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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1388388
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-24 
確定日 2022-07-12 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6850447号発明「樹脂組成物、樹脂シート、多層プリント配線板、及び半導体装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6850447号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。 特許第6850447号の請求項1、3〜7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許異議の申立ての経緯
特許第6850447号(請求項の数7。以下、「本件特許」という。)は、令和2年6月26日を国際出願日(優先日:令和1年6月28日、日本国)とする出願(特願2020−555079号)であって、令和3年3月10日に特許権の設定登録がされたものである(特許掲載公報の発行日は、同年3月31日である。)。
その後、令和3年9月24日に、本件特許の請求項1、3〜7に係る特許に対して、特許異議申立人である山田芳男(以下、「申立人」という。)から特許異議の申立てがなされた。
よって、本件特許異議の申立てに係る審理対象は、請求項1、3〜7に係る特許のみであり、請求項2に係る特許については審理対象外である。

以降の手続の経緯は、以下のとおりである。
令和3年12月 2日付け 取消理由通知
令和4年 1月17日付け 応対記録(特許権者)
同年 1月20日 上申書(特許権者)
同年 1月24日付け 通知書(特許権者あて)
同年 3月 7日 訂正請求書、意見書(特許権者)の提出
同年 3月17日付け 通知書(申立人あて)
なお、令和4年3月17日付け通知書に対し、申立人からの応答はなかった。

2 証拠方法
申立人が提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲第1号証:国際公開第2013/172434号
甲第2号証:中国特許出願公開第103145988号明細書及び抄訳文
甲第3号証:特開2018−189851号公報
甲第4号証:令和3年9月17日に山田芳男(申立人)が作成した実験成績報告書
(以下、甲第1号証〜甲第4号証を、「甲1」〜「甲4」という。)

第2 訂正の請求について
特許権者は、特許法第120条の5第1項の規定により審判長が指定した期間内である令和3年3月7日に訂正請求書を提出し、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり請求項1〜7について以下の訂正をすることを求めた(以下「本件訂正」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面を「本件明細書等」という。)。

1 訂正の内容
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に
「光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、」
と記載されているのを、
「光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の分子量が、50〜1000であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、」
に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項3〜6も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項2に
「前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)が、下記式(2)で表される化合物、下記式(3)で表される化合物、下記式(4)で表される化合物、及び下記式(5)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種以上の化合物である、請求項1に記載の樹脂組成物。」と記載されているのを、
「下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む、ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)が、下記式(2)で表される化合物、下記式(3)で表される化合物、下記式(4)で表される化合物、及び下記式(5)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種以上の化合物であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であり、
前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。
【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。」
に訂正する(請求項2の記載を直接的又は間接的に引用する請求項3〜7も同様に訂正する)。

(3)一群の請求項
訂正前の請求項1、3〜7について、請求項3〜7は請求項1を直接的又は間接的に引用する関係にあり、訂正事項1によって請求項3〜7の記載が、訂正される訂正前の請求項1に連動して訂正されるから、訂正前の請求項1、3〜7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項2〜7について、請求項3〜7は請求項2を直接的又は間接的に引用する関係にあり、訂正事項2によって請求項3〜7の記載が、訂正される訂正前の請求項2に連動して訂正されるから、訂正前の請求項2〜7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
そして、共通する請求項3〜7を有するこれら2つの一群の請求項は組み合わされて、訂正前の請求項1〜7が特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否の検討
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)」について、その分子量の特定を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当し、実質上の特許請求の範囲の拡張・変更に当たらないことは明らかである。
そして、本件明細書等の明細書の【0080】には「化合物(B)の分子量は、現像性がより向上する点から、50〜1000であることが好ましく、」と記載されていることから、訂正事項1は本件明細書等の記載した事項の範囲内であるといえる。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項1を引用する訂正前の請求項2において、請求項間の引用関係を解消し、訂正前の請求項1の記載を書き下して独立形式請求項へ改めたものであるから、「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。
また、訂正事項2は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、さらに、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 独立特許要件の検討
特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は、特許異議の申立てがされていない請求項に係る同法第126条第1項ただし書第1号又は第2号に掲げる事項を目的とする訂正に対して判断されるものである。
しかるに、訂正前の請求項1、3〜7は、上記「第1 1」のとおり、特許異議の申立てがされている請求項であるから、当該請求項に係る訂正は独立形式要件の判断を要しない。
また、訂正前の請求項2に係る訂正については、上記「第2 2(2)」のとおり、その目的が特許請求の範囲の減縮でなく、誤記又は誤訳の訂正でもないから、独立特許要件の判断を要しない。

4 別の訂正単位とする求めについて
特許権者からは、訂正後の請求項2について訂正が認められる場合には、他の請求項とは別途訂正するという求めがあったが、訂正後の請求項3〜7は請求項1及び2の両方を直接的又は間接的に引用する関係にあり、訂正後の請求項1〜7で一群の請求項を形成しているので、訂正後の請求項2を、他の請求項とは別の訂正単位として扱うことはしない。

5 まとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、本件特許の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜7に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1〜7に係る発明を、項番順に「本件発明1」等といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。また、本件特許の明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む、ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の分子量が、50〜1000であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であり、
前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。
【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。

【請求項2】
下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む、ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)が、下記式(2)で表される化合物、下記式(3)で表される化合物、下記式(4)で表される化合物、及び下記式(5)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種以上の化合物であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であり、
前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。
【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。
【化2】

(式(2)中、R4は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。kは、各々独立に、1〜5の整数を示す。式(2)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化3】

(式(3)中、R5は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。lは、各々独立に、1〜9の整数を示す。式(3)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(3)中、カルボキシメチル基を有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化4】

(式(4)中、R6は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。mは、各々独立に、1〜9の整数を示す。式(4)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(4)中、カルボキシメチル基を有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化5】

(式(5)中、R7は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。oは、各々独立に、1〜5の整数を示す。式(5)中、カルボキシ基を1つ以上有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(5)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(5)中、カルボキシメチル基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。

【請求項3】
前記光硬化開始剤(C)が、下記式(6)で表される化合物を含む、請求項1又は2に記載の樹脂組成物。
【化6】

(式(6)中、R8は、各々独立に、下記式(7)で表される置換基又はフェニル基を表す。)。
【化7】

(式(7)中、−*は結合手を示し、R9は、各々独立に、水素原子又はメチル基を表す。)。

【請求項4】
支持体と、
前記支持体の片面又は両面に配された樹脂層と、を有し、
前記樹脂層が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、
樹脂シート。

【請求項5】
前記樹脂層の厚さが1〜50μmである、請求項4に記載の樹脂シート。

【請求項6】
絶縁層と、
前記絶縁層の片面又は両面に形成された導体層と、
を有し、
前記絶縁層が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、多層プリント配線板。

【請求項7】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、半導体装置。」

第4 異議申立ての理由と当審が通知した取消理由
1 異議申立ての理由(以下、「申立理由」という。)の概要
(1)申立理由1(進歩性
本件訂正前の請求項1、3〜7は、本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明及び甲2及び3に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(サポート要件)
本件訂正前の請求項1、3〜7の記載は、概略、下記の点で記載不備であり、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、同法同条同項に規定する要件を満たしておらず、それらの請求項に係る発明についての特許は、上記要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

甲4に記載の実験結果から、化合物(B)についてカルボキシ基を1つ以上含むことを除いては何ら特定していない本件訂正前の請求項1、3に係る発明に含まれる樹脂組成物のすべてが、現像工程において優れたアルカリ現像性を付与するという課題を解決できるものではないから、請求項1、3に係る発明、及び請求項1及び3を引用する請求項4〜7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。

2 当審が通知した取消理由
当審が通知した令和3年12月2日付け取消理由通知の概要は、以下のとおりである。

(1)取消理由1(サポート要件)
本件訂正前の請求項1、3〜7の記載は、概略、下記の点で記載不備であり、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、同法同条同項に規定する要件を満たしておらず、それらの請求項に係る発明についての特許は、上記要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

本件明細書の記載と甲4の試験結果とを踏まえると、化合物(B)として低分子化合物を用いた場合については本件訂正前の請求項1、3〜7に係る発明が優れたアルカリ現像性を付与できる樹脂組成物等を提供するという課題を解決することができると認められるものの、高分子量の化合物全般についてまで、低分子化合物の場合と同様に本件の発明の課題を解決できるとは直ちに認めることができない。

第5 当審の判断
当審は、取消理由1、申立理由1及び2のいずれの理由によっても、本件発明1、3〜7に係る特許を取り消すことができないと判断する。理由は以下のとおりである。

1 当審が通知した取消理由1及び同旨の申立理由2について
取消理由1と申立理由2とは、共に「カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)」に着目したサポート要件違反の理由であり、同様の趣旨であるので、以下に併せて検討する。

(1)取消理由1及び申立理由2の概要
取消理由1の概要は上記「第4 2(1)」、申立理由2の概要は上記「第4 1(2)」で述べたとおりである。

(2)サポート要件の考え方
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

(3)本件明細書に記載された事項
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。なお、化学構造式は省略する。
「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0016】
そこで、本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、プリント配線板の製造に用いた際に、露光工程においては、光硬化反応を阻害せず、優れた光硬化性を有し、現像工程においては、優れたアルカリ現像性を付与できる樹脂組成物、それを用いた樹脂シート、多層プリント配線板、並びに半導体装置を提供することにある。」

「【0040】
[樹脂組成物]
本実施形態の樹脂組成物は、特定のビスマレイミド化合物(A)と、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、光硬化開始剤(C)とを含む。以下、各成分について説明する。
【0041】
〔ビスマレイミド化合物(A)〕
本実施形態の樹脂組成物は、ビスマレイミド化合物(A)(成分(A)とも称す)を含む。ビスマレイミド化合物(A)は、式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む。
・・・
【0044】
通常、マレイミド化合物は光透過性が悪いため、樹脂組成物がマレイミド化合物を含むと、樹脂組成物中に分散している光硬化開始剤まで十分に光が届かず、光硬化開始剤がラジカルを発生し難い。そのため、一般的にマレイミド化合物の光ラジカル反応は進行し難く、仮にマレイミド単体のラジカル重合や二量化反応が進行しても、その反応性は非常に低い。しかし、ビスマレイミド化合物(A)は、式(1)で表される構成単位を含むので、光透過性に非常に優れる。そのため、光硬化開始剤まで十分に光が届き、マレイミドの光ラジカル反応が効率的に起き、ビスマレイミド化合物(A)は、後述のカルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)、及び光硬化開始剤(C)と共に、種々の活性エネルギー線を用いて光硬化させることができる。
・・・
【0047】
ビスマレイミド化合物(A)は、前記したように光透過性に優れるため、例えば、波長365nmを含む活性エネルギー線、又は405nmを含む活性エネルギー線を用いた場合でも、光が光硬化開始剤まで十分に届き、光硬化開始剤から発生したラジカルを用いたラジカル反応が進行し、ビスマレイミド化合物(A)が多く配合されている組成物においても光硬化が可能となる。
・・・
【0069】
本実施形態の樹脂組成物において、ビスマレイミド化合物(A)の含有量は、ビスマレイミド化合物を主成分とした硬化物を得ることが可能となり、光硬化性を向上させるという観点から、ビスマレイミド化合物(A)、後述のカルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び後述の光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であることが好ましく、50〜97質量部であることがより好ましく、60〜96質量部であることが更に好ましい。」

「【0077】
〔カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)〕
本実施形態の樹脂組成物は、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)(成分(B)又は化合物(B)とも称す)を含む。化合物(B)は、化合物中に、カルボキシ基を1つ以上含めば、特に限定されない。カルボキシ基は、ナトリウム塩、及びカリウム塩などの塩であってもよく、分子内にカルボキシ基を2以上含む場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。化合物(B)は、1種単独又は2種以上を適宜混合して使用することも可能である。
・・・
【0080】
化合物(B)の分子量は、現像性がより向上する点から、50〜1000であることが好ましく、100〜800であることがより好ましい。
【0081】
化合物(B)としては、例えば、ギ酸、カルボキシ基を1つ以上含む脂肪族化合物、カルボキシ基を1つ以上含む芳香族化合物、及びカルボキシ基を1つ以上含むヘテロ化合物が挙げられる。これらの化合物(B)は、1種単独又は2種以上を適宜混合して使用することも可能である。
【0082】
(カルボキシ基を1つ以上含む脂肪族化合物)
・・・
【0088】
(カルボキシ基を1つ以上含む芳香族化合物)
・・・
【0089】
(カルボキシ基を1つ以上含むヘテロ化合物)
・・・
【0090】
化合物(B)としては、樹脂組成物により優れたアルカリ現像性を付与できる点から、式(2)で表される化合物、式(3)で表される化合物、式(4)で表される化合物、及び式(5)で表される化合物であることが好ましい。
・・・
【0117】
本実施形態の樹脂組成物において、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量は、樹脂組成物により優れたアルカリ現像性を付与できることから、ビスマレイミド化合物(A)、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び後述の光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であることが好ましく、1〜30質量部であることがより好ましく、2〜25質量部であることが更に好ましい。」

「【0118】
〔光硬化開始剤(C)〕
本実施形態の樹脂組成物は、光硬化開始剤(C)(成分(C)とも称す)を含む。光硬化開始剤(C)は、特に限定されず、一般に光硬化性樹脂組成物で用いられる分野で公知のものを使用することができる。光硬化開始剤(C)は、ビスマレイミド化合物(A)及びカルボキシル基を1つ以上含む化合物(B)と共に、種々の活性エネルギー線を用いて光硬化させるために用いられる。
・・・
【0122】
このような光硬化開始剤(C)としては、式(6)で表される化合物が好ましい。
・・・
【0124】
式(6)中、R8は、各々独立に、式(7)で表される置換基又はフェニル基を表す。
・・・
【0126】
式(7)中、R9は、各々独立に、水素原子又はメチル基を表す。式(7)中、−*は、式(6)中のリン原子(P)との結合手を示す。
・・・
【0132】
本実施形態の樹脂組成物において、光硬化開始剤(C)の含有量は、マレイミド化合物の光硬化を十分に進行させ、アルカリ現像性において露光部を十分に不溶化させるという観点から、ビスマレイミド化合物(A)、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部であることが好ましく、2〜20質量部であることがより好ましく、2〜15質量部であることが更に好ましい。」

「【0245】
〔実施例1〕
(樹脂組成物及び樹脂シートの作製)
ビスマレイミド化合物(A)としてMIZ−001(商品名)を86質量部と、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)としてcis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物を9質量部と、光硬化開始剤(C)として、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフィンオキサイド(Omnirad(登録商標)819(商品名))を5質量部とを混合し、メチルエチルケトン(出光興産(株)製)150質量部で希釈した後、超音波ホモジナイザーで攪拌してワニス(樹脂組成物の溶液)を得た。
このワニスを厚さ38μmのPETフィルム(ユニチカ(株)製ユニピール(登録商標)TR1−38(商品名))上に自動塗工装置(テスター産業(株)製PI−1210(商品名))を用いて塗布し、90℃で5分間加熱乾燥して、PETフィルムを支持体とし樹脂層の厚さが30μmである樹脂シートを得た。
【0246】
(評価用樹脂の作製)
得られた樹脂シートの樹脂面を張り合わせ、真空ラミネーター(ニッコー・マテリアルズ(株)製)を用いて、30秒間真空引き(5.0hPa以下)を行った後、圧力10kgf/cm2、温度70℃で30秒間の積層成形を行った。さらに圧力7kgf/cm2、温度70℃で60秒間の積層成形を行うことで、両面に支持体を有する評価用樹脂を得た。
【0247】
(内層回路基板の作成)
内層回路を形成したガラス布基材BT(ビスマレイミド・トリアジン)樹脂両面銅張積層板(銅箔厚さ18μm、厚み0.2mm、三菱ガス化学(株)製CCL(登録商標)−HL832NS(商品名))の両面をメック(株)製CZ8100(商品名)にて銅表面の粗化処理を行い、内層回路基板を得た。
【0248】
(評価用積層体の作製)
得られた樹脂シートの樹脂面を、前記内層回路基板の銅表面(片面)上に配置し、真空ラミネーター(ニッコー・マテリアルズ(株)製)を用いて、30秒間真空引き(5.0hPa以下)を行った後、圧力10kgf/cm2、温度70℃で30秒間の積層成形を行った。さらに圧力10kgf/cm2、温度70℃で60秒間の積層成形を行うことで内層回路基板と樹脂層と支持体とが積層された評価用積層体を得た。
【0249】
〔実施例2〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、4−アミノ安息香酸9質量部を用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0250】
〔実施例3〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、サリチル酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0251】
〔実施例4〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、ピペリジンカルボン酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0252】
〔実施例5〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、フタル酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0253】
〔実施例6〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、トリメリット酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0254】
〔実施例7〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物(9質量部の代わりに、ピロメリット酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0255】
〔実施例8〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0256】
〔実施例9〕
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)として、cis−4−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物9質量部の代わりに、1,2−フェニレン二酢酸9質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0257】
〔実施例10〕
光硬化開始剤(C)として、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフィンオキサイド(Omnirad(登録商標)819(商品名))5質量部の代わりに、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1(Omnirad(登録商標)369(商品名))5質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。
【0258】
〔実施例11〕
光硬化開始剤(C)として、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフィンオキサイド(Omnirad(登録商標)819(商品名))5質量部の代わりに、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノプロパン−1−オン(Omnirad(登録商標)907(商品名))5質量部用いた以外は、実施例1と同様にして、樹脂シートを得た。これを用いて、実施例1と同様にして、評価用樹脂及び評価用積層体を得た。」

「【0265】
<光硬化性>
波長200〜600nmを含む活性エネルギー線を照射可能な光源(ユーヴィックス(株)製Omnicure(登録商標)S2000(商品名))を付属したフォトDSC(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン(株)製DSC−2500(商標名))を用い、得られた評価用樹脂に、波長200〜600nmを含む活性エネルギー線を、照度30mW、露光時間3.5分間照射して、横軸が時間(sec)、縦軸がヒートフロー(mW)のグラフを得た。
また、光源として、波長365nm(i線)フィルター、又は波長405nm(h線)フィルターを用いて、波長365nm(i線)を含む活性エネルギー線、又は波長405nm(h線)を含む活性エネルギー線を用いたこと以外は、前記と同様の条件により、横軸が時間(sec)、縦軸がヒートフロー(mW)のグラフをそれぞれ得た。
それぞれのグラフにおいて、グラフの終点から、水平に線を引いた際のピーク面積をエンタルピー(J/g)とした。硬化性は、以下の基準で評価した。
AA:エンタルピーが50(J/g)以上であった。
BB:エンタルピーが1(J/g)以上、50(J/g)未満であった。
CC:エンタルピーが1(J/g)未満であった。
なお、エンタルピーが1(J/g)以上とは、所定の波長における露光により、樹脂の硬化が進行することを意味し、エンタルピーが50(J/g)以上とは、所定の波長における露光により、樹脂の硬化が十分に進行することを意味する。
【0266】
<アルカリ現像性>
得られた評価用積層体に、波長405nm(h線)を含む活性エネルギー線を照射可能な光源(ミカサ(株)製MA−20(商品名))を用いて、支持体の上から、照射量200mJ/cm2にて照射し、樹脂シートの半分を露光し、残りを未露光とした。その後、支持体(PETフィルム)を剥離し、2.38%TMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)水溶液(現像液、(株)トクヤマ社製)中で60秒間振とうした。60秒間振とう後に得られた積層体について、以下の基準に従って、アルカリ現像性を目視にて評価した。
「AA」:露光部は不溶であるが、未露光部は60秒間の振とうで溶解する。
「CC」:露光部及び未露光部共に不溶である。
また、実施例1及び比較例1で得られたそれぞれの評価用積層体を用いて行ったアルカリ現像後の写真を図1に示した。
【0267】
【表2】

【0268】
【表3】



(4)甲4に記載された事項
甲4には、





」(1〜4頁参照)と記載されている。

(5)本件発明が解決しようとする課題
本件発明が解決しようとする課題は、本件明細書の【0016】によると、「プリント配線板の製造に用いた際に、露光工程においては、光硬化反応を阻害せず、優れた光硬化性を有し、現像工程においては、優れたアルカリ現像性を付与できる樹脂組成物、それを用いた樹脂シート、多層プリント配線板、並びに半導体装置を提供すること」にあると認められる。

(6)本件発明1について
ア 判断
本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1の樹脂組成物を構成するビスマレイミド化合物(A)、カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び光重合開始剤(C)の各成分について【0041】〜【0069】、【0077】〜【0117】及び【0118】〜【0132】に記載されており、特に上記課題と関連する事項として、【0044】には「ビスマレイミド化合物(A)は、式(1)で表される構成単位を含むので、光透過性に非常に優れる。そのため、光硬化開始剤まで十分に光が届き、マレイミドの光ラジカル反応が効率的に起き」ることが記載され、【0080】には「化合物(B)の分子量は、現像性がより向上する点から、50〜1000であることが好まし」いことが記載され、【0069】、【0117】及び【0132】には各成分の含有量を本件発明1で特定した範囲内とすることによって光硬化性又は現像性に寄与することが記載されている。
さらに、本件発明1に含まれる態様である実施例1〜11の樹脂組成物と、そうでない比較例1〜5の樹脂組成物とを調製して光硬化性及びアルカリ現像性を試験し、比較例に対して実施例が良好な結果が得られたことが記載されており(【0245】〜【0268】、【表2】、【表3】)、本件発明1が上記課題を解決できることが、実際の実験結果によって裏付けられている。
したがって、本件発明1は発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

イ 申立人の主張について
申立人は特許異議申立書の20〜22頁の「エ 記載不備の理由」において、本件明細書において本件発明の課題を解決できることを具体的に確認しているといえるのは、化合物(B)として比較的に分子量が低く、酸価が高い化合物を用いた場合のみであること、それに対して甲4の表1の示すように化合物(B)として化合物(B−1)〜(B−9)を用いた追加実験1〜9では露光部及び未露光部共にアルカリ溶液に不溶(当該表1の「アルカリ現像性」が「CC」)であり、これは本件明細書の実施例の樹脂組成物(追加実験10〜12)よりも樹脂組成物のカルボキシ基が少なく、分子量が大きいことが原因であるとの推測を述べ、これらの結果により、化合物(B)ついてカルボキシ基を1つ以上含むことを除いては何ら特定していない本件訂正前の請求項1に係る発明のすべての態様が、現像工程において優れたアルカリ現像性を付与するという課題を解決できるものではない旨を主張している。なお、当審が通知した取消理由1においても、化合物(B)の分子量に関して当該主張とおおむね同様に甲4の実験結果を参酌して、サポート要件違反の判断を示している。
しかしながら、本件訂正によって、本件発明1では化合物(B)の分子量の範囲が50〜1000に特定された。その結果、上記主張の根拠である甲4に記載の追加実験1〜9は、化合物(B)の分子量が1000を超えるものであるのでもはや本件発明1に含まれない態様となった。一方、本件明細書において、上記課題を解決することが確認されている実施例1〜11は依然として本件発明1に含まれる態様である。してみると、本件発明1は、化合物(B)の分子量に関して上記課題を解決できる態様のみが含まれるといえるから、甲4の上記追加実験を根拠とする申立人の主張は採用できず、併せて、取消理由1は解消したものと認められる。
また、申立人の上記主張では樹脂組成物のカルボキシ基が少ないこととアルカリ現像性が不良であることとの関係についても触れており、甲4では化合物(B)それぞれの分子量だけでなく酸価についても記載があるので、念のため化合物(B)の酸価についても検討する。
本件発明1では化合物(B)の酸価を明示的に特定していない。そこで、もし酸価がほとんど0であるような仮想的な化合物(B)を用いると考えれば、樹脂組成物中にカルボキシ基がほとんど存在しないことになりアルカリ現像性に影響する、と一見解する余地がある。しかしながら、本件発明1では化合物(B)の分子量が50〜1000と特定されており、分子量47のカルボキシ基(COOH)を少なくとも1つ含むのであるから、実際には分子量の特定によって化合物(B)の酸価の下限はある程度の大きさに限定されているといえ、ゆえに、上記の仮想的な化合物(B)のような極端に小さな酸価のものは本件発明1には包含されない。したがって、本件発明1で化合物(B)の酸価を直接特定していないからといって、それによって上記課題の解決が妨げられているとはいえない。
そして、申立人の主張では、化合物(B)の分子量とは無関係に酸価が本件発明の課題の解決に直接影響することや、酸価がどの程度小さいと当該課題の解決が妨げられるのかということを何ら具体的に説明していないから、本件発明1が酸価を明示的に特定してないことをもって直ちに発明の課題が解決できないと認められるものではない。さらに、甲4には化合物(B)の分子量が50〜1000で酸価が低い実験例は示されていないから、本件発明1において酸価が低い場合にアルカリ現像性が悪く、本件発明の課題を解決できないことを技術的に裏付ける具体的な根拠がない。
よって、申立人の上記主張は採用することができない。

(7)本件発明3〜7について
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明3〜7も、上記「(6)」と同様の理由により、発明の詳細な説明に記載された発明である。

(8)まとめ
以上のとおりであるから、取消理由1、申立理由2は理由が無い。


2 当審が通知しなかった申立理由1について
申立理由2については取消理由1と併せて既に上記「1」で検討済みであるので、ここでは申立理由1について検討する。

(1)各甲号証の記載事項
ア 甲1に記載された事項及び甲1に記載された発明
甲1には、以下の事項が記載されている。
「[請求項1]マレイミド化合物と光塩基発生剤を含み、
選択的な光照射により、液状現像によるネガ型のパターン形成が可能となることを特徴とする液状現像型のマレイミド組成物。
[請求項2]さらに、アルカリ現像性樹脂を含むことを特徴とする請求項1記載の液状現像型のマレイミド組成物。
[請求項3]前記マレイミド化合物が、2官能以上のマレイミド化合物であることを特徴とする請求項1記載の液状現像型のマレイミド組成物。
・・・
[請求項5]請求項1〜4のいずれか一項に記載の液状現像型のマレイミド組成物からなるパターン層を有することを特徴とするプリント配線板。」

「[0001]本発明は、液状現像型のマレイミド組成物、プリント配線板に関する。」

「[0005]そこで本発明の目的は、現像によるパターン形成が容易な液状現像型のマレイミド組成物、プリント配線板を提供することにある。」

「[0011] [マレイミド化合物]
上記マレイミド化合物としては、多官能脂肪族/脂環族マレイミド、多官能芳香族マレイミドが挙げられる。2官能以上のマレイミド化合物(多官能マレイミド化合物)が好ましい。多官能脂肪族/脂環族マレイミドとしては、例えば、N,N’−メチレンビスマレイミド、N,N’−エチレンビスマレイミド、トリス(ヒドロキシエチル)イソシアヌレートと脂肪族/脂環族マレイミドカルボン酸とを脱水エステル化して得られるイソシアヌレート骨格のマレイミドエステル化合物;トリス(カーバメートヘキシル)イソシアヌレートと脂肪族/脂環族マレイミドアルコールとをウレタン化して得られるイソシアヌレート骨格のマレイミドウレタン化合物等のイソシアヌル骨格ポリマレイミド類;イソホロンビスウレタンビス(N−エチルマレイミド)、トリエチレングリコールビス(マレイミドエチルカーボネート)、脂肪族/脂環族マレイミドカルボン酸と各種脂肪族/脂環族ポリオールとを脱水エステル化、又は脂肪族/脂環族マレイミドカルボン酸エステルと各種脂肪族/脂環族ポリオールとをエステル交換反応して得られる脂肪族/脂環族ポリマレイミドエステル化合物類;脂肪族/脂環族マレイミドカルボン酸と各種脂肪族/脂環族ポリエポキシドとをエーテル開環反応して得られる脂肪族/脂環族ポリマレイミドエステル化合物類;脂肪族/脂環族マレイミドアルコールと各種脂肪族/脂環族ポリイソシアネートとをウレタン化反応して得られる脂肪族/脂環族ポリマレイミドウレタン化合物類等がある。
[0012]多官能芳香族マレイミドとしては、マレイミドカルボン酸と各種芳香族ポリオールとを脱水エステル化、又はマレイミドカルボン酸エステルと各種芳香族ポリオールとをエステル交換反応して得られる芳香族ポリマレイミドエステル化合物類;マレイミドカルボン酸と各種芳香族ポリエポキシドとをエーテル開環反応して得られる芳香族ポリマレイミドエステル化合物類;マレイミドアルコールと各種芳香族ポリイソシアネートとをウレタン化反応して得られる芳香族ポリマレイミドウレタン化合物類等の芳香族多官能マレイミド類等がある。
[0013]多官能芳香族マレイミドの具体例としては、・・・を挙げることができる。」

「[0014] [光塩基発生剤]
光塩基発生剤は、紫外線や可視光等の光照射により分子構造が変化するか、または、分子が開裂することにより、上記のマレイミド化合物の付加反応の触媒として機能しうる1種以上の塩基性物質を生成する化合物である。塩基性物質として、例えば2級アミン、3級アミンが挙げられる。」

「0084]白色着色剤:
また、本発明においては着色剤として、白色着色剤を用いることもできる。白色着色剤としては、例えば酸化チタンが挙げられる。酸化チタンとしてはルチル型酸化チタンでもアナターゼ型酸化チタンでもよいが、ルチル型チタンを用いることが好ましい。・・・ルチル型酸化チタンは、白色度はアナターゼ型と比較して若干劣るものの、光活性を殆ど有さないために、酸化チタンの光活性に起因する光による樹脂の劣化(黄変)が顕著に抑制され、また熱に対しても安定である。・・・
[0085]ルチル型酸化チタンとしては、公知のものを使用することができる。ルチル型酸化チタンの製造法には、硫酸法と塩素法の2種類あり、・・・塩素法により製造されたルチル型酸化チタンは、特に熱による樹脂の劣化(黄変)の抑制効果が顕著であり、本発明においてより好適に用いられる。」

「[0091]本発明のマレイミド組成物は、プリント配線板のパターン層の形成に有用であり、中でもソルダーレジストや層間絶縁層の材料として有用である。
・・・
[0094]マレイミド組成物の基材上への塗布方法は、・・・公知の方法が適用できる。
基材としては、予め回路形成されたプリント配線基材やフレキシブルプリント配線基材の他、紙−フェノール樹脂、紙−エポキシ樹脂、ガラス布−エポキシ樹脂、ガラス−ポリイミド、ガラス布/不繊布−エポキシ樹脂、ガラス布/紙−エポキシ樹脂、合成繊維−エポキシ樹脂、フッ素樹脂・ポリエチレン・PPO・シアネートエステル等の複合材を用いた全てのグレード(FR−4等)の銅張積層基材、ポリイミドフィルム、PETフィルム、ガラス基材、セラミック基材、ウエハ基材等を用いることができる。」

「[0105] (実施例1)
<マレイミド組成物の調製>
下記表1記載の配合に従って、実施例1の材料を配合、攪拌機にて予備混合した後、3本ロールミルにて混練し、マレイミド組成物を調製した。なお、表中の値は、特に断りが無い限り、質量部である。
・・・
[0111] (実施例2〜26、比較例3〜5)
<マレイミド組成物の調製>
下記表2に記載の配合に従って、実施例/比較例に記載の材料をそれぞれ配合、攪拌機にて予備混合した後、3本ロールミルにて混練し、マレイミド組成物を調製した。表中の値は、特に断りが無い限り、質量部である。

[0112] <ドライフィルム(DF)の作製>
キャリアフィルムとして、38μmの厚みのPETフィルム上に、マレイミド組成物を、アプリケーターを用いて塗布し、その後90℃/30min乾燥しドライフィルムを作製した。マレイミド組成物の厚みは乾燥後、約20μmになるように塗布量を調整した。その後、得られたドライフィルム(DF)を所定のサイズにスリット加工を行った。

[0113] <ラミネート>
銅厚15μmで回路が形成されている両面プリント配線基材を用意し、メック社製CZ−8100を使用して前処理を行い、名機製作所社製真空ラミネーターMVLP−500を用いてプリント配線板上にドライフィルムをラミネートした。ラミネート条件は温度80℃、圧力5kg/cm2/60secでおこない、マレイミド組成物からなる樹脂層を備える基材を得た。

[0114] <Bステージ状態の評価(基材への形成時のハンドリング)>
・・・
[0115] <スルーホール上の凹み評価>
直径が300μm、ピッチが1mmの間隔にて銅めっきスルーホールが形成されている厚さ0.3mmの両面プリント配線基材を用意し、メック社製CZ−8100を使用して前処理を行った。その後、乾燥後の厚みを50μmにした以外は前記ドライフィルムの作製と同じ方法で作製したドライフィルムを、名機製作所社製真空ラミネーターMVLP−500を用いて、スルーホールが形成されたプリント配線基材上に両面同時にドライフィルムをラミネートした。・・・

[0123]

・・・
[0125] ・・・
(マレイミド化合物)
・・・
※BMI−3000:エアブラウン社、長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー、Mw=3000
(アルカリ現像性樹脂)
・・・
※ジョンクリル586 H60:スチレンアクリル酸共重合樹脂、Mw=3100、固形分酸価=108mgKOH/g、ジョンソンポリマー社をシクロヘキサノンで溶解。固形分60%
・・・
(光塩基発生剤)
※Irg369:2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、BASFジャパン社」

そして、甲1の[0105]、[0125]の記載を踏まえて、[0123]の表2の実施例10に着目すると、以下の発明が記載されているといえる。
「マレイミド化合物として、BMI−3000:エアブラウン社、長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー、Mw=3000 100質量部
アルカリ現像性樹脂として、ジョンクリル586 H60:スチレンアクリル酸共重合樹脂、Mw=3100、固形分酸価=108mgKOH/g、ジョンソンポリマー社をシクロヘキサノンで溶解。固形分60% 115質量部
光塩基発生剤として、Irg369:2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、BASFジャパン社 30質量部
を配合、予備混合した後、混練して調製したマレイミド組成物。」(以下、「甲1発明」という。)

イ 甲2に記載された事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
なお、甲2は中国語の文献であるため、以下では、申立人が提出した抄訳文に基づいて当審で作成した翻訳により摘記した。

「[請求項1]
ポリイミドオリゴマーであって、その構造の一般式は次のとおりであり、

式において、R1は脂環であり、R2は少なくとも一つの炭素環構造を有するアルキルであり、
1≦n≦30,1≦m≦30,1≦p≦30、且つ(n+1−m−p)は0より大きく、5≦x≦50である。
・・・
[請求項3]
R2は少なくとも一つの炭素環を有するアルキルであることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリイミドオリゴマー。
[請求項4]
R1は・・・

・・・から選ばれることを特徴とする請求項1に記載のポリイミドオリゴマー。
[請求項5]
R2は

又は

から選ばれることを特徴とする請求項3に記載のポリイミドオリゴマー。」



















ウ 甲3に記載された事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は、硬化性樹脂組成物、ドライフィルム、硬化物および電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、一部の民生用プリント配線板およびほとんどの産業用プリント配線板のソルダーレジスト組成物には、高精度、高密度の観点から、紫外線照射後、現像することにより画像形成し、熱および光照射の少なくとも何れか一方で仕上げ硬化(本硬化)する現像型ソルダーレジスト組成物が使用されている。このような中、環境問題への配慮から、現像液としてアルカリ水溶液を用いるアルカリ現像型ソルダーレジスト組成物が主流になっており、実際のプリント配線板の製造において大量に使用されている。
【0003】
従来、アルカリ現像型ソルダーレジスト組成物には、アルカリ可溶性樹脂、特にエポキシアクリレート変性樹脂が一般的に用いられている。例えば、特許文献1では、ノボラック型エポキシ化合物と不飽和一塩基酸の反応生成物に酸無水物を付加したアルカリ可溶性樹脂、光重合開始剤、希釈剤およびエポキシ化合物からなるソルダーレジスト組成物が提案されている。」

「【0035】
アシルホスフィンオキサイド系光重合開始剤の具体例としては、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルホスフィンオキサイド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチル−ペンチルホスフィンオキサイドなどが挙げられる。市販品としては、BASF社製のイルガキュアーTPO、IGM Resins社製のOmnirad(オムニラッド)819などが挙げられる。」

(2)判断
ア 本件発明1
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「マレイミド化合物として、BMI−3000:エアブラウン社、長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー、Mw=3000」は、ビスマレイミド化合物である限りにおいて、本件発明1の「ビスマレイミド化合物(A)」と一致する。
甲1発明の「アルカリ現像性樹脂として、ジョンクリル586 H60:スチレンアクリル酸共重合樹脂、Mw=3100、固形分酸価=108mgKOH/g、ジョンソンポリマー社をシクロヘキサノンで溶解。固形分60%」は、アクリル酸の官能基としてカルボキシ基を有しているから、本件発明1の「カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)」であって「分子量が、50〜1000」である化合物と、カルボキシ基を1つ以上含む化合物である限りにおいて一致する。
甲1発明の「光塩基発生剤として、Irg369:2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、BASFジャパン社」は、甲1の[0014]に「光塩基発生剤は、紫外線や可視光等の光照射により分子構造が変化するか、または、分子が開裂することにより、上記のマレイミド化合物の付加反応の触媒として機能しうる1種以上の塩基性物質を生成する化合物である。」と記載されていることからみて、光照射によってマレイミド化合物の付加反応を触媒して樹脂組成物を硬化するものであるから、本件発明1の「光硬化開始剤(C)」に相当するといえる。
甲1発明の「マレイミド組成物」は、本件発明1の「樹脂組成物」に相当する。
そして、甲1発明において、「マレイミド化合物」の含有量を「マレイミド化合物」、「アルカリ現像性樹脂」及び「光塩基発生剤」の合計100質量部に対する値に換算すると、100/(100+115+30)=40.8質量部であるから、本件発明1の「前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり」との条件を満たすものである。また、同様に甲1発明において、甲1発明の「光塩基発生剤」の含有量は上記合計100質量部に対して30/(100+115+30)=12.2質量部であるから、本件発明1の「前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である」との条件を満たすものである。なお、「アルカリ現像性樹脂」の含有量は上記合計100質量部に対して115/(100+115+30)=46.9質量部である。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、 前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
ビスマレイミド化合物(A)について、本件発明1では「下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む」
「【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。」と特定されているのに対し、甲1発明では「BMI−3000:エアブラウン社、長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー、Mw=3000」であり具体的な化学構造が不明である点

<相違点2>
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)について、本件発明1では「分子量が、50〜1000であ」るのに対し、甲1発明では「Mw=3100」である点

<相違点3>
本件発明1において、「前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部」であるのに対し、甲1発明のアルカリ現像性樹脂の含有量はマレイミド化合物、アルカリ現像性樹脂及び光塩基発生剤の合計100質量部に対して46.9質量部である点

(イ)判断
相違点1について検討する。
甲1には、マレイミド化合物としての「BMI−3000:エアブラウン社、長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー、Mw=3000」について、「長鎖アルキルビスマレイミドオリゴマー」との記載がその化学構造を部分的に示唆しているものの、それだけでは当該マレイミド化合物の化学構造を具体的に特定することができないから、当該相違点は実質的な相違点である。
そして、甲1にはマレイミド化合物について[0011]〜[0013]に多数の種類が列挙されているが、当該記載を精査しても本件発明1の式(1)で表される構成単位を含むものは見当たらない。
そうすると、甲1発明における上記マレイミド化合物を、上記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含むものに置き換えることは、甲1の記載に基づいて当業者が容易に想到しえたこととはいえない。

次に、甲2について検討する。
甲2には、「感光性重合体及び該感光性重合体を用いた液体感光性ソルダーレジストインク並びにフレキシブル配線板」について記載され([0001])、従来のソルダーレジストインクについて「ベンゼン環を含有することにより、高温時に黄変が生じやすくな」ること([0004])、「フレキシブル基板に適した高性能感光性樹脂が求められている」こと([0011])を念頭に、「本発明の感光性ポリイミドオリゴマー」について、「ベンゼン環を含まず、耐黄変性に優れている」こと、「ポリエーテルアミンを使用し、柔軟なポリエーテルセグメントを導入することで、樹脂の脆性を低下させ、良好な柔軟性を提供し、フレキシブル回路基板の耐屈曲性に対する要求を満たすことができる」こと等、フレキシブル基板に適した性能を持つものであることが記載されている。そして、甲2の請求項1に「ポリイミドオリゴマーであって、その構造の一般式は次のとおりであり、

式において、R1は脂環であり、R2は少なくとも一つの炭素環構造を有するアルキルであり、
1≦n≦30,1≦m≦30,1≦p≦30、且つ(n+1−m−p)は0より大きく、5≦x≦50である。」と記載され、R1の選択肢として「

」(請求項4)、R2の選択肢として「

又は

」が記載され、実施例2において、イソホロンジアミン、ポリエーテルアミンD−1000(x=16)、リジン及び1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物を反応させてポリイミドオリゴマーを合成したことが記載されている(実施例2)。ここで、当該ポリイミドオリゴマーは、その構造からみて明らかに分子鎖の両末端にマレイミド基を含むビスマレイミド化合物である。
してみると、甲2には、耐黄変性、耐屈曲性等の性質に優れ、フレキシブル基板に適した感光性樹脂を提供することを目的として、イミド骨格の構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含むビスマレイミド化合物が記載されているといえる。
ところで、甲1には、「本発明のマレイミド組成物は、プリント配線板のパターン層の形成に有用であり、中でもソルダーレジストや層間絶縁層の材料として有用である」との記載があり([0091])、さらにプリント配線板の基材として「予め回路形成されたプリント配線基材やフレキシブルプリント配線基材の他、・・・を用いることができる。」と記載され([0094])、実施例において調製したマレイミド組成物をドライフィルムにしてプリント配線基板にラミネートし、諸特性を評価したことが記載されている([0112]〜[0121])が、フレキシブルプリント配線基材はあくまで甲1に挙げられた多種多様な基材の1つに過ぎず、マレイミド組成物をフレキシブル基板に用いた具体的な態様や実験例の記載は無いし、さらに、マレイミド組成物の耐黄変性及び耐屈曲性についても記載は無い。なお、甲1の[0084]〜[0085]には、「酸化チタンの光活性に起因する光による樹脂の劣化(黄変)が顕著に抑制され」ること、「塩素法により製造されたルチル型酸化チタンは、特に熱による樹脂の劣化(黄変)の抑制効果が顕著であ」ることが記載されているものの、当該記載はマレイミド組成物に白色着色剤を使用する際の着色剤の影響についての言及であって、甲2のような樹脂組成物そのものの耐黄変性について述べたものではない。
そうすると、甲1に記載のマレイミド組成物は、プリント配線板のソルダーレジストとして有用なものを提供するためのものに過ぎず、甲2に記載のポリイミドオリゴマーとは、その目的及び具体的な用途が異なるものであり、両者を組み合わせる積極的な動機付けに欠くものといえる。
さらにいえば、甲2の実施例2において合成されたオリゴマーは、上記一般式のR1が「

」、R2が「

」である構造で表され、その構造中の「

」の部分は、本件発明1の式(1)の構造単位に類似するものの本件発明1の式(1)中のR1又はR2に対応する部分が存在しないものであるから、本件発明1の式(1)の化合物と異なるものである。同様に、甲2の請求項1に記載の構造一般式及び請求項4、5の選択肢から具体的に導かれるポリイミドオリゴマーも、本件発明1の式(1)の化合物と異なるものである。そうすると、たとえ甲2に記載されたポリイミドオリゴマーを甲1発明に組み合わせたとしても、相違点1に係る本件発明1の構成を充足することはできない。

また、甲3には、ソルダーレジスト組成物に用いるアシルホスフィンオキサイド系光重合開始剤について記載されているにすぎず(【0001】〜【0003】、【0035】)、相違点1に係る本件発明1の構成に関しては何らの記載もない。

なお、念のため本件発明1の奏する効果についても検討する。本件明細書の【0044】〜【0045】の記載によれば、本件発明1は、ビスマレイミド化合物(A)として式(1)で表される構成単位を含むことによって、光透過性に優れ、光硬化開始剤まで十分に光が届くことができ、良好な光硬化性が得られるという有利な効果を奏するものであり、【表2】及び【表3】の評価結果からみて、当該効果は実験結果により具体的に確認できるものといえる。そして、甲1〜3には当該効果について何ら記載されていないことを踏まえると、相違点1に係る本件発明1の構成によって奏する効果は、当業者が予測しえた程度のものとはいえない。

(ウ)申立人の主張について
申立人は特許異議申立書の12頁において、
「甲第1号証に記載されている・・・BMI−3000は、本件特許発明に係る特許公報(特許第6850447号公報)の段落0158及び0165にも記載されているように、下記式の構造を有するオリゴマーとして当業者に知られている。


と主張し、同18頁において、本件訂正前の請求項1に係る発明と甲1に記載された発明との間の化合物(B)についての相違点を
「<A1>について、本件特許発明1は、下記式(1)で表される構成単位を含むものであるが、甲1発明は、下記式(1’)で表される構成単位を含むものである点。


と認定し、当該相違点について「甲第2号証には、感光性ポリイミドオリゴマーにおいて主鎖に脂環を有し、ベンゼン環を含まないように構成することで、耐黄変性が向上することが記載されている・・・。そして、甲第2号証に記載された発明は、甲1発明と技術分野が同一であり、甲第2号証の実施例2には、甲1発明と類似する樹脂組成物が記載されている。加えて、甲第1号証には、樹脂の劣化(黄変)を抑制することが好適である旨が記載されていることから、甲1発明に甲2記載事項を適用し、式(1’)におけるベンゼン環構造を脂環構造に変更することは、当業者にとって容易に想到しうるものである。」と主張している。
しかしながら、そもそも本件明細書の【0165】に記載の「Designer Molecules Inc.(DMI)製BMI−3000(商品名)」と甲1発明に記載の「BMI−3000::エアブラウン社」とは、記載のとおり全く異なる提供元から入手されたものであることを踏まえると、単に「BMI−3000」という名称が共通するだけで、甲1発明の「BMI−3000」がただちに本件明細書記載のものと同一の化学構造であるとまではいえない。
さらに、もし申立人の主張のとおり、甲1発明の「BMI−3000」が本件明細書の【0158】に記載の式(20)の構造を有していることが本件特許の優先日に公知であって、本件発明1と甲1発明とが上記相違点で相違していたと仮定しても、上記「(イ)」で述べたとおり、甲1発明と甲2に記載のポリイミドオリゴマーとでは目的及び用途が異なるものであるから、両者を組み合わせる積極的な動機付けに欠くものであって、甲2記載のポリイミドオリゴマーの上記脂環構造のみを取り出して甲1発明のベンゼン環の代わりに採用することが動機づけられるものではない。
よって、申立人の上記主張は採用することができない。

(エ)小括
以上のことから、相違点2及び3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明、すなわち甲1に記載された発明と、甲2〜3に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

イ 本件発明3〜7
本件発明3〜7についても、甲1に記載された発明と対比すると本件発明1と同様の点で相違するものであるから、上記「ア(イ)」で述べたとおりの判断により、甲1に記載された発明と甲2〜3に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、申立理由1は理由が無い。

第6 むすび
特許第6850447号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。
当審が通知した取消理由及び特許異議申立人が申立した申立理由によっては、本件発明1、3〜7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、3〜7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む、ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の分子量が、50〜1000であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であり、
前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。
【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。
【請求項2】
下記式(1)で表される構成単位と、分子鎖の両末端にマレイミド基と、を含む、ビスマレイミド化合物(A)と、
カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)と、
光硬化開始剤(C)と、を含み、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)が、下記式(2)で表される化合物、下記式(3)で表される化合物、下記式(4)で表される化合物、及び下記式(5)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種以上の化合物であり、
前記ビスマレイミド化合物(A)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、40〜99質量部であり、
前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.01〜35質量部であり、
前記光硬化開始剤(C)の含有量が、前記ビスマレイミド化合物(A)、前記カルボキシ基を1つ以上含む化合物(B)及び前記光硬化開始剤(C)の合計100質量部に対して、0.99〜25質量部である、
樹脂組成物。
【化1】

(式(1)中、R1は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R2は、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキレン基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニレン基を示す。R3は、各々独立に、水素原子、炭素数1〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルキル基、又は炭素数2〜16の直鎖状若しくは分岐状のアルケニル基を示す。nは、各々独立に、1〜10の整数を示す。)。
【化2】

(式(2)中、R4は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。kは、各々独立に、1〜5の整数を示す。式(2)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化3】

(式(3)中、R5は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。1は、各々独立に、1〜9の整数を示す。式(3)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(3)中、カルボキシメチル基を有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化4】

(式(4)中、R6は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。mは、各々独立に、1〜9の整数を示す。式(4)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(4)中、カルボキシメチル基を有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【化5】

(式(5)中、R7は、各々独立に、水素原子、ヒドロキシル基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、アミノ基、又はアミノメチル基を示す。oは、各々独立に、1〜5の整数を示す。式(5)中、カルボキシ基を1つ以上有する場合には、カルボキシメチル基とカルボキシ基が互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(5)中、カルボキシ基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。式(5)中、カルボキシメチル基を2つ以上有する場合には、それらが互いに連結して形成された酸無水物であってもよい。)。
【請求項3】
前記光硬化開始剤(C)が、下記式(6)で表される化合物を含む、請求項1又は2に記載の樹脂組成物。
【化6】

(式(6)中、R8は、各々独立に、下記式(7)で表される置換基又はフェニル基を表す。)。
【化7】

(式(7)中、−*は結合手を示し、R9は、各々独立に、水素原子又はメ チル基を表す。)。
【請求項4】
支持体と、
前記支持体の片面又は両面に配された樹脂層と、を有し、
前記樹脂層が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、
樹脂シート。
【請求項5】
前記樹脂層の厚さが1〜50μmである、請求項4に記載の樹脂シート。
【請求項6】
絶縁層と、
前記絶縁層の片面又は両面に形成された導体層と、
を有し、
前記絶縁層が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、多層プリント配線板。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂組成物を含む、半導体装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-06-30 
出願番号 P2020-555079
審決分類 P 1 652・ 121- YAA (C08L)
P 1 652・ 537- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 近野 光知
土橋 敬介
登録日 2021-03-10 
登録番号 6850447
権利者 三菱瓦斯化学株式会社
発明の名称 樹脂組成物、樹脂シート、多層プリント配線板、及び半導体装置  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 内藤 和彦  
代理人 大貫 敏史  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 遠田 利明  
代理人 遠田 利明  
代理人 内藤 和彦  
代理人 大貫 敏史  

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