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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
管理番号 1392074
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-07-13 
確定日 2022-11-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第6995669号発明「圧電体フィルム、圧電体フィルムの製造方法、および、圧電体デバイス」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6995669号の請求項1、2及び6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6995669号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成30年3月5日に出願されd、令和3年12月17日にその特許権の設定登録がされ、令和4年1月14日に特許掲載公報が発行された。
その後、請求項1、2及び6に係る特許に対して、令和4年7月13日に特許異議申立人冨永道治(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明について
本件特許の請求項1、2及び6に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」及び「本件発明6」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、2及び6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルムであって、
前記圧電体フィルムの圧電定数d31が20pC/N以上であり、かつ、
TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であり、
前記圧電体フィルムを100℃で24時間加熱する処理が試験処理であり、前記試験処理の前後で測定された圧電定数d31の差が、前記試験処理前の圧電定数d31に対して20%以下である
圧電体フィルム。
【請求項2】
前記フッ素樹脂は、フッ化ビニリデンの単独重合体である
請求項1に記載の圧電体フィルム。
【請求項6】
請求項1または2に記載の圧電体フィルムを備える
圧電体デバイス。」

第3 特許異議の申立ての概要
1 特許異議の申立ての理由(以下、「申立理由」という。)の概要は、次のとおりである。
(1)(新規性)本件発明1、2及び6は、甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するから、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
(2)(進歩性)本件発明1、2及び6は、甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明と、甲第4号証〜甲第6号証に記載された技術事項とに基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(3)(実施可能要件)本件発明1、2及び6は延伸フィルムであるという特定はされておらず、例えば無延伸フィルム等の、延伸フィルム以外の圧電体フィルムが含まれ得るが、本件特許明細書には、本件発明1、2及び6が無延伸フィルムである場合にどのようにすれば本件発明1、2及び6を製造できるのか記載されていないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1、2及び6の特許を当業者が実施することができる程度に記載したものではない。
(4)本件発明1、2及び6には延伸フィルムであるという特定はされておらず、例えば無延伸フィルム等の、延伸フィルム以外の圧電体フィルムが含まれ得るが、本件発明1、2及び6が無延伸フィルムである場合にどのようにすれば本件発明1、2及び6を製造できるのか記載されていないから、本件特許明細書の記載を、例えば無延伸フィルム等の、延伸フィルム以外の圧電体フィルムを含む本件発明1、2及び6まで拡張ないし一般化することはできない。

2 異議申立人が提出した証拠は次のとおりである
甲第1号証:M.M. Perlman et al., Conference on Electrical Insulation & Dielectric Phenomena−Annual Report 1983, pp. 447−453
甲第2号証:T Kaura et al., J. Phys.D: Appl. Phys. 24 (1991), pp. 1848−1852
甲第3号証:米国特許5254296号明細書
甲第4号証:M. Inoue et al., Polymer Degradation and Stability 92 (2007), pp. 1833−1840
甲第5号証:特開昭61−84078号公報
甲第6号証:特開2015−75968号公報
甲第7号証:特開2011−192665号公報
甲第8号証:大東弘二、高分子、34巻、9月号(1985年)、pp. 732−735
甲第9号証:V. Sencadas et al., Journal of Non−Crystalline Solids 352 (2006), pp. 5376−5381

第4 甲号証の記載
1 甲第1号証の記載
(1)甲第1号証には以下の記載がある。(下線は、当審で付した。以下同じ。)
「Two kinds of commercially available PVDF film; 200μ Kureha, supplied by The Institute of Physical and Chemical Research, Japan, and 127μ and 28μ KynarR, supplied by Pennwalt Corp., U.S.A., were used in this work.」(第447頁第32行〜第36行)
(当審訳:2種類の市販のPVDFフィルム: 200μKureha (理化学研究所(日本)により供給)およびPennwalt Corp. (米国)により供給された127μおよび28μKynar(登録商標)の2種類を本研究で使用した。)
「A series of ageing experiments were carried out on Kureha (Fig. 5) and Kynar films stretched 5.5× at 50℃, and annealed at 145℃ for 2 hours. They were then corona poled at room temperature and 120℃. The poling field was 800 KV/cm for 15 mins. The samples were left open circuited at 25, 60, 90 and 110℃, and removed from their ovens periodically for d31 measurements at room temperature. There was a drastic improvement in the piezo retention characteristics of the films poled at elevated temperature. They showed much slower rates of decay of d31, and higher residual values. The piezo−electric stability of Kureha film was much better than that of Kynar.」(第450頁第第18行〜第30行)
(当審訳:50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールしたKurehaフィルム(図5)及びKynarフィルムで一連のエージング実験を実施した。それらは、次いで、室温及び120℃でコロナ分極された。15分間、分極場は800KV/cmであった。サンプルは、25℃、60℃、90℃、及び110℃の開放回路に置いて、室温でのd31測定のため定期的にオーブンから取り出した。高温で分極されたフィルムの圧電保持性において顕著な改善があった。それらは非常にゆっくりとd31が減衰し、より高い残留値を示した。Kurehaフィルムの圧電安定性は、Kynarよりも非常に優れていた。)

「CONCLUSIONS
The dependance of the piezoelectric constant (d31) of PVDF on stretching ratio and corona poling temperature was determined. Stable maxima of 37pC/N for Kureha and 22pc/N for Kynar were obtained for stretching ratios and corona poling temperatures in the proper range.」(第450頁第31行〜第36行)
(当審訳:結論 PVDFの圧電定数(d31)の延伸倍率およびコロナポーリング温度への依存性を測定した。適切な範囲の延伸倍率及びコロナポーリング温度で、Kurehaについて37pC/N、Kynarについて22pC/Nの安定した極大値が得られた。」



」(第453頁)
(当審訳:図5 50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールし、その後、800KV/cmで15分間分極したKurehaフィルムの圧電定数d31の減衰。実線−室温での分極、破線−120℃での分極。減衰温度は曲線上に示した。)

(2)上記(1)より、甲第1号証には以下の技術事項が記載されている。
ア 第450頁第18行〜第30行には「50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールしたKurehaフィルム(図5)」「で一連のエージング実験を実施した。それらは、次いで」「120℃でコロナ分極された。15分間、分極場は800KV/cmであった。」と記載されている。
よって、Kurehaフィルムは、120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極されるといえる。

イ 第447頁第32行〜第36行には「PVDFフィルム: 200μKureha (理化学研究所(日本)により供給)」「を本研究で使用した。」と記載されている。
よって、上記アの「Kurehaフィルム」はPVDFフィルムであるといえる。

ウ 図5には「50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールし、その後、800KV/cmで15分間分極したKurehaフィルムの圧電定数d31の減衰。」「破線−120℃での分極。減衰温度は曲線上に示した。」と記載され、図5より、120℃で分極したKurehaフィルムの圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰することがみてとれる。
よって、50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールし、その後、800KV/cmで15分間分極したKurehaフィルムが記載され、また、120℃で分極したKurehaフィルムの圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰するといえる。

エ 上記ア及びウは共に図5を参照しているから、上記ウの「800KV/cmで15分間分極したKurehaフィルム」のうち「120℃で分極したKurehaフィルム」は、上記アの「120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極」したKurehaフィルムであるといえる。よって、上記ア〜ウを総合勘案すると、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「50℃で5.5倍に延伸し、145℃で2時間アニールし、その後、120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極したKurehaフィルムであるPVDFフィルムであって、
圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、
110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰する
PVDFフィルム。」

2 甲第2号証の記載
甲第2号証には以下の記載がある。
「2.Experiment
PVDF films, 50 and 100 μm thick, were supplied by Solvay et Cie, Societe Anonyme, Bruxelles. They were first cleaned with ethanol and distilled water, and then dried at 60℃ for 2h. They were then simultaneously stretched and corona poled(SSCP) using the apparatus shown in figure 1 which contained a screw, half of which was threaded in one direction and half in the other. Two tables with threaded bases containing clamps to hold the film were mounted, one on each half of the screw. A geared motor turned the screw causing the tables to move away from each other, and hence stretch the film. The films were stretched from both ends, so that the middle portion always remained under the corona charger. The stretching speed was 9cm min−1. SSCP samples were formed at elevated temperatures of 60−110℃ on a hot plate placed below the charger. The surface potential was controlled by the voltage on a grid placed under the needle point of the corona. The negatively charged films were allowed to cool under corona for 0.5 h. Samples sized 2×6cm2 were cut from the portion of the film that remained under corona during stretching and poling. Aluminium electrodes 500Å thick and of area 0.5×4cm2 were vacuum deposited on both sides. The electrodes were shorted and kept at 60℃ for 24h before measurements.」(第1848頁右欄第1行〜第1849頁左欄第12行)
(当審訳:2.実験 PVDFフィルム(厚さ50μm及び10μm)は、Solvay et Cie, Societe Anonyme(ブリュッセル)により供給された。PVDFフィルムは最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥した。その後、図1に示される装置(半分が一方向に挿入され、半分が反対方向に挿入されたネジを含む)を用いて、同時に延伸及びコロナ分極(SSCP)を行った。フィルムを保持するためのクランプを含むねじ付きベースを有する2つのテーブルを、ネジの各半分に1つずつ取り付けた。ギア付きモータがスクリューを回転させ、テーブルを互いに離れるように移動させ、それによってフィルムを延伸させた。フィルムを、中央部が常にコロナチャージャの下に置かれた状態になるように両端から延伸した。延伸速度は9cm/分であった。SSCPサンプルは、チャージャ下に置かれたホットプレート上で60〜110℃の高温で形成した。表面ポテンシャルは、コロナの針先の下に置かれたグリッド上の電圧によって制御した。負に帯電したフィルムをコロナ下で0.5時間冷却した。延伸及び分極中にコロナ下に置かれたままであったフィルム領域から、2×6cm2のサイズのサンプルを切り出した。500Åの厚さ及び0.5×4cm2の面積を有するアルミニウム電極を両端に真空蒸着した。電極を短絡し、60℃で24時間保持した後、測定を行った。)

「3. Results and discussion
3.1. Piezoelectricity
The piezoelectric constant d31 of SSPC films was optimized by varying the parameters Ep, SR, and Tp.
Figure 2 shows d31 against poling field Ep in the range 0.05−0.8MVcm-1. d31 saturates beyond 0.5MVcm-1 in agreement with others[8]−this is due to saturation in the number of crystallites and/or dipoles aligned in the field direction.
Figure 3 shows d31 against stretching ratio SR. The maximum value of d31 is obtained at SR = 4.5×.
Figure 4 shows d31 against poling temperature Tp. d31 increases with poling temperature to a maximum of 60pCN−1 in the range 70−85℃, and decreases to 37pCN−1 when poled at 110℃. The drop in d31 may be due to an increase in electrical conductivity, which would reduce the effective poling field.
The optimum poling parameters obtained from figures 2,3 and 4 are Ep = 0.55MVcm−1, SR = 4.5× and Tp = 80℃. These values were chosen for further investigation.
The twofold increase in d31 from 30pCN−1 for first stretched and then poled films measured by us to 60pCN−1 for SSCP films may be attributed to a greater contribution of whole β crystallite rotation than in first poled and then stretched films. The latter takes place in addition to the 60° step rotation of molecular dipoles in the field direction[9].」(第1849頁右欄第1行〜第1850頁左欄第11行)
(当審訳:3.結果と考察 3.1.分極 SSPCフィルムの圧電定数d31は、パラメータEp、SR、およびTpを変化させることによって最適化された。図2は、0.05−0.8MVcm−1の範囲のポーリング場Epに対するd31を示す。d31は、0.5MVcm−1を超えて飽和し、他のものと一致するのは、場の方向に整列した結晶子および/または双極子の数の飽和による。図3は、延伸比SRに対するd31を示す。d31の最大値は、SR=4.5倍で得られ、図4は、ポーリング温度Tpに対するd31を示す。d31は、ポーリング温度と共に、70−85℃の範囲で最大60pCN−1まで増加し、110℃でポーリングされると37pCN−1まで減少する。d31の低下は、電気伝導率の増加によるものであり得、これは有効分極反転場を減少させる。図2、3および4から得られた最適ポーリングパラメータは、Ep=0.55MVcm−1、SR=4.5倍およびTp=80℃である。これらの値をさらなる調査のために選択した。我々がSSCPフィルムについて60pCN−1まで測定した、第1の延伸がされ、次いで分極されたフィルムについての30pCN−1からのd31の2倍の増加は、第1の分極がされ、次いで延伸されたフィルムよりも全β晶子回転の寄与が大きいことに起因し得る。後者は、電界方向における分子双極子の60°ステップ回転に加えて起こる。)

「Figure 5 shows the time stability of d31 at 25, 60, 90 and 110℃ for SSCP films formed under the optimum conditions stated previously. The samples were kept in different ovens at fixed temperatures, and removed once per week to measure d31 at RT. The d31 of RT film decreased by 10% from its initial value of 60pCN−1 after one week, and then stayed constant for at least 11 more weeks. These SSCP films show remarkably higher stability at all decay temperatures when compared with our measurements on first stretched and then poled films (see broken curves in figure 5).」(第1850頁左欄第12行〜第22行)」
(当審訳:図5は、既述の最適条件下で形成したSSCPフィルムについて、25℃、60℃、90℃、及び110℃でのd31の経時安定性を示す。試料は、固定された温度の異なるオーブンで維持され、1週間に1回取り出し室温でd31を測定した。RTフィルムのd31は、1週間後、60pCN−1の初期値から10%低下し、さらに少なくとも11週間一定であった。これらSSCPフィルムは、最初に延伸し次に分極したフィルムでの測定(破線の曲線)と比較して、全ての減衰温度で顕著に高い安定性を示す。)




(当審訳:図2。SSCP PVDFフィルムのポーリング場Epに対する圧電定数d31。ポーリング温度Tp=80℃、延伸比SR=4.5倍)



(当審訳:図3。SSCP PVDFフィルムの延伸比SRに対する圧電定数d31。Ep=0.55MVcm−1、Tp=80℃)



(当審訳:図4。SSCP PVDFフィルムのポーリング温度Tpに対するd31。Ep=0.55MVcm−1、SR=4.5倍)




(当審訳:図5。SSCP PVDFフィルムの様々な減衰温度での最適d31の時間安定性、Ep=0.55MVcm−1、Tp=80℃、SR=4.5倍。破線は、最初に延伸され、次いで分極されたPVDFフィルムについてのものである。)

(2)上記(1)より、甲第2号証には以下の技術事項が記載されていると認められる。
ア 第1848頁右欄第1行〜第1849頁左欄第12行には「2.実験」「PVDFフィルムは最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥した。その後」「同時に延伸及びコロナ分極」「を行った。」と記載されている。
よって、PVDFフィルムを最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行うことが記載されている。

イ 第1848頁右欄第1行〜第1849頁左欄第11行には「3.結果と考察」「SSPCフィルムの圧電定数d31は、パラメータEp、SR、およびTpを変化させることによって最適化された。」と記載されている。ここで「図2は、0.05−0.8MVcm−1の範囲のポーリング場Epに対するd31を示す。」、「図3は、延伸比SRに対するd31を示す。」、「図4は、ポーリング温度Tpに対するd31を示す。」及び「図2、3および4から得られた最適ポーリングパラメータは、Ep=0.55MVcm−1、SR=4.5倍およびTp=80℃である。」と記載されているから、上記「パラメータEp、SR、およびTpを変化させることによって最適化され」ることは、「ポーリング場Ep」、「延伸比SR」および「ポーリング温度Tp」を、「4.5倍」、「0.55MVcm−1」および「80℃」とすることであるといえる。
よって、SSPCフィルムの圧電定数d31は、ポーリング場Ep、延伸比SRおよびポーリング温度Tpを、4.5倍、0.55MVcm−1および80℃とすることによって最適化されるといえる。

ウ 第1850頁左欄第12行〜第22行には「図5は、既述の最適条件下で形成したSSCPフィルムについて」「90℃、及び110℃でのd31の経時安定性を示す。試料は、固定された温度の異なるオーブンで維持され、1週間に1回取り出し室温でd31を測定した。」と記載されている。
また、図5には「図5。SSCP PVDFフィルムの様々な減衰温度での最適d31の時間安定性、Ep=0.55MVcm−1、Tp=80℃、SR=4.5倍。破線は、最初に延伸され、次いで分極されたPVDFフィルムについてのものである。」と記載され、図5より、SSCPフィルムの最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰することが見てとれる。

エ ここで、上記イの「結果と考察」は上記アの「実験」に対応するものであるから、上記イの「SSPCフィルム」は、上記アの「最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行」ったPVDFフィルムであること、並びに、上記イの「ポーリング場Ep」、「延伸比SR」および「ポーリング温度Tp」は、上記アの「同時に延伸及びコロナ分極を行う」際のパラメータであることは明らかである。よって、上記ア〜ウを総合勘案すると、甲第2号証には以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「PVDFフィルムを最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行ったSSPCフィルムであって、
SSPCフィルムの圧電定数d31は、同時に延伸及びコロナ分極を行う際のパラメータである延伸比SR、ポーリング場Epおよびポーリング温度Tpを、4.5倍、0.55MVcm−1および80℃とすることによって最適化され、
最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰する
SSPCフィルム。」

3 甲第3号証の記載
(1)甲第3号証には以下の記載がある。
「FIG.5 are graphs of the time stability of the piezoelectric constant (d31) for SSCP PVDF films stored at various temperatures over a period of time, the films having been produced with an Ep of 0.55MV/cm, a Tp of 80℃. and S.R. of 4.5× with the dotted curves in FIG.5 being similar graphs for a first stretched and then poled PVDF film,」(第2欄第3行〜第9行)
(当審訳:図5は、0.55MV/cmのEp、80℃のTpおよび4.5倍のSRで製造されたSSCP PVDFフィルムの、ある期間にわたって様々な温度で貯蔵された圧電定数(d31)の時間安定性のグラフであり、図5の点線の曲線は、第1の延伸がされ、次いで分極されたPVDFフィルムの同様のグラフである。)

「PVDF films 50μ and 100μ thick, supplied by Solvay et Cie., Societe Anonyme, Bruxelles, were first cleaned with ethanol and distilled water and then dried at 60℃. for 2 hours. These were then simultaneously stretched and corona poled (SSCP) in the type of apparatus shown in FIG.1 so that the films were stretched from both ends with the middle portion always remaining under the corona charger. The SSCP film samples were formed at elevated temperatures of from 60° to 110℃. with a stretching speed maintained at 9cm/min. The surface potential on the films was controlled by the voltage on grid 23 placed under the needle point of a standard corona charger. These negatively charged films were allowed to cool under corona for 1/2 hour. Samples 2cm by 6cm were cut from the portion of film that remained under corona during stretching. Then aluminum electrodes 500Å thick having an area 0.5cm by 4cm were vacuum deposited on each side of the samples. The electrodes on each side of the samples were electrically connected to provide a short circuit between them and these samples were then kept at 60℃ for 24 hours before any measurements were taken to determine points on the graphs shown in FIGS.2 to 5.」(第2欄第65行〜第3欄第20行)
(当審訳:Solvay et Cie.,Societe Anonyme,Bruxellesによって供給される50μおよび100μ厚のPVDFフィルムを、最初にエタノールおよび蒸留水で洗浄し、次いで60℃で2時間乾燥させた。次に、これらを図1に示すタイプの装置でフィルムを両端から延伸し、中央部分を常にコロナ帯電器の下に残すように、同時に延伸及びコロナ分極を行った。SSCPフィルム試料は、60℃〜110℃の高温で、9cm/分に維持された延伸速度で形成した。フィルム上の表面電位は、標準的なコロナ帯電器の針先の下に配置されたグリッド23上の電圧によって制御した。これらの負に帯電したフィルムをコロナ下で1/2時間冷却した。延伸中にコロナ下に残ったフィルムの部分から2cm×6cmの試料を切り出した。次に、0.5cm×4cmの面積を有する厚さ500Åのアルミニウム電極を試料の各面に真空蒸着した。試料の各側の電極を電気的に接続して、それらの間に短絡をもたらし、次いで、これらの試料を60℃で24時間保持した後、任意の測定を行って、図2〜5に示すグラフ上の点を決定した。)

「FIG. 2 is a graph of measured piezoelectric constants d31 vs poling field Ep for a number of samples of films produced using different poling fields(Ep), which fields ranged from 0.05 to 0.8MV/cm. The piezoelectric constant d31 1 is a maximum of about 60pC/N and saturates with a poling field higher than 0.5MV/cm which is due to saturation of the number of crystallites and/or dipoles aligned in the field direction. These samples were produced at a poling temperature(Tp) of 80℃. with a stretching ratio(S.R.) of 4.5×.
FIG. 3 is a graph of measured piezoelectric constants d31 vs stretching ratio(S.R.) for a number of film samples manufactured using different stretching ratios. The maximum value for the piezoelectric constant d31 of about 60pC/N was obtained when the stretching ratio(S.R.) was about 4.5×. These film samples were manufactured using a poling temperature(Tp) of 80℃. and a poling field(Ep) of 0.55 MV/cm.
FIG. 4 is a graph of measured piezoelectric constants(d31) vs poling temperature(Tp) for a number of film samples manufactured using different poling temperatures(Tp). These samples were produced using a poling field Ep of 0.55MV/cm and with a stretching ratio S.R. of 4.5×. The piezoelectric constants d31 increase in value to a maximum of about 60pC/N when the poling temperatures used were in the range of 70° to 85℃. The d31 starts decreasing with increasing poling temperatures to a value of about 37pC/N when poled at a temperature of 110℃. This drop in the value of d31 obtained with samples formed at higher poling temperatures(85℃ to 110℃) may be due to an increase in electrical conductivity which could reduce the actual effective poling fields for these samples.
The optimumized poling parameters for SSCP PVDF films obtained from FIGS.2 to 4 are, therefore an Ep of 0.55MV/cm, a S.R. of 4.5× and a Tp of 80℃. which provide a piezoelectric constant d31 of about 60pC/N and a pyroelectric constant of about 6 NC/cm2K at 30℃. These are about double those of first stretched and then poled films. This twofold increase in d31 may be attributed to a greater contribution of whole β crystallite rotation than in first stretched and them poled films. The latter takes place in addition to the 60°. step rotation of molecular dipoles in the field direction. X−ray scans of the samples show that SSCP films have a higher β phase content than those that are first stretched and then poled.」(第3欄左欄第40行〜第4欄右欄第22行)
(当審訳:図2は、0.05〜0.8MV/cmの範囲の異なるポーリング場(Ep)を用いて製造されたフィルムのいくつかのサンプルについて、ポーリング場Epに対する測定された圧電定数d31のグラフである。圧電定数d31は、最大で約60pC/Nであり、0.5MV/cmより高いポーリング電界で飽和し、これは、電界方向に整列した結晶子および/または双極子の数の飽和に起因する。これらのサンプルは、80℃のポーリング温度(Tp)、4.5倍の延伸比(SR)で製造した。
図3は、異なる延伸比を使用して製造されたいくつかのフィルム試料について測定された圧電定数d31対延伸比(SR)のグラフである。約60pC/Nの圧電定数d31の最大値は、延伸比(SR)が約4.5倍のときに得られた。これらのフィルム試料は、80℃のポーリング温度(Tp)および0.55MV/cmのポーリング場(Ep)を使用して製造した。
図4は、異なるポーリング温度(Tp)を使用して製造されたいくつかのフィルムサンプルについて測定された圧電定数(d31)対ポーリング温度(Tp)のグラフである。これらのサンプルは、0.55MV/cmのポーリング電界Epおよび4.5倍の延伸比SRを用いて製造した。圧電定数d31は、使用されたポーリング温度が70℃〜85℃の範囲であった場合、最大約60pC/Nまで値が増加する。d31は、110℃の温度で分極されたとき、ポーリング温度の上昇と共に約37pC/Nの値まで減少し始める。より高いポーリング温度(85℃〜110℃)で形成された試料で得られたd31の値のこの低下は、これらの試料の実際の有効分極場を低減し得る導電率の増加によるものであり得る。
したがって、図2〜4から得られたSSCP PVDFフィルムの最適化した分極パラメータは、0.55MV/cmのEp、4.5倍のSRおよび80℃のTpであり、これらは30℃で約60pC/Nの圧電定数d31および約6NC/cm2Kの焦電定数を提供する。これらは、最初に延伸され、次いで分極されたフィルムの約2倍である。d31のこの2倍の増加は、最初に延伸され、分極されたフィルムよりも、全β晶子回転のより大きな寄与に起因し得る。後者は、場の方向における分子双極子の60°ステップ回転に加えて起こる。試料のX線走査は、SSCPフィルムが、最初に延伸され、次いで分極されたものよりも高いβ相含有量を有することを示す。)

「In addition to higher piezoelectric constants and pyroelectric constants, these SSCP PVDF films exhibit a greatly improved time stability for their piezoelectric constants d31 when stored over a period of time at fixed temperatures. FIG.5 is a graph which illustrates the time stability of d31 for SSCP films formed under the previously mentioned optimum conditions when stored at various fixed temperature over a period of weeks. The SSCP PVDF film samples were stored in different ovens and kept at different fixed temperatures of 25℃., 60℃., 90℃. and 110℃.(solid lines curves in FIG.5) over a number of weeks. These sample film were removed once per week to measure their d31 at room temperature to obtain values for the four top curves in FIG.5. The d31 of the film stored at a 25℃ room temperature(R.T.) decreased by about 10% from its initial value of 60pC/N after one week and then stayed nearly constant for at least 11 more weeks. These SSCP films showed remarkably higher stability at all storage temperatures when compared with first stretched and then poled films as shown by the dotted lines in FIG.5. This high stability supports the hypothesis that a greater proportion of whole β crystallites are rotated during SSCP than in first stretched and then poled films. Higher thermal energy is,of course,required for rotation of the whole crystallite than for a dipole during decay of the polarization.」(第4欄第23行〜第50行)
(当審訳:より高い圧電定数および焦電定数に加えて、これらのSSCP PVDFフィルムは、一定の温度で一定期間にわたって保存された場合に、それらの圧電定数d31に関して非常に改善された時間安定性を示す。図5は、前述の最適条件下で形成されたSSCPフィルムについて、種々の固定温度で数週間にわたって保存した場合のd31の時間安定性を示すグラフである。SSCP PVDFフィルム試料を異なるオーブンに保存し、25℃、60℃、90℃および110℃の異なる固定温度で数週間にわたって保持した(図5の実線曲線)。これらのサンプルフィルムを1週間に1回取り出し、室温でそれらのd31を測定して、図5の4つの上の曲線の値を得た。25℃の室温(RT)で保管されたフィルムのd31は、1週間後に60pC/Nのその初期値から約10%減少し、次いで少なくともさらに11週間ほぼ一定のままであった。これらのSSCPフィルムは、図5の点線で示されるように、最初に延伸され、次いで分極されたフィルムと比較して、全ての貯蔵温度で著しく高い安定性を示した。この高い安定性は、全β晶子の大部分が、最初に延伸され、次いで分極されたフィルムよりもSSCPの間に回転されるという仮説を支持する。もちろん、分極の減衰中に双極子の場合よりも結晶子全体の回転にはより高い熱エネルギーが必要である。)
















(2)上記(1)より、甲第3号証には以下の技術事項が記載されていると認められる。
ア 第2欄第65行〜第3欄第20行には、「PVDFフィルムを、最初にエタノールおよび蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥させた。次に、これらを」「同時に延伸及びコロナ分極を行った。」と記載され、また、「図2〜5に示すグラフ上の点を決定した。」と記載されている。
よって、PVDFフィルムを最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行うことが記載されている。

イ 第3欄左欄第40行〜第4欄右欄第22行には「図2は、0.05〜0.8MV/cmの範囲の異なるポーリング場(Ep)を用いて製造されたフィルムのいくつかのサンプルについて、ポーリング場Epに対する測定された圧電定数d31のグラフである。」、「図3は、異なる延伸比を使用して製造されたいくつかのフィルム試料について測定された圧電定数d31対延伸比(SR)のグラフである。」、「図4は、異なるポーリング温度(Tp)を使用して製造されたいくつかのフィルムサンプルについて測定された圧電定数(d31)対ポーリング温度(Tp)のグラフである。」及び「図2〜4から得られたSSCP PVDFフィルムの最適化した分極パラメータは、0.55MV/cmのEp、4.5倍のSRおよび80℃のTpであり」と記載されている。
よって、SSPC PVDFフィルムの分極パラメータは、延伸比SR、ポーリング場Epおよびポーリング温度Tpを、4.5倍、0.55MVcm−1および80℃とすることにより最適化されるといえる。

ウ 第4欄第23行〜第50行には「図5は、前述の最適条件下で形成されたSSCPフィルムについて」「d31の時間安定性を示すグラフである。SSCP PVDFフィルム試料を異なるオーブンに保存し」「90℃および110℃の異なる固定温度で数週間にわたって保持した(図5の実線曲線)。これらのサンプルフィルムを1週間に1回取り出し、室温でそれらのd31を測定して、図5の4つの上の曲線の値を得た。」と記載されている。ここで、図5の「SSCPフィルム」が上記アの「フィルムを最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行」ったPVDFフィルム、並びに、上記イの「SSCP PVDFフィルム」であることは明らかである。
また、図5より、SSCPフィルムの最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰することが見てとれる。

エ よって、上記ア〜ウを総合勘案すると、甲第3号証には以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「PVDFフィルムを最初にエタノール及び蒸留水で洗浄し、次に60℃で2時間乾燥し、その後、同時に延伸及びコロナ分極を行ったSSPCフィルムであって、
SSPCフィルムの圧電定数d31は、同時に延伸及びコロナ分極を行う際の分極パラメータである延伸比SR、ポーリング場Epおよびポーリング温度Tpを、4.5倍、0.55MVcm−1および80℃とすることによって最適化され、
最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰する
SSPCフィルム。」

4 甲第4号証の記載
(1)甲第4号証には以下の記載がある。
「Uniaxially−drawn PVDF films(Measurement Specialties Inc.,Piezo Film: 52μm thickness) which included Ni/Cu electrodes that were prepared by a sputtering process were used as the specimens in the present work.The manufacturer had already annealed the films at 60℃ during the fabrication process.Several specimens of the PVDF films were additionally annealed at 100, 120 and 130 ℃ for 3.6 ks(pre−annealing process).During the pre−annealing process,the films were placed between metal blocks in order to maintain their planarity.
The thermal analyses of the specimens were performed using a differential scanning calorimeter(DSC, dynamic scan under 8.33×10−2℃s−1) and a thermo−mechanical analyser(TMA,dynamic scan using a cylindrical probe(φ500μm) under 8.33×10−2℃s−1 with an applied load of 7×10−3kg).」(第1834頁左欄第48行〜第62行)
(当審訳:スパッタリング法によって調製したNi/Cu電極を含む一軸延伸PVDFフィルム(Measurement Specialties社、圧電フィルム:52μm厚)を本研究のサンプルとして用いた。製造業者は、製造プロセスの間、当該フィルムを既に60℃でアニールしていた。PVDFフィルムの幾つかのサンプルは、さらに100℃、120℃、及び130℃で3.6ksアニールした(プレアニールプロセス)。プレアニールプロセス中、当該フィルムは金属ブロックの間に置いて平面性を保持した。
当該サンプルの熱分析は、示差操作熱量計(DSC、8.33×10−2℃/sでの動的スキャン)及び熱機械分析計(TMA、7×10−3kgの荷重下、円筒プローブ(φ500μm)を用いた8.33×10−2℃/sでの動的スキャン)を用いて実施した。)




(当審訳:図11 100〜130℃でプレアニールされたPVDFフィルムのTMAプロファイル)

(2)上記(1)より、甲第4号証には以下の技術事項が記載されている。
スパッタリング法によって調整したNi/Cu電極を含む一軸延伸PVDFフィルムを100℃及び130℃で3.6ksアニールした(プレアニールプロセス)場合のTMAプロファイル。

5 甲第5号証の記載
(1)甲第5号証には以下の記載がある。
「高温でも寸法安定性および圧電安定性がある、高圧電性・低空隙率のフッ化ビニリデンポリマーの製法であって、
(a)フッ化ビニリデンポリマーを、原形状から延伸した形状に延伸し;
(b)フッ化ビニリデンポリマーを分極し;次いで、
(c)ポリマーが原形状に回復し得る条件下で、電界を加えつつ、延伸温度より約20℃高い温度から結晶融点より約15℃低い温度の間の温度でフッ化ビニリデンポリマーを条件付けする
という順序で行なう製法。」(請求項7)

「実施例2
フッ化ビニリデン押出ノート(ソレフ1008、ノルベイ社製)の一片を、80℃で延伸速度約21インチ/分で延伸した。延伸後の厚さは、250〜300μであった。接触電極を用い、印加電圧30kVで、80℃で30分間サンプルを分極した。次いで、電圧を加えながら、20分間で室温まで冷却した。次いで、最高温度143℃で30分間サンプルを条件付けした。条件付け中、一定電圧15kVを保った。同じ電圧を加えながら、40分間でサンプルを20℃まで冷却した。最終的な厚さは約310μであり、サンプルのd31は11.lpC/Nであった。120℃で1時間後のd31は10.2pC/Nであった。条件付け後の密度は、1.76g/ccであった。」(第6頁左下欄第17行〜右下欄第11行)

(2)上記(1)より、甲第5号証には以下の技術事項が記載されている。
フッ化ビニリデンポリマーを、原形状から延伸した形状に延伸し、分極し、次いで、ポリマーが原形状に回復し得る条件下で、電界を加えつつ、延伸温度より約20℃高い温度から結晶融点より約15℃低い温度の間の温度でフッ化ビニリデンポリマーを条件付けする方法において、前記温度を143℃とすること。

6 甲第6号証の記載
(1)甲第6号証には以下の記載がある。
「【0002】
・・・(中略)・・・
また、従来、フッ化ビニリデン重合体を、その分極前又は分極時に熱処理することにより、その寸法安定性及び圧電安定性を向上させる技術が提案されている(特許文献3)。このような熱処理は、有機フィルムを処理対象にするので、通常、比較的温度が低い、緩やかな条件が採用される。
・・・(略)・・・」

「【0004】
従来のように、通常、加熱処理した透明有機誘電体フィルムに、加熱処理し透明無機電極付き基材フィルムを貼り合わせて、透明圧電パネルを製造する場合、加熱処理工程が別々に行われるので、製造工程が多く、コスト的に不利であった。
従って、本発明は、製造工程が削減され、コスト的に有利な透明圧電パネルの製造方法の提供を目的とする。」

「【0011】
本発明の透明圧電パネルの製造方法は、
第1の透明無機電極と、
安定化処理されていない透明有機圧電フィルムと、
第2の透明無機電極と、
をこの順で有し、前記第1の透明無機電極及び前記第2の透明無機電極の少なくともいずれか一方は、結晶化処理されていない透明無機電極である、積層体を用意する工程Aと、
前記積層体の全体を熱処理することにより、前記結晶化処理されていない透明無機電極の結晶化処理、及び前記安定化処理されていない透明有機圧電フィルムの安定化処理を同時に行う工程Bと、
を有する。
・・・(中略)・・・
「安定化処理」とは、透明有機圧電フィルムの帯電を含む、物性の安定化のための熱処理であり、好ましくは、透明有機圧電フィルムの寸法又は圧電性が少なくとも安定化される熱処理を意味する。」

「【0024】
本発明で用いられる「透明有機圧電フィルム」としては、例えば、分極化フッ化ビニリデン系重合体フィルム、奇数鎖ナイロン圧電フィルム、及びポリ乳酸が挙げられる。前記透明有機圧電フィルムは、好ましくは、分極化フッ化ビニリデン系重合体フィルムである。
・・・(略)・・・」

「【実施例】
・・・
【0035】
(テトラフルオロエチレンに由来する繰り返し単位)/(フッ化ビニリデンに由来する繰り返し単位)のモル比(TFE/VDF)=32/68の共重合体フィルムを調製し、そのフィルムを15kV直流電圧による分極処理により得られた圧電フィルムの両面に1枚ずつ、ITO/PENフィルムを、そのマトリックス透明電極を圧電フィルム側に向けて、粘着剤で貼り付けて、圧電パネルを作成した。この圧電パネルを150℃×1hrの条件で熱処理した。
その圧電性を調べたところ、85℃・85RH%×24hrの条件の耐久試験後でも、或いは60℃・90RH%×24hrの条件の耐久試験後でも、初期値と変わらぬ検出信号が得られた(表1)。・・・(略)・・・」

(2)上記(1)より、甲第6号証には以下の技術事項が記載されている。
第1の透明無機電極と、安定化処理されていない分極化フッ化ビニリデン系重合体フィルムと、第2の透明無機電極と、をこの順で有し、前記第1の透明無機電極及び前記第2の透明無機電極の少なくともいずれか一方は、結晶化処理されていない透明無機電極である、積層体を熱処理することにより透明無機電極の結晶化処理、及び透明有機圧電フィルムの安定化処理を同時に行う工程において、熱処理を150℃の条件で熱処理をすること。

7 甲第7号証の記載
(1)甲第7号証には以下の記載がある。
「【0037】
なお、背景技術で説明したように、従来ポリフッ化ビニリデンを圧電体として使用する場合は、無極性α型のポリフッ化ビニリデンを延伸(たとえば一軸延伸)する。すると、結晶構造部分が無極性α型からβ型へ転移する。β型の結晶構造は、平面ジグザクなTTコンフォメーションをとる。β型の結晶では、結晶内の分子鎖が垂直方向に双極子モーメントを有し、かつ結晶内で同一方向に向いているため、結晶としては極性結晶となる。このように、β型の結晶が、自発分極に基づく極性を有するため、その上で分極処理を施すことにより高い圧電性を得ていた。」

(2)上記(1)より、甲第7号証には以下の技術事項が記載されている。
無極性α型のポリフッ化ビニリデンを延伸し、分極処理を施すことにより、結晶構造部分が無極性α型からβ型へ転移し、高い圧電性を得ること。

8 甲第8号証の記載
(1)甲第8号証には以下の記載がある。
「ポーリングで高分子鎖中の双極子を電場方向に配向した膜は圧電性と焦電性を示す3).このような膜には、膜面に平行な応力により膜厚方向の分極P3が変化する横圧電効果と(圧電定数d31など.膜が延伸されているときには、その方向を1軸にとる)厚み方向の応力とP3とが結合する縦圧電効果(圧電定数d33、c33など)が重要である.」(第732頁右欄第14行〜第20行)

(2)上記(1)より、甲第8号証には以下の技術事項が記載されている。
ポーリングで高分子鎖中の双極子を電場方向に配向した膜では、膜面に平行な応力により膜厚方向の分極P3が変化する横圧電効果が重要であること。

9 甲第9号証の記載
(1)甲第9号証には以下の記載がある。
「2. Experimental
P(VDF−TrFE)(75/25)(%mol) films with 100 μm thickness were supplied by Piezotech S.A., Saint−Louis, France. The copolymer films were extruded and poled by the patented ISL−Buaer cycling process. In the following, the orientation along the direction of extrusion of the original film will be labeled L(Longitudinal), whereas the perpendicular orientation will be labeled T (Transversal).
」(第5377頁左欄第25〜第32行)
(当審訳:2.実験 厚さ100μmのP(VDF−TrFE)(75/25)(モル%)フィルムは、Piezotech S.A.(フランス、セントルイス)により供給された。当該共重合フィルムは押出しにより作製され、特許取得済のISL−Buaerサイクルプロセスにより分極されたものである。以下では、原反の押出し方向に沿った向きをL(縦方向)とラベルし、垂直方向をT(横方向)とラベルする。」

「3.4. Thermal mechanical analysis
The TMA results have interest for a practical point of view, giving in the temperature axis the dimensional stability of the film that may be useful for certain applications.
The changes in geometry of the films upon heating were monitored as a function of temperature(Fig. 4). The experiments in both L and T directions allowed recording the variations in the length of the films along the two principal directions during heating.
In Fig. 4, TMA data show similar behavior for both directions of the sample. As can be observed, the sample shows two different regimes for the thermal expansion in the direction L: a linear regime from room temperature up to 〜90±0.7℃ and a non−linear regime for higher temperatures. From room temperature to 〜90±0.7℃ the sample length slightly increases in both directions, but the increase is stronger along direction L. At 〜90±0.7℃ the geometrical effect begins to be more important, the sample enters a non−linear regime of more pronounced thermal expansion. For the T direction the variation of length increases linearly with increasing temperature almost in the whole temperature range: deviation from linearity is found at temperatures higher than 110±1.0℃.」(第5379頁左欄第13行〜右欄第4行)
(当審訳:3.4.熱機械分析 TMAの結果は、特定の観点から利益があり、温度軸における当該フィルムの寸法安定性は、特定の用途において有用であり得る。
加熱時の当該フィルムの幾何学変異を、温度の関数としてモニターした(図4)。L方向及びT方向の両方における実験により、加熱中、2つの主要な方向の当該フィルムの長さの変化を記録した。
図4において、TMAデータは、当該サンプルの両方向での類似の挙動を示す。観察され得るとおり、当該サンプルは、L方向の熱伸長で2つの異なるレジメン:室温から90±0.7℃までの線形レジメン及びより高温での非線形レジメンを示す。室温から90±0.7℃まで当該サンプルの長さは両方向でわずかに増加したが、当該増加はL方向でより顕著である。90±0.7℃で幾何学作用はより重要になり、当該サンプルは、より顕著な熱伸長の非線形レジメンに入る。T方向について、殆ど全温度領域において、長さの変化は温度が上昇するにつれて直線的に増加する:直線からの逸脱は110±1.0℃よりも高い温度で見出される。」

(2)上記(1)より、甲第9号証には以下の技術事項が記載されている。
押出しにより作製され、ISL−Buaerサイクルプロセスにより分極されたP(VDF−TrFE)(75/25)(モル%)フィルムは、熱伸長が生じること。

第5 申立理由1及び2(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)について
1 甲第1号証を主引用例とする申立理由1及び2
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「PVDFフィルム」は、ポリフッ化ビニリデンからなるフィルムである。
また、甲1発明における「圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰するPVDFフィルム」は、PVDFフィルムの圧電定数d31が、90℃又は110℃に置かれる前は35であることを意味するから、甲1発明の「PVDFフィルム」は圧電フィルムであり、圧電定数d31が20pC/N以上であるといえる。
よって、甲1発明の「圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰するPVDFフィルム」は、本件発明1の「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルムであって、前記圧電体フィルムの圧電定数d31が20pC/N以上であ」ることに相当する。

(イ)本件発明1は「TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であ」るのに対し、甲1発明はそのような構成を有さない点で相違する。

(ウ)本件発明1は「前記圧電体フィルムを100℃で24時間加熱する処理が試験処理であり、前記試験処理の前後で測定された圧電定数d31の差が、前記試験処理前の圧電定数d31に対して20%以下である」のに対し、甲1発明は「圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰する」ものの、100℃での圧電定数d31については特定されていない点で、相違する。

(エ)よって、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し相違する。
(一致点)
「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルムであって、
前記圧電体フィルムの圧電定数d31が20pC/N以上である
圧電体フィルム。」

(相違点1)
本件発明1は「TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であ」るのに対し、甲1発明はそのような構成を有さない点。

(相違点2)
本件発明1は「前記圧電体フィルムを100℃で24時間加熱する処理が試験処理であり、前記試験処理の前後で測定された圧電定数d31の差が、前記試験処理前の圧電定数d31に対して20%以下である」のに対し、甲1発明は「圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰する」ものの、100℃での圧電定数d31については特定されていない点。

新規性についての当審の判断
(ア)相違点1について検討する。
a 本件特許明細書の段落【0026】には「・・・(略)・・・圧電体フィルムの第1製造方法は、(A)フィルム形成工程と、(B)第1緩和工程と、(C)二次加熱工程とを含む。」と記載され、段落【0035】には「二次加熱工程での結晶性高分子フィルムの温度は、第2温度である。・・・(中略)・・・第2温度の範囲としては、90℃以上140℃以下が最も広い範囲となる。」と記載され、段落【0038】には「・・・(略)・・・圧電体フィルムの第2製造方法は、(A)フィルム形成工程と、(B)第2緩和工程とを含む。」と記載され、段落【0039】には「・・・(略)・・・第2緩和工程での結晶性高分子フィルムの温度は、115℃よりも高く150℃以下の温度であることが好ましく」と記載され、さらに、段落【0041】には「・・・(略)・・・第2製造方法であれば、(C)二次加熱工程を行うことなく、補外開始温度を90℃以上135℃以下とすることもできる。」と記載されている。よって、本件特許明細書には「二次加熱工程」又は「第2緩和工程」を行うことにより補外開始温度を90℃以上135℃以下とすることができ、「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」における温度範囲はそれぞれ「90℃以上140℃以下」及び「115℃よりも高く150℃以下」であることが記載されている。
b 一方、甲1発明は「120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極したKurehaフィルムであるPVDFフィルム」であるから、コロナ分極における温度は120℃であり、90℃以上140℃以下、及び、115℃よりも高く150℃以下の範囲内のものである。
c しかし、上記aのとおり、本件特許明細書に記載された「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」はいずれも「フィルム形成工程」の後に実施されるものである。そして、本件特許明細書には「フィルム形成工程」について、段落【0027】に「・・・(中略)・・・フィルム形成工程は、結晶性高分子シートに対して、延伸処理と分極処理とを行い、それによって、結晶性高分子シートから、結晶性高分子フィルムを形成する工程である。」と記載され、フィルム形成工程は延伸処理と分極処理とを行う工程である。そうすると、甲1発明の「120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極」することは、本件特許明細書に記載された「フィルム形成工程」に対応するものであり、「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」に対応するものではない。そして、甲1発明は、コロナ分極より後にアニールが実施されて形成されたものではないから、「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」に対応する工程を有さない方法で製造されたものである。
d してみると、上記aのとおり本件特許明細書には「二次加熱工程」又は「第2緩和工程」を行うことにより補外開始温度を90℃以上135℃以下とすることができる旨記載されているのに対し、上記cのとおり甲1発明は「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」に対応する工程を有さない方法で製造されたものであるから、補外開始温度が90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高いということはできず、上記相違点1は実質的なものである。
e さらに、甲第4号証には、100℃及び130℃で3.6ksアニールした(プレアニールプロセス)PVDFフィルムのTMAプロファイルが記載されているが、甲第4号証に記載されたPVDFフィルムはスパッタリング法によって調整したNi/Cu電極を含む一軸延伸PVDFフィルムであるから、上記プレアニールプロセスは少なくともNi/Cu電極を形成した後に実施されるものである。これに対し、甲1発明の「120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極」することは、電極を形成する前に実施するものであるから、甲第4号証の「プレアニールプロセス」に対応するものではない。してみると、甲1発明の「120℃で15分間、800KV/cmの分極場でコロナ分極」したことにより、甲第4号証に記載されたプレアニールと同様の処理がなされるとはいえず、また、甲第4号証の図11に示されたTMAプロファイルを得ることができるともいえない。よって、甲第4号証の記載を勘案しても、甲1発明において補外開始温度が90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高いということはできない。

(イ)以上のとおりであるから、相違点1は実質的なものであり、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明ではない。

進歩性についての当審の判断
(ア)相違点1について検討する。
a 甲第5号証に記載された技術事項は「フッ化ビニリデンポリマーを、原形状から延伸した形状に延伸し」、その後「ポリマーが原形状に回復し得る条件下で、電界を加えつつ、延伸温度より約20℃高い温度から結晶融点より約15℃低い温度の間の温度でフッ化ビニリデンポリマーを条件付けする」ものであり、「ポリマーが原形状に回復し得る条件」は、延伸したフッ化ビニリデンポリマーが収縮し得ることを意味する。一方、甲第1号証の第450頁第31行〜第36行)には「適切な範囲の延伸倍率及びコロナポーリング温度で、Kurehaについて37pC/N」「の安定した極大値が得られた。」と記載され、また、甲1発明において延伸したPVDFが収縮する工程はないから、甲1発明において「5.5倍に延伸」したものであることは、35の圧電定数d31を得るための必要条件である。よって、甲第5号証に記載されたフッ化ビニリデンポリマーが収縮し得る技術事項を、5.5倍に延伸したPVDFフィルムである甲1発明に適用する動機付けはない。
b また、甲第6号証に記載された技術事項は「第1の透明無機電極と、安定化処理されていない分極化フッ化ビニリデン系重合体フィルムと、第2の透明無機電極と、をこの順で有し」、「積層体を熱処理することにより」「透明有機圧電フィルムの安定化処理を」「行う」ものであること、及び、甲第6号証には段落【0002】に「従来、フッ化ビニリデン重合体を、その分極前又は分極時に熱処理することにより、その寸法安定性及び圧電安定性を向上させる技術が提案されている」と記載され、段落【0004】に「加熱処理した透明有機誘電体フィルムに、加熱処理し透明無機電極付き基材フィルムを貼り合わせて、透明圧電パネルを製造する場合、加熱処理工程が別々に行われるので、製造工程が多く、コスト的に不利であった。」と記載されていることより、甲第6号証に記載された技術事項において、透明有機圧電フィルムの熱処理は第1の透明無機電極及び第2の透明無機電極と積層する前には行われないものと認められる。一方、甲1発明において「PVDFフィルム」は145℃で2時間アニールし、その後、120℃で15分間、コロナ分極したものであるから、甲第6号証に記載された発明を甲1発明に適用する動機付けはない。
c さらに、甲第5号証及び甲第6号証には、TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度について何ら記載されていないため、仮に、甲第5号証又は甲第6号証に記載された技術事項を甲1発明に適用しても、相違点1に係る本件発明1の構成とすることはできない。

(イ)上記(ア)のとおりであるから、上記「イ(ア)e」を踏まえると、甲第4号証の記載を参酌しても、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1発明並びに甲第5号証及び甲第6号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2及び6について
本件発明2及び6は、いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用し、本件発明1の構成を有するものであるから、本件発明2及び6は、少なくとも相違点1及び2の点で甲1発明と相違する。そして、相違点1については上記「(1)イ及びウ」において検討したとおりであるから、本件発明2及び6は甲1発明ではなく、また、甲第4号証の記載を参酌しても、甲1発明及び甲第5号証及び甲第6号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

2 甲第2号証を主引用例とする申立理由1及び2
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
(ア)甲2発明の「PVDFフィルム」は、ポリフッ化ビニリデンからなるフィルムである。
また、甲2発明において「最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰する」ことは、PVDFフィルムの圧電定数d31が、90℃又は110℃に置かれる前は60であることを意味するから、甲2発明の「PVDFフィルム」は圧電フィルムであり、圧電定数d31が60であるといえる。
よって、甲2発明の「圧電定数d31が90℃で24時間置かれた前後で35から32に減衰し、110℃で24時間置かれた前後で35から30に減衰するPVDFフィルム」は、本件発明1の「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルムであって、前記圧電体フィルムの圧電定数d31が20pC/N以上であ」ることに相当する。

(イ)本件発明1は「TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であ」るのに対し、甲2発明はそのような構成を有さない点で相違する。

(ウ)本件発明1は「前記圧電体フィルムを100℃で24時間加熱する処理が試験処理であり、前記試験処理の前後で測定された圧電定数d31の差が、前記試験処理前の圧電定数d31に対して20%以下である」のに対し、甲2発明は「最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰する」ものの、100℃での圧電定数d31については特定されていない点で、相違する。

(エ)よって、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し相違する。
(一致点)
「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルムであって、
前記圧電体フィルムの圧電定数d31が20pC/N以上である
圧電体フィルム。」

(相違点3)
本件発明1は「TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であ」るのに対し、甲2発明はそのような構成を有さない点。

(相違点4)
本件発明1は「前記圧電体フィルムを100℃で24時間加熱する処理が試験処理であり、前記試験処理の前後で測定された圧電定数d31の差が、前記試験処理前の圧電定数d31に対して20%以下である」のに対し、甲2発明は「最適化されたd31が、90℃で24時間経過の前後で60から58に減衰し、110℃で24時間経過の前後で60から56に減衰する」ものの、100℃での圧電定数d31については特定されていない点。

新規性についての当審の判断
(ア)相違点3について検討する。
a 甲2発明の「SSPCフィルム」は「60℃で」2時間乾燥し、ポーリング温度Tpを「80℃とする」ことによって圧電定数d31を最適化したものであり、製造過程において90℃以上の熱処理がされたものではない。
b 一方、上記「1 (1)イ(ア)a」において検討したとおり本件特許明細書には「二次加熱工程」又は「第2緩和工程」を行うことにより補外開始温度を90℃以上135℃以下とすることができ、「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」における温度範囲はそれぞれ「90℃以上140℃以下」及び「115℃よりも高く150℃以下」であることが記載されている。
c してみると、甲2発明の「SSPCフィルム」は、本件特許明細書に記載された「二次加熱工程」及び「第2緩和工程」に対応する工程を有さない方法により製造されたものであるから、補外開始温度が90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高いということはできず、上記相違点3は実質的なものである。
d また、異議申立人は異議申立書において、甲第4号証の図11には、プレアニール温度が130℃から100℃と低下するにつれて、補外開始温度も約135℃から約130℃に低下する傾向と、100℃、120℃、130℃でプレアニールしたPVDFフィルムの補外開始温度が「約130〜135℃」になることが示されているから、甲2発明のポーリング温度Tpを80℃として製造したSSCP圧電体フィルムの補外開始温度は、90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高く、また、甲2発明のSSCP圧電体フィルムの90℃又は110℃で加熱した後の補外開始温度も、90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が極めて高い旨主張している。
e しかし、上記「1 (1)イ(ア)e」において検討したとおり、甲第4号証に記載されたPVDFフィルムはスパッタリング法によって調整したNi/Cu電極を含む一軸延伸PVDFフィルムであるから、甲第4号証に記載されたプレアニールプロセスは少なくともNi/Cu電極を形成した後に実施されるものである。これに対し、甲2発明の「コロナ分極」、「90℃で24時間経過」、「110℃で24時間経過」は、いずれも電極を形成する前に実施するものであるから、甲第4号証の「プレアニールプロセス」に対応するものではない。
f してみると、甲2発明の「コロナ分極」、「90℃で24時間経過」、「110℃で24時間経過」により、甲第4号証に記載されたプレアニールと同様の処理がなされるとはいえず、また、甲第4号証の図11に示されたTMAプロファイルを得ることができるともいえない。よって、甲第4号証の記載を勘案しても、甲2発明において補外開始温度が90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高いということはできない。
g さらに、甲第4号証には、一軸延伸PVDFフィルムのプレアニールプロセス以外の製造工程が開示されておらず、甲2発明の「SSPCフィルム」の製造方法と同一の方法で製造されたとはいえないから、甲第4号証に記載された「プレアニールプロセス」を行うことのみにより、甲第4号証の図11に開示された特性を得られるとはいえない。
h 上記a〜gのとおりであるから、甲2発明において補外開始温度が90℃以上135℃以下を満たす蓋然性が高いとはいえない。

(イ)以上のとおりであるから、相違点3は実質的なものであり、相違点4について検討するまでもなく、本件発明1は甲2発明ではない。

進歩性についての当審の判断
(ア)相違点3について検討する。
a 上記「1(1)ウ(ア)a」において検討したとおり、甲第5号証に記載された技術事項は、延伸したフッ化ビニリデンポリマーが原形状に回復し得るものである。一方、甲2発明において「SSPCフィルムの圧電定数d31は」「延伸比SR」「を4.5倍」「とすることによって最適化され」たものである。よって、延伸比SRを4.5倍とすることによって最適化された甲2発明に、甲第5号証に記載されたフッ化ビニリデンポリマーが収縮し得る技術事項を適用する動機付けはない。
b 上記「1(1)ウ(ア)b」において検討したとおり、甲第6号証に記載された技術事項において、透明有機圧電フィルムの熱処理は第1の透明無機電極及び第2の透明無機電極と積層する前には行われないものと認められる。一方、甲2発明において、同時に延伸及びコロナ分極を行ったSSPCフィルムの圧電定数d31は、同時に延伸及びコロナ分極を行う際のパラメータであるポーリング温度Tpを80℃としたものであるから、分極時に熱処理を行う甲2発明に甲第6号証に記載された技術事項を適用する動機付けはない。
c さらに、甲第5号証及び甲第6号証には、TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度について何ら記載されていないため、仮に、甲第5号証又は甲第6号証に記載された技術事項を甲2発明に適用しても、相違点3に係る本件発明1の構成とすることはできない。

(イ)上記(ア)のとおりであるから、上記「1 (1)イ(ア)e」を踏まえると、甲第4号証の記載を参酌しても、相違点4について検討するまでもなく、本件発明1は甲2発明並びに甲第5号証及び甲第6号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2及び6について
本件発明2及び6は、いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用し、本件発明1の構成を有するものであるから、本件発明2及び6は、少なくとも相違点3及び4の点で甲2発明と相違する。そして、相違点3については上記「(1)イ及びウ」において検討したとおりであるから、本件発明2及び6は甲2発明ではなく、また、甲第4号証の記載を参酌しても、甲2発明及び甲第5号証及び甲第6号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

3 甲第3号証を主引用例とする申立理由1及び2
(1)本件発明1、2及び6について
甲3発明は甲2発明と同様のものであるから、上記2と同様の理由により本件発明1、2及び6は甲3発明ではなく、また、甲第4号証の記載を参酌しても、甲3発明並びに甲第5号証及び甲第6号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

4 まとめ
上記1〜3のとおり、本件発明1、2及び6は、甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明であるということはできないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるとはいえない。また、同様に本件発明1、2及び6は、甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明と、甲第4号証〜甲第6号証に記載された技術事項とに基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

第6 申立理由3及び4(実施可能要件、サポート要件について)
1 異議申立人の主張
本件発明1には、延伸フィルムであるという明確な規定はなく、無延伸フィルムが含まれ得る。
一方、本件特許明細書に記載された解決すべき課題は、延伸によって製造された圧電体フィルムが加工の際に高温で加熱される結果、圧電定数d31が低下するのを防止することである(段落【0004】)。また、圧電体フィルムの製造方法において、「フッ素樹脂から形成されたシートに対して、延伸処理と分極処理とを行い」と規定されており(段落【0006】及び【0007】等)、実施例1〜10は、全て、PVDFシートを、ネッキング延伸したものであり(段落【0017】及び【0042】)、延伸は必須の処理である。また、甲第7号証〜甲第9号証に記載されているように、圧電フィルムが高い圧電定数d31が20pC/N以上になるのは、一軸延伸したPVDFからなる場合のみである。
このように、本件特許明細書には、PVDFのネッキング延伸フィルム以外の、例えば、無延伸フィルムについて、上記課題を解決することができるのか記載されておらず、当業者であっても、本件発明1を実施するのには過度の試行錯誤を要し、本件発明1を容易に実施することができない。また、同様に、本件特許明細書の記載を、PVDFのネッキング延伸フィルム以外を含む、例えば、無延伸フィルムである、本件発明1まで拡張ないし一般化することはできない。よって、本件発明1は、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定する要件を満たさない。
本件発明1を引用する本件発明2及び6も、延伸フィルムであるという明確な規定はないため、特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号に規定する要件を満たさない。

2 当審の判断
(1)本件特許の請求項1には「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂を圧電材料として含む圧電体フィルム」と記載され、「フッ化ビニリデンに由来した繰り返し単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂」は、ポリフッ化ビニリデンを意味するから、PVDFであるといえる。また、本件特許の請求項1には「TMA測定によって求められる収縮開始の補外開始温度が90℃以上135℃以下であり」とも記載されており、本件発明1の「圧電フィルム」は所定の温度で収縮するものであるから、延伸処理が施されたものであることは技術常識から明らかである。
(2)よって、本件発明1、2及び6は、延伸処理されたPVDFである構成を備えたものであり、また、本件特許明細書の段落【0042】〜段落【0046】には、本件発明1、2及び6に関する圧電体フィルムの製造方法の実施例1〜10が説明されているから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者であれば実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている。よって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものではない。
(3)また、上記(1)のとおりであるから、本件発明1、2及び6には上記1において異議申立人が主張する無延伸フィルムは含まれない。よって、本件特許は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものではない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1、2及び6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1、2及び6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-11-16 
出願番号 P2018-038532
審決分類 P 1 652・ 113- Y (H01L)
P 1 652・ 537- Y (H01L)
P 1 652・ 121- Y (H01L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 瀧内 健夫
特許庁審判官 松永 稔
棚田 一也
登録日 2021-12-17 
登録番号 6995669
権利者 株式会社クレハ
発明の名称 圧電体フィルム、圧電体フィルムの製造方法、および、圧電体デバイス  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  

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