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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G03F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G03F
管理番号 1389385
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-15 
確定日 2022-08-08 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6860276号発明「樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6860276号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2〜12〕について訂正することを認める。 特許第6860276号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6860276号の請求項1〜12に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願は、平成28年9月9日の出願であって、令和3年3月30日にその特許権の設定登録がされ、令和3年4月14日に特許掲載公報が発行された。
本件特許について、特許掲載公報の発行の日から6月以内である令和3年9月15日に特許異議申立人 合同会社SAS(以下「特許異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。

令和4年 1月25日付け:取消理由通知書
令和4年 3月25日付け:意見書(特許権者)
令和4年 3月25日付け:訂正請求書(この訂正請求書による訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。)

なお、令和4年4月21日付け通知書により特許異議申立人に対して訂正請求があった旨の通知(特許法120条の5第5項)をしたが、特許異議申立人から意見書は提出されなかった。


第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第6860276号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2〜12について訂正することを求める、というものである。

2 本件訂正請求について
本件訂正請求は、一群の請求項〔2〜12〕に対して請求されたものである。

3 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める請求項2〜12について訂正は、以下のとおりである。なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2に「成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、」と記載されているのを、「成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、成分Bが、エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せであり、」に訂正する(請求項2の記載を引用して記載された、請求項3〜12についても、同様に訂正する。)。

4 訂正の適否
(1)訂正事項1について
訂正事項1による訂正は、請求項2に記載された「成分B」を「エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せ」に限定する訂正である。そして、この点は、請求項2の記載を引用して記載された請求項3〜12についてみても、同じである。
そうすると、訂正事項1による訂正は、120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項1による訂正は、本件特許の明細書の【0028】の記載から導き出すことができる事項であり、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
そうすると、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正である。
加えて、訂正事項1による訂正によって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかである。
そうすると、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当しない。

5 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による請求項2〜12についての訂正(訂正事項1による訂正)は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2〜12〕について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
前記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められることとなったから、本件特許の請求項1〜12に係る発明(以下、請求項の番号とともに「本件特許発明1」などという。)は、特許請求の範囲の請求項1〜12に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。

「【請求項1】
無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有し、
成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であり、
成分Bに対する成分Aの質量比(A/B)が、1以上60以下であり、
露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物(ただし、有機アミンを0.1乃至5重量%で含有するものを除く)。
【請求項2】
無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有し、
成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、
成分Bが、エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せであり、
成分Aは、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムの少なくとも一方であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Aの含有量が、2質量%以上5質量%以下であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Bの含有量が、0.01質量%以上3質量%以下であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であり、
成分Bに対する成分Aの質量比(A/B)が、1以上60以下であり、
露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物。
【請求項3】
成分Bの沸点が、160℃以上である、請求項1又は2に記載の洗浄剤組成物。
【請求項4】
成分Bの25℃の水100mLに対する溶解度が、0.3g以上である、請求項1から3のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項5】
洗浄剤組成物中の有機物の総含有量が、3質量%以下である、請求項1から4のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項6】
洗浄剤組成物中の窒素含有化合物及びリン含有化合物の合計含有量は0.1質量%未満である、請求項1から5のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項7】
樹脂マスクが、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたネガ型ドライフィルムレジストである、請求項1から6のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項8】
樹脂マスクが付着した被洗浄物を請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物で洗浄する工程を含み、
前記樹脂マスクは、露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である、樹脂マスクの洗浄方法。
【請求項9】
被洗浄物が、電子部品の製造中間物である、請求項8に記載の洗浄方法。
【請求項10】
樹脂マスクが付着した被洗浄物を請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物で洗浄する工程を含み、
前記樹脂マスクは、露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である、電子部品の製造方法。
【請求項11】
請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物の、電子部品の製造への使用。
【請求項12】
請求項8又は9の洗浄方法及び請求項10に記載の電子部品の製造方法のいずれかに使用するためのキットであって、
請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物を構成する成分A〜Cのうちの少なくとも1成分を、他の成分と混合されない状態で含む、キット。」


第4 取消しの理由の概要
令和4年1月25日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、次のとおりのものである。

理由1(進歩性):本件特許の特許請求の範囲の請求項2〜12に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2〜12に係る特許は、いずれも、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。

・甲第3号証:特表2005−509693号公報(以下「甲3」という。)

第5 当合議体の判断
1 引用文献の記載・引用発明
(1)甲3の記載
取消しの理由で引用された甲3(特表2005−509693号公報)には、次の事項が記載されている。なお、【0016】の「実施例1乃至8及び比較例1乃至4」の下線及び【0017】の「物性試験」の下線以外の下線は当合議体が付した。

ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)無機アルカリ化合物0.1乃至5重量%;
b)有機アミン0.1乃至5重量%;
c)有機溶剤0.1乃至30重量%;
d)アニオン系界面活性剤及びノニオン系界面活性剤を1:5乃至25の重量比で含む界面活性剤0.01乃至5重量%;及び
e)水60乃至99重量%、
を含むことを特徴とするレジスト除去用シンナー組成物。」

イ 「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜トランジスタ液晶表示装置(TFT−LCD)及び半導体ディバイス製造工程で使用される感光性樹脂(レジスト)膜除去用シンナー(Thinner)組成物に関し、より詳しくは、TFT−LCDディバイスと半導体ディバイス製造工程で基板上にコーティングされるレジスト膜の縁部または基板後面に形成される不要な膜成分を効率的に除去できるシンナー組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
TFT−LCD回路または半導体集積回路のような微細な回路パターンを形成するためには、まず基板上に形成された絶縁膜または導電性金属膜にレジスト組成物を均一にコーティングまたは塗布し、所定形状のマスクの存在下でコーティングされたレジスト組成物を露光及び現像することによって所望の形状のパターンを作製する。次に、パターン化されたレジスト膜をマスクとして前記金属膜または絶縁膜をエッチングした後、残ったレジスト膜を除去して基板上に微細回路を形成する。このようなリソグラフィ法によりTFT−LCDまたは半導体ディバイスを製造する場合には、ガラス、シリコンウエハーなどの基板上にレジスト膜を必ず形成しなければならず、形成されたレジスト膜の縁に不要に塗布されたレジスト及び基板下部に形成され得る不要な膜を基板から除去するために、レジスト膜の露光及び現象工程の前に基板をシンナーで洗浄する工程が必要である。
【0003】
従来前記基板上のレジスト膜を洗浄、除去するシンナーとして、水、無機及び有機アルカリ系シンナー、モノエタノールアミンなどの有機アミン系シンナーなどが公知されている。しかし、前記無機アルカリ系シンナーは、不良膜除去作業の後で無機物が残留して、工程装備が汚染されてしまうおそれがあり、レジスト除去の効率が低い短所があるため、近来は有機アルカリ及び有機アミンを主成分として、無機アルカリを混用して使用している。前記有機アルカリ及び有機アミンは、溶剤揮発の後で残存する異物がほとんどないため、装備に対する腐蝕のおそれがなく、レジストに対する溶解度が優れていて優秀なレジスト除去性能を示す。
【0004】
また、他のシンナー組成物として水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどの無機アルカリ、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドなどの有機アルカリ及びジプロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリルコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、n−ブチルアセテートなどの有機溶剤を混合したシンナー組成物が使用されているが、前記有機溶剤では十分なレジスト除去力が期待できず、特に無機アルカリの含量が増加するほど揮発後の装備に対する腐蝕の心配が大きくなる。
【0005】
したがって、卓越したレジストの除去力を有すると同時に、装備の腐蝕を防止できる新たなレジスト除去用シンナー組成物の開発が要求されている。」

ウ 「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は前記のような従来技術の問題を考慮して、レジストの除去能力が優れており、装備に対する腐蝕の心配のないTFT−LCDデバイスと、半導体デバイスレジスト除去用シンナー組成物を提供することを目的とする。前記目的を達成するために、本発明は、a)無機アルカリ化合物0.1乃至5重量%、b)有機アミン0.1乃至5重量%、c)有機溶剤0.1乃至30重量%、d)アニオン系界面活性剤及びノニオン系界面活性剤を1:5乃至25の重量比で含む界面活性剤0.01乃至5重量%、及びe)水60乃至99重量%を含むレジスト除去用シンナー組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は前記問題を解決するために考案されたもので、本発明者らは1種以上の無機アルカリ、有機アミン、1種以上の有機溶剤、及び界面活性剤を特定比率で含む場合、レジスト除去能力が卓越し、装備に対する腐蝕の心配が無いことを見出した。
・・・省略・・・
【発明の効果】
【0014】
本発明のレジスト除去用シンナー組成物は、TFT−LCDディバイスと半導体ディバイス工程において、基板上にコーティングされるレジスト膜の縁部または基板の後面に形成される不要な膜成分のレジスト除去能力が優れており、装備に対する腐蝕の心配がない。」

エ 「【実施例】
【0016】
実施例1乃至8及び比較例1乃至4
下記表1のような成分比を有する有機アミン、有機溶剤、界面活性剤及び水を混合して、実施例1乃至8及び比較例1乃至4のシンナー組成物を各々製造した。
【0017】
【表1】

前記表1で、TMAHはテトラメチルアンモニウムヒドロキシド、MEAはモノエタノールアミン、DEGAはジエチレングリコールアミン、TEAはトリエチルアミン、TEOAはトリエタノールアミン、NMPはN−メチルピロリドン、PPOHはプロピレングリコールフェニルエーテル、DPGMEはジプロピレングリコールモノメチルエーテル、PGMEAはプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、n−BAはn−ブチルアセテート、PGMEはプロピレングリコールモノメチルエーテル、POEOはポリオキシエチルオクチルフェニルエーテル、ESはソジウムラウレートスルフェートを各々示す。
物性試験
試片製造:クロムブラックマトリックスが蒸着されているLCDガラスに汎用のカラーレジスト組成物(FujiFilm Arch社製品、商品名:CR−8131L、CG−8130L、CB−8140L、CR-8100L、CG−8100L、CB−8100L)をスピンコーティングして、最終の膜厚が1.0乃至2.0μmになるように塗布した後で、チャンバーで60秒間真空乾燥(0.5torr)して試片を製造した。
【0018】
前記カラーレジストがコーティングされたガラス基板を実施例1乃至8及び比較例1乃至4のシンナー組成物に各々2秒間浸漬し、脱イオン水(D.I.Water)で洗浄した後、肉眼及び光学電子顕微鏡(LEICA社、モデル:FTM−200)でエッジ部分の不良膜除去状態の良好、不良を観察し、その結果を下記表2に示した。
【0019】
【表2】

前記表2で示されるように、本発明による実施例1乃至8のシンナー組成物で洗浄を行った場合は、不良膜の除去状態が良好であった。これに対し、比較例1乃至4のシンナー組成物で洗浄を行った場合は、不良膜の除去状態が不良であることが分かる。」

(2)甲3発明
前記(1)ア〜エ(特にエ)によると、甲3には、実施例4に係るレジスト除去用シンナー組成物として、次の発明が記載されていると認められる(以下「甲3発明」という。)。

「(a)無機アルカリ:水酸化カリウム(KOH)1.0重量%及び炭酸ナトリウム(Na2CO3)2.0重量%、
(b)有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%、
(c)有機溶剤:プロピレングリコールフェニルエーテル(PPOH)1.0重量%及びジプロピレングリコールモノメチルエーテル(DPGME)5.0重量%、
(d)界面活性剤:ポリオキシエチルオクチルフェニルエーテル(POEO)1.0重量%及びソジウムラウレートスルフェート(ES)0.1重量%、
(e)水:89.4重量%、
を含むレジスト除去用シンナー組成物。」

2 本件特許発明2について
(1)対比
本件特許発明2と甲3発明とを対比する。
ア 甲3発明の「無機アルカリ」は、本件特許発明2の「無機アルカリ(成分A)」に対応する。

イ 甲3発明の「有機溶剤」は、本件特許発明2の「有機溶剤(成分B)」に対応する。

ウ 甲3発明の「水」は、本件特許発明2の「水(成分C)」に対応する。

エ 上記ア〜ウより、甲3発明と本件特許発明2は、「無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有」する点で共通する。

オ 甲3発明の「有機溶剤」の「プロピレングリコールフェニルエーテル(PPOH)」のハンセン溶解度パラメータの座標は、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内である(本件特許の明細書の【0055】【表1】参照。)。また、本件特許の明細書の【0025】には「本開示に係る洗浄剤組成物が2種以上の有機溶剤(以下、「混合有機溶剤」ともいう)を含む場合、混合有機溶剤全体のハンセン溶解度パラメータは上記範囲内でなくてもよく、混合有機溶剤中に上記範囲内のハンセン溶解度パラメータを有する有機溶剤が少なくとも1種含まれていれば、本開示の効果は発揮されうる」と記載されている。
そうすると、甲3発明と本件特許発明2は、「成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり」という点で共通する。

カ 甲3発明の「レジスト除去用シンナー組成物」は、「水:89.4重量%」を含む。また、甲3の【0019】の「本発明による実施例1乃至8のシンナー組成物で洗浄を行った場合は、不良膜の除去状態が良好であった」という記載によると、甲3発明の「除去」は、「洗浄」であるといえる。
そうすると、甲3発明と本件特許発明2は、「洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であ」るという点で共通する。

キ 甲3発明の「レジスト除去用シンナー組成物」と本件特許発明2の「露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物」は、「洗浄剤組成物」である点で共通する。

(2)一致点
上記(1)によると、本件特許発明2と甲3発明は次の点で一致する。
「無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有し、
成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上である、
洗浄剤組成物。」

(3)相違点
他方、本件特許発明2と甲3発明は次の点で相違する。
(相違点1)
本件特許発明2は、「有機溶剤(成分B)」が「エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せであ」り、「洗浄剤組成物の使用時における成分Bの含有量が、0.01質量%以上3質量%以下であ」るのに対し、甲3発明は、「有機溶剤」が「プロピレングリコールフェニルエーテル(PPOH)」及び「ジプロピレングリコールモノメチルエーテル(DPGME)」であり、「エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せ」は含まれていない点。

(相違点2)
本件特許発明2は、「無機アルカリ(成分A)」が「水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムの少なくとも一方であ」り、「洗浄剤組成物の使用時における成分Aの含有量が、2質量%以上5質量%以下であ」るのに対し、甲3発明は、「無機アルカリ」が「水酸化カリウム(KOH)」及び「炭酸ナトリウム(Na2CO3)」であり、「無機アルカリ」の「水酸化カリウム(KOH)」の含有量が1.0重量%である点。

(相違点3)
本件特許発明2は、「成分Bに対する成分Aの質量比(A/B)が、1以上60以下であ」るのに対し、甲3発明は、そのような構成ではない点。

(相違点4)
本件特許発明2は、「露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用」であるのに対し、甲3発明は、「レジスト除去用」である点。

(4)判断
事案に鑑み、相違点1について検討する。

ア 甲3には、有機溶剤として、「エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニル−1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せ」(以下「特定成分B」という。)は記載されていない。また、樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物の濃縮性を向上させるために特定成分Bを採用することは、特許異議申立人が提出した甲号証に記載されていない。さらに、樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物の濃縮性を向上させるために特定成分Bを採用することが、本件出願時における周知慣用技術であることを示す証拠を発見することもできない。加えて、甲3発明において、特定成分Bを採用する動機付けを見いだすこともできない。

イ したがって、引用発明3において、相違点1に係る本件特許発明2の構成を採用することは、当業者が容易になし得たことであるということはできない。
そして、本件特許発明2は、上記相違点1に係る構成を有することにより、濃縮性を向上させることができるという有利な効果を奏するものである(本件特許の明細書の【0067】【表2】参照。)。

ウ 甲3に記載された実施例1、5及び6のレジスト除去用シンナー組成物の発明を引用発明とした場合も、判断は上記(4)と同様である。

(5)小括
したがって、相違点2〜4について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲3に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

3 本件特許発明3〜12について
本件特許の特許請求の範囲の請求項3〜12は、いずれも、請求項2を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明3〜12は、本件特許発明2の構成を全て具備するものである。そうすると、前記(2)のとおり、本件特許発明2が、甲3に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない以上、本件特許発明3〜12も、甲3に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び本件出願時の周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。


第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 甲第4号証を主引用文献とする進歩性(申立理由1)
特許異議申立人は、申立理由1において、甲第1号証を主引用文献としているが、甲第1号証は、甲第4号証の機械翻訳文であるから、甲第4号証(中国特許出願公開第102433043号明細書:以下「甲4」という。)を主引用文献とする。

(1)甲4には、実施例8に係る除去剤として、次の発明が記載されていると認められる(以下「甲4発明」という。)。

「A成分:エチレングリコール75重量%、
B成分:N−オクチル−2ピロリドン1重量%、
C成分:プロピレングリコールモノフェニルエーテル1重量%、
水10重量%、
無機強塩基:水酸化カリウム10重量%、
を含む除去剤。」

(2)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲4発明とを対比すると、両者は少なくとも以下の点で相違する。
(相違点A)
本件特許発明1は、「洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であ」るのに対し、甲4発明は、水の含有量が10重量%である点。

イ 上記相違点Aについて検討する。
甲第4号証及びその他の甲号証の記載をみても、甲4発明において、水の含有量を、10質量%とは大きく異なる85質量%以上に敢えて変更する動機付けとなり得る記載を見いだすことはできない。
そうすると、仮に組成物の水の含有量を85質量%以上とすること(甲3参照)が周知慣用技術であったとしても、甲4発明において、水の含有量を85質量%以上とすることは、特段の動機付けとなり得る事情がない限り、当業者が容易になし得たことであるということはできない。
したがって、本件特許発明1は、甲4に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3)本件特許発明2について
本件特許発明2と甲4発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点Aで相違する。
そして、上記相違点Aについては上記(2)で述べたとおりである。
したがって、本件特許発明2は、甲4に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件特許発明3〜12について
本件特許の特許請求の範囲の請求項3〜12は、いずれも、請求項1又は2を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明3〜12は、本件特許発明1又は2の構成を全て具備するものである。そうすると、前記(2)のとおり、本件特許発明1又は2が、甲4に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない以上、本件特許発明3〜12も、甲4に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

2 甲3(特表2005−509693号公報)を主引用文献とする進歩性(申立理由2)
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲3発明とを対比すると、両者は少なくとも以下の点で相違する。
(相違点B)
本件特許発明1は、「樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物(ただし、有機アミンを0.1乃至5重量%で含有するものを除く)」であるのに対し、甲3発明は、「有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%」を含むレジスト除去用シンナー組成物である点。

イ 上記相違点Bについて検討する。
甲3発明において、「有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%」は必須の成分である(甲3の【特許請求の範囲】の【請求項1】、【0006】、【0007】、【0017】【表1】を参照のこと。)から、甲3発明において、「有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%」を取り除く動機付けを見いだすことはできない。また、本件特許発明1と甲3発明は、有機アミンを含有するか否かによって、構成が相違し、奏する効果も異なる(甲3の【0014】参照のこと。)から、その意味において少なくとも顕著に異なる発明であるということができる。
そうすると、組成物において、「有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%」を含まないようにすることが周知慣用技術であったとしても、甲3発明において、「有機アミン:ジエチレングリコールアミン(DEGA)0.5重量%」を除くことは、当業者が容易になし得たことであるということはできない。
したがって、本件特許発明1は、甲3に記載された発明、特許異議申立人が提出した甲号証に記載された技術的事項及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3)本件特許発明2〜12について
上記「第5」で述べたとおりである。

3 サポート要件(申立理由3)
(1)本件特許の明細書の【0010】には、本件特許の発明が解決しようとする課題として、「本開示は、樹脂マスク除去性に優れ、排水処理負荷の小さい樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物、該洗浄剤組成物を用いた樹脂マスクの洗浄方法及び基板の製造方法を提供する」と記載されている。

(2)本件特許の明細書の【0032】〜【0033】及び【0053】〜【0070】(【実施例】)によると、本件特許発明1の「成分Cの含有量」の数値範囲(「85質量%以上」)は、優れた樹脂マスク除去性を期待し得ないほどの数値範囲であるということはできず、上記課題が解決できることを当業者は認識することができるというべきである。
そうすると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものとはいえない。

(3)本件特許の明細書の【0020】〜【0022】及び【0053】〜【0070】(【実施例】)によると、本件特許発明2の「成分Aの含有量」の数値範囲(「2質量%以上5質量%以下」)は、優れた樹脂マスク除去性を期待し得ないほどの数値範囲であるということはできず、上記課題が解決できることを当業者は認識することができるというべきである。
そうすると、本件特許発明2は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものとはいえない。


第7 むすび
請求項1〜12に係る特許は、いずれも、取消理由通知書に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に請求項1〜12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有し、
成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であり、
成分Bに対する成分Aの質量比(A/B)が、1以上60以下であり、
露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物(ただし、有機アミンを0.1乃至5重量%で含有するものを除く)。
【請求項2】
無機アルカリ(成分A)、有機溶剤(成分B)及び水(成分C)を含有し、
成分Bのハンセン溶解度パラメータの座標が、δd=17.5、δp=5.0、δh=11.5を中心とする半径1.5MPa0.5の球の範囲内であり、
成分Bが、エチレングリコールモノベンジルエーテル、エチレングリコールモノn−ヘキシルエーテル、1−メチルシクロヘキサノール、2−フェニルー1−プロパノール及び1−フェニル−1−プロパノールから選ばれる1種又は2種以上の組合せであり、
成分Aは、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムの少なくとも一方であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Aの含有量が、2質量%以上5質量%以下であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Bの含有量が、0.01質量%以上3質量%以下であり、
洗浄剤組成物の使用時における成分Cの含有量が、85質量%以上であり、
成分Bに対する成分Aの質量比(A/B)が、1以上60以下であり、
露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である樹脂マスクが付着した被洗浄物を洗浄するための樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物。
【請求項3】
成分Bの沸点が、160℃以上である、請求項1又は2に記載の洗浄剤組成物。
【請求項4】
成分Bの25℃の水100mLに対する溶解度が、0.3g以上である、請求項1から3のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項5】
洗浄剤組成物中の有機物の総含有量が、3質量%以下である、請求項1から4のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項6】
洗浄剤組成物中の窒素含有化合物及びリン含有化合物の合計含有量は0.1質量%未満である、請求項1から5のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項7】
樹脂マスクが、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたネガ型ドライフィルムレジストである、請求項1から6のいずれかに記載の洗浄剤組成物。
【請求項8】
樹脂マスクが付着した被洗浄物を請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物で洗浄する工程を含み、
前記樹脂マスクは、露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である、樹脂マスクの洗浄方法。
【請求項9】
被洗浄物が、電子部品の製造中間物である、請求項8に記載の洗浄方法。
【請求項10】
樹脂マスクが付着した被洗浄物を請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物で洗浄する工程を含み、
前記樹脂マスクは、露光又は現像工程後のレジスト層、露光及び現像の少なくとも一方の処理が施されたレジスト層、あるいは、硬化したレジスト層である、電子部品の製造方法。
【請求項11】
請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物の、電子部品の製造への使用。
【請求項12】
請求項8又は9の洗浄方法及び請求項10に記載の電子部品の製造方法のいずれかに使用するためのキットであって、
請求項1から7のいずれかに記載の洗浄剤組成物を構成する成分A〜Cのうちの少なくとも1成分を、他の成分と混合されない状態で含む、キット。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-07-25 
出願番号 P2016-176651
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (G03F)
P 1 651・ 121- YAA (G03F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 石附 直弥
関根 洋之
登録日 2021-03-30 
登録番号 6860276
権利者 花王株式会社
発明の名称 樹脂マスク剥離用洗浄剤組成物  
代理人 特許業務法人池内アンドパートナーズ  
代理人 特許業務法人池内アンドパートナーズ  

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