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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1392054
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-04-26 
確定日 2022-10-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6958153号発明「ガスシールドアーク溶接方法および溶接継手の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6958153号の請求項1〜5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許6958153号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜5に係る特許についての出願は、平成29年 9月13日を出願日とする特願2017−175810号(以下、「本願」という。)であって、令和 3年10月11日にその特許権の設定登録がされ、同年11月 2日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、令和 4年 4月26日に、その請求項1〜5(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である後藤麻衣子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜5に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお、本件特許の請求項1〜5に係る発明を、以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明5」といい、これらを総称して「本件発明」という。また、本件特許の願書に添付した明細書を、以下、「本件明細書」という。

「【請求項1】
質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からなり、溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下であるワイヤを用いて、溶融プールとコンタクトチップ間で前記ワイヤの進退動及び通電制御をしてアークを断続的に発生させて溶接を行うことを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
前記ワイヤの化学成分から計算されるPcmが、母材である鋼材の化学成分で計算されるPcmより低いことを特徴とし、
前記Pcmは、(1)式:
Pcm = C + Si/30 + Mn/20 + Cu/20 + Ni/60 + Cr/20 + Mo/15 + V/10 + 5B (1)
で計算され、式中、元素記号は、含有する添加元素の質量%である、
請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記ワイヤが、ソリッドワイヤであることを特徴とする
請求項1または2に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
多層盛溶接の少なくとも初層に、請求項1〜3のいずれか一項に記載のガスシールドアーク溶接を行うことを特徴とする溶接方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のガスシールドアーク溶接方法を用いて鋼板をガスシールドアーク溶接することを特徴とする溶接継手の製造方法。」

第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として下記の甲第1号証〜甲第9号証を提出し、以下の申立理由1〜4により、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

1 申立理由1(新規性欠如)
本件発明1〜5は、下記甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29第1項第3号に該当し特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当する。

2 申立理由2(進歩性欠如)
本件発明1〜5は、下記甲第1号証に記載された発明と、甲第2号証ないし甲第7号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当する。

3 申立理由3(進歩性欠如)
本件発明1は、下記甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証、甲第7号証ないし甲第9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当する。

4 申立理由4(進歩性欠如)
本件発明2〜5は、下記甲第2号証に記載された発明と、甲第1号証、甲第3号証、甲第7号証ないし甲第9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当する。

[証拠方法]
甲第1号証:パナソニック溶接システム株式会社、「6軸独立関節型溶接用ロボット TAWERS(R)シリーズ」,2014年3月,表表紙,裏表紙,第9〜12ページ(当審注:上記「(R)」は、丸囲いのR(登録商標)を表す。以下、同じ。)
甲第2号証:特開2004−268056号公報
甲第3号証:長田 恭一 外1名,「CO2溶接施工のための資料」,溶接学会誌,1965年,第34巻,第8号,第29〜48ページ
甲第4号証:パナソニック株式会社,「CO2/MAG/MIG溶接用ワイヤ」,Panasonic Business,2017年6月,表表紙,第1〜8ページ,裏表紙
甲第5号証:パナソニック スマートファクトリーソリューションズ株式会社,「試験成績書」,2022年2月25日
甲第6号証:National,「ナショナルCO2溶接用ワイヤ」,第1〜11ページ
甲第7号証:特開2011−5531号公報
甲第8号証:特表2017−508876号公報
甲第9号証:山本 次郎,「特集 アーク溶接の多様化 電流波形・ワイヤ送給同時制御がアーク溶接にもたらしたもの」,溶接技術,2015年2月,表表紙,第62−67ページ

(以下、上記甲第1号証〜甲第9号証を、順に甲1〜甲9という。)

第4 甲1〜9の記載事項
1 甲1の記載事項
甲1は、パナソニック溶接システム株式会社により、本願出願前に公開された、「6軸独立関節型溶接用ロボット TAWERS(R)シリーズ」を表題とするカタログである。甲1には、The Arc Welding Robot System(TAWERS(R))について、以下の記載がある(下線は、当審又は申立人により付与されたものである。以下、同じ。)。

(1)「

」(表表紙)

(2)「

」(第9ページ上部)

(3)「

」(第9ページ下部)

(4)「

」(第12ページ)

2 甲2の記載事項
甲2には、「酸化皮膜耐剥離性に優れるMAG溶接用ワイヤ」(発明の名称)について、以下の記載がある。
(1)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、MAG溶接用ワイヤに関し、特に自動車車体の溶接組立等に用いられる薄板のMAG溶接に用いても、溶接部に生成する酸化皮膜の耐剥離性が優れる溶接用ワイヤに関するものである。」

(2)「【0005】
しかし、溶接後、塗装処理や塗装焼付処理が施される場合には、塗装や焼付後に酸化皮膜が剥離して塗膜剥離の原因になるという問題がある。すなわち、アルゴンガスをシールドガスの主体とするMAG溶接では、シールドガスから溶接金属中に吸収される酸素量が炭酸ガス溶接などに比較して少ないため、生成する脱酸生成物(スラグ)は酸化皮膜としてビード表面に薄く付着している場合が多い。こうした酸化皮膜は、鋼と熱膨張率が異なるため、厚くなれば容易に剥離するが、酸化皮膜が薄い状態では付着すると容易に剥離しない。そのため、溶接直後には剥離しないで、その後の塗装工程あるいは焼付工程での昇温、冷却や衝撃などによって剥離する場合があり、塗装剥離の原因の1つとなっている。しかし、この問題に対して検討した技術は今のところ見当たらない。
【0006】
本発明の目的は、従来技術が抱える上述した問題点を解決するために、シールドガスの主体としてアルゴンガスを用いたMAG溶接において問題となる溶接部の薄い酸化皮膜状スラグ(以降、「酸化皮膜」と称する)剥離の問題、ひいては塗膜剥離の問題を有利に解消できる溶接ワイヤを提供することにある。」

(3)「【0011】
【発明の実施の形態】
本発明において、溶接用ワイヤの成分組成を上記のように限定する理由について説明する。
C:0.01〜0.10mass%
Cは、溶接金属の強度を確保するのに必要な元素である。C含有量が0.01mass%未満では溶接金属の強度が不足し、一方、0.10mass%を超えると溶接金属で割れが発生しやすくなる。そのため、Cの添加量は0.01〜0.10mass%に制限する。
【0012】
Si:0.20〜0.70mass%
Siは、脱酸元素として、溶接用ワイヤに不可欠な元素である。Si添加量が0.20mass%未満では、脱酸の効果が不十分となり、ブローホールが発生しやすい。一方、0.70mass%を超えると、溶接金属中の含有量が過多となり、却って溶接金属の粘性が高くなり過ぎ、ビード部の外観劣化を引き起こす。そのため、Siの添加量は0.20〜0.70mass%とする。
【0013】
Mn:1.0〜1.8mass%
Mnは、Siとともに脱酸元素として不可欠な元素であるだけでなく、溶接金属の機械的性質を向上させる元素である。Mn添加量が1.0mass%未満では、溶接金属中の含有量が不足し、十分な強度を得ることができない。一方、1.8mass%を超えて含まれると、溶接金属中の含有量が過多となり、ビード部の外観が劣化する。そのため、Mnの添加量は1.0〜1.8mass%とする。
【0014】
S≦0.02mass%
Sは、酸化皮膜(スラグ)を剥離し易くする効果がある。しかし、本発明においては、酸化皮膜の剥離性の向上は却って後工程での酸化皮膜の剥離であるところの塗膜の剥離につながる。そのため、S含有量は少ないほどよく、0.02mass%以下に制限する。好ましくは0.01mass%以下である。
【0015】
Ti:0.06〜0.25mass%
Tiは、Si,Mnとともに脱酸元素として必要な元素であり、ブローホールの発生を効果的に防止すると同時に溶接部の靭性をも向上させる効果がある。しかし、ワイヤ中のTi量が0.06mass%未満ではこの効果に乏しく、一方、0.25mass%を超えて添加すると、溶接金属中でのTi含有量が増加するとともに、スラグ中のTi(Ti酸化物)の量が多くなり、酸化皮膜の耐剥離性が低下する。そのためTiの添加量は0.06〜0.25mass%とする。
【0016】
Ni:0.2〜3.5mass%
Niは、酸化皮膜と溶融金属の界面を凹凸化し、アンカー効果を発揮して酸化皮膜の耐剥離性を向上させる効果がある。この効果を得るためには、0.2mass%以上の添加が必要である。一方、Ni添加量が3.5mass%を超えると、溶接金属の耐凝固割れ性が劣化して高温割れを生じ易くなる。そのため、Niの添加量は0.2〜3.5mass%の範囲とする。
【0017】
Cr:0.2〜2.5mass%
Crは、酸化皮膜内で網目状酸化物を形成し、皮膜が厚くなるのを抑制する効果を有する。また、酸化皮膜の隙間に入り込むことで、皮膜の耐剥離性を高め、皮膜内割れを抑制する効果もある。すなわち、Crは、溶接金属の表面に耐剥離性の優れた酸化皮膜を生成させ、剥離を防止するには好適な成分である。このような効果を発揮するためには、0.2mass%以上の添加が必要である。一方、2.5mass%を超えて含まれると、ワイヤが硬くなって供給が難しくなる他、溶接金属が脆くなる。そのため、Crの添加量は、0.2〜2.5mass%の範囲に制限する。
【0018】
本発明においては上記必須成分のほかに、必要に応じて、以下の範囲でMoを添加することができる。上記必須成分および必要に応じて添加されるMo以外は、Feおよび不可避的不純物である。Mo≦0.6mass%Moは、溶接金属の強度・靭性を改善する効果を有する元素であり、必要に応じて添加することができる。しかし、0.6mass%を超えて添加すると、溶接金属の強度が高くなりすぎて耐割れ性が劣化するため、その上限は0.6mass%にするのが好ましい。」

(4)「【0020】
【実施例】
C:0.08mass%、Si:0.01mass%、Mn:0.99mass%、P:0.019mass%、S:0.002mass%、Cu:0.02mass%、Ti:0.004mass%およびN:0.0032mass%の成分組成を有する板厚:3.2mmの熱延鋼板を試験材とし、表1に示したような成分組成を有する溶接ワイヤを用いてMAG溶接によりすみ肉溶接を行い、図1に示したような重ね継手を作製した。この時の溶接条件は、電圧:24V、電流:230Aで、80cm/minの溶接速度であった。
【0021】
このようにして得た溶接部について、溶接部に形成された酸化皮膜の耐剥離性を調査した。溶接部の酸化皮膜の耐剥離性は、室温まで空冷後、ビード部の酸化皮膜の剥離および亀裂の有無を目視で観察し、剥離も亀裂も存在しないものを○、いずれか1つ以上があるものを×として評価した。
【0022】
上記調査の結果を、表1に併記して示した。この表から明らかなように、本発明に係るNo.1〜5のワイヤを用いてMAG溶接を行った場合には、耐剥離性に優れた酸化皮膜を得ることができる。これに対して、Ni,Crの添加量が本発明外であるNo.6〜9のワイヤを用いた場合には、酸化皮膜の耐剥離性が劣っていることがわかる。
【0023】
【表1】






3 甲3の記載事項
「CO2溶接施工のための資料」と題する甲3には、以下の記載がある。
(1)「

」(第34ページ下部)

(2)「

」(第35ページ右欄下部)

(3)「

」(第37ページ右欄中段部)

4 甲4の記載事項
「CO2/MAG/MIG溶接用ワイヤ」と題する甲4には、以下の記載がある。

(1)「

」(第4ページ)

(2)「

」(第5ページ)

5 甲5の記載事項
甲5は、銘柄が「YM−50」の溶接ワイヤの化学成分を分析した試験成績書である。甲5には、以下の記載がある。

(1)「



6 甲6の記載事項
「ナショナルCO2溶接用ワイヤ」と題する甲6には、以下の記載がある。
(1)「

」(第2ページ左欄)

(2)「

」(第6ページ下部)

7 甲7の記載事項
甲7には、「フラックス入り高張力鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法」(発明の名称)について、以下の記載がある。
(1)
「【0068】
拡散性水素量の測定は、JIS Z3118(鋼溶接部の水素量測定方法)に準拠したガスクロマトグラフ法にて実施した。測定した拡散性水素量がソリッドワイヤ並の2.0ml/100g以下を合格とした。そのワイヤの耐低温割れ性は、予熱温度75℃、溶接電流280A、電圧28〜30V、溶接速度30cm/min、下向き姿勢で、板厚25mmの鋼板を使用して、JIS Z3158(y形溶接割れ試験)に準拠した方法で実施し、ルート割れ率が20%未満のものを合格、20%以上のものを不合格として評価した。」

8 甲8の記載事項
甲8には、「衝撃靱性に優れた超高強度ガスメタルアーク溶接継手、及びこれを製造するためのソリッドワイヤ」(発明の名称)について、以下の記載がある。
(1)「【0091】
N:0.005%以下
窒素(N)は、GMAW溶接用ソリッドワイヤに不可避に含有される元素で、その上限を0.005%に管理することが好ましい。もし、Nの含量が0.005%を超過すると粗大な窒化物が析出してGMAW溶接用ソリッドワイヤの伸線性又はその他の物性に不利な影響を及ぼすため好ましくない。」

9 甲9の記載事項
「特集 アーク溶接の多様化 電流波形・ワイヤ送給同時制御がアーク溶接にもたらしたもの」と題する甲9には、以下の記載がある。
(1)「

」(第63ページ)

(2)「

」(第64ページ)

第5 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1、2(甲1を主たる引用例とする新規性欠如、進歩性欠如)について
(1)甲1に記載された発明
ア 上記第4の1(1)に摘記した記載からみて、甲1の表題「6軸独立関節型溶接用ロボット TAWERS(R)シリーズ」にも含まれる「TAWERS(R)」とは、「The Arc Welding Robot System」に由来する、アーク溶接(Arc Welding)を行うロボットシステムを意味する語句と解される。

イ また、上記第4の1(2)に摘記したように、甲1には、アクティブワイヤ溶接法(AWP溶接法)(AWP:Active Wire Feed Process)とは、「溶接ワイヤが正送⇔逆送を繰り返す高精度な送給制御」を行うことにより、「ワイヤの短絡及び開放を確実に行う」溶接方法であり、「TAWERSのSP−MAG II/MTS−CO2工法と比較してもスパッタ発生を大幅に低減」できることが記載されている。

ウ 上記第4の1(3)に摘記したように、甲1には、CO2溶接及びMAG溶接に関して、【Active TAWERS】と表記される溶接の場合に、【TAWERS CO2】や【TAWERS SP−MAG II】と表記される各溶接の場合よりも、「スパッタ発生を大幅低減」できることも示されている。
ここで、甲1には、上記「Active TAWERS」の語句の意味を直接説明する記載は見当たらない。しかしながら、上記ア及びイの記載を踏まえると、上記「Active TAWERS」とは、同じくスパッタ発生を大幅に低減できるとの効果が説明されているアクティブ(Active)ワイヤ溶接法を、上記アーク溶接を行うロボットシステムである「TAWERS(R)」により実行する溶接方法を意味する語句と理解することができる。

エ さらに、甲1には、上記第4の1(4)に摘記したように、亜鉛メッキ鋼板向け溶接技術(TAWERS Zi−Tech)に関し、「Active TAWERSによるソリューション」として、一般的な溶接ワイヤであるソリッドφ1.2(ワイヤ径が1.2mmのソリッドワイヤを意味するものと解される。)を使用すること、及び、CO2ガスを使用するアクティブワイヤ溶接法を行うことが記載され、その具体的な溶接条件として、「ワイヤ:YM−50(φ1.2)」、「ガス:CO2」を用いたことも記載されている。

オ そうすると、上記第4の1(1)〜(4)に摘記した記載と、上記ア〜エの検討より、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。

「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)を用いて、CO2ガスを使用するアクティブワイヤ溶接法を、アーク溶接を行うロボットシステムであるTAWERS(R)により実行するアーク溶接方法であって、前記アクティブワイヤ溶接法では、溶接ワイヤが正送と逆送とを繰り返す高精度な送給制御を行う、アーク溶接方法。」(以下、「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲1発明との対比
(ア)本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)」は、銘柄が「YM−50」の溶接ワイヤ(以下、単に「YM−50」ということがある。)であるところ、本件発明1の「ワイヤ」と、「ワイヤ」である点で一致する。
また、アーク溶接方法である甲1発明の「溶接ワイヤが正送と逆送とを繰り返す高精度な送給制御を行う」ことは、本件発明1の「溶融プールとコンタクトチップ間で前記ワイヤの進退動及び通電制御をしてアークを断続的に発生させて溶接を行う」ことと、少なくとも、「ワイヤの進退動をして溶接を行う」点で一致する。
そうすると、本件発明1と甲1発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「ワイヤを用いて、前記ワイヤの進退動をして溶接を行うアーク溶接方法。」

<相違点1>
本件発明1では、ワイヤが、
「質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からな」る化学組成を有するとともに、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下である」のに対し、
甲1発明では、溶接ワイヤが、その銘柄が「YM−50」であることのみが明らかであり、具体的にどのような化学組成を有するのか明らかではなく、また「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下である」かどうかも不明である点。

<相違点2>
本件発明1では、溶接方法が、「溶融プールとコンタクトチップ間で前記ワイヤの進退動及び通電制御をしてアークを断続的に発生させて溶接を行う」、「ガスシールド」アーク溶接方法であるのに対し、甲1発明では、「溶接ワイヤが正送と逆送とを繰り返す高精度な送給制御を行う」、「CO2ガスを使用する」アクティブワイヤ溶接法を実行するアーク溶接方法である点。

(イ)相違点1が実質的な相違点であること
事案に鑑み、相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。

a ワイヤの化学組成について
(a)甲1には、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」の化学組成については、明記されていないから、甲1発明における「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)」の化学組成が、本件発明1におけるワイヤの化学組成を満たすものであるかどうかは、不明である。

(b)この点、申立人は、特許異議申立書により、甲3の第34ページに、化学組成として、C:0.08質量%、Si:0.84質量%、Mn:1.37質量%、P:0.011質量%、S:0.008質量%、Ti:0.08質量%、Cu:0.10質量%を含む、YM−50のワイヤが記載されており、そのMn含有量は本件発明1のMn含有量の下限値を下回るものの、甲4の記載から、YM−50のワイヤのMn含有量は、YM−50の該当JISであるJIS Z 3312 YGW11の規格内で設定可能であるといえ、また、一例として、甲5には、YM−50のワイヤのMn含有量が1.65質量%であることが記載されていることから、甲3、甲4及び甲5を参照すれば、甲1には、「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)」として、JIS Z 3312 YGW11の規格値を満たすものを使用でき、少なくとも、「C:0.08質量%、Si:0.84質量%、Mn:1.65質量%、P:0.011質量%、S:0.008質量%、Ti:0.08質量%、Cu:0.10質量%を含み、残部がFe及び不純物からなる」化学組成を有するワイヤを使用できることが記載されていると主張する(特許異議申立書第11ページ第12行〜第12ページ第5行)。

(c)しかしながら、甲1には、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」の化学組成が明記されていないことは、上記(a)のとおりであり、申立人が主張するような化学組成を有するワイヤを使用できることも明記されていない。

(d)また、申立人の主張を裏付ける証拠の一つである甲5については、右上部に記載された「25/02/2022(D/M/Y)」との日付(甲5の作成日と解される。)の記載によれば、その内容が本願出願前に知られていたとはいえない。また、甲5(試験成績書)において実際に試験(分析)の対象とされたサンプルである、特定のYM−50が、本願出願前に秘密でないものとして譲渡等がされたもの(公然実施がされたもの)であると認めるに足りる証拠もないから、やはり、その化学組成が本願出願前に知られていたとはいえない。さらには、YM−50のワイヤであれば、必ず、Mn含有量が1.65質量%である、とはいえないことは、以下に述べる甲3の記載からも明らかである。
そうすると、本件証拠上、少なくともMn含有量が1.65質量%であるYM−50のワイヤが、本願出願前に知られていたとはいえないから、申立人の主張を前提としても、甲1に、申立人が主張するような「Mn:1.65質量%」であることを含む、特定の化学組成を有するワイヤを使用できることが記載されているに等しいということもできない。

(e)さらに、申立人が主張するように、確かに、甲4の第4、5ページを参酌すれば、YM−50のワイヤは、該当JISがJIS Z 3312 YGW11であり、具体的には、質量分率で、C:0.02〜0.15%、Si:0.55〜1.10%、Mn:1.40〜1.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.50%以下、Ti+Zr:0.02〜0.30%との化学組成の範囲内のものということができる。
しかしながら、甲3の第34ページに記載された、YM−50のワイヤの化学組成の「C:0.08、Si:0.84、Mn:1.37、P:0.011、S:0.008、Ti:0.08、Cu:0.10」と、同第37ページに記載された同銘柄のワイヤの化学組成の「C:0.08、Si:0.86、Mn:1.41、P:0.010、S:0.007、Ti:0.08、Cu:0.14」(当審注:甲3には、上記化学組成を示す数値の単位が記載されていないが、当該数値が、甲4記載の溶接用ワイヤの化学組成を示す数値と近接することから、その単位は「質量%」と解される。)が異なるように、同じ銘柄のYM−50のワイヤであっても、その化学組成には個体差があると理解することができる。
そうすると、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」が、具体的にどのような化学組成を有するかは、その銘柄から一義的に推認することができるものでなく、甲3〜5の記載を踏まえても、不明なものといわざるを得ない。
また、YM−50のワイヤであれば、必ず、その化学組成が本件発明1のワイヤの化学組成を満たす、とはいえないことは、上記の甲3の記載からも明らかである。
仮に、本件発明1の化学組成を満たすYM−50のワイヤが本願出願前に知られていたとしても、そもそも、そのようなワイヤと、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」との関係は不明であるから、当該特定の「YM−50(φ1.2)」の化学組成が、上記の本願出願前に知られていた(と仮定された)YM−50のワイヤの化学組成と同一のものであるかどうかは、明らかではない。

(f)以上より、申立人の上記主張は採用できない。

b 溶着金属の拡散性水素量について
(a)甲1には、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」の溶着金属の拡散性水素量については、明記されていないから、甲1発明における「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)」の溶着金属の拡散性水素量が、本件発明1におけるワイヤの溶着金属の拡散性水素量を満たすものであるかどうかは、不明である。

(b)この点、申立人は、特許異議申立書において、甲6の第6ページ、表9には、CO2ワイヤのYM−50の常温抽出水素量が0.5c.c./100gであることが記載されており、甲7の段落【0068】に、ソリッドワイヤの拡散性水素量は通常2.0ml/100g以下であると記載されていることを挙げ、甲1には、本件発明1の「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下」との特定事項が記載されているという主旨の主張をしている(特許異議申立書第12ページ第6〜25行)。

(c)しかしながら、甲1には、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」の溶着金属の拡散性水素量が明記されていないことは、上記(a)のとおりであり、申立人が主張するような溶着金属の拡散性水素量を有することも明記されていない。

(d)また、本件発明1の「溶着金属の拡散性水素量」は、本件明細書の段落【0032】によれば、「溶着金属の拡散性水素量の測定は、JIS Z 3118(2007年)に準拠して行われる。シールドガスは100%CO2ガスを用いることとする。溶接法は本開示のガスシールドアーク溶接ではなく、通常の溶接法を用いて行なう。」との測定方法による測定値であって、「主にワイヤの脂分に起因する」ものであるところ、甲6に記載された上記常温抽出水素量は、どのような測定方法による測定値かが不明なものである。また、拡散性水素量が、「ワイヤの脂分に起因する」ものであり、溶接ワイヤの材質のみに起因するものでないことを踏まえると、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」は、その銘柄が同じであることのみに依拠して、甲6に記載のCO2ワイヤと同じ拡散性水素量を有するということはできない。
すなわち、仮に、本件発明1の溶着金属の拡散性水素量を満たすYM−50のワイヤが本願出願前に知られていたとしても、そもそも、そのようなワイヤと、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」との関係は不明であるから、当該特定の「YM−50(φ1.2)」の溶着金属の拡散性水素量が、上記の本願出願前に知られていた(と仮定された)YM−50のワイヤの溶着金属の拡散性水素量と同一のものであるかどうかは、明らかではない。
また、甲7の段落【0068】の記載は、全てのソリッドワイヤの溶着金属の拡散性水素量が、「2.0ml/100g以下」であることを示唆しているとまではいえないから、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」が、ソリッドワイヤの1種(要すれば、甲4の第3ページを参照。)であったとしても、甲7の上記記載に基いて、その溶着金属の拡散性水素量が、必ず、「2.0ml/100g以下」であるとまではいえない。

(e)以上より、申立人の上記主張は採用できない。

c 小括
以上の検討より、相違点1は本件発明1と甲1発明との実質的な相違点であるから、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえない。

(ウ)相違点1の容易想到性について
次に、相違点1が、甲1発明と甲2〜7に記載された事項に基いて、当業者が容易になし得たことであるといえるものか否かについて検討する。

a 甲2には、MAG溶接について、「溶接後、塗装処理や塗装焼付処理が施される場合には、塗装や焼付後に酸化皮膜が剥離して塗膜剥離の原因になる」(段落【0005】)との課題に関し、酸化皮膜耐剥離性に優れるMAG溶接用ワイヤの具体例として、化学成分が、C:0.060mass%、Si:0.55mass%、Mn:1.68mass%、P:0.008mass%、S:0.007mass%、Cu:0.20mass%、Ni:0.50mass%、Cr:0.85mass%、Mo:0.50mass%、Ti:0.08mass%、N:0.0038mass%、及び、Feおよび不可避的不純物からなる、MAG溶接用ワイヤが記載されている(段落【0023】表1 No.4)。
そして、甲2の段落【0018】の記載(及び、必要に応じて、甲8の段落【0091】の記載)を参酌すると、上記化学成分における窒素は、MAG溶接用ワイヤにおける不可避的不純物と理解されるから、甲2に記載された上記MAG溶接用ワイヤは、本件発明1で特定されるワイヤと、
「質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からなり」
との化学組成を有する点で共通するものということができる。
一方、甲1には、甲1発明が用いられる亜鉛メッキ鋼板向け溶接技術において、溶接後、塗装処理や塗装焼付処理が行われることが記載されておらず、また、甲1のほか、甲2にも、溶接ワイヤがYM−50であることによる技術的な問題点も特段記載されていない。
そうすると、甲1発明において、甲2に記載された塗膜剥離の課題を認識し得ないから、溶接ワイヤとして、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」に代えて、甲2記載のMAG溶接用ワイヤを採用することが動機付けられるとはいえない。
また、仮に、甲1発明において、溶接ワイヤとして、上記特定の「YM−50(φ1.2)」に代えて、甲2記載のMAG溶接用ワイヤを適用することが動機付けられたとしても、当該適用の際、溶着金属の拡散性水素量がどのような値となるかは不明である。
そして、本件発明1は、「特定の化学成分を有するワイヤとワイヤを溶融池に対して進退動させることによりアークを断続的に発生させる溶接とにより、低温割れを抑制して、かつビード形状の良い、良好な溶接を行うことができる」という、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである(段落【0010】、【0040】〜【0071】、表1〜12)。
したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えるようにすることは、甲2の記載を参酌しても、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

b また、甲3、甲4、甲6ないし甲7には、ワイヤに関し、
「質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からなり」との化学組成とすることも、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下である」ものとすることも記載されていない。
また、甲5については、上記(イ)a(d)で指摘したとおりであり、その内容が本願出願前に知られていたとはいえず、また、そもそも、本件発明1の上記化学成分、及び溶着金属の拡散性水素量とすることが記載されたものでない。
以上によれば、甲1発明において、溶接ワイヤとして、甲1において実際に用いられた溶接ワイヤである、特定の「YM−50(φ1.2)」に代えて、本件発明1の上記化学成分、及び溶着金属の拡散性水素量を有するものを採用することが、甲3ないし甲7の記載から動機付けられるとはいえない。
そして、本件発明1は、上記aでも説示したとおり、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えるようにすることは、甲3ないし甲7の記載を参酌しても、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

c 申立理由2(進歩性欠如)に係る申立人の主張について
申立人は、上記(イ)a(b)のとおり、特許異議申立書により、甲3の第34ページに、化学組成として、C:0.08質量%、Si:0.84質量%、Mn:1.37質量%、P:0.011質量%、S:0.008質量%、Ti:0.08質量%、Cu:0.10質量%を含む、YM−50のワイヤが記載されており、そのMn含有量は本件発明1のMn含有量の下限値を下回るものの、甲4の記載から、YM−50のワイヤのMn含有量は、YM−50の該当JISであるJIS Z 3312 YGW11の規格内で設定可能であるといえ、また、一例として、甲5には、YM−50のワイヤのMn含有量が1.65質量%であることが記載されていることから、甲3、甲4及び甲5を参照すれば、甲1には、「溶接ワイヤ:YM−50(φ1.2)」として、JIS Z 3312 YGW11の規格値を満たすものを使用でき、少なくとも、「C:0.08質量%、Si:0.84質量%、Mn:1.65質量%、P:0.011質量%、S:0.008質量%、Ti:0.08質量%、Cu:0.10質量%を含み、残部がFe及び不純物からなる」化学組成を有するワイヤを使用できることが記載されていると主張する(特許異議申立書第11ページ第12行〜第12ページ第5行)。
ここで、出願人が主張する「C:0.08質量%、Si:0.84質量%、Mn:1.65質量%、P:0.011質量%、S:0.008質量%、Ti:0.08質量%、Cu:0.10質量%を含み、残部がFe及び不純物からなる」化学組成は、甲3に記載のYM−50のワイヤの化学成分を、そのMn含有量についてのみ甲5に記載のMn含有量に変更した、JIS Z 3312 YGW11の規定に適合するYM−50の化学成分の仮想例と解される。
そこで検討すると、甲1において、溶接ワイヤにYM−50を用いることの記載から、仮に、その該当JISで規定される「質量分率で、C:0.02〜0.15%、Si:0.55〜1.10%、Mn:1.40〜1.90%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.50%以下、Ti+Zr:0.02〜0.30%」との化学成分を有するワイヤを用いることが示唆されていると解したとしても、当該化学組成は、本件発明1の化学組成と異なるものである。
そして、甲5については、上記(イ)a(d)で指摘したとおりであり、その内容が本願出願前に知られていたとはいえない。仮に、その内容が本願出願前に知られていたと解したとしても、甲5におけるMn含有量についてのみ抽出し、甲3に記載されたワイヤの化学組成と併せた化学組成を仮想することは妥当でなく、そのような化学組成のワイヤが本願出願前に知られていたということはできない。また、甲1発明において、ワイヤが含有する化学組成を上記仮想例の化学組成に変更した際に、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下」となることを示唆する記載は、甲3ないし甲5のほか、甲6、7のいずれにも見当たらない。
そして、本件発明1は、上記aで指摘したとおり、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
以上より、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えるようにすることは、甲3ないし甲7の記載を参酌しても、当業者が容易に想到することができたとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。

d 小括
してみれば、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明と、甲2〜7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2〜5について
本件発明2〜5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲2〜7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2〜5についても同様に、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1に記載された発明及び甲2〜7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)申立理由1(新規性欠如)、2(進歩性欠如)についてのまとめ
したがって、申立理由1及び2によっては、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由3、4(甲2を主たる引用例とする進歩性欠如)について
(1)甲2に記載された発明
ア 上記第4の2の摘記した各記載からみて、段落【0020】の記載のほか、特に段落【0018】の記載と、段落【0023】の表1に示されるNo.4のワイヤの記載に着目すると、甲2には、次の発明が記載されているということができる。

「化学成分が、C:0.060mass%、Si:0.55mass%、Mn:1.68mass%、P:0.008mass%、S:0.007mass%、Cu:0.20mass%、Ni:0.50mass%、Cr:0.85mass%、Mo:0.50mass%、Ti:0.08mass%、N:0.0038mass%、及び、Feおよび不可避的不純物からなるMAG溶接用ワイヤを用いてMAG溶接によりすみ肉溶接を行う、方法。」(以下、「甲2発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲2発明との対比
(ア)本件発明1と甲2発明を対比する。
甲2発明の「MAG溶接用ワイヤ」は、本件発明1の「ワイヤ」に相当する。
また、甲2の段落【0011】〜【0018】の記載(及び、必要に応じて、甲8の段落【0091】の記載)を参酌すると、甲2発明のMAG溶接用ワイヤにおける化学成分の窒素は不可避的不純物として含有されるものと解されるから、甲2発明のMAG溶接用ワイヤが、「化学成分が、C:0.060mass%、Si:0.55mass%、Mn:1.68mass%、P:0.008mass%、S:0.007mass%、Cu:0.20mass%、Ni:0.50mass%、Cr:0.85mass%、Mo:0.50mass%、Ti:0.08mass%、N:0.0038mass%、及び、Feおよび不可避的不純物からなる」ことは、本件発明1のワイヤが、
「質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からなり、」との化学組成を有する点で一致する。
さらに、MAG溶接が、シールドガスに炭酸ガスまたはアルゴンガスと炭酸ガスの混合ガスを用いるアーク溶接であることは本願出願時の技術常識であるから、甲2発明の「MAG溶接によりすみ肉溶接を行う、方法」である点は、本件発明1が「ガスシールドアーク溶接方法」である点で一致する。

そうすると、本件発明1と甲2発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「質量%で、
C:0.05〜0.13%、
Si:0.35〜1.20%、
Mn:1.60〜3.40%、及び
Cu:0.10〜0.50%
を含有し、
P:0.030%以下、及び
S:0.020%以下、
に制限し、
Ni:3.40%以下、
Cr:1.20%以下、
Mo:1.00%以下、及び
Ti:0.25%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上をさらに含有し、
残部が、Fe及び不純物からなるワイヤを用いて、溶接を行うガスシールドアーク溶接方法。」

<相違点3>
本件発明1では、ワイヤについて、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下」であることが特定されているのに対し、甲2発明では、MAG溶接用ワイヤについて、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下である」かどうか不明である点。

<相違点4>
本件発明1では、溶接方法が「溶融プールとコンタクトチップ間で前記ワイヤの進退動及び通電制御をしてアークを断続的に発生させて」行われるのに対し、甲2発明では、溶接がそのように行われるかどうか不明である点。

(イ)相違点3の容易想到性について
事案に鑑み、相違点3の容易想到性について検討する。
a 甲2のほか、甲1、甲3、甲8及び甲9にも、ワイヤの溶着金属の拡散性水素量を2.0ml/100g以下とすることが記載されておらず、また甲2発明に対してそのようにすることを動機付ける記載もない。

b また、甲7には、「拡散性水素量の測定は、JIS Z3118(鋼溶接部の水素量測定方法)に準拠したガスクロマトグラフ法にて実施した。測定した拡散性水素量がソリッドワイヤ並の2.0ml/100g以下を合格とした。」(段落【0068】)との記載があり、当該記載は、ソリッドワイヤについて、溶着金属の拡散性水素量が「2.0ml/100g以下」であることを示唆していると解される。
しかしながら、一般的に、溶接用ワイヤは、ソリッドワイヤとフラックス入りワイヤに大別されるところ、甲2には、上記MAG溶接用ワイヤがソリッドワイヤであることは記載されていないから、甲2発明のMAG溶接用ワイヤは、ソリッドワイヤであるかどうか不明なものである。そのため、甲2発明において、ソリッドワイヤを前提とした甲7の記載に基づき、溶着金属の拡散性水素量を「2.0ml/100g以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
また、甲7の上記段落【0068】の記載は、全てのソリッドワイヤの溶着金属の拡散性水素量が、必ず「2.0ml/100g以下」であることを示唆しているとまではいえない記載であり、さらに、ソリッドワイヤにおいて、溶着金属の拡散性水素量を「2.0ml/100g以下」とすることを動機付ける技術的な知見を含む記載でもない。したがって、仮に、甲2発明において、MAG溶接用ワイヤとしてソリッドワイヤを適用したとしても、その適用をもって直ちに、溶着金属の拡散性水素量が「2.0ml/100g以下」になるということはできない。
そして、仮に、甲7の上記段落【0068】の記載が、ソリッドワイヤにおいて、溶着金属の拡散性水素量を「2.0ml/100g以下」とすることを動機付ける記載であるとしても、甲2発明のMAG溶接用ワイヤとして、ソリッドワイヤを適用し、その上で、ソリッドワイヤを前提とした甲7の記載に基づき、溶着金属の拡散性水素量を「2.0ml/100g以下」とする論理付けは、いわゆる「容易の容易」にあたるものであるから、これを当業者が容易に想到し得たことということはできない。

c したがって、甲2発明において、上記相違点3に係る特定事項を備えるようにすることは、甲1、甲3及び甲7〜9の記載を参酌しても、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

d 申立理由3(進歩性欠如)に係る申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、甲2には、MAG溶接用ワイヤがソリッドワイヤであることは明記されていないが、段落【0001】の自動車車体の溶接組立等への用途の記載から、ソリッドワイヤを用いることができることが記載されているに等しく、また甲7に、ソリッドワイヤの拡散性水素量は通常2.0ml/100g以下であることが記載されていることから、甲2には、「溶着金属の拡散性水素量が2.0ml/100g以下」であることは記載されているに等しいと主張している。
しかしながら、上記bのとおり、甲2発明において、溶着金属の拡散性水素量を「2.0ml/100g以下」とすることは、当業者が容易に想到し得たことということはできないから、上記申立人の主張は採用できない。

e 小括
してみれば、相違点4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明と、甲1、甲3及び甲7〜9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2〜5について
本件発明2〜5は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲2に記載された発明及び甲1、甲3及び甲7〜9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2〜5についても同様に、甲1に記載された発明及び甲1、甲3及び甲7〜9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)申立理由3、4(進歩性欠如)についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1〜5は、甲2に記載された発明及び甲1、甲3及び甲7〜9に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、申立理由3、4(進歩性欠如)によっては、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては、請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-09-30 
出願番号 P2017-175810
審決分類 P 1 651・ 113- Y (B23K)
P 1 651・ 121- Y (B23K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 佐藤 陽一
宮部 裕一
登録日 2021-10-11 
登録番号 6958153
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 ガスシールドアーク溶接方法および溶接継手の製造方法  
代理人 福地 律生  
代理人 河野上 正晴  
代理人 齋藤 学  
代理人 三橋 真二  
代理人 青木 篤  

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