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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C09D
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09D
審判 全部無効 2項進歩性  C09D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
管理番号 1389238
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-10-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2021-07-12 
確定日 2022-08-24 
事件の表示 上記当事者間の特許第6638958号発明「防汚塗料組成物、防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに防汚方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6638958号(以下、「本件特許」という。)は、2017年(平成29年)11月7日を国際出願日として特許出願されたもの(特願2018−550200号)に係り、令和2年1月7日に特許権の設定登録がされたものである。
その後の手続の経緯は、次のとおり。
令和3年 7月12日 無効審判請求(請求人)
同年10月11日 審判事件答弁書(被請求人)
令和4年 2月 3日付け 審理事項通知(請求人、被請求人)
同年 同月21日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
同年 同月21日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
同年 3月 7日 口頭審理

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1〜16に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1〜16に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などといい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)
「【請求項1】
シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを特徴とする、
防汚塗料組成物。
【化1】


(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)
【請求項2】
前記シリルエステル系共重合体(A)が、トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位を20〜80質量%含有する、請求項1に記載の防汚塗料組成物。
【請求項3】
前記シリルエステル系共重合体(A)が、化合物(a2)に由来する構成単位を1〜30質量%含有する、請求項1又は2に記載の防汚塗料組成物。
【請求項4】
前記シリルエステル系共重合体(A)が、更に1以上の(iii)その他の単量体(a3)に由来する構成単位を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項5】
前記その他の単量体(a3)が、下記式(II)で表される単量体(a31)を含有する、請求項4に記載の防汚塗料組成物。
【化2】


(式(II)中、R4は水素原子又はメチル基を示し、R5は水素原子又は一価の炭化水素基を示し、R6は二価の炭化水素基を示し、sは1〜6の整数を示す。)
【請求項6】
前記シリルエステル系共重合体(A)が、式(II)で表される単量体(a31)に由来する構成単位を10〜35質量%含有する、請求項5に記載の防汚塗料組成物。
【請求項7】
前記その他の単量体(a3)が、メチルメタクリレートを含有する、請求項4〜6のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項8】
防汚塗料組成物の固形分中、前記シリルエステル系共重合体(A)を5〜50質量%含有する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項9】
更に、防汚剤(B)を含有する、請求項1〜8のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項10】
前記防汚剤(B)が亜酸化銅(B1)を含有する、請求項9に記載の防汚塗料組成物。
【請求項11】
防汚塗料組成物の固形分中、前記亜酸化銅(B1)を20〜80質量%含有する、請求項10に記載の防汚塗料組成物。
【請求項12】
更に、モノカルボン酸化合物(C)を含有する、請求項1〜11のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物から形成された防汚塗膜。
【請求項14】
請求項13に記載の防汚塗膜で被覆された防汚塗膜付き基材。
【請求項15】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の防汚塗料組成物を基材に塗布又は含浸し、塗布体又は含浸体を得る工程(1)、及び
前記塗布体又は含浸体を乾燥する工程(2)を有する、
防汚塗膜付き基材の製造方法。
【請求項16】
請求項13に記載の防汚塗膜を使用する、防汚方法。」

第3 請求人が主張する無効理由及び請求人が提出した証拠方法
本件無効審判の請求の趣旨は、「特許第6638958号の請求項1〜16に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」というものであり、その理由として下記1の無効理由を主張し(審判請求書13〜14頁、「(3)特許無効審判請求の根拠」の項)、下記2の証拠方法を提出している。
1 無効理由
(1)無効理由1(新規性欠如)
特許第6638958号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜5、7及び9〜16に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるため、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とされるべきである。
(2)無効理由2(進歩性欠如)
本件特許発明1〜16は、甲第1号証に記載された発明に基づき本件優先日当時の技術常識を参酌して、当業者が容易に発明をすることができたものであるため、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件特許は、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とされるべきである。
(3)無効理由3(サポート要件違反)
本件特許発明1〜16は、発明の詳細な説明に記載したものでないため、特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件特許は、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とされるべきである。
(4)無効理由4(実施可能要件違反)
発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。よって、本件特許は、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とされるべきである。
(5)無効理由5(明確性要件違反)
本件特許発明1〜16は明確でないため、特許法第36条第6項第2号の規定により特許を受けることができないものである。よって、本件特許は、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とされるべきである。

2 証拠方法
(1)審判請求書に添付された証拠方法
甲第1号証:国際公開第2011/046087号
甲第2号証:特開2016−89167号公報
甲第3号証:特開2005−82725号公報
甲第4号証:国際公開第2016/063789号
甲第5号証:特表2006−503115号広報
甲第6号証:特開2010−144106号公報
甲第7号証:特開2010−84099号公報
甲第8号証:国際公開第2010/071181号
甲第9号証:特表2016−501951号公報
甲第10号証の1:田中重喜、“塗料用アクリル樹脂”、色材協会誌、一般社団法人色材協会、1975年、48巻、11号、677〜685頁
甲第10号証の2:甲第10号証の1の書誌情報及び発行日情報に関するJ-STAGEのウェブページのプリントアウト、https://www.jstage.jst.go.jp/
article/shikizai1937/48/11/48_677/_article/-char/ja/、及び、https://www.jstage.jst.go.jp/browse/shikizai/_pubinfo/-char/ja#information)、請求人印刷日2021年6月15日
甲第11号証:特開平8−277372号公報
甲第12号証の1:鈴木隼人、他1名、“摩擦抵抗低減を目指した船底防汚塗料の設計コンセプト”、日本マリンエンジニアリング学会誌、公益社団法人日本マリンエンジニアリング学会、2013年、48巻、3号、294〜299頁
甲第12号証の2:甲第12号証の1の書誌情報及び発行日情報に関するJ-STAGEのウェブページのプリントアウト、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jime/48/3/48_294/_article/-char/ja/、及び、https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jime/_pubinfo/-char/ja、請求人印刷日2021年6月15日
甲第13号証の1:「KANSAI PAINT 関西ペイントマリン 製品検索 タ行」のウェブページのプリントアウト、https://www.kp-marine.co.jp/products/product_name/、請求人印刷日2021年6月15日
甲第13号証の2:甲13の1の発行時期に関する情報を提示する「KANSAI PAINT 関西ペイントマリン 製品検索 英数字」のウェブページのプリントアウト、https://www.kp-marine.co.jp/products/product_name/、請求人印刷日2021年6月15日
甲第13号証の3:甲13の1の発行時期に関する情報を提示する「KANSAI PAINT プレスリリース 飛躍的な燃費低減を実現! 船底防汚塗料「タカタクォンタム X-mile」を新発売!!」のウェブページのプリントアウト、https://www.kansai.co.jp/news/press11/110517/index.html、請求人印刷日2021年6月15日
甲第14号証の1:木下啓吾、他2名、“解説(テーマ/やさしい塗料物性)”、色材協会誌、一般社団法人色材協会、1995年、68巻、8号、502〜513頁
甲第14号証の2:甲第14号証の1の書誌情報及び発行日情報に関するJ-STAGEのウェブページのプリントアウト、https://www.jstage.jst.go.jp/
article/shikizai1937/68/8/68_502/_article/-char/ja/、及び、https://www.jstage.jst.go.jp/browse/shikizai/_pubinfo/-char/ja)、請求人印刷日2021年6月17日
甲第15号証の1:井上幸彦、“塗膜の密着性について”、金属表面技術、一般社団法人表面技術協会、1961年、12巻、7号、262〜269頁
甲第15号証の2:甲第15号証の1の書誌情報及び発行日情報に関するJ-STAGEのウェブページのプリントアウト、https://www.jstage.jst.go.jp/
article/sfj1950/12/7/12_7_262/_article/-char/ja、及び、https://www.jstage.jst.go.jp/browse/sfj1950/_pubinfo/-char/ja)、請求人印刷日2021年6月17日
甲第16号証の1:植木憲二、“塗膜の透湿・吸湿について”、高分子、公益社団法人高分子学会、1967年、16巻、5号、596〜600頁
甲第16号証の2:甲第16号証の1の書誌情報及び発行日情報に関するJ-STAGEのウェブページのプリントアウト、https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/16/5/16_5_596/_article/-char/ja/、及び、https://www.jstage.jst.go.jp/browse/kobunshi1952/_pubinfo/-char/ja)、請求人印刷日2021年6月17日

(2)口頭審理陳述要領書に添付された証拠
甲第13号証の4:「日本塗装時報」、(株)日本塗装時報社、2011年6月18日
甲第17号証:中井一寿、他3名、“次世代型船底防汚塗料「タカタクォンタムX−mile(エクスマイル)」の開発”、塗料の研究、153号、2011年10月、56〜63頁、及び、甲第17号証の書誌情報を補足する「塗料の研究」のウェブページのプリントアウト、https://www.kansai.co.jp/rd/token/153.html、請求人印刷日2022年2月14日

第4 被請求人の答弁の趣旨
被請求人の答弁の趣旨は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」というものである。なお、証拠方法の提出はなかった。

第5 証拠の記載事項
審判請求人が提出した甲第1〜17号証(以下、証拠の番号に基づいて「甲1」などともいう。)には、以下の事項が記載されている。
1 甲1の記載事項
甲1には次の記載がある。

(1a)
「[0006] 本発明の目的は、防汚剤を含有しないか、または配合量が少ない場合であっても、長期間にわたって高い防汚性を発揮するとともに、耐クラック性に優れる塗膜を形成することができる防汚塗料組成物を提供することである。」

(1b)
「[0052] 本発明の防汚塗料組成物によれば、防汚剤を含有しないか、またはその配合量が少ない場合であっても、高い防汚性能を長期間にわたって安定して発揮することができるとともに、耐クラック性に優れた防汚塗膜を形成することができる。・・・
[0053] <防汚塗料組成物>
本発明の防汚塗料組成物は、ビヒクル成分としての、後述する特定のシリコン含有基と特定のトリオルガノシリルオキシカルボニル基とを有する加水分解性樹脂(i)〔以下、単に加水分解性樹脂(i)と称する〕を含有するものである。本発明の防汚塗料組成物によれば、長期間にわたって適度の速度で加水分解される防汚塗膜を形成することができるので、高い防汚性能を長期間にわたって安定して発揮する(長期防汚性に優れる)とともに、耐クラック性にも優れる防汚塗膜を得ることができる。」

(1c)
「[0080] 上記加水分解性樹脂(i)としては、上記シリコン含有基およびトリオルガノシリルオキシカルボニル基を有する限り特に限定されないが、下記一般式(I’)で示される単量体(a1)、下記一般式(II’)で示される単量体(a2)、下記一般式(III’)で示される単量体(a3)および下記一般式(IV’)で示される単量体(a4)からなる群から選択される少なくとも1種のシリコン含有重合性単量体(a)から誘導される構成単位と、下記一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)から誘導される構成単位とを含むアクリル系樹脂を好適に用いることができる。
[0081][化26]

[0082] ここで、上記一般式(I’)中、R31は水素原子またはメチル基を表し、a、b、m、nおよびR1〜R5は、上記と同じ意味を表す。
[0083][化27]

[0084] ここで、上記一般式(II’)中、R32は水素原子またはメチル基を表し、c、d、pおよびR6〜R8は、上記と同じ意味を表す。
[0085][化28]

[0086] ここで、上記一般式(III’)中、R33およびR34は水素原子またはメチル基を表し、e、f、g、h、q、r、sおよびR9〜R12は、上記と同じ意味を表す。
[0087][化29]

[0088] ここで、上記一般式(IV’)中、R35およびR36は水素原子またはメチル基を表し、i、j、k、l、t、u、v、wおよびR13〜R22は、上記と同じ意味を表す。
[0089][化30]

[0090] ここで、上記一般式(V’)中、R43は水素原子またはメチル基を表し、R40〜R42は、前記と同じ意味を表す。

(1d)
「[0103] 上記一般式(I’)で示されるシリコン含有重合性単量体(a1)の具体例としては、たとえば、mが0のものとして、チッソ(株)製の「FM−0711」、「FM−0721」、「FM−0725」(以上、商品名)、信越化学(株)製の「X−24−8201」、「X−22−174DX」、「X−22−2426」、「X−22−2475」(以上、商品名)などが挙げられる。」

(1e)
「[0117] 上記一般式(III’)で示されるシリコン含有重合性単量体(a3)の具体例としては、たとえば、qおよびsが0のものとして、チッソ(株)製の「FM−7711」、「FM−7721」、「FM−7725」(以上、商品名)、信越化学(株)製の「X−22−164」、「X−22−164AS」、「X−22−164A」、「X−22−164B」、「X−22−164C」、「X−22−164E」(以上、商品名)、日本ユニカー(株)製の「F2−311−02」(商品名)などが挙げられる。」

(1f)
「[0128] 〔2〕トリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)
上記一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)は、加水分解性樹脂(i)に上記一般式(V)で示されるトリオルガノシリルオキシカルボニル基を導入するために用いられる単量体である。上記シリコン含有基に加えて、トリオルガノシリルオキシカルボニル基が導入されることにより、塗膜の良好な自己研磨性が得られ、長期防汚性に優れた塗膜を得ることが可能となる。
[0129] 上記一般式(V’)において、R40、R41およびR42は、同一または異なって、炭素数1〜20の炭化水素残基を表す。加水分解性樹脂(i)は、上記一般式(V)で示されるトリオルガノシリルオキシカルボニル基を2種以上有していてもよい。炭素数1〜20の炭化水素残基の具体例を挙げれば、たとえば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基等の炭素数が20以下の直鎖状または分岐状のアルキル基;シクロヘキシル基、置換シクロヘキシル基等の環状アルキル基;アリール基、置換アリール基等が挙げられる。置換アリール基としては、ハロゲン、炭素数18程度までのアルキル基、アシル基、ニトロ基またはアミノ基等で置換されたアリール基等を挙げることができる。なかでも、安定したポリッシングレート(研磨速度)を示す塗膜が得られ、防汚性能を長期間安定して維持することができることから、上記一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)は、炭化水素残基としてイソプロピル基を含むことが好ましく、R40、R41およびR42のすべてがイソプロピル基であることがより好ましい。
[0130] 加水分解性樹脂(i)を構成する全構成単位中、上記シリコン含有重合性単量体(a)およびトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)から誘導される構成単位の合計含有量は、5〜90質量%であることが好ましく、15〜80質量%であることがより好ましい。5質量%以上とすることで、樹脂の良好な加水分解性を確保できる傾向にあり、90質量%以下とすることにより、塗膜の十分な硬度を確保できる傾向にある。
[0131] また、上記シリコン含有重合性単量体(a)から誘導される構成単位とトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)から誘導される構成単位との加水分解性樹脂(i)における含有量の比率は、20/80〜80/20(質量比)の範囲とすることが好ましく、30/70〜70/30(質量比)の範囲とすることがより好ましい。」

(1g)
「[0146] 〔4〕その他の単量体成分(d)
加水分解性樹脂(i)は、上記シリコン含有重合性単量体(a)、トリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)および金属原子含有重合性単量体(c)以外のその他の単量体成分(d)から誘導される構成単位を含んでいてもよい。
[0147] その他の単量体成分(d)としては、・・・たとえば、メチル(メタ)アクリレート、・・・、2−メトキシエチル(メタ)アクリレート、・・・を挙げることができる。」

(1h)
「[0149] 〔熱可塑性樹脂および/または可塑剤(ii)〕
本発明の防汚塗料組成物は、上記加水分解性樹脂(i)とともに、熱可塑性樹脂および/または可塑剤(ii)を含有してもよい。・・・
[0150] 上記熱可塑性樹脂としては、たとえば、・・・ロジン、水添ロジン、ナフテン酸、脂肪酸およびこれらの2価金属塩・・・を挙げることができる。
[0151] 上記のなかでも、・・・特に、・・・ロジン・・・は、塗膜の可塑性および塗膜消耗量の調整に好適であることから、より好ましく用いることができる。」

(1i)
「[0157] 〔防汚剤〕
・・・防汚塗料組成物に、必要に応じて防汚剤を配合してもよい。・・・
[0158] 上記防汚剤の具体例を挙げれば、・・・亜酸化銅・・・を挙げることができる。・・・
[0159] 防汚剤の含有量は、上記加水分解性樹脂(i)ならびに熱可塑性樹脂および/または可塑剤(ii)(すなわち、加水分解性樹脂(i)、熱可塑性樹脂および可塑剤)の合計量100質量部に対して、20質量部以下とすることができる。・・・
[0160] 〔その他の添加剤〕
本発明の防汚塗料組成物は、上記以外のその他の添加剤を含有していてもよい。その他の添加剤としては、たとえば、顔料、溶剤、水結合剤、タレ止め剤・・・などを挙げることができる。
・・・
[0162] 溶剤としては、たとえば、トルエン、キシレン、エチルベンゼン・・・などを挙げることができる。」

(1j)
「[0166] <防汚塗膜および複合塗膜>
本発明の防汚塗膜は、上記防汚塗料組成物を、常法に従って被塗物の表面に塗布した後、必要に応じて常温下または加熱下で溶剤を揮散除去することによって形成することができる。・・・被塗物としては、特に限定されず、たとえば、船舶;養殖を始めとする各種漁網およびその他の漁具;港湾施設;オイルフェンス;発電所等の取水設備;冷却用導水管等の配管;橋梁;浮標;工業用水系施設;海底基地等の水中構造物などを挙げることができる。本発明の防汚塗料組成物を用いて形成された防汚塗膜は、高い長期防汚性を有するとともに、耐クラック性に優れている。」

(1k)
「[0171] (製造例S1:加水分解性樹脂組成物S1の調製)
攪拌機、冷却機、温度制御装置、窒素導入管、滴下ロートを備えた4つ口フラスコに、キシレン70質量部を加え100℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート2質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後30分間保温した。その後、キシレン30質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1.5時間保温することにより、ワニスAを得た。得られたワニスA中の固形分は50.1質量%・・・であった。以下の実施例では、このワニスAをそのまま加水分解性樹脂組成物S1として用いた。
[0172] (製造例S2:加水分解性樹脂組成物S2の調製)
上記製造例S1と同様の反応容器に、キシロール80質量部を加え100℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後30分間保温した。その後、キシレン20質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1.5時間保温することにより、ワニスBを得た。得られたワニスB中の固形分は49.7質量%・・・であった。以下の実施例では、このワニスBをそのまま加水分解性樹脂組成物S2として用いた。」

(1l)
「[0187] (製造例T1:加水分解性樹脂組成物T1の調製)
上記製造例S1と同様の反応容器に、キシロール80質量部を加え100℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート2質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後1時間保温した。その後、キシレン20質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1.5時間保温することにより、ワニスJを得た。得られたワニスJ中の固形分は50.0質量%・・・であった。・・・以下の比較例では、このワニスJをそのまま加水分解性樹脂組成物T1として用いた。
[0188] (製造例T2:加水分解性樹脂組成物T2の調製)
上記製造例S1と同様の反応容器に、キシロール50質量部およびn−ブタノール40質量部を加え110℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート2質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後30分間保温した。その後、キシレン10質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1時間保温することにより、ワニスKを得た。得られたワニスK中の固形分は50.5質量%・・・であった。・・・以下の比較例では、このワニスKをそのまま樹脂組成物T2として用いた。」

(1m)
[0193] 表1に、ワニスA〜Mの調製に用いたモノマーの使用量(仕込み量)、ワニスの固形分および粘度をまとめた。
[0194]
[表1]


[0195] 表1に示される商品名および略号は下記のとおりである。・・・
(1)FM−0711(商品名、チッソ(株)品):上記一般式(I’)中、m=0、b=3、n=10、R1〜R5およびR31がメチル基であるシリコン含有重合性単量体。
(2)FM−0721(商品名、チッソ(株)品):上記一般式(I’)中、m=0、b=3、n=65、R1〜R5およびR31がメチル基であるシリコン含有重合性単量体。
(3)X−22−174DX(商品名、信越化学(株)品):上記一般式(I’)中、m=0、b=3、R1〜R4およびR31がメチル基であり、R5がメチル基またはn−ブチル基であるシリコン含有重合性単量体(官能基当量4600g/mol)。
・・・
(6)FM−7711(商品名、チッソ(株)品):上記一般式(III’)中、qおよびs=0、fおよびg=3、r=10、R9〜R12、R33およびR34がメチル基であるシリコン含有重合性単量体。
(7)FM−7721(商品名、チッソ(株)品):上記一般式(III’)中、qおよびs=0、fおよびg=3、r=65、R9〜R12、R33およびR34がメチル基であるシリコン含有重合性単量体。
(8)X−22−164A(商品名、信越化学(株)品):上記一般式(III’)中、qおよびs=0、fおよびg=3、R9〜R12、R33およびR34がメチル基であるシリコン含有重合性単量体(官能基当量860g/mol)。
(9)X−22−164C(商品名、信越化学(株)品):上記一般式(III’)中、qおよびs=0、fおよびg=3、R9〜R12、R33およびR34がメチル基であるシリコン含有重合性単量体(官能基当量2370g/mol)。
・・・
(11)TIPSA:アクリル酸トリイソプロピルシリル。
(12)AA:アクリル酸。
(13)MMA:メタクリル酸メチル。
(14)EA:アクリル酸エチル。
・・・
[0196] <実施例1〜21、比較例1〜8>
表2および3の配合(質量部)に従い、上記製造例S1〜S9およびT1〜T4で得られた加水分解性樹脂組成物または樹脂組成物S1〜S9およびT1〜T4、ならびに表2および3に示すその他の成分を使用して、高速ディスパーにて混合することにより、防汚塗料組成物を調製した。
[0197]
[表2]


[0198]
[表3]


[0199]
表2および3に記載の各成分の詳細は以下のとおりである。
〔1〕亜酸化銅:NCテック(株)製「NC−301」。
・・・
〔7〕酸化チタン:デュポン(株)製「TI−PURE R−900」。
・・・
〔9〕アゾ系赤顔料:富士色素(株)製「FUJI FAST RED 2305A」。
・・・
〔14〕熱可塑性樹脂3:ロジン(荒川化学工業(株)製「WWロジン」)。
・・・
〔18〕可塑剤3:TCP(トリクレジルホスフェート)(大八化学工業(株)製「TCP」)。
・・・
〔21〕沈降防止剤:楠本化成(株)製「ディスパロン A600−20X」。

(1n)
「[0200] 得られた上記各防汚塗料組成物から形成される防汚塗膜について、下記評価方法に従って長期防汚性、・・・、耐クラック性、・・・を評価した。評価結果を表4および5に示す。
[0201]
(1)長期防汚性
得られた防汚塗料組成物を、あらかじめ防錆塗料が塗布されたブラスト板に乾燥膜厚が300μmとなるように塗布し、2昼夜室内に放置することにより乾燥させて、防汚塗膜を有する試験板を得た。得られた試験板を、岡山県玉野市にある日本ペイントマリン社臨海研究所設置の実験用筏で生物付着試験を行ない、防汚性を評価した。表中の月数は筏浸漬期間を示す。また、表中の数値は、生物付着面積の塗膜面積に占める割合(%)(目視判定)を示しており、15%以下を合格とした。
・・・
[0203] (3)耐クラック性
(a)海水浸漬に対する耐クラック性(海水浸漬後の塗膜状態の評価)
上記長期防汚性試験における筏浸漬期間6ヶ月の試験板の塗膜状態を目視およびラビングで観察し、評価した。クラックが確認されなかったものをAとし、クラックが確認されたものをBとした。
[0204] (b)乾湿繰り返しに対する耐クラック性(乾湿交番試験)
得られた防汚塗料組成物を、あらかじめ防錆塗料が塗布されたブラスト板に乾燥膜厚が300μmとなるように塗布し、2昼夜室内に放置することにより乾燥させて、防汚塗膜を有する試験板を得た。得られた試験板を、40℃の海水に1週間浸漬した後、1週間室内乾燥を行ない、これを1サイクルとした乾湿交番試験を最大20サイクルまで実施した。途中で塗膜にクラックが発生した場合は、クラックが発生した時点で試験を終了し、その時点でのサイクル数を表に記載した。20サイクル行なってもクラック発生がないものをAとした。
・・・
[0207]
[表4]


[0208]
[表5]


[0209] ・・・実施例の防汚塗料組成物から得られる防汚塗膜は長期防汚性、・・・および耐クラック性に優れている。・・・さらに、加水分解性樹脂組成物T1を用いた比較例1および5の塗膜は、耐クラック性に劣っていた。」

(1o) 請求の範囲
[請求項1] 下記一般式(I)、(II)、(III)および(IV)で示される基からなる群から選択される少なくとも1種のシリコン含有基と、下記一般式(V)で示されるトリオルガノシリルオキシカルボニル基とを有する加水分解性樹脂を含有する防汚塗料組成物。
[化1]


[上記一般式(I)中、aおよびbは、それぞれ独立して2〜5の整数を表し、mは0〜50の整数、nは3〜80の整数を表す。R1〜R5は、それぞれ独立してアルキル基、アルコキシ基、フェニル基、置換フェニル基、フェノキシ基または置換フェノキシ基を表す。]
[化2]


[上記一般式(II)中、cおよびdは、それぞれ独立して2〜5の整数を表し、pは0〜50の整数を表す。R6、R7およびR8は、それぞれ独立してアルキル基、RaまたはRbを表す。
ここで、Raは、
[化3]


(式中、xは0〜20の整数を表す。R23〜R27は、同一または異なって、アルキル基を表す。)であり、
Rbは、
[化4]


(式中、yは1〜20の整数を表す。R28およびR29は、同一または異なって、アルキル基を表す。)である。]
[化5]


[上記一般式(III)中、e、f、gおよびhは、それぞれ独立して2〜5の整数を表し、qおよびsは、それぞれ独立して0〜50の整数を表し、rは3〜80の整数を表す。R9〜R12は、それぞれ独立してアルキル基、アルコキシ基、フェニル基、置換フェニル基、フェノキシ基または置換フェノキシ基を表す。]
[化6]


[上記一般式(IV)中、i、j、kおよびlは、それぞれ独立して2〜5の整数を表し、tおよびuは、それぞれ独立して0〜50の整数を表し、vおよびwは、それぞれ独立して0〜20の整数を表す。R13〜R22は、同一または異なって、アルキル基を表す。]
[化7]


[上記一般式(V)中、R40、R41およびR42は、同一または異なって、炭素数1〜20の炭化水素残基を表す。]

・・・
[請求項3] 前記加水分解性樹脂は、下記一般式(I’)で示される単量体(a1)、下記一般式(II’)で示される単量体(a2)、下記一般式(III’)で示される単量体(a3)および下記一般式(IV’)で示される単量体(a4)からなる群から選択される少なくとも1種のシリコン含有重合性単量体(a)から誘導される構成単位と、下記一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)から誘導される構成単位とを含む請求の範囲第1項に記載の防汚塗料組成物。
[化10]


[上記一般式(I’)中、R31は水素原子またはメチル基を表し、a、b、m、nおよびR1〜R5は、前記と同じ意味を表す。]
[化11]


[上記一般式(II’)中、R32は水素原子またはメチル基を表し、c、d、pおよびR6〜R8は、前記と同じ意味を表す。]
[化12]


[上記一般式(III’)中、R33およびR34は水素原子またはメチル基を表し、e、f、g、h、q、r、sおよびR9〜R12は、前記と同じ意味を表す。]
[化13]


[上記一般式(IV’)中、R35およびR36は水素原子またはメチル基を表し、i、j、k、l、t、u、v、wおよびR13〜R22は、前記と同じ意味を表す。]
[化14]


[上記一般式(V’)中、R43は水素原子またはメチル基を表し、R40〜R42は、前記と同じ意味を表す。]

2 甲2の記載事項
甲2には次の記載がある。

(2a)
「【請求項1】トリイソプロピルシリルメタクリレートから誘導される成分単位(1)と、メトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位(2)と、重合性二重結合を有する重合性モノマー(ただし、トリイソプロピルシリルメタクリレートおよびメトキシエチル(メタ)アクリレートを除く。)から誘導される成分単位(3)とを含有するシリルメタクリル系共重合体(A)・・・を含有し、銅および銅化合物を含有しないことを特徴とする防汚塗料組成物。」

(2b)
「【0011】
・・・防汚塗料組成物に用いられるトリオルガノシリル基を含有する加水分解型樹脂としては、トリイソプロピルシリルアクリレート(TIPSA)またはトリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を(共)重合してなるものが知られている。
【0012】
亜酸化銅等の銅化合物を含有しない塗料組成物から形成された塗膜は、耐水性が低いため、樹脂自体の耐水性が低いトリイソプロピルシリルアクリレート(TIPSA)を(共)重合した樹脂を含む塗料から形成された塗膜には、早期にクラックが発生し、塗膜消耗性も急激に上昇しその制御が困難であるという問題がある。・・・
【0013】
一方、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を(共)重合した樹脂は、トリイソプロピルアクリレート(TIPSA)を(共)重合した樹脂と比較して、樹脂自体の耐水性が良好である。このため、亜酸化銅等の銅化合物を含有しない塗料組成物から形成された塗膜であっても、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を共重合した樹脂が用いられる場合には、樹脂自体の優れた耐水性により、クラックが発生し難く、安定した消耗性を発現することができる。
【0014】
しかしながら、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を(共)重合した樹脂を用いると、塗膜の消耗性が低くなり、また樹脂のガラス転移温度が高いため塗膜の柔軟性がやや不足しており、塗膜にクラックが発生することがある。」

(2c)
「【0017】
本発明者らは、鋭意研究した結果、トリオルガノシリル基を含有する加水分解性樹脂であるTIPSMAの(共)重合体において、さらにメトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させることで、この樹脂を含む防汚塗料組成物から形成される塗膜の消耗性および柔軟性を向上させ、かつ防汚塗料組成物に含まれる有機防汚剤としては4−ブロモ−2−(4−クロロフェニル)−5−(トリフルオロメチル)−1H−ピロール−3−カルボニトリル(商品名エコネア)を使用することにより、樹脂の過度の加水分解が抑えられ、かつ良好な防汚性能が発揮され、以って上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。」

(2d)
「【0034】
・・・シリルメタクリル系共重合体が上記のとおりメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位(2)を含むことで、防汚塗料組成物から形成される塗膜の消耗安定性および柔軟性が向上する。なお、メトキシエチル(メタ)アクリレートとは、特に断りのない限り2−メトキシエチル(メタ)アクリレートを意味することが技術常識であり、本明細書でもその意味で用いられている。
【0035】
シリルメタクリル系共重合体(A)は、メトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位(2)を、塗膜の消耗安定性および柔軟性の観点からは好ましくは15重量%以上、より好ましくは20重量%以上の量で含有し、塗膜の耐水性低下によるクラック発生を防ぐ観点からは好ましくは40重量%以下、より好ましくは30重量%以下の量で含有する。」

(2e)
「【0041】
なお、本発明に係る防汚塗膜にクラックが発生することを防ぐ観点から、シリルメタクリル系共重合体(A)は、好ましくは、トリイソプロピルシリルアクリレートから誘導される成分単位を含まず、含むとしてもその割合は、好ましくは10重量%以下、より好ましくは1重量%以下、さらに好ましくは0.1重量%以下である。」

(2f)
「【0098】
(5)塗膜の耐クラック性(塗膜外観)
・・・
【0099】
得られた防汚塗膜付試験板を、50℃人工海水および真水に浸漬し、浸漬後から1月毎に、塗膜のクラックを以下の評価基準で評価した。
【0100】
[評価基準]
防汚塗膜付試験板の防汚塗膜面のクラックの度合いを目視で観察し、JIS K5600−8−4に準拠して、以下のようにクラックの度合い(割れの量)の等級付けを行った。
評価点(RN) 割れの量の等級
0 : なし
1 : 密度1
2 : 密度2
3 : 密度3
【0101】
(6)塗膜の消耗性
・・・
【0102】
得られた試験板を、回転ドラムに取り付け、該回転ドラムを海水中に浸漬して、海水温度25℃の条件下で周速15ノットで回転させ、1ヶ月毎に消耗膜厚を測定した。表3、4に、浸漬開始時からの積算塗膜消耗量を示す。
【0103】
(7)耐フジツボ性試験(塗膜の静置防汚性試験)
・・・
【0105】
得られた防汚塗膜付試験板を、長崎県長崎湾内に静置浸漬し、浸漬後から1月毎に、試験板の防汚塗膜の全面積を100%とした場合における水棲生物(フジツボ等)が付着している部分の面積(付着面積)の比率(%)を測定し、下記評価基準に基づいて静置防汚性を評価した。
【0106】
[評価基準]
0 :付着面積が0%である。
0.5:付着面積が0を超え〜10%未満である。
1 :付着面積が10〜20%未満である。
2 :付着面積が20〜30%未満である。
3 :付着面積が30〜40%未満である。
4 :付着面積が40〜50%未満である。
5 :付着面積が50〜100%である。
【0107】
(8)耐スライム性試験(塗膜の動的防汚性試験)
・・・
【0109】
得られた防汚塗膜付試験板を、広島県呉市に設置した海水ローター試験機に取り付け、周速10ノットで回転させ、浸漬後から1ケ月毎に、試験板の防汚塗膜の全面積を100%とした場合における水棲生物(スライム)が付着している部分の面積(付着面積)の比率(%)を測定し、下記評価基準に基づいて動的防汚性を評価した。
【0110】
[評価基準]
0 :付着面積が0%である。
0.5:付着面積が0を超え〜10%未満である。
1 :付着面積が10〜20%未満である。
2 :付着面積が20〜30%未満である。
3 :付着面積が30〜40%未満である。
4 :付着面積が40〜50%未満である。
5 :付着面積が50〜100%である。」

(2g)
「【0111】
[製造例1]
攪拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管および滴下ロートを備えた反応容器に、キシレン53重量部を仕込み、窒素雰囲気下で、キシレンを攪拌機で攪拌しながら、常圧下に、反応容器内のキシレンの温度が85℃になるまで加熱した。反応容器内のキシレンの温度を85℃に維持しながら、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA) 45重量部、メトキシエチルメタクリレート(MEMA) 35重量部、メチルメタクリレート(MMA) 15重量部およびブチルアクリレート(BA)5重量部のモノマー混合物と2,2´-アゾビス(2−メチルブチロニトリル)(AMBN) 1重量部とからなる混合物を、滴下ロートを用いて2時間かけて反応容器内に添加した。
【0112】
次いで、さらに反応容器内にt−ブチルパーオキシオクトエート 0.5重量部を加え、常圧下に、反応容器内の液温を85℃に保持しながら、攪拌機で反応容器内の液の攪拌を2時間続けた後、反応容器内の液温を85℃から110℃に上げて1時間保持し、次いで反応容器内にキシレン 14重量部を加えて、反応容器内の液温を低下させ、液温が40℃になった時点で攪拌を止めて、シリルメタクリレート共重合体(共重合体(A1))を含む共重合体溶液(A1)を調製した。
共重合体(A1)および共重合体溶液(A1)の評価結果を表1に示す。
【0113】
[製造例2〜13]
製造例1において使用されたモノマー混合物の代わりに、表1に示される組成を有するモノマー混合物を使用したことを除いては、製造例1と同様にして、シリル(メタ)アクリレート共重合体を含むシリル(メタ)アクリレート(共)重合体溶液を調製し、評価した。その結果を表1に示す。・・・
【0114】
【表1】



(2h)
【0115】
[実施例1]
<防汚塗料組成物の調製>
ポリ容器(容量:1000ml)に、溶剤としてキシレン 15重量部、ロジン 6重量部、共重合体溶液(A1) 28重量部を添加し、ペイントシェーカーでロジンが溶解するまで分散させた。
【0116】
次いで、同じポリ容器に、エコネア 5重量部、ディスパロン4200-20X 0.5重量部、ディスパロン603-20X 0.5重量部、焼石膏FT−2 1.5重量部、タルクFC−1 8重量部、カリ長石 8重量部、酸化亜鉛 26重量部、ベンガラ404 1重量部、ノバパームレッドF5RK 0.5重量部をさらに添加して、ペイントシェーカーを用いて1時間攪拌してこれらの成分を分散させた。
【0117】
得られた分散体を濾過網(目開き:80メッシュ)で濾過して、残渣を除いて濾物(塗料組成物1)を得た。」
【0118】
[実施例2〜16および比較例1〜14]
配合成分を表3、4に示されるように変更したことを除いては実施例1と同様にして、塗料組成物を調製し、評価した。その結果を表3、4に示す。
・・・
【0120】
【表3】


【0121】
【表4】



3 甲3の記載事項
甲3には次の記載がある。

(3a)
「【請求項1】
(a)一般式(1):
【化1】

(式中、R1は、相互に同一または異なって、炭素数3〜6の分岐アルキル基またはフェニル基から選ばれる基である)で表わされるメタクリル酸トリ有機ケイ素エステル単量体から選択される少なくとも1種の単量体30〜60重量部と、(b)下記一般式(2):
【化2】

(式中、R2は炭素数2〜4のアルキレン基であり、R3はメチル基またはエチル基である)で表わされるメタクリル酸アルコキシアルキルエステル単量体から選択される少なくとも1種の単量体30〜60重量部と、(c)前記メタクリル酸トリ有機ケイ素エステルおよびメタクリル酸アルコキシアルキルエステルと共重合可能なエチレン性不飽和単量体から選択される少なくとも1種の単量体0〜40重量部よりなる単量体混合物(ただし、前記単量体(a)、(b)または(c)の重量部は、単量体(a)、(b)および(c)の合計量100重量部に対する値である)から得られる共重合体を、ビヒクルとして含有することを特徴とする防汚塗料組成物。」

(3b)
「【0005】
また、分岐アルキル基および/またはフェニル基からなるトリ有機ケイ素エステル含有単量体を使用した共重合体の場合は、分岐アルキル基やフェニル基の立体障害が大きいことから、加水分解速度は遅くなるが、疎水性が強いため、メタクリル酸メチルやアクリル酸ブチルなどの一般的な疎水性の単量体との共重合体では、初期の塗膜溶解速度が小さく、初期の防汚効果が劣る等の問題があり、船底塗料への実用化は難しかった。
・・・
【0007】
また、トリ有機ケイ素エステル基含有単量体とアルコキシアルキル基またはアルキル(ポリ)アルキレングリコール基含有単量体との共重合体(特許文献8〜19)が提案されている。これらの共重合体は、1年〜1.5年の期間であれば、安定した塗膜溶解速度を示し、船底塗料への実用化が可能になったが、トリ有機ケイ素エステル基含有単量体が、アクリル酸トリ有機ケイ素エステルを用いた共重合体を用いた防汚塗料では、海水中で長期期間経過すると、次第に塗膜溶解量が大きくなり、設計より早く溶解してしまう欠点があった。
・・・
【0009】
前記従来技術に鑑みて、本発明は塗膜の耐水性がよく、塗膜溶解速度が長期間安定であり、設計通りの防汚効果を長期間維持できる、特に船底塗料として好ましい防汚塗料組成物を提供すること課題とする。
【0010】
そこで、本発明者は、鋭意研究の結果、加水分解速度の遅い分岐アルキル基および/またはフェニル基からなるメタクリル酸トリ有機ケイ素エステル単量体と、親水性の穏やかなメタクリル酸アルコキシアルキルエステルとを共重合モノマーとした共重合体をビヒクルとして用いることにより、耐水性がよく、長期間安定した塗膜溶解速度を示す防汚塗料が得られることを見出し、本発明を完成した。」

(3c)
「【0016】
・・・得られる塗膜は耐水性が良好であり、かつ長期間安定した塗膜溶解速度を持続するという特徴を有し、そのため長期間海水中に浸漬されても、ハガレ、クラックなどが発生せず塗膜物性が良好であり、かつ膜厚設計が容易で、長期に渡って防汚効果を発揮する。」

(3d)
「【0024】
本発明において、一般式(2)で表わされるメタクリル酸アルコキシアルキルエステル単量体(b)の使用割合は、前記単量体(a)、(b)および(c)の合計量100重量部に対して、30〜60重量部の範囲が好ましい。単量体(b)の使用割合が前記範囲未満になると防汚塗膜の海水中への溶解性が低下し、一方前記範囲を超えると防汚塗膜の耐水性が低下し、塗膜の膨潤、ハガレなどを生じる。」

(3e)
「【0040】
共重合体の製造
製造例1
温度計、還流冷却器、撹拌機および滴下ロートを備えた1000mlのフラスコに、キシレン350gを仕込んだ後、窒素雰囲気下で85〜90℃に昇温し、撹拌しながらトリイソプロピルシリルメタクリレート250g、メチルメタクリレート25g、n−ブチルアクリレート50g、2−メトキシエチルメタクリレート175g、および2,2′−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)4gの混合液を85〜90℃に保ちながら滴下した。滴下後85〜90℃で2時間重合反応後、AIBNの2gを添加し、さらに2時間重合反応を行なった後、後添加キシレン150gを添加して溶解し、共童合体溶液A−1を得た。・・・
【0041】
製造例2〜7、比較製造例1〜4
表1に示す有機溶剤、単量体および重合開始剤を用いて、製造例1と同様の操作(ただし、開始剤がベンゾイルパーオキサイドの場合は、反応温度100〜105℃)で重合を行ない、共重合体溶液A−2〜A−7と比較共重合体溶液H−1〜H−4を得た。得られた各共重合体溶液の粘度、加熱残分および重量平均分子量を測定した。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
防汚塗料組成物の調製
実施例1〜8、比較例1〜4
製造例1〜7で得た共童合体溶液A−1〜A−7を用いて本発明の防汚塗料組成物を、また、比較製造例1〜4で得た共童合体溶液H−1〜H−4を用いて比較防汚塗料組成物を、表2に示す配合により調製した。
【0044】
【表2】


【0045】
性能試験
(1)塗膜の溶解性試験
・・・防汚塗料組成物を塗布した試験板を上記装置の回転ドラムの外周に海水と接触するように固定して、20ノットの速度で2年間海水中で回転させた。その期間中海水の温度は25℃に、pHは8.0〜8.2に保ち、1週間毎に海水を入れ換えた。各塗布試験板の初期の膜厚と実験開始から所定の期間経過後の残存膜厚を測定し、その差から溶解した塗膜厚さを計算した。・・・
【0046】
【表3】


【0047】
(2)塗膜の耐水性試験
・・・この試験片を30℃の海水に浸漬し6ヶ月毎に塗膜状態を観察し、下記の基準により評価した。結果を表4に示す。
:塗膜にクラック、剥がれなどが発生せず
×:塗膜にクラック発生
【0048】
【表4】



【0049】
防汚試験
・・・この試験板を三重県尾鷲市の尾鷲湾の海面下1.5mに浸潰して付着生物による試験板の汚損を2年間観察した。この結果を表5に示す。なお、表5中の数字は汚損生物の付着面積%を表わす。
【0050】
【表5】



4 甲4の記載事項
甲4には次の記載がある。

(4a)
「[0032]特に、単量体(c)としては、塗膜物性の観点/理由から、(メタ)アクリレートが好ましく、メチルメタクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2−メトキシエチル(メタ)アクリレート等がより好ましい。」

(4b)
「[0086]<<製造例6(共重合体溶液A−1)>>
温度計、還流冷却器、撹拌機及び滴下ロートを備えたフラスコに、キシレン30g、プロピレングリコールモノメチルエーテル(PGM) 30gを仕込み、窒素雰囲気下、85±5℃で攪拌しながら、トリイソプロピルシリルアクリレート15g、単量体(b)−1含有溶液を16.7g(このうち、単量体(b)−1は5g)、メチルメタクリレート50g、n−ブチルアクリレート20g、2−メトキシエチルアクリレート5g、2−メトキシエチルメタクリレート5g、及び1,1,3,3−テトラメチルブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート4g(初期添加)の混合液を3時間かけて滴下した。その後同温度で2時間攪拌を行った後、1,1,3,3−テトラメチルブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1g(後添加)を1時間毎に3回添加して重合反応を完結した後、キシレン38gを添加し溶解させることにより、共重合体溶液A−1を得た。・・・
[0087]<<製造例7〜18、比較製造例1〜10(共重合体溶液A−2〜A−13、B−1〜B−10)>>
表1〜表2に示す有機溶剤、単量体及び重合開始剤を用いて、製造例6と同様の操作で重合反応を行うことにより、共重合体溶液A−2〜A−10を得た。・・・
[0088]
[表1]


(4c)
「[0090]<実施例1〜22及び比較例1〜10(塗料組成物の製造)>
表3〜表5に示す成分を表3〜表5に示す割合(質量%)で配合し、直径1.5〜2.5mmのガラスビーズと混合分散することにより塗料組成物を製造した。
[0091]
[表3]


(4d)
「[0101]<<試験例4(ロータリー試験)>>
・・・
作製した試験板のうちの一枚を上記装置の回転装置の回転ドラムに海水と接触するように固定して、20ノットの速度で回転ドラムを回転させた。その間、海水の温度を25℃、pHを8.0〜8.2に保ち、一週間毎に海水を入れ換えた。
各試験板の初期と試験開始後3ヶ月毎の残存膜厚をレーザーフォーカス変位計で測定し、その差から溶解した塗膜厚を計算することにより1ヶ月あたりの塗膜溶解量(μm/月)を得た。・・・
また、ロータリー試験終了後(24ヶ月後)の試験板を乾燥後、各塗膜表面を肉眼観察し、塗膜の状態を評価した。
[0102]評価は以下の方法で行った。
◎:全く異常のない場合
○:僅かにヘアークラックが見られるもの
△:塗膜全面にヘアークラックが見られるもの
×:大きなクラック、ブリスター又はハガレなどの塗膜に異常が見られるもの
[0103]<<試験例5(防汚試験)>>
・・・この試験板を三重県尾鷲市の海面下1.5mに浸漬して付着物による試験板の汚損を24ヶ月観察した。
[0104] 評価は、塗膜表面の状態を目視観察することにより行い、以下の基準で判断した。
◎:貝類や藻類などの汚損生物の付着がなく、かつ、スライムも殆ど付着していないレベル
○:貝類や藻類などの汚損生物の付着がなく、かつ、スライムが薄く(塗膜面が見える程度)付着しているものの刷毛で軽く拭いて取れるレベル
△:貝類や藻類などの汚損生物の付着はないが、スライムが薄く(塗膜面が見える程度)付着しており刷毛で強く拭いて取れないレベル
×:貝類や藻類などの汚損生物の付着はないが、スライムが塗膜面が見えない程度に厚く付着しており刷毛で強く拭いても取れないレベル
××:貝類や藻類などの汚損生物が付着しているレベル
[0105]
[表6]



5 甲5の記載事項
甲5には次の記載がある。

(5a)
「【0125】
(海水中での防汚性の測定(イカダ試験))
本発明のポリマー調合物の海洋生物に対する防汚効果が、Oslofjord外域(Sandefjord、Norway)で静的暴露試験に供された。
【0126】
この試験のために、塩化ビニル(PVC)試験板(150×75×3mm)が用いられた。試験板は、市販のプライマー(Vinyguard Silvergrey 88、Jotun)を用いて事前に塗布された。前記防汚塗料が、乾燥皮膜として100〜150μmに対応する厚みで試験板に塗布された。防汚塗料を塗布した後、試験板は少なくとも48時間乾燥され、フレームに取り付けられて、1mの深度の海水中に半年間浸漬された。
【0127】
海水暴露終了後、この塗料は、その防汚性の大きさ、即ち試験板上の粘泥、藻類及び動物の量について評価された。防汚性評価値100は、汚損がないことを表し、一方0は、試験板が完全に汚損されたことを表す。以下の記号を用いて塗料の防汚性が分類/評価された。
評価 防汚性
97〜100 優れている
90〜96 非常に良好
71〜89 良好
0〜70 不良
海水中の防汚性評価の結果は、表4〜5に掲載されている。」

(5b)
「【0128】
(ポリマー実施例)
(ポリマーAの製造)
溶媒LA1が、攪拌器、温度計、添加ロート及び冷却器付の5頚フラスコに注入され、反応温度に加熱された。表1に掲載された所望の組成に対応して、モノマーMA1〜MA8と溶媒LA2及び開始剤IA1との混合物が、3時間にわたり滴状に添加され、この間、温度は反応温度に維持された。添加が完了した後、30分間攪拌が続けられた。次に、開始剤IA2及び溶媒LA3の混合物が、30分間にわたり添加された。引き続き、さらに30分間攪拌が続けられた。
【0129】
反応混合物の組成(重量%)及び実施例A1〜A4の測定された特性が、表1に掲載されている。
・・・
【0134】
表1:ポリマーAを製造するための反応混合物の組成及び反応条件並びにポリマーAの測定された特性




(5c)
「【0137】
(塗料実施例)
全ての塗料は、表4〜5に重量%で表された組成を有する、実施例M1〜M45及びS1〜S3に従って製造された。
・・・
【0148】
表4:塗料の組成









6 甲6の記載事項
甲6には次の記載がある。

(6a)
「【請求項1】
(A)(a)一般式(1):
【化1】

(式中、R1、R2及びR3は、それぞれ同一又は異なって、炭素数3〜6のα位が分岐したアルキル基若しくはフェニル基を示す)で表わされるメタクリル酸トリオルガノシリルエステル単量体と、
(b)下記一般式(2):
【化2】

(式中、R4は炭素数2〜4のアルキレン基を示す)で表わされるメタクリル酸メトキシアルキルエステル単量体との混合物から得られるトリオルガノシリルエステル含有共重合体であって、
該混合物中における該単量体(a)の含有量が45〜65重量%であり、且つ、該混合物中における該単量体(a)と該単量体(b)との合計含有量が80重量%以上であるトリオルガノシリルエステル含有共重合体、並びに
(B)ロジン銅塩及びロジン誘導体の銅塩から選ばれる少なくとも1種の銅塩
を含有することを特徴とする防汚塗料組成物。」

(6b)
「【0039】
前記単量体(b)としては、例えば、メタクリル酸2−メトキシエチル、2−メタクリル酸メトキシプロピル及びメタクリル酸4−メトキシブチル等が挙げられる。特に好ましくは、メタクリル酸2−メトキシエチルである。」

(6c)
「【0120】
製造例1(共重合体溶液(A)、S−1の製造)
温度計、還流冷却器、撹拌機及び滴下ロートを備えた1000mlのフラスコに、キシレン230gを仕込んだ後、窒素雰囲気下、100±2℃で攪拌しながら、メタクリル酸トリイソプロピルシリル230g、メタクリル酸メトキシエチル210g、メタクリル酸メチル30g、アクリル酸エチル30g、及びt-ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート4g(初期添加)の混合液を1時間かけて滴下した。滴下後、100±2℃で2時間重合反応を行った。次いで、反応液を100±2℃にて攪拌しながら、t-ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1g(後添加)を2時間毎に3回添加して重合反応を行った後、キシレン270gを添加し溶解させることにより、トリオルガノシリルエステル含有共重合体溶液S−1を得た。・・・
【0121】
製造例2〜6、比較製造例1〜4(共重合体溶液S−2〜6及び比較共重合体溶液H−1〜4の製造)
表1に示す有機溶剤、単量体及び重合開始剤を用いて、製造例1と同様の操作で重合反応を行うことにより、トリオルガノシリルエステル含有共重合体溶液S−2〜6及び比較共重合体溶液H−1〜4を得た。・・・
【0122】
【表1】




(6d)
「【0126】
実施例1、4、7、8及び比較例1〜4(塗料組成物の製造)
共重合体として、製造例1〜6で得た共重合体溶液S−1、S−2、S−4又は比較製造例1〜4で得た比較共重合体溶液H−1〜4を、ロジン銅塩類として、製造例7〜9で得たガムロジン銅塩、水添ロジン銅塩又は不均化ロジン銅塩のキシレン溶液(固形分約50%)を、亜酸化銅として、平均粒径3μm又は6μmの亜酸化銅を、更に、表2に記載の有機系防汚薬剤、顔料、添加物、溶剤を、表2に示す割合(重量部)で配合し、直径1.5〜2.5mmのガラスビーズと混合分散することにより塗料組成物を製造した。
【0127】
実施例2,3、5、6(塗料組成物の製造)
共重合体として、製造例2、3、5、6で得た共重合体溶液S−2、S−3、S−5、S−6を、ロジン類として、製造例8で得られた水添ロジン銅塩のキシレン溶液(固形分約50%)又は製造例9で得られた不均化ロジン銅塩のキシレン溶液(固形分約50%)を、更に、表2に記載の防汚薬剤、顔料、添加物、溶剤を、表2に示す割合(重量%)で配合し、直径1.5〜2.5mmのガラスビーズと混合分散し、得られた混合物に平均粒径13μm又は19μmの亜酸化銅を添加し攪拌羽にてゆっくりと攪拌することにより塗料組成物を調製した。
【0128】
【表2】




(6e)
「【0144】
試験例5(塗膜の耐水性試験)
・・・試験片を35℃の天然海水中に3ヶ月間、浸漬した後、塗膜の状態を肉眼観察により確認した。
【0145】
評価は以下の方法で行った。
【0146】
◎:塗膜に変化がないもの
○:わずかに変色したもの
△:わずかにブリスターが生じたもの
×:クラック、膨潤、剥離等の異常が確認できるもの
結果を表3に示す。
・・・

【0148】
【表3】




(6f)
「【0169】
試験例8(防汚試験)
・・・この試験板を三重県尾鷲市の海面下1.5mに浸漬して付着物による試験板の汚損を24ケ月観察した。
【0170】
結果を表6に示す。
【0171】
なお、表中の数字は汚損生物の付着面積(%)を表す。
・・・
【0173】
【表6】




7 甲7の記載事項
甲7には次の記載がある。

(7a)
「【請求項1】
次の一般式(a);
【化1】

により表される基を有する単量体(A)を含む単量体混合物の共重合体、及び2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノールを含有する共重合体組成物。
【請求項2】
単量体(A)が、トリイソプロピルシリルアクリレート及び/又はトリイソプロピルシリルメタクリレートである、請求項1記載の共重合体組成物。
【請求項3】
前記単量体混合物が、次の一般式(b);
【化2】

{式(b)中、R1は水素原子又はメチル基であり、R2は次の一般式(c);
【化3】

[式(c)中、nは1又は2である。]により示される基である}
により表される単量体(B)を含む、請求項1又は2記載の共重合体組成物。
【請求項4】
前記単量体混合物が、メチルメタクリレートを含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の共重合体組成物。」

(7b)
「【0015】
・・・これら単量体(A)のうち、防汚効果を有しつつ、耐水性、耐クラック性等の諸性能を有する共重合体を製造しやすい点から、トリイソプロピルシリル(メタ)アクリレートが好ましく、トリイソプロピルシリルメタクリレートが特に好ましい。
・・・
【0018】
上記一般式(b)により表される単量体(B)としては、具体的には、メトキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシジエチレングリコール(メタ)アクリレートが挙げられる。・・・これら単量体(B)のうち、塗膜に適度な硬さを付与する点及び塗膜に適度な親水性を付与し塗膜溶解速度の調節を容易とする点からメトキシエチル(メタ)アクリレートが好ましく、メトキシエチルメタクリレートが特に好ましい。
【0019】
上記単量体混合物における単量体(B)の使用割合は、塗料組成物の使用目的に応じて適宜設定できるが、一般には、上記単量体混合物における単量体(B)の使用割合は、上記単量体混合物に対して、好ましくは1〜95質量%であり、さらに好ましくは5〜90質量%であり、特に好ましくは5〜60質量%である。これら範囲は、塗膜に適度な親水性を付与し塗膜溶解速度の調節を容易とする点で意義がある。
【0020】
上記単量体混合物は、単量体(A)、単量体(B)の他に、単量体(A)及び単量体(B)以外のビニル系単量体(C)を含むことができる。・・・これらビニル系単量体(C)の中でも、塗膜に耐水性及び適度な硬さを付与する点から(メタ)アクリル酸エステルが好ましく、メチルメタクリレートがさらに好ましく、メチルメタクリレート及びn−ブチルメタクリレートを併用することが特に好ましい。」

(7c)
「【0052】
<実施例1>
攪拌機付きのフラスコに、表1の配合組成に準じて溶剤aとしてキシレンを40質量部仕込み、反応温度である140℃に昇温させた。そこへ、各単量体、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール、及び重合触媒aとしてパーブチルIを表1の配合組成に準じて混合した混合液を3時間で滴下した。次いで、滴下終了後同温度で30分間保持した。次いで、重合触媒bとしてパーブチルI 1質量部と溶剤bとしてキシレン10質量部との混合物を20分間で滴下し、さらに同温度で2時間攪拌を続けて重合反応を終了させた。その後、希釈溶剤としてキシレン47質量部を加えて希釈した後、室温に冷却し共重合体を得た。さらに、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノールを単量体混合物の質量に対して800ppm添加して均一に混合した後、共重合体組成物S1を得た。
・・・
【0054】
<実施例2〜12、比較例1〜5>
表1に示す各実施例、各比較例の配合組成、反応温度とした以外は、実施例1と同様にして、共重合体組成物S2〜S12、T1〜T5を得た。・・・
【0055】
【表1】



【0056】
【表2】




(7d)
「【0059】
<実施例13〜32>
各共重合体組成物S1〜S12を用いて、表2に示す配合組成(表中の数値は質量部)により、各成分を混合し、2,000rpmのホモミキサーで混合分散して、各種の防汚塗料組成物を調製した。調製した防汚塗料組成物を、耐黄変性試験、防汚性能試験、耐クラック性、耐剥離性、耐水性試験及び塗膜消耗試験に供した。試験結果を表4〜表10に示す。
【0060】
【表3】


【0061】
【表4】



(7e)
「【0067】
<防汚性能試験>
・・・この試験片を三重県尾鷲湾で48ヶ月間海水に浸漬させ、試験塗膜上の付着生物の占有面積(付着面積)の割合を経時的に測定した。
【0068】
<耐クラック性試験>
上記耐黄変性試験に供した試験板にて、塗膜表面でのクラックの有無を確認した。
◎:(合格)クラックが観察されなかった
○:(合格)微細なクラックが観察された
△:(不合格)明確なクラックが観察された
×:(不合格)下地に至るクラックが観察された」

(7f)
「【0074】
【表8】

・・・
【0076】
【表10】



8 甲8の記載事項
甲8には次の記載がある。

(8a)
「[0134] 製造例1(共重合体溶液A−1の製造)
温度計、還流冷却器、撹拌機及び滴下ロートを備えた1000mlのフラスコに、キシレン230gを仕込んだ後、窒素雰囲気下、100±2℃で攪拌しながら、メタクリル酸トリイソプロピルシリル270g、メタクリル酸メチル50g、メタクリル酸2−メトキシエチル130g、アクリル酸2−メトキシエチル30g、アクリル酸エチル20g、及びt−ブチルパーオキシ2−エチルヘキサノエート4g(初期添加)の混合液を1時間かけて滴下した。滴下後、100±2℃で2時間重合反応を行った。次いで、反応液を100±2℃の温度下で攪拌しながら、t−ブチルパーオキシ2−エチルヘキサノエート1g(後添加)を2時間毎に3回添加しで重合反応を行った後、キシレン270gを添加し溶解させることにより、トリオルガノシリルエステル含有共重合体溶液A−1を得た。・・・
[0135] 製造例2〜6(共重合体溶液A−2〜A−6の製造)
表1に示す有機溶剤、単量体及び重合開始剤を用いて、製造例1と同様の操作で重合反応を行うことにより、トリオルガノシリルエステル含有共重合体溶液A−2〜A−6を得た。・・・
[0136]
[表1]



(8b)
「[0148] 実施例1〜7及び比較例1〜5(塗料組成物の製造)
表2に示す成分を表2に示す割合(重量%)で配合し、直径1.5〜2.5mmのガラスビーズと混合分散することにより塗料組成物を製造した。
[0149]
[表2]



(8c)
「[0161] 試験例5(ロータリー試験)
・・・
[0164] 作製した試験板のうちの一枚を上記装置の回転装置の回転ドラムに海水と接触するように固定して、20ノットの速度で回転ドラムを回転させた。その間、海水の温度を25℃、pHを8.0〜8.2に保ち、一週間毎に海水を入れ換えた。
・・・
[0166] また、ロータリー試験終了後(24ヶ月後)の試験板を乾燥後、各塗膜表面を肉眼観察し、塗膜の状態を評価した。
[0167] 評価は以下の方法で行った。
◎:全く異常のない場合
○:僅かにヘアークラックが見られるもの
△:塗膜全面にヘアークラックが見られるもの
×:大きなクラック、ブリスター又はハガレなどの塗膜に異常が見られるもの
結果を表4に示す。
[0168]



(8d)
「[0171] 試験例6(防汚試験)
・・・この試験板を三重県尾鷲市の海面下1.5mに浸漬して付着物による試験板の汚損を24ケ月観察した。
[0172] 評価は、塗膜表面の状態を目視観察することにより行い、以下の基準で判断した。
◎:貝類や藻類などの汚損生物の付着がなく、かつ、スライムも殆どなし
○:貝類や藻類などの汚損生物の付着がなく、かつ、スライムが薄く(塗膜面が見える程度)付着しているものの刷毛で軽く拭いて取れるレベル
△:貝類や藻類などの汚損生物の付着はないが、スライムが薄く(塗膜面が見える程度)付着しており刷毛で強く拭いて取れないレベル
×:貝類や藻類などの汚損生物の付着はないが、スライムが塗膜面が見えない程度に厚く付着しており刷毛で強く拭いても取れないレベル
××:貝類や藻類などの汚損生物が付着しているレベル
結果を表5に示す。
・・・
[0175]



9 甲9の記載事項
甲9には次の記載がある。

(9a)
「【0114】
シリル(メタ)アクリレートモノマーの相対加水分解速度の測定法
本方法は、欧州特許第1238980号に記載された方法に基づく。これらの実験では、加水分解速度を低下させるため、水溶液を塩化水素無しで製造し、このためモノマー間の差別化が容易になった。
【0115】
標準溶液を各実験用に調製した。300μmの各構成成分を、内部標準としてのデカンを含め、正確に秤量し、ジクロロメタンを溶媒として用いて、容積測定ボトル中で25mLに希釈した。20mLの精留したエタノール(およそ95%エタノールおよび5%水)を、ねじ蓋付ガラス瓶に移した。500μLの標準溶液を添加し、該ガラス瓶を振とうした。1μLの混合溶液を直ちに抜き取り、GC−MSに注入した。混合から初回注入までの時間は90〜100秒であった。前回の注入が終わったとき、さらなる注入をオートサンプラーにより行った。実験番号1および3では、試料をDB−35msカラムで注入した。実験番号2では、試料をDB−5 UIカラムで注入した。異なるカラムを用いることにより、全モノマーおよびシラノール加水分解産物間の良好な分離を達成した。
【0116】
実験の結果を表1に示す。
【0117】
【表1】


【0118】
表1の結果は、相対加水分解速度が、n−ヘキシルジメチルシリルメタクリレート>>トリ(n−ブチル)シリルメタクリレート>>テキシルジメチルシリルアクリレート>トリイソプロピルシリルアクリレート>テキシルジメチルシリルメタクリレート>トリイソプロピルシリルメタクリレートであることを示す。」

10 甲10の1の記載事項
甲10の1には次の記載がある。
なお、甲10の1は、その各頁の上部に「色材, 48(1975)」と記載されていること、及び、甲10の2を合わせみれば、色材協会誌の、1975年、48巻、p.677−685であると確認できる。

(10a)
「(2)塗膜特性
メタクリル酸メチル系重合体は硬さ,耐水性は良好であるが,耐衝撃性,接着性,耐ヒートサイクル性に劣る。一方,アクリル酸エステル系重合体は耐衝撃性,接着性は良好であるが,硬さ,耐水性,耐薬品性に劣る。」(第678頁右欄第3行〜第7行)

11 甲11の記載事項
甲11には次の記載がある。

(11a)
「【請求項1】
つぎの一般式(1);

(式中、R1〜R3はいずれも炭素数1〜20の炭化水素基であつて、互いに同一の基であつても異なる基であつてもよい。Xはアクリロイルオキシ基、メタクリロイルオキシ基、マレイノイルオキシ基、フマロイルオキシ基またはイタコノイルオキシ基である。)で表される単量体Aと、つぎの一般式(2);
Y−(CH2CH2O)n−R4 …(2)
(式中、R4はアルキル基またはアリール基である。Yはアクリロイルオキシ基、メタクリロイルオキシ基、マレイノイルオキシ基、フマロイルオキシ基またはイタコノイルオキシ基である。nは1〜25の整数である。)で表される単量体Bとを含む単量体混合物の共重合体と、下記の構造式(3);
【化1】

で表されるトリフエニルボロンピリジンとを必須成分として含有し、樹脂成分および海棲生物付着阻害剤が金属を含まない重合体および金属を含まない有機系阻害剤のみで構成されてなる塗料組成物。」

(11b)
「【0063】
【表1】


【0064】 【表2】


【0065】製造例1〜5
攪拌機付きのフラスコに、つぎの表3の配合に準じて溶剤aを仕込み、所定の反応温度に昇温させ、攪拌しながら単量体A、単量体B、その他の単量体および重合触媒aの混合液をフラスコの中へ3時間で滴下し、滴下終了後同温度で30分間保持した。ついで、溶剤bと重合触媒bとの混合物を20分間で滴下し、さらに同温度で2時間攪拌を続けて重合反応を完結させた。最後に、希釈溶剤を加えて希釈し、各重合体溶液S1〜S5を得た。・・・
【0066】
【表3】





12 甲12の1の記載事項
甲12の1には次の記載がある。
なお、甲12の1は、その各頁の下部に「日本マリンエンジニアリング学会誌 第48巻 第3号(2013)」と記載されていること、及び、甲12の2を合わせみれば、日本マリンエンジニアリング学会誌、2013年、48巻、3号、p.294−299であると確認できる。

(12a)
「 2.1塗膜物性の改善・・・船舶は通常,定期的に船底防汚塗料の塗り替えを行うが,運行計画年数(ドックインターバル)が5年にわたる船舶もある.その間,船底防汚塗膜は海凄生物が付着しない一定の防汚剤量を,長期間に渡って徐放し,その機能を発揮させなければならない.しかし,ドックインターバルの長期化に伴い,航行条件や塗装仕様により,塗膜のワレや剥離が発生するケースも散見される.塗膜にワレなどが発生すると,その部分の摩擦抵抗が増加し,また剥離した箇所に海凄生物が付着しやすくなる.さらに,ワレや剥離が発生した箇所に対しては,塗膜除去などで多大な工数がかかってしまう.そのため,これまで培ってきた防汚性能を維持させつつ,基体樹脂組成の最適化検討を行い,シリルアクリレート系に代わる新規なシリルメタクリレート系加水分解型樹脂を開発し,防汚性と塗膜物性を両立させることに成功した(図2).」(第294頁右欄第17行〜第295頁左欄第11行)

13 甲13の1及び甲13の4の記載事項
(1)
甲13の1には次の記載がある。
なお、甲13の1は、関西ペイントマリン株式会社の「タカタクォンタム X−mile 001」という製品名の次世代型船底防汚塗料、等のカタログであり、また、当該製品がシリルメタクリレート系であるのに対し現行クォンタムがシリルアクリレート系であることなどの説明が記載されていると認められる。また、甲13の1の発行時期について、甲13の3(「タカタクォンタム X−mile 001」という製品名の船底防汚塗料等を、関西ペイント株式会社及びNKMコーティングス株式会社が新発売することに関する2011年5月17日付けのプレスリリース)、及び、甲13の4(関西ペイント及びNKMコーティングスが、新しくシリルメタクリレート樹脂を採用することで塗膜物性を向上した船底防汚塗料「タカタクォンタム X−mile(エックスマイル)」の販売を始めた旨の2011年6月18日発行の日本塗装時報の新聞記事)を合わせみれば、遅くとも、2011年6月18日であると確認できる。

(13a)
「 現行のタカタクォンタムシリーズはシリルアクリレート樹脂の採用で優れた防汚性・安定した消耗性・燃費低減効果などにおいて高い性能を有し、ご使用いただいた皆様に大きく貢献できたと自負しております。
シリルアクリレートは優れた樹脂ではありましたが、一部の条件下では加水分解が先行し、クラックやフレーキングが見られることがありました。これらの物理性能を解決するため、シリルメタクリレート樹脂を採用しバージョンアップすることに成功しました。」(2枚目、左上欄、7〜15行)

(13b)
「メタクリレート樹脂の採用
塗膜物性のさらなる安定化」(2枚目、右下欄)

(13c)


」(4枚目、上段)

(2)
甲13の4には次の記載がある。
(13d)
「船舶の燃費を大幅低減
関ペ「タカタクォンタム X−mile」
関西ペイントとNKMコーティングス(東京本田芳裕社長)は、船舶の年歩を大幅に低減する船底防汚塗料「タカタクォンタム X−mile(エックスマイル)の販売を始めた。
・・・
このたび開発された「X−mile」は、新しくシリルメタクリレート樹脂を採用することで塗膜物性を向上した」

14 甲14の1の記載事項
甲14の1には次の記載がある。
なお、甲14の1は、その奇数頁の上部に「色材, 68〔8〕(1995)」と記載されていること、及び、甲14の2を合わせみれば、色材協会誌の、1995年、68巻、8号、p.502−513であると確認できる。

(14a)
「 3.付着に及ぼす要因とその影響
・・・
3.3.環境(特に水分の影響)
塗膜の暴露,とくに高温高湿下に放置すると著しく付着性が低下する。水分による付着性の低下は,付着性の良好なエポキシ樹脂系塗膜についても図−14および熱硬化性アクリル樹脂塗料の図−15のように顕著に認められている。これは水分子が塗膜中に拡散,これを膨潤しさらに浸透して塗膜/素地界面に凝集し付着活性点を失活させるためであろう。漆器類を水中に入れておいても漆は耐水性に優れており付着性は低下しなかったが,一般に塗膜の付着性の経時変化は次の名言で要約できる。”付着とは水とのたたかいであり,付着力の保持は内部応力との争いである。10)”」(第509頁左欄第2行〜第510頁左欄第1行)

15 甲15の1の記載事項
甲15の1には次の記載がある。
なお、甲15の1は、その偶数頁の上部右端に「金属表面技術」、その奇数頁の上部左端に「Vol.12, No.7, 1961」と記載されていること、及び、甲15の2を合わせみれば、金属表面技術、1961年、12巻、7号、p.262−269であると確認できる。

(15a)
「4−7 重ネ塗り
・・・
最後につけ加えておきたいことは,塗装後の環境により遅速の差こそあれ,溶剤,可塑剤の蒸発損失,樹脂の後硬化,および酸化による分子切断などにより,塗膜は次第に硬くもろくなってゆくことである。その間に,吸水,乾燥,温度変化に伴い膨張収縮をくり返し,付着は劣化してゆくばかりである。そして発生する内部張力に耐えられなくなると割レを生じる。極言すれば,付着の発生は水分との闘いであり,付着の保持は内部応力との争いである。」(第267頁右欄第3行〜第268頁左欄第16行)

16 甲16の1の記載事項
甲16の1には次の記載がある。
なお、甲16の1は、その偶数頁の下部右端に「高分子」、その奇数頁の下部左端に「Vol.16, No.182」と記載されていること、及び、甲16の2を合わせみれば、高分子、1967年、16巻、5号、p.596−600であると確認できる。

(16a)
「1.はじめに
塗料と水の関係は意外に密接である。ウルシや湿気硬化形ウレタン樹脂塗料など,硬化に水分(湿気)が不可欠なことを除いても,あまりにも広範囲な問題である。塗料・塗膜の性質に及ぼす水分の影響の一部を簡潔に示すと次のようである。
(1)塗膜状態−かぶり・光沢・ピンホール・クレター・はけ目・色別れなど
(2)塗料の流動性−作業性・たれ・チクソトロピーなど
(3)塗料の粘弾性−かたさ・たわみ性・耐衝撃性など
(4)塗膜の付着
(5)塗膜の老化−さび・腐食・われ・ふくれ」(第596頁左欄第1行〜第14行)

(16b)
「3.塗膜の付着に及ぼす水分の影響
塗膜が吸水して,自然はく離までには至らなくても,その付着性が極端に低下することは日常しばしば経験する事実である。・・・彼は・・・60〜70%RHの付着強度の変曲点は水吸着等温線の変曲点と一致することを指摘した。そして付着低下の原因が塗膜の膨潤・被塗物−塗膜間分子平衡の減少・塗膜抗張力の低下であることを明らかにした。」(第597頁左欄第12行〜第28行)

17 甲17の記載事項
甲17には次の記載がある。

(17a)
「このようなクラックは塗膜剥離などにつながり、それ自体が船体の摩擦抵抗を増やすだけでなく、場合によっては、生物付着による汚損を引き起こしかねない。」(第62頁左欄5〜7行)

第6 当審の判断
1 無効理由1(新規性)についての判断
(1) 無効理由1の概要
無効理由1に関する請求人の主張の概要は、甲1の実施例1の記載等に基づいて甲1−1’発明が認定でき、甲1の実施例18の記載等に基づいて甲1−2’発明が認定でき、又は甲1の明細書等の記載に基づいて甲1−3発明が認定でき、そして、本件特許発明1は、甲1−1’発明、甲1−2’発明、又は甲1−3発明と同一であるので、本件特許発明1は、新規性がないというものである。
また、本件特許発明2〜5、7及び9〜16については、それぞれ、本件特許発明2、4、7、12〜16は、甲1−1’発明と同一であるので新規性がない、また、本件特許発明2〜4、7、9、10、13〜16は、甲1−2’発明と同一であるので新規性がない、また、本件特許発明2〜5、7、9〜16は、甲1−3発明と同一であるので新規性がない、というものである。(審判請求書110頁10行〜122頁4行、「(7)無効理由1(新規性欠如)の詳細」の項)

(2) 甲1に記載された発明
以下のア〜オに説示するとおり、当審は、甲1には、甲1−1発明、及び、甲1−2発明が記載されていると認める。一方、無効理由1の前提である、甲1−1’発明、甲1−2’発明、及び、甲1−3発明は、いずれも、甲1に記載された発明であるとはいえないと認める。

ア 甲1−1発明について
甲1に記載されている実施例1は、加水分解性樹脂組成物S1を84.0質量部と、熱可塑性樹脂3を6.0質量部と、キシレンを10.0質量部からなる防汚塗料組成物である(摘記(1m)の[0197]、[表2])。ここで、加水分解性樹脂組成物S1について、「(製造例S1:加水分解性樹脂組成物S1の調製)
攪拌機、冷却機、温度制御装置、窒素導入管、滴下ロートを備えた4つ口フラスコに、キシレン70質量部を加え100℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート2質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後30分間保温した。その後、キシレン30質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1.5時間保温することにより、ワニスAを得た。得られたワニスA中の固形分は50.1質量%・・・であった。以下の実施例では、このワニスAをそのまま加水分解性樹脂組成物S1として用いた。」(摘記(1k)の[0171])と説明されているところ、[表1](摘記(1m)の[0194])によれば、ワニスAの製造に用いたモノマーの配合がFM-0711を30.0質量部、FM-7711を5.0質量部、TIPSAを20.0質量部、MMAを45.0質量部からなるものであり、これらのモノマーに由来するものがワニスAの構成単位となったことが理解できる。そして、摘記(1m)の[0195]によれば、FM-0711は、一般式(I’)(摘記(1c)の[0081]の[化26]参照。)中、m=0、b=3、n=10、R1〜R5およびR31がメチル基であるシリコン含有重合性単量体であり、FM-7711は、一般式(III’)(摘記(1c)の[0085]の[化28]参照。)中、qおよびs=0、fおよびg=3、r=10、R9〜R12、R33およびR34がメチル基であるシリコン含有重合性単量体であり、TIPSAは、アクリル酸トリイソプロピルシリルであり、MMAは、メタクリル酸メチルである。さらに、摘記(1m)の[0199]によれば、熱可塑性樹脂3は、ロジン(荒川化学工業(株)製の「WWロジン」)である。
また、前記加水分解性樹脂組成物S1中の固形分にあたる加水分解性樹脂について、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位の含有割合は20.0質量%(=20.0質量部/100.0質量部)であると計算でき、「FM−0711」及び「FM−7711」に由来する構成単位の合計の含有割合は35.0質量%(=(30.0質量部+5.0質量部)/100.0質量部)であると計算できる。
また、防汚塗料組成物に含まれている固形分は、加水分解性樹脂とロジンであって、加水分解性樹脂組成物S1中の固形分は50.1質量%であるから、防汚塗料組成物の固形分中、前記加水分解性樹脂の割合は、87.5質量%(=84.0質量部×0,501/(84.0質量部×0,501+6.0質量部)×100)であると計算できる。
以上によれば、甲1の実施例1に着目すると、甲1には次の発明(以下「甲1−1発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1−1発明>
「 加水分解性樹脂を50.1質量%含有するワニスAを84.0質量部と、ロジンを6.0質量部と、キシレンを10.0質量部からなる防汚塗料組成物であって、
前記加水分解性樹脂が、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位(20.0質量部)、
下記式で表される「FM−0711」に由来する構成単位(30.0質量部)、
下記式で表される「FM−7711」に由来する構成単位(5.0質量部)、及び、
メタクリル酸メチル(45.0質量部)に由来する構成単位からなるものであり、
前記加水分解性樹脂におけるアクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位の含有割合は20.0質量%であり、「FM−0711」及び「FM−7711」に由来する構成単位の合計の含有割合は35.0質量%であり、
防汚塗料組成物の固形分中における前記加水分解性樹脂の含有割合が87.5質量%である、
防汚塗料組成物。






イ 甲1−2発明について
甲1に記載されている実施例18は、加水分解性樹脂組成物S2を68.0質量部と、亜酸化銅3.0質量部と、酸化チタン2.0質量部と、アゾ系赤顔料3.0質量部と、可塑剤3を10.0質量部と、沈降防止剤2.0質量部と、キシレンを12.0質量部からなる防汚塗料組成物である(摘記(1m)の[0197]、[表2])。ここで、加水分解性樹脂組成物S2について、「(製造例S2:加水分解性樹脂組成物S2の調製)
上記製造例S1と同様の反応容器に、キシロール80質量部を加え100℃に保った。この溶液中に表1の配合(質量部)に従ったモノマーおよびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート1質量部からなる混合液を3時間にわたり等速滴下し、滴下終了後30分間保温した。その後、キシレン20質量部およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート0.2質量部からなる混合液を30分間にわたり等速滴下し、滴下終了後1.5時間保温することにより、ワニスBを得た。得られたワニスB中の固形分は49.7質量%・・・であった。以下の実施例では、このワニスBをそのまま加水分解性樹脂組成物S2として用いた。」(摘記(1k)の[0172])と説明されているところ、[表1](摘記(1m)の[0194])によれば、ワニスBの製造に用いたモノマーの配合がX-22-174DXを20.0質量部、TIPSAを45.0質量部、MMAを20.0質量部、EAを15.0質量部からなるものであり、これらのモノマーに由来するものがワニスAの構成単位となったことが理解できる。そして、摘記(1m)の[0195]によれば、X-22-174DXは、一般式(I’)(摘記(1c)の[0081]の[化26]参照。)中、m=0、b=3、R1〜R4およびR31がメチル基であり、R5がメチル基またはn−ブチル基であるシリコン含有重合性単量体であって、R5がメチル基である場合の当該化合物の式量は、200+74nと計算できること、及び、官能基当量が4600g/molであることから、nは概ね59であると計算でき、また、EAは、アクリル酸エチルである。さらに、摘記(1m)の[0199]によれば、可塑剤3は、TCP(トリクレジルホスフェート)(大八化学工業(株)製「TCP」)であり、沈降防止剤は、楠本化成(株)製「ディスパロン A600−20X」である。
また、前記加水分解性樹脂組成物S2中の固形分にあたる加水分解性樹脂について、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位の含有割合は45.0質量%(=45.0質量部/100.0質量部)であると計算でき、「X−22−174DX」に由来する構成単位の含有割合は20.0質量%(=20.0質量部/100.0質量部)であると計算できる。
また、防汚塗料組成物に含まれている固形分は、加水分解性樹脂、亜酸化銅、酸化チタン、アゾ系赤顔料、可塑剤3、及び、沈降防止剤であって、加水分解性樹脂組成物S2中の固形分は49.7質量%であるから、防汚塗料組成物の固形分中、前記加水分解性樹脂の割合は、62.8質量%(=68.0質量部×0,497/(68.0質量部×0,497+3.0質量部+2.0質量部+3.0質量部+10.0質量部+2.0質量部)×100)であると計算できる。
以上によれば、甲1の実施例18に着目すると、甲1には次の発明(以下「甲1−2発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1−2発明>
「 加水分解性樹脂を49.7質量%含有するワニスBを68.0質量部と、亜酸化銅3.0質量部と、酸化チタン2.0質量部と、アゾ系赤顔料3.0質量部と、可塑剤3を10.0質量部と、沈降防止剤2.0質量部と、キシレンを12.0質量部からなる防汚塗料組成物であって、
前記加水分解性樹脂が、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位(45.0質量部)、
下記式で表される「X−22−174DX」に由来する構成単位(20.0質量部)、
アクリル酸エチル(15.0質量部)に由来する構成単位、及び、
メタクリル酸メチル(20.0質量部)に由来する構成単位からなるものであり、
前記加水分解性樹脂におけるアクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位の含有割合は45.0質量%であり、「X−22−174DX」に由来する構成単位の含有割合は20.0質量%であり、
防汚塗料組成物の固形分中における前記加水分解性樹脂の含有割合が62.8質量%である、
防汚塗料組成物。


(式中、nは概ね59)」

ウ 甲1−1’発明について
(ア)審判請求人のいう甲1−1’発明は、甲1−1発明において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えた発明(以下、「甲1−1’発明」ともいう。)であり、当該発明が甲1に記載されているといえるか、以下に検討する。

(イ)甲1に記載された発明とは、甲1に記載されている事項及び甲1に記載されているに等しい事項から把握される発明であって、これらのうち、甲1に記載されているに等しい事項とは、甲1に記載されている事項から本件特許の優先日における技術常識を参酌することにより当業者が導き出せる事項をいうものである。

(ウ)上記アのとおり、甲1−1発明は、甲1の実施例1に着目して認定した発明であるから、甲1に記載されている事項から把握される発明であるといえるところ、当該発明は、甲1に記載の防汚塗料組成物において、熱可塑性樹脂および/または可塑剤(ii)のうちの熱可塑性樹脂の選択肢([0150])からロジンが選択され、その他の添加剤のうちの溶剤の選択肢([0162])からキシレンが選択され、加水分解性樹脂(i)として、一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)([0089]〜[0090]、[0128]〜[0129])からアクリル酸トリイソプロピルシリルが選択され、一般式(I’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a1)の選択肢([0081]〜[0082]、[0103])からFM-0711が選択され、一般式(III’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a3)の選択肢([0085]〜[0086]、[0117])からFM-7711が選択され、その他の単量体成分(d)の選択肢([0147])からメタクリル酸メチルが選択された組合せからなるものである。

(エ)ここで、甲1の[0089]及び[0090]に「一般式(V’)中、R43は水素原子またはメチル基を表し」と記載されているからといって、実施例1として、甲1に記載のそれぞれの選択肢から選択した結果としての上記組合せによるものが一体となっている甲1−1発明において、「アクリル酸トリイソプロピルシリル」が選択される元となる一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)のみに着目して取り上げて、一般式(V’)のR43が水素原子、R40、R41及びR42がイソプロピル基であるアクリル酸トリイソプロピルシリルを、同R43がメチル基、R40、R41及びR42がイソプロピル基であるメタクリル酸トリイソプロピルシリルであるもののみに選択を換えた発明までも、甲1に記載された事項から導き出せるとはいえない。さらに、上記組合せからなる防汚塗料組成物において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えることが、本件特許の優先日当時における技術常識であるということもできない。

(オ)なお、審判請求人は、概略「甲1の段落[0089]及び[0090]には、一般式(V’)中のR43は水素原子またはメチル基であることが明示されているから、甲1−1発明と甲1の段落[0089]及び[0090]に基づき甲1−1’発明を明確に把握することができる。」(以下、「主張1」ともいう。)、「甲1−1’発明の構成によっても、甲1−1発明と同様に、甲1における所期の作用効果を奏することが可能であることを当業者は理解することができるから、甲1には、甲1−1’発明が、当業者であれば理解し得る程度の技術的思想として開示されているといえる。よって、甲1−1’発明は、甲1に記載された発明である。」(以下、「主張2」ともいう。)、「甲1−1発明及び段落[0089]及び[0090]の記載とともに技術常識Aを参酌すれば、甲1−1’発明の構成によっても、甲1−1発明と同様に、甲1における所期の作用効果を奏することが可能であることを当業者は理解することができるから、甲1には、甲1−1’発明が、当業者であれば理解し得る程度の技術的思想として開示されているといえる。よって、甲1−1’発明は、甲1に記載された発明である。」(以下、「主張3」ともいう。)と主張する。(審判請求書の36〜38頁の「[b−1]の項」、「[b−2]の項」、「[b−3]の項」)
しかしながら、主張1については、甲1−1発明において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えた発明が甲1に記載されているといえないことは、上記(エ)のとおりであって、審判請求人が指摘する記載に特に注目してこれを甲1−1発明と組み合わせることや組合せた発明自体が甲1に具体的に記載されているわけでもない。
また、主張2、3は、いずれも、甲1−1’発明の効果について検討すると、「甲1−1発明と同様に、甲1における所期の作用効果を奏することが可能であることを当業者は理解することができるから、甲1には、甲1−1’発明が、当業者であれば理解し得る程度の技術的思想として開示されているといえる。よって、甲1−1’発明は、甲1に記載された発明である」というものであるが、要するに、甲1に甲1−1’発明が記載されているといえることを前提とする検討(甲1−1’発明の効果の検討)によって甲1に甲1−1’発明が記載されていることを証明しようとするものであり、その証明手法に論理的な誤りがあることは明らかである。
したがって、主張1〜3は、いずれも、採用できない。

以上のとおりであるから、甲1−1発明において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えた発明(甲1−1’発明)は、甲1に記載された発明であるとはいえない。

エ 甲1−2’発明について
甲1−2発明において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えた発明(審判請求人のいう甲1−2’発明に相当する。以下、「甲1−2’発明」ともいう。)が、甲1に記載されているといえるかについては、上記ウと同様の理由により、甲1−2’発明は、甲1に記載された発明であるとはいえない。

オ 甲1−3発明について
下記の甲1−3発明は、審判請求人が、甲1の段落[0009]、[0011]〜[0016]、[0018]、[0020]、[0022]、[0053]、[0080]〜[0090]、[0117]、[0129]〜[0131]、[0146]、[0147]、[0149]〜[0151]、[0157]〜[0159]、[0194]、[0197]、[0207]、及び、技術常識Aを勘案し、甲1に記載されているといえると主張している以下のとおりの発明である(審判請求書42〜46頁、「(5−1−2−5)甲1−3発明の認定」の項)。
なお、審判請求書46頁に記載されている甲1−3発明おいて、「トリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)」(3カ所)は、「シリコン含有重合性単量体(a)」の誤記であると認めた。(請求人の口頭審理陳述要領書48頁、「(4)誤記について」の項も参照。)

<甲1−3発明>
「加水分解性樹脂を含有し、
該加水分解性樹脂が、メタクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位、
「FM−0711」、「FM−0721」、「X−22−174DX」、「FM−7711」、「FM−7721」、「X−22−164A」又は「X−22−164C」であるシリコン含有重合性単量体(a)に由来する構成単位、並びに
上記以外のその他の単量体成分に由来する構成単位を有し、
メタクリル酸トリイソプロピルシリル及びシリコン含有重合性単量体(a)に由来する構成単位の合計含有量が好ましくは5〜90質量%、より好ましくは15〜80質量%であり、
メタクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位とシリコン含有重合性単量体(a)に由来する構成単位との加水分解性樹脂における含有量の質量比率は、好ましくは20/80〜80/20、より好ましくは30/70〜70/30であり、
前記その他の単量体成分は、メチル(メタ)アクリレート及び/又は2−メトキシエチル(メタ)アクリレートであってもよく、
ロジンをさらに含有することができ、
加水分解性樹脂、熱可塑性樹脂および可塑剤の合計量100質量部に対して、20質量部以下の量で防汚剤をさらに含有することができ、
前記防汚剤は、亜酸化銅であってもよい、
防汚塗料組成物。」

ここで、甲1−3発明としている加水分解性樹脂のうち、「メタクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位」は、甲1に記載の一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)([0089]〜[0090]、[0128]〜[0129])から選択されたものであるが、その選択肢について、「イソプロピル」基の部分は、炭素数が20以下の直鎖状または分岐状のアルキル基;シクロヘキシル基、置換シクロヘキシル基等の環状アルキル基;アリール基、置換アリール基等の「炭素数1〜20の炭化水素残基」の中から選択されたものであり、置換されていない炭素数20の飽和炭化水素基に限っても、5622109種類もあるから、これに置換されたアルキル基や置換されたアリール基や、炭素数1〜19の炭化水素残基の数なども含めると、「炭素数1〜20の炭化水素残基」の種類の数は膨大(一千万以上)なものである。

また、甲1−3発明としている加水分解性樹脂のうち「「FM−0711」、「FM−0721」、「X−22−174DX」、「FM−7711」、「FM−7721」、「X−22−164A」又は「X−22−164C」であるシリコン含有重合性単量体(a)に由来する構成単位」は、甲1に記載の一般式(I’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a1)の選択肢([0081]〜[0082]、[0103])から「FM−0711」、「FM−0721」、「X−22−174DX」が選択され、同一般式(III’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a3)の選択肢([0085]〜[0086]、[0117])から「FM−7711」、「FM−7721」、「X−22−164A」、「X−22−164C」が選択されたものであるが、これら商品名を有するものは、一般式(I’)及び(III’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a1)及び(a3)のごく一部であって、膨大な数の選択肢を有するものである。

してみると、甲1の一般記載から発明を認定する場合において、防汚塗料組成物が含有する加水分解性樹脂の由来する構成単位が、一般式(V’)並びに一般式(I’)及び/又は一般式(III’)の形式で記載され、これらの一般式が膨大な数の選択肢を有するところ、当該選択肢に過不足なく着目できる根拠はなく、上記甲1−3発明という特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情があるとはいえず、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできないから、引用発明として上記甲1−3発明を認定することはできない。

なお、一般式(V’)について、「R40、R41およびR42のすべてがイソプロピル基であることがより好ましい。」([0117])ともされており、これを採用した場合の「一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)」の選択肢は、アクリル酸トリイソプロピルシリル又は、メタクリル酸トリイソプロピルシリルの2つとなるが、一般式(I’)及び一般式(III’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a1)及び(a3)の選択肢も膨大な数であるから、その2倍数で膨大な数の選択肢であることに変わりはない。

したがって、甲1−3発明は、甲1に記載された発明であるとはいえない。

(3)甲1に記載された発明による本件発明1の新規性欠如について
上記(2)のとおり、甲1に記載された発明として認定できるといえるのは甲1−1発明及び甲1−2発明であることから、本件発明1の甲1−1発明及び甲1−2発明による新規性欠如について、以下に検討する。

ア 甲1−1発明との対比・判断
本件発明1と甲1−1発明とを対比すると、甲1−1発明の「加水分解性樹脂」は、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位を有することから、本件発明1の「シリルエステル系共重合体(A)」に相当する。

また、甲1−1発明の「アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位」と本件発明1の「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位」とは、それらの上位概念としての「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位」である点で共通する。

さらに、甲1−1発明の「下記式で表される「FM−0711」に由来する構成単位」及び「下記式で表される「FM−7711」に由来する構成単位」は、本件明細書の【0103】及び【0117】に「FM−0711」及び「FM−7711」が具体的に記載されているように、本件発明1の「下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位」に相当する。

してみると、本件発明1と甲1−1発明とは、以下の一致点及び相違点を有するものである。

<一致点>
「シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する、
防汚塗料組成物。

(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)」

<相違点1>
トリアルキルシリル(メタ)アクリレートについて、本件発明1は「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」であるのに対し、甲1−1発明は「アクリル酸トリイソプロピルシリル」である点

そして、「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」と「アクリル酸トリイソプロピルシリル」とは、明らかに相違するものであるから、相違点1は、実質な相違点である。

したがって、本件発明1は、甲1−1発明でないから、甲1に記載された発明であるということはできない。

イ 甲1−2発明との対比・判断
本件発明1と甲1−2発明とを対比すると、甲1−2発明の「加水分解性樹脂」は、アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位を有することから、本件発明1の「シリルエステル系共重合体(A)」に相当する。

また、甲1−2発明の「アクリル酸トリイソプロピルシリルに由来する構成単位」と本件発明1の「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位」とは、それらの上位概念としての「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位」である点で共通する。

さらに、甲1−2発明の「下記式で表される「X−22−174DX」に由来する構成単位」は、本件明細書の【0103】に「X−22−174DX」が具体的に記載されているように、本件発明1の「下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位」に相当する。

してみると、本件発明1と甲1−2発明とは、以下の一致点及び相違点を有するものである。

<一致点>
「シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する、
防汚塗料組成物。

(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)」

<相違点2>
トリアルキルシリル(メタ)アクリレートについて、本件発明1は「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」であるのに対し、甲1−2発明は「アクリル酸トリイソプロピルシリル」である点で相違する。

そして、「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」と「アクリル酸トリイソプロピルシリル」とは、明らかに相違するものであるから、相違点2は、実質な相違点である。

したがって、本件発明1は、甲1−2発明でないから、甲1に記載された発明であるということはできない。

ウ 本件発明2〜5、7及び9〜16と甲1−1発明又は甲1−2発明との対比・判断
本件発明2〜5、7及び9〜16は、本件請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、甲1−1発明又は甲1−2発明と少なくとも上記相違点1又は2と同様の点において相違するものであって、当該相違点については、上記ア又はイのとおりであるから、本件発明2〜5、7及び9〜16が甲1に記載された発明であるということはできない。

(3) 無効理由1についてのまとめ
無効理由1は、甲1の実施例1の記載等に基づいて甲1−1’発明が認定でき、甲1の実施例18の記載等に基づいて甲1−2’発明が認定でき、又は甲1の明細書等の記載に基づいて甲1−3発明が認定できることを前提とするものであるところ、上記(2)ウ〜オのとおり、これらの発明はいずれも、甲1に記載された発明であるとはいえないものである。
さらに、甲1から認定し得る甲1−1発明及び甲1−2発明も、本件発明1〜5、7及び9〜16でないものであって、本件特許の請求項1〜5、7及び9〜16に係る発明は、甲第1号証に記載された発明でなく、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるとはいえないから、これらの発明に係る特許は、無効理由1により、無効とされるべきであるとはいえない。

2 無効理由2(進歩性)についての判断
(1) 無効理由2の概要
無効理由2の概要は、甲1の実施例1の記載に基づいて甲1−1発明が認定でき、又は甲1の実施例18の記載に基づいて甲1−2発明が認定でき、そして、本件特許発明1は、甲1−1発明又は甲1−2発明と甲1の記載及び技術常識Aに基づいて容易に想到し得るものであり、その効果も甲2に記載されたものであるか技術常識A〜Cに基づいて当業者が予測し得る範囲のものであるので、本件特許発明1は、進歩性がない、というものであり、また、本件特許発明2〜16は、甲1−1発明又は甲1−2発明と甲1の記載及び技術常識A〜Dに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、進歩性がない、というものである。
また、甲1−3発明、甲1−1’発明、及び、甲1−2’発明(上記1(1)参照。)が認定できることを前提として、本件特許発明6、8は、甲1−3発明と甲1の記載及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、進歩性がない、また、本件特許発明3、5、6、8〜11は、甲1−1’発明と甲1の記載及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、進歩性がない、また、本件特許発明5、6、8、11、12は、甲1−2’発明と甲1の記載及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、進歩性がない、というものである。(審判請求書122頁5行〜142頁9行、「(8)無効理由2(進歩性欠如)の詳細」の項)

(2) 技術常識A〜D及び当該技術常識に基づく進歩性欠如について
以下のア〜エに説示するとおり、当審は、技術常識A〜Dは、いずれも、認定できないと認める。

ア 技術常識Aについて
(ア) 技術常識Aの内容
審判請求人が、本件優先日当時において認定することができると主張する技術常識Aは、以下のとおりのものである(審判請求書107〜108頁、「(6−1)技術常識A」の項)。

<技術常識A>
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野においては、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性(甲1における所期の作用効果に関わる塗膜物性)の奏功に関する限り、上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること、又は、少なくとも、トリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であること。」

(イ) 技術常識Aの認定に関する審判請求人の主張の概要
審判請求人は、甲2〜甲8、甲12の1及び甲13の1に、上記第5 2〜8、12、13に摘記したとおりの事項が記載されていることを指摘するとともに(審判請求書の47〜104頁)、これらの記載から導かれる事項についての主張をした(審判請求書の55〜104頁、(5−2−2)、(5−3−2)、(5−4−2)、(5−5−2)、(5−6−2)、(5−7−2)、(5−8−2)、(5−12−2)、(5−13−3)、の項。)。そして、「上記(5−2−2)、(5−3−2)、(5−4−2)、(5−5−2)、(5−6−2)、(5−7−2)、(5−8−2)、(5−12−2)及び(5−13−3)で述べたとおりの甲2〜甲8、甲12の1及び甲13の1の記載から、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性(甲1における所期の作用効果に関わる塗膜物性)と、防汚塗料組成物に含まれる加水分解性樹脂を形成するモノマー成分としてのトリアルキルシリル(メタ)アクリレートとの関係性に関して、本件優先日当時における下記の技術常識Aを認定することができる。」(審判請求書107〜108頁、「(6−1)技術常識A」の項)と主張した。

(ウ) 検討
技術常識とは、「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」(特許庁、「特許・実用新案審査基準」)とされており、当該技術常識に係る技術が多数の当業者に知られていることであるから、技術常識Aを認定することができるといえるためには、当該技術常識Aに係る技術(以下、「技術a」という。)が、多数の当業者に知られていること(例えば、技術aが記載されている刊行物が多数存在すること)などを立証することを要するものである。
また、審判請求人が主張する技術常識Aは、上記(ア)のとおりであるから、技術常識Aに係る技術aは、「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野においては、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性(甲1における所期の作用効果に関わる塗膜物性)の奏功に関する限り、上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること、又は、少なくとも、トリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であること。」であると認められる。


甲2〜甲8、甲12の1及び甲13の1には、上記第5 2〜8、12、13に摘記したとおりの事項が記載されている。
しかしながら、これらの記載事項は、いずれも、その記載が技術常識Aと一致するものではないし、(例えば、表現上の相違があるものの)実質的に技術常識Aであるといえるものでもないし、技術常識Aに係る技術aに該当するといえるものでもない。


また、審判請求人は、甲2〜甲8、甲12の1及び甲13の1の記載から、下記(a)〜(i)の事項が導かれると主張(審判請求書の55〜104頁、(5−2−2)、(5−3−2)、(5−4−2)、(5−5−2)、(5−6−2)、(5−7−2)、(5−8−2)、(5−12−2)、(5−13−3)、の項)しているが、これらのいずれについても、技術常識Aと一致するものではないし、実質的に技術常識Aであるといえるものでもないし、技術常識Aに係る技術aに該当するといえるものでもない。

(a) 甲2の記載から導かれる事項(審判請求書の55〜57頁、(5−2−2)の項)
「塗膜の耐クラック性(海水中)及び静置防汚性(耐フジツボ性)の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた実施例12及び13の防汚塗料組成物の方が、トリイソプロピルシリルアクリレートを用いた比較例11及び12の防汚塗料組成物よりも有利であることがわかる」、「塗膜の耐クラック性の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた実施例12及び13の防汚塗料組成物の(当審注:下線部は、当審の理解を明確にするために当審で補足)方がトリイソプロピルシリルアクリレートを用いた比較例11及び12の防汚塗料組成物(当審注:下線部は、当審の理解を明確にするために当審で補足)よりも有利であることがわかる」、「甲2でいう塗膜の耐クラック性(段落【0098】〜【0100】)は、海水に一定期間浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である。」、「甲2でいう静置防汚性(段落【0103】〜【0106】)は、海水に一定期間静置浸漬したときの生物の付着面積割合を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」、「甲2の段落【0041】の記載からも、塗膜の耐クラック性の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた方がトリイソプロピルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることがわかる。」、及び、「甲2の段落【0011】〜【0014】の記載によれば、トリイソプロピルシリルアクリレートを(共)重合した樹脂を含む塗料から形成された塗膜は、樹脂自体の耐水性が低いために、クラックが発生しやすい一方、トリイソプロピルシリルメタクリレートを(共)重合した樹脂を含む塗料から形成された塗膜は、樹脂自体の耐水性が良好であるため、クラックが発生しにくいことがわかる。」
なお、上記6つの事項を、以下、「6つの主張」ともいう。

(b) 甲3の記載から導かれる事項(審判請求書の64〜65頁、(5−3−2)の項)
「塗膜の耐水性(後述のとおり、甲1における耐クラック性と同義)及び防汚性の観点から、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた実施例1の防汚塗料組成物の方がトリイソプロピルシリルアクリレートを用いた比較例1の防汚塗料組成物よりも有利であることがわかる」、「塗膜の耐クラック性の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた方がトリイソプロピルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることがわかる」、「甲3でいう塗膜の耐水性(段落【0047】)は、海水に一定期間浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である」、及び、「甲3でいう防汚性(段落【0049】)は、海水に一定期間浸漬したときの生物の付着面積割合を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」

(c) 甲4の記載から導かれる事項(審判請求書の70〜71頁、(5−4−2)の項)
「実施例1の塗料組成物と実施例2の塗料組成物とは、・・・ロータリー試験後の塗膜状態及び防汚性において同等であることがわかる」、「甲4でいうロータリー試験後の塗膜状態(段落[0101]、[0102])は、海水に一定期間浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である」、及び、「甲4でいう防汚性(段落[0103]、[0104])は、海水に一定期間浸漬したときの生物の付着の程度を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」

(d) 甲5の記載から導かれる事項(審判請求書の74〜75頁、(5−5−2)の項)
「防汚性(イカダ試験の評価)の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた実施例M16の塗料の方が、トリイソプロピルシリルアクリレートを用いた実施例M1の塗料よりも若干有利であることがわかる」、及び、「甲5でいう防汚性(段落【0125】〜【0127】)は、海水に一定期間浸漬したときの生物の付着の程度を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」

(e) 甲6の記載から導かれる事項(審判請求書の81〜82頁、(5−6−2)の項)
「実施例3の塗料組成物と比較例3の塗料組成物とは、・・・塗膜の耐水性(後述のとおり、甲1における耐クラック性と同義)の向上のためには、メタクリル酸トリイソプロピルシリルを用いた実施例3の塗料組成物の方が、アクリル酸トリイソプロピルシリルを用いた比較例3の防汚塗料組成物よりも有利であること・・・、また、両者は、防汚性において同等であることがわかる」、「甲6でいう塗膜の耐クラック性(段落【0144】〜【0146】)は、海水に一定期間浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である」、及び、「甲6でいう防汚性(段落【0169】〜【0171】)は、海水に一定期間静置浸漬したときの生物の付着面積割合を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」

(f) 甲7の記載から導かれる事項(審判請求書の89〜90頁、(5−7−2)の項)
「実施例13〜23の防汚塗料組成物は、・・・トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いているかトリイソプロピルシリルアクリレートを用いているかにかかわらず、防汚性及び耐クラック性について評価結果に差異はほぼない」、「甲7でいう防汚性(段落【0067】)は、海水に一定期間静置浸漬したときの生物の付着面積割合を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」、及び、「甲7でいう耐クラック性(段落【0068】)は、海水に一定期間浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である」

(g) 甲8の記載から導かれる事項(審判請求書の95〜96頁、(5−8−2)の項)
「実施例1〜4の防汚塗料組成物は、・・・メタクリル酸トリイソプロピルシリルを用いているかアクリル酸トリイソプロピルシリルを用いているかにかかわらず、ロータリー試験後の塗膜状態及び防汚性において評価結果に差異はない」、「甲8でいうロータリー試験後の塗膜状態(段落[0161]〜[0167])は、海水に一定期間静置浸漬したときのクラックの有無を評価するものであるから、甲1における耐クラック性(甲1の段落[0203])と同義である」、及び、「甲8でいう防汚性(段落[0171]、[0172])は、海水に一定期間浸漬したときの生物の付着の程度を評価するものであるから、甲1における長期防汚性(甲1の段落[0201])と同義である。」

(h) 甲12の1の記載から導かれる事項(審判請求書の102頁、(5−12−2)の項)
「防汚塗料形成用塗料の基体樹脂として、シリルアクリレート系に代えてシリルメタクリレート系加水分解型樹脂を採用することにより、防汚性を維持しつつ、ドックインターバルの長期化に伴う塗膜のワレを改善し得ることは、本件優先日前に公知であった。ドックインターバルの長期化に伴うワレは、水中に長期間浸漬した場合のクラックと同義である」

(i) 甲13の1の記載から導かれる事項(審判請求書の104頁、(5−13−3)の項)
「シリルポリマー系加水分解型船底防汚塗料に含まれる樹脂を、シリルアクリレート樹脂からシリルメタクリレート樹脂に代える、すなわち、上記〔c〕中の図(当審注:図の転記を省略)に記載されている「メチル基」をポリマー鎖に導入することによって、海水中での加水分解時の体積収縮が緩和され、その結果、塗膜のクラックやフレーキングを抑制し得ることは、本件優先日前に公知であった」


審判請求人は、技術常識の存在立証の方法について、「一般論として、ある特許出願の出願日より後の時点で、出願日当時においてある技術常識が存在していたことを、遡って認定しようするとき、認定のための1つの方法は、上記定義でいう「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む)」に該当する技術が存在することを立証するための証拠として、出願日前に発行された刊行物を提示することです。・・・刊行物中の実験結果の対比によって一義的に導き出される事項もまた、その刊行物に記載された技術的事実とすることができます。また、普通に考えて、ある1つの刊行物をみたとき、そこには様々な多くの事項が記載されています。技術常識の認定にあたり、このような多くの記載事項の中から当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項(技術的事実)を選び(必要な記載事項に着目し)、当該技術常識の存在立証のために不必要で関連性のない記載事項については考慮しないことは当然であるといえます。」(口頭審理陳述要領書20頁、「(3−ウ−1) 技術常識の存在立証の方法について」の項)と主張している。
また、審判請求人は、上記主張に続けて、上記b(a)の事項について以下の主張をしている(口頭審理陳述要領書21〜23頁、「(3−ウ−2) 甲2についてのご指摘に対する回答」の項)。なお、下記(b)〜(i)の事項についても同様の主張をしている。
「甲2に記載された記載事項の中から(5−2−2)に記載した特定の段落や特定の実験結果を選んだことが、審理事項通知書でいうところの恣意的には当たらないことについて補足説明します。
技術常識Aは、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性と、防汚塗料に含まれる加水分解性樹脂を形成するモノマー成分としてのトリアルキルシリル(メタ)アクリレートとの関係性に関するものです。
(5−2−2)において選ばれている甲2の特定の段落や特定の実験結果は、上記関係性に関わるものです。
甲2において実施例12及び13と比較例11及び12と対比することにより、トリアルキルシリルメタクリレートを用いるかトリアルキルシリルアクリレートを用いるかによって、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性がどう変わるかという知見を得ることができます。
そして、実施例12及び13と比較例11及び12とを対比したとき、「塗膜の耐クラック性(海水中)及び静置防汚性(耐フジツボ性)の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた実施例12及び13の防汚塗料組成物の方が、トリイソプロピルシリルアクリレートを用いた比較例11及び12の防汚塗料組成物よりも有利であること」及び「塗膜の耐クラック性の向上のためには、トリイソプロピルシリルメタクリレートを用いた方が、トリイソプロピルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること」を一義的に導き出すことができます。
・・・
審判請求書(5−2−2)における「わかる」とは、当業者であれば、一義的に導き出せるという意味です。」

そうすると、審判請求人が主張する技術常識の存在立証の方法は、「ある1つの刊行物をみたとき、そこに記載されている多くの記載事項の中から当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項(技術的事実)を選び(必要な記載事項に着目し)、当該技術常識の存在立証のために不必要で関連性のない記載事項については考慮しないこと」とする過程を含むものであり、また、そのような過程を経て選び出した「刊行物中の実験結果の対比によって一義的に導き出される事項」などの「技術的事実」を、当該技術常識が存在することを立証するための証拠としうるというものである。また、上記b(a)〜(i)の事項は、いずれも、このような過程を経て選び出した記載事項(上記第5 2〜8、12、13を参照。)に基づいて導き出したものであって、当該技術常識が存在することを立証するための証拠としうるものであるというものである。
しかしながら、ある1つの刊行物に記載されている多くの記載事項のいずれが当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項であり、いずれが不必要な記載事項であるのかを判断するためには、当該技術常識を知っていることを要するから、審判請求人が主張する技術常識の存在立証の方法は、その存在を立証しようとしている技術常識自体を知っていることを要する過程を含むものであって、立証方法として適切なものではない。したがって、審判請求人のいう技術常識の存在立証の方法は、適切なものであるとはいえない。
また、当該技術常識を知っていることを要する過程を経て選び出した記載事項から導き出された事項(導き出せる(わかる)か否かについては措くとして)が、当該技術常識が存在することを立証するための証拠として適切なものではないことも明らかであるから、上記b(a)〜(i)の事項は、いずれも、技術常識Aが存在することを立証するための証拠として適切なものではないと認められる。


審判請求人は、「審判請求書の(5−2−2)には「甲2の記載から導かれる第1の事項」が明示的には記載されていませんので、これを補足します。(5−2−2)のタイトルである「甲2の記載から導かれる第1の事項」とは、(5−2−2)に記載され、審理事項通知書(3−ア)で認定された「6つの主張」を総合して一義的に導き出すことができる下記事項(当審注:下記(a)を参照。)を指しており、「(5−2−2)で述べたとおりの甲2の記載」も同じく下記事項を指しています。」と主張している(口頭審理陳述要領書15頁、「(3−ア) 「(5−2−2)で述べたとおりの甲2の記載」の具体的な内容について」の項)。
また、「審判請求書の(5−3−2)で述べたとおりの甲3の記載」の具体的な内容、等についても同様であると主張するとともに、下記(b)〜(i)を示した(口頭審理陳述要領書17〜19頁、「(3−イ−1)」〜「(3−イ−8)」の項)。
しかしながら、審判請求書の(5−2−2)、(5−3−2)、(5−4−2)、(5−5−2)、(5−6−2)、(5−7−2)、(5−8−2)、(5−12−2)、及び、(5−13−2)の項に記載されている事項(上記b(a)〜(i)を参照。)は、上記cのとおり、そもそも、技術常識Aが存在することを立証するための証拠として適切なものではないから、さらに、これを総合して一義的に導き出したもの(一義的に導き出せるといえるか否かは措くとして)である下記(a)〜(i)も、当然、技術常識Aが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。
なお、技術常識Aは、上記(ア)のとおり、「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野においては、海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性(甲1における所期の作用効果に関わる塗膜物性)の奏功に関する」ものであり、「甲1における所期の作用効果に関わる塗膜物性」には限定されない「海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間浸漬したときの塗膜の耐クラック性」に関する技術であるのに対し、下記(a)〜(h)は、いずれも、「甲1における所期の作用効果・・・の奏功に関する」ものである点で、技術常識Aに係る技術aに該当するとはいえない。

(a) 甲2の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(b) 甲3の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(c) 甲4の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(d) 甲5の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(e) 甲6の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること、及び、甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(f) 甲7の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(g) 甲8の記載から一義的に導き出すことができる事項
「甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の防汚性及び海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性の奏功に関する限り、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いることとトリアルキルシリルアクリレートを用いることとがおよそ等価であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(h) 甲12の1の記載から一義的に導き出すことができる事項
「防汚塗膜形成用塗料の基体樹脂として、シリルアクリレート系に代えてシリルメタクリレート系加水分解樹脂を採用することにより、防汚性を維持しつつ、甲1における所期の作用効果である海水に一定期間静置浸漬したときの塗膜の耐クラック性を改善し得ることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(i) 甲13の1の記載から一義的に導き出すことができる事項
「シリルポリマー系加水分解型船底防汚塗料に含まれる樹脂を、シリルアクリレート樹脂からシリルメタクリレート樹脂に代えることによって、海水中での加水分解時の体積収縮が緩和され、その結果、塗膜のクラックを抑制し得ることは、本件優先日前に公知の事項であったこと」

(エ) 技術常識Aについてのまとめ
以上のとおりであるから、技術常識Aを認定することができるといえるためには、技術常識Aに係る技術が、多数の当業者に知られていることなどを立証することを要するところ、審判請求人が提示した甲2〜甲8、甲12の1及び甲13の1に記載されている事項は、いずれも、技術常識Aに該当するといえるものではないし、技術常識Aに係る技術aに該当するといえるものでもない。また、これらの証拠に記載されている事項に基づき審判請求人が主張する事項(上記b(a)〜(i)、及び、上記d(a)〜(i)を参照。)は、いずれも、技術常識Aの存在を立証する証拠とし得ないものである。
したがって、本件優先日当時において技術常識Aが存在したとは認められない。

イ 技術常識Bについて
(ア) 技術常識Bの内容
審判請求人が、本件優先日当時において認定することができると主張する技術常識Bは、以下のとおりのものである(審判請求書108〜109頁、「(6−2)技術常識B」の項)。

<技術常識B>
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野においては、塗膜の耐水性を向上させるうえで、上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること。」

(イ) 技術常識Bの認定に関する審判請求人の主張の概要
審判請求人は、甲2、甲7、甲9及び甲10の1に、上記第5 2、7、9、10に摘記したとおりの事項が記載されていることを指摘するとともに(審判請求書の47〜98頁)、これらの記載から導かれる事項についての主張をした(審判請求書の57〜97頁、(5−2−2)、(5−7−2)、(5−9−2)の項。)。そして、「上記(5−2−2)、(5−7−2)、(5−9−2)、及び(5−10)で述べたとおりの甲2、甲7、甲9及び甲10の1の記載から、塗膜の耐水性と、防汚塗料組成物に含まれる加水分解性樹脂を形成するモノマー成分としてのトリアルキルシリル(メタ)アクリレートとの関係性に関して、本件優先日当時における下記の技術常識Bを認定することができる。」(審判請求書108〜109頁、「(6−2)技術常識B」の項)と主張した。

(ウ) 検討
技術常識とは、「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」(特許庁、「特許・実用新案審査基準」)とされており、当該技術常識に係る技術が多数の当業者に知られていることであるから、技術常識Bを認定することができるといえるためには、当該技術常識Bに係る技術(以下、「技術b」という。)が、多数の当業者に知られていること(例えば、技術bが記載されている刊行物が多数存在すること)などを立証することを要するものである。
また、審判請求人が主張する技術常識Bは、上記(ア)のとおりであるから、技術常識Bに係る技術bは、「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野においては、塗膜の耐水性を向上させるうえで、上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること。」であると認められる。


甲2、甲7、甲9及び甲10の1には、上記第5 2、7、9、10に摘記したとおりの事項が記載されている。
しかしながら、これらの記載事項は、いずれも、その記載が技術常識Bと一致するものではないし、(例えば、表現上の相違があるものの)実質的に技術常識Bであるといえるものでもないし、技術常識Bに係る技術bに該当するといえるものでもない。


審判請求人は、甲2、甲7の記載から、上記ア(ウ)b(a)、及び、(f)の事項が導かれると主張し(審判請求書の55〜90頁、(5−2−2)、(5−7−2)の項)、また、甲9の記載から、下記(a)の事項が導かれると主張(審判請求書の97頁、(5−9−2)の項)しているが、これらのいずれも、技術常識Bと一致するものではないし、実質的に技術常識Bであるといえるものでもないし、技術常識Bに係る技術bに該当するといえるものでもない。
なお、甲10の1の記載から導かれる事項に関する主張はない。

(a) 甲9の記載から導かれる事項(審判請求書の97頁、(5−9−2)の項)
「甲9の表1に示される実験結果から、トリアルキルシリル基が同一構造であるトリアルキルシリルメタクリレートとトリアルキルシリルアクリレートとを対比すると、トリアルキルシリルメタクリレートの方が加水分解速度が遅いことがわかる。したがって、トリアルキルシリルメタクリレートを共重合成分とする共重合体を含む塗膜の方が、トリアルキルシリルアクリレートを共重合成分とする共重合体を含む塗膜よりも耐水性(あるいは水との反応性、疎水性)が高いと考えるのが通常であるといえる。」


審判請求人は、技術常識の存在立証の方法について、「一般論として、ある特許出願の出願日より後の時点で、出願日当時においてある技術常識が存在していたことを、遡って認定しようするとき、認定のための1つの方法は、上記定義でいう「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む)」に該当する技術が存在することを立証するための証拠として、出願日前に発行された刊行物を提示することです。・・・刊行物中の実験結果の対比によって一義的に導き出される事項もまた、その刊行物に記載された技術的事実とすることができます。また、普通に考えて、ある1つの刊行物をみたとき、そこには様々な多くの事項が記載されています。技術常識の認定にあたり、このような多くの記載事項の中から当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項(技術的事実)を選び(必要な記載事項に着目し)、当該技術常識の存在立証のために不必要で関連性のない記載事項については考慮しないことは当然であるといえます。」(口頭審理陳述要領書20頁、「(3−ウ−1) 技術常識の存在立証の方法について」の項)と主張している。
また、審判請求人は、上記b(a)の事項について以下の主張をしている(口頭審理陳述要領書38頁、「(3−ウ) 「(5−2−2)で述べたとおりの甲2の記載」について」の項)。なお、上記(b)〜(d)の事項についても同様の主張をしている。
「甲2に記載された記載事項の中から、特定の段落を選んだことが、審理事項通知書でいうところの恣意的には当たらないことについては、段落【0013】の記載と【0014】の記載とが矛盾していないこと等も含めて、上記「<技術常識A>について」の(3−ウ−2)に記載のとおりです。」

しかしながら、上記ア(ウ)cと同様の理由により、審判請求人が主張する技術常識の存在立証の方法は、その存在を立証しようとしている技術常識自体を知っていることを要するものであって、立証方法として適切なものではない。また、当該技術常識(技術常識B)を知っていることを要する過程を経て選び出した記載事項から導き出された事項(上記ア(ウ)b(a)、及び、(f)、及び、上記イ(ウ)b(a)を参照。)は、技術常識Bが存在することを立証するための証拠として適切なものではないと認められる。


審判請求人は、「技術常識Bの認定における、(5−2−2)のタイトルである「甲2の記載から導かれる第1の事項」とは、(5−2−2)に記載された事項のうち、段落【0011】〜【0014】に係る記載から一義的に導き出すことができる下記事項(当審注:下記(a))を指しており、「(5−2−2)で述べたとおりの甲2(特に段落【0011】〜【0014】)の記載」も同じく下記事項を指しています。」と主張した(口頭審理陳述要領書36頁、「(3−ア) 「(5−2−2)で述べたとおりの甲2の記載」の具体的な内容について」の項)。
また、審判請求書の「(5−7−2)で述べたとおりの甲7の記載」、「(5−9−2)で述べたとおりの甲9の記載」、「(5−10)で述べたとおりの甲10の1の記載」の具体的な内容についても、下記(b)〜(d)を示した(口頭審理陳述要領書36〜38頁、「(3−イ−1)」、「(3−イ−2)」「(3−イ−3)」の項)。
しかしながら、審判請求書の(5−2−2)、(5−7−2)、及び、(5−9−2)の項に記載されている事項(上記ア(ウ)b(a)、(f)、及び、イ(ウ)b(a)を参照。)は、上記cのとおり、いずれも、技術常識Bが存在することを立証するための証拠として適切なものではないから、さらに、これを総合して一義的に導き出したもの(一義的に導き出せるといえるか否かは措くとして)である下記(a)〜(c)も、当然、技術常識Bが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。
また、(5−10)に記載された事項は、上記第5 10のとおりであって、「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート」、「トリアルキルシリルメタクリレート」、「トリアルキルシリルアクリレート」という記載を全く含まないから、下記(d)は、(5−10)に記載された事項から導き出される過程でこれらの記載を加入する変更がなされたものであるが、当該変更は、現時点において審判請求人が行ったものである。そうすると、下記(d)は、本件優先日当時において技術常識Bが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。また、当該変更について、審判請求人は、「(5−10)において選ばれている箇所は、恣意的に選ばれたものではありません。そして、(5−10)に記載した箇所から、上記<技術常識B>について (3―イ―3)に記載した[(5−10)で述べたとおりの甲10の1の記載]を一義的に導き出すことができます。」(口頭審理陳述要領書40頁、「(3−エ−3) 「(5−10)で述べたとおりの甲10の1の記載」について」の項)と主張するが、当該変更の内容(一義的に導き出すことができる)に関わらず、当該変更が現時点において行われたものである以上、下記(d)は、本件優先日当時に技術常識Bが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。

(a)
「塗膜の耐水性を向上させるうえで、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(b)
「塗膜の耐水性を向上させるうえで、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(c)
「塗膜の耐水性を向上させるうえで、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(d)
「塗膜の耐水性を向上させるうえで、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であることは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(エ) 技術常識Bについてのまとめ
以上のとおりであるから、技術常識Bを認定することができるといえるためには、技術常識Bに係る技術が、多数の当業者に知られていることを立証することを要するところ、審判請求人が提示した甲2、甲7、甲9及び甲10の1に記載されている事項は、いずれも、技術常識Bに該当するといえるものではないし、技術常識Bに係る技術bに該当するといえるものでもない。また、これらの証拠に記載されている事項に基づき審判請求人が主張する事項(上記ア(ウ)b(a)、(f)、イ(ウ)b(a)、及び、上記イ(ウ)d(a)〜(d)を参照。)は、いずれも、技術常識Bの存在を立証する証拠とし得ないものである。
したがって、本件優先日当時において技術常識Bが存在したとは認められない。

ウ 技術常識Cについて
(ア) 技術常識Cの内容
審判請求人が、本件優先日当時において認定することができると主張する技術常識Cは、以下のとおりのものである(審判請求書109頁、「(6−3)技術常識C」の項)。

<技術常識C>
「吸水による水の浸透や膨潤等が原因で塗膜の付着性が低下すること。」

(イ) 技術常識Cの認定に関する審判請求人の主張の概要
審判請求人は、甲14の1、甲15の1及び甲16の1に、上記第5 14、15、16に摘記したとおりの事項が記載されていることを指摘するとともに(審判請求書の105〜107頁)、これらの記載から導かれる事項についての主張をした(審判請求書の105〜107頁、(5−14−2)、(5−15−2)、(5−16−2)の項。)。そして、「上記(5−14−2)、(5−15−2)、(5−16−2)で述べたとおりの甲14の1、甲15の1及び甲16の1の記載から、塗膜の付着性に関して、本件優先日当時における下記の技術常識Cを認定することができる。」(審判請求書109頁、「(6−3)技術常識C」の項)と主張した。

(ウ) 検討
技術常識とは、「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」(特許庁、「特許・実用新案審査基準」)とされており、当該技術常識に係る技術が多数の当業者に知られていることであるから、技術常識Cを認定することができるといえるためには、当該技術常識Cに係る技術(以下、「技術c」という。)が、多数の当業者に知られていること(例えば、技術cが記載されている刊行物が多数存在すること)などを立証することを要するものである。
また、審判請求人が主張する技術常識Cは、上記(ア)のとおりであるから、技術常識Cに係る技術cは、「吸水による水の浸透や膨潤等が原因で塗膜の付着性が低下すること。」であると認められる。


甲14の1、甲15の1及び甲16の1には、上記第5 14、15、16に摘記したとおりの事項が記載されている。
しかしながら、これらの記載事項は、いずれも、その記載が技術常識Cと一致するものではないし、(例えば、表現上の相違があるものの)実質的に技術常識Cであるといえるものでもないし、技術常識Cに係る技術cに該当するといえるものでもない。


審判請求人は、甲14の1、甲15の1及び甲16の1の記載から、下記(a)〜(c)の事項が導かれると主張(審判請求書の105〜107頁、(5−14−2)、(5−15−2)、(5−16−2)の項。)しているが、これらのいずれも、技術常識Cと一致するものではないし、実質的に技術常識Cであるといえるものでもないし、技術常識C係る技術cに該当するといえるものでもない。

(a) 甲14の1の記載から導かれる事項(審判請求書の105頁、(5−14−2)の項)
「水によって塗膜の付着性が低下すること、及び、付着性の低下が、水が塗膜中に拡散、塗膜を膨潤させるとともにさらに浸透することによるものであることは、本件優先日前に公知であった。」

(b) 甲15の1の記載から導かれる事項(審判請求書の106頁、(5−15−2)の項)
「吸水による膨張収縮が原因で塗膜の付着性が低下することは、本件優先日前に公知であった。」

(c) 甲16の1の記載から導かれる事項(審判請求書の107頁、(5−16−2)の項)
「吸水による膨潤等が原因で塗膜の付着性が低下することは、本件優先日前に公知であった。」


審判請求人は、技術常識の存在立証の方法について、「一般論として、ある特許出願の出願日より後の時点で、出願日当時においてある技術常識が存在していたことを、遡って認定しようするとき、認定のための1つの方法は、上記定義でいう「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む)」に該当する技術が存在することを立証するための証拠として、出願日前に発行された刊行物を提示することです。・・・刊行物中の実験結果の対比によって一義的に導き出される事項もまた、その刊行物に記載された技術的事実とすることができます。また、普通に考えて、ある1つの刊行物をみたとき、そこには様々な多くの事項が記載されています。技術常識の認定にあたり、このような多くの記載事項の中から当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項(技術的事実)を選び(必要な記載事項に着目し)、当該技術常識の存在立証のために不必要で関連性のない記載事項については考慮しないことは当然であるといえます。」(口頭審理陳述要領書20頁、「(3−ウ−1) 技術常識の存在立証の方法について」の項)と主張している。
また、審判請求人は、上記b(a)の事項について以下の主張をしている(口頭審理陳述要領書43頁、「(3−エ−1) 「(5−14−1)で述べたとおりの甲14の1の記載」について」の項)。なお、上記(b)〜(c)の事項についても同様の主張をしている。
「甲14の1の中から、(5−14−1)に記載した箇所を選んだのは、そこに、塗膜の付着性の低下要因に関する記載があるためです。当該箇所以外に、甲14の1中に塗膜の付着性の低下要因に言及する箇所はありません。(5−14−1)において選ばれている箇所は、恣意的に選ばれたものではありません。
そして、(5−14−1)に記載した箇所から、(5−14−2)の「甲14の1の記載から導かれる事項」((5−14−2)で述べたとおりの甲14の記載)を一義的に導くことができます。」

しかしながら、上記ア(ウ)cと同様の理由により、審判請求人が主張する技術常識の存在立証の方法は、その存在を立証しようとしている技術常識自体を知っていることを要するものであって、立証方法として適切なものではない。また、当該技術常識(技術常識C)を知っていることを要する過程を経て選び出した記載事項から導き出された事項(上記b(a)〜(c)を参照。)は、技術常識Cが存在することを立証するための証拠として適切なものではないと認められる。

(エ) 技術常識Cについてのまとめ
以上のとおりであるから、技術常識Cを認定することができるといえるためには、技術常識Cに係る技術が、多数の当業者に知られていることを立証することを要するところ、審判請求人が提示した甲14の1、甲15の1及び甲16の1に記載されている事項は、いずれも、技術常識Cに該当するといえるものではないし、技術常識Cに係る技術cに該当するといえるものでもない。また、これらの証拠に記載されている事項に基づき審判請求人が主張する事項(上記b(a)〜(c)を参照。)は、いずれも、技術常識Cの存在を立証する証拠とし得ないものである。
したがって、本件優先日当時において技術常識Cが存在したとは認められない。

エ 技術常識Dについて
(ア) 技術常識Dの内容
審判請求人が、本件優先日当時において認定することができると主張する技術常識Dは、以下のとおりのものである(審判請求書109〜110頁、「(6−4)技術常識D」の項)。

<技術常識D>
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野において、塗膜物性(消耗性、柔軟性、耐水性、硬さ等)の制御のために、該加水分解性樹脂がトリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を10〜35質量%程度(例えば25〜35質量%程度)含むこと、及び、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むこと。」

(イ) 技術常識Dの認定に関する審判請求人の主張の概要
審判請求人は、甲2〜4、甲6、甲7及び甲11に、上記第5 2〜4、6、7、11に摘記したとおりの事項が記載されていることを指摘するとともに(審判請求書の47〜101頁)、これらの記載から導かれる事項についての主張をした(審判請求書の57〜101頁、(5−2−4)、(5−3−3)、(5−4−3)、(5−6−3)、(5−7−3)及び(5−11−2)の項。)。そして、「甲1の段落[0147]の記載、並びに、上記(5−2−4)、(5−3−3)、(5−4−3)、(5−6−3)、(5−7−3)、(5−11−2)で述べたとおりの甲2〜4、6、7、11の記載から、防汚塗料組成物に含まれる加水分解性樹脂を形成するモノマー成分に関して、本件優先日当時における下記の技術常識Dを認定することができる。」(審判請求書109〜110頁、「(6−4)技術常識D」の項)と主張した。

(ウ) 検討
技術常識とは、「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項をいう。」(特許庁、「特許・実用新案審査基準」)とされており、当該技術常識に係る技術が多数の当業者に知られていることであるから、技術常識Cを認定することができるといえるためには、当該技術常識Dに係る技術(以下、「技術d」という。)が、多数の当業者に知られていること(例えば、技術dが記載されている刊行物が多数存在すること)などを立証することを要するものである。
また、審判請求人が主張する技術常識Dは、上記(ア)のとおりであるから、技術常識Dに係る技術dは、「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位を含む加水分解性樹脂を含み、当該樹脂の水中での加水分解を利用した塗膜更新性に基づき防汚性能を示す防汚塗料組成物の分野において、塗膜物性(消耗性、柔軟性、耐水性、硬さ等)の制御のために、該加水分解性樹脂がトリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を10〜35質量%程度(例えば25〜35質量%程度)含むこと、及び、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むこと。」であると認められる。


甲2〜4、6、7、11には、上記第5 甲2〜4、6、7、11に摘記したとおりの事項が記載されている。
しかしながら、これらの記載事項は、いずれも、その記載が技術常識Dと一致するものではないし、(例えば、表現上の相違があるものの)実質的に技術常識Dであるといえるものでもないし、技術常識Dに係る技術dに該当するといえるものでもない。

審判請求人は、甲2〜4、6、7、11の記載から、下記(a)〜(f)の事項が導かれると主張(審判請求書の57〜101頁、(5−2−4)、(5−3−3)、(5−4−3)、(5−6−3)、(5−7−3)及び(5−11−2)の項)しているが、これらのいずれも、技術常識Dと一致するものではないし、実質的に技術常識Dであるといえるものでもないし、技術常識D係る技術dに該当するといえるものでもない。

(a) 甲2の記載から導かれる事項(審判請求書の頁、(5−2−4)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を15〜40重量%含むことは公知であり、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むことも公知である。」、「メトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させることによって塗膜の消耗性及び柔軟性を向上させ得ることも公知である。」、「塗膜の消耗性及び柔軟性、又は、塗膜の耐水性低下によるクラック発生を考慮してメトキシエチル(メタ)アクリレートの含有量を調整することも公知である。」

(b) 甲3の記載から導かれる事項(審判請求書の頁、(5−3−3)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位を30〜60重量%含むことは公知であり、メトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位とともに、さらにメチルメタクリレート由来の構成単位をさらに含むことも公知である。」、「メトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させることによって塗膜の消耗性及び耐水性(耐クラック性)を制御できることも公知である。」

(c) 甲4の記載から導かれる事項(審判請求書の105頁、(5−4−3)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位を例えば10〜30質量%含むことは公知であり、メトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位とともに、さらにメチルメタクリレート由来の構成単位をさらに含むことも公知である。」

(d) 甲6の記載から導かれる事項(審判請求書の105頁、(5−6−3)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位を例えば34〜36重量%含むことは公知であり、メトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位とともに、さらにメチルメタクリレート由来の構成単位をさらに含むことも公知である。」

(e) 甲7の記載から導かれる事項(審判請求書の105頁、(5−7−3)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位を例えば5〜50質量%含むことは公知であり、メトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位とともに、さらにメチルメタクリレート由来の構成単位をさらに含むことも公知である。」、「メトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させることによって塗膜の硬さ、親水性及び溶解速度を制御できることも公知である。」、「メチルメタクリレートを共重合させることによって塗膜の耐水性及び硬さを制御できることも公知である。」

(f) 甲11の記載から導かれる事項(審判請求書の105頁、(5−11−2)の項)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、トリアルキルシリル(メタ)アクリレート由来の構成単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位を例えば10重量%含むことは公知であり、メトキシエチル(メタ)アクリレート由来の構成単位とともに、さらにメチルメタクリレート由来の構成単位をさらに含むことも公知である。」


審判請求人は、技術常識の存在立証の方法について、「一般論として、ある特許出願の出願日より後の時点で、出願日当時においてある技術常識が存在していたことを、遡って認定しようするとき、認定のための1つの方法は、上記定義でいう「当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む)」に該当する技術が存在することを立証するための証拠として、出願日前に発行された刊行物を提示することです。・・・刊行物中の実験結果の対比によって一義的に導き出される事項もまた、その刊行物に記載された技術的事実とすることができます。また、普通に考えて、ある1つの刊行物をみたとき、そこには様々な多くの事項が記載されています。技術常識の認定にあたり、このような多くの記載事項の中から当該技術常識の存在立証のために必要な記載事項(技術的事実)を選び(必要な記載事項に着目し)、当該技術常識の存在立証のために不必要で関連性のない記載事項については考慮しないことは当然であるといえます。」(口頭審理陳述要領書20頁、「(3−ウ−1) 技術常識の存在立証の方法について」の項)と主張している。
しかしながら、上記ア(ウ)cと同様の理由により、審判請求人のいう技術常識の存在立証の方法は、適切なものであるとはいえない。また、当該技術常識(技術常識D)を知っていることを要する過程を経て選び出した記載事項から導き出された事項(上記b(a)〜(f)を参照。)は、技術常識Dが存在することを立証するための証拠として適切なものではないと認められる。


審判請求人は、「(5−2−4)のタイトルである「甲2の記載から導かれる第3の事項」(上記b(a)を参照。)とは、(5−2−4)に記載された事項から一義的に導き出すことができる下記事項を指しており、「(5−2−4)で述べたとおりの甲2」も同じく下記事項を指しています。」と主張して下記(a)を示した(口頭審理陳述要領書45頁、「(3−イ−1) 「(5−2−4)で述べたとおりの甲2の記載」の具体的な内容について」の項)。
また、審判請求書の「(5−3−3)で述べたとおりの甲3の記載」、「(5−7−3)で述べたとおりの甲7の記載」(それぞれ、上記b(b)、(e)を参照。)の具体的な内容についても、同様の主張をするとともに、下記(b)、(c)を示した(口頭審理陳述要領書45〜47頁、(3−イ−2)、(3−イ−5)の項)。
なお、甲4、6、11の記載から導かれる事項(それぞれ、上記b(c)、(d)、(f)を参照。)から一義的に導き出すことができる事項に関する主張はない。

(a)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、塗膜物性(消耗性、柔軟性、耐水性)の制御のために、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を15〜40重量%(例えば25〜35質量%)含むこと、及び、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むことは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(b)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、塗膜物性(消耗性、耐水性)の制御のために、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を30〜60重量%(例えば25〜35質量%)含むこと、及び、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むことは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

(c)
「トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を含む共重合体を含む防汚塗料組成物の分野において、該共重合体が、塗膜物性(硬さ、親水性、溶解速度)の制御のために、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位に加えてメトキシエチル(メタ)アクリレートから誘導される成分単位を例えば5〜50質量%含むこと、及び、上記2種の成分単位とともに、さらにメチルメタクリレート(MMA)から誘導される成分単位を含むことは、本件優先日前に公知の事項であったこと。」

しかしながら、審判請求書の(5−2−4)、(5−3−3)、(5−7−3)の項)の項に記載されている事項(上記b(a)、(b)、(e)を参照。)は、上記cのとおり、いずれも、技術常識Dが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。また、そのような事項を総合して一義的に導き出したもの(一義的に導き出せるといえるか否かは措くとして)である上記(a)〜(c)も、当然、技術常識Dが存在することを立証するための証拠として適切なものではない。

(エ) 技術常識Dについてのまとめ
以上のとおりであるから、技術常識Dを認定することができるといえるためには、技術常識Dに係る技術が、多数の当業者に知られていることを立証することを要するところ、審判請求人が提示した甲2〜4、6、7、11に記載されている事項は、いずれも、技術常識Dに該当するといえるものではないし、技術常識Dに係る技術dに該当するといえるものでもない。また、これらの証拠に記載されている事項に基づき審判請求人が主張する事項(上記b(a)〜(f)、及び、上記d(a)〜(c)を参照。)は、いずれも、技術常識Dの存在を立証する証拠とし得ないものである。
したがって、本件優先日当時において技術常識Dが存在したとは認められない。

オ 技術常識A〜Dを前提とした進歩性欠如について
上記(1)のとおり、本件特許発明1に対する無効理由2は、本件特許発明1は、甲1−1発明又は甲1−2発明と甲1の記載及び技術常識Aに基づいて容易に想到し得るものであり、その効果も甲2に記載されたものであるか技術常識A〜Cに基づいて当業者が予測し得る範囲のものであるので、本件特許発明1は、進歩性がない、というものであり、また、本件特許発明2〜16は、甲1−1発明又は甲1−2発明と甲1の記載及び技術常識A〜Dに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、進歩性がないというものであって、技術常識A〜Dをいずれも認定できることを前提とするものであるが、上記(2)のとおり、審判請求人が認定できると主張する技術常識A〜Dは、いずれも、認定することができないと認められる。
そうすると、上記主張によっては、本件特許発明1〜16に対する特許は、無効理由2によって無効にすべきものであるとは認められない。

(3)甲1に記載された発明に基づく本件発明1の進歩性欠如について
審判請求人は、技術常識A〜Dを認定することができない場合についての主張をしていないが、上記(2)のとおり、甲1に記載された発明として認定できるといえるのは甲1−1発明及び甲1−2発明であることから、甲1−1発明及び甲1−2発明に基づく本件発明1の進歩性欠如について、以下に検討する。

ア 甲1−1発明との対比・判断
(ア)対比
上記1(3)アのとおり、本件特許発明1(上記第2を参照。)と甲1−1発明(上記第6、1(2)アを参照。)は、以下の一致点、相違点を有する。

<一致点>
「シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する、
防汚塗料組成物。

(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)」

<相違点1>
トリアルキルシリル(メタ)アクリレートについて、本件特許発明1は「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」であるのに対し、甲1−1発明は「アクリル酸トリイソプロピルシリル(トリイソプロピルシリルアクリレート)」である点

(イ)甲1−1発明において相違点1に係る事項を置き換える動機付けについて
甲1−1発明は、甲1の実施例1に着目して認定した発明であるところ、当該発明は、甲1に記載の防汚塗料組成物において、熱可塑性樹脂および/または可塑剤(ii)のうちの熱可塑性樹脂の選択肢([0150])からロジンが選択され、その他の添加剤のうちの溶剤の選択肢([0162])からキシレンが選択され、加水分解性樹脂(i)として、一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)([0089]〜[0090]、[0128]〜[0129])からアクリル酸トリイソプロピルシリルが選択され、一般式(I’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a1)の選択肢([0081]〜[0082]、[0103])からFM-0711が選択され、一般式(III’)で示されるシリコン含有樹脂性単量体(a3)の選択肢([0085]〜[0086]、[0117])からFM-7711が選択され、その他の単量体成分(d)の選択肢([0147])からメタクリル酸メチルが選択された組合せからなるものである。

ここで、甲1の[0089]及び[0090]に「一般式(V’)中、R43は水素原子またはメチル基を表し」と記載されているからといって、実施例1として、甲1に記載のそれぞれの選択肢から選択した結果としての上記組合せによるものが一体となっている甲1−1発明において、「アクリル酸トリイソプロピルシリル」が選択される元となる一般式(V’)で示されるトリオルガノシリル(メタ)アクリレート(b)のみに着目して置き換えることとし、一般式(V’)のR43が水素原子、R40、R41及びR42がイソプロピル基であるアクリル酸トリイソプロピルシリルを、同R43がメチル基、R40、R41及びR42がイソプロピル基であるメタクリル酸トリイソプロピルシリルであるもののみに選択を換えた発明とする動機付けがあるとは認められない。さらに、上記組合せからなる防汚塗料組成物において、アクリル酸トリイソプロピルシリルをメタクリル酸トリイソプロピルシリルに置き換えることが、本件特許の優先日当時における技術常識であるということもできない。

(ウ)甲1−1発明と甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項による容易想到性について
審判請求人が主張する上記技術常識A及びBおいて、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利又は等価としている根拠である甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項のそれぞれを、甲1−1発明に適用することによる本件発明1の容易想到性について、以下に検討する。

a 甲2に記載された事項
甲2には、防汚塗料組成物において、「トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を(共)重合した樹脂は、トリイソプロピルアクリレート(TIPSA)を(共)重合した樹脂と比較して、樹脂自体の耐水性が良好である。このため、亜酸化銅等の銅化合物を含有しない塗料組成物から形成された塗膜であっても、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を共重合した樹脂が用いられる場合には、樹脂自体の優れた耐水性により、クラックが発生し難く、安定した消耗性を発現することができる。」(【0013】)ながらも、「しかしながら、トリイソプロピルシリルメタクリレート(TIPSMA)を(共)重合した樹脂を用いると、塗膜の消耗性が低くなり、また樹脂のガラス転移温度が高いため塗膜の柔軟性がやや不足しており、塗膜にクラックが発生することがある。」(【0014】)ことから、「トリオルガノシリル基を含有する加水分解性樹脂であるTIPSMAの(共)重合体において、さらにメトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させることで、この樹脂を含む防汚塗料組成物から形成される塗膜の消耗性および柔軟性を向上させ、かつ防汚塗料組成物に含まれる有機防汚剤としては4−ブロモ−2−(4−クロロフェニル)−5−(トリフルオロメチル)−1H−ピロール−3−カルボニトリル(商品名エコネア)を使用することにより、樹脂の過度の加水分解が抑えられ、かつ良好な防汚性能が発揮され、以って上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。」(【0017】)と記載されている。

すなわち、甲2に記載された事項は、塗膜の消耗性が低く、塗膜にクラックが発生するというTIPSMAが有する課題を解決するために、TIPSMAの(共)重合体にさらにメトキシエチル(メタ)アクリレートを共重合させるとともに、特定の有機防汚剤(4−ブロモ−2−(4−クロロフェニル)−5−(トリフルオロメチル)−1H−ピロール−3−カルボニトリル(商品名エコネア))を使用するものであり、実施例12及び13又は比較例11及び12は、あくまでTIPSMA又はTIPSAをさらにメトキシエチル(メタ)アクリレートで共重合した上で特定の有機防汚剤を用いた場合の対比であって、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて、それらを置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

b 甲3に記載された事項
甲3には、「加水分解速度の遅い分岐アルキル基および/またはフェニル基からなるメタクリル酸トリ有機ケイ素エステル単量体と、親水性の穏やかなメタクリル酸アルコキシアルキルエステルとを共重合モノマーとした共重合体をビヒクルとして用いることにより、耐水性がよく、長期間安定した塗膜溶解速度を示す防汚塗料が得られることを見出し、本発明を完成した。」(【0010】)と記載され、【0042】の【表1】に、製造例1として、トリ有機ケイ素エステル単量体である「トリイソプロピルシリルメタクリレート」とアルコキシアルキルエステルである「2−メトキシエチルメタクリレート」とを共重合したものが、比較製造例1として、トリ有機ケイ素エステル単量体である「トリイソプロピルシリルアクリレート」とアルコキシアルキルエステルである「2−メトキシエチルアクリレート」とを共重合したものが記載されているように、甲3の記載は、あくまでTIPSMA又はTIPSAを2−メトキシエチルアクリレートと共重合した場合の比較であって、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

c 甲4に記載された事項
甲4には、防汚塗料組成物として、製造例6のトリイソプロピルシリルアクリレートを用いている実施例1と、製造例7のトリイソプロピルシリルメタクリレートを用いている実施例2が記載され([0088]の[表1]、[0091]の[表3])、それらのロータリー試験後の塗膜状態及び防汚性の評価が◎で同等であるところ([0105]の[表6])、評価が同等である以上、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

d 甲5に記載された事項
甲5には、自己研磨性塗料として、A1のトリイソプロピルシリルアクリレートを用いている実施例M1と、A3のトリイソプロピルシリルメタクリレートを用いている実施例M16が記載され(【0134】の表1、【0148】の表4)、それらの海水中での防汚性の測定(イカダ試験)は、それぞれ評価が97と99であり、いずれも「97〜100」で防汚性が優れているものとして同等であるところ(【0125】〜【0127】、【0148】の表4))、評価が同等である以上、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

e 甲6に記載された事項
甲6には、防汚塗料組成物として、メタクリル酸トリオルガノシリルエステル単量体と、メタクリル酸メトキシアルキルエステル単量体との混合物から得られるトリオルガノシリルエステル含有共重合体を含有するものが記載され(請求項1)、【0122】の【表1】に、製造例S−3として、トリオルガノシリルエステル単量体である「メタクリル酸トリイソプロピルシリル」とメタクリル酸メトキシアルキルエステル単量体である「メタクリル酸2−メトキシエチル」とを共重合したものが、比較製造例1として、トリオルガノシリルエステル単量体である「アクリル酸トリイソプロピルシリル」とメタクリル酸メトキシアルキルエステル単量体である「メタクリル酸2−メトキシエチル」とを共重合したものが記載されているように、甲6の記載は、あくまでTIPSMA又はTIPSAをメタクリル酸2−メトキシエチルと共重合した場合の比較であって、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

f 甲7に記載された事項
甲7には、防汚塗料組成物として、共重合体組成物S−1〜S−10であるトリ(イソプロピル)シリルメタクリレート又はトリ(イソプロピル)シリルアクリレートを用いた実施例13〜23は(【0055】の【表1】、【0056】の【表2】、【0060】の【表3】、【0061】の【表4】)、防汚性能試験及び耐クラック性試験の評価結果が同等であるところ(【0074】の【表8】、【0076】の【表10】)、評価が同等である以上、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

g 甲8に記載された事項
甲8には、防汚塗料組成物として、共重合体組成物A−1〜A−4であるメタクリル酸トリイソプロピルシリル又はアクリル酸トリイソプロピルシリルを用いた実施例1〜4は([0136]の[表1]、[0149]の[表2])、ロータリー試験後の塗膜状態及び防汚試験の評価結果が同等であるところ([0168]の[表4]、[0175]の[表5])、評価が同等である以上、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

h 甲9に記載された事項
甲9には、自己研磨性防汚コーティング剤に係る加水分解実験の結果として、溶液中のモノマーの200分後の加水分解度が、トリイソプロピルシリルアクリレートは42%、トリイソプロピルシリルメタクリレートは13%であることが記載されており(【0117】の【表1】)、トリイソプロピルシリルメタクリレートの方が、トリイソプロピルシリルアクリレートよりも加水分解速度が遅いことを示しているが、これは、モノマーとしての比較であって、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させた場合は不明であって、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

i 甲10の1に記載された事項
甲10の1には、「メタクリル酸メチル系重合体は硬さ,耐水性は良好であるが,耐衝撃性,接着性,耐ヒートサイクル性に劣る。一方,アクリル酸エステル系重合体は耐衝撃性,接着性は良好であるが,硬さ,耐水性,耐薬品性に劣る。」(678頁右欄3〜7行)と記載されているが、当該記載は、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

j 甲12の1に記載された事項
甲12の1には、船底防汚塗料において、「これまで培ってきた防汚性能を維持させつつ,基体樹脂組成の最適化検討を行い,シリルアクリレート系に代わる新規なシリルメタクリレート系加水分解型樹脂を開発し,防汚性と塗膜物性を両立させることに成功した」(294頁右欄17行〜295頁左欄11行)」と記載されているが、当該記載は、単に「新規なシリルメタクリレート系加水分解型樹脂」としているだけであって、いかなる樹脂なのか不明であり、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

k 甲13の1に記載された事項
甲13の1には、次世代型船底防汚塗料について、「シリルアクリレートは優れた樹脂ではありましたが、一部の条件下では加水分解が先行し、クラックやフレーキングが見られることがありました。これらの物理性能を解決するため、シリルメタクリレート樹脂を採用しバージョンアップすることに成功しました。」(2枚目左上欄11〜15行)」と記載されているが、当該記載は、単に「シリルメタクリレート樹脂」としているだけであって、いかなる樹脂なのか不明であり、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものとして、TIPSAよりもTIPSMAが優れていて置き換える動機付けがあるということを示唆するものでない。

l 小括
以上のとおり、甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項には、上記相違点1に係る事項を置き換える動機付けの示唆があるとはいえないから、本件発明1は、甲1−1発明並びに甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(エ)本件発明1が奏する効果について
本件発明1が奏する効果は、「高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ」(「長期動的浸漬後防汚性」、【0090】)、「乾湿交互部においても防汚性に優れ」(「半没水浸漬防汚性」、【0089】)、「リコート性に優れる防汚塗膜」(「上塗り付着性」、【0091】)が得られる防汚塗料組成物を提供することができるというものである(【0011】)。

これに対して審判請求人は、上記の各効果は格別なものでないと主張するところ、以下に検討する。

a 長期動的浸漬後防汚性について
請求人は、「甲2でいう動的防汚性(段落【0107】〜【0110】)は、試験板を周速10ノットで回転させながら海水に一定期間浸漬したときの生物の付着面積割合を評価するものであり、これは、・・・長期動的浸漬後防汚性と同義である」と主張している(審判請求書124頁20〜23行)。
しかしながら、本件発明1における長期動的浸漬後防汚性の試験方法は、「防汚塗膜付き試験板を、表面速度が10ノットとなる速度で回転水流を生じさせた円筒の内壁に固定して、30℃の海水中で6ヵ月動的浸漬環境下においた。この処理により、防汚塗膜が高温下での水流に曝されることで、促進的に長期水流に曝された場合に近い塗膜状態になる。その後、東京湾内にて水面下約2メートルの位置で試験面が水面に対して垂直となる向きで浸漬した。本条件での浸漬を開始してから6ヶ月後に防汚塗膜上の海生生物の付着面積を測定し、・・・防汚塗膜の長期動的浸漬後防汚性を評価した。」(【0090】)と記載されているように、動的浸漬環境下においた後に静置するものであるから、動的環境のみである甲2における試験方法と異なるものである。

また、請求人は、長期動的浸漬後防汚性の効果が得られるのは、塗膜の耐水性が高まるためであるから、耐水性が高いものであれば、当該効果を奏すると主張している(審判請求書124頁末行〜125頁15行)。
しかしながら、本件明細書には「オルガノポリシロキサンの水透過性由来と推定される塗膜内部状態の変質のため、長期にわたり高速水流に曝されると、防汚性及び上塗り付着性(リコート性)が低下するという問題があった」(【0014】)及び「特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、防汚塗膜に適度な耐水性と水中での表面からの塗膜更新性が付与され、より長期にわたって防汚性が維持される」(【0015】)と記載され、当該記載においては「適度な耐水性」としており、耐水性が高いほど良いとされているものではないし、耐水性が高いほど長期動的浸漬後防汚性の効果を得られることが技術常識であるとも認められない。

よって、請求人の主張を採用することはできず、本件発明1は、その構成を有することにより、長期動的浸漬後防汚性の評価において海生生物が付着した面積が全体の30%未満(評価基準3以上)という格別顕著な効果を奏するものである(【0087】の【表3】、【0090】)。

b 半没水浸漬防汚性について
請求人は、半没水浸漬防汚性の効果が得られるのは、塗膜の耐水性が高まるためであるから、耐水性が高いものであれば、当該効果を奏すると主張している(審判請求書125頁19〜24行)。
しかしながら、本件明細書には「特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、防汚塗膜に適度な耐水性と水中での表面からの塗膜更新性が付与され、より長期にわたって防汚性が維持される」(【0015】)と記載され、当該記載においては「適度な耐水性」としており、耐水性が高いほど良いとされているものではないし、耐水性が高いほど半没水浸漬防汚性の効果を得られることが技術常識であるとも認められない。

また、請求人は、「塗膜の防汚性を向上させるうえで上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利となり得ることは、技術常識であった」と主張している(審判請求書126頁3〜5行)。
しかしながら、当該技術常識(技術常識A)が認められないことは、上記(2)アのとおりであるし、当該技術常識Aの根拠としている証拠(甲2〜8、甲12の1及び甲13の1)からは、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものにおいて、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であるといえないことも、上記(ウ)のとおりである。

よって、請求人の主張を採用することはできず、本件発明1は、その構成を有することにより、半没水浸漬防汚性の評価において、海生生物が付着した面積が全体の30%未満(評価基準3以上)という格別顕著な効果を奏するものである(【0087】の【表3】、【0089】)。

c 上塗り付着性(リコート性)について
請求人は、上塗り付着性(リコート性)の効果が得られるのは、塗膜の耐水性が高まるためであって、「塗膜の耐水性を向上させるうえで、上記トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であること」は「技術常識であった」から、リコート性は当業者であれば予測し得た範囲内のものであると主張している(審判請求書126頁18行〜127頁7行)。
しかしながら、本件明細書には「オルガノポリシロキサンの水透過性由来と推定される塗膜内部状態の変質のため、長期にわたり高速水流に曝されると、防汚性及び上塗り付着性(リコート性)が低下するという問題があった」(【0014】)及び「特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、防汚塗膜に適度な耐水性と水中での表面からの塗膜更新性が付与され、より長期にわたって防汚性が維持される」(【0015】)と記載され、当該記載においては「適度な耐水性」としており、耐水性が高いほど良いとされているものではない。さらに、請求人が主張する技術常識(技術常識B)は、上記(2)イのとおり認められるものではないし、当該技術常識Bの根拠としている証拠(甲2、甲7、甲9及び甲10の1)からは、特定のオルガノポリシロキサンと共重合させるものにおいて、トリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートを用いた方がトリアルキルシリルアクリレートを用いるよりも有利であるといえないことも、上記(ウ)のとおりである。

また、吸水による水の浸透や膨潤等が原因で塗膜の付着性が低下することは、本件優先日当時における技術常識であったから、塗膜の耐水性を上げれば塗膜の付着性を改善できることは当事者が十分に予測し得たことであると主張している(審判請求書127頁9〜13行)。
しかしながら、請求人が主張する当該技術常識(技術常識C)は、上記(2)ウのとおり認められるものではないし、当該技術常識Cの根拠としている証拠(甲14の1、甲15の1及び甲16の1)は。上塗り時の付着性に関するものではない。

よって、請求人の主張を採用することはできず、本件発明1は、その構成を有することにより、上塗り付着性の評価において、剥離の発生したマス目が10個以下(評価基準3以上)という格別顕著な効果を奏するものである(【0087】の【表3】、【0091】)。

d 以上のとおり、仮に本件発明1の構成に至る動機付けがあったとしても、優先日当時、当該発明の効果が、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるといえるから、当該発明は、当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。

(オ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲1−1発明及び甲1〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものに該当するとは認められない。

イ 甲1−2発明との対比・判断
(ア)対比
上記1(3)イのとおり、本件特許発明1(上記第2を参照。)と甲1−2発明(上記第6、1(2)イを参照。)は、以下の一致点、相違点を有する。

<一致点>
「シリルエステル系共重合体(A)を含有し、
該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリル(メタ)アクリレートに由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する、
防汚塗料組成物。

(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)」

<相違点2>
トリアルキルシリル(メタ)アクリレートについて、本件特許発明1は「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」であるのに対し、甲1−2発明は「アクリル酸トリイソプロピルシリル(トリイソプロピルシリルアクリレート)」である点

(イ)甲1−2発明において相違点2に係る事項を置き換える動機付け、甲1−2発明と甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項による容易想到性、及び、本件発明1が奏する効果について

相違点2は、相違点1と同じものである。そうすると、相違点2に係る事項を置き換える動機付けについての判断は、上記1と同様の検討により、動機付けがあるとはいえず、また、甲1−2発明と甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項による容易想到性についての判断も、上記1と同様の検討により、甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項には、上記相違点2に係る事項を置き換える動機付けの示唆があるとはいえないから、本件発明1は、甲1−2発明並びに甲2〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
また、本件発明1が奏する効果は、「高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ」(「長期動的浸漬後防汚性」、【0090】)、「乾湿交互部においても防汚性に優れ」(「半没水浸漬防汚性」、【0089】)、「リコート性に優れる防汚塗膜」(「上塗り付着性」、【0091】)が得られる防汚塗料組成物を提供することができるというものであって(【0011】)、仮に本件発明1の構成に至る動機付けがあったとしても、優先日当時、当該発明の効果が、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるといえる。

(ウ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲1−2発明及び甲1〜9、甲10の1、甲12の1及び甲13の1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものに該当するとは認められない。

(4)本件特許発明2〜16について
本件特許発明2〜16は、本件特許発明1を直接または間接的に引用し、さらに限定したものに該当するところ、上記(2)及び(3)のとおりであるから、本件特許発明2〜16に対する特許は、無効理由2によって無効にすべきものであるとは認められない。

(5)無効理由2についての小括
前記(1)〜(4)から、本件特許発明1〜16のいずれについても、進歩性が欠如するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由2は理由がなく、本件特許発明1〜16に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものということはできない。

3 無効理由3(サポート要件)についての判断
(1) 判断手法について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである〔知財高裁、平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。

(2) 無効理由3の概要
審判請求人が主張する無効理由3の概要は、下記のア〜ウである。

本件特許発明1に係る本件請求項1は、防汚塗料組成物が特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することのみを規定し、防汚剤(B)の含有の要否を規定しない。よって、本件特許発明1は、防汚剤(B)を含有しない態様及び防汚剤(B)の含有量が少ない態様をも包含しているが、本件優先日当時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記2つの課題を解決し得ると認識し得るのは、防汚塗料組成物が本件請求項1に記載された特定のシリルエステル系共重合体(A)に加えて相当量の防汚剤(B)を含有する態様のみであるから、防汚剤(B)を含有しない態様及び防汚剤(B)の含有量が少ない態様をも包含する本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。
相当量の防汚剤(B)を含有することを特定していない本件特許発明2〜10及び12〜16についても同様である。(審判請求書142〜144頁、「(9−1)防汚剤(B)について」の項)


本件特許発明1に係る本件請求項1は、シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを規定するところ、この規定は、シリルエステル系共重合体(A)がトリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を含むことを許容するものであるが、本件優先日当時の技術常識に照らして、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件特許発明の課題を解決し得ると認識し得るのは、シリルエステル系共重合体を形成するトリアルキルシリル(メタ)アクリレートとしてトリアルキルシリルメタクリレートのみを用いた態様だけであるから、任意の量でトリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を含むことを許容する本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできないし、発明の詳細な説明に記載された本件特許発明の課題を解決するための手段が本件特許発明1に係る本件請求項1において反映されているともいえない。本件特許発明2〜16についても同様である。(審判請求書144〜146頁、「(9−2)トリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位について」の項)


本件特許発明1に係る本件請求項1は、シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを規定するところ、(i)及び(ii)の構成単位の含有量、並びに、(i)及び(ii)以外の構成単位(本件請求項4に記載された(iii)その他の単量体(a3)に由来する構成単位)の有無及び含有量に関する特定は本件請求項1にはないが、本件優先日当時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件特許発明の課題を解決し得ると認識し得るのは、(i)、(ii)及び(iii)の構成単位の含有量が実施例1〜16の開示の範囲内である態様のみであるから、(i)、(ii)及び(iii)の構成単位の含有量を問わない本件特許発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。本件特許発明2〜16についても同様である。(審判請求書146〜147頁、「(9−3)シリルエステル系共重合体(A)の構成単位について」の項)

(3) 本件特許明細書の記載
本件特許明細書には以下の記載がある。

「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記特許文献1に開示された防汚塗料組成物は、水中での静置の浸漬状態では長期に良好な防汚性を発揮するものの、オルガノポリシロキサンの水透過性由来と推定される塗膜内部状態の変質のため、長期にわたり高速水流に曝されると、防汚性及び上塗り付着性(リコート性)が低下するという課題が判明した。
このような課題に鑑み、本発明は高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供することを目的とする。更に、本発明は、前記防汚塗料組成物を使用した防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに、防汚方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らが鋭意検討した結果、以下に示す防汚塗料組成物を用いることで上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
本発明の要旨は以下のとおりである。
【0006】
本発明は、以下の[1]〜[25]に関する。
[1] シリルエステル系共重合体(A)を含有し、該シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを特徴とする、防汚塗料組成物。
【0007】
【化1】


(式(I)中、R1、R2及びR3はそれぞれ独立に、一価の炭化水素基を示し、Xはそれぞれ独立に、(メタ)アクリロイルオキシアルキル基又はメルカプトアルキル基を示し、m及びnはそれぞれ独立に0以上であり、p及びqはそれぞれ独立に0又は1であり、n+p+qは1以上である。)
【0008】
[2] 前記シリルエステル系共重合体(A)が、トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位を20〜80質量%、好ましくは40〜70質量%含有する、[1]に記載の防汚塗料組成物。
・・・
[25] [22]に記載の防汚塗膜を使用する、防汚方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供することができる。更に、本発明によれば、前記防汚塗料組成物を使用した防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに、防汚方法を提供することができる。」

「【0014】
本発明によれば、高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供することができる。
特許文献1に記載された防汚塗料組成物では、水中での静置の浸漬状態では長期に良好な防汚性を発揮するものの、オルガノポリシロキサンの水透過性由来と推定される塗膜内部状態の変質のため、長期にわたり高速水流に曝されると、防汚性及び上塗り付着性(リコート性)が低下するという問題があった。本発明は、特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、長期にわたって防汚性が維持され、リコート性にも優れた防汚塗膜を形成できる防汚塗料組成物が提供されることを見出したものである。更に、予測しがたい効果として、乾湿交互部においても防汚性に優れる防汚塗膜が得られた。
【0015】
なお、上記の効果が得られる詳細な作用機序は必ずしも明らかではないが、一部は以下のように推定される。すなわち、特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、防汚塗膜に適度な耐水性と水中での表面からの塗膜更新性が付与され、より長期にわたって防汚性が維持されるとともに、適度な耐水性により、塗膜内部状態の変質が抑制されて、リコート性に優れた防汚塗膜が得られたものと考えられる。
以下、本発明の防汚塗料組成物が含有する各成分について詳述する。
【0016】
<シリルエステル系共重合体(A)>
本発明において、シリルエステル系共重合体(A)は、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)上記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する。また、シリルエステル系共重合体(A)は、任意に(iii)その他の単量体(a3)に由来する構成単位を有し、(iii)その他の単量体(a3)に由来する構成単位を有することが好ましい。
・・・
シリルエステル系共重合体(A)が水中で適切な速度で加水分解する観点から、R7〜R9としては、メチル基、エチル基、イソプロピル基、n−プロピル基、イソブチル基、sec−ブチル基、n−ブチル基、2−エチルヘキシル基、フェニル基等が例示され、これらの中でも、イソプロピル基、n−プロピル基、sec−ブチル基、n−ブチル基、及びフェニル基よりなる群から選択されることが好ましく、R7〜R9の全てがイソプロピル基であることがより好ましい。
【0020】
シリルエステル系共重合体(A)におけるトリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位の含有量は、形成される防汚塗膜が適当な塗膜更新速度を有する点から全構成単位100質量部に対して、好ましくは20〜80質量部、より好ましくは40〜70質量部である。
なお、本発明において、シリルエステル系共重合体(A)中の各単量体等に由来する構成単位の各含有量(質量)の比率は、重合反応に用いる前記各単量体等(反応原料)の仕込み量(質量)の比率と同じものとしてみなすことができる。
【0021】
本発明は、トリアルキルシリルアクリレートでなくトリアルキルシリルメタクリレートを用いる点に1つの特徴を有する。シリルエステル系共重合体(A)の重合においては、式(I)で表される化合物(a2)の低溶解性等に起因すると考えられる均一な重合の困難さから、重合性の高いトリアルキルシリルアクリレートを用いることが一般的であった。本発明では、敢えて重合性の低いトリアルキルシリルメタクリレートを使用したことで、好適な塗膜物性と防汚性を発揮する防汚塗膜が得られるシリルエステル系共重合体(A)を見出し、本発明を完成させた。
【0022】
〔(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位〕
本発明において、シリルエステル系共重合体(A)は、下記式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する。」

「【0035】
シリルエステル系共重合体(A)における化合物(a2)に由来する構成単位の含有量は、防汚塗膜の乾湿交互条件での防汚性能や耐水性、下地付着性の観点から、全構成単位100質量部に対して、好ましくは0.5〜50質量部、より好ましくは1〜30質量部、更に好ましくは1.5〜15質量部である。
【0036】
〔(iii)その他の単量体(a3)に由来する構成単位〕
本発明において、シリルエステル系共重合体(A)は、その他の単量体(a3)に由来する構成単位を有することが好ましい。
前記その他の単量体(a3)としては、前記単量体(a1)及び化合物(a2)と共重合可能な単量体を制限なく用いることができる。これらの中でも、その他の単量体(a3)は、エチレン性不飽和化合物であることが好ましい。
・・・
【0037】
前記その他の単量体(a3)としては、下記式(II)で表される単量体(a31)を含むことが好ましい。」

「【0040】
このような単量体(a31)としては、前記のアルコキシアルキル(メタ)アクリレートが挙げられ、好ましくは2−メトキシエチル(メタ)アクリレートであり、より好ましくは2−メトキシエチルメタクリレートである。
シリルエステル系共重合体(A)が、このような単量体(a31)に由来する構成単位を有する場合、防汚塗膜の防汚性能や耐水性、硬度の観点から、単量体(a31)に由来する構成単位の含有量は、シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対して、好ましくは5〜40質量部、より好ましくは10〜35質量部、更に好ましくは15〜30質量部である。
【0041】
本発明において、その他の単量体(a3)に由来する構成単位として、メチルメタクリレートに由来する構成単位を有することが好ましい。特に、シリルエステル系共重合体(A)が、単量体(a31)に由来する構成単位を有する場合、メチルメタクリレートに由来する構成単位を有することが好ましい。
メチルメタクリレートに由来する構成単位の含有量は、シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対して、好ましくは0.5〜40質量部、より好ましくは1〜35質量部、更に好ましくは3〜30質量部である。メチルメタクリレートに由来する構成単位の含有量が上記範囲内であると、塗膜強度に優れ、ひいては防汚性能に優れる防汚塗膜が得られる。
【0042】
また、本発明において、その他の単量体(a3)として、不飽和脂肪酸、すなわち、エチレン性不飽和基と、カルボキシ基とを有する単量体の含有量が、少ないことが好ましい。具体的には、不飽和脂肪酸としては、メタクリル酸、アクリル酸が例示される。
これらの不飽和脂肪酸の含有量は、シリルエステル系共重合体(A)の全構成単位100質量部に対して、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下、更に好ましくは1質量部以下、より更に好ましくは0質量部、すなわち含有しないことである。
不飽和脂肪酸の含有量が上記範囲内であると、装作業性及び貯蔵安定性に優れる傾向にある。
【0043】
シリルエステル系共重合体(A)は、例えば、以下の手順で製造することができる。
撹拌機、コンデンサー、温度計、滴下装置、窒素導入管及び加熱冷却ジャケットを備えた反応容器に溶剤を仕込み、窒素気流下で80〜90℃の温度条件下に加熱撹拌を行う。同温度を保持しつつ滴下装置より、前記反応容器内に前記単量体(a1)、化合物(a2)、及び任意に単量体(a3)、並びに重合開始剤、連鎖移動剤、及び溶剤等の混合液を滴下し、重合反応を行うことによりシリルエステル系共重合体(A)を得ることができる。」

「【0050】
〔防汚剤(B)〕
本発明において、防汚塗膜に防汚性を付与する目的から、本発明の防汚塗料組成物は防汚剤(B)を含んでいてもよい。
・・・
前記防汚剤の中では、形成される防汚塗膜の特に動物種の水生生物への防汚性、及び耐水性を向上させる観点から、防汚剤(B)として、亜酸化銅(B1)を含むことが好ましい。」
・・・
塗料組成物が亜酸化銅(B1)を含有する場合、その含有量は、本発明における防汚塗料組成物の塗装作業性や防汚塗膜の防汚性能及び耐水性の観点から、防汚塗料組成物の固形分中、好ましくは20〜80質量%、より好ましくは40〜70質量%、更に好ましくは50〜65質量%である。」

「【実施例】
【0078】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はかかる実施例により何ら制限されるものではない。以下では、特にその趣旨に反しない限り、「部」は質量部の意味である。
なお、実施例において用いる各成分の「固形分」とは、各成分に溶剤として含まれる揮発成分を除いた成分を指し、各成分を108℃の熱風乾燥機中で3時間乾燥させて得られたものを固形分としてみなす。
【0079】
[シリルエステル系共重合体(A)の製造]
<製造例1:シリルエステル系共重合体溶液(A−1)の製造>
撹拌機、コンデンサー、温度計、滴下装置、窒素導入管、及び加熱冷却ジャケットを備えた反応容器にキシレン43質量部、トリイソプロピルシリルメタクリレート10質量部、FM−0711(JNC(株)製、片末端メタクリレート変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=1,000)2質量部を仕込み、窒素気流下で80±5℃の温度条件下にて加熱撹拌を行った。同温度を保持しつつ滴下装置より、前記反応容器内にトリイソプロピルシリルメタクリレート40質量部、FM−0711(JNC(株)製、片末端メタクリレート変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=1,000)8質量部、2−メトキシエチルメタクリレート20質量部、メチルメタクリレート20質量部、及び2,2'−アゾビスイソブチロニトリル1.1質量部からなる混合物を2時間かけて滴下した。その後、同温度で2時間撹拌を行った後、2,2'−アゾビスイソブチロニトリルを更に0.4質量部を加え、3時間かけて105℃まで昇温を行い、キシレン24質量部を加えて、無色透明のシリルエステル系共重合体溶液(A−1)を得た。
使用された単量体混合物の構成、及びシリルエステル系共重合体溶液(A−1)の特性値を表1に示す。
【0080】
<製造例2〜11:シリルエステル系共重合体溶液(A−2)〜(A−11)の製造>
製造例1において使用した単量体混合物の仕込み比及び滴下時に用いる重合開始剤の種類及び量を表1のように変更した以外は、製造例1と同様にして、シリルエステル系共重合体溶液(A−2)〜(A−11)を調製した。
使用された単量体混合物の構成、並びに後述の方法により測定したシリルエステル系共重合体溶液(A−2)〜(A−11)及びこれらに含まれる共重合体の特性値を表1に示す。
【0081】
【表1】


【0082】
表1中の各成分は以下の通りである。
*1 FM−0711:JNC(株)製、片末端メタクリロイルオキシアルキル変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=1,000
*2 FM−0721:JNC(株)製、片末端メタクリロイルオキシアルキル変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=5,000
*3 FM−0725:JNC(株)製、片末端メタクリロイルオキシアルキル変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=10,000
*4 FM−7711:JNC(株)製、両末端メタクリロイルオキシアルキル変性オルガノポリシロキサン、平均分子量Mn=1,000
*5 KF−2001:信越化学工業(株)製、側鎖メルカプトアルキル変性オルガノポリシロキサン、官能基当量=1,900g/mol
【0083】
得られた重合体溶液(A−1)〜(A−11)の粘度、それに含まれる重合体の数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)の測定方法は以下の通りである。
<重合体溶液の粘度>
重合体溶液の25℃における粘度は、E型粘度計(東機産業(株)製)により測定した。
<重合体の数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)の測定>
重合体の数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)を下記条件でGPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)を用いて測定した。
GPC条件
装置:「HLC−8120GPC」(東ソー(株)製)
カラム:「SuperH2000+H4000」(東ソー(株)製、6mm(内径)、各15cm(長さ))
溶離液:テトラヒドロフラン(THF)
流速:0.500ml/min
検出器:RI
カラム恒温槽温度:40℃
標準物質:ポリスチレン
サンプル調製法:各製造例で調製された重合体溶液に少量の塩化カルシウムを加えて脱水した後、メンブレムフィルターで濾過して得られた濾物をGPC測定サンプルとした。
【0084】
[実施例1〜16、並びに比較例1及び2:防汚塗料組成物及び防汚塗膜の製造]
・配合成分
防汚塗料組成物に用いた各配合成分を表2に示す。
【0085】
【表2】


【0086】
<防汚塗料組成物の製造>
表3に記載された配合(質量部)で、各配合成分を混合撹拌し防汚塗料組成物を得た。なお、表3に記載された各成分の配合量は、有姿での配合量を示している。例えば、実施例1において、脂肪酸アマイドの有姿での(全体としての)配合量は2.0質量部であり、固形分20%であるので、そのうちの有効成分である脂肪酸アマイド自身の配合量は、0.4質量部である。
【0087】
【表3】


【0088】
<防汚塗膜の製造>
サンドブラスト処理鋼板(縦300mm×横100mm×厚み3.2mm)に、エポキシ樹脂系防錆塗料組成物(エポキシAC塗料、商品名「バンノー500」、中国塗料(株)製)をその乾燥膜厚が150μmとなるように塗布した後、ビニル樹脂系バインダー塗料組成物(商品名「シルバックスSQ―K」、中国塗料(株)製)をその乾燥膜厚が40μmとなるように塗布した。続いて、前記表3に示す防汚塗料組成物をその乾燥膜厚が200μmとなるように1回塗布し、25℃条件下で7日間乾燥させて、防汚塗膜付き試験板を作製した。なお、前記3回の塗装は1日当たり1回のペースで行った。
防汚試験板は、後述の各評価に用いるため塗料組成物ごとに複数作製した。
【0089】
<評価>
〔半没水浸漬防汚性〕
前述のように作製した防汚塗膜付き試験板を、広島湾内にてその試験面が海水面と垂直になるように、また、試験面と海水面の交差する喫水線が試験面の中央付近となるよう、更に、波による上下動により上下する喫水線が試験面の上端と下端の範囲内に収まるよう設置して浸漬した。本条件での浸漬を開始してから6ヶ月後に、防汚塗膜上のスライム状のものも含めた海生生物の付着面積を測定し、下記(防汚性評価基準)に従って、防汚塗膜の半没水浸漬防汚性を評価した。その結果を表3に示す。
(防汚性評価基準)
5:試験面において海生生物が付着した面積が全体の1%未満
4:同上面積が全体の1%以上10%未満
3:同上面積が全体の10%以上30%未満
2:同上面積が全体の30%以上70%未満
1:同上面積が全体の70%以上
【0090】
〔長期動的浸漬後防汚性〕
前述のように作製した防汚塗膜付き試験板を、表面速度が10ノットとなる速度で回転水流を生じさせた円筒の内壁に固定して、30℃の海水中で6ヵ月動的浸漬環境下においた。この処理により、防汚塗膜が高温下での水流に曝されることで、促進的に長期水流に曝された場合に近い塗膜状態になる。その後、東京湾内にて水面下約2メートルの位置で試験面が水面に対して垂直となる向きで浸漬した。本条件での浸漬を開始してから6ヶ月後に防汚塗膜上の海生生物の付着面積を測定し、下記(防汚性評価基準)に従って、防汚塗膜の長期動的浸漬後防汚性を評価した。その結果を表3に示す。
(防汚性評価基準)
5:試験面において海生生物が付着した面積が全体の1%未満
4:同上面積が全体の1%以上10%未満
3:同上面積が全体の10%以上30%未満
2:同上面積が全体の30%以上70%未満
1:同上面積が全体の70%以上
【0091】
〔上塗り付着性〕
前述のように作製した防汚塗膜付き試験板を、50℃の海水中に3か月浸漬した後、同一の各防汚塗料組成物をその乾燥膜厚が200μmとなるように1回塗布し、25℃条件下で7日間乾燥させた後、更に50℃の海水中に1か月浸漬した。この積層塗膜をJISK54008.5.2(碁盤目テープ法)に準じて、試験板の上の塗膜を貫通して、素地に達する切り傷を間隔4mm、ます目の数25の碁盤目状にカッターナイフで付け、この碁盤目の上にセロハン粘着テープをはりつけて引き剥がし、素地と塗膜又は積層塗膜間での剥離が発生したマス目の個数をもとに、以下の評価基準に従って評価した。結果を表3に示す。
(上塗り付着性評価基準)
5:剥離の発生したマス目がない
4:剥離の発生したマス目が1個〜3個
3:剥離の発生したマス目が4個〜10個
2:剥離の発生したマス目が11個〜20個
1:剥離の発生したマス目が21個以上
【0092】
実施例及び比較例の結果より明らかなように、本発明によれば、半没水状態にある乾湿交互部での防汚性に優れ、長期に動的な水流下に置かれた後でも防汚性能を維持することができ、更に上塗り付着性にも優れる防汚塗膜、該塗膜を形成できる防汚塗料組成物、及びこれを基材上に有する防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに該防汚塗膜を用いた防汚方法を提供することができる。」

(4)本件特許発明が解決しようとする課題
本件特許発明が解決しようとする課題は、上記(3)アの段落【0004】の記載に基づき、「高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供すること、及び、前記防汚塗料組成物を使用した防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに、防汚方法を提供すること」であると認められる。

(5)判断

上記(3)によれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明がその課題を解決するための手段について、「特許文献1に記載された防汚塗料組成物では、水中での静置の浸漬状態では長期に良好な防汚性を発揮するものの、オルガノポリシロキサンの水透過性由来と推定される塗膜内部状態の変質のため、長期にわたり高速水流に曝されると、防汚性及び上塗り付着性(リコート性)が低下するという問題があった。」(【0014】)のに対して、「本発明は、特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、長期にわたって防汚性が維持され、リコート性にも優れた防汚塗膜を形成できる防汚塗料組成物が提供されることを見出したものである。更に、予測しがたい効果として、乾湿交互部においても防汚性に優れる防汚塗膜が得られた。」(【0015】)として、「上記の効果が得られる詳細な作用機序は必ずしも明らかではないが、・・・、特定のシリルエステル系共重合体(A)を含有することにより、防汚塗膜に適度な耐水性と水中での表面からの塗膜更新性が付与され、より長期にわたって防汚性が維持されるとともに、適度な耐水性により、塗膜内部状態の変質が抑制されて、リコート性に優れた防汚塗膜が得られたものと考えられる。」(【0016】)と記載されている。
そして、「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位の含有量は、形成される防汚塗膜が適当な塗膜更新速度を有する点から全構成単位100質量部に対して、好ましくは20〜80質量部、より好ましくは40〜70質量部である。」(【0020】)こと、「シリルエステル系共重合体(A)における化合物(a2)に由来する構成単位の含有量は、防汚塗膜の乾湿交互条件での防汚性能や耐水性、下地付着性の観点から、全構成単位100質量部に対して、好ましくは0.5〜50質量部、より好ましくは1〜30質量部、更に好ましくは1.5〜15質量部である。」(【0035】)ことが記載されているところ、これらの記載は、含有量を特定するものであるが、好ましい又はより好ましい含有量の範囲を示すものであって、「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」及び「化合物(a2)に由来する構成単位」を含有していれば、「塗膜更新」がなされ、「防汚塗膜の乾湿交互条件での防汚性能や耐水性、下地付着性」が得られるものであるといえる。
してみると、本件明細書の発明の詳細な説明により、「トリアルキルシリルメタクリレート(a1)」及び「化合物(a2)に由来する構成単位」を有する「シリルエステル系共重合体(A)」を含有する防汚塗料組成物が、上記(4)の課題を解決できる範囲のものと理解でき、本件特許発明1は、この範囲を超えるものでない。
また、本件特許発明を特定するための事項を全て備えているにもかかわらず、その課題を解決することができない具体例(比較例)は記載されていないし、本件特許発明を特定するための事項を全て備えているにもかかわらず、その課題を解決することができない態様があることについて、請求人は具体的な証拠により示してはおらず、そのよう態様があるといえる技術常識などもない。


上記(2)アの主張は、要するに、防汚剤(B)を含有しない態様及び防汚剤(B)の含有量が少ない態様は、防汚剤(B)の含有量が多い態様よりも防汚性が劣るはずだから、課題を解決することができないはずである、というものであるが、どの程度防汚性が劣化するかは不明であり、課題を解決することができないといえるほど防汚性が劣化するとまではいえない。
また、上記アのとおり、本件特許発明は、その課題を解決するための手段を備えていることによってそうでない態様と比べて防汚性が向上するというものであって、その防汚剤(B)の含有量によらずにその課題を解決することができるものであると認められる。
したがって、上記(2)アの主張は、採用できない。


上記(2)イの主張は、要するに、実施例がトリアルキルシリルメタクリレートのみを用いた態様に限られているから、課題を解決できる態様は、そのような態様だけであって、任意の量でトリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を含む態様は、その課題を解決することができないはずである、というものであるが、トリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位は、課題の解決に貢献しないだけであって、そのような構成単位が含まれていても、トリアルキルシリルメタクリレートに由来する構成単位を含んでいれば、課題を解決することができるものであると認められる。
したがって、上記(2)イの主張は、採用できない。


上記(2)ウの主張は、要するに、シリルエステル系共重合体(A)の構成単位である(i)、(ii)及び(iii)の構成単位の含有量は、実施例1〜16の開示の範囲内である態様のみ本件特許発明の課題を解決し得ると認識し得るのであって、これを超えて拡張ないし一般化することはできないというものであるが、(i)及び(ii)の構成単位を含有していれば(本件特許発明1の場合)、その含有割合によらず課題の解決に貢献すると認められる。また、(i)及び(ii)の構成単位を含有していても全く課題を解決することができないといえる証拠は提出されていない。
したがって、上記(2)ウの主張は、採用できない。

(6)無効理由3についての小括
以上のとおりであるから、特許請求の範囲の記載がサポート要件に違反するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由3は理由がなく、本件特許発明1〜16に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものということはできない。

4 無効理由4(実施可能要件)についての判断
(1) 判断手法について
特許法第36条第4項第1号は、実施可能要件として、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」と定めるところ、物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいい(特許法2条3項1号),方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいうから(同項2号),物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造し,又はその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2) 無効理由4の概要
審判請求人が主張する無効理由4の概要は、まず、特許法第36条第4項第1号の判断手法について下記アの主張をし、これを前提として下記イ〜エの主張をするものである。


実施可能要件を満たすためには、特許請求の範囲に記載された物の全体について、明細書に記載された所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされていることを要する(審判請求書147頁、「(10)無効理由4(実施可能要件違反)の詳細」の項)。


本件特許発明1に包含される防汚剤(B)を含有しない態様及び防汚剤(B)の含有量が少ない態様について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえないから、本件特許発明1全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない。同様に、本件特許発明2〜10及び12〜16のそれぞれ全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない(審判請求書147〜148頁、「(10−1)防汚剤(B)について」の項)。


本件特許発明1に包含される、ある一定量以上のトリアルキルシリルアクリレートを併用する態様について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえないから、本件特許発明1全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない。同様に、本件特許発明2〜16のそれぞれ全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない(審判請求書148〜149頁、「(10−2)トリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位について」の項)。


本件特許発明1に包含される、(i)、(ii)及び(iii)の構成単位の含有量が実施例1〜16の開示の範囲内である態様以外の態様について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえないから、本件特許発明1全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない。同様に、本件特許発明2〜16のそれぞれ全体について、所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度に発明の詳細な説明の記載が明確かつ十分にされているとはいえない(審判請求書149〜150頁、「(9−3)シリルエステル系共重合体(A)の構成単位について」の項)。

(3)判断
上記(1)の判断手法を物の発明である本件特許発明1〜12の防汚塗料組成物にあてはめると、本件明細書の【0072】において、当該防汚塗料組成物はそれぞれ、「公知の一般的な防汚塗料と同様の装置、手段等を用いて調製することができる。」としつつ、実施例として、同【0079】〜【0087】において、当該防汚塗料組成物を製造する方法についての具体的な記載がされている。また、物の発明である本件特許発明13の防汚塗膜については、同【0073】において、「防汚塗料組成物を乾燥させて得られる。」としつつ、実施例として、同【0088】において、当該防汚塗膜を製造する方法についての具体的な記載がされている。さらに、本件特許発明14の防汚塗膜付き基材については、同【0075】において、「基材上に前記防汚塗膜を形成することで製造することができる。」としつつ、実施例である同【0088】の記載は、当該防汚塗膜を製造する方法についての具体的な記載であるが、当該防汚塗膜付き基材を製造する方法においても、同様であるといえる。さらに、方法の発明である本件特許発明15の防汚塗膜付き基材の製造方法及び本件特許発明16の防汚方法については、同【0075】〜【0076】及び【0073】〜【0074】において、それらの方法を使用できるような記載がされているといえる。

ここで、上記(2)アの審判請求人の主張は、実施可能要件の判断手法において、「明細書に記載された所期の作用効果を奏する発明として実施することができる程度」として、単に実施できるだけでなく、作用効果を奏することも要件とするというものであるが、実施可能要件の一般的な判断手法は上記(1)のとおりであって、作用効果の要件も課されると解することはできない。

なお、実施可能要件の判断において、例えば、「「使用できる」といえるためには,特許発明に係る物について,例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど,少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである。」との考え方もあるが(知財高裁平成26年(行ケ)第10238号)、この場合も、「作用効果等を奏する態様で用いることができる」ことは例示であって、「少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができること」を要件とするものであるところ、本件発明は、技術上の意義のある態様として防汚塗膜に使用できるものであるから、上記(2)アの審判請求人の主張を採用することはできない。
そして、上記(2)イ〜エの主張は、上記(2)アの主張による判断手法を前提とするものであるところ、上述のとおり、上記(2)アの主張による判断手法が採用できるものではないから、さらに検討するまでもなく上記(2)イ〜エの主張も採用できない。
なお、仮に上記(2)アの審判請求人の主張を採用したとしても、上記3.(5)において検討したように、本件発明は、「高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供すること、及び、前記防汚塗料組成物を使用した防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに、防汚方法を提供すること」という課題を解決できるものであって、本件発明の実施においても、その解決という作用効果を奏するものであるということができる。

(4)無効理由4についての小括
以上のとおりであるから、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に違反するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由4は理由がなく、本件特許発明1〜16に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものということはできない。

5 無効理由5(明確性)についての判断
(1) 判断手法について
一般に「法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。」とされているところ〔知財高裁平成21年(行ケ)第10434号、平成22年8月31日判決言渡。〕、このような観点に基づいて、本件特許の明確性要件の適否を以下に検討する。

(2) 無効理由5の概要
審判請求人が主張する無効理由5の概要は、以下のとおりである。

本件特許発明1に係る本件請求項1は、シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを規定するところ、この規定は、シリルエステル系共重合体(A)がトリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を含むことを許容するものである。
これに対して、本件明細書の【0021】の記載、実施例1〜16及び比較例2の結果及び当該分野の技術常識に照らせば、トリアルキルシリルメタクリレートとともに、ある一定量以上のトリアルキルシリルアクリレートを併用すると本件特許発明の課題を解決することができず、所期の作用効果を奏し難くなることが明らかである。この点は、上記(9−2)及び(10−2)で述べたとおりである。
そうすると、ある一定量以上のトリアルキルシリルアクリレートを併用する態様をも包含する「シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有する」との発明特定事項につき、本件特許発明の課題を解決し、所期の作用効果を奏するうえでの技術的意味を当業者が理解できるとはいえず、かつ、当該分野の技術常識を考慮して、「シリルエステル系共重合体(A)が、トリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を有しない」などの事項を欠いているといえる。この意味で、本件特許発明1は、明確でない。本件特許発明2〜16についても同様である。

(3)判断
本件発明1の「シリルエステル系共重合体(A)」の構成単位について、「(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位」及び「(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位」以外の構成単位を有し得ることは、本件請求項1の記載から明らかなことであって、審判請求人も同様に、請求項1の記載について、「シリルエステル系共重合体(A)が、(i)トリアルキルシリルメタクリレート(a1)に由来する構成単位、及び(ii)式(I)で表される化合物(a2)に由来する構成単位を有することを規定するところ、この規定は、シリルエステル系共重合体(A)がトリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を含むことを許容するものである」と理解している。
そうすると、第三者も、本件請求項1の記載を同様に理解することができるといえるから、請求項1の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるということはできない。
また、審判請求人の上記主張について検討すると、明確性要件の判断手法は、上記(1)のとおりであって、本件特許発明の課題を解決し、所期の作用効果を奏するうえでの技術的意味を当業者が理解できることを要件とするか否かについて、明確性要件は特許請求の範囲が明確であれば足り解決課題や作用効果いかんに左右されるものでなく、サポート要件や実施可能要件とは異なる要件であり重複適用が許容されるものとはいえないから、審判請求人が主張する判断手法とすることはできない。さらに、当該分野の技術常識を考慮して、「シリルエステル系共重合体(A)が、トリアルキルシリルアクリレートに由来する構成単位を有しない」などの事項を欠いていてはならない、などというものではないから、審判請求人の主張は採用できない。
なお、仮に審判請求人が主張する判断手法を採用したとしても、上記3.(5)において検討したように、本件発明は、「高速水流環境下においても長期に防汚性能を発揮することができ、乾湿交互部においても防汚性に優れ、更に、リコート性に優れる防汚塗膜が得られる防汚塗料組成物を提供すること、及び、前記防汚塗料組成物を使用した防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに、防汚方法を提供すること」という課題を解決できるものであって、本件発明によって特定される事項によって、その課題を解決するという作用効果を奏するものであるということができる。

(4)無効理由5についての小括
以上のとおりであるから、特許請求の範囲の記載が明確性要件に違反するということはできない。
したがって、請求人の主張する無効理由5は理由がなく、本件特許発明1〜16に係る特許は、いずれも特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものということはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、
1 請求人の主張及び立証によっては、無効理由があるということができないから、本件特許発明1〜16の特許に係る本件審判の請求は成り立たない。
2 特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、審判請求費用は請求人の負担とする。
よって結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-06-23 
結審通知日 2022-06-27 
審決日 2022-07-14 
出願番号 P2018-550200
審決分類 P 1 113・ 537- Y (C09D)
P 1 113・ 113- Y (C09D)
P 1 113・ 121- Y (C09D)
P 1 113・ 536- Y (C09D)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 蔵野 雅昭
木村 敏康
登録日 2020-01-07 
登録番号 6638958
発明の名称 防汚塗料組成物、防汚塗膜、防汚塗膜付き基材及びその製造方法、並びに防汚方法  
代理人 今野 智介  
代理人 山口 裕司  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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