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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B01J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B01J
管理番号 1393092
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-01-28 
確定日 2022-10-14 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6909879号発明「炭化水素油の水素化脱硫触媒、および水素化脱硫方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6909879号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4、6〕、5について訂正することを認める。 特許第6909879号の請求項1ないし4、6に係る特許を維持する。 特許第6909879号の請求項5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。  
理由 第1 手続の経緯
特許第6909879号の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成26年6月20日(以下「遡及出願日」という。)に出願した特願2014−127684号の一部を令和2年1月8日に新たな特許出願としたものであって、令和3年7月7日にその特許権の設定登録がされ、同月28日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和4年 1月28日 :特許異議申立人日本ケッチェン株式会社(以下「申立人」という。)による請求項1〜6に係る特許に対する特許異議の申立て
同年 4月26日付け:取消理由通知書
同年 7月 5日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 8月19日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
本件訂正請求書による請求の趣旨は、明細書、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜6について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下の訂正事項1〜6のとおりである。なお、下線は、特許権者が付した訂正箇所である。

(1)訂正事項1について
特許請求の範囲の請求項1に「(d)前記炭素成分の供給源が、2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群であり」と記載されているのを、「(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2、請求項3、請求項4及び請求項6についても同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(3)訂正事項3
明細書の【発明の名称】の欄に記載された「炭化水素油の水素化脱硫触媒、その製造方法、および水素化脱硫方法」を「炭化水素油の水素化脱硫触媒、および水素化脱硫方法」に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の【0009】に記載された「(d)前記炭素成分の供給源が、2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群であり」を、「(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり」に訂正する。

(5)訂正事項5
明細書の【0011】に記載された記載事項を削除する。

(6)訂正事項6
明細書の【0032】に記載された「1200〜1800cm−1の範囲のピーク強度」を「1400〜1800cm−1の範囲のピーク強度」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、新規事項の有無
(1)訂正事項1について
ア 目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、「2種以上の有機酸」を「クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸」に限定し、「有機酸と有機添加剤」を「該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

イ 新規事項の有無
願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に、
「【0027】
<炭素成分>
炭化水素油用の無機酸化物担体に担持される炭素成分の供給源は、2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群であるが、さらに、無機酸も同時に使用することもできる。なお、有機化合物群とは、1種の有機酸と1種の有機添加剤とを混在させたものも含まれる。
前記有機酸としては、例えば、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)が用いられ、より好ましくは、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、グルコン酸を用いることができる。
【0028】
また、有機添加剤としては、糖類(単糖類、二糖類、多糖類等)が用いられ、例えば、ブドウ糖(グルコース;C6H12O6)、果糖(フルクトース;C6H12O6)、麦芽糖(マルトース;C12H22O11)、乳糖(ラクトース;C12H22O11)、ショ糖(スクロース;C12H22O11)等が好ましい糖類として挙げられる。これら糖類は、それぞれ単独で使用してもよく、またこれらの物質が混在していてもよい。より好ましくはグルコース、スクロースを用いることができる。」(下線は当審において付与した。以下同様。)と記載されており、訂正事項1は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、そして、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正事項2による請求項5の削除にともない、発明の名称を整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、そして、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(4)訂正事項4について
訂正事項4は、訂正事項1による訂正にともない、特許請求の範囲の記載と明細書の記載とを整合をさせるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、そして、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(5)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正事項2による請求項5の削除にともない、特許請求の範囲の記載と明細書の記載とを整合をさせるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、そして、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(6)訂正事項6について
本件特許明細書等の請求項1の「(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり」との記載、本件特許明細書等の【0031】の「本発明に係る水素化脱硫触媒では、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析において、1400〜1800cm−1の範囲にスペクトルピーク(吸光度のピーク)があり、スペクトルの一部、1200〜1500cm−1の範囲に変曲点を有する場合がある。」との記載を踏まえると、本件特許明細書等の【0032】の「本発明に係る水素化脱硫触媒は、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析により、アモルファスな炭素由来の1200〜1800cm−1の範囲のピーク強度[A]とモリブデンまたはタングステンの酸化物由来の850〜1050cm−1の範囲のピーク強度[B]の比([A]/[B])が1.0以上」における「1200」は、「1400」の誤記であるといえることから、訂正事項6は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に掲げる誤記の訂正を目的とするものである。
また、本件特許明細書等の明細書における上記誤記を訂正することは、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、そして、本件特許明細書等の上記の記載は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項でもあるから、訂正事項6は、当該事項の範囲内においてしたものである。

3 一群の請求項などについて
訂正前の請求項2〜4及び6は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、請求項1〜4及び6は一群の請求項であり、請求項5は当該一群の請求項以外の独立した請求項である。そして、上記訂正事項1は、その一群の請求項においてなされたものであり、上記訂正事項2は、独立した請求項5においてなされたものであるから、特許法第120条の5第3項で規定する請求項ごと及び同第4項で規定する当該一群の請求項ごとに請求されているものである。
また、訂正事項3は、発明の名称を変更するもので全ての請求項について行うものであり、訂正事項4は上記一群の請求項の全てについて行うものであり、訂正事項5は独立した請求項5について行うものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。

4 訂正についてのまとめ
上記のとおり、訂正事項1〜6に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第2号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、明細書、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−4、6〕、請求項5について訂正することを認める。

第3 本件発明
(1)本件発明について
本件訂正請求により訂正された請求項1〜4及び6に係る発明(以下「本件発明1」等という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜4及び6に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
モリブデン及びタングステンの少なくとも一方である第1の金属成分と、周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の第2の金属成分と、を含み、前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算における含有量 [MOx]に対する、前記第2の金属成分の酸化物(MO)換算における含有量 [MO]の比([MO]/[MOx])が0.13以上である含浸液を、アルミニウムを含む無機酸化物担体に接触させることにより得られ、前記第1の金属成分と、前記第2の金属成分と、炭素成分と、を含む炭化水素油の水素化脱硫触媒であって、
(a)前記無機酸化物担体の比表面積が200〜400m2/gの範囲にあり、
(b)前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量 [MOx]に対する、前記炭素成分の含有量 [C]の比([C]/[MOx])が0.10〜0.40の範囲にあり、
(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり、
(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり、
無機酸化物担体は、有効成分としてボリアが含まれない、
ことを特徴とする炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項2】
前記無機酸化物担体が、アルミニウム酸化物またはアルミニウムとチタニウム、ケイ素、リン、ジルコニウム及びマグネシウムから選ばれる少なくとも1種以上の元素とからなる無機複合酸化物であることを特徴とする請求項1に記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項3】
前記周期表第VIII族から選ばれる前記第2の金属成分が、コバルトおよびニッケルから選ばれることを特徴とする請求項1または2に記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項4】
第1の金属成分及び第2の金属成分の総含有量が、水素化脱硫担体100質量部に対して5〜40質量部の範囲にあることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。」
「【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか一つに記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒に、水素存在下で炭化水素油を接触させることを特徴とする炭化水素油の水素化脱硫方法。」

(2)本件明細書について
本件の明細書は、本件訂正請求により訂正された訂正明細書であるから、以下、訂正明細書を「本件明細書」という。

第4 取消理由通知に記載した取消理由の概要
令和4年4月26日付け取消理由通知書の取消理由の概要は、次のとおりである。なお、請求項5については、上記第2の1(2)で記載したとおり、訂正により削除されたことから、以下の指摘から除外することとする。

1.取消理由1(明確性
本件特許は、その特許請求の範囲の下記の請求項に係る記載が、特許法第36条第6項第2号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
・請求項1〜4及び6
(1)請求項1について
ア 炭素成分の含有量 [C]について
請求項1で「(b)前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量 [MOx]に対する、前記炭素成分の含有量 [C]の比([C]/[MOx])が0.10〜0.40の範囲にあり」と特定されているところ、算出あるいは測定方法によって炭素成分の含有量 [C]の値が異なってくることから、[C]/[MOx]の値を一義的に決定することができない。

イ ラマン分析について
請求項1で「(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり」と特定されているところ、以下のa〜eで指摘する事項により、その意味する技術的意義を明確に理解することはできない。

a 本件明細書には、ラマンスペクトルを測定する際のレーザー出力の値及び露光時間について記載されていないことから、同じ水素化脱硫触媒についてラマン分析をしても、レーザー出力の値及び露光時間によって「1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度A」及び「850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度B」の値、それらの「比(A/B)」の値が変化することになるから、請求項1の上記(c)で特定される比(A/B)が一義的に定まるものとはいえない。

b 本件明細書における実施例3及び比較例3のグラフ(下記第5の(本ク)で摘記した図1及び図2参照)は、どのようなノイズ処理、ベースラインの取り方によって得られたものか不明であるところ、同じ水素化脱硫触媒であっても、ノイズ処理、ベースラインの取り方によって、スペクトルの波形、ピーク強度などが変化するから、請求項1の上記(c)で特定される比(A/B)が一義的に定まるものとはいえない。

c 請求項1で「1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度A」と特定されている一方で、吸光度Aについて、本件訂正前の明細書の【0032】で「本発明に係る水素化脱硫触媒は、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析により、アモルファスな炭素由来の1200〜1800cm−1の範囲のピーク強度[A]」と説明されており、両者は整合していない。

d 本件明細書の表1(下記第5の(本カ)の表1参照)の比較例2には、C/MOxが「0.00」、A/Bの値が「0.7」と記載されているところ、C/MOxが「0.00」ということは炭素の含有量が0wt%であり、「1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度A」がアモルファスな炭素由来のピークであるとすると、Aは0でA/Bの値は「0」と算出されるから、上記A/Bの値が「0.7」とは整合しない。

e 本件明細書の実施例3については、炭素成分の供給源としてクエン酸とグルコースを用いており、クエン酸とグルコースを120℃で2時間加熱処理することになるが、クエン酸の分解温度は175℃であり、グルコースの融点は146℃であるから、120℃で2時間の加熱処理によってクエン酸とグルコースを構成する炭素がアモルファスになることは、技術的に想定できない。そうすると、本件明細書の図1で「A」として確認されているピークは、クエン酸とグルコースを120℃で2時間加熱処理した試料本来に基づくものではなく、焦げによるピークを観察したものと推定される。

(2)その余の請求項について
請求項2〜4及び6は、請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、上記(1)ア及びイで指摘した点で、これらについても不明確である。

2.取消理由2(サポート要件)
本件特許は、その特許請求の範囲の下記の請求項に係る記載が、特許法第36条第6項第1号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
・請求項1〜4及び6
(1)請求項1について
本件明細書の記載からは、発明の課題である脱硫活性に優れた炭化水素油の水素化脱硫触媒を得るには、水素化脱硫触媒における炭素ネットワーク構造を形成する炭素の供給源である有機酸、有機添加物について、2種以上の有機酸としてはクエン酸、リンゴ酸、グルコン酸及び酒石酸から選ばれるものであり、その有機酸と組み合わせる有機添加物としては、グルコース及びスクロースから選ばれるものである必要があることが理解できるところ、請求項1に係る発明には、炭素成分の供給源について、「(d)前記炭素成分の供給源が、2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群であり」と特定されているが、2種以上の有機酸としてはクエン酸、リンゴ酸、グルコン酸及び酒石酸から選ばれるものであり、その有機酸と組み合わせる有機添加物としては、グルコース及びスクロースから選ばれるものであることは特定されていない。
したがって、請求項1に係る発明は、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないから、サポート要件を満たしているとはいえない。

(2)その余の請求項について
請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2〜4及び6に係る発明においても、上記有機酸及び有機添加剤について具体的に特定するものではないことから、上記(1)で述べたように、請求項2〜4及び6に係る発明も、サポート要件を満たしているとはいえない。

第5 本件明細書の記載
本件明細書には、以下の事項が記載されている。
(本ア)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、脱硫活性に優れた炭化水素油の水素化脱硫触媒およびその製造方法を提供することにある。また、炭化水素油中の硫黄分及び窒素分を高い除去率で除去できる炭化水素油の水素化脱硫方法を提供することにある。」

(本イ)「【0031】
また一般に、平面性を有する炭素では、その構造因子として、ラマンスペクトルの1200〜1550cm−1付近と1550〜1650cm−1付近に吸収が検出されることが知られている(炭素材料学会編:「最新の炭素材料実験技術(分析・解析編)」、サイベック、(2001)89−99参照)。本発明に係る水素化脱硫触媒では、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析において、1400〜1800cm−1の範囲にスペクトルピーク(吸光度のピーク)があり、スペクトルの一部、1200〜1500cm−1の範囲に変曲点を有する場合がある。
本発明に係る水素化脱硫触媒は、このように特徴的な吸収を有することから、金属成分が担持される際、炭素によるネットワーク構造体の形成が示唆されている。この構造体の形成機構については定かではないが、炭素成分は、含浸液中に炭素源(炭素成分の供給源)となる有機酸、有機添加物を溶解し、金属成分のイオンと錯体形成する。金属錯体は、導入する有機添加物、酸種によって異なり、加熱処理時に一部分解、反応し、硬質な炭素ネットワークを構築しているものと考えられる。より複雑な炭素ネットワーク構築のためには、有機酸および有機添加物を2種類以上導入することが望ましい。このような加熱処理を適切な条件の基で行った場合、炭素によるネットワーク構造が破壊されず、金属成分が炭素によるネットワーク構造中で活性金属を高分散で保持され、そのため高い脱硫活性を示すものと考えられる。
【0032】
本発明に係る水素化脱硫触媒は、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析により、アモルファスな炭素由来の1400〜1800cm−1の範囲のピーク強度[A]とモリブデンまたはタングステンの酸化物由来の850〜1050cm−1の範囲のピーク強度[B]の比([A]/[B])が1.0以上であることが好ましく、1.1以上であることがより好ましい。後述の実施例及び比較例にて用いた水素化脱硫触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]、[Bを図1及び図2に示しておく。上記の比([A]/[B])が、1.0以上であると、炭素によるネットワーク構造中に活性金属が取り込まれ、1.0を下回ると、炭素によるネットワーク構造が形成されにくく、またネットワーク構造が形成されたとしても、ネットワーク構造の表面に活性金属が露出し、本発明の効果が得られにくくなるものと考えられる。」

(本ウ)「【0052】
<ラマンスペクトルの測定方法>
レーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施した。測定試料は、破砕した後、堀場製作所製LabRAMを用いて200から2000cm−1まで測定した。」

(本エ)「【0053】
[実施例]
無機酸化物担体の調製例と、含浸液の調製例と、各無機酸化物担体及び含浸液を用いた本発明の実施例である水素化脱硫触媒の調製例と、各無機酸化物担体及び含浸液を用いた比較例である水素化脱硫触媒の調製例について以下に記載する。
まず無機酸化物担体の調製例について記載する。
【0054】
<無機酸化物担体Aの調製>
容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、Al2O3濃度換算で22質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)9.09kgを入れ、イオン交換水で希釈して40.00kgとした後、濃度99質量%のグルコン酸ナトリウム(扶桑化学工業(株)製)60.0gとを加え、撹拌しながら60℃に加温し、濃度5質量%のグルコン酸ナトリウム含有アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を調製した。
また、濃度がAl2O3換算で7質量%の硫酸アルミニウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)14.29kgをイオン交換水25.71kgで希釈した硫酸アルミニウム水溶液を60℃に加温した硫酸アルミニウム水溶液(L2)を調製した。
次に、前記アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を撹拌しながら、これに前記硫酸アルミニウム水溶液(L2)を、10分間で添加して、Al2O3濃度換算で3.8質量%のアルミナ酸化物水和物スラリーを調製した。このとき、アルミナ酸化物水和物スラリーのpHは7.2であった。
【0055】
得られたアルミナ酸化物水和物スラリーを、撹拌しながら60℃で60分間熟成した後、平板フィルターを用いてしたアルミナ酸化物水和物スラリーを脱水した後、濃度0.3質量%のアンモニア水溶液1.5Lで洗浄した。洗浄後のケーキ状スラリーにAl2O3濃度換算で10質量%になるようにイオン交換水で希釈してスラリー化した後、濃度15質量%のアンモニア水を添加してpH10.5に調製した。これを還流機付熟成タンクに移し、撹拌しながら95℃で10時間熟成した。熟成終了後のスラリーを脱水し、スチームジャケット付き双腕式ニーダーで練りながら加温し、所定の水分まで濃縮捏和した。得られた捏和物をスクリュー式押し出し成型機で直径が1.8mm、長さ3mmの円柱状に成型し、110℃で12時間加熱処理した後、電気炉で550℃、3時間焼成して無機酸化物担体(A)(以下、単に「担体A」ともいう。以下の調製例、実施例及び比較例についても同様である。)を調製した。
無機酸化物担体Aについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。」

(本オ)「【0063】
<含浸液a1の調製>
三酸化モリブデン(Climax(株)製;MoO3濃度99.9質量%)169.9gと炭酸コバルト((株)田中化学研究所製;CoO濃度61質量%)70.1gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸(関東化学(株)製;P2O5濃度62質量%)42.0gおよびクエン酸(関東化学(株)製:、純度99.9質量%)64.3gとグルコン酸(関東化学(株)製、純度50質量%)147.8gを加えて溶解させ、含浸液a1を調製した。
・・・
【0065】
<含浸液c1の調製>
グルコン酸の代わりにグルコース(関東化学(株)製、純度98質量%)74.7gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液c1を調製した。」

(本カ)「【0072】
<実施例1:水素化脱硫触媒の調製>
調製した含浸液a1を、担体Aの細孔容積を全部埋める容積に相当する容量になるよう水分を調整した。担体Aの細孔容積は既述のように0.78ml/gであることから、500gの担体Aに対して調整すべき含浸液a1の容量は390ml(0.78ml/g×500g)である。次に、容量調整した含浸液a1を、500gの担体Aに噴霧含浸させた後、120℃で2時間加熱処理して、水素化脱硫触媒(以下、単に「触媒」ともいう。以下の実施例についても同様である。)を得た。得られた触媒の性状を表1に示す。【0073】
【表1】

【0074】
<実施例2〜実施例18:水素化脱硫触媒の調製>
既述のようにした調製した担体の種類(調製例)と含浸液の種類(調製例)とを表1のように組み合わせ、その他は実施例1と同様にして、実施例2〜実施例18の触媒を調製した。得られた触媒の性状を表1に示す。
<比較例1〜比較例8:水素化脱硫触媒の調製>
既述のようにした調製した担体の種類(調製例)と含浸液の種類(調製例)とを表1のように組み合わせ、その他は実施例1と同様にして、比較例1、比較例3〜比較例8の触媒を調製した。また含浸液a1を500gの担体Aに噴霧含浸させた後、500℃で2時間加熱処理した他は比較例1と同様にして比較例2の触媒を調製した。得られた触媒の性状を表1に示す。
なお、上記の触媒群の代表として実施例3の触媒及び比較例3の触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]及びピーク強度[B]を図1及び図2に示しておく。」

(本キ)「【0077】
(確認試験の評価結果)
実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合には、精製油中の硫黄分が8ppmになる反応温度は、340〜349℃であり、いずれの触媒においても350℃を下回っている。
一方、比較例1〜比較例8の触媒を用いた場合には、上記の反応温度は、350〜360℃であって、いずれの触媒においても350℃以上であり、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合に比べて明らかに反応温度が高い。従って、実施例1〜実施例18の触媒の脱硫活性は、比較例1〜比較例8の触媒の脱硫活性に比べて高いことが分かる。
また、精製油中の窒素分が1ppmになる反応温度は、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合には、300〜319℃であり、何れの触媒においても320℃を下回っている。
【0078】
一方、比較例1〜比較例8の触媒を用いた場合には、上記の反応温度は、320〜330℃であって、いずれの触媒においても320℃以上であり、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合に比べて明らかに反応温度が高い。従って、実施例1〜実施例18の触媒の脱窒素活性は、比較例1〜比較例8の触媒の脱窒素活性に比べて高いことがわかる。
【0079】
このように実施例の触媒と比較例の触媒とにおいて脱硫活性および脱窒素活性に差異が生じている要因について考察してみる。先ず比較例1〜比較例5の各触媒の性状を見てみると、既述のラマン分析におけるスペクトルピークの吸光度の比(A/B)が本発明の下限値として規定している1.0を下回っている。従って、これらの触媒においては、炭素のネットワーク構造が十分に形成されていないと考えられ、このため各実施例の触媒に比べて脱硫活性が低くなっている。比較例2の触媒については、含浸液に接触させた触媒の焼成温度が500℃と高いため、炭素成分が飛散して全金属成分の酸化物換算の含有量に対する炭素成分の含有量の比が0.0になっている。」

(本ク)そして、本件明細書には、以下の図1及び図2(以下「本件図1」及び「本件図2」という。)面が添付されている
【図1】

【図2】


第6 証拠方法について
1 申立人提出の証拠
(1)申立人は、令和4年1月28日提出の特許異議申立書に以下の甲第1号証〜甲第8号証を、同年8月19日に提出の意見書(以下「申立人意見書」という。)に以下の甲第9号証を添付している。
甲第1号証:「特開2020-89879 実施例1・3再現試料のレーザーラマン分析結果について」、日本ケッチェン株式会社研究開発センター(池田浩幸)作成
甲第2号証:「(一社)日本海事検定協会のホームページの公開情報からの無水クエン酸とグルコースのラマン分光スペクトルの抜粋」(https://www.nkkk.or.jp/pdf/public_business_report_h29/public_business_report_4-07-29-2.pdf)のウェブサイト出力物
甲第3号証:特開2002−5835号公報
甲第4号証:特表2014−514581号公報
甲第5号証:高木秀明、蒔田雄太、「ラマン分光分析法による妨害成分の検討−油彩画用無機顔料を中心に」、文化財情報学研究、吉備国際大学文化財総合研究センター、第10号、2013年3月、p.35-43
甲第6号証:「第3回 ピークフィットイメージを用いて解析する」(https://www.nanophoton.jp/lecture-room/technics/analyzation/lesson-3-2-3)のウェブサイト出力物
甲第7号証:田隅三生、「FT-IRの基礎と実際」、(株)東京化学同人、第1版(第4刷)、1989年12月1日、p.22-23
甲第8号証:「第3回 レーザー光の照射条件を設定する」(https://www.nanophoton.jp/lectuer-room/technics/measurements/lesson-3-1-3)のウェブサイト出力物
甲第9号証:三浦健一、「ラマン分光法によるDLC膜中の水素濃度分析」、Technical Sheet No. 08003、大阪府立産業技術総合研究所、2008年7月15日
(以下、甲第○号証は、甲○という。)

(2)甲号証の記載事項
上記甲号証のうち、下記第7で述べる判断において特に関連するものについて摘記する。
なお、甲2、甲6及び甲8については、それらの公知日が不明であり、甲6及び甲8は「(C)2020 Nanophoton corp」(当審注:(c)は丸Cである)と記載されていることから、2020年以降に公知になったものといえる。
ア 甲1について



そして、上記実施例1相当品及び実施例3相当品のラマンスペクトルのグラフとして、以下のFig.5及びFig.10が記載されている。



イ 甲7について
甲7の22頁には、FT-IRのベースラインの取り方として、以下の図2・7が記載されている。

そして、23頁の4〜10行には、以下の記載がある。
「2・5・6 定量に用いる吸収バンドが他の吸収バンドと重なりあっている場合
目的の吸収帯の強度が重なり合った吸収帯の影響により正しい強度を示さなくなることからくるずれである.波形分離によって重なり合った吸収帯を分離してから定量を行うとか,ベースラインのとり方を変えてなるべく吸収強度と濃度が広い範囲で直線となるよう工夫することが必要である。図2・7にベースラインのとり方のいくつかの例を示す.」

ウ 甲9について
甲9には、DLC膜のラマンスペクトルの一例として、以下の図1が記載されている。


2 特許権者提出の証拠
(1)特許権者は、令和4年7月5日提出の意見書(以下「特許権者意見書」という。)に以下の乙第1号証〜乙第9号証を添付している。
乙第1号証:伴弘一「燃焼-赤外線吸収法による炭素・硫黄の微量分析」まてりあ、第33巻、第4号、1994年、p.391-393
乙第2号証:特開2014―85215号公報
乙第3号証:特開2012−255675号公報
乙第4号証:本件出願時において日揮触媒化成(株)の電子ファイルとして保管されていたデータからプリントアウトしたデータシート
乙第5号証:(株)堀場製作所から日揮触媒化成(株)に製品名「LabRAM ARAMIS」の顕微レーザラマン分光測定装置が納入された際の納入仕様書の抜粋
乙第6号証:製品名「LabRAM ARAMIS」の顕微レーザラマン分光測定装置のユーザーマニュアルの抜粋
乙第7号証:二又政之、他、「単一分子感度ラマン分光におけるハロゲン化物イオンの役割」、2007年発行分子科学討論会講演要旨集(http://molsci.center.ims.ac.jp/area/2007/bk2007/papers/4D17_w.pdf)のウェブサイト出力物
乙第8号証:Yu Wan,et.al.、「Quasi-spherical silver nanoparticles: Aqueous synthesis and size control by the seed-mediated Lee-Meisel method」、Journal of Colloid and Interface Science、394巻、2013年、p.263-268
乙第9号証:辻勝也、他、「炭素・硫黄分析装置の自動化ニーズに向けて」Readout HORIBA Technical Reports No.2、1991年1月、p.73-84
(以下、乙第○号証は、「乙○」という。)

(2)乙号証の記載事項
上記乙号証のうち、特に下記第7で述べる判断において特に関連するものについて摘記する。なお、下線は当審において付与した。
ア 乙1について
乙1は、「燃焼-赤外線吸収法による炭素・硫黄の微量分析」(タイトル)について記載されており、以下の記載がある。
「2.分析装置の概要
炭素,硫黄分析装置の構成を図1に示す.燃焼用酸素ガスは,精製器を通してから,燃焼炉へ導入する.金属試料は,あらかじめ焼成した磁製容器に量り取り,所定の助燃剤を加えて酸素気流中で燃焼させる.試料中の炭素はCO2およびCO,硫黄はSO2として抽出され,非分散赤外線検出器に送られる.マイクロコンピューターは検出器の出力から,キャリヤーガス流量, CO2/CO/SO2濃度,およびこれらの積算質量を演算し,質量ppmまたは質量%として表示する.試料の燃焼方法には,電気抵抗加熱方式(抵抗炉と略す)と高周波誘導加熱方式(高周波炉と略す)があり,市販のそれぞれの特徴を表1に示す.」(391頁右欄2行〜392頁左欄2行)

イ 乙9について
乙9は、「炭素・硫黄分析装置の自動化ニーズに向けて」(タイトル)について記載されており、以下の記載がある。
「今日,世界的に見て鉄鋼中の炭素・硫黄分析法は,そのほとんどが燃焼一赤外線吸収法に依存している.国内においても,鉄鋼以外に金属材料一般・セラミックス材料・その他の新素材などの炭素・硫黄分析にも本方式が広く用いられている.最近の主流は,燃焼方式に高周波誘導加熱かあるいは管状電気抵抗加熱を用いるかのいずれかである.前者は,鉄鋼分野を中心として広く普及し,後者は非鉄・新素材・セラミックス等の分野へも普及しつつある.」(74頁14〜19行)

第7 取消理由についての判断
1 取消理由1(明確性)について
(1)炭素成分の含有量 [C]について
ア 特許権者の主張
特許権者は、上記第4の1.(1)アの指摘に対して、特許権者意見書の3頁3〜19行で、概ね以下の主張をしている。
(ア)乙1には、燃焼-赤外線吸収法による炭素、硫黄の微量分析について記載されており、乙9には、酸素気流中燃焼−赤外線吸収法による微量炭素分析について記載されている。
(イ)本件明細書に記載した実施例において、炭素の含有量は、酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)−赤外線吸収法の炭素分析装置((株)堀場製作所製、EMIA−520FA)を使用して定量測定した。

イ 当審の判断
上記ア(ア)で主張している上記第6の2(2)ア及びイで摘記した乙1及び乙9の記載を踏まえると、試料中の炭素量を測定する方法として、酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)−赤外線吸収法は、遡及出願日前に当業者において通常に用いられている方法であり、そして、上記ア(イ)の特許権者の説明によれば、本件明細書における炭素成分の含有量 [C]は、その酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)−赤外線吸収法の炭素分析装置((株)堀場製作所製、EMIA−520FA)を使用して測定したものといえる。
そうすると、本件発明1の「水素化脱硫触媒」における「炭素成分の含有量」は、酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)―赤外線吸収法の炭素分析装置((株)堀場製作所製、EMIA−520FA)を使用して測定したものであり、一つの測定値として提供されるものである。
したがって、本件発明1の「水素化脱硫触媒」における「炭素成分の含有量 [C]」が一義的に決まることから、「第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量 [MOx]に対する、前記炭素成分の含有量 [C]の比([C]/[MOx])」の値も一義的に決まることになり、本件発明1は、この点で不明確とはいえない。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人の主張
申立人は、申立人意見書の3頁6〜18行及び同頁最下行〜4頁5行で、概ね以下の主張をしている。
(a)乙1には、燃焼−赤外線吸収法による炭素の微量分析についての現状が、乙2には、サーマルオプティカル・リフレクタンス法での炭素含有量試料の測定誤差は概ね0.2%以下であることが、乙3には、IPC分析方法では炭素含有量をppmレベルで測定可能であることが、乙9には、酸素気流中燃焼−赤外線吸収法によって炭素含有量がppmオーダーで測定できることが記載されているが、乙1〜3及び9は、個々の分析方法での分析精度を述べているにすぎず、分析方法間で得られた値に差が無いことを説明したものではない。そして、これら乙各号証には、分析方法間で得られた値に差が無いことを推察させるに足るような記載もない。

(b)特許権者は、「(本件特許での)炭素の含有量は、酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)赤外線吸収法の炭素分析装置((株)堀場製作所製、EMIAー520FA)を使用して定量測定した」ことを意見書に記載しているが、本件明細書の記載からは、「酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)赤外線吸収法」で定量測定したことを理解することは全くできないので、斯かる情報の提示をもって、本項の取消理由が解消するものでない。

(イ)申立人の主張に対する判断
(a)について
上記(ア)(a)の申立人の主張は、燃焼−赤外線吸収法(酸素気流中燃焼−赤外線吸収法)、サーマルオプティカル・リフレクタンス法、IPC分析方法によって炭素含有量を測定した際に、これら分析方法間で得られた値に差があるため「炭素成分の含有量」が一義的に定まらないという主張と解されるが、上記分析方法の違いによって得られた値に差があろうがなかろうが、上記イで判断したように、本件発明1の「水素化脱硫触媒」における「炭素成分の含有量」は、酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)−赤外線吸収法の炭素分析装置((株)堀場製作所製、EMIAー520FA)を使用して測定したものであり、それは一つの測定値として一義的に決まるものであるから、上記(ア)(a)の申立人の主張は上記イで述べた判断に何ら影響を及ぼすものではない。

(b)について
上記イで判断したように、試料中の炭素量を測定する方法として、赤外線吸収法(酸素気流中燃焼一赤外線吸収法)は、遡及出願日前当業者において通常に用いられている方法であることに鑑みると、本件明細書に炭素成分の含有量を「酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)赤外線吸収法」で定量測定することが記載されていないとしても、当業者であれば酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)赤外線吸収法で炭素成分の含有量を定量測定しうるものであることが理解でき、そして、特許権者意見書を参照すれば、炭素成分の含有量は「酸素気流中燃焼(高周波加熱炉方式)赤外線吸収法」によって測定したものとして一義的に決まるものである。したがって、上記(ア)(b)の申立人の主張によって上記イで述べた判断が覆るものではない。

エ 小括
よって、本件発明1の「(b)前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量 [MOx]に対する、前記炭素成分の含有量 [C]の比([C]/[MOx])が0.10〜0.40の範囲にあり」との発明特定事項は明確である。

(2)ラマン分析について
ア 甲1の実施例1相当品及び実施例相当品3について
上記第4の1.(1)イのa〜eついて判断する前に、まず、甲1の実施例1相当品及び実施例相当品3が、本件明細書の実施例1及び3の水素化脱硫触媒を再現したものかどうかについて検討する。
(ア)本件明細書おける実施例1の化脱硫触媒、及び実施例3の水素化脱硫触媒は、上記第5の(本エ)〜(本カ)でも摘記したとおり、以下のように製造されたものである。
実施例1の素化脱硫触媒については、
「【0054】
<無機酸化物担体Aの調製>
容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、Al2O3濃度換算で22質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)9.09kgを入れ、イオン交換水で希釈して40.00kgとした後、濃度99質量%のグルコン酸ナトリウム(扶桑化学工業(株)製)60.0gとを加え、撹拌しながら60℃に加温し、濃度5質量%のグルコン酸ナトリウム含有アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を調製した。
また、濃度がAl2O3換算で7質量%の硫酸アルミニウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)14.29kgをイオン交換水25.71kgで希釈した硫酸アルミニウム水溶液を60℃に加温した硫酸アルミニウム水溶液(L2)を調製した。
次に、前記アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を撹拌しながら、これに前記硫酸アルミニウム水溶液(L2)を、10分間で添加して、Al2O3濃度換算で3.8質量%のアルミナ酸化物水和物スラリーを調製した。このとき、アルミナ酸化物水和物スラリーのpHは7.2であった。
【0055】
得られたアルミナ酸化物水和物スラリーを、撹拌しながら60℃で60分間熟成した後、平板フィルターを用いてしたアルミナ酸化物水和物スラリーを脱水した後、濃度0.3質量%のアンモニア水溶液1.5Lで洗浄した。洗浄後のケーキ状スラリーにAl2O3濃度換算で10質量%になるようにイオン交換水で希釈してスラリー化した後、濃度15質量%のアンモニア水を添加してpH10.5に調製した。これを還流機付熟成タンクに移し、撹拌しながら95℃で10時間熟成した。熟成終了後のスラリーを脱水し、スチームジャケット付き双腕式ニーダーで練りながら加温し、所定の水分まで濃縮捏和した。得られた捏和物をスクリュー式押し出し成型機で直径が1.8mm、長さ3mmの円柱状に成型し、110℃で12時間加熱処理した後、電気炉で550℃、3時間焼成して無機酸化物担体(A)(以下、単に「担体A」ともいう。以下の調製例、実施例及び比較例についても同様である。)を調製した。
無機酸化物担体Aについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。」
「【0063】
<含浸液a1の調製>
三酸化モリブデン(Climax(株)製;MoO3濃度99.9質量%)169.9gと炭酸コバルト((株)田中化学研究所製;CoO濃度61質量%)70.1gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸(関東化学(株)製;P2O5濃度62質量%)42.0gおよびクエン酸(関東化学(株)製:、純度99.9質量%)64.3gとグルコン酸(関東化学(株)製、純度50質量%)147.8gを加えて溶解させ、含浸液a1を調製した。」
「【0072】
<実施例1:水素化脱硫触媒の調製>
調製した含浸液a1を、担体Aの細孔容積を全部埋める容積に相当する容量になるよう水分を調整した。担体Aの細孔容積は既述のように0.78ml/gであることから、500gの担体Aに対して調整すべき含浸液a1の容量は390ml(0.78ml/g×500g)である。次に、容量調整した含浸液a1を、500gの担体Aに噴霧含浸させた後、120℃で2時間加熱処理して、水素化脱硫触媒(以下、単に「触媒」ともいう。以下の実施例についても同様である。)を得た。」
の製造工程及び条件を経て製造されたものである。
そして、実施例3の水素化脱硫触媒については、
【0074】
<実施例2〜実施例18:水素化脱硫触媒の調製>
既述のようにした調製した担体の種類(調製例)と含浸液の種類(調製例)とを表1のように組み合わせ、その他は実施例1と同様にして、実施例2〜実施例18の触媒を調製した。得られた触媒の性状を表1に示す。」と記載され、表1を参照すると、実施例3では含浸液として以下のc1を用いていることから、上記含浸液a1の代わりにc1を用い、他は上記実施例1と同じ製造工程及び条件で製造されたものが実施例3の水素化脱硫触媒である。
「【0065】
<含浸液c1の調製>
グルコン酸の代わりにグルコース(関東化学(株)製、純度98質量%)74.7gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液c1を調製した。」

(イ)一方、甲1では、実施例1相当品及び実施例3相当品について、以下のとおり記載されている。
「実施例1の含浸液に相当するクエン酸ーグルコン酸水溶液と、これを120℃、2時間加熱処理した乾固物」(1頁8行)
「・実施例1相当品
MoO3/CoO/P2O5/A12O3=23.0/5.8/3.5/67.7wt%。有機物量(対MoO3)無水クエン量0.41mol/mol。
グルコン酸量0.44mol/mol
・実施例3相当品
MoO3
/CoO/P2O5/A12O3=23.0/5.8/3.5/67.7wt%。有機物量(対MoO3)無水クエン酸0.41mol/mol。
D(+)グルコース量 0.43mol/mol
・クエン酸-グルコン酸水溶液
上記実施例1相当品で用いた浸漬液と同等濃度になるように調整した。」(1頁15〜22行)

(ウ)上記(イ)で摘記した実施例1相当品及び実施例3相当品には、その製造工程及び条件がほとんど記載されておらず、上記(ア)で摘記した実施例1及び3の製造工程及び条件を経たものとは到底いえないことから、甲1の実施例1相当品及び実施例3相当品が、本件明細書の実施例1及び3の水素化脱硫触媒を再現したものとはいえない。
特に、本件明細書の実施例1及び3の水素化脱硫触媒を製造する際に使用する「無機酸化物担体A」は、上記【0054】及び【0055】の製造工程及び条件を経て製造されるものであり、その製造された担体について、【0055】に記載されているとおりX線解析による結晶形態、比表面積の測定結果などにより識別しているのに対し、甲1の実施例1相当品及び実施例3相当品では「・・・/A12O3=・・・/67.7wt%」と記載されるのみであり、上記【0054】及び【0055】の製造工程及び条件を経て製造されるものとはいえず、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果などについても記載されておらず、実施例1相当品及び実施例3相当品を製造する際の担体と、本件明細書の実施例1及び3の水素化脱硫触媒を製造する際の担体とは同じものであると判断することはできない。
よって、甲1の実施例1相当品及び実施例3相当品が、本件明細書の実施例1及び3の水素化脱硫触媒を再現したものとはいえない。

イ aについて
(ア)特許権者の主張
特許権者は、上記第4の1.(1)イのaの指摘に対して、特許権者意見書の4頁15〜16行及び5頁17〜21行で、概ね以下の主張をしている。
本件明細書の【0052】に記載されているように、ラマン分析に使用した測定装置は、堀場製作所製LabRAMである。本件では、レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定しており、ラマンスペクトルの例として本件明細書に添付した図1及び図2に示されるように、各触媒についてピークが見られる。試料の焦げを考慮せずに測定を行うことはあり得ないし、またレーザー出力が0.5mWでは試料に焦げは発生しない。

(イ)当審の判断
本件明細書の【0052】には、上記第5の(本ウ)で摘記したとおり、「<ラマンスペクトルの測定方法>レーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施した。測定試料は、破砕した後、堀場製作所製LabRAMを用いて200から2000cm−1まで測定した。」と記載されている。一般に、ラマン分析において、レーザー出力を上げると、試料にいわゆる「焦げ」が生じることになり、このように試料に焦げが生じると、本来の試料から観察されるものと異なるラマンスペクトル状況となることは技術常識である。
そうすると、本件明細書に、堀場製作所製LabRAMを用いてレーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施する際に、そのレーザー出力及び露光時間ついて具体的な値は記載されていないものの、試料にいわゆる「焦げ」が生じない程度に低いレーザー出力として、その出力を0.5mWとし、そして露光時間を5秒とすることが、当業者が設定する値として技術的に逸脱したものとはいえず、特許権者が説明する「レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定」したことについて否定することはできない。
したがって、ラマンスペクトルを測定する際のレーザー出力及び露光時間は、特許権者が説明するとおり、レーザー出力は「0.5mW」及び露光時間は「5秒」でラマンスペクトルを測定しており、それが図1及び図2においてピークとして現れているのであるから、本件発明1の「1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度A」及び「850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度B」の値、それらの「比(A/B)」の値は一義的に定まるものといえ、本件発明1は、この点で不明確とはいえない。

(ウ)申立人の主張について
(a)申立人の主張
申立人は、申立人意見書の6頁4〜9行及び8頁3〜10行で、概ね以下の主張をしている。
(i)特許権者は、本件では、「レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定」したことを意見書に記載しているが、本件明細書の「堀場製作所製LabRAM」との記載から、そのような条件で分析を行ったことを推察することは全くできない。なお、ラマン分析では同一のレーザー出力であっても、露光時間が変化するとスペクトルが変化するものである。

(ii)甲1のFig.10から、レーザー出力を1.5mW、5mW、20mWと上げるに従い、スペクトルの位置が上昇(横軸から離れている)することが読み取れる。レーザー出力が0.5mWであれば、そのスペクトルはより横軸に近づくであろうことは、容易に推察できる。本件図1のスペクトルは横軸から大きく乖離しているが、斯かる乖離の程度は、特許権者のレーザー出力は「0.5mW」であるとの主張を疑わせるに十分なものである。

(b)申立人の主張に対する判断
(i)について
ラマン分析測定装置において、使用する装置によってレーザー出力及び露光時間が決まり、それらの値を調整できないという事実はなく、同じ装置においてレーザー出力及び露光時間を調整できることが通常であるから、本件明細書に記載されている「堀場製作所製LabRAM」においてもレーザー出力及び露光時間がある値に決まっているものではなく、レーザー出力及び露光時間を調整できるものといえる。
そうすると、申立人が主張するように「堀場製作所製LabRAM」との記載のみから「レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒」であることを直接導き出せるものではないが、「堀場製作所製LabRAM」において、特許権者が説明するように、試料の焦げを考慮して「レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定」するように調整したことを否定できるものではない。

(ii)について
まず、上記アで述べたように、甲1の実施例3相当品は、本件明細書の実施例3の水素化脱硫触媒を再現したものとはいえないことから、甲1のFig.10と本件図1を単純に比較して議論できるものではないが、以下検討する。
一般に、レーザー出力が上がるに従い散乱強度も上がる傾向にあることから、申立人が主張する、レーザー出力を1.5mW、5mW、20mWと上がるに従い、スペクトルの位置が上昇(横軸から離れる)することから、レーザー出力が0.5mWであれば、そのスペクトルはより横軸に近づくという推察は否定されるものではない。一方、本件図1の縦軸は、「散乱強度/a.u.」であり、その目盛りの数値については記載されていないが、レーザー出力が0.5mWと低く、露光時間が5秒と短いことを考慮すると、甲1のFig.10の縦軸の目盛りに比べてかなり小さいものといえる。そうすると、甲1のFig.10と本件の本件図1とでは縦軸の目盛りが違うのであるから、両者においてスペクトルと横軸との乖離の度合いを比較することはできない。してみれば、本件図1のスペクトルが横軸から大きく乖離しているからといって、レーザー出力が「0.5mW」であることを否定できるものではない。

ウ bについて
(ア)特許権者の主張
特許権者は、上記第4の1.(1)イのbの指摘に対して、特許権者意見書の6頁22〜24行及び7頁4〜5行で、概ね以下の主張をしている。
本件図1及び本件図2は、測定装置から得られた生データであり、何ら処理をしていない。このデータにはノイズは含まれていないので、ノイズ処理の必要がない。また、本件明細書の実施例で用いた触媒では、目的とするラマンスペクトルに影響を与えるような蛍光は発せられないことから、ベースラインは設定していない。

(イ)当審の判断
本件図1及び本件図2は、本件明細書の【0052】に「<ラマンスペクトルの測定方法>レーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施した。測定試料は、破砕した後、堀場製作所製LabRAMを用いて200から2000cm−1まで測定した。」、【0032】に「後述の実施例及び比較例にて用いた水素化脱硫触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]、[B]を図1及び図2に示しておく。上記の比([A]/[B])が、1.0以上であると、炭素によるネットワーク構造中に活性金属が取り込まれ、1.0を下回ると、炭素によるネットワーク構造が形成されにくく、またネットワーク構造が形成されたとしても、ネットワーク構造の表面に活性金属が露出し、本発明の効果が得られにくくなるものと考えられる。」、【0074】に「なお、上記の触媒群の代表として実施例3の触媒及び比較例3の触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]及びピーク強度[B]を図1及び図2に示しておく。」と記載されているとおり、「堀場製作所製LabRAM」を使用して実施例3及び比較例3の水素化脱硫触媒のラマンスペクトルを測定したグラフであるところ、特許権者の説明を踏まえると、堀場製作所製LabRAMから得られた生データであり、ノイズ処理をしたものではなく、ベースラインを設定したものではないとのことである。
上記第6の1(2)イで摘記した甲7は、FT-IRについて記載されたものであり、「ラマン」スペクトルについて記載されたものではないものの、上記甲7の記載を踏まえると、複数のピークが近接し重なり合う場合にベースライン等を設定する必要があるところ、上記本件図1及び本件図2においては、ピークが重なりあっているということはなく、また、大きなノイズがあるともいえないことから、特段のノイズ処理やベースラインの設定をすることなくピーク強度を読み取ることができるといえる。そうすると、上記ピーク強度[A]及びピーク強度[B]が読み取れるのであるから、本件図1及び本件図2は、特許権者が説明するとおり、ノイズ処理をしたものではなく、ベースラインを設定したものではないといえる。
したがって、実施例3及び比較例3の水素化脱硫触媒のラマンスペクトルを測定した本件図1及び本件図2のグラフは、ノイズ処理をしたものではなく、ベースラインを設定したものではないことから、ノイズ処理の種類、ベースラインの取り方に影響されるものではなく、本件発明1の上記(c)で特定される比(A/B)は一義的に定まるものといえる。

(ウ)申立人の主張について
(a)申立人の主張
申立人は、申立人意見書の10頁21〜25行で、概ね以下の主張をしている。
甲9の図1は、DLC (ダイヤモンドライクカーボン)膜のラマンスペクトルであるが、グラファイト等に由来するGバンドピーク(ラマンシフト1500cm−1付近)のラマン散乱強度(S)を求めるに際して、バックグラウンドのラインに沿ってベースラインを引くことで、S値が求められている。本件図1及び本件図2のスペクトルでのピークの裾野の両端でのラマン散乱強度はゼロを示さなければならないが、本件図1、本件図2はそのような状態になっておらず、スペクトルのピークの裾野の両端でのラマン散乱強度値がゼロになっていない事実は、本件図1及び本件図2のスペクトルに現れる全てのピークがバックグラウンド上に乗ったものであることを明瞭に示しているのである。

(b)申立人の主張に対する判断
甲9の図1では、ラマン散乱強度(S)を求める際にベースラインを引くことでS値が求めているが、本件図1及び本件図2では、横軸からの高さをピーク強度[A]及びピーク強度[B]としていることから、ベースラインを引いておらず、特許権者が説明するとおり、ベースラインを設定したものではないといえる。
また、本件図1及び本件図2においては、上記イ(ウ)(b)(ii)で述べたように、縦軸の目盛りの数値については記載されておらず、レーザー出力が0.5mWと低く、露光時間が5秒と短いことを考慮すると、その目盛りはかなり小さいものともいえ、スペクトルのピークの裾野の両端でのラマン散乱強度値がゼロでなくとも、バックグラウンドはかなり小さいものともいえる。
なお、仮に、本件図1及び本件図2においてベースラインを引かなければならないほど大きなバックグランドがあるにせよ、そもそも、本件発明1で特定する「比(A/B)が1.0以上」は「A≧B」と同等であるから、ピーク強度[A]とピーク強度[B]とが等しいか、どちらが大きいかが判別できれば「A≧B」について判断できる、すなわち「比(A/B)が1.0以上」であるかどうかについて判断できるのであるから、バックグランドがあってもベースラインを設定する必要はないともいえる。

エ cについて
(ア)当審の判断
上記第2の1(6)の訂正事項6により、本件明細書の【0032】は「1400〜1800cm−1の範囲のピーク強度」に訂正されたことから、本件発明1の「1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度A」と整合することとなり、上記第4の(2)cの指摘は解消された。

(イ)申立人の主張について
申立人は、申立人意見書で、この点について意見を述べていない。

オ dについて
(ア)特許権者の主張
特許権者は、上記第4の1.(1)イのdの指摘に対して、特許権者意見書の9頁1〜7行で、概ね以下の主張をしている。
比較例2及び比較例5については、ラマンピークの値は当然に「0」であり、「0.7」という数値はあり得ない値であり、これら2点のデータについてだけ、測定あるいはデータの管理処理に何らかの不適切性が存在している。これ以外の実施例、比較例においてA/Bの値に矛盾を含むものがないことから、比較例2及び比較例5について、A/Bの値が「0.7」と記載されていることだけをもって、本件発明1の構成要件(c)の意味する技術的意義を明確に理解することはできないとまではいえない。

(イ)当審の判断
比較例として一部(比較例2及び5)不適切な数値(測定あるいはデータの管理処理に何らかの不適切性が存在)が記載されているとしても、本件発明1の「(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上」の解釈に影響を及ぼすものではない。特に、実施例(実施例1〜18)については不適切性が存在しないものであり、比較例2及び5以外の比較例1、3、4及び6〜8についても不適切性は存在せず、これらの実施例及び比較例を参照すると、上記第5の(本キ)で摘記した本件明細書の【0077】〜【0079】に記載されているとおり、本件発明1の構成要件(c)で特定する技術的意義も明確に理解することができるものである。

(ウ)申立人の主張について
(a)申立人の主張
申立人は、申立人意見書の12頁11〜17行で、概ね以下の主張をしている。
たとえ試料の炭素含有量が0wt%であっても(すなわち、炭素由来の本来のピークが存在しなくても)、炭素に由来するピークが出現するはずのラマンシフト範囲に「バックグラウンド」由来の散乱光が発生するので、見掛け上、ラマン散乱強度はゼロにならず、「比(A/B)」の値は算出できてしまうのである。炭素が存在しない例(比較例2、5)であるにもかかわらず、「比(A/B)」の値が算出されていることは、上記のように理解すべきものである。

(b)申立人の主張に対する判断
特許権者が「比較例2及び比較例5については、ラマンピークの値は当然に「0」であり、「0.7」という数値はあり得ない値であり、これら2点のデータについてだけ、測定あるいはデータの管理処理に何らかの不適切性が存在している。」と主張し、この主張に合理性がある以上、実施例1〜18及び比較例1〜8において、比較例2及び比較例5を除外して、本件発明1の「(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上」の技術的事項について検討することが適切であるところ、不適切な比較例2及び比較例5の記載についての申立人の解釈に基づいて、本件発明1の構成(c)について検討を加えることはできない。
よって、不適切な比較例2及び比較例5の記載についての申立人の解釈が、本件発明1の構成(c)に影響を及ぼすことはない。

カ eについて
(ア)特許権者の主張
特許権者は、上記第4の1.(1)イのeの指摘に対して、特許権者意見書の9頁14〜24行で、概ね以下の主張をしている。
クエン酸及びグルコースだけを120℃に加熱した場合には、そのとおり(「クエン酸の分解温度は175℃であり、グルコースの融点は146℃であるから、120℃で2時間の加熱処理によってクエン酸とグルコースを構成する炭素がアモルファスになることは、技術的に想定できない。」)であるかもしれない。しかし、実施例3に用いた含浸液c1は、本件明細書の【0063】及び【0065】に記載されているように、三酸化モリブデンと炭酸コバルトとをイオン交換水に懸濁させて5時間加熱し、リン酸、クエン酸、グルコースを加えて作成したものである。この含浸液では、クエン酸の一部及びグルコースの一部と、三酸化モリブデン及び炭酸コバルトと、により金属錯体が形成され、結果としてアモルファスカーボン中にモリブデン及びコバルトが分散された状態になっていると考えられる。クエン酸を175℃以上に加熱すればクエン酸が複数の化合物に分解してしまうので、目的とする金属錯体が形成されなくってしまい、アモルファスカーボン中にモリブデン及びコバルトが分散された状態が得られなくなる。

(イ)当審の判断
クエン酸の分解温度は175℃であり、グルコースの融点は146℃であるものの、それらが単独存在した場合の化学値であるところ、本件明細書の実施例3の含浸液は表1によるとc1であり、それは上記第5の(本オ)で摘記した【0063】及び【0065】に記載されているように、「<含浸液a1の調製>三酸化モリブデン(Climax(株)製;MoO3濃度99.9質量%)169.9gと炭酸コバルト((株)田中化学研究所製;CoO濃度61質量%)70.1gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸(関東化学(株)製;P2O5濃度62質量%)42.0gおよびクエン酸(関東化学(株)製:、純度99.9質量%)64.3gとグルコン酸(関東化学(株)製、純度50質量%)147.8gを加えて溶解させ、含浸液a1を調製した。」「<含浸液c1の調製>グルコン酸の代わりにグルコース(関東化学(株)製、純度98質量%)74.7gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液c1を調製した。」を含浸液c1とするものである。
そうすると、含浸液c1においては、 クエン酸だけ、グルコースだけが、各々単独で存在するものでもないことから、クエン酸の分解温度は175℃、グルコースの融点は146℃の値をそのまま用いて化学的状況を把握できるものではない。
特に、含浸液c1では、クエン酸の一部及びグルコースの一部と三酸化モリブデン及び炭酸コバルトとにより金属錯体が形成されているといえることから、120℃で2時間の加熱処理によってクエン酸とグルコースを構成する炭素がアモルファスになることを否定できるものではない。現に、実施例3の本件図1では、「A」としてピークが確認されていることから、クエン酸とグルコースを構成する炭素がアモルファスになっているともいえる。

(ウ)申立人の主張について
(a)申立人の主張
申立人は、申立人意見書の14頁25〜28行で、概ね以下の主張をしている。
甲1のFig.5、Fig.10に明示された実験事実を基に特許異議申立書で主張し、また、本件発明の実施例のラマン分析で観測される「A」のアモルファスカーボンに相当するピークはレ−ザ一照射に起因する「焦げ」に基づくと推定するのが極めて自然である。

(b)申立人の主張に対する判断
まず、上記アで述べたように、甲1の実施例1相当品及び実施例3相当品は、本件明細書の実施例1及び実施例3の水素化脱硫触媒を再現したものとはいえないことから、甲1のFig.5及びFig.10に基づいて、本件明細書の実施例におけるラマンスペクトルの測定結果について検討できるものではない。
そして、上記イ(イ)で述べたように、本件図1は、実施例3の水素化脱硫触媒に対して、いわゆる「焦げ」が生じない程度に低いレーザー出力として、その出力を0.5mWとし、露光時間を5秒とすることでラマンスペクトルの測定を行った結果のグラフであるから、そのピーク「A」を、申立人が主張するように「レ−ザ一照射に起因する「焦げ」に基づくと推定するのが極めて自然である」とはいえない。

キ 小括
よって、本件発明1の「(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり」との発明特定事項は、明確である。

(3)明確性のまとめ
以上のとおり、本件発明1は、上記(1)及び(2)の点において明確であり、本件発明2〜4及び6は本件発明1を直接的又は間接的に引用するもので、同様に上記(1)及び(2)の点において明確であることから、本件発明1〜4及び6に係る特許を取消理由1によって取り消すことはできない。

2 取消理由2(サポート要件)について
(1)当審の判断
上記第2の1(1)の訂正事項1により、本件発明1は「(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり」に訂正されたことから、本件発明1は、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとなり、サポート要件を満たすものとなった。

(2)申立人の主張について
申立人は、申立人意見書で、この点について意見を述べていない。

(3)サポート要件のまとめ
したがって、本件発明1は、サポート要件を満たしているものであり、本件発明2〜4及び6は本件発明1を直接的又は間接的に引用するもので、同様にサポート要件を満たしているものであるから、本件発明1〜4及び6に係る特許を取消理由2によって取り消すことはできない。

第8 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 上記第4で記載した取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由としては、以下のものがある。
(1)申立理由1(実施可能要件
上記第4で記載した取消理由通知においては、取消理由1の(1)ア「炭素成分の含有量 [C]について」、(2)イ「ラマン分析について」のa(レーザー出力、露光時間)、b(ノイズ処理、ベースライン)について、明確性違反の観点から通知したが、特許異議申立書においては、これらについて、実施可能要件違反の観点でも申立理由としている。

(2)申立理由2(明確性
上記第4で記載した取消理由通知においては、取消理由2の「2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群」について、サポート要件違反の観点から通知したが、特許異議申立書においては、上記有機化合物群の範囲が不明確であるという明確性違反の観点でも申立理由としている。

2 当審の判断
(1)申立理由1(実施可能要件)について
ア 炭素成分の含有量 [C]については、上記第7の1(1)イで述べたように、遡及出願日前当業者において通常に用いられている赤外線吸収法(酸素気流中燃焼−赤外線吸収法)によって測定したものであることから、遡及出願日前の技術常識を踏まえれば、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜4及び6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとまではいえない。

イ ラマン分析をする際のレーザー出力及び露光時間、ノイズ処理及びベースラインについては、上記第7の1(2)イ(イ)及びウ(イ)で述べたように、レーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定し、ノイズ処理は行わず、ベースラインの設定もしないことで、ラマンスペクトルを測定してグラフを得たものである。そして、本件明細書の【0052】に「<ラマンスペクトルの測定方法>レーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施した。測定試料は、破砕した後、堀場製作所製LabRAMを用いて200から2000cm−1まで測定した。」と記載されており、そのラマンスペクトル測定装置においてレーザー出力は0.5mW、露光時間は5秒で測定し、ノイズ処理は行わず、ベースラインの設定もしないように調整できるものであるから、遡及出願日前の技術常識を踏まえれば、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜4及び6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないとまではいえない。

(2)申立理由2(明確性)について
上記第2の1(1)の訂正事項1により、本件発明1は「(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり」に訂正されたことから、有機化合物群の範囲が明確となったことから、本件発明1〜4及び6は明確である。

(3)まとめ
よって、申立理由1及び申立理由2によって、本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すことはできない。

第8 申立人意見書による追加の取消理由
(1)申立人は、申立人意見書の8頁15〜20行で、以下の取消理由も追加している。
本件明細書【0054】〜【0062】には、各種<無機酸化物担体の調製>の方法が記載されているが、上記の段落のいずれにも、「OH基の数」、「酸性度」、「比表面積」、「細孔径の分布」についての詳細な言及はない。そうしてみると、本件特許に係る触媒の担体に関し、当業者が「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」ではないともいえるものである。

(2)当審の判断
上記申立人意見書による追加の取消理由は、本件訂正によって生じたものではないことから、時期に遅れたものであり、検討の必要のないものであるが、一応検討しておく。
上記追加の取消理由は、特許権者意見書の5頁22〜27行に記載されている「甲第1号証において、焦げの発生の無い状態でのラマンスペクトルが本件のラマンスペクトルとは全く異なることから、実施例相当品の試料は、本件発明の触媒とは異なるものである。触媒のラマンスペクトルは、担体の表面性状、細孔構造などの担体の特性に左右され、同じアルミナ成分であっても調製法などによって変わってくる。表面性状としてはOH基の数、酸性度などが挙げられ、細孔構造としては比表面積、細孔径の分布などが挙げられる。」を踏まえたものといえるが、上記の意味するところは、無機酸化物(アルミナ)担体でも、その調整(製造)法によって、調整(製造)された担体の表面性状としてのOH基の数、酸性度、細孔構造としての比表面積、細孔径の分布が変わってくるということであり、含浸液を無機酸化物担体に接触させることにより得られた水素化脱硫触媒をラマン分析結果で特定するうえで、当該無機酸化物担体について、比表面積に加えて「OHの数」、「酸性度」及び「細孔径の分布」を明らかにしなければならないというものではない。
そして、本件明細書には、無機酸化物担体の調製について、例えば無機酸化物担体Aついて、本件明細書に上記第7の1(2)ア(ア)でも記載したように詳細に記載されており、原料はすべて製造元が記載されており、製造工程、処理手段、分量、濃度、温度、時間など、いずれも詳細に記載され、この調整法によって無機酸化物担体を製造することで、本件発明1の(a)及び(c)を満たすべく適切な表面性状、細孔構造をもった無機酸化物担体が得られているといえる。
そうすると、本件発明1〜4で特定される無機酸化物担体について、実施可能要件を満たさないとはいえない。

第9 むすび
以上のとおり、本件発明1〜4及び6に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によって、取り消すことはできない。さらに、他に本件発明1〜4及び6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項5に係る特許は、訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項5に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】炭化水素油の水素化脱硫触媒、および水素化脱硫方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素存在下で炭化水素油中の硫黄分及び窒素分を除去するための水素化脱硫触媒、その製造方法および水素化脱硫方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製プロセスでは、炭化水素油中の硫黄や窒素などの不純物の除去を目的として、多種多様の水素化処理触媒が使用されている。しかしながら、世界規模での環境保全が問われる近年においては、精製された炭化水素油における硫黄分の規制が厳しさを増している。特に、自動車排出ガス中に含まれる有害物質の更なる低減のためには軽油の低硫黄化が大きな課題とされている。これは、排出ガス処理装置の触媒材料として用いられる貴金属や塩基性酸化物等が硫黄による被毒を受けやすいためである。このため、日本では軽油やガソリンなどの液体燃料について硫黄分を10ppm以下に低減したサルファーフリー化がなされており、それに伴い水素化処理触媒においても高い脱硫性能を有する高性能な触媒の開発が行われている。
【0003】
通常、炭化水素油を脱硫するためには、水素化脱硫触媒を充填した固定床反応塔にて水素気流中、高温高圧の反応条件で炭化水素油を水素化脱硫する処理が行なわれる。この処理に用いられる水素化脱硫触媒としては、環境規制に対応できる脱硫性能の高いものが要求され、アルミナ等の担体にモリブテンやコバルト等の活性金属が担持されたものが広く使用されている。
【0004】
水素化処理触媒の活性を増加させるためには、触媒の調製時において担体と活性層前駆体との間の相互作用を良好に制御することが重要であることが知られている。非特許文献1によると特に単位活性点当りの脱硫活性は、アルミナ担体やシリカ担体と比べて炭素担体が高いことが報告されている。しかしながら、炭素担体は、嵩密度が低いことや触媒活性等の担体の物性の点において工業的に使用する際に問題となる点が多く、一般的に使用された例は少ない。
【0005】
一方、炭素を含有した担体を用いた触媒に関する検討も広く行われており、特許文献1には、担体の比表面積が150m2/g未満において炭素を0.5〜2.6重量%含むことにより高い脱硫活性を示すことが記載されている。しかしながら、上記手法を150m2/g以上の高比表面積担体に適用した場合、炭素量の増加による脱硫活性の向上は見られていない。そのため、本触媒は、一般的な工業触媒と比較して比表面積の小さな触媒となり、性能的には改良の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許4547922号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】S.M.A.M. Bouwens et al., Journal of Catalysis, 146, 375−393,(1994).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、脱硫活性に優れた炭化水素油の水素化脱硫触媒およびその製造方法を提供することにある。また、炭化水素油中の硫黄分及び窒素分を高い除去率で除去できる炭化水素油の水素化脱硫方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒は、モリブデン及びタングステンの少なくとも一方である第1の金属成分と、周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の第2の金属成分と、を含み、前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算における含有量[MOx]に対する、前記第2の金属成分の酸化物(MO)換算における含有量[MO]の比([MO]/[MOx])が0.13以上である含浸液を、アルミニウムを含む無機酸化物担体に接触させることにより得られ、前記第1の金属成分と、前記第2の金属成分と、炭素成分と、を含む炭化水素油の水素化脱硫触媒であって、
(a)前記無機酸化物担体の比表面積が200〜400m2/gの範囲にあり、
(b)前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量[MOx]に対する、前記炭素成分の含有量[C]の比([C]/[MOx])が0.10〜0.40の範囲にあり、
(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり、
(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり、
無機酸化物担体は、有効成分としてボリアが含まれない、
ことを特徴とする。
【0010】
本発明の具体的な例を以下に列挙するが、本発明の範囲を限定するものではない。
前記無機酸化物担体は、アルミニウム酸化物であるか、またはアルミニウムとチタニウム、ケイ素、リン、ジルコニウム及びマグネシウムから選ばれる少なくとも1種以上の元素とからなる無機複合酸化物である。
前記周期表第VIII族から選ばれる金属成分は、コバルトおよびニッケルから選ばれる。
前記金属成分は、水素化脱硫担体100質量部に対して5〜40質量部の範囲にある。
なお、周期表第VIII族の酸化物の形態は、例えばNiO、CoOとする。
【0011】
(削除)
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒は、アルミニウムを含む無機酸化物担体に活性金属及び炭素を担持させると共に、活性金属及び炭素の質量比および形態を制御している。この制御により炭素によるネットワーク構造が形成され、このネットワーク構造の中に活性金属が高分散すると考えられ、後述の実施例にて実証されているように水素化脱硫触媒は、高い脱硫活性を発揮することができる。また本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒は、安定して長い使用寿命が得られる。
また、本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒の製造方法によれば、活性金属及び炭素の質量比を適切化した含浸液を担体に接触させているので、脱硫活性に優れた水素化脱硫触媒を製造できる。
さらに、本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒を用いることで、高い脱硫活性を持つ炭化水素油の水素脱硫方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例で調製した触媒のラマン分析結果の一例を示すグラフである。
【図2】比較例で調製した触媒のラマン分析結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
[炭化水素油の水素化脱硫触媒について]
本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒は、アルミニウムを含む無機酸化物担体と、モリブデン及びタングステンの少なくとも一方と、周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の金属成分と、炭素成分と、からなる。
【0015】
〈無機酸化物担体〉
前記水素化脱硫触媒を構成するアルミニウムを含む無機酸化物担体としては、公知のこの種の触媒に使用される担体であって、各種の無機物からなるものを挙げることができる。この無機物よりなる担体あるいは担体を構成する無機物成分としては、例えばアルミナ、またはアルミナとシリカ、リン、チタニア、ジルコニア、マグネシア等から選ばれる少なくとも一種との複合酸化物からなる各種の複合酸化物を挙げることができる。言い換えれば、複合酸化物は、アルミニウムと、チタニウム、ケイ素、リン、ジルコニウムおよびマグネシウムから選ばれる少なくとも1種以上の元素と、を含む。
【0016】
複合酸化物の具体例としては、例えば、シリカアルミナ、ゼオライト、アルミナチタニア、アルミナリン、アルミナマグネシア、アルミナジルコニア、アルミナチタニアシリカ等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。無機酸化物担体の性状及び形状は、担持する金属成分の種類や組成等の種々の条件及び触媒の用途に応じて、適宜選択される。
【0017】
例えば、前記活性金属成分を担体に高分散状態に有効に担持して触媒活性を十分に確保するためには、通常、多孔質の担体、とりわけ、細孔径500Å以下の比較的小さな細孔を有するものが好適に使用される。また、担体あるいは触媒体の機械的強度や耐熱性等の物性を制御するために、担体あるいは触媒体の形成に際して適当なバインダー成分や添加剤を含有させることもできる。
【0018】
本発明に係る炭化水素油の水素化脱硫触媒に使用される無機酸化物担体(以下、単に「担体」ともいう。)として、例えばアルミニウム単独酸化物、またはアルミニウムとケイ素およびチタニウムからなる複合酸化物を用いた場合におけるアルミニウム等の含有量について記載する。担体中のアルミニウムの含有量は、アルミニウム酸化物(Al2O3)換算で75質量%以上が好ましく、より好ましくは80質量%以上である。酸化物換算のアルミニウムの含有量が75質量%未満であると、触媒の劣化が早くなる傾向にある。
【0019】
担体中のケイ素の含有量は、ケイ素酸化物(SiO2)換算で1.0〜12.0質量%が好ましく、より好ましくは2.0〜10.0質量%である。12.0質量%より過度に大きいと、シリカが凝集し、担体細孔分布がブロードとなることから脱硫活性および脱窒素活性が低下する傾向にある。
【0020】
担体中のチタニウムの含有量は、チタニウム酸化物(TiO2)換算で1.0〜10.0質量%が好ましく、より好ましくは2.0〜8.0質量%である。酸化物換算のチタニウム含有量が10.0質量%より過度に大きいと、担体細孔分布がブロードとなり脱硫活性が低下する傾向にある。
【0021】
担体中のリンの含有量は、リン酸化物(P2O5)換算で0.5〜8.0質量%が好ましく、より好ましくは1.0〜3.0質量%である。酸化物換算のリン含有量が8.0質量%より過度に大きいと、担体最高分布がブロードとなり脱硫性能が低下する傾向にある。
【0022】
本発明の無機酸化物担体は、以下の(a)〜(d)の性状を有する。以下、それぞれについて詳しく説明する。なお、無機酸化物担体の細孔直径および細孔分布は水銀圧入法により測定した値である。細孔直径は、水銀の表面張力480dyne/cm、接触角150°を用いて計算した値である。また、細孔容積(PV)は水のポアフィリング法にて測定した値である。
【0023】
(a)水のポアフィリング法で測定した細孔容積(PV)が、0.60〜1.0ml/gである。
水のポアフィリング法で測定した細孔容積(PV)が、0.60〜1.0ml/gの範囲であることが好ましく、より好ましくは0.75〜0.95ml/gである。細孔容積(PV)が、0.60ml/gよりも過度に小さいと、脱硫活性が低くなり、脱硫性能が低下するおそれがあるため好ましくない。一方、1.0ml/gより過度に大きいと触媒強度が低下するおそれがあり、さらに、充填密度が低くなり、脱硫活性が低下する傾向もあるので好ましくない。
【0024】
(b)BET法で測定した比表面積(SA)が、200〜400m2/gである。 BET法で測定した比表面積(SA)が、200〜400m2/gの範囲であることが必要であり、好ましくは220〜380m2/gである。比表面積(SA)が、200m2/gよりも小さいと、金属成分が凝集しやすくなり、脱硫性能が低下するおそれがあるため好ましくない。一方、400m2/gより大きいと平均細孔径や細孔容積が小さくなり、脱硫活性が低下する傾向があるので好ましくない。
【0025】
〈金属成分〉
炭化水素油用の無機酸化物担体に担持される金属成分としては、周期表第VIA族(IUPAC第6族)および第VIII族(IUPAC第8族〜第10族)から選ばれることが知られている。
周期表第VIA族の金属成分(第1の金属成分)としては、モリブデン以外にはタングステンを好適に使用することができるが、モリブデン及びタングステンの両方を用いてもよい。
周期表第VIII族の金属成分(第2の金属成分)としては、コバルト、ニッケルが好適に使用される。
【0026】
周期表第VIA族および第VIII族から選ばれる金属成分(第1の金属成分及び第2の金属成分)の総含有量は、無機酸化物担体100質量部に対して、金属成分の酸化物として、5〜40質量%(質量部)の範囲が好ましく、10〜35質量%の範囲が更に好ましい。第1の金属成分及び第2の金属成分の総含有量が5質量%より過度に小さいと、反応に必要な脱硫活性が確保できないおそれがあり、40質量%より過度に大きいと、金属成分が凝集しやすくなり、分散性を阻害するおそれがあるので好ましくない。
金属成分の原料としては、硝酸ニッケル、炭酸ニッケル、硝酸コバルト、炭酸コバルト、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウムなどが好ましく使用される。
【0027】
〈炭素成分〉
炭化水素油用の無機酸化物担体に担持される炭素成分の供給源は、2種以上の有機酸であるか、または有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群であるが、さらに、無機酸も同時に使用することもできる。なお、有機化合物群とは、1種の有機酸と1種の有機添加剤とを混在させたものも含まれる。
前記有機酸としては、例えば、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)が用いられ、より好ましくは、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、グルコン酸を用いることができる。
【0028】
また、有機添加剤としては、糖類(単糖類、二糖類、多糖類等)が用いられ、例えば、ブドウ糖(グルコース;C6H12O6)、果糖(フルクトース;C6H12O6)、麦芽糖(マルトース;C12H22O11)、乳糖(ラクトース;C12H22O11)、ショ糖(スクロース;C12H22O11)等が好ましい糖類として挙げられる。これら糖類は、それぞれ単独で使用してもよく、またこれらの物質が混在していてもよい。より好ましくはグルコース、スクロースを用いることができる。
【0029】
また、無機酸も有機酸と同時に使用してもよい。無機酸としては、リン化合物が好ましく、使用されるリン化合物としては、好ましくは、オルトリン酸(以下、単に「リン酸」ともいう)、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、トリメタリン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸が用いられ、より好ましくは、オルトリン酸を用いることができる。
【0030】
第1の金属成分の酸化物(MOx)換算における含有量[MOx]に対する、炭素成分の含有量を[C]とすると、[MOx]に対する[C]の比である質量比[C]/[MOx]が0.10〜0.40の範囲にあることが好ましく、0.10〜0.30の範囲であることがより好ましい。質量比[C]/[MOx]が0.10より小さいと、触媒中の活性金属に対して炭素量が少なすぎるため、炭素ネットワーク構造が形成されにくく、活性金属のシンタリング等が生じて、触媒の活性が低下するおそれがある。質量比[C]/[MOx]が0.40を超えると、触媒の調製時に用いる有機酸、あるいは有機酸と有機添加剤とからなる有機化合物群を多量に用いなければならないので、後述する含浸液の粘度が上昇し、このため担体細孔内まで金属が担持されにくくなるおそれがある。
【0031】
また一般に、平面性を有する炭素では、その構造因子として、ラマンスペクトルの1200〜1550cm−1付近と1550〜1650cm−1付近に吸収が検出されることが知られている(炭素材料学会編:「最新の炭素材料実験技術(分析・解析編)」、サイベック、(2001)89−99参照)。本発明に係る水素化脱硫触媒では、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析において、
1400〜1800cm−1の範囲にスペクトルピーク(吸光度のピーク)があり、スペクトルの一部、1200〜1500cm−1の範囲に変曲点を有する場合がある。
本発明に係る水素化脱硫触媒は、このように特徴的な吸収を有することから、金属成分が担持される際、炭素によるネットワーク構造体の形成が示唆されている。この構造体の形成機構については定かではないが、炭素成分は、含浸液中に炭素源(炭素成分の供給源)となる有機酸、有機添加物を溶解し、金属成分のイオンと錯体形成する。金属錯体は、導入する有機添加物、酸種によって異なり、加熱処理時に一部分解、反応し、硬質な炭素ネットワークを構築しているものと考えられる。より複雑な炭素ネットワーク構築のためには、有機酸および有機添加物を2種類以上導入することが望ましい。このような加熱処理を適切な条件の基で行った場合、炭素によるネットワーク構造が破壊されず、金属成分が炭素によるネットワーク構造中で活性金属を高分散で保持され、そのため高い脱硫活性を示すものと考えられる。
【0032】
本発明に係る水素化脱硫触媒は、波長532nmのレーザーを用いたラマン分析により、アモルファスな炭素由来の1400〜1800cm−1の範囲のピーク強度[A]とモリブデンまたはタングステンの酸化物由来の850〜1050cm−1の範囲のピーク強度[B]の比([A]/[B])が1.0以上であることが好ましく、1.1以上であることがより好ましい。後述の実施例及び比較例にて用いた水素化脱硫触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]、[Bを図1及び図2に示しておく。上記の比([A]/[B])が、1.0以上であると、炭素によるネットワーク構造中に活性金属が取り込まれ、1.0を下回ると、炭素によるネットワーク構造が形成されにくく、またネットワーク構造が形成されたとしても、ネットワーク構造の表面に活性金属が露出し、本発明の効果が得られにくくなるものと考えられる。
【0033】
[炭化水素油の水素化脱硫方法について]
本発明の水素化脱硫触媒により脱硫化を図る対象となる、炭化水素油は、例えば、原油の常圧蒸留装置から得られる直留灯油または直留軽油、常圧蒸留装置から得られる直留重質油や残査油を減圧蒸留装置で処理して得られる減圧軽油または減圧重質軽油、脱硫重油を接触分解して得られる接触分解灯油または接触分解軽油、減圧重質軽油あるいは脱硫重油を水素化分解して得られる水素化分解灯油または水素化分解軽油、コーカー等の熱分解装置から得られる熱分解灯油または熱分解軽油等が挙げられ、沸点が180〜390℃の留分を80容量%以上含んだ留分である。該触媒を使用した水素化脱硫処理は、固定床反応装置に触媒を充填して水素雰囲気下、高温高圧条件で行なわれる。
【0034】
本発明の触媒では、高い脱硫活性が得られるため、炭化水素油の水素化脱硫精製処理量を向上させることができる。しかも、脱窒素活性が高いため、窒素の含有量が多いような炭化水素油に適用できるなど、多種多様な原料を処理することが可能になる。
【0035】
〈炭化水素油の水素化脱硫触媒の製造方法〉
次に、本発明の炭化水素油の水素化脱硫触媒の製造方法について説明する。
本発明に係る炭化水素油の水素化脱硫触媒の製造方法は、アルミニウムを含む無機酸化物担体を準備する第1工程と、アルミニウムを含む無機酸化物担体に、モリブデン及びタングステンの少なくとも一方である第1の金属成分と周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の第2の金属成分と炭素成分とを含む含浸液を接触させる第2工程と、第2工程で含浸液と接触させた担体を100〜500℃で加熱処理して水素化脱硫触媒を得る第3工程を有する。以下、それぞれの工程について説明する。
【0036】
〈第1工程〉
第1工程は、塩基性アルミニウム塩水溶液と酸性アルミニウム塩の水溶液を、pHが6.5〜9.5、好ましくは6.5〜8.5、より好ましくは6.8〜8.0になるように混合して無機酸化物の水和物を得る工程である。
アルミニウム以外の元素を含む無機複合酸化物の水和物を得る場合は、用いる金属塩のpHにより、酸性水溶液または塩基性水溶液のアルミニウム塩の水溶液に予め混合した後、前記pHの範囲になるように混合して、無機複合酸化物の水和物を得る。
【0037】
前記担体において、ケイ素酸化物の含有量が高い担体を調製するには、アルミニウム塩中にケイ酸イオンを混合する際、ケイ酸イオンの溶解度が低下しケイ酸イオンが凝集しやすくなることから、ケイ素が均一に分散した担体が得られ難いおそれがある。そのため、他の金属イオンおよび/または金属塩を添加することでケイ酸イオンの凝集を抑制し、均一に分散状態を保つことができ、ケイ素酸化物含有量の高い担体を調製することが可能となる。
【0038】
また、塩基性アルミニウム塩としては、アルミン酸ナトリウム、アルミン酸カリウムなどが好適に使用される。また、酸性アルミニウム塩としては、硫酸アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムなどが好適に使用され、チタン鉱酸塩としては、四塩化チタン、三塩化チタン、硫酸チタン、硫酸チタニル、硝酸チタンなどが例示され、特に硫酸チタン、硫酸チタニルは安価であるので好適に使用される。また、リン酸塩源としては、亜リン酸イオンをも包含し、リン酸アンモニア、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸、亜リン酸などの水中でリン酸イオンを生じるリン酸化合物が使用可能である。
【0039】
前記2種のアルミニウム塩水溶液を混合する際、通常40〜90℃、好ましくは50〜70℃に加温して保持し、この溶液の温度の±5℃、好ましくは±2℃、より好ましくは±1℃に加温した混合水溶液を、pHが6.5〜9.5、好ましくは6,5〜8.5、より好ましくは6.5〜8.0になるように、通常5〜20分、好ましくは7〜15分の間に連続添加し沈殿を生成させ、水和物のスラリーを得る。
【0040】
ここで、塩基性アルミニウム塩水溶液への混合水溶液の添加に要する時間は、長くなると擬ベーマイトの他にバイヤライトやギブサイト等の好ましくない結晶物が生成することがあるので、15分以下が望ましく、13分以下が更に望ましい。バイヤライトやギブサイトは、加熱処理した時に比表面積が低下するので、好ましくない。
【0041】
無機酸化物担体を生成する具体的な工程の一例を挙げておく。既述の無機酸化物の水和物のスラリーを所望の手法により熟成した後、洗浄して副生成塩を除き、アルミナを含む、あるいはアルミナやアルミナ以外のケイ素などの他の元素を含む水和物のスラリーを得る。この水和物のスラリーを例えば更に加熱熟成した後、慣用の手段により例えば加熱捏和して成型可能な捏和物とした後、押し出し成型などにより所望の形状に成型し、次いで例えば70〜150℃、好ましくは90〜130℃で加熱乾燥し、好ましくは更に例えば400〜800℃、好ましくは450〜600℃で、例えば0.5〜10時間、好ましくは2〜5時間焼成して無機酸化物担体を得る。
【0042】
〈第2工程〉
無機酸化物担体に、モリブデン及びタングステンの少なくとも一方である第1の金属成分と周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の第2の金属成分と炭素成分とを含む含浸液を接触させる。
金属成分の原料としては、例えば、三酸化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、メタタングステン酸アンモニウム、パラタングステン酸アンモニウム、三酸化タングステン、硝酸ニッケル、炭酸ニッケル、硝酸コバルト、炭酸コバルト等が好適に使用される。
含浸液は、酸を用いてpHを4以下にして、金属成分を溶解させることが好ましい。pHが4を超えると溶解している金属成分の安定性が低下して析出する傾向にある。
【0043】
リン化合物としては、好ましくは、オルトリン酸(以下、単に「リン酸」ともいう)、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、トリメタリン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸が用いられ、より好ましくは、オルトリン酸を用いることができる。
【0044】
水素化脱硫触媒において、リン化合物は、酸化モリブデンに対して、酸化物換算で3〜25質量%含有されることが好ましく、5〜15質量%の範囲で含有されることがより好ましい。リン化合物の含有量が、酸化モリブデンに対して、25質量%より過度に超えると予備硫化済み水素化脱硫触媒の性能が低下する傾向にあり、3質量%より過度に小さいと含浸液の安定性が悪くなり好ましくない。
【0045】
炭素成分としては、有機酸、有機添加剤等があげられる。有機酸としては、例えば、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)が使用でき、特に、クエン酸、リンゴ酸が好適に用いられる。有機添加剤としては、糖類(単糖類、二糖類、多糖類等)が用いられ、例えば、ブドウ糖(グルコース;C6H12O6)、果糖(フルクトース;C6H12O6)、麦芽糖(マルトース;C12H22O11)、乳糖(ラクトース;C12H22O11)、ショ糖(スクロース;C12H22O11)等が好ましい糖類として挙げられる。これら糖類は、それぞれ単独で使用してもよく、またこれらの物質が混在していてもよい。より好ましくはグルコース、スクロースを用いることができる。
【0046】
炭素成分は、第1の金属成分の酸化物(MOx)換算での含有量[MOx]に対して、炭素として質量比([C]/[MOx])が、既述のように0.10〜0.40の範囲にあることが好ましい。
なお、上記担体に、上記金属成分、炭素成分を含有させる方法は、特に限定されず、含浸法(平衡吸着法、ポアフィリング法、初期湿潤法等)、イオン交換法等の公知の方法を用いることができる。ここで、含浸法とは、担体に活性金属を含む含浸液を含浸させた後、加熱処理する方法である。含浸法では、金属成分を同時に担持することが好ましい。別々に金属を担持すると、脱硫活性が不充分になることがある。
【0047】
〈第3工程〉
第2工程で含浸液と接触させて得られる金属成分を担持した担体を、100〜500℃、好ましくは105〜480℃、さらに好ましくは110〜470℃で、0.5〜10時間、好ましくは1〜8時間で加熱処理した後、本発明の水素化脱硫触媒を製造する。ここで焼成温度が100℃より過度に低いと、残存水分による操作性が悪くなり、また金属担持状態が均一になりにくいおそれがあり、500℃を過度に超えると、残存炭素成分の量が減少し炭素ネットワーク構造が形成されにくく効果が期待できなくなるおそれがあるので好ましくない。
【0048】
[測定方法について]
後述のように、本発明の実施例及び比較例の各々における水素化脱硫触媒について、成分の含有量、比表面積及び性状に関する数値を測定しているが、これらの測定を行う方法について記載しておく。
〈担体成分(アルミナ、シリカ、酸化リン)および金属成分(モリブデン、コバルト、ニッケル)の含有量の測定方法〉
測定試料3gを容量30mlの蓋付きジルコニアボールに採取し、加熱処理(200℃、20分)させ、焼成(700℃、5分)した後、Na2O2 2gおよびNaOH 1gを加えて15分間溶融した。さらに、H2SO4 25mlと水200mlを加えて溶解したのち、純水で500mlになるよう希釈して試料とした。得られた試料について、ICP装置(島津製作所(株)製、ICPS−8100、解析ソフトウェアICPS−8000)を用いて、各成分の含有量を酸化物換算基準(Al2O3、SiO2、P2O5、MoO3、NiO、CoO)で測定した。
【0049】
〈比表面積の測定方法〉
測定試料を磁製ルツボ(B−2型)に約30ml採取し、300℃の温度で2時間加熱処理後、デシケータに入れて室温まで冷却し、測定用サンプルを得た。次に、このサンプルを19取り、全自動表面積測定装置(湯浅アイオニクス社製、マルチソープ12型)を用いて、試料の比表面積(m2/g)をBET法にて測定した。
【0050】
〈細孔容積の測定方法〉
水のポアフィリング法で細孔容積を測定した。
【0051】
〈X線解析の測定方法〉(結晶形判別した手法)
測定試料を磁性ルツボ(B−2型)に約30ml採取し、110℃で12時間加熱して加熱処理させた後、デシケータに入れて室温まで冷却した。次に、冷却物を乳鉢で15分間粉砕した後、X線回折装置(理学電機(株)製、RINT1400)を用いて結晶形態を測定した。なお、本発明でいう結晶形態は、この測定結果から判定された形態(たとえば、γ−アルミナなど)を示す。
【0052】
〈ラマンスペクトルの測定方法〉
レーザー波長532nmのレーザー励起によるラマンスペクトル測定を室温にて実施した。測定試料は、破砕した後、堀場製作所製LabRAMを用いて200から2000cm−1まで測定した。
【0053】
[実施例]
無機酸化物担体の調製例と、含浸液の調製例と、各無機酸化物担体及び含浸液を用いた本発明の実施例である水素化脱硫触媒の調製例と、各無機酸化物担体及び含浸液を用いた比較例である水素化脱硫触媒の調製例について以下に記載する。
まず無機酸化物担体の調製例について記載する。
【0054】
〈無機酸化物担体Aの調製〉
容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、Al2O3濃度換算で22質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)9.09kgを入れ、イオン交換水で希釈して40.00kgとした後、濃度99質量%のグルコン酸ナトリウム(扶桑化学工業(株)製)60.0gとを加え、撹拌しながら60℃に加温し、濃度5質量%のグルコン酸ナトリウム含有アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を調製した。
また、濃度がAl2O3換算で7質量%の硫酸アルミニウム水溶液(日揮触媒化成(株)製)14.29kgをイオン交換水25.71kgで希釈した硫酸アルミニウム水溶液を60℃に加温した硫酸アルミニウム水溶液(L2)を調製した。
次に、前記アルミン酸ナトリウム水溶液(L1)を撹拌しながら、これに前記硫酸アルミニウム水溶液(L2)を、10分間で添加して、Al2O3濃度換算で3.8質量%のアルミナ酸化物水和物スラリーを調製した。このとき、アルミナ酸化物水和物スラリーのpHは7.2であった。
【0055】
得られたアルミナ酸化物水和物スラリーを、撹拌しながら60℃で60分間熟成した後、平板フィルターを用いてしたアルミナ酸化物水和物スラリーを脱水した後、濃度0.3質量%のアンモニア水溶液1.5Lで洗浄した。洗浄後のケーキ状スラリーにAl2O3濃度換算で10質量%になるようにイオン交換水で希釈してスラリー化した後、濃度15質量%のアンモニア水を添加してpH10.5に調製した。これを還流機付熟成タンクに移し、撹拌しながら95℃で10時間熟成した。熟成終了後のスラリーを脱水し、スチームジャケット付き双腕式ニーダーで練りながら加温し、所定の水分まで濃縮捏和した。得られた捏和物をスクリュー式押し出し成型機で直径が1.8mm、長さ3mmの円柱状に成型し、110℃で12時間加熱処理した後、電気炉で550℃、3時間焼成して無機酸化物担体(A)(以下、単に「担体A」ともいう。以下の調製例、実施例及び比較例についても同様である。)を調製した。
無機酸化物担体Aについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0056】
〈無機酸化物担体Bの調製〉
担体Aの調製において、110℃で12時間加熱処理した後、電気炉での焼成温度を800℃とした以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Bを得た。
無機酸化物担体Bについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0057】
〈無機酸化物担体Cの調製〉
担体Aの調製において、容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、Al2O3濃度換算で22質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液8.91kg、イオン交換水39.20kgで希釈後、SiO2濃度換算で5質量%のケイ酸ナトリウム(AGCエスアイテック(株)製;SiO2濃度24質量%)溶液1.20kgを撹拌しながら添加し、60℃に加温して、塩基性アルミニウム塩水溶液を作成した。また、硫酸アルミニウム水溶液14.00kg、硫酸アルミニウムを希釈するイオン交換水25.2kgを用いたこと以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Cを得た。
無機酸化物担体Cについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0058】
〈無機酸化物担体Dの調製〉
担体Aの調製において、容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、アルミン酸ナトリウム水溶液8.45kg、イオン交換水28.8kgで希釈後、ケイ酸ナトリウム溶液4.20kgを撹拌しながら添加し、60℃に加温して、塩基性アルミニウム塩水溶液を作成した。また、硫酸アルミニウム水溶液13.29kg、硫酸アルミニウムを希釈するイオン交換水23.91kgを用いたこと以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Dを得た。
無機酸化物担体Dについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0059】
〈無機酸化物担体Eの調製〉
容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、Al2O3濃度換算で22質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液8.64kgを入れ、イオン交換水29.4kgで希釈後、濃度100質量%のグルコン酸ナトリウム57.0gとを加え、撹拌しながら60℃に加温し、濃度5質量%のグルコン酸ナトリウム含有アルミン酸ナトリウム水溶液(L3)を調製した。また、硫酸アルミニウム水溶液13.57kgを24.4kgのイオン交換水で希釈した酸性アルミニウム塩水溶液と、TiO2濃度換算で33質量%の硫酸チタニル(テイカ(株)製)0.46kgを2.54kgのイオン交換水に溶解したチタニウム鉱酸塩水溶液とを混合し、60℃に加温して、硫酸アルミニウム水溶液(L4)を作成した。
次に、前記アルミン酸ナトリウム水溶液(L3)を撹拌しながら、これに前記硫酸アルミニウム水溶液(L4)を、10分間で添加して、Al2O3濃度換算で3.8質量%のアルミナチタニア酸化物水和物スラリーを調製した以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Eを得た。
無機酸化物担体Eについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0060】
〈無機酸化物担体Fの調製〉
容量が100Lのスチームジャケット付のタンクに、アルミン酸ナトリウム水溶液8.91kgを入れ、イオン交換水30.3kgで希釈後、グルコン酸ナトリウム59.0gとを加え、撹拌しながら60℃に加温し、濃度5質量%のグルコン酸ナトリウム含有アルミン酸ナトリウム水溶液(L5)を調製した。また、硫酸アルミニウム水溶液14.00kgを25.2kgのイオン交換水で希釈した酸性アルミニウム塩水溶液と、硫酸チタン0.18kgを1.02kgのイオン交換水に溶解したチタニウム鉱酸塩水溶液とを混合し、60℃に加温して、硫酸アルミニウム水溶液(L6)を作成した。
次に、前記アルミン酸ナトリウム水溶液(L5)を撹拌しながら、これに前記硫酸アルミニウム水=溶液(L6)を、10分間で添加して、Al2O3濃度換算で3.8質量%のアルミナチタニア酸化物水和物スラリーを調製した以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Fを得た。
無機酸化物担体Fについて、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
【0061】
〈無機酸化物担体Gの調製〉
担体Aの調製において、110℃で12時間加熱処理した後、電気炉での焼成温度を950℃とした以外は担体Aと同様の調製を行い、担体Gを得た。
【0062】
無機酸化物担体Gは、X線解析による結晶形態、比表面積の測定結果を表1に示す。
なお、前記担体の細孔容積の測定結果については、表1には記載していないが、担体A及びDは0.78ml/g、担体B、C及びGは0.76ml/g、担体Eは0.75ml/g、担体Fは0.74ml/gであった。
【0063】
〈含浸液a1の調製〉
三酸化モリブデン(Climax(株)製;MoO3濃度99.9質量%)169.99と炭酸コバルト((株)田中化学研究所製;CoO濃度61質量%)70.1gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸(関東化学(株)製;P2O5濃度62質量%)42.0gおよびクエン酸(関東化学(株)製:、純度99.9質量%)64.3gとグルコン酸(関東化学(株)製、純度50質量%)147.8gを加えて溶解させ、含浸液a1を調製した。
〈含浸液a2の調製〉
三酸化モリブデン162.0gと炭酸コバルト34.6gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸34.3gおよびクエン酸31.7gとグルコン酸140.8gを加えて溶解させ、含浸液a2を調製した。
〈含浸液a3の調製〉
三酸化モリブデン166.7gと炭酸コバルト59.3gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸35.3gおよびクエン酸54.3gとグルコン酸144.9gを加えて溶解させ、含浸液a3を調製した。
〈含浸液a4の調製〉
三酸化モリブデン171.9gと炭酸コバルト99.1gとを、イオン交換水400mlに懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸24.3gおよびクエン酸90.8gとグルコン酸149.5gを加えて溶解させ、含浸液a4を調製した。
〈含浸液a5の調製〉
クエン酸の量を85.7gに、グルコン酸の量を108.2gに変化させた他は、含浸液a1と同様にして含浸液a5を調製した。
〈含浸液a6の調製〉
クエン酸の量を34.3gに、グルコン酸の量を59.0gに変化させた他は、含浸液a1と同様にして含浸液a6を調製した。
〈含浸液a7の調製〉
グルコン酸の量を29.6gに変化させた他は、含浸液a1と同様にして含浸液a7を調製した。
〈含浸液a8の調製〉
クエン酸の量を107.1gに、グルコン酸の量を147.8gに変化させた他は、含浸液a1と同様にして含浸液a8を調製した。
〈含浸液a9の調製〉
三酸化モリブデン159.3gと炭酸コバルト20.4gとを、イオン交換水400m1に懸濁させ、この懸濁液を95℃で5時間液容量が減少しないように適当な還流措置を施して加熱した後、リン酸33.7およびクエン酸18.7gとグルコン酸138.5gを加えて溶解させ、含浸液a9を調製した。
【0064】
〈含浸液bの調製〉
〈含浸液bの調製〉 グルコン酸を酒石酸(関東化学(株)製;酒石酸濃度99質量%)73.9gに変更した他は、含浸液a1と同様にして含浸液bを調製した。
【0065】
〈含浸液c1の調製〉
グルコン酸の代わりにグルコース(関東化学(株)製、純度98質量%)74.7gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液c1を調製した。
〈含浸液c2の調製〉
金属種をコバルトからニッケルに変更し、炭酸ニッケル(正同化学工業(株)製;NiO濃度55質量%)77.9gを変化させた他は、含浸液c1と同様にして含浸液c2を調製した
〈含浸液c3の調製〉
コバルト量を炭酸コバルト55.6gに変更し、炭酸ニッケル16.1gを追加した他は、含浸液c1と同様にして含浸液c3を調製した。
【0066】
〈含浸液dの調製〉
グルコン酸の代わりにスクロース(関東化学(株)製、純度99質量%)73.9gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液dを調製した。
【0067】
〈含浸液eの調製〉
クエン酸の代わりにリンゴ酸(関東化学(株)製、純度98質量%)65.0gを用いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液eを調製した。
【0068】
〈含浸液fの調製〉
リン酸の添加を除いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液fを調製した。
【0069】
〈含浸液gの調製〉
クエン酸の量を107.1gにグルコン酸の添加を除いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液gを調製した。
【0070】
〈含浸液hの調製〉
グルコン酸の代わりにグルコース74.7gを用い、クエン酸の添加を除いた他は、含浸液a1と同様にして含浸液hを調製した。
【0071】
〈含浸液iの調製〉
有機物を用いない他は、含浸液a1と同様にして含浸液iを調製した。
上述の各含浸液について、第1の金属成分の酸化物(MOx)換算における含有量[MOx]に対する、周期表第VIII族から選ばれる前記第2の金属成分の酸化物(MO)換算における含有量[MO]の比([MO]/[MOx])を記載しておく。
含浸液a1、b、c1、d、e、f、a5、a6、a7、g、h、i、a8の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=169.9g×0.999(純度99,9%)=169.7g
[MO]=70.1g×0.61(純度61%)=42.8gであるから、
42.8/169.7=0.25である。
含浸液a2の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=162.0g×0.999=161.8g
[MO]=34.6g×0.61=21.1gであるから、
21.1/161.8=0.13である。
含浸液a3の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=166.7g×0.999=166.5g
[MO]=59.3g×0.61=36.2gであるから、
36.2/166.5=0.22である。
含浸液a4の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=171.9g×0.999=171.7g
[MO]=99.1g×0.61=60.5gであるから、
60.5/171.9=0.35である。
含浸液c2の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=169.9g×0.999=169.7g
[MO]=77.9g×0.55(純度55%)=42.8gであるから、
42.8/169.7=0.25である。
含浸液c3の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=169.9g×0.999=169.7g
[MO]=(55.6g×0.61)+(16.1g×0.55)
=33.9+8.9=42.8gであるから、
42.8/169.7=0.25である。
含浸液a9の([MO]/[MOx])は、
[MOx]=159.3g×0.999=159.1g
[MO]=20.4g×0.61=12.4gであるから、
12.4/159.1=0.08である。
【0072】
〈実施例1:水素化脱硫触媒の調製〉
調製した含浸液a1を、担体Aの細孔容積を全部埋める容積に相当する容量になるよう水分を調整した。担体Aの細孔容積は既述のように0.78ml/gであることから、500gの担体Aに対して調整すべき含浸液a1の容量は390ml(0.78ml/g×500g)である。次に、容量調整した含浸液a1を、500gの担体Aに噴霧含浸させた後、120℃で2時間加熱処理して、水素化脱硫触媒(以下、単に「触媒」ともいう。以下の実施例についても同様である。)を得た。得られた触媒の性状を表1に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
〈実施例2〜実施例18:水素化脱硫触媒の調製〉
既述のようにした調製した担体の種類(調製例)と含浸液の種類(調製例)とを表1のように組み合わせ、その他は実施例1と同様にして、実施例2〜実施例18の触媒を調製した。得られた触媒の性状を表1に示す。
〈比較例1〜比較例8:水素化脱硫触媒の調製〉
既述のようにした調製した担体の種類(調製例)と含浸液の種類(調製例)とを表1のように組み合わせ、その他は実施例1と同様にして、比較例1、比較例3〜比較例8の触媒を調製した。また含浸液a1を500gの担体Aに噴霧含浸させた後、500℃で2時間加熱処理した他は比較例1と同様にして比較例2の触媒を調製した。得られた触媒の性状を表1に示す。
なお、上記の触媒群の代表として実施例3の触媒及び比較例3の触媒について、ラマン分析の結果及びピーク強度[A]及びピーク強度[B]を図1及び図2に示しておく。
【0075】
〈確認試験〉
(確認試験の方法)
実施例1の触媒を固定床反応装置に充填し、触媒に含まれている酸素原子を脱離させて活性化するために、予備硫化処理した。この予備硫化処理は、硫黄化合物を含む液体または気体を200℃〜400℃の温度、常圧〜100MPaの水素圧雰囲気下の管理された反応容器中で流通させることによって行われる。この確認試験においては、硫黄化合物を含む石油蒸留物、それにジメチルサルファイド、ジメチルジスルフィドや二硫化炭素等の硫化剤を加えたもの、あるいは硫化水素を200〜400℃、常圧あるいはそれ以上の水素分圧の水素雰囲気化で予備硫化処理を行った。
【0076】
次いで、固定床流通式反応装置内に、直留軽油(15℃における密度0.8468g/cm3、硫黄分1.13質量%、窒素分0.083質量%)を150ml/時間の速度で供給して水素化脱硫処理を行い、水素化精製を行なった。その際の反応条件は、水素分圧が4.5MPa、液空間速度が1.0h−1、水素油比が250Nm3/klである。そして反応温度を300〜360℃の範囲で変化させ、各温度における精製油中の硫黄分析と窒素分析を行い、精製油中の硫黄分が8ppmになる温度および窒素分が1ppmになる温度をそれぞれ求めた。
そして実施例2〜実施例18及び比較例1〜比較例8における各触媒についても同様の確認試験を行った。各触媒を用いた水素化精製処理において、精製油中の硫黄分が8ppmになる温度(反応温度)および窒素分が1ppmになる温度を表1に示す。
【0077】
(確認試験の評価結果)
実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合には、精製油中の硫黄分が8ppmになる反応温度は、340〜349℃であり、いずれの触媒においても350℃を下回っている。
一方、比較例1〜比較例8の触媒を用いた場合には、上記の反応温度は、350〜360℃であって、いずれの触媒においても350℃以上であり、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合に比べて明らかに反応温度が高い。従って、実施例1〜実施例18の触媒の脱硫活性は、比較例1〜比較例8の触媒の脱硫活性に比べて高いことが分かる。
また、精製油中の窒素分が1ppmになる反応温度は、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合には、300〜319℃であり、何れの触媒においても320℃を下回っている。
【0078】
一方、比較例1〜比較例8の触媒を用いた場合には、上記の反応温度は、320〜330℃であって、いずれの触媒においても320℃以上であり、実施例1〜実施例18の触媒を用いた場合に比べて明らかに反応温度が高い。従って、実施例1〜実施例18の触媒の脱窒素活性は、比較例1〜比較例8の触媒の脱窒素活性に比べて高いことがわかる。
【0079】
このように実施例の触媒と比較例の触媒とにおいて脱硫活性および脱窒素活性に差異が生じている要因について考察してみる。先ず比較例1〜比較例5の各触媒の性状を見てみると、既述のラマン分析におけるスペクトルピークの吸光度の比(A/B)が本発明の下限値として規定している1.0を下回っている。従って、これらの触媒においては、炭素のネットワーク構造が十分に形成されていないと考えられ、このため各実施例の触媒に比べて脱硫活性が低くなっている。比較例2の触媒については、含浸液に接触させた触媒の焼成温度が500℃と高いため、炭素成分が飛散して全金属成分の酸化物換算の含有量に対する炭素成分の含有量の比が0.0になっている。
【0080】
比較例6の触媒については、ラマン分析におけるスペクトルピークの吸光度の比(A/B)が1.0よりも大きいが、全金属成分の酸化物換算の含有量に対する炭素成分の含有量の比が本発明の上限値として規定している0.4よりも大きい。これらの触媒においては、含浸液の粘度が高くなって含浸液が担体の細孔に十分行き渡らず、脱硫活性が低下しているのではないかと考えられる。
比較例7の触媒は、[MO]/[MOx]が0.10を下回っており、第1の金属成分と第2の金属成分との比が適切ではない。
比較例8の触媒は、担体の比表面積が180m2/gとかなり小さく、本発明の下限値として規定している200m2/gを下回っており、金属成分の凝集の程度が大きくなり、脱硫活性が低下していると考えられる。
【0081】
これに対して、実施例1〜実施例18の各触媒においては、ラマン分析におけるスペクトルピークの吸光度の比(A/B)が1.0以上であり、全金属成分の酸化物換算の含有量に対する炭素成分の含有量の比が0.10〜0.40の範囲にあるため、炭素によるネットワーク構造が形成されて、このネットワーク構造の中に活性金属が高い分散状態で取り込まれていると考えられる。そして担体の比表面積についても200〜400m2/gの範囲にあって適切化されていることと相まって、従って実施例1〜実施例18の各触媒は、高い脱硫活性が発揮されている。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の水素化脱硫触媒は、炭化水素油を高度に水素化脱硫することができるため産業上きわめて有用である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン及びタングステンの少なくとも一方である第1の金属成分と、周期表第VIII族から選ばれる少なくとも1種の第2の金属成分と、を含み、前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算における含有量[MOx]に対する、前記第2の金属成分の酸化物(MO)換算における含有量[MO]の比([MO]/[MOx])が0.13以上である含浸液を、アルミニウムを含む無機酸化物担体に接触させることにより得られ、前記第1の金属成分と、前記第2の金属成分と、炭素成分と、を含む炭化水素油の水素化脱硫触媒であって、
(a)前記無機酸化物担体の比表面積が200〜400m2/gの範囲にあり、
(b)前記第1の金属成分の酸化物(MOx)換算の含有量[MOx]に対する、前記炭素成分の含有量[C]の比([C]/[MOx])が0.10〜0.40の範囲にあり、
(c)532nmの波長レーザーを用いるラマン分析により1400〜1800cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Aと850〜1050cm−1の範囲にあるスペクトルピークの吸光度Bとの比(A/B)が1.0以上であり、
(d)前記炭素成分の供給源が、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、酒石酸から選ばれる2種以上の有機酸であるか、または該有機酸とグルコース、スクロースから選ばれる有機添加剤とからなる有機化合物群であり、
無機酸化物担体は、有効成分としてボリアが含まれない、
ことを特徴とする炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項2】
前記無機酸化物担体が、アルミニウム酸化物またはアルミニウムとチタニウム、ケイ素、リン、ジルコニウム及びマグネシウムから選ばれる少なくとも1種以上の元素とからなる無機複合酸化物であることを特徴とする請求項1に記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項3】
前記周期表第VIII族から選ばれる前記第2の金属成分が、コバルトおよびニッケルから選ばれることを特徴とする請求項1または2に記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項4】
第1の金属成分及び第2の金属成分の総含有量が、水素化脱硫担体100質量部に対して5〜40質量部の範囲にあることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか一つに記載の炭化水素油の水素化脱硫触媒に、水素存在下で炭化水素油を接触させることを特徴とする炭化水素油の水素化脱硫方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-10-06 
出願番号 P2020-001363
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (B01J)
P 1 651・ 537- YAA (B01J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 原 賢一
特許庁審判官 金 公彦
三崎 仁
登録日 2021-07-07 
登録番号 6909879
権利者 日揮グローバル株式会社 日揮触媒化成株式会社
発明の名称 炭化水素油の水素化脱硫触媒、その製造方法、および水素化脱硫方法  
代理人 新井 信輔  
代理人 弁理士法人弥生特許事務所  
代理人 井上 俊夫  
代理人 弁理士法人弥生特許事務所  
代理人 井上 俊夫  
代理人 弁理士法人弥生特許事務所  
代理人 結田 純次  
代理人 竹林 則幸  
代理人 井上 俊夫  
代理人 弁理士法人弥生特許事務所  
代理人 井上 俊夫  

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