ヘッダー(外部ヘッダー)−
この実施例の複極式電解槽50では、図6に示すように、この実施例の複極式電解槽50では、電解槽50の筐体の外方に、電解液を配液及び集液するための導管20(陽極用配液管20Oai、陰極用配液管20Oci、陽極用集液管20Oao、陰極用集液管20Oco)が設けられている。
更に、この電解槽50では、これらの導管20から電解室5に電解液を通過させるホース(陽極入口側ホース10Oai、陽極出口側ホース10Oao、陰極入口側ホース10Oci、陰極出口側ホース10Oco)を、外部から取り付けた。
なお、各ホース(10Oai、10Oao、10Oci、10Oco)には、それぞれ熱電対を設置し、電極室を通過する前後での電解液の温度差を測定した。
こうして、外部ヘッダー型の電解槽を作製した。
陰極入口側ホース10Ociを介して陰極室5cへ、陰極室5cから陰極出口側ホース10Ocoを介して、電解液を流した。
また、陽極入口側ホース10Oaiを介して陽極室5aへ、陽極室5aから陽極出口側ホース10Oaoを介して、電解液を流した。
図6に示すように、入口側ホースは平面視で長方形の外枠の下辺の一方端側に、出口側ホースは平面視で長方形の外枠の下辺の他方端側に繋がる側辺の上側に、それぞれ接続されている。ここでは、入口側ホースと出口側ホースとを、平面視で長方形の電解室において電極室の電極室の中央部を挟んで向かい合うように、設けた。電解液は、鉛直方向に対して傾斜しながら下方から上方へ流れ、電極面に沿って上昇した。
この実施例の複極式電解槽では、陽極室5aや陰極室5cの入口側ホースから、陽極室5aや陰極室5cに、電解液が流入し、陽極室5aや陰極室5cの出口側ホースから、電解液と生成ガスとが、電解槽外へ流出する構造とした。
陰極室5cでは、電解により水素ガスが発生し、陽極室5aでは、電解により酸素ガスが発生するため、前述した、陰極出口側ホース10Ocoでは、電解液と水素ガスとの混相流となり、陽極出口側ホース10Oaoでは、電解液と酸素ガスとの混相流となった。
図10に、本実施例Aの外部ヘッダー型の複極式電解槽の側面図の一部を電解液の流れと共に示す。
【0237】
整流器、酸素濃度計、水素濃度計、流量計、圧力計としては、実施例A1において使用したものと同様のものを用いた。
送液ポンプ、気液分離タンク、水補給器等としても、実施例A1において使用したものと同様のものを用いて、アルカリ水電解装置を作製した(図8参照)。
【0238】
複極式電解槽を用いたアルカリ水電解を下記の条件で実施した。
【0239】
電解液として、30%KOH水溶液を用いた。
整流器から複極式電解槽に対して、複極式電解槽の陰極及び陽極の面積に対して、10kA/m2となるように通電をした。
送液ポンプにより、陽極室、酸素分離タンク(陽極用気液分離タンク)、陽極室1aの循環を、また、陰極室、水素分離タンク(陰極用気液分離タンク)、陰極室、の循環を行った。
【0240】
電解液の動粘度ν(m2/秒)、電極室当たりの電解液の流量Q(m3/秒)、電解液レイノルズ数Re、電解液の温度等の諸条件は、実施例A1と同様に測定・算出した。
詳細な条件は表2に示すとおりとした。
【0241】
通電開始後の槽内圧力は、圧力計で測定し、陰極(水素ガス)側圧力が50kPa、陽極(酸素ガス)側圧力が49kPaとなるとように、調整した。圧力調整は、圧力計下流に設置した制御弁により行った。
【0242】
(電解試験1)
整流器から電解槽に対して、電流密度が10kA/m2となるように連続で通電し、水電解を行った。
この際、実施例A8では、表2に示すような3つの条件で、水電解を行った。それぞれの条件において、100時間ずつ運転し、80時間経過時に、前述の(1)〜(5)の評価のうち、特に(2)〜(5)の評価を行った。
詳細な条件及び結果を表2に示す。
【0243】
【表2】

【0244】
(実施例B1)
アルカリ水電解用電解槽を下記の通りに作製した。
【0245】
−隔壁、外枠−
複極式エレメントとして、陽極と陰極とを区画する隔壁と、隔壁を取り囲む外枠と、を備えたものを用いた。隔壁及び複極式エレメントのフレーム等の電解液に接液する部材の材料は、全てニッケルとした。
【0246】
−陽極−
実施例A1と同じものを用いた。
この電極を、50cm角に切断加工したものを陽極とした。
【0247】
−陰極−
実施例A1と同じものを用いた。
【0248】
−導電性弾性体−
導電性弾性体は、線径0.15mmのニッケル製ワイヤーを織ったものを、波高さ5mmになるように波付け加工したものを使用した。厚みは5mmであり、密度は4.249g/cm3であった。50%圧縮変形時の反発力は150g/cm2、目開きは5メッシュ程度であった。
【0249】
−隔膜−
実施例A1と同じものを用いた。
【0250】
−ガスケット−
ガスケットは、厚み4.0mm、幅18mmの内寸504mm角の四角形状のもので、内側に平面視で電極室と同じ寸法の開口部を有し、隔膜を挿入することで保持するためのスリット構造を有するものを使用した。スリット構造は、開口部の内壁の厚み方向の中央部分に、隔壁を挿入することでこれを保持するための、0.4mmの隙間を設けた構造とした。このガスケットは、EPDMゴムを材質とし、100%変形時の弾性率が4.OMPaであった。
【0251】
−アルカリ水電解用複極式電解槽−
隔壁に対して陰極側に陰極リブ、陰極集電体、上記導電性弾性体、上記陰極がこの順に重ねられ、隔壁に対して陽極側に陽極リブ、上記陽極がこの順に重ねられた複極式エレメントを作製した(図4参照)。
また、陽極ターミナルフレームに上記陽極を取り付けたものを陽極ターミナルエレメント、陰極ターミナルフレームに上記陰極を取り付けたものを陰極ターミナルエレメントとした。
そして、上記複極式エレメントを9枠、上記陽極ターミナルエレメント及び上記陰極ターミナルエレメントを各々1枠ずつ用意し、全ての複極式エレメントと陽極ターミナルエレメントと陰極ターミナルエレメントの金属フレーム部分に上記ガスケットを貼り付けた。
上記陽極ターミナルエレメントと、上記複極式エレメントの陰極との間に、隔膜を一枚挟み込んだ。更に、9枠の複極式エレメントを、陽極と陰極とが対向するように、直列に並べ、各々の複極式エレメントの間に、8枚の隔膜を1枚ずつ挟み込んだ。更に、9枠目の複極式エレメントの陽極側と、陰極ターミナルエレメントの間に隔膜を一枚挟み込んだ。これらをプレス機で締付けたものを、複極式電解槽とした。複極式電解槽は、図1に示すように、一方の端側で、ファストヘッド、絶縁板、陽極ターミナルユニットの順に配置し、もう一方の端側で、陰極ターミナルユニット、絶縁板、ルーズヘッドの順で配置した。
なお、上記複極式電解槽において、複極式エレメントの通電面の面積S1は、0.25m2に調整した。また、ゼロギャップ構造において、隔膜を挟んだ陽極と陰極集電体との距離aが1mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整した。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.15mmであった。導電性弾性体の密度は4.249g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は98.1kN/m2であった。
【0252】
−ヘッダー−
内部ヘッダー型の複極式エレメントを採用した。
そして、図3、図4に示すように、ヘッダー(陽極入口ヘッダー10ai、陰極入口ヘッダー10ci、陽極出口ヘッダー10ao、陰極出口ヘッダー10co)を、複極式エレメントの外枠に配置した。各ヘッダーは、導管(陽極用配液管、陰極用配液管、陽極用集液管、陰極用集液管)のいずれもが、複極式エレメントの隔壁に垂直な方向に延びるように、配置した。
こうして、内部ヘッダー型の電解槽を作製した。
陰極入口ヘッダー10ciを介して陰極室5cへ、陰極室5cから陰極出口ヘッダー10coを介して、電解液を流した。また、陽極入口ヘッダー10aiを介して陽極室5aへ、陽極室5aから陽極出口ヘッダー10coを介して、電解液を流した。
複極式電解槽では、陽極室5aや陰極室5cの電解液入口から、陽極室5aや陰極室5cに、電解液が流入し、陽極室5aや陰極室5cの電解液出口から、電解液と生成ガスとが、電解槽外へ流出する構造とした。
陰極室5cでは、電解により水素ガスが発生し、陽極室5aでは、電解により酸素ガスが発生するため、陰極出口ヘッダー10coでは、電解液と水素ガスとの混相流となり、陽極出口ヘッダー10coでは、電解液と酸素ガスとの混相流となった。
【0253】
(実施例B2)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離aが2mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.15mmであった。導電性弾性体の密度は0.708g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は29.4kN/m2であった。
【0254】
(実施例B3)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離aが5.8mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.15mmであった。導電性弾性体の密度は0.170g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は9.81kN/m2であった。
【0255】
(実施例B4)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離aが1mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.1mmであった。導電性弾性体の密度は2.833g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は88.3kN/m2であった。
【0256】
(実施例B5)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離aが2mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.1mmであった。導電性弾性体の密度は0.472g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は24.5kN/m2であった。
【0257】
(実施例B6)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離が5.8mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.1mmであった。導電性弾性体の密度は0.113g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は9.81kN/m2であった。
【0258】
(実施例B7)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離が2mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.5mmであった。導電性弾性体の密度は2.361g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は93.2kN/m2であった。
【0259】
(比較例B1)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離が0.95mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.15mmであった。導電性弾性体の密度は5.665g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は147kN/m2であった。
【0260】
(比較例B2)
ゼロギャップ構造において、陽極と陰極集電体との距離が6.8mmになるように、陰極リブ及び陽極リブの高さを調整したこと以外は、実施例B1と同様にして複極式電解槽を得た。隔膜が陽極及び陰極と接触してゼロギャップ構造を形成していた。
また、導電性弾性体の線径は0.15mmであった。導電性弾性体の密度は0.142g/cm3であった。ゼロギャップ構造において、隔膜と陰極との間にかかる面圧は0.981kN/m2であった。
【0261】
[評価]
(陽極と陰極集電体との距離)
実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽において、陰極集電体と導電性弾性体とが接する面と、陽極と隔膜と接する面間の距離a(図2)(mm)を測定した。
【0262】
(隔膜と陰極との間にかかる面圧)
島津製作所のオートグラフの圧縮測定モードを用いて測定した。
10cm角の開口部を持った、深さ2cmのポリ塩化ビニル製の受け用治具に、陰極集電体、導電性弾性体、陰極、隔膜、陽極の順で重ね入れた。9.9cm角の正方形の押し器を、オートグラフに取付けた。押し器を用いて、垂直に押し込みながら、陽極と陰極集電体との距離が表1の値となる時の、隔膜と陰極との間にかかる面圧(kN/m2)を測定した。
【0263】
(導電性弾性体の密度)
導電性弾性体を10cm角に切断加工し、電子天秤にて質量を測定した。この導電性弾性体に、上記隔膜と陰極との間にかかる面圧を測定した際に導電性弾性体にかかる圧力と同じ圧力をかけ、導電性弾性体が圧縮された時の容積を測定した。そして、導電性弾性体の質量を圧縮時の導電性弾性体の容積で除して、導電性弾性体の密度(g/cm3)を求めた。
【0264】
(導電性弾性体の線径)
実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽から、導電性弾性体を切り出し、切り出した導電性弾性体断面に見られる100本の繊維の線径を測定し、その平均値を線径(mm)とした。
【0265】
(隔膜の平均透水孔径)
実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽から、隔膜を切り出し、完全性試験機(ザルトリウス・ステディム・ジャパン社製、「Sartocheck Junior BP−Plus」)を使用して、以下の方法で測定した。
まず、隔膜(多孔膜)を芯材も含めて所定の大きさに切り出して、これをサンプルとした。このサンプルを測定用の耐圧容器(透過部面積12.57cm2)にセットして、容器内を150mLの純水で満たした。次に、耐圧容器を90℃に設定した恒温槽内で保持し、耐圧容器内部が90℃になってから測定を開始した。測定が始まると、サンプルの上面側が窒素で加圧されていき、サンプルの下面側から純水が透過してくるので、圧力及び透過流量の数値を記録した。平均透水孔径は、圧力が10kPaから30kPaの間の圧力と透水流量との勾配を使い、以下のハーゲンポアズイユの式から求めた。
平均透水孔径(m)=32ηLμ0/(εP)
ここで、ηは水の粘度(Pa・s)、Lは多孔膜の厚み(m)、μ0は見かけの流速でありμ0(m/s)=流量(m3/s)/流路面積(m2)
の関係を満たす。また、εは空隙率、Pは圧力(Pa)である。
【0266】
(隔膜の厚み)
実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽の全ての隔膜の厚さを測定し、その平均値を隔膜の厚み(mm)とした。
【0267】
(隔膜の気孔率)
隔膜の気孔率は、電子天秤精密比重計(島津製作所社製、「AUX120+SMK−401」)を用いて測定した。アルキメデス法により求めた多孔膜の開気孔率をアルカリ水電解用隔膜の気孔率とし、以下の式により求めた。まず、実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽から、隔膜を切り出し、純水で洗浄して、多孔膜を3cm×3cmの大きさで3枚に切出して、測定サンプルとし、サンプルのW2及びW3を測定した。その後、多孔膜を50℃に設定された乾燥機で12時間以上静置して乾燥させて、W1を測定した。そして、W1、W2、W3の値から、気孔率を求めた。3枚のサンプルを用意して、気孔率Pを求め、それらの算術平均値を気孔率とした。
気孔率P(%)=ρ/(1+ρ)×100
(式中、ρ=(W3−W1)/(W3−W2)であり、W1は多孔膜の乾燥質量(g)、W2は多孔膜の水中質量(g)、W3は多孔膜の飽水質量(g)である。)
【0268】
(セル電圧)
実施例B、比較例Bで得られた複極式電解槽を用いて、図5に示す電解装置を作製した。
酸素濃度計、水素濃度計、圧力計、整流器、送液ポンプ、気液分離タンク、水補給器等は、いずれも当該技術分野において通常使用されるものを用いて、アルカリ水電解装置を作製した。
電解装置は、複極式電解槽50と、電解液を循環させるための送液ポンプ71と、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンク72とを備え、気液分離タンク72及び複極式電解槽50には30%KOH水溶液である電解液が封入されており、送液ポンプ71により、複極式電解槽50の陽極室5a、陽極用の気液分離タンク72、陽極室5aを循環し、また、複極式電解槽50の陰極室5b、陰極用の気液分離タンク72、陰極室5cを循環している。温度は90℃に調整した。
なお、上記電解装置は、気液分離タンク72で分離した気体が圧力計78、圧力制御弁80、酸素濃度計75又は水素濃度計76、を通して回収される。また、整流器74により電力は制御可能である。また、循環する電解液の流路には、流量計77、熱交換器79が備えられている。また、図5中の矢印は、循環液(電解液)及び気体が流れる方向を示している。
循環流路は電解液接液部には、SGP炭素鋼配管にテフロン(登録商標)ライニング内面処理を施し、20Aの配管を用いた。気液分離タンク72は、高さ1400mm、容積1m3のものを用いた。
各気液分離タンク72の液量は、設計容積の50%程度とした。
図3に、セル電圧の測定に用いる電解装置の内部ヘッダー式の複極式電解槽中の、電解液の流れる方向を模式的に示す。図3に示すように、複極式エレメントを平面視すると、陽極側及び陰極側において、それぞれ、入口ヘッダーから出口ヘッダーに向かう方向に電解液を流した。また、複極式電解槽の断面では、隔壁に沿う方向に電解液を流した(図4)。
整流器74から、複極式電解槽50に対して、陰極及び陽極の幾何面積に対して、6kA/m2となるように電流を流した。なお、電極面(通電面)は500mm×500mmであるため、1.5kAを通電した。
上記の電解装置を用いて、電流密度が6kA/m2となるように連続で100時間通電して水電解を行い、各セルの電圧を測定し、セル電圧の相加平均値Vを計算により求めた。
【0269】
実施例Bにおける評価結果を表1に示す。
【0270】
【表3】

【0271】
表3に示されるように、実施例Bの複極式電解槽を用いた場合、セル電圧の上昇は見られず実電解槽として許容される性能を示した。一方、比較例Bでは、セル電圧が上昇し、実電解槽として許容し得る範囲ではなかった。
【産業上の利用可能性】
【0272】
本発明によれば、ゼロギャップ構造を有する電解槽を用いたアルカリ水電解において、エネルギー変換効率を高めて、電解液の温度の上昇を抑制することができる。
本発明によれば、アルカリ水電解において、再生可能エネルギー等の変動電源下等で運転する場合でも、セル電圧の上昇を抑制することができる。
本発明により、電解装置に与えられる電流密度を大幅に高め、電解設備のスループットを高めて、電解設備について建設コストの削減やフットプリントの改善を実現することが可能になる。
【符号の説明】
【0273】
1 隔壁
2 電極
2a 陽極
2c 陰極
2e 導電性弾性体
2r 集電体
3 外枠
4 隔膜
5 電極室
5a 陽極室
5c 陰極室
5i 電解液入口
5o 電解液出口
5ai 陽極電解液入口
5ao 陽極電解液出口
5ci 陰極電解液入口
5co 陰極電解液出口
6 整流板(リブ)
6a 陽極整流板(陽極リブ)
6c 陰極整流板(陰極リブ)
7 ガスケット
10 ヘッダー
10ai 陽極入口ヘッダー
10ao 陽極出口ヘッダー
10ci 陰極入口ヘッダー
10co 陰極出口ヘッダー
10I 内部ヘッダー
10O 外部ヘッダー
10Oai 陽極入口ヘッダー(陽極入口側ホース)
10Oao 陽極出口ヘッダー(陽極出口側ホース)
10Oci 陰極入口ヘッダー(陰極入口側ホース)
10Oco 陰極出口ヘッダー(陰極出口側ホース)
20 導管
20ai 陽極用配液管
20ao 陽極用集液管
20ci 陰極用配液管
20co 陰極用集液管
20Oai 陽極用配液管
20Oao 陽極用集液管
20Oci 陰極用配液管
20Oco 陰極用集液管
50 複極式電解槽
51g ファストヘッド、ルーズヘッド
51i 絶縁板
51a 陽極ターミナルエレメント
51c 陰極ターミナルエレメント
51r タイロッド
60 複極式エレメント
65 電解セル
70 電解装置
71 送液ポンプ
72 気液分離タンク
72h 水素分離タンク
72o 酸素分離タンク
73 水補給器
74 整流器
75 酸素濃度計
76 水素濃度計
77 流量計
78 圧力計
79 熱交換器
80 圧力制御弁
D1 隔壁に沿う所与の方向(電解液通過方向)
A 電極室の隔壁に沿う所与の方向の長さ
B 電極室の隔壁に垂直な方向の長さ
C 複数の整流板の間隔
P アクリル板の縦幅
Q アクリル板の横幅
R アクリル板の厚み
Z ゼロギャップ構造
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、電解槽。
【請求項2】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、アルカリ水電解用電解槽。
【請求項3】
前記整流板の少なくとも一部が導電性を有し、前記整流板が前記電極と物理的及び電気的に接続されている、請求項1又は2に記載の電解槽。
【請求項4】
隣接する前記エレメント間において前記外枠同士の間に前記隔膜を有するガスケットが挟持され、前記ガスケットは、厚みが3.0mm〜10mm、100%変形時の弾性率が1.0MPa〜10MPaである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項5】
前記陽極又は前記陰極と前記隔壁との間に、導電性弾性体及び集電体が、前記導電性弾性体が前記陽極又は前記陰極と前記集電体とに挟まれるように、設けられている、請求項1〜4のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項6】
前記導電性弾性体が、ニッケル製のクッションマットである、請求項5に記載の電解槽。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含むことを特徴とする、電解装置。
【請求項8】
陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触してゼロギャップ構造が形成され、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.19m以下である、アルカリ水電解用電解槽と、電解液を循環させるための送液ポンプと、電解液と水素及び/又は酸素とを分離する気液分離タンクと、水を補給するための水補給器とを含む、電解装置を用いて、下記式(1)
式(1):Re=Q/(電極室当たりの整流板の数+1)×{(2×D)/(B+C)}/(ν×D)
(式中、Qは、電極室当たりの電解液の流量(m3/秒)を示し、νは、電解液の動粘度(m2/秒)を示し、Dは前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積(m2)を示す)
から算出される電解液レイノルズ数Reを10〜1800として電解液を循環させることによって電解を行う
ことを特徴とする、水電解方法。
【請求項9】
前記電解槽内の前記電解液の温度を、80℃〜130℃とする、請求項8に記載の水電解方法。
【請求項10】
アルカリを含有する水を電解槽により水電解し、水素を製造する水素製造方法において、
前記電解槽は、陽極と、陰極と、前記陽極と前記陰極とを隔離する隔壁と、前記隔壁を縁取る外枠とを備える複数のエレメントが隔膜を挟んで重ね合わせられ、前記隔膜が前記陽極及び前記陰極と接触しており、前記隔壁と前記外枠と前記隔膜とにより画成される電極室に互いに平行に並べられた複数の整流板が前記隔壁に沿う所与の方向に平行に設けられた電解槽であり、
前記電極室の前記所与の方向の長さAが、0.40m以上4.0m以下であり、前記電極室の前記隔壁と前記隔膜の間の前記隔壁に垂直な方向の長さBが、0.0030m以上0.030m以下であり、前記複数の整流板の間隔Cが、0.050m以上0.1m以下であり、
前記電極室の前記所与の方向に垂直な面における整流板で仕切られた断面積Dが、0.00050m2以上0.0050m2以下であり、{(2×D)/(B+C)}が、0.015m以上0.050m以下である、
ことを特徴とする、水素製造方法。
【請求項11】
前記陽極及び前記陰極を含む複数の前記エレメントが、多孔膜である前記隔膜を挟んで重ね合わされ、
前記陰極と、前記陰極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陰極集電体とを含む陰極複合体、及び/又は、前記陽極と、前記陽極の隔膜側とは反対側に順に設けられた前記導電性弾性体及び陽極集電体とを含む陽極複合体、を備えており、
前記陽極と前記陰極集電体との距離及び/又は前記陰極と前記陽極集電体との距離が1.0mm以上6.0mm以下であり、
前記導電性弾性体の密度が0.1g/cm3以上4.5g/cm3以下であり、
前記ゼロギャップ構造において、前記隔膜と、前記陽極及び/又は前記陰極との間にかかる面圧が8kN/m2以上100kN/m2以下である、
ことを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の電解槽。
【請求項12】
前記導電性弾性体の線径が0.1mm以上0.5mm以下である、請求項11に記載の電解槽。
【請求項13】
前記隔膜の平均透水孔径が0.01μm以上1.0μm以下である、請求項11又は12に記載の電解槽。
【請求項14】
前記隔膜の厚みが100μm以上600μm以下である、請求項11〜13のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項15】
前記隔膜の気孔率が30%以上70%以下である、請求項11〜14のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項16】
前記陰極及び前記陽極を固定するためのリブが複数取り付けられ、リブピッチが50mm以上150mm以下であり、
前記リブが前記隔壁に取り付けられ且つ前記陰極又は前記陽極と物理的に接続する整流板である、請求項11〜15のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項17】
前記エレメントの通電面の面積S1が0.1m2以上10m2以下である、請求項11〜16のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項18】
前記エレメントの厚みdが10mm以上100mm以下である、請求項11〜17のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項19】
電解セルを50個以上500個以下含む、請求項11〜18のいずれか1項に記載の電解槽。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-07-01 
出願番号 P2018-564673
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C25B)
P 1 651・ 55- YAA (C25B)
P 1 651・ 537- YAA (C25B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 太田 一平
井上 猛
登録日 2020-11-20 
登録番号 6797940
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 電解槽、電解装置、電解方法、水素製造方法  
代理人 杉村 憲司  
代理人 杉村 憲司  
代理人 神 紘一郎  
代理人 神 紘一郎  

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