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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1392081
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-07-27 
確定日 2022-12-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第7014754号発明「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7014754号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第7014754号の請求項1〜4に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、令和1年7月9日の出願であって、令和4年1月24日にその特許権の設定登録がなされ、同年2月1日にその特許掲載公報が発行された。
本件は、その後、その特許について、同年7月27日付けで特許異議申立人小海善史(以下、「申立人」という。)により請求項1〜4(全請求項)に対してなされた特許異議申立事件である。

2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜4に係る発明(以下、これらをそれぞれ「本件発明1」〜「本件発明4」という。また、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜2.50%、
Cu:0.01〜0.80%、
Co:0.01〜0.50%および
W:0.01〜3.00%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.45%、
Nb:0.01〜0.60%、
Zr:0.01〜0.40%、
V:0.01〜0.30%、
Ca:0.0003〜0.0030%、
Mg:0.0005〜0.0050%、
B:0.0003〜0.0050%、
REM:0.001〜0.100%、
Sn:0.001〜0.500%および
Sb:0.001〜0.500%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.100%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜2.50%、
Cu:0.01〜0.80%、
Co:0.01〜0.50%および
W:0.01〜3.00%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.45%、
Nb:0.01〜0.60%、
Zr:0.01〜0.40%、
V:0.01〜0.30%、
Ca:0.0003〜0.0030%、
Mg:0.0005〜0.0050%、
B:0.0003〜0.0050%、
REM:0.001〜0.100%、
Sn:0.001〜0.500%および
Sb:0.001〜0.500%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する、硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」

3 特許異議申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証〜甲第7号証(以下、それぞれ「甲1」〜「甲7」という。)を提出し、以下の(1)、(2)の特許異議申立理由を主張している。

(証拠方法)
甲1:特開2000−340257号公報
甲2:特許第3310422号公報
甲3:特開2006−241564号公報
甲4:特許第5010323号公報
甲5:特開2016−219267号公報
甲6:国際公開2007/086289号
甲7:特開2010−33782号公報

(1)本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において、頒布された刊行物又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、甲1に記載された発明であるため、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(2)本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において日本国内又は外国において、頒布された刊行物又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、甲1に記載された発明及び甲5〜甲7に記載された技術事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるため、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消されるべきものである。

4 各甲号証の記載
(1)甲1の記載
甲1には、次の記載がある。なお、甲第1号証に記載された発明の認定に関連する箇所には、当審で下線を付した。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、高容量、高安全性のリチウム二次電池に関するものである。特に、負極からのデンドライトの発生による短絡が抑制でき、エネルギー密度が高く、充放電サイクル特性に優れたリチウム二次電池に関するものである。」

「【0016】従って、本発明の主目的は、負極からのデンドライトの発生による短絡を抑制し、エネルギー密度が高く、充放電サイクル特性に優れたリチウム二次電池を提供することにある。
【0017】
【課題を解決するための手段】本発明は、電解質層が無機固体電解質で構成し、正極が有機高分子を含有していることで上記目的を達成する。すなわち、充放電時においてリチウム金属上でのデンドライトの成長を防止すると共に、有機電解液と負極との反応を抑制し、過充電時においても、電池内部の温度上昇を抑えて、爆発を回避できる。以下、電解質層、正極、負極、電池構成の各々について詳細に説明する。これらの各条件は単独で又は組み合わせて利用することができる。」

「【0087】(実施例3-1)厚み20μmで100mm×50mmのフェライト系ステンレス箔(負極集電体)に、厚みが10μmで同じサイズのリチウム金属箔(負極)を貼り合わせた。貼り合わせる手法としては、ロールにより圧延した。
【0088】このリチウム金属箔上に、レーザアブレーション法により、Li2S-SiS2-Li4Si04の混合物をターゲットにして、アルゴンガス雰囲気中にて、固体電解質薄膜を形成した。厚みは10μmであり、薄膜の組成は、EPMA分析の結果、モル比率で、Li:Si:O:S=0.42:0.13:0.02:0.43であることがわかった。また、X線回折では、ハローパターンのみで非晶質状態であった。さらに、固体電解質薄膜のリチウムイオン伝導度は1×10−3S/cm(室温:以下同じ)であった。
【0089】フッ化ビニリデンモノマー、アセトニトリル、LiPF6、LiCoO2粒子、および導電助材の炭素粒子を混合し、重合開始剤(酸素添加トリイソブチルホウ素)を混合して、20μm厚のアルミ箔(正極集電体)上に厚み100μmに塗布して重合させ、ゲル状の正極を作製する。この正極中の有機電解液におけるリチウムイオン伝導度は5×10−2S/cmであった。
【0090】固体電解質膜を形成したリチウム金属箔と、上記の陽極とを接合して電池を作製し、リード線を出してアルミラミネート中に封入した。」

(2)甲2の記載
甲2には、次の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、主として廃棄物焼却炉、排気ダクト材等の高温塩害特性と加工性、高温強度が要求される部材に用いられるCr含有鋼に関し、さらに詳しくは、Cr、Alの最適バランスおよび適切な安定化元素添加により従来鋼よりも優れた高温塩害特性を有し、かつ加工性、高温強度に優れた高温塩害特性用Cr含有鋼の技術分野に関する。」

「【0036】
【実施例】以下に本発明をAシリーズおよびBシリーズの実施例に基づいて具体的に説明する。
(実施例1)(Aシリーズ)
表1に示す化学組成を有する鋼を真空溶解炉で溶製し、30kg鋼塊とした。その後、熱間圧延よにり4mm厚の板とした後に焼鈍し、冷間圧延により2mm厚の板としたものを仕上げ焼鈍した。この冷延焼鈍板を700℃および800℃で高温塩害試験、高温引張試験に供した。」

「【0047】
【表2】



(3)甲3の記載
甲3には、次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接部を温水に曝して使用する部材に好適な溶接構造物用フェライト系ステンレス鋼に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、フェライト系ステンレス鋼を用いた温水機器においては、隙間構造を有する溶接部で高耐食性を安定的に実現することは必ずしも容易ではない。
本発明は、溶接構造物を「溶接まま」の状態で使用しても、温水環境において溶接部での優れた耐隙間腐食性が安定して発揮され、かつコスト的にも有利なフェライト系ステンレス鋼を開発し提供しようというものである。」

「【実施例1】
【0027】
表1に示す組成のフェライト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚3mmの熱延板を得た。その後板厚1.0mmまで冷間圧延し、1000〜1070℃で仕上焼鈍を施し、酸洗を行って供試材とした。
【0028】
【表1】



(4)甲4の記載
甲4には、次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG溶接により施工される溶接構造温水容器用フェライト系ステンレス鋼、およびそれを用いた温水容器、並びにその温水容器の製造法に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、昨今の温水容器においては、TIG溶接で製造する際にArバックガスシールを実施しにくい構造のものが増えている。一方で、製造コスト低減等の要請から溶接部に隙間を形成しないような構造の温水容器を設計することも難しい状況にある。本発明は、このような現状に鑑み、バックガスシールを行わないTIG溶接により温水容器を構築したときに、溶接ままの状態で上水を使用した温水環境において優れた耐食性を呈するフェライト系ステンレス鋼を開発し提供すること、およびその鋼を用いた温水容器を提供することを目的とする。」

「【実施例】
【0029】
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚3mmの熱延板を作製した。その後、冷間圧延にて板厚1.0mmとし、仕上焼鈍を1000〜1070℃で行い、酸洗を施すことによって供試材とした。
【0030】
【表1】



(5)甲5の記載
甲5には、次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解液二次電池に関し、詳しくは正極と負極とをセパレーターを介して積層した積層型の非水電解液二次電池に関する。」

「【0046】
[非水電解液]
非水電解液としては、非水電解液二次電池、特にはリチウムイオン二次電池の分野で公知のものを適宜用いることができる。非水電解液は、エチレンカーボネイト、プロピレンカーボネイト、ビニレンカーボネイト、ブチレンカーボネイト等の環状カーボネイト類や、エチルメチルカーボネイト(EMC)、ジエチルカーボネイト(DEC)、ジメチルカーボネイト(DMC)、ジプロピルカーボネイト(DPC)等の鎖状カーボネイト類や、脂肪族カルボン酸エステル類や、γ−ブチロラクトン等のγ−ラクトン類や、鎖状エーテル類、環状エーテル類、フッ素化合物、リン酸化合物等の有機溶媒のうちの1種、または2種以上の混合物を使用することができ、これらの有機溶媒にリチウム塩や機能性添加剤等を溶解させることができる。」

「【0051】
[集電体]
正極集電体としては、アルミニウム、ステンレス鋼、ニッケル、コバルト、チタン、ガドリニウムまたはこれらの合金等を用いることができ、特に磁性をもつステンレス鋼が好ましい。磁性正極集電体12bには、これらの中から強磁性を有する材料を選んで使用することができる。負極集電体としては、銅、ステンレス鋼、ニッケル、コバルト、チタン、ガドリニウムまたはこれらの合金を用いることができ、特に磁性をもつステンレス鋼が好ましい。磁性負極集電体13bには、これらの中から強磁性を有する材料を選んで使用することができる。ステンレス鋼としては、磁性をもつマルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライト二相系を用いることができ、例えばマルテンサイト系では、JIS400番台、クロム含有率13%のSUS420J2、フェライト系では、同じくJIS400番台、クロム含有率17%のSUS430、オーステナイト・フェライト二相系では、JIS300番台、クロム含有率25%、ニッケル含有率6%、モリブデン含有率3%のSUS329J4L、あるいはこれらの複合合金を用いることができる。また強磁性を有するSUS444も集電体として好ましい。」

(6)甲6の記載
甲6には、次の記載がある。
「技術分野
[0001]本発明は、外部短絡や逆充電に強く、また基板への実装が容易な非水電解質二次電池に関する。」

「発明の開示
[0008]本発明の非水電解液二次電池は正極と、負極と、正極と負極とに介在する非水電解質とを含む。正極はリチウムを可逆的に吸蔵・放出可能な活物質を含む。負極は正極の活物質と同一組成の活物質を含む。このような構成の非水電解液二次電池は、外部短絡しても特性が低下しにくいため、より製造しやすい。また逆充電に対しても安定である。さらにリフロー実装においても電流がほとんど流れないため、基板に特殊な設計構造を施す必要がない。この非水電解液二次電池は充電することで初めて電圧を発生する。またリフロー実装時には実装してから充電すれば基板の部品に悪影響を及ぼさない。」

「[0011]図1は本発明の実施の形態における非水電解質二次電池であるコイン型電池の断面図である。この電池は正極4、負極5と、正極4と負極5とに介在する図示しない非水電解質とを有する。正極4は集電体7Cである導電性カーボンを介して正極缶1に接合されている。負極5もまた集電体7Aである導電性カーボンを介して負極缶2に接合されている。そして非水電解質である有機電解液を含んだセパレータ6を介して正極4と負極5とが重ね合わせられている。正極缶1はガスケット3を介して負極缶2と組み合わせられた後、かしめられて負極缶2とともに、正極4、負極5、非水電解質等を密閉する外装缶を構成する。」

「[0014]また非水電解質として固体電解質を用いてもよい。固体電解質として、高分子固体電解質を用いても無機固体電解質を用いてもよい。高分子固体電解質として、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリフッカビニリデン(PVDF)にLiN(CF3SO2)2を溶質としたものや、一部前述の有機溶媒等を含むゲル型の電解質を用いることができる。また、無機固体電解質としてはLiPON(Lithium Phosphorus Nitride)やLi14Zn(GeO4)4等のリチウム含有金属酸化物ガラスやLi2S-SiS2、チオリシコン等のリチウム含有硫化物等が挙げられる。固体電解質を用いる場合、必ずしもセパレータ6は必要ではない。」

「[0027]また外装缶として鉄、ニッケル、クロムの少なくとも一種を含み、かつ孔食指数が22以上の合金を用いることが好ましい。・・・(略)・・・このようなステンレス合金としてSUS444、SUS329J3L、SUS316等が挙げられる。またニッケル、クロムを主体とする合金を用いてもよい。これらは非常に高い強度を有しており、外装缶に用いることが好ましい。コイン型電池では外装缶は集電体としても機能する。」

「[0032]以下、本発明の好ましい実施例について説明する。まず図1に示すコイン型電池に おいて正極缶1にNi/SUS304/Alのアルミクラッド材を、負極缶2にSUS316を用いて種々の活物質を検討した結果を示す。まず電池Aの作製手順を説明する。
[0033]・・・(略)・・・
[0034]以上のように作製した正極4、負極5をそれぞれ集電体7C、7Aである導電性カーボンを介して正極缶1、負極缶2に接合した。なお正極缶1の内周と負極缶 2の外周には予めピッチをトルエンで希釈した溶液を塗布し、トルエンを蒸発させることによりピッチからなるシーラントを設けた。
[0035]そして正極4の上にポリプロピレン製の不織布からなるセパレータ6を配置し、有機電解液を滴下した。なお有機電解液は、エチレンカーボネート(EC)とジメチルカ一ボネート(DMC)の体積比1:1の混合溶媒にLiPF6を1mol/L(M)溶解して調製した。」

(7)甲7の記載
甲7には、次の記載がある。
「【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の電極を構成するステンレス鋼製の集電体、およびそれを用いたリチウムイオン二次電池の負極用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気・電子機器に使用される二次電池としては鉛蓄電池、ニッケルカドミウム電池、ニッケル水素電池などの水系電解液電池が主流であった。最近では携帯型電子機器や高性能ノート型パソコンなどの普及に伴ってエネルギー密度の高い二次電池の要求が高まり、リチウムイオン二次電池に代表される非水系電解液電池の需要が旺盛になっている。」

「【0007】
本発明はこのような問題に鑑み、現行リチウムイオン二次電池の負極集電体である銅系材料よりも耐食性が高いステンレス鋼を用いて、活物質層との間の接触抵抗が現行の負極と同等あるいはそれ以下となるような、耐食性と表面接触抵抗の両方に優れた集電体を提供することを目的とする。併せてその集電体を用いたリチウムイオン二次電池の負極材料を提供することを目的とする。」

「【0012】
本発明のリチウムイオン二次電池用集電体は、特異な粗面化表面を持つフェライト系ステンレス鋼を素材としているところに大きな特徴がある。・・・(略)・・・
【0013】
〔集電体の鋼組成〕
・・・(略)・・・
【0024】
具体的な鋼種としては、例えばJIS G4305:2005に規定されるフェライト系ステンレス鋼種において、上記の成分組成を満たすものを採用することができる。より具体的には、SUS430系、SUS436系、SUS444、SUS445系、SUS447系の鋼種が挙げられる。もちろん、JIS等の規格に相当しない鋼種を採用しても構わない。」

5 引用発明
(1)甲1に記載された発明
上記4の(1)(特に、【0087】、【0088】、【0090】参照。)によれば、甲1の実施例3−1のフェライト系ステンレス箔に注目すると、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「フェライト系ステンレス箔(負極集電体)に、リチウム金属箔(負極)を貼り合わせ、その上に、レーザアブレーション法により、Li2S-SiS2-Li4Si04の混合物をターゲットにして、アルゴンガス雰囲気中にて、固体電解質薄膜を形成し、陽極と接合して作製した電池に用いる、フェライト系ステンレス箔。」

6 当審の判断
6−1 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明の「フェライト系ステンレス箔」は、本件発明1の「フェライト系ステンレス鋼板」に相当する。

イ 甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔(負極集電体)に、リチウム金属箔(負極)を貼り合わせ、その上に、レーザアブレーション法により、Li2S-SiS2-Li4Si04の混合物をターゲットにして、アルゴンガス雰囲気中にて、固体電解質薄膜を形成し、陽極と接合して作製した電池に用いる」ものであるから、本件発明1の「硫化物系固体電池の集電体用」のものである。

ウ 上記ア、イより、本件発明1と甲1発明とは、
「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」で一致し、次の相違点1で相違する。

(相違点1)
本件発明1は、「質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する」のに対し、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるものの、その成分組成が不明である点。

(2)相違点についての検討
ア 本件発明1は、「・・・(略)・・・からなる成分組成」との文言により、該「成分組成」には、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Al、N、Fe及び不可避的不純物以外の元素は含まれないと解される。

イ 一方、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるところ、その組成は不明である。

ウ また、SUS444(甲2の比較鋼C、甲3の比較鋼8、甲4の比較鋼11)、SUS445J1(甲3の比較鋼9)、SUS445J2(甲3の比較鋼10、甲4の比較鋼12)、SUS434(成分組成は甲2の比較鋼J参照。)のように、相違点1に係る成分組成の範囲に含まれないフェライト系ステンレスも存在する。

エ そうすると、甲1発明の「フェライト系ステンレス箔」は、その成分組成が相違点1に係る成分組成の範囲に含まれるか否かが不明であるといわざるえない。

オ よって、相違点1は実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1発明であるとはいえない。

カ 次に、甲1発明において、相違点1に係る発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことか否かを検討する。

キ 甲1〜甲7には、相違点1に係る成分組成の範囲を有する「フェライト系ステンレス」が記載も示唆もされていない。

ク したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ケ よって、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

6−2 本件発明2について
(1)対比
ア 上記6−1の(1)のア、イと同様に、本件発明2と甲1発明とを対比すると、本件発明2と甲1発明とは、
「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」で一致し、次の相違点2で相違する。

(相違点2)
本件発明2は、「質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有」し、
「前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜2.50%、
Cu:0.01〜0.80%、
Co:0.01〜0.50%および
W:0.01〜3.00%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する」のに対し、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるものの、その成分組成が不明である点。

(2)相違点についての検討
ア 本件発明2は、「・・・(略)・・・からなる成分組成」及び「前記成分組成が、さらに、・・・(略)・・・を含有する」との文言により、該「成分組成」には、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Al、N、Fe及び不可避的不純物、並びに、Mo、Cu、Co及びW以外の元素は含まれないと解される。

イ 一方、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるところ、その組成は不明である。

ウ また、SUS444(甲2の比較鋼C、甲3の比較鋼8、甲4の比較鋼11)、SUS445J1(甲3の比較鋼9)、SUS445J2(甲3の比較鋼10、甲4の比較鋼12)、SUS434(成分組成は甲2の比較鋼J参照。)のように、相違点2に係る成分組成の範囲に含まれないフェライト系ステンレスも存在する。

エ そうすると、甲1発明の「フェライト系ステンレス箔」は、その成分組成が相違点2に係る成分組成の範囲に含まれるか否かが不明であるといわざるえない。

オ よって、相違点2は実質的な相違点であるから、本件発明2は甲1発明であるとはいえない。

カ 次に、甲1発明において、相違点2に係る発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことか否かを検討する。

キ 甲1〜甲7には、相違点2に係る成分組成の範囲を有する「フェライト系ステンレス」が記載も示唆もされていない。

ク したがって、甲1発明において、相違点2に係る本件発明2の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ケ よって、本件発明2は、甲1発明ではないし、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

6−3 本件発明3について
(1)対比
ア 上記6−1の(1)のア、イと同様に、本件発明3と甲1発明とを対比すると、本件発明3と甲1発明とは、
「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」で一致し、次の相違点3で相違する。

(相違点3)
本件発明3は、「質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有」し、
「前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.45%、
Nb:0.01〜0.60%、
Zr:0.01〜0.40%、
V:0.01〜0.30%、
Ca:0.0003〜0.0030%、
Mg:0.0005〜0.0050%、
B:0.0003〜0.0050%、
REM:0.001〜0.100%、
Sn:0.001〜0.500%および
Sb:0.001〜0.500%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する」のに対し、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるものの、その成分組成が不明である点。

(2)相違点についての検討
ア 本件発明3は、「・・・(略)・・・からなる成分組成」及び「前記成分組成が、さらに、」「・・・(略)・・・を含有する」との文言により、該「成分組成」には、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Al、N、Fe及び不可避的不純物、並びに、Ti、Nb、Zr、V、Ca、Mg、B、REM、Sn及びSb以外の元素は含まれないと解される。

イ 一方、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるところ、その組成は不明である。

ウ また、SUS444(甲2の比較鋼C、甲3の比較鋼8、甲4の比較鋼11)、SUS445J1(甲3の比較鋼9)、SUS445J2(甲3の比較鋼10、甲4の比較鋼12)、SUS434(成分組成は甲2の比較鋼J参照。)のように、相違点3に係る成分組成の範囲に含まれないフェライト系ステンレスも存在する。

エ そうすると、甲1発明の「フェライト系ステンレス箔」は、その成分組成が相違点3に係る成分組成の範囲に含まれるか否かが不明であるといわざるえない。

オ よって、相違点3は実質的な相違点であるから、本件発明3は甲1発明であるとはいえない。

カ 次に、甲1発明において、相違点3に係る発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことか否かを検討する。

キ 甲1〜甲7には、相違点3に係る成分組成の範囲を有する「フェライト系ステンレス」が記載も示唆もされていない。

ク したがって、甲1発明において、相違点3に係る本件発明3の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ケ よって、本件発明3は、甲1発明ではないし、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

6−4 本件発明4について
(1)対比
ア 上記6−1の(1)のア、イと同様に、本件発明4と甲1発明とを対比すると、本件発明4と甲1発明とは、
「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」で一致し、次の相違点4で相違する。

(相違点4)
本件発明4は、「質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:18.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.100%および
N:0.050%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo:0.01〜2.50%、
Cu:0.01〜0.80%、
Co:0.01〜0.50%および
W:0.01〜3.00%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Ti:0.01〜0.45%、
Nb:0.01〜0.60%、
Zr:0.01〜0.40%、
V:0.01〜0.30%、
Ca:0.0003〜0.0030%、
Mg:0.0005〜0.0050%、
B:0.0003〜0.0050%、
REM:0.001〜0.100%、
Sn:0.001〜0.500%および
Sb:0.001〜0.500%
からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する」のに対し、甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」であるものの、その成分組成が不明である点。

(2)相違点についての検討
ア 甲1発明は、「フェライト系ステンレス箔」である。

イ そして、SUS444(甲2の比較鋼C、甲3の比較鋼8、甲4の比較鋼11)、SUS445J1(甲3の比較鋼9)、SUS445J2(甲3の比較鋼10、甲4の比較鋼12)のように、相違点4に係る成分組成の範囲に含まれるフェライト系ステンレスが存在する。

ウ しかしながら、SUS434(成分組成は甲2の比較鋼J参照。)のように、相違点4に係る成分組成の範囲に含まれないフェライト系ステンレスも存在する。

エ そうすると、甲1発明の「フェライト系ステンレス箔」は、その成分組成が相違点4に係る成分組成の範囲に含まれるか否かが不明であるといわざるえない。

オ よって、相違点4は実質的な相違点であるから、本件発明4は甲1発明であるとはいえない。

カ 次に、甲1発明において、相違点4に係る発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たことか否かを検討する。

キ 甲6には、「負極缶2にSUS316を用い」([0032])、「集電体」として「導電性カーボン」を用い、「有機電解液」として「エチレンカーボネート (EC)とジメチルカ一ボネート(DMC)の体積比1:1の混合溶媒」([0035])を用いた「コイン型電池」([0032])について記載されており、また、「非水電解質として固体電解質を用いてもよ」く、その一例として、「チオリシコン等のリチウム含有硫化物」([0014])が挙げられ、さらに、集電体として機能する外装缶の一例として「SUS444」([0027])が挙げられることが記載されている。

ク また、甲5には、「非水電解液二次電池」(【0001】)において、「集電体」として「SUS444」を用いることが好ましいことが記載され、甲7には、「非水系電解液電池」(【0002】)において、集電体として「SUS444、SUS445系」(【0024】)を用いることが記載されている。

ケ そして、上記イのとおり、SUS444、SUS445J1及びSUS445J2は、相違点4に係る成分組成の範囲に含まれるフェライト系ステンレスである。

コ しかしながら、甲1発明には、「フェライト系ステンレス箔(負極集電体)」として、甲5の「SUS444」、甲6の「SUS444」、または、甲7の「SUS444、SUS445系」を採用する動機がない。

サ また、仮に、動機があったとしても、甲1、甲5〜甲7には、そもそも、SUS444やSUS445からなる集電体と硫化物系固体電解質とを組み合わせる技術思想が記載されていないから、「耐硫化性に優れる硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板を得る」(【0018】)という本件発明の効果を予測することができたとえはいえない。

シ したがって、甲1発明において、相違点4に係る本件発明4の発明特定事項を得ることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。

ス よって、本件発明4は、甲1発明ではないし、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

7 むすび
以上のとおり、本件の請求項1〜4に係る特許は、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、取り消すことはできず、また、他に本件の請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-11-21 
出願番号 P2019-127359
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 土屋 知久
宮部 裕一
登録日 2022-01-24 
登録番号 7014754
権利者 JFEスチール株式会社 トヨタ自動車株式会社
発明の名称 硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板  
代理人 伊東 秀明  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 伊東 秀明  
代理人 蜂谷 浩久  

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