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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02B
管理番号 1393062
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-07-27 
確定日 2022-10-25 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6821063号発明「放射冷却装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6821063号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、3〜6〕について訂正することを認める。 特許第6821063号の請求項1、3〜6に係る特許を維持する。 特許第6821063号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6821063号の請求項1〜6に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2019−566506号)は、2019年(平成31年)1月17日(先の出願に基づく優先権主張 2018年(平成30年)1月19日)を国際出願日とする出願であって、令和3年1月7日にその特許権の設定の登録がされ、令和3年1月27日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議申立ての経緯は、以下のとおりである。
令和3年 7月27日 :特許異議申立人 平山 一幸(以下「特許異議申立人」という。)による請求項1〜6に係る特許に対する特許異議の申立て
令和3年10月 4日付け:取消理由通知書
令和3年12月 3日付け:意見書(特許権者)
令和4年 2月28日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和4年 4月28日付け:訂正請求書(この訂正請求書による訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。)
令和4年 4月28日付け:意見書(特許権者)
令和4年 7月13日付け:意見書(特許異議申立人)

第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第6821063号の明細書、特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜6について訂正することを求める、というものである。

2 本件訂正請求について
訂正前の請求項2〜6は、請求項1を直接的又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に伴って訂正されるものである。したがって、本件訂正請求は、一群の請求項〔1〜6〕に対して請求されたものである。

3 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置であって、前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、前記第1層の厚さが、3.3nmよりも大きく、かつ、100nm以下であり、前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である放射冷却装置。」とあるのを、「放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置であって、前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり、前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である放射冷却装置。」に訂正する。
請求項1の記載を引用して記載される請求項3〜6についても同様に訂正する。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1又は2に記載の放射冷却装置。」とあるのを、「請求項1に記載の放射冷却装置。」に訂正する。
請求項3の記載を引用して記載される請求項4〜6についても同様に訂正する。

(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1〜3のいずれか1項に記載の放射冷却装置。」とあるのを、「請求項1又は3に記載の放射冷却装置。」に訂正する。
請求項4の記載を引用して記載される請求項5、6についても同様に訂正する。

(5) 訂正事項5
願書に添付した明細書の段落【0012】に
「本発明の放射冷却装置は、放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられたものであって、その特徴構成は、前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、前記第1層の厚さが、3.3nmよりも大きく、かつ、100nm以下であり、前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である点にある。」とあるのを、
「本発明の放射冷却装置は、放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられたものであって、その特徴構成は、前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり、前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である点にある。」に訂正する。

(6) 訂正事項6
願書に添付した明細書の段落【0019】〜【0023】を削除する。

(7) 訂正事項7
願書に添付した明細書の段落【0024】に
「すなわち、銀あるいは銀合金からなる第1層の厚さを、50nm以上100nm以下の範囲にすれば、第1層による光(主として、可視光、赤外光)の反射作用を適切に発揮させながら、第2層の存在により、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を適切に反射することができる結果、光反射層を、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成する場合と同等の能力にて、冷却対象を冷却できることを見出すに至った。」とあるのを、
「また、銀あるいは銀合金からなる第1層の厚さを、50nm以上100nm以下の範囲にすれば、第1層による光(主として、可視光、赤外光)の反射作用を適切に発揮させながら、第2層の存在により、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を適切に反射することができる結果、光反射層を、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成する場合と同等の能力にて、冷却対象を冷却できることを見出すに至った。」に訂正する。

4 訂正の適否
(1) 訂正事項1について
ア 訂正事項1による訂正は、請求項1において、「前記第1層の厚さ」が、「3.3nmよりも大きく、かつ、100nm以下」であったものを、「50nm以上100nm以下」として、その厚さ範囲を限定する訂正である。
そうすると、訂正事項1による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。

イ 本件特許明細書の【0048】には、「第1層B1の厚さ(膜厚)が、50nm以上で且つ100nm以下に構成されている。」と記載されている。
そうすると、訂正事項1による訂正は、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるから、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正である。
さらに、訂正事項1による訂正によって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が、訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかであるから、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当しない。

ウ 請求項3〜6についてみても同様である。

(2) 訂正事項2について
ア 訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の請求項2を削除する訂正である。
そうすると、訂正事項2による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項2による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。また、訂正事項2による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3) 訂正事項3について
ア 訂正事項3による訂正は、請求項3が、訂正事項2による訂正により削除された請求項2を引用しているという不明瞭な状態を解消させる訂正である。
そうすると、訂正事項3による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項3による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ 請求項4〜6についてみても同様である。

(4) 訂正事項4について
ア 訂正事項4による訂正は、請求項4が、訂正事項2による訂正により削除された請求項2を引用しているという不明瞭な状態を解消させる訂正である。
そうすると、訂正事項4による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項4による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ 請求項5、6についてみても同様である。

(5) 訂正事項5について
ア 訂正事項5による訂正は、訂正事項1により請求項1の記載が訂正されたことに対応して、明細書の【0012】の記載を請求項1の記載に整合させる訂正である。
そうすると、訂正事項5による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項5による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6) 訂正事項6について
ア 訂正事項6による訂正は、訂正事項1及び訂正事項2による請求項1及び請求項2の訂正に対応して、明細書の【0019】〜【0023】の記載を削除する訂正である。
そうすると、訂正事項6による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項6による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(7) 訂正事項7について
ア 訂正事項7による訂正は、訂正事項1による請求項1の訂正に対応して、明細書の【0024】の記載を整合させる訂正である。
そうすると、訂正事項7による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。

イ 上記アのとおりであるから、訂正事項7による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8) 明細書の訂正と一群の請求項との関係について
前記(5)〜(7)のとおり、訂正事項5〜7による明細書の訂正は、一群の請求項である請求項〔1〜6〕の全てについて行うものである。

5 まとめ
本件訂正請求は、特許法第120条の5第2項ただし書、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、本件特許の特許請求の範囲及び明細書を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜6〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
本件特許の請求項1、請求項3〜請求項6に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明3」〜「本件特許発明6」といい、総称して「本件特許発明」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、請求項3〜請求項6に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。
「【請求項1】
放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置であって、
前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、
前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり、
前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である放射冷却装置。」
「【請求項3】
前記赤外放射層が、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスのうちのいずれかのガラスにて構成されている請求項1に記載の放射冷却装置。
【請求項4】
前記赤外放射層を基板として、前記第1層及び前記第2層が積層されている請求項1又は3に記載の放射冷却装置。
【請求項5】
前記赤外放射層と前記第1層との間に、密着層が積層されている請求項4に記載の放射冷却装置。
【請求項6】
前記第2層における前記第1層の存在側とは反対側に、酸化防止層が積層されている請求項4又は5に記載の放射冷却装置。」

第4 取消しの理由の概要
1 令和3年10月4日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、次のとおりのものである。

●理由1(進歩性
本件特許の請求項1〜6に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜6に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(引用例)
引用例1:国際公開第2016/205717号(甲第1号証)
引用例2:米国特許第9134467号明細書(甲第2号証)
引用例3:米国特許出願公開第2015/0338175号明細書(甲第3号証)
引用例4:坂田浩伸、「ガラス表面処理における最近の進歩−機械的及び光学 的性質の改良−」、窯業協会誌、公益社団法人 日本セラミック協会、1978年12月1日、第86巻[12]1000号、p.581-589(インターネット<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1950/86/1000/86_1000_581/_pdf/-char/ja>)(甲第4号証)
(当合議体注:引用例1は主引用例であり、引用例2〜4は副引用例又は周知技術を例示する文献である。)

●理由2(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

●理由3(実施可能要件
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである

2 令和4年2月28日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、次のとおりのものである。

●理由1(進歩性
本件特許の請求項1〜6に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜6に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(引用例)
引用例1:国際公開第2016/205717号(甲第1号証)
引用例2:米国特許第9134467号明細書(甲第2号証)
引用例3:米国特許出願公開第2015/0338175号明細書(甲第3号証)
引用例4:坂田浩伸、「ガラス表面処理における最近の進歩−機械的及び光学的性質の改良−」、窯業協会誌、公益社団法人 日本セラミック協会、1978年12月1日、第86巻[12]1000号、p.581-589(インターネット<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1950/86/1000/86_1000_581/_pdf/-char/ja>)(甲第4号証)
(当合議体注:引用例1は主引用例であり、引用例2〜4は副引用例又は周知技術を例示する文献である。)

第5 当合議体の判断
進歩性について
(1) 引用例1の記載
令和3年10月4日及び令和4年2月28日付けで特許権者に通知した取消しの理由で引用された引用例1(国際公開第2016/205717号)は、先の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。

ア 1頁15行〜2頁14行
「 BACKGROUND
The disclosed subject matter relates to systems and methods for radiative cooling and heating.
Surfaces can absorb and emit heat energy via electromagnetic radiation. The optical properties of a surface can depend in part on the geometry and materials of the surface. During radiative heat transfer, the temperature of a body can increase or decrease depending on the net electromagnetic radiation absorbed by the surface. For example, if the surface absorbs more radiation than is emitted, the temperature of the body can increase. On the other hand, if the surface emits more radiation, the temperature of the body can decrease.
Thermal radiation can be used in passive radiative cooling and heating, i.e., radiative cooling and heating that does not require energy input. Accordingly, passive radiative cooling and heating can be used to reduce the amount of energy required to cool or heat a body. Radiative cooling and heating can be used to reduce the energy cost associated with, for example, commercial and residential buildings, as well as vehicles.
Certain methods of passive radiative cooling use a surface coating that can be applied to buildings with increased reflectivity of incident solar radiation and increased emissivity in a limited spectral range corresponding to the infrared transmission window of the atmosphere. Other techniques can utilize complex multilayer structures that reflect solar radiation and emit thermal radiation for daytime radiative cooling.
However, there remains a need for improved techniques for radiative cooling and heating. 」
(日本語訳)
「 背景技術
本発明は、放射冷却及び加熱用のシステム並びに方法が関連する。
表面は、電磁放射線を介して熱エネルギーを吸収し、放射することができる。表面の光学特性は、ある程度、表面の形状及び材料に依存し得る。放射熱伝達の間、本体の温度は、表面に吸収された正味の電磁放射線に応じて上昇し、又は下降する。例えば、表面が放射する以上の放射線を吸収すると、本体の温度は上昇する。一方、表面がより多くの放射線を放射すると、本体の温度は低下する。
熱放射線は、受動放射及び加熱、すなわちエネルギーの入力を必要としない放射冷却及び加熱に使用することができる。従って、受動放射冷却及び加熱を使用して、本体の冷却又は加熱に必要なエネルギー量を抑制することができる。放射冷却及び加熱を用いて、例えば、商業ビル、居住ビル及び車両に関するエネルギーコストを抑制することができる。
受動放射冷却のある方法は、表面コーティングを使用する。この表面コーティングをビルに適用して、入射太陽放射線の反射率を高めたり、環境の赤外透過窓に対応する限られた空間範囲において、輻射率を高めたりすることができる。他の技術では、複雑な多層化構造が利用され、これにより、昼間放射冷却のため、太陽放射線が反射され、熱放射線が放射される。
しかしながら、放射冷却及び加熱の技術向上がいまだ要望されている。」

イ 2頁16〜24行
「 SUMMARY OF THE DISCLOSED SUBJECT MATTER
The disclosed subject matter provides systems and methods for radiative cooling and heating. As embodied herein, an example system for radiative cooling can include a top layer including one or more polymers, where the top layer has high emissivity in at least a portion of the thermal spectrum and an electromagnetic extinction coefficient of approximately zero, absorptivity of approximately zero, and high transmittance in at least a portion of the solar spectrum, and a reflective layer, disposed below the top layer, including one or more metals, where the reflective layer has high reflectivity in at least a portion of the solar spectrum, and.(当合議体注:直前の「〜a portion of the solar spectrum, and.」は、「〜a portion of the solar spectrum.」の誤記と認められる。)」
(日本語訳)
「 発明の概要
本発明では、放射冷却及び加熱用のシステム並びに方法が提供される。一実施形態では、放射冷却用のシステムは、1又は2以上のポリマーからなるトップ層であって、該トップ層は、熱スペクトルの少なくとも一部において、高い輻射率を有し、電磁減衰係数が近似的にゼロであり、吸収率が近似的にゼロであり、太陽スペクトルの少なくとも一部において高い透過率を有する、トップ層と、前記トップ層の下側に配置された反射層であって、1又は2以上の金属を有し、前記太陽スペクトルの少なくとも一部において、高い反射率を有する、反射層と、を含む。」

ウ 12頁下から8行〜17頁12行
「 DETAILED DESCRIPTION
The presently disclosed subject matter provides systems and methods for radiative cooling and heating.
In certain embodiments, the system has low absorptivity in the solar spectrum and high emissivity in the thermal spectrum. Alternatively, the system can have high absorptivity in the solar spectrum, with lower absorptivity in longer wavelengths (e.g., the thermal spectrum). In other embodiments, the system can have high reflectivity over a broad range of wavelengths, including the solar and thermal spectra.
Accordingly, the presently disclosed systems can be used in a variety of applications, for both radiative cooling and heating. The radiation properties (e.g., absorptivity, emissivity, reflectivity, and transmittance) of the systems will depend, in part, on the materials and geometry of the system. Accordingly, the materials and geometries can be selected based on a desired radiation profile for an intended application.
As used herein, the “solar spectrum” refers to the range of electromagnetic radiation wavelengths spanning the ultraviolet, visible, and near-infrared spectra, in which the sun’s electromagnetic radiation reaches the Earth’s surface after passing through the atmosphere. The solar spectrum thus includes electromagnetic radiation having wavelengths of from about 350 nm to about 2.5 μm. The phrases “solar radiation,” “solar wavelengths” and “sunlight” can be used interchangeably with “solar spectrum.”
The “thermal spectrum” refers to the range of electromagnetic radiation wavelengths spanning the mid-infrared spectrum. Objects at or within a few hundred degrees Celsius above the Earth's surface temperature emit radiation in the thermal spectrum. The thermal spectrum thus includes electromagnetic radiation having wavelengths of from about 2.5 μm to about 30 μm. The phrase “thermal radiation” can be used interchangeably with “thermal spectrum.”
As used herein, the term “about” or “approximately” means within an acceptable error range for the particular value as determined by one of ordinary skill in the art, which will depend in part on how the value is measured or determined, i.e., the limitations of the measurement system. For example, “about” can mean a range of up to 20%, up to 10%, up to 5%, and or up to 1% of a given value.
・・・略・・・
According to Kirchhoff’s law of thermal radiation, absorptivity equals emissivity. Moreover, for any given material or structure, the emissivity (ε), transmittance (τ), and reflectivity (R) are related by the equation: ε+τ+R=1. Thus, when the material is sufficiently opaque, a negligible amount of light is transmitted through it (i.e., τ is approximately zero), and the equation simplifies to ε+R=1.
The infrared transmission window of the atmosphere, which is alternatively termed herein as the “atmospheric transmission window,” is the range of wavelengths within the electromagnetic spectrum over which the atmosphere transmits more than 80% of the radiation travelling through its thickness from the surface of the Earth to outer space. The atmospheric transmission window thus includes electromagnetic radiation having wavelengths of from about 8 μm to about 13.5 μm.
As used herein, the phrase "passive radiative cooling,” when used in connection with an object or structure refers to its loss of heat by an intrinsic emission of electromagnetic radiation, a process which itself requires no additional energy. For example, the heat loss can take place in the form of thermal radiation. “Daytime passive radiative cooling” refers to a net passive cooling of an object under the sun by a net loss of radiation. Daytime passive radiative cooling can result when the object has a high solar radiation reflectivity and a high thermal radiation emissivity.
・・・略・・・
“Electromagnetic penetration depth,” or “penetration depth,” of a material is the distance electromagnetic radiation can travel within the material before its intensity is reduced by a factor of e. The penetration depth is a function of the wavelength and the properties of the material.
As embodied herein, a system for passive radiative cooling can have low absorptivity in the solar spectrum and high emissivity in the thermal spectrum. For example, the system can have high emissivity in at least a portion of the infrared transmission window of the atmosphere, allowing outer space to act as a heat sink for emitted radiation, which can bypass the relatively warm atmosphere of the Earth. For the purpose of illustration, FIG.1 provides an example absorption spectrum for such a system. As shown in FIG.1, the system has low absorptivity in the solar spectrum, i.e., from about 350 nm to about 2.5 μm.
In addition to the low absorptivity in the solar spectrum and high emissivity in the thermal spectrum, the system can have a high reflectivity in the solar spectrum. For example, such high reflectivity can result from the top layer and/or an underlying reflective layer of the system. Therefore, the system can efficiently dissipate heat as thermal radiation as well as reflect back any incident sunlight. Such systems can be used, e.g., for passive radiative cooling. For the purpose of illustration, FIG. 2 provides example reflectivity and emissivity spectra for three such systems. As shown in FIG. 2, the systems have relatively high reflectivity in the solar spectrum and lower reflectivity (i.e., relatively high emissivity) in the thermal spectrum, and particularly in the atmospheric transmission window. 」
(日本語訳)
「 詳細な説明
本発明では、放射冷却及び加熱用のシステムならびに方法が提供される。
ある実施形態では、システムは、太陽スペクトルにおいて低い吸収率を有し、熱スペクトルにおいて高い輻射率を有する。あるいは、システムは、太陽スペクトルにおいて高い吸収率を示し、より長い波長(例えば熱スペクトル)において、低い吸収率を示しても良い。別の実施形態では、システムは、太陽スペクトル及び熱スペクトルを含む広い波長範囲にわたって、高い反射率を示しても良い。
従って、本発明によるシステムは、放射冷却及び放射加熱の双方における、広い用途に使用することができる。システムの放射特性(例えば吸収率、輻射率、反射率、及び透過率)は、ある程度、システムの材料及び形状に依存する。従って、材料及び形状は、意図した用途における所望の放射プロファイルに基づいて選択され得る。
本願において使用される、「太陽スペクトル」という用語は、紫外、可視及び近赤外のスペクトルを網羅する電磁放射線波長を表し、太陽の電磁放射線は、大気を通過して、地上表面に到達する。従って、太陽スペクトルは、約350nmから約2.5μmまでの波長を有する電磁放射線を含む。「太陽放射線」、「太陽波長」及び「太陽光」という用語は、「太陽スペクトル」と相互互換可能に使用され得る。
「熱スペクトル」という用語は、中間赤外スペクトルを網羅する電磁放射線波長の範囲を表す。地上表面温度に対して数百℃又はそれ以下の対象物は、熱スペクトルにおける放射線を放射する。従って、熱スペクトルは、約2.5μmから約30μmまでの波長を有する電磁放射線を含む。「熱放射線」という用語は、「熱スペクトル」と相互互換可能に使用され得る。
本願に使用される「約」又は「近似的に」という用語は、当業者によって定められる特定の値が、許容可能な誤差範囲内にあることを意味する。これは、部分的に、値の測定方法又は算定方法に依存し、すなわち測定系の限界に依存する。例えば、「約」は、所与の値の最大20%、最大10%、最大5%、又は最大1%の範囲を意味し得る。
・・・略・・・
熱放射線のキルヒホッフの法則により、吸収率は、輻射率と等しい。また、任意の材料又は構造において、輻射率(ε)、透過率(τ)、及び反射率(R)は、ε+τ+R=1の式で相関する。従って、材料が十分に不透明な場合、光は、無視できる量しかそこを透過せず(すなわちτは近似的にゼロ)、式は、ε+R=1と簡略化できる。
本願において「大気透過窓」とも称される、大気の赤外透過性窓は、電磁スペクトル内の波長範囲であり、この範囲を超えて、大気は、地表からその厚さを介して外側空間まで移動する、80%以上の放射線を透過する。従って、大気透過窓は、約8μmから約13.5μmの波長を有する電磁放射線を含む。
本願において、対象物又は構造に関して使用される「受動放射冷却」という用語は、電磁放射線の固有輻射による熱の損失を表す。この過程自身には、追加のエネルギーが必要となる。例えば、熱損失は、熱放射線の形態で生じ得る。「昼間受動放射冷却」という用語は、放射線の正味の損失による、太陽の下での対象物の正味の受動冷却を表す。昼間受動放射線冷却は、対象物が、高い太陽放射線反射及び高い熱放射線輻射を示す際に生じ得る。
・・・略・・・
材料の「電磁浸透深さ」又は「浸透深さ」は、電磁放射線の強度がeだけ低下する前に、電磁放射線が材料内を移動した距離である。浸透深さは、波長及び材料特性の関数である。
本願の一実施形態では、受動放射冷却用のシステムは、太陽スペクトルにおいて低い吸収率を有し、熱スペクトルにおいて高い輻射率を有する。例えば、システムは、大気の赤外透過窓の少なくとも一部において高い輻射率を有し、外側空間は、放射される放射線の熱シンクとして機能できる。これにより、地球の比較的温かい大気がバイパスできる。一例として、図1には、そのようなシステムの吸収スペクトルの例を示す。図1に示すように、システムは、太陽スペクトル、すなわち約350nmから約2.5μmにおいて、低い吸収を示す。
システムは、太陽スペクトルにおける低い吸収と、熱スペクトルにおける高い輻射に加えて、太陽スペクトルにおいて、高い反射を示しても良い。例えば、そのような高反射率は、システムのトップ層、及び/又は下地の反射層から得られる。従って、システムは、熱放射線として、熱を効率的に逸散することができるとともに、任意の入射太陽光を反射することができる。そのようなシステムは、例えば、受動放射冷却に使用することができる。一例として、図2には、3つのそのようなシステムの反射スペクトル及び輻射スペクトルを示す。図2に示すように、システムは、太陽スペクトルにおいて比較的大きな反射率を有し、熱スペクトルにおいて、特に大気透過窓において、低い反射率(すなわち比較的高い輻射率)を有する。」

エ 17頁13〜20行
「 For the purpose of illustration and not limitation, FIG. 3 is a schematic representation of a system according to a non-limiting embodiment of the disclosed subject matter. As shown in FIG. 3, the system 300 can include multiple layers in a stacked configuration.
As embodied herein, the system 300 can include a substrate 10. When present, the substrate 10 forms the base of the system, and can provide a platform for the other layers. The other layers of the system, not including the substrate, can collectively be called a “coating.” The substrate can be an inert material.」
(日本語訳)
「 限定の目的ではなく図示の目的で、図3は、本発明の非限定的な実施形態によるシステムの概略図である。図3に示すように、システム300は、積層構造の複数の層を含むことができる。
一実施形態では、システム300は、基板10を有しても良い。基板10が存在する場合、該基板10は、システムの基部を形成し、他の層のプラットフォームを提供する。システムの基板を除く他の層は、合わせて「コーティング」と称される。基板は、不活性材料であっても良い。」

オ 18頁11行〜21頁15行
「 As embodied herein, and with continued reference to FIG. 3, the system 300 can include a reflective layer 20 adjacent to the substrate 10, if present. The reflective layer can reflect incident electromagnetic radiation. For example, a reflective layer can make the system more suitable for daytime passive radiative cooling. The reflective layer can also facilitate heat transfer from substrate. In certain embodiments, the reflective layer reflects radiation in at least a portion of the solar spectrum. Thus, as embodied herein, the reflective layer can have high reflectivity in at least a portion of the solar spectrum.
For example, and not limitation, the reflective layer can include a single layer of a metal, such as silver or aluminum. As embodied herein, the reflective layer can also include two or more layers, each including one or more metals. For example, a smooth metal layer having low reflectivity at certain wavelengths can have its reflectivity enhanced by layering a thin film of a different metal, having a higher reflectivity and small electromagnetic penetration depth in those wavelengths, on top. As embodied herein, the thickness of the thin film can be comparable to, or greater than, its electromagnetic penetration depth at those wavelengths, such that minimal incident radiation in those wavelengths reaches the underlying metal layer.
Therefore, for example, the reflective layer can include an upper layer and a lower layer. The upper layer can have a reflectivity of greater than about 0.8 and a first electromagnetic penetration depth within a first wavelength range in at least a portion of the solar spectrum. For example, the first electromagnetic penetration depth of the upper layer can be approximately 10 nm. In a second wavelength range in at least a portion of the solar spectrum, the upper layer can have a second electromagnetic penetration depth that is greater than the first electromagnetic penetration depth. For example, the second electromagnetic penetration depth of the upper layer can be approximately 20 nm. A lower layer can have a lower reflectivity than the upper layer in the first wavelength range and a higher reflectivity than the upper layer in the second wavelength range.
The thickness of the upper layer can be approximately greater than or equal to the first electromagnetic penetration depth within the first wavelength range and approximately less than the second electromagnetic penetration depth within the second wavelength range. As such, radiation in the first wavelength range will generally interact only with the upper layer. Additionally, the reflectivity of the reflective layer as a whole can be greater than the reflectivity of the lower layer in the first wavelength range but greater than the reflectivity of the upper layer in the second wavelength range. In this manner, the overall reflectivity of the reflective layer in the first wavelength range will be approximately the same as the reflectivity of the upper layer in that range. Moreover, radiation in the second wavelength range will generally be reflected by both the upper layer and the lower layer and thus the overall reflectivity of the reflective layer in the second wavelength range will approach the reflectivity of the lower layer in that range.
In this manner, a two-layer reflective layer can have increased reflectivity across the combined first and second wavelength ranges as compared to either of the constituents of the upper layer or the lower layer independently. A person of ordinary skill in the art will appreciate that this concept can be extended to a reflective layer having three or more layers, and to wavelength ranges that he outside the solar spectrum.
In particular embodiments, a two-layer reflective layer can have an upper layer including silver and a lower layer including aluminum. The upper layer, i.e., the silver, can have a thickness of from about 5 nm to about 50 nm. The lower layer can have a greater thickness than the upper layer, e.g., greater than about 200 nm. As illustrated in FIG. 4, this configuration was observed to have a reflectivity in the solar spectrum that is 2-3% greater (depending on the thickness of the upper layer) than the reflectivity of silver and aluminum taken independently.
In certain embodiments, the reflective layer can have an overall thickness of from about 50 nm to about 800 nm.
・・・略・・・
As embodied herein, a top layer 40 can be disposed adjacent to the protective layer, or as shown in FIG. 3, adjacent to the reflective layer 20. The top layer 40 can have high emissivity in the thermal spectrum. Additionally or alternatively, the top layer 40 can have high transmittance and negligible absorptivity in the solar spectrum. The top layer 40 can have a thickness of from about 5 μm to about 500 μm.
The material of the top layer 40 can be chosen based on the desired radiation properties of the system 300, as well as the operating temperature and radiation source. Thus, the materials of the top layer 40 can depend on the intended use of the system 300.」
(日本語訳)
「 一実施形態として、さらに図3を参照すると、システム300は、基板10が存在する場合、該基板10に隣接する反射層20を有する。反射層は、入射電磁放射線を反射することができる。例えば、反射層は、システムを昼間受動放射冷却により適したものにできる。また、反射層は、基板からの熱伝達を容易にできる。ある実施形態では、反射層は、太陽スペクトルの少なくとも一部において、放射線を反射する。従って、一実施形態では、反射層は、太陽スペクトルの少なくとも一部において、高い輻射率を有する。
例えば、これに限られるものではないが、反射層は、銀又はアルミニウムのような金属の、単一層を含んでも良い。ある実施形態では、反射層は、2又は3以上の層を含み、各層は、1又は2以上の金属を含んでも良い。例えば、ある波長で低い反射率を有する平滑な金属層は、異なる金属の薄膜を上部に層化することにより反射率が強化され、これらの波長において大きな反射率及び小さな電磁浸透深さを有するようにできる。一実施形態では、薄膜の厚さは、その波長での電磁浸透深さと同等、又はより大きくなるようにでき、その波長において最小の入射放射線が、下地の金属層に到達する。
従って、例えば、反射層は、上部層及び下部層を含んでも良い。上部層は、太陽スペクトルの少なくとも一部における第1の波長範囲内で、約0.8よりも大きな反射率を有し、第1の電磁浸透深さを有する。例えば、上部層の第1の電磁浸透深さは、約10nmであっても良い。太陽スペクトルの少なくとも一部の第2の波長範囲では、上部層は、第2の電磁浸透深さを有し、これは、第1の電磁浸透深さよりも大きい。例えば、上部層の第2の電磁浸透深さは、約20nmであっても良い。下部層は、第1の波長範囲において、上部層よりも低い反射率を有し、第2の波長範囲において、上部層よりも高い反射率を有する。
上部層の厚さは、近似的に、第1の波長範囲内での第1の電磁浸透深さよりも大きく、又はほぼ同等であり、近似的に、第2の波長範囲の第2の電磁浸透深さよりも小さい。従って、通常、第1の波長範囲における放射は、上部層とのみ相互作用する。また、概して、第1の波長範囲における反射層の反射率は、下部層の反射率よりも大きいが、第2の波長範囲における上部層の反射率よりも大きい。このように、第1の波長範囲における反射層の全体の反射率は、近似的に、その波長範囲における上部層の反射率と同じである。また、通常、第2の波長範囲における放射線は、上部層及び下部層の両方により反射され、従って、第2の波長範囲における反射層の全体の反射率は、その範囲における下部層の反射率に近づく。
このように、2層の反射層は、第1及び第2の組み合わされた波長範囲にわたって、上部層又は下部層のいずれか一方を独立で構成した場合に比べて、反射率を高めることができる。当業者には、この概念を、3層以上の反射層、及び太陽スペクトルの外側に位置する波長範囲に拡張できることは明らかである。
特定の実施形態では、2層の反射層は、銀を含む上部層とアルミニウムを含む下部層とを持つことができる。上部層、即ち銀は、約5nmから約50nmの厚さを持つことができる。下部層は、上部層よりも大きな厚さ、例えば約200nmよりも大きな厚さを持つことができる。図4に示すように、この構成では、太陽スペクトルにおいて、銀及びアルミニウムを独立に使用した反射率よりも、2〜3%(上部層の厚さに依存する)大きな反射率が観測されている。
ある実施形態においては、反射層は、約50nmから約800nmの全体厚さを持つことができる。
・・・略・・・
ある実施形態では、トップ層40は、保護層と隣接して設置され、あるいは図3に示すように、反射層20に隣接して設置される。トップ層40は、熱スペクトルにおいて、高い輻射率を有することができる。これに加えて又はこれとは別に、トップ層40は、太陽スペクトルにおいて、高い透過率を有し、吸収が無視できる。トップ層40は、約5μmから約500μmの厚さを持つことができる。
トップ層40の材料は、作動温度及び放射線源と同様、システム300の望まれる放射特性に基づき選定される。従って、トップ層40の材料は、システム300の使用目的に依存する。」

カ 45頁1行〜46頁22行
「WHAT IS CLAIMED IS:
1. A system for radiative cooling, comprising:
a top layer comprising one or more polymers, wherein the top layer has high emissivity in at least a portion of the thermal spectrum, and an electromagnetic extinction coefficient of approximately zero, absorptivity of approximately zero, and high transmittance in at least a portion of the solar spectrum; and
a reflective layer, disposed below the top layer, comprising one or more metals, wherein the reflective layer has high reflectivity in at least a portion of the solar spectrum.
・・・略・・・
6. The system of any of claims 1-5, wherein the top layer can be used for passive radiative cooling in the absence of the reflective layer.
7. The system of any of claims 1-6, wherein the system can be used for daytime passive radiative cooling.
8. The system of any of claims 1-7, wherein the reflective layer comprises:
an upper layer including a metal and having reflectivity of greater than about 0.8 and a first electromagnetic penetration depth in a first wavelength range within the solar spectrum; and a second electromagnetic penetration depth in a second wavelength range within the solar spectrum, wherein the second electromagnetic penetration depth is greater than the first electromagnetic penetration depth, and the first and second wavelength ranges are different;
a lower layer including a metal and having a lower reflectivity than the upper layer in the first wavelength range and a higher reflectivity than the upper layer in the second wavelength range;
wherein the upper layer has a thickness that is approximately greater than or equal to the first penetration depth and less than the second penetration dcpth.
・・・略・・・
10. The system of claim 8, wherein the upper layer comprises silver and/or the lower layer comprises aluminum.
11. The system of claim 8, wherein the thickness of the upper layer is from about 5 nm to about 50 nm.」
(日本語訳)
「請求の範囲:
1. 放射冷却用のシステムであって、
1又は2以上のポリマーからなるトップ層であって、熱スペクトルの少なくとも一部において、高い輻射率を有し、太陽スペクトルの少なくとも一部において、電磁減衰係数が近似的にゼロであり、吸収率が近似的にゼロであり、高い透過率を有する、トップ層と、
前記トップ層の下側に配置された反射層であって、1又は2以上の金属からなり、前記太陽スペクトルの少なくとも一部において、高い反射率を有する、反射層と、からなる、システム。
・・・略・・・
6. 前記上部層は、前記反射層が存在しない場合、受動放射冷却に使用できる、請求項1乃至5のいずれか一つに記載のシステム。
7. 当該システムは、昼間受動放射冷却に使用できる、請求項1乃至6のいずれか一つに記載のシステム。
8. 前記反射層は、
金属を含み、約0.8よりも大きな反射率を有し、前記太陽スペクトルの第1の波長範囲において第1の電磁浸透深さを有し、前記太陽スペクトルの第2の波長範囲において第2の電磁浸透深さを有する上部層であって、前記第2の電磁浸透深さは、前記第1の電磁浸透深さよりも大きく、前記第1及び第2の波長範囲は異なる、上部層と、
金属を含み、前記第1の波長範囲において前記上部層よりも低い反射率を有し、前記第2の波長範囲において前記上部層よりも高い反射率を有する下部層と、からなり、
前記上部層は、前記第1の浸透深さよりも近似的に大きく、または同等の厚さを有し、前記第2の浸透深さよりも小さな厚さを有する、請求項1乃至7のいずれか一つに記載のシステム。
・・・略・・・
10. 前記上部層は、銀からなり、及び/または前記下部層は、アルミニウムからなる、請求項8に記載のシステム。
11. 前記上部層の厚さは、約5nmから約50nmである、請求項8に記載のシステム。」

キ 図1(図面1/29頁)



(日本語訳)




ク 図2(図面2/29頁)



(日本語訳)




ケ 図3(図面3/29頁)



(日本語訳)




コ 図4(図面4/29頁)



(日本語訳)



(当合議体注:上記キ〜コにおいては、便宜上、図面をいずれも90度回転している。)

(2) 引用発明
ア 引用例1の請求の範囲(上記(1)カ参照)には、請求項1及び請求項8の記載を引用する請求項10に係る「放射冷却用のシステム」が記載されているところ、請求項10の記載によれば、請求項10には、放射冷却用のシステムとして、「前記上部層は、銀からなり、及び」「前記下部層は、アルミニウムからなる」態様が記載されている。

イ 上記アより、引用例1には、請求項1及び請求項8を引用する請求項10に係る「放射冷却用のシステム」において「前記上部層は、銀からなり、及び」「前記下部層は、アルミニウムからなる」態様とした、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

「放射冷却用のシステムであって、
1又は2以上のポリマーからなるトップ層であって、熱スペクトルの少なくとも一部において、高い輻射率を有し、太陽スペクトルの少なくとも一部において、電磁減衰係数が近似的にゼロであり、吸収率が近似的にゼロであり、高い透過率を有する、トップ層と、
前記トップ層の下側に配置された反射層であって、1又は2以上の金属からなり、前記太陽スペクトルの少なくとも一部において、高い反射率を有する、反射層と、を有し、
前記反射層は、
金属を含み、約0.8よりも大きな反射率を有し、前記太陽スペクトルの第1の波長範囲において第1の電磁浸透深さを有し、前記太陽スペクトルの第2の波長範囲において第2の電磁浸透深さを有する上部層であって、前記第2の電磁浸透深さは、前記第1の電磁浸透深さよりも大きく、前記第1及び第2の波長範囲は異なる、上部層と、
金属を含み、前記第1の波長範囲において前記上部層よりも低い反射率を有し、前記第2の波長範囲において前記上部層よりも高い反射率を有する下部層と、からなり、
前記上部層は、前記第1の浸透深さよりも近似的に大きく、または同等の厚さを有し、前記第2の浸透深さよりも小さな厚さを有し、
前記上部層は、銀からなり、及び前記下部層は、アルミニウムからなる、放射冷却用のシステム。」

(3) 本件特許発明1について
ア 対比
(ア) 赤外放射層
a 引用発明においては、「トップ層の下側に」「反射層」が「配置され」ている。
そうすると、引用発明においては、下側の「反射層」及び上側の「トップ層」が積層状態で設けられているということができる。

b 引用発明の「トップ層」は、「熱スペクトルの少なくとも一部において、高い輻射率を有」するものである。
引用発明でいう「熱スペクトル」は、引用例1の13頁14〜19行(上記(1)ウ参照)に定義されるとおり、「中間赤外スペクトルを網羅する電磁放射線波長の範囲を表」し、「約2.5μmから約30μmまでの波長を有する電磁放射線を含む。
そうすると、「トップ層」の前記輻射特性からみて、引用発明の「トップ層」は、「赤外」光を放射するということができる。
また、上記aより、引用発明の「トップ層」は、「トップ層」の「反射層」が設けられた下側の面とは反対側の上側の面を放射面として、放射面から「赤外」光を放射しているということができる。
してみると、引用発明の「トップ層」は、本件特許発明1の、「放射面から赤外光を放射する」とされる、「赤外放射層」に相当する。

(イ) 光反射層、第1層及び第2層
a 引用発明の「反射層」は、「1又は2以上の金属からなり、前記太陽スペクトルの少なくとも一部において、高い反射率を有する」ものであり、「金属を含」む「上部層」と、「金属を含」む「下部層」とからなる。
また、引用発明でいう「太陽スペクトル」は、引用例1の13頁7〜13行(上記(1)ウ参照)に定義されるとおり、「紫外、可視及び近赤外のスペクトルを網羅する電磁放射線波長を表し」、「約350nmから約2.5μmまでの波長を有する電磁放射線を含む」ものである。
そうすると、引用発明の「反射層」は、光反射層ということができる。

b 上記(ア)aより、引用発明の「反射層」は、「トップ層」における放射面の存在側とは反対側に位置することが理解できる。
また、引用発明の「トップ層」及び「トップ層の下側に配置された反射層」との記載から理解される上下関係に基づけば、引用発明の「反射層」は、「上部層」と「下部層」とを、「上部層」を「トップ層」に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成されているということができる。
そうすると、上記aより、引用発明の「反射層」は、本件特許発明1の、「当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる」とされる、「光反射層」に相当する。

c 引用発明は、「反射層」の「前記上部層は、銀からなり」、「前記下部層は、アルミニウムからなる」。
そうすると、引用発明の「上部層」及び「下部層」は、それぞれ本件特許発明1の、「銀あるいは銀合金からなる」とされる、「第1層」、及び、「アルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる」とされる、「第2層」に相当する。

(ウ) 放射冷却装置
上記(ア)及び(イ)より、引用発明の「放射冷却用のシステム」は、本件特許発明1の「放射冷却装置」に相当する。
また、上記(ア)aより、引用発明は、本件特許発明1の、「赤外放射層と」、当該赤外放射層における前記放射面の存在する側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた」との要件を具備する。
さらに、上記(イ)bより、引用発明は、本件特許発明1の、「前記光反射層が」、「第1層と」「第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され」との要件を具備する。

イ 一致点及び相違点
(ア) 一致点
本件特許発明1と引用発明は、次の構成で一致する。
「放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置であって、
前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成された、放射冷却装置。」

(イ) 相違点
本件特許発明1と引用発明は、以下の点で相違する。
(相違点1)
「第1層の厚さ」及び「第2層の厚さ」について、本件特許発明1においては、それぞれ「50nm以上100nm以下」及び「25nm以上50nm以下」であるのに対して、引用発明においては、それらの厚さが特定されていない点。

ウ 判断
相違点1について検討する
(ア) 引用発明は、「反射層」を、「約0.8よりも大きな反射率を有し、前記太陽スペクトルの第1の波長範囲において第1の電磁浸透深さを有し、前記太陽スペクトルの第2の波長範囲において第2の電磁浸透深さを有する上部層であって、前記第2の電磁浸透深さは、前記第1の電磁浸透深さよりも大きく、前記第1及び第2の波長範囲は異なる、上部層と」、「前記第1の波長範囲において前記上部層よりも低い反射率を有し、前記第2の波長範囲において前記上部層よりも高い反射率を有する下部層と、からなり」、「前記上部層は、前記第1の浸透深さよりも近似的に大きく、または同等の厚さを有し、前記第2の浸透深さよりも小さな厚さを有し」、「前記上部層は、銀からなり」、「前記下部層は、アルミニウムからなる」構成としたものである。

(イ) ここで、引用例1には、反射層を上部層及び下部層からなる2層とすることや、反射層の厚みについて、
(A)「反射層は、2又は3以上の層を含み、各層は、1又は2以上の金属を含んでも良い。例えば、ある波長で低い反射率を有する平滑な金属層は、異なる金属の薄膜を上部に層化することにより反射率が強化され、これらの波長において大きな反射率及び小さな電磁浸透深さを有するようにできる。」、
(B)「例えば、上部層の第1の電磁浸透深さは、約10nmであっても良い。太陽スペクトルの少なくとも一部の第2の波長範囲では、上部層は、第2の電磁浸透深さを有し、これは、第1の電磁浸透深さよりも大きい。例えば、上部層の第2の電磁浸透深さは、約20nmであっても良い。下部層は、第1の波長範囲において、上部層よりも低い反射率を有し、第2の波長範囲において、上部層よりも高い反射率を有する。」、
(C)「上部層の厚さは、近似的に、第1の波長範囲内での第1の電磁浸透深さよりも大きく、又はほぼ同等であり、近似的に、第2の波長範囲の第2の電磁浸透深さよりも小さい。」、
(D)「このように、2層の反射層は、第1及び第2の組み合わされた波長範囲にわたって、上部層又は下部層のいずれか一方を独立で構成した場合に比べて、反射率を高めることができる。」、
(E)「2層の反射層は、銀を含む上部層とアルミニウムを含む下部層とを持つことができる。上部層、即ち銀は、約5nmから約50nmの厚さを持つことができる。下部層は、上部層よりも大きな厚さ、例えば約200nmよりも大きな厚さを持つことができる。」、
(F)「図4に示すように、この構成では、太陽スペクトルにおいて、銀及びアルミニウムを独立に使用した反射率よりも、2〜3%(上部層の厚さに依存する)大きな反射率が観測されている。」、
(G)「反射層は、約50nmから約800nmの全体厚さを持つことができる。」、と記載されている(上記(2)オ参照。)。
また、引用例1の請求項11には、(H)「前記上部層の厚さは、約5nmから約50nmである」と記載されている(上記(2)カ参照。)。

(ウ) 引用例1の上記(イ)に示されるとおり、引用発明は、反射層を、銀からなる上部層と、アルミニウムからなる下部層とを積層した構成とすることにより、上部層又は下部層のいずれか一方で独立で構成した場合に比べて、反射率を高めることができるようにしたものであって、引用例1には、銀を含む上部層とアルミニウムを含む下部層の厚みについて、上部層の厚みを、約5nm〜約50nmの厚みとし、下部層の厚みを、上部層よりも厚く、例えば約200nmよりも大きな厚みとすることが記載されている。
そうすると、引用例1から、銀からなる上部層(第1層)の厚みを、最適な厚みとして示された、「約5nmから約50nm」の範囲から、あえて、50nm以上100nm以下の範囲に変更し、かつ、上部層より大きな厚さを有する層として記載されたアルミニウムからなる下部層(第2層)の厚みを、上部層より薄い、25nm以上50nm以下の範囲とする動機付けとなるような記載を読み取ることはできない。
してみると、引用発明において、引用例1の記載に基づいて、相違点1に係る構成とすることは、当業者といえども容易に想到し得たことではない。

(エ) 取消しの理由で引用された引用例2〜4などに基づいて検討しても同様である。
すなわち、引用例2には、(I)アルミニウムを含む層102と銀を含む層110とを積層したミラーにおいて、銀を含む層110を薄く形成することにより、高価な銀材料によるコスト増を小さくできること(4欄38〜43行)、(J)銀を含む層110を、4〜50nm、4〜25nm、7〜25nm、8〜24nm、9〜20nm、10〜14nm、10nmとすること、アルミニウムを含む層102を、15〜200nm、18〜100nm、18〜70nm、18〜40nm、20〜37.5nm、25〜37.5nm、30nm、銀を含む層110を、アルミニウムを含む層102よりも薄くすること、銀を含む層110を、アルミニウムを含む層102よりも少なくとも5nm(より好ましくは少なくとも10nm)薄くすること(5欄19〜42行)、(K)反射層の2層の合計厚みが、30〜200nm、40〜100nm、40〜60nmであり、アルミニウムを含む層102が銀を含む層110よりも通常厚いことがよいこと(6欄15〜21行)、が記載されている。
しかしながら、引用例2には、2層構造の反射層において、銀からなる層を、高価な銀材料によるコスト増を小さくするために薄くすることが記載されているのであって、50nm以上100nm以下の範囲とすることなど開示も示唆もされていないし、アルミニウムからなる層は、銀を含む層よりも通常厚いことがよいことが示されているのであるから、当該記載に接した当業者であれば、コストの高い銀からなる層を50nm以上100nm以下に設計しておきながら、コストの低いアルミニウムからなる層をそれより薄い25nm以上50nm以下の範囲に設定するはずもない。
引用例3、4や、放射冷却装置の冷却能力の計算方法について当業者の技術常識を示すために特許権者が提出した乙第1号証(Xingshu Sun et. al., Radiative sky cooling: fundamental physics, materials, structures, and applications, Nanophotonics, Vol. 6, No, 5, 2017, P. 997−1015, (Published by De Gruyter) 29 July 2017, [online],令和4年2月17日検索,インターネット<URL:https://www.degruyter.com/document/doi/10.1515/nanoph-2017-0020/html>)を参照しても上記判断を左右するものではない。

(オ) そして、本件特許発明1は、相違点1に係る構成を具備することにより、第1層の厚さを薄くして、光反射層の低廉化を図りながらも、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成する場合と同等の大きな冷却能力を得ることができるという本件特許明細書【0016】、【0024】〜【0026】に示される格別な効果を奏するものである。

(カ) 令和4年7月13日付け意見書における特許異議申立人の主張について
特許権者は、令和4年7月13日付け意見書(以下単に「意見書」という。)の「(1)進歩性について」「(1−2)異議申立人の主張」「(1−2−1)」において、引用例1の図4を参照し、太陽スペクトルにおいて可視光及び赤外線の反射率を向上させるには可視光の反射率が上がるようにすればよいことは周知の技術事項であること、参考資料1(再公表特許WO2007/013269号公報)の【0020】に、可視光領域で使用される反射膜用積層体の「銀膜の膜厚は、60〜200nm、特に80〜120nmであることが好ましい。」と記載されているように、「前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下」の範囲は周知の技術事項にすぎないことから、引用例1及び参考資料1の記載により、甲第1号証(引用例1)に、可視光の反射率を高める銀の膜厚を記載した甲第2号証(引用例2)を適用し、「前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下」とすることは、当該周知の技術の適用という動機付けがあるから、本件特許発明1は、進歩性を有しないと主張する。
しかしながら、上記(ウ)で述べたとおり、引用例1には、反射層を上部層及び下部層の2層とした反射層における銀からなる上部層(第1層)の厚みについて、約5nm〜約50nmの厚みとすること、アルミニウムからなる下部層(第2層)の厚みについて、上部層よりも厚く、例えば約200nmよりも大きな厚みとすることが記載されていることから、参考資料1に、銀膜の厚み範囲自体として、60〜200nm、特に80〜120nmとすることが記載されていたとしても、引用発明において、これらの厚みを採用することが、当業者にとり動機付けられたものとはいえない。
加えて、参考資料1に記載された発明は、プロジェクションテレビの反射部材に用いられる積層体(参考資料1【0001】)であって、そもそも、引用発明とは技術分野を異にする結果、求められる光学特性も異なるものである。また、参考資料1の積層体の銀膜は、密着改善膜、低屈折率膜、高屈折率膜と積層され(参考資料1【請求項1】)るものであって、アルミニウムを含む反射層と積層されるものでもない。そうすると、引用発明の放射冷却用のシステムの反射層の銀からなる上部層の厚みについて、技術分野が相違し、積層体としての構成としても異なる参考資料1の銀膜の厚みについて、単にその値が重複するからといって、引用発明において採用することは、当業者が容易に想到し得たことではない。
以上のとおりであるから、意見書における異議申立人の主張を採用することはできない。

(キ) 小括
本件特許発明1は、引用例1に記載された発明、あるいは、引用例1に記載された発明及び引用例2〜4に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(4) 本件特許発明3〜6について
特許請求の範囲の請求項3〜6は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明3〜6は、本件特許発明1の構成を全て具備し、これに限定を加えたものに該当する。
そうすると、前記(3)のとおり、本件特許発明1が、引用例1に記載された発明、あるいは、引用例1に記載された発明及び引用例2〜4に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない以上、本件特許発明3〜6は、引用例1に記載された発明、あるいは、引用例1に記載された発明及び引用例2〜4に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

2 サポート要件について
(1) サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に記載する要件(いわゆる、サポート要件)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認定できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
これを本件特許発明についてみると以下のとおりとなる。

(2) 本件特許発明の課題
本件特許発明1、3〜6は、上記「第3 本件特許発明」に記載のとおりのものであるところ、本件特許発明1は、「前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され」、「前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり」、「前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である」との発明特定事項を備えるものであって、その解決しようとする課題は、「光反射層の低廉化を図りながらも、冷却対象を適切に冷却できる放射冷却装置を提供する」(本件特許明細書【0011】)ことであると認められる。

(3) 本件特許明細書の記載
本件特許明細書には、課題解決に関連する記載として、以下の記載がある。
ア 「【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔放射冷却装置の構成〕
図1に示すように、放射冷却装置CPには、放射面Hから赤外光IRを放射する赤外放射層Aと、当該赤外放射層Aにおける放射面Hの存在側とは反対側に位置させる光反射層Bとが積層状態に設けられている。
【0047】
光反射層Bが、銀あるいは銀合金からなる第1層B1とアルミニウム(以下の記載において「アルミ」と略称)あるいはアルミニウム合金(以下の記載において「アルミ合金」と略称)からなる第2層B2とを、第1層B1を赤外放射層Aに近い側に位置させる形態で積層した状態に構成されている。
【0048】
第1層B1の厚さ(膜厚)が、3.3nmよりも大きく且つ100nm以下に構成され、好ましくは、第1層B1の厚さ(膜厚)が、50nm以上で且つ100nm以下に構成されている。
第2層B2の厚さ(膜厚)が、10nm以上に構成されている。
【0049】
ちなみに、「銀合金」としては、銀に、銅、パラジウム、金、亜鉛、スズ、マグネシウム、ニッケル、チタンのいずれかを、例えば、0.4〜4.5質量%程度添加した合金を用いることができる。具体例としては、銀に銅とパラジウムを添加して作成した銀合金である「APC−TR(フルヤ金属製)」を用いることができる。
尚、以下の記載においては、第1層B1を、銀を用いて構成するものとして説明する。
【0050】
「アルミ合金」としては、アルミに、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、機械構造用炭素鋼、イットリウム、ランタン、ガドリニウム、テルビウムを添加した合金を用いることができる。
尚、以下の記載においては、第2層B2を、アルミを用いて構成するものとして説明する。
・・・略・・・
【0058】
〔放射冷却装置の使用結果〕
図20に示すように、厚さ1mmのテンパックスにて赤外放射層Aを形成し、膜厚が50nmの銀の第1層B1と膜厚が50nmのアルミとによって光反射層Bを形成し、膜厚が5nmの酸化アルミニウム(Al2O3)にて密着層3を形成し、膜厚が30nmの二酸化ケイ素(SiO2)にて酸化防止層4を形成する形態で放射冷却装置CPを構成し、このように構成した放射冷却装置CPを実際に使用した使用結果を図21に示す。
【0059】
図21は、2017年9月1日〜3日までの放射冷却特性として、放射冷却装置CPの温度の変化を示したものである。放射冷却装置CPの温度の変化としては、酸化防止層4の光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度の変化を示す。
2017年9月1日〜3日までの天候は晴れであり、太陽光エネルギーの強度が、各日の日中には大きくなり、夜間には小さくなる。
【0060】
放射冷却装置CPの冷却能力を分かり易くするために、図21には、放射冷却装置CPと並置したステンレス板(SUS)の温度の変化、反射塗料を塗布したステンレス板(SUS)における反射塗料の温度の変化、及び、周囲温度(外気温度)の変化を示す。
【0061】
この使用結果から、放射冷却装置CPの温度が、常に周囲温度よりも2〜5℃低くなるのに対して、ステンレス板(SUS)の温度やステンレス板に塗布した反射塗料の温度が、日照下では周囲温度よりも高温になることがわかる。
【0062】
〔放射冷却装置の考察〕
光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)と、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)とにおいて、第1層B1の銀の厚みを変化させながら、放射冷却装置CPの冷却能力を計算したところ、図4の表に示す結果となった。
【0063】
図4の表は、8月下旬の大阪における快晴の日をモデルとして計算した。
すなわち、太陽光エネルギーを1000W/m2とし、外気温を30℃、大気の輻射エネルギーが387W/m2の8月下旬をモデルとして計算したものであって、放射冷却装置CPの温度(酸化防止層4における光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度:以下、冷却面温度と記載する場合がある)が30℃であるとして計算したものである。
【0064】
図4に示すように、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)には、第1層B1を形成する銀の厚みが30nm以下になると、放射冷却装置CPが冷却能力を生じないものとなるが、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)には、銀の厚みが3.3nmよりも大きいと、放射冷却装置CPが冷却能力を生じるものとなる。
【0065】
しかも、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)には、銀の厚みが50nm〜100nmのときには、放射冷却装置CPの冷却能力が、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)において銀の厚みを300nmとするときと、同等の能力となる。
・・・略・・・
【0067】
〔発明の補足説明〕
以下、放射冷却装置CPの光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成するに至った本発明についての補足説明を行う。
・・・略・・・
【0073】
図13に示すように、アルミは、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できるものである。
しかしながら、図12に示すように、アルミは太陽光の吸収率が高い傾向にあり、しかも、図14に示すように、アルミ(膜厚50nm)は、銀(膜厚300nm)よりも太陽光を多く吸収するものである。
・・・略・・・
【0076】
そこで、本発明者は鋭意研究の結果、放射冷却装置CPの光反射層Bを、第1層B1と第2層B2にて構成すれば、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を薄くしながらも、放射冷却能力を十分な能力にすることができることを見出すに至ったのである。
【0077】
すなわち、図9に示すように、第1層B1を構成する銀の透過率は、短波長側ほど大きくなり、かつ、膜厚(厚さ)が薄くなるほど大きくなる。
また、図18に示すように、第1層B1を構成する銀の反射率は、長波長側では大きく、短波長側ほど小さくなり、かつ、膜厚(厚さ)を薄くなるほど小さくなる。
さらに、第2層B2のアルミは、上述の如く、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できる程度の大きな反射率を備えるものであり、しかも、銀の反射率が小さくなる短波長側においても大きな反射率を備えるが、銀の反射率が高い長波長側では、銀の反射率よりも小さくなる傾向となる。
・・・略・・・
【0079】
このため、図16に示すように、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合において、例えば、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚み)を50nmとし、第2層B2を構成するアルミの膜厚(厚み)を50nmとすると、図17に示すように、交差波長が450nmとなり、450nmよりも短波長側の光Laでは、アルミの方が銀よりも反射率が高く、それより長波長側の光Lbでは銀の方がアルミよりも反射率が高くなる。
ちなみに、図9に示すように、交差波長である450nm以下の波長の光は、銀を透過し易くなるので、当該透過した光は、第2層B2のアルミに照射されることになる。」

イ 「
【図1】

・・・略・・・
【図3】

【図4】

・・・略・・・
【図12】

【図13】

・・・略・・・
【図20】

【図21】



(4) 当業者が発明の詳細な説明において課題が解決できると認識できる範囲
ア 本件特許明細書の【0058】〜【0061】、図20及び図21には、[A]厚さ1mmのテンパックスにて赤外放射層Aを形成し、膜厚が50nmの銀の第1層B1と膜厚が50nmのアルミニウムとによって光反射層Bを形成し、膜厚が5nmの酸化アルミニウム(Al2O3)にて密着層3を形成し、膜厚が30nmの二酸化ケイ素(SiO2)にて酸化防止層4を形成した「放射冷却装置CP」を製造し、実際に使用したこと、[B]2017年9月1日〜3日、天候は晴れ、の条件で、放射冷却装置CPの温度(酸化防止層4の光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度)が、常に周囲温度よりも2〜5℃低くなること、これに対して、放射冷却装置CPと並置したステンレス板(SUS)の温度や、ステンレス板に塗布した反射塗料の温度が、日照下では周囲温度よりも高温になること(図21)が記載されている。
また、これに加えて、【0062】〜【0065】、図3及び図4には、8月下旬の大阪における快晴の日(太陽光エネルギーを1000W/m2とし、外気温を30℃、大気の輻射エネルギーが387W/m2の8月下旬)をモデルとし、放射冷却装置CPの温度が30℃であるとした計算結果として、アルミニウムの厚みが50nm(図3)、銀の厚みが50nm〜100nmの時には、放射冷却装置CPの冷却能力が、光反射層を第1層B1のみにて構成する場合において銀の厚みを300nmとするときと、同等の能力となる(図4)ことが示されている。

イ ここで、本件特許明細書の【0073】、図12及び図13には、アルミニウムは、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できること、アルミニウムは太陽光の吸収率が高く、膜厚50nmのアルミニウムは、膜厚300nmの銀よりも太陽光を多く吸収することが記載されているのであるから、上記アの「放射冷却装置CP」において、アルミニウムの厚みを図3に示された50nmの厚みより薄くした場合であっても、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できると当業者は当然に認識する。
また、「放射冷却装置CP」において、アルミニウムを25nm以上50nm未満に薄くすると、アルミニウムを50nmとした場合よりも太陽光の吸収が小さくなり、その結果、太陽光の吸収による発熱も小さくなることは、当業者の技術常識に照らし明らかである。
そうすると、上記「放射冷却装置CP」において、アルミニウムの厚みを25nm以上50nm未満と薄くした場合であっても、アルミニウムの厚みが50nmの放射冷却装置と同等の冷却能力、すなわち光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合において銀の厚みを300nmとするときと同等の冷却能力が得られると当業者は認識し得る。
また、上記「放射冷却装置」において、銀の厚みを、50nm〜100nmへと増大させた場合には、銀による太陽光の吸収はアルミニウムと比較して小さいのであるから、銀の厚みの増大により太陽光の反射率が増大し、アルミニウムの厚みが50nmの放射冷却装置と同等の冷却能力、すなわち光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合において銀の厚みを300nmとするときと同等の冷却能力が得られると認識し得る。
そして、反射層をアルミニウムの厚さを25nm〜50nm、銀の厚みを50nm〜100nmとした放射冷却装置CPが、反射層を300nmの厚みの銀とした放射冷却装置と比較して、低廉といえることも明らかである。

ウ してみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づけば、本件特許発明1の「前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され」、「前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり」、「前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である」構成により、上記(2)で述べた光反射層の低廉化を図りながらも、冷却対象を適切に冷却できる放射冷却装置を提供するとの課題を解決できると、当業者は認識できる。本件特許発明3〜6についても同様である。
したがって、本件の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものではない。

エ 令和4年7月13日付け意見書における特許異議申立人に主張について
特許異議申立人は、令和4年7月13日付け意見書の「(2)サポート要件について」「(2−2)異議申立人の主張」「(2−2−3)」において、
「本件特許の裏付けを示すべき「発明の詳細な説明」によると、実際に作って実験した放射冷却装置CPは、段落[0058]以下に記載のように、Agが50nmでAlが50nmの場合(図20及び21)だけである。この他に、AgとAlの厚さを変えて測定実験した例は皆無である。このように、放射冷却装置の放射冷却能力は、Agが50nmでAlが50mnの場合(図20及び21)の一点しか開示がないにも拘らず、Alが「25〜49nm」の範囲の厚さであれば等しく適用可能であるとしているが、その根拠と裏付け説明が一切開示されていない。」と主張する。
しかしながら、放射冷却装置CPにおいて、AgとAlの厚さを変えて測定実験していなくても、上記ア〜ウにおいて述べたとおり、放射冷却装置CPにおいてAlを25nm以上50nm未満としたものも、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合において銀の厚みを300nmとするときと同等の冷却能力が得られると当業者は認識できる。
以上のとおりであるから、意見書における異議申立人の主張を採用することはできない。

実施可能要件について
(1) 実施可能要件の判断基準
発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号の要件(いわゆる実施可能要件)に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載があることが必要である。
そして、特許請求の範囲に記載された発明が、物の発明である場合、物の発明について実施をすることができるとは、その物を作れ、かつ、その物を使用できることであるところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすためには、当業者が、物の発明について明確に理解でき、その物を作れ、かつ、その物を使用できる程度に具体的な記載が求められる。
これを本件特許発明についてみると以下のとおりとなる。

(2) 本件特許発明及び本件特許明細書の記載
本件特許発明1、3〜6は、上記「第3 本件特許発明」に記載のとおりのものである。また、本件明細書の記載は、上記2(3)のとおりである。

(3) 判断
ア 本件特許明細書の【0058】〜【0061】、図20及び図21には、厚さ1mmのテンパックスにて赤外放射層Aを形成し、膜厚が50nmの銀の第1層B1と膜厚が50nmのアルミニウムとによって光反射層Bを形成し、膜厚が5nmの酸化アルミニウム(Al2O3)にて密着層3を形成し、膜厚が30nmの二酸化ケイ素(SiO2)にて酸化防止層4を形成した「放射冷却装置CP」を具体的に製造し、実際に使用したこと、また、2017年9月1日〜3日、天候は晴れ、の条件で、放射冷却装置CPの温度(酸化防止層4の光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度)が、常に周囲温度よりも2〜5℃低くなるのに対して、放射冷却装置CPと並置したステンレス板(SUS)の温度や、ステンレス板に塗布した反射塗料の温度が、日照下では周囲温度よりも高温になる結果(図21)が得られたことが記載されている。これに加えて、【0062】〜【0065】、図3及び図4には、8月下旬の大阪における快晴の日をモデルとし、放射冷却装置CPの温度が30℃であるとした計算結果として、アルミニウムの厚みが50nm(図3)、銀の厚みが50nm〜100nmのときには、放射冷却装置CPの冷却能力が、光反射層を第1層B1のみにて構成する場合において銀の厚みを300nmとするときと、同等の能力となることが示されている。
そして、上記構成の「放射冷却装置CP」において、50nmの銀の第1層の膜厚を50〜100nmとし、50nmアルミニウムの第2層の厚みを25〜50nmとしたものを製造できること、これが、放射冷却装置として使用できることは、当業者にとって明らかである。

イ そうすると、本件特許明細書には、本件特許発明に係る放射冷却装置について、その物を作れ、かつ、その物を使用できる程度に具体的に記載されているということができる。
したがって、発明の詳細な説明には、本件特許発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

ウ 令和4年7月13日付け意見書における特許異議申立人に主張について
(ア) 特許異議申立人は、同意見書の「(3)実施可能要件について」「(3−1)」において、
「しかしながら、放射冷却能力が示されているのは、上記の通り、Agが50nmでAlが50nmの場合(図20及び21)の図4に示すデータだけであり、他のAgとAlにおける放射冷却能力(W/cm2)が示されていない。
これでは、当業者であっても、「Alの厚みを25〜49nmに調整したときの放射冷却装置の冷却特性」を検証も再現もすることはできず、当業者が実施し得る程度の冷却特性(W/cm2)が不明である。
以上のことから、Ag層の厚みを上記範囲(51nm〜100nm)で変更したときに、Alを「25〜49nm」の範囲に振ったとき、どのような結果をもたらすか、本件出願当時の明細書・図面の何れにも、いわゆる当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に開示されておらず、当業者が追試することもできないことから、特許法第36条第4項第1号のいわゆる実施可能要件も満たさない。」、
同「(3−2)」において、
「従って、本件時許明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないことに加え、その請求項1において、構成Hの内、「Alの厚さを50nm以外に、25nm以上(〜49nm)」を許容する説明も実証データも、本件特許明細書中にサポートされていないことは明らかである。」と主張する。
しかしながら、上記ア及びイで述べたとおり、本件特許明細書には、本件特許発明に係る放射冷却装置について、その物を作れ、かつ、その物を使用できる程度に具体的に記載されているということができる。
以上のとおりであるから、意見書における異議申立人の主張を採用することはできない。

第6 むすび
1 請求項1、3〜6に係る特許は、いずれも、取消理由通知書に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。
また、他に請求項1、3〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

2 本件特許の請求項2は、本件訂正請求による訂正で削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、本件特許の請求項2に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】放射冷却装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置に関する。
【背景技術】
【0002】
かかる放射冷却装置は、赤外放射層の放射面から放射される赤外光を大気の窓(例えば、波長が8〜13μmの赤外光を透過させる窓等)を通して透過させて、光反射層における赤外放射層の存在側とは反対側に位置する冷却対象を冷却する等、各種の冷却対象の冷却に用いられるものである。
【0003】
ちなみに、光反射層は、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を反射して放射面から放射させることにより、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)が冷却対象に投射されて、冷却対象が加温されることを回避することになる。
尚、光反射層は、赤外放射層を透過した光に加えて、赤外放射層から光反射層の存在側に放射される赤外光を赤外放射層に向けて反射する作用も有することになるが、以下の説明においては、光反射層が、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を反射するために設けられるものであるとして説明する。
【0004】
このような放射冷却装置の第1の従来例として、光反射層が、銀からなる金属層と、二酸化チタン(TiO2)の層とフッ化マグネシウム(MgF2)の層とを交互に並べる状態で多層状態に形成したフォトニング・バンドキャップ層とを、フォトニング・バンドキャップ層を赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成されたものがある(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
また、放射冷却装置の第2の従来例として、光反射層が、アルミニウムからなる金属層として構成されたものがある(例えば、特許文献2参照。)。
ちなみに、特許文献2には、アルミニウムからなる金属層を基板として、赤外放射層を構成するSiO層とMgO層とを積層するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2014/078223号
【特許文献2】特開平7−174917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
第1の従来例においては、光反射層が、多層状態に積層されるフォトニング・バンドキャップ層を備えるものであるため、製作が煩雑となる不利があり、しかも、フォトニング・バンドキャップ層を備えるにしても、高価な銀からなる金属層を十分に薄くできないため、全体構成の低廉化を図り難い不利があった。
【0008】
第2の従来例においては、光反射層が、アルミニウムからなる金属層として構成されるものであるから、安価なアルミニウムにて光反射層が構成されるため、全体構成の低廉化を図れるものである。
しかしながら、アルミニウムからなる金属層は、銀よりも光を吸収し易いものであるから、赤外放射層を透過した光が、アルミニウムからなる金属層に吸収されて、当該光の吸収により昇温する金属層が、冷却対象を加温すること等に起因して、冷却対象を適切に冷却できない虞があった。
【0009】
このような状況に鑑みて、本発明の発明者が鋭意研究した結果によれば、光反射層を、厚さが100nm以上の銀からなる金属層として構成すれば、赤外放射層を透過した光が冷却対象に投射されることを抑制しながら、冷却対象を冷却することができるものとなり(図9、図10参照)、そして、光反射層を、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成すれば、赤外放射層を透過した光が冷却対象に投射されることを的確に抑制して、冷却対象を適切に冷却できることが判明した。
【0010】
しかしながら、銀は高価な金属であるから、光反射層を、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成すれば、放射冷却装置が高価となるものとなるため、銀の使用量を極力抑制しながら、冷却対象を冷却することが望まれるものであった。
【0011】
本発明は、上記実情に鑑みて為されたものであって、その目的は、光反射層の低廉化を図りながらも、冷却対象を適切に冷却できる放射冷却装置を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の放射冷却装置は、放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられたものであって、その特徴構成は、
前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、
前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり、
前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である点にある。
【0013】
すなわち、本発明の発明者が鋭意研究した結果、光反射層を、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、第1層を赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成することにより、高価な銀あるいは銀合金の使用量を抑制しながら、冷却対象を冷却できることを見出すに至った。
【0014】
つまり、銀あるいは銀合金は、可視光や赤外光を効率良く反射できるものの、紫外光の反射率が低い傾向となる。
これに対して、アルミニウムあるいはアルミニウム合金は、銀あるいは銀合金に較べて、可視光や赤外光を効率良く反射することができないものの、紫外光を効率良く反射することができる傾向となる。
しかも、アルミニウムあるいはアルミニウム合金は、銀あるいは銀合金に較べて、可視光や赤外光を吸収し易い傾向となる。
【0015】
そこで、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、第1層を赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成することにより、第1層が可視光や赤外光を反射することにより、第2層が可視光や赤外光を吸収することを抑制し、しかも、第1層の厚さを薄くしても、第1層及び第2層の存在により、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を適切に反射して、冷却対象を冷却できることを見出すに至ったのである。
【0016】
そして、銀あるいは銀合金からなる第1層を薄くできるため、光反射層の低廉化を図ることができるのである。
【0017】
要するに、本発明の放射冷却装置によれば、光反射層の低廉化を図りながらも、冷却対象を適切に冷却できる。
【0019】削除
【0020】削除
【0021】削除
【0022】削除
【0023】削除
【0024】
また、銀あるいは銀合金からなる第1層の厚さを、50nm以上100nm以下の範囲にすれば、第1層による光(主として、可視光、赤外光)の反射作用を適切に発揮させながら、第2層の存在により、赤外放射層を透過した光(可視光、紫外光、赤外光)を適切に反射することができる結果、光反射層を、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成する場合と同等の能力にて、冷却対象を冷却できることを見出すに至った。
【0025】
従って、第1層の厚さを薄くして、光反射層の低廉化を図りながらも、厚さが300nm以上の銀からなる金属層として構成する場合と同等の大きな冷却能力を得ることができる。
【0026】
要するに、本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成によれば、光反射層の低廉化を図りながらも、大きな冷却能力を得ることができる。
【0031】
本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成は、前記赤外放射層が、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスのうちのいずれかのガラスにて構成されている点にある。
【0032】
すなわち、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスは、比較的に安価でありながらも、太陽光(可視光、紫外光、近赤外光)の透過性が優れた(例えば、80%程度を透過する)ものであるため、太陽光を吸収することがなく、しかも、大気の窓(例えば、波長が8〜13μmの赤外光を透過させる窓等)に相当する波長の赤外光を放射する輻射強度が高い性質を有する。
【0033】
したがって、赤外放射層を、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスのうちのいずれかのガラスにて構成することにより、全体構成の低廉化を図りながらも、冷却能力の高い放射冷却装置を得ることができる。
【0034】
要するに、本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成によれば、全体構成の低廉化を図りながらも、冷却能力の向上を得ることができる。
【0035】
本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成は、前記赤外放射層を基板として、前記第1層及び前記第2層が積層されている点にある。
【0036】
すなわち、赤外放射層を基板として、第1層及び第2層が積層されているから、全体構成の簡素化を図り、しかも、全体構成の薄膜化を図ることができる。
ちなみに、赤外放射層を基板として、第1層及び第2層を積層する際に、第1層及び第2層が薄い場合には、例えば、スパッタリング等により、第1層及び第2層を順次積層することになる。
【0037】
つまり、積層用基板を設けて、その積層用基板に対して、スパッタリング等により、第2層及び第1層を順次積層し、その後、第1層の第2層の存在側とは反対側箇所に、別途製作した赤外放射層を載置して積層する、又は、第1層の第2層の存在側とは反対側箇所に、スパッタリング等により、赤外放射層を積層する場合に較べて、積層用基板を設ける必要が無いため、全体構成の簡素化を図り、しかも、全体構成の薄膜化を図ることができる。
【0038】
要するに、本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成によれば、全体構成の簡素化を図り、しかも、全体構成の薄膜化を図ることができる。
【0039】
本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成は、前記赤外放射層と前記第1層との間に、密着層が積層されている点にある。
【0040】
すなわち、赤外放射層と光反射層の第1層との間に密着層が積層されているから、温度変化等に起因して、光反射層の第1層が赤外放射層に対して剥離する等の損傷が生じることを抑制できるため、耐久性を向上できる。
【0041】
要するに、本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成によれば、耐久性の向上を図ることができる。
【0042】
本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成は、前記第2層における前記第1層の存在側とは反対側に、酸化防止層が積層されている点にある。
【0043】
すなわち、アルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層における第1層の存在側とは反対側に、酸化防止層が積層されているから、第2層を薄くしても、第2層が酸化して劣化することを抑制できるため、耐久性を向上できる。
【0044】
要するに、本発明の放射冷却装置の更なる特徴構成によれば、アルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層の劣化を抑制して、耐久性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】放射冷却装置の構成を示す図である。
【図2】比較構成の放射冷却装置の構成を示す図である。
【図3】実施形態の放射冷却装置の構成を示す図である。
【図4】放射冷却装置の冷却能力を示す表である。
【図5】赤外放射層を構成するガラスの種類ごとの透過率を示すグラフである。
【図6】赤外放射層を構成するガラスの種類ごとの輻射率を示すグラフである。
【図7】放射冷却装置の第1参考構成を示す図である。
【図8】第1参考構成についての反射率、透過率、吸収率を示すグラフである。
【図9】銀の膜厚と透過率との関係を示すグラフである。
【図10】銀の膜厚を変化させた場合の透過する太陽光エネルギーを示すグラフである。
【図11】放射冷却装置の第2参考構成を示す図である。
【図12】第2参考構成についての反射率、透過率、吸収率を示すグラフである。
【図13】アルミの膜厚と透過率との関係を示す図である。
【図14】第1参考構成及び第2参考構成の吸収率を示すグラフである。
【図15】第1参考構成及び第2参考構成の冷却能力を示すグラフである。
【図16】放射冷却装置の基本構成を示す図である。
【図17】基本構成の銀及びアルミの透過率及び反射率を比較する図である。
【図18】銀の膜厚と反射率との関係を示すグラフである。
【図19】銀の反射率がアルミの反射率より低くなる波長を示す表である。
【図20】放射冷却装置の実施構成を示す図である。
【図21】実施構成の放射冷却装置の実際の温度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔放射冷却装置の構成〕
図1に示すように、放射冷却装置CPには、放射面Hから赤外光IRを放射する赤外放射層Aと、当該赤外放射層Aにおける放射面Hの存在側とは反対側に位置させる光反射層Bとが積層状態に設けられている。
【0047】
光反射層Bが、銀あるいは銀合金からなる第1層B1とアルミニウム(以下の記載において「アルミ」と略称)あるいはアルミニウム合金(以下の記載において「アルミ合金」と略称)からなる第2層B2とを、第1層B1を赤外放射層Aに近い側に位置させる形態で積層した状態に構成されている。
【0048】
第1層B1の厚さ(膜厚)が、3.3nmよりも大きく且つ100nm以下に構成され、好ましくは、第1層B1の厚さ(膜厚)が、50nm以上で且つ100nm以下に構成されている。
第2層B2の厚さ(膜厚)が、10nm以上に構成されている。
【0049】
ちなみに、「銀合金」としては、銀に、銅、パラジウム、金、亜鉛、スズ、マグネシウム、ニッケル、チタンのいずれかを、例えば、0.4〜4.5質量%程度添加した合金を用いることができる。具体例としては、銀に銅とパラジウムを添加して作成した銀合金である「APC−TR(フルヤ金属製)」を用いることができる。
尚、以下の記載においては、第1層B1を、銀を用いて構成するものとして説明する。
【0050】
「アルミ合金」としては、アルミに、銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、機械構造用炭素鋼、イットリウム、ランタン、ガドリニウム、テルビウムを添加した合金を用いることができる。
尚、以下の記載においては、第2層B2を、アルミを用いて構成するものとして説明する。
【0051】
また、放射冷却装置CPは、赤外放射層Aを基板として、第1層B1及び第2層B2を積層することにより構成されている。
具体的には、基板としての赤外放射層Aと第1層B1との間に、密着層3が積層され、かつ、第2層B2における第1層B1の存在側とは反対側に、酸化防止層4が積層されている。
【0052】
つまり、放射冷却装置CPが、赤外放射層Aを基板として、例えばスパッタリングにより、密着層3、第1層B1、第2層B2及び酸化防止層4を順次製膜する形態に構成されている。
【0053】
密着層3は、酸化アルミニウム(Al2O3)を20〜100nmに製膜する形態に構成されている。
酸化防止層4が、二酸化ケイ素(SiO2)又は酸化アルミニウム(Al2O3)を、10〜数100nmに製膜する形態に構成されている。尚、以下の記載においては、二酸化ケイ素(SiO2)が製膜されているとして説明する。
【0054】
赤外放射層Aが、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスのうちのいずれかのガラスにて構成されている。
ちなみに、無アルカリガラスとしては、例えば、OA10G(日本電気硝子製)を用いることができ、クラウンガラスとしては、例えば、B270(登録商標、以下同じ)を用いることができ、ホウケイ酸ガラスとしては、例えば、テンパックス(登録商標、以下同じ)用いることができる。
【0055】
「OA10G」、「B270」及び「テンパックス」は、図5に示すように、太陽光に対応する波長の光に対する透過率が高く、また、図6に示すように、大気の透過率が高い波長域(いわゆる、大気の窓)に相当する波長の輻射率が高い。
ちなみに、図5は「テンパックス」を代表として例示するが、白板ガラスの「OA10G」、「B270」なども同様である。
尚、以下の記載においては、赤外放射層Aが「テンパックス」にて形成されているとして説明する。
【0056】
従って、放射冷却装置CPは、放射冷却装置CPに入射した光Lのうちの一部の光(例えば、太陽光の一部の光等)を、赤外放射層Aの放射面Hにて反射し、放射冷却装置CPに入射した光Lのうちで赤外放射層Aを透過した光(紫外光等)を、光反射層Bにて反射するように構成されている。
【0057】
そして、酸化防止層4における光反射層Bの存在側とは反対側に位置する冷却対象Dから放射冷却装置CPへの入熱(例えば、冷却対象Dからの熱伝導による入熱)を、赤外放射層Aによって赤外線IRに変換して放射することで、冷却対象Dを冷却するように構成されている。
尚、本実施形態において光とは、その波長が10nmから20000nmの電磁波のことを言う。つまり、光Lには、紫外光、赤外光IRおよび可視光が含まれる。
【0058】
〔放射冷却装置の使用結果〕
図20に示すように、厚さ1mmのテンパックスにて赤外放射層Aを形成し、膜厚が50nmの銀の第1層B1と膜厚が50nmのアルミとによって光反射層Bを形成し、膜厚が5nmの酸化アルミニウム(Al2O3)にて密着層3を形成し、膜厚が30nmの二酸化ケイ素(SiO2)にて酸化防止層4を形成する形態で放射冷却装置CPを構成し、このように構成した放射冷却装置CPを実際に使用した使用結果を図21に示す。
【0059】
図21は、2017年9月1日〜3日までの放射冷却特性として、放射冷却装置CPの温度の変化を示したものである。放射冷却装置CPの温度の変化としては、酸化防止層4の光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度の変化を示す。
2017年9月1日〜3日までの天候は晴れであり、太陽光エネルギーの強度が、各日の日中には大きくなり、夜間には小さくなる。
【0060】
放射冷却装置CPの冷却能力を分かり易くするために、図21には、放射冷却装置CPと並置したステンレス板(SUS)の温度の変化、反射塗料を塗布したステンレス板(SUS)における反射塗料の温度の変化、及び、周囲温度(外気温度)の変化を示す。
【0061】
この使用結果から、放射冷却装置CPの温度が、常に周囲温度よりも2〜5℃低くなるのに対して、ステンレス板(SUS)の温度やステンレス板に塗布した反射塗料の温度が、日照下では周囲温度よりも高温になることがわかる。
【0062】
〔放射冷却装置の考察〕
光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)と、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)とにおいて、第1層B1の銀の厚みを変化させながら、放射冷却装置CPの冷却能力を計算したところ、図4の表に示す結果となった。
【0063】
図4の表は、8月下旬の大阪における快晴の日をモデルとして計算した。
すなわち、太陽光エネルギーを1000W/m2とし、外気温を30℃、大気の輻射エネルギーが387W/m2の8月下旬をモデルとして計算したものであって、放射冷却装置CPの温度(酸化防止層4における光反射層Bの存在側とは反対側の面の温度:以下、冷却面温度と記載する場合がある)が30℃であるとして計算したものである。
【0064】
図4に示すように、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)には、第1層B1を形成する銀の厚みが30nm以下になると、放射冷却装置CPが冷却能力を生じないものとなるが、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)には、銀の厚みが3.3nmよりも大きいと、放射冷却装置CPが冷却能力を生じるものとなる。
【0065】
しかも、光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成する場合(図3参照)には、銀の厚みが50nm〜100nmのときには、放射冷却装置CPの冷却能力が、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)において銀の厚みを300nmとするときと、同等の能力となる。
【0066】
ちなみに、赤外放射層Aを構成するテンパックスの厚さは、10μm以上で10cm以下である必要があり、好ましくは、20μm以上で10cm以下、より好ましくは、100μm以上で1cm以下が良い。
つまり、赤外放射層Aを、波長8μm以上14μm以下の赤外域で大きな熱輻射を示し、当該熱輻射が、赤外放射層A及び光反射層Bの夫々にて吸収されるAM1.5Gの太陽光及び大気の熱輻射よりも大きくなるようにすることにより、昼夜を問わず周囲の大気よりも温度が低下する放射冷却作用を発揮する放射冷却装置CPを構成することができる。
そして、そのようにするにあたり、赤外放射層Aをテンパックスにて構成する場合には、厚さを10μm以上で10cm以下にする必要があり、好ましくは、20μm以上で10cm以下、より好ましくは、100μm以上で1cm以下が良い。
【0067】
〔発明の補足説明〕
以下、放射冷却装置CPの光反射層Bを第1層B1及び第2層B2にて構成するに至った本発明についての補足説明を行う。
図7に示すように、放射冷却装置CPの光反射層Bを、厚さが50nmの銀からなる第1層B1のみにて構成した場合においては、図8に示すように、短波長側の光が、第1層B1を構成する50nmの銀を透過することになり、透過した光が冷却対象Dに照射されることになる。
【0068】
図9に示すように、銀は、膜厚(厚さ)が薄くなると、薄くなるほど透過率が上昇することになるため、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合には、銀の膜厚(厚さ)が薄くなるほど、冷却対象Dに照射される光が増加して、放射冷却装置CPの冷却に拘わらず、冷却対象Dの温度が上昇する現象が生じる。
つまり、冷却対象Dは、被冷却物の熱を効率的に逃がすために、光吸収層や熱交換器として構成されるが、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を薄くすると透過した光が冷却対象Dを温めるので放射冷却能力(放射冷却性能)が弱まることになる。
【0069】
図10は、光反射層Bを銀からなる第1層B1にて構成する放射冷却装置CP(図7参照)において、銀の膜厚(厚さ)と透過する太陽光のエネルギー(W/m2)との関係を示すものである。
第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を300nmの膜厚(厚さ)にする従来の放射冷却装置CPの放射冷却能力は、日本の夏、標高0m、外気温度が30℃の南中時、湿度や空気の澄み具合にもよるが、概ね70W/m2程度である。
【0070】
これに対して、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)が100nmになると、透過する太陽光のエネルギーが7W/m2程度となり、この透過光が冷却対象Dを加熱することにより、放射冷却装置CPの冷却能力が1割程度低下する。
さらに、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)が50nmになると、透過する太陽光のエネルギーが70W/m2程度となり、この透過光が冷却対象Dを加熱することにより、放射冷却装置CPの放射冷却能力が大きく低下する。
【0071】
以上の通り、図7〜図10に基づいて、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合において、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を薄くした場合に生じる問題点を説明してきた。
つまり、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合においては、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を十分に薄くすることができないものとなる。
【0072】
次に、銀を他の金属としてのアルミにて代替できないかについて考える。つまり、アルミは銀と同様に反射率が高い金属として知られるものであるから、図11に示すように、光反射層Bを第2層B2のみにて構成する場合が考えられる。
【0073】
図13に示すように、アルミは、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できるものである。
しかしながら、図12に示すように、アルミは太陽光の吸収率が高い傾向にあり、しかも、図14に示すように、アルミ(膜厚50nm)は、銀(膜厚300nm)よりも太陽光を多く吸収するものである。
【0074】
その結果、図15に示すように、光反射層Bを第2層B2のみにて構成し、かつ、第2層B2を構成するアルミの膜厚(厚さ)を300nmにする場合においては、外気温が30℃の南中時における放射冷却能力は、−14.7W/m2となり、発熱する。なお、冷却する場合を正、加熱される場合を負で表現している。
尚、図15に示すように、光反射層Bを第1層B1のみにて構成し、かつ、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を300nmにする場合においては、外気温が30℃の南中時における放射冷却能力は、70W/m2程度となる。
【0075】
以上の通り、図11〜図15に基づいて、光反射層Bを第2層B2のみにて構成する場合における問題点を説明してきた。
つまり、光反射層Bを第2層B2のみにて構成する場合には、放射冷却装置CPの放射冷却能力を十分な能力にすることができないことが分かる。
【0076】
そこで、本発明者は鋭意研究の結果、放射冷却装置CPの光反射層Bを、第1層B1と第2層B2にて構成すれば、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚さ)を薄くしながらも、放射冷却能力を十分な能力にすることができることを見出すに至ったのである。
【0077】
すなわち、図9に示すように、第1層B1を構成する銀の透過率は、短波長側ほど大きくなり、かつ、膜厚(厚さ)が薄くなるほど大きくなる。
また、図18に示すように、第1層B1を構成する銀の反射率は、長波長側では大きく、短波長側ほど小さくなり、かつ、膜厚(厚さ)を薄くなるほど小さくなる。
さらに、第2層B2のアルミは、上述の如く、25nm以上の膜厚(厚さ)があれば、太陽光の透過を的確に遮蔽できる程度の大きな反射率を備えるものであり、しかも、銀の反射率が小さくなる短波長側においても大きな反射率を備えるが、銀の反射率が高い長波長側では、銀の反射率よりも小さくなる傾向となる。
【0078】
尚、図19に示すように、銀の反射率とアルミの反射率とが交差する波長(以下、交差波長と略称)は、銀の膜厚(厚さ)にて変化するものである。図19には、アルミの膜厚(厚さ)を200nmとした場合において、銀の膜厚(厚さ)を変化させたときの交差波長を例示する。
【0079】
このため、図16に示すように、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合において、例えば、第1層B1を構成する銀の膜厚(厚み)を50nmとし、第2層B2を構成するアルミの膜厚(厚み)を50nmとすると、図17に示すように、交差波長が450nmとなり、450nmよりも短波長側の光Laでは、アルミの方が銀よりも反射率が高く、それより長波長側の光Lbでは銀の方がアルミよりも反射率が高くなる。
ちなみに、図9に示すように、交差波長である450nm以下の波長の光は、銀を透過し易くなるので、当該透過した光は、第2層B2のアルミに照射されることになる。
【0080】
つまり、図16に示すように、450nmよりも短波長側の光Laは、一部が銀で形成される第1層B1にて反射し、第1層B1を透過した光がアルミで形成される第2層B2にて反射されることになる。
また、450nmよりも長波長側の光Lbは、主として第1層B1にて反射されることになる。
【0081】
また、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合においては、第2層B2を構成するアルミの膜厚(厚さ)は、10nmよりも厚ければ光を殆ど透過しないものとなるから、第2層B2の膜厚(厚さ)は10nm以上にすることになる。
ちなみに、耐腐食性を向上させることを考えると、第2層B2を構成するアルミの膜厚(厚さ)は、50nm以上に厚くするのが望ましい。つまり、アルミは酸化して不働態を形成するが、不働態を形成できる層が分厚いほど耐久性が向上するからである。
【0082】
したがって、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合において、第1層B1の銀の膜厚(厚み)を50nmとし、第2層B2のアルミの膜厚(厚み)を50nmにすると、アルミの光吸収の大きい450nmよりも長波長側の波長領域の光が、主として第1層B1の銀で反射され、銀を透過する450nm以下の光が、主として第2層B2のアルミで反射することにより、赤外放射層Aを透過した光等を効率良く反射することができる。
【0083】
このように、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合においては、交差波長よりも長波長側の光を、主として第1層B1の銀で反射し、銀を透過した交差波長よりも短波長側光を、主として第2層B2のアルミで反射することにより、赤外放射層Aを透過した光等を効率良く反射できる。
その結果、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する放射冷却装置CPにおいては、第1層B1の膜厚(厚さ)を100nm以下でかつ50nm以上にすれば、太陽光の反射率を十分に向上させることができる。
【0084】
図7〜図19に基づく補足説明を鑑みながら、図4の冷却能力(放射冷却能力)を再度考察すると、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合には、銀の膜厚が100nm以下となると、太陽光が放射冷却装置CPを透過し、冷却対象Dを温めることになるので、放射冷却能力(放射冷却性能)が低下することになる。
このため、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合には、銀の膜厚(厚さ)を300nmにして太陽光の透過を完全に遮断する場合と比較して、銀の膜厚(厚さ)を80nmにすると、放射冷却能力(放射冷却性能)が約一割程度下がる。
そして、銀の膜厚(厚さ)を40nm未満にすると、冷却能力(放射冷却能力)が大きく低下し、30nm以下では、冷却対象Dが加熱されることになる。
【0085】
これに対して、光反射層Bを第1層B1と第2層B2にて構成する場合においては、上述の如く、第1層B1の銀の厚みが3.3nmよりも大きいと、放射冷却装置CPが放射冷却能力(放射冷却性能)を生じることになる。
しかも、第1層B1を形成する銀の厚みが50nm〜100nmのときには、放射冷却装置CPの放射冷却能力(放射冷却性能)が、光反射層Bを第1層B1のみにて構成する場合(図2参照)において銀の厚みを300nmとするときと、同等の能力となる。
【0086】
〔別実施形態〕
以下、別実施形態を列記する。
(1)上記実施形態では、赤外放射層Aを基板として、第1層B1と第2層とを積層する場合を例示したが、赤外放射層Aとは異なる他の基板に対して、第2層B2及び第1層B1を積層する形態で光反射層Bを形成して、赤外放射層Aと光反射層Bとを重ね合わせる形態で積層してもよい。この場合、赤外放射層Aと光反射層Bとの間に、伝熱可能であれば多少の隙間が存在してもよい。
【0087】
(2)上記実施形態では、酸化防止層4を備える場合を例示したが、アルミにて形成される第2層B2の膜厚(厚さ)が十分に厚い場合等においては、酸化防止層4を省略してもよい。
【0088】
(3)上記実施形態では、第1層B1を銀にて形成する場合を詳細に説明したが、第1層B1を銀合金で形成する場合における膜厚(厚さ)は、第1層B1を銀にて形成する場合の膜厚(厚さ)と同等にすることができる。
【0089】
(4)上記実施形態では、第2層B2をアルミにて形成する場合を詳細に説明したが、第2層B2をアルミ合金で形成する場合における膜厚(厚さ)は、第2層B2をアルミにて形成する場合の膜厚(厚さ)と同等にすることができる。
【0090】
なお、上記実施形態(別実施形態を含む、以下同じ)で開示される構成は、矛盾が生じない限り、他の実施形態で開示される構成と組み合わせて適用することが可能であり、また、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【符号の説明】
【0091】
3 密着層
4 酸化防止層
A 赤外放射層
B 光反射層
B1 第1層
B2 第2層
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射面から赤外光を放射する赤外放射層と、当該赤外放射層における前記放射面の存在側とは反対側に位置させる光反射層とが積層状態で設けられた放射冷却装置であって、
前記光反射層が、銀あるいは銀合金からなる第1層とアルミニウムあるいはアルミニウム合金からなる第2層とを、前記第1層を前記赤外放射層に近い側に位置させる形態で積層した状態に構成され、
前記第1層の厚さが、50nm以上100nm以下であり、
前記第2層の厚さが、25nm以上50nm以下である放射冷却装置。
【請求項2】削除
【請求項3】
前記赤外放射層が、無アルカリガラス、クラウンガラス、ホウケイ酸ガラスのうちのいずれかのガラスにて構成されている請求項1に記載の放射冷却装置。
【請求項4】
前記赤外放射層を基板として、前記第1層及び前記第2層が積層されている請求項1又は3に記載の放射冷却装置。
【請求項5】
前記赤外放射層と前記第1層との間に、密着層が積層されている請求項4に記載の放射冷却装置。
【請求項6】
前記第2層における前記第1層の存在側とは反対側に、酸化防止層が積層されている請求項4又は5に記載の放射冷却装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-10-14 
出願番号 P2019-566506
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (G02B)
P 1 651・ 536- YAA (G02B)
P 1 651・ 537- YAA (G02B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 松波 由美子
特許庁審判官 河原 正
関根 洋之
登録日 2021-01-07 
登録番号 6821063
権利者 大阪瓦斯株式会社
発明の名称 放射冷却装置  
代理人 特許業務法人R&C  
代理人 特許業務法人R&C  

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