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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1388594
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-05-07 
確定日 2022-09-07 
事件の表示 特願2017−512657「クルクミン−ペプチドコンジュゲートおよびその製剤」拒絶査定不服審判事件〔平成27年11月19日国際公開、WO2015/175573、平成29年 6月15日国内公表、特表2017−515911〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2015年5月12日(パリ条約による優先権主張 2014年5月12日(US)米国)を国際出願日とする特許出願(特願2017−512657号)であり、その主な手続の経緯は、次のとおりである。

平成31年 1月24日付け 拒絶理由通知
令和 1年 8月 5日 手続補正書及び意見書の提出
同年12月19日付け 拒絶査定
令和 2年 5月 7日 審判請求書及び手続補正書の提出
同年 6月17日 審判請求書の請求の理由についての手続補正書(方式)の提出
令和 3年 5月18日付け 拒絶理由通知(当審)
同年10月22日 意見書及び手続補正書の提出

第2 本願発明

本願の特許請求の範囲の請求項1〜6に係る発明は、令和3年10月22日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】
クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体を含む組成物であって、
前記クルクミノイドが、クルクミン、デスメトキシクルクミン(DMC)、ビスデスメトキシクルクミン(BDMC)、テトラヒドロクルクミン(THC)、テトラヒドロデスメトキシクルクミン(TDMC)、およびテトラヒドロビスデスメトキシクルクミン(TBDMC)からなる群より選択され、
前記クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体中の前記クルクミノイドと前記乳清タンパク質との比が、1:1(w/w)(mg:g)、1:≦10(w/w)(mg:g)、10:≧1(w/w)(mg:g)、または25:1(w/w)(mg:g)である、組成物。」

なお、上記の「乳清タンパク質(WPI)」は、「WPI」である乳清タンパク質を意味する。

第3 拒絶の理由

当審において令和3年5月18日付けで通知した拒絶理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、引用文献Aに記載された発明及び本願の優先日前の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、という理由(理由3)を含むものである。

引用文献A:J.Agric.Food Chem.,2010年,Vol.58,No.20,p.11130−11139
引用文献B:Nat.Prod.Rep.,2011年,Vol.28,p.1937−1955
引用文献C:Milk Science,2007年,Vol.55,No.4,p.227−235(URL https://www.jstage.jst.go.jp/article/milk/55/4/55_227/_pdf/−char/ja)
(周知技術を示す引用文献)

第4 引用文献の記載、引用発明及び周知技術

1 引用文献Aの記載及び引用発明

(1)引用文献Aの記載
引用文献Aには、以下の記載がある。なお、引用文献Aは外国語で記載された文献であるので、以下の摘記は、合議体による訳文で示した。また、下線は合議体が付した。

・摘記A1(p.11130のタイトル及び要約)
「クルクミンとβ−ラクトグロブリンの相互作用―複合体の安定性、分光分析及び分子モデリング」
「クルクミン(ジフェルロイルメタン)は、ウコン(Curcuma longa L.)の生理学的及び薬理学的に活性な成分である。クルクミンの溶解性と安定性は、その治療の可能性を実現するための制限要因である。主要な乳清タンパク質であるβ−ラクトグロブリン(βLG)は、多くの小さな疎水性分子を可溶化して結合することができる。溶液中のβLGに結合したクルクミンの安定性は、クルクミン単独(水溶液中)と比較して6.7倍向上している。βLGとのクルクミンの複合体形成は、分光技術を使用して調査された。βLGは、pH7.0で1.04±0.1×105M−1の会合定数でクルクミンと相互作用し、25°Cで1:1の複合体を形成する。ファントホッフプロットから導出された相互作用のエントロピーと自由エネルギーの変化は、25°Cでそれぞれ18.7calmol−1K−1と−6.8kcalmol−1である。相互作用は本質的に疎水性である。βLGとクルクミンの相互作用は、βLGのコンフォメーションまたは結合状態のいずれにも影響を与えない。競合的リガンド結合測定、変性βLGとの結合研究、クルクミン−βLG相互作用に対するpHの影響、フェルスターエネルギー移動測定、及び分子ドッキング研究は、クルクミンがβLGの中心カリックスに結合することを示唆している。これらの結合研究は、βLGナノ粒子内クルクミンの調製とカプセル化を促した。脱溶媒和によって調製されたβLGのナノ粒子は、>96%の効率でクルクミンをカプセル化することがわかっている。βLGナノ粒子形態のクルクミンの溶解度は、その水中での溶解度(30nM)と比較して625μMまで、有意に向上している。βLGナノ粒子は、クルクミンの溶解性と安定性を強化するその能力により、担体分子としての選択肢として適合すると思われる。」

・摘記A2(p.11130のINTRODUCTIONの2段落)
「ウシβ−ラクトグロブリン(βLG)は低分子量乳清タンパク質であり、牛乳(3g/L)中に検出される。これは乳清の中で最も豊富なタンパク質であり、タンパク質成分の40%を構成する。βLGは・・・カリックスとして知られるその中央の空洞内に小さな疎水性分子を結合し、輸送することができる(5)。ウシβLGは、中性pHで二量体として存在するが、pH2以上でモノマーとして現れ、分子量は18000Daである(6)。・・・βLGは、162個のアミノ酸を含み、AからIの9個のβ鎖から成る。鎖A−Hは分子のC末端で一つの主αらせんと上下のβバレルを形成する(6)。分子は、βバレルの中央カリックス領域と、αらせんとβバレルの間の溝にある表面疎水性ポケットという2つのリガンド結合部位を有する(7)。」

・摘記A3(p.11131左欄の MATERIALS AND METHODSの1段落1行)
「βLG(牛乳から、〜90%)」

・摘記A4(p.11132左欄のRESULTS AND DISCUSSIONの1段落1〜9行)
「クルクミンの安定性。クルクミンの安定性に対するβLGの効果は、pH7.0の緩衝液で追跡された。緩衝液中のクルクミンの半減期は30.8分である。βLGの存在下では、クルクミンの半減期は6.7倍増加して206分になり、加水分解からクルクミンが保護されていることを示す。クルクミンはインビトロで生理学的条件下で急速に分解する(19)。クルクミンのタンパク質への結合は、可溶化を改善し、分解を阻止するのに役立ち得る。クルクミンのβLGへの結合は、その加水分解を遅らせた。」

・摘記A5(p.11134左欄2段落の Effect of pH on the Binding of Curcumin to βLG.)
「クルクミンのβLGへの結合に対するpHの影響。本研究では、実験はpH7、pH6.5、及びpH5.5で実施された。pH5.5では、βLGは閉じたコンフォメーションで存在し、疎水性の空洞はリガンド結合にアクセスできない。pH7では、βLGは開いたコンフォメーションを持ち、リガンドが疎水性の空洞に結合することを可能にする。クルクミンのβLGへの結合に対するpHの影響は、その結合定数を決定することによって分析された。pHを7.0から5.5に下げると、結合定数が1.1×105から1.1×103M−1に急激に減少する(表1)。pHの低下に伴う結合定数の低下は、リガンド結合部位がクルクミンにアクセスできないことを示した。・・・酸性pHでは、βLGのEFループ(85−90)は閉じたコンフォメーションにあり、疎水性の空洞をリガンドの侵入にアクセスできなくする。pHの上昇に伴い、EFループは折り返され、リガンドの結合にアクセスするためのゲートを開く(26)。pH7.0では、カリックスの蓋が開いて分子体積/面積が増加し(26)、クルクミンが疎水性ポケットに入ることを可能にする。これは、クルクミンが中央のカリックスの疎水性ポケットに結合している可能性があるという我々の提案に信憑性を与える。」

・摘記A6(p.11136左欄2段落〜右欄1段落のVisualization of the Binding Site:Docking Studies.及びFigure 6.)
「結合部位の可視化:ドッキング研究。分光学的研究の結果とpHの影響は、クルクミンがおそらく中央のカリックスでβLGに結合することを示す。実験データに基づいて、結合部位の位置及びクルクミンのβLGへの結合様式を理解するために計算ドッキング研究を行った。パルミチン酸塩欠乏βLGへのクルクミンのドッキングが調査された。パルミチン酸塩はβLG分子の中央のカリックスに結合することが知られている(17)。−12.60kcalmol−1の最小結合エネルギーで最良のポーズから得られた代表的なビルドを図6Aに示す。カリックスのサイズは、クルクミンを収容するのに十分な大きさであることが判明したが、これは、分光データと一致する。βLGの表面疎水性パッチ内でのクルクミンの結合のポーズは得られなかった。結合部位を注意深く検査(図6B)した所、クルクミンのメトキシフェニル部分と芳香族アミノ酸残基とのより密接な接触が示された。クルクミンにより形成される、タンパク質との疎水性接触部分の総数は21である。βLGの中央のカリックスは、EFループのGlu89のプロトン化/脱プロトン化によってゲートされる疎水性アミノ酸残基によって覆われる。クルクミンの結合及び変性βLGとの結合測定に対するpHの影響は、pHの低下に伴ってβLGへのクルクミンの結合親和性の低下を示し、βLGの内部空洞へのクルクミンの侵入及び結合の制限を示している。ファンデルワールス接触内で、クルクミン分子は、カリックスの壁を覆うIle、Leu、Val、及びMetなどの疎水性残基及びクルクミンのフェノール環とのπ−π相互作用を確立するのに適した方向に位置するPhe105によって覆われる。Lys60は、クルクミンのメトキシ基のすぐ近傍にある。Lys60とLys69は、パルミチン酸塩との水素結合に関与することが知られている(17)。Pro38はクルクミンのヒドロキシル基と接触している。Pro38はコレステロールの3−ヒドロキシ基と接触することが知られている(5)。我々の結果は、主にカリックス内の疎水性接触によるクルクミンのβLGへの結合を示唆した。」
(合議体注:上記において、「Glu」「Ile」、「Leu」、「Val」、「Met」、「Phe」、「Lys」は、いずれも、βLGタンパク質を構成するアミノ酸の略語であり、それぞれ、「グルタミン酸」、「イソロイシン」、「ロイシン」、「バリン」、「メチオニン」、「フェニルアラニン」、「リシン」を意味し、また、アミノ酸の略語の隣の数字は、タンパク質を構成する当該アミノ酸がタンパク質の末端から何番目に結合しているアミノ酸であるかを示す数字である。)



図6.分子ドッキング研究。(A)クルクミン(灰色)の中央萼への結合を示すβLGの動画リボンモデル構造。(B)クルクミン分子を取り巻くアミノ酸残基。クルクミンのβLGカリックスへの結合を明確に見るために元の構造(PDB ID:1B0O)からの向きを変更してある。 」

・摘記A7(p.11136右欄2段落〜p.11138の左欄の本文最下段落)
「ナノ粒子の調製とβLGナノ粒子からのクルクミンのインビトロ放出の測定。・・・βLGは、その優れたゲル化特性(8)と、レチノールやその誘導体、パルミチン酸塩、コレステロール、ビタミンD(5)などの多くの生化学的に重要な疎水性化合物の天然の担体としてのその能力とに基づきヒドロゲルやナノ粒子を調製することによりカプセル化ならびに生物活性化合物の制限放出に利用することが提案される。
βLGにカプセル化されたクルクミンのナノ粒子が調製され、βLGナノ粒子からのクルクミンの溶解度とインビトロ放出が研究されている。調製されたβLGのナノ粒子の形態は、SEMを使用して分析される。図7A、BのSEM画像は、それぞれβLG単独とβLG粒子によってカプセル化されたクルクミンとに対応する。図7Cは、βLGナノ粒子のサイズ分布のグラフ表示を示す。粒子は多分散であり、平均サイズは142±5nmである。形状は球形であり、対照(βLG)との関連で有意な物理的変化は観察されなかった。・・・ナノ粒子へのクルクミンのカプセル化は、430nmで励起された場合に505nmでの蛍光スペクトルの出現によって確認された。
・・・水溶液へのクルクミンの溶解度は非常に低い(30nM)(2)。カプセル化されたクルクミンの溶解度は、約625μMまで大幅に増加した。・・・βLGナノ粒子内のクルクミンのカプセル化効率は>96%であることが判明している。
クルクミンは、24時間後のインビトロ条件下で、βLGナノ粒子から最大約16%まで放出された。中性pHでのβLGナノ粒子からのクルクミンの放出を研究するために、インビトロ放出動態を分析した。βLGナノ粒子からのクルクミンのインビトロ放出は、ゼロ次速度論に従うことが判明した。ゼロ次放出定数koは1.17Ms−1であった。全体として我々の結果はβLGによるクルクミンのカプセル化が、インビトロでのクルクミンの徐放では溶解度を上昇させることを示した。・・・
結論として、我々は、クルクミンとβLGの相互作用及びβLGナノ粒子内にカプセル化されたクルクミンの調製に関する詳細な分光学的研究を報告する。クルクミンはおそらく、1:1の複合体を形成する疎水性アミノ酸に囲まれたβLGの中央の疎水性空洞に結合する。βLGに結合した場合のクルクミンの溶解度と安定性の向上は、インビボでのクルクミンのバイオアベイラビリティを改善するのに役立ち得る。クルクミンに結合したβLGは、両方とも食品成分であるため、クルクミンの効果的な担体になり得る。」

(2)引用発明A
上記(1)の摘記A1〜摘記A7の記載、特に摘記A1及び摘記A7の最終段落の記載からみて、引用文献Aには、以下の発明が記載されているといえる。

「乳清タンパク質であるβ−ラクトグロブリンとクルクミンとの1:1の複合体。」(以下、「引用発明A」という。)

2 引用文献B(本願の優先日前の周知技術を示す文献)の記載

引用文献Bは、「分子間相互作用研究で明らかにされたクルクミンの多重標的性」と題される総説であり、クルクミンとキャリアタンパク質等の他の分子との分子間相互作用に関する、本願の優先日前の周知技術を示す文献である。なお、引用文献Bは外国語で記載された文献であるので、以下の摘記は合議体による訳文で示した。また、下線は合議体が付した。

・摘記B1(p.1937要約)
「ターメリック(Curcuma longa(ウコン))の活性成分であるクルクミン(diferuloylmethane)は、抗炎症作用、抗酸化作用、化学発がん抑制作用、放射線増感作用を有する非常に多面的な分子である。クルクミンに起因する多面的作用は、その複合的な分子構造や化学的構造、その多数のシグナル伝達分子に影響を与える能力に由来する。クルクミンは、炎症分子、細胞生存タンパク質、プロテインキナーゼ、プロテインリダクターゼ、ヒストン・アセチルトランスフェラーゼ、ヒストン・デアセチラーゼ、グリオキサラーゼ1、キサンチンオキシターゼ、プロテアソーム、HIV1インテグラーゼ、HIV1プロテアーゼ、筋小胞体/滑面小胞体カルシウムアデノシントリフォスファターゼ、DNAメチルトランスフェラーゼ1、FtsZプロトフィラメント、キャリアタンパク質、金属イオンなど、多数のシグナル伝達分子と多重の力により直接結合することが示されている。クルクミンは、DNAやRNAとも直接結合することができる。クルクミンはそれが持つβ−ジケトン部分により、ケト・エノール互変異性化し、これが直接結合にとって望ましい状態であることが報告されている。他の高分子との相互作用に適することが分かっているクルクミン上の官能基には、α,β不飽和β−ジケトン部分、β−ジケトン部分のカルボニル基とエノール基、メトキシ基とフェノール性ヒドロキシ基、フェニル環などがある。吸着法、分光光度法、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)、円偏光二色性(CD)分光法、表面プラズモン共鳴分光法、競合的リガンド結合アッセイ、フェルスター蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)分光法、放射性同位元素標識法、部位特異的変異導入法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI−TOF MS)、免疫沈降法、ファージディスプレイバイオパニング法、電子顕微鏡法、1−アニリノ−8−ナフタレンスルホン酸(ANS)置換法、共局在化法をはじめとする、多様な生物物理学的手法を用いて、クルクミンと他のタンパク質の直接相互作用の観察が行われている。分子ドッキングは、結合親和性の計算や結合部位の予測のための計算ツールとして最もよく採用されており、クルクミンの結合部位の特徴をさらに明らかにするためにも使用された。また、クルクミンの持つキャリアタンパク質と直接結合する能力は、その溶解性とバイオアベイラビリティを向上させる。本レビューでは、クルクミンがシグナル伝達分子を直接標的にする方法と、クルクミン・タンパク質複合体を結合する別の力の存在、そしてこの相互作用がタンパク質の生物学的特性にどのように影響を与えるかに焦点を当てている。さらに、選択的標的と高い親和性で結合するよう設計されたクルクミン類似体についても考察する。」

・摘記B2(p.1938右欄1段落、p.1939左欄最下段落〜p.1942左欄1段落、Fig.1.及びFig.2.)
「1 序文
クルクミン(図1)は、もともとは植物のウコン(Curcuma longa)から単離された黄色化合物ターメリックの主要な活性成分である。クルクミノイド科に属し、何世紀にもわたって伝統薬として使用されている。アジア諸国では、長い間、日々の食事にも使われており、毒性を引き起こすことはなかった1。この30年間に行われた広範な研究からは、この分子には、がん、肺疾患、神経疾患、肝臓疾患、代謝性疾患、自己免疫疾患、循環器疾患その他の炎症性疾患など、幅広い疾患を治療できる可能性があることが明らかになっている2,3。どうすれば単剤でこのように多様な効果を持つことができるのかは、長年の謎だった。しかし、多数の証拠から、クルクミンが非常に多面的であり、抗炎症作用4−6、血糖降下作用7,8、抗酸化作用9、創傷治癒力10、抗菌作用11を有することが明らかになっている。また化学増感作用や化学療法作用、放射線増感作用も有していることが分かっている4,12,13。現在、クルクミンを治療薬として用いる多くの臨床試験が行われている14。」



図1.種々のタンパク質と直接相互作用することが知られているクルクミンとクルクミン類似体の分子構造。 (合議体注:クルクミン類似体の化学構造の記載は省略する。)


「クルクミンの持つ、直接多様な高親和性タンパク質に結合する能力は、その分子構造と機能に由来する。クルクミンは、化学的には二つのフェルラ酸残基がメチレン架橋により結合したものを含むジフェルロイルメタン分子(1,7−ビス(4−ヒドロキシ−3−メトキシフェノール)−1,6−ヘプタジエン−3,5−ジオン)である。クルクミンには二つのフェニル基疎水性ドメインがあり、これが可動性リンカーで接続されている(図1)。分子ドッキングの研究では、クルクミンが、結合しようとするタンパク質との疎水性接触の最大化に適した多くの構造を取りうることが明らかになっている。例えば、クルクミンのフェニル環は、芳香族アミノ酸の側鎖とのファンデルワールスπ−π相互作用に関与しうる。クルクミンの総じて疎水性のある構造内では、分子の両端と中心に位置するフェノール官能基とカルボニル官能基は、標的高分子との水素結合に関与しうる。この構造により強力かつ方向性のある静電相互作用が生じ、望ましい自由な会合エネルギーが増加する。・・・クルクミンはβ−ジケトン部分のため、ケト・エノール互変異性化し、液体中でも固相中でも、全部がエノール形で存在する17, 18。このケト・エノール互変異性化によりクルクミンには追加の化学官能性が与えられる。エノール形が優勢であることにより、分子の中央部では、水素結合を供与・受け入れることができる。エノール形は、正電荷を帯びた金属の理想的なキレート剤ともなり、この金属は標的タンパク質の活性部位に見受けられることが多い19。・・・π−π相互作用を含む疎水性相互作用、広範な水素結合、金属キレート化、共有結合が組み合わされ、このような大きな領域をカバーするので、クルクミンが標的タンパク質と相互作用するために可能な機序は多数存在する。

クルクミンがいくつかの標的を調節することは分かっているものの、その主な限界の一つは生物学的利用率が低いということである。安定性と生物学的利用率の問題は、クルクミンが持つ多数のキャリアタンパク質と結合する能力を利用することにより、部分的には解消される。この20年の間に、研究者はクルクミンの活性と生物学的利用率を改善するために、クルクミンの構造にいくつかの変更を加えてきた。クルクミンと同様に、この類似体も多くの高分子と直接相互作用することが明らかになっている。この多様な標的と相互作用すると報告されているクルクミン類似体は、4−[3,5−ビス[2−(4−ヒドロシキ−3−メトキシフェニル)エチル]−4,5デヒドロプラゾール−1−イル]安息香酸(HBC)、モノアセチルクルクミン(MAC)、ジアセルクルクミン(DAC)、テトラヒドロクルクミン(THC)、イソキゾールクルクミン(IOC)、二フッ素化クルクミン(CDF)、デメトキシクルクミン(DMC)、ビスデメトキシクルクミン(BDMC)(図1)である。・・・

多くの分子と直接結合すること以外に、クルクミンの間接的な分子標的が多様であることを示す証拠が増えてきている。・・・

本レビューでは、クルクミンの直接の分子標的、クルクミン・タンパク質複合体を結合する力、この相互作用の生物学的影響について説明していく。別のタンパク質とのクルクミンやその誘導体のリガンドの結合について想定される物理的パラメーターは、1)IC50値(濃度単位(M)で表され、活性を50%阻害するために必要なリガンドの濃度と定義される)、2)阻害定数(Ki)(同じく濃度単位(M)で表され、タンパク質阻害剤複合体の平衡解離定数と定義される)、3)解離定数(Kd)(濃度単位(M)で表され、タンパク質リガンド複合体の平衡解離定数と定義される)、4)結合定数又は会合定数(Ka)(逆濃度単位(M−1)で表され、タンパク質リガンド複合体形成の平衡定数として定義される)である。別の種類の研究では、上記の結合パラメーターに従って、クルクミンやその類似体の異なるタンパク質との結合が取り上げられている。そうした研究では、結合パラメーターは、単一の形態に変換しようとせずに、原著論文どおりに報告されている。これらの研究の結果や上記の相互作用の現在の理解では解決されていない疑問点が本レビューにまとめられている。我々の文献検索の基準は、決定的な研究のみを選出することであった。研究が決定的でない場合には、それを依然分析が必要という観点でのみ取り上げている。報告されている場合は、上記の相互作用の薬理学的関連性についても取り上げている。」



図2.クルクミンとクルクミン類似体の直接の分子標的


・摘記B3(p.1950〜1951の項目「2.5」)
「2.5 クルクミンはキャリアタンパク質と直接結合する

クルクミンの臨床的効果の主な限界は、クルクミンの水溶液への溶解度が低く(2.99×10−8M)、バイオアベイラビリティが低いことである101,102。この問題を解消するため、高分子ミセル、ポリマーナノ粒子、脂質ベースのナノ粒子、ハイドロゲル内でのカプセル化による試みが行われた103−107。多様なタンパク質が、クルクミンと直接結合することによりキャリアとなることが明らかにされた。こうしたタンパク質には、ヒト血清アルブミン(HAS)、ウシ血清アルブミン(BSA)、βラクトグロブリン(βLG)、免疫ラクトグロブリン(Ig)がある。

2.5.1 カゼイン. ・・・

2.5.2 アルブミン. ヒト血清アルブミン(HSA)とウシ血清アルブミン(BSA)は二つの主要なアルブミンであり、その構造的相同性のために、最も広く研究されているキャリアタンパク質である。HSAとBSAはいずれも、直接結合によりクルクミンのキャリアとなることが示された。クルクミンのHSAとの結合を調べるためには、吸光分光法、蛍光分光法、CD分光法が広く使用されている。結合定数の推定値は105から104M−1まで幅があった。HSAにおいてクルクミンと結合する二つの部分が特定された。FRET解析により、HSAのIIA領域において、Trp214からクルクミンの親和性の高い結合部分までの距離は2.74nmであることが示唆された。クルクミン−HSA形成のエンタルピー変化の推定値は、−13.6kcalmol−1であることが分かった。さらに、いくつかの研究から、この結合が疎水性相互作用と水素結合相互作用により制御されることが明らかになった112−117。ある研究では、可視紫外分光法により、クルクミンがHSAの疎水性ドメインと強く会合することが示された。結合は周辺の水との相互作用を阻害し、その結果、加水分解によるクルクミンの分解が抑制されることとなった。これらの結果は、HSAの安定化効果により、クルクミンが傷口で治癒を促進するために薬効成分を維持できるようになっていることを示唆している118。
・・・
Bourassa et al.は、FTIR、CD、蛍光消光など、複数の生物物理学法を用いてクルクミンとBSAの錯体形成について調査した。構造的解析からは、クルクミンが親水性相互作用と疎水性相互作用によりBSAと結合し、結合定数が3.33±0.8×104M−1であることが明らかになった。クルクミンの結合は、αヘリックスを大幅に減少させ、βシートやターン構造を増加させてBSA立体配座を変化させた。これは、タンパク質が部分的にアンフォールディングしたことを示している。さらなる解析により、クルクミン結合部分が主にタンパク質ドメインIとIIにあるTrp212とTrp134の付近であることが示された120。・・・

2.5.3 フィブリノーゲン. ・・・

2.5.4 β−ラクトグロブリン.βラクトグロブリンは疎水性小分子を結合させ、輸送できる低分子乳清タンパク質である122。分光法を用いてクルクミンとβラクトグロブリン間の相互作用をたどることにより、βラクトグロブリンがクルクミンのキャリア分子となる可能性について研究が行われた。結合部は、分子モデリングにより可視化された。

このタンパク質は、クルクミンとpH7.0で相互作用し、その会合定数は1.0×105M−1であることが分かった。相互作用は性質上、疎水性のものであり、βラクトグロブリンの立体配座にも会合状態にも影響を与えなかった。分子ドッキングにより明らかにされたとおり、クルクミンはβラクトグロブリンの中心部のカリックス(central calyx)と結合する。さらに結合部分を検査すると、クルクミンのメトキシフェニル部分がβラクトグロブリンの芳香族アミノ酸残基と密接に接触していることを示唆した。この研究の著者は、βラクトグロブリンのナノ粒子が、クルクミンの溶解度と安定性を高める能力により、担体分子となりうると結論付けた123。別の研究では、クルクミンとDACのウシβラクトグロブリンとの結合能力を、蛍光消光、CD、FRETなど、様々な生物物理学的方法を使って調べた。クルクミンは、DACと比較して、βラクトグロブリンとの結合親和性が高いことが分かった。FRET解析により、Trp19とTrp61と、リガンドクルクミンとDACの間の平均距離は、それぞれ3.383nm、3.509nmと予想された。クルクミンとβラクトグロブリンの相互作用が強いほど、結合過程においてパラ配位にあるヒドロキシフェノール基が重要な役割を果たすことが示唆された。さらなる研究では、βラクトグロブリンの二つのトリプトファン残基(Trp19とTrp61)が相互作用にとって非常に重要であることが示された124。

2.5.5 免疫グロブリン. 静脈注射用免疫グロブリン(IVIG)は、ヒト血清免疫グロブリン(Ig)の分画であり、薬物の重要な輸送タンパク質である125。・・・これらの著者は、IVIGがクルクミンのキャリアとなりうることを示唆した126。」
(合議体注:上記2.5.4において、「Trp」は、「トリプトファン」を意味する略語である。)

・摘記B4(p.1953左欄最下段落1〜7行)
「本レビューでは、このようにクルクミンと多様な標的との相互作用についての実験的研究や理論的研究のすべてをまとめようと試みた。ここにまとめたものから明らかなように、クルクミンは、多様な炎症性疾患に対して効果的であり、多様な細胞シグナル伝達経路を調節する。キャリアタンパク質と結合するクルクミンの能力は、その溶解性やバイオアベイラビリティを向上させる。」

3 引用文献C(本願の優先日前の周知技術を示す文献)の記載

引用文献Cには、以下の記載がある。なお、参考文献番号の記載は省略した。また、下線は合議体が付した。
さらに、以下において、「ホエー」は、「乳清」と同義である。

・摘記C1(p.227右欄2段落〜p.228左欄2段落及び表2)
「・・・チーズホエーは栄養的に優れた素材であり,その機能性についての関心も高まってきた。・・・このような状況下で乳業界において膜分離技術の利用か始まり,ホエーの有効利用法が考えられ始めた。1950年代には電気透析による脱塩ホエーの利用,1960年代には逆浸透膜を用いたホエーの濃縮が報告された。そして1980年代にはタンパク質濃度が35および80%のホエータンパク質濃縮物(whey protein concentrate:WPC)の工業規模でのトライアルが報告されている。さらに現在ではタンパク質濃度を90%以上に高めたホエータンパク質分離物(whey protein isolate:WPI)も製造されている。
日本においても1982年に食品産業膜利用技術研究組合が設立され,ホエーの逆浸透膜による濃縮やUF膜によるホエーの効率的な濃縮法の検討が行われた。・・・
また,近年WPCやWPIの様々な保健機能効果が明らかになってきており,更にはラクトフェリンに代表されるようにホエー中に含まれる個々のタンパク質の保健機能も明らかとなってきている。そして分離技術の更なる向上によりホエータンパク質の分画技術も確立され,個々のホエータンパク質が高純度で製品化されてきている(表2)。・・・




・摘記C2(p.228左欄3段落〜右欄下から2行目)
「ホエーとは
・・・
ホエー中のタンパク質はβ−ラクトグロブリン,α−ラクトアルブミン,免疫グロブリン,ウシ血清アルブミン,ラクトフェリン,ラクトパーオキシダーゼ,プロテオースペプトン等からなっている。・・・

WPCおよびWPI
WPCはホエーから乳糖,ミネラルおよびビタミンを分離しタンパク質を回収・粉末化したもので・・・。・・・。
WPCの製造法としては様々な方法が提案されているが,最も一般的なものは限外ろ過(UF)濃縮法によるものである。一般的に,チーズホエーを原料とした場合には,タンパク質含量が80%程度になるまでUF濃縮した場合には脂肪含量が6〜10%となってしまう。そこで低脂肪で高タンパク質なWPCを得るためには原料ホエー中の脂肪をMF膜等を利用し除去した後にUF処理を行う工程がとられている。また,UF処理前にホエーから脂肪を除去することによりUF膜へのファウリングが減少し,運転効率も向上することが知られている。
WPCよりタンパク質含量の高いWPIの製造法はイオン交換樹脂を用いてタンパク質を選択的に分離する方法が用いられており,脂肪や乳糖をほとんど含まないために90%以上のタンパク質含量のものが得られる。」

・摘記C3(p.229左欄5段落)
「β−ラクトグロブリン
β−ラクトグロブリン(β−LG)は,牛乳のホエータンパク質の約50%を占め,分子量18,300の球状タンパク質であるが,人乳では検出されないタンパク質である。・・・」

・摘記C4
タンパク質の含有量に関し、p.229右欄の「α−ラクトアルブミン」の項目の1〜2行には、「α−ラクトアルブミン(α−LA)は,ホエータンパク質の約20〜25%占め」と、p.230の左欄の「免疫グロブリン」の項目の1〜4行には、「免疫グロブリン(Ig)」が、「常乳では1〜2%を占め」ることが、同頁右欄の「ウシ血清アルブミン」の項目の1〜2行には、「ウシ血清アルブミン(BSA)はホエータンパク質の5〜10%を占め」ることが、p.231右欄の「グリコマクロペプチド」の項目の3〜4行には、「グリコマクロペプチド(GMP)」は「乳清夕ンパク質の10〜15%を占めている」ことが、それぞれ記載されている。

第5 対比

本願発明と引用発明Aを対比する。
引用発明Aの「クルクミン」は、本願発明の「クルクミン、デスメトキシクルクミン(DMC)、ビスデスメトキシクルクミン(BDMC)、テトラヒドロクルクミン(THC)、テトラヒドロデスメトキシクルクミン(TDMC)、およびテトラヒドロビスデスメトキシクルクミン(TBDMC)からなる群より選択され」る「クルクミノイド」が「クルクミン」である場合に相当する。
また、引用発明Aの「β−ラクトグロブリン」と本願発明の「WPI」は、乳清タンパク質である限りにおいて一致する。
そして、引用発明Aの複合体は組成物であるといえるから、本願発明と引用発明Aは以下の点で一致し、以下の点で相違する。
<一致点>
クルクミノイドと乳清タンパク質との複合体を含む組成物であって、
前記クルクミノイドが、クルクミン、デスメトキシクルクミン(DMC)、ビスデスメトキシクルクミン(BDMC)、テトラヒドロクルクミン(THC)、テトラヒドロデスメトキシクルクミン(TDMC)、およびテトラヒドロビスデスメトキシクルクミン(TBDMC)からなる群より選択される、組成物。

<相違点>
クルクミノイドと乳清タンパク質との複合体を含む組成物について、本願発明では、乳清タンパクが「WPI」であり、また、「前記クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体中の前記クルクミノイドと前記乳清タンパク質との比が、1:1(w/w)(mg:g)、1:≦10(w/w)(mg:g)、10:≧1(w/w)(mg:g)、または25:1(w/w)(mg:g)」と特定されているのに対し、引用発明Aでは、乳清タンパク質は「β−ラクトグロブリン」であり、「乳清タンパク質であるβ−ラクトグロブリンとクルクミンとの1:1の複合体」であることが特定されている点。

第6 判断

1 相違点について

相違点について検討する。
(1)引用発明Aのβ−ラクトグロブリンは、乳清タンパク質のおよそ40〜50重量%を占める、乳清タンパク質に含まれる最も豊富なタンパク質であるところ(摘記A2、摘記C3)、乳清タンパク質製品として、タンパク質濃度を90%以上に高めた乳清タンパク質分離物であるWPI(whey protein isolate)や、β−ラクトグロブリン等の乳清タンパク質から分画技術により製品化されたものがあること、その中でも、WPIは市場最大規模の製品であることは、本願の優先日前に周知であった(摘記C1の表2)。
そうすると、かかる周知技術を踏まえて、引用発明Aのβ−ラクトグロブリンに代えて、β−ラクトグロブリンが最も豊富な成分として含まれ、市場最大規模の製品、すなわち、容易に入手可能な周知のWPIを採用すること、その際に、WPI中のβ−ラクトグロブリンの含有量に応じて、複合体とするために添加するクルクミンに対するWPIの配合比を調整することは、当業者が容易になし得ることであるといえる。

(2)引用発明Aの「乳清タンパク質であるβ−ラクトグロブリンとクルクミンとの1:1の複合体」とは、引用文献Aの図6(摘記A6)にも示されるとおり、クルクミン1分子に対してβ−ラクトグロブリンが1分子で複合されている複合体である。
ここで、クルクミンの分子量は368であり、β−ラクトグロブリンの分子量は文献により諸説ある(18000Da:摘記A2、18300Da:摘記C3)が、概ね1.8kDa付近であり、いずれにしても、クルクミン1分子に対してβ−ラクトグロブリン1分子となる比を、「w/w(mg:g)」に換算すると、
368000mg:18000〜18300g=約20:1(w/w)(mg:g)
となる。
そして、引用発明Aにおいて、β−ラクトグロブリンに代えて、周知のWPIを採用する場合、β−ラクトグロブリンが、乳清タンパク質中におよそ40〜50重量%含まれるとの上記周知技術を踏まえれば、クルクミン1分子に対してβ−ラクトグロブリンが1分子となるように、WPIの配合割合を2〜2.5倍程度として調製することになり、
クルクミン:WPI(これは、β−ラクトグロブリンを約40〜50重量%含む)は、
約20:2〜2.5=(w/w)(mg:g)=約1:0.1〜0.125(w/w)(mg:g)に相当し、
本願発明の「1:≦10(w/w)(mg:g)」との条件を満足する組成物が得られることになる。
つまり、引用発明Aにおいて、複合体を構成するβ−ラクトグロブリン(βLG)として周知のWPIを採用し、クルクミン1分子に対して、乳清タンパク質(WPI)中に含まれるβ−ラクトグロブリンが1分子となるように調製する場合には、本願発明の「1:≦10(w/w)(mg:g)」との条件を満足する組成物が得られることになる。

(3)してみると、本願の優先日前の周知技術を踏まえた当業者であれば、引用発明Aを、相違点に係る本願発明の構成を備えたものとすることは、容易になし得ることであるといえる。

2 効果について

(1)本願発明の効果に関し、本願明細書には以下のことが記載されている。
・「クルクミン−ペプチド複合体の服用が非複合体クルクミンの服用に比して血清中バイオアベイラビリティを有意に増大させる」こと(【0010】)
・マウスに、クルクミン:WPI複合体12.5mg(マウス1匹当たりクルクミン約312μg)(合議体注:これは、クルクミン:WPI=312μg:12.17mg(=12.5mg−312μg)=38:1(mg:g)となる。)を投与した場合の血清中バイオアベイラビリティは、平均Tmaxが60分であり、平均Cmaxがクルクミン163ng/mLである一方、遊離クルクミン0.625mg(上記の複合体として投与したときの約2倍のクルクミン量)を投与しても血漿中濃度は検出下限未満であり、遊離クルクミンは吸収性が極めて低いが、これを乳清タンパク質単離物(WPI)との複合体にすることで、生体利用されやすくなること(実施例7(【0081】〜【0085】))
・クルクミン:WPI複合体(25:1〜10:1(mg:g))をヒトあるいは動物に投与したところ、各種疾患の症状が緩和したとの臨床試験結果(実施例3〜6)
・健常者にクルクミン:WPIの配合比率及び用量を変更した種々の複合体を投与した場合の薬物動態を示す結果(実施例8)

以上の本願明細書の記載から、本願発明のクルクミン:WPI複合体は、遊離のクルクミンに比べて、バイオアベイラビリティが高くなり、クルクミンの薬効に基づく臨床効果が奏されることが理解できる。

(2)しかしながら、引用文献Aには、水溶液へのクルクミンの溶解度は30nMと非常に低く、また、クルクミンはpH7.0の緩衝液での半減期は30.8分であり、インビトロの生理学的条件下で急速に分解するが、β−ラクトグロブリン(βLG)によりカプセル化されたクルクミンの溶解度は、約625μMまで大幅に増加し、半減期は6.7倍増加して加水分解からクルクミンが保護され、クルクミンとβ−ラクトグロブリンとの複合体形成(カプセル化)により、クルクミンの溶解度及び安定性が向上すること(摘記A1、A4及びA7)が記載され、さらに、β−ラクトグロブリン(βLG)に結合した場合のクルクミンの溶解性と安定性の向上が、インビボでのクルクミンのバイオアベイラビリティを改善するのに役立ち得ることも記載されている(摘記A7)。
また、引用文献Bには、(β−ラクトグロブリンであってもよい)キャリアタンパク質と結合するクルクミンの能力は、その溶解性やバイオアベイラビリティを向上させることが記載されている(摘記B4)。
そうすると、当業者は、β−ラクトグロブリンが多く含まれるWPIをクルクミンの複合体とすることで、クルクミンの溶解度及び安定性が向上し、クルクミンのバイオアベイラビリティが高くなると予測するといえる。

また、クルクミンは、抗炎症作用、抗酸化作用、血糖降下作用、創傷治癒力、抗菌作用、化学発がん抑制作用等の多岐にわたる薬理作用を有する化合物であり、伝統薬としても長く使用され、がん、肺疾患、神経疾患、肝臓疾患、代謝性疾患、自己免疫疾患、循環器疾患その他の炎症性疾患など、幅広い疾患を治療できる可能性があることが周知の薬物である(摘記B1、B2及びB4)から、クルクミンをWPIとの複合体とすることで、クルクミンのバイオアベイラビリティが高くなる結果として、臨床上の治療効果がより高くなることも、当業者が当業者が予測することであるといえる。

さらに、本願発明には、クルクミンと乳清タンパク質(WPI)との比が、「1:≦10(w/w)(mg:g)」(これには、例えば、1:0.0001が含まれ得る。)、「10:≧1(w/w)(mg:g)」(これには、例えば、1:10000が含まれ得る。)であってもよく、本願発明の組成物には、広範囲の比率の複合体が含まれているところ、本願明細書の実施例で用いられたのは、そのうちのごく一部(25:1〜10:1(w/w)(mg:g))であり、実施例において確認された臨床上の治療効果が、本願発明全体にわたって奏される効果とも認められないから、本願発明の効果は格別とはいえない。また、実施例8(表5)には、クルクミンWPI(乳清タンパク質)複合体の比が同じ25:1でも投与量の違いでCmaxがnd(検出されず)から約2000ng/mLを超える程度までと、大きく異なる結果が示されており、かかる点でも本願発明の効果は格別とはいえない。

そのうえ、乳清タンパク質には、最も多く含まれるβ−ラクトグロブリンの他に、α−ラクトアルブミンやウシ血清アルブミン(BSA)等のタンパク質が含まれることは、本願の優先日前に周知であったところ(摘記C2〜C4)、β−ラクトグロブリンのみならず、ウシ血清アルブミン(BSA)等の乳清タンパク質を含め、多くのタンパク質もクルクミンのキャリアタンパク質であること(摘記B3)、及び、キャリアタンパク質と結合することで、水溶液への溶解度が低くバイオアベイラビリティが低いクルクミンの溶解性を改善し、バイオアベイラビリティを向上させることができること(摘記B1〜B4)が、本願の優先日前に広く知られていたのであるから、引用発明Aにおいて、複合体を構成する乳清タンパク質を、β−ラクトグロブリンから周知のWPIとすることで、クルクミンの溶解性を改善し、バイオアベイラビリティを向上させるβ−ラクトグロブリンの機能が発揮されなくなるというような事情がないことは明らかである。

(3)したがって、本願発明の効果は、引用文献Aの記載及び本願の優先日前の周知技術から当業者が予測し得る効果に過ぎない。

3 請求人の主張について

(1)審判請求書における主張について
ア 請求人は、令和2年6月17日提出の審判請求書の請求の理由についての手続補正書(方式)の3.(4)において、慢性糖尿病の患者に、クルクミンのみ、乳清タンパク質のみ、及びクルクミンと乳清タンパク質とを10:1あるいは25:1(w/w)(mg:g)の比率で組み合わせたクルクミン・乳清タンパク質複合体の投与後の血糖値を測定した試験の結果を示して、クルクミンのみでは血糖値が12%減少し、乳清タンパク質のみでは血糖値が11%減少した一方、クルクミンと乳清タンパク質とを10:1の比で組み合わせると、血糖値は21.8%減少し、25:1の比で組み合わせると、血糖値は28.5%減少したことから、特定の比でクルクミンと乳清タンパク質とを含む本願発明の組成物が顕著な効果を有する旨主張する。

イ しかしながら、上記慢性糖尿病の患者に対する試験の結果は本願明細書には記載されていないし、乳清タンパク質には種々の種類があり、WPIは、乳清タンパク質濃度を90%以上に高めた乳清タンパク質分離物に相当するものであるところ(摘記C1)、上記慢性糖尿病の患者に対する試験で使用された乳清タンパク質が、WPIであるのかも不明である。
また、仮に、試験で使用された乳清タンパク質がWPIである場合であっても、上記2(2)で記載したとおり、クルクミンをWPIとの複合体とすることで、クルクミンのバイオアベイラビリティが高くなり、治療効果がより高くなることは当業者が当業者が予測することであり、血糖降下作用が知られるクルクミンのWPIとの複合体を投与することでクルクミンのみの場合と較べて血糖値がより減少することは、当業者が予測することに過ぎない。加えて、請求人が示している上記試験結果は、クルクミンと乳清タンパク質との比が10:1あるいは25:1の比率の場合の結果にすぎず、上記試験結果が、クルクミンと乳清タンパク質(WPI)の比として広範囲の比が含まれる本願発明全体にわたって奏される効果とは認められない。(なお、令和3年5月18日付けの拒絶理由通知でも同様の指摘をしている。)

したがって、本願発明の組成物が顕著な効果を有するとはいえず、請求人の主張は採用できない。

(2)令和3年10月22日提出の意見書の「4−2」における主張について
ア 請求人は、意見書の「4−2」において、以下の主張をする。
「引用文献A、B及びCは、本願発明で規定するように(1)クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体(これらの引用文献は、共有結合したクルクミノイド−ペプチドを開示している)、(2)特定のクルクミノイド、及び(3)特定の重量:重量比(これらの引用文献は、1分子対1分子の比率で共有結合しているモル比率を開示している)を開示していません。」(意見書p.2下から14〜10行)「したがって、本願発明は、引用文献A〜Cからは、容易に導かれません。」(同p.3下から6行)
(以下、上記主張における(1)の主張を「主張(i)」と、(2)の主張を「主張(ii)」と、(3)の主張を「主張(iii)」という。)

イ 主張(i)について
主張(i)に関し、請求人は意見書(p.2下から2段落)において、引用文献Aの要約の「・・・βLGは、pH7.0でクルクミンと相互作用し、25°Cで1:1の複合体を形成する。相互作用は本質的に疎水性である。βLGとクルクミンの相互作用は、βLGのコンフォメーションまたは結合状態のいずれにも影響を与えない。フェルスターエネルギー移動測定、及び分子ドッキング研究は、クルクミンがβLGの中央カリックスに結合することを示唆している。」なる記載によれば、引用文献Aは「共有結合したクルクミノイド−ペプチド」を開示しているのに対し、本願発明は、本願明細書の【0020】に記載のとおり「クルクミンとWPIとの間に共有結合が存在しない」ものである旨主張する。

しかしながら、本願発明では、「共有結合が存在しない」という特定はなされていないし、かえって、【0020】には、「いくつかの実施形態では、クルクミノイド−ペプチド複合体はクルクミンと乳清タンパク質単離物(WPI)の複合体である。ある特定の実施形態では、WPIは乳由来乳清タンパク質である。・・・このような実施形態の一部では、エタノール中でクルクミンとWPIとを混合することによって複合体が形成される。したがって、このような実施形態では、クルクミンとWPIとの間に共有結合は存在しない。しかし、他の実施形態では、クルクミンとWPIが共有結合を形成する。」と、本願発明のクルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体が、クルクミンとWPIとの間に共有結合が存在しないものであっても、共有結合が存在するものであってもどちらでもよいことが記載されている。

また、請求人が指摘する引用文献Aの上記要約の箇所には、βLG(β−ラクトグロブリン)とクルクミンとの相互作用が本質的に疎水性であることが記載されており、これは、本願の請求項2に記載されるところの「親油性(ファンデルワールス)相互作用」に相当するもので、「共有結合」ではなく、「非共有結合」に該当するし、βLGとクルクミンとの「相互作用が本質的に疎水性」であることは、引用文献AにβLGとクルクミンとの「会合定数」が記載されていること(摘記A1)や、クルクミンにより形成されるタンパク質との疎水性接触部分の総数は21であること、ファンデルワールス接触内で、クルクミン分子が、カリックスの壁を覆う疎水性残基及びクルクミンのフェノール環とのπ−π相互作用を確立するのに適した方向に位置するPhe105によって覆われることが記載されていること(摘記A6)、図6のβLGカリックスへのクルクミンの結合を示す図(同上)からも明らかである。

したがって、請求人の主張(i)は根拠がなく、採用できない。

ウ 主張(ii)について
本願発明の「クルクミノイド」は、「クルクミン、デスメトキシクルクミン(DMC)、ビスデスメトキシクルクミン(BDMC)、テトラヒドロクルクミン(THC)、テトラヒドロデスメトキシクルクミン(TDMC)、およびテトラヒドロビスデスメトキシクルクミン(TBDMC)からなる群より選択され」るものであって、「クルクミン」であってもよい。
そして、引用文献Aにクルクミンが開示されていることは明らかであるから、請求人の主張(ii)は、採用できない。

エ 主張(iii)について
主張(iii)に関し、請求人は意見書(p.2最下段落〜p.3)において、クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体の特定の比率は、引用文献A〜Cには開示されていないし、全ての引用文献は、モル比、つまり、1つの化合物対1つの化合物に関するものであり、重量対重量比に関するものではないから、クルクミノイドと乳清タンパク質(WPI)との複合体とする場合であっても、引用文献に記載されるようにモル比を使用すると考えられるから、重量比で特定される本願発明は容易には導かれない旨主張する。

しかしながら、上記1に記載したとおり、引用発明Aにおいて、複合体を構成するβ−ラクトグロブリン(βLG)として周知のWPIを採用し、クルクミン1分子に対してWPI中のβ−ラクトグロブリンが1分子となるように、WPIの配合割合を調製することにより、本願発明の「1:≦10(w/w)(mg:g)」との条件を満足する組成物が得られるのであり、引用発明Aを上記の条件を満足するものとすることは、当業者が容易になし得たことであって、比を重量比で表すか、モル比で表すかは、単に、比率の単位を選定したにすぎない。
したがって、請求人の主張(iii)も採用できない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、引用文献Aに記載された発明及び本願の優先日前の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。


 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 藤原 浩子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-03-22 
結審通知日 2022-03-29 
審決日 2022-04-14 
出願番号 P2017-512657
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 渕野 留香
前田 佳与子
発明の名称 クルクミン−ペプチドコンジュゲートおよびその製剤  
代理人 小田 直  
代理人 高岡 亮一  
代理人 高岡 亮一  
代理人 岩堀 明代  
代理人 岩堀 明代  
代理人 高橋 香元  
代理人 高橋 香元  
代理人 小田 直  

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