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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C07D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07D
管理番号 1393424
総通号数 14 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-02-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-08-05 
確定日 2023-01-11 
事件の表示 特願2017−534602「化合物、組成物および方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 6月30日国際公開、WO2016/106135、平成30年 3月 8日国内公表、特表2018−506514〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年12月18日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年12月23日(US)米国)を国際出願日とする特許出願であって、平成30年12月17日付けで上申書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
令和元年9月2日付けの拒絶理由通知に対して、令和2年3月4日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
令和2年4月1日付けの拒絶査定に対して、令和2年8月5日付けで審判請求がなされると同時に手続補正がなされたものである。

第2 令和2年8月5日付けの手続補正についての補正の却下の決定
〔補正の却下の決定の結論〕
令和2年8月5日付けの手続補正を却下する。

〔理由〕
1.補正の内容
令和2年8月5日付けの手続補正(以下「第3補正」という。)は、令和2年3月4日付けの手続補正(以下「第2補正」という。)による補正後の請求項1の
「【請求項1】
90重量%の純度を有する、化合物(I)のII型結晶であって、
【化1】


銅Kα線を用いて得られる、5.9°の2θ角ピークを含む粉末X線回折パターンを有する、II型結晶。」との記載を、
「【請求項1】
純粋な、化合物(I)のII型結晶であって、
【化1】


銅Kα線を用いて得られる、5.9°および8.8°の2θ角ピークを含む粉末X線回折パターンを有する、ならびに
メタノールを希釈溶媒として用いて得られる、図2に示される紫外吸収スペクトル;
図3に示される赤外スペクトル;
図6に示される熱重量分析曲線;および
図7に示される示差熱走査熱量測定のサーモグラム、
の少なくとも1つを有する、II型結晶。」との記載に改める補正を含むものである。

2.補正の適否
(1)目的要件について
上記請求項1についての補正は、補正前の「90重量%の純度を有する」という発明特定事項を、補正後の「純粋な」という発明特定事項に変更する補正(以下「変更補正」という。)を含むものであって、令和2年8月5日付けの審判請求書の第3頁で、審判請求人は「また、II型結晶が純粋であるとする減縮を行いました。」と主張する。
しかしながら、補正前の「90重量%の純度を有する」という発明特定事項は、100−90=10重量%の不純物を含有するものとして発明を特定していたのに対して、補正後の「純粋な」という発明特定事項は、不純物を含有しないものとして発明を特定しているので、当該「変更補正」が、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮(第三十6条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものに該当するとは認められず、審判請求人の上記「減縮」を行った旨の主張も採用できない。
また、補正前の「90重量%の純度を有する」との記載に「誤記」は見当たらず、当該記載が「不明瞭」である旨の拒絶理由も示されていないので、当該「変更補正」が、同3号の「誤記の訂正」又は同4号の「明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」を目的とするものに該当するとは認められない。
さらに、当該「変更補正」によって「請求項の削除」がなされるとはいえないので、当該「変更補正」が、同1号に掲げる「第三十6条第5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当するとは認められない。
したがって、当該「変更補正」を含む第3補正は、目的要件を満たすものではなく、特許法第17条の2第5項の規定に違反する。

(2)補正の適否のまとめ
以上総括するに、第3補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、〔補正の却下の決定の結論〕のとおり決定する。

第3 本願発明について
第3補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1〜42に係る発明は、第2補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜42に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」ともいう。)は、上記「第2 1.」の第2補正による補正後の請求項1の摘示に示したとおりのものである。

第4 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は「この出願については、令和1年9月2日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって、拒絶をすべきものです。」というものである。
そして、令和元年9月2日付けの拒絶理由通知書には、理由2として「2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」との理由が示されるとともに、その「記(引用文献等については引用文献等一覧参照)」には、次のとおりの指摘がなされている。
「●理由2について
・請求項1−14
・引用文献等1−12
・備考(B)
引用文献1の請求項24等;引用文献2の実施例1等;引用文献3の11頁等;引用文献4の請求項10等;引用文献5の図1等には、本願請求項1に係る発明の化合物(I)が記載されている(以下、引用発明という)。本願請求項1に係る発明と引用発明は、前者が特定の粉末X線回折パターン、特定の紫外吸収スペクトル、特定の赤外スペクトル、特定の熱重量分析曲線、又は特定の示差熱走査熱量測定サーモグラムを示すことを特徴とする結晶であるのに対し、後者がそのような結晶でない点で相違し、その他の点では一致する。しかし、(ア)医薬化合物の製剤設計においては、結晶多形の存在を考慮すべきことが周知であったこと、(イ)医薬化合物の分野においては、できるだけ純粋な目的化合物および/または安定な化合物の塩や結晶多形形態を得ることはいずれも当業者にとって自明の課題であること(周知技術を示す引用文献6の310〜311頁;引用文献7の3.3.1.c;引用文献8の48頁;引用文献9の20頁;引用文献10の907頁;引用文献11の946頁;引用文献12の段落[0012]以降等を参照)、(ウ)医薬組成物の粒径を含む剤型の決定や変更は当業者が適宜行う設計事項であること等からすると、引用文献1−5に接した当業者は当然に、化合物(I)について結晶多形形態の存在を期待して再結晶を行い、得られた結晶の構造を粉末X線回折分析、紫外吸収分析、赤外分析、熱重量分析、示差熱走査熱量測定など結晶の分析に用いる定法で測定すると考えられる。そうすると、引用文献1−5に記載の発明および/または引用文献1−12に記載の発明から本願請求項1および同項を引用する請求項2−14に係る発明に至ることは、当業者に格別創意を要するものということはできないし、その効果も格別顕著でない。

<引用文献等一覧>
1.特表2006−526650号公報
2.特表2008−525486号公報
3.国際公開第2013/156614号
4.国際公開第2014/011590号
5.J. Clin. Psychopharmacol. 2012, v.32, pp.551-557
6.生活工学研究 2002, v.4, pp.310-317(周知技術を示す文献)
7.医薬審発第568号, 2001年(周知技術を示す文献)
8.PHARM STAGE 2007, v.6, n.10, pp.48-53(周知技術を示す文献)
9.PHARM STAGE 2007, v.6, n.10, pp.20-25(周知技術を示す文献)
10.有機合成化学協会誌 2007, v.65, pp.907-913(周知技術を示す文献)
11.Pharmaceutical Research 1995, v.12, pp.945-954(周知技術を示す文献)
12.特表2003−519698号公報(周知技術を示す文献)」

第5 当審の判断
1.理由2(進歩性)について
(1)引用文献2、3、6、10及び12の記載事項
引用文献2には、次の記載がある。
摘記2a:段落0001、0102及び0105
「【0001】本発明は置換ピペリジンの製造方法に関する。方法は、キラルモノ−またはビスホスフィン配位子と錯化した金属前駆物質の存在下のフッ化ビニルまたはその誘導体の非対称水素化を含む。より特定的には本発明は、薬剤候補の成分としておよび他の生物活性分子の合成に有用なN−ベンジル3−フルオロ置換ピペリジンの製造方法を目的とする。…
【0102】…いくつかの調製物は多形性があるので異なる融点をもつ材料を単離した。すべての最終生成物の構造および純度は以下の技術の少なくとも1つによって確認した:TLC、質量分析法、核磁気共鳴(NMR)分光法または微量分析データ。…
【0105】本文中に記載の化合物合成手順は、再結晶化、蒸留、カラムクロマトグラフィー、フラッシュクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー(TLC)、ラジカルクロマトグラフィーおよび高圧クロマトグラフィー(HPLC)のような保護基の処理および精製のための1つまたは複数の段階を含む。化学業界で公知の種々の技術を使用して生成物を特性決定できる。これらの技術には、プロトンおよび炭素−13の核磁気共鳴(1Hおよび13C NMR)、赤外および紫外線分光法(IRおよびUV)、X線結晶学、元素分析、HPLCおよび質量分析(LC−MS)がある。保護基の処理、精製、構造同定および定量の方法は化学合成業者に公知である。」

摘記2b:段落0137〜0138及び0141〜0144
「【0137】段階G:
【0138】【化49】


…【0141】段階H:
【0142】【化50】


【0143】100L丸底フラスコに1.67kgのスキーム1のアミンHCl塩8、912.4gのクロロピリミジン、4.6Lのジイソプロピルエチルアミンおよび25.78Lのエチレングリコールを充填した。得られたスラリーは次第に溶液となり、これを脱ガスして窒素雰囲気下で撹拌した。内容物を100℃で12時間加熱した。加熱を中止し、反応溶液をゆっくりと室温に冷却すると、スラリーが形成された。このスラリーに77.3Lの水を1時間の期間で添加し、スラリーを室温で3時間熟成した。混合物を濾過し、ケーキを追加量の80Lで洗浄した。ウェットケーキを窒素下で一夜乾燥した。乾燥後、1.90kgの黄白色固体を収集した。
【0144】1.77kgの上記固体を71LのEtOAcに溶解し、531gのDarco G−60カーボンによって室温で3時間処理した。Solka Flocで濾過し、引き続いて2×20LのEtOAで洗浄した。減圧下で溶媒をMeOHに交換すると、スラリーが得られた。MeOHの最終量は19Lに調整した。MeOH中のスラリーを約60℃に加熱した。室温まで徐々に冷却するとスラリーとなり、これを冷却しながら57LのGMP水を1時間で添加した(発熱性混合、30℃以下に温度調節)。混合物を室温で3時間熟成し、濾過して固体を収集し、ケーキを30LのGMP水で洗浄し、窒素下で乾燥した。1.55kgの乾燥生成物を収集した(89%収率)。典型的収率=89%(1.55kg)。」

引用文献3には、和訳にして、次の記載がある。
摘記3a:第9頁第22行〜第11頁第1行
「好ましいNR2Bアンタゴニストは、トラキソプロジル(CP−101,606)、ラジプロジル(RGH896)、EVT−101、EVT−102、EVT−103、イフェンプロジル、MK−0657、サファプロジル、又は化合物1と命名されているN−{(1S,3S)−3−[3−(4−メチルベンジル)−1,2,4−オキサジアゾール−5−イル]シクロペンチル}−1H−ピラゾロ[3,4−d]ピリミジン−4−アミンを含む群から選択される。…
MK−0657の化学構造は、以下のとおりである。




引用文献6には、次の記載がある。
摘記6a:第310頁右欄第4行〜第312頁左欄第4行
「2.医薬品開発とその物性
…近年,日本の製薬会社では,新薬の製造販売の許可を日本よりも先にまづ米国のFDA(Food and Drug Administration)に申請することが多い.申請の際には,狭義の薬効だけでなく,原薬の結晶形crystal form(結晶多形を含む)や粒子径particle size等の固体物性に関しても言及することになっている.これは,消化管からの薬効成分の吸収特性を左右する因子としてこれらの物性が重要であることに配慮したものである1).…
米国FDAのガイドライン3)では,主薬のすべての結晶形の種類を記載し,それぞれの結晶形の単離・同定を行ない,その特徴を明確にすることを規定している.さらに,主薬の結晶形が一つしかないと主張する場合には,その根拠を明確にすることが求められている.
市販されている薬物にどのくらい結晶多形が存在するかをTable 1に示す4).常用Steroid剤やBarbiturate鎮痛剤の半数以上が結晶多形を有し,Sulfonamide感染症治療薬でもその4割が結晶多形を有している.各医薬品は普通,2〜5種類の結晶多形を有している.従って,製薬会社は主薬の薬効のみならず,結晶多形等の固体物性にも大きな配慮をせざるを得ないのである.…
3.結晶多形
…抗生物質であるChloramphenicol PalmitateはA形,B形,C形の3つの結晶形を有する7).この中で,安定形はA形であり,主に見られる準安定形はB形である.B形の融点が86℃であるのに対しA形は91℃,A形の溶解度はB形の28%に過ぎない.この抗生物質は懸濁シロップ剤として経口投与されるが,その際の粒子径は5μmに調整されている.しかしながら,A形製剤を投与した場合はB形に比べ血中濃度は1/5にしかならない.従って,A形では期待した薬効が得られないことになり得るのでB形での開発が必要になる.」

引用文献10には、次の記載がある。
摘記10a:第907頁左欄第23行〜右欄第11行
「医薬品については構造の複雑さとコンフォーメーションの自由度から,その約80%に結晶多形が存在するといわれている2)。医薬品の結晶多形に関して重要な点は,製品特性としての安定性,溶解性,さらには固形剤の場合はバイオアベイラビリティーに影響を与えることがあげられる。従って,製薬企業では主として物性研究者によって,溶解度測定,溶解速度測定,保存時の安定性測定などが,結晶多形のキャラクタリゼーションとあわせて行われている3)。
…最近では,積極的に結晶多形を見つけ出すことを目的とした結晶多形スクリーニングが盛んに行われるようになってきた。」

引用文献12には、次の記載がある。
摘記12a:段落0006及び0012
「【0006】医薬化合物などの物質は、多くの異なる結晶形態および大きさを有することができる。製薬業界では、結晶の構造および大きさが製造、製剤化および生物学的利用能などの薬物動態に影響し得ることから、これらの結晶特性、特には多形、結晶の大きさ、晶癖および結晶径分布が特に重視されてきた。ある化合物の結晶を区別することができる4つの広い分類があり、それらは組成;晶癖;多形;および結晶径である。…
【0012】2.1.4.多形
さらに、同一化合物が複数の異なる結晶種(すなわち、異なる内部構造を有する)として結晶化する場合があるか、あるいはある結晶種から別の結晶種に変わることがある。その現象は多形と称され、それらの異なる結晶種は多形体と称される。多形体は、異なる光学特性、融点、溶解度、化学反応性、溶解速度および異なる生物学的利用能を示す場合がある。同じ医薬品の異なる多形体は異なる薬物動態を有する場合があることが知られており、例えばある多形体はそれの対応するものより容易に吸収される場合がある。極端な場合、ある医薬品の1種類の多形体のみが、疾患治療に好適である場合がある。そこで、新規または有用な多形体の発見および開発が、特に医薬分野では非常に重要である。」

(2)引用文献2に記載された発明
摘記2bの記載からみて、引用文献2には、



の固体の乾燥生成物。』についての発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の化学式の化合物は、引用文献3(摘記3a)の「MK−0657」と合致する化学構造を有する化合物であって、本願明細書の段落0004の「MK−0657…と称されている…化合物(I)」との記載をも参酌するに、本願発明の「化合物(I)」に相当する。
また、引用発明の「固体の乾燥生成物」と、本願発明の「II型結晶」は、両者とも「固体」の形態にあるという点において共通する。
してみると、本願発明と引用発明は『化合物(I)の固体。


』という点において一致し、次の〔相違点〕において相違する。

〔相違点〕固体の形態が、本願発明は「90重量%の純度」を有し「銅Kα線を用いて得られる、5.9°の2θ角ピークを含む粉末X線回折パターン」を有する「II型結晶」であるのに対して、引用発明は、固体の形態が不明な点

(4)判断
ア 本願明細書の段落0056には「化合物(I)のII型結晶は実質的に純粋である。「実質的に純粋」とは、少なくとも約90重量%の純度を有するか、または他の多形形態などの不純物を含まない、単離された形態の化合物(I)のII型結晶を意味する。」との記載があり(なお、下線は当審による。以下同じ。)、同段落0147〜0156の「実施例1:化合物(I)およびII型結晶の製造」の欄には、実施例1として「II型を製造」したことの記載があるものの、当該「実施例1」の具体例で得られたII型結晶の純度は明らかにされておらず、本願明細書の発明の詳細な説明には「90重量%の純度」を有するもの(すなわち10重量%の他の多形形態などの不純物を有するもの)が実質的に記載されていない。このため、当該「90重量%の純度」を有すること(すなわち10重量%の他の多形形態などの不純物を有すること)に、格別の技術上の意義があるとは認められない。

イ また、同段落0156には「化合物(I)のI型に化合物(I)のII型をシードした(seeded)。Darco G60の存在下でスラリー化に続いて再結晶を行うことにより精製してII型を製造し、これを粉砕して所望の粒子径分布とした。」との記載があるところ、引用文献2の段落0144(摘記2b)の「Darco G−60カーボンによって…処理し…スラリーが得られた。」との記載にあるように、本願明細書の実施例で用いられている「Darco G60」という製品名の活性炭(本願明細書の段落0149の「Darco G=活性炭」との記載を参照。)は、引用文献2においても使用されている一般的な吸着剤であり、本願明細書の実施例における「II型をシードした」という種晶をシードする手法も一般的な手法であり、その他、本願発明の「II型結晶」を得るための手段として、当業者が通常想定し得ない特殊な手法や溶媒や試薬などが、本願明細書の実施例において採用されているとは認められない。加えて、本願明細書の段落0144の「化合物(I)のII型は溶媒または共溶媒中においてI型をスラリー化することによっても得られうる。…化合物(I)のI型の変換に続いて、II型は、通常の手順を用いて単離されうる。」との記載にあるように、本願発明の「II型結晶」を得るための手段は「通常の手順」の範疇にあるものであり、同段落0052の「I型およびIII型は、固体状態および水性懸濁液の双方において、熱的にII型へと変換する」との記載にあるように、II型が最も熱的に安定であることから、II型結晶が最も得られやすい結晶多形であると解さざるを得ない。

ウ そして、引用文献2の段落0102(摘記2a)には、いくつかの調製物に「多形性」があること、及び最終生成物の「純度」を確認することが記載され、同段落0105(摘記2a)には、化合物の合成手順において「精製」のための手順を踏むこと、及び「X線結晶学」などの技術を使用して生成物の特性を決定できることが記載されているところ、
引用文献6(摘記6a)の「米国のFDA…に申請…の際には,狭義の薬効だけでなく,原薬の結晶形…(結晶多形を含む)…等の固体物性に関しても言及することになっている.…米国FDAのガイドライン…では,主薬のすべての結晶形の種類を記載し,それぞれの結晶形の単離・同定を行ない,その特徴を明確にすることを規定している.…製薬会社は主薬の薬効のみならず,結晶多形等の固体物性にも大きな配慮をせざるを得ないのである.」との記載、
引用文献10(摘記10a)の「医薬品の結晶多形に関して重要な点は,製品特性としての安定性,溶解性,さらには固形剤の場合はバイオアベイラビリティーに影響を与えることがあげられる。従って,製薬企業では主として物性研究者によって,溶解度測定,溶解速度測定,保存時の安定性測定などが,結晶多形のキャラクタリゼーションとあわせて行われている」との記載、及び
引用文献12(摘記12a)の「製薬業界では、結晶の構造および大きさが製造、製剤化および生物学的利用能などの薬物動態に影響し得ることから、これらの結晶特性、特には多形、結晶の大きさ、晶癖および結晶径分布が特に重視されてきた。…新規または有用な多形体の発見および開発が、特に医薬分野では非常に重要である。」との記載にあるように、
米国のFDA(食品医薬品局)のガイドラインにおいて「結晶多形」などの固体物性を明確にすることが規定されていることや、結晶多形が、製品特性としての「安定性」や「溶解性」や「バイオアビリティー」に影響を与えることは、本願優先日前の技術水準において、当業者の「技術常識」として普通に知られていたものと認められる。

エ してみると、薬剤候補の成分として周知の引用発明の化合物(MK−0657)について、その製品特性としての「安定性」や「溶解性」や「バイオアビリティー」の改善をすべく、その「純度」や「結晶多形」を検討することは、本願優先日当時の当業者の技術常識であって、上記イに示したとおり本願発明の「II型結晶」を得るための手段として特殊な方法が採用されているとも認められないので、上記〔相違点〕については、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲と認められる。

オ さらに、本願発明の効果について検討するに、本願明細書の段落0008には「化合物(I)は複数の結晶形態(多形)で存在しうることが見出された。ある特定の結晶形態(II型結晶)は他の多形形態よりも熱力学的により安定であり、ゆえに、バルクでの生産および取扱いにより適切であることが判明した。大規模に高純度で化合物(I)およびII型を製造する、効率的で経済的な手法が開発された。動物実験において、抑うつ障害の治療にII型は安全性と有効性を示し、微粉化された際に微粉化されていないII型と比較して吸収が改善された。」との記載があり、
令和2年8月5日付けの審判請求書の第4〜5頁において、審判請求人は「化合物Iが複数の結晶形態で存在し得るということは、それ自体が普通ではなく、自明ではありません。第2に、II型結晶は、例えば、熱力学的安定性、微粉化された際に微粉化されていないII型と比較して吸収が改善することなど、医薬品の好ましい形態となる優れた特性を有します。…本願明細書の実施例11〜19および22〜24に示すように、本願発明に係るII型結晶は、複数の治療活性を発揮します。これらの活性は、II型結晶に特有のものであります。」と主張する。

カ しかしながら、引用文献6(摘記6a)の「各医薬品は普通,2〜5種類の結晶多形を有している.」との記載、及び引用文献10(摘記10a)の「医薬品については…その約80%に結晶多形が存在するといわれている」との記載にあるように、薬剤候補の成分となる化合物に「結晶多形」が存在するのは普通であり、本願明細書の上記「微粉化されていないII型と比較して吸収が改善された」という効果は、II型であっても微粉化されていなければ優れた吸収性を示し得ないことを意味するので、II型特有の効果であるとは認められない。また、本願明細書の実施例11〜24の試験結果は、II型以外の他の結晶多形と比較した場合の試験結果ではないし、引用発明の化合物(MK−0657)がNR2Bアンタゴニストとしての薬理活性を有することも知られているので、その治療活性がII型特有の効果であると認めるに至らず、先に言及したように、そもそも本願明細書の発明の詳細な説明には「90重量%の純度」を有するもの(すなわち10重量%の他の多形形態などの不純物を有するもの)が実質的に記載されていないので、本願発明に格別の効果があるとは認められない。

キ したがって、本願発明は、引用文献2に記載された発明、並びに引用文献2、3、6、10及び12に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第6 むすび
以上のとおり、本願請求項1に係る発明は、引用文献2に記載された発明、並びに引用文献2、3、6、10及び12に記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、その余の理由及び請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 阪野 誠司
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-07-22 
結審通知日 2022-07-26 
審決日 2022-08-29 
出願番号 P2017-534602
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07D)
P 1 8・ 572- Z (C07D)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 阪野 誠司
特許庁審判官 関 美祝
木村 敏康
発明の名称 化合物、組成物および方法  
代理人 八田国際特許業務法人  
代理人 八田国際特許業務法人  

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