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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07F
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07F
管理番号 1390012
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-07-17 
確定日 2022-10-05 
事件の表示 特願2018−181287「基板上に層を形成するための還元剤としてのビス(トリメチルシリル)6員環系および類縁化合物」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 2月28日出願公開、特開2019− 31508〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2014年6月27日(パリ条約による優先権外国庁受理 2013年6月28日(US)米国、2013年11月10日(US)米国、2014年4月2日(US)米国)を国際出願日とする特願2016−524255号の一部を平成30年9月27日に特願2018−181287号として新たな特許出願としたものであって、令和元年7月24日付けで拒絶理由が通知され、同年11月8日に意見書及び手続補正書が提出され、令和2年3月11日付けで拒絶査定され、同年7月17日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明について
1 本願発明の認定
この出願の特許請求の範囲の記載は、令和元年11月8日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜11に記載されたとおりであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】

(式中、
R、R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、およびR5は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリールまたはC4〜14ヘテロアリールである)
からなる群から選択される化合物。」(当該8種の一般式で表された化合物ついて、それぞれ、上段左から下段右にかけて、順次、「化合物a」〜「化合物h」という。たとえば、中段最右の窒素6員環を有する化合物は、「化合物f」となる。)

第3 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、令和1年7月24日付け拒絶理由通知書における理由3及び4であり、その理由の概要は、以下のものと認める。
(各化合物a〜hについては、当審で付与し、令和元年11月8日付け手続補正により該当しない事項については、当審にて一部除外している。)

理由3.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

理由4.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。



●理由3(実施可能要件)、理由4(サポート要件)について
本願発明のそれぞれに記載の化合物a〜hについて、この出願の発明の詳細な説明には、いずれの化合物も具体的に合成できたとの記載はなく、また、そのような化合物を用い原子層堆積により薄膜を堆積させることができたとの記載もなされていない。
発明の詳細な説明には、シクロヘキサジエン及びジヒドロピラジンの誘導体を合成した例は記載されている。それらは元となる環化合物を還元しあるいは置換基変更により、合成されている。しかしながら、上記した他の環骨格を有する化合物について、同様に合成できるといえる技術常識はみあたらない。例えば5〜6の環構成原子が全て窒素原子(N)である環化合物は、計算化学上は想定し得るが、実際に合成原料として入手でき置換基変更工程に付すことができるものであるとは到底いえない(化合物e、f)。また2、3、4の環構成原子が窒素原子である本願発明の化合物a〜d、g、hについても、原料が入手でき、結合次数を調整でき、さらに所望の位置にSiR1R2R3(以下、「有機シラン」という。)基を有する本願発明の化合物を得ることができるというに足る技術常識も見あたらない。
そうすると、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものでなく、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が当該請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでもない。

さらに、拒絶査定の備考欄には、理由3及び理由4について、本願発明に関する補足が次のように記載されている。

実施可能要件及びサポート要件は、当該補正後にも残る全ての化合物a〜hについても通知されていたものであり、そのことについて、意見書において何ら実質的な主張はない。
そうすると、本願発明には、依然として、いずれの化合物に係る発明であっても、実施可能要件及びサポート要件が満足されていないという拒絶理由が存在していることに変わりはない。

第4 当審の判断

当審は、原査定の理由のとおり、本願発明について、この出願は、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと判断する。また、原査定の理由のとおり、本願発明について、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていないと判断する。
その理由は、以下のとおりである。

1 理由3(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断の前提
物の発明における発明の「実施」とは、その物の生産、使用等をする行為をいう(特許法第2条第3項第1号)から、特許法第36条第4項第1号の「その実施をすることができる」(実施可能要件)とは、その物を生産することができ、かつ、その物を使用できることである。したがって、物の発明については、明細書の記載又はその示唆及び出願当時の技術常識に基づき、当業者がその物を生産することができ、かつ、その物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。
以下、上記判断の前提にしたがって検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載(下線は当審において付与したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。)
本願の明細書の発明の詳細な説明には、本願発明に関連した記載として以下の記載がある。

ア 技術分野、背景技術、発明が解決しようとする課題及び関連発明の概要についての記載
本願明細書の【0007】-【0009】、【0020】、【0022】、【0023】には以下の記載がある。
「【0007】
本発明は、少なくとも1つの実施形態において、酸化状態にある原子を有する化合物を還元する方法を提供することにより、先行技術の1つ以上の問題を解決するものである。本発明の方法は、酸化状態にある原子を有する第1化合物を還元剤と反応させることにより、この原子が第1化合物よりも還元された状態にある第2化合物を生成するステップを含む。この酸化状態にある原子は、周期律表の第2〜12族、ランタニド、As、Sb、Bi、Te、Si、Ge、SnおよびAlからなる群から選択される。還元剤は、式IAおよび式IB:

(式中、
X1は、CR6(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
X2は、CR7(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、R5、R6およびR7は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリール、またはC4〜14ヘテロアリールである)で表される化合物からなる群から選択される。
【0008】
他の実施形態においては、酸化状態にある原子を有する化合物を、気相反応用原料を用いて還元する方法を提供する。この方法は、第1化合物の蒸気を提供するステップを含む。酸化状態にある原子は、周期律表第2〜12族、ランタニド、As、Sb、Bi、Te、Si、Ge、SnおよびAlからなる群から選択される。この方法はまた、還元剤の蒸気を提供するステップも含む。還元剤は、式IAおよび式IB:

(式中:
X1は、CR6(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
X2は、CR7(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、R5、R6およびR7は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリールまたはC4〜14ヘテロアリールである)で表される化合物からなる群から選択される。第1化合物の蒸気および還元剤の蒸気を反応させることによって、該原子が第1化合物よりも還元された状態にある第2化合物が生成する。
【0009】
他の実施形態においては、ALDプロセスによって層を形成する方法が提供される。この方法は、酸化状態にある原子を有する第1化合物の蒸気を基板に接触させることによって第1改質表面を形成するステップを含む。この酸化状態にある原子は、周期律表第2〜12族、ランタニド、As、Sb、Bi、Te、Si、Ge、SnおよびAlからなる群から選択される。場合により、第1改質表面に酸を所定の第2供給時間接触させることにより、第2改質表面が形成される。第1改質表面または第2改質表面に還元剤を所定の第3供給時間接触させることにより、基板上に層が形成される。還元剤は:

(式中、
X1は、CR6(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
X2は、CR7(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、R5、R6およびR7は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリールまたはC4〜14ヘテロアリールである)からなる群から選択される。」、
「【0020】
略称
「ALD」は原子層堆積である。
「CVD」は化学気相成長である。
「RT」は「室温」を意味する。
「s」は「秒」を意味する。
「THF」は「テトラヒドロフラン」を意味する。
「DME」は「1,2−ジメトキシエタン」を意味する。
「CHD」は1,4−ビス(トリメチルシリル)−2−メチル−1,4−シクロヘキサジエンを意味する。
「DHP」は1,4−ビス(トリメチルシリル)−1,4−ジヒドロピラジンを意味する。
「dmap」は「4−ジメチルアミノピリジン」を意味する。
「dad」はジアザジエンを意味する。・・・」、
「【0022】
一実施形態においては、酸化状態にある原子を有する化合物を還元する方法が提供される。この方法は、ALDおよび化学気相成長(CVD)によって金属含有層(例えば、金属層)を形成するのに特に適している。この方法は、酸化状態にある原子を有する第1化合物を還元剤と反応させることにより、該原子が第1化合物よりも還元された状態にある第2化合物を形成するステップを含む。この酸化状態にある原子は、周期律表第2〜12族、ランタニド、As、Sb、Bi、Te、Si、Ge、SnおよびAlからなる群から選択される。一改良形態においては、酸化状態にある原子は、参照電極電位(例えば、標準水素電極または標準Ag/AgNO3電極)に対する標準電極電位が−2.4Vよりも高い群の原子を含む。具体的には、・・・さらなる改良形態においては、酸化状態にある原子を含む化合物の100℃における蒸気圧は少なくとも0.05トール〜約700トールである。還元剤の特徴としては、還元剤は、式IAおよび式IB:

(式中、
X1は、CR6(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
X2は、CR7(SiR1R1’R1”)またはN(SiR1R1’R1”)であり、
R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、R5、R6およびR7は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリールまたはC4〜14ヘテロアリールである)で表される化合物からなる群から選択されるものである。
【0023】
式IAおよび式IBで表される化合物の一変形形態においては、還元剤は:


およびこれらの組合せからなる群から選択される。式IIBで表される化合物が金属含有膜の形成に特に有用であることが見出された。特に有用な還元剤の例は、1,4−ビス(トリメチルシリル)−2−メチル−1,4−シクロヘキサジエンおよび1,4−ビス(トリメチルシリル)−1,4−ジヒドロピラジンである。」

イ 本願発明に該当する化合物についての記載
本願明細書及び図面の【0014】、【0024】、【図1】には以下の記載がある。
「【0014】
【図1】図1は、本発明に包含される還元剤の他の例を示すものである。
【図2】・・・」、
「【0024】
図1を参照すると、還元剤のさらなる例が示されている。これらの例において、R1、R1’、R1”、R2、R3、R4、R5、R6およびR7は、それぞれ独立に、H、C1〜10アルキル、C6〜14アリール、またはC4〜14ヘテロアリールである。式IA、IB、IIA、IIB、IIC、IIDで表される化合物および図1の化合物の改良形態においては、R1、R1’、R1”は、それぞれ独立にC1〜10アルキルであり、R2、R3、R4、R5は、それぞれ独立に、HまたはC1〜10アルキルであり、R6およびR7はHである。他の改良形態においては、R1、R1’、R1”は、それぞれ独立に、水素、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、イソブチル、t−ブチルまたはフェニルである。さらなる他の改良形態においては、R2、R3、R4およびR5は、それぞれ独立に、水素、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、イソブチル、t−ブチルまたはフェニルである。さらなる他の改良形態においては、R6、R7は、それぞれ独立に、水素、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、イソブチル、t−ブチルまたはフェニルである。特に有用な例においては、R1、R1’、R1”は、メチルであり、R6、R7は、水素であり、R2、R3、R4およびR5は水素またはメチルである。他の有用な例においては、R1、R1’、R1”はメチルであり、R6、R7は水素であり、R2、R3、R4およびR5は、水素またはメチルである。」、




ウ 酸化状態にある原子を有する化合物について
本願明細書の【0025】-【0032】には以下の記載がある。
「【0025】
上に述べたように、第1化合物は、周期律表第2〜12族、ランタニド、As、Sb、Bi、Te、Si、Ge、SnおよびAlから選択される、酸化状態にある原子を含む。・・・
【0026】
本発明は、酸化状態にある原子を含む第1化合物の種類により限定されるものではないが、次の構造を有する化合物が特に有用である・・・
【0027】
一変形形態において、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、・・・
【0028】
他の変形形態においては、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、・・・
【0029】
他の変形形態においては、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、・・・
【0030】
他の変形形態においては、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、・・・
【0031】
他の変形形態においては、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、・・・
【0032】
酸化状態にある原子を含む化合物の具体例としては、・・・」

エ 金属又は金属薄膜の形成方法
本願明細書の【0033】-【0066】には以下の記載がある。
「【0033】
本実施形態の他の改良形態においては、金属を形成するための方法が提供される。これに関連して、この金属は、酸化数がゼロの金属原子を有することを特徴とする。本改良形態は、溶液中または気相中のいずれかで(例えば、ALD、CVD等)、約50〜400℃の温度で実施することができる。他の改良形態においては、金属の堆積は、約75〜200℃の温度で実施される。
【0034】
さらなる改良形態においては、金属膜をALDプロセスにより形成する方法が提供される。この方法は、基板に、上に述べた酸化状態にある原子を有する第1化合物の蒸気を、第1化合物の蒸気の少なくとも一部が基板表面に吸収されるかまたは基板表面と反応することにより改質表面を形成するように接触させることを含む堆積サイクルを含む。この堆積サイクルは、改質表面に上述の還元剤の蒸気を接触させることにより反応させ、金属膜の少なくとも一部を形成することをさらに含む。通常、酸化状態にある原子を有する第1化合物は、約50〜400℃の温度で還元剤と接触させる。この反応は、後述するALDプロセスに用いられる。
【0035】
図2Aは、ALDプロセスにより層を形成するための方法の模式図で示したものである。・・・
【0036】
図2Bは、ALDプロセスにより層を形成するための方法を模式図で示したものである。・・・
【0037】
図2Dを参照すると、堆積システム20は、反応室22、基板ホルダー24および真空ポンプ26を含む。通常、基板は、ヒーター28で加熱される。この方法は、基板30に上述の酸化状態にある原子を有する第1化合物の蒸気を接触させることを含む堆積サイクルを含む。・・・
【0038】
本実施形態の変形形態において、本発明の方法は、気相に留まっている(すなわち、基板に吸着されず、基板と反応もしていない)第1化合物の蒸気の少なくとも一部を、還元剤の蒸気を導入する前に基板の周囲から除去することと、還元剤の蒸気の少なくとも一部を基板の周囲から除去することとをさらに含む。金属含有化合物および還元剤は、パージステップにおいて、パージ源44からパージガスを反応室22に所定の時間導入することによって除去される。パージ時間は制御バルブ46によって制御される。
【0039】
他の変形形態においては、本発明の方法は、基板に第1化合物の蒸気を、次いで還元剤蒸気を順次接触させることを含む少なくとも1回のさらなる堆積サイクルをさらに含む。・・・
【0040】
図2Dのシステムは、還元剤の蒸気を供給するための供給源40を使用している。図2Eは、この種の蒸気供給源の略断面図を示すものである。還元剤供給源40は、槽60およびこの槽に収容されて保持されている還元剤62を含む。還元剤62は上述の還元剤の1種以上である。具体的には、還元剤62は、IA、IB、IIA、IIB、IICおよびIIDで表される。一改良形態においては、還元剤の少なくとも一部は液相中にある。バルブ64が槽60に取り付けられている。バルブ64は、バルブを閉止している間は還元剤が流出するのを防ぎ、バルブが開放されると還元剤を流出させる(すなわち、排出管66を通してALD反応室22に流入させる)。一改良形態においては、供給源40は、気体を槽60に流入させるための導入管70と、気体を槽60から流出させることによって還元剤を移送するための排出管66とを有するバブラーである。導入管70はバルブ72によって開閉される。一改良形態においては、改良された還元剤供給源40は、バルブ64の外側に配置され、流体連通している継ぎ手74を含む。場合により、バルブ72の外側には、流体連通している継ぎ手76が配置されている。継ぎ手74および76により、還元剤供給源をALDまたはCVD装置に取り付けることができる。
【0041】
他の実施形態においては、金属含有膜を形成するためのシステムおよび方法が提供される。・・・
【0044】
本実施形態の方法による膜形成を行う間、基板の温度は、化学前駆体および形成すべき膜の特性に適した温度となる。本発明の方法の改良形態においては、基板は約0〜1000℃の温度に設定される。・・・
【0045】
同様に、膜形成を行う際の圧力は、化学的前駆体および形成すべき膜の特性に適した値に設定される。一改良形態においては、圧力は、約10−6トール〜約760トールである。・・・
【0046】
供給時間およびパージ時間も化学的前駆体の特性および基板の幾何学的形状に依存する。・・・
【0047】
他の実施形態においては、金属を形成するための方法が提供される。・・・
【0048】
本実施形態の他の変形形態においては、Mは、金属、特に、酸化数が0、1+、2+、3+または4+である遷移金属である。・・・
【0052】
他の変形形態においては、Mが、Ni、Co、Fe、Mn、Mg、ZnまたはCrである場合、・・・
【0054】
さらなる他の変形形態においては、MがAlである場合、・・・
【0055】
図2Cは、金属薄膜の形成方法を模式図で示したものである。ステップa)において、基板10に式IIIまたは式IVで表される金属含有化合物G1の蒸気を接触させることによって、基板10上に改質表面12が形成される。次いで改質表面を活性化化合物A1と接触させることによって、金属膜の少なくとも一部が基板上に形成される。本変形形態は、Mが、Co、Ni、Cr、FeおよびMnである場合に特に有用である。
【0056】
図2Bは、金属膜を形成するための他の変形形態を模式図で示したものである。・・・
【0059】
他の変形形態においては、本発明の方法は、基板に式IIIまたは式IVで表される化合物の蒸気、次いで還元剤の蒸気を順次接触させることを含む少なくとも1回のさらなる堆積サイクルをさらに含む。・・・
【0060】
他の実施形態においては、金属含有膜の形成方法が提供される。・・・
【0063】
本実施形態の一変形形態においては、本発明の方法は、基板に、式IIIまたは式IVで表される化合物の蒸気を、次いで還元剤の蒸気を順次接触させることを含む少なくとも1回のさらなる堆積サイクルをさらに含む。・・・
【0064】
上に述べた本発明の方法による成膜を行う間の基板の温度は、化学的前駆体および形成すべき膜の特性に適した温度になるであろう。本発明の方法の一改良形態においては、基板の温度は約0〜1000℃に設定される。・・・
【0065】
同様に、成膜を行う間の圧力は、化学的前駆体および形成すべき膜の特性に適した値に設定される。一改良形態においては、圧力は約10−6トール〜約760トールである。・・・
【0066】
供給時間およびパージ時間も同様に、化学的前駆体の特性および基板の幾何学的形状に依存する。・・・」

オ 実施例における関連する還元剤に関する具体的合成例の記載
本願明細書の【0068】-【0070】、【0078】には以下の記載がある。
「【0068】
実験に使用した無水試薬および無水溶媒は全てSigma Aldrichより入手したものである。CHDおよびDHPの合成は、シュレンクライン技法を用いて行い、先に引用した2013年6月28日に出願された米国特許出願第13930471号(当審注:本願の2013年6月28日(US)米国受理の優先権主張番号である。)明細書に記載されている文献手順にしたがって行った。堆積実験のための溶液反応および試料の調製はアルゴンドライボックスで行った。薄膜堆積にはPicosun R−75BE ALD反応装置を使用した。反応装置は、一定窒素気流(99.9995%)中、10〜12ミリバールの圧力で運転した。膜厚測定は、電界放出型走査電子顕微鏡法(FESEM)によりJEOL−6510LV電子顕微鏡で断面を観察することにより行った。粉末および薄膜のXRD実験はRigaku R200B 12kW試料水平型強力X線回折装置(rotating anode diffractometer)を使用し、Cu Kα線(1.54056Å)を用いて40kV、150mAで行った。XPS分析にはPerkin−Elmer 5500 XPSシステムを使用し、単色化Al Kα線を用いて行った。解析ソフトウェアとしてAugerScan v3.2を使用した。堆積された薄膜を数日間空気中に曝露した後、XPS分析を行った。
【0069】
1,4−ビス(トリメチルシリル)−2−メチル−1,4−シクロヘキサジエン(当審注:「CHD」である。)
スキーム1に、文献手順(Laguerre,M.;Dunogues,J.;Calas,R.;Duffaut,N.J.Organomet.Chem.1976,112,49−59)に従う1,4−ビス(トリメチルシリル)−2−メチル−1,4−シクロヘキサジエンの合成を示す。
【0070】
空気に敏感な生成物は透明な液体であり、純粋な化合物であることが1H NMRにより示された。

」、
「【0078】
1,4−ビス(トリメチルシリル)−1,4−ジヒドロピラジン(当審注:「DHP」である。)
1,4−ビス(トリメチルシリル)−1,4−ジヒドロピラジンを文献手順に従い40gのスケールで調製した(Sulzbach,R.A.;Iqbal,A.F.M.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.1971,10,127)。空気に敏感な黄色固体を80℃/0.05トールで昇華させることにより精製した。生成物の分取昇華(preparative sublimation)を行うことにより97.1%を回収し、残渣は残らなかった。熱分解温度を求めたところ、265℃を超えていた。



カ 実施例における関連する還元剤の計算機スクリーニングの記載
本願明細書の【0075】-【0077】には以下の記載がある。
「【0075】
計算機スクリーニング
反応性を向上させることができる手段として、環の置換基による修飾に関し計算による検討を行った。気相中における様々なビス(シリル)ヘキサジエンに関し、Gaussian 09を用い、B3LYP/基底関数系6−311+G(d,p)レベルで構造最適化を行った。芳香族構造の全電子エネルギーからシリル化された構造の全電子エネルギーを差し引いた。トルエン類縁体(CHD)(ゼロに標準化)に対する各変形分子のエネルギーの差を求めた。このモデルは、還元剤を芳香族化することによる相対的な電子エネルギーの変化のみを考察するものであり、どの配位子系を用いるかは考慮しない。反応速度論および系のエントロピー変化は考慮しない。
・・・
【0077】
次に、環系自体の修飾に注目した。8π電子系の反芳香族性構造は、どの4π電子系非共役系よりも芳香族化の推進力が高くなると仮定されている。・・・したがって、この手法を用いることにより、他の方法ではALDに適した温度で従来の共試薬(coreagent)と反応しなかった多くの金属前駆体を熱的に還元することができる可能性がある。」

キ 実施例における酸化状態にある原子を有する化合物、還元ステップ又はALDの記載
本願明細書の【0081】-【0108】には以下の記載がある。
「【0081】
アルミニウムおよびチタンの実験項
溶液スクリーニング実験
TiCl4 + CHD
・・・
【0082】
TiCl4 + DHP
・・・
【0083】
SiCl4 + DHP
・・・
【0084】
ALD堆積実験
TiCl4 + CHD
・・・
TiCl4 + DHP
・・・
【0091】
A1(CH3)3 + DHP
・・・
【0094】
SbCl3 + DHP
・・・
【0097】
金属錯体の合成
文献手順に従い1,4−ジ−tert−ブチル−1,4−ジアザブタジエン配位子(dadtBu2)の合成を行った(Kliegman,J.M.;Barnes,R.K.Tetrahedron1970,26,2555−2560)
・・・
【0102】
ALD堆積実験:
Co(dadtBu2)2 + HCOOH
Co(dadtBu2)2+HCOOHの2成分プロセスを用いてALDにより金属コバルト膜を成長させた。各サイクルは、Co(dadtBu2)2供給(6秒間)、パージ(5.0秒間)、HCOOH供給(0.2秒間)およびパージ(5.0秒間)からなるものとした。Co(dadtBu2)2を、温度を140℃に維持した固体用ブースター(供給源の温度は137±1℃となる)により送出した。HCOOHを23℃に維持したバブラーから供給した。両前駆体の搬送ガスとして、流量80sccmの精製窒素を使用した。堆積実験を行う際の反応室の温度は140〜240℃の範囲とした。全ての膜を1000サイクルで成長させ、常温に冷却した後、空気に曝露した。Si(100)、SiO2、Cu、Pt、PdおよびRuを含む様々な金属基板および絶縁基板上で成膜を行った。
・・・
【0108】
ゲルマニウム粒子の調製
GeCl4を1,4−ビス(トリメチルシリル)ジヒドロピラジン(DHP)と、GeCl4:DHP=1:2のモル比で反応させることによりGe粒子の合成を行った。SiCl4よりも非常に速い速度でGeCl4の還元が観察された。GeCl4をDHP/トルエン混合物に室温で加えると溶液が(曇りのある)黒色に即座に変化した。図68は、形成されたGe粒子の粉末X線回折パターンを示すものである。主要なピークが、焼鈍後のGe pdfパターンと一致している。図69は、Geナノ粒子のTEM画像を示すものである。ナノ粒子周囲のより明るい色の領域は、試料を単離後に外部で取り扱ったことによる表面酸化に起因する可能性があると考えられている。・・・」

(3)検討
(3−1)明細書若しくは図面の記載又はその示唆及び出願当時の技術常識に基づき、当業者が本願発明の化合物を生産することができるかについて

(3−1−1)明細書又は図面の記載について
ア 一般的記載をみてみると、上記(2)のアには、酸化状態にある化合物の還元剤として、「式IA又は式IBで表される化合物」又は「式IIA、式IIB、式IIC又は式IIDで表される化合物」が形式的に示され、上記(2)のイには、「還元剤の他の例」又は「還元剤のさらなる例」として図1の化合物が形式的に示され、図1の化合物に「化合物a〜h」が一般式として記載されているだけである。

イ また、上記(2)のウ、エにおいては、酸化状態にある原子を有する化合物と、金属又は金属薄膜の形成方法が記載されているのみで、還元剤に関する更なる検討はなく、本願発明に関する実質的な記載はない。

ウ そして、実施例の記載においても、上記(2)のオによると、具体的に合成例が示されている還元剤化合物は、脂環式骨格である「CHD」と窒素を2つ有する複素環骨格の「DHP」のみであり、いずれも式IAで表される化合物に該当するものであって、本願発明の「化合物a〜h」のいずれに該当するものではなく、本願発明の「化合物a〜h」に該当する化合物は、実施例として全く示されていないし、「式IAで表される化合物」でもない。

エ さらには、上記(2)のカによると、計算機スクリーニングについて記載されているものの、計算機スクリーニングによる還元剤の分子構造の検討を行っているのは、環の置換基による修飾に関する計算上の検討にすぎず、いずれも炭素環骨格である「CHD」の置換基であることを前提とした検討であり、本願発明の化合物a〜hに係る窒素含有環骨格である化合物に関する記載は全くない。
また、上記(2)のキによれば、実施例にはこの他にも種々の化合物やALD等に関する記載例が示されているが、還元機能を有する化合物「CHD」又は「DHP」を用いた場合の「酸化状態にある原子を有する化合物」である金属錯体や、それらの「金属粒子」又は「ALD」の適応性が示されているにすぎず、本願発明である化合物a〜hについては、全く記載が存在しない。

(3−1−2)本願優先日時点の技術常識について
本願発明の「化合物a〜h」は、いずれも不飽和結合を有し、窒素を含有する環骨格を有する化合物であることから、該化合物の有機シランを付加反応させる前の前駆体に関する本願優先日時点の技術常識についてまず検討することとする。
不飽和結合を有する窒素含有環化合物に関する技術水準を示す文献として、刊行物1〜4を以下に示す。
刊行物1:Can. J. Chem., Vol.82, 50-69, 2004
刊行物2:TCIメール, 典型元素の新たな同素体,東京化成工業株式会社, 12-15, 2016
刊行物3:ACS Omega, Vol.4, 8112-8121, 2019
刊行物4:J. Phys. Chem. A, Vol.120, 9446-9457, 2016

各刊行物には、以下の記載がある。
ア 刊行物1の記載事項
「Pentaazabenzene (15) and hexaazabenzene (15) are unknown; there have been tentative speculations on the possible experimental generation of N6 species by azide dimerization under electron pulse radiolysis (16), polarographic conditions (17), and the low-temperature photolysis of an azide-platinum complex (18).(訳文:ペンタアザベンゼンとヘキサアザベンゼンは未確認であり、N6 種の可能な実験的合成として、仮想的な推測が存在している。すなわち、電子パルス照射下、ポーラログラフィック状況下又はアジド白金錯体の低温光分解下におけるアジドの2量化である。)」(第51頁右欄第20-25行)

イ 刊行物2の記載事項
「その他,ベンゼン型の構造をしたヘキサジン(N6),キュバン型の構造をしたN8,フラーレン型のN60 などの存在が理論的に検討されているが,いずれも合成はなされていない。これらは分解される際に高いエネルギーを放出することが予測され,爆薬としての可能性が考えられている。」(第13頁下から第3-1行)

ウ 刊行物3の記載事項
(3a)「The study suggests that the ability of nitrogen present in azine to act as a hydrogen-bond acceptor decreases in the order of pyridine (PY) > diazine (DZ) > triazine (TZ) > tetrazine (TTZ) > pentazine (PZ) > hexazine (HZ).(訳文:この研究は、水素結合アクセプターとして作用するアジンにおける窒素の能力が、ピリジン(PY)>ジアジン(DZ)>トリアジン(TZ)>テトラジン(TTZ)>ペンタジン(PZ)>ヘキサジン(HZ)の順に減少することを示唆している。)」(要約第4-8行)

(3b)「It is observed that DZ12, TZ123, and TTZ1234 are the least stable among their isomeric forms and have nitrogens adjacent to each other, which is in accordance with the anticipation.(訳文:DZ12、TZ123、およびTTZ1234は、それらの異性体の中で最も安定性が低く、それらは予期されたとおり互いに隣接する窒素を有している。)」(第8113頁右欄第5-8行)
(3c)「3. CONCLUSIONS We have performed MP2 and wB97XD calculations at aug-cc-pVDZ level to study the hydrogen-bonding interaction between water and aromatic heterocyclic azines.(訳文:結論 水と芳香族複素環式アジンの間の水素結合相互作用を研究するために、aug-cc-pVDZレベルでMP2およびwB97XDの計算を実行した。)」(第8119頁左欄第36-39行)

(3d)「4. COMPUTATIONAL METHODS Ab initio calculations are carried out through Gaussian 09 software. Geometry optimization of azines and their corresponding complexes with water are performed at the second-order Mo/ller(審決注:「o/」は、原文では「o」の中に「/」。)-Plesset perturbation (MP2) level in combination with aug-cc-pVDZ basis set.(訳文:計算機的手法 Ab initio計算は、Gaussian 09ソフトウェアを介して実行される。アジンとそれに対応する水との錯体の幾何学的最適化は、aug-cc-pVDZ基底関数系と組み合わせた2次メラープレセット摂動(MP2)レベルで実行される。)」(第8119頁右欄第14-19行)

エ 刊行物4の記載事項
(4a)「Thus, the present work comprehensively studied basic N-rich ring structures, including azoles, furazans, and azines, as well as their N-oxides by quantum chemical calculations.(訳文:したがって、本研究は、アゾール、フラザン、及びアジン、並びにそれらのN-オキシドを含む基本的なNリッチ環構造を、量子化学計算によって包括的に研究した)」(要約第2-4行)

(4b)「The C-N heteroaromatic rings include imidazoles, pyrazoles, triazoles, tetrazoles, pentazoles, furazans, pyridines, pyridazines, pyrimidines, pyrazines, triazines, tetrazines, pentazines, and hexazines with substantial N content. The high N content may enhance the energy and density of these compounds.(訳文:C-Nヘテロ芳香環としては、イミダゾール、ピラゾール、トリアゾール、テトラゾール、ペンタアゾール、フラザン、ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、トリアジン、テトラジン、ペンタジン、及び実質的に窒素からなるヘキサジンが挙げられる。N含有量が高いと、これらの化合物のエネルギー及び密度を強化できるかもしれない。)」(第9447頁左欄下から第14-9行)

(4c)「2. COMPUTATIONAL DETAILS All quantum chemical (HF and DFT) calculations were performed using the Gaussian 09 program suite.(訳文:2.計算の詳細 全ての量子化学(HFおよびDFT)計算は、Gaussian09プログラムスイートを用いて行った。)」(第9447頁右欄下から第28-26行)

(4d)「4. CONCLUSIONS The influence of N-oxide introduction on the stability of various N-rich heteroaromatic derivatives was studied by various theoretical calculations.(訳文:4.結論 種々のN-リッチヘテロ芳香族誘導体の安定性におけるN-オキシド導入の影響について、様々な理論的計算によって研究した。)」(第9454頁右欄下から第22-19行)

(3−1−3)技術常識を踏まえた前駆体に関する判断
原査定の拒絶理由では、「5〜6の環構成原子が全て窒素原子(N)である環化合物は、計算化学上は想定し得るが、実際に合成原料として入手でき置換基変更工程に付すことができるものであるとは到底いえない。」としているところ、前駆体となり得る、不飽和結合を3つ有し窒素を5つ有する6員複素環化合物である「ペンタアザベンゼン(「ペンタジン」とも称する。)」、及び、不飽和結合を3つ有し窒素を6つ有する6員環化合物である「ヘキサアザベンゼン(「ヘキサジン」とも称する。)」は、刊行物1(上記(3−1−2)のア)によれば、2004年の時点において、「ペンタアザベンゼンとヘキサアザベンゼンは未確認」と記載されているとおり、実際に取得又は合成できておらず、本願出願後の2016年に発行された刊行物2(上記(3−1−2)のイ)によると、窒素同素体である「ヘキサジン」を合成できていないことが把握できる(「ヘキサジン」は複素環ではなく、無機材料そのものの窒素同素体である。)。また、本願出願後に発行された刊行物3、4(上記(3−1−2)のウ、エ)においても、「ペンタジン」及び「ヘキサジン」に関する計算化学的な言及があるだけで、実験による合成例については全く記載がない。
そうすると、本願出願前において、本願発明の前駆体の化合物である「ペンタジン」及び「ヘキサジン」でさえ、当業者であっても取得及び合成できていないものといえる。
したがって、「化合物e、f」は、それらの合成のための前駆体を入手できないことが明らかであって、前駆体を反応系で安定に存在させることを前提にして、有機シリル基の導入等を行うことは到底できないものといえ、当業者が「化合物e、f」を生産することはできない。

(3−1−4)有機シランの結合位と不飽和結合位について
さらに、上記(2)のオで摘記した【0078】におけるDHPの合成を参照すると、前駆体の全窒素に対して有機シランを付加させているところ、3個以上の窒素に対する有機シランの反応選択性の制御に関する記載は本願明細書に記載されておらず、パラ位という特定位置に置換基を導入するだけでなく、2か所の窒素に対する有機シランの付加反応のみで反応を止めること及び窒素含有環骨格が分解することなく不飽和結合部位を移動させることが技術常識といえる事実も見当たらない。
そうすると、上述のとおり前駆体が製造できない上に、そのような前駆体に特定窒素のみに有機シラン基を導入することはさらに困難であることは明らかである。

(3−1−5)請求人の主張について
請求人は審判請求書において、
「この点に関連して、本願の発明者であるCharles Winter教授は、以下に示す手法が適用できると述べている。
『丸底フラスコにおいて、乾燥窒素またはアルゴン雰囲気下で、6員環芳香族化合物(0.1mol)をテトラヒドロフラン(約500mL)中に溶解した。周囲(ambient)温度で、この攪拌溶液に、細かく切断したリチウム、ナトリウムまたはカリウム金属片(0.3mol)を加えた後、R1R2R3SiCl(0.3mol)を加えた。この混合物を周囲温度で約18時間のあいだ攪拌した。次いで、反応混合物を粗いガラスフリットにより濾過し、溶媒および他の高揮発性成分を減圧により除去した。その後、粗生成物を減圧下で蒸溜により精製する(液体生成物の場合)か、減圧下で昇華により精製した(固体生成物の場合)。』 」と主張している。
しかしながら、上記のように本願発明に該当しない単純な化合物の例が示されたからといって、前駆体に対してパラ位という特定位置に置換基を導入するだけでなく、2か所の窒素に対する有機シランの付加反応のみで反応を止めること及び窒素含有環骨格が分解することなく不飽和結合部位を移動させることの手法を明らかにするものではなく、「DHP」のように合成できるとはいえないから、仮に、前駆体を取得できたとしても、特定窒素のみに有機シラン基を適切に導入することは、技術常識を考慮しても当業者が容易に実施できるとはいえないから、請求人の主張は採用できない。

(3−1−6)化合物の提供の可否についてのまとめ
以上のことから、本願発明の化合物e、fは、本願優先日時点の技術常識を考慮しても、当業者が容易に入手できない化合物であるといえる。

(3−2)本願発明の化合物を使用できるかどうかについて
本願発明の化合物を使用するためには、本願発明の化合物を提供できることが必要であるところ、上記(3−1)で述べたとおり、本願発明の化合物a〜hには提供できない化合物を含むことから、本願発明の化合物を原子層堆積により薄膜を堆積させるための還元剤として使用することができないことは明らかである。

(3−3)まとめ
本願発明の化合物e、fについて、少なくともその物を生産することができ、かつ、その物を使用できるとはいえないから、この出願は、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 理由4(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断の前提
特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)検討
前記1の(2)に示したとおりの記載が発明の詳細な説明にはあるところ、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるといえるためには、酸化状態にある原子を有する化合物の還元剤として機能し、かつ、当該機能で課題を解決可能な本願発明の化合物a〜hを提供できることが課題といえる。
しかしながら、前記1の(3)で述べたとおり、結局、化合物e、fができていないのであるから、課題である化合物の提供ができているとはいえない。
したがって、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明ではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明について、この出願は、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、この出願は、拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 瀬良 聡機
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-04-28 
結審通知日 2022-05-10 
審決日 2022-05-23 
出願番号 P2018-181287
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C07F)
P 1 8・ 537- Z (C07F)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 齊藤 真由美
野田 定文
発明の名称 基板上に層を形成するための還元剤としてのビス(トリメチルシリル)6員環系および類縁化合物  
代理人 特許業務法人北青山インターナショナル  

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