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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60W
管理番号 1391260
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-12-04 
確定日 2022-11-02 
事件の表示 特願2016−534945「燃焼機関を始動するための方法及びシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成27年6月4日国際公開、WO2015/079006、平成28年12月22日国内公表、特表2016−539846〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2014年(平成26年)11月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2013年11月28日、フランス共和国(FR))を国際出願日とする出願であって、平成30年12月28日付け(発送日:平成31年1月15日)で拒絶理由が通知され、令和元年5月28日に意見書及び手続補正書が提出され、令和元年10月24日付け(発送日:同年10月29日)で拒絶理由が通知され、令和2年1月29日に意見書が提出されたが、令和2年7月27日付け(発送日:同年8月4日)で拒絶査定がされ、これに対して令和2年12月4日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に手続補正書が提出され、当審において令和3年7月29日付け(発送日:同年8月3日)で拒絶理由が通知され、令和4年2月2日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1ないし9に係る発明(以下、「本願発明1」ないし「本願発明9」という。)は、令和4年2月2日の手続補正により補正がされた特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された以下のとおりのものである。

「【請求項1】
燃焼機関(2)が車両の車輪(11)に、前記燃焼機関(2)がトルクを提供可能な状態で、機械的に連結されている場合、
前記燃焼機関(2)が自身の、前記車両の速度がそれを下回ると前記燃焼機関(2)を停止させなくてはならない速度閾値であるエンジンストップ速度閾値(VE)を超えて運転されているとき、
前記エンジンストップ速度閾値(VE)より大きい閾値速度であって、前記車両の速度がそれ以下である限り追加のモータ(3)だけが前記車両の移動を可能にする閾値速度である閾値速度(VA)を超えて前記車両を加速させる目的で、ハイブリッドまたはデュアルモードの自動車である前記車両に取り付けられた前記燃焼機関(2)を始動する方法であって、
前記車両は、前記車両の運転者によって要求された設定点のトルクにおいて、追加のモータ(3)の始動を提供し、
前記燃焼機関(2)及び前記追加のモータ(3)が異なるアクスルに接続されており、
前記燃焼機関(2)が前記車両の前記車輪(11)に機械的に連結され、かつ、前記追加のモータ(3)によって提供される前記トルクが低下し、前記燃焼機関(2)によって提供される前記トルクが上昇する間、前記車両の運転者によって要求される前記設定点のトルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比の決定を提供する、
ことを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記方法が、前記自動車の速度(V)を前記閾値速度(VA)と比較する処理ステップを含み、
前記燃焼機関(2)の前記始動が、前記車両の速度(V)が前記閾値速度(VA)以上である場合に、前記追加のモータ(3)の停止のトリガと同時に実行されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記燃焼機関(2)の前記車両の前記車輪(11)への前記連結が、前記車両のクラッチ(4)を閉じることによって実行されることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記燃焼機関(2)によって前記車輪(11)に対して提供される前記トルクが上昇するにつれて、前記追加のモータ(3)によって前記車輪(11)に対して提供される前記トルクが低下するように、前記燃焼機関(2)の前記始動及び前記追加のモータ(3)の前記停止が実行されるように定める、トルク切り替えのステップを含むことを特徴とする、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記燃焼機関(2)の始動を可能にするように、前記燃焼機関(2)を構成するステップを含むことを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記構成するステップが、前記燃焼機関(2)に燃料を供給する装置、及び/または前記車両の火花点火のための装置、及び/または前記燃焼機関(2)の混合チャンバを予熱するための装置、の作動からなることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の燃焼機関(2)を始動させる方法を実装する、ハードウェア要素及びソフトウェア要素を備える、ハイブリッドまたはデュアルモードの自動車に取り付けられた燃焼機関(2)を始動するためのシステム。
【請求項8】
前記ハードウェア要素は、制御ユニット(6)、速度センサ(19)、追加のモータ(3)、及び連結装置(7)を備え、前記連結装置(7)は、ロボット制御のギアボックス(5)及びクラッチ(4)を備え、トランスミッションチェーン(20)によって、前記燃焼機関(2)を前記車両の前記車輪(11)に接続することが可能であることを特徴とする、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
請求項7または8に記載の前記燃焼機関(2)の始動システムを備えることを特徴とする、前記燃焼機関(2)を備えるハイブリッドまたはデュアルモードの自動車。」

第3 当審拒絶理由の概要
令和3年7月29日付けで当審が通知した拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)の概要は、以下のとおりである。

1.(明確性)本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

2.(実施可能要件)本願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

3.(新規性)本願の請求項1、8及び10に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

4.(進歩性)本願の請求項1ないし10に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)

●理由1(明確性)について

請求項1ないし10に係る発明は明確でない。

●理由2(実施可能要件)について

発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項1ないし10に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

●理由3(新規性)について

請求項1、8及び10に係る発明は、引用文献1に記載された発明である。

●理由4(進歩性)について

請求項1ないし10に係る発明は、引用文献1及び2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

<引用文献等一覧>
1.特開2010−168007号公報
2.特開2010−184613号公報

第4 当審の判断
1 理由2(実施可能要件)について
本願発明1は、「前記燃焼機関(2)が前記車両の前記車輪(11)に機械的に連結され、かつ、前記追加のモータ(3)によって提供される前記トルクが低下し、前記燃焼機関(2)によって提供される前記トルクが上昇する間、前記車両の運転者によって要求される前記設定点のトルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比の決定を提供する」ことを発明特定事項としている。
しかしながら、「前記車両の運転者によって要求される前記設定点トルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比」とは、具体的にどのような「ギア比」を意味するのか、また、「適正なギア比」をどのようにして「決定」するのか、特に、「適正なギア比」を「決定」するのはいつなのか(図2におけるta〜tbの間、都度適正なギア比が決定されるのか、内燃機関を始動するときに決定されるのか、変速機を設計するときに、各変速段のギヤ比を、設定点トルクの継続を確保することを可能にするように決定するのか等)が、発明の詳細な説明を参照しても理解できない。
発明の詳細な説明には、段落【0045】に「この連結ステップの間、制御ユニット6はまた、運転者によって要求されるトルクの継続性を確保するため、連結装置7によってギアボックス5経由で適用される適正なギア比も決定する。」、段落【0047】に「このトルク切り替えステップは、上記の時点taとtbの間について、図3で示される。この切り替えステップによって、具体的には運転者によって要求されるトルク設定点によって、フェーズ内のトルクの継続性を確保することができる。」という記載があるのみで、具体的な説明や例示は無い。
請求人は、令和4年2月2日の意見書において以下のように述べている。
「(C−2) 理由2(実施可能要件)について
(C−2−1) 請求項1の「前記車両の運転者によって要求される前記設定点のトルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比の決定を提供する」との記載に関して、いかに適正なギア比を決定するかは、本願請求項1の記載に加え、本願明細書等の記載や技術常識に基づいて、当業者が実施できるものと思料いたします。
例えば、本願明細書段落0039には、「当該閾値(速度)の値は、ギアボックスの段数に応じて変わり、」との記載があり、また図3には、追加のモータによって提供されるトルクが燃焼機関によって提供されるトルクに置き換わる様子が図示されていることから、当業者は「トルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比(段)」は車両の速度と追加のモータによるトルクとの関係で決定できるものと思料いたします。」
しかしながら、本願明細書段落0039の記載は、(その速度を超えると内燃機関を始動させるという)閾値速度VAの値がギアボックスの段数に応じて変わることを示すものであり、図3は、追加のモータによって提供されるトルクが燃焼機関によって提供されるトルクに置き換わる様子を示すものであり、いずれも、運転者によって要求される設定点のトルクの継続を確保することを可能にする適正なギア比の決定について具体的に示すものではない。
さらに、この点について、当審から請求人に技術説明を求めたが、請求人からは、令和4年4月26日に技術説明を行う意志が無い旨の回答があった。
よって、発明の詳細な説明は、本願発明1の上記事項をどのようにして実施するのか、当業者が理解できるように記載されていない。

したがって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1及び本願発明1を直接又は間接的に引用する本願発明2ないし9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

2 理由4(進歩性)について
(1)引用文献、引用発明
ア 引用文献1
当審拒絶理由に引用された特開2010−168007号公報(以下、「引用文献1」という。)には、「駆動力制御装置」に関して、図面を参照して次の事項が記載されている(下線は当審が付与した。以下同様。)。

(ア)「【0008】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
《実施形態》
《構成》
図1は、HEV(Hybrid Electric Vehicle)の概略構成であり、前輪1FL・1FRをエンジン2で駆動し、後輪1RL・1RRをモータ3で駆動するハイブリッド車両である。
エンジン2は、クラッチ4、変速機5を順に介して、出力を前輪1FL・1FRに伝達し、モータ3は、図示しない減速機、クラッチを順に介して、出力を後輪1RL・1RRに伝達する。
変速機5は、エンジン2と前輪1FL・1FRの間で動力を変速し、クラッチ4は、変速機5と前輪1FL・1FRの間で動力を断続する。なお、クラッチ4は、伝達トルクを任意に調整できればよいので、電磁力、油圧、空気圧を利用したものや、湿式、乾式、パウダ式、単板式、多板式など、如何なる形態でもよい。
【0009】
モータ3は、力行及び回生が可能で、力行時には、高電圧バッテリ6の電力によって後輪1RL・1RRを駆動し、回生時には、回転状態にある後輪1RL・1RRの回転エネルギによって高電圧バッテリ6を充電する。例えば、速やかな加速要求があるときや前輪のスリップ傾向を検知したときに力行運転となり、減速要求や制動操作があるときに回生運転となる。
コントローラ11は、アクセルセンサ12が検出したアクセル開度Accと、車速センサ13が検出した車速Vとを入力し、エンジン2、モータ3、クラッチ4、変速機5の夫々を制御する。
【0010】
次に、コントローラ11で実行する演算処理を、図2のフローチャートに従って説明する。
ステップS1では、アクセル開度Accに応じて車両の目標駆動力を算出する。
続くステップS2では、目標駆動力に応じてエンジン2及びモータ3の少なくとも一方を駆動制御する。
続くステップS3では、エンジン2に駆動要求があるか否かを判定する。エンジン2に駆動要求がなければ、そのまま所定のメインプログラムに復帰する。一方、エンジン2に駆動要求があれば、ステップS4に移行する。
【0011】
ステップS4では、モータ3に駆動要求があるか否かを判定する。モータ3に駆動要求がなければ、モータ3によるエンジン2のクランキングは不可能であると判断してステッ
プS5に移行する。一方、モータ3に駆動要求があれば、モータ3によるエンジン2のクランキングが可能であると判断して後述するステップS7に移行する。
ステップS5では、アクセル開度Acc及び車速Vに応じて通常変速比を算出し、この通常変速比に従って変速制御を行う。
【0012】
続くステップS6では、クラッチ4を接続制御してから所定のメインプログラムに復帰する。
ステップS7では、エンジン回転数Neが所定値thより大きいか否かを判定する。所定値thは、車両諸元によって異なるが、共振帯域の少なくとも上限値よりも大きい値であり、例えば800〜1000rpm程度である。判定結果がNe>thであれば、既に共振帯域を超えており完爆もしていると判断して前記ステップS5に移行する。一方、判定結果がNe≦thであれば、まだ共振帯域を超えておらず完爆もしていないと判断してステップS8に移行する。
【0013】
ステップS8では、先ず図3のマップを参照し、エンジン2をクランキングするための始動変速比を車速Vに応じて算出し、この始動変速比に従って変速制御を行う。このマップは、車速Vが低速域の所定値V1以下であるときには、変速比が所定の最大値RMAXを維持し、車速Vが所定値V1から増加するほど、変速比が所定の最大値RMAXから減少するように設定されている。こうして算出される始動変速比は、前述した通常変速比よりもハイ側の値となる。なお、最大値RMAXは必ずしもトップギヤを指す訳ではない。
続くステップS9では、モータ3の駆動トルクを所定量ΔTだけ増加補正してから前記ステップS6に移行する。所定量ΔTは、エンジン2をクランキングするのに必要なクランキングトルクに相当する値である。」

(イ)「【0014】
《作用》
図4は、本実施形態の動作を説明するタイムチャートである。
先ず、モータ3だけを駆動制御して走行している状態から、アクセルペダルの大きな踏込みにより、エンジン2の始動要求がなされたとする(ステップS3、S4が共に“Yes”)。このとき、車両はモータ駆動によって既に走行状態にあるため、時点t1から、クラッチ4を接続し始め(ステップS6)、前輪1FL・1FRの回転によって、停止状態にあるエンジン2のクランキングを開始する。
ところで、エンジン回転において、アイドリング回転数よりも低い領域には共振帯域が存在する。したがって、クランキングによってエンジン2の回転数を上昇させる際に、この共振帯域を速やかに通過しないと、エンジン2の振動が大きくなる時間が長くなり、運転者に違和感を与えてしまう。
【0015】
そこで、本実施形態では、変速機5の変速比を、通常変速比よりもハイ側となる始動変速比に制御することで(ステップS8)、大きなクランキングトルクを得ている。時点t1の直後は、エンジン回転数Neが所定値thより低いので、始動変速比は図3のマップに従って車速Vに応じて算出されるので、車速Vが所定値V1以下である間は、最大値RMAXを維持することになり、図4では通常変速比よりもaだけ大きい変速比となる。このようにして、エンジン2の回転数をスムーズに上昇させ、共振帯域を速やかに通過できるので、エンジンの振動が大きくなる時間を短縮して、違和感を軽減することができる。
【0016】
時点t2で車速Vが所定値V1を超えると、それ以降は、車速Vが増加するほど始動変速比が所定の最大値RMAXから減少する。このように、車速Vが低いほど、始動変速比をハイ側に設定することで、車速Vの低さが原因で、エンジン回転数Neが上昇しないといった事態を回避することができる。
一方、モータ3の駆動力は、クランキングトルクによって奪われるので、そのクランキングトルク分に相当する所定量ΔTだけモータトルクを増加補正する(ステップS9)。これにより、車両の総駆動力が低下することなく、アクセル開度Accに応じた目標駆動力を達成することができる。
【0017】
その後の時点t3で、エンジン回転数Neが所定値thを超えると(ステップS7の判定が“Yes”)、共振帯域を通過し、完爆もしていると判断して、変速比を通常変速比に戻す(ステップS5)。これにより、始動されたエンジン2に対する負担を軽減することができる。但し、始動変速比から通常変速比への変速差が大きいとショックが発生するため、始動変速比から通常変速比へは徐々に変速することで、スムーズに移行させる。
また、エンジン完爆後は、クランキングトルクが無用になるため、モータトルクの増加補正を終了する。これにより、無駄なエネルギ損失を避けることができる。」

(ウ)



(エ)図4から、時点t3以降は、モータトルクは低下し、エンジントルクは上昇していることが看取できる。

上記記載事項、認定事項及び図1ないし4の図示内容から、引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

〔引用発明〕
「前輪1FL・1FRをエンジン2で駆動し、後輪1RL・1RRをモータ3で駆動するハイブリッド車両であって、前記エンジン2は、クラッチ4,変速機5を順に介して出力を前記前輪1FL・1FRに伝達し、
前記ハイブリッド車両は、アクセル開度Accに応じて前記ハイブリッド車両の目標駆動力を算出し、目標駆動力に応じて前記エンジン2又は前記モータ3の少なくとも一方を駆動制御し、
前記モータ3だけを駆動制御して走行している状態から、アクセルペダルの大きな踏み込みにより、前記エンジン2の始動要求がなされたとき、前記クラッチ4を接続し始め、前記前輪1FL・1FRの回転によって前記エンジン2のクランキングを開始し、
前記変速機5の変速比を通常変速比よりもハイ側となる始動変速比に制御し、前記モータ3の駆動力をクランキングトルク分に相当する所定量ΔTだけ増加補正し、エンジン回転数が所定値thを超え、前記エンジン2が完爆もしていると判断すると、始動変速比から通常変速比へと徐々に変速し、モータトルクの増加補正を終了し、モータトルクは低下し、エンジントルクは上昇する、
方法。」

イ 引用文献2
当審拒絶理由に引用された特開2010−184613号公報(以下、「引用文献2」という。)には、「ハイブリッド車両」に関して、図面を参照して次の事項が記載されている。

(ア)「【0085】
また、ハイブリッド車両1において、モータ走行中に機関出力軸8の回転駆動、すなわちクランキングを行って内燃機関5を始動する手法として、電気モータ50のロータ52と駆動輪88との間における動力伝達を遮断した状態でクランキングを行う方法(以下、「通常のクランキング」と記す)と、電気モータ50のロータ52と駆動輪88と機関出力軸8とを係合させた状態でクランキングを行う方法(以下、「押しがけクランキング」と記す)がある。なお、「押しがけクランキング」を用いる場合には、ハイブリッド車両1の仕様により決まる、ある特定の車速(後述する、押しがけ可能車速)以上でなければ、内燃機関5を始動することはできない。以下に、図1、図4〜図6を用いて説明する。
【0086】
図5は、通常のクランキングを行って内燃機関を始動させた場合のハイブリッド車両の動作を説明する説明図である。図6は、押しがけクランキングを行って内燃機関を始動させた場合のハイブリッド車両の動作を説明する説明図である。

(イ)「【0092】
一方、押しがけクランキングは、図6に示すように、まず、ECU100は、時点T1において、第1変速機構30の変速段31,33,35,39のうちいずれか1つを選択して係合状態にしており、且つ第1クラッチ21を係合状態にすると共に電気モータ50の出力トルクを増大させる、すなわちモータ駆動力を増大させる。第1クラッチ21を係合状態にすることで、機関出力軸8と駆動輪88が係合し、機関出力軸8は、駆動輪88の回転速度に比例した回転速度で回転駆動される。機関出力軸8の回転駆動に必要な動力は、マイナス値の機関駆動力で示されており、これをモータ駆動力の増大で補っている。
【0093】
そして、時点T2において、内燃機関5においてファイアリングが開始される。その直後、時点T2〜T3において、始動した内燃機関5が機関出力軸8から機械的動力を出力し、駆動輪88に生じる機関駆動力が上昇するに従って、ECU100は、駆動輪88に生じるモータ駆動力、すなわちモータ出力トルクを低下させる。機関駆動力が増大する分、モータ駆動力を減少させることで、合計駆動力を一定に保って、機関出力軸8の回転駆動を行うことができる。
【0094】
このように、押しがけクランキングは、電気モータ50のロータ52と駆動輪88との間における動力伝達を遮断することがないので、ハイブリッド車両1には、合計駆動力がゼロとなる「駆動力抜け」が生じることがない。しかし、押しがけクランキングにおいては、機関出力軸8と駆動輪88が係合している状態で、機関出力軸8を回転駆動するため、クランキングを行っているときの機関出力軸8の回転速度は、駆動輪88の回転速度に比例したものとなる。」

上記記載事項及び図面(特に、図1及び6を参照。)の図示内容から、引用文献2には次の発明(以下、「引用文献2記載事項」という。)が記載されている。

〔引用文献2記載事項〕
「ハイブリッド車両1において、モータ走行中に押しがけ可能車速以上になると内燃機関5を始動する押しがけクランキングにおいて、内燃機関5のファイアリングが開始され、始動した内燃機関5が機関出力軸8から機械的動力を出力し、駆動輪88に生じる機関駆動力が上昇するに従って、駆動輪88に生じるモータ駆動力を低下させことで、合計駆動力を一定に保つこと。」

(2)対比及び判断
本願発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「エンジン2」は、その機能、構成又は技術的意義から見て、本願発明1における「内燃機関(2)」に相当し、以下同様に、「ハイブリッド車両」は「車両」及び「ハイブリッドまたはデュアルモードの自動車」に、「モータ3」は「追加のモータ(3)」に、「前輪1FL・1FR」及び「後輪1RL・1RR」は、「車輪」に、それぞれ相当する。
引用発明における「エンジン2のクランキングを開始」することは、本願発明1における「燃焼機関(2)を始動する」ことに相当する。そして、引用発明の「方法」は、「燃焼機関を始動する方法」といえる。
引用発明における「アクセル開度Accに応じて前記ハイブリッド車両の目標駆動力を算出し、目標駆動力に応じて前記エンジン2又は前記モータ3の少なくとも一方を駆動制御」することは、本願発明1における「前記車両の運転者によって要求された設定点のトルクにおいて、追加のモータ(3)の始動を提供」することに相当する。
引用発明における「前輪1FL・1FRをエンジン2で駆動し、後輪1RL・1RRをモータ3で駆動する」態様は、本願発明1における「前記燃焼機関(2)及び前記追加のモータ(3)が異なるアクスルに接続されて」いる態様に相当する。
引用発明における「クラッチ4を接続し始め」ることは、本願発明1における「前記燃焼機関(2)が前記車両の前記車輪(11)に機械的に連結」されることに相当する。
引用発明における「変速機5の変速比を通常変速比よりもハイ側となる始動変速比に制御し、前記モータ3の駆動力をクランキングトルク分に相当する所定量ΔTだけ増加補正し、エンジン回転数が所定値thを超え、前記エンジン2が完爆もしていると判断すると、始動変速比から通常変速比へと徐々に変速し、モータトルクの増加補正を終了し、モータトルクは低下し、エンジントルクは上昇する」と本願発明1における「追加のモータ(3)によって提供される前記トルクが低下し、前記燃焼機関(2)によって提供される前記トルクが上昇する間、前記車両の運転者によって要求される前記設定点のトルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比の決定を提供する」とは、「追加のモータによって提供されるトルクが低下し、前記燃焼機関によって提供されるトルクが上昇する」という限りにおいて一致している。
そうすると、本願発明1と引用発明とは、次の一致点及び相違点を有する。

〔一致点〕
「ハイブリッドまたはデュアルモードの自動車である前記車両に取り付けられた燃焼機関を始動する方法であって、
前記車両は、前記車両の運転者によって要求された設定点のトルクにおいて、追加のモータの始動を提供し、
前記燃焼機関及び前記追加のモータが異なるアクスルに接続されており、
前記燃焼機関が前記車両の前記車輪に機械的に連結され、かつ、前記追加のモータによって提供されるトルクが低下し、前記燃焼機関によって提供されるトルクが上昇する、方法。」

〔相違点1〕
本願発明1においては、「燃焼機関(2)が車両の車輪(11)に、前記燃焼機関(2)がトルクを提供可能な状態で、機械的に連結されている場合、前記燃焼機関(2)が自身の、前記車両の速度がそれを下回ると前記燃焼機関(2)を停止させなくてはならない速度閾値であるエンジンストップ速度閾値(VE)を超えて運転されているとき、前記エンジンストップ速度閾値(VE)より大きい閾値速度であって、前記車両の速度がそれ以下である限り追加のモータ(3)だけが前記車両の移動を可能にする閾値速度である閾値速度(VA)を超えて前記車両を加速させる目的で」、燃焼機関(2)を始動するのに対して、引用発明においては、モータ3だけを駆動制御して走行している状態から、アクセルペダルの大きな踏み込みにより、前記エンジン2の始動要求がなされたとき、前記クラッチ4を接続し始め、前記前輪1FL・1FRの回転によって前記エンジン2のクランキングを開始する点。

〔相違点2〕
本願発明1においては、追加のモータによって提供される前記トルクが低下し、前記燃焼機関によって提供される前記トルクが上昇することに関して、その「間、前記車両の運転者によって要求される前記設定点のトルクの継続を確保することを可能にする、適正なギア比の決定を提供する」のに対して、引用発明においては、前記変速機5の変速比を通常変速比よりもハイ側となる始動変速比に制御し、前記モータ3の駆動力をクランキングトルク分に相当する所定量ΔTだけ増加補正し、エンジン回転数が所定値thを超え、前記エンジン2が完爆もしていると判断すると、始動変速比から通常変速比へと徐々に変速し、モータトルクの増加補正を終了し、モータトルクが低下する点。

上記相違点1について検討する。
上記相違点1に係る本願発明1の発明特定事項のうち「燃焼機関(2)が車両の車輪(11)に、前記燃焼機関(2)がトルクを提供可能な状態で、機械的に連結されている場合、前記燃焼機関(2)が自身の、前記車両の速度がそれを下回ると前記燃焼機関(2)を停止させなくてはならない速度閾値であるエンジンストップ速度閾値(VE)」は、エンジンストップ速度閾値の一般的な定義を述べたに過ぎないから、上記相違点1は、要するに、エンジンストップ速度閾値(VE)より大きい閾値速度である閾値速度(VA)を超えて前記車両を加速させる目的で燃焼機関(2)を始動するというものである。
そして、車両の速度が、エンジンストップ速度閾値よりも大きい閾値速度に到達するとエンジンを始動することは、本願の優先日前に周知の技術である(以下、「周知技術」という。例えば、特開平8−232817号公報の段落【0027】及び図10を参照。)。また、車両を加速させる目的でエンジンを始動することは普通である。
そうすると、上記相違点1に係る本願発明1の発明特定事項は、引用発明において周知技術を適用することにより、当業者が容易に想到できたことである。

上記相違点2について検討する。
引用文献1の段落【0017】には、「始動変速比から通常変速比への変速差が大きいとショックが発生するため、始動変速比から通常変速比へは徐々に変速することで、スムーズに移行させる。」との記載がある(以下、「引用文献1記載事項」という。)。「ショックが発生」しないように「スムーズに移行させる」ためには、トルクが継続してなければならないことは技術常識である。よって、当該記載を参照すれば、引用発明は、始動変速比から通常変速比への変速において、車両の運転者によって要求される設定点のトルクの継続を確保することを可能にする適正なギア比の決定しているといえる。
また、引用文献2記載事項は、モータ走行中に押しがけ可能車速以上になると内燃機関を始動する場合に、モータの駆動力と内燃機関の駆動力の合計駆動力を一定に保つことを示しており、これは、トルクの継続を確保することを示しているといえる。
そして、引用発明と引用文献2記載事項とは、モータ走行中にエンジンを始動するという点で共通するから、引用発明において、引用文献2記載事項を参照して、モータの駆動力と内燃機関の駆動力の合計駆動力を一定に保つこと、すなわち、トルクの継続を確保すること、そして、そのために適正なギア比を決定することは、当業者が容易に想到できたことである。
したがって、上記相違点2に係る本願発明1の発明特定事項は、引用発明において引用文献1記載事項や引用文献2記載事項を参照することにより、当業者が容易に想到できたものである。

そして、全体としてみても、本願発明1が奏する作用効果は、引用発明、周知技術、引用文献1記載事項及び引用文献2記載事項から予測し得る範囲内のものであって、格別なものではない。
したがって、本願発明1は、引用発明、周知技術、引用文献1記載事項及び引用文献2記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1ないし9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、本願発明1は、引用発明、周知技術、引用文献1記載事項及び引用文献2記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 佐々木 正章
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-06-02 
結審通知日 2022-06-07 
審決日 2022-06-22 
出願番号 P2016-534945
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (B60W)
P 1 8・ 537- WZ (B60W)
P 1 8・ 113- WZ (B60W)
P 1 8・ 121- WZ (B60W)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 佐々木 正章
特許庁審判官 鈴木 充
山本 信平
発明の名称 燃焼機関を始動するための方法及びシステム  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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