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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C07C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C07C
管理番号 1388391
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-10-11 
確定日 2022-07-01 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6859936号発明「ビスフェノール粉体の製造方法、及び、ポリカーボネート樹脂の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6859936号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。 特許第6859936号の請求項1〜7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6859936号は、平成29年12月6日に出願され、令和3年3月30日に特許権の設定登録がなされ、同年4月14日にその特許公報が発行され、その後、請求項1〜7に係る特許に対して、同年10月11日に特許異議申立人 日高恵美子(以下「申立人」という。)から特許異議の申立てがなされたものである。そして、その後の経緯は以下のとおりである。

令和4年1月7日付け:取消理由通知
同年3月15日 :訂正の請求及び意見書の提出(特許権者)
同年4月8日付け:特許法第120条の5第5項に基づく通知
同年5月10日 :意見書の提出(申立人)

第2 訂正の可否
1 訂正の内容
令和4年3月15日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである。
なお、訂正前の請求項1〜7は一群の請求項である。

訂正事項1:特許請求の範囲の請求項1の
「前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下」を
「前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、前記中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量が、100質量ppm以下」に訂正する。

訂正事項2:特許請求の範囲の請求項2の
「前記ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものである請求項1に記載のビスフェノール粉体の製造方法。」を
「原料ビスフェノールと、中性のナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有し、
前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、
前記ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものであるビスフェノール粉体の製造方法。」に訂正する。

2 一群の請求項について
訂正事項1又は訂正事項2に係る訂正前の請求項1、2について、請求項3〜7はそれぞれ請求項1又は2を直接又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1又は訂正事項2によって記載が訂正される請求項1、2に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1〜7に対応する訂正後の請求項1〜7に係る本件訂正請求は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項に対してされたものである。

3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1は、訂正前の請求項1において、明細書【0077】の「本発明の中性のナトリウム塩に対する該弱酸とのナトリウム塩量は、好ましくは100質量ppm以下…である。」との記載に基づき規定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。また、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

また、請求項1の上記訂正に連動する請求項5、6、7の訂正も、同様の理由により、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で行われるものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。

(2)訂正事項2は、訂正前の請求項2において訂正前の請求項1を引用していたところ、その引用箇所を規定して両請求項間の引用関係を解消し、訂正後の請求項2としたものであり、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものと認められる。また、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

また、請求項2の上記訂正に連動する請求項3〜7の訂正も、同様の理由により、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものと認められ、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で行われるものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。

4 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項ないし第6項の各規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 本件訂正後の請求項1〜7に係る発明
本件訂正により訂正された訂正請求項1〜7に係る発明(以下、「本件訂正発明1」〜「本件訂正発明7」、まとめて「本件訂正発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された以下の事項によって特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
原料ビスフェノールと、中性のナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有し、
前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、前記中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量が、100質量ppm以下であることを特徴とするビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項2】
原料ビスフェノールと、中性のナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有し、
前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、
前記ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものであるビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項3】
前記ビスフェノール溶液の溶媒が、有機溶媒である請求項2記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、及びエステルから選ばれる少なくとも1種以上である請求項3記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項5】
前記中性のナトリウム塩が、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム及びスルホン酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項6】
前記スルホン酸ナトリウムが、一般式(1)で示される化合物である請求項5に記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【化1】
R−SO3・Na ・・・(1)
(式中、Rは、置換若しくは無置換の炭素数1〜12のアルキル基、又は、置換若しくは無置換のアリール基を示す。)
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のビスフェノール粉体の製造方法により製造したビスフェノール粉体を用いてポリカーボネート樹脂を製造することを特徴とするポリカーボネート樹脂の製造方法。」

第4 取消理由の概要及びこれに対する当審の判断
1 取消理由の概要
請求項1〜7に係る特許に対して、当審が令和4年1月7日付け取消理由通知で特許権者に通知した取消理由の要旨は以下のとおりである。
「1.(新規性)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

引用例1: 特許第4472923号公報(特許異議申立書で証拠方法とされた「甲第1号証」。)

第4 理由1(新規性)について

2 対比・判断
(1)本件特許発明1について

したがって、本件特許発明1は、引用例1に記載された発明である。

(2)本件特許発明5について

したがって、本件特許発明5は、引用例1に記載された発明である。」

2 当審の判断
(1)引用例1の記載事項
ア「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン(以下、BPTMCという。)の製造方法に関し、詳しくは、フェノールと3,3,5−トリメチルシクロヘキサノン(以下、TMCという。)との酸縮合反応によるBPTMCの製造において、反応生成物として得られるBPTMCのフェノールアダクト(付加物)結晶を晶析、濾過して、残留フェノールのみならず、微量不純物であるナトリウム、塩素及び硫黄を著しく低減した高純度品を安定して得ることができるBPTMCの製造方法に関する。」

イ「【0024】
参考例1
温度計、滴下漏斗、還流冷却器及び攪拌機を備えた1L容量の四つ口フラスコにフェノール188g(2.0モル)、水9.9g、75%リン酸水溶液0.5gを仕込み、温度を20℃とし、攪拌下に、反応系内を窒素ガスで置換した後、塩化水素ガスを導入した。反応容器内のガス組成を分析して、塩化水素ガスの容積濃度を80%に調整した。
【0025】
温度を20℃に保持しながら、メチルメルカプタンナトリウム塩の15%水溶液21gを滴下し、次いで、フェノール188g(2.0モル)と3,3,5−トリメチルシクロヘキサノン70.0g(0.5モル)との混合物を3時間で滴下した。滴下終了後、温度を20℃に保持しながら、更に、3時間、反応を行なった。
【0026】
反応終了後、得られた反応混合物を液体クロマトグラフィーで分析したところ、目的とするBPTMCの存在収率(BPTMCの生成モル量/原料TMCのモル量)は89.3%であった。
【0027】
反応終了後、得られた反応混合物を40〜50℃の温度に保ちながら、これに18%水酸化ナトリウム水溶液を加えて、pH6.5に中和した。次いで、このように中和した反応混合物を95℃まで昇温し、生成したBPTMCのアダクト結晶を溶解させた後、水相を分液除去し、得られた油相を30℃まで冷却して、BPTMCのフェノールアダクト結晶を析出させ、これを遠心濾過して、BPTMCのフェノールアダクト結晶177.9gを得た。
【0028】
このようにして得られたアダクト結晶は、液体ガスクロマトグラフィー分析の結果、BPTMC133.4g、フェノール44.2g、その他0.3gからなるものであり、また、微量不純物は、ナトリウム170ppm(原子吸光分析)、塩素200ppm(誘導結合プラズマ発光分析)、硫黄30ppm(誘導結合プラズマ発光分析)であった。
【0029】
実施例1
温度計、圧力計及び攪拌機を備えた1L容量のオートクレーブに、参考例1で得られたBPTMCのフェノールアダクト結晶177.9g、トルエン266.9g及び水88gを仕込み、系内を窒素ガスで置換した後、密閉し、オートクレーブ内を温度120℃に昇温し、攪拌して、アダクト結晶を溶解させた。この後、攪拌を停止し、そのまま30分間静置した後、水相を分液により分離し、得られた油相を50℃まで冷却して、BPTMC結晶を析出させた。温度を50℃に保ちながら、上記油相を直ちに遠心濾過して、BPTMC結晶を得た。
【0030】
このBPTMC結晶を温度110℃、圧力20mmHgの条件下に4時間、減圧乾燥し、溶媒を除去して、BPTMCの精製品111.5gを得た。アダクト結晶に対する収率は83.55%であり、また、得られた結晶は、液体クロマトグラフィー分析の結果、純度99.9%、フェノール含量100ppmであり、微量不純物は、ナトリウム0.4ppm(原子吸光分析)、塩素0.27ppm(誘導結合プラズマ発光分析)、硫黄0.6ppm(誘導結合プラズマ発光分析)であった。」

(2)引用例1に記載された発明
引用例1(上記(1)イ)には、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン(以下、「BPTMC」という。)のフェノールアダクト結晶177.9g、トルエン266.9g及び水88gを仕込み、120℃に昇温し、攪拌してアダクト結晶を溶解させ、その後、攪拌を停止し、30分間静置した後、水相を分液により分離し、得られた油相を50℃まで冷却して、BPTMC結晶を析出させ、温度を50℃に保ちながら、上記油相を直ちに遠心濾過して、減圧乾燥し、BPTMCの精製品111.5gを得たことが記載されており、該フェノールアダクト結晶177.9gは、BPTMC133.4g、フェノール44.2g、その他0.3gからなるものであり、ナトリウム170ppm、塩素200ppm、硫黄30ppmを含むものであること、該BPTMCの精製品は、純度99.9%で、フェノール含量100ppm、ナトリウム含量0.4ppm、塩素含量0.27ppm、硫黄含量0.6ppmであったことも記載されている。
そうすると、引用例1には以下の引用発明1が記載されているものと認められる。
「BPTMC133.4g、フェノール44.2g、その他0.3gからなり、ナトリウム170ppm、塩素200ppm、硫黄30ppmを含むフェノールアダクト結晶177.9g、トルエン266.9g及び水88gを仕込み、120℃に昇温し、攪拌してアダクト結晶を溶解させ、その後、攪拌を停止し、30分間静置した後、水相を分液により分離し、得られた油相を50℃まで冷却して、BPTMC結晶を析出させ、温度を50℃に保ちながら、直ちに遠心濾過して、減圧乾燥し、純度99.9%で、フェノール含量100ppm、ナトリウム含量0.4ppm、塩素含量0.27ppm、硫黄含量0.6ppmであるBPTMCの精製品111.5gを得る、BPTMC精製品の製造方法。」

(3)本件訂正発明1と引用発明1との対比及び判断
ア 引用発明1の「フェノールアダクト結晶」に含まれる「BPTMC」は、本件訂正発明1の「原料ビスフェノール」に相当し、引用発明1の「BPTMC133.4g、フェノール44.2g、その他0.3gからなり、ナトリウム170ppm、塩素200ppm、硫黄30ppmを含むフェノールアダクト結晶177.9g、トルエン266.9g及び水88gを仕込み、120℃に昇温し、攪拌してアダクト結晶を溶解させ、その後、攪拌を停止し、30分間静置した後、水相を分液により分離し、得られた油相」は、本件訂正発明1の「ビスフェノール析出用溶液」に相当し、引用発明1の「油相を50℃まで冷却して、BPTMC結晶を析出させ」は、本件訂正発明1の「ビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程」に相当する。
そして、BPTMC結晶の乾燥物は、通常粉状であるため、BPTMC精製品も粉状であるといえることから、引用発明1の「BPTMC精製品の製造方法」は、本件訂正発明1の「ビスフェノール粉体の製造方法」に相当する。
本件訂正発明1と引用発明1を対比すると、両者は「原料ビスフェノールを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有する、ビスフェノール粉体の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1:
本件訂正発明1は、ビスフェノール析出用溶液が、中性のナトリウム塩を含有し、中性のナトリウム塩の濃度が、原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であることが特定されているのに対して、引用発明1は、BPTMC133.4g、フェノール44.2g、その他0.3gからなり、ナトリウム170ppm、塩素200ppm、硫黄30ppmを含むフェノールアダクト結晶177.9g、トルエン266.9g及び水88gを仕込み、120℃に昇温し、攪拌してアダクト結晶を溶解させ、その後、攪拌を停止し、30分間静置した後、水相を分液により分離し、得られた油相がビスフェノール析出用溶液である点。
相違点2:
本件訂正発明1は、ビスフェノール析出用溶液における中性のナトリウム塩の濃度が、原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、前記中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量が、100質量ppm以下であると特定されているのに対して、引用発明1は、これが明らかでない点。

イ 上記相違点2について検討する。
引用例1には、引用発明1のビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量や、これを調整することについての記載ないし示唆は存在しないし、本件出願時の技術常識ともいえない。
このため、相違点2は実質的な相違点であり、相違点1について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、引用発明1であるとはいえない。

(4)本件訂正発明5について
本件訂正発明5は、本件訂正発明1を更に限定するものである。したがって、本件訂正発明1が引用発明1であるとはいえないことに鑑みると、本件訂正発明5も引用発明1であるとはいえない。

3 まとめ
よって、本件訂正発明1及び5は、引用例1に記載された発明とはいえず、当審が令和4年1月7日付け取消理由通知で示した取消理由には、理由がない。

第5 異議申立ての理由について
1 申立人の異議申立ての理由について
申立人の異議申立ての理由は、概要以下のとおりである。
<証拠方法>(以下、甲第1〜11号証を「甲1」〜「甲11」という。)
甲第1号証:特許第4472923号公報
甲第2号証:特開2012−185206号公報
甲第3号証:特開平6−306159号公報
甲第4号証:特開2001−139677号公報
甲第5号証:特開2011−132538号公報
甲第6号証:特開平2−88634号公報
甲第7号証:特開2010−248139号公報
甲第8号証:特開2002−187862号公報
甲第9号証:特開2017−200913号公報
甲第10号証:特開2014−40376号公報
甲第11号証:特開2001−114717号公報

<特許異議申立書における異議申立ての理由>
訂正前の本件請求項1〜10に係る発明(以下、「本件発明1〜10」という。)についての特許に対する異議申立ての理由は以下のとおりと解される。
申立理由1:
本件発明1及び5は甲1に記載された発明であり、本件発明1及び5に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
申立理由2:
本件発明1は甲11に記載された発明であり、本件発明1に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
申立理由3:
本件発明1〜7は甲1に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明1〜7に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
申立理由4:
本件発明1〜7は甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明1〜7に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
申立理由5:
本件発明1〜7は、本件発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないものであり、本件発明1〜7に係る特許は特許法第36条第6項の規定に違反してされたものである。

2 判断
(1)申立理由1について
申立理由1は、令和4年1月7日付け取消理由通知の取消理由と同旨である。
よって、第4 2で検討したとおりであるから、申立理由1には理由がない。

(2)申立理由3について
ア 本件訂正発明1について
本件訂正発明1と、甲1に記載された発明すなわち引用発明1との間には、第4 2(3)アに示した相違点が存在する。
そして、同イに示したとおり、引用発明1のビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量や、これを調整することについての記載ないし示唆は存在せず、甲1のみならず甲2〜10のいかなる記載からも、引用発明1のビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量を本件訂正発明1と同程度とすることを想起しうる根拠を見いだすことができない。
よって、本件訂正発明1は、甲1に記載された発明及び甲2〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件訂正発明2について
(ア)本件訂正発明2と引用発明1との間には、以下の相違点が存在する。

相違点3:
本件訂正発明2のビスフェノール析出用溶液においては、「前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下」であるのに対し、引用発明1ではこれらが明らかでない点。
相違点4:
本件訂正発明2は「ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものである」のに対し、引用発明1は「ナトリウム170ppm、塩素200ppm、硫黄30ppmを含むフェノールアダクト結晶」をトルエンに溶解したものあるいはトルエンと水からなる溶媒から分液された油相を用いている点。

(イ)上記相違点4について検討する。
引用例1には、引用発明1のビスフェノール析出用溶液を、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得ることの記載ないし示唆はなく、甲2〜10のいかなる記載からも、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得ることを想起しうる根拠を見いだすことができない。
よって、本件訂正発明2は、甲1に記載された発明及び甲2〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件訂正発明3〜7について
本件訂正発明3〜7は、本件訂正発明1あるいは2を更に限定するものである。したがって、本件訂正発明1や2が甲1に記載された発明及び甲2〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことに鑑みると、本件訂正発明3〜6も甲1に記載された発明及び甲2〜10に記載された技術的事項から、本件訂正発明7も甲1に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
以上のことから、申立理由3には理由がない。

(3)申立理由2及び4について
ア 甲11の記載事項
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、金属不純物を含有するフェノール化合物にある種の処理を施すことにより、当該金属不純物の含量を低減させ、精製されたフェノール化合物を製造する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】フェノール化合物は種々の分野で利用されているが、用途によっては極端に金属不純物を嫌う分野があり、そのような分野に使用する場合は、製造過程等で混入する金属不純物を除去する必要がある。従来一般に、固体の各種化合物から金属不純物を除去するには、水と分液する有機溶媒に当該化合物を溶解させ、その溶液をイオン交換水で洗浄してから分液し、さらにこの水洗・分液操作を繰り返した後、有機層を濃縮し、晶析、濾過、乾燥するという方法が採用されていた。しかし、この方法では、加工時間が長く、廃水が多量に排出され、また対象化合物の種類によっては、有機溶媒に対する溶解度が低い等の理由により容積効率が高くならないという問題があった。」

(イ)「【0008】このような有機溶媒に溶解させたフェノール化合物の溶液は、本発明に従ってイオン交換樹脂との接触処理に供される。ここで用いるイオン交換樹脂は、フェノール化合物中に含まれる金属不純物に対して交換能を有するものであればよいが、一般には陽イオン交換樹脂、それも、交換基がスルホン酸基である強酸性陽イオン交換樹脂が有利に用いられる。なお、陽イオン交換樹脂には、H型で販売されているものとNa型で販売されているものとがあるが、本発明において金属不純物を除去するためには、H型にして用いる必要があり、したがって、Na型で入手した場合は、酸で処理してH型に変換してから用いる必要がある。」

(ウ)「【0017】比較例
2リットルの四つ口フラスコに撹拌棒及び温度計を装着し、そこに、実施例で用いたのと同じ1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンを84g、酢酸エチルを252g及びトルエンを672g仕込み、撹拌しながら45℃まで昇温して完溶させた。この溶液にイオン交換水を252g加え、45±2℃に保温したまま撹拌し、次いで分液した。この水洗・分液操作をさらに4回繰り返した後、得られたオイル層を50±2℃で釜残が569gになるまで減圧濃縮した。次に15℃まで冷却して2時間撹拌した。内容物を濾過した後、得られたウェットケーキにつき、130gのトルエンでリンス洗浄する操作を2回行い、次いで乾燥して、74.3gのドライケーキを得た。
【0018】このドライケーキ中の金属分を実施例と同様の方法で定量し、その結果を表1に示した。この例の一連の操作においては、少なくとも約1.4リットルの容積が必要であり、また、金属不純物濃度の高い1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンの仕込みから、脱金属されたドライケーキを得るまでの総作業時間は、約24時間であった。
【0019】
【表1】

【0020】脱金属前の1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンは通常、ナトリウムを60〜90ppm程度、マグネシウム、カルシウム及び鉄をそれぞれ4〜8ppm程度含有するものである。このような金属不純物を含むフェノール化合物につき、上記比較例のように、水と分液する溶媒に溶解して水洗する操作を施すことにより、これらの金属不純物の量をそれぞれ数十ないし数百ppbレベルまで減少させることができるが、本発明に従って、フェノール化合物を有機溶媒に溶解し、それをイオン交換樹脂で処理した場合にも、金属不純物除去効果は、比較例と同等又は一層よい結果を与える。」

イ 甲11に記載された発明
甲11(上記ア(ウ))には、不純物としてナトリウム等の金属を含む1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンを用いて、酢酸エチルとトルエンの混合溶液に完溶させ、その後水洗・分液操作によって得られたオイル層を濃縮して、晶析によって1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンを精製することが記載されている。
そして、不純物であるナトリウムは、上記ア(イ)に示すように、イオン交換樹脂によって除去されるものであることに鑑みると、イオンとして存在しているものと解される。
そうすると、甲11には、以下の甲11発明が記載されていると認められる。
「原料1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンと、ナトリウムイオンとを含有する1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン析出用溶液から、晶析により1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンを析出させる固定を有する1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンの製造方法。」

ウ 本件訂正発明1について
(ア)本件訂正発明1と甲11発明とを対比する
1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサンは、本件訂正発明1のビスフェノールに相当する。また、ナトリウムイオンは何らかの塩として存在すると解するのが相当である。
そうすると、本件訂正発明1と甲11発明とは、以下の点で一致する。
「原料ビスフェノールと、ナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有するビスフェノール粉体の製造方法。」
そして、両者は以下の点で相違する。

相違点5:
本件訂正発明1のビスフェノール析出用溶液中に存在するナトリウム塩は「中性」であるのに対し、甲11発明ではその性状は明らかでない点。
相違点6:
本件訂正発明1のビスフェノール析出用溶液においては、「前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、前記中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量が、100質量ppm以下である」のに対し、甲11発明ではこれらが明らかでない点。

(イ)上記相違点6について検討する。
甲11には、甲11発明のビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩の濃度や、中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量、更にはこれらを調整することについての記載ないし示唆は存在しない。
このため、相違点6は実質的な相違点であり、相違点5について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲11発明であるとはいえない。
また、甲1〜10のいかなる記載からも、甲11発明のビスフェノール析出用溶液において、原料ビスフェノールに対する中性のナトリウム塩の濃度や中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量を本件訂正発明1と同程度とすることを想起しうる根拠を見いだすことができない。
よって、本件訂正発明1は、甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 本件訂正発明2について
(ア)本件訂正発明2と甲11発明との間には、上記ウ(ア)に示した相違点5の他に以下の相違点が存在する。

相違点7:
本件訂正発明2のビスフェノール析出用溶液においては、「前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下」であるのに対し、甲11発明ではこれらが明らかでない点。
相違点8:
本件訂正発明2は「ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものである」のに対し、甲11発明は単にナトリウム塩が存在しており、原料ビスフェノールの溶液にナトリウム塩やナトリウム塩水溶液を混合したものではない点。

(イ)上記相違点8について検討する。
引用例1には、甲11発明のビスフェノール析出用溶液を、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得ることの記載ないし示唆はなく、甲1〜10のいかなる記載からも、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得ることを想起しうる根拠を見いだすことができない。
よって、本件訂正発明2は、甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

オ 本件訂正発明3〜7について
本件訂正発明3〜7は、本件訂正発明1あるいは2を更に限定するものである。したがって、本件訂正発明1や2が甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことに鑑みると、本件訂正発明3〜7も甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
以上のことから、申立理由3には理由がない。

カ まとめ
よって、本件訂正発明1は、甲11に記載された発明とはいえず、申立理由2には理由がない。
また、本件訂正発明1〜7は、甲11に記載された発明及び甲1〜10に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、申立理由4には理由がない。

(4)申立理由5について
ア 申立人は、申立理由5として以下の3点を主張する。
(ア)本件【0037】〜【0039】及び実施例1〜9に示されるような中性のナトリウム塩又はその水溶液を混合する以外の、ビスフェノール析出用溶液の調製方法を許容する本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。

(イ)本件特許明細書にはビスフェノール析出用溶液としてトルエンを用いる実施例のみが記載されているに過ぎず、トルエン以外の他の有機溶媒をビスフェノール析出用溶液とした場合においても、析出用溶液中の中性のナトリウム塩の濃度を原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下とすることにより、ポリカーボネート樹脂を効率的に製造できるとされる濃度の中性のナトリウム塩を含有するビスフェノール粉体を製造できることは示されていない。
したがって、ビスフェノール析出用溶液としてトルエン以外の溶媒を用いることを含む、本件特許発明1〜7の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。

(ウ)実施例1〜8は、ポリカーボネート樹脂が生成していることを具体的に示す証拠とはいえない。実施例9は、単に炭酸セシウムが重合触媒として機能することを示しているにすぎない。原料ビスフェノールCが中性のナトリウム塩を含まないことを除いて実施例9と同様の条件で実施した比較例も示されていない。したがって、実施例9で、粘度平均分子量(Mv)24800のポリカーボネートが得られたという結果は、中性のナトリウム塩の効果として粘度平均分子量(Mv)24800のポリカーボネートが得られたことを示すものではない。
してみると、本件特許明細書には、ポリカーボネート樹脂の製造に適したビスフェノール粉体の簡易かつ効率的な製造方法を提供するという本件特許発明1の課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例が記載されているとはいえず、当業者は本件特許発明1により当該課題が解決できることを認識できない。従って、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明ではない。また、本件特許発明2〜7についても同様である。

イ 以下、上記各主張について検討する。
(ア)上記主張(ア)について
本件発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0025】
[中性のナトリウム塩]
本発明において、「中性のナトリウム塩」とは、強酸を中和して得られたナトリウム塩のことであり、水酸化ナトリウム由来のナトリウムイオンと、強酸由来のアニオンとから形成されるナトリウム塩を意味する。
なお、強酸とは、酸乖離定数pKaが1以下の酸を意味する。具体的に、強酸としては、塩酸、硫酸、トルエンスルホン酸、アルキルスルホン酸等が挙げられ、これらに由来するアニオンとしては、塩化物イオン、硫酸イオン、トルエンスルホン酸イオン、アルキルスルホン酸イオン等が挙げられる。
【0026】
このような中性のナトリウム塩としては、ハロゲン化ナトリウム、硫酸ナトリウムやスルホン酸ナトリウム等が挙げられる。具体的には、フッ化ナトリウム、塩化ナトリウム、臭化ナトリウム、ヨウ化ナトリウムなどのハロゲン化ナトリウム、メタンスルホン酸ナトリウム、エタンスルホン酸ナトリウム、プロパンスルホン酸ナトリウムなどのアルキルスルホン酸ナトリウムやトルエンスルホン酸ナトリウム、フェノールスルホン酸ナトリウム、クレゾールスルホン酸ナトリウムなどの炭素数1〜12のアルキル基又はアリール基を有するスルホン酸ナトリウムが使用できる。
【0027】
本発明のビスフェノール析出用溶液に含まれる中性のナトリウム塩は、これらの中性のナトリウム塩の1種のみであってもよく、2種以上であってもよい。
【0028】
これらの中でも、中性のナトリウム塩は、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム及びスルホン酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種以上であることが好ましい。
【0029】
また、前記スルホン酸ナトリウムとしては、一般式(1)で示される化合物であることが好ましい。
【0030】
【化3】
R−SO3・Na ・・・(1)
(式中、Rは、置換若しくは無置換の炭素数1〜12のアルキル基、又は、置換若しくは無置換のアリール基を示す。)
【0031】
ビスフェノール析出用溶液の溶媒は、原料ビスフェノールが溶解すれば特に限定されず、通常、有機溶媒を主成分(例えば、90質量%以上や95質量%以上含有)とする。有機溶媒としては、後述するビスフェノール溶液に用いられる有機溶媒と同様のものを用いることができる。
ビスフェノール析出用溶液の調整方法等は特に限定されないが、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものであることが好ましい。詳しくは後述する。

【0037】
<ビスフェノール析出用溶液の調製工程>
本発明のビスフェノール粉体の製造方法では、ビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩の濃度が、原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下において、晶析工程Aを行う。ビスフェノール析出用溶液において、中性のナトリウム塩の濃度が、原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下になるように制御するために、本発明のビスフェノール粉体の製造方法は、晶析工程Aの前に、ビスフェノール析出用溶液を調製するための調製工程を有することができる。
ビスフェノール析出用溶液の調製方法は、特に限定されない。例えば、原料ビスフェノールと中性のナトリウム塩とを同時に溶媒に混合してもよいし、原料ビスフェノールと中性のナトリウム塩とを別々に混合してもよい。
【0038】
好ましくは、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合する方法であり、より好ましくは、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩水溶液とを混合する方法である。すなわち、次の(方法1)又は(方法2)が好ましく、(方法2)がより好ましい。
(方法1) ビスフェノール溶液と、所定量の中性のナトリウム塩とを混合する方法
(方法2) ビスフェノール溶液と、所定量の中性のナトリウム塩水溶液とを混合する方法
【0039】
(方法1)のビスフェノール溶液と、所定量の中性のナトリウム塩とを混合する方法においては、ビスフェノール溶液に含まれる溶媒の種類によるが、中性のナトリウム塩の有機溶媒に対する溶解性が低く、中性のナトリウム塩を均一にビスフェノール溶液に混合することが困難な場合がある。
(方法2)のビスフェノール溶液と、所定量の中性のナトリウム塩水溶液とを混合する方法においては、中性のナトリウム塩を均一にビスフェノール溶液に混合できることから、好ましい。」

すなわち、中性のナトリウム塩を所定量含むビスフェノール析出用溶液を調整する方法は「特に限定されない」(【0037】)ものであり、【0038】や【0039】に示される(方法1)や(方法2)以外で「中性のナトリウム塩の濃度が、原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下」に調整する方法があるのであれば、それは当業者が適宜設定しうるものと解することができる。そして、係る「中性のナトリウム塩」についても、【0025】〜【0030】の記載を参考に当業者が適宜選択しうるものと認められる。

(イ)上記主張(イ)について
本件発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0041】
[溶媒]
ビスフェノール溶液に用いられる溶媒は、原料ビスフェノールが溶解するものであれば特に限定されないが、有機溶媒であることが好ましい。用いられる有機溶媒は、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、及びエステルなどを単独又は混合して使用することが可能であり、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、及びエステルから選ばれる少なくとも1種以上であることが好ましい。
【0042】
晶析は通常冷却により行われる為、ビスフェノール溶液に用いられる溶媒は、高い温度でビスフェノールの溶解度が高く、低い温度でビスフェノールの溶解度が低い有機溶媒が好適である。このことから、芳香族炭化水素が好ましい。用いる芳香族炭化水素としては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、イソプロピルベンゼン、メシチレンなどが挙げられる。該有機溶媒を再利用する場合は、沸点の低い芳香族炭化水素が好ましい。」

上記【0042】の記載によれば、晶析に使用しうる溶媒は、「原料ビスフェノールが溶解するものであれば特に限定され」ず、トルエン以外にも「高い温度でビスフェノールの溶解度が高く、低い温度でビスフェノールの溶解度が低い有機溶媒」を好適に使用できることが理解できる。そして、本件発明の詳細な説明の実施例を基に、本件出願時の技術常識も考慮して、溶媒の種類や溶解度は当業者が適宜設定しうることと認められる。

(ウ)上記主張(ウ)について
実施例9は、本件訂正発明によって得られるビスフェノール粉体を用いることで、粘度平均分子量(Mv)24800のポリカーボネートが得られたことを示すものであり、この態様が本件発明の詳細な説明でいう「ポリカーボネート製造時の反応を効率的に進行させる」ものである。そして、比較例が示されていないからといって、「ポリカーボネート製造時の反応を効率的に進行させる」ことを否定するものではない。
したがって、本件発明の詳細な説明の記載及び本件出願時の技術常識から、本件訂正発明によって得られるビスフェノール粉体を用いることでポリカーボネート製造時の反応を効率的に進行させるものと理解することができる。

ウ まとめ
以上のことから、本件訂正発明1〜7は本件発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。
よって、申立理由5には理由がない。

3 まとめ
したがって、申立人が主張する申立ての理由にはいずれも理由がなく、これらの申立ての理由によっては本件訂正発明に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、異議申立ての理由及び当審からの取消理由によっては、本件請求項1〜7に係る発明の特許を取り消すことはできない。また、他に当該特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料ビスフェノールと、中性のナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有し、
前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量ppm以上、150質量ppm以下であり、前記中性のナトリウム塩に対する弱酸とのナトリウム塩量が、100質量m以下であることを特徴とするビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項2】
原料ビスフェノールと、中性のナトリウム塩とを含有するビスフェノール析出用溶液から晶析によりビスフェノールを析出させる工程を有し、
前記ビスフェノール析出用溶液において、前記中性のナトリウム塩の濃度が、前記原料ビスフェノールに対して0.1質量m以上、150質量m以下であり、
前記ビスフェノール析出用溶液は、原料ビスフェノールを溶媒に溶解したビスフェノール溶液と、中性のナトリウム塩又は中性のナトリウム塩水溶液とを混合して得られたものであるビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項3】
前記ビスフェノール溶液の溶媒が、有機溶媒である請求項2記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が、脂肪族アルコール、芳香族アルコール、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、及びエステルから選ばれる少なくとも1種以上である請求項3記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項5】
前記中性のナトリウム塩が、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム及びスルホン酸ナトリウムから選ばれる少なくとも1種以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【請求項6】
前記スルホン酸ナトリウムが、一般式(1)で示される化合物である請求項5に記載のビスフェノール粉体の製造方法。
【化1】

(式中、Rは、置換若しくは無置換の炭素数1〜12のアルキル基、又は、置換若しくは無置換のアリール基を示す。)
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のビスフェノール粉体の製造方法により製造したビスフェノール粉体を用いてポリカーボネート樹脂を製造することを特徴とするポリカーボネート樹脂の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-06-20 
出願番号 P2017-234314
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C07C)
P 1 651・ 537- YAA (C07C)
P 1 651・ 121- YAA (C07C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 大熊 幸治
野田 定文
登録日 2021-03-30 
登録番号 6859936
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 ビスフェノール粉体の製造方法、及び、ポリカーボネート樹脂の製造方法  
代理人 宇野 智也  
代理人 遠坂 啓太  
代理人 南瀬 透  
代理人 加藤 久  
代理人 久保山 隆  
代理人 南瀬 透  
代理人 宇野 智也  
代理人 遠坂 啓太  
代理人 久保山 隆  
代理人 加藤 久  

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