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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07H
管理番号 1391263
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-12-11 
確定日 2022-11-24 
事件の表示 特願2018−516685「β−ニコチンアミドモノヌクレオチドの結晶形態」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月 6日国際公開、WO2017/059249、平成30年11月22日国内公表、特表2018−534265〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2016年9月30日(パリ条約に基づく優先権主張外国庁受理 2015年10月2日 米国(US))を国際出願日とするものであって、令和1年9月17日付けで拒絶理由が通知され、令和2年3月31日に意見書および手続補正書が提出され、同年7月31日付けで拒絶査定され、同年12月11日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出されたものである。
なお、本件においては、令和1年9月30日及び令和3年8月6日に刊行物等提出書が提出されている。

第2 本願発明について
この出願の特許請求の範囲の請求項1〜23の記載は、令和2年12月11日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜23に記載されたとおりであるところ、その請求項1の記載は以下のとおりである(以下「本願発明」という。)。
「式(I)

の構造を有する化合物の結晶であって、該結晶が、無水であり、且つCu Kα線を用いて測定された粉末X線回折(XRD)で特徴付けられている20.03、20.14、21.83、及び25.73の2θ値を有する、前記結晶。」

第3 拒絶査定の理由の概要
令和1年9月17日付け拒絶理由通知書には、理由3(進歩性)について、
「●理由3について
・請求項 1〜28
・引用文献等 1〜6
・・・」
と記載され、令和2年7月31日付け拒絶査定には、
「この出願については、令和1年9月17日付け拒絶理由通知書に記載した理由3によって、拒絶をすべきものです。
・・・
備考
●理由3(特許法第29条第2項)について
・請求項 1〜23
・引用文献等 1〜6
・・・」
と記載され、拒絶理由通知書における拒絶理由の対象である請求項1〜28は、拒絶査定時における拒絶査定の対象である請求項1〜23に対応している。
したがって、令和2年7月31日付け拒絶査定の拒絶の理由は、以下の理由を含むものである。

理由3:この出願の請求項1〜23に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は下記の電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:Product Information、β−Nicotinamide Mononucleotide、Item No.16411、[online]、Cayman Chemical、2014.03.11、[検索日:2019年9月13日]、<URL:http://www.caymaneurope.com/pdfs/16411.pdf>
引用文献2:Synthesis、1981年5月、No.5、p.388〜389
引用文献3:仲井由宣 外1名編、「新製剤学」、株式会社南山堂、1984年4月25日、第1版第2刷、p.102〜104、217〜236
引用文献4:塩路雄作著、「固形製剤の製造技術」、株式会社シーエムシー出版、2003年1月27日、普及版第1刷、p.9〜14
引用文献5:平山令明編著、「有機化合物結晶作製ハンドブック −原理とノウハウ−」、2008年7月25日、丸善株式会社、p.37〜84
引用文献6:社団法人日本化学会編,「第4版 実験化学講座1 基本操作I」、丸善株式会社、1996年4月5日、第2刷、p.184〜186

なお、引用文献3〜6は、本願優先日時点の技術常識を示す文献である。

第4 当審の判断
当審は、上記拒絶査定の拒絶の理由のとおり、本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明、又は、頒布された下記の引用文献2に記載された発明、並びに、本願の優先日前の技術常識に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと考える。

引用文献1:Product Information、β−Nicotinamide Mononucleotide、Item No.16411、[online]、Cayman Chemical、2014.03.11、[検索日:2019年9月13日]、<URL:http://www.caymaneurope.com/pdfs/16411.pdf>(拒絶査定の引用文献1)
引用文献2:Synthesis、1981年5月、No.5、p.388〜389(拒絶査定の引用文献2)
引用文献3:仲井由宣 外1名編、「新製剤学」、株式会社南山堂、1984年4月25日、第1版第2刷、p.102〜104、217〜236(拒絶査定の引用文献3)
引用文献4:塩路雄作著、「固形製剤の製造技術」、株式会社シーエムシー出版、2003年1月27日、普及版第1刷、p.9〜14(拒絶査定の引用文献4)
引用文献5:平山令明編著、「有機化合物結晶作製ハンドブック −原理とノウハウ−」、2008年7月25日、丸善株式会社、p.37〜84(拒絶査定の引用文献5)
引用文献6:社団法人日本化学会編、「第4版 実験化学講座1 基本操作I 」、丸善株式会社,1996年4月5日、第2刷、p.184〜186(拒絶査定の引用文献6)
引用文献7:PHARM TECH JAPAN、2002年、18(10)、p.81〜96
引用文献8:小嶌隆史、医薬品開発における結晶性選択の効率化を目指して、薬剤学、2008年、68(5)、p.344〜349
引用文献9:高田則幸、創薬段階における原薬Formスクリーニングと選択、PHARM STAGE、2007年、6(10)、p.20〜25
引用文献10:C.G.WERMUTH編、長瀬博監訳、「最新 創薬化学 下巻」、株式会社テクノミック、1999年9月25日、p.452〜453
引用文献11:社団法人日本化学会編、「化学便覧 応用化学編 第6版」、丸善株式会社、2003年1月30日、p.178
引用文献12:浅原照三 外4名編、「溶剤ハンドブック」、株式会社講談社、1985年9月1日、p.47〜51

なお、引用文献3〜12は、本願優先日時点の技術常識を示すためのものである。

1 引用文献及びその記載事項
(1)引用文献1:Product Information、β−Nicotinamide Mononucleotide、Item No.16411、[online]、Cayman Chemical、2014.03.11、[検索日:2019年9月13日]、<URL:http://www.caymaneurope.com/pdfs/16411.pdf>
原査定で引用された本願の優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった「引用文献1」には、次の記載がある。
訳文にて示す。
(1a)「生成物情報
β−Nicotinamide Mononucleotide
項目番号 No.16411
CAS登録番号:1094−61−7
正式名:3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウム、内部塩
同意語:β−NMN
分子式:C11H15N2O8P
式量:334.2
純度:≧95%
安定性:≧2年(−20℃で)
供給態様:結晶固体として
UV/Vis.:λMax:210、265nm


実験手順
長期間貯蔵のために、β−nicotinamide Mononucleotide(β−NMN)を供給されたまま−20℃で保存することを提案している。その条件で、少なくとも2年間安定である。
β−NMNは、結晶固体として供給され、エタノール、DMSO、ジメチルホルムアミドのような有機溶媒にあまり溶解しない。生物学的実験のためには、有機溶媒を含まないβ−NMNの水溶液が、結晶固体を緩衝水に直接溶解することで調製することを提案している。リン酸緩衝液(pH7.2)中のβ−NMNの溶解度は、約10mg/mlである。1日以上水溶液を保存することは推奨しない。
β−NMNは、β−Nicotinamide adenine dinucleotide(NAD+:項目番号 No.16077)の生合成の中間体である。Nicotinamide phosphoribosyltransferase(Nampt)が、nicotinamideが、5−phosphoribosyl−1−pyrophosphateと縮合して、β−NMNを生成することを触媒し、β−NMNは結果的にβ−NMN adeniltransferaseによって、NAD+に変換される1。50−100μM、β−NMNは、Nampt+/−肥満病のモデルマウスにおけるNAD生合成やグルコース刺激インシュリン分泌を拡大するために使用され、β細胞機能におけるNamptの役割を実証している2。さらに、500mg/kg/日で、NAD+レベルを回復することで、高脂肪食餌誘起2型糖尿病マウスのグルコース過敏性の改善を示した3。」(1頁1〜27行)

(2)引用文献2:Synthesis、1981年5月、No.5、p.388〜389
原査定で引用された本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献2」には、次の記載がある。
訳文にて示す。
(2a)「Nicotinamideのグリコシド及びNicotinamide Mononucleotideの合成1
・・・
分子中で、異なる一部分を修飾したNAD+(nicotinamide adenine dinucleotide)誘導体は、酵素に依存するNAD+の機能のメカニズムの研究において、重要なツールである2,3。NAD+誘導体の化学的4及び酵素的5合成方法には、利用しにくいnicotinamide mononucleotide(NMN)が成分として関与している。・・・したがって、nicotinamideの過アシル化ハロゲン化糖との縮合や、nicotinamide riboside(NAR)のリン酸化を再調査することは、改善されたNMN合成を発展させるために、合理的なようである。・・・

・・・
NARのリン酸クロライドによる無水トリメチルリン酸中でのリン酸化12とそれに続くクロマトグラフィー(Dowex1×2(AcO−形))による水除去によってNMN(5d)を30〜60%の収率で得た。・・・」(388頁左欄1行〜右欄28行)

(2b)「Nicotinamide Mononucleotide(5d):
・・・クロマトグラフィーで5dの天然の試料と同一の分画を一緒にして、水を30℃で蒸発させ、5dを、アセトンでアモルファス粉末として沈殿させた。収量30−60mg(32−64%)・・・
C11H15N2O8P ・・・
(334.2) ・・・
U.V.(H2O):λmax:266nm.」(389頁左欄下から12〜2行)

(3)引用文献3:仲井由宣 外1名編、「新製剤学」、株式会社南山堂、1984年4月25日、第1版第2刷、p.102〜104、217〜236
原査定で引用された本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献3」には、次の記載がある。

(3a)「1.医薬品の結晶
固体医薬品の大部分は結晶であり,X線による回折を示す.結晶は構成要素である原子あるいは分子の空間における結合の形式によって,イオン結晶,金属結晶,共有結合結晶,分子性結晶に分類される.医薬品は有機化合物が多く分子性結晶としての性質を持つ.
・・・
2.多形
多形とは同じ化学組成をもちながら結晶構造が異なり,別の結晶系を示す現象またはその現象を示すものをいう.・・・
・・・医薬品では・・・,とくに最近では多くの薬品に多形の存在が見出されている.
多形は結晶中での分子や原子の配列が異なるので,その存在は X 線回折法,・・・により知ることができる.また熱力学的に多形は別の相として考えられ,各多形はそれぞれの融点や溶解度をもつ.ある薬品に多形があるとき,一般に融点の高い方が安定形であり溶解度は低い.
・・・
3.結晶性
結晶では原子あるいは分子が3次元的にある単位のくりかえしで整然と配列されている.これに対して固体中でこの配列がまったく乱れて秩序性がみられないとき無晶形物質(あるいは無定形,非晶質物質)amorphous substance という.・・・ある1つの薬品でも無晶形のものは結晶の場合に較べて溶解速度が大きい・・・.しかし化学的に無晶形の方が不安定であることが多い.」(102頁下から19行〜104頁4行)(下線は、当審にて追加。以下同様。)

(4)引用文献4:塩路雄作著、「固形製剤の製造技術」、株式会社シーエムシー出版、2003年1月27日、普及版第1刷、p.9〜14
原査定で引用された本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献4」には、次の記載がある。
(4a)「1.2.4 結晶多形
薬物には,2つ以上の結晶形を有するものが多く,無晶形をも含めて結晶形が異なると,溶解速度,融点,密度,硬さ,結晶形状,光学的および電気的性質,蒸気圧,安定性などの物性が異なってくることが知られている。・・・
薬物に結晶多形が存在するかどうかを検知することは,Preformulationのこの段階における重要な課題である。・・・
結晶多形が存在することがわかれば,異なった多形結晶を同定し,分離するための方法が必要になってくる。・・・以下にいくつかの方法をあげたが,・・・
・・・
○3(審決注:原文では丸数字。) 粉末X線回折
・・・」(12頁18行〜13頁14行)

(5)引用文献5:平山令明編著、「有機化合物結晶作製ハンドブック −原理とノウハウ−」、2008年、丸善株式会社、p.57〜84
原査定で引用された本願出願前に頒布された刊行物である上記「引用文献5」には、次の記載がある。
(5a)「4.5 医薬品の結晶化例
4.5.1 一般的な結晶化条件
医薬品を開発するうえで,初期段階においては種々の条件下における結晶多形の検索を行い,製剤化検討の結果なども考慮して開発の基本形となる結晶形を選択する.その後,工業化に向けたスケールアップの検討を行い,工場での生産が安定に行えるように準備する必要がある.したがって,開発初期段階における結晶多形の有無などを含めた結晶状態の検討は,医薬品の開発を効率的に進めるうえで非常に重要である.晶析条件に関する文献も多いが35),ここでは,医薬品を結晶化する一般的な条件を示し,さらに医薬品の結晶化の実例を記述する.
一般に使用される晶析溶媒としては,水,メタノール,エタノール,1−プロパノール,2−プロパノール,1−ブタノール,2−ブタノール,1−ペンタノール,酢酸エチル,アセトン,メチルエチルケトン,トルエン,シクロヘキサン,シクロヘキサノン,ジメチルホルムアミドなどである.
結晶化はおよそ以下のような方法を用いる.
(1)試料を水浴上で加温した溶媒に加え,飽和溶液を調製する.熱時ろ過(審決注:ろ過の「ろ」は原文ではさんずいに戸であるが、ひらがなで記す。以下も同じ。)し,残留試料を除いた後,室温付近まで徐々に冷却する.
(2)試料を水浴上で加温した溶媒に加え,飽和溶液を調製する.熱時ろ過し,残留試料を除いた後,氷などにより急冷する.
(3)試料を適当な溶媒に溶かした液に,試料が溶けにくい溶媒を滴下する.
(4)試料を適当な溶媒に溶かした液をエバポレータなどを用いて脱溶媒する.
・・・」(78頁14行〜79頁6行)

(5b)「4.2.1 結晶多形の検索
複数の結晶相が存在する結晶多形は,医薬品においてもしばしば認められる現象である.しかし,結晶構造と晶析条件との相関はいまだ解明されておらず,結晶多形の有無は試行錯誤を繰り返しつつ求めざるを得ないのが現状である.したがって,偶然に見いだされる場合も少なくないが,結晶多形に重要な影響を与えると思われる各因子を適宜組み合わせ,比較的簡便な方法で検索しているいくつかの報告もある4,5).
表4.1はその例の一つで,抗高血圧剤あるいは利尿剤として広く用いられているFurosemide(フロセミド)[図4.1(a)]での析出条件と,各結晶形の析出挙動をまとめたものである4).医薬品における結晶多形の制御は溶媒の選択によってなされることが多いが,ここでも水を含めて18種類の溶媒が検討に用いられた.これら溶媒に対して,さまざまな冷却法や溶媒の蒸発法を組み合わせることにより温度や過飽和度の異なる条件を発生させた.その結果,従来はI形とII形の2種の多形についてだけ報告されていたが,新たに多形1種(III形)と,N,N−ジメチルホルムアミドおよび1,4−ジオキサンを含有した2種の溶媒和物(IV形およびV形)が見いだされた.表4.1(1)の加温溶解し徐冷する方法においてはメタノールやエタノールのような低沸点の溶媒からI形が,ブタノールなどのより高沸点の溶媒からII形が析出する傾向がみられた.(3)の有機溶媒に加温溶解し水を添加する方法でも,また(4)のN,N−ジメチルホルムアミドに加温溶解し他の溶媒を添加する方法においても,同様の傾向がみられた.」(59頁2行〜60頁下から1行)

(5c)「


」(59〜60頁表4.1)

(6)引用文献6:社団法人日本化学会編、「第4版 実験化学講座1 基本操作I」、丸善株式会社、、1996年4月5日、第2刷、p.184〜186
原査定で引用された本願出願前に頒布された刊行物である上記「引用文献6」には、次の記載がある。
(6a)「a.再結晶
物質の精製法として蒸留法,および再結晶法は基本的操作である.再結晶法は加熱下で溶質を溶媒に溶解して飽和溶液とし,次にこの溶液を冷却すると溶質の溶解度が下がり,過剰の溶質は沈殿(結晶)し,一方,不純物は飽和溶液に達せず,そのまま溶液に留まる.・・・不純物・・・は再結晶により除去できることになる.
(i)試料の純度 再結晶を行う試料の純度は,特に有機物では最初に薄層クロマトグラフィーで確認しておく.その際,用いた展開剤の極性と薄層上のRf 値との関係は再結晶の溶媒選択に役立つし,また不純物の大よその極性もわかる.精製する物質の純度は高い方が望ましく,純度があまりにも低すぎる場合には,蒸留,カラムクロマトグラフィーや活性炭による脱色を行うなどして,夾雑物をある程度除去しておいた方がよい.勿論,精製が可能かどうかは再結晶の原理からみて,溶解度曲線の形に関係するので,不純物が多い場合にも純粋な結晶が得られることも少なくない.
(ii)溶媒の選択 再結晶溶媒の選択には一定の規則があるわけではなく,試行錯誤により選択するのが基本である.したがって,試料約20mg程度を試験管で溶媒に対する溶解性や結晶性を調べてみるとよい.既知化合物であれば,化合物辞典などで再結晶溶媒や溶解度を調べるのがよい1).・・・しかし,古くから同族体は同族体をよく溶かすという経験則があり,これを基本にして選ぶとよい選択ができる.つまり精製しようとする化合物が,水素結合性であるのか非水素結合性か,極性基または疎水基をもっているかどうか,イオン性であるかどうかなどである.一般には,水素結合性,極性を考慮すると,次の6種の溶媒の中から選択すれば十分であろう.
ヘキサン<ベンゼン<酢酸エチル<アセトン<エタノール<水(極性小から大)
さらにこの中間の極性のものが欲しい場合には,2種の溶媒を混合するか,表4・5を参考にされたい.その際,極性値(誘電率ε,溶解度パラメータδ,極性値ET;ε,δ,ETは数字が大きいと極性が大きい)や沸点,融点を選択の基準とすればよい.反応性溶媒や沸点が高い溶媒はできれば避けた方がよい.このような溶媒では有機物の再結晶中に脱離や置換が起きた多数の例がある.」(184頁下から14行〜185頁22行)

(7)引用文献7:PHARM TECH JAPAN、2002年、18(10)、p.81〜96
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献7」には、次の記載がある。
(7a)「塩・結晶形の最適化と結晶化技術
・・・

はじめに
医薬品開発を迅速かつ効率的に進めるためには,開発する原薬の基本形となる塩形の選定と共に多形選定が重要な鍵を握っている。本誌2002年7,8月号においては,凍結乾燥注射剤と経口剤について安定性の観点から事例を示して,塩形検討に際し考慮すべき塩の種類と所望する物性について言及した1,2)。本号では,結晶形の最適化について検討すべき結晶化条件や最近話題となってきている多検体自動結晶実験システム(・・・)について述べてみたい。」(タイトル及び81頁左欄1〜10行)

(8)引用文献8:小嶌隆史、医薬品開発における結晶性選択の効率化を目指して、薬剤学、2008年、68(5)、p.344〜349
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献8」には、次の記載がある。
(8a)「塩・結晶多形の選択は一般に,物性評価,結晶化スクリーニング,塩スクリーニング,結晶多形スクリーニング,安定形結晶スクリーニング等の組合せから構成される.これら全てのスクリーニングについて,より早期での実施が可能な手法が開発されており,受託研究企業数社から,それぞれ特徴を有したスクリーニングが供給されている.」(346頁左欄12〜18行)

(9)引用文献9:高田則幸、創薬段階における原薬Formスクリーニングと選択、PHARM STAGE、2007年、6(10)、p.20〜25
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献9」には、次の記載がある。
(9a)「3.1 結晶化法と結晶化溶媒
Form及び結晶多形スクリーニングで主に用いられる結晶法には,冷却法,貧溶媒法(Precipitation),蒸発法,スラリーコンバージョン法(溶媒媒介転移法)がある。・・・
溶液からの結晶化において,結晶化溶媒は結晶核生成と結晶成長に大きく影響を与える重要な結晶化条件の一つである。」(22頁左欄10行〜右欄5行)

(10)引用文献10:C.G.WERMUTH編、長瀬博監訳、「最新 創薬化学 下巻」、株式会社テクノミック、1999年9月25日、p.452〜453
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献10」には、次の記載がある。
(10a)「IV.メソモルフィック結晶(mesomorphic crystalline)〔訳註5〕 の取り扱い
ある種の物質は結晶となるときに複数の結晶状態をとりうることが知られている.その結晶状態に決定する要因には,結晶化溶媒の物性,結晶化するときの温度,不純物の有無などがある.このような性質を結晶多形または単に多形(polymorphism)という.可能な結晶状態のなかには準安定な結晶がある.準安定状態(metastable state)の結晶はより安定な状態に変化して異なる物理化学性質を示すことになる.この変化は2つのタイプに分けられる.可逆的転移である互変(enantiotropy)と不可逆的転移の単変(monotropy)である.前者は文字どおり多形のそれぞれの状態が相互変換可能な場合である.後者は,熱力学的に不安定な状態からより安定な状態へ変化する現象であり,一般的にはこの種の転移が多い.ある薬物が異なる結晶形を示すときに,それぞれの結晶形を識別する方法には,融点測定,溶解度測定,示差走査熱量測定,熱重量分析,赤外分光,X線回折,走査電子顕微鏡による形態観察などがある.
一般論として,準安定状態の物質には安定状態に比べてその溶解度および溶解速度が大きいという特徴がある.極端な場合,両状態の溶解度の差が4倍以上にもなることがあるが21,22,通常よく観察されるのは溶解度が50〜100%程度上昇する現象である23.一例としてここではリボフラビン(riboflavin)を挙げる.この薬物には3種の多形があり,その溶解度はそれぞれ60mg/L,810mg/L,1200mg/Lと大きな開きがみられる24.また,準安定状態の結晶を溶媒と接触できるようにしておくと,この結晶は最も安定な状態に徐々に変化し,これに伴って溶解度が低下することがある.たとえば,ノボビオシン(novobiocin)は酸性のアモルファス固体(無定形または非晶質固体)であるが,溶解度の非常に低い結晶に変化しやすい25.このためにノボビオシンを懸濁液として投与することは困難である.薬物を噴霧乾燥(spray drying)によって溶解度の高いアモルファス固体とすることがある.この場合,純粋な薬物を噴霧しても良いが,実際には均質な分散薬物を得るために添加剤を加えることが多い26.
ある結晶状態が他の状態に変化する現象すなわち転移は,工業的な製造プロセスにおいても起こりうる.たとえば,クロロキン二リン酸(chloroquine diphosphate)の一水和物の結晶を高温で保存しておくと無水物となることがある.この脱水反応は薬物を粉砕する際にも起こりやすい.さらにクロロキン二リン酸無水物を湿度の高い状態で保存していると他の水和物に転移することもある.また,薬物の原末を圧縮する際にも結晶形の変化が起こりうる27.クロラムフェニコール(chloramphenicol)のステアリン酸塩の場合は,A結晶(form A)をコロイドシリカ(colloidal silica)の存在下で粉砕するとB結晶(form B)に変化することが知られている28.以上の事例から明らかなことではあるが,固体の薬物を製造する場合は,プロセスを標準化するのと同時に,品質管理の一環として固体薬物の結晶状態に関するより精密な検査を行うことが特に重要であることをここで強調しておきたい.」(452頁下から12行〜453頁20行)

(11)引用文献11:社団法人日本化学会編、「化学便覧 応用化学編 第6版」、丸善株式会社、2003年1月30日、p.178
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献11」には、次の記載がある。
(11a)「4.3.3 晶析
a.晶析とその役割
晶析は,目的の特性を有する結晶を,再現性よく,確実に製造する技術である.晶析は,化学物質の製造全般に広く用いられており,分離精製のみならず,機能性固体(結晶)の生産という観点からも重要である.たとえば,糖・アミノ酸などの食品の製造,記録媒体としてのα-鉄(α-Fe)・マグへマイト(γ-Fe2O3)などの電子材料の製造,ナノ粒子の製造,さらにその90%が結晶である医薬品(原薬)とその中間体の製造などであり,いずれも結晶特性の制御が高度に要求されている.
1998年の調査(化学工学会晶析技術特別研究会)によれば,わが国で行われている晶析は,80%が溶液からの晶析である.また,75%が回分法で行われている.次に融液からの晶析が多く,大規模の精製晶析についても優れた技術,たとえばKCP法(呉羽テクノエンジ)が開発されている.
b.結晶特性
おもな結晶特性は,晶癖・粒径・粒径分布・純度・多形・結晶化度である.これらの特性が異なれば,溶解度・溶解速度・安定性・比容・操作性(ろ過性(審決注:ろ過の「ろ」は原文ではさんずいに戸であるが、ひらがなで記す。以下も同じ。)・粉じん爆発性・打錠性・計量性)などが異なり,医薬品ではとくにバイオアベイラビリティ(生物学的利用率)が異なることから,結晶特性の制御は非常に重要である.
(i) 晶癖 ・・・
(ii) 粒径・粒径分布 ・・・
(iii) 純度 結晶への不純物の取込みについては,二つのメカニズムがある.母液の結晶への取込み,あるいは結晶表面への付着によるものと,結晶構造への組込みによるものである.前者は,結晶成長の粗さ,凝集などによって引き起こされるものであり,晶析速度の調整,洗浄などで解決する可能性がある.後者は,溶媒の変更,多形の選択など根本的な変更が必要である.結晶溶媒(結晶構造に組み込まれた溶媒)も不純物と見なすことができる.
(iv) 多形 化合物は同じで,結晶構造が異なるものである.結晶溶媒の有無で溶媒和結晶は擬多形とよばれている.多形結晶は,外観のみでは判断できない.粉末あるいは単結晶X線回折・赤外吸収(IR)・示差走査熱量測定(DSC)などで同定する必要がある.多形は,溶媒の種類・温度・冷却速度・過飽和度・かくはん速度・不純物などに影響を受ける.溶媒によって異なる多形が析出する場合が多く,重要な溶媒については混合溶媒も含めて,どのような結晶が析出するか,点検することが必要である.溶媒を選択することによって,目的の結晶多形が唯一選択的に得られる場合と,いったん析出した結晶多形(準安定結晶)が経時的に他の多形(安定結晶)に転移する,いわゆる溶媒媒介転移が起こる場合がある.溶媒媒介転移が起こるのは,準安定結晶と安定結晶の溶解度が異なるためである.どの多形が析出するかはオストワルドの段階則(Ostwald's step rule;状態の移行は,エネルギー的にもっとも近い状態を経由して順次に進行するという法則)に従うとされており,通常,溶解度が大きいほうの結晶が先に析出する.しかし,オストワルドの段階則に従わない場合もあり,多形を制御するためには,平衡論(オストワルドの段階則)のみではなく,速度論的な検討を行う必要がある.
c.晶析操作
晶析操作としては,冷却晶析,濃縮晶析,反応晶析,貧溶媒晶析が多い.・・・」(178頁左欄5行〜右欄26行)

(12)引用文献12:浅原照三 外4名編、「溶剤ハンドブック」、株式会社講談社、1985年9月1日、p.47〜51
本願の優先日前に頒布された刊行物である上記「引用文献12」には、次の記載がある。
(12a)「3.2 再結晶
再結晶の目的達成には,その技術的操作法とともに適当な溶媒の使用が重要な要素となる.この適合した溶媒選びはもちろん少量の予備実験においてなされるわけであるが,なるべく早く最適の溶媒を見つけるにはいくつかのルール,または経験則がある.
3.2.1 溶媒の選び方
・・・
3.2.2 溶媒選択上の注意
・・・
3.2.3 再結晶溶媒の種類と特徴
再結晶溶媒として普通使用されるものを表3.3と表3.4にあげる.表3.3は最も一般的に使用される溶媒で,これらのもので成功しない場合に表3.4にあげられている少し特殊なものの使用が推奨される.なお表3.3の溶媒名においては,厳密な順序ではないが,上部から下部に向かって非極性溶媒→極性溶媒になるように配列されている.表3.5(p.51)は普遍的に用いられる混合溶媒である。



・・・」(47頁右欄20行〜51頁左欄上の表)

2 引用文献に記載された発明について
(1)引用文献1に記載された発明について
引用文献1は、摘記(1a)によれば、β−Nicotinamide Mononucleotideの物質情報に関する文献であるといえ、β−Nicotinamide Mononucleotideの正式名が、3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウムであることが記載され、該正式名は、化学構造式や化学式、式量とも整合しており、その製造方法に関する記載やその供給態様が結晶固体であることも記載されている。
そうすると、引用文献1には、 「3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウムの結晶固体」 の発明(以下「引用発明1」といい、引用発明1における「3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウム」を「引用化合物1」という。)が記載されているということができる。

(2)引用文献2に記載された発明について
引用文献2は、摘記(2a)によれば、NicotinamideのグリコシドとNicotinamide Mononucleotideの合成に関する文献であり、摘記(2b)から、Nicotinamide Mononucleotide(NMN)が具体的製造方法を伴って記載され、最終的に(5d)として、アモルファス粉末として得られたことが記載されている。
そうすると、引用文献2には、 「Nicotinamide Mononucleotide(5d)のアモルファス粉末」の発明(以下「引用発明2」といい、引用発明2における「Nicotinamide Mononucleotide(5d)」を「引用化合物2」という。)が記載されているということができる。

3 対比・判断
(1−1)本願発明と引用発明1の対比
本願発明と引用発明1とを対比する。
引用化合物1である「3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウム」とは、本願発明の式(I)の化合物であって(摘記(1a))、
引用化合物1の化学構造式、式量からみても、水分子は水和しておらず、引用発明1の結晶は、無水のものであると理解できる。

したがって、本願発明と引用発明1とは、
「式(I)

の構造を有する化合物の結晶であって、該結晶が、無水であ」る「、前記結晶。」に関する発明 の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:
本願発明においては、化合物(I)の結晶が、「Cu Kα線を用いて測定された粉末X線回折(XRD)で特徴付けられている20.03、20.14、21.83、及び25.73の2θ値を有する」と特定されているのに対し、引用発明1においては、結晶ではあるものの、そのように特定されていない点。

(2−1)相違点についての判断
ア 化合物(I)の結晶を特定している点について
引用文献1における、引用化合物1である3−(アミノカルボニル)−1−(5−O−フォスフォノ−β−D−リボフラノシル)−ピリジニウムが、「50−100μM、β−NMNは、Nampt+/−肥満病のモデルマウスにおけるNAD生合成やグルコース刺激インシュリン分泌を拡大するために使用され、β細胞機能におけるNamptの役割を実証している2。さらに、500mg/kg/日で、NAD+レベルを回復することで、高脂肪食餌誘起2型糖尿病マウスのグルコース過敏性の改善を示した。」との記載からみて、引用化合物1は医薬化合物として用いることを前提としたものであることが理解できる。
この出願の優先日当時、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、その物質を結晶化することについて強い動機付けがあり、医薬化合物が結晶で得られる条件を検討したり、結晶多形体を調べたりすることは、当業者がごく普通に行うことであるものと認められる(摘記(3a)、摘記(4a)、摘記(5a)、摘記(6a)摘記(7a)、摘記(8a)、摘記(9a)、摘記(10a)、摘記(11a))。

イ 本願発明の結晶を得るための結晶製造方法の検討について
(ア)本願明細書には、本願発明の結晶の製造方法として、「【0021】
NMNの結晶形態の作製方法
ある種の実施形態では、本発明は、a)溶媒中の式(I)の化合物の混合物を提供するステップ、及びb)式(I)の化合物を含む混合物から式(I)の化合物を結晶化するステップを含む、式(I)の構造を有する結晶性化合物の製造の方法に関する。
【0022】
ある種の実施形態では、式(I)の化合物を含む混合物は、溶液である。ある種の実施形態では、混合物は、スラリー又は懸濁液である。
【0023】
ある種の実施形態では、本発明の方法により作製された結晶性化合物は、無水である。
・・・
【0025】
ある種の実施形態では、式(I)の化合物を含む混合物は溶液であり、混合物から化合物を結晶化するステップは、溶液を過飽和として、式(I)の化合物を溶液から沈殿させるステップを含む。
【0026】
ある種の実施形態では、式(I)の化合物を含む混合物を過飽和とするステップは、ヘプタン、ヘキサン、エタノール、若しくは有機溶媒混和性の別の極性若しくは非極性の液体などの逆溶媒を穏やかに添加するステップ、(溶液を播種する又は播種せずに)溶液を冷却するステップ、溶液の体積を低減するステップ、又はこれらの任意の組合せを含む。
・・・
【0029】
ある種の実施形態では、溶媒は、アセトニトリル、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、エタノール、酢酸エチル、ヘプタン、ヘキサン、酢酸イソプロピル、メタノール、メチルエチルケトン、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、テトラヒドロフラン、トルエン、2-プロパノール、1-ブタノール、水、又はそれらの任意の組合せを含む。ある種の好ましい実施形態では、例えば、形態1を達成するため、溶媒はメタノール又は水である。他の好ましい実施形態では、例えば、形態2を達成するため、溶媒はジメチルスルホキシドである。」(下線は当審にて追加。以下同様。)
と記載され、実施例においては、
「【0191】
[実施例1]
メタノールからの結晶化による形態1の合成
アモルファス性のニコチンアミドモノヌクレオチド(565mg)は、ガラスバイアルで計量し、メタノール(10.0mL)を添加した。得られるスラリーは、室温で4時間、撹拌し、次に、さらに一部のMeOH(10.0mL)を添加した。存在する白色固体は、ろ過により単離され、次に、真空下、室温でおよそ16時間、乾燥させると、XRPD分析によって示されたように、結晶化β-ニコチンアミドモノヌクレオチド形態1が得られた。(459mg、81%回収)。
【0192】
[実施例2]
水からの結晶化による形態1の合成
アモルファス性のβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド(605mg)は、ガラスバイアルで計量し、脱イオン水(600μL)を添加した。短時間のボルテックスの後、透明の溶液が形成された。一部のこの溶液(およそ200μL)を別々のバイアルに分配し、5℃でおよそ16時間、冷却した。発生した白色固体は、ろ過により単離され、XRPD分析によって示されると、結晶化β-ニコチンアミドモノヌクレオチド形態1であった(収率は決定せず)。」
と記載されている。

(イ)摘記(5a)〜(5c)、摘記(6a)、摘記(12a)に記載されるとおり、【0029】や実施例に示された本願発明の結晶の結晶化のための溶媒である水やメタノールは、最も一般的に使用される溶媒であり広く知られているものであり、その結晶析出方法も、摘記(5a)、摘記(9a)に見られるように、通常用いられる方法であるといえる。

ウ 結晶をCuKα線を用いて測定された粉末X線回折スペクトルの2θ値で特定していることについて
上記アのとおり、この出願の優先日当時、一般に、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、その物質を結晶化することについては強い動機付けがあり、医薬化合物が結晶で得られる条件を検討したり、結晶多形を調べたりすることは、当業者がごく普通に行うことであり、上記イのとおり、その結晶化に用いた溶媒も結晶析出方法も通常のものであるため、「Cu Kα線を用いて測定された粉末X線回折(XRD)で特徴付けられている20.03、20.14、21.83、及び25.73の2θ値を有する」と特定することは、結晶の同定に用いられることが周知の分析方法である、粉末X線回折スペクトルによる分析結果を表示したものにすぎない(摘記(3a)、摘記(4a)、摘記(10a)摘記(11a))。

エ 以上によれば、引用発明1において、結晶化条件を検討したり、得られた結晶について分析することにより、相違点に係る本願発明の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

オ 本願発明の効果について
本願明細書には、実施例5において、式(I)であるNMN結晶の形態1(本願発明)とアモルファスのNMNの安定性試験や強制分解試験の試験結果が示されており、形態1の結晶がアモルファスに対して安定性、分解抑制の観点から優れている結果が示されているが、アモルファスや多形体結晶間でそれらの特性に相違があることは技術常識であり(摘記(3a)、摘記(4a)、摘記(7a)、摘記(10a)、摘記(11a))、溶解性、純度、安定性の点で、一定の高い特性が結晶形態1において得られたからといって、当業者の予測を超える顕著な効果であるとはいえない。

以上のとおり、本願発明は、引用文献1に記載された発明および技術的事項並びに本願優先日前の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(2−1)本願発明と引用発明2の対比
本願発明と引用発明2とを対比する。
引用化合物2である「Nicotinamide Mononucleotide(5d)」とは、本願発明の式(I)の化合物であって(摘記(2a))、
引用化合物2の化学式、式量からみても、水分子は水和しておらず、引用発明2のアモルファス粉末は、無水のものであると理解できる。
引用発明2の「アモルファス粉末」は、本願発明の「結晶」と「固体」である限りにおいて共通している。

したがって、本願発明と引用発明2とは、
「式(I)

の構造を有する化合物の固体であって、該固体が、無水であ」るものに関する発明 の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:
本願発明においては、化合物(I)の固体が、「Cu Kα線を用いて測定された粉末X線回折(XRD)で特徴付けられている20.03、20.14、21.83、及び25.73の2θ値を有する」「結晶」と特定されているのに対し、引用発明1においては、アモルファス粉末である点。

(2−2)相違点についての判断
ア 化合物(I)の結晶を特定している点について
引用文献2の引用化合物2である「Nicotinamide Mononucleotide(5d)」が引用文献1にも記載されるとおり、医薬化合物としての用途を有していることは、本願優先日当時の技術常識である。
この出願の優先日当時、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、その物質を結晶化することについて強い動機付けがあり、医薬化合物が結晶で得られる条件を検討したり、結晶多形体を調べたりすることは、当業者がごく普通に行うことであるものと認められる(摘記(3a)、摘記(4a)、摘記(5a)、摘記(6a)摘記(7a)、摘記(8a)、摘記(9a)、摘記(10a)、摘記(11a))。

イ 本願発明の結晶を得るための結晶製造方法の検討について
(ア)前記「(1−2)イ(ア)」の摘記を参照すると、本願明細書には、本願発明の結晶の製造方法として、式(I)の構造を有する結晶性化合物の製造の方法として、「形態1を達成するため、溶媒はメタノール又は水である。」ことや[実施例1]のメタノールからの結晶化による形態1の合成として、アモルファス性のニコチンアミドモノヌクレオチドからメタノールをスラリー溶媒として、真空下、室温でおよそ16時間、乾燥させて、結晶化β-ニコチンアミドモノヌクレオチド形態1が得られたことや、[実施例2]の水からの結晶化による形態1の合成として、アモルファス性のβ-ニコチンアミドモノヌクレオチドから、脱イオン水を溶媒として用いて5℃でおよそ16時間、冷却して結晶化β-ニコチンアミドモノヌクレオチド形態1が得られたことが記載されている。

(イ)摘記(5a)〜(5c)、摘記(6a)、摘記(12a)に記載されるとおり、【0029】や実施例に示された本願発明の結晶の結晶化のための溶媒である水やメタノールは最も一般的に使用される溶媒であり広く知られているものである。
また、その結晶析出方法も、摘記(5a)、摘記(9a)に見られるように、通常用いられる方法であるといえる。

ウ 結晶をCuKα線を用いて測定された粉末X線回折スペクトルの2θ値で特定していることについて
上記アのとおり、この出願の優先日当時、一般に、医薬化合物については、安定性、純度、扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから、その物質を結晶化することについては強い動機付けがあり、医薬化合物が結晶で得られる条件を検討したり、結晶多形を調べたりすることは、当業者がごく普通に行うことであり、上記イのとおり、その結晶化に用いた溶媒も結晶析出方法も通常のものであるため、「Cu Kα線を用いて測定された粉末X線回折(XRD)で特徴付けられている20.03、20.14、21.83、及び25.73の2θ値を有する」と特定することは、結晶の同定に用いられることが周知の分析方法である、粉末X線回折スペクトルによる分析結果を表示したものにすぎない(摘記(3a)摘記(4a)摘記(10a)摘記(11a))。

エ 以上によれば、引用発明2において、結晶化条件を検討したり、得られた結晶について分析することにより、相違点に係る本願発明の構成を備えたものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

オ 本願発明の効果について
本願明細書には、実施例5において、式(I)であるNMN結晶の形態1(本願発明)とアモルファスのNMNの安定性試験や強制分解試験の試験結果が示されており、形態1の結晶がアモルファスに対して安定性、分解抑制の観点から優れている結果が示されているが、アモルファスや多形体結晶間でそれらの特性に相違があることは技術常識であり(摘記(3a)、摘記(4a)、摘記(7a)、摘記(10a)、摘記(11a))、特に結晶がアモルファスよりも安定性、純度において一般的に高いことも技術常識であるのだから、(摘記(3a)、摘記(4a))、安定性や純度の点で、一定の高い特性が結晶形態1において得られたからといって、当業者の予測を超える顕著な効果であるとはいえない。

以上のとおり、本願発明は、引用文献2に記載された発明および技術的事項並びに本願優先日前の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4 審判請求人の主張の検討
(1)令和2年3月31日付け意見書における主張について
ア 審判請求人は、上記意見書4〜5頁において、引用文献1のNMNの製品を購入してXRPD分析したところ非晶質であったことや引用文献2のNMNが非晶質粉末として得られたことを指摘し、本願発明の結晶を得る動機付けがないので、進歩性を有する旨主張している。

イ しかしながら、医薬化合物については、固体医薬品の大分部は結晶であり、X線による回折を示し、医薬品では多くの薬品に多形の存在が見出されており(摘記(3a))、2つ以上の結晶形を有するものが多く、無晶形をも含めて結晶等の形態が異なると、溶解速度,融点密度,硬さ,結晶形状,光学的および電気的性質,蒸気圧,安定性などの物性が異なってくることが知られており、薬物に結晶多形が存在するかどうかを検知することは、重要な課題であることが技術常識であるから(摘記(4a)摘記(5a))、引用文献1に記載された結晶固体(引用発明1)又は引用文献2に記載されたアモルファス粉末において、多形探索を行うことについて強い動機付けがあるといえる。
したがって、上述のとおり、引用発明1又は引用発明2において、本願優先日前の技術常識を考慮すれば、医薬化合物において、結晶多形の探索には強い動機付けがあり、結晶析出方法の困難性や予測できない効果な効果が確認できない限り、本願発明の結晶を得ることに進歩性があるとはいえない。
よって、審判請求人の上記主張は採用できない。

(2)令和2年12月11日付け審判請求書における主張
審判請求人は、審判請求書5〜6頁において、引用文献1及び2いずれにも本願発明の結晶が示されておらず、数や性質が不明で、予想できない下位概念に、引用文献1又は2に引用文献3〜6の一般的記載を組み合わせて合理的な成功の期待を持って本願発明に到達することが示されていない旨主張している。
また、実施例5の表4〜7のデータを指摘し、安定した品質・純度の改善の程度がアモルファスを超える格別顕著な効果である旨主張している。

しかしながら、上述のとおり、医薬化合物の多形探索には、強い動機付けがあり、引用発明1又は引用発明2において、引用文献3〜12の本願優先日時点の技術常識を考慮して、本願発明の結晶を得て、XRPDの結果を提示することは、当業者が容易になし得る技術的事項である。
また、結晶が、アモルファス(非晶質)に比較して、安定性や純度の点で優れていることは上述のとおり、当業者の予測を超える顕著な効果であるとはいえない。
よって、審判請求人の上記主張を採用することはできない。

(3)したがって、上記審判請求人の主張はいずれも採用できない。

5 まとめ
以上のとおり、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献1に記載された技術的事項及び本願優先日前の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明することができたものであり、また、引用文献2に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項及び本願優先日前の技術常識に基いて、本願優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、この出願の請求項1に係る発明である本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 井上 典之
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-06-27 
結審通知日 2022-06-28 
審決日 2022-07-11 
出願番号 P2018-516685
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07H)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 瀬良 聡機
冨永 保
発明の名称 β−ニコチンアミドモノヌクレオチドの結晶形態  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  

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