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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B29C
管理番号 1390300
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-11-05 
確定日 2022-10-13 
事件の表示 特願2017−123553「空気入りタイヤ」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 1月17日出願公開,特開2019− 6006〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本件査定不服審判事件に係る出願(以下,「本件出願」という。)は,平成29年6月23日の出願であって,令和3年3月16日付けで拒絶理由が通知され,同年5月14日に手続補正書及び意見書が提出されたが,同年8月11日付けで拒絶査定(以下,「原査定」という。)がなされた。
本件査定不服審判事件は,「原査定を取り消す,本願は特許をすべきものであるとの審決を求める。」との趣旨で,同年11月5日に請求されたものである。

2 本件出願の請求項1に係る発明について
本件出願の請求項1に係る発明(以下,「本件発明」という。)は,令和3年5月14日に提出された手続補正書による補正後の請求項1に記載された事項により特定されるものと認められるところ,当該請求項1の記載は,次のとおりである。

「インナーライナーのタイヤ半径方向内側にシーラント層を有する空気入りタイヤであって,
前記シーラント層が,前記インナーライナー側から,第一シーラント層及び第二シーラント層がこの順に積層された構成を有し,
前記第一シーラント層の粘度が,前記第二シーラント層の粘度よりも低く,
前記第一シーラント層及び前記第二シーラント層が,有機過酸化物を含有するシーラント材で構成される空気入りタイヤ。」

4 原査定の拒絶の理由の概要
本件発明に対する原査定の拒絶の理由は,概略,次のとおりである。
本件発明は,引用文献1に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

前記本件発明に対する原査定の拒絶の理由で引用された引用例及び周知例は,次のとおりである。
引用文献1:国際公開第2017/094447号
引用文献2:特開2016−108540号公報(原査定において,周知技術を示す「引用文献3」として例示されたもの。)
引用文献3:特開2017−66417号公報(原査定において,周知技術を示す「引用文献4」として例示されたもの。)

5 引用例及び周知例
(1)引用文献1
ア 引用文献1の記載
引用文献1は,本件出願の出願前である2017年(平成29年)6月8日に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであって,当該引用文献1には,次の記載がある。(下線は,後述する引用発明の認定に特に関係する箇所を示す。)
(ア) 「技術分野
[0001] 本発明はシーラント材を用いた空気入りタイヤに関する。
背景技術
・・・(中略)・・・
[0003]・・・(中略)・・・一方,車両の軽量化要求からスペアタイヤを不要とできるよう,望まれている。パンクしても,少なくとも安全に処置ができる場所までは,継続して走行して移動可能なタイヤが要求されている。・・・(中略)・・・
[0004] そのようなタイヤの一つとして,タイヤ内部に,粘稠で適度な流動性を有するゴム組成物であるシーラント材を配置したものがある。タイヤに裂傷が生じた際に,タイヤの内圧を利用してシーラント材を裂傷に流し込むことにより,裂傷を封止し内圧の低下を防止する技術である。・・・(中略)・・・
[0005] なお,タイヤ使用中に釘のような鋭利な異物が突き刺さった場合,鋭利な異物は直ぐに抜け落ちることなく,タイヤ内に貫通した状態で留まることがある。このような状態では,すぐにタイヤ内の内圧が低下するわけではない。その後の走行中に異物がタイヤ内部で刺さったまま揉まれるような力を受ける。このため,異物とタイヤとの接触面で擦れ合い,ある程度接触面が摩耗する事で接触面に隙間ができる。ある時突然,異物が脱離すると,内圧が低下し走行不能になる場合もある。このような場合に,シーラント材によって封止できるかどうかは,シーラント材の追従性または流動性によるとといえる。
[0006] 空気入りタイヤは,走行中,車両全体の荷重を支え,発熱しており,このため,外気温がいずれであっても,内部においては数十℃の温度に容易に到達する。一方,路面と接する最外部,すなわちトレッド部であるが,当然ながら,路面温度の影響を受ける。場合によっては,冬季に寒冷地域を走行する場合は,トレッド部は氷点下の温度にも曝され,タイヤ内外で100℃近い温度差が生じることが想定される。また,路面温度も年間での変化はやはり数十℃に達する。・・・(中略)・・・そのためシーラント材入り空気入りタイヤも,そういった広範な温度域に対応できることが求められる。
[0007]・・・(中略)・・・実際には,この問題点を1種のシーラント材の量で補って解決してきたが,タイヤの重量増加を招き,エネルギー効率の悪化や,タイヤそのものへの負担の増大にもつながることになる。
[0008] 1種の組成のシーラント層で対処してきたことに関しては,特許文献1のように周辺のタイヤそのものを形成する,ゴム層を加硫する際の熱により,過酸化物による解重合で,シーラント層を作成しているような例など,シーラント組成物をそもそも多種作り分けることが必ずしも容易ではない方法で作られている場合もある。
・・・(中略)・・・
[0009]特許文献1:特開2006−152110号公報
発明の概要
発明が解決しようとする課題
[0010] シーラント材を用いた,パンクに対応できる空気入りタイヤにおいて,広範な温度変化がある使用環境への対策を,シーラント材の使用量に頼ることなく,効果的に機能できる,空気入りタイヤを提供する。
課題を解決するための手段
[0011] 温度に対する感応性が異なるように配合された2種以上のシーラント材を配置した,シーラント層を有する空気入りタイヤであって,個々の配合によるシーラント材の層厚,および全層合せての層厚を抑制する一方で,パンクの封止効果に優れた空気入りタイヤ。
[0012] すなわち,本発明は,次の(1)〜(3)に存する。
(1)タイヤ内に配置されるシーラント層を有し,該シーラント層に内腔側とタイヤゴム側とで,温度に対する感応性が異なるものとして区別されるシーラントゴム組成物が配置されており,ずり速度1s−1,30℃において,内腔側のシーラントゴム組成物の粘度η1,タイヤゴム側のシーラントゴム組成物の粘度η2において,η1/η2が1.6以上であるシーラント層が配置されていることを特徴とする空気入りタイヤ。
・・・(中略)・・・
発明の効果
[0013] 本発明によれば,温度に対する感応性が異なり,個々の層厚が薄くても,対応できる温度域では有効に機能できる,シーラント層を配置することにより,結果的にはシーラント層全体の層厚を削減し,重量や重量バランスの偏りの低減化により,空気入りタイヤにかかる負荷を低減化しつつ,パンク時にも効果的に機能するシーラント層を有するタイヤが提供できる。」

(イ) 「発明を実施するための形態
[0015] 本発明においては,温度に対する感応性が異なる様に調製された,2種以上のシーラント材を2以上の多層に配置して,対応できる温度ごとに機能が分担されたシーラント層が配置されていることを特徴とする。
[0016] 上記に示した通り,近年の交通事情からは,空気入りタイヤは,日本国内での状況から見積もっても,空気入りタイヤ内部と外部とで,100℃近い温度差に曝され得る。そのような温度差のある条件に応じて,高温〜中温〜低温を2以上,複数に分けた温度域それぞれで作動し易いシーラント材を層状に配置する。
[0017] 空気入りタイヤにおいて,空気や窒素などの気体が,充填される空間が,空気入りタイヤを構成するゴム層との接触面であり,この接触面に挿入されるように,シーラント材が配置される。この気体との接触面側を,内腔側とし,一方タイヤのゴム層に直接接する方を,シーラント層としてみれば,径方向外側,つまり,タイヤの中心から遠ざかった方向側であるが,タイヤゴム側,或いは単にタイヤ側と呼び表すこととする。別の表現を用いると,タイヤゴム側は最外側ということもできる。内腔側はタイヤを取り付ける,ホイール側ともいえる。
[0018] それぞれの側に配置するシーラント層について,内腔3側のものを第1シーラント層1,タイヤゴム4側を第2シーラント層2と呼び表す。第1と第2シーラント層の間に,さらに中間域のシーラント層が配置されても構わない。また,第1シーラント層の粘度をη1Pa・s,第2シーラント層の粘度をη2Pa・sとする。なお,η1,η2とも,30℃での値を指すものとする。
・・・(中略)・・・
[0020] 内腔側の粘度η1と,タイヤゴム側の粘度η2との関係は,比η1/η2が1.6以上である。1.7以上であることが好ましく,2以上が特に好ましい。
・・・(中略)・・・
[0022] 上記,詳細に粘度の範囲がそれぞれ示されているが,いずれにしてもη1>η2であることを基本としている。すなわち,定性的な表現では,最も高温に曝される,内腔側に粘度η1の“粘い”ゴム組成物を配置し,比較的,低温に緩和されるタイヤゴム側には粘度η2の“緩い”ゴム組成物が配置されていればよい。緩いゴム組成物は,低温でも流動し易く,粘いゴムは,高温でも固着し易い。
[0023] タイヤに裂傷が生じたときの,それぞれのシーラントゴム組成物の挙動を考察する。裂傷が生じたとは,ゴム層を貫通する連通路が内腔側に到達した状態であるから,まず,内圧に押し出され移動させられるのは,内腔側のシーラントゴム組成物である。さらに内腔側のシーラントゴム組成物の流れに引きずられて,タイヤゴム側のシーラントゴム組成物が引き続いて移動させられることが期待される。
[0024] 上記のように,内腔側が粘いシーラントゴム組成物であれば,十分に流動し易くなっている場合,粘いシーラントゴムが,連通路である裂傷に向って速やかに移動し閉塞させることになる。十分な流動に達していない場合は,より移動し易い,緩いシーラントゴムが移動して閉塞を担うこととなる。このように,分担した温度域に見合う流動性で以って機能する配置であるといえる。
・・・(中略)・・・
[0028] 本発明で得られたゴム組成物によるシーラント材は,空気入りタイヤの内部に配置するものであり,上記に定義したように,第1シーラント層はタイヤに充填された空気や窒素といった気体に接する,内腔部に配置される。図1を参照すると,気体が封入される空間である,タイヤ内腔部3に接するタイヤゴム部4の表面にまず第2シーラント層2を配置し,重ねて,中間層がある場合は中間層,最後に第1シーラント層1が配置される。以上の各層は概ね,塗布に近い手法で貼り付けられる。当然ながら,タイヤの裂傷が内腔部に達しない限り,気体の漏出による内圧低下は起こらないので,その位置に達して初めてシーラント材を機能させる必要が生じる,内腔部に配置するのは合理的である。」

(ウ) 「実施例
[0031]・・・(中略)・・・
[0032] ゴム成分100質量部として,各々の成分を表1に示す質量部数で配合し,30℃での粘度が異なる,シーラント用ゴム組成物A〜Fを調製した。ゴム組成物BとCは主として可塑剤がプロセスオイルとポリブテンによる差異があり,付随した配合も変えたものであるが,粘度は近接しているので,次に表2で示す層配置による違いを検討する際には,Bのみを用いて検討した。粘度はJIS Z8803に基づいて,コーンプレート型粘度計を用いて,ずり速度1s−1,温度30℃で測定した。
[0033][表1]

[0034] *1:エチレン−プロピレン−ジエンゴム:JSR社製,EP35
*2:ブロモブチルゴム:JSR社製,ブロモブチル2255
*3:カーボンブラック:N330
*4:液状ポリブテン:JX日鉱日石エネルギー社製,日石ポリブテンHV300
*5:プロセスオイル:出光興産社製,ダイナプロセスオイルNR26
*6:タッキファイヤー:日本ゼオン,クイントンA100
*7:加硫促進剤:テトラベンジルチウラムジスルフィド:三新化学工業社製,サンセラーTBZTD
[0035] 表2に示す通り,Cを除くA〜Fまでのゴム組成物をシーラントゴムに用いて,表中に示した厚さで配置し,高温として60℃,室温として25℃,低温として−30℃のエアを用いて,それぞれの温度のエアシール性をa:シール成功,b:シール不完全,c:シール失敗,として評価した。
[0036][表2]



イ 引用文献1の記載から把握される発明
(ア) 前記ア(ア)ないし(ウ)で摘記した引用文献1の記載から,引用文献1に次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「タイヤ内に配置されるシーラント層を有し,該シーラント層は,温度に対する感応性が異なる様に調整されたシーラント材を,内腔側の第1シーラント層1とタイヤゴム部4に直接接する第2シーラント層2の2層に配置したものであり,
ずり速度1s−1,30℃における前記第1シーラント層1の粘度をη1,前記第2シーラント層2の粘度をη2として,η1/η2が1.6以上である,
空気入りタイヤ。」

(2)周知例
ア 引用文献2の記載
引用文献2は,本件出願の出願前である平成28年6月20日に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであって,当該引用文献2には,次の記載がある。

(ア) 「【請求項1】
0℃での粘度が16〜80kPa・sであり,かつ,95℃での粘度が1〜15kPa・sである空気入りタイヤ用ゴム組成物。
・・・(中略)・・・
【請求項3】
ブチル系ゴムを含むゴム成分と,有機過酸化物とを含む請求項1又は2記載の空気入りタイヤ用ゴム組成物。
・・・(中略)・・・
【請求項5】
前記ゴム成分100質量部に対して,前記有機過酸化物を1〜40質量部,架橋助剤を1〜40質量部含む請求項3又は4記載の空気入りタイヤ用ゴム組成物。」

(イ) 「【0028】
本発明のシーラントタイヤ用ゴム組成物(シーラント材)は,ブチル系ゴムを含むゴム成分と,有機過酸化物とを含むことが好ましい。
【0029】
後に詳述するシーラント材として,ブチル系ゴムと有機過酸化物とを含むものを用いること,特に,ブチル系ゴムを含み,有機過酸化物と架橋助剤とをそれぞれ特定量含むもの,更には,ブチル系ゴム,架橋助剤として,それぞれハロゲン化ブチルゴム(特に,臭素化ブチルゴム),キノンジオキシム化合物を使用することにより,シーラント材の0℃での粘度及び95℃での粘度をそれぞれ上記所定の範囲内とすることができ,シール性と流動性にバランスよく優れたシーラント材を提供できる。」

(ウ) 「【0032】
本発明では,空気入りタイヤ(シーラントタイヤ)は,例えば,シーラント材を構成する各成分を混合してシーラント材を調製し,次いで,得られたシーラント材を塗布等によりタイヤ内周面に貼り付け,シーラント層を形成することにより,製造できる。該シーラントタイヤは,インナーライナーのタイヤ半径方向内側にシーラント層を有する。」

(エ) 「【0055】
上記有機過酸化物(架橋剤)としては特に限定されず,従来公知の化合物を使用できる。有機過酸化物架橋系において,ブチル系ゴムや液状ポリマーを用いることで,粘着性,シール性,流動性,加工性が改善される。
【0056】
上記有機過酸化物としては,例えば,ベンゾイルパーオキサイド,ジベンゾイルパーオキサイド,p−クロロベンゾイルパーオキサイド等のアシルパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのケトンパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのアルキルパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのハイドロパーオキサイド類,ジクミルパーオキサイド,t−ブチルクミルパーオキサイド等が挙げられる。なかでも,粘着性,流動性の観点から,アシルパーオキサイド類が好ましく,ジベンゾイルパーオキサイドが特に好ましい。また,有機過酸化物(架橋剤)は,粉体状態のものを使用することが好ましい。これにより,連続混練機に有機過酸化物(架橋剤)を精度良く好適に供給でき,シーラント材を生産性よく製造できる。
【0057】
上記有機過酸化物(架橋剤)の含有量は,多くすることでゴム架橋反応がより進行し,架橋密度が高くなって,95℃での粘度が高くなる傾向があるが,ゴム成分100質量部に対して,好ましくは0.5質量部以上,より好ましくは1質量部以上,更に好ましくは5質量部以上,特に好ましくは6質量部以上である。0.5質量部未満では,架橋密度が低くなり,シーラント材の流動が生じるおそれがある。該含有量は,好ましくは40質量部以下,より好ましくは20質量部以下,更に好ましくは15質量部以下,特に好ましくは12質量部以下である。40質量部を超えると,架橋密度が高くなり過ぎ,シーラント材が硬くなり過ぎて,シール性が低下するおそれがある。」

(オ) 「【実施例】
【0182】
・・・(中略)・・・
【0183】
以下に,実施例で用いた各種薬品について説明する。
・・・(中略)・・・
架橋剤:ナイパーNS(日油(株)製,ジベンゾイルパーオキサイド(40%希釈品,ジベンゾイルパーオキサイド:40% ジブチルフタレート:48%),表1の配合量は純ベンゾイルパーオキサイド量)

イ 引用文献3の記載
引用文献3は,本件出願の出願前である平成29年4月6日に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであって,当該引用文献3には,次の記載がある。

(ア) 「【請求項1】
ブチル系ゴムを含むゴム成分100質量部に対して,液状ポリマーを100〜400質量部,有機過酸化物を1〜40質量部,架橋助剤を1〜40質量部配合した空気入りタイヤ用ゴム組成物。」

(イ) 「【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の空気入りタイヤ(シーラントタイヤ)用ゴム組成物(シーラント材)は,ブチルゴムを含むゴム成分に対して,所定量の液状ポリマー,有機過酸化物,架橋助剤を配合したものである。
【0012】
後に詳述するシーラント材に,ブチルゴムに液状ポリブテン等の液状ポリマーを配合したものを用いること,特にブチルゴム,液状ポリマーとして,それぞれ異なる粘度の2種以上の材料を併用することで,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善される。これは,ゴム成分としてブチルゴムを用いた有機過酸化物架橋系に,液状ポリマー成分を導入して粘着性が付与されるとともに,特に異なる粘度の液状ポリマーや固形ブチルゴムにより高速走行時のシーラント材の流動が抑制されることで,前記性能がバランス良く改善されるものである。」

(ウ) 「【0032】
有機過酸化物(架橋剤)としては特に限定されず,従来公知の化合物を使用できる。有機過酸化物架橋系において,ブチル系ゴムや液状ポリマーを用いることで,粘着性,シール性,流動性,加工性が改善される。
【0033】
有機過酸化物としては,例えば,ベンゾイルパーオキサイド,ジベンゾイルパーオキサイド,p−クロロベンゾイルパーオキサイド等のアシルパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのパーオキシエステル類,・・・(中略)・・・などのケトンパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのアルキルパーオキサイド類,・・・(中略)・・・などのハイドロパーオキサイド類,ジクミルパーオキサイド,t−ブチルクミルパーオキサイド等が挙げられる。なかでも,粘着性,流動性の観点から,アシルパーオキサイド類が好ましく,ジベンゾイルパーオキサイドが特に好ましい。また,有機過酸化物(架橋剤)は,粉体状態,その希釈物(スラリー状,サスペンション状)のものを使用することが好ましい。これにより,連続混練機に有機過酸化物(架橋剤)を精度良く好適に供給でき,シーラント材を生産性よく製造できる。
【0034】
有機過酸化物(架橋剤)の含有量は,ゴム成分100質量部に対して,好ましくは0.5質量部以上,より好ましくは1質量部以上,更に好ましくは5質量部以上である。0.5質量部未満では,架橋密度が低くなり,流動が生じるおそれがある。該含有量は,好ましくは40質量部以下,より好ましくは20質量部以下,更に好ましくは15質量部以下である。40質量部を超えると,架橋が進んで硬くなり,シール性が低下するおそれがある。」

(エ) 「【0043】
シーラント材に,ブチルゴムに液状ポリブテン等の液状ポリマーを配合したものを用いること,特にブチルゴム,液状ポリマーとして,それぞれ異なる粘度の2種以上の材料を併用することで,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善される。これは,ゴム成分としてブチルゴムを用いた有機過酸化物架橋系に,液状ポリマー成分を導入して粘着性が付与されるとともに,特に異なる粘度の液状ポリマーや固形ブチルゴムにより高速走行時のシーラント材の流動が抑制されることで,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善される。」

(オ) 「【実施例】
・・・(中略)・・・
【0159】
以下に,実施例で用いた各種薬品について説明する。
・・・(中略)・・・
架橋剤:ナイパーNS(日油(株)製,ジベンゾイルパーオキサイド(40%希釈品,ジベンゾイルパーオキサイド:40% ジブチルフタレート:48%),表1の配合量は純ベンゾイルパーオキサイド量)」

6 判断
(1)対比
ア 引用発明の「シーラント層」,「空気入りタイヤ」,「第2シーラント層2」及び「第1シーラント層1」が,本件発明の「シーラント層」,「空気入りタイヤ」,「第一シーラント層」及び「第二シーラント層」にそれぞれ対応する。
イ 引用発明の「空気入りタイヤ」」(本件発明の「空気入りタイヤ」に対応する。以下,「(1)対比」欄において,「」で囲まれた引用発明の構成に続く()内の文言は,当該引用発明の構成に対応する本件発明の発明特定事項を指す。)は,タイヤ内に「シーラント層」(シーラント層)を有しているところ,引用発明のシーラント層と本件発明のシーラント層は,ともに,タイヤの内面のタイヤ半径方向内側に設けられているといえるから,本件発明と引用発明は,「タイヤの内面のタイヤ半径方向内側にシーラント層を有する空気入りタイヤ」である点で共通する。
ウ 引用発明のシーラント層は,内腔側の「第1シーラント層」(第二シーラント層)とタイヤゴム部4に直接接する「第2シーラント層2」(第一シーラント層)の2層に配置したものであって,タイヤゴム部4側からみて,「第2シーラント層2」(第一シーラント層)及び「第1シーラント層」(第二シーラント層)の順に積層されたものである。したがって,本件発明のシーラント層と引用発明のシーラント層は,「タイヤの内面側から,第一シーラント層及び第二シーラント層がこの順に積層された構成を有」する点で共通する。
エ 引用発明においては,ずり速度1s−1,30℃における「第1シーラント層1」(第二シーラント層)の粘度をη1,「第2シーラント層2」(第一シーラント層)の粘度をη2として,η1/η2が1.6以上であるから,「第2シーラント層」(第一シーラント層)の粘度が,「第1シーラント層」(第二シーラント層)の粘度よりも低い。したがって,本件発明と引用発明は,「第一シーラント層の粘度が,第二シーラント層の粘度よりも低」い点で一致する。
オ 前記アないしエに照らせば,本件発明と引用発明は,
「タイヤの内面のタイヤ半径方向内側にシーラント層を有する空気入りタイヤであって,
前記シーラント層が,前記タイヤの内面側から,第一シーラント層及び第二シーラント層がこの順に積層された構成を有し,
前記第一シーラント層の粘度が,前記第二シーラント層の粘度よりも低い空気入りタイヤ。」
である点で一致し,次の点で一応相違する,又は相違する。

相違点1:
シーラント層が配されるタイヤの内面が,
本件発明では,インナーライナーであるのに対して,
引用発明では,何であるのか特定されていない点。

相違点2:
本件発明では,第一シーラント層及び第二シーラント層が,有機過酸化物を含有するシーラント材で構成されるのに対して,
引用発明では,第2シーラント層及び第1シーラント層を構成するシーラント材が,有機過酸化物を含有するのか否か特定されていない点。

(2)相違点1について
引用発明は,乗用車用タイヤのような,いわゆるチューブレスタイヤであると解されるところ,チューブレスタイヤは,タイヤの内面にインナーライナーを有するものであるから,引用発明の空気入りタイヤの内面は,当然にインナーライナーを有すると解される。
したがって,引用発明は,インナーライナーのタイヤ半径方向内側にシ−ラント層を有しており,インナーライナー側から,第2シーラント層及び第1シーラント層がこの順に積層されているものといえるから,相違点1は,実質的な相違点ではない。

(3)相違点2について
ア 引用文献2の【0029】(前記5(2)ア(イ))及び【0055】(前記5(2)ア(エ))等の記載や,引用文献3の【0012】(前記5(2)イ(イ))及び【0043】(前記5(2)イ(エ))等の記載にみられるように,ブチル系ゴム及び液状ポリマーと有機過酸化物架橋剤を用いたシーラント材を用いることによって,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善されたものにする技術は,本件出願の出願前に周知技術であったと認められる。
ここで,引用発明においても,第一シーラント層及び第二シーラント層を構成するシーラント材について,その粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善されたものであるほうが望ましいことは,当業者に自明である。
また,引用文献1の[0032]ないし[0036](前記5(1)ア(ウ))には,引用発明の実施例として,架橋剤としては硫黄を用いているものの,周知技術のシーラント材と同様に,ブチル系ゴムであるブロモブチルゴムと,液状ポリマー成分である液状ポリブテンを含有するシーラント用ゴム組成物A,B,D,E,Fを第一シーラント層及び第二シーラント層の作成に用いた実施例1ないし5が記載されている。
そうすると,シーラント材としてブチル系ゴム(ブロモブチルゴム)と液状ポリマー成分(液状ポリブテン)を用いる引用発明において,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善されたものとするために,上記周知技術にあるように有機過酸化物架橋剤を採用すること,すなわち,相違点2に係る本件発明の発明特定事項に相当する構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。
イ 請求人は,審判請求書において,「本願実施例では,架橋剤として,有機過酸化物であるジベンゾイルパーオキサイドが使用されています。・・・(中略)・・・一方,引用文献1の実施例では,架橋剤として硫黄が使用されています。・・・(中略)・・・ここで,本願実施例のような有機過酸化物架橋により形成される−C−C−結合による架橋は,引用文献1の実施例のような加硫により形成される−S−S−結合による架橋に比べて,結合エネルギーが高く,耐熱性が高いのに対して,−S−S−結合による架橋は,熱により容易に切断され,耐熱性が非常に低いものであり,本願発明と,引用文献1に記載の発明では,シーラント層の架橋形態が全く異なります。」などと主張する。
そこで検討するに,請求人がいうように,確かに,引用文献1に記載された各実施例は,いずれも,架橋剤として硫黄を用いた組成物により,各シーラント層のシーラント材を作成している。
しかしながら,引用文献1の明細書には,引用発明のシーラント材の架橋剤が硫黄に限られる旨の記載や示唆はないし,架橋剤として硫黄を採用したことによる技術上の効果が記載されているわけでもない。
引用文献1に記載された各実施例は,あくまでも引用発明の具体例でしかないのであって,各実施例に架橋剤として硫黄以外のものが開示されていないからといって,引用発明のシーラント材の架橋剤が硫黄のみに限られるとすることに根拠はない。

ウ また,請求人は,審判請求書において,引用文献1の[0008]には,有機過酸化物架橋に否定的な見解が示されており,このような引用文献1に接した当業者が,引用発明において,有機過酸化物架橋を使用しようとしないことは明らかであり,本件発明に想到する阻害要因があるなどとも主張する。
そこで検討するに,請求人が指摘する引用文献1の[0008](前記5(1)ア(ア))には,特許文献1に,タイヤのゴム層を加硫する際の熱によって,過酸化物による解重合で,シーラント層を作成するという技術が開示されているが,このような技術では,温度に対する官能性が異なるシーラント材からなる複数のシーラント層を積層することが容易でないことを説明しているのであって,引用発明のシーラント材の架橋剤として,有機過酸化物を用いること自体に,問題があることを説明した記載ではない。このことは,引用文献1において,「特許文献1」とされた特開2006−152110号公報の【0011】に,「カーカス層2のタイヤ内側には,インナーライナー層のさらに内側に,パンク防止用シーラント組成物の熱処理層6を配してタイヤ内表面を形成している。・・・(中略)・・・熱処理層6は,グリーンタイヤ(生タイヤ)の内表面にパンク防止用シーラント組成物を配置し,このグリーンタイヤを加熱して加硫することにより形成される。したがって,ここでいう「熱処理」とは,グリーンタイヤの加硫に際しての熱によりパンク防止用シーラント組成物が処理されることをいう。」と記載されていることからも,理解できる。
したがって,引用文献1の[0008]の記載に基づいて,引用発明のシーラント材の架橋剤として,有機過酸化物を用いることには阻害要因がある旨の前記請求人の主張には根拠がない。

エ また,請求人は,審判請求書において,平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件の知財高裁の判決における説示を引用した上で,引用文献1には,引用発明において,有機過酸化物を配合する積極的な理由が存在せず,かつ,引用文献2,3には,単に有機過酸化物を配合することが開示されているのみで,有機過酸化物を配合する技術的意義は一切示されておらず,引用文献2,3には,引用文献1に記載の発明において,有機過酸化物を配合する積極的な理由が存在しないことは明らかであるから,引用発明と引用文献2,3記載の技術を組み合わせて,本件発明の進歩性を否定することはできないなどとも主張する。
しかしながら,前記アで述べたように,引用文献2,3の記載からは,ブチル系ゴム及び液状ポリマーと有機過酸化物架橋剤を用いたシーラント材を用いることによって,粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善されたものにする技術は,本件出願の出願前に周知技術であったと認められるところ,引用発明においても,第一シーラント層及び第二シーラント層を構成するシーラント材について,その粘着性,シール性,流動性,加工性がバランス良く改善されたものであるほうが望ましいことは,当業者に自明であるから,引用発明において,周知技術を適用することには,動機付けが存在するというべきである。
したがって,請求人の前記主張は採用できない。

(4)効果について
本件発明の効果は,本件出願の出願当時本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができたものであり,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものではない。

(5)小括
以上のとおり,本件発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

7 むすび
前記6のとおり,本件発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは,この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は,その日数を附加します。)以内に,特許庁長官を被告として,提起することができます。
 
審理終結日 2022-08-08 
結審通知日 2022-08-16 
審決日 2022-08-29 
出願番号 P2017-123553
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B29C)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 松波 由美子
特許庁審判官 植前 充司
清水 康司
発明の名称 空気入りタイヤ  
代理人 弁理士法人WisePlus  

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