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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1393079
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-15 
確定日 2022-11-08 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6885724号発明「リチウムイオン二次電池及び正極活物質」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6885724号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜3について訂正することを認める。 特許第6885724号の請求項1〜3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の特許第6885724号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜3に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、平成28年12月28日の出願であって、令和 3年 5月17日にその特許権の設定登録がされ、同年 6月16日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1〜3(全請求項)に係る特許について、令和 3年12月15日に特許異議申立人である浜 俊彦(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
特許異議申立て後の手続きの経緯は、次のとおりである。

令和 4年 3月31日付け:取消理由通知
同年 6月 9日差出:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出

なお、当審は、令和 4年 7月15日付けで、申立人に対し訂正請求があった旨を通知し、期間を指定して意見書の提出を求めたが、申立人から意見書は提出されなかった。

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨、及び訂正の内容
令和 4年 6月 9日差出の訂正請求書により特許権者が行った訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜3について訂正を求めるものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。なお、訂正箇所には、当審が下線を付した。

(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に、
「集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有し、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、一または複数の結晶子を有し、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含む、リチウムイオン二次電池」
とあるのを、
「集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有し、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、複数の結晶子を有し、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2に、
「活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含む、リチウムイオン二次電池。」
とあるのを、
「活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。」
に訂正する。

(3)訂正事項3
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3に、
「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記正極活物質は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含む、正極活物質。」
とあるのを、
「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記正極活物質は、複数の結晶子を有し、
前記正極活物質は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される、正極活物質。」
に訂正する。

2 本件訂正の適否について
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び新規事項追加の有無について
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的
訂正事項1に係る訂正は、本件訂正前の請求項1に記載された「活物質粒子」の態様、及び「正極」の備える特性をそれぞれ限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

(イ)特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、新規事項追加の有無
上記(ア)のとおり、訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載された「活物質粒子」の態様、及び「正極」の備える特性をそれぞれ限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
また、訂正後の請求項1に記載された「前記活物質粒子は、複数の結晶子を有」することは、本願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)の【0039】に記載された事項であり、「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」ことは、本件明細書等の【0024】、【0254】、【0264】〜【0272】に記載された事項であるから、訂正事項1に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正である。

イ 訂正事項2について
(ア)訂正の目的
訂正事項2に係る訂正は、本件訂正前の請求項2に記載された「正極」の備える特性を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

(イ)特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、新規事項追加の有無
上記(ア)のとおり、訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項2に記載された「正極」の備える特性を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
また、訂正後の請求項2に記載された「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」ことは、本件明細書等の【0024】、【0254】、【0264】〜【0272】に記載された事項であるから、訂正事項2に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正である。

ウ 訂正事項3について
(ア)訂正の目的
訂正事項3に係る訂正は、本件訂正前の請求項3に記載された「正極活物質」の態様を限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

(イ)特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、新規事項追加の有無
上記(ア)のとおり、訂正事項3に係る訂正は、本件訂正前の請求項3に記載された「正極活物質」の態様を限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものとはいえない。
また、訂正後の請求項3に記載された「前記正極活物質は、複数の結晶子を有」することは、本件明細書等の【0039】に記載された事項であり、「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」ことは、本件明細書等の【0021】、【0246】、【0247】、【表2】に記載された事項であるから、訂正事項3に係る訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内での訂正である。

(2)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してされているので、訂正事項1〜3について、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

3 本件訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜3について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2の3のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるから、本件訂正請求によって訂正された請求項1〜3に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明3」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その訂正特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有し、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、複数の結晶子を有し、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。

【請求項2】
活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。

【請求項3】
リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記正極活物質は、複数の結晶子を有し、
前記正極活物質は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される、正極活物質。」

第4 特許異議の申立てについて
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証、甲第2号証(以下、単に「甲1」、「甲2」という。)を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1〜3に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

2 申立理由1(新規性
(1)申立理由1−1(取消理由として一部採用)
本件特許の請求項1〜3に係る発明は、甲1に記載された発明であるか、また甲1に記載されているに等しい発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)申立理由1−2(取消理由として採用)
本件特許の請求項1〜3に係る発明は、甲2に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲1:特開2016−41659号公報
甲2:特開2012−74366号公報

3 令和 4年 3月31日付け取消理由通知における取消理由の概要
本件訂正前の請求項1〜3に係る特許に対して、当審が令和 4年 3月31日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

(1)取消理由1−1(新規性(申立理由1−1の一部に対応))、取消理由2−1(進歩性(職権により追加))
本件訂正前の請求項3に係る発明は、甲1に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
また、本件訂正前の請求項1、2に係る発明は、甲1に記載された発明及び周知技術に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
さらに、本件訂正前の請求項3に係る発明は、甲1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)取消理由1−2(新規性(申立理由1−2に対応))、取消理由2−2(進歩性(職権により追加))
本件訂正前の請求項1〜3に係る発明は、甲2に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。
また、本件訂正前の請求項1〜3に係る発明は、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

第5 甲1、甲2の記載事項
1 甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
(1)甲1の記載事項
本願の出願前に公知となった甲1には、以下の記載がある。(下線は当審が付した。「・・・」は、省略を表す。以下、同様。)

「【0001】
本発明は、化学量論的に制御されたリチウム含有量を有するコアと電子絶縁性表面とを有する高電圧安定性で高密度のリチウム金属酸化物粉末状化合物に関する。これらの化合物は、改善された高電圧電気化学的な性能および改善されたエネルギー密度を得るためにMg、Ti、およびAlなどの周知の元素を含むことができる。これらの材料の製造方法も開示される。本発明のリチウム遷移金属酸化物粉末は、再充電可能なリチウム電池中のカソード活物質として使用することができる。」

「【0008】
・・・本発明の目的の1つは、高充填密度、高レート性能、改善された放電容量を有し、高性能二次電池用途において高充電電圧で長期間のサイクル中に高い安定性を示すカソード材料を見いだすことである。」

「【0025】
本発明は、高充填密度、高レート性能、改善された放電容量を有し、高充電電圧で長期間サイクルを行う間に高い安定性を示すカソード材料を開示する。これは、粉末状リチウム金属酸化物であって、Li、金属M、および酸素の元素からなるコア材料であって、Li含有量が化学量論的に制御されるコア材料と;コア材料の元素、または無機N系酸化物、またはそれらの組み合わせの混合物からなる電子絶縁性表面層であって、Nは、Mg、Ti、Fe、Cu、Ca、Ba、Y、Sn、Sb、Na、Zn、Zr、およびSiからなる群のいずれか1種類以上の金属である表面層とからなる、粉末状リチウム金属酸化物によって実現される。
【0026】
一実施形態においては、本発明の材料のコアは、式Li1.00±0.01MO2で表され、Mは、式M=Co1−aM’aで表され、0≦a≦0.05であり、M’は、Al、Ga、およびBからなる群のいずれか1種類以上の金属であり、Li:Mのモル比は、化学量論的に制御され1.00±0.01である。別の一実施形態においては、コア材料は六角形層状結晶構造を有し、空間群R−3mを有する規則的な岩塩型結晶構造と説明される。コアは、酸素空孔、およびMO2層中のMのLiによる置換などの構造欠陥を実質的に有さないを有さない場合があり、Co2+、中間スピンCo3+およびCo4+などの常磁性金属を実質的に含有しない場合もある。」

「【0028】
表面層は、コアと比較して不均一な組成を有し、異なるM、M’、Li、およびO元素の組成勾配を有する。表面は、Mg、Ti、Fe、Cu、Ca、Ba、Y、Sn、Sb、Na、Zn、Zr、およびSiなどの元素Nに富んでおり、一実施形態においては、これらの金属ドーパントがコアから分離して粒子表面に蓄積することによって形成される。コア中には、これらのドーパントは実質的に存在しない。本発明者らは、表面に形成された酸化物の化学的性質を明確に確立できておらず、したがって、たとえばMg、Si、およびTiのドーピングの場合、可能な形態としては、限定するものではないが、LiMO2、MgO、CoO、Co1−φMgφO(φ≦1)、Co3O4、MgδCo3−δO4(δ≦1)、TiO2、Li2TiO3、SiO2、LiεSiλOπ(2≦ε≦8、1≦λ≦2、および3≦π≦7)などになると推測される。これらの仮定は、Co、Mg、およびTiに関して観察される化学シフトが、酸素環境に典型的なものとなるXPS実験によって支持され、前述の酸化物の粒子が低導電率であることから強い絶縁体であると推測される。表面層が、コア材料の元素(Li、M、O)および無機N系酸化物の混合物からなると記載される場合、「N系」酸化物は、Li原子を含むそれらの酸化物をも意味する。
【0029】
表面は、コアに緻密かつ連続に連結しており、粒子から物理的に分離することができない。したがって、別の一実施形態においては、N金属中の濃度は、表面からの距離が増加するとともに減少し、場合によってはある勾配で減少し、粒子の内側では0に近づく。粒子のNに富む表面は、さらに2つの予期せぬ性質を特徴とする:
(i)表面は、LiOHおよびLi2CO3などのリチウム塩を実質的に含有しない。このような特徴は、膨れ特性および貯蔵特性が顕著に改善されるため、高性能ポリマーセルまたは角柱型セルなどの高密度高電圧用途に特に望ましい。
(ii)驚くべきことに、Nに富む表面粒子は、電子絶縁性をも特徴とする。本発明者らは、酸化したN系化学種の蓄積が、低い電子伝導率に関与し、電解質から物理的に分離され、望ましくない副反応がさらに防止されると推測している。
【0030】
表面層は、通常20nm〜200nmの間、好ましくは20nm〜100nmの間の厚さであり、主として以下の2つの要因の影響を受ける:
(i)N含有量:N含有量が増加すると、厚さが増加する。
(ii)粉末材料の粒度分布。特定の量のNで粒度が低いと、表面層が薄くなる。層が厚すぎると、分極が増加し、最終的にレート性能が低下するため、望ましくない。逆に、層が薄すぎることも、電解質の遮蔽が不十分となり、寄生反応防止の有効性が低くなるので、有利ではない。」

「【0064】
実施例1:
実施例1および2の特性決定により、Li化学量論が制御されたLiCoO2系カソード材料、すなわちLi/Co比が1.00±0.01であり、Li原子が三価の反磁性金属に取り囲まれた1つの場所を占めるコアを含み、コア材料の元素(Li、Co)とMgおよびTiを含む無機金属酸化物とを含む電子絶縁性表面を有するカソード材料が、高電圧用途で改善された特徴を示すことを実証する。
【0065】
LCO−1の調製:国際公開第2010−139404号パンフレットで説明される方法により、パイロットラインで0.25mol%のチタンと0.5mol%のマグネシウムとでドープされたCo(OH)2をLiCoO2の前駆体として調製する。前駆体をLi2CO3と混合することによって、標準的な高温固相合成(=第1の焼成ステップ)により、最先端のチタンおよびマグネシウムでドープされたLiCoO2(LCO−1と記載)が得られる。Li2CO3−ドープされたCo(OH)2のブレンド中に使用される典型的なLi:Coモル比は1.06〜1.12である。LCO−1の平均粒度は20μmである。ICPによって測定される焼成後のLCO−1の最終Li:Coモル比は1.053であり、これが実施例1および2のLi:Co比を求めるために使用される。LCO−1は、実施例1および実施例2のリチウムドープされたコバルト酸化の「親」とも記載される。
【0066】
実施例1(Ex1と記載)の調製:95mol%のLCO−1、および0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとドープされた5mol%のCo(OH)2(それぞれ95.24重量%および4.76重量%に相当)を、最終Li:Coモル比1.000を目標として混合する。LCO−1およびCo(OH)2におけるコバルト重量含有率がそれぞれ60.21重量%および63.40重量%と仮定して試薬の重量を計算すると、Li:Coの計算において0.2%未満の絶対誤差となる。得られた均一混合物をアルミナるつぼに入れ、一定空気流下925℃で12時間加熱する(=第2の焼成ステップ)。冷却後、得られた粉末(Ex1)をふるい分けし、特性決定を行う。Ex1の平均粒度は20μmであることが分かった。
【0067】
実施例2:
実施例2(Ex2と記載)の調製:94mol%のLCO−1、および0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた6mol%のCo(OH)2(それぞれ94.28重量%および5.72重量%に相当)を、最終Li:Coモル比0.990±0.002を目標として混合する。得られた均一混合物をアルミナるつぼに入れ、一定空気流下925℃で12時間加熱する。冷却後、得られた粉末(Ex2)をふるい分けし、特性決定を行う。Ex2の平均粒度は20μmであることが分かった。」

「【0080】
XRD分析
X線回折によって、リチウムコバルト系酸化物の結晶構造を調べた。LCO−1および実施例1のXRDパターンを図2に示す。すべてのピークは、層状LiCoO2相に典型的なa=2.815Åおよびc=14.05Åの通常の格子パラメータを有する菱面体セルを用いて、R−3m空間群に帰属される。不純物相、すなわちコバルト系酸化物Co3O4およびCoOは観察されない。」

「【0086】
X線光電子分光(XPS)分析
LCO−1およびEx1の粒子表面の化学組成を、XPSによって調べた。フルスケールのXPSスペクトルを図4aおよびbに示しており、LCO−1およびEx1の定量的結果を表3に示している。
【0087】
【表4】



「【0092】
粒子の深さの関数としてのMgおよびTiの展開を、図8に示すようにXPS深さプロファイリングによって、Ex−1(当審注:Ex1の誤記と認められる。)に関して監視した。MgおよびTiの濃度は、粒子の最初の50nmで急速に低下する。MgおよびTiの量は、予想されるように、長時間のエッチング後でさえも0まで減少しない。これはアルゴンイオンスパッタリングの副作用によるものであり、アルゴンイオンがサンプルの内側深くまで注入されるために、次の層の原子と強制的に混合される。Ex1のMgおよびTiの含有量がLCO−1よりも多いことと、深さプロファイリング実験とから、その場コーティング機構が示唆され、その機構によって、Li:Co平衡(第2の)焼成中に、MgおよびTiがコバルト酸リチウムバルク構造から放出され、LiCoO2粒子表面に酸化形態で蓄積する。MgおよびTiのその場分離機構は、導電率測定によってさらに明らかとなるであろう。」

「【0111】
電気化学的性能
実施例1〜4の電気化学的性能を表7に示す。予期せぬことに、電気化学的性質は、LCO−1、LCO−3、およびLCO−4よりも改善される。4.3Vにおいて、Ex1、Ex2、Ex3、およびEx4は、非常に小さい不可逆容量を示し、LCO−1、LCO−3、およびLCO−4よりも良好なレート性能を示す。Ex1、Ex2、Ex3、およびEx4の4.5Vの高電圧性能が向上し、非常に高い容量および非常に良好なサイクル寿命を特徴とする。Ex1、Ex2、Ex3、およびEx4の4.6Vの性能は、1Cにおける40%未満の容量低下が例外的であり、本発明者らの知る限りでは、文献に匹敵するものはない。これらのデータは、7LiMAS NMRによって示される比較的低い欠陥濃度と、化学量論的に制御されたLiCo1−xMxO2の改善された高電圧特性との間で完全な相関を示している。
【0112】
4.5Vおよび4.6Vの場合の0.1CにおけるEx1、Ex2、Ex3のおよびEx4のエネルギー密度は、圧縮密度、平均電圧、および放電容量の積で定義され、それぞれLCO−1、LCO−2、およびLCO−3と比較して向上している。高エネルギー密度と改善されたサイクル寿命とが結び付いたことで、Ex1、Ex2、Ex3、およびEx4は、携帯型エレクトロニクスなどの用途に好適となる。Ex4の容量低下は、LCO−4と比較して顕著に改善されているが、Ex1、Ex2、およびEx3よりは大きいことに注目される。この作用は、Ex4の粒度が低いことの直接的な結果であり、加えられたMgおよびTiの量はすべてのサンプルで同様であるため、粒度が低いと表面層が薄くなり、電解質分解に対する保護が不十分になる。
【0113】
【表8】



「【図2】



「【図8】



(2)甲1の【0066】の記載事項の検討
ア 甲1の【0066】には、「0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとドープされた5mol%のCo(OH)2」と記載されている。

イ ここで、上記アの記載は、「ドープされた5mol%のCo(OH)2」とは何がドープされているのか明らかでなく、日本語として不明瞭なものとなっている。

ウ 一方、ドープされたCo(OH)2に関する同種の記載として、甲1には「0.25mol%のチタンと0.5mol%のマグネシウムとでドープされたCo(OH)2」(【0065】)、「0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた6mol%のCo(OH)2」(【0067】)の記載がある。

エ そうすると、上記ウの記載に照らせば、【0066】の「0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとドープされた5mol%のCo(OH)2」は「0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた5mol%のCo(OH)2」の誤記であると認められる。

オ したがって、以下の検討は、上記エの誤記が存在することを前提に行うこととする。

(3)甲1に記載された発明
上記(1)、(2)の記載事項を総合勘案し、特に【0001】、【0064】〜【0066】、【0080】、【0086】、【0087】【表4】のF(フッ素)の行、【0092】、【図8】のEx1に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。

<甲1発明>
リチウム二次電池中のカソード活物質として使用可能であるLiCoO2系カソード材料であって、
チタンおよびマグネシウムでドープされたLiCoO2であるLCO−1を95mol%、および0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた5mol%のCo(OH)2を混合し、得られた混合物を焼成して得られた粉末であり、
X線回折によりXRDパターンが確認され、
XPSにより上記粉末の粒子表面にフッ素0.4原子%が確認され、
XPS深さプロファイリングによってチタン及びマグネシウムの濃度が当該カソード材料の粒子表面から深さ方向にかけて減少していることが確認され、
電気化学的性能が評価された、LiCoO2系カソード材料。

2 甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
(1)甲2の記載事項
本願の出願前に公知となった甲2には、以下の記載がある。

「【0001】
本発明は、コバルト酸リチウム、特に、リチウム二次電池用正極活物質として有用なコバルト酸リチウム、その製造方法、リチウム二次電池用正極活物質及びそれを用いるリチウム二次電池に関するものである。」

「【0008】
従って、本発明の目的は、リチウム二次電池の容量を高くし且つ容量維持率を高くすることができるコバルト酸リチウムを提供することにある。」

「【0018】
本発明のコバルト酸リチウムは、下記式(1):
LixCoO2(1)
で表わされるコバルト酸リチウム、又は金属原子Mを含有する前記一般式(1)で表されるコバルト酸リチウムである。」

「【0020】
本発明のコバルト酸リチウムが金属原子Mを含有する場合、コバルト酸リチウムが含有する金属原子Mは、Coを除く遷移金属原子又は原子番号9以上の金属原子から選択される1種以上の金属原子であり、例えば、Mg、Al、Si、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Zn、Ga、Sr、Zr、Nb、Mo、W及びBiから選択される1種又は2種以上の金属原子である。これらの金属原子Mのうち、Mg及びTiが、リチウム二次電池の容量維持率及び平均作動電圧等の電池性能を向上させることができる観点から好ましい。特に、金属原子Mが、少なくともMg及びTiの組み合わせであること、すなわち、コバルト酸リチウムがMg及びTiの両方の金属原子を含有することが、リチウム二次電池の容量維持率及び平均作動電圧等の電池性能の向上効果がいっそう高まる点で好ましい。」

「【0022】
また、本発明のコバルト酸リチウムが、MgとTiの両方の金属原子を含有する場合、Ti/Mgのモル比(原子換算のモル比)は、好ましくは0.1〜4.0、特に好ましくは0.2〜2.0である。Ti/Mgのモル比が上記範囲にあることにより、Mg原子とTi原子を含有することによる容量維持率及び平均作動電圧等の電池性能の向上効果がいっそう高まる点で好ましい。

「【0024】
なお、本発明のコバルト酸リチウムのうち、金属原子Mを含有するコバルト酸リチウムの場合、金属原子Mは、コバルト酸リチウムに固溶して粒子内部に存在していてもよく、あるいは、コバルト酸リチウムの粒子(一次粒子又は二次粒子)の表面上に酸化物、硫酸塩、リチウム化物(例えば、リチウムとMとの複合酸化物)の形態で存在していてもよい。」
【0025】
更に、本発明のコバルト酸リチウムは、後述する本発明のコバルト酸リチウムの製造方法において、原料に由来するフッ素等のハロゲンを、コバルト酸リチウムの粒子内部及び/又は粒子表面に含有していてもよい。」

「【0092】
金属原子Mを有する化合物としては、マグネシウム原子を有する化合物、チタン原子を有する化合物が好ましく、特に、フッ化マグネシウム、酸化チタンが、優れた電池性能を有するリチウム二次電池が得られる観点から好ましい。金属原子Mを有する化合物として、フッ化マグネシウムを用いることで、Mg原子とF原子の相乗効果により容量維持率を向上させることができる。金属原子Mを有する化合物として、酸化チタン(TiO2)を用いることで、Ti原子の作用により平均作動電圧を向上させることができる。」

「【0099】
また、原料混合工程において、金属原子Mを有する化合物を混合して、反応工程を行って得られる金属原子Mを含有するコバルト酸リチウムは、種々の電池性能を向上させることができる。金属原子Mを含有する化合物として、マグネシウム原子を有する化合物及び/又はチタン原子を有する化合物を用いることより、容量維持率、平均作動電圧等の電池性能を高くすることができる。特に、金属原子Mを含有する化合物として、フッ化マグネシウムを用いることにより、マグネシウム原子を、コバルト酸リチウムの粒子内部に固溶して含有させることができ、そして、このとき優先的にコバルト酸リチウムの粒子表面に酸化物として存在し、また、フッ素原子も、コバルト酸リチウムに含有させることができるので、Mg原子とF原子の相乗効果により容量維持率を高くすることができる。
【0100】
また、金属原子Mを有する化合物として、酸化チタン(TiO2)を用いることにより、チタン原子をコバルト酸リチウムの粒子表面から深さ方向に存在させることができ、そして、このときチタン原子の濃度が粒子表面で最大となる濃度勾配となるので、Ti原子の作用により平均作動電圧を高くすることができる。また、コバルト酸リチウムの粒子表面に高濃度で存在するTi原子が、Li2TiO3であると、レート特性等の電池性能がいっそう高くなる点で好ましい。そして、金属原子Mを有する化合物として、Mg原子を有する化合物とTi原子を有する化合物の両方の化合物を用いることにより、容量維持率及び平均作動電圧がいっそう高いリチウム二次電池を得ることができる。
【0101】
本発明のコバルト酸リチウムは、リチウム二次電池の正極活物質として、優れた性能を発揮するので、リチウム二次電池用正極活物質として用いられる。
【0102】
そして、本発明のリチウム二次電池用正極活物質は、本発明のコバルト酸リチウムを含有する。本発明のリチウム二次電池用正極活物質中の本発明のコバルト酸リチウムの含有量は、95.0〜100.0質量%、好ましくは97.0〜99.5質量%である。
【0103】
また、本発明のリチウム二次電池は、本発明のコバルト酸リチウムを、リチウム二次電池用正極活物質として用いるリチウム二次電池であり、正極、負極、セパレータ、及びリチウム塩を含有する非水電解質からなる。
・・・
【0105】
本発明のリチウム二次電池に係る正極は、例えば、正極集電体上に正極合剤を塗布乾燥等して形成されるものである。正極合剤は、正極活物質、導電剤、結着剤、及び必要により添加されるフィラー等からなる。本発明のリチウム二次電池は、正極に、本発明のリチウム二次電池用正極活物質が均一に塗布されている。このため本発明のリチウム二次電池は、電池性能が高く、特に、負荷特性及びサイクル特性が高い。」

「【0122】
<水酸化コバルト製造用の原料水溶液の調製>
(1)コバルト水溶液1
工業用の硫酸コバルト7水和物425.5gと、グリシン5.7gとを、水に溶解させ、更に水を添加して全量を1Lにして、コバルト水溶液1を調製した。このとき、コバルト水溶液1中のコバルトイオン濃度は、原子換算で1.5モル/Lであり、グリシン濃度は0.075モル/Lであり、原子換算のコバルト1モルに対してグリシンは0.050モルであった。
・・・
(6)初期張込液1
グリシン1.4gを、水に溶解させ、更に水を添加して全量を0.35Lにして、初期張込液1を調製した。このとき、初期張込液1中のグリシン濃度は0.054モル/Lであった。」

「【0123】
(合成例1〜9)
<水酸化コバルトの製造>
2Lの反応容器に、0.35Lの初期張込液を入れ、表1に示す反応温度に加熱した。
次いで、反応容器中の反応液(初期張込液)を、表1に記載の撹拌速度で撹拌しながら、反応容器に対して、反応液のpHが表1の記載のpHとなるように、コバルト水溶液とアルカリ水溶液とを、表1に示す反応温度及び滴下時間で滴下し、中和反応を行った。
中和反応後、反応液を冷却し、次いで、生成物をろ過及び水洗し、次いで、70℃で乾燥して、水酸化コバルトを得た。」

「【0124】
【表1】



「【0126】
<マグネシウム原子を有する化合物試料A>
マグネシウム原子を有する化合物として、平均粒子径6.0μmのMgF2(ステラ社製)を使用した。
【0127】
<チタン原子を有する化合物試料B>
チタン原子を有する化合物として、平均粒子径0.3μmのTiO2(昭和電工社製、商品名:F1)を使用した。」

「【0130】
(実施例4〜10、比較例5〜11)
<コバルト酸リチウムの製造>
上記で得られた水酸化コバルトと、炭酸リチウムとを、表4に示すLi/Coモル比で秤量し、更に、マグネシウム原子を有する化合物試料A及びチタン原子を有する化合物試料Bを、生成するコバルト酸リチウム中のMg原子及びTi原子の含有量が、表4に示すMg原子及びTi原子の質量%となるように秤量し、これらを混合し、次いで、表4に示す反応温度で加熱し、金属原子Mを含有するコバルト酸リチウムを製造した。」

「【0131】
【表4】



「【0133】
また、実施例5で得られたMg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウムについて、エックス線光電子分光(XPS)分析により、表面をアルゴンでエッチングしていき、深さ方向でMgピークとTiピークを測定した。その結果を図22に示す。
・・・
図22の結果より、Ti原子はコバルト酸リチウムの粒子内部から粒子表面にかけて存在し、且つTi原子の濃度が粒子表面で最大濃度となる濃度勾配を有していることが分かる。
【0134】
また、実施例5で得られたMg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウムの粒子をカットして粒子断面を電界放出形電子プローブマイクロアナライザ(FE−EMPA)(装置名;JXA8500F日本電子 測定条件;加速電圧15kV、倍率3000、照射電流4.861e−08A)で、Ti原子をマッピング分析した。FE−EPMAのマッピング分析の結果、Ti原子は粒子内部及び粒子表面に存在し、特に粒子表面では高濃度で存在していることが確認された。」

「【0136】
従って、実施例5及び実施例7のMg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウムにおいて、Ti原子はコバルト酸リチウムの粒子表面から深さ方向に存在し、且つTi原子の濃度が粒子表面で最大となる濃度勾配を有することが確認された。
【0137】
また、実施例5及び実施例7のMg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウムを、線源としてCuKα線を用いてX回折(当審注:「X線回折」の誤記であると解される。)(XRD)分析することにより、2θ=20.5°のLi2TiO3の回折ピークの存在の有無を確認した。
その結果、実施例5及び実施例7においてLi2TiO3の回折ピークが確認された。
【0138】
以下のようにして、電池性能試験を行った。
<リチウム二次電池の作製>
実施例1〜11及び比較例1〜11で得られたコバルト酸リチウム又はM原子を含有するコバルト酸リチウム91重量%、黒鉛粉末6重量%、ポリフッ化ビニリデン3重量%を混合して正極剤とし、これをN−メチル−2−ピロリジノンに分散させて混練ペーストを調製した。該混練ペーストをアルミ箔に塗布したのち乾燥、プレスして直径15mmの円盤に打ち抜いて正極板を得た。
この正極板を用いて、セパレーター、負極、正極、集電板、取り付け金具、外部端子、電解液等の各部材を使用してコイン型リチウム二次電池を製作した。このうち、負極は金属リチウム箔を用い、電解液にはエチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートの1:1混練液1リットルにLiPF61モルを溶解したものを使用した。
次いで、得られたリチウム二次電池の性能評価を行った。」

「【0141】
<電池の性能評価>
作製したコイン型リチウム二次電池を室温で下記試験条件で作動させ、下記の電池性能を評価した。
(1)サイクル特性評価の試験条件
先ず、0.5Cにて4.5Vまで2時間かけて充電を行い、更に4.5Vで3時間電圧を保持させる定電流・定電圧充電(CCCV充電)を行った。その後、0.2Cにて2.7Vまで定電流放電(CC放電)させる充放電を行い、これらの操作を1サイクルとして1サイクル毎に放電容量を測定した。このサイクルを20サイクル繰り返した。」

「【図22】



(2)甲2に記載された発明
上記(1)の記載事項を総合勘案し、特に【0126】、【0130】、【0131】【表4】の実施例5、【0133】、【0134】、【0136】〜【0138】、【図22】に着目すると、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。

<甲2物質発明>
水酸化コバルトと、炭酸リチウムと、MgF2と、TiO2を混合して加熱することで製造された、Mg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウムであって、
コバルト酸リチウムは、エックス線光電子分光(XPS)分析により、Ti原子はコバルト酸リチウムの粒子内部から粒子表面にかけて存在し、且つTi原子の濃度が粒子表面で最大濃度となる濃度勾配を有しており、
X線回折(XRD)分析することにより、Li2TiO3の回折ピークが確認され、
正極剤に用いられる、コバルト酸リチウム。

<甲2電池発明>
甲2物質発明のコバルト酸リチウム91重量%、黒鉛粉末6重量%、ポリフッ化ビニリデン3重量%を混合した正極剤から調整された混練ペーストをアルミ箔に塗布したのち乾燥、プレスして打ち抜いて得られた正極板を備え、
負極は金属リチウム箔を用い、電解液にはエチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートの1:1混練液1リットルにLiPF61モルを溶解したものを使用したコイン型リチウム二次電池であって、
作製したコイン型リチウム二次電池の性能が評価された、コイン型リチウム二次電池。

第6 当審の判断
1 申立理由1−1及び取消理由1−1、2−1について
(1)本件発明1についての検討
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
(ア)甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」は、粉末かつ粒子表面を有する粒子であって、チタン及びマグネシウムを含んでいるから、本件発明1の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含」む「活物質粒子」に相当する。

(イ)甲1発明の「XPSにより上記粉末の粒子表面にフッ素」「が確認され」たことは、本件発明1の「前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」ことと、外側の領域に「フッ素を含む」という点で共通する。

(ウ)甲1発明の「X線回折によりXRDパターンが確認され」たことは、XRDパターンが結晶子に由来して発現することは技術常識であるから、本件発明1の「前記活物質粒子は、複数の結晶子を有」することと、「結晶子を有」するという点で共通する。

(エ)してみると、本件発明1と甲1発明とは、

「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
結晶子を有し、
さらに外側の領域にフッ素を含む、活物質粒子を含むもの。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1−1−1)本件発明1は「前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点1−2−1)本件発明1は「集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有」するのに対し、甲1発明は「リチウム二次電池中のカソード活物質として使用可能である」「粉末」状の「カソード材料」である点。

(相違点1−3−1)本件発明1は「活物質粒子」が「複数の結晶子」を有するのに対し、甲1発明の粉末を構成する各粒子は「結晶子」を「複数」有するか明らかではない点。

(相違点1−4−1)本件発明1は「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」のに対し、甲1発明は「LiCoO2系カソード材料」の「電気化学的特性が評価され」ているものの、そのような特定がされていない点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点1−4−1についてまず検討する。
(ア)まず、相違点1−4−1が実質的な相違点であるかどうか検討する。
a 本件明細書等の【0211】〜【0277】、【表1】〜【表3】、図3、図21〜23の記載によれば、本件明細書等の実施例においては、マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程によって得られた正極活物質として機能する活物質粒子を、アセチレンブラックとポリフッ化ビニリデン(PVDF)(ソルベイ社製、製品名;GE51305)と95:3:2(重量比)で混合したスラリーをアルミニウム箔の集電体に塗工して得られた正極を用いて、負極にはリチウム金属を、電解液には、電解質に1mol/Lの六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)を用い、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)がEC:DEC=3:7(体積比)で混合されたものに、ビニレンカーボネート(VC)を2重量%添加したものを用いることにより、「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」というサイクル特性を得ていると認められる。

b 一方、甲1発明では、チタンおよびマグネシウムでドープされたLiCoO2であるLCO−1を95mol%、および0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた5mol%のCo(OH)2を混合し、得られた混合物を焼成するという製造工程によって得られたLiCoO2系カソード材料を用いて電気化学的性能の評価を行っているが、電気化学的特性の評価において、LiCoO2系カソード材料以外の正極を構成する材質や、負極や電解液の材質について特定されていない。

c してみると、甲1発明は、
(a) LiCoO2系カソード材料の製造方法において「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行う」工程を有さない点
(b) 電気化学的特性の評価において、LiCoO2系カソード材料以外の正極を構成する材質や、負極や電解液の材質について特定されていない点
で、本件明細書等の実施例とは異なるものである。

d 上記c(a)について検討すると、本件明細書等の【0043】、【0055】、【0245】、【0251】、【0261】における「リチウム、金属元素M1および酸素を含む複合酸化物の粒子、たとえばリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)は、粒子中に酸素欠損を有するために物質移動が特に促進されやすい。そのため、ゾルゲル法により被覆される酸化チタンがクラックを修復しやすい。」、「処理後の活物質粒子100はクラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造となっており、活物質粒子内の結晶構造の安定性が向上するため、充放電サイクルがより向上する。」、「チタンを含む層を形成し、加熱を行うことで、クラックおよび表面積の少ない、比較的表面が滑らかな正極活物質100を作製できることが明らかとなった。」、「本実施例のようにチタンを有する層を被覆し加熱することで、(003)面等に起因するクラックをはじめとする欠陥が修復されていることが推測された。」、「マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、チタンを含む被覆層を形成した正極活物質であるサンプル21は、極めて良好なサイクル特性を示した。これは、マグネシウムが表層部に偏析したサンプル22、およびチタンを含む被覆層だけを形成したサンプル23を上回る特性であった。」との記載を勘案すれば、上記「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成」する工程を有することは、本件発明1に規定された「正極」が「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」という相違点1−4−1に係る特性を満たすための重要な要素であると認められるため、この点において、甲1発明のLiCoO2系カソード材料を正極に用いたとしても、本件発明1に規定された相違点1−4−1に係るサイクル特性を満たすとは直ちにいえない。

e また、上記c(b)について検討すると、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が正極、負極及び電解液の材質によって変化することは技術常識であるから、この点において、甲1発明のLiCoO2系カソード材料を正極に用いたとしても、本件発明1に規定された相違点1−4−1に係るサイクル特性を満たすとは直ちにいえない。

f 以上のことから、相違点1−4−1は実質的な相違点である。

(イ)次に、相違点1−4−1の容易想到性について検討する。
a 上記第5の1に摘記した甲1の記載事項を参照しても、甲1発明におけるLiCoO2系カソード材料を用いた正極を備えた二次電池が相違点1−4−1に係るサイクル特性を満たすようにすることを示唆する記載は見当たらない。

b また、上記第5の2に摘記した甲2の記載事項を参照しても、甲1発明におけるLiCoO2系カソード材料を用いた正極を備えた二次電池が相違点1−4−1に係るサイクル特性を満たすようにすることを動機付けるような記載を見いだせない。

c さらに、本件明細書等の【0033】の「活物質粒子のクラックの大きさを小さくし、クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造とすることで活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上する。」との記載を考慮すると、本件発明1が上記相違点1−4−1に係る特定事項を備えることにより、正極に用いられる活物質粒子がゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程を経ることによって、活物質粒子が「クラックをはじめとする欠陥が修復され」(【0251】)「クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造」(【0241】)となるから、活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上するとの効果が奏されると認められるところ、甲1発明や甲2の記載事項からこのような効果を予測することは困難であるといえる。

d したがって、甲1発明において、上記相違点1−4−1に係る発明特定事項を備えるものとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点1−1−1、1−2−1、1−3−1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2についての検討
ア 本件発明2と甲1発明の対比
本件発明2と甲1発明を対比する。
(ア)甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」は、粒子であって、チタン及びマグネシウムを含んでいるから、本件発明2の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む活物質粒子」に相当する。

(イ)甲1発明の「XPSにより上記粉末の粒子表面にフッ素」「が確認され」たことは、本件発明2の「前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」ことと、外側の領域に「フッ素を含む」という点で共通する。

(ウ)してみると、本件発明2と甲1発明とは、

「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
さらに外側の領域にフッ素を含む、活物質粒子を含むもの。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1−1−2)本件発明2は「前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点1−2−2)本件発明2は「活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池」であるのに対し、甲1発明は「リチウム二次電池中のカソード活物質として使用可能である」「粉末」状の「カソード材料」である点。

(相違点1−3−2)本件発明2は「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」のに対し、甲1発明は「LiCoO2系カソード材料」の「電気化学的特性が評価され」ているものの、そのような特定がされていない点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点1−3−2についてまず検討する。
(ア)相違点1−3−2は、上記(1)イ(ア)で相違点1−4−1について検討したのと同様の理由で、実質的な相違点である。

(イ)また、上記(1)イ(イ)で相違点1−4−1について検討したのと同様の理由で、甲1発明において、上記相違点1−3−2に係る発明特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点1−1−2、1−2−2について検討するまでもなく、本件発明2は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明3についての検討
ア 本件発明3と甲1発明の対比
本件発明3と甲1発明を対比する。
(ア)甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」は、チタン及びマグネシウムを含んでいるから、本件発明3の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質」に相当する。

(イ)甲1発明の「X線回折によりXRDパターンが確認され」たことは、XRDパターンが結晶子に由来して発現することは技術常識であるから、本件発明3の「前記正極活物質は、複数の結晶子を有」することと、「結晶子を有」するという点で共通する。

(ウ)甲1発明の「XPSにより上記粉末の粒子表面にフッ素」「が確認され」たことは、本件発明3の「前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」ことと、外側の領域に「フッ素を含む」という点で共通する。

(エ)してみると、本件発明3と甲1発明とは、

「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
結晶子を有し、
さらにフッ素を含む、正極活物質。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1−1−3)本件発明3は「前記正極活物質は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲1発明の「LiCoO2系カソード材料」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点1−2−3)本件発明3は「複数の結晶子」を有し、「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」ものであるのに対し、甲1発明は「結晶子」を「複数」有するか明らかではなく、結晶子の大きさも不明である点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑み、相違点1−2−3についてまず検討する。
(ア)まず、相違点1−2−3が実質的な相違点であるかどうか検討する。

a 本件明細書等の【0211】〜【0251】、【表1】、【表2】、図3の記載によれば、本件明細書等の実施例においては、マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程によって、「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される、正極活物質」を得ていると認められる。

b 一方、甲1発明では、チタンおよびマグネシウムでドープされたLiCoO2であるLCO−1を95mol%、および0.25mol%のTiと0.5mol%のMgとでドープされた5mol%のCo(OH)2を混合し、得られた混合物を焼成するという製造工程によってLiCoO2系カソード材料が製造されている。

c してみると、甲1発明は、LiCoO2系カソード材料の製造方法において、「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行う」工程を有さない点で、本件明細書等の実施例とは異なるものである。

d また、本件明細書等の【0043】、【0245】、【0248】、【0249】、【0251】における「リチウム、金属元素M1および酸素を含む複合酸化物の粒子、たとえばリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)は、粒子中に酸素欠損を有するために物質移動が特に促進されやすい。そのため、ゾルゲル法により被覆される酸化チタンがクラックを修復しやすい。」、「チタンを含む層を形成し、加熱を行うことで、クラックおよび表面積の少ない、比較的表面が滑らかな正極活物質100を作製できることが明らかとなった。」、「図2に示すように、チタンを有する層を被覆し加熱を行ったサンプル11は、他のサンプルと比較して、結晶子が大きくなる傾向が見られた。」、「クラックが多いほど結晶性が低くなるため結晶子サイズは小さくなり、クラックが少ないほど結晶性が高くなるため結晶子サイズが大きくなると考えられる。」、「本実施例のようにチタンを有する層を被覆し加熱することで、(003)面等に起因するクラックをはじめとする欠陥が修復されていることが推測された。」との記載を勘案すれば、上記「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成」する工程を有することは、本件発明3に規定された「正極活物質」が「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」という相違点1−2−3に係る特性を満たすための重要な要素であると認められるため、この点において、甲1発明のLiCoO2系カソード材料が、本件発明3に規定された相違点1−2−3に係る特性を満たすとは直ちにいえない。

e さらに、甲1の【0080】及び図2ではX線回折に用いるX線の波長が記載されておらず不明であるため、甲1発明においては結晶子の大きさを算出することができない。そのため、この点においても、甲1発明のLiCoO2系カソード材料が、本件発明3に規定された「正極活物質」が「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」という相違点1−2−3に係る特性を満たすとは直ちにいえない。

f よって、相違点1−2−3は実質的な相違点である。

(イ)次に、相違点1−2−3の容易想到性について検討する。
a 上記第5の1に摘記した甲1の記載事項を参照しても、甲1発明におけるLiCoO2系カソード材料が相違点1−2−3に係る特性を満たすようにすることを示唆する記載は見当たらない。

b また、上記第5の2に摘記した甲2の記載事項を参照しても、甲1発明におけるLiCoO2系カソード材料が相違点1−2−3に係る特性を満たすようにすることを動機付けるような記載を見いだせない。

c さらに、本件明細書等の【0033】の「活物質粒子のクラックの大きさを小さくし、クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造とすることで活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上する。」との記載を考慮すると、本件発明3が上記相違点1−2−3に係る特定事項を備えることにより、正極活物質である活物質粒子がゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程を経ることによって、活物質粒子が「クラックをはじめとする欠陥が修復され」(【0251】)「クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造」(【0241】)となるから、活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上するとの効果が奏されると認められるところ、甲1発明や甲2の記載事項からこのような効果を予測することは困難であるといえる。

d したがって、甲1発明において、上記相違点1−2−3に係る発明特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点1−1−3について検討するまでもなく、本件発明3は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)申立理由1−1及び取消理由1−1、2−1についての小括
以上のとおり、本件発明1〜3は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また甲1に記載された発明、及び甲2の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 申立理由1−2及び取消理由1−2、2−2について
(1)本件発明1についての検討
ア 本件発明1と甲2電池発明の対比
本件発明1と甲2電池発明を対比する。
(ア)甲2電池発明の「コイン型リチウム二次電池」は、本件発明1の「リチウムイオン二次電池」に相当する。

(イ)甲2電池発明は甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」を備えるものであるところ、
a 「コバルト酸リチウム」は、粒子内部や粒子表面を有する粒子であって、Mg原子及びTi原子を含有し、正極剤に用いられるものであるから、本件発明1の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む活物質粒子」に相当する。

b 「コバルト酸リチウム」が「X回折(XRD)分析することにより、Li2TiO3の回折ピークが確認され」たことは、回折ピークが結晶子に由来して発現することは技術常識であるから、本件発明1の「前記活物質粒子は、複数の結晶子を有」することと、「結晶子を有」するという点で共通する。

(ウ)甲2電池発明の「アルミ箔」、「塗布したのち乾燥」された「混練ペースト」、及び「正極板」は、コバルト酸リチウムを混合した正極剤から調整された混練ペーストが塗布・乾燥によってアルミ箔上にて層状をなすとともに、混練ペーストに含まれる複数のコバルト酸リチウムがアルミ箔に接触することは明らかであるから、各々、本件発明1の「集電体」、「活物質層」及び「正極」に相当する。

(エ)してみると、本件発明1と甲2電池発明とは、

「集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有し、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、結晶子を有する、
リチウムイオン二次電池。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点2−1−1)本件発明1は「前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲2電池発明が備える甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点2−2−1)本件発明1は「活物質粒子」が「複数の結晶子」を有するのに対し、甲2電池発明は粒子である「コバルト酸リチウム」が「結晶子」を「複数」有するか明らかではない点。

(相違点2−3−1)本件発明1は「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」のに対し、甲2電池発明は正極板と金属リチウム箔を用いた負極が用いられたコイン型リチウム二次電池の性能が評価されているものの、そのような特定がされていない点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点2−3−1についてまず検討する。
(ア)まず、相違点2−3−1が実質的な相違点であるかどうか検討する。
a 本件明細書等の【0211】〜【0277】、【表1】〜【表3】、図3、図21〜23の記載によれば、本件明細書等の実施例においては、マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程によって得られた正極活物質として機能する活物質粒子を、アセチレンブラックとポリフッ化ビニリデン(PVDF)(ソルベイ社製、製品名;GE51305)と95:3:2(重量比)で混合したスラリーをアルミニウム箔の集電体に塗工して得られた正極を用いて、負極にはリチウム金属を、電解液には、電解質に1mol/Lの六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)を用い、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)がEC:DEC=3:7(体積比)で混合されたものに、ビニレンカーボネート(VC)を2重量%添加したものを用いることにより、「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」というサイクル特性を得ていると認められる。

b 一方、甲2電池発明では、水酸化コバルトと、炭酸リチウムと、MgF2と、TiO2を混合して加熱することで製造された、Mg原子及びTi原子を含有するコバルト酸リチウム91重量%、黒鉛粉末6重量%、ポリフッ化ビニリデン3重量%を混合した正極剤から調整された混練ペーストをアルミ箔に塗布したのち乾燥、プレスして打ち抜いて得られた正極板を用いて、負極は金属リチウム箔を用い、電解液にはエチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートの1:1混練液1リットルにLiPF61モルを溶解したものを使用したコイン型リチウム二次電池の性能の評価を行っている。

c してみると、甲2電池発明は、
(a) 正極板を構成するコバルト酸リチウムの製造方法において「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行う」工程を有さない点
(b) コバルト酸リチウム以外の正極(板)及び電解液の材質が異なる点
で、本件明細書等の実施例とは異なるものである。

d 上記c(a)について検討すると、本件明細書等の【0043】、【0055】、【0245】、【0251】、【0261】における「リチウム、金属元素M1および酸素を含む複合酸化物の粒子、たとえばリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)は、粒子中に酸素欠損を有するために物質移動が特に促進されやすい。そのため、ゾルゲル法により被覆される酸化チタンがクラックを修復しやすい。」、「処理後の活物質粒子100はクラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造となっており、活物質粒子内の結晶構造の安定性が向上するため、充放電サイクルがより向上する。」、「チタンを含む層を形成し、加熱を行うことで、クラックおよび表面積の少ない、比較的表面が滑らかな正極活物質100を作製できることが明らかとなった。」、「本実施例のようにチタンを有する層を被覆し加熱することで、(003)面等に起因するクラックをはじめとする欠陥が修復されていることが推測された。」、「マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、チタンを含む被覆層を形成した正極活物質であるサンプル21は、極めて良好なサイクル特性を示した。これは、マグネシウムが表層部に偏析したサンプル22、およびチタンを含む被覆層だけを形成したサンプル23を上回る特性であった。」との記載を勘案すれば、上記「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成」する工程を有することは、本件発明1に規定された「正極」が「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」という相違点2−3−1に係る特性を満たすための重要な要素であると認められるため、この点において、甲2電池発明の正極板を備えた二次電池が本件発明1に規定された相違点2−3−1に係るサイクル特性を満たすとは直ちにいえない。

e また、上記c(b)について検討すると、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が正極及び電解液の材質によって変化することは技術常識であるから、この点において、甲2電池発明の正極板を備えた二次電池が本件発明1に規定された相違点2−3−1に係るサイクル特性を満たすとは直ちにいえない。

f よって、相違点2−3−1は実質的な相違点である。

(イ)次に、相違点2−3−1の容易想到性について検討する。
a 上記第5の2に摘記した甲2の記載事項を参照しても、甲2電池発明の正極板を備えた二次電池が相違点2−3−1に係るサイクル特性を満たすようにすることを示唆する記載は見当たらない。

b また、上記第5の1に摘記した甲1の記載事項を参照しても、甲2電池発明の正極板を備えた二次電池が相違点2−3−1に係るサイクル特性を満たすようにすることを動機付けるような記載を見いだせない。

c さらに、本件明細書等の【0033】の「活物質粒子のクラックの大きさを小さくし、クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造とすることで活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上する。」との記載を考慮すると、本件発明1が上記相違点2−3−1に係る特定事項を備えることにより、正極に用いられる活物質粒子がゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程を経ることによって、活物質粒子が「クラックをはじめとする欠陥が修復され」(【0251】)「クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造」(【0241】)となるから、活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上するとの効果が奏されると認められるところ、甲2電池発明や甲1の記載事項からこのような効果を予測することは困難であるといえる。

d したがって、甲2電池発明において、上記相違点2−3−1に係る発明特定事項を備えるものとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点2−1−1、2−2−1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また甲2に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2についての検討
ア 本件発明2と甲2電池発明の対比
本件発明2と甲2電池発明を対比する。
(ア)甲2電池発明の「コイン型リチウム二次電池」は、本件発明2の「リチウムイオン二次電池」に相当する。

(イ)甲2電池発明は甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」を備えるものであるところ、「コバルト酸リチウム」は、粒子内部や粒子表面を有する粒子であって、Mg原子及びTi原子を含有し、正極剤に用いられるものであるから、本件発明2の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む活物質粒子」に相当する。

(ウ)甲2電池発明の「正極板」は、正極板を構成する混練ペーストに含まれるコバルト酸リチウムを有しているから、本件発明2の「正極」に相当する。

(エ)してみると、本件発明2と甲2電池発明とは、

「活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上である、
リチウムイオン二次電池。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点2−1−2)本件発明2は「前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲2電池発明が備える甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点2−2−2)本件発明2は「前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である」のに対し、甲2電池発明は正極板と金属リチウム箔を用いた負極が用いられたコイン型リチウム二次電池の性能が評価されているものの、そのような特定がされていない点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点2−2−2についてまず検討する。
(ア)相違点2−2−2は、上記(1)イ(ア)で相違点2−3−1について検討したのと同様の理由で、実質的な相違点である。

(イ)また、上記(1)イ(イ)で相違点2−3−1について検討したのと同様の理由で、甲2電池発明において、上記相違点2−2−2に係る発明特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点2−1−2について検討するまでもなく、本件発明2は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また甲2に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明3についての検討
ア 本件発明3と甲2物質発明の対比
本件発明3と甲2物質発明を対比する。
(ア)甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」は、粒子であって、Mg原子及びTi原子を含有し、正極剤に用いられるものであるから、本件発明3の「前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であ」る「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質」に相当する。

(イ)甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」が「X回折(XRD)分析することにより、Li2TiO3の回折ピークが確認され」たことは、回折ピークが結晶子に由来して発現することは技術常識であるから、本件発明3の「前記正極活物質は、複数の結晶子を有」することと、「結晶子を有」するという点で共通する。

(ウ)してみると、本件発明3と甲2物質発明とは、

「リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
結晶子を有する、
正極活物質。」

という点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点2−1−3)本件発明3は「前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、前記第2の領域は、さらにフッ素を含む」のに対し、甲2物質発明の「コバルト酸リチウム」はそのような「第1の領域」及び「第2の領域」を有するか明らかではない点。

(相違点2−2−3)本件発明3は「複数の結晶子」を有し、「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」ものであるのに対し、甲2物質発明は「結晶子」を「複数」有するか明らかではなく、結晶子の大きさも不明である点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑み、相違点2−2−3についてまず検討する。
(ア)まず、相違点2−2−3が実質的な相違点であるかどうか検討する。
a 本件明細書等の【0211】〜【0251】、【表1】、【表2】、図3の記載によれば、本件明細書等の実施例においては、マグネシウムとフッ素を有するコバルト酸リチウム粒子に、ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程によって、「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される、正極活物質」を得ていると認められる。

b 一方、甲2物質発明では、水酸化コバルトと、炭酸リチウムと、MgF2と、TiO2を混合して加熱するという製造工程によってコバルト酸リチウムが製造されている。

c してみると、甲2物質発明は、コバルト酸リチウムの製造方法において、「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行う」工程を有さない点で、本件明細書等の正極活物質の製造方法とは異なるものである。

d また、本件明細書等の【0043】、【0245】、【0248】、【0249】、【0251】における「リチウム、金属元素M1および酸素を含む複合酸化物の粒子、たとえばリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)は、粒子中に酸素欠損を有するために物質移動が特に促進されやすい。そのため、ゾルゲル法により被覆される酸化チタンがクラックを修復しやすい。」、「チタンを含む層を形成し、加熱を行うことで、クラックおよび表面積の少ない、比較的表面が滑らかな正極活物質100を作製できることが明らかとなった。」、「図2に示すように、チタンを有する層を被覆し加熱を行ったサンプル11は、他のサンプルと比較して、結晶子が大きくなる傾向が見られた。」、「クラックが多いほど結晶性が低くなるため結晶子サイズは小さくなり、クラックが少ないほど結晶性が高くなるため結晶子サイズが大きくなると考えられる。」、「本実施例のようにチタンを有する層を被覆し加熱することで、(003)面等に起因するクラックをはじめとする欠陥が修復されていることが推測された。」との記載を勘案すれば、上記「ゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成」する工程を有することは、本件発明3に規定された「正極活物質」が「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」という相違点2−2−3に係る特性を満たすための重要な要素であると認められるため、この点において、甲2物質発明のコバルト酸リチウムが、本件発明3に規定された相違点2−2−3に係る特性を満たすとは直ちにいえない。

e さらに、甲2の【0137】ではX回折(XRD)に用いるX線の波長が記載されておらず不明であるため、甲2物質発明においては結晶子の大きさを算出することはできない。そのため、この点においても、甲2物質発明のコバルト酸リチウムが、本件発明3に規定された「正極活物質」が「X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される」という相違点2−2−3に係る特性を満たすとは直ちにいえない。

f よって、相違点2−2−3は実質的な相違点である。

(イ)次に、相違点2−2−3の容易想到性について検討する。
a 上記第5の2に摘記した甲2の記載事項を参照しても、甲2物質発明のコバルト酸リチウムが相違点2−2−3に係る特性を満たすようにすることを示唆する記載は見当たらない。

b また、上記第5の1に摘記した甲1の記載事項を参照しても、甲2物質発明のコバルト酸リチウムが相違点2−2−3に係る特性を満たすようにすることを動機付けるような記載を見いだせない。

c さらに、本件明細書等の【0033】の「活物質粒子のクラックの大きさを小さくし、クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造とすることで活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上する。」との記載を考慮すると、本件発明3が上記相違点2−2−3に係る特定事項を備えることにより、正極活物質である活物質粒子がゾルゲル法でチタンを含む被覆層を形成した後に加熱を行うという製造工程を経ることによって、活物質粒子が「クラックをはじめとする欠陥が修復され」(【0251】)「クラックや欠陥の数を少なくしてコバルト及び酸素が電解液に溶出しない構造」(【0241】)となるから、活物質粒子内の結晶構造の安定性をさらに高めることができ、充放電サイクル特性がより向上するとの効果が奏されると認められるところ、甲2物質発明や甲1の記載事項からこのような効果を予測することは困難であるといえる。

d したがって、甲2物質発明において、上記相違点2−2−3に係る発明特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)そうすると、上記相違点2−1−3について検討するまでもなく、本件発明3は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また甲2に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)申立理由1−2及び取消理由1−2、2−2についての小括
以上のとおり、本件発明1〜3は、甲2に記載された発明であるとはいえず、また甲2に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、本件請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
集電体と、前記集電体上の活物質層とを有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質層は、前記集電体に接する活物質粒子を複数有し、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、複数の結晶子を有し、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。
【請求項2】
活物質粒子を有する正極を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記活物質粒子は、リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含み、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記活物質粒子は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
前記正極とリチウム金属を用いた負極とを備える二次電池を作製し、前記作製した二次電池を用いて、測定温度を45℃として、CCCV充電により4.55Vまで充電し放電する充放電を10サイクル以上30サイクル以下の範囲で繰り返し行うサイクル特性試験を行った場合に、前記繰り返し行った後の容量が前記サイクル特性試験の初回放電容量の98%以上である、リチウムイオン二次電池。
【請求項3】
リチウム、金属元素M1、チタン、マグネシウム、及び酸素を含む正極活物質であって、
前記金属元素M1は、コバルト、マンガン、及びニッケルの一以上であり、
前記正極活物質は、複数の結晶子を有し、
前記正極活物質は、内部に位置する第1の領域と、前記第1の領域の外側に位置する第2の領域とを有し、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記チタンが多く含まれ、
前記第2の領域は、前記第1の領域より前記マグネシウムが多く含まれ、
前記第2の領域は、さらにフッ素を含み、
X線回折分析において、680nmより大きいサイズの結晶子が検出される、正極活物質。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-10-24 
出願番号 P2016-256932
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 池渕 立
境 周一
登録日 2021-05-17 
登録番号 6885724
権利者 株式会社半導体エネルギー研究所
発明の名称 リチウムイオン二次電池及び正極活物質  
代理人 蟹田 昌之  
代理人 蟹田 昌之  

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