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審決分類 審判 査定不服 産業上利用性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1391261
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-12-08 
確定日 2022-11-02 
事件の表示 特願2018−244191「イベルメクチンを用いた、酒さの炎症性病変の治療」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年 5月16日出願公開、特開2019− 73527〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2014年7月8日(パリ条約による優先権主張:2013年7月8日、2013年12月20日、2014年1月15日、2014年3月13日、いずれも米国)を国際出願日とする特願2016−525418号の一部を、平成29年6月15日に新たな出願(特願2017−117452号)とし、さらにその一部を、平成30年12月27日に新たな出願としたものであり、その主な手続の経緯は、次のとおりである。
令和 1年12月20日付け 特許法第50条の2の通知を伴う
拒絶理由通知
令和 2年 8月26日付け 拒絶査定
同年12月 8日提出 審判請求書及び手続補正書
令和 3年 3月12日付け 前置報告
同年 5月13日受付 上申書

第2 令和2年12月8日にされた手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
令和2年12月8日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1についての以下の補正を含むものである。

(1)本件補正後の請求項1の記載
本件補正により、請求項1の記載は、次のとおり補正された(下線は、補正箇所を明示するために当審で付した。)。
「【請求項1】
1重量%のイベルメクチン及び薬学的に許容される担体を含む、酒さの炎症性病変を治療するための局所医薬組成物であって、
ここで、
前記医薬組成物を、酒さの炎症性病変により影響を受けている皮膚領域に、毎日1回投与し、そして、他の活性成分との併用をせずに、被験者の炎症性病変数の有意な低減が前記医薬組成物の最初の投与から2週間後に観察される、医薬組成物。」

(2)本件補正前の請求項1の記載
本件補正前の、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
0.5重量%〜1.5重量%のイベルメクチン及び薬学的に許容される担体を含む医薬組成物を、酒さの炎症性病変により影響を受けている皮膚領域に、毎日1回局所投与することを含む、治療を必要とする被験者における酒さの炎症性病変の治療方法であって、前記医薬組成物の最初の投与から早ければ2週間後に炎症性病変の有意な低減が観察される方法。」

2 本件補正の適否
(1)補正事項
請求項1についての本件補正は、以下の補正事項を含むものである。

ア 補正事項1
補正事項1は、「0.5重量%〜1.5重量%のイベルメクチン」を、「1重量%のイベルメクチン」と補正するものである。

イ 補正事項2
補正事項2は、「前記医薬組成物の最初の投与から早ければ2週間後に炎症性病変の有意な低減が観察される」を、「他の活性成分との併用をせずに、被験者の炎症性病変数の有意な低減が前記医薬組成物の最初の投与から2週間後に観察される」と補正するものである。

ウ 補正事項3
補正事項3は、「医薬組成物を、」「局所投与することを含む、」「治療方法。」を、「局所医薬組成物。」と補正するものである。

(2)新規事項の有無についての検討
補正事項1〜3は、本願の願書に最初に添付した明細書【0028】、【0029】、【0064】〜【0082】に記載された事項であり、新たな技術的事項を導入するものではないから、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定を満たす。

(3)本件補正の目的についての検討
ア 補正事項1は、イベルメクチンの含有量を限定するものであり、補正事項2は、「炎症性病変」を「炎症性病変数」に限定し、「早ければ2週間後」を「2週間後」に限定し、さらに、有意な低減が「他の活性成分との併用をせずに」観察されることを限定するものである。
そうすると、補正事項1及び2は、補正前の発明特定事項を限定するものであり、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 補正事項3は、発明のカテゴリーを「方法」から「物」に変更するものであり、特許法第17条の2第5項各号のいずれを目的とするものでもない。

ウ 以上のとおり、補正事項3を含む本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3 本願補正発明の独立特許要件についての検討
本件補正が目的外補正であることを理由として却下すべきであることは、上記2(3)ウで説示したとおりであるが、仮に本件補正が特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとして、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下検討する。

(1)本願補正発明について
本願補正発明は、上記1(1)に示したとおりのものである。

(2)イベルメクチンに関する技術常識について
ア 各文献の記載事項
本願優先日当時の各文献には、次の記載がある(下線は合議体による。)。

(ア)米国特許第6133310号明細書の記載事項(英文なので和訳を示す。)
「【発明の詳細な説明】
酒さの治療における本発明のイベルメクチン(合議体注:原文のinvermectineは、ivermectineの誤記と認める。)の局所使用は、治療的に有効な量のイベルメクチンの使用を伴っており、イベルメクチンはペーストとして入手可能であり、ペーストは、濃度が少なくともミリリットルあたり750mcg(合議体注:「mcg」はマイクログラムを意味するものと認める。したがって、「ミリリットルあたり750mcg」は「750μg/mL」である。)のイベルメクチンを有するローションを作製するのに十分な水を含む。
代替的に、イベルメクチンのクリームは、プロピレングリコール、ラウリル硫酸ナトリウム、キサンタンガム又はそれらの組み合わせなどの薬学的に許容される担体と組み合わせて作製してもよい。
次いで、ローション又はクリームを毎日投与で7日間、その後、1か月ごとに2〜4回、患部に塗布する。その後、疾患の再発予防として、ローション又はクリームの塗布を月1回行うことが推奨される。

フロリダ州Ormond Beachでの活動において、患者約100名を対象とした実験的試験の約5年の期間にわたって、上記の方法の結果が、他の方法では治りにくいこのざ瘡疾患の治療において安全かつ顕著に有効であることを見いだし、さらに、上述の方法で治療を行った場合はこの疾患の再発は認められなかった。」(3欄4〜38行)

「【特許請求の範囲】
【請求項1】
酒さ性ざ瘡の治療方法であって、
(a)有効治療量のイベルメクチンを水と混合し、これによりローションを作製するステップと、
(b)前記ローションを約7日の期間、毎日患部に塗布するステップと、
(c)このような塗布を数か月の期間、1か月に2〜4回反復し、その後任意選択で、前記ローションの塗布を月約1回反復するステップと、からなる、方法。
【請求項2】
前記有効治療量のイベルメクチンは、濃度が少なくとも750μg/mLである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
酒さの治療方法であって、
(a)有効治療量のイベルメクチンを薬学的に許容される担体と混合し、これによりクリームを作製し、前記クリームを約7日の期間、毎日患部に塗布するステップと、
(b)このような塗布を数か月の期間、1か月に2〜4回反復し、その後任意選択で、前記クリームの塗布を月約1回反復するステップと、からなる、方法。
【請求項4】
前記クリーム内の前記有効治療量のイベルメクチンは、濃度が少なくとも750mcg/cc(合議体注:「mcg」はマイクログラムを、「cc」は「mL」を意味するものと認める。したがって、「750mcg/cc」は「750μg/mL」である。)である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記薬学的に許容される担体が、プロピレングリコール、ラウリル硫酸ナトリウム、キサンタンガム、又はそれらの組み合わせからなる担体の群から選択される、請求項4に記載の方法。」(4欄13〜46行)

(イ)特表2006−524212号公報(引用文献2)の記載事項
「【請求項1】
しゅさの治療を企図した局所的製薬組成物の製造のためのアイバメクチンの使用。
【請求項2】
クリーム若しくはローションタイプのエマルション、ゲル、または溶液の形態であることを特徴とする、請求項1に記載の使用。」
「【請求項13】
水中に以下のものを含むことを特徴とする、請求項1から12のいずれか一項に記載の使用。

(数値は組成物の全重量に対する重量%である)
(合議体注:上記表の1行目には、アイバメクチンが1.00重量%であることが記載されている。)」

「【0003】
1980年代の中ごろ、アイバメクチン(合議体注:イベルメクチンに相当)は、獣医学的使用のための広範囲の抗寄生虫医薬品として提供されていた(W.C.CAMPBELL等, (1983). Ivermectin: a potent new antiparasitic agent. Science, 221, 823-828)。それはほとんどの一般的な回虫(サナダムシを除く)、ほとんどのコナダニ、及びある種のシラミに対して有効である。それは特に、無脊椎動物の神経細胞及び筋細胞に存在するグルタマート依存性クロリドチャンネルに対するかなりのアフィニティーを示す。これらのチャンネルに対するその結合は、クロリドイオンに対する膜透過性の増大を促進し、神経細胞または筋細胞の過分極を生ずる。特定の寄生虫の死を導き得る神経筋麻痺がそこから生ずる。アイバメクチンはまた、神経伝達物質GABA(ガンマ−アミノ酪酸)を含むもののような、他のリガンド依存性クロリドチャンネルと相互作用する。
【0004】
アイバメクチンはとりわけ駆虫剤である。Onchocerca volvulusによって引き起こされる眼オンコセルカ症の治療、胃腸内糞線虫(線虫症)の治療(製品Stromectol(登録商標))、及びヒトのかさぶたの治療(Meinking TL等, N Engl J Med 1995 Jul 6;333(1): 26-30 The treatment of scabies with ivermectin)、並びにWuchereria bancroftiによるリンパ性フィラリアに罹患している患者におけるミクロフィラリア血症の治療、診断、予測において、ヒトについてすでに記載されている。
【0005】
米国特許第6,133,310号は、アイバメクチンと水との混合物からなるローションの原型の形態における局所的なアイバメクチンの使用を開示し、更に一部として、アイバメクチンと、プロピレングリコールまたはラウリル硫酸ナトリウムのような賦形剤との混合物からなるクリームの原型の可能性を言及しているが、そのような製薬組成物は記載していない。これらの混合物は、概念の立証の初期の結果の文脈で使用される実験的調製物に対して類似する。実際、当該特許で開示されたエレメントは、特に良好な化粧品特性と、産業上の医薬品のための十分に長い貯蔵寿命(最低2年)を有する、アイバメクチンを含む産業的に許容可能な製薬組成物の容易性に関して、当業者に対して何の教示をも与えるものではない。

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ヒトにおけるこれらの全ての使用が、経口投与または実験的調製物の使用に制限されていたにも関わらず、本出願人は、アイバメクチンを含むヒトの治療を企図した局所的製薬組成物を開発した。更に本出願人は、驚くべきことに、本発明に係る組成物が、特に各種のpHでの非常に良好な安定性と、皮膚に対する良好な慣用を示すことに注目した。実際、それは皮膚科学的疾患の治療に特に適しており、とりわけしゅさの治療に非常に適していることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の主題は、しゅさの治療を企図した局所的製薬組成物の製造のためのアイバメクチンの使用、アイバメクチンを含むヒトへの使用を企図した局所的製薬組成物、及びしゅさの治療のためのこれらの局所的製薬組成物の使用である。」

(ウ)W.J.Loo et al., Br.J.Dermatol.,2004,151(suppl.68),p.61(原出願の審査過程において平成30年6月4日に提出された意見書に添付された参考資料5)の記載事項(英文なので和訳を示す。)
「酒さにおけるイベルメクチンクリーム:メトロニダゾールゲルとの比較」(表題)
「この単盲検並行群間試験の目的は、1.87%のイベルメクチンクリームと0.75%のメトロニダゾールゲルとを比較することである。
グレード2の丘疹膿疱性酒さ(…)である、25〜64歳の10人の患者(男性2人と女性8人)が、この研究に参加した。4人の患者(酒さの平均罹患期間7年)にはイベルメクチンを、6人の患者(平均15年)にはメトロニダゾールを、毎日2回9週間適用した。臨床的評価を0,3,6,9週目に行った。皮膚表面の生検を、ニキビダニを評価するために0週目と9週目に行った。
イベルメクチン群では、平均丘疹数が、40.3から9週目には1.8(P=0.07)へと減少し、平均膿疱数は、7.3から0.5(P=0.11)へと減少した。メトロニダゾール群では、丘疹数が25から18.8(P=0.35)、膿疱数が9.7から6.7(P=0.46)へと減少した。両群において、紅斑(イベルメクチンP=0.07、メトロニダゾールP=0.46)、及び、全体的な疾患の重症度(イベルメクチンP=0.07、メトロニダゾールP=0.25)は改善(視覚的評価スケール)した。しかし、毛細血管拡張は、イベルメクチン群では改善せず(0週の平均11.7、9週の平均8.5、P=0.27)、メトロニダゾール群では悪化した(0週=14.0、9週=20.3,P=0.17)。イベルメクチン群では、丘疹が顕著に減少したが(P=0.02)、他のパラメータについては両群間に統計的に有意差はなかった。
ダニ数は、4人全てのイベルメクチン群の患者においては大幅に減少したが、メトロニダゾール群の患者のうち、3人は減少、2人は変化がなく、1人は増加した。この研究は、イベルメクチンは、ダニへの影響を介して酒さの治療に有効であるという仮説を支持するものである。」

イ 上記ア(ア)〜(ウ)の記載事項によれば、本願優先日当時、イベルメクチンを含有する局所製剤を用いることにより酒さの治療が可能であることは、技術常識となっていたものと解され、局所製剤に含まれるイベルメクチンの含有量として、750μg/mL、1重量%、1.87%等の数値が知られていた。

(3)引用文献に記載された事項及び引用文献に記載された発明
ア 引用文献1に記載された事項
令和1年12月20日付けの拒絶理由通知に引用された、本願の優先日前に頒布された文献である米国特許第5952372号明細書(以下「引用文献1」という。)には、次の事項が記載されている。
(英文なので和訳を示す。下線は当審による。)

摘記1a
「【発明の名称】経口又は局所投与でイベルメクチンを使用した、酒さの治療方法

【背景技術】
本発明は、経口投与又は局所適用でイベルメクチンを用いた、ヒトの酒さ(酒さ性ざ瘡)の治療方法に関する。本方法は、皮膚患部からDemodex folliculorum(ニキビダニ)という微生物を低減又は除去することにより、感受性のある人において、主としてこの微生物に対する体のアレルギー反応及び血管運動反応に起因する、酒さの臨床徴候を減少させる。
酒さは、元は酒さ性ざ瘡と呼ばれており、ある一定の中年成人において顔及び眼瞼を侵す慢性の炎症性皮膚疾患である。臨床徴候には、皮膚の病変部において単独で又は組み合わせて生じる、紅斑(発赤)、乾燥、丘疹、膿疱、及び結節が挙げられる。眼瞼の関与は、軽度の結膜刺激、又は眼瞼縁にあるマイボーム(皮脂)腺の炎症によって明らかとなる場合がある。慢性的な眼瞼刺激は、睫毛の損失を生じ得る。眼瞼刺激には視力障害は伴わない。男性では、鼻における酒さの慢性化により、鼻瘤として知られる球状の膨張を生じる場合がある。典型的な状況では、30〜50歳の成人において発症する。」(1欄1〜25行)

摘記1b
「【発明の概要】
本発明は、イベルメクチンの経口又は局所適用による、酒さの治療に関する。本治療は、皮膚患部においてニキビダニの個体数を効果的に低減又は除去することにより、前述のいずれの方法に比べても、この疾患の臨床徴候及び症状のより全面的な寛解を達成する。」(2欄25〜32行)

摘記1c
「【発明の詳細な説明】
本発明の好ましい実施形態において、活動性酒さの患者にイベルメクチンを1投与ごとに体重1キログラム当たり約200マイクログラムを経口投与する。対象の微生物Demodex folliculorumはダニ類の外部寄生体であるため、有効な治療は、このような極小の虫では、卵、幼虫、及び成虫の段階を含む生活環全体の根絶が可能なものでなくてはならない。この理由から、本実施形態は、少なくとも2回投与し、投与の間を3〜7日あけることにより、このような酒さの患者を治療する。このように間隔をあけることで、ニキビダニの卵が孵って幼ダニになる時間を与えることができ、産卵可能な成虫になる前に殺滅することができる。2回投与で相当に有効であることが示されているが、吸収が障害されるまれな例では、3〜7日の間隔をあけて4回まで用いてもよい。イベルメクチンが皮膚のDemodex folliculorumという微生物に対して殺ダニ活性を発揮した後は、微生物に対する炎症反応が消失し始めるが、死んだダニの残留物が体の浄化プロセスにより除去されるまでは、まだ潮紅及び病変形成をいくらか誘発する。プロセスは6〜8週間を必要とする。イベルメクチン投与のこの初期段階の間、早期の再燃を抑え、早期に臨床反応を与えるために経口テトラサイクリン及びメトロニダゾールの局所投与などの従来の抗酒さ薬物を用いてもよい。6〜8週間が経過すれば、酒さの症状を治療するためにはこのような薬物は必要ない。酒さの症状が長期間見られなかった後に、典型的な徴候が再度発現した場合は、治療を繰り返してもよい。このような再治療が必要になるのは、年間1〜2回を超えないはずである。
別の実施形態において、イベルメクチンは化粧品として許容可能な局所用のローション、クリーム、又はゲルに製剤され、酒さに侵された皮膚に塗布される。イベルメクチンのこのような投与経路では、皮膚が外用薬の浸透に与える周知の障壁効果のため、毛包への浸透及び有効な殺ダニ活性を十分に達成するには、毎日1回又は2回、4週間の塗布が必要になると予想される。この効果を得られる局所製剤は、イベルメクチン約1〜5%を含有しており、有効成分をマイクロリポソーム内に封入することができれば、浸透を高めることができる場合がある。このような軟膏療法では、好ましい経口の実施形態よりも頻繁に反復する必要がある場合があるが、両方のそれぞれの過程においても無症候期間を達成するであろう。」(2欄34行〜3欄13行)

摘記1d
「【実施例】
臨床所見及び疾患期間が異なる成人の酒さ患者3名を選択して開示の発明を説明する。これらの患者の例は、この疾患の異なる臨床症状に対するイベルメクチン治療の効果を説明する。
患者1
この44歳の白人女性は、1〜2年間酒さの臨床的証拠を呈しており、経口のテトラサイクリン、局所及び経口のメトロニダゾール、ならびにコルチゾンクリームを用いて治療されていたが、効果は限定的であった。顔の皮膚は、顔の中心に紅斑及び潮紅を呈しており、丘疹及び膿疱の形成を伴っていた。さらに、眼瞼は慢性眼瞼炎を呈し、酒さにはかなり典型的な睫毛の損失を繰り返していた。この患者に、イベルメクチンを経口投与量2回それぞれにおいて体重1キログラム当たり200マイクログラム投与し、投与の間に4日の間隔をあけた。イベルメクチンの投与開始後30日間は、経口テトラサイクリンを継続して1日500ミリグラム投与し、その後中止した。顔の中心の丘疹における初期の軽度の再燃の後、60日で丘疹が認められず、睫毛がすべて生えそろい、暑さや香辛料の入った食物に対しても潮紅がない程度まで状況がすみやかに改善した。症状は3か月後まで再発しなかった。

これらの実施例は、酒さの治療に経口イベルメクチンを用いる本発明の好ましい実施形態を説明しているが、ニキビダニを任意の投与経路によりイベルメクチンに曝露することは、結果として微生物を除去し、酒さに典型的な炎症の徴候を二次的に軽減する。したがって、イベルメクチンが皮膚の毛包に十分に浸透してDemodex folliculorumに占められている深さに到達することを可能にする、任意の賦形剤中のイベルメクチンの局所への使用は、酒さの有効な治療であり、全体が本発明の範囲内であると見なされる。また、イベルメクチンレジメンの用量、投薬スケジュール、濃度、賦形剤、及び反復頻度の変更は、本発明の範囲外とはみなされない。」(3欄15行〜4欄26行)

摘記1e
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚患部内の毛包を充填し毛包からDemodex folliculorumダニを除去するのに十分な用量での、イベルメクチンの経口投与又は局所適用による酒さの治療方法であって、結果的に酒さの症状及び徴候をきたす前記微生物に対するアレルギー反応及び血管運動反応の症状が停止する、方法。

【請求項5】
前記局所適用されるイベルメクチンが、キャリアローション、クリーム、又はゲルに製剤される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記局所適用されるローション、クリーム、又はゲル中のイベルメクチン濃度が、約1〜5重量パーセントである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記局所適用されるイベルメクチンが、眼瞼ではなく皮膚患部に塗布される、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記局所適用されるイベルメクチンが、少なくとも毎日1回、かつ毎日2回を超えずに約2〜4週間の期間で皮膚患部に塗布される、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記局所適用されるイベルメクチンが、前記キャリアローション、クリーム、又はゲルに製剤される前にマイクロリポソームの内部に封じ込められる、請求項5に記載の方法。」(4欄28行〜58行)

イ 引用発明
(ア)上記アによれば、引用文献1には、イベルメクチンの経口又は局所投与により、皮膚患部からニキビダニを低減又は除去することによって、ヒトの酒さ(酒さ性ざ瘡)を治療する方法に関する発明が開示され(摘記1a、1b)、好ましい実施形態として、活動性酒さの患者に、イベルメクチンを1投与ごとに体重1キログラム当たり約200マイクログラム、少なくとも2回、3日から7日の間をあけて経口投与すること、及び、イベルメクチン投与のこの初期段階の間、早期の再燃を抑え、早期に臨床反応を与えるために、経口テトラサイクリン及びメトロニダゾール局所製剤のような従来の抗酒さ薬を用いてもよいことが記載されている(摘記1c)。
また、別の実施形態として、イベルメクチンを、局所用のローションやクリームとして、酒さに侵された皮膚に塗布することが開示され、毛包への浸透及び有効な殺ダニ活性を十分に達成するには、毎日1回又は2回、4週間の塗布が必要であることが予想され、この効果を得られる局所製剤は、イベルメクチン約1〜5%を含有しており、有効成分をマイクロリポソーム内部に包み込むことができれば、浸透を高めることができる場合があると記載されている(摘記1c)。
さらに、実施例においては、丘疹や膿疱を有する患者に対してイベルメクチンを経口投与して酒さが治療できたことが示されているが、イベルメクチンの局所への使用も、酒さの有効な治療であると記載されている(摘記1d)。
そして、引用文献1には、請求項6において「局所適用されるローション、クリーム、又はゲル中のイベルメクチン濃度が、約1〜5重量パーセントである」こと、請求項8において「局所適用されるイベルメクチンが、少なくとも毎日1回、かつ、毎日2回を超えずに約2〜4週間の期間で皮膚患部に塗布される」ことが記載されている(摘記1e)。

(イ) 上記(2)のとおり、本願優先日当時、イベルメクチンを含有する局所製剤を用いることにより酒さの治療が可能であることは、技術常識となっており、局所製剤に含まれるイベルメクチンの含有量として、750μg/mL、1重量%、1.87%等の数値が知られていたことを考慮すると、イベルメクチンの局所への使用が酒さの有効な治療であることが記載されている引用文献1に接した当業者であれば、イベルメクチンを約1〜5重量%含む局所用製剤を、毎日1回又は2回、皮膚患部に適用すれば、酒さが治療できることを理解することができる。

そうすると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「イベルメクチンを約1〜5重量%含有し、皮膚患部に毎日1回又は2回適用する、酒さの治療のための局所用製剤。」

(4)対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「酒さの治療のための局所用製剤」は、本願補正発明の「酒さの」「病変を治療するための局所医薬組成物」に相当する。
引用発明の「局所用製剤」に含まれるイベルメクチン以外の成分は、本願補正発明の「薬学的に許容される担体」に相当する。
引用発明の「皮膚患部」は、本願補正発明の「病変により影響を受けている皮膚領域」に相当する。
そうすると、本願補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「イベルメクチン及び薬学的に許容される担体を含む、酒さの病変を治療するための局所医薬組成物であって、前記医薬組成物を、酒さの病変により影響を受けている皮膚領域に投与する、医薬組成物。」

<相違点1>
治療対象である酒さの病変が、本願補正発明においては、「炎症性」病変であるのに対し、引用発明においては、「炎症性」病変であることは特定されていない点。

<相違点2>
イベルメクチンの配合量が、本願補正発明においては、1重量%であるのに対し、引用発明においては、約1〜5重量%である点。

<相違点3>
本願補正発明は、医薬組成物を、「毎日1回投与し、そして、他の活性成分との併用をせずに、被験者の炎症性病変数の有意な低減が前記医薬組成物の最初の投与から2週間後に観察される」ものであるのに対し、引用発明は、「皮膚患部に毎日1回又は2回適用する」ものである点。

(5)判断
ア 相違点1について
引用文献1には、酒さは、中年成人において顔及び眼瞼を侵す慢性の炎症性皮膚疾患であり、臨床徴候には、紅斑(発赤)、乾燥、丘疹、膿疱等が含まれるところ、経口又は局所投与のイベルメクチンを用いて、皮膚患部からニキビダニを低減又は除去することによって、体のアレルギー反応及び血管運動反応に起因する、酒さの臨床徴候を減少させることが記載されている(摘記1a、1b)。また、引用文献1の実施例においては、イベルメクチンを経口投与して、丘疹や膿疱を有する患者の治療を行い、酒さに典型的な炎症の徴候を軽減させている(摘記1d)。
そうすると、引用文献1において治療対象とされる酒さの病変は、ニキビダニが関与する、丘疹や膿疱といった酒さの病変であり、炎症が生じていると解される(審判請求書に添付された参考資料2(L.Millikan, Skinmed.,2003,Vol.2(1)の4頁本文第2段落参照。)。
そして、上記(2)イで説示したように、イベルメクチンを含有する局所製剤を用いることにより酒さの治療が可能であることが本願優先日当時の技術常識であったことを踏まえると、引用文献1において、炎症が生じている酒さの病変に対してイベルメクチンを投与すれば、酒さが治療され炎症が軽減される、すなわち酒さの「炎症性」病変が治療できるといえる。
したがって、相違点1は、実質的な相違点とはいえない。
仮に、実質的な相違点であるとしても、引用発明を、ニキビダニが関与する、酒さの炎症性病変を治療するために適用することは、上記技術常識を踏まえると、当業者が適宜なし得る事項にすぎない。

イ 相違点2について
引用発明において、イベルメクチンの含有量を下限値の1重量%とし、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項とすることは、患者の症状の程度に応じて当業者が適宜なし得ることであるし、局所製剤に含まれるイベルメクチンの含有量を1重量%とすることは知られていた(上記(2)イ)ことからみても、当業者が容易に想到し得たことである。

ウ 相違点3について
(ア)「毎日1回投与し、そして、他の活性成分との併用をせずに」について
a 引用発明は、イベルメクチンを「毎日1回又は2回」適用するものであるから、「毎日1回投与」することは、当業者が適宜なし得る事項にすぎない。

b 引用文献1には、イベルメクチンを経口投与する実施形態について、経口テトラサイクリン及びメトロニダゾール局所製剤のような従来の抗酒さ薬が早期の再発を抑制する等のために用いられることも記載されているが(摘示1c)、経口投与とは別の実施形態として記載された局所投与については、上記の従来の抗酒さ薬を用いることについて記載されていないことから(摘示1c)、イベルメクチンを局所投与するに当たっては、上記の従来の抗酒さ薬を併用しなくても、治療が可能であると、当業者は理解するといえる。
そして、一般に、他の薬剤の影響を排除して有効成分の治療効果を確認することは当業者が通常行うことであって、上記(2)イで説示したように、イベルメクチンを含有する局所製剤を用いることにより酒さの治療が可能であることが本願優先日当時の技術常識であったことを踏まえると、上記の従来の抗酒さ薬を併用せずに、上記aのとおり、イベルメクチンを毎日1回局所投与したときの治療の効果を確認することは、当業者が適宜なし得るものである。

(イ)「被験者の炎症性病変数の有意な低減が最初の投与から2週間後に観察される」ことについて
a 本願明細書の実施例3において、PPR(丘疹膿疱性酒さ)を患っている被験者に対して、SOOLANTRA(イベルメクチン1%クリーム)又は媒体を、毎日1回、12週間局所投与したところ、イベルメクチン治療群と媒体を適用した媒体群との有意な差は、
(i)治療責任者の総合評価であるIGAスコア(【0045】〜【0047】)に基づいて観察される成功率(クリア又はほとんどクリアを達成した被験者の割合)については、4週目から観察され、それが12週まで持続したこと(図4B、図4C、【0092】)
(ii)炎症性病変数の基準値からの低減の中央値については、2週目に観察され、それが12週目まで持続したこと(図5C、図5D、【0093】)、
が記載されている。
ここで、本願明細書の実施例3において用いられているSOOLANTRA(イベルメクチン1%クリーム)は、他の活性成分と併用しないものであり、実施例3を通じて他の活性成分を用いたことは記載されていないから、本願明細書の実施例3において用いられるイベルメクチンは、毎日1回投与し、他の活性成分と併用しないものであるといえる。
また、相違点3に係る本願補正発明の特定事項である「毎日1回投与し、そして、他の活性成分との併用をせずに、被験者の炎症性病変数の有意な低減が前記医薬組成物の最初の投与から2週間後に観察される」とは、具体的には、上記(ii)の炎症性病変数の基準値からの低減の中央値について、毎日1回投与し、そして、他の活性成分と併用しないイベルメクチン治療群と媒体群との有意な差が観察されるのが2週間後であることを示すものであって、上記(i)で示されたような治療責任者の総合評価により治療が成功したと判断される時期が、2週間後であることを意味するのではないと解される。
そして、本願明細書には、相違点3に係る「毎日1回投与し、そして、他の活性成分との併用をせずに、被験者の炎症性病変数の有意な低減が前記医薬組成物の最初の投与から2週間後に観察される」という発明特定事項とするために、1重量%のイベルメクチンを含む局所医薬組成物を毎日1回投与すること以外の他の手段が必要であるとは記載されていないことから、他の活性成分との併用をせずに1重量%のイベルメクチンを含む局所医薬組成物を毎日1回投与すれば、自ずと上記発明特定事項が達成されるものといえる。
また、引用発明において、治療対象とされる酒さの病変である丘疹や膿疱といった炎症性病変について、その数の有意な低減によって治療の効果を確認するために観察することは、当業者が適宜なし得るものである。
そうすると、引用発明において、他の活性成分と併用しないイベルメクチンの含有量を下限値の1重量%とし(相違点2)、毎日1回局所投与することを選択すれば(上記(ア))、自ずと上記発明特定事項が達成されるものといえるから、相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項とすることも、当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。

b 仮に、1重量%のイベルメクチンを含む局所医薬組成物を毎日1回投与しても自ずと上記発明特定事項が達成されるものではない場合について、以下検討する。

引用文献1には、イベルメクチンを、局所用ローション、クリーム又はゲルとして適用する場合は、イベルメクチンの十分な毛包浸透及び効果的な殺ダニ活性を達成するには、4週間、毎日1回又は2回の適用を必要とすることが予期されること(摘記1c)、及び、局所投与のイベルメクチンは、約2〜4週間、毎日1回又は2回、患部の皮膚領域に適用されることが記載されている(摘記1e:請求項8)。
上記の「4週間」は、イベルメクチンが、「十分な毛包浸透及び効果的な殺ダニ活性を達成する」ために必要とされる期間であるから、イベルメクチンが十分な治療効果を達成し、実質的に酒さの治療が達成されるまでの期間を意味すると解するのが自然である。
また、引用文献1には、活性薬剤をマイクロリポソーム内に封入すると浸透性が向上することが記載されている(摘記1c)ことから、引用発明において、マイクロリポソーム内にイベルメクチンを封入するなどの剤形を工夫して浸透性を向上させることにより、1重量%のイベルメクチンを毎日1回局所投与した場合においても、4週間で実質的に酒さの治療を達成することは、当業者が予測可能なことである。
そして、その際には、イベルメクチンの毎日1回の局所投与を始めて2週間後には、ある程度、ニキビダニが関与する酒さの炎症性病変数が、イベルメクチンを投与していない場合と比べて有意に低減することを確認(具体的には有意差を確認)できることも、当業者の予測の範囲内である。
したがって、引用発明において、剤形を工夫して浸透性を向上させて、最初の投与から2週間で炎症性病変数の有意な低減が観察されるようにし、相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項とすることも、当業者が容易に想到することができたものである。

エ 本願補正発明の効果について
本願補正発明は、丘疹膿疱性酒さの治療に有効かつ安全であり(【0104】【0150】)、メトロニダゾール0.75%クリーム毎日2回局所投与よりも総合的な医薬品経済性利益に優れる(【0131】)という効果を奏する。
しかしながら、「炎症性病変数の有意な低減が」「最初の投与から2週間後に観察される」とは、治療が完了するまでの期間が2週間ということではなく、媒体を1日1回処置した場合(対照)に比べての炎症性病変数の減少が統計的に有意であると観察される時点が、イベルメクチン投与後2週間であるというものあって、この時期が、引用文献1から当業者が想定する時期と比べて格別顕著であることは具体的に示されていない。
一方、引用文献1において治療対象とされる酒さの病変は、ニキビダニが関与する、丘疹や膿疱といった酒さの病変であるから、本願補正発明が、丘疹膿疱性酒さの治療に有効かつ安全であるという効果は、引用文献1の記載から予測可能である。
また、上記(2)ア(ウ)のとおり、0.75%のメトロニダゾールゲルよりも1.87%のイベルメクチンクリームの方が、毎日2回適用した場合に効果が優れることは、当業界において既に確認されており、上記(5)イのとおり、引用発明に基づいて、イベルメクチンの含有量を1重量%とし毎日1回局所投与することは、当業者が適宜なし得る事項にすぎない以上、本願補正発明が、メトロニダゾール0.75%クリーム毎日2回投与よりも、総合的な医薬品経済性利益に優れることのみをもって、本願補正発明の進歩性を肯定するに足るものとすることはできない。

オ 小括
以上によれば、相違点1〜3を併せ考慮しても、本願補正発明は、引用発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえる。

(6)審判請求人の主張について
審判請求書及び上申書における審判請求人の主張について検討する。

ア 審判請求人は、引用文献1に記載された、酒さ一般を治療するために皮膚ダニを根絶することは、皮膚ダニの存否にかかわらずに、酒さの炎症性病変を治療することと同じではなく(上申書1頁下から2行〜2頁6行)、引用文献1は、イベルメクチンがその殺ダニ活性を発揮した後でさえも、ダニの遺残物は、依然として若干の潮紅と病変形成を誘発するため、経口テトラサイクリン及び局所メトロニダゾールのような従来の抗酒さ薬治療を、最初の6〜8週間投与継続し、早期の再燃を抑制し、早期の臨床応答を与えることをさらに教授している(上申書3頁1〜5行)から、死亡ダニによる早期の再燃を抑制し、酒さの炎症性病変を早期に臨床的に改善することは期待できない旨(上申書3頁6〜10行)を主張する。
しかしながら、引用文献1において治療対象とされる酒さの病変は、ニキビダニが関与する、丘疹や膿疱といった酒さの炎症性病変であって、イベルメクチンを含有する局所製剤を用いることにより酒さの治療が可能であることが本願優先日当時の技術常識であったことを踏まえると、引用文献1において、炎症が生じている酒さの病変に対してイベルメクチンを投与すれば、酒さが治療され炎症が軽減される、すなわち酒さの炎症を示す病変の数(炎症性病変数)が有意に低減することは、上記(5)アに説示したとおりである 。
そうすると、酒さ一般を治療するために皮膚ダニを根絶することによって、酒さの炎症性病変を治療することができることを当業者は理解することができるといえる。

また、審判請求人は、あたかも、本願補正発明は皮膚ダニの存否にかかわらずに酒さの炎症性病変を治療するものであるかのような主張をするが、本願明細書において、皮膚ダニが存在しない酒さの病変において、イベルメクチンによって炎症性病変数を低減できたことは記載も示唆もされていないから、審判請求人の上記主張は、根拠がない。
したがって、審判請求人の上記主張はいずれも採用できない。

イ 審判請求人は、参考資料1〜4を提示し、本発明の時点では、酒さの炎症性病変又はサブタイプ2の酒さが、別の活性成分との同時投与なしに、1%(w/w)のイベルメクチンの1日1回の局所投与によって、効果的に治療できるかどうかは知られておらず、引用文献1には、イベルメクチン投与の初期段階の間、すなわち、投与の最初の6〜8週間の間、経口テトラサイクリン及び局所メトロニダゾールのような、伝統的抗酒さ治療方法が、早期のフレアーアップを抑制し、そして、早期の臨床応答をもたらすために、使用されることが示唆されているものの、他の活性成分の同時投与なしに、イベルメクチンの初期投与後2週間で、炎症性病変数の減少を得ることについての合理的な成功の期待をもって、イベルメクチンの1日1回の局所投与によって、酒さの炎症性病変を治療しようとする動機付けはなく(上申書2頁7〜下から4行)、引用文献1に記載されたイベルメクチンの医薬組成物が特許請求の範囲に記載された発明の予期しない有利な効果を黙示に教示することはない旨主張する(審判請求書11〜14頁の(4−1)、上申書3頁11〜18行)。
しかしながら、引用発明において、イベルメクチンの含有量を下限値の1重量%とし、毎日1回適用することを選択すれば(相違点3)、自ずと、初回の投与後2週間で炎症性病変数の有意な低減が達成されるものであり、仮にそうでないとしても、引用発明において、剤形を工夫しイベルメクチンの浸透性を向上させて、最初の投与から2週間で炎症性病変数の有意な低減が観察されるようにし、相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到することができたものであることは、上記(5)イ、ウに説示したとおりである。
したがって、審判請求人の上記主張は採用することができない。

ウ 審判請求人は、実施例2及び実施例3に基づいて、治療開始12週目における、イベルメクチン1%BID(1日2回)、1%QD(1日1回)の成功率は、それぞれ70.8%、65.4%であり、いずれもビヒクルの成功率42.0%と比較して有意(p<0.05)に高いものであり、また、イベルメクチンの1%QDによる初回治療の2週間後という早期に、2つの別々の臨床試験(図5C及び図5D、本願明細書[0093])で治療した患者から、炎症性病変数の中央値が約30%(p<0.001)及び27.3%(p<0.01)減少したことが認められ、更に、イベルメクチン1%クリームQDの方がアゼライン酸15%ゲルBIDよりも皮膚障害の発現頻度が低いものであった(本願明細書[0102])から、本願補正発明は格別の効果を奏する旨主張する(審判請求書15頁下から7行〜16頁17行、17頁下から9〜4行、上申書3頁下から6行〜4頁28行)。
しかしながら、1重量%イベルメクチンを毎日1回局所投与し始めて2週間後には酒さの炎症性病変数が有意に低減することも引用文献1の記載から当業者の予測の範囲内であることは、上記(5)エに説示したとおりである。
また、イベルメクチン1%クリーム1日1回の方がアゼライン酸15%ゲル1日2回よりも皮膚障害の発現頻度が低く、より安全なものであることのみをもって、酒さの炎症性病変を治療するための局所医薬組成物として予測できない優れた効果を奏するともいえない。
したがって、審判請求人の上記主張は採用することができない。

エ 審判請求人は、実施例4に基づいて、サイドバイサイドの臨床試験では、イベルメクチンによる局所治療は、PPRの治療において最も頻繁に使用される療法の1つである、メトロニダゾールによる治療よりも有効であり、より高い病変数の患者においてでさえも効果があることが示されたから、本願補正発明は格別の効果を奏する旨主張する(審判請求書16頁18行〜17頁下から10行)。
しかしながら、イベルメクチンによるPPRの局所治療はメトロニダゾールによる治療よりも効果が優れることが、当業界において既に確認されていたことは、上記(5)エに説示したとおりであるから、本願補正発明の奏する効果も予測できるものである。
したがって、審判請求人の上記主張は採用することができない。

(7) むすび
以上のとおり、本願補正発明は、引用文献1に記載された発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4 補正の却下の決定についてのむすび
本件補正は、上記2(3)ウのとおり、特許法第17条の2第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
また、仮に本件補正が特許法第17条の2第5項の規定に違反しないものだとしても、本願補正発明は、上記3(7)のとおり、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記第2のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記第2[理由]1(2)で示した、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

(本願発明)
「【請求項1】
0.5重量%〜1.5重量%のイベルメクチン及び薬学的に許容される担体を含む医薬組成物を、酒さの炎症性病変により影響を受けている皮膚領域に、毎日1回局所投与することを含む、治療を必要とする被験者における酒さの炎症性病変の治療方法であって、前記医薬組成物の最初の投与から早ければ2週間後に炎症性病変の有意な低減が観察される方法。」

2 原査定の拒絶の理由の概略
原査定の拒絶の理由は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1〜20に係る発明は、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない、という理由(理由1)を含むものである。

なお、原査定の拒絶の理由は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、本願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、引用文献1に記載の発明に基いて、本願の優先日前に、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、という理由(理由2)を含むものである。そして、原査定の拒絶の理由2は、上記第2 3で説示した、本願補正発明の独立特許要件についての判断と同旨である。
また、本願の原出願である特願2017−117452号は、拒絶査定不服審判が請求されたものの、請求項1に係る発明は引用文献1(本願における引用文献1と同じ)に記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるという進歩性欠如の拒絶理由により、本件審判の請求は成り立たないとする審決が確定しており、その審決時の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、本願補正発明の「有意な低減」が「低減」となっている点だけが異なるものである。

3 原査定の拒絶の理由についての判断
本願の特許請求の範囲の請求項1には、「・・・酒さの炎症性病変の治療方法であって、・・・方法。」と記載されていることからみて、本願発明1は、イベルメクチンを用いた酒さの炎症性病変の「治療方法」に関する発明である。
そして、治療方法は、特許法第29条第1項柱書でいう産業上利用することができる発明に該当しないものであるから、特許を受けることができないものである。

第4 むすび
以上のとおり、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、産業上利用することができる発明に該当しないから、特許法第29条第1項柱書の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 藤原 浩子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-05-31 
結審通知日 2022-06-07 
審決日 2022-06-21 
出願番号 P2018-244191
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 14- Z (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 田中 耕一郎
阪野 誠司
発明の名称 イベルメクチンを用いた、酒さの炎症性病変の治療  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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