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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
審判 全部申し立て 発明同一  C09D
管理番号 1389425
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-06-08 
確定日 2022-09-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第6980145号発明「生地コーティング用組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6980145号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6980145号(以下「本件特許」という。」の請求項1〜13に係る特許についての出願は、令和3年3月31日に出願され、令和3年11月18日にその特許権の設定登録がされ、令和3年12月15日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1〜13に係る特許に対し、令和4年6月8日に特許異議申立人鳥巣実(以下「申立人」という。)が、特許異議の申立て(以下「本件異議申立」という。)を行った。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜13の特許に係る発明(以下「本件発明1」などといい、総称して「本件発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有し、
前記フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物における、分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である、生地コーティング用組成物。
【請求項2】
防塵のために用いられる、請求項1に記載の生地コーティング用組成物。
【請求項3】
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有し、防塵のために用いられる、生地コーティング用組成物。
【請求項4】
前記無機粒子が反応性基を有する無機粒子である請求項1〜3のいずれか1項に記載の生地コーティング用組成物。
【請求項5】
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有し、
前記無機粒子が反応性基を有する無機粒子であり、
防塵のために用いられる、生地コーティング用組成物。
【請求項6】
さらに、密着性向上剤を含み、
前記密着性向上剤は、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、アルミニウムカップリング剤又はイソシアネート化合物である請求項1〜5のいずれかに記載の生地コーティング用組成物。
【請求項7】
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、無機粒子、及び、密着性向上剤を含有し、
前記密着性向上剤は、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤、アルミニウムカップリング剤又はイソシアネート化合物であり、
防塵のために用いられる、生地コーティング用組成物。
【請求項8】
さらに、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物を含み、
前記フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物における、分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である請求項5〜7のいずれか1項に記載の生地コーティング用組成物。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を生地の表面に有する機能性生地。
【請求項10】
関東ローム(JIS Z 8901、試験用粉体1の8種)を機能性膜に振りかけ、90°に傾けて除去した後に、残存粉塵の全領域に対する割合である粉塵付着率が5%以下である請求項9に記載の機能性生地。
【請求項11】
前記機能性膜の水接触角が100〜140°である請求項9又は10に記載の機能性生地。
【請求項12】
前記生地の材質が、天然繊維、合成繊維、再生繊維、機能性繊維、及び金属繊維からなる群より選択される一つ以上である請求項9〜11のいずれか1項に記載の機能性生地。
【請求項13】
前記機能性膜と前記生地との間にプライマー層を有する請求項9〜12のいずれか1項に記載の機能性生地。」

第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証から甲第3号証(以下それぞれ「甲1」〜「甲3」という。)を提出し、次の申立理由1〜3を主張している。

甲第1号証:特許第6923697号公報(出願番号:特願2020−50795号(以下、この出願を「先願」という。))
甲第2号証:竹内光二ほか、無機充填剤の表面改質、表面科学 第3巻 第2号(1982)、p.65−74
甲第3号証:清水兵衛ほか、キシリレンジイソシアネートの特性とその塗料用硬化剤への応用、ネットワークポリマー、Vol.32 No.6(2011)、p.310−315

1.申立理由1(甲1発明を引用発明とした拡大先願)
本件発明1〜9、12は、その出願の日前の特許出願であって、本件特許の出願後に特許掲載公報の発行がされた先願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「先願明細書等」という。)に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許の出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は、同法第113条第2号の規定により取り消すべきである。

2.申立理由2(サポート要件)
(1)本件発明1
本件発明1には、「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有し、」と記載されており、発明の課題は「生地に適用した場合に粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮することのできる生地コーティング用組成物、及び、該生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を有する機能性生地を提供すること」(本件明細書の【0005】)であるところ、本件発明1では、上記3つの成分の含有量や無機粒子の粒径を特定していないため、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、本件発明1についての特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すべきである。

(2)本件発明1、5
本件発明1、5において、発明の課題は「生地に適用した場合に粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮することのできる生地コーティング用組成物、及び、該生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を有する機能性生地を提供すること」であり、本件明細書【0075】の【表2】において、全ての実施例1〜15が「密着性向上剤」を含むところ、本件発明1、5には「密着性向上剤」の記載がなく、本件発明1、5は、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、本件発明1、5は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、本件発明1、5についての特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すべきである。

(3)本件発明9
本件発明9には、「請求項1から8のいずれか1項に記載の生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を生地の表面に有する機能性生地。」と記載されており、本件発明9は、粉塵付着率が5%を超える比較例1〜4及び機能性膜の水接触角が100°未満の比較例2及び4を包含するものであり、本件発明9の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、本件発明9は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、本件発明9についての特許は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すべきである。

3.申立理由3(明確性
(1)本件発明1、5、7〜13
本件発明1、5、7では、「無機粒子」を必須の成分としているところ、本件明細書【0075】の【表2】において、実施例6は無機粒子を含まないものであり、無機粒子を含まない実施例6が所期の課題を解決することから、本件発明1、5及び7は不明確である。
よって、本件発明1、5、7及び本件発明7を引用する本件発明8〜13の特許は、特許法36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同第113条第4号の規定により取り消すべきである。

(2)本件発明8〜13
本件発明8には、「前記フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物における、分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である」と記載されている一方で、本件明細書の【0068】の【表1】には、合成例4のC/Si比が0.1〜4の範囲外の0であることが記載されており、【0075】の【表2】では、合成例4を用いた実施例14が記載されており、さらに、本件明細書の【0031】には、C/Si比が0.1〜4の範囲内であることにより、生地コーティング用組成物が優れた防塵性を発揮し、発明の課題を解決することが記載されており、C/Si比が0.1〜4の範囲外である実施例14が所期の課題を解決することから、本件発明8は不明確である。
よって、本件発明8及び本件発明8を引用する本件発明9〜13の特許は、特許法36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同第113条第4号の規定により取り消すべきである。

第4 先願明細書等の記載
1.先願明細書等について
先願明細書等には、次の事項が記載されている。以下、下線は、理解の便宜のため、当審が付した。
「【0001】
本発明は、オイルミストと粉塵を含む空気を清浄にするエアフィルタ及びその製造方法に関する。更に詳しくは、撥水性と撥油性を有する撥水撥油性膜が不織布の繊維表面に形成されたエアフィルタ及びその製造方法に関するものである。」
「【0009】
本発明の第1の観点は、オイルミストと粉塵を含む空気が流入する一面と、この一面に対向し前記空気が流出する他面との間を貫通する多数の気孔が繊維間に形成された不織布を含むエアフィルタであって、前記不織布の繊維表面に撥水撥油性膜が形成され、前記撥水撥油性膜は、下記の一般式(1)又は式(2)で示されるペルフルオロエーテル構造を含むフッ素系官能基成分(A)が結合した平均粒子径2nm〜90nmの金属酸化物粒子(B)とシリカゾルゲル(C)とを含み、前記フッ素系官能基成分(A)は、前記撥水撥油性膜中、1質量%〜30質量%の割合で含まれ、前記フッ素系官能基成分(A)と前記金属酸化物粒子(B)とは、合計して前記撥水撥油性膜中、5質量%〜80質量%の割合で含まれ、前記金属酸化物粒子(B)に対する前記フッ素系官能基成分(A)の質量比(A/B)が0.05〜0.80の範囲にあり、前記金属酸化物粒子(B)に対する前記フッ素系官能基成分(A)の質量比(A/B)が0.05〜0.80の範囲にあり、前記エアフィルタの通気度が1ml/cm2/秒〜30ml/cm2/秒であることを特徴とするエアフィルタである。
【0010】
【化1】

【0011】
上記式(1)及び式(2)中、p、q及びrは、それぞれ同一又は互いに異なる1〜6の整数であって、直鎖状又は分岐状であってもよい。また上記式(1)及び式(2)中、Xは、炭素数2〜10の炭化水素基であって、エーテル結合、CO−NH結合、O−CO−NH結合及びスルホンアミド結合から選択される1種以上の結合を含んでいてもよい。更に上記式(1)及び式(2)中、Yはシランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分である。
【0012】
このYについて更に述べると、Yは、金属酸化物粒子(B)と結合する部位である。具体例としては、後述する式(3)又は式(4)において、Yとして、Z部分が加水分解した構造が挙げられる。また、Yとして、式(3)又は式(4)のシラン化合物と、テトラエトキシシランやテトラメトキシシラン等のケイ素アルコキシドとを混合し、加水分解重合したシリカゾルゲルの主成分等も挙げられる。更に、Yとして、式(3)又は式(4)のシラン化合物と、テトラエトキシシランやテトラメトキシシラン等のケイ素アルコキシドと、エポキシ基やビニル基、エーテル基を含有したシラン等とを混合し、加水分解重合したシリカゾルゲルの主成分等も挙げられる。因みに、上記シリカゾルゲル(C)は、上記フッ素系官能基成分(A)が結合した金属酸化物粒子(B)を、不織布の基材に密着させるために用いられるバインダである。」
「【0014】
本発明の第3の観点は、第1の観点に基づく発明であって、前記シリカゾルゲル(C)は、前記シリカゾルゲルを100質量%としたときに、炭素数2〜7のアルキレン基成分を0.5質量%〜20質量%含むエアフィルタである。」
「【0037】
図1上部の更なる拡大図に示すように、撥水撥油性膜21は、粒子表面がフッ素系官能基成分に覆われた多数の金属酸化物粒子21aがバインダとしてのシリカゾルゲル21bで結着して構成される。撥水撥油性膜21は金属酸化物粒子21aを含むため、見かけ上、厚膜となり、繊維と繊維の間の気孔20dを狭くすることができる。また膜厚は、金属酸化物粒子の粒子径と膜成分中の金属酸化物粒子の含有割合を変えることにより制御することができる。」
「【0043】
エアフィルタを使用し続けてオイルミストの不織布内部における捕集量が増えると、エアフィルタが水平に配置される場合には、膜への付着の程度が低いオイルミストは液状化して通過する空気に随伴されてエアフィルタの他面に集まり、エアフィルタが鉛直に配置される場合には、捕集されたオイルミストが自重によりエアフィルタの下端に集まり、不織布の気孔を閉塞しない。これにより、オイルミストによる気孔の目詰まりは抑制される。粉塵は不織布の繊維表面の撥水撥油性膜に直接付着するか、或いは撥水撥油性膜に付着したオイルミストに付着する。不織布20に溜まったオイルミストと粉塵は、定期的にエアノッカー等でエアフィルタ10に衝撃を与えることにより、エアフィルタ10から除去することができる。
【0044】
〔エアフィルタの製造方法〕
エアフィルタは次の方法により、概略製造される。
図3に示すように、金属酸化物粒子51と有機溶媒52を混合して金属酸化物粒子の分散液53を調製する。この分散液53にフッ素系官能基成分(B)を含むフッ素系化合物54を混合し、更に水55と触媒56を混合してフッ素含有金属酸化物粒子の分散液57を調製する。一方、ケイ素アルコキシド61とアルコール62と水63と、必要に応じてアルキレン基成分64を混合し、この混合液に触媒65を加えることにより、シリカゾルゲル液66を調製する。
このシリカゾルゲル液66にアルコール67を混合し、この混合液と上記フッ素含有金属酸化物粒子の分散液57とを混合することにより、撥水撥油性膜形成用液組成物70を調製する。この液組成物70をアルコール71により希釈して希釈液72を調製し、そこに不織布73をディッピングする。続いて不織布73を脱液し、乾燥することによりエアフィルタ10を製造する。」
「【0049】
〔フッ素含有金属酸化物粒子分散液の調製〕
次に、調製された金属酸化物粒子の分散液中に、上述した式(1)又は式(2)で表されるフッ素系官能基成分を含むフッ素系化合物を添加して、金属酸化物粒子とフッ素系官能基成分とがナノコンポジット化された複合材料を合成する。更に反応を促進するために、水及び触媒を添加する。これにより、フッ素含有金属酸化物粒子の分散液を調製する。」
「【0052】
【化2】


「【0059】
また、上記式(3)及び式(4)中、Zは、加水分解されてSi−O−Si結合を形成可能な加水分解性基であれば特に限定されるものではない。このような加水分解性基としては、具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基などのアルコキシ基、フェノキシ基、ナフトキシ基などのアリールオキシ基、ベンジルオキシ基、フェネチルオキシ基などのアラルキルオキシ基、アセトキシ基、プロピオニルオキシ基、ブチリルオキシ基、バレリルオキシ基、ピバロイルオキシ基、ベンゾイルオキシ基などのアシルオキシ基等が挙げられる。これらの中でも、メトキシ基、エトキシ基を適用することが好ましい。」
「【0064】
〔シリカゾルゲル液の調製〕
先ず、ケイ素アルコキシドとしてのテトラメトキシシラン又はテトラエトキシシランと、沸点が120℃未満の炭素数1〜4の範囲にあるアルコールと、水とを混合して混合液を調製する。このときアルキレン基成分となるエポキシ基含有シランを一緒に混合してもよい。このケイ素アルコキシドとしては、具体的には、テトラメトキシシラン、そのオリゴマー又はテトラエトキシシラン、そのオリゴマーが挙げられる。例えば、耐久性の高い撥水撥油性膜を得る目的には、テトラメトキシシランを用いることが好ましく、一方、加水分解時に発生するメタノールを避ける場合は、テトラエトキシシランを用いることが好ましい。」
「【0070】
シリカゾルゲル中のSiO2濃度(SiO2分)は1質量%〜40質量%であるものが好ましい。このSiO2濃度が下限値未満では、重合が不十分であり、膜の密着性の低下やクラックの発生が起こり易く、上限値を超えると、相対的に水の割合が高くなりケイ素アルコキシドが溶解せず、反応液がゲル化する不具合を生じる。」
「【0072】
〔撥水撥油性膜形成用液組成物〕
本実施の形態の撥水撥油性膜形成用液組成物は、上記製造方法で製造され、前述したフッ素系官能基成分が結合した金属酸化物粒子と、シリカゾルゲルと、溶媒とを含む。このフッ素系官能基成分は、上記の一般式(1)又は式(2)で示されるペルフルオロエーテル構造を有し、撥水撥油性膜形成用液組成物中、1質量%〜30質量%含まれる。」
「【0094】
<実施例2〜9及び比較例1〜3>
実施例2〜9及び比較例1〜3について、表2に示すように、フッ素含有金属酸化物粒子の分散液の種類と秤量、シリカゾルゲル液の秤量、及び実施例1と同一の工業アルコールの秤量を選定又は決定した。
シリカゾルゲル液に関して、実施例2〜9及び比較例1〜3では、実施例1で用いた正ケイ酸エチルの代わりに、テトラメトキシシラン(TMOS)の3量体〜5量体(三菱化学社製、商品名:MKCシリケートMS51)28.50gと、アルキレン基成分となるエポキシ基含有シランとして3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(GPTMS:信越化学工業社製、商品名:KBM−403)1.50gを用いた。それ以外は、実施例1と同様の操作を行った。
また表3に示すように、通気度の異なる不織布と、エアフィルタの基材の種類を選定した。
また実施例1と同様にして、実施例2〜9及び比較例1〜3の撥水撥油性膜形成用液組成物を得た。
更に実施例1と同様にして、この撥水撥油性膜形成用液組成物の希釈液に不織布をディッピングし、脱液・乾燥して、表3に示す通気度を有するエアフィルタを得た。」

以上の記載と先願明細書等の図1〜3を総合すると、先願明細書等には次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。

[甲1発明]
「シランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分を有するフッ素系官能基成分と、金属酸化物粒子とが結合されたフッ素含有金属酸化物粒子と、
ケイ素アルコキシドを一部加水分解させたシリカゾルゲルとを含有する、
不織布に撥水撥油性膜を形成する撥水撥油性膜形成用液組成物。」

第5 当審の判断
1.申立理由1について(甲1発明を引用発明とした拡大先願)
(1)本件発明1について
ア.対比
甲1発明の「ケイ素アルコキシドを一部加水分解させたシリカゾルゲル」は、本件発明1の「フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物」に相当し、甲1発明の「不織布に撥水撥油性膜を形成する撥水撥油性膜形成用液組成物」は、本件発明1の「生地コーティング用組成物」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、次の一致点で一致し、相違点1、2で相違する。

[一致点]
「フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物を含有する、生地コーティング用組成物。」

[相違点1]
生地コーティング用組成物の含有物について、本件発明1は、「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物」と「無機粒子」を含有するのに対して、甲1発明は、「シランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分を有するフッ素系官能基成分と、金属酸化物粒子とが結合されたフッ素含有金属酸化物粒子」を含有する点。

[相違点2]
フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物について、本件発明1は、「分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である」のに対して、甲1発明は、「ケイ素アルコキシドを一部加水分解させたシリカゾルゲル」の分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比が特定されていない点。

イ.判断
相違点1について検討する。
甲1発明の「シランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分を有するフッ素系官能基成分と、金属酸化物粒子とが結合されたフッ素含有金属酸化物粒子」について、本件明細書には、
「【0021】
(フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物)
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物は、生地コーティング用組成物を生地に適用した場合に、粉塵汚れに対する防塵性及び撥水性を発揮する成分である。」
「【0023】
フルオロ基を有するアルコキシシランの加水分解部分縮合物としては、フルオロ基を有するアルコキシシランを既存の手法で加水分解縮合させることにより得られたものが挙げられる。フルオロ基を有するアルコキシシランとしては、前述した化合物を使用することができる。これらのフルオロ基を有するアルコキシシランは1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用して加水分解部分縮合してもよい。また、フルオロ基を有するアルコキシシランを少なくとも1種含んでいれば、フルオロ基を含まないアルコキシシランを併用して加水分解部分縮合してもよい。フルオロ基を有するアルコキシシランは、アルコキシ基が親水性、フルオロ基が疎水性を有するため、組成物中でミセルを形成する傾向があるが、加水分解部分縮合物として使用することで、ミセル化が抑制され、フルオロアルキル基を膜表面に配向させやすく、機能性膜の耐久性が向上する傾向にある。」
「【0042】
(無機粒子)
本発明の生地コーティング用組成物は、さらに、無機粒子を含有することが好ましい。無機粒子を含有することにより、機能性膜の表面に凹凸を形成させて、粉塵汚れの接地面積を低減させることができ、より防塵性に優れた機能性膜とすることができる。・・・」
と記載されているとおり、本件発明1の「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物」と「無機粒子」とは、生地に別個の性質を付与する別個の含有物として生地コーティング用組成物に存在するものと解される。
他方で、甲1発明の、「シランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分を有するフッ素系官能基成分と、金属酸化物粒子とが結合されたフッ素含有金属酸化物粒子」について、先願明細書等には、【0012】、【0049】に記載されているとおり、フッ素系官能基成分と金属酸化物粒子とは、両者が結合して一つの含有物として撥水撥油性膜を形成する撥水撥油性膜形成用液組成物に存在するものである。そのため、フッ素系官能基成分は、金属酸化物粒子表面に位置することとなり、本件発明1のフルオロ基を有するアルコキシシランのフルオロアルキル基を、機能性膜の膜表面に配向させる(本件明細書【0023】)ものとは、異なる配置になる。
よって、本件発明1の「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物」及び「無機粒子」と、「シランの加水分解体又はシリカゾルゲルの主成分を有するフッ素系官能基成分と、金属酸化物粒子とが結合されたフッ素含有金属酸化物粒子」とは実質的に相違する。
したがって、相違点1は実質的な相違点であるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明と実質同一ではない。

(2)本件発明3、5、7について
本件発明3、5、7は、本件発明1と同様に、「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物」及び「無機粒子」を含有する生地コーティング用組成物の発明である。
よって、上記(1)イ.に示した理由と同様の理由により、本件発明3、5、7は、甲1発明と実質同一ではない。

(3)本件発明2、4、6、8、9、12について
本件発明2、4、6、8、9、12は、本件発明1、3、5、7のいずれか一つに対して、さらに技術的事項を付加し限定したものである。
よって、上記(1)イ.に示した理由と同様の理由により、本件発明2、4、6、8、9、12は、甲1発明と実質同一ではない。

2.申立理由2について(サポート要件)
(1)本件発明1について
本件明細書の発明の詳細な説明によると、本件発明1が解決しようとする課題は、「生地に適用した場合に粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮することのできる生地コーティング用組成物、及び、該生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を有する機能性生地を提供すること」(本件明細書の【0005】)であるところ、さらに、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0021】
(フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物)
フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物は、生地コーティング用組成物を生地に適用した場合に、粉塵汚れに対する防塵性及び撥水性を発揮する成分である。」
「【0025】
(フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物)
本発明の生地コーティング用組成物は、さらに、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物を含むことが好ましい。フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物は、耐久性(耐摩耗性、硬度)を付与する成分であり、粉塵汚れに対する防塵性が経時的に低下することを抑制する。フルオロ基を含まないアルコキシシランの加水分解部分縮合物としては、フルオロ基を含まないアルコキシシランを加水分解と縮合反応して得られる加水分解部分縮合物であれば限定されないが、例えば、下記一般式(1)で表されるフルオロ基を含まないアルコキシシランを加水分解と縮合反応して得られるものが挙げられる。
SiR14 (1)
一般式(1)中、R1は、それぞれ水素、水酸基、アルコキシ基、脂肪族炭化水素基、又は芳香族炭化水素基であり、1以上のR1がアルコキシ基である。アルコキシ基、脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基は、それぞれ置換基を有してよい。」
「【0042】
(無機粒子)
本発明の生地コーティング用組成物は、さらに、無機粒子を含有することが好ましい。無機粒子を含有することにより、機能性膜の表面に凹凸を形成させて、粉塵汚れの接地面積を低減させることができ、より防塵性に優れた機能性膜とすることができる。・・・」
これらの記載から、本件発明1が「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有」することで、「粉塵汚れに対する防塵性及び撥水性を発揮」し、「耐久性(耐摩耗性、硬度)を付与する」ことができ、「粉塵汚れに対する防塵性が経時的に低下することを抑制」し、「機能性膜の表面に凹凸を形成させて、粉塵汚れの接地面積を低減させることができ、より防塵性に優れた機能性膜とすることができる」ことが理解できる。
そのため、各成分の含有量まで特定することが課題の解決のために必須であるとはいえず、申立人の主張は採用できない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、その記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(2)本件発明1、5について
上記(1)に記載したとおり、本件発明1が「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有」することで、「粉塵汚れに対する防塵性及び撥水性を発揮」し、「耐久性(耐摩耗性、硬度)を付与する」ことができ、「粉塵汚れに対する防塵性が経時的に低下することを抑制」し、「機能性膜の表面に凹凸を形成させて、粉塵汚れの接地面積を低減させることができ、より防塵性に優れた機能性膜とすることができる」ことが理解できる。
また、上記(1)に記載したとおり、本件発明5が「フルオロ基を有するアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物、及び、無機粒子を含有」することで、「粉塵汚れに対する防塵性及び撥水性を発揮」し、「機能性膜の表面に凹凸を形成させて、粉塵汚れの接地面積を低減させることができ、より防塵性に優れた機能性膜とすることができる」ことが理解できる。
そのため、「密着性向上剤」は、課題の解決のために必須の構成とはいえず、申立人の主張は採用できない。
よって、本件発明1、5は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、その記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(3)本件発明9について
本件明細書の発明の詳細な説明によると、本件発明9が解決しようとする課題は、「生地に適用した場合に粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮することのできる生地コーティング用組成物、及び、該生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を有する機能性生地を提供すること」(本件明細書の【0005】)であるところ、さらに、発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0053】
<<機能性生地>>
本発明の機能性生地は、生地と、本発明の生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜とを有するため、粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮する。」
この記載から、本件発明9に記載された「生地コーティング用組成物の硬化物からなる機能性膜を生地の表面に有する」することで、「粉塵汚れに対して優れた防塵性を発揮する」ことが理解できる。
よって、本件発明9は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、その記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

3.申立理由3について(明確性
(1)本件発明1、5、7〜13について
ア.判断
本件発明1、5、7には、生地コーティング用組成物が「無機粒子」を含有することが記載されており、この点は明確である。
よって、本件発明1、5、7及び本件発明1、5、7を引用する本件発明8〜13は明確である。

イ.申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、「本件特許の請求項1、5及び7に係る発明では、「無機粒子」を必須の成分としている。その一方、本件特許明細書では、「無機粒子」を含まない例を実施例6としている。無機粒子を含まなくても所期の課題を解決することは本件特許発明1、5及び7の範囲を不明確にしている。同様の理由により、請求項7を引用する請求項8〜13の記載も不明確となっている。」(特許異議申立書25ページ第10行目〜第14行目)と主張する。
しかし、上記ア.で述べたように、本件発明1、5、7の記載は明確であるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、明確性の要件(特許法第36条第6項第2号に規定した要件)に適合する。
本件発明に包含されない一部の実施例が本件明細書に記載され、且つそれらが発明の課題を解決するものであったとしても、その事項のみをもって、本件発明を不明確とすることはできない。
よって、上記申立人の主張は採用できない。

(2)本件発明8〜13について
ア.判断
本件発明8には、「前記フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物における、分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である」と記載されており、この点は明確である。
よって、本件発明8及び本件発明8を引用する本件発明9〜13は明確である。

イ.申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、「また本件特許の請求項8に係る発明では、「前記フルオロ基を含まないアルコキシシラン又はその加水分解部分縮合物における、分子中のケイ素原子数に対する炭素原子数の比(C/Si比)が0.1〜4である生地コーティング用組成物」を特定しているところ、本件特許明細書には、合成例4がC/Si比=0であって、0.1〜4の範囲外であることが記載されている。そしてこの範囲外であるにも拘わらず、合成例4を用いた例が実施例14として記載されている。実施例14では、フルオロ基を含まないアルコキシシランの加水分解部分縮合物40重量%とフルオロ基を有するアルコキシシランの加水分解部分縮合物10重量%と無機粒子40重量%と密着性向上剤10重量%を含有しており、本件特許の請求項8に記載の構成要件を満たしている。本件特許明細書の【0031】にはC/Si比が0.1〜4の範囲内であることにより、生地のコーティング用組成物が優れた防塵性を発揮し、本件特許の課題を達成することが記載されていることを考慮すると、請求項8に係る発明は、C/Si比が0.1〜4の範囲外である実施例14の存在から、明確ではない。同様の理由により、請求項8を引用する請求項9〜13の記載も明確でない。」(特許異議申立書25ページ第15行目〜26ページ第2行目)と主張する。
しかし、上記ア.で述べたように、本件発明8の記載は明確であるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、明確性の要件(特許法第36条第6項第2号に規定した要件)に適合する。
本件発明に包含されない一部の実施例が本件明細書に記載され、且つそれらが発明の課題を解決するものであったとしても、その事項のみをもって、本件発明を不明確とすることはできない。
よって、上記申立人の主張は採用できない。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-09-07 
出願番号 P2021-059815
審決分類 P 1 651・ 161- Y (C09D)
P 1 651・ 537- Y (C09D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 稲葉 大紀
石田 智樹
登録日 2021-11-18 
登録番号 6980145
権利者 ナガセケムテックス株式会社
発明の名称 生地コーティング用組成物  
代理人 弁理士法人WisePlus  

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