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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C12P 審判 全部申し立て 2項進歩性 C12P |
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管理番号 | 1389388 |
総通号数 | 10 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-10-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-09-22 |
確定日 | 2022-07-11 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第6846577号発明「新規リパーゼ及びその用途」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6846577号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〕について訂正することを認める。 特許第6846577号の請求項1に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯及び証拠方法 1.手続の経緯 特許第6846577号の請求項1に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、令和2年7月29日(優先権主張 令和1年8月1日 日本国)を国際出願日とするものであって、令和3年3月3日に特許権の設定登録がされ、令和3年3月24日に特許掲載公報が発行された。 その後、本件特許の請求項1に係る特許に対し、令和3年9月22日に特許異議申立人山▲崎▼浩一郎(以下、「申立人」という。)より特許異議の申立てがなされた。 その後の手続の経緯は以下の通りである。 令和 3年12月16日付け 取消理由通知書 令和 4年 2月18日 意見書、訂正請求書(特許権者) 令和 4年 4月 6日 意見書(申立人) 2.証拠方法 (1)特許異議申立書に添付した証拠方法 申立人が特許異議申立書に添付して提出した証拠方法は、以下のとおりである。 甲第1号証:国際公開第2006/121182号 甲第2号証:特開2007−099871号公報 甲第3号証:Regulatory Toxicology and Pharmacology 110 (2020) 104523, p.1-11 甲第4号証:NCBI Reference Sequence: WP_059870359.1, 甲第5号証:アラインメント結果(異議申立人作成) 甲第6号証:Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic 126 (2016) 76-89 甲第7号証:アラインメント結果(異議申立人作成) 甲第8号証:油脂 Vol.50, No.12 (1997),p.66-70 甲第9号証:食糧−その科学と技術− No.45,「リパーゼの機能と食品への応用」,(2007),p.1-18 甲第10号証:Journal of the American Oil Chemist’s Society (JAOCS), Vol.78, no.5 (2001), 547-551 甲第11号証:Bioresource Technology 96 (2005) 769-777 甲第12号証:特開2009−138185号公報 (2)令和3年12月16日付け取消理由通知書において当審により新たに追加された証拠方法 令和3年12月16日付け取消理由通知書において当審により新たに追加された証拠方法は、以下のとおりである。 甲第13号証:IASR,1998年8月,Vol.19, No.8,URL: 甲第14号証:Tricaprylin CAS RN: 538-23-8 東京化成工業株式会社 [on line],[2021年12月8日検索],URL: 甲第15号証:特開平10−215888号公報 甲第16号証:国際公開第2018/021324号 (以下、「甲第1号証」〜「甲第16号証」を、「甲1」〜「甲16」という。) 第2 訂正の適否についての判断 1.訂正の内容 令和4年2月18日付けの訂正請求書において特許権者が請求する訂正(以下「本件訂正」という。)による訂正の内容は、以下のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。 (1)訂正事項1 訂正前の特許請求の範囲の請求項1において、 「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と95%以上の同一性」と記載されているのを、「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性」に訂正する。 2.本件訂正の適否 (1)訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項1は、訂正前の請求項1におけるリパーゼの「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列」に対する同一性を「95%以上」から「98%以上」とするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。 したがって、当該訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、本件明細書の【0011】には、「等価タンパク質」として、「基準のアミノ酸配列」と「約98%以上」の同一性を有することが記載されているから、訂正事項1は新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲が拡張し、又は変更するものともいえない。 (2)独立特許要件 本件特許異議の申立ては訂正前の全ての請求項に対してなされているので、訂正を認める要件として独立特許要件の検討は要しない。 3.小括 以上のとおりであるから、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合しているものである。 したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを認める。 第3 本件訂正発明 本件訂正により訂正された請求項1に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 「【請求項1】 受容体基質と供与体基質の存在下、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼ又は前記リパーゼを有効成分とする酵素剤による酵素反応を含み、 受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質が脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールである、油脂の製造方法。」 (以下、「本件訂正発明」という。) 第4 取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した取消理由の概要 1.令和3年12月16日付け取消理由通知書で示した取消理由の概要 訂正前の請求項1に係る発明に対して、当審が令和3年12月16日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。 (1)取消理由1(甲6を主引用例とする進歩性欠如) 訂正前の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲6に記載された発明及び甲1〜2、6〜10、13〜16に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2項の規定により取り消されるべきものである。 2.特許異議申立書に記載した取消理由の概要 特許異議申立人が特許異議申立書で示した取消理由(以下、「申立理由」という。)は以下のとおりである。 (1)申立理由1(甲1に基づく新規性欠如) 訂正前の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2項の規定により取り消されるべきものである。 (2)申立理由2(甲2に基づく新規性欠如) 訂正前の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2項の規定により取り消されるべきものである。 (3)申立理由3(甲6を主引用例とする進歩性欠如) 訂正前の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲6に記載された発明及び甲1〜12に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、同法第113条第2項の規定により取り消されるべきものである。 第5 当審の判断 訂正前の本件請求項1は、上記の第3のとおりに適法に訂正されたところ、当審は、本件訂正発明に係る特許は、以下第5の1で示す取消理由1、第5の2で示す申立理由1〜3により取り消すことはできないと判断する。 1.証拠の記載事項 (1)甲1の記載事項 甲1には、次の事項が記載されている(下線は当審による。)。 甲1−ア「[0008] 本発明の成分(a)として用いるジ飽和中鎖脂肪酸モノ飽和長鎖脂肪酸トリグリセリドとしては、特に1,3位がオクタン酸、2位がステアリン酸である8S8型トリグリセリド、1,2位がオクタン酸、3位がステアリン酸である88S型トリグリセリド、1位がステアリン酸、2,3位がオクタン酸であるS88型トリグリセリドが好ましい。 成分(a)のジ飽和中鎖脂肪酸モノ飽和長鎖脂肪酸トリグリセリドは、例えば、天然油脂のエステル交換により、特にリパーゼを用いるエステル交換により容易に調製することができる。このうち、1,3位が中鎖脂肪酸、sn−2位が長鎖脂肪酸である対称型トリグリセリドは、WO2005/5586に記載の方法により製造するのが好ましい。具体的には、第一反応において、中鎖脂肪酸トリグリセリドと長鎖脂肪酸トリグリセリドとを、酵素又は化学触媒を用いてランダムエステル交換反応して中鎖脂肪酸及び長鎖脂肪酸を構成脂肪酸とするトリグリセリドを含有する反応物を得て、第二反応として、該反応物と中鎖脂肪酸のアルコールモノエステルとを、sn−1, 3位特異性酵素を用いてエステル交換反応し、次いで第二反応で得られた反応物から中鎖脂肪酸のアルコールモノエステル及び長鎖脂肪酸のアルコールモノエステルを取り出し(一部又は全部 取り出し)、sn−1,3位が中鎖脂肪酸、sn−2位が長鎖脂肪酸である対称型トリグリセリドを得るのが好ましい。」 甲1−イ「[0015] 製造例2(中鎖脂肪酸含有油脂A(8S8)の製造) ハイオレイックひまわり油(商品名:オレインリッチ、昭和産業(株)製)700gとトリカプリリン(商品名:トリカプリリン、シグマ−アルドリッチジャパン株式会社製)300gにリパーゼQLM(名糖産業社製)5gを2000mL反応フラスコに加えて、プロペラ攪拌を行いながら 50°Cで2時間反応を行い、濾過処理することにより残存酵素を除去し、反応物980gを得た。 ・・・」 甲1−ウ「[0018] 製造例5(中鎖脂肪酸含有油脂D(88SZ8S8混合品)の製造) ハイオレイックひまわり油(商品名:オレインリッチ、昭和産業(株)製)400gとトリカプ リリン(商品名:トリカプリリン、シグマ−アルドリッチジャパン株式会社製)600gにリパーゼQLM(名糖産業社製)5gを2000mL反応フラスコに加えて、プロペラ攪拌を行いながら 40°Cで2時間反応を行い、濾過処理することにより残存酵素を除去し、反応物980gを得た。反応後、遠心式分子蒸留装置(日本車輌社製)を用いて、前記反応油から、240°C、lPaの条件で、蒸留成分400g得た。・・・」 (2)甲2の記載事項 甲2には、次の事項が記載されている(下線は当審による。)。。 甲2−ア「【0018】 油脂Aは、従来公知の方法に従ってエステル交換及び/又はエステル化により得られる。 従来公知のエステル交換としては、例えば、ナトリウムメトキシド等の無機触媒を使用した化学的なエステル交換、リパーゼ製剤等を使用した酵素によるエステル交換が挙げられるが、どちらの方法でも行うこともできる。また、エステル交換は、選択的エステル交換又は非選択的エステル交換のどちらの方法でも行うこともできる。 また、従来公知のエステル化としては、例えば、グリセリンと脂肪酸を用いたエステル化反応、グリセリンと脂肪酸エステルを用いたエステル化反応、グリセリンと油脂を用いたエステル化反応等が挙げられるが、いずれの方法でも行うこともできる。」 甲2−イ「【0037】 以下、具体的実施例を挙げて、本発明についてさらに詳しく説明する。なお、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。 (参考例1、比較例1−4) 中鎖脂肪酸エステル交換油を得るために中鎖脂肪酸トリグリセリドとエステル交換する極度硬化油の選定を行った。 全構成脂肪酸中炭素数8の飽和脂肪酸を約75質量%、炭素数10の飽和脂肪酸を約25質量%含有している中鎖脂肪酸トリグリセリド(商品名:「ODO」、日清オイリオグループ株式会社製)、コーン油(商品名:「日清コーン油」、日清オイリオグループ株式会社製)、ハイエルシン菜種油の極度硬化油(商品名:「ハイエルシン菜種極度硬化油」、横関油脂工業株式会社製、融点60℃、全構成脂肪酸中のベヘン酸含量45−46質量%)、菜種油の極度硬化油(商品名:「菜種極度硬化油」、横関油脂工業株式会社製、融点67℃)及びパーム油の極度硬化油(商品名:「パーム極度硬化油」、横関油脂工業株式会社製、融点58℃)を原料として用い、表1に示す質量比で混合して混合油とした後、70℃に加温した混合油に対して0.2質量%のリパーゼ製剤(商品名:「リパーゼQLM」、名糖産業株式会社製)を添加し、70℃にて混合油を撹拌することでリパーゼ製剤を均一に分散させながら16時間エステル交換反応を行った。エステル交換反応終了後、リパーゼ製剤を濾別し、常法に従い脱色、脱臭の精製処理を行い、参考例1、比較例1−4の中鎖脂肪酸エステル交換油を得た。各中鎖脂肪酸エステル交換油中の少なくとも中鎖脂肪酸及びベヘン酸を構成脂肪酸とするトリグセリドの含量は、12.8質量%(参考例1)、0質量%(比較例1−4)であった。」 (3)甲6の記載事項 甲6には、次の事項が記載されている(甲6は英文で記載されているから、当審が和訳した。)。 甲6−ア「本研究では、Burkholderia ubonensis SL−4からの新しいリパーゼSL−4を、80%硫酸アンモニウム沈殿、QセファロースFF陰イオン交換およびSuperdex 75ゲルろ過クロマトグラフィーによって精製し、最終的に68.5倍の精製と13.34%の回収率を達成した。その分子量はおよそ33kDaであり、縮重プライマーを使用して遺伝子全体(1095−bp)をクローニングした。アミノ酸配列分析により、リパーゼSL−4がサブファミリー1.2リパーゼの新しいメンバーであることが明らかになった。・・・バイオディーゼル生産を目的として大豆油を触媒するために予備的に使用された場合、液体リパーゼSL−4は、無溶媒システムで92.24%の変換率を達成することができた。これらの結果は、新しい熱溶媒安定性リパーゼが、特にバイオディーゼル生産の生体触媒としてのバイオテクノロジーへの応用に魅力的な可能性を秘めていることを示している。」(要約) 甲6−イ「バイオディーゼルは、野菜や動物由来のトリグリセリド(TAGs)と、メタノール又はエタノールとのエステル交換反応によって得られた、脂肪酸アルキルエステルの混合物である。前述のとおり、リパーゼSL−4のメタノールおよびエタノールに対して耐性を有するため、大豆油と2つのアシル受容体のいずれかとの間のエステル交換は、このリパーゼを潜在的な生体触媒として使用して行われた。Fig.7に示されているように、メタノール及びエタノールを用いた、大豆油からFAMEs/脂肪酸エチルエステル(FAEEs)への変換効率は、それぞれ、44.95%及び30.65%であり、そのことにより、メタノールはエタノールに比べて、リパーゼSL−4触媒エステル交換によるバイオディーゼル生産に適していることを示す。・・・」(第86頁左欄第3.6.1.項) 2.取消理由1の検討 (1)甲6に記載された発明 1の(3)に記載した摘記事項甲6−ア、イより、甲6には、次の発明(以下、「引用発明6」という。)が記載されていると認められる。 「大豆油とメタノール及びエタノールの存在下、リパーゼSL−4による酵素反応を含む、脂肪酸メチルエステル/脂肪酸エチルエステルの製造方法。」 (2)対比 本件訂正発明と引用発明6とを対比する。 引用発明6の「大豆油」は、本件訂正発明の「受容体基質」であり、大豆油とは主成分としてトリアシルグリセロールからなるものであるから、同時に、本件訂正発明の「受容体基質がトリアシルグリセロールであり」なる事項に相当する。 また、引用発明6の「メタノール」、「エタノール」は、メチル基やエチル基を脂肪酸に供与するものであるから本件訂正発明の「供与体基質」に相当する。 さらに、引用発明6の「リパーゼSL−4」については、甲6に記載された当該リパーゼのアミノ酸配列(Fig4)と、甲7に記載されているとおり、本件訂正発明の配列番号1に対して99%、配列番号2に対して98%の同一性を有するものであったことを考慮すれば、該「リパーゼSL−4」は、本件訂正発明の「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼを有効成分とする酵素剤」に相当する。 そして、大豆油と2つのアシルアクセプターのいずれかとの間のエステル交換によっては、脂肪酸メチルエステル及び脂肪酸エチルエステルが得られると共に、ジグリセリドやモノグリセリドが得られるものであり、これらと未反応の大豆油との混合物も生成すると認められ、当該混合物は本件訂正発明の「油脂」に相当する。 したがって、両者は、 「受容体基質と供与体基質の存在下、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼを有効成分とする酵素剤による酵素反応を含み、 受容体基質がトリアシルグリセロールである、油脂の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点A) 供与体基質について、本件訂正発明は脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールであるのに対し、引用発明では、メタノール及びエタノールである点。 (3)当審の判断 以下、相違点Aについて検討する。 甲6では、摘記事項甲6−ア、イに記載されているとおり、「リパーゼSL−4」を、供与体基質としてメタノール及びエタノールを用いるバイオディーゼル生産のための生体触媒として用いることを目的とした研究に関する学術文献である。したがって、供与体基質として脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールを用いることで油脂を製造することについては記載も示唆もない。 また、甲1〜2、8〜10に記載されているとおり、油脂加工における、トリグリアシルグリセロールと、トリグリアシルグリセロール及びエステル化合物等とのエステル交換反応において、Burkholderia cepacia由来のリパーゼPS等のリパーゼを触媒として用いることが公知であった。 一方で、甲6に記載の「リパーゼSL−4」がこれらのリパーゼと同等の活性を有するかは甲1〜2、6〜10、13〜16の記載をみても不明であり、同様の反応に使用できることを示唆する記載もない。してみると、甲6に記載の「リパーゼSL−4」を用いる反応において、供与体基質として脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールに変更することを動機付ける記載が甲1〜2、6〜10、13〜16にあるとはいえない。 さらに、本願明細書中【表1】〜【表4】に記載のとおり、本件訂正発明は、配列番号2(成熟体)に示すアミノ酸配列からなるリパーゼについて、リゾパス・オリゼ(Rhizopus oryzae)由来のリパーゼ(リパーゼDF)、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)由来のリパーゼ(リパーゼAK)、バークホルデリア・セパシア(Burkholderia cepacia)由来のリパーゼ(リパーゼPS)、ペニシリウム・カマンベルティ(Penicillium camembertii)由来のリパーゼ(リパーゼG)と比較して、加水分解活性当たりのエステル交換活性が高いこと、サーモマイセス・ラヌゲノウス由来のリパーゼおよびリゾムコール・ミーヘイ由来のリパーゼと比べて、ジグリセリド、遊離脂肪酸の生成能が低いことから加水分解反応よりもエステル交換反応が主に起きるという、甲1〜2、6〜10、13〜16に記載のない格別顕著な効果を奏するものと認められる。 また、一般的には、元のポリペプチドのアミノ酸配列に対して98%程度の同一性を有するポリペプチドであれば、同等の活性を有することが当該技術分野における技術常識であるから、本願発明1の「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼ」についても、同一の効果が得られると推認できる。 そうすると、相違点Aで挙げた本件訂正発明の発明特定事項は、甲1〜2、6〜10、13〜16に記載された事項から、当業者であったとしても容易に想到し得ないものである。 (4)本件訂正発明の効果に関する申立人の主張について 本件訂正発明の効果について、申立人は特許異議申立書及び令和4年4月6日付け意見書において、酵素が異なると基質選択性、至適温度、耐熱性、至適pH、pH安定性、反応系の至適水分量などが異なるところ、加水分解活性やエステル交換活性は本件特許明細書の実施例では1つの条件でしか評価されていないため、配列番号1又は2のアミノ酸配列を有するリパーゼと、比較対象のリパーゼの特性を比較するには妥当な条件とはいえず、特定の1つの条件で測定されたエステル交換活性と加水分解活性に基づいて算出された「加水分解活性あたりのエステル交換活性」から、配列番号1又は2のアミノ酸配列を有するリパーゼが顕著な効果を有するとは到底いえない旨主張している。 しかしながら、この点、(3)で述べたとおり、甲6発明において供与体基質として脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールを選択する動機付けがあるとはいえないので、本件訂正発明はその効果を論じるまでもなく当業者にとって容易に想到しうるとはいえない。また、少なくとも本件明細書中では、配列番号1又は2のアミノ酸配列を有するリパーゼが他のリパーゼに比べて、加水分解反応よりもエステル交換反応が主に起きることが具体的に測定されているのであるから、当該効果が実施例に記載された条件に限って観察されるものと解することはできない。 よって、申立人の主張は採用しえないものである。 (5)小括 以上のとおりであるから、本件訂正発明に係る特許は、取消理由1によって取り消すべきものではない。 3.申立理由1の検討 (1)甲1に記載された発明 上記摘記事項甲1−アには、「第一反応において、中鎖脂肪酸トリグリセリドと長鎖脂肪酸トリグリセリドとを、酵素又は化学触媒を用いてランダムエステル交換反応して中鎖脂肪酸及び長鎖脂肪酸を構成脂肪酸とするトリグリセリドを含有する反応物」を得ることが記載されている。また、甲1−イ、ウの記載からみて、甲1には、第一反応として、ハイオレイックひまわり油とトリカプリリンにリパーゼQLMを反応させて反応物を得ることも記載されているといえる。 したがって、甲1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。 「ハイオレイックひまわり油とトリカプリリンの存在下、リパーゼQLMによる酵素反応を含む、トリグリセリドを含有する反応物の製造方法。」 (2)対比 本件訂正発明と引用発明1を対比する。 摘記事項甲−ア〜ウの記載からみて、引用発明1は「ハイオレイックひまわり油」と「トリカプリリン」とでランダムエステル交換反応を行っていると認められ、引用発明1の「ハイオレイックひまわり油」、「トリカプリリン」は、それぞれ、本件訂正発明の「受容体基質」、「供与体基質」に相当する。 また、引用発明1の「ひまわり油」とは主成分としてトリアシルグリセロールからなるものであるから、本件訂正発明の「受容体基質がトリアシルグリセロールであり」なる事項に相当する。さらに、引用発明1の「トリカプリリン」は、カプリル酸とグリセリンのトリエステルであるから、本件訂正発明の「トリアシルグリセロール」に相当する。そして、トリグリセリドとは、油脂に含まれる主成分であるから、トリグリセリドを含有するものである引用発明1の「反応物」は、本件訂正発明の「油脂」に相当する。 したがって、両者は、 「受容体基質と供与体基質の存在下、リパーゼによる酵素反応を含み、 受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質がトリアシルグリセロールである、油脂の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点B) リパーゼが、本件訂正発明では配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼであるのに対し、引用発明1では配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対する同一性が記載されていない点。 (3)当審の判断 以下、相違点Bについて検討する。 甲1には、リパーゼQLMについて、アミノ酸配列、由来等の記載は一切ない。 一方、甲3にはリパーゼQLMがBurkholderia ubonensis由来であると記載されている。 また、甲5〜甲7の記載から、Burkholderia ubonensis由来のリパーゼには、本願発明の配列番号1または2のリパーゼと99%、98%の同一性を有するものが存在することは理解できる。しかしながら、B. ubonensisから産生されるリパーゼとして、「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上」という同一性を有するもの以外は存在しないことは明らかにされていないから、甲3、5〜7の記載を参酌しても、甲1に記載された「リパーゼQLM」が「配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなる」ものと解することはできない。 そうしてみると、本件訂正発明は甲1発明と同一であるということはできない。 (4)小括 以上のとおりであるから、本件訂正発明に係る特許は、申立理由1によって取り消すべきものではない。 4.申立理由2の検討 (1)甲2に記載された発明 上記摘記事項甲2−ア、イの記載からみて、甲2には、中鎖脂肪酸トリグリセリド、コーン油、ハイエルシン菜種油の極度硬化油、菜種油の極度硬化油及びパーム油の極度硬化油を原料とした混合油に対してリパーゼQLMを添加し、エステル交換反応を行うことにより、中鎖脂肪酸エステル交換油を得たことが記載されているといえる。 したがって、甲2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。 「コーン油、ハイエルシン菜種油の極度硬化油、菜種油の極度硬化油及びパーム油の極度硬化油を原料とした混合油と中鎖脂肪酸トリグリセリドの存在下、リパーゼQLMによる酵素反応を含む、中鎖脂肪酸エステル交換油の製造方法。」 (2)対比 本件訂正発明と引用発明2を対比する。 引用発明2の「コーン油」、「ハイエルシン菜種油の極度硬化油」、「菜種油の極度硬化油」及び「パーム油」はいずれも主成分としてトリアシルグリセロールからなるものであるから、本件訂正発明の「受容体基質がトリアシルグリセロールであり」なる事項に相当する。また、引用発明2の「中鎖脂肪酸トリグリセリド」は、「中鎖脂肪酸」をトリアシルグリセロールに供与するものであるから、本件訂正発明の「供与体基質」に相当し、かつ、「トリアシルグリセロール」に相当する。さらに、引用発明3の「中鎖脂肪酸エステル交換油」は、本件訂正発明の「油脂」に相当する。 したがって、両者は、 「受容体基質と供与体基質の存在下、リパーゼによる酵素反応を含み、 受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質がトリアシルグリセロールである、油脂の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違する。 (相違点C) リパーゼが、本件訂正発明では配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼであるのに対し、引用発明1では配列番号1又は2に示すアミノ酸配列に対する同一性が記載されていない点。 (3)当審の判断 以下、相違点Cについて検討するに、甲2には、リパーゼQLMについて、アミノ酸配列、由来等の記載は一切ない。 そうしてみると、上記第4の3の申立理由1についてと同様のことがいえ、本件訂正発明は甲2発明と同一であるということはできない。 (4)小括 以上のとおりであるから、本件訂正発明に係る特許は、申立理由2によって取り消すべきものではない。 5.申立理由3の検討 (1)判断 申立理由3は取消理由1と同様に、甲6を主引用例とするものであるところ、引用発明6、相違点Aについては、上記第4の2(取消理由1の検討)の(1)、(2)で述べたのと同様である。 また、上記第4の2の(3)で述べたように、甲6には供与体基質として脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールを用いることで油脂を製造することについては記載も示唆もない一方で、甲1〜2、8〜10に記載されているとおり、油脂加工における、トリグリアシルグリセロールと、トリグリアシルグリセロール及びエステル化合物等とのエステル交換反応において、Burkholderia cepacia由来のリパーゼPS等のリパーゼを触媒として用いることが公知であった。 加えて、甲11には、Pseudomonas cepaciaのリパーゼPS(のちにBurkholderia cepaciaとなったことが甲6より明らかである。)がバイオディーゼルの産生反応に用いられること、甲12には、リパーゼQLMがバイオディーゼルの産生反応に用いられることが記載されている。 しかしながら、甲6に記載の「リパーゼSL−4」がエステル交換反応に用いられるリパーゼと同等の活性を有するか否かは甲1〜2、6〜12の記載をみても不明であり、甲1〜2、6〜12に記載されたものと同様の反応に使用できることを示唆する記載もない。してみると、上記第4の2の(3)で述べたのと同様に、引用発明6の「リパーゼSL−4」を用いる反応において、供与体基質として脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールに拡張することを動機付ける記載は甲1〜2、6〜12にないというべきである。 さらに、本件訂正発明の効果については、上記第4の2の(3)、(4)で述べたのと同様のことがいえる。 そうすると、相違点Aで挙げた本件訂正発明の発明特定事項は、甲1〜2、6〜12に記載された事項からも、当業者が容易に想到し得ないものである。 (2)小括 以上のとおりであるから、本件訂正発明に係る特許は、申立理由3によって取り消すべきものではない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載された申立理由によっては、訂正後の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 他に、請求項1に係る特許を取り消すべき理由は発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 受容体基質と供与体基質の存在下、配列番号1又は2に示すアミノ酸配列と98%以上の同一性を示すアミノ酸配列からなるリパーゼ又は前記リパーゼを有効成分とする酵素剤による酵素反応を含み、 受容体基質がトリアシルグリセロールであり、供与体基質が脂肪酸、エステル化合物又はトリアシルグリセロールである、油脂の製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2022-06-30 |
出願番号 | P2020-542170 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
YAA
(C12P)
P 1 651・ 121- YAA (C12P) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
上條 肇 |
特許庁審判官 |
伊藤 良子 高堀 栄二 |
登録日 | 2021-03-03 |
登録番号 | 6846577 |
権利者 | 天野エンザイム株式会社 |
発明の名称 | 新規リパーゼ及びその用途 |
代理人 | 田中 順也 |
代理人 | 田中 順也 |
代理人 | 迫田 恭子 |
代理人 | 水谷 馨也 |
代理人 | 迫田 恭子 |
代理人 | 水谷 馨也 |