• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  A61K
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  A61K
管理番号 1391196
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-08-01 
確定日 2022-11-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第4913030号発明「経皮吸収製剤、及び経皮吸収製剤保持シート」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4913030号の請求項1、19に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1 本件特許出願
本件特許第4913030号(以下、「本件特許」という)に係る出願は、2006年1月30日(優先権主張 2005年1月31日、2005年10月11日)を国際出願日とする出願(特願2007−500638号)であって、平成24年1月27日に特許権の設定登録がなされたものである。設定登録時の請求項の数は21である。

2 主な手続の経緯
平成25年 8月 1日 審判請求書差出(請求人)
同年10月21日 審判事件答弁書及び
訂正請求書提出(被請求人)
同年12月25日 弁駁書提出(請求人)
平成26年 1月16日付け 併合審理通知
(無効2012−800073と併合)
同年 2月28日 訂正請求書提出(被請求人)
同年 4月23日付け 審理事項通知
同年 5月28日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
同年 5月28日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
同年 6月 5日 上申書提出(被請求人)
同年 6月12日 上申書提出(請求人)
同年 6月12日 口頭審理
同年 6月24日付け 併合分離通知
同年 7月14日付け 審決の予告
同年 9月22日 訂正請求書提出(被請求人)
同年10月28日付け 手続中止通知
令和 2年 1月17日付け 審理再開通知
同年 1月23日付け 訂正拒絶理由通知及び
訂正を認める審決の確定の通知
同年 2月10日 訂正請求取下書提出(被請求人)
同年 2月27日 弁駁書提出(請求人)
同年 4月21日 答弁書提出(被請求人)
同年 5月28日付け 審尋
同年 6月16日 回答書提出(被請求人)
同年 6月17日 回答書提出(請求人)
同年 9月15日付け 審決の予告及び補正許否の決定
同年11月16日 訂正請求書提出(被請求人)
同年12月28日 弁駁書提出(請求人)
令和 3年 2月 9日付け 訂正拒絶理由通知
同年 3月16日 意見書提出(被請求人)

第2 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張する無効理由及び証拠方法
(1)請求人は、「特許第4913030号の特許請求の範囲の請求項1及び請求項19に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、弁駁書(平成25年12月25日)、口頭審理陳述要領書、上申書、弁駁書(令和2年2月27日)、回答書及び弁駁書(令和2年12月28日)を総合すると、以下のア〜ウの無効理由を主張するとともに、令和2年11月16日提出の訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)による訂正(以下「本件訂正」という。)について、以下のエの主張をしている。そして、請求人は、証拠方法として以下の書証を提出している(以下、甲第1−1号証等を、甲1−1等と省略して記載する)。

なお、請求人は、令和2年6月17日提出の審尋回答書4頁下から2行〜5頁13行において、先行の特許無効審判事件(無効2012−800073号)における平成30年4月13日付けでなされた訂正請求による訂正が、特許法第134条の2第1項に違反するものである、と主張しているが、当該主張に関する無効理由は、審判請求書の請求の理由に記載されたものではなく、審判請求書の請求の理由の要旨を変更するものであり、かつ、本件無効審判事件における訂正の請求により請求の理由を補正する必要が生じたものではない。
よって、令和2年9月15日付けの補正許否の決定において、当該無効理由を許可しないこととしている。

ア 無効理由1
本件特許の請求項1に係る発明は、甲1−1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

イ 無効理由2−1
本件特許の請求項1及び19に係る発明は、甲2−1を主引例、甲3を副引例として、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

ウ 無効理由2−2
本件特許の請求項1及び19に係る発明は、甲2−1を主引例、甲1−1を副引例として、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

エ 本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書の要件に適合せず、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第7項の要件にも適合しない。

(2)証拠方法
ア 審判請求書に添付
甲1−1:国際公開第96/08289号
甲1−2:特表平10−505526号公報(甲1−1に対応する公表特許公報)
甲2−1:国際公開第2004/000389号
甲2−2:特表2006−500973号公報(甲2−1に対応する公表特許公報)
甲3:国際公開第2005/058162号

イ 平成25年12月25日提出の弁駁書に添付
甲5−1:Sung-Yun Kwon、"In Vitro Evaluation of Transdermal Drug Delivery by a Micro-needle Patch",Controlled Release Society 31st Annual Meeting TRANSACTIONS,2004年、#115
甲5−2:甲5−1の和訳

なお、甲4は、請求人が平成25年12月25日提出の弁駁書において、新たな「無効理由3」(進歩性)の主張のために証拠方法として新たに提出したものであるが、この無効理由3は請求の理由の要旨を変更するものであるとして許可されず、それに伴い、甲4もその提出を許可されなかった(平成26年6月12日付け口頭審理調書)。

ウ 平成26年5月28日提出の口頭審理陳述要領書に添付
甲23:東京地裁平成25年(ワ)第4303号特許権侵害行為差止請求事件 原告第1準備書面
甲24:神山文男、「実験報告書(1)」、コスメディ製薬株式会社、平成26年5月16日
甲25:神山文男、「実験報告書(2)」、コスメディ製薬株式会社、平成26年5月23日
甲26:神山文男、「実験報告書」、コスメディ製薬株式会社、平成26年3月25日

エ 令和2年6月17日提出の回答書に添付
甲6:第十五改正日本薬局方(平成18年3月31日 厚生労働省告示第285号)(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/JP15_1.pdf)の抜粋プリントアウト
甲7:厚生労働省「日本薬局方」ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000066530.html)のプリントアウト
甲8:岩波理化学辞典 第4版第9刷(岩波書店、1994年7月18日)、90頁の「インシュリン」の項、1016頁の「ヒアルロン酸」の項
甲9:イラスト治療薬ハンドブック改訂第2版(羊土社、1999年10月1日)糖尿病薬−インスリン製剤、142〜145頁
甲10:特開平7−97401号公報

オ 令和2年12月28日提出の弁駁書に添付
甲11:土井正男、「鎖のダイナミックス」、日本物理学会誌、第42巻第4号(1987)、333〜337頁
甲12:安部隆、「皮膚と水」、油化学、第34巻第6号(1985)、413〜419頁
甲13:田中正敏、「水とヒト−生理的立場から」、人間と生活環境、6(2)、85/91、1999、15〜21頁
甲14:尾澤達也編、「エイジングの化粧学」、早稲田大学出版部、1998、2〜3頁

2 被請求人の主張及び証拠方法
(1)被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、請求人が主張する上記無効理由1、無効理由2−1及び無効理由2−2はいずれも理由がない旨主張するとともに、当審が通知した令和3年2月9日付け訂正拒絶理由における、本件訂正後の請求項6〜10、13〜15、17に係る発明の独立特許要件違反の指摘については、独立特許要件違反はない旨主張している。そして、被請求人は、証拠方法として以下の書証を提出している(以下、乙第1号証等を、乙1等と省略して記載する)。

(2)証拠方法
ア 平成25年10月21日提出の答弁書に添付
乙1:化学大辞典、第5巻、共立出版、1963年11月15日、248〜249頁、表紙及び奥付
乙2:廣川 薬科学大辞典[第3版]、廣川書店、平成13年9月10日、372頁の「基剤」の項、表紙及び奥付
乙3:医学英和大辞典、南山堂、1960年2月10日、862頁の「lancet」の項、表紙及び奥付

イ 平成26年2月28日提出の訂正請求書に添付
乙4’:判決書(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10134号審決取消請求事件)
なお、提出された書証の番号の重複を避けるために、「乙4’」を使用した。

ウ 平成26年9月22日提出の訂正請求書に添付
乙4’’:寺田弘、辻彰 編、「続 医薬品の開発、第4巻、−薬物の生体膜輸送と組織標的化[II]−」、廣川書店、平成3年4月25日、表紙及び執筆者一覧、続「医薬品の開発」発刊に際してvii〜viii頁、まえがき、目次xi〜xiii頁、429〜442頁、及び奥付
乙5’’:「広辞苑第五版」、岩波書店、1998年11月11日、289頁の「液体」の項、2265頁の「皮膚」の項、2736頁の「溶液」の項、表紙及び奥付
乙6’’:「生化学辞典第3版」、東京化学同人、1998年10月8日、1128頁の「皮膚」の項、表紙及び奥付
乙7’’:「ステッドマン医学大辞典第5版」、メジカルビュー社、2002年2月20日、1623〜1624頁の「skin」の項、表紙及び奥付
乙8’’:「岩波 理化学辞典第5版」、岩波書店、1998年2月20日、124頁の「曳糸性」の項、1406頁の「溶解」の項、表紙及び奥付
乙9’’:高田寛治、「実験成績証明書」、株式会社バイオセレンタック、平成26年9月3日
乙10’’:望月政嗣 著、「生分解性ポリマーのはなし」、日刊工業新聞社、1995年5月19日、25〜31頁、表紙及び奥付
乙11’’:「サノフィ、BioSerenTachと糖尿病領域において提携−パッチ型の糖尿病治療薬の創出に向けて−」、プレスリリース、サノフィ株式会社、2014年6月26日
なお、提出された書証の番号の重複を避けるために、「乙4’’」〜「乙11’’」を使用した。

エ 令和2年4月21日提出の答弁書に添付
乙4:寺田弘、辻彰 編、「続 医薬品の開発、第4巻、−薬物の生体膜輸送と組織標的化[II]−」、廣川書店、平成3年4月25日、表紙及び執筆者一覧、続「医薬品の開発」発刊に際してvii〜viii頁、まえがき、目次xi〜xiii頁、429〜442頁、及び奥付
乙5:特許・実用新案審査基準、第III部第2章第4節、特許庁、平成28年4月1日、1〜16頁
乙6:望月政嗣 著、「生分解性ポリマーのはなし」、日刊工業新聞社、1995年5月19日、25〜31頁、奥付
乙7:「岩波理化学辞典第5版」、岩波書店、1998年2月20日、1406頁の「溶解」の項、表紙及び奥付

オ 令和2年11月16日提出の訂正請求書に添付
乙8:化学大辞典、株式会社東京化学同人、1989年10月20日、238頁の「曳(えい)糸性」の項、及び奥付

カ 令和3年3月16日提出の意見書に添付
乙9:高田寛治、「実験成績証明書2」、株式会社バイオセレンタック、令和3年3月5日
乙10:高田寛治、「実験成績証明書3」、株式会社バイオセレンタック、令和3年3月5日
乙11:高田寛治、「実験成績証明書4」、株式会社バイオセレンタック、令和3年3月5日

第3 本件訂正の概要
1 本件訂正の請求の趣旨
本件訂正請求書の「請求の趣旨」は、「特許第4913030号の特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜17及び19について訂正することを求める。」というものである。
なお、平成26年9月22日提出の訂正請求書による訂正請求は、令和2年2月10日提出の訂正請求取下書により取り下げられている。
また、本件特許について請求された、先行の特許無効審判事件(無効2012−800073号)において、平成30年4月13日付けで訂正請求がなされた。そして、当該訂正を認める、審判請求は成り立たないとの結論の平成30年6月25日付け審決は、令和1年12月17日付けで確定している。

2 訂正の内容
本件訂正は、上記先行の特許無効審判事件において訂正が確定した、平成30年4月13日付けでなされた訂正請求により訂正された本件特許の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、請求項1及びこれに従属する請求項2〜17及び19からなる一群の請求項について訂正しようとするとともに、この訂正に伴い明細書中の関連する記載の訂正を求めるものであるといえる。
なお、本件訂正請求書の「5.請求の趣旨」には、「明細書」の訂正を求めることが記載されていないが、「6.請求の理由」における「ウ 訂正事項」の「(ウ)訂正事項3」〜「(カ)訂正事項6」、「エ 訂正の原因(ア)」の「c 訂正事項3〜5」(当審注:「c 訂正事項3〜6」の誤記と解される。)の記載及び添付された「全文訂正明細書」からみて、「5.請求の趣旨」の記載は誤記であり、上記のとおり、「明細書」についての訂正も求めているものと判断した。

本件訂正の内容は、次のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の「前記高分子物質は、」の前に「前記基剤は自己溶解するものであり、」を挿入する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1の「尖った先端部を備えた」の前に「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であり、」を挿入する。

(3)訂正事項3
明細書の第0009段落の「前記高分子物質は、」の前に「前記基剤は自己溶解するものであり、」を挿入する。

(4)訂正事項4
明細書の第0009段落の「尖った先端部を備えた針状又は糸状」の前に「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であり、」を挿入する。

(5)訂正事項5
明細書の第0010段落の「基剤がコンドロイチン硫酸ナトリウム、」の前に「基剤が自己溶解するものであり、」を挿入する。

(6)訂正事項6
明細書の第0010段落の「針状又は糸状の形状を有する。」の前に「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であり、」を挿入する。

なお、平成30年4月13日付けでなされた訂正請求による訂正が確定した、本件訂正前における特許請求の範囲の請求項1〜17及び19の記載は、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、
前記高分子物質は、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であり、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤(但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)。
【請求項2】
表面に水不溶性の層が設けられ、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項3】
前記水不溶性の層は、架橋されたものである請求項2に記載の経皮吸収製剤。
【請求項4】
前記基剤は多孔性物質を含有し、前記目的物質は前記多孔性物質に保持され、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項5】
前記多孔性物質は、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム、無水ケイ酸、多孔性炭酸カルシウム、多孔性リン酸カルシウム、及び多孔質シリコンからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質である請求項4に記載の経皮吸収製剤。
【請求項6】
前記目的物質が長時間作用型の物質であり、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項7】
前記長時間作用型の物質は、長時間作用型インスリン又はポリエチレングリコール架橋が施されたタンパク質である請求項6に記載の経皮吸収製剤。
【請求項8】
前記基剤は、さらに目的物質の吸収速度調節剤を含有する請求項1〜7のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項9】
前記吸収速度調節剤は、吸収促進剤である請求項8に記載の経皮吸収製剤。
【請求項10】
前記吸収促進剤は、界面活性剤である請求項9に記載の経皮吸収製剤。
【請求項11】
前記基剤は、さらに曳糸性抑制剤を含有する請求項1〜10のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項12】
前記曳糸性抑制剤は、ポリエチレングリコール又はL−グルタミン酸L−リジンである請求項11に記載の経皮吸収製剤。
【請求項13】
前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するものである請求項1〜12のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項14】
前記薬物は、ペプチド、タンパク質、核酸、多糖類、又はワクチンに属するものである請求項13に記載の経皮吸収製剤。
【請求項15】
前記基剤は、さらに目的物質の安定化剤を含有する請求項1〜14のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項16】
表面に防湿用の層が設けられた請求項1〜15のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項17】
表面の一部にくびれ又は割線を有する請求項1〜16のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項19】
シート状の支持体の片面に請求項1〜17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され、皮膚に押し当てられることにより前記経皮吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート。」

第4 本件訂正の適否
1 訂正事項1について
(1)訂正の目的
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1における「基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有」する「経皮吸収製剤」において、「前記基剤」を、「自己溶解するもの」であると特定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(2)新規事項の追加の有無
平成30年4月13日付けでなされた訂正請求による訂正が確定した明細書(以下「訂正が確定した明細書」という。)の【0003】には、背景技術である「自己溶解型のマイクロニードル」は、「基剤に目的物質を保持させておき、皮膚に挿入された際に基剤が自己溶解することにより、目的物質を皮膚内に投与することができる」と記載されており、基剤が自己溶解することにより、マイクロニードルが自己溶解型となることが記載されているといえる。
また、同明細書の【0010】には、本様相の経皮吸収製剤が、「自己溶解型の経皮吸収製剤」であることが記載されているから、該経皮吸収製剤において、「基剤が自己溶解するもの」であることは、訂正が確定した明細書に記載されている。
したがって、訂正事項1は、平成30年4月13日付けでなされた訂正請求による訂正が確定した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「訂正が確定した明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項1は、上記(1)のとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項1は、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第6項に適合する。

2 訂正事項2について
(1)訂正の目的
訂正事項2は、本件訂正前の請求項1における「経皮吸収製剤」を、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」であると特定するものである。
ここで、訂正が特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるかを判断するにあたり、本件訂正後の請求項1における「経皮吸収製剤」という物の発明が技術的に明確であるかどうかも検討する。
訂正が確定した明細書の【0075】には、経皮吸収製剤の基剤について、「基剤として使用可能な、タンパク質、多糖類、・・・は、いずれも、少量の水で溶解されると糊状になる『曳糸性を有する物質』である」ことが記載されている(当審注:下線は当審合議体による。)。
ここで、「曳糸性」とは、「高分子溶液や・・・粘液などの液体をたらしたり,中に棒を突っ込んで手早く引き上げるときに,液体が長い糸をひく性質」(乙8’’)、「ある種のコロイド溶液や多くの高分子溶液に見られる,よく糸を曳(ひ)く性質」(乙8)として、当業者に知られた物性であるといえる。
また、同明細書の【0093】〜【0095】及び図7〜9には、経皮吸収製剤の製造方法が示されており、【0093】(図7)には、平板の上に「目的物質を含有する基剤」を載せ、「このとき、基剤として、水に溶解させると曳糸性を示す物質からなるものを用い、糊状とする」こと(当審注:下線は当審合議体による。)、次に、目的物質を含有する基剤にガラス棒の先端を接触させ、ガラス棒を持ち上げて、ガラス棒の先端に付着した基剤を引き伸ばし、さらにガラス棒を持ち上げて、目的物質を含有する基剤を「針状又は糸状」に成形し、その後、針状又は糸状に成型した目的物質を含有する基剤を「乾燥又は硬化」させることにより、略円錐の形状を有する経皮吸収製剤を製造することが記載されている。そして、【0094】(図8)には、【0093】の製造方法と同様の原理で複数の経皮吸収製剤を製造する方法の例が示されており、【0095】(図9)には、製造方法の他の例として、「鋳型」を用いる方法が記載され、目的物質を含有する基剤が「糊状」であれば、孔から取り出した後に「乾燥又は硬化」させることもできることが記載されている。
すなわち、上記経皮吸収製剤の製造方法において、基剤として、水に溶解させると曳糸性を示す物質からなるものを用い、当該基剤を水及び目的物質とともに糊状としたものは、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物」の状態であるといえ、これが「乾燥」した物が経皮吸収製剤である。そして、「乾燥した物」とは、曳糸性を示す糊状物から水が除去されたという状態を示すことにより物の構造又は特性を特定したものであり、成分として基剤及び目的物質が残され、基剤中に目的物質が保持された構造である物として技術的に明確であるといえる。
そうしてみると、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」との発明特定事項は技術的に明確であり、「経皮吸収製剤」を「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」であると特定する訂正事項2は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(2)新規事項の追加の有無
上記(1)のとおり、訂正が確定した明細書の【0093】〜【0095】及び図7〜9には、経皮吸収製剤の成型方法が示されており、【0093】(図7)には、平板の上に「目的物質を含有する基剤」を載せ、「このとき、基剤として、水に溶解させると曳糸性を示す物質からなるものを用い、糊状とする」こと、次に、目的物質を含有する基剤にガラス棒の先端を接触させ、ガラス棒を持ち上げて、ガラス棒の先端に付着した基剤を引き伸ばし、さらにガラス棒を持ち上げて、目的物質を含有する基剤を「針状又は糸状」に成型し、その後、針状又は糸状に成型した目的物質を含有する基剤を「乾燥又は硬化」させることにより、略円錐の形状を有する経皮吸収製剤を製造することが記載されている(当審注:下線は当審合議体による。)。そして、【0094】(図8)には、【0093】の製造方法と同様の原理で複数の経皮吸収製剤を製造する方法の例が示されており、【0095】(図9)には、製造方法の他の例として、「鋳型」を用いる方法が記載され、目的物質を含有する基剤が「糊状」であれば、孔から取り出した後に「乾燥又は硬化」させることもできることが記載されている。
してみれば、訂正が確定した明細書等には、経皮吸収製剤が、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」であることが記載されているといえる。
したがって、訂正事項2は、訂正が確定した明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項2は、上記(1)のとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項2は、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第6項に適合する。

3 訂正事項3〜6について
(1)訂正の目的
訂正事項3〜6は、上記訂正事項1及び2に係る特許請求の範囲の訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と明細書の記載との整合を図るため、訂正が確定した明細書の【0009】及び【0010】に記載された、経皮吸収製剤の基剤について「自己溶解する」ものであること及び経皮吸収製剤を「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」であることを特定するものである。
したがって、訂正事項3〜6は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(2)新規事項の追加の有無
上記1(2)及び2(2)において説示したとおり、訂正事項3〜6は、訂正が確定した明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第5項に適合する。

(3)特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項3〜6は、上記(1)のとおり、訂正事項1及び2に係る特許請求の範囲の訂正に伴って、訂正が確定した明細書の記載事項を特定するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項3〜6は、特許法第134条の2第9項において準用する同法第126条第6項に適合する。

4 独立特許要件(甲2−1及び甲1−1に基づく進歩性)について
請求項2〜17は無効審判が請求されていない請求項であり、請求項2〜17についての訂正は、訂正事項1及び2に係る請求項1の訂正に伴い、これに従属する請求項2〜17及び19からなる一群の請求項について訂正しようとするものであるから、上記1(1)及び2(1)において説示したとおり、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そのため、請求項2〜17に係る訂正について、特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件が課されるところ、本件訂正後の請求項1〜17、19に係る発明は、以下のとおりである。
「【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、
前記基剤は自己溶解するものであり、
前記高分子物質は、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であり、
基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であり、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤(但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)。
【請求項2】
表面に水不溶性の層が設けられ、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項3】
前記水不溶性の層は、架橋されたものである請求項2に記載の経皮吸収製剤。
【請求項4】
前記基剤は多孔性物質を含有し、前記目的物質は前記多孔性物質に保持され、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項5】
前記多孔性物質は、ケイ酸カルシウム、ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム、無水ケイ酸、多孔性炭酸カルシウム、多孔性リン酸カルシウム、及び多孔質シリコンからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質である請求項4に記載の経皮吸収製剤。
【請求項6】
前記目的物質が長時間作用型の物質であり、前記目的物質が徐放される、請求項1に記載の経皮吸収製剤。
【請求項7】
前記長時間作用型の物質は、長時間作用型インスリン又はポリエチレングリコール架橋が施されたタンパク質である請求項6に記載の経皮吸収製剤。
【請求項8】
前記基剤は、さらに目的物質の吸収速度調節剤を含有する請求項1〜7のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項9】
前記吸収速度調節剤は、吸収促進剤である請求項8に記載の経皮吸収製剤。
【請求項10】
前記吸収促進剤は、界面活性剤である請求項9に記載の経皮吸収製剤。
【請求項11】
前記基剤は、さらに曳糸性抑制剤を含有する請求項1〜10のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項12】
前記曳糸性抑制剤は、ポリエチレングリコール又はL−グルタミン酸L−リジンである請求項11に記載の経皮吸収製剤。
【請求項13】
前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するものである請求項1〜12のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項14】
前記薬物は、ペプチド、タンパク質、核酸、多糖類、又はワクチンに属するものである請求項13に記載の経皮吸収製剤。
【請求項15】
前記基剤は、さらに目的物質の安定化剤を含有する請求項1〜14のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項16】
表面に防湿用の層が設けられた請求項1〜15のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項17】
表面の一部にくびれ又は割線を有する請求項1〜16のいずれかに記載の経皮吸収製剤。
【請求項19】
シート状の支持体の片面に請求項1〜17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され、皮膚に押し当てられることにより前記経皮吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート。」

ここで、当審合議体は、令和3年2月9日付け訂正拒絶理由通知で説示したとおり、本件訂正後の請求項2〜17に係る発明のうち、少なくとも、請求項13に係る発明(請求項1を引用する部分に限る。以下、「本件訂正発明13」という。)は、甲2−1に記載された発明、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないと判断する。以下説明する。

(1)甲各号証の記載
訂正拒絶理由通知において引用した、本件特許に係る出願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物は以下のとおりであり、甲1−1及び甲2−1には、以下のア及びイに示す事項が記載されている。
なお、これらの刊行物は、上記第2の1(2)の証拠方法に列挙した、請求人の提出した証拠に対応するものである。

甲1−1:国際公開第96/08289号
甲1−2:特表平10−505526号公報
(甲1−1に対応する公表特許公報)
甲2−1:国際公開第2004/000389号
甲2−2:特表2006−500973号公報
(甲2−1に対応する公表特許公報)

甲8 :岩波理化学辞典 第4版第9刷(岩波書店、1994年7月18日 )、90頁の「インシュリン」の項、1016頁の「ヒアルロン酸」 の項
甲10:特開平7−97401号公報
甲11:土井正男、「鎖のダイナミックス」、日本物理学会誌、
42巻4号、1987、333〜337頁
甲12:安部隆、「皮膚と水」、油化学、34巻6号、1985、
413〜419頁
甲13:田中正敏、「水とヒト−生理的立場から」、人間と生活環境、
6(2)、85/91、1999、15〜21頁

ア 甲1−1の記載事項
甲1−1は、英文であるので、以下は、甲1−1の対応する国内公表公報である甲1−2について必要箇所を当審で修正した訳文を示す。また、甲1−1の該当頁等の記載の後ろに、対応する甲1−2における該当箇所を「公表」に続いて記載する(下線は当審合議体が付した。以下同じ)。

(1a)「薬を非経口投与できる、針を有しない装置であって、該装置が胴体部材およびプランジャーを備え、該胴体部材が第1と第2の端部および固体形態にある薬を収容する内腔を有し、該内腔が前記胴体の第1の端部から第2の端部まで延在し、前記プランジャーが前記内腔の内径と実質的に同一の外径を有する細長いロッドからなり、該ロッドが前記胴体の第2の端部で前記内腔中に挿入され、前記プランジャーが前記内腔内で移動して、前記薬を前記胴体部材の第1の端部から、前記胴体部材が患者の皮膚に対して押し、該薬が患者の皮膚を貫通するのに十分な構造的強度のものであるときに患者の皮膚を通して押し出すことができることを特徴とする装置。」(claim1;公表請求項1)
「患者に非経口経路で投与されるように適用された薬であって、約0.2mmから約2mmまでの直径および約1mmから約5cmまでの長さ、並びに患者の皮膚を貫通するのに十分な構造的な完全さを有することを特徴とする薬。」(claim15;公表請求項15)
「針を使用せずに患者に薬を非経口経路で投与する方法であって、十分な構造的強度を有する薬を、患者の皮膚と接触させて皮膚に対して薬を押し込み患者の皮膚を貫通させる工程を含む方法。」(claim23;公表請求項23)

(1b)「表題:針を有しない非経口導入装置
要約
薬を非経口投与する、針を有しない装置が開示されている。薬は爪楊枝の一方の端部の形状を有している。薬は胴体の内腔中に配置され、この胴体は一方の端部においてノーズコーン形状を有している。プランジャーが内腔の他方の端部に挿入される。このプランジャーは、薬を患者の皮膚を通して皮下層に押し込むものであり、針により皮膚を貫通する必要がないものである。

針を有しない非経口導入装置
発明の属する技術分野
本発明は、非経口導入装置に関し、特に、薬学的活性組成物の筋肉内投与または皮下投与を行う装置に関するものである。

発明の背景
非経口経路は、多くの場合に経口経路よりも好ましい。例えば、投与すべき薬物が胃腸管内で部分的または全体的に分解するような場合に、非経口投与が好ましい。同様に、緊急事態で迅速な応答が必要とされる場合に、通常非経口投与が経口投与よりも好ましい。
したがって、現在実施されているように、非経口投与は多くの用途において望ましいが、これには重大な欠点もある。おそらく、最大の欠点は、薬物が投与される患者を不快にすることであろう。非経口製剤は一般的に、薬物が懸濁または溶解されている多量の液体を含んでいる。キャリアに対する活性成分の比率は通常、1:100から1:1000までに亘る。特に、活性成分が、溶解性に乏しいかまたは懸濁が困難な場合、あるいは、高供給量で投与すべき場合、もしくは両方が重なった場合、かなり多量の液体を注射しなければならない。針の注射およびかなり多量の液体の導入により、非経口投与が多少苦痛であり、ほとんどの人にとっては、少なくとも不愉快である。さらに、その性質に依存して、溶剤または懸濁剤はそれ自体苦痛の原因かもしれない。
液体キャリア中の薬物を投与するさらなる欠点は、薬物がしばしば液体中で安定ではないことである。したがって、液体と薬物とは、実質的に注射と同時期に混合されなければならない。このことは、例えば、伝染病をくい止めるために、連日に亘って数百人を処置しなければならない場合に、実質的に欠点となり得る。
したがって、針および溶液または懸濁液の両方を使用しない投与方式を発見することに関心が集まっている。
薬を制御した状態で放出するのに使用する、非経口投与される固体組成物が知られており、例えば、ロッドまたはペレットのインプラント用のトロカール、および固体を注射するための、ヨーロッパ特許出願第0292936 A3号に示されている装置のような、液体を必要とせずに薬を直接注射する装置が知られている。しかしながら、トロカールおよびヨーロッパ特許出願第0292936 A3号に示されている装置では、まだ針を使用する必要がある。」(表題、要約、1頁2行〜2頁22行;公表 発明の名称、要約、5頁2行〜6頁5行)

(1c)「 発明の概要
出願人は今、非経口経路により固体または半固体の薬物を即座に投与する、比較的安価な装置を発見した。出願人の装置では、完全に針を使用する必要がない。固体薬物は、この固体薬物を位置づけるのに必要な程度まで皮膚に進入するプランジャーによって、患者、例えば、人または動物の皮膚を通して直接投与される。薬は、爪楊枝の端部の形状に適切に作成される。すなわち、薬は、円柱部分まで徐々に先太になる尖った端部を有している。薬は、本発明の非経口導入装置により投与されたときに、皮膚を通って、皮下層中に貫通できるような十分な構造的強度を有している。このように、薬物が皮膚を貫通して、薬物を非経口投与するための針の不快感を感じる必要がない。」(2頁23行〜3頁6行;公表6頁6〜15行)

(1d)「次に第3図を参照する。ここには、使用中の装置が示されている。主胴体10の一方の端部22が、薬が注射される区域に張力を施すような様式で、処置すべき患者の皮膚48に対して配置されている。互いに移動するプランジャー14およびスリーブ12が、肩部34が環状部材24と接触するまでプランジャー14の端部キャップ38に圧力を加えることにより、主胴体10に押し付けられている。プランジャーロッド36は、主胴体10の内腔16の長さだけ移動し、薬18を患者の皮膚48を通して皮下層46に押し込む。スリーブ12の肩部34が主胴体10の環状部材24と組み合わさって、主胴体10内におけるプランジャーロッド36の移動の範囲が制限される。プランジャー部材14のロッド36が主胴体10の一方の端部22より下2mm以内で停止することが好ましく、プランジャーロッドが主胴体10の一方の端部22より全く突出しないことが最も好ましい。」(5頁3〜21行;公表7頁下から3行〜8頁8行)


」(Fig.3;公表第3図)

(1e)「薬18は好ましくは、皮膚を容易に貫通して、皮下層に進入できるように、爪楊枝の一方の端部の形状に作成する。良く知られているように、爪楊枝の一方の端部には、円柱部分まで先太となる針頭がある。薬を固体と称しているが、壊れずに皮膚に貫通する十分な構造的な完全さがある限り、固体または半固体のいずれであってもよい。縦方向で少なくとも約8キリポアズ(killipoise)の圧縮強さを有する薬が十分に強く、それより小さい圧縮強さのものも、大人よりも柔らかい皮膚を有する子供に投与する場合には特に、使用できることが分かった。」(7頁5〜18行;公表9頁12〜18行)
「薬中のキャリアの量は、薬物および作用の所望の様式に依存する。一般に、薬中の活性成分の量は少なくとも約50%である。十分な構造的強度を有する適切な薬に関しては、本発明の薬の量は100%までであっても差支えない。薬は、圧縮、熱溶融(thermofusion)、または押出しのような従来の技術により調製してもよい。圧縮法は適切には、爪楊枝形状の微小錠剤が形成される錠剤形成工程からなる。熱溶融法は適切には、活性成分および所望であればキャリアを混合して溶融する工程からなる。次いで、溶融生成物を爪楊枝形状の薬に成形する。押出法は適切には、活性成分および所望であればキャリアを、液体と混合して、半固体ペーストを形成する工程からなる。次いで、このペーストを小さい直径の開口部に通して押し出して、ロッドを形成する。針状の先端は、半固体ロッドの乾燥の前または後に形成しても差支えない。
薬18のサイズは、直径で2mmまでであってもよいが、薬の円柱部分の直径で、好ましくは、約0.2−0.8mm、最も好ましくは、約0.25−0.5mmであり、長さで約1mmから約3cmまでである。もちろん、サイズは、投与すべき供給量およびキャリアの量と比較して存在する活性成分のレベルに依存する。
内腔16の内径は好ましくは、薬18の直径よりも約5−10%大きい。これにより、製造中に内腔16中に導入されるかもしれない、バリのような小さい欠陥により、薬が「詰まったり」またはすじを付けられたりしないようにする。同時に、装置が作動状態となる前に、薬が内腔から意図せずに移動させられにくいように、直径は摩擦して噛み合うように制限されている。オイルを内腔に加えて、薬が内腔中にとどまる傾向を増加させても差支えない。オイルはまた、皮膚の貫通にも役立つ。」(7頁19行〜8頁22行;公表9頁19行〜10頁12行)

(1f)「活性成分はペプチドまたはタンパク質であって差支えない。そのようなペプチドの例としては、成長ホルモン放出ペプチド(GHRP)、黄体化ホルモン放出ホルモン(LHRH)、ソマトスタチン、ボンベシン、ガストリン放出ペプチド(GRP)、カルシトニン(calcitonin)、ブラジキニン、ガラニン(galanin)、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)、成長ホルモン放出因子(GRF)、アミリン、タキキニンス(tachykinins)、セクレチン、副甲状腺ホルモン(PTH)、エンケフアリン、エンドセリン(endothelin)、カルシトニン遺伝子放出ペプチド(CGRP)、ニューロメディンス(neuromedins)、副甲状腺ホルモン関連タンパク質(PTHrP)、グルカゴン、ニューロテンシン、副腎皮質剌激ホルモン(ACTH)、ペプチドYY(PYY)、グルカゴン放出ホルモン(GLP)、因子VIII、血管作用性小腸ペプチド(VIP)、下垂体活性化ペプチド(PACAP)、モチリン、サブスタンスP、ニューロペプチドY(NPY)、TSH、およびそれらのアナログ並びに断片が挙げられる。他の活性成分の例としては、インシュリン、アドレナリン、キシロカイン、モルヒネ、グルココルチロイド(例えば、デキサメタゾン)、アトロピン、細胞増殖抑制化合物、エストロゲン、アンドロゲン、インターロイキン、ジギトキシン、ビオチン、テストステロン、ヘパリン、サイクロスポリン、ペニシリン、ビタミン、抗血小板活性化因子剤(例えば、ギンコライド)、およびジアゼパム(diazepam)が挙げられる。
活性成分の即時送達用には、キャリアは水溶性であるべきである。水溶性キャリアの例としては、ヒアルロン酸、セルロース、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、およびヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ポリアルコール、例えば、マンニトール、糖、例えば、デキストロース、マンノース、およびグルコース、ゼラチン、ポリビニルピロリドン、およびスターチが挙げられる。徐放送達用には、キャリアは水不溶性であっても差支えないが、生体分解性である必要がある。適切なキャリアの例としては、L−乳酸、D−乳酸、DL−乳酸、L−ラクチド、D−ラクチド、DL−ラクチド、グリコリド(glycolide)、グリコール酸、カプララクトン(capralactons)の水不溶性ポリエステル、およびそれらの任意の活性異性体、ラセミ化合物、またはコポリマーが挙げられる。」(8頁29行〜9頁30行;公表10頁17行〜11頁18行)

(1g)「 実施例1
インシュリンヒト組換え体(IHR)およびインシュリンウシ膵臓(IBP)について試験を行なった。IHRは純粋な水溶性インシュリンであり、IBPは、通常16%のグリセロールを用いて調製する、水不溶性の亜鉛インシュリンである。IHRおよびIBPは、mg当たり約26インシュリン単位(IU)を示している。
異なる投与量のインシュリンを、従来の注射可能な配合物と比較した。ラットへの低血糖効果のインビボ試験において、これら全ての配合物が、作用の迅速性と強度に関して効果的であることが分かった。
インシュリンは、乾燥固体として供給でき、ボーラス注射のための通常の非経口配合物のように正確に機能する。本発明の装置に必要とされる量は、直径が0.45mmである2mm長の円柱としての固体形態で投与するのに十分に小さい。患者は、本発明の装置により、固体インシュリンの実質的に痛みを伴わない導入を容易に経験できる。インシュリンのこの形態はまた、室温で長期間に亘り安定であり、通常の液体形状よりも高くない。
実施例2
ソマトスタチン類似体の配合物である、D−Nal−シクロ[Cys−Tyr−D−Trp−Lys−Val−Cys]−Thr−NH2を、ゼラチン及びポリビニルピロリドン(PVP、5−10%)からなる乾燥材料と合わせることにより、投与可能な錠剤に形成した。その錠剤を投与して、薬物動力学分布に関して従来の溶液と比較した。この方法により、実質的に同様の薬物動力学結果が得られた。
実施例3
合成抗−PAFである、4,7,8,10−テトラヒドロ−1−メチル−6−(2−クロルフェニル)−9−(4−メトキシフェニル−チオカルバモイル)−ピリド−[4′,3′−4,5]チエノ[3,2−f]−1,2,4−トリアゾロ[4,5−a]1,4−ジアゼピン、および天然の抗−PAFである、ギンコライドBを、従来の投与に対して比較した。合成抗−PAFは、不溶性であるために、従来は非経口経路には用いることはできない。
それにもかかわらず、薬理学的伝達効果と血液濃度との間には非常に良好な相関関係が観察された。ギンコライドBはやや溶性である。溶液形態にある同一供給量の生成物(pH8.75)に関して、溶液と固体乾燥配合物とは最初の注射後の効果は同一であったが、溶液では効果は2時間しか続かず、一方、固体乾燥配合物では、効果が24時間続いた。」(10頁1行〜11頁10行;公表11頁22行〜12頁26行)

イ 甲2−1の記載事項
甲2−1は、英文であるので、以下は、甲2−1の対応する国内公表公報である甲2−2について必要箇所を当審で修正した訳文で示す。また、甲2−1の該当頁等の記載の後ろに、対応する甲2−2における該当箇所を「公表」に続いて記載する。

(2a)「1.システムであって、以下:
溶媒の供給源、および該溶媒との接触の際に急速に溶解する複数の微小穿孔器を有するアレイ、を備える、システム。」(claim1;公表請求項1)

(2b)「(発明の分野)
本発明は、薬物の経皮送達に関する。
(発明の背景)
有効な任意の薬物は、体内に、治療有効な速度および量で、1つ以上の生物学的バリアを横切って輸送されなければならない。多くの例において、薬物は、十分効果的に経口投与され得るが、多くの他の例において、その経口経路は、胃腸管内の重大な分解、腸膜内の乏しい吸収、および/または肝臓による最初の通過の分解のために、効果的ではない。これらの障害は、タンパク質成分、ペプチド成分およびDNA成分を含む多くのさらに新しい薬物に対して、特に問題である。例えば、組換えヒトインスリン、成長ホルモン、エリスロポエチン、インターフェロンおよび他のタンパク質は全て、現在において、経口以外の幾つかの様式で投与されなければならない。
代替の方法として、経皮的に、すなわち皮膚を通過または横切って、薬物を経皮的に送達させることが挙げられる。代表的には、これは、標準的なシリンジまたはカテーテルを用いる非経口注射(parental injection)を使用して達成される。不運にも、針注射は、多くの患者において、針の恐怖感、実質的な痛み、および皮膚に対する局所的損傷を引き起こし得る。針注射はまた、薬物の連続送達または連続診断の場合に問題である。
これらの問題の1つの解決策は、経皮的に薬物を投与することであり、これは、通常薬物の皮膚を横切る拡散を含む。一旦、薬物が真皮の深さ(表皮層の下)に到達すると、薬物は、血液循環を介して、深い組織層およびその系の他の部分まで急速に拡散する。しかし、皮膚の最外層である角質層は、経皮薬物浸透に対して主要なバリアを示すため、多くの薬物の貧弱な皮膚透過性は、経皮送達の幅広い適用可能性を妨げる。
・・・
可溶性の移植片は、徐々に溶解する処方物においてのみ、公知である。その例は、Buch−Rasmussenらの米国特許第6485453号(2002年11月)、Yamahisaらの米国特許第5021241号(1991年6月)、およびSociete de Conseils de Recherche et d’Applications Scientifiques,S.A.のWIPO WO/9608289(1996年3月公開)である。結果として、可溶性の移植片の使用は、長期間にわたって低用量を投与することが望ましいホルモンや他の物質に主に制限されてきた。
・・・
急速に溶解するミクロ移植片は、最小限の痛みと不快感のみで中間用量の投与を可能にするために望ましいものである。しかしながら、その概念は、これまで、角質層及び表皮内に血管がなく、そのためにミクロ移植片の制御された溶解が妨げられることから、達成するのが困難であった。従って、特にミクロ針のアレイまたは皮膚の他の微小穿孔器を含む、急速に溶解する経皮薬物送達ビヒクルを開発する必要がある。
(発明の概要)
急速に溶解する微小穿孔器(「RDMP」)を使用して薬物を経皮的に送達する装置および方法が記載される。本明細書において使用される場合、用語「微小穿孔器」は、一般的に、断面の形状に関わらず、針、刃、カッティング器、穿孔器、または1mm未満の平均直径を有する任意の他のデバイスをいう。
微小穿孔器は、好ましくは、必要に応じて1つ以上の選択された薬物を保持する固体マトリクスの可溶性(溶融性および生分解性を含む)の材料を含む。マトリクス材料内の薬物は、間質的にまたは任意の他の適切な様式で分布され得る。微小穿孔器は、同じかまたは異なる薬物のレザバに流体結合され得、この薬物は、ミクロ針自体によって皮膚内に運搬され得るか、または、ミクロ針による皮膚の穿孔によって作製されたチャネルによって、運搬され得る。・・・。
微小穿孔器は、本明細書中において、薬物の適用ならびに物理/化学的特性に依存して、単一の薬物または薬物の混合物のいずれかを含むことが企図される。好ましい実施形態において、微小穿孔器は、急速に溶解し、これは、本明細書中において、微小穿孔器の少なくとも50%が投与1時間以内に皮膚内または皮膚上で溶解することを意味すると定義される。」(1頁3行〜3頁28行;公表【0001】〜【0014】)

(2c)「(発明の最良の形態の説明)
図1は、角質層13、表皮層または表皮15および真皮層または真皮17を含む、皮膚11の上層の断面図である。皮膚の最外層である角質層13は、通常10ミクロン(μm)厚と20ミクロン(μm)厚との間の、死んだ細胞層である。この角質層13は、脂質の疎水性細胞外マトリクス、主にセラミドによって囲まれた親水性ケラチノサイトを含む。構造的特徴および組成的特徴のために、角質層13は、体内への薬物または他の分子の経皮流れならびに体外への体液および他の分析物の経皮流れ、に対する最大のバリアを提供する。角質層13は、2〜3週の平均回転時間で、角質細胞の脱離によって連続的に再生される。
角質層13の下に、50μm厚と100μm厚との間の生きた表皮または表皮層15が存在する。表皮は、血管を含まず、表皮15の直下に位置する真皮17への及び真皮17からの拡散によって自由に代謝物を交換する。真皮は、1mm厚と3mm厚との間にあり、血管、リンパ管および神経を含む。一旦薬物が真皮層に達すると、薬物は、系循環を通して、潅流する。
好ましい薬物送達システムは、急速に溶解する微小穿孔器のアレイ(好ましくは、約1cm2の領域中、5、10、25、50、100または200の微小穿孔器)を含み、少なくとも1つは、1つまたは複数の針または刃の固体マトリクスとして形成されており、各々が、第1の末端において、皮膚の穿孔のために、尖らせてあるか鋭利にされている。各微小穿孔器は、角質層を貫通するのに十分な強度を有し壊れないものであり、この微小穿孔器(および薬物)が薬物レザバ内の体液および/または溶媒と共に患者の体内に貫入されたとき、生分解性であるか、または可溶性である。この生分解プロセスまたは溶解プロセスは、有利にも、数十秒と数時間との間の所望された時間間隔で起こり得る。」(4頁15行〜5頁13行;公表【0016】〜【0018】)

(2d)「微小穿孔器は、任意の適切な形状(図2A〜2Gに示されるように、例として、真っ直ぐまたは先細のシャフト、角錐、くさび、または刃が挙げられる)を有し得る。好ましい実施形態において、微小穿孔器の外径は、基部または第2端部において最も大きく(約1〜1000μm)、そして第1端部近くの微小穿孔器の外径は、好ましくは、5〜500μm、より好ましくは、第1端部において5〜25μmである。微小穿孔器は、有利には、20μm以下の最小先端直径を有し得る。微小穿孔器の長さは、代表的に、1〜2000μmの範囲、より好ましくは、100〜1000μmの範囲である。皮膚は、平坦およびでこぼこな表面ではなく、顕微鏡的に異なる深さを有する。さらに、角質層の厚みおよび皮膚の弾性は、人から人で、そして任意の人の身体の場所から場所で変化する。望ましい貫入深さは、有効な薬物送達および比較的痛みのない無血の貫入のための、単一値よりもむしろある範囲を有する。微小穿孔器の貫入深さは、疼痛および送達効率に影響し得る。経皮適用において、微小穿孔器の「貫入深さ」は、好ましくは、100μm未満であり、その結果、角質層を通って皮膚内に挿入される微小穿孔器は、表皮を超えて貫通することはない。これは、神経および血管に接触することを避けるための最適なアプローチである。このような適用において、微小穿孔器の実際の長さは、RDMPシステムが皮膚の過剰な弾性および/または粗さに起因して皮膚内に完全に挿入されないことに関連して、基底層を考慮するためにより長くあり得る。
・・・
微小穿孔器の第1の機能は、角質層を貫通すること、薬物送達の迅速な開始および中断を提供すること、ならびに必要に応じて引き続く薬物送達または体液モニタリングのためにチャネルを開き続けることを助けることである。微小穿孔器がかなり迅速に溶解し(これは、状況に依存する)、そして角質層を貫通するように十分強い限り、任意の生体適合性材料が、微小穿孔器として役立ち得る。
微小穿孔器を作製する際に、鋳型は、正確な機械加工、微小機械加工(例えば、MEMS)、またはレーザベースもしくは放電機械加工を使用して、調製され得る。一旦、鋳型が調製されると、液体溶液(マトリクス材料および選択された薬剤を含む)は、鋳型で鋳造され、そして乾燥される。液体溶液の粘度ならびに他の物理的および化学的特性に依存して、さらなる力(例えば、遠心分離力または圧縮力)が、鋳型を満たすために必要とされ得る。
固体溶液を形成するために、この溶媒は、空気乾燥されるか、真空乾燥されるか、または凍結乾燥される必要がある。一旦、固体溶液が形成されると、微小穿孔器は、鋳型から分離され、そして適切な形状およびサイズに切断される。
粉末形態がマトリクス材料のために使用される場合、この粉末は、有利には、鋳型の上に広げられ得る。粉末の化学的および物理的特性に依存して、次いで、粉末の適切な加熱が適用されて、鋳型内に粘稠性の材料を融解または挿入し得る。あるいは、粉末は、結合剤を伴うかまたは伴わないで、圧力および/または熱の適用によって鋳型内に挿入され得る。微小穿孔器がアレイ内に形成された場合、アレイは、冷却され、鋳型から分離され、そしてRDMPシステム内に組み込まれる。
アレイの作製のための別の適切なアプローチは、光架橋である。光架橋剤を含むポリマー溶液を、鋳型で鋳造し、そして照射によって凝固させる。一旦溶液が凝固すると、固体溶液がはぎ取られ、切断され、そして適切なサイズに成形される。微小穿孔器のアレイを作製するための別の実施可能なアプローチは、プランジャーに巻かれ、配列され、そして組み合わされた複数の微小繊維の製造である。
かなり多くのポリマーが、微小穿孔器のための適切なマトリクス材料であり、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリエチレングルコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA)、セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、デキストリン、モノサッカリドおよびポリサッカリド、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアルコール、ゼラチン、アラビアゴム、アルギネート、キトサンシクロデキストリンおよび他のバイオポリマーが挙げられるが、これらに限定されない。
糖誘導体(トレハロース、グルコース、マルトース、ラクトース、ラクツロース、フルクトース、ツラノース、メリトース、メレチトース、デキストラン、ソルビトール、キシリトール、パラチニット及びマンニトール)のような炭水化物誘導体も使用され得る。水可溶性ガラス(例えば、ホスフェート、ナイトレートおよびカルボキシレートガラス、ならびに塩化マグネシウム、塩化カリウムおよび塩化カルシウム)もまた、マトリクス材料に、単独でまたはマトリクスポリマーと混合されて使用され得る。
適切なマトリクス材料の他の例としては、非イオン性親水性またはイオン性界面活性剤または親油性添加剤(アルキルグルコシド、アルキルマルトシド、アルキルチオグルコシド、ラウリルマクロゴールグリセリド、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェノール、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリエチレングリコールグリセロール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリグリセロール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリド、ポリオキシエチレンステロール、これらの誘導体、およびアナログ、ポリオキシエチレン植物油、ポリオキシエチレン水素化植物油、ポリオールならびに脂肪酸、グリセリド、植物油、水素化植物油およびステロールからなる群の少なくとも1つのメンバーの反応混合物、トコフェロールポリエチレングリールスクシネート、糖エステル、糖エーテル;スクログリセリド(sucroglyceride)、およびそれらの混合物から選択される)が挙げられる。」(6頁3行〜8頁22行;公表【0021】〜【0030】)

(2e)「本明細書中で使用されるように、微小穿孔器の「アレイ」とは、それらが規則的に間隔を空けて配置されるか否かに関わらず、少なくとも9個の微小穿孔器の任意の配置を意味する。代表的に、アレイは、より多くの微小穿孔器、好ましくは、100以上を含む。製造の簡便さのために、アレイの微小穿孔器は、一般的に(必ずではないが)、全て、ほぼ同じサイズおよび形状であり、全て、実質的に同じ組成を有する。
図3は、患者の皮膚の他の領域から穿孔領域を分離するために、接着剤および抗菌剤(任意)を含む環状領域33を含む基底層によって必要に応じて取り囲まれた微小穿孔器のアレイ31の上に形成されたパッチシステムの平面図である。接着剤の環状領域33は、皮膚にアレイを保持し、そして外来物体の侵入および/または外部感染を妨げるまたは可能性を減少させることが意図される。必要に応じて、薬物レザバ(図3において図示しない)は、微小穿孔器アレイ31の上に配置され得、そして/または接着剤の環状領域33によって囲われ得る。
・・・
図9は、穿孔活性化機構90を示す断面立面図であり、ここで、1つ以上の微小穿孔器91が、指又は他の圧力機構93によって手動で適用される、微小穿孔器の1つの側面への圧力によって患者の皮膚92内に駆動される。
必要に応じて、図10に示される薬物パッチシステム100は、第1薬物と同じであるかまたは異なり得る第2薬物であり得る第2薬物を含む薬物レザバ101を含み、これは、微小穿孔器アレイ102の上に隣接して配置され、そして独立して制御されるレザバ薬物送達システム103を有する。薬物パッチシステム100は、好ましくは、薬物レザバ101を取り囲むバッキングフィルム104を備え、そして皮膚穿孔領域106を取り囲みシールする環状接着領域105(基底層、図3において最も良く示される)を備える。プラスチックリリースライナー107は、皮膚穿孔の前にはぎ取られ、そしてこのライナーがはぎ取られるまでアレイを保護する。」(9頁14行〜11頁8行;公表【0033】〜【0041】)


」(Fig.3;公表図3)


」(Fig.9;公表図9)


」(Fig.10;公表図10)
「パッチシステムは、好ましくは、皮膚に適用され、その結果、1つ以上の微小穿孔器が、用途に応じて表皮または真皮に向けて、角質層を貫通する。
好ましい実施形態において、パッチシステム中のレザバの薬物分子は、完全にまたは部分的に溶解した微小穿孔器により作製されるチャネルを通って、表皮または真皮中に流れる。薬物分子は、局所処置または体を通る輸送のために真皮中に拡散する。
パッチおよび他のRDMPシステムは、皮膚および他の組織を介して、薬物およびワクチンならびに他の生物活性分子を含む、広範な治療剤および/または予防剤を輸送し得る。このようなシステムは、組織への最小の損傷、痛みおよび/または刺激で皮膚または他の組織障壁を通る体液への薬物送達および接近方法(access)を可能にする。薬物送達適用において、微小穿孔器は、有利には、主に、所望される薬物プロフィールに応じて、活性薬物及び溶解又は膨潤する固体マトリクスを含み得る。これは、即時の薬物源および続く皮膚を介する薬物送達のためのチャネルクリエーターの両方として働く。・・・。
・・・
図12Aは、パッチ120Aの単純なデザインを例示し、これは、バッキングを備える基部層121および皮膚123に隣接して配置される1つ以上の微小穿孔器122のアレイを備える。活性成分(薬物または薬物固溶体)は、微小穿孔器中に含まれる。基部層は、異なる厚みを有し得るが、ほとんどの場合不透過性バッキング層である。このデザインは、有力な薬物送達のために、少ない用量を投与するために、または即時の薬物送達のために、理想的である。」(13頁12行〜14頁22行;公表【0048】〜【0051】)



」(Fig.12A;公表FIG.12A)

(2f)「任意の薬物または他の生物活性剤が、RDMPシステムを使用して送達され得る。送達される薬物は、タンパク質、ペプチド、DNA、遺伝子、多糖類ならびに合成有機化合物および無機化合物であり得る。代表的な薬剤としては、抗感染剤、ホルモン、成長調整剤、心臓発作(cardiac action)または血流を調節するための薬物、および痛み制御のための薬物が挙げられるが、これらに限定されない。薬物は、局所的(local)処置または局部的(regional)治療もしくは全身性(systemic)治療のためであり得る。以下は、処置するのに使用される注入毎の代表的なタンパク質薬物実施例
の用量である:
α−インターフェロン・・・
・・・
インスリン・・・
・・・
オピエート抗関節炎。
薬物は、以下を含む多くのデザイン因子を変動させることにより制御される、種々の治療速度で送達され得る:アレイの寸法、マトリクスの溶解速度、アレイ中の微小穿孔器の数および配置、パッチの大きさ、レザバの大きさおよび組成、ならびにアレイを使用する頻度。例えば、薬物を高速で送達するために設計されるデバイスは、微小穿孔器中のより活性な薬物、および/またはより速く溶解するマトリクスを有し得る。持続性薬物放出のために、より少ない微小穿孔器および/または(より)遅く溶解する固体マトリクスの使用が、有用である。このパッチは、皮膚または他の組織に適用されて、2〜3秒から数時間、または数日にわたる時間間隔で、連続的にまたは断続的に、または変動する速度で、薬物を送達し得る。血流への直接の送達は、パッチの貫通長を伸ばすことにより利用可能であるが、RDMP薬物経皮送達のほとんどの適用は、表皮を標的とする。」(15頁20行〜17頁8行;公表【0056】〜【0057】)

(2g)「別の重要な適用は、予防接種である。皮膚は、有効なワクチン送達の理想的な部位である。なぜなら、皮膚は、免疫細胞(例えば、ランゲルハンス細胞)のネットワークを含むからである。表皮への抗原性化合物を送達する際のRDMP技術のいくつかの利点が存在し、この表皮は、高密度の免疫細胞を有し、そして結果として免疫細胞系をより効果的に誘発する。RDMPシステムは、多価ワクチンを容易に発達させるための実用的なデザインであり、薬物の輸送および保存のための液体の使用よりもより大きな安定性を提供すると予期される。以下のワクチンが、とりわけ、送達され得る。」(17頁22〜28行;公表【0059】)

(2)引用発明2
ア 上記(1)イの記載事項によれば、甲2−1には、以下の事項が記載されている。
針注射は、多くの患者において、針の恐怖感、実質的な痛み、および皮膚に対する局所的損傷を引き起こし得ることから、最小限の痛みと不快感のみで中間用量の投与を可能にする経皮薬物送達ビヒクルを開発する必要があることが記載されている(摘記2b)。
薬物の経皮送達において、中間用量の投与を可能にするために、急速に溶解する微小穿孔器及び薬物のレザバを備えるシステムが記載されている(摘記2a、2b)。
上記微小穿孔器については、薬物を保持する固体マトリクスの可溶性(溶融性および生分解性を含む)の材料を含むこと(摘記2b)、生分解プロセスまたは溶解プロセスは、数十秒と数時間との間の所望された時間間隔で起こり得ること(摘記2c)が記載されている。そして、ミクロ針自体によって薬物が皮膚内に運搬され得ること(摘記2b)、薬物送達適用において、微小穿孔器は、活性薬物及び溶解する固体マトリクスを含み得て、即時の薬物源および続く皮膚を介する薬物送達のためのチャネルクリエーターの両方として働くこと(摘記2e)、微小穿孔器は、皮膚内または皮膚上で急速に溶解し(摘記2b)、一旦薬物が真皮層に達すると、系循環を通して潅流すること(摘記2c)が記載されている。
また、微小穿孔器の末端は、皮膚の穿孔のために、尖らせてあるか鋭利にされ、微小穿孔器は、角質層を貫通するのに十分な強度を有し壊れないものであることが記載されている(摘記2c)。経皮適用における微小穿孔器の貫入深さについては、好ましくは100μm未満であり、その場合には、角質層を通って皮膚内に挿入される微小穿孔器は、表皮を超えて貫通することがないこと(摘記2d)、また、パッチシステムが皮膚に適用され、微小穿孔器は、用途に応じて表皮または真皮に向けて、角質層を貫通すること(摘記2e)が記載されている。また、穿孔活性化機構90として、微小穿孔器91が、微小穿孔器の側面への指による圧力によって患者の皮膚92内に駆動されることが記載されている(摘記2e)。
また、微小穿孔器の作製において、液体溶液(マトリクス材料および選択された薬剤を含む)が、鋳型で鋳造され、乾燥されることが記載され(摘記2d)、微小穿孔器の材料について、角質層を貫通するように十分強い限り、任意の生体適合性材料が、微小穿孔器として役立ち得ること、微小穿孔器のための適切なマトリクス材料のうち、ポリマーの例示として、ポリビニルアルコール(PVA)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、デキストリン、及び、糖誘導体の例示として、デキストラン、マンニトールが記載されている(摘記2d)。
上記レザバについては、必要に応じて、薬物レザバは、微小穿孔器アレイの上に配置され得ることが記載されている(摘記2e)。
そして、例示としての図12Aに記載されるパッチ120Aは、バッキングを備える基部層121及び活性成分(薬物または薬物固溶体)が含まれる皮膚に隣接して配置される微小穿孔器122のアレイを備え、少ない用量を投与するために、または即時の薬物送達のために、理想的であること(摘記2e)が記載されている。

イ これらの甲2−1の記載を総合すると、甲2−1には、以下の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

「薬物を保持する、固体マトリクスの可溶性(溶融性および生分解性を含む)のポリマーを含み、皮膚の穿孔のために、末端が尖らせてあるか鋭利にされているミクロ針である微小穿孔器であって、表皮又は真皮に向けて角質層を貫通して微小穿孔器が溶解することにより皮膚を介して薬物送達がされ、皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される、微小穿孔器。」

(3)本件訂正発明13について
ア 訂正後の請求項13に係る発明は、
「前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するものである請求項1〜12のいずれかに記載の経皮吸収製剤。」であり、
請求項1を引用する本件訂正発明13は、
「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、
前記基剤は自己溶解するものであり、
前記高分子物質は、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であり、
基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であり、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤(但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)であり、
前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するものである、経皮吸収製剤。」である。

イ 対比
本件訂正発明13と引用発明2とを対比する。

(ア)引用発明2における「固体マトリクス」、「ポリマー」及び該「ポリマー」に「保持」される「薬物」は、それぞれ、本件訂正発明13における「基剤」、「高分子物質」及び「該基剤に保持された目的物質」であって、「前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するもの」に相当する。

(イ)引用発明2において、「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通」することは、本件訂正発明13において、「皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されること」に相当する。そうすると、引用発明2の「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通して微小穿孔器が溶解することにより皮膚を介して薬物送達がされ」る「微小穿孔器」は、本件訂正発明13の「皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤」に相当する。

(ウ)引用発明2における「皮膚の穿孔のために、末端が尖らせてあるか鋭利にされているミクロ針である微小穿孔器」は、本件訂正発明13における「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有する」「経皮吸収製剤」に相当する。

(エ)引用発明2における「皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される、微小穿孔器」は、本件訂正発明13における「前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤」に相当する。

(オ)そうすると、両者は以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点>
「高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤であって、前記目的物質は、薬物、生理活性物質、化粧品、又は栄養素に属するもの。」

<相違点1C>
本件訂正発明13は、「高分子物質」が、「水溶性かつ生体内溶解性」で、「コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であり」、「基剤」が、「自己溶解するもの」であるのに対し、引用発明2は、「ポリマー」が、「可溶性(溶融性および生分解性を含む)」とされており、「固体マトリクス」が、自己溶解するものとの特定がない点。

<相違点2C>
本件訂正発明13は、経皮吸収製剤から、「但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く」ものであるのに対し、引用発明2には、そのような特定がされていない点。

<相違点3C>
本件訂正発明13は、経皮吸収製剤が、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物であ」るのに対し、引用発明2には、そのような特定がされていない点。

ウ 判断
(ア)相違点1Cについて判断する。
甲1−1には、薬学的活性組成物の皮下投与等において、患者に苦痛を与える針を使用することなく、また、多量の液体を注射することなく、胴体の内腔に配置された固体薬物を、プランジャーによって皮膚を通して直接投与する装置について記載されており(摘記1a〜1c)、当該薬については、活性成分及び所望によりキャリアから構成されるとともに、皮膚を容易に貫通して、皮下層に進入できるように、爪楊枝の一方の端部の形状に作成され、皮膚を貫通し皮下層に押し込まれ得る十分な構造的強度及び完全さを有していることが記載され(摘記1a、1c、1e)、さらに、活性成分の即時送達用の水溶性キャリアの例示としてヒアルロン酸(摘記1f)が記載されている。

ここで、甲1−1に記載の装置及び薬と、引用発明2における微小穿孔器とは、ともに、注射針等を用いることなく薬物を非経口かつ経皮的に投与する薬ないし装置に関する発明であり、技術分野は同一である。また、針注射が多くの患者に恐怖感、痛み等の不快感を与えることから、針を使用しないで非経口的に薬物を投与する技術的手段を発見するという技術的課題も共通している。
また、甲1−1に記載の装置及び薬と、引用発明2とは、生体内溶解性の基剤(マトリックス又はキャリア)に目的物質である薬物を保持させることにより、尖った先端部を有する穿孔器ないし固体薬物を成形し、これを患者の皮膚を通して直接投与し、薬効を発現させる剤という点で、課題解決原理を同じくするものである。
さらに、甲1−1においてキャリアとして列挙される材料と、甲2−1においてマトリクス材料として列挙される材料は、共通するもの(セルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、ゼラチン等)も多い。

ここで、甲2−1には、「このデザインは、有力な薬物送達のために、少ない用量を投与するために、または即時の薬物送達のために、理想的である。」(摘記2e)と記載されているところ、甲1−1には、活性成分の即時送達用の水溶性キャリアとして、ヒアルロン酸が筆頭に例示されている。
そして、ヒアルロン酸が、生体内において、タンパク質とともに粘稠な溶液やゲルを作って細胞間質として組織構造の維持や、関節では潤滑作用を営む物質であり、水溶性かつ生体内溶解性であることが技術常識であること(例えば、甲8の「ヒアルロン酸」の項、甲10の【0004】の記載を参照)に基づけば、甲1−1に記載のヒアルロン酸が、水溶性に加えて生体内溶解性の性質も有することは、当業者が理解するところである。
また、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。)が、生体内の他の組織とほぼ同程度の水分量を含有することも技術常識である(必要であれば、甲12の413頁2・1、甲13の16頁表1参照)ところ、上記のとおり、ヒアルロン酸は生体内溶解性を有することから、ヒアルロン酸を固体マトリクスとした場合に、引用発明2の微小穿孔器が「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通」した皮膚内において、該固体マトリクスは自己溶解するものといえる。

そうすると、引用発明2において、微小穿孔器としての強度を有し、かつ、即時送達のための可溶性を有するポリマーとして、甲1−1の開示及び上記技術常識に基いて、水溶性かつ生体内溶解性であるヒアルロン酸を採用し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。)に挿入された際に、固体マトリクスが自己溶解して薬物が送達されるものとすることは、当業者が容易になし得たものである。

(イ)相違点2Cについて判断する。
甲2−1には、微小穿孔器の作製に関して、マトリクス材料及び薬剤を含む液体溶液が、遠心分離力又は圧縮力により鋳型に充填され、乾燥後に鋳型から分離されることが記載されているから(摘記2d)、当該作製プロセスを考慮すれば、引用発明2における「ポリマー」及び「薬物」が、本件訂正発明13における「目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている」との構造を有するものではないことは明らかである。
そうすると、相違点2Cは実質的な相違点ではない。

(ウ)相違点3Cについて判断する。
甲2−1には、上記(イ)のとおり、微小穿孔器を作製する方法として、マトリクス材料及び薬剤を含む液体溶液を、鋳型に充填し、乾燥後に鋳型から分離する方法が記載されている(摘記2d)から、上記(ア)において説示したように、引用発明2において、微小穿孔器としての強度を有し、かつ、即時送達のための可溶性を有するポリマーとして、水溶性かつ生体内溶解性であるヒアルロン酸を採用して微小穿孔器を作製するに際し、その水溶性の性質を利用して、液体溶液を鋳型に充填して乾燥する上記作製方法を採用することは、当業者が適宜なし得ることである。
また、甲2−1に記載の上記作製方法では、乾燥工程において水分が除去されるに伴い、該液体溶液の濃度及び粘度が増大し、糊状物を経由することは明らかである(必要であれば、甲11の335頁右欄7〜12行)から、上記液体溶液(マトリクス材料および選択された薬剤を含む)を乾燥して得られた物は、ヒアルロン酸、薬物及び水を含む糊状物が乾燥した物であるといえる。

次に、「曳糸性」について検討する。
「曳糸性」とは、「高分子溶液・・・などの液体をたらしたり,中に棒を突っ込んで手早く引き上げるときに,液体が長い糸をひく性質」である(乙8’’)。
ここで、甲11の「3.絡み合った鎖の運動」における「高分子の濃度をあげてゆくと溶液中の高分子は複雑に絡み合うようになる.巨視的にみると高分子の絡み合いがはじまると,溶液の粘度は急激に増大し,分子量の大きなものでは10%程度で極めて粘ちゅうな液体となる.このような高分子液体の顕著な特徴は,弾性を示すことである.例えば,高分子液体の試料に力を加えて瞬間的に引き延ばしたとする.引き延ばした直後に力を緩めれば,試料は弾性体のように縮んでもとの形に戻る.一方,試料を引き延ばした後,長時間保持すれば,試料は延びきってしまい,元の形に戻らない.このように高分子の濃厚な溶液は,粘性と弾性を兼ね備えた液体であるから,粘弾性体と呼ばれている.」との記載を踏まえると、通常、高分子溶液の濃度が高くなると、高分子は複雑に絡み合い、粘度が上昇する(糊状になる)とともに、弾性も示すようになることは、技術常識であり、また、「曳糸性は、粘弾性液体に特徴的な現象と考えられ」(乙8)ていることから、このような高分子溶液は、曳糸性を示すといえるものである。
そして、粘弾性を示す高濃度の高分子溶液が曳糸性を示すということは、訂正が確定した明細書の【0075】における「基剤として使用可能な、タンパク質、多糖類、・・・は、いずれも、少量の水で溶解されると糊状になる『曳糸性を有する物質』である」(下線は当審合議体が付した)との記載や、乙9’’(高田寛治、「実験成績証明書」、株式会社バイオセレンタック、平成26年9月3日)の実証実験の結果とも符合するものである。
また、特に、ヒアルロン酸が曳糸性を有する生体由来の高分子であることは、本件優先日前に周知の事項である(要すれば、特開平9−71602号公報の【0002】の従来技術の項を参照。)。

そうすると、引用発明2におけるポリマーとしてヒアルロン酸を採用し、甲2−1における液体溶液(マトリクス材料および選択された薬剤を含む)を、鋳型で鋳造し、乾燥する方法で微小穿孔器を作製した際の、上記ヒアルロン酸、薬物及び水を含む糊状物が乾燥した物は、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」であるといえる。
したがって、引用発明2において、甲2−1及び甲1−1の開示並びに上記技術常識に基いて、微小穿孔器を、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」と特定することは、当業者が容易になし得たものである。

(エ)本件訂正発明13の効果について
訂正が確定した明細書中、基剤に用いる高分子物質としてヒアルロン酸を選択し、目的物質及び水とともに曳糸性を示す糊状物が乾燥した物としたことにより、予想外の効果が得られたと認められる記載はない。
したがって、本件訂正発明13の奏する効果は、甲2−1及び甲1−1に記載の技術的事項並びに技術常識に基いて、当業者が予測し得た範囲のものである。

(オ)よって、本件訂正発明13は、引用発明2、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)被請求人の主張について
令和2年11月16日提出の訂正請求書における被請求人の主張について、検討する。

ア ヒアルロン酸の強度について(上記相違点1Cの判断に対する反論)
(ア)被請求人の主張
甲1−1の実施例1(インシュリンから形成された薬)を追試したところ(乙9)、得られた薬剤は極めて脆く、強度は低いものであった。
甲1−1の薬は、第2図に示される非経口導入装置を使って皮膚を貫通して皮下層に投与されるものであり、薬を、内腔の壁で周囲を囲んだ状態で移動可能に保持し、プランジャーロッドによって加速して、皮膚に対して押し出すと、薬自体には大きな強度がなくても、薬を、皮膚を貫通させて皮下層に投与することが可能である。
これに対して、本件発明の経皮吸収製剤は、十分な強度を有し、保持用具を使用せずとも、先端部を皮膚に接触した状態で押圧して、折れたり潰れたりせず、皮膚に挿入される。
甲1−1には、非経口導入装置によって皮下に投与する薬剤について、構造的強度を有することが記載されているが、その薬剤の強度は、インシュリンから形成された薬剤が示す低い強度で足りる。甲1−1には、ヒアルロン酸のキャリアとしての強度がインシュリンよりも高い記載はないので、インシュリンと同等の強度が示唆される。
このように、甲1−1に示唆されている、非経口導入装置によって皮下に投与するヒアルロン酸のキャリアの強度は低いものである。それゆえ、甲1−1の、当該薬について、皮膚を貫通し皮下層に押し込まれ得る十分な構造的強度及び完全さを有していることの記載は、用途が相違し、より高い強度が要求される経皮吸収製剤の基剤にヒアルロン酸を使用する動機にはならない記載である。
従って、相違点1Cは、甲1−1及び甲2−1の記載から当業者が容易に想到しうる構成要件ではない。

(イ)上記被請求人の主張についての判断
被請求人の主張は、甲1−1の実施例1(インシュリンから形成された薬剤)の追試結果を提示し、その薬剤の強度が低いことを前提とするものである。
その追試の内容は、インスリン(シグマアルドリッチ社製)35mgと蒸留水35mgを加え混和して得られたペースト状の固形物を、透明アクリルケースの角を利用して加圧し、長さ約1.0cmの針状の棒に成形したところ、成形した針は脆く、乾燥の過程で数カ所で折れたというものである。
しかしながら、甲1−1の実施例1には、
・用いるインシュリンは、インシュリンヒト組換え体(IHR)とインシュリンウシ膵臓(IBP)であり、IHRは水溶性で、IBPは亜鉛インスリンで水に不溶性であること
・インスリンは乾燥固形物として送達でき、ボーラス注射用の通常の非経口製剤と同様に機能すること
・本発明の装置で必要とされる量は、直径0.45mmの長さ2mmの円柱状のものであること
は記載されているものの、追試の製造方法で製造したことは記載されていないし、また、甲1−1の実施例1と追試とでは、得られた薬剤の大きさも異なる。そして、そもそも、乾燥工程で折れるような製造方法による追試が実施例1の追試に当たらないことは明らかである。
そうしてみると、請求人の提出した乙9(実験成績証明書2)は、甲1−1の実施例1の追試とは認められない。
さらに、被請求人は、甲1−1における薬剤の構造的強度について、インシュリンから形成された薬剤が示す低い強度で足り、甲1−1には、ヒアルロン酸のキャリアとしての強度がインシュリンよりも高い記載はないので、インシュリンと同等の強度が示唆されると主張するが、かかる主張は、上記追試結果を前提とするものであるとともに、ヒアルロン酸のキャリアとしての強度について、推測を述べるものにすぎないものである。
よって、被請求人の上記主張は採用できない。

イ ヒアルロン酸の曳糸性について(相違点3Cの判断に対する反論)
(ア)被請求人の主張
曳糸性は、乙8’’に記載されている通り、「粘性率と弾性率とがある範囲の値をもち、その緩和時間が液体のひき伸ばされる時間とほぼ同程度のとき」に、発現する特性で、少なくとも、高分子物質の粘性、弾性、及び弾性の緩和時間がある条件を満たした場合に発現される特性といえるから、高分子物質の種類(化学構造)、又は高分子物質の粘度のみから、その高分子物質が曳糸性を示すかどうかを特定することはできない。高分子物質が曳糸性を示すことは、少量の水で溶解して糊状にすることで確認することができるが、実験をしてみなければわからない特性である。
乙10(実験成績証明書3)によれば、市販されているヒアルロン酸である、キューピー株式会社製「Hyabest(A)」(商品名)に少量の水を混合して曳糸性を示すかどうか実験したところ、曳糸性を示さないことが確認され、また、このヒアルロン酸から形成された棒状の針は、十分な強度を示さないことが確認された。
これに対し、本件発明の経皮吸収製剤では、曳糸性を示す高分子物質を選択し、その濃厚水溶液(即ち、糊状物)を成形し、乾燥することで、皮膚に押圧されたときに角質層を貫通する物理的強度を実現するものである(令和2年11月16日付け訂正請求書、第8頁、第10〜20行、本件明細書及び乙9’’)。
つまり、ヒアルロン酸及び水を含む糊状物が、必ず「曳糸性を示す」という物性を有するとはいえない。また、甲1−1及び甲2−1には、高分子物質の曳糸性に関する記載はなく、高分子物質の曳糸性と溶解性マイクロニードルの強度との関係は従来から知られていない。
仮に、引用発明2の微小穿孔器を、甲1−1に記載されているヒアルロン酸を使用して、甲2−1における液体溶液から鋳造して作製したとしても、微小穿孔器又は経皮吸収製剤に要求される強度の実現を目的とした場合に、甲1−1及び甲2−1の記載から、経皮吸収製剤を、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」と特定することは不可能である。
従って、相違点3Cは、甲1−1及び甲2−1の記載から当業者が容易に想到しうる構成要件ではない。

(イ)被請求人の主張についての判断
被請求人は、乙8’’を根拠に、曳糸性は、「粘性率と弾性率とがある範囲の値をもち,その緩和時間が液体のひき伸ばされる時間とほぼ同程度のとき」に発現する特性と主張するが、乙8’’には、「粘性率と弾性率とがある範囲の値をもち,その緩和時間が液体のひき伸ばされる時間とほぼ同程度のとき,顕著に糸をひく」と記載されており、「粘性率と弾性率とがある範囲の値をもち,その緩和時間が液体のひき伸ばされる時間とほぼ同程度のとき」にしか、曳糸性が生じないとしているわけではないので、誤りである。
また、被請求人は、高分子物質が曳糸性を示すことは、実験をしてみなければわからない特性であること、乙10によれば、市販されているヒアルロン酸である、キューピー株式会社製「Hyabest(A)」(商品名)は曳糸性を示さないことが確認されたことから、ヒアルロン酸及び水を含む糊状物が、必ず「曳糸性を示す」という物性を有するとはいえない旨主張している。
しかしながら、上記(3)ウ(ウ)で説示したとおり、通常、高分子溶液の濃度が高くなると、高分子は複雑に絡み合い、粘度が上昇する(糊状になる)とともに、弾性も示すようになって、曳糸性を示すことは、技術常識であり、また、ヒアルロン酸が曳糸性を有する生体由来の高分子であることは、本件優先日前に周知の事項である(要すれば、特開平9−71602号公報の【0002】の従来技術の項を参照。)。
また、乙10の実験に供されたキューピー株式会社製「Hyabest(A)」(商品名)は、食品用ヒアルロン酸として開発された、平均分子量約2,000にまで低分子化したヒアルロン酸であって、今までにないほど分子量が小さいため、これまでのヒアルロン酸(生体内のヒアルロン酸の分子量は通常約100万(甲8))とは物性が全く異なるものである(この製品に関するキューピー株式会社のウエブサイトを参照。https://www.kewpie.com/en/finechemical/hyaluronic/hyabest-a.html、https://www.kewpie.com/en/finechemical/story/hyabest-a/)。したがって、この「Hyabest(A)」(商品名)が、甲1−1においてキャリアとして記載されるヒアルロン酸に含まれることが想定されるものでないことは明らかである。
そうしてみると、ヒアルロン酸及び水を含む糊状物が必ず「曳糸性を示す」という物性を有するとはいえないとの被請求人の主張は、その前提を欠くものである。

また、被請求人は、甲1−1及び甲2−1には、高分子物質の曳糸性に関する記載はなく、高分子物質の曳糸性と溶解性マイクロニードルの強度との関係は従来から知られておらず、仮に、引用発明2の微小穿孔器を、甲1−1に記載されているヒアルロン酸を使用して、甲2−1における液体溶液から鋳造して作製したとしても、微小穿孔器又は経皮吸収製剤に要求される強度の実現を目的とした場合に、甲1−1及び甲2−1の記載から、経皮吸収製剤を、「基剤、目的物質及び水を含む曳糸性を示す糊状物が乾燥した物」と特定することは不可能である旨主張する。
しかしながら、甲1−1及び甲2−1に、高分子物質の曳糸性に関する記載がなく、高分子物質の曳糸性と溶解性マイクロニードルの強度との関係が知られていないものであったとしても、上記(3)ウ(ウ)で説示したとおり、引用発明2におけるポリマーとしてヒアルロン酸を採用し、甲2−1における液体溶液(マトリクス材料および選択された薬剤を含む)を、鋳型で鋳造し、乾燥する方法で微小穿孔器を作製した際には、乾燥工程のいずれかのタイミングで、ヒアルロン酸、薬物及び水を含む組成物は、糊状物となり、また曳糸性を示すと考えられるから、上記主張は採用できない。

ウ 効果について
(ア)被請求人の主張
本件訂正発明13の経皮吸収製剤は、角質層に覆われた皮膚に挿入することが可能な強度の経皮吸収製剤を提供するものである。
一方、甲2−1は微小穿孔器(経皮吸収製剤)の強度の課題について、抽象的に言及しているが、強度の課題を解決する具体的手段について、全く示唆がない。甲2−1では、微小穿孔器のための適切なマトリクス材料として例示されたいずれのポリマーについても、微小穿孔器の製造例、使用例が記載されておらず、微小穿孔器に必要な、角質層に覆われた皮膚に挿入することが可能な強度が具体的に示されていない。
前述の通り、甲1−1に記載されている非経口導入装置によって皮下に投与する薬の強度はインシュリンの薬剤が達成する水準で足り、経皮吸収製剤よりも低い強度に過ぎない。
乙11として提出する実験成績証明書4は、甲2−1、甲1−1に開示されている高分子物質を用いて、溶解性マイクロニードルを調製した実験の結果を示している。
甲2−1に関して総括すると、開示されている代表的な37種類の高分子物質のうちで、溶解性マイクロニードルを調製することができたものは11種類であり、残りの26種類の高分子物質は、溶解性マイクロニードルを調製することができなかった。
甲1−1に関して総括すると、開示されている代表的な10種類の高分子物質のうちで、溶解性マイクロニードルを調製することができたものは4種類であり、残りの6種類の高分子物質は、溶解性マイクロニードルを調製することができなかった。
つまり、甲2−1、甲1−1に記載の溶解性マイクロニードルには、強度が不十分なものが半数以上も含まれており、甲2−1、甲1−1の記載に、技術的思想である発明として、強度が適切な溶解性マイクロニードルの発明が記載されているとは認められない。
従って、本件訂正発明6が達成する、角質層に覆われた皮膚に挿入することが可能な強度の経皮吸収製剤を提供するという効果は、甲1−1及び甲2−1の記載から、当業者が予測することができない顕著なものである。

(イ)被請求人の主張についての判断
被請求人は、以下の点を根拠に、本件訂正発明が達成する、角質層に覆われた皮膚に挿入することが可能な強度の経皮吸収製剤を提供するという効果は、甲1−1及び甲2−1の記載から、当業者が予測することができない顕著なものである旨主張する。
a 甲2−1は微小穿孔器(経皮吸収製剤)の強度の課題について、抽象的に言及しているが、強度の課題を解決する具体的手段について、全く示唆がない。甲2−1では、微小穿孔器のための適切なマトリクス材料として例示されたいずれのポリマーについても、微小穿孔器の製造例、使用例が記載されておらず、微小穿孔器に必要な、角質層に覆われた皮膚に挿入することが可能な強度が具体的に示されていない。
b 前述の通り、甲1−1に記載されている非経口導入装置によって皮下に投与する薬の強度はインシュリンの薬剤が達成する水準で足り、経皮吸収製剤よりも低い強度に過ぎない。
c 乙11として、甲2−1、甲1−1に開示されている高分子物質を用いて、溶解性マイクロニードルを調製した実験の結果を提出し、これらの文献に開示される高分子物質のうち、溶解性マイクロニードルを調製できたものは一部にとどまる。甲2−1、甲1−1の記載に、技術的思想である発明として、強度が適切な溶解性マイクロニードルの発明が記載されているとは認められない。

上記bについては、上記アで説示したとおり、甲1−1の実施例1の追試とは認められない実験結果に基づく主張であるとともに、この実験結果を前提とした被請求人の推論を述べるものにすぎないから、採用できない。
上記cについては、乙11の実験結果が被請求人の選択した特定の高分子商品を用いたものであり、それをもって甲2−1、甲1−1に開示されている高分子物質の使用可能性が否定されることにはならず、採用できない。
また、甲2−1には、本件訂正発明の経皮吸収製剤に相当する「微小穿孔器」として、迅速に溶解し、角質層を貫通するように十分強い限り、任意の生体適合性材料が使用できることが記載されており(上記(1)イ(2d))、甲2−1に特定のポリマーを用いた実施例等の具体的開示がないとしても、本件訂正発明の効果が予測できないものとはいえないから、上記aについても、採用できない。

よって、上記a〜cを根拠にした、本件訂正発明の効果は顕著なものである旨の主張は採用できない

(5)まとめ
よって、本件訂正発明13は、甲2−1に記載された発明、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
したがって、本件訂正発明13についての訂正は、特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定に適合しない。

5 むすび
本件訂正前の請求項1〜17及び19について、請求項2〜17及び19は、請求項1を直接又は間接的に引用しているもので、訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、請求項1〜17及び19は一群の請求項である。
そして、上記4において検討したように、本件訂正発明13は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく、請求項13についての訂正が認められないから、他の請求項に係る発明の独立特許要件について検討するまでもなく、請求項1〜17及び19からなる一群の請求項についての訂正及びこの訂正に関連した明細書の記載についての訂正は、一体的に認められない。

第5 本件特許発明
上記第4で説示したとおり、本件訂正は認められないから、本件無効審判の審理の対象となる発明は、平成30年4月13日付けでなされた訂正請求による訂正が確定した、本件訂正前における特許請求の範囲の請求項1〜17及び19に係る発明のうち、特許無効審判の請求がされた請求項1及び19に係る発明(以下、「本件特許発明1」及び「本件特許発明19」という)である。そして、その特許請求の範囲の記載は、上記第3の2に摘示したとおりであるが、以下、再掲する。

「【請求項1】
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、
前記高分子物質は、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であり、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤(但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)。」

「【請求項19】
シート状の支持体の片面に請求項1〜17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され、皮膚に押し当てられることにより前記経皮吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート。」

第6 証拠に記載された事項
1 甲1−1の記載事項
上記第4の4(1)アにおいて摘示したとおりである。

2 甲2−1の記載事項
上記第4の4(1)イにおいて摘示したとおりである。

3 甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。

(3a)「技術分野
[0001]本発明は、ランセットおよび注射針などの医療用針、ならびにこれを用いた医療用デバイスに関し、とりわけ生体適合性材料からなる医療用針ならびにこれを用いた医療用デバイスに関する。
背景技術
[0002]通常、治療などの目的で皮下注射を行うとき、患者の適当な皮膚または筋肉に注射針を突き刺して、薬剤が注射針を介して体内に注入される。同様に、例えば、糖尿病患者の血糖値を定期的に測定するために、ランセットを適当な身体部分(例えば、指先)に穿刺して、微量の血液が採取される。このように、注射針またはランセットを体内に突き刺す際、患者は、相当の痛みまたは不快感を感じ、穿刺された部位における細胞が広範な領域に亙って損傷を受けることがある。したがって、患者に与える痛み(不快感)をできるだけ抑え、侵襲性のより低い注射針およびランセットが強く要望されている。
・・・
[0006]したがって、本発明の1つの態様は、患者に与える痛み(負担)が極力小さい低侵襲性医療用針を提供することを目的とする。」

(3b)「[0045]本発明のランセット1は、一般には、高分子ポリマ、生体高分子、蛋白質、および生体適合性無機材料を含む任意の生体適合性材料により構成される。
・・・
[0047]また、生体高分子としては、例えば、セルロース、でんぷん、キチン・キトサン、寒天、カラギーナン、アルギン酸、アガロース、ブルラン、マンナン、カードラン、キサンタンガム、ジェランガム、ペクチン、キシログルカン、グアーガム、リグニン、オリゴ糖、ヒアルロン酸、シゾフィラン、レンチナンなどが含まれ、蛋白質としてはコラーゲン、ゼラチン、ケラチン、フィブロイン、にかわ、セリシン、植物性蛋白質、牛乳蛋白質、ラン蛋白質、合成蛋白質、ヘパリン、核酸が含まれ、糖、あめ、ブドウ糖、麦芽糖、ショ糖およびこれらのポリマーアロイを用いることもできる。
・・・
[0049]ただし好適には、本発明のランセット1は、例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、コラーゲン、でんぷん、ヒアルロン酸、アルギン酸、キチン、キトサン、セルロース、ゼラチンなどを含む生分解性ポリマ、およびこれらの化合物からなる生分解性材料を用いて形成される。
[0050]一般に、使用済の注射針およびランセットは、さまざまな感染症を防止するために再利用されることはなく、使用後、直ちに破棄され、しかも可燃物ごみとしてではなく、産業廃棄物として埋め立て処理されることが多い。しかし、ポリ乳酸などの生分解性材料を用いて形成されたランセット1が埋め立て処理されると、好適にも、土中の微生物により水と二酸化炭素に分解される。すなわち、生分解性材料を用いて本発明のランセット1を形成すると、他の生体適合性材料を用いて形成した場合よりも環境に優しいだけでなく、ランセットの一部が欠損して、体内に残留した場合であっても、同様に体内において容易に生分解されるので、極めて安全であるランセットを実現することができる。」

(3c)「[0057]このように構成されたランセット1は、体内の細胞組織(皮膚または筋肉内)に侵入する時、図1および図3に示すように、第1の拡大領域(細胞切開領域)10の先端部11を支点として、四角錐を構成する3つの辺(稜線)15a,15b,16が周辺細胞を切開し、第1の拡大領域10の底面14および一対の側面17a,17bが切開されない細胞を押し広げるようにして、細胞組織内に侵入する。このとき、底面14および一対の側面17a,17bと周辺細胞との間に生じる摩擦力は非常に大きく、ランセット1の体内侵入に伴い、周辺細胞は、摩擦力により深部に向かって強く引き込まれ得る。
[0058]しかしながら、本発明のランセット1は、第1の拡大領域10が体内に侵入した後、さらに体内に進むと、縮小領域(摩擦力緩和領域)20における断面積が小さくなるので、縮小領域20と周辺組織との間に生じる摩擦力は実質的に低減され、周辺細胞は、自らの弾性により元の正常位置に復帰する。したがって、第1の拡大領域10に引っ張られていた周辺細胞が、元の位置に戻り、これに加えられる物理的なストレスが解消される。このように、ランセット1が四角錐の第2対角線の長さの半分(L2/2)だけ進むと、深部に向かって強く引き込まれていた周辺細胞は、摩擦力から解放され、引きちぎられることなく正常位置に戻るので、患者に与える痛みを実質的に低減し、広範囲に亙る周辺細胞の回復し難い損傷を与えることを防止できる。」

(3d)「[0081](変形例2)
図14および図15を参照しながら、実施形態1ないし3の変形例2のランセットについて詳細に以下説明する。変形例2のランセットは、薬剤を収容するための複数の縦孔と、縦孔を封止する封止部とをさらに有する点を除き、実施形態1のランセット1と同様の構成を有するので、重複する点については説明を省略する。
[0082]変形例2のランセット102は、図14に示すように、薬剤を収容するためのZ方向に延びる複数の縦孔91a〜91dと、これを封止するための生分解性材料からなる封止部92とをさらに有する。この縦孔91a〜91dに薬剤を含む微小粒体または流体(図示せず)を充填した後、縦孔91a〜91dから逸脱しないようにこれを封止部92で封止する。
[0083]こうして形成されたランセット102を体内に穿刺して留置しておくと、とりわけ封止部92を構成する生分解性材料が徐々に分解され、縦孔91a〜91dに収容された薬剤を含む微小粒体または粒体を徐放させることができる。・・・。」

第7 当審の判断
当審は、無効理由1によっては本件特許発明1についての特許を無効にすることはできないと判断し、無効理由2−1及び無効理由2−2によって本件特許発明1及び本件特許発明19についての特許は無効にすべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

パリ条約に基づく優先権主張の効果について
本件特許発明1及び本件特許発明19は、「経皮吸収製剤」の「高分子物質からなる基剤」の「高分子物質」の選択肢として、「ヒアルロン酸」を有する発明である。
しかしながら、本件特許の優先権主張の基礎出願1(特願2005−023276、出願日:2005年1月31日)には、製剤の基剤として、血清アルブミン等を用いることが記載されるのみで、ヒアルロン酸を用いることは記載されておらず、ヒアルロン酸自体に関する記載も全くない。
そうすると、本件特許発明1及び本件特許発明19において「高分子物質からなる基剤」の「高分子物質」として「ヒアルロン酸」を選択した発明は、基礎出願1の出願書類に記載されていたとはいえない。

したがって、本件特許発明1及び本件特許発明19において「高分子物質」として「ヒアルロン酸」を選択した発明については基礎出願1に基づくパリ条約による優先権の主張の利益を享受できるものではない。
ここで、甲3(国際公開日:2005年6月30日)は、基礎出願1の出願日後であるが、基礎出願2(特願2005−296691、出願日:2005年10月11日)の出願日前に頒布された刊行物である。

2 無効理由1について
(1)引用発明1
ア 甲1−1には、以下の事項が記載されている。
薬学的活性組成物の皮下投与等において、患者に苦痛を与える針を使用することなく、また、多量の液体を注射することなく、固体形態の薬を直接皮下層に押し込む装置について記載されている(摘記1a〜1c)。
そして、上記装置について、爪楊枝の尖った端部の形状に作成された薬を上記装置の主胴体の内腔中に収容し、上記装置が患者の皮膚に接触して(摘記1dの第3図)配置され、内腔の端部から挿入されたプランジャーロッドが、主胴体の一方の端部より突出しないように主胴体の内腔の長さだけ移動し、薬を患者の皮膚を通して皮下層に押し込むことが記載されている(摘記1a、1d、1e)。また、上記装置の内腔の内径は、薬の直径よりも約5〜10%大きいことも記載されている(摘記1e)。
一方、上記薬については、皮膚を貫通し皮下層に押し込まれ得る十分な構造的強度及び完全さを有していることが記載されている(摘記1a、1c、1e)。そして、熱溶融法等による調製において薬の活性成分とキャリアとが混合されること(摘記1e)、活性成分の即時送達用の水溶性キャリアの例としてヒアルロン酸(摘記1f)が記載されている。
また、上記薬の投与方法として、皮膚と接触させて皮膚に対して薬を押し込み患者の皮膚を貫通させる方法が記載されている(摘記1a)。

イ これら甲1−1の記載を総合すると、甲1−1には以下の発明(以下「引用発明1」という)が記載されていると認められる。

「活性成分とヒアルロン酸などの水溶性キャリアとが混合された薬であり、皮膚を貫通して皮下層に押し込まれて活性成分を送達するものであって、爪楊枝の尖った端部の形状を有し、皮膚と接触させて皮膚に対して押し込まれ皮膚を貫通させられる、皮下投与される薬。」

(2)本件特許発明1と引用発明1との対比
引用発明1における「薬」、「水溶性キャリア」及び「活性成分」は、本件特許発明1における「製剤」、「基剤」及び「目的物質」に相当する。
引用発明1の「活性成分とヒアルロン酸などの水溶性キャリアとが混合された薬」は、水溶性キャリアに活性成分が保持されているといえるから、本件特許発明1の「基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有」する「製剤」に相当する。
引用発明1における「爪楊枝の尖った端部の形状」は、本件特許発明1における「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状」に相当する。
引用発明1における「薬」が「皮膚と接触させて皮膚に対して押し込まれ」ることは、本件特許発明1における「前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されること」に相当する。
そうすると、両者は以下の点で一致し、以下の点で一応相違する。

<一致点>
「基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有する、製剤であって、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧される、製剤。」

<相違点1>
本件特許発明1は、「皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤」であり、また、先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより「皮膚に挿入される」と特定されるのに対し、引用発明1は、「皮膚を貫通して皮下層に押し込まれて活性成分を送達する」「皮下投与される薬」であり、また、皮膚と接触させて皮膚に対して押し込まれ「皮膚を貫通させられる」と特定される点。

<相違点2>
本件特許発明1は、基剤が、「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からな」り、「前記高分子物質は、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であ」るのに対し、引用発明1では、ヒアルロン酸などの水溶性キャリアである点。

<相違点3>
本件特許発明1は、経皮吸収製剤から、「但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く」ものであるのに対し、引用発明1は、かかる点について特定されていない点。

(3)判断
ア 相違点1について判断する。
本件特許発明1は、表皮及び真皮から成る皮膚内に挿入されるものであり、そのことにより目的物質を表皮及び真皮から成る皮膚から吸収させる「経皮吸収製剤」である一方、引用発明1は、皮膚を貫通して皮下層に押し込まれ活性成分を送達する「皮下投与される薬」であるから、相違点1において、両発明は実質的に相違しているといえる。

イ そうすると、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−1に記載された発明であるとはいえない。

ウ 請求人の主張について
請求人は、甲1−1の「発明の概要」の「固体薬物は、この固体薬物を位置づけるのに必要な程度まで皮膚に進入するプランジャーによって、患者、例えば、人または動物の皮膚を通して直接投与される。」との記載を根拠として、引用発明1では、「皮下」投与ばかりではなく、固体薬物を皮膚の任意の位置に位置付けることも考慮されている、と主張している(令和2年2月27日提出の弁駁書5頁22行〜6頁1行)。
しかしながら、甲1−1には、「本発明」は、「特に、薬学的活性組成物の筋肉内投与または皮下投与を行う装置に関する」ものであると記載され(摘記1b)、「固体薬物は、この固体薬物を位置づけるのに必要な程度まで皮膚に進入するプランジャーによって、患者、・・・の皮膚を通して直接投与される。・・・薬は、本発明の非経口導入装置により投与されたときに、皮膚を通って、皮下層中に貫通できるような十分な構造的強度を有している。」(摘記1c)と記載されているのであるから、上記請求人の主張における「固体薬物を位置づけるのに必要な程度」とは、あくまでも皮下層の中のいずれかの位置に位置付けることを意図しているのであって、「表皮又は真皮」に位置付けることも含むとは理解できない。
したがって、上記主張は採用できない。

(4)小括
以上によれば、本件特許発明1は、甲1−1に記載された発明であるとはいえず、本件特許発明1についての特許は無効理由1によって無効とすることはできない。

3 無効理由2−1について
(1)引用発明2及び引用発明2’
ア 上記第4の4(1)イの記載事項によれば、甲2−1には、上記第4の4(2)アで説示したとおりの内容が記載されている。

イ これらの甲2−1の記載を総合すると、甲2−1には、以下の発明(以下「引用発明2」という)が記載されていると認められる。この引用発明2は、上記第4の4(2)イにおいて認定した「引用発明2」と同じである。

「薬物を保持する、固体マトリクスの可溶性(溶融性および生分解性を含む)のポリマーを含み、皮膚の穿孔のために、末端が尖らせてあるか鋭利にされているミクロ針である微小穿孔器であって、表皮又は真皮に向けて角質層を貫通して微小穿孔器が溶解することにより皮膚を介して薬物送達がされ、皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される、微小穿孔器。」

また、甲2−1には、以下の発明(以下「引用発明2’」という)が記載されていると認められる。

「基部層及び微小穿孔器のアレイを備えるパッチであって、
前記微小穿孔器は、
薬物を保持する、固体マトリクスの可溶性(溶融性および生分解性を含む)のポリマーを含み、皮膚の穿孔のために、末端が尖らせてあるか鋭利にされているミクロ針であり、表皮又は真皮に向けて角質層を貫通し微小穿孔器が溶解することにより皮膚を介して薬物送達がされ、皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される、
パッチ。」

(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と引用発明2とを対比する。

(ア)引用発明2における「ポリマー」に「保持」される「薬物」は、本件特許発明1における「該基剤に保持された目的物質」に相当する。

(イ)引用発明2において、「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通」することは、本件特許発明1において、「皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されること」に相当する。そうすると、引用発明2の「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通して微小穿孔器が溶解することにより皮膚を介して薬物送達がされ」る「微小穿孔器」は、本件特許発明1の「皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤」に相当する。

(ウ)引用発明2における「皮膚の穿孔のために、末端が尖らせてあるか鋭利にされているミクロ針である微小穿孔器」は、本件特許発明1における「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有する」「経皮吸収製剤」に相当する。

(エ)引用発明2における「皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される、微小穿孔器」は、本件特許発明1における「前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤」に相当する。

(オ)そうすると、両者は以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点>
「高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤。」

<相違点1>
本件特許発明1は、高分子物質が、「水溶性かつ生体内溶解性」であり、「コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であ」るのに対し、引用発明2は、「ポリマー」について、「可溶性(溶融性および生分解性を含む)」とされている点。

<相違点2>
本件特許発明1は、経皮吸収製剤から、「但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く」ものであるのに対し、引用発明2には、そのような特定がされていない点。

イ 判断
(ア)相違点1について判断する。
甲3には、以下の事項が記載されている。
ランセット及び注射針などの医療用針に関して、患者に与える痛み(負担)が極力小さい低侵襲性医療用針を提供することを目的として、第1の拡大領域(細胞切開領域)10及び縮小領域(摩擦力緩和領域)20を有する医療用針が記載されている(摘記3a、3c)。
上記ランセットの材料については、一般に、高分子ポリマ、生体高分子、蛋白質、および生体適合性無機材料を含む任意の生体適合性材料により構成されること、生体高分子として、例えば、セルロース、キチン・キトサン、アルギン酸、ブルラン(当審注:「プルラン」の誤記であると認められる)、ヒアルロン酸など、蛋白質としてはゼラチンなど、好適には、例えば、ヒアルロン酸、アルギン酸、キチン、キトサン、ゼラチンなどを含む生分解性ポリマ、およびこれらの化合物からなる生分解性材料(摘記3b)が記載されている。

上記記載によれば、甲3の医療用針と、引用発明2のミクロ針である微小穿孔器とは、皮膚を貫通する強度を有する針という点で技術分野が共通していると認められる。
そして、甲3においてはヒアルロン酸は生分解性ポリマとして記載されるものの、ヒアルロン酸が、生体内において、タンパク質とともに粘稠な溶液やゲルを作って細胞間質として組織構造の維持や、関節では潤滑作用を営む物質であり、ヒアルロン酸が水溶性かつ生体内溶解性であることが技術常識であること(例えば、甲8の「ヒアルロン酸」の項、甲10の【0004】の記載を参照)に基づけば、甲3に記載のヒアルロン酸が、生分解性のみならず水溶性かつ生体内溶解性の性質も併せ持つことは、当業者が理解するところである。そうすると、甲3に記載の医療用針の材料としてのヒアルロン酸と、微小穿孔器である引用発明2における皮膚内で溶解する可溶性のポリマーの材料とには、共通の性質があるといえる。

そうしてみると、引用発明2において、微小穿孔器としての強度を有し、かつ、可溶性を有するポリマー材料として、上記技術常識を踏まえて、甲3に医療用針として用いられることが記載されるヒアルロン酸を採用することは、当業者が容易になし得たものである。

(イ)相違点2について判断する。
甲2−1には、微小穿孔器の作製に関して、マトリクス材料及び薬剤を含む液体溶液が、遠心分離力又は圧縮力により鋳型に充填され、乾燥後に鋳型から分離されることが記載されているから(摘記2d)、当該作製プロセスを考慮すれば、引用発明2における「ポリマー」及び「薬物」が、本件特許発明1における「目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている」との構造を有するものではないことは明らかである。
そうすると、相違点2は実質的な相違点ではない。

(ウ)本件特許発明1の効果について
本件特許明細書中、基剤としてヒアルロン酸を選択したことにより、予想外の効果が得られたと認められる記載はない。したがって、本件特許発明1の奏する効果は、甲2−1及び甲3に記載の技術的事項及び技術常識に基いて、当業者が予測し得た範囲のものである。

(エ)被請求人の主張について
a 被請求人は、「甲第2号証の微小穿孔器における強度の課題が、ヒアルロン酸を基剤材料とすることによって解決できるかどうかは、当業者にとっては、実験をして確認しなければとても理解できることではない」、と主張している(平成25年10月21日提出の審判事件答弁書9頁25〜27行)。
しかしながら、甲3において、医療用針に用いられ得る材料としてヒアルロン酸が記載されていることから、引用発明2において、皮膚の穿孔のために尖らせてあるか鋭利にされている微小穿孔器のポリマーとしてヒアルロン酸を採用した際に、微小穿孔器が角質層を貫通するのに十分な強度を有し壊れないとの効果を奏することは、当業者が予測し得た範囲のものである。
よって、上記主張は採用できない。

b 被請求人は、甲5を根拠としても甲2の微小穿孔器が皮膚に挿入可能であるとはいえないと主張している(平成26年5月28日提出の口頭審理陳述要領書2頁4行〜3頁23行、平成25年10月21日提出の審判事件答弁書7頁12〜14行)。
しかしながら、甲2−1には、微小穿孔器の末端が皮膚の穿孔のために尖らせてあるか鋭利にされること、微小穿孔器は角質層を貫通するのに十分な強度を有し壊れないものであることが記載されている(摘記2c)こと、甲5に具体的に示されるカルボキシメチルセルロースナトリウムを用いた実験例の結果から、引用発明2における微小穿孔器を、「表皮又は真皮に向けて角質層を貫通し」、また、「指による圧力によって皮膚内に駆動される」ように使用することができるといえる。
よって、上記主張は採用できない。

c 被請求人は、甲2−1の微小穿孔器の課題は、皮膚(表皮・真皮)内で迅速に溶解する基剤を開発するという化学的課題であるのに対し、甲3のランセットの課題は、体内への挿入時における患者の痛みを軽減するために、身体に刺す際に、体内の細胞組織との接触面積が大きくならず、摩擦力による物理的ストレスが軽減されるように、ランセットの表面形状を工夫するという機械的課題であるから、甲2−1と甲3とは技術的に無関係であり、課題の解決手段を相互に転用することはできないから、機械的な技術的課題を解決する甲3の技術を、化学的な技術的課題を解決する、経皮吸収製剤に関する甲2−1の微小穿孔器に適用することは、当業者が通常行うことではない旨を主張している(令和2年4月21日提出の答弁書6頁下から2行〜10頁9行)。
しかしながら、上記(ア)において説示したように、甲3の医療用針と引用発明2のミクロ針である微小穿孔器とは、技術分野が共通しているといえ、また、甲3に記載の医療用針の材料としてのヒアルロン酸と、微小穿孔器である引用発明2における皮膚内で溶解する可溶性のポリマーの材料とには、共通の性質があるといえるから、引用発明2における微小穿孔器のポリマー材料として、甲3に記載されるヒアルロン酸を採用することは、当業者が容易になし得たものである。

d 被請求人は、ヒアルロン酸が生体内溶解性であることが医薬分野では技術常識であること及び生分解性と溶解が区別される現象であることに基づいて、ヒアルロン酸を使用してランセットを作っても、生体内溶解性であり、血管まで穿刺して体表に出血させる等の正常な機能を奏し得ないことは当業者であれば当然に理解するから、甲3の医療用針に用いる生分解性ポリマーとしてヒアルロン酸が記載されていることは、誤記であることは明らかである旨を主張し、このような明らかな誤記に基づいて判断することは、不合理である旨を主張している(令和2年6月16日提出の回答書1頁下から7行〜3頁1行、3頁9〜26行、令和2年4月21日提出の答弁書の10頁10行〜11頁19行)。
しかしながら、ヒアルロン酸が生体内溶解性であるとしても、甲3におけるランセットや注射針などの医療用針の用途に使用できないほどヒアルロン酸からなる医療用針が速く溶解することを認めるに足りる証拠はないから、甲3の医療用針に用いる生分解性ポリマーとしてヒアルロン酸が記載されていることが、誤記であることが明らかであるとまで認めることはできない。
よって、上記主張は採用できない。

e 被請求人は、甲3の医療用針は、生分解性材料を用いると、体内に残留した場合であっても徐々に生分解されるので安全なランセットを実現できるものであり、ヒアルロン酸は、甲3において生分解性材料の一例として記載されているところ、甲3には、ヒアルロン酸について生体内溶解性であり、生体内でも特に体液が少ない皮膚(表皮・真皮)内で迅速に溶解する性質の記載はないから、皮膚(表皮・真皮)内で迅速に溶解し、そして角質層を貫通するように十分強い甲2−1記載の微小穿孔器の基剤として、甲3記載のランセットを形成するヒアルロン酸を採用することは当業者にとって容易ではない旨を主張している(令和2年4月21日提出の答弁書の10頁10行〜11頁19行)。
上記(ア)において説示したように、ヒアルロン酸が水溶性かつ生体内溶解性であることが技術常識であることに基づけば、甲3に記載のヒアルロン酸が、生分解性のみならず水溶性かつ生体内溶解性の性質も併せ持ち、皮膚(表皮・真皮)内においても溶解することは、当業者が理解するところであるから、引用発明2における微小穿孔器のポリマー材料として甲3に記載のヒアルロン酸を採用するのは容易といえる。
よって、上記主張は採用できない。

f 被請求人は、甲3には、医療用針の製造方法として、唯一、ファナック社製の超精密ナノ加工機を用いて製造することが記載されているが、粉体状であるヒアルロン酸を原料として使用して、細長く、複雑な表面形状の針を製造する方法は記載されておらず、また、そのような針を製造するための一般的な方法は思いつくことができない、さらに、甲3には、粉体状の原料から医療用針を製造した具体例も存在しないことを主張している(令和2年6月16日提出の回答書の2頁17〜25行)。
しかしながら、上記主張は、医療用針の成形時においてもヒアルロン酸が粉体状であることを前提とするものであって、甲3において、粉体を溶融させる等して成形することが排除されている記載もないから、甲3の医療用針の材料としてのヒアルロン酸が、技術的に何も裏付けられていない記載であるとまでいうことはできない。
よって、上記主張は採用できない。

(オ)よって、本件特許発明1は、引用発明2、甲3の記載及び技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件特許発明19について
ア 対比
本件特許発明19のうち請求項1を引用する請求項19に係る発明と、引用発明2’とを、上記(2)アにおける対比を踏まえて対比する。
上記(2)ア(エ)の説示を踏まえると、引用発明2’における「皮膚に隣接して配置され、指による圧力によって皮膚内に駆動される」、「微小穿孔器」は、本件特許発明19における「皮膚に押し当てられることにより」「皮膚に挿入される」「経皮吸収製剤」に相当する。
また、引用発明2’における「基部層及び微小穿孔器のアレイを備えるパッチ」は、本件特許発明19における「経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され、皮膚に押し当てられることにより前記経皮吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート」に相当する。
そうすると、両者は以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点>
「経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され、皮膚に押し当てられることにより前記経皮吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シートであって、
前記経皮吸収製剤が、
生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させるものであって、
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、
経皮吸収製剤保持シート。」

<相違点1’>
本件特許発明19は、高分子物質が、「水溶性かつ生体内溶解性」であり、「コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヒアルロン酸、グリコーゲン、デキストラン、プルラン、血清アルブミン、血清α酸性糖タンパク質、及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し、デキストランのみからなる物質は除く)であ」るのに対し、引用発明2’は、「ポリマー」について、「可溶性(溶融性および生分解性を含む)」とされている点。

<相違点2’>
本件特許発明19は、経皮吸収製剤から、「但し、目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか、あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く」ものであるのに対し、引用発明2’には、そのような特定がされていない点。

<相違点3’>
本件特許発明19は、経皮吸収製剤が「シート状の支持体の片面に」保持されているのに対し、引用発明2’は、かかる点について特定されていない点。

イ 判断
相違点1’〜2’については、上記(2)イ(ア)〜(イ)において相違点1〜2について説示した理由と同様の理由により、甲2−1、甲3及び技術常識に基づき、当業者が容易に想到し得たものである。
相違点3’については、甲2−1の摘記(2d)のパッチについての記載に基づくと、当該パッチはシート状の形態をとることが示唆されているといえるから、引用発明2’の基部層をシート状の支持体として、その片面に微小穿孔器のアレイを保持することは、当業者が容易になし得たものである。

また、本件特許発明19の奏する効果も、上記(2)イ(ウ)において説示したように、当業者が予測し得た範囲のものである。
よって、本件特許発明19は、引用発明2’、甲3の記載及び技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)小括
以上によれば、本件特許発明1及び本件特許発明19についての特許は、無効理由2−1によって無効とすべきものである。

4 無効理由2−2について
(1)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と引用発明2とを対比すると、上記3(2)アにおける説示と同様の点で一致及び相違する。

イ 判断
(ア)上記第4の4(3)において、引用発明2、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から、当業者が容易に発明をすることができたものであると判断された本件訂正発明13は、本件特許発明1の発明特定事項をさらに限定したものであるから、本件特許発明1も、引用発明2、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。

(イ)被請求人の主張について
a 被請求人は、甲1−1に記載された非経口導入装置を使用して、針状の薬を胴体部分の内腔に保持し、皮膚に対して押し出す場合には、周囲の壁が薬を支持することにより、折れたり潰れたりすることが防止され、薬の強度は著しく補強されるものであるところ、水溶性キャリアの一例であるヒアルロン酸が物理的強度に優れることは記載が無いから、甲1−1のヒアルロン酸を、甲2と結びつける記載は存在しない旨を主張している(平成25年10月21日提出の審判事件答弁書6頁17〜28行、10頁19行〜11頁17行、令和2年4月21日提出の答弁書11頁22行〜12頁下から7行)。
しかしながら、上記第4の4(3)ウ(ア)において説示したように、甲1−1には、薬が皮膚を貫通し皮下層に押し込まれ得る十分な構造的強度及び完全さを有していることが記載されており、また、装置の内腔の内径が薬の直径よりも約5〜10%大きいことが記載されている(摘記1e)ことからすれば、内腔の壁で周囲を囲んだ状態で移動可能に保持していることに基づいて、周囲の壁が薬を支持することにより、折れたり潰れたりすることが防止され、薬の強度が著しく補強されると直ちにいえるとは認められない。
そして、上記第4の4(3)ウ(ア)において説示したとおり、甲1−1と甲2−1とは技術分野、技術的課題及び課題解決原理が同一ないし共通しているから、これらの文献を組み合わせる動機付けは十分にある。
よって、上記主張は採用できない。

b 被請求人は、「ヒアルロン酸が物理的強度に優れることは、甲第1−2号証に記載が無い。それゆえ、甲第1−2号証には、ヒアルロン酸を甲第2号証の微小穿孔器の基剤とすることによって、角質層で覆われた皮膚に挿入可能な物理的強度が得られることの示唆など、全く無い」、と主張している(平成25年10月21日提出の審判事件答弁書10頁32〜35行)。
たしかに、甲1−1には、キャリアとしてのヒアルロン酸の物理的強度について明示的な言及はないが、甲1−1における薬は、皮膚を貫通し皮下層に押し込まれ得る十分な構造的強度及び完全さを有していると記載されていることから、甲1−1において薬の水溶性キャリアの例示の1番目に挙げられているヒアルロン酸を、引用発明2における皮膚の穿孔のために尖らせてあるか鋭利にされている微小穿孔器のポリマーとして採用した際に、微小穿孔器が角質層を貫通するのに十分な強度を有し壊れないとの効果を奏することは、当業者が予測し得た範囲の効果である。
よって、上記主張は採用できない。

c 被請求人は、甲1−1に記載される、8000ポアズという粘度は、ポリマー濃厚液、重油、紡糸液に属する特性であり、それらの材料の圧縮強度は低く、非経口導入装置を用いて加速しない場合、例えば、皮膚に指で押圧するような方法では、皮膚を貫通させることは不可能である、と主張している(令和2年4月21日提出の答弁書12頁6〜18行)。
しかしながら、甲1−1の(摘記1e)には「薬を固体と称しているが、壊れずに皮膚に貫通する十分な構造的な完全さがある限り、固体または半固体のいずれであってもよい。」と記載されているのであるから、当該記載の直後の「縦方向で少なくとも約8キリポアズ(killipoise)の圧縮強さを有する薬が十分に強く」との記載においても、当該薬は「壊れずに皮膚に貫通する十分な構造的な完全さがある」のであって、上記主張にあるように8000ポアズという粘度を根拠として、非経口導入装置を用いて加速しない場合、例えば、皮膚に指で押圧するような方法では、皮膚を貫通させることは不可能であるとまでいうことはできない。
よって、上記主張は採用できない。

(オ)以上によれば、本件特許発明1は、甲2−1に記載された発明、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件特許発明19について
ア 対比
本件特許発明19のうち請求項1を引用する請求項19に係る発明と、引用発明2’とを対比すると、上記3(3)アにおける説示と同様の点で一致及び相違する。

イ 判断
相違点1’〜2’については、相違点1及び2と同様の内容であるから、本件特許発明1の場合と同様、上記第4の4(3)ウ(ア)及び(イ)において説示した理由と同様の理由により、甲2−1、甲1−1及び技術常識に基づき、当業者が容易に想到し得たものである。
相違点3’については、上記3(3)イにおいて相違点3’について説示した理由と同様の理由により、引用発明2’の基部層をシート状の支持体として、その片面に微小穿孔器のアレイを保持することは、当業者が容易になし得たものである。

また、本件特許発明19の奏する効果も、上記第4の4(3)ウ(エ)において説示したように、当業者が予測し得た範囲のものである。
よって、本件特許発明19は、甲2−1に記載された発明、甲2−1及び甲1−1の記載並びに技術常識から当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)小括
以上によれば、本件特許発明1及び本件特許発明19についての特許は、無効理由2−2によって無効とすべきものである。

第8 むすび
以上のとおりであるから、特許請求の範囲の請求項1及び19に係る発明についての特許は、無効理由2−1及び無効理由2−2によって無効とすべきものである。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。


 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2021-06-09 
結審通知日 2021-06-09 
審決日 2021-06-22 
出願番号 P2007-500638
審決分類 P 1 123・ 121- ZB (A61K)
P 1 123・ 113- ZB (A61K)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 渕野 留香
滝口 尚良
登録日 2012-01-27 
登録番号 4913030
発明の名称 経皮吸収製剤、経皮吸収製剤保持シート、及び経皮吸収製剤保持用具  
代理人 伊藤 晃  
代理人 尾崎 英男  
代理人 江黒 早耶香  
代理人 山田 卓二  
代理人 加藤 浩  
代理人 村田 美由紀  
代理人 植村 昭三  
代理人 西下 正石  
代理人 鮫島 睦  
代理人 特許業務法人京都国際特許事務所  
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ