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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1390591
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-11-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-06-14 
確定日 2022-10-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第6981751号発明「心外膜細胞を形成するための方法及び組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6981751号の請求項1ないし23に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6981751号の請求項1〜23に係る特許についての出願は、平成26年9月12日(パリ条約による優先権主張 2013年9月13日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、令和3年11月22日にその特許権の設定登録がされ、同年12月17日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜23に係る特許について、令和4年6月14日に特許異議申立人 山崎 浩一郎により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6981751号の請求項1〜23の特許に係る発明(以下、「本件発明1〜23」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1〜23に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
以下のステップを含むWT1+心血管前駆細胞集団を生成する方法:
hPSC由来KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を心血管前駆細胞特定化カクテルに接触させること、ここで該カクテルはヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含む。
【請求項2】
心血管前駆細胞特定化カクテルがCHIR99021をさらに含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
CHIR99021が1μM及び4μMの間の濃度で存在する 請求項2に記載の方法。
【請求項4】
心血管前駆細胞特定化カクテルがSB431542をさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
心血管前駆細胞特定化カクテルがVEGFをさらに含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
VEGFが5ng/mlの濃度で存在する請求項5に記載の方法。
【請求項7】
SB431542が5.4μMの濃度で存在する請求項5に記載の方法。
【請求項8】
hPSC由来KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団が、心血管前駆細胞特定化カクテルと接触されるステップの前に分離される請求項1に記載の方法。
【請求項9】
心血管中胚葉細胞集団が心血管前駆細胞特定化カクテルと少なくとも12時間〜約48時間接触される請求項1に記載の方法。
【請求項10】
BMP4の心血管前駆細胞特定化カクテルにおける濃度が少なくとも1.25ng/mlである請求項9に記載の方法。
【請求項11】
BMP4の心血管前駆細胞特定化カクテルにおける濃度が10ng/mlである請求項10に記載の方法。
【請求項12】
以下のステップを含む心外膜系統細胞集団を生成する方法:
(a)WT1+心血管前駆細胞集団を生成すること、これはhPSC由来KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を心血管前駆細胞特定化カクテルに接触させることを含む方法により、該カクテルはヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含む;及び
(b)前記ステップ(a)において得られたWT1+心血管前駆細胞集団を成熟カクテルと接触させること、ここで該成熟カクテルは適切な培養成分を適切な細胞培養様式で含み、2日〜20日の期間行われる。
【請求項13】
成熟カクテルがVEGFをさらに含む請求項12に記載の方法。
【請求項14】
接触が2日〜9日の期間で行われる請求項12に記載の方法。
【請求項15】
接触させるステップが96ウェルプレートにおいて行われ、2日〜9日の後に細胞集団は継代され96ウェルプレートより大きい細胞培養様式において培養される請求項12に記載の方法。
【請求項16】
細胞集団の培養がより大きい細胞培養様式において、上皮の形態を示すまで行われる請求項15に記載の方法。
【請求項17】
細胞集団の培養がより大きい細胞培養様式により4日間行われる請求項15に記載の方法。
【請求項18】
より大きい細胞培養様式が6ウェルプレートである請求項15に記載の方法。
【請求項19】
WT1+心血管前駆細胞集団の成熟カクテルへの接触を9日間行うこと含み、細胞を継代すること、続いて細胞の培養をより大きい様式において適切な培地内で1日間行い、以下のステップを含むレジメンの1つを行うことをさらに含む請求項14に記載の方法:
(a)前記細胞が血管平滑筋様の運命に進行するようにさせること、これは該細胞をヒトTGFβ−1によりある期間処理することによる;
(b)前記細胞が血管平滑筋様の運命に進行するようにさせること、これは該細胞を、ヒトTGFβ−1によりある期間処理し、ヒトbFGFにより該細胞を処理することによる;
(c)前記細胞が線維芽細胞様の運命に進行するようにさせること、これは該細胞をヒトbFGFにより処理することによる。
【請求項20】
以下である請求項19に記載の方法:
ステップ(a)が行われ、細胞の処理がヒトTGFβ−1により濃度5ng/mlで4日間行われるか、
ステップ(b)が行われ、細胞の処理がヒトTGFβ−1により濃度5ng/mlで4日間行われ、該細胞の処理がヒトbFGFにより濃度10ng/mlで4日間行われるか、又は
ステップ(c)が行われ、細胞の処理がヒトbFGFにより濃度10ng/mlで8日間行われる。
【請求項21】
以下のステップを含む心外膜系統細胞集団を調製し、該集団をさらに分化させる方法:
(a)WT1+心血管前駆細胞集団を生成すること、これはhPSC由来KDR+及び PDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を心血管前駆細胞特定化カクテルに接触させることを含む方法により、該カクテルはヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含む
(b)前記ステップ(a)において得られた心血管前駆細胞集団を成熟カクテルと接触させること、ここで該成熟カクテルは適切な培養成分を適切な細胞培養様式で含み、2日〜20日の期間行われる。
(c)細胞を継代すること、続いて細胞の培養をより大きい様式において適切な培地内で1日間行い、以下のステップを含むレジメンの1つを行うことを任意にさらに含む:
(i)前記細胞が血管平滑筋様の運命に進行するようにさせるために、該細胞をヒトTGFβ−1によりある期間処理すること;
(ii)前記細胞が血管平滑筋様の運命に進行するようにさせるために、該細胞をヒトTGFβ−1によりある期間処理し、続いてヒトbFGFにより該細胞を処理すること;
(iii)前記細胞が線維芽細胞様の運命に進行するようにさせるために、該細胞をヒトbFGFにより処理すること。
【請求項22】
以下である請求項21に記載の方法:
前記(i)が行われ、細胞の処理がヒトTGFβ−1により5ng/mlの濃度で4日間行われるか、
前記(ii)が行われ、細胞の処理がヒトTGFβ−1により濃度5ng/mlで4日間行われ、該細胞の処理がヒトbFGFにより濃度10ng/mlで4日間行われるか、又は
前記(iii)が行われ、細胞の処理がヒトbFGFにより濃度10ng/mlで8日間行われる。
【請求項23】
心血管中胚葉細胞集団の心血管前駆細胞特定化カクテルとの接触が少なくとも12時間〜約48時間行われる請求項21又は22に記載の方法。」

第3 申立理由の概要
特許異議申立人が請求項1〜23係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。

1.特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
hPSC由来KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を培養する心血管前駆細胞特定化カクテルの成分として、ヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含んでいたとしても、他の追加成分によってはWT1+心血管前駆細胞集団を生成することができないことがあることが本件明細書の記載から明らかである。「ヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含む心血管前駆細胞特定化カクテルに接触させる」としか特定されていない請求項1の記載は、「WT1+心血管前駆細胞集団を生成する」という発明の課題を解決できない範囲まで含むから、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
したがって、本件発明1及び8〜23は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

2.特許法第36条第6項第2号明確性要件)
請求項1の「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語は、不明確であり、また、本件明細書には、「心血管前駆細胞集団」と「心外膜系統前駆細胞集団」の用語が混在しており、請求項1の「心血管前駆細胞集団」は、「心外膜系統前駆細胞集団」そのものを意味するのか、「心外膜系統前駆細胞集団」以外の「心血管前駆細胞集団」も包含するのか不明確である。そして、請求項1の「WT1+心血管前駆細胞集団」は、「WT1+心外膜系統前駆細胞集団」に訂正されるべきである。
したがって、本件発明1〜23は、明確に記載されているといえず、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

第4 当審の判断

1.本件明細書に記載された事項
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

ア.「【0009】
一態様は、ヒト多能性幹細胞(hPSC:human pluripotent stem cell)から心血管系統細胞集団、任意に、心筋系統細胞集団又は心外膜系統細胞集団を得る方法であり、本方法は、(a)BMP成分刺激されたhPSCを、hPSCが心血管中胚葉細胞集団に分化するよう誘導するのに適した心血管中胚葉プログラミングカクテルと、プログラミングカクテルがhPSCに浸透するのに適した条件下で接触させ、接触させたhPSCを、KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を形成する時間、培養するステップと;(b)心血管中胚葉細胞集団を、NKX2−5+又はWT1+心血管前駆細胞集団を特定化するのに適した心血管前駆細胞特定化カクテルと、特定化カクテルが心血管中胚葉細胞集団に浸透するのに適した条件下で接触させ、接触させた心血管中胚葉細胞集団をNKX2−5+又はWT1+心血管前駆細胞集団を形成する時間、培養するステップと;(d)心血管前駆細胞集団を、成熟カクテルと、成熟カクテルが心血管前駆細胞集団に浸透するのに適した条件下で接触させ、接触させた心血管前駆細胞集団を心血管系統集団、任意に、心筋トロポニンT(cTnT)及び/若しくはSIRPAを発現する心筋系統細胞集団並びに/又は任意に、WT1を発現する及び/若しくは心外膜由来細胞(EPDC)を含む心外膜系統細胞集団を生成する時間、培養するステップを含む。」(【0009】)

イ.「【0025】
「心血管前駆細胞特定化カクテル」という用語は、本明細書中で使用される場合、NKX2−5+又はWT1+心血管前駆細胞集団を特定化するための1つ又は複数の成分、上記成分(単数又は複数)を含む組成物を意味し、例えば、NKX2−5+心筋系統前駆細胞集団を特定化するための心筋促進成分又はWT1+心外膜系統前駆細胞集団を特定化するための心外膜促進成分である。」(【0025】)

ウ.「【0026】
「心筋促進成分」という用語は、本明細書中で使用される場合、1つ又は複数の成分又は上記成分(単数又は複数)を含む組成物を意味し、上記1つ又は複数の成分は、以下のものを含む:1)任意に、DKK1、XAV939及びIWP2から選択されるWnt阻害物質とBMP成分の組み合わせ、任意に、BMP成分は、少なくとも0.01ng/mL、少なくとも0.05ng/mL、少なくとも0.1ng/mL、少なくとも0.5ng/mL、少なくとも1.25ng/mL、少なくとも2.5ng/mL、少なくとも5ng/mLであるが、10ng/ml未満若しくは15ng/mL未満又は好ましくは約0.5ng/mLの濃度のBMP4である;或いは2)ノギン又はドルソモルフィンなどのBMP阻害物質、例えば、200ng/mL未満、150ng/mL未満、100ng/mL未満、50ng/mL未満若しくは25ng/mL未満及び/又は12.5ng/mL超の濃度のノギン;3)例えば、産生された十分な内在性BMP4がある場合は、Wnt阻害物質、並びに/或いは4)例えば、BMP4が0.63ng/mL未満、0.5ng/mL未満、0.4ng/mL未満又は0.3ng/mL未満の濃度である場合は、心筋細胞系統濃度のBMP成分、任意に、BMP4。効果的な濃度及び/又は組み合わせは、NKX2−5発現及び/又はTNNT2/cTnT発現に関してモニターし、最適化することによって決定することができる。」(【0026】)

エ.「【0027】
「心外膜系統促進成分」という用語は、本明細書中で使用される場合、1つ又は複数の成分又は上記成分(単数又は複数)を含む組成物を意味し、1つ又は複数の成分は、心外膜系統を促進する濃度のBMP成分、任意に、BMP4と、任意に、Wnt成分とを含む。任意に、BMP4は、少なくとも1.25ng/mL、少なくとも2.5ng/mL、少なくとも5ng/mL若しくは少なくとも10ng/mLの濃度であり且つ/又はWnt成分はCHIR99021である。効果的な濃度及び/又は組み合わせは、WT1発現、バソヌクリン1(BNC1)発現、アネキシンA8(ANXA8)発現及び/又はT−ボックス18(TBX18)発現に関してモニターし、最適化することによって決定することができる。」(【0027】)

オ.「【0029】
「心外膜系統細胞」という用語は、本明細書中で使用される場合、WT1+であり、例えば、本明細書に記載の方法を使用して心外膜細胞及び/又は心外膜由来細胞(EPDC)に分化することができる細胞を指す。」(【0029】)

カ.「【0080】
さらなる態様は、WT1+心外膜系統細胞集団を生成する方法であり、本方法は、(a)任意に、上記のとおり、hPSCからKDR+及びPDGFRアルファ+心血管中胚葉細胞集団を得るステップと;(b)心血管中胚葉細胞集団を、心外膜系統促進成分を含む心血管前駆細胞特定化カクテルと、特定化カクテルが前記心血管中胚葉細胞集団に浸透するのに適した条件下で接触させ、接触させた心血管中胚葉細胞集団を、WT1+心血管前駆細胞集団を形成するのに十分な時間、培養するステップとを含む。
【0081】
ある実施形態において、心血管前駆細胞特定化カクテルは、心外膜細胞促進成分を含み、任意に、心外膜細胞促進成分は、心外膜細胞の発生を促進するのに適した濃度のBMP4を含む。
【0082】
別の実施形態では、心外膜細胞促進成分は、少なくとも1.25ng/mL、少なくとも2.5ng/mL、少なくとも5ng/mL又は少なくとも10ng/mLの濃度のBMP4を含む。」(【0080】〜【0082】)

キ.「【0135】
C.2.心外膜細胞の発生。この特定化ステップにおけるアゴニスト及びアンタゴニストの滴定により、心筋細胞発生には、(分化細胞によって産生される)内在性レベルによって達成されるか、又は低レベルのノギン(12.5〜200ng/ml)若しくは低レベルのBMP4(0.31ng/ml)の添加による低レベルのBMPシグナル伝達が必要とされることが明らかにされた(図3)。高濃度のノギン並びに0.63ng/ml以上の濃度のBMP4の添加が心筋細胞の特定化を阻害した。すべての群の細胞数が類似していたため(図2b)、これらの観察結果は、シグナル伝達の不在下又はさらに高いレベルのシグナル伝達の存在下ではその他の系統が形成されることを示唆する。最初のアプローチとしてこれらの細胞を特定するために、これらの細胞を心筋及び心外膜遺伝子のパネルの発現に関して6〜15日間の時間経過にわたって分析した。予想どおり、対照培養物では、TNNT2及びNKX2−5などの心筋細胞発生を示す遺伝子のみが発現した(図4)。興味深いことに、2つの心外膜マーカーであるWT1及びTBX18が、BMP4処理中胚葉から形成された細胞で排他的に(WT1)又は主として(TBX18)発現した。このことは、これらのマーカーが発生中の心外膜系統を表わす可能性を示している。」(【0135】)

ク.「【0138】
BMP4がWnt及びアクチビン/ノーダル阻害物質の存在下で心筋細胞及びWT1+心外膜様系統を特定化することができるという発見は、これらの経路が心血管発生のこの段階において役割を果たしていないことを示唆する。しかしながら、この解釈は、Dkk1−/−Dkk2−/−ヌルマウスの心臓が野生型同腹子と比較して心外膜の厚さが増加し、心筋の大きさが低減されているという観察結果と一致せず、このことは、Wntシグナル伝達が、実際には、この系統の発生において一部の役割を果たすことを示唆している28。これらの差異を両立させるために、Wntシグナル伝達を段階2の過程においてさらに操作した。具体的には、BMP4若しくは小分子阻害物質のBMPドルソモルフィン(DM、ノギンの代わり)のいずれかの存在下29又は対照のBMP経路調節因子の不在下(未処理)におけるDKK1又は小分子アンタゴニストであるXAV939若しくはIWP2の滴定による経路の阻害に注目した。図9aに示すとおり、漸増量のDKK1はBMP4処理培養物の運命を変え、WT1+Epi集団よりむしろ心筋細胞の発生を促進した。XAV939又はIWP2の添加は、高濃度のDKK1の添加と同様の影響があった(図9c及びd)。DM処理培養物及び非BMP培養物の心筋細胞を生じる能力は、これらの操作による影響をほとんど受けなかった(図9a、c及びd)。予想どおり、小分子WntアゴニストであるCHIR99021(CHIR)の添加によるWnt経路の活性化は内在性BMP対照における心筋細胞発生を阻害したが、DM処理培養物はCHIR添加による影響を受けなかった(図9a)。
【0139】
発現分析は、より高い濃度のDKK1又は小分子アンタゴニストであるXAV939及びIWP2の添加がBMP4処理細胞のWT1発現を低減させたことを示しており、このことは、心外膜集団の減少及びむしろ心筋細胞系統の特定化を示す(図9b〜d)。CHIRによるWnt経路の活性化はBMP4処理細胞のWT1発現に影響を及ぼさなかったが、内在性BMP集団ではレベルを増加させたのに対して、DM処理培養物はWT1発現が変化しなかった(図9b)。まとめると、これらの観察結果は、Wntシグナル伝達が心外膜系統の特定化に必要であることを実証している。」(【0138】〜【0139】)

ケ.「

」(図4)

コ.「

」(図9)

2.特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
本件発明1の記載及び本件明細書の【0009】の記載(上記記載事項ア.)によると、本件発明1が解決しようとする課題は、「WT1+心血管前駆細胞集団を生成する方法」を提供することにあると認められる。
一方、本件明細書の【0080】〜【0082】には、hPSCから得られたKDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を、心外膜系統促進成分を含む心血管前駆細胞特定化カクテルと接触させて、WT1+心血管前駆細胞集団を生成させること、心外膜系統促進成分が、少なくとも1.25ng/mLの濃度のBMP4を含むことが記載されており(上記記載事項カ.)、本件発明1に対応する記載について説明されている。そして、本件明細書の【0135】に「2つの心外膜マーカーであるWT1及びTBX18が、BMP4処理中胚葉から形成された細胞で排他的に(WT1)又は主として(TBX18)発現した。」と記載されている(上記記載事項キ.及びケ.)ように、実施例において、心血管中胚葉細胞集団を、10ng/mLの濃度のBMP4で処理した場合に、WT1+細胞集団が生成されたことを実験的にも確認している。
そうすると、本件発明1は、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる。
異議申立人は、本件明細書の【0026】、【0138】〜【0139】及び図9の記載(上記記載事項ウ.、ク.及びコ.)等を根拠に、「hPSC由来KDR+及びPDGFRα+心血管中胚葉細胞集団を培養する心血管前駆細胞特定化カクテルの成分として、ヒトBMP4を1.25ng/ml及び10ng/mlの間の濃度で含んでいたとしても、他の追加成分によってはWT1+心血管前駆細胞集団を生成することができないことがあることが本件明細書の記載から明らかである。」と主張しているが、本件明細書の【0026】に記載の「心筋促進成分」は、本件明細書の【0025】〜【0027】の記載(上記記載事項イ.〜エ.)から明らかなように、NKX2−5+心血管前駆細胞集団を特定化するための成分であり、WT1+心血管前駆細胞集団を特定化するための成分ではなく、また、本件特許請求の範囲には、心血管前駆細胞特定化カクテルがWnt阻害物質を含むことも記載されていないから、異議申立人の上記主張は採用できない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。請求項8〜11は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明8〜11は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。請求項12、21及びそれらを直接又は間接的に引用する請求項13〜20、22〜23は、請求項1の発明特定事項と同様の発明特定事項を含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、本件発明12〜23は、発明の詳細な説明に記載されたものといえる。
したがって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

3.特許法第36条第6項第2号明確性要件)について
「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語は、「心血管前駆細胞集団」のうち、「WT1+」という特性で特定された心血管前駆細胞集団を意味することは明らかであり、当業者であれば「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語の技術的意味を理解することができる。一方、本件明細書には、心筋系統細胞集団に分化し得る細胞を、「NKX2−5+心血管前駆細胞集団」という用語を用いて記載しており(上記記載事項ア.及びイ.)、「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語と明確に区別して使用されている。
そうすると、本件発明1の「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語が、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識を考慮した場合に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
異議申立人は、本件明細書の【0025】、【0029】及び【0080】の記載(上記記載事項イ.、オ.及びカ.)等を根拠に、「請求項1の「WT1+心血管前駆細胞集団」は、「WT1+心外膜系統前駆細胞集団」に訂正されるべきである。」と主張しているが、「WT1+心外膜系統前駆細胞集団」という用語は、本件明細書の【0025】の1箇所だけに記載されている用語であり、それ以外は、すべて「WT1+心血管前駆細胞集団」という用語で統一して記載されており、また、特定の細胞に分化し得る細胞を、当該特定の細胞の前駆細胞という用語で記載しなければならないとの本件出願時の技術常識があったとは認められないから、異議申立人の上記主張は採用できない。
よって、本件発明1は、明確に記載されているといえる。そして、本件発明2〜23も、本件発明1と同様の理由により、明確に記載されているといえる。
したがって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない、とすることはできない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由によっては、本件発明1〜23に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件発明1〜23に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-10-12 
出願番号 P2016-541747
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C12N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 福井 悟
特許庁審判官 宮岡 真衣
高堀 栄二
登録日 2021-11-22 
登録番号 6981751
権利者 ユニバーシティー ヘルス ネットワーク
発明の名称 心外膜細胞を形成するための方法及び組成物  
代理人 弁理士法人浅村特許事務所  

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