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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
管理番号 1393112
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-06-28 
確定日 2023-01-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第7009928号発明「Fe−Ni基合金」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7009928号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7009928号(請求項の数4。以下、「本件特許」という。)は、平成29年11月1日を出願日とする出願(特願2017−212010号)に係るものであって、令和4年1月17日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、同年2月10日である。)。
その後、同年6月28日に、本件特許の請求項1〜4に係る特許に対して、特許異議申立人である山田芳男(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、申立人が同年8月23日に提出した手続補正書により、特許異議申立書の補正(下記第3で示す甲第2号証の抄訳を追加する補正)がなされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜4に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
以下の構成を備えたFe−Ni基合金。
(1)前記Fe−Ni基合金は、
39.0≦Ni≦44.0mass%、
14.5≦Cr≦17.5mass%、
0.2≦Al≦0.4mass%、
1.60≦Ti≦2.0mass%、
2.5≦Nb≦2.94mass%、及び、
0.008≦P≦0.020mass%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記Fe−Ni基合金は、粒界にη相(Ni3Ti)が析出しており、次の式(1)〜式(3)式を満たす。
粒界被覆率(ρ)≧20% ・・・(1)
0<面積率(A)≦10% ・・・(2)
ρ/A≧15 ・・・(3)
但し、
ρは、粒界長さ(L)に対する、η相により被覆された粒界長さ(Lη)の割合(=Lη×100/L(%))、
Aは、倍率400倍で断面を観察した時の、視野面積(S)に対する、η相の面積(Sη)の割合(=Sη×100/S(%))。
【請求項2】
600℃、800MPaにおけるクリープ破断時間が1000h以上である請求項1に記載のFe−Ni基合金。
【請求項3】
25℃においてVノッチシャルピー試験を行った時の吸収エネルギーが20J以上である請求項1又は2に記載のFe−Ni基合金。
【請求項4】
厚さが100mm以上である部分を含む大型部材に用いられる請求項1から3までのいずれか1項に記載のFe−Ni基合金

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、下記甲第1、2号証(以下、単に「甲1」等という。下記4を参照。)を提出して、以下の申立理由1〜3により、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

1 申立理由1(サポート要件)
本件発明1〜4は、以下(1)に示す理由により、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、本件特許の請求項1〜4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1)本件明細書には、ρ/A≧15を満たすFe−Ni基合金は、P含有量が0.013mass%である合金3の一例しか記載されておらず、請求項1に記載される所定の組成を有するFe−Ni基合金の全てがρ/A≧15を達成可能と一般化することができない。

2 申立理由2(実施可能要件
本件発明1〜4については、以下(1)、(2)に示す理由により、発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、本件特許の請求項1〜4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
(1)本件明細書の表2のうち、ρ/A≧15を満たしているのは、P含有量が0.013mass%の合金3を用いた実施例5、6の2つのみであり、P含有量が0.013mass%以外の場合にρ/A≧15が達成できる明確な根拠はない。
(2)本件特許の審査における特許権者の主張(意見書(甲1))を前提とすると、ρ/A≧15を達成するには安定化処理が重要であるところ、いずれも本件明細書で推奨される安定化処理の条件を満たす実施例5、6(ρ/A≧15)と参考例1〜4(ρ/A<15)との比較によれば、本件明細書にはρ/A≧15となる安定化処理の詳細が記載されているとはいえず、当業者は本件発明1〜4を実施することができない。

3 申立理由3(新規性進歩性
本件発明1〜4は、甲2に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるか、又は、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1〜4に係る特許は、同法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。

4 証拠方法
・甲1 本件特許の審査過程で令和3年7月8日付で出願人が提出した意見書
・甲2 S.MUELLER, J.ROESLER ”Optimisation of Inconel 706 for Creep Crack Growth Resistance“, UK, PARSONS 2000 Advanced Materials for 21st Century Turbines and Powder Plant, Proceedings of the Fifth International Charles Parsons Turbine Conference 3-7 July 2000, Churchill College, Cambridge, UK, 10M Communications Ltd. 平成12年発行 p.444-458

第4 本件明細書及び図面の記載

本件明細書には以下の記載がある。(なお、下線は当審が付与した。以下同様。)
「【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe−Ni基合金に関し、さらに詳しくは、高温クリープ特性に優れたFe−Ni基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
Fe−Ni基合金は、高温において優れた機械的性質を示すことが知られている。そのため、例えばFe−Ni基合金の一種であるInconel(登録商標)706は、主に発電用ガスタービンディスクの回転体部材として使用されている。
Fe−Ni基合金をこのような高温用途に適用する場合、結晶粒内にγ’相(Ni3(Al,Ti))やγ”相(Ni3(Nb,Ti))などの金属間化合物を微細析出させ、析出強化による高温強度特性の向上を図っている。しかし、高温においては結晶粒界が相対的に弱いため、クリープ特性を向上させるためには結晶粒界も強化する必要がある。」
「【0006】
析出強化型のFe−Ni基合金の熱処理方法としては、溶体化処理+時効処理が一般的であるが、溶体化処理と時効処理の間に安定化処理が実施される場合がある。
ここで、「時効処理」とは、粒内にγ’相やγ”相を析出させる処理をいう。「安定化処理」とは、粒界にη相(Ni3Ti)を析出させ、粒界をη相で被覆する処理をいう。
【0007】
安定化処理によってη相を粒界に析出させると、高温における粒界すべりが抑制される。その結果、Fe−Ni基合金のクリープ寿命を改善することができる。しかしながら、η相が粒内に多量に析出すると、Fe−Ni基合金の靱性が著しく損なわれる。そのため、安定化処理によりクリープ特性を改善するためには、η相を適切な形態で、かつ、粒界に優先的に析出させる必要がある。しかしながら、熱処理条件の最適化のみでは、η相の粒内析出を十分に抑制することはできない。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、高温クリープ特性に優れたFe−Ni基合金を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、大型部材であっても高い高温クリープ特性を維持することが可能なFe−Ni基合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係るFe−Ni基合金は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記Fe−Ni基合金は、
39.0≦Ni≦44.0mass%、
14.5≦Cr≦17.5mass%、
0.2≦Al≦0.4mass%、
1 . 6 0 ≦ Ti≦2.0mass%、
2.5≦Nb ≦ 2 . 9 4 m ass%、及び、
0 . 0 0 8 ≦ P≦0.020mass% を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記Fe−Ni基合金は、粒界にη相(Ni3Ti)が析出しており、次の式(1)〜式(3)式を満たす。
粒界被覆率(ρ)≧20% ・・・(1)
0<面積率(A)≦10% ・・・(2)
ρ/A≧15 ・・・(3)
但し、
ρは、粒界長さ(L)に対する、η相により被覆された粒界長さ(Lη)の割合(=Lη×100/L(%))、
Aは、倍率400倍で断面を観察した時の、視野面積(S)に対する、η相の面積(Sη)の割合(=Sη×100/S(%))。
【発明の効果】
【0011】
析出強化型のFe−Ni基合金において、Pは、η相の粒界析出を促進させる作用がある。そのため、適量のPを含むFe−Ni基合金に対して安定化処理を施すと、η相による粒界被覆率を向上させることができる。また、安定化処理の初期段階において、粒界にη相の核が多量に生成するため、その後の熱処理条件(特に、安定化処理後の冷却速度)に大きく影響されることなく、η相の粒内析出を抑制することができる。その結果、Fe−Ni基合金の高温クリープ特性が向上する。また、厚肉の大型部材であっても、高いクリープ特性が得られる。」
「【0014】
(1)39.0≦Ni≦44.0mass%:
Niは、オーステナイト相を安定化させる元素であり、相安定性を高め、σ相などの有害相の析出を抑制する作用がある。また、Niは、γ’相を構成する主要元素であり、高温強度の確保にも必須な元素である。このような効果を得るためには、Ni量は、39.0mass%以上である必要がある。
一方、Niは高価な元素であるため、Ni量が過剰になると、合金コストの増加を招く。従って、Ni量は、44.0mass%以下である必要がある。
【0015】
(2) 14.5≦Cr≦17.5mass%:
Crは、緻密な酸化膜を合金表面に形成することで、耐酸化性や耐高温腐食性を高めるのに必要な元素である。このような効果を得るためには、Cr量は、14.5mass%以上である必要がある。
一方、Cr量が過剰になると、高温下で長時間使用した時に、有害相であるσ相が析出し、靱性などを悪化させる。従って、Cr量は、17.5mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、16.0mass%以下である。
【0016】
(3) 0.1≦Al≦0.4mass%:
Alは、γ’相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。十分な高温強度を得るためには、γ’相の体積率を多くする必要がある。このような効果を得るためには、Al量は、0.1mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、0.2mass%以上である。
一方、Al量が過剰になると、Tiに対するAl量の比が高くなり、粒界強化に必要なη相の析出を抑制する場合がある。従って、Al量は、0.4mass%以下である必要がある。
【0017】
(4) 1.5≦Ti≦2.0mass%:
Tiは、Alと同様にγ’相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。また、粒界強化相であるη相を構成する主要元素でもあるので、クリープ特性を向上させるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、Ti量は、1.5mass%以上である必要がある。
一方、Ti量が過剰になると、η相が過度に析出し、靱性を損なう。従って、Ti量は、2.0mass%以下である必要がある。Ti量は、好ましくは、1.8mass%以下である。
【0018】
(5) 2.5≦Nb≦3.5mass%:
Nbは、γ”相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、Nb量は、2.5mass%以上である必要がある。
一方、Nb量が過剰になると、Laves相の析出により靱性やクリープ特性を損なう。従って、Nb量は、3.5mass%以下である必要がある。
【0019】
(6) 0.005≦P≦0.020mass%:
Pは、適度な添加で粒界に偏析し、η相の粒界析出を促進させる。その結果、η相による粒界被覆率が向上し、クリープ破断寿命が改善される。このような効果を得るためには、P量は、0.005mass%以上である必要がある。P量は、好ましくは、0.005mass%超、さらに好ましくは、0.007mass%以上ある。
一方、P量が過剰になると、η相の過剰な粒内成長を誘発し、靱性を低下させる。従って、P量は、0.020mass%以下である必要がある。P量は、好ましくは、0.015mass%以下、さらに好ましくは、0.013mass%以下である。
【0020】
[1.2. 組織]
Fe−Ni基合金は、粒界にη相(Ni3Ti)が析出しており、次の式(1)〜式(3)式を満たす。
粒界被覆率(ρ)≧20% ・・・(1)
0<面積率(A)≦10% ・・・(2)
ρ/A≧8 ・・・(3)
但し、
ρは、粒界長さ(L)に対する、η相により被覆された粒界長さ(Lη)の割合(=Lη×100/L(%))、
Aは、倍率400倍で断面を観察した時の、視野面積(S)に対する、η相の面積(Sη)の割合(=Sη×100/S(%))。
【0021】
[1.2.1. 粒界被覆率(ρ)]
式(1)は、η相による粒界被覆率(ρ)(すなわち、粒界に占めるη相の割合)の範囲を表す。η相が粒内に析出した場合、薄い板状結晶(Platelets)が平行に集合しているセルラー(Cellular)状の組織となる。その結果、薄い板状結晶間においてγ’相及びγ”相を形成するための元素が枯渇し、これが高温強度を低下させる原因となる。すなわち、Fe−Ni基合金において、η相は、本来、有害相である。しかしながら、η相を粒界に優先的に析出させると、高温における粒界すべりを抑制することができる。その結果、高温クリープ特性が向上する。このような効果を得るためには、ρは、20以上である必要がある。ρは、好ましくは、25以上である。
【0022】
[1.2.2. 面積率(A)]
式(2)は、η相の面積率(A)(すなわち、断面積に占めるη相の面積の割合)の範囲を示す。式(2)中、Sηは、粒界に析出したη相の面積と、粒内に析出したη相の面積の和を表す。粒内に析出したη相が多くなるほど、靱性が低下する。従って、Aは、10%以下である必要がある。Aは、好ましくは、6%以下、さらに好ましくは、2%以下である。
本発明において、η相を粒界に析出させているため、Aは、0超となる。しかし、Aが小さくなりすぎると、η相による粒界被覆が不十分となる。従って、Aは、好ましくは、1%以上である。
【0023】
[1.2.3. ρ/A比]
式(3)は、ρ/A比の範囲を表す。ρ/A比が大きいことは、η相が粒界に優先的に析出していることを表す。高いクリープ強度と、高い高温強度とを両立させるためには、ρ/A比は、8以上である必要がある。ρ/A比は、好ましくは、15以上、さらに好ましくは、25以上である。」
「【0025】
[1.3. 特性]
[1.3.1. クリープ破断時間]
本発明に係るFe−Ni基合金は、組成及び組織を最適化することによって高いクリープ特性が得られる。具体的には、組成及び組織を最適化することによって、600℃、800MPaにおけるクリープ破断時間が1000h以上となる。組成及び組織をさらに最適化すると、同条件下におけるクリープ破断時間は、1500h以上となる。
【0026】
[1.3.2. シャルピー吸収エネルギー]
本発明に係るFe−Ni基合金は、組成及び組織を最適化することによって高い靱性が得られる。具体的には、組成及び組織を最適化することによって、25℃においてVノッチシャルピー試験を行った時の吸収エネルギーが20J以上となる。組成及び組織をさらに最適化すると、同条件下における吸収エネルギーは、25J以上となる。
【0027】
[1.4. 用途]
本発明に係るFe−Ni基合金は、高温強度、高温クリープ特性、靱性等が要求されるあらゆる用途に用いることができる。本発明に係るFe−Ni基合金は、η相の析出を促進させる作用があるPを適量含んでいるので、熱処理条件(特に、安定化処理後の冷却速度)の影響を大きく受けることなく、η相を粒界に優先的に析出させることができる。そのため、本発明に係るFe−Ni基合金は、特に、厚さが100mm以上である部分を含む大型部材に好適に用いられる。
【0028】
[2. Fe−Ni基合金の製造方法]
本発明に係るFe−Ni基合金の製造方法は、溶解鋳造工程と、熱間加工工程と、固溶化熱処理工程と、安定化処理工程と、時効処理工程とを備えている。
【0029】
[2.1. 溶解鋳造工程]
まず、所定の成分に配合された原料を溶解し、鋳造する(溶解鋳造工程)。溶解方法及び鋳造方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の方法を用いることができる。
【0030】
[2.2. 熱間加工工程]
次に、溶解鋳造工程で得られた鋳塊を熱間加工する(熱間加工工程)。熱間加工は、鋳造組織や鋳造欠陥を破壊するため、あるいは、目的とする形状に塑性加工するために行われる。熱間加工条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0031】
[2.3. 固溶化熱処理工程]
次に、熱間加工された材料を所定の温度で加熱し、固溶化熱処理を行う(固溶化熱処理工程)。固溶化熱処理は、主として材料中に分散している析出物を固溶させるために行われる。熱処理温度が低すぎると、析出物の固溶が不十分となる。従って、熱処理温度は、900℃以上が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、950℃以上である。
一方、熱処理温度が高すぎると、結晶粒が粗大化する。従って、熱処理温度は、1020℃以下が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、1000℃以下である。
【0032】
熱処理時間は、析出物が固溶する時間であれば良い。最適な熱処理時間は、熱処理温度によって異なるが、通常、1時間〜8時間程度である。
【0033】
固溶化熱処理後、材料を安定化処理温度まで冷却する。本発明に係るFe−Ni基合金において、安定化処理温度への冷却速度は特に限定されず、厚さが100mm以上である部分を含む大型部材であっても、空冷や炉冷等を採用することができる。
【0034】
[2.4. 安定化処理工程]
次に、固溶化熱処理後の材料を所定の温度に保持し、安定化処理を行う(安定化処理工程)。安定化処理は、主として粒界にη相を析出させるために行われる。η相には、適切な析出温度範囲がある。そのため、熱処理温度が低すぎると、η相を析出させることができない。従って、熱処理温度は、780℃以上が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、800℃以上である。
同様に、熱処理温度が高すぎると、η相を析出させることができない。従って、熱処理温度は、880℃以下が好ましい。熱処理温度は、好ましくは、850℃以下である。
【0035】
熱処理時間は、適量のη相が粒界に析出する時間であれば良い。一般に、熱処理温度が高くなるほど、短時間で多量のη相が析出する。最適な熱処理時間は、熱処理温度によって異なるが、通常、1時間〜8時間程度である。
【0036】
安定化処理後、材料を室温まで冷却する。本発明に係るFe−Ni基合金において、安定化処理温度への冷却速度は特に限定されず、厚さが100mm以上である部分を含む大型部材であっても、空冷や炉冷等を採用することができる。但し、冷却速度が遅くなりすぎると、冷却過程でη相が粒内に析出しやすくなる。そのため、安定化処理後の冷却速度は、速いほど良い。」
「【0038】
[3. 作用]
本発明に係るFe−Ni基合金において、Pは、η相の粒界析出を促進させる作用がある。即ち、η相が優先的に粒界に析出するため、中心部と表面部で熱履歴が異なってしまう大型部材(厚さが100mm以上である部分を含む部材)においても、高い高温クリープ特性を維持することが可能となる。
η相の析出は、安定化熱処理のみならず、固溶化熱処理後の冷却、及び、安定化処理後の冷却の双方で起こり得る(特に、それぞれの冷却速度が遅い場合)。従って、外部温度に追随しにくい中心部で高温クリープ特性に優れた組織を得ようとする場合、外部温度に追随しやすい表面部では過剰な熱エネルギーが与えられた結果、結晶粒内にη相が多く析出し、優れた高温クリープ特性が得られなくなることがある。
本発明に係るFe−Ni基合金においては、η相が優先的に粒界に析出するため、大型部材であっても、中心部と表面部の双方で高温クリープ特性に優れた組織を得ることが可能となる。」
「【実施例】
【0040】
(参考例1〜4、実施例5〜6、比較例1〜3)
[1. 試料の作製]
表1に示す種々の成分を有する合金1〜5を真空誘導炉(VIM)で溶製し、50kgのインゴットを作製した。偏析を軽減するためにソーキングを実施した後、熱間鍛造にて直径25mmの丸棒を作製した。次に、丸棒に対して、980℃で4時間保持(固溶化熱処理)した後、炉冷(FC)にて820℃まで冷却し、2〜8時間保持した(安定化処理)。安定化処理後、水冷(WC)した。さらに、安定化処理後の丸棒に対して、720℃で8時間、及び620℃で36時間の時効処理を行った。
【0041】

【0042】
[2. 試験方法]
[2.1. η相の定量評価]
時効処理後の試料中心部が観察面となるように、試料を樹脂に埋め込み、ミクロ観察試料を作製した。ミクロ観察試料を、1%酒石酸−1%硫酸アンモニウム水溶液中において25mA/cm2の電流密度で4時間電解エッチングを行った。
電解エッチング後、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて400倍の倍率でη相を撮影した。画像処理ソフト(Winroof)を用いて、撮影した画像に含まれるη相の面積を測定した。η相の面積を観察面積で割ったものを、η相の面積率(A)とした。また、計測した粒界の中で、析出しているη相が粒界を覆っている長さの総和を、計測した粒界長さの総和で割ったものを、η相による粒界被覆率(ρ)とした。」
「【0044】
[3. 結果]
表2に、結果を示す。なお、表2には、熱処理条件も併せて示した。図1に、ρ/A比とクリープ判断時間との関係を示す。図2に、ρ/A比とシャルピー吸収エネルギーとの関係を示す。図3に、η相の面積率(A)とη相の粒界被覆率(ρ)との関係を示す図である。表2、及び図1〜図3より、以下のことが分かる。
【0045】

【0046】
(1)ρ/A比が8以上になると、クリープ破断時間は1000h以上となり、かつ、シャルピー吸収エネルギーは20J以上となる。
(2)P量が0.005mass%未満(比較例1〜3)であっても、安定化処理時間を長くすることにより、粒界被覆率(ρ)を向上させることができる。しかしながら、これと同時に面積率(A)も増大するため、ρ/A比は、いずれも8未満であった。
(3)比較例1、2は、クリープ破断時間が1000h未満であり、シャルピー吸収エネルギーも20J未満であった。これは、粒内にも多量のη相が析出したためである。一方、比較例3は、シャルピー吸収エネルギーは20Jを超えていたが、クリープ破断時間は1000h未満であった。これは、η相の粒界被覆率ρが小さいためである。」

第5 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由2(実施可能要件
事案に鑑み、まずは申立理由2について検討する。
(1)物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから、物の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造することができ、かつ、その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。以下、検討する。

(2)まず、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されているかについて検討する。

ア 本件明細書には、Fe−Ni基合金におけるNi含有量、Cr含有量、Al含有量、Ti含有量、Nb含有量、P含有量、粒界被覆率(ρ)、面積率(A)、ρ/A、600℃、800MPaにおけるクリープ破断時間、25℃においてVノッチシャルピー試験を行った時の吸収エネルギー、厚さが100mm以上である部分を含む大型部材に用いられることの各事項について、具体的な説明がなされている。(【0014】〜【0023】、【0025】〜【0027】)

イ また、本件明細書には、Fe−Ni基合金の製造方法について、具体的な説明がなされている。(【0028】〜【0037】)

ウ また、特にFe−Ni基合金のη相に着目すると、本件明細書には以下のことが記載されている。
(ア)Al及びTiの含有量は、η相の析出に関係があること。(【0016】、【0017】)
(イ)Pは、適度な添加でη相の粒界析出を促進させる一方で、その量が過剰になるとη相の過剰な粒内成長を誘発すること。(【0019】、【0027】)
(ウ)安定化処理は、主として粒界にη相を析出させるために行われ、熱処理温度が低すぎても高すぎてもη相を析出させることができないこと。熱処理温度が高くなるほど、短時間で多量のη相が析出すること。(【0034】、【0035】)
(エ)安定化処理後の冷却において、冷却速度が遅くなりすぎると、冷却過程でη相が粒内に析出しやすくなるため、冷却速度は速いほど良いこと。η相の析出は、安定化処理後の冷却、特に、冷却速度が遅い場合に起こり得ること。(【0036】、【0038】)
(オ)η相の析出が、固溶化熱処理後の冷却、特に、冷却速度が遅い場合に起こり得ること。(【0038】)

エ そして、本件明細書には、実施例5、6として、本件発明1の範囲内の組成を有するFe−Ni基合金に対し、所定の条件で溶体化処理+安定化処理、時効処理を行うことにより、「粒界にη相(Ni3Ti)が析出しており」、「粒界被覆率(ρ)≧20%」、「0<面積率(A)≦10%」、「ρ/A≧15」をすべて満たすものを製造したことが記載されている。

オ また、本件明細書の表2における参考例1〜4、実施例5、6、比較例1〜3から、安定化処理時間が長くなると、ρ/Aが減少する傾向がうかがえる。

カ 以上のことから、例えば本件明細書の表2に記載された実施例5、6における合金の成分や熱処理条件を基に、Al、Ti、Pの含有量を変化させることや、安定化処理の温度や時間、安定化処理後の冷却速度、固溶化熱処理後の冷却速度を変化させることにより、実施例5、6以外の場合についても、本件発明1のFe−Ni基合金を製造可能であると認められる。

キ よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1に係るFe−Ni基合金を製造することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(3)次に、発明の詳細な説明には、当業者がその物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されているかについて検討する。
本件明細書【0027】には、本件発明1に係るFe−Ni基合金の用途が記載されているから、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1に係るFe−Ni基合金を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

(4)以上のことから、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜4についても同様である。

(5)なお、申立人は、特許異議申立書において、上記第3 2に記載のとおり、以下のア、イの主張をしている。
ア 本件明細書の表2のうち、ρ/A≧15を満たしているのは、P含有量が0.013mass%の合金3を用いた実施例5、6の2つのみであり、P含有量が0.013mass%以外の場合にρ/A≧15が達成できる明確な根拠はない。
イ 本件特許の審査における特許権者の主張(意見書(甲1))を前提とすると、ρ/A≧15を達成するには安定化処理が重要であるところ、いずれも本件明細書で推奨される安定化処理の条件を満たす実施例5、6(ρ/A≧15)と参考例1〜4(ρ/A<15)との比較によれば、本件明細書にはρ/A≧15となる安定化処理の詳細が記載されているとはいえず、当業者は本件発明1〜4を実施することができない。

(6)これらの主張について、以下に検討する。

ア まず、上記主張(5)アについて検討すると、本件明細書の記載を踏まえると、本件明細書の表2に記載された実施例5、6における合金の成分や熱処理条件を基に、Al、Ti、Pの含有量を変化させることや、安定化処理の温度や時間、安定化処理後の冷却速度、固溶化熱処理後の冷却速度を変化させることにより、実施例5、6以外の場合についても、本件発明1のFe−Ni基合金を製造可能であることは、上記(2)のとおりであるから、本件明細書の表2のうち、ρ/A≧15を満たしているのが、P含有量が0.013mass%の合金3を用いた実施例5、6の2つのみであることを理由として、P=0.013mass%以外の条件においてρ/A≧15を満たすことができないとはいえない。
よって、申立人の主張(5)アは採用できない。

イ 次に、上記主張(5)イについて検討すると、申立人は、特許異議申立書において、「特許権者が、同じP含有量であってもρ/A≧15が達成可能か否かは安定化処理のみによって決まると主張している」と主張しているとも解される。確かに、特許権者は甲1において「P量が下限値(0.008mass%)であっても、安定化処理に配慮することでρ/A≧15にすることが可能であると思料いたします。」との主張をしている。しかしながら、本件明細書全体を見れば、P含有量及び安定化処理以外にも、Al、Tiの含有量を変化させることや、安定化処理後の冷却速度、固溶化熱処理後の冷却速度を変化させることによっても、ρ/Aの値は変化しうるものと解される。そうすると、仮に、特定のPの含有量の場合に、安定化処理の条件のみを変化させることにより、ρ/A≧15にすることが可能でないことがあったとしても、そのことのみを理由に、本件発明1を実施することができないとはいえない。
よって、申立人の主張(5)イは採用できない。

(7)以上によれば、本件発明1〜4については、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号の規定に適合するものである。

(8)したがって、申立理由2(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由1(サポート要件)
(1)特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、検討する。

(2)本件明細書の記載(【0009】)によれば、本件発明1が解決しようとする課題は、高温クリープ特性に優れたFe−Ni基合金を提供することであると認められる。

(3)このような課題に対して、本件明細書には以下のことが記載されている。
ア Niは、オーステナイト相を安定化させる元素であり、相安定性を高め、σ相などの有害相の析出を抑制する作用がある。また、Niは、γ’相を構成する主要元素であり、高温強度の確保にも必須な元素である。このような効果を得るためには、Ni量は、39.0mass%以上である必要があること。(【0014】)
イ Alは、γ’相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。十分な高温強度を得るためには、γ’相の体積率を多くする必要がある。このような効果を得るためには、Al量は、0.1mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、0.2mass%以上である。一方、Al量が過剰になると、Tiに対するAl量の比が高くなり、粒界強化に必要なη相の析出を抑制する場合がある。従って、Al量は、0.4mass%以下である必要があること。(【0016】)
ウ Tiは、Alと同様にγ’相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。また、粒界強化相であるη相を構成する主要元素でもあるので、クリープ特性を向上させるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、Ti量は、1.5mass%以上である必要がある。一方、Ti量が過剰になると、η相が過度に析出し、靱性を損なう。従って、Ti量は、2.0mass%以下である必要があること。(【0017】)
エ Nbは、γ”相を構成する主要元素であり、析出強化により高温強度を高めるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、Nb量は、2.5mass%以上である必要がある。一方、Nb量が過剰になると、Laves相の析出により靱性やクリープ特性を損なう。従って、Nb量は、3.5mass%以下である必要があること。(【0018】)
オ Pは、適度な添加で粒界に偏析し、η相の粒界析出を促進させる。その結果、η相による粒界被覆率が向上し、クリープ破断寿命が改善される。このような効果を得るためには、P量は、0.005mass%以上である必要があること。(【0019】)
カ η相を粒界に優先的に析出させると、高温における粒界すべりを抑制することができ、その結果、高温クリープ特性が向上する。このような効果を得るためには、ρは、20以上である必要がある。ρは、好ましくは、25以上である。(【0021】)
キ 高いクリープ強度と、高い高温強度とを両立させるためには、ρ/A比は、8以上である必要がある。ρ/A比は、好ましくは、15以上、さらに好ましくは、25以上である。(【0023】)
ク Fe−Ni基合金の組成及び組織を最適化することによって、600℃、800MPaにおけるクリープ破断時間が1000h以上となる。組成及び組織をさらに最適化すると、同条件下におけるクリープ破断時間は、1500h以上となる。(【0025】)

(4)また、本件明細書の表2における参考例1〜4、実施例5、6、比較例1〜3から、以下のことがうかがえる。
ア ρ≧20%を満たし、かつρ/A≧8を満たす参考例1〜4、実施例5、6は、いずれもクリープ破断時間が1000h以上となり、高い高温クリープ特性を有している。
イ 特に、ρ≧20%を満たし、かつρ/A≧15を満たす実施例5、6は、いずれもクリープ破断時間が1500h以上となり、特に高い高温クリープ特性を有している。

(5)上記(3)、(4)で指摘した事項を含む本件明細書の記載から、本件発明1の課題は、Fe−Ni基合金の組成を請求項1に記載されるとおりのものとし、ρ≧20%を満たし、かつρ/A≧8、好ましくはρ/A≧15を満たすことによって解決できることが理解できる。

(6)よって、本件明細書の記載を総合すれば、上記(5)の各要件を備える本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜4についても同様である。

(7)なお、申立人は、特許異議申立書において、上記第3 1に記載のとおり、以下のアの主張をしている。
ア 本件明細書には、ρ/A≧15を満たすFe−Ni基合金は、P含有量が0.013mass%である合金3の一例しか記載されておらず、請求項1に記載される所定の組成を有するFe−Ni基合金の全てがρ/A≧15を達成可能と一般化することができない。

(8)上記主張(7)について検討する。
まず、この主張は、請求項1に記載される所定の組成を有するFe−Ni基合金の全てがρ/A≧15を達成可能となるように製造をすることができない旨の主張(すなわち、実施可能要件についての主張)であるとも解されるが、このような主張にかかわらず、サポート要件を満たすことは上記のとおりである。
そして、念のためこの主張を検討しても、本件明細書の記載を踏まえると、本件明細書の表2に記載された合金3を用いた実施例5、6における合金の成分や熱処理条件を基に、Al、Ti、Pの含有量を変化させることや、安定化処理の温度や時間、安定化処理後の冷却速度、固溶化熱処理後の冷却速度を変化させることにより、合金3を用いた実施例5、6以外の場合についても、本件発明1のFe−Ni基合金を製造可能であることは、上記1(2)のとおりであるから、本件明細書には、ρ/A≧15を満たすFe−Ni基合金が、P含有量が0.013mass%である合金3の一例しか記載されていないことを理由として、P含有量が0.013mass%以外の条件においてρ/A≧15を満たすことができないとはいえない。
また、仮に、申立人が主張するように、請求項1に記載される所定の組成を有するFe−Ni基合金であっても、ρ/A≧15を満たさないものが存在するとしても、そのような態様は、単に本件発明1の範囲に含まれないと理解されるだけである。そうすると、そのことを理由に、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できないとまではいえない。
よって、申立人の主張(7)は採用できない。

(9)以上によれば、本件発明1〜4については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものである。

(10)したがって、申立理由1(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由3(新規性進歩性
(1)甲2の記載
甲2には、「Optimisation of Inconel 706 for Creep Crack Growth Resistance(当審訳:インコネル706の耐クリープき裂進展性の最適化)」(論文の表題)に関して、次の記載がある。



」(444頁)
(当審訳:概要 インコネル706は、Ni-Fe基超合金の鍛造品で、製造性と高温強度のバランスが取れていることから、大型ガスタービンのディスク鍛造品に特に注目されている。)



」(445頁)
(当審訳:
表1 インコネル706の化学組成(重量%)





」(445頁)
(当審訳:
表2 インコ・アロイズが提案するインコネル706の標準熱処理

(ACは空冷であり、FCは炉冷である。)固溶化処理後からの冷却速度は、STは4K/分、DA熱処理は空冷を選択した。)



」(446頁)
(当審訳:
実験手順
材料
本研究で使用した材料は、スイスの ABB Power Generation社から供給された三重溶融(真空誘導溶融、エレクトロスラグ再溶融、及び真空アーク再溶融)及び鍛造ガスタービンディスクから採取されたものである。その化学組成を表1に示す。この材料は完全に再結晶しており、ASTM5粒径(平均切片長53μm)であった。
熱処理
インコネル706に対しては、インコ・アロイズが2種類の熱処理を提案している。700℃までの高い応力破断強度を得るか、または室温および中温で高い引張強度と靭性を得るためである。これらの熱処理はそれぞれST(安定化)およびDA(直接時効)と呼ばれている:表2に示すとおりである。大型部品の冷却特性を模擬するため、ST熱処理では4K/分の冷却速度を選択し、DA熱処理では空冷(すなわち250K/分)を使用した。)



」(449頁)
(当審訳:
表3 熱処理改質の評価概要

ESTは拡張安定化処理、MSTは修正安定化処理、ACは空冷、FCは炉冷である。)



」(456頁)
(当審訳:
結論
・ インコネル706の600℃でのクリープき裂進展性を、異なる熱処理で調査した。直接時効(DA)は非常に高いクリープき裂進展率を示し、これは粒界の環境破壊(SAGBO)に起因すると考えられる。安定化処理により、結晶粒界に不連続なηプレートが形成される。通常、これらのプレートはSAGBOに対して粒界を強化するが、本研究では文献にあるような安定化熱処理サイクルを用いて異常な高いクリープき裂成長率が測定された。
・ 修正安定化熱処理(MST)サイクルを用いて、耐クリープ亀裂成長性を飛躍的に向上させた。固溶化温度から安定化温度への直接冷却により、粒界にηが生成する前のγ'/γ"の析出が抑制された。ηとγ'/γ"はTiとNbを取り合うため、粒界に十分なη相を得るためには、このことが必要であると思われる。)

(2)甲2に記載された発明
上記記載のうち、特に修正安定化熱処理に着目すると、甲2には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。

<甲2発明>
「Ni41.96重量%、
Fe36.97重量%、
Cr16.02重量%、
Nb3.02重量%、
Al0.20重量%、
Ti1.55重量%、
C0.01重量%、
Si0.08重量%、
B0.003重量%、
Mn0.07重量%、
Cu0.02重量%、
S0.0006重量%、
Mg<0.001重量%、
Co0.05重量%、
Ta0.01重量%、
P0.008重量%、
O0.002重量%、及び
N0.004重量%
からなるFe−Ni基合金に対し、980℃×3時間、4K/分で820℃までの固溶化処理を行い、820℃×10時間空冷の安定化熱処理を行い、720℃×8時間、1K/分、620℃×8時間炉冷の析出熱処理を行うことで、粒界にη相が析出しているFe−Ni基合金。」

(3)本件発明1について
ア 本件発明1と甲2発明との対比
通常、「mass%」と「重量%」とは同じ値であるから、
(ア)甲2発明の「Ni41.96重量%」は、本件発明1の「39.0≦Ni≦44.0mass%」に含まれる。
(イ)甲2発明の「Cr16.02重量%」は、本件発明1の「14.5≦Cr≦17.5mass%」に含まれる。
(ウ)甲2発明の「Al0.20重量%」は、本件発明1の「0.2≦Al≦0.4mass%」に含まれる。
(エ)甲2発明の「P0.008重量%」は、本件発明1の「0.008≦P≦0.020mass%」に含まれる。
(オ)そうすると、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し、また以下の点で相違する。

<一致点>
「以下の構成を備えたFe−Ni基合金。
(1)前記Fe−Ni基合金は、
39.0≦Ni≦44.0mass%、
14.5≦Cr≦17.5mass%、
0.2≦Al≦0.4mass%、
0.008≦P≦0.020mass%
を含有する。
(2)前記Fe−Ni基合金は、粒界にη相(Ni3Ti)が析出している。」点。

<相違点1>
本件発明1のFe−Ni基合金は「1.60≦Ti≦2.0mass%」を含有するのに対し、甲2発明のFe−Ni基合金はTiの含有量が1.55重量%である点。

<相違点2>
本件発明1のFe−Ni基合金は「2.5≦Nb≦2.94mass%」を含有するのに対し、甲2発明のFe−Ni基合金はNbの含有量が3.02重量%である点。

<相違点3>
本件発明1のFe−Ni基合金は、Ni、Cr、Al、Ti、Nb、Pの「残部がFe及び不可避的不純物からなる」のに対し、甲2発明のFe−Ni基合金は、Ni、Cr、Al、Ti、Nb、Pの残部がFe及びC、Si、B、Mn、Cu、S、Mg、Co、Ta、O、Nからなるものの、これらC、Si、B、Mn、Cu、S、Mg、Co、Ta、O、Nが不可避的不純物であるのか定かではない点。

<相違点4>
本件発明1のFe−Ni基合金は、
「粒界被覆率(ρ)≧20% ・・・(1)
0<面積率(A)≦10% ・・・(2)
ρ/A≧15 ・・・(3)
但し、
ρは、粒界長さ(L)に対する、η相により被覆された粒界長さ(Lη)の割合(=Lη×100/L(%))、
Aは、倍率400倍で断面を観察した時の、視野面積(S)に対する、η相の面積(Sη)の割合(=Sη×100/S(%))。」
を満たすのに対し、甲2発明のFe−Ni基合金は、これらの式を満たすのか定かではない点。

イ 相違点についての検討
(ア)まず、相違点1について検討する。
甲2には、Fe−Ni基合金としてTiの含有量が1.55重量%であるもののみが記載されており、「1.60≦Ti≦2.0mass%」の範囲内のTiを含有するFe−Ni基合金は記載されていない。
また、甲2には、Fe−Ni基合金におけるTiの含有量を変化させる技術的思想は記載されていない。そうすると、当業者といえども、甲2発明において、Fe−Ni基合金におけるTiの含有量を「1.60≦Ti≦2.0mass%」とすることが動機付けられるとはいえず、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

(イ)次に、相違点2について検討する。
相違点2についても相違点1と同様に、甲2には、Fe−Ni基合金としてNbの含有量が3.02重量%であるもののみが記載されており、「2.5≦Nb≦2.94mass%」の範囲内のNbを含有するFe−Ni基合金は記載されていない。
また、甲2には、Fe−Ni基合金におけるNbの含有量を変化させる技術的思想は記載されていない。そうすると、当業者といえども、甲2発明において、Fe−Ni基合金におけるNbの含有量を「2.5≦Nb≦2.94mass%」とすることが動機付けられるとはいえず、当業者が容易に想到することができたとはいえない。

(ウ)したがって、相違点3、4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明ではなく、甲2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(エ)なお、申立人は、特許異議申立書において、甲2発明では本件発明1の安定化処理と同様の安定化処理を実施しているため、甲2発明のFe−Ni基合金は「ρ/A≧15」となる蓋然性が高い旨の主張をしているが、この点は上記判断を左右するものではない。

(オ)よって、本件発明1は、甲2に記載された発明ではなく、甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(4)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1の記載を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(3)で述べたとおり、本件発明1が、甲2に記載された発明とはいえない以上、本件発明2〜4についても同様に、甲2に記載された発明とはいえない。また、本件発明1が、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2〜4についても同様に、甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)したがって、申立理由3(新規性進歩性)によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-12-20 
出願番号 P2017-212010
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 佐藤 陽一
羽鳥 友哉
登録日 2022-01-17 
登録番号 7009928
権利者 大同特殊鋼株式会社
発明の名称 Fe−Ni基合金  
代理人 畠山 文夫  

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