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審決分類 審判 一部無効 判示事項別分類コード:857  C07C
審判 一部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C07C
審判 一部無効 特許請求の範囲の実質的変更  C07C
審判 一部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  C07C
審判 一部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  C07C
審判 一部無効 特123条1項8号訂正、訂正請求の適否  C07C
審判 一部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C07C
審判 一部無効 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  C07C
管理番号 1393729
総通号数 14 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-02-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2021-02-16 
確定日 2022-11-25 
事件の表示 上記当事者間の特許第3429432号発明「ビタミンD誘導体結晶およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3429432号の請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許第3429432号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明についての出願は、平成9年6月12日(優先日 平成8年7月1日)の出願であって、平成15年5月16日にその特許権の設定登録がなされたものである。

2 特許権者(被請求人)は、平成24年3月29日に訂正審判を請求して、本件特許の明細書をその審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを求めた(訂正2012−390042号事件。以下、この事件における訂正を「訂正A」という。)。
これについて、訂正Aを認めた審決(平成24年5月17日付け)が、平成24年5月25日に確定し、当該審決の特許審決公報(発行日 平成24年8月31日)に、訂正Aがなされた後の本件特許の特許請求の範囲、明細書及び図面が掲載された。

3 請求人は、令和3年2月16日受付の審判請求書によって、本件特許の請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明についての特許を無効とすることについての特許無効審判を請求した(以下「本件審判請求」という。)。

4 それより後の手続の経緯は、次のとおりである。
令和3年 6月21日 審判事件答弁書(被請求人)
同 年 8月27日付け 通知書(口頭審尋事項の通知)
同 年 9月30日 第1回口頭審尋
同 年10月18日付け 審理事項通知書
同 年11月15日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同 年11月16日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同 年11月30日 第1回口頭審理
同 年12月21日 上申書の提出(被請求人)
令和4年 1月17日 上申書の提出(請求人)
同 年 3月 8日付け 審決の予告
同 年 5月13日 訂正請求書及び上申書の提出(被請求人)
同 年 7月22日 手続補正書及び弁駁書の提出(請求人)


第2 令和4年5月13日提出の訂正請求書による訂正の概要
1 請求の趣旨
令和4年5月13日提出の訂正請求書(以下「訂正請求書B」という。)の「請求の趣旨」は、
「特許第3429432号の特許請求の範囲を本件請求書に添付した訂正明細書のとおり、訂正後の請求項1ないし7、請求項12ないし16、請求項19及び請求項20並びに【0039】について訂正することを求める。」
というものである。
(以下、訂正請求書Bによる訂正を「訂正B」という。)

2 訂正の内容
訂正Bは、訂正Aにより訂正された本件特許の特許請求の範囲及び明細書を、訂正請求書Bに添付した訂正明細書のとおり訂正しようとするものであり、その内容は、以下のとおりである。

(1)訂正事項B1(請求項1)
特許請求の範囲の請求項1について、「格子定数a=10.325(2)」を「格子定数a=10.352(2)」に変更するとともに(以下「訂正事項B1−1」という。)、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加すること(以下「訂正事項B1−2」という。)で、訂正前の
「式(I)(略)
で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。」
との記載を、
「式(I)(略)
で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶。」
とする(下線は、訂正箇所を示す。以下、同じ。)。
(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜4、19及び20についても、同様に訂正する。)

(2)訂正事項B2(請求項5)
特許請求の範囲の請求項5について、「格子定数a=10.325(2)」を「格子定数a=10.352(2)」に変更するとともに、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することで、訂正前の
「式(I)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得る、式(I)で表される化合物の精製方法。」
との記載を、
「式(I)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶を得る、式(I)で表される化合物の精製方法。」
とする。
(請求項5を直接又は間接的に引用する請求項6及び7についても、同様に訂正する。)

(3)訂正事項B3(請求項12)
特許請求の範囲の請求項12について、「格子定数a=10.325(2)」を「格子定数a=10.352(2)」に変更するとともに、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することで、訂正前の
「式(II)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得た精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)(略)
で表される化合物を得ること;および
次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得ること;
を含む、精製された式(I)で表される化合物の製造方法。」
との記載を、
「式(II)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得た精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)(略)
で表される化合物を得ること;および
次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶を得ること;
を含む、精製された式(I)で表される化合物の製造方法。」
とする。
(請求項12を直接又は間接的に引用する請求項13〜15についても、同様に訂正する。)

(4)訂正事項B4(請求項16)
特許請求の範囲の請求項16について、「格子定数a=10.325(2)」を「格子定数a=10.352(2)」に変更するとともに、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することで、訂正前の
「式(II)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得られる精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)(略)
で表される化合物を得、次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、式(I)で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。」
との記載を、
「式(II)(略)
で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得られる精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)(略)
で表される化合物を得、次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、式(I)で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶。」
とする。
(請求項16を直接又は間接的に引用する請求項19及び20についても、同様に訂正する。)

(5)訂正事項B5(本件特許明細書の【0039】)
本件特許明細書の【0039】において、「格子定数a=10.325(2)」を「格子定数a=10.352(2)」に変更し、訂正前の
「実施例4:ED−71のX線結晶構造解析
ED−71試料(実施例3で使用したED−71試料)より結晶を選出し、X線回折実験を行った。その結果、本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4であることが判明し、2520個の反射データを測定した。構造解析は以下のように行った。」
との記載を、
「実施例4:ED−71のX線結晶構造解析
ED−71試料(実施例3で使用したED−71試料)より結晶を選出し、X線回折実験を行った。その結果、本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4であることが判明し、2520個の反射データを測定した。構造解析は以下のように行った。」
とする。


第3 本件訂正の適否
1 訂正事項B1−1について
(1)訂正の目的
ア 特許法第134条の2第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」について
(ア)特許法第134条の2第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」とは、
a 明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「明細書、特許請求の範囲又は図面」を「明細書等」という。)の中の記載を、本来その意であることが明細書等の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、
b 訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう。
なお、上記判断の前提に沿う参考判決例を、以下のとおり示しておく。

(参考判決例)
a 平成20年(行ケ)第10216号「レールの据付方法及び据付構造」判決(「事実及び理由」第4 3)(知財高裁平成21年3月25日言渡し)
b 平成19年(行ケ)第10242号「紙おむつ」判決(「事実及び理由」第5 1)(知財高裁平成20年2月21日言渡し)
c 平成18年(行ケ)第10204号「光ファイバーケーブル」判決(「事実及び理由」第4 2)(知財高裁平成18年10月18日言渡し)
d 平成15年(行ケ)第525号「硬化性組成物」判決(「事実及び理由」第5 1)(東京高裁平成16年8月24日言渡し)
e 平成13年(行ケ)第436号「プレフィルドシリンジ」判決(「事実及び理由」第5 3)(東京高裁平成14年11月14日言渡し)
f 平成10年(行ケ)第336号「多層セラミック低温形成方法」判決(「理由」2)(東京高裁平成12年3月2日言渡し)

上記判断基準を前提として、以下判断する。

(イ)訂正事項B1−1は、訂正B前の特許請求の範囲の請求項1における「格子定数a=10.325(2)」との記載を、「格子定数a=10.352(2)」との記載に訂正するものであるところ、訂正B前の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載は、被請求人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項としたものの一つであって、その記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体で誤記であると理解されない。
また、訂正B前の特許請求の範囲には、「格子定数a=10.325(2)」との記載が四箇所にわたって記載されており(請求項1、5、12及び16)、訂正B前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.325(2)」とのみ記載され(【0039】)、ほかの数値は見当たらない。そして、「格子定数a=10.325(2)」との記載と訂正B前の明細書等のほかの記載との間に矛盾は存在しないから、訂正B前の「格子定数a=10.325(2)」との記載が誤記であるとは理解されない。
一方、訂正B後の「格子定数a=10.352(2)」との記載は、訂正B前の明細書等には一切記載されておらず、訂正B前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.352(2)」と直ちに算出される等、「格子定数a=10.352(2)」との記載が本来正しい記載であることが明らかといえる事情も認められない。
したがって、訂正事項B1−1は、明細書等の中の記載を、本来その意であることが明細書等の記載などから明らかな内容の字句、語句に正す訂正とはいえない。
また、格子定数a、b及びcは結晶の単位格子の軸長を示すものであり、令和3年12月21日提出の上申書(被請求人)に示されるとおり、格子定数の末尾に「( )」で囲まれる数値はその直前の桁における標準偏差を表す(すなわち、「格子定数a=10.325(2)」は格子定数aの値の標準偏差が0.002であることを表す。)ものであるから、格子定数aの値は小数点以下第三位の桁の標準偏差で示される程度の精度(「格子定数a=10.325(2)」であれば、測定値のばらつきは、標準偏差0.002のせいぜい三倍程度の範囲(10.325±0.006(=10.319〜10.331))に収まる。)を有するということができる。
たとえ、格子定数aの値の違いが標準偏差の範囲内であっても(例えば、「格子定数a=10.325(2)」と「格子定数a=10.327(2)」)、それらの値は同一の意味を表示しているとは認識されないことは当然であるところ、「格子定数a=10.325(2)」と「格子定数a=10.352(2)」との違いは、測定値のばらつきと捉えられる範囲を遙かに超える大きな違いであることから、これらの格子定数の値はなおさら異なるものとして明確に理解され、これらが当然に同一の意味を表示するものと客観的に認められない。
したがって、訂正B前の「格子定数a=10.325(2)」との記載が、当然に、訂正B後の「格子定数a=10.352(2)」との記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められない。

(ウ)よって、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」を目的とするものではない。
なお、本件特許に係る出願は、外国語書面に基づくものではないから、同号に掲げる「誤訳の訂正」を目的とするものでもないことは明らかである。

イ 特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」について
(ア)「明瞭でない記載の釈明」とは、明細書等の中のそれ自体意味の不明瞭な記載、又は、明細書等の中のほかの記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載等、明細書等に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにすることをいうとされ、「明瞭でない記載の釈明」が認められるためには、明細書等に明瞭でない記載が存在することが必要である。
なお、上記判断の前提に沿う参考判決例を、以下のとおり示しておく。

(参考判決例)
a 平成26年(行ケ)第10117号「食品の風味向上法」判決(「事実及び理由」第4 1(2)イ)(知財高裁平成26年12月9日言渡し)
b 平成22年(行ケ)第10325号「ペレット状生分解性樹脂組成物およびその製造方法」判決(「事実及び理由」第4 4(1)ア(ア))(知財高裁平成23年5月23日言渡し)
c 平成15年(行ケ)第525号「硬化性組成物」判決(「事実及び理由」第5 2)(東京高裁平成16年8月24日言渡し)

上記判断基準を前提として、以下判断する。

(イ)訂正事項B1−1に係る訂正B前の特許請求の範囲の請求項1における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載は、被請求人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項としたものの一つであって、その記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体意味の不明瞭な記載ではない。
また、訂正B前の特許請求の範囲には、「格子定数a=10.325(2)」との記載が四箇所にわたって記載されており(請求項1、5、12及び16)、訂正B前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.325(2)」とのみ記載され(【0039】)、ほかの数値は見当たらず、「格子定数a=10.325(2)」との記載が訂正B前の明細書等のほかの記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている等の記載上の不備があるとも認められない。
そして、訂正B後の「格子定数a=10.352(2)」との記載は、訂正B前の明細書等には一切記載されておらず、訂正B前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.352(2)」と直ちに算出される等、「格子定数a=10.325(2)」との記載の本来の意が、「格子定数a=10.352(2)」であることが明らかといえる事情も見当たらない。
したがって、訂正事項B1−1は、訂正B前の明細書等に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにするものではなく、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正とはいえない。

(ウ)よって、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものではない。

ウ 特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」について
訂正事項B1−1は、訂正B前の特許請求の範囲の請求項1における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載を、「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載に訂正するものといえ、訂正B前の特許請求の範囲の請求項1において記載された結晶を技術的に限定するものではないから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではない。

エ 特許法第134条の2第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」について
訂正事項B1−1が、特許法第134条の2第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものではないことは明らかである。

オ 被請求人の主張について
被請求人は、訂正請求書Bにおいて、訂正事項B1−1は、「誤記の訂正を目的とする(特許法第134条の2第1項ただし書第2号)。出願当初の明細書では、格子定数aは10.352(2)(Å)であった。現在の格子定数aは、この値と異なっており、訂正事項1−1(合議体注:訂正事項B1−1)は、当初の値に戻すことを目的としている。」と主張する。
しかしながら、訂正事項B1−1は、当審の審理過程において、「格子定数a=10.325(2)」とした訂正Aが無効理由を有するとの通知を受けて訂正するものであるところ、そのような審理過程があることを考慮しても、既に確定し、訂正要件の判断の基準となった訂正Aの訂正後の特許請求の範囲の「格子定数a=10.325(2)」の記載が誤記であって、「格子定数a=10.352(2)」と訂正することが、誤記の訂正を目的とするものといえないことは、上記アで述べたとおりである。
よって、上記被請求人の主張は受け入れられない。

カ まとめ
以上のとおり、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反してされたものである。

(2)新規事項の追加
ア 特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項には「第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第二号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(・・・))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定されている。
ここにいう「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、訂正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
なお、上記判断の前提に沿う参考判決例を、以下のとおり示しておく。

(参考判決例)
a 平成25年(行ケ)第10346号「水晶発振器と水晶発振器の製造方法」判決(「事実及び理由」第5 1(4)、(5))(知財高裁平成26年10月9日言渡し)
b 平成25年(行ケ)第10206号「回転角検出装置」判決(「事実及び理由」第5 1(2))(知財高裁平成26年2月26日言渡し)
c 平成23年(行ケ)第10431号「液晶用スペーサーおよび液晶用スペーサーの製造方法」判決(「事実及び理由」第4 1(2)、(3)、(4))(知財高裁平成24年11月14日言渡し)
d 平成18年(行ケ)第10563号「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」判決(「事実及び理由」第5 1(2)ア)(知財高裁平成20年5月30日判決言渡し)

上記判断基準を前提に、訂正事項B1−1が、訂正B前の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものか否かを以下検討する。

イ 訂正事項B1−1に係る訂正B後の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載について、訂正B前の明細書等に「格子定数a=10.352(2)」との記載は全く存在しない。
また、訂正B前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.325(2)」とのみ記載されているところ、上記(1)アで説示したとおり、「格子定数a=10.325(2)」と「格子定数a=10.352(2)」とは異なるものとして明確に理解される。したがって、訂正B前の明細書等に記載された「格子定数a=10.325(2)」との記載から、訂正B後の「格子定数a=10.352(2)」との技術的事項が導かれるということはできない。
さらに、訂正B前の明細書等の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.352(2)」と直ちに算出される等、訂正事項B1−1に係る訂正B後の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との事項が、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとすべき事情も認められない。
以上のとおり、訂正B後の「格子定数a=10.352(2)」との事項は、訂正B前の明細書等に記載されておらず、訂正B前の明細書等に記載された「格子定数a=10.325(2)」との記載から導かれる技術的事項であるとは認められないし、そのほかに、訂正B前の明細書等の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.352(2)」との技術的事項が導かれるとすべき事情もない。

したがって、訂正事項B1−1は、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正Bは、訂正B前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

ウ 被請求人の主張について
被請求人は、訂正請求書Bにおいて、「訂正事項1−1(合議体注:訂正事項B1−1)の格子定数aは、願書に最初に添付した明細書(【0039】)及び特許請求の範囲(請求項1)に記載された値である。したがって、訂正事項1−1は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である(特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項)。」と主張する。
しかしながら、上記(1)アで述べたとおり、訂正事項B1−1は、誤記の訂正を目的(特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる目的)とするものとは認められないから、願書に「最初に」添付した明細書等の記載に基づいて新規事項の追加があったかどうかは判断されない。そして、訂正事項B1−1が、訂正B前の明細書等に記載された事項の範囲内の訂正でないことは、上記イで述べたとおりである。
よって、上記被請求人の主張は受け入れられない。

エ まとめ
以上のとおり、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。

(3)特許請求の範囲の実質上拡張又は変更の有無
ア 訂正の効果は出願時に遡って生じ(特許法128条)、訂正された特許請求の範囲の記載に基づいて技術的範囲が定められる特許発明の特許権の効力は第三者に及ぶことに鑑みると、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項の「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、訂正の前後の特許請求の範囲の記載を基準としてされるべきであり、「実質上」の拡張又は変更に当たるかどうかは訂正により第三者に不測の不利益を与えることになるかどうかの観点から決するのが相当である。
なお、上記判断の前提に沿う参考判決例を、以下のとおり示しておく。

(参考判決例)
a 平成30年(行ケ)第10133号「1−[(6,7−置換―アルコキシキノキサリニル)ミノカルボニル]−4−(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」判決(「事実及び理由」第4 1(2)ア)(知財高裁令和元年7月18日言渡し)
b 平成27年(行ケ)第10239号「船舶」判決(「事実及び理由」第5 3(1))(知財高裁平成28年12月26日言渡し)

上記判断基準を前提に、訂正事項B1−1が、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更に当たるか否かを以下検討する。

イ 訂正事項B1−1は、訂正B前の特許請求の範囲に記載された「格子定数a=10.325(2)」との記載を「格子定数a=10.352(2)」との記載にする訂正であるところ、上記(1)アで述べたとおり、「格子定数a=10.325(2)」と「格子定数a=10.352(2)」とは明確に異なるものとして理解されるから、訂正B前の特許請求の範囲に記載された「格子定数a=10.325(2)」との記載を「格子定数a=10.352(2)」との記載にする訂正は、特許請求の範囲を変更するものである。
そして、訂正事項B1−1により、特許請求の範囲に記載された結晶は、「格子定数a=10.325(2)」である結晶から「格子定数a=10.352(2)」である結晶に変更されることになるから、この変更により、訂正B前の特許請求の範囲の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。

ウ 被請求人の主張について
被請求人は、訂正請求書Bにおいて、「訂正事項1−1(合議体注:訂正事項B1−1)は、格子定数aを出願当初の明細書に(合議体注:原文ママ)記載に戻すものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更する訂正ではない。」と主張する。
しかしながら、訂正事項B1−1は、当審の審理過程において、「格子定数a=10.325(2)」とした訂正Aが無効理由を有するとの通知を受けて訂正するものであるところ、そのような審理過程があることを考慮しても、訂正事項B1−1が、既に確定した訂正Aの訂正後の特許請求の範囲を変更するものであることは、上記イで述べたとおりである。
よって、上記被請求人の主張は受け入れられない。

エ まとめ
以上のとおり、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項の規定に違反するものである。

(4)訂正事項B1−1についての小括
以上のとおり、訂正事項B1−1は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反し、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に違反するものである。

2 訂正事項B1−2について
(1)訂正の目的
ア 訂正事項B1−2は、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することにより、結晶構造解析で決定された空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定された結晶を、訂正B前の明細書等には全く記載のなかった、結晶を特定するための別の指標であるX線回折法により測定される回折角2θで新たに特定するものであって、訂正事項B1−2は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとはいえない。また、上記1(1)ア及びイで述べたとおり、結晶を、空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定する訂正B前の記載が不明瞭であったり、誤記又は誤訳であったともいえないから、訂正事項B1−2は、不明瞭な記載の釈明を目的とするものでもないし、誤記又は誤訳の訂正を目的とするものでもない。さらに、訂正事項B1−2は、「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものではないことも明らかである。
それゆえ、訂正事項B1−2は、特許法第134の2条第1項ただし書各号に掲げる目的に該当しない。

イ 被請求人は、訂正請求書Bにおいて、訂正事項B1−2は、「誤記の訂正又は不明瞭な記載の釈明を目的とする(特許法第134条の2第1項ただし書第2号及び第3号)。技術常識に照らし・・・回折角が比較対照(合議体注:原文ママ)と上記の範囲内にある結晶は、当然に同一の結晶構造を意味する。現在の請求項1は、この事情が適切に反映されていない点で誤記を含み、あるいは不明瞭な記載となっている。」と主張する。また、乙15及び乙20〜22を示し、「ある結晶構造の回折ピーク(2θ)が、基準となる相での主要なピーク位置から0.2°以内にある場合、当該結晶構造は、当該基準となる相に同定される」こと、及び「X線源として、通常、CuKαを使用すること」が本件優先日において技術常識であったと主張する。
しかしながら、仮に、結晶の分析方法として、CuKαを使用したX線回折法が本件優先日時点における技術常識であり、回折ピーク(2θ)のピーク位置による結晶の特定手法自体が本件優先日時点における技術常識であったとしても、上記アで述べたとおり、結晶を、空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定する訂正B前の記載が不明瞭であったり、誤記又は誤訳であったともいえないから、被請求人の主張する「事情」が訂正B前の請求項1に反映していないからといって、訂正B前の請求項1の記載が誤記を含んだり、不明瞭なものであるとはいえない。
すなわち、訂正B前における空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値による結晶の特定は、本件特許明細書の実施例4に示されるX線結晶構造解析によるものであり(【0039】〜【0040】)、本件特許権者である被請求人が行った当該特定については何ら不明瞭なところはない。一方、訂正事項B1−2は、当該特定とは別の指標、すなわち、上記X線結晶構造解析とは異なる分析手法である粉末X線回折測定法(乙15の「2.58 粉末X線回折測定法」を参照)によって測定された回折ピーク(2θ)のピーク位置により結晶を特定しようとするものであって、既に明瞭に特定されている結晶を、新たな範囲を持った概念を導入しつつ、必要もない新たな指標でわざわざ特定するものである。そして、新たな指標による特定などなくとも訂正B前の特定は明瞭であったのであるから、新たな指標に関する、回折ピーク(2θ)のピーク位置により結晶を特定しようとする際、回折ピーク(2θ)から0.2°以内にある場合、同一の結晶構造を意味するといった事情が、訂正B前の特許請求の範囲に反映されていないからといって、訂正B前の記載が不明瞭であることにはならない。
よって、上記被請求人の主張は受け入れられない。

ウ 以上のとおり、訂正Bの訂正事項B1−2は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反してされたものである。

(2)新規事項の追加
ア 訂正事項B1−2は、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することにより、結晶構造解析で決定された空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定された結晶を、結晶を特定するための別の指標であるX線回折法により測定される回折角2θで新たに特定するものである。一方、訂正B前の明細書等には、X線回折法により測定される回折角2θで特定することについての記載は全く存在しない。また、仮に、上記(1)イで述べたような、被請求人の主張する技術常識があったとしても、空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定された結晶を、訂正B前の明細書等に記載もされていなかった別の指標で特定することは、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正事項B1−2は、訂正B前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

イ 被請求人は、訂正請求書Bにおいて、「訂正事項1−2(合議体注:訂正事項B1−2)も、技術常識に照らし・・・願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である(特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項)。」と主張する。
しかしながら、上記(1)で述べたとおり、訂正事項B1−2は、誤記又は誤訳の訂正を目的(特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる目的)とするものとは認められないから、願書に「最初に」添付した明細書等の記載に基づいて新規事項の追加があったかどうかは判断されない。そして、上記アのとおり、訂正事項B1−2は、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものといえるから、上記被請求人の主張は受け入れられない。

ウ よって、訂正Bの訂正事項B1−2は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。

(3)特許請求の範囲の実質上拡張又は変更の有無
ア 訂正事項B1−2は、「のX線回折(CuKα)における回折角2θの各々と±0.2°以内に対応する回折角2θを有する結晶」との構成要件を付加することにより、結晶構造解析で決定された空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値により特定された結晶を、結晶を特定するための別の指標であるX線回折法により測定される回折角2θで新たに特定するものであり、上記(2)で述べたとおり、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術事項を導入するものといえ、特許請求の範囲の実質上の変更に当たる。

イ 被請求人は、訂正請求書Bにおいて、「訂正事項1−2は、技術常識に沿って結晶構造を特定するものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更する訂正ではない。」と主張する。
しかしながら、仮に、上記(1)イで述べたような、被請求人の主張する技術常識があったとしても、上記アのとおり、訂正事項B1−2は、訂正B前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものといえ、特許請求の範囲の実質上の変更に当たるから、上記被請求人の主張は受け入れられない。

ウ よって、訂正Bの訂正事項B1−2は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項の規定に違反するものである。

(4)訂正事項B1−2についての小括
以上のとおり、訂正事項B1−2は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反し、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に違反するものである。

3 訂正事項B2〜B5について
訂正事項B2〜B4は、それぞれ、訂正B前の請求項5、12及び16について、訂正事項B1−1及び訂正事項B1−2と同様の訂正をするものであるところ、上記1及び2で述べた理由と同様の理由で、訂正事項B2〜B4は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反し、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に違反するものである。また、訂正事項B5は、訂正B前の明細書の記載について、訂正事項B1−1と同様の訂正をするものであるから、上記1で述べた理由と同様の理由で、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反し、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。

4 一群の請求項について
(1)訂正B前の請求項1〜4、19及び20について、請求項2〜4、19及び20は、直接又は間接的に請求項1を引用しているものであって、訂正事項B1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正B前の1〜4、19及び20は、特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
また、訂正B前の請求項16、19及び20について、請求項19及び20は、直接又は間接的に請求項16を引用しているものであって、訂正事項B4によって記載が訂正される請求項16に連動して訂正されるものであるから、訂正B前の16、19及び20は、特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
そして、訂正B前の請求項1〜4、19及び20と、訂正B前の請求項16、19及び20とは、請求項19及び20を共通に有するため、組み合わされて、1つの一群の請求項となる。

(2)訂正B前の請求項5〜7について、請求項6及び7は、直接又は間接的に請求項5を引用しているものであって、訂正事項B2によって記載が訂正される請求項5に連動して訂正されるものであるから、訂正B前の5〜7は、特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項である。

(3)訂正B前の請求項12〜15について、請求項13〜15は、直接又は間接的に請求項12を引用しているものであって、訂正事項B3によって記載が訂正される請求項12に連動して訂正されるものであるから、訂正B前の12〜15は、特許法134条の2第3項に規定する一群の請求項である。

(4)請求項1〜4、16、19及び20、請求項5〜7並びに請求項12〜15は、それぞれ一群の請求項に当たる。これらの一群の請求項の各々について、各請求項は、格子定数aを含み、訂正事項B1〜B4により格子定数aが訂正される。一方、訂正事項B5による訂正は、本件特許明細書の格子定数aを訂正するものであるところ、上述のとおり、この訂正に係る請求項の全てについて、格子定数aの訂正が行われているから、訂正事項B5による訂正は、特許法134条の2第9項で準用する同法126条第4項に適合する。

5 独立特許要件について
本件において、訂正B前の請求項1〜7、12〜16、19及び20が無効審判請求の対象とされている。そのため、これらの請求項については、訂正事項B1〜B5に関して、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件に関する規定は適用されない。
また、無効審判の請求がされていない訂正B前の請求項8〜11、17及び18については、上記1〜3で述べたように、訂正事項B1〜B5は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものでも、誤記又は誤訳の訂正を目的とするものでもないから、訂正事項B1〜B5に関して、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件に関する規定は適用されない。

6 訂正Bについての結論
以上のとおり、訂正Bの訂正事項B1〜B5は、特許法第134条の2第1項ただし書の規定に違反し、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、訂正B後の請求項1〜7、12〜16、19及び20並びに本件明細書等について訂正することは認められない。


第4 本件特許発明
上記第3で述べたとおり、訂正Bは認められないから、本件の審理の対象となる発明は、訂正Aによる訂正が確定した、訂正B前の特許請求の範囲の請求項1〜20に係る発明のうち、本件無効審判の請求がされた請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明であり、訂正B前の特許請求の範囲に記載した事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】 式(I)
【化1】


で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。
【請求項2】 式(I)で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、請求項1記載の結晶。
【請求項3】 有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項2記載の結晶。
【請求項4】 非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項3記載の結晶。
【請求項5】 式(I)
【化2】


で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得る、式(I)で表される化合物の精製方法。
【請求項6】有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項5記載の精製方法。
【請求項7】非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項6記載の精製方法。」、

「【請求項12】 式(II)
【化5】


で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得た精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)
【化6】


で表される化合物を得ること;および
次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得ること;
を含む、精製された式(I)で表される化合物の製造方法。
【請求項13】 有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項12記載の製造方法。
【請求項14】 非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項13記載の製造方法。
【請求項15】 アルコールがメタノールであることを特徴とする、請求項12から14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】 式(II)
【化7】


で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得られる精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)
【化8】


で表される化合物を得、次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、式(I)で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。」、

「【請求項19】請求項1から4および16のいずれか1項に記載の結晶を含む医薬組成物。
【請求項20】請求項1から4および16のいずれか1項に記載の結晶を有効成分として含む骨粗鬆症の治療薬。」

(以下、請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明を、それぞれの請求項に対応させて、「本件特許発明1」などといい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)


第5 請求の趣旨及び請求人の主張する無効理由等の概要
本件審判請求の趣旨は、
「特許第3429432号発明の特許請求の範囲の請求項1〜7,請求項12〜16,請求項19及び請求項20に記載された発明についての特許を無効とする
審判費用は被請求人の負担とする
との審決を求める。」
というものであり、請求人の主張する無効理由は、審判請求書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書及び令和4年1月17日提出の上申書の記載からみて、概略、以下の[無効理由]のとおりであると認める。
また、請求人は、被請求人が訂正請求書Bを提出したことに応じて、令和4年7月22日提出の手続補正書により、請求の理由を補正した。補正の内容は、仮に、本件特許につき訂正Bが認められた場合、追加の無効理由が存するというものであり、追加の無効理由は、概略、以下の[追加の無効理由]のとおりであると認める。
そして、当該追加の無効理由は、本件審判請求書の請求の理由に記載されたものではなく、審判請求書の請求の理由の要旨を変更するものであり、かつ、訂正Bの請求により請求の理由を補正する必要が生じたものであるが、上記第3で述べたとおり、訂正Bが認められないため、「訂正Bが認められた場合」との前提を欠き、適切な無効理由を構成しないため、当審の審判長は、当該請求の理由の補正を許可しない。

[無効理由]
訂正Aは、(1)誤記の訂正に当たるものではなく、また、(2)願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、さらに、(3)実質上特許請求の範囲を変更するものである。
よって、訂正Aは、特許法第126条第1項ただし書、同条第5項及び第6項にそれぞれ違反するものであるから、本件特許発明に係る特許は、同法第123条第1項第8号に該当し、無効とされるべきである。
(以下では、上記無効理由のうち、訂正Aが「(1)誤記の訂正に当たるものではなく・・・特許法第126条第1項ただし書・・・に・・・違反するものである」の部分を「無効理由1」とし、訂正Aが「(2)願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく・・・特許法第126条・・・第5項・・・に・・・違反するものである」の部分を「無効理由2」とし、訂正Aが「(3)実質上特許請求の範囲を変更するものである。・・・特許法第126条・・・第6項に・・・違反するものである」の部分を「無効理由3」として、それぞれ表記する。)

[追加の無効理由]
訂正B後の特許請求の範囲の請求項1〜7、12〜16、19及び20に係る発明は、いずれもその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許発明に係る特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。


第6 答弁の趣旨、被請求人の主張及び被請求人の提出した証拠方法
1 答弁の趣旨及び被請求人の主張
答弁の趣旨は、
「本件無効審判の請求は、成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、との審決を求める。」
というものであり、被請求人は、審判事件答弁書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書、令和3年12月21日提出の上申書及び令和4年5月13日提出の上申書において、請求人の主張する上記の無効理由は、理由がない旨の主張をしていると認める。

2 証拠方法
被請求人は、証拠方法として、以下の乙第1号証〜乙第24号証(以下、それぞれ、「乙1」などと略して記載する。)を提出している。

[証拠方法]
乙1:粟津莊司 他2名、「最新 薬剤学 第7版」、株式会社廣川書店、平成9年3月25日、p.68、p.135、表紙及び奥付
乙2:広田穣、“有機化合物の多形”、有機合成化学、第23巻第2号、1965年、p.99−116
乙3:「物理学辞典 改訂版」、株式会社培風館、1992年5月20日、p.922−923、表紙及び奥付
乙4:特開2018−30839号公報
乙5:特開平10−72432号公報
乙6:高橋聖史による令和3年6月16日付け陳述書
乙7:報告者欄に「熊谷良和」と記載され、標題欄に「ED−71のX線結晶構造解析」と記載され、作成年月日欄に「1996年1月29日」と記載され、右上欄外に「実96 0021」と印字された「実験・研究報告書(概要)」
(以上、審判事件答弁書と同時に提出。)

乙8:松村明 編、「大辞林第三版」、株式会社三省堂、2006年10月27日、p.882、p.1711、表紙及び奥付
乙9:平成18年(行ケ)第10204号審決取消請求事件判決(平成18年10月18日判決言渡し)
乙10:特許第3138308号公報
乙11:粟津莊司 他2名、「最新 薬剤学 第7版」、株式会社廣川書店、平成9年3月25日、p.68、p.135、表紙及び奥付(乙1と同じもの)
乙12:「物理学辞典 改訂版」、株式会社培風館、1992年5月20日、p.922−923、表紙及び奥付(乙3と同じもの)
乙13:佐藤瞳、「報告書(格子定数aの訂正による回折位置への影響)」、令和3年11月11日作成
乙14:Yukiko Namatame et al.,“Special Feature: Pharmaceutical Analysis(3) Evaluation of polymorphic forms by powder X-ray diffraction and thermal analysis methods”,Rigaku Journal,Vol.29,No.2(2013年),p.8−15(訳文添付)
乙15:厚生労働省告示第220号(令和3年6月7日付け)及び第十八改正日本薬局方、p.74−78
(以上、令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書(被請求人)と同時に提出。)

乙16:千原秀昭 他1名 訳、「物理化学(下)第2版」、株式会社東京化学同人、1985年1月10日、p.820−825、835−837、表紙及び奥付
乙17:加藤誠軌、「セラミックス基礎講座 3 X線回折分析」第4版、株式会社内田老鶴圃、1997年1月10日、p.63−65、p.100−101、p.298−303、表紙及び奥付
乙18:特開2006−162407号公報
乙19:花村榮一、「固体物理学」第3版、株式会社裳華房、1988年5月30日、p.31−44、表紙及び奥付
乙20:Shigehiro Kamitori et al.,“Molecular and crystal structures of two 1,6-anhydro-β-maltotriose derivatives”,Carbohydrate Research,Vol.278(1995年),p.195−203(訳文添付)
乙21:Hiroomi Nagata et al.,“Conformational Analysis of the Cyclised Pyridoxal Schiff Base of L-Tryptophan. X-Ray Crystal Structure, Nuclear Magnetic Resonance and Molecular Orbital Studies of 3-Carboxy-1-{3-hydroxy-2-methyl-5-[(phosphonooxy)methyl]-4-pyridyl}-1,2,3,4-tetrahydro-β-carboline”,J. Chem. Soc. Perkin Trans. 2(1994年),p.983−988(訳文添付)
(以上、令和3年12月21日提出の上申書(被請求人)と同時に提出。)

乙22:財団法人日本公定書協会 編、「第十三改正日本薬局方」初版、第一法規株式会社、平成8年3月21日、p.100−101、表紙及び奥付
乙23:中山信弘 編、「注解 特許法【下巻】」第三版第1刷、青林書店、平成12年8月30日、p.1378、表紙及び奥付
乙24:林修三 著、「法令解釈の常識」第2版第39刷、精文堂印刷株式会社、2020年10月1日、p.93、104、110、表紙及び奥付
(以上、令和4年5月13日提出の上申書(被請求人)と同時に提出。)


第7 訂正Aの内容
訂正Aの内容は、以下に示す訂正事項A1及び訂正事項A2のとおりである。

(1)訂正事項A1(本件特許明細書の【0039】)
「実施例4:ED−71のX線結晶構造解析
ED−71試料(実施例3で使用したED−71試料)より結晶を選出し、X線回折実験を行った。その結果、本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4であることが判明し、2520個の反射データを測定した。構造解析は以下のように行った。直接法(SHELXS86)により位相を求め、非水素原子位置をフーリエ合成により見いだした。炭素に結合した水素原子位置については炭素原子位置より算出した。酸素に結合した水素原子位置は他の原子の位置を求めた後、D合成により見いだした。」を、
「実施例4:ED−71のX線結晶構造解析
ED−71試料(実施例3で使用したED−71試料)より結晶を選出し、X線回折実験を行った。その結果、本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4であることが判明し、2520個の反射データを測定した。構造解析は以下のように行った。直接法(SHELXS86)により位相を求め、非水素原子位置をフーリエ合成により見いだした。炭素に結合した水素原子位置については炭素原子位置より算出した。酸素に結合した水素原子位置は他の原子の位置を求めた後、D合成により見いだした。」に訂正する(下線は、訂正箇所を示す。)。

(2)訂正事項A2(請求項1、5、12及び16)
特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「格子定数a=10.352(2)」の記載を、「格子定数a=10.325(2)」と訂正する。


第8 訂正A前の願書に添付した明細書等の記載
訂正A前の願書に添付した明細書等には、以下の記載(1)〜記載(9)及び記載(図1)〜記載(図4)がある。

記載(1)
「【請求項1】 式(I)
【化1】


で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。
【請求項2】 式(I)で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、請求項1記載の結晶。
【請求項3】 有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項2記載の結晶。
【請求項4】 非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項3記載の結晶。
【請求項5】 式(I)
【化2】


で表される化合物の未精製物または粗精製物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得る、式(I)で表される化合物の精製方法。
【請求項6】有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項5記載の精製方法。
【請求項7】非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項6記載の精製方法。
【請求項8】式(II)
【化3】


で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶する、式(II)で表される化合物の精製方法。
【請求項9】 アルコールがメタノールであることを特徴とする、請求項8記載の精製方法。 【請求項10】 式(II)
【化4】



で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶して得られる、精製された式(II)で表される化合物。
【請求項11】アルコールがメタノールであることを特徴とする、請求項10記載の化合物。 【請求項12】 式(II)
【化5】


で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得た精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)
【化6】


で表される化合物を得ること;および次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させ、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶を得ること;
を含む、精製された式(I)で表される化合物の製造方法。
【請求項13】 有機溶媒が非プロトン性有機溶媒であることを特徴とする、請求項12記載の製造方法。
【請求項14】 非プロトン性有機溶媒が酢酸エチル、アセトンまたはアセトニトリルあるいはこれらの混合溶媒であることを特徴とする、請求項13記載の製造方法。
【請求項15】 アルコールがメタノールであることを特徴とする、請求項12から14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】 式(II)
【化7】


で表される化合物の未精製物または粗精製物をアルコールで再結晶することによって得られる精製された式(II)の化合物を、紫外線照射および熱異性化反応に付して式(I)
【化8】


で表される化合物を得、次いで、上記で得た未精製または粗精製の式(I)で表される化合物を、逆相系クロマトグラフィーで精製した後、有機溶媒で結晶化させて得られることを特徴とする、式(I)で表される化合物の結晶であって、結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶。
【請求項17】 式(III)
【化9】


で表される化合物。
【請求項18】 式(IV)
【化10】


で表される化合物。
【請求項19】請求項1から4および16のいずれか1項に記載の結晶を含む医薬組成物。
【請求項20】請求項1から4および16のいずれか1項に記載の結晶を有効成分として含む骨粗鬆症の治療薬。」

記載(2)
「【0002】
【従来技術】各種のビタミンD誘導体は有用な生理活性を有することが知られている。例えば、特公平6−23185号には、下記一般式:
【化12】


[式中、R1はアミノ基又は式OR’(R’は水酸基、ハロゲン原子、シアノ基、アシルアミノ基で置換されているか若しくは非置換の炭素数1〜7の低級アルキル基である)を意味し、R2は水素原子又は水酸基を意味する]で示される1α−ヒドロキシビタミンD3誘導体が記載されており、この誘導体がカルシウム代謝異常に基づく疾患の治療薬または抗腫瘍剤として有用であることが記載されている。また、上記一般式に属する化合物の1つである1α,25−ジヒドロキシ−2β−(3−ヒドロキシプロポキシ)ビタミンD3(ED−71とも称される)は骨形成作用を有する活性型ビタミンD誘導体であり、骨粗鬆症治療剤として開発が進められている。
【0003】その一方で、活性化合物の治療用原体の製造においては、より高品質の原体を大量に安定的に製造する必要があり、そのためにできるだけ早い段階で原体の製造方法を確立することが要求されている。特に、ED−71は従来アモルファスの形態でしか得られておらず、結晶の形態で得たという報告はない。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、ビタミンD誘導体、特にはED−71の高純度精製物を大量的かつ安定的に供給するための方法を確立することである。本発明の一つの目的は、未精製物または粗精製物を精製して得たビタミンD誘導体結晶を提供することである。本発明の別の目的は、結晶化工程を含むビタミンD誘導体の精製方法を提供することである。本発明の別の目的は、結晶化工程を含むED−71のプレ体化合物の精製方法、並びに当該方法により得られた精製されたプレ体化合物を提供することである。本発明のさらに別の目的は、ビタミンD誘導体の合成および精製中に副生する新規化合物を提供することである。」

記載(3)
「【0012】ビタミンD誘導体は特に好ましくは、式(VIIA):
【化24】


(式中、nは1から7の整数を示す)で表される誘導体である。最も好ましいビタミンD誘導体は、式(IX):
【化25】


で表されるビタミンD誘導体、即ちED−71と称されるものである。
【0013】本明細書中において、「結晶」という用語はその最も広い意味において用いられ、結晶形態、結晶系などは特に限定されないものとする。
【0014】本発明の最も好ましいビタミンD誘導体であるED−71の結晶体は、上記の通り、その性質は特に限定されるものではないが、特に好ましくは以下の条件を充足するものである。
性状(外観):肉眼および蛍光顕微鏡により観察し白色の結晶性の粉末。
(2)溶状:1mg/mLエタノールで透明溶液となる。
(3)確認:IR法またはNMR法で構造を支持する。
(4)融点:DSCで測定して130℃以上を示す。
(5)吸光係数:40μg/mLエタノールで265nmのεを測定し、16000以上を示す。
(6)HPLC純度:HPLC(DIACHROMA ODS N-20 5μm 4.6×250mm、45%アセトニトリル−水、流速1mL/分、220nm、1mg/mL10μL、4−90分)のピーク面積が97%以上である。」

記載(4)
「【0024】
【実施例】
実施例1:2β−(3’−ヒドロキシプロポキシ)−5,7−コレスタジエン−1α,3β−トリオール(プロ体)の合成および精製
【化27】

エポキシ化合物1(1.00g,2.41mmol)、tert−ブトキシカリウム(0.75g,6.68mmol)および1,3−プロパンジオール(20ml)の混合物を室温で10分間撹拌後、内温95℃で5.0時間撹拌した。飽和アンモニア水(40ml)に撹拌しつつ反応液を添加した。室温(25〜35℃)で10分間撹拌後、結晶を濾取し、蒸留水(20ml)で3回洗浄した。得られた含水粗結晶(6.3g)をアセトニトリル(20ml)中で室温下(27〜22℃)、1時間撹拌した。結晶を濾取し、アセトニトリル(5ml)で2回洗浄し、乾燥することによりプロ体化合物2(0.96g、収率 81%)を得た。
【0025】上記方法により得たプロ体化合物2(29.0g)を予めアルゴンガスで通気したメタノール290mlに加熱溶解し、桐山濾紙(No.4)で温時濾過し、室温まで冷却後、種晶を加え結晶を析出した。−10℃以下に冷却の後、結晶を濾取し、冷却したメタノール29mlで2回洗浄した。室温で減圧乾燥することにより精製プロ体22.9g(回収率79.1%,Net回収率92.1%)を得た。この精製プロ体の物性データは以下の通りであった。
【0026】NMR(CD3OD)およびIR(KBr):構造を支持TLC(CH2Cl2:エタノール=9:1):1スポット(Rf0.5)
HPLC純度(220nm):98.7%
含量:97.1%(内部標準法)
DSC:ピークmin;95.6℃、163.2℃、ピークmax;120.2℃」

記載(5)
「【0027】実施例2:(1R,2R)−1,25−ジヒドロキシ−2−(3’−ヒドロキシプロポキシ)−コレカルシフェロール;2β−(3’−ヒドロキシプロポキシ)−(1α,3β,5Z,7E)−9,10−セココレスタ−5,7,10(19)−トリエン−1,3,25−トリオール(ED−71)の合成および精製
【化28】


【0028】1L容器中で、実施例1で得た精製プロ体化合物2(6.02g)をTHF(1L)に溶解し、アルゴン脱気下、冷却状態(内温−13℃以下)で400W高圧水銀灯(Vycorフィルター使用)により150分間紫外線照射した。反応液を室温に戻し、THF(100mL)で共洗しつつ2L茄子型フラスコに移し、180分間加熱還流した。反応液を濃縮後、メタノール(80mL)に溶解し分離サンプルとした。分離サンプル20mL(Pro体換算1.5g量)を、分取用カラムクロマト装置(内径50×長さ300mm;充てん剤名DIACHROMA ODS N−20、三菱加工機から入手;粒径5μm)に全量ポンプ注入した。45%アセトニトリル水溶液(60ml/分)で展開し、UV(220,305nm)でモニターして ED−71の分画を約2.4L(約130〜170分)を得た。同様の操作を3回繰り返し、計4回分のED−71の分取分画約9Lを10Lエバポレータで濃縮した。残査をエタノールに溶解し、再度濃縮乾固した。濃縮残査に酢酸エチル(20ml)を加えて溶解し、室温撹拌下、結晶を析出させ、更に−10℃以下に冷却し、15分間撹拌した。結晶を濾取し、冷却した酢酸エチル(6ml)で3回洗浄後、室温で一晩減圧乾燥し、ED−71(2.17g;収率36.1%)を得た。
【0029】HPLC純度:99.8%(220nm),99.9%(265nm)
UV(エタノール):λmax 265.4nm(ε17100)
DSC:135.3℃(ピークmin),122mJ/mg
残存溶剤(GC法):1.24%(酢酸エチル)、0.24%(エタノール)
IR(cm-1): 3533, 3417, 3336, 2943, 2918, 2862, 1649, 1470, 1444, 1416, 1381, 1377, 1342, 1232, 1113, 1078, 1072, 1045, 999, 974, 957, 955, 924, 910, 895, 868, 833, 796, 764, 663, 634, 594, 472」

記載(6)
「【0030】実施例3:関連化合物物性データ
光、熱異性化反応時に得られる類縁物質の一部を単離し構造決定および物性データを収得した。実施例1および2で得られたプロ体およびED−71の物性データに関しても詳細に測定した。なお、記載した物性データは再結晶等によって精製したサンプルのものである。融点は未補正である。IRスペクトルはKBr錠剤法でJEOL JIR−6000にて測定した。1H-NMR、13C-NMRスペクトルはTMSを内部標準、又はCHCl3のピークを基準としJEOL JNM−270EXを用いて測定した。UVは溶媒にエタノールを使用し室温条件でHITACHI U−3210にて測定した。
・・・
【0032】ED−71の物性データ
1H−NMR(ppm): 6.37(1H, d; 11.4Hz), 6.05(1H, d; 11.4Hz), 5.50(1H, t; 2.1Hz), 5.08(1H, t; 2.1Hz), 4.32(1H, d; 8.9Hz), 4.26(1H, m), 3.88-3.96(1H, m), 3.85(2H, t; 5.7Hz), 3.69-3.77(1H, m), 3.27(1H,dd; 9.0Hz, 2.8Hz), 2.78- 2.83(1H, m), 2.55(1H, dd; 10.6Hz, 4.0Hz), 2.42(1H, bd; 13.6Hz), 1.8-2.1(5H, m), 1.22(6H, s), 1.2-1.7(11H, m), 0.94(3H, d; 6.3Hz), 0.9-1.1(1H, m), 0.55(3H, s)
【0033】13C−NMR(ppm): 144.2, 143.0, 132.2, 124.9, 117.2, 111.8, 85.4, 71.6, 71.1, 68.3, 66.6, 61.1, 56.6, 56.4, 45.9, 44.4, 40.5, 36.4, 36.1, 31.9, 29.3, 29.2, 29.1, 27.7, 23.7, 22.4, 20.8, 18.8, 11.9
UV(λmax):265.4nm(ε17900)
融点:134.8〜135.8℃(1℃/分),
DSC:137℃(ピークmin,115mJ/mg),
TG/DTA:138℃(ピークmin,溶解時乾燥減量約1%,1.96mg使用)
IR(cm-1):3533, 3417, 3336, 2943, 2918, 2862, 1649, 1470, 1444, 1416, 1381, 1377, 1342, 1232, 1113, 1078, 1072, 1045, 999, 974, 957, 955, 924, 910, 895, 868, 833, 796, 764, 663, 634, 594, 472」

記載(7)
「【0039】実施例4:ED−71のX線結晶構造解析
ED−71試料(実施例3で使用したED−71試料)より結晶を選出し、X線回折実験を行った。その結果、本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4であることが判明し、2520個の反射データを測定した。構造解析は以下のように行った。直接法(SHELXS86)により位相を求め、非水素原子位置をフーリエ合成により見いだした。炭素に結合した水素原子位置については炭素原子位置より算出した。酸素に結合した水素原子位置は他の原子の位置を求めた後、D合成により見いだした。
【0040】最小二乗法による精密化計算(非水素原子は位置および異方性温度因子を、酸素に結合した水素は位置のみを精密化)の結果、信頼度因子(R値)は3.9%に収斂した。ただし、絶対構造の決定は直接には行わず、13、14、17、20位の配置をコレステロールと同じ配置として計算を行った。以上の解析に基づいて得られた、ED−71の構造と水素結合を図1から図4に示す。」

記載(8)
「【0041】参考例1:ED−71結晶化合物の安定性
アモルファスED−71と結晶ED−71について10℃、25℃および40℃の温度で安定性を比較した。安定性の指標としては、HPLC定量アッセイ、吸光度および純度試験(HPLCにおけるピーク面積比)を用いた。試験方法は以下の通りである・・・
得られた結果を以下の表1から表5に記載する。
【0046】
表1:HPLC定量アッセイの結果(残存率%)
10℃ 25℃ 40℃
アモルファス 結晶 アモルファス 結晶 アモルファス 結晶
初期値 100 100 100 100 100 100
1W 99.5 99.4 94.4 99.5
2W 98.5 96.8 94.7 98.8 88.8 102.9
1M 94.8 97.0
1M(空気) 97.4 95.0
注:1M(空気)以外はArガス置換
【0047】
表2:E1%
10℃ 25℃ 40℃
アモルファス 結晶 アモルファス 結晶 アモルファス 結晶
初期値 327.5 350.2 327.5 350.2 327.5 350.2
1W 323.0 349.5 313.2 349.8
2W 324.9 343.8 316.9 341.6 304.0 348.7
1M 320.5 342.7
1M(空気) 316.3 341.7
注:1M(空気)以外はArガス置換
【0048】
表3:順相HPLC[P.A.R.(%)]による純度試験(265nm)
10℃ 25℃ 40℃
アモルファス 結晶 アモルファス 結晶 アモルファス 結晶
初期値
ED-71 96.06 99.15 96.06 99.15 96.06 99.15
プレ体 1.67 0.21 1.67 0.21 1.67 0.21
その他 2.27 0.63 2.27 0.63 2.27 0.63
1W
ED-71 95.97 99.56 94.47 99.55
プレ体 1.88 0.14 2.53 0.14
その他 2.14 0.30 3.00 0.31
2W
ED-71 95.46 99.06 94.74 98.95 92.12 98.92
プレ体 2.27 0.66 2.25 0.67 2.99 0.67
その他 2.28 0.27 3.01 0.38 4.89 0.41
1M
ED-71 94.58 98.91
プレ体 2.33 0.65
その他 3.09 0.44
1M(空気)
ED-71 95.26 98.88
プレ体 2.31 0.66
その他 2.42 0.46
注:1M(空気)以外はArガス置換
【0049】
表4:逆相HPLC[P.A.R.(%)]による純度試験(265nm)
10℃ 25℃ 40℃
アモルファス 結晶 アモルファス 結晶 アモルファス 結晶
初期値
ED-71 95.38 99.04 95.38 99.04 95.38 99.04
プレ体 1.16 0.36 1.16 0.36 1.16 0.36
その他 3.47 0.60 3.47 0.60 3.47 0.60
1W
ED-71 94.78 99.35 92.47 99.40
プレ体 1.27 0.28 1.98 0.29
その他 3.95 0.38 5.55 0.31
2W
ED-71 94.48 98.84 94.20 98.78 90.68 98.75
プレ体 1.75 0.83 1.72 0.85 2.53 0.85
その他 3.77 0.32 4.08 0.37 6.78 0.40
1M
ED-71 93.05 98.77
プレ体 1.88 0.86
その他 5.07 0.37
1M(空気)
ED-71 94.11 98.72
プレ体 1.82 0.86
その他 4.07 0.42
注:1M(空気)以外はArガス置換
【0050】
表5:220nm(%)
10℃ 25℃ 40℃
アモルファス 結晶 アモルファス 結晶 アモルファス 結晶
初期値
ED-71 93.95 97.44 93.95 97.44 93.95 97.44
プレ体 1.35 0.52 1.35 0.52 1.35 0.52
その他 4.70 2.04 4.70 2.04 4.70 2.04
1W
ED-71 93.37 98.17 90.00 98.18
プレ体 1.50 0.44 2.29 0.47
その他 5.13 1.40 7.71 1.35
2W
ED-71 92.85 97.91 92.39 97.56 87.40 97.65
プレ体 2.02 1.01 1.93 1.01 2.88 1.02
その他 5.13 1.09 5.68 1.43 9.72 1.33
1M
ED-71 92.85 97.44
プレ体 2.02 1.05
その他 5.13 1.51
1M(空気)
ED-71 92.07 97.09
プレ体 2.04 1.09
その他 5.88 1.82
注:1M(空気)以外はArガス置換
【0051】以上の結果から、25℃での2Wまで、並びに40℃での2Wまでにおいては、結晶体の方がアモルファス体より安定性が高いことが明らかに分かる。」

記載(9)
「【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、ED−71結晶の構造を示す分子構造投影図である。
【図2】図2は、ED−71結晶の構造のステレオ図を示す分子構造投影図である。
【図3】図3は、ED−71結晶の水素結合(関連部分のみを示した)を示す分子構造投影図である。
【図4】図4は、ED−71結晶の水素結合(関連部分のみを示した)を示す分子構造投影図である。」

記載(図1)


」(【図1】)

記載(図2)


」(【図2】)

記載(図3)


」(【図3】)

記載(図4)


」(【図4】)


第9 両当事者の主張の要点
1 無効理由1(訂正の目的)について
(1)請求人の主張の要点
請求人の無効理由1についての主張の要点は、審判請求書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書及び令和4年1月17日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「「誤記の訂正」とは,「本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句,語句に正すことをいい,訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるもの」である(審判便覧38−03の3(1))。
これに対し,本件において,訂正前の特許請求の範囲に記載された「格子定数a=10.352(2)」は,特許請求の範囲における発明の構成に欠くことができない事項の一つであり,「格子定数a=10.352(2)」との記載は,それ自体,結晶構造を特定する数値として明瞭であり,明細書の他の記載を参酌することなく,記載内容を明確に理解することができるものである。
また,訂正前の明細書及び特許請求の範囲の記載では(しかも,優先権主張の基礎出願の明細書全文でも),一貫して「格子定数a=10.352(2)」と記載されていた。
さらに,「空間群P212121,格子定数a=10.352(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」と「空間群P212121,格子定数a=10.325(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」とは,結晶構造を異にする結晶である。
その上,被請求人は,訂正審判において,訂正前の記載「格子定数a=10.352(2)」が誤記であることの根拠資料として,僅かに社内報告書しか提出しておらず,これが誤記であると当業者が当然に理解するだけの技術常識もない。・・・
それ故,訂正前の明細書及び特許請求の範囲の記載に接した当業者において,これが客観的に誤記であると認識することは困難であり,このような訂正は,明細書及び特許請求の範囲の記載の公示の機能を害し,本件訂正前の特許請求の範囲の記載を信頼する第三者に不測の不利益を与えるものである。
したがって,本件訂正は,「本来その意であることが明細書,特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句,語句に正すことをいい,訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるもの」ではなく,これが「誤記の訂正」と認められる余地はない。」(審判請求書8頁10行〜9頁5行)

イ 「請求人らは,合議体が理解されるとおり,本件訂正が,特許法第126条第1項但書第1号,第3号,第4号に掲げる事項のいずれにも当たらないことについては論ずるまでもなく当然であるとみなしている。」(令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書3頁8〜11行)

ウ 「(1)特許法第126条第1項但書第2号の「誤記」とは,明細書,特許請求の範囲または図面の記載の書き誤りであり,かつ,訂正前の記載が誤りで訂正後の記載が正しいことが,当該明細書及び図面の記載や当業者の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに気付いて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるものをいう(・・・これらの裁判例は,いずれも,当該訂正が「誤記の訂正」を目的とするものに該当しない旨判断したものである。)。
・・・
また,特許法第126条第1項但書第2号の「誤記の訂正」とは・・・「本来その意であることが明細書,特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句,語句に正すことをいい,訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるもの」である。
(2)すなわち,いうまでもなく,特許権者には,明細書及び特許請求の範囲の記載に基づき,排他的独占権が付与され,第三者は,これらの記載に基づき,排他的独占権が付与された発明の内容を把握する(公示の機能)。
それ故,誤記についても,明細書及び特許請求の範囲の記載の公示の機能を害することがないよう,誤記であること,及び本来意図された記載が何であるかが,明細書の記載から当然に客観的かつ明確に理解されるものでなければ,「誤記の訂正」として,訂正が許されるものではない。
また,手続面からみても,特許法第123条第1項第8号は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲または図面の訂正が第126条第1項但書に違反してされたことを特許無効審判請求の無効理由として定めている。同規定は,訂正前の記載が「誤記」であること,及び,当該訂正が「誤記の訂正」であることが,無効審判における審理判断の対象として,審判合議体が客観的に判断することができるものであることを要求するものである。
したがって,特許法第126条第1項但書第2号の「誤記」は,これが「誤記」であることが,明細書の記載等から当然かつ客観的に認識されるものであることを要するものである。また,訂正が「誤記の訂正」と認められるためには,訂正前の記載に接した第三者が,当然に,訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものであることを要するところである。
よって,特許法第126条第1項但書第2号の「誤記」及び「誤記の訂正」の意義は,上記(1)のとおり解するのが相当である。
(3)この点,被請求人は,出願人の内心の意思と明細書の記載による表示の間の錯誤がある場合に「誤記」に該当すると主張するようであるが(答弁書10頁8行目以下),そのような錯誤があるからといって,特許法第126条第1項但書第2号の「誤記」に該当し,その訂正が認められるものではない。
被請求人の上記主張は,<1>公示の原則のもとでの「誤記の訂正」であること,<2>特許法第123条第1項第8号が,無効審判において,審判合議体が「誤記の訂正」であるか否かを客観的に判断する規定となっていることを顧みないものであって,理由がない。」(令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書3頁14行〜5頁19行)
(合議体注:「<1>」、「<2>」はそれぞれ、原文では「○」内に「1」、「○」内に「2」である。)

エ 「訂正前の明細書に一切記載がなく,試験・解析を行わなければ確認ができないようなものは,誤記の訂正(「本来その意であることが明細書,特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句,語句に正すことをいい,訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるもの」)に当たらず・・・そのような訂正が許される余地はない。」(令和4年1月17日提出の上申書2頁12〜17行)

オ 「被請求人が主張する再現試験及びX線構造解析を行ったところで,被請求人が主張する<正しい格子定数aの値>が一意的に得られるわけではなく,再現試験により,当業者が正しい格子定数aの値を認識することができた,とする被請求人の主張は,誤りである。」(令和4年1月17日提出の上申書6頁下から12〜9行)

カ 「本件発明のクレームは,単結晶構造解析の結果に基づき特定されているのであって,明細書に記載されていない他の分析方法で両者を比較しても,何らの意味もない。」(令和4年1月17日提出の上申書6頁下から4〜2行)

(2)被請求人の主張の要点
被請求人の無効理由1についての主張の要点は、審判事件答弁書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書、令和3年12月21日提出の上申書及び令和4年5月13日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「一般に、誤記は「誤って記すこと。書き誤り。」・・・を意味し、訂正は「言葉や文章の誤っている部分を正しく直すこと」・・・を意味する。
さらに、東京高判昭41年3月29日(昭和39年(行ナ)第159号)取消集昭41年113は、誤記の訂正に関し、以下のとおり判示する(注:特許法126条2項は、現在の同法126条6項を指す。)。
・・・
誤記及び訂正の一般的な意味並びに上記裁判例の判示事項に照らし、法126条1項ただし書2号の「誤記」とは、書き誤り、つまり、発明をした者の内心の意思と明細書又た図面の記載による表示と間に錯誤があることを指し、その「訂正」とは、誤っている部分を正しく直すこと、つまり、出願人の内心の意思と明細書又は図面の記載による表示との間の錯誤を解消することを指す。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書5頁21行〜6頁20行)

イ 「本件特許の出願前に被請求人によって行われた実験結果(乙7号証)が示すとおり、被請求人は、元来、本件訂正後の格子定数aを記載する意思を有していた。本件訂正は、出願人の内心の意思と明細書又は図面の記載による表示の間の錯誤を解消するものである。
しかも、本件特許発明は、エルデカルシトールの特定の結晶形に関する。格子定数aは、当該結晶形を特定するための手段である。本件訂正前の値及び本件訂正後の値の何れも、当該結晶形(A型結晶)の格子定数aとして同一の意味を有する。さらに、当業者であれば、実施例の合成方法に従って本件特許発明の結晶を得て、X線構造解析を行うことにより、容易にA型結晶を特定することができた。
したがって、本件訂正は、特許法126条1項ただし書2号(誤記又は誤訳の訂正)の目的のために行われたものである。」(答弁書10頁23行〜11頁8行)

ウ 「第三者は、本件特許の公開公報である特開10−72732号公報(「本件公開公報」)2(乙5号証)を引用して、本件特許発明の結晶形を「A型結晶」と呼び、自らの得た新たな結晶形(B型結晶及びC型結晶)と区別していた(乙4号証【0002】及び【0006】)。本件公開公報では、本件訂正前の格子定数aが記載されていた。それでもなお、第三者は、本件公開公報に依拠して、本件特許発明のA型結晶を認識できた。
この事実も、本件訂正前の本件明細書(出願時の本件明細書)の記載は、A型結晶の特定に十分であったことを示している。」(答弁書9頁1〜8行)

エ 「A型結晶の格子定数aの値は、本件訂正後のとおりである。本件明細書には、第三者がA型結晶を得てX線構造解析が可能となるよう、合成方法も記載されている。本件訂正前及び本件訂正後の格子定数aは、何れも、A型結晶の格子定数aという点で同一の意味を有する。
・・・
ア ・・・数値が明瞭であることは、誤記とは無関係である。・・・
イ ・・・本件明細書には、A型結晶を得るための合成方法が記載されている(実施例2)。当業者は、本件明細書の実施例に従って、A型結晶を得ることができ、X線構造解析によって正しい格子定数を知ることができた。しかも、本件訂正前の格子定数は、A型結晶を特定するための手段として、A型結晶に固有の値として記載されている。その趣旨は、本件訂正後も変わるものではない。
ウ ・・・本件訂正前の結晶構造のパラメータも、本件訂正後の結晶構造のパラメータも、エルデカルシトールのA型結晶を特定するための手段である。本件訂正の前後を問わず、その意図する結晶構造は同一である。
エ ・・・本件訂正審判の添付資料1(乙7号証)は、A型結晶の格子定数aは正しくは本件訂正後の値であること、当業者であればX線構造解析により当該値を認識できることを示している。A型結晶の合成方法は、本件明細書に記載のとおりであり、当業者にとってA型結晶を入手することに何の問題もなかった。X線構造解析は、いうまでもなく、技術常識であった。・・・」(答弁書13頁19行〜15頁18行)

オ 「本件訂正前の格子定数a=10.352(2)が誤りであることは認める。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書5頁18行)

カ 「合議体は、「誤記の訂正」とは、
(i)本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句にただすことをいい、
(ii)訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいうとの暫定的な見解を有しているとされる2。
以下、上記暫定的な見解の下での被請求人の主張を説明する。
・・・
ア 本件発明は結晶形の発明である。エルデカルシトールは、複数の結晶形を有し(結晶多形)、本件発明は、その中で最初に見出された結晶形に関する。何れの結晶形も、安定相又は準安定相であり、人為的に自由に設計できるものではない3。結晶多形の結晶構造は、通常、互いに大きく異なっており、混同されることはない・・・。
エルデカルシトールについても、これまでに報告されている3つの結晶形のX線回折パターンは、互いに大きく異なっている・・・。そのため、これらが混同されることはない。
イ 本件明細書には、実施例において、A型結晶の合成方法が具体的に記載されている・・・。・・・
本件明細書には、上記合成方法で得られた結晶について、XRDによって結晶構造パラメータを求めたことも記載されている・・・。XRDによる結晶構造パラメータの決定手法は、技術常識である。
本件訂正後の格子定数aの値は、本件明細書の上記実施例に沿って本来得られる値である・・・。そのため、本件訂正は、格子定数aについて、本件明細書から本来その値であることが明らかな値の記載にただすことに当たる。したがって、本件訂正は、合議体の暫定的な見解の(i)を充足する。
・・・
本件訂正前後の格子定数aは、いずれも、本件明細書の実施例で得られるエルデカルシトールの結晶形の格子定数aを意図したものであり、同一の意味を表示する。
本件訂正の前後を問わず、特許請求の範囲の意図する結晶構造は同一である。前述のとおり、結晶多形での結晶構造が互いに大きく異なっており、混同されることはない。
・・・
以上のとおり、本件明細書の実施例に基づいた再現実験により、本件訂正後の結晶構造パラメータを得ることができる。
・・・
XRDの試料を得るため、本件明細書に基づいた再現実験が必要である。
・・・
結晶構造の同定(つまり同一性の判断)に際し、一般に、格子定数そのものよりも、回折ピーク(2θ)の位置が使用されている。日本薬局方では、基準となる相の回折ピークと比較して、試料の回折ピークがその0.2°以内で一致する場合、当該試料の結晶構造は、当該相に同定される。本件訂正後の理論回折ピークは、本件訂正前の理論回折ピークと0.1°未満の範囲内にある(・・・)。・・・
以上のとおり、主要な回折ピーク(2θ)の位置が0.2°以内で一致することが目安となる。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書11頁3行〜14頁21行)

キ 「本件審決の予告は、誤記及びその訂正の解釈について、以下のとおり判断した。
「「誤記・・・の訂正」とは、
(ア)明細書、特許請求の範囲又は図面の記載を、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、
(イ)訂正前の記載が当然に訂正後と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう」
(本件審決の予告39−40頁)
そして、本件審決の予告は、その根拠として6件の裁判例を引用した。しかし、これらの裁判例は、上記の規範の根拠となるものではない。さらに、各裁判例の事実関係は、本事案とは大きく異なる。」(令和4年5月13日提出の上申書6頁12〜23行)

ク 「本件審決の予告の判断は、上記の解釈に基づいている。しかし、当該解釈が誤っている。もっとも、当該解釈によるとしても、本件審決の予告の判断は誤っている。
・・・
ア 本件審決の予告は、特許請求の範囲の訂正(訂正事項2)について、
・本件訂正前の格子定数aは明瞭である、
・本件訂正前の格子定数aの値は本件訂正前の明細書と矛盾しない、
・そのため、本件訂正の格子定数aは、「明細書、特許請求の範囲又は図面の記載を、本来その意であることが明細書、特許請求の範囲又は図面の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すこと」とはいえない、と判断した(本件審決の予告40−41頁)。
しかし、本件明細書には、本件発明の結晶形の製造方法が明記されている(実施例2)。結晶構造パラメータを得る方法として(つまり、結晶構造解析の手法として)、X線回折は技術常識であり、実施例3にも記載されている。したがって、本件訂正の格子定数aは、本件訂正前の明細書に根拠を有し、その意であることが明らかである。
イ 本件審決の予告は、本件訂正による格子定数aの値の変動が標準偏差として記載された値の3倍以上であることを理由として、本件訂正前後の格子定数が「当然に同一の意味を表示するものと客観的に認められるものではない」と判断した(本件審決の予告41頁)。
しかし、上記判断は誤っている。本件訂正前後を問わず、格子定数aは、実施例2で合成される新たな結晶形の格子定数aという同一の意味を表示する。」(令和4年5月13日提出の上申書10頁17行〜11頁16行)

ケ 「(1) 本件審決の予告は、本件訂正前の格子定数aが明瞭であることを理由として、本件訂正は明瞭でない記載の釈明ではないと判断した(本件審決の予告43−44頁)。
しかし、本件訂正の目的は、明瞭でない記載の釈明にも該当する。本件訂正前の格子定数aは、実施例2の製造方法によって得られる新たな結晶形の格子定数aを意図していたところ、本来の値との不整合を生じ不明瞭となっていた。本件訂正は、その不備を解消するものである。
(2) 本件審決の予告は、本件訂正前の格子定数aが数値として明瞭であることを重視するようである。しかし、技術文献での記載が明瞭か否かは、文言又は数字のみによって判断されるわけではない。その記載の科学的又は 技術的な意味も考慮するべきである。本件明細書には、新たな結晶形の製造方法が記載されており、実施例及び技術常識に沿った結晶構造解析により、本件訂正前の数値が不明瞭であることがわかる。」(令和4年5月13日提出の上申書11頁18行〜12頁4行)

コ 「(1) 本件審決の予告は、被請求人の説明した「誤記」及びその「訂正」の解釈を排斥した。本件審決の予告は、その理由として、
・被請求人の引用した証拠は国語辞典であること、
・被請求人の引用した裁判例は規定の趣旨を述べたものであり、訂正の適否の基準そのものを述べたものではないこと
を挙げた(本件審決の予告45頁)。
しかし、これらの判断は誤っている。
まず、法令の用語は、原則として、通常の意味として解釈されるべきである。
・・・
「誤記」及びその「訂正」は、日常でも使用される一般的な用語である。したがって、国語辞典に記載された意味は、解釈として適切である。
さらに、法令の解釈として、その趣旨及び目的を考慮することは当然である・・・。東京高判昭和41年3月29日(昭和39年(行ナ)第159号)取消集昭41年113は、誤記の訂正を目的とする訂正の趣旨を示しているのだから、解釈にあたっても当然に考慮される。
(2) 1つの化合物について、結晶多形の数は限られている。エルデカルシトールについても、今日まで、3つの結晶形が知られているにとどまる(乙4号証)。この事情は、自然科学に由来するものであって、研究者が結晶化を試みる時期にかかわらず、変わることはない。
それに対し、本件審決の予告は、「本件特許出願時において」エルデカルシトールに3つの結晶形が存在すると理解されたわけではないと判断した(本件審決の予告46頁)。さらに、本件審決は、乙4号証が本件出願後の文献であることに触れる(本件審決の予告47頁及び53頁)。
しかし、この判断は、当を得ていない。本件出願時であろうと、現在であろうと、研究者がエルデカルシトールの結晶を得ようとする場合、その結晶形の数には限りがある。そのため、結晶多形の間では十分な区別が可能である。この事実は、実験を行う時期によって変動するものではない。何れの時期であっても、結晶多形の間で混同は生じ難い。
本件審決の予告は、客観的な事実と人の認識とを混同し、判断の対象を誤っている。
(3) 本件審決の予告は、本件訂正前の明細書には【0039】の結晶形が「A型結晶」として記載されているわけではないと認定した(本件審決の予告46頁)。
しかし、結晶形をどのような名称で呼ぶのかは、説明の便宜にすぎない。結晶形に付した名称によって主張の当否が変わるとの判断は、前提において誤っている。
(4) 本件審決の予告は、本件訂正後の格子定数aが明細書に「全く記載がない」と認定した(本件審決の予告46頁)。
しかし、本件明細書には結晶の製造方法が記載されており、格子定数を得るためのX線構造解析の手法も記載されており、この手法は技術常識でもあるのだから、本件訂正後の格子定数aは、本件明細書に根拠を有している。
本件審決の予告は、本件訂正後の格子定数aには再現実験が必要であることに触れ、「再現実験を行わなければ得られない値が訂正前の本来の意であることが訂正前明細書の記載及び本件特許出願時の技術常識から明らかということはでき(ない)」、本件訂正前後の記載が同一の意味を表示するとはいえないと判断した(本件審決の予告46−47頁)。
しかし、X線構造解析による結晶構造パラメータの特定が技術常識であり、本件明細書にもX線構造解析を行ったことが記載されているのだから、当該技術常識を適用して得られる結晶構造パラメータこそ「本来の意」である。そして、本件訂正前後の記載は、この手法によって得られる格子定数aという「同一の意味」を表示する。」(令和4年5月13日提出の上申書12頁6行〜14頁20行)

2 無効理由2(新規事項の追加)について
(1)請求人の主張の要点
請求人の無効理由2についての主張の要点は、審判請求書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書及び令和4年1月17日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「「空間群P212121,格子定数a=10.352(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」と「空間群P212121,格子定数a=10.325(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」とは,結晶構造を異にする結晶である。
それ故,上記の訂正は・・・訂正前の明細書に記載されていない新たな技術的事項を導入するものである(特許請求の範囲の実質的な変更について,最高裁昭和47年12月14日「あられ菓子の製造方法事件」(民集26巻10号1909頁))。」(審判請求書9頁6〜13行)

イ 「1 特許法第126条第5項が定める新規事項追加は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲または図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるか否かによって判断がなされる(知財高裁大合議判決平成20年5月30日「ソルダーレジストパターン形成方法事件」(判時2009号47頁))。
2 本件では,訂正前と訂正後とで,クレーム及び明細書に記載された格子定数の数値が異なっている。本件発明は,化学式,空間群の種類,格子定数の値,Z値でエルデカルシトールの結晶構造を特定した発明であるから,格子定数の値が異なれば,明細書等に記載された技術的事項は全く異なったものとなる。
しかも,訂正前の明細書及び特許請求の範囲の記載では,一貫して,訂正前の数値「格子定数a=10.352(2)」が記載されていて,格子定数aが訂正後の格子定数の数値「格子定数a=10.325(2)」であると認識できるような記載が全くない。
したがって,訂正後の格子定数により特定される結晶構造は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲または図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項とは全くの別物である。
よって,本件訂正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲または図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものである。
3 この点,被請求人は,訂正前及び訂正後の格子定数aのいずれも,A型結晶の格子定数aという点で同一の意味を有するとして,新規事項追加に当たらない旨主張する(答弁書15頁下から8行目以下)。
しかし,被請求人が主張する「A型結晶」は,単なる結晶形の名称でしかなく,かつ,本件特許の優先日当時には存在しなかった名称であり,同名称によって,技術的事項が具体的に特定されるものではない。
上記のとおり,本件発明は,化学式,空間群の種類,格子定数の値,Z値でエルデカルシトールの結晶構造を特定した発明であるから,格子定数の値が異なれば,当然,新たな技術的事項を導入するものとなるのであって,「A型結晶」なる名称によって,明細書に記載された技術的事項が同一となるものではない。
したがって,被請求人の上記主張に理由はない。」(令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書8頁17行〜9頁21行)

(2)被請求人の主張の要点
被請求人の無効理由2についての主張の要点は、審判事件答弁書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書令和3年12月21日提出の上申書及び令和4年5月13日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「本件特許の出願時より、その明細書及び図面には、合成方法及び結晶構造の情報により、エルデカルシトールの特定の結晶形(A型結晶)の発明が開示されている3。本件訂正は、この結晶形を正確に表すためのものであり、出願当初の明細書及び図面に記載された事項の範囲内でなされたものである。」(答弁書13頁2〜7行)、

イ 「本件訂正は、A型結晶の合成方法が記載されているという点で本件明細書にその根拠を有する。結晶形の間で結晶構造は大きく異なるのだから、本件訂正前の格子定数aによっても、第三者は特許請求の範囲はエルデカルシトールのA型結晶とは別の結晶形を指すと誤解することもない。本件訂正前及び本件訂正後の格子定数aの何れも、A型結晶の格子定数aという点で同一の意味を有する。実際、第三者は、本件訂正前の特許請求の範囲、明細書及び図面に基づいて、A型結晶を正しく認識していた。したがって・・・本件訂正は、出願時の明細書及び図面に記載された事項の範囲内で行われたものである・・・。」(答弁書15頁22行〜16頁4行)

ウ 「本件特許の出願時より、その明細書及び図面には、特定の結晶構造を有する試料の合成方法及び当該試料のXRDによる結晶構造パラメータの決定が記載されている・・・。XRDによる結晶構造パラメータの決定手法は、技術常識でもある。
出願当初の特許請求の範囲及び明細書と本件訂正後の特許請求の範囲との何れにおいても、結晶構造パラメータは、実施例2で得られた試料の結晶構造を特定するものであり、この点で本件訂正の前後において変わることはない。そして、本件訂正は、当該試料の結晶構造の結晶形を正確に表すために行われた。したがって、本件訂正は、願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれることに導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書14頁23行〜15頁5行)

エ 「本件審決の予告は、本件訂正は新たな技術事項を導入すると判断した。しかし、その判断は誤っている。
(1) 本件審決の予告は、その判断の根拠として、本件訂正後の格子定数aが本件訂正前の明細書に記載されていないことを挙げる(本件審決の予告48頁、50頁及び51頁)。
しかし、格子定数aは、実施例2の製造方法で得られる結晶形を特定する手段である。そして、当該結晶形は、具体的な製造方法によって開示されている。したがって、格子定数の数値に誤記があったとしても、当該製造方法によって得られ(合議体注:原文ママ)結晶形の結晶構造パラメータという技術的事項は、本件訂正の前後で変わるものではない。
(2) 本件審決の予告は、その判断の根拠として、本件訂正後の格子定数aの値を得るためには、再現実験が必要であることを挙げる(本件審決の予告51頁)。
しかし、製造方法は実施例2に記載されており、X線回折による結晶構造解析は、本件出願時には技術常識であった。したがって、再現実験には 何ら試行錯誤は必要ではない。しかも、結晶形は製造方法によって記載されているのだから、技術事項として本件訂正前の明細書に記載されている。格子定数aの値を正しい値に訂正とすることは、当該結晶形をより正確に特定するものであり、新たな技術的事項の導入には当たらない。
本件審決の予告は、新規事項の追加の判断に際し、訂正前の明細書に文字、数字又はフレーズとして(つまり、文言として)訂正の根拠があるか否かに拘泥するようである。しかし、技術的事項は、文言とは異なる。訂正事項が訂正前の明細書に文言として存在していなかったとしても、その訂正が、直ちに新たな技術的事項を導入するわけではない。」(令和4年5月13日提出の上申書15頁8行〜16頁5行)

3 無効理由3(特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の有無)について
(1)請求人の主張の要点
請求人の無効理由3についての主張の要点は、審判請求書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書及び令和4年1月17日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「「空間群P212121,格子定数a=10.352(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」と「空間群P212121,格子定数a=10.325(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」とは,結晶構造を異にする結晶である。
それ故,上記の訂正は,特許請求の範囲の実質的な変更に当た・・・る(特許請求の範囲の実質的な変更について,最高裁昭和47年12月14日「あられ菓子の製造方法事件」(民集26巻10号1909頁))。」(審判請求書9頁6〜13行)

イ 「1 特許法第126条第6項が定める「実質上特許請求の範囲を変更する」とは,「特許請求の範囲の記載自体を訂正することによって特許請求の範囲を変更するもの(例えば,請求項に記載した事項を別の意味を表す表現に入れ替えることによって特許請求の範囲をずらす訂正)や,発明の対象を変更する訂正のほか,特許請求の範囲については何ら訂正することなく,ただ発明の詳細な説明又は図面の記載を訂正することによって特許請求の範囲を変更するようなもの」(審判便覧38―03)である。審判便覧38―03では,実質上特許請求の範囲を拡張または変更する例として,「オ 請求項に記載された数値限定が広がるか又はずれるもの」(8.(1))が挙げられている。
この「実質上特許請求の範囲を変更する」の判断は,最高裁昭和47年12月14日「あられ菓子の製造方法事件」(民集26巻10号1909頁))が判示するように,特許請求の範囲の記載を基準としてなされ,特許請求の範囲に表示された発明の構成に欠くことができない事項を重視して判断されるものである。
・・・
2 本件発明は,化学式,空間群の種類,格子定数の値,Z値でエルデカルシトールの結晶構造を特定した発明であって,被請求人が主張するような,抽象的な「A型結晶」なる発明ではない。
それ故,クレームに記載の格子定数の値が変われば,特許請求の範囲を実質上変更するものとなることは,当然の理である。
なお,訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものに該当するか否かが争われた近時の裁判例として,知財高判平成28年8月29日「放射能で汚染された表面の除染方法事件」(最高裁HP)がある。
・・・
外国語で記載された原文明細書の参照ですら,訂正審決の遡及効を受ける第三者に過度の負担を課すものとされているのであるから,ましてや,本件のように,被請求人が主張するところの,単結晶構造解析の追試をしなければ誤記であることが確認できないとされるような事項について(本件特許のクレームは単結晶構造解析結果に基づく格子定数で規定されているので,追試も単結晶構造解析で行われるのが相当である。なお,上記のとおり,追試をして解析をしたところで,当然に誤記と認識できるものではないが,そのことを措いて),第三者に対し追試及び解析の負担を課してまで,訂正を正当化するような解釈が成り立つ余地はない。
3 この点,被請求人は,一つの化合物において結晶形の数は限られていて,結晶多形の間で結晶構造は大きく異なるから,各結晶形は他の結晶形と区別することができるとして,第三者が,設定登録時の特許請求の範囲に記載された結晶構造をA型以外の結晶形と誤解するおそれはなく,不利益を被るおそれがないと主張する(答弁書11頁9行目以下,16頁5行目以下)。
しかし,被請求人が主張する「A型結晶」は,単なる結晶形の名称でしかなく,かつ,本件特許の優先日当時には存在しなかった名称であり,同名称によって,技術の内容が客観的に理解されるものではない。
本件発明は,「空間群P212121,格子定数a=10.352(2),b=34.058(2),c=8.231(1)Å,Z=4である結晶」(訂正前クレーム)により,結晶構造が具体的に特定された発明であるから,当業者は,本件発明を<クレームに定められた具体的な結晶構造を有するエルデカルシトール>として認識する。
そして,本件訂正がなされる以前に,第三者がエルデカルシトールの結晶を得て,単結晶構造解析を行ったところ,被請求人が主張するように,訂正前の格子定数aと異なり,訂正後の格子定数aの値が確認されれば,当該第三者は,訂正前のクレームに基づき,当該エルデカルシトールの結晶は本件特許権を侵害しないものと理解するが,本件訂正が適法とされると,クレームの公示機能に反して,予期せぬ侵害のリスクが生じてしまうのである。
すなわち,ここで問題となっているのは,被請求人が主張するような,他の結晶形(被請求人が主張する「B型結晶」や「C型結晶」)と区別ができるか否かではなく,第三者が,エルデカルシトールの結晶を得て,単結晶構造解析を行い,訂正後の格子定数aの値が得られた場合の認識である。
したがって,被請求人の上記主張<第三者において,「A型結晶」であるか否かが確認できれば,第三者が,設定登録時の特許請求の範囲に記載された結晶構造をA型以外の結晶形と誤解するおそれはなく,不利益を被るおそれがない>は暴論といわざるを得ず,理由がない。」(令和3年11月15日提出の口頭審理陳述要領書9頁23行〜13頁22行)

(2)被請求人の主張の要点
被請求人の無効理由3についての主張の要点は、答弁書、面接記録(第1回口頭審尋)、令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書、令和3年12月21日提出の上申書及び令和4年5月13日提出の上申書の記載からみて、次のとおりであると認める。

ア 「イ 格子定数aを10.352(2)Åから10.325(2)Åに変更することは、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく、第三者の信頼を損なうものではない。したがって、本件訂正は、特許法126条6項の要件を満たす。その理由は、次のとおりである。
(ア) 一つの化合物において結晶形の数は限られており、結晶多形の間で結晶構造は互いに大きく異なる。したがって、第三者が、設定登録時の特許請求の範囲に記載された結晶構造をA型以外の結晶形と誤解するおそれもなく、不利益を被るおそれもない・・・。
しかも、本件訂正後の格子定数aは、本件訂正前の格子定数aと比較して、僅か0.26%小さいにすぎない。この事情からも、第三者が、本件訂正前の結晶構造に関する情報に基づいて、A型結晶以外の結晶形と誤解する可能性はない。
実際、乙4号証において、第三者は、本件公開公報(本件訂正前の格子定数aの値が記載されている。)に基づいて、本件特許発明のA型結晶を正しく認識し、新たな結晶構造であるB型結晶及びC型結晶と対比した。したがって、第三者が不利益を被ったわけでもない。
・・・
(イ) 本件訂正は、本件明細書に根拠を有する。本件特許発明は、エルデカルシトールの結晶形(A型結晶と呼ばれる。)に関する。本件明細書には、A型結晶を得るための方法が明示されている・・・。具体的には、実施例2に、A型結晶を得るための具体的な条件が記載されている。
したがって、当業者であれば、本件明細書に従ってA型結晶を得て、X線構造解析を行うことにより、正しい格子定数aを認識し、設定登録時の格子定数aが実際の値とは異なることを理解できた。」(答弁書11頁9行〜12頁最終行)

イ 「本件訂正は、A型結晶の合成方法が記載されているという点で本件明細書にその根拠を有する。結晶形の間で結晶構造は大きく異なるのだから、本件訂正前の格子定数aによっても、第三者は特許請求の範囲はエルデカルシトールのA型結晶とは別の結晶形を指すと誤解することもない。本件訂正前及び本件訂正後の格子定数aの何れも、A型結晶の格子定数aという点で同一の意味を有する。実際、第三者は、本件訂正前の特許請求の範囲、明細書及び図面に基づいて、A型結晶を正しく認識していた。したがって、本件訂正は、特許請求の範囲を実質的に拡張するものではない。」(答弁書15頁22行〜16頁4行)

ウ 「(1) 結晶多形において、各結晶形は、互いに大きく異なっている。エルデカルシトールについても、これまでに報告されてイいる3つの結晶形のXRDの回折パターンは大きく異なっており、これらが混同されることはない。
結晶構造の同定に際し、基準となる相の主要な回折ピークと比較して、試料の回折ピークがその0.2°以内で一致する場合、当該試料の結晶構造は、当該相に同定される・・・。したがって、特許請求の範囲において結晶構造パラメータが用いられている場合、第三者は、当該結晶構造パラメータから算出される回折ピーク位置の0.2°以内に回折ピークをもたらす結晶構造について、特許請求の範囲に表示されたものと理解する。また、第三者は、自らの試料の回折ピークがその範囲外にある場合には、その試料の結晶構造は特許請求の範囲において規定されたものとは異なると信頼する。それにもかかわらず、結晶構造パラメータの訂正により、回折ピーク位置が0.2°を超えて移動する場合には、第三者は、非侵害と考えていた試料が侵害に当たることになるため、不測の不利益を被る(利益が害される)。
本件訂正では、回折ピークの位置の変動は0.1°未満である。したがって、本件訂正は、実質的な拡張又は変更の禁止には当たらない。
・・・本件訂正前の特許請求の範囲の格子定数の値の記載に接した当業者は、本件明細書の合成方法によって得られる試料の結晶構造がクレームされていることを信頼する。さらに、結晶構造の同定に際し、基準となる相の主要な回折ピークと比較して、試料の回折ピークがその0.2°以内で一致する場合、当該試料の結晶構造は、当該相に同定されるのだから、当業者は、その範囲内での結晶構造がクレームされていることを信頼する。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書16頁12行〜17頁9行)

エ 「本件審決の予告は、本件訂正は第三者に不測の不利益を与えると判断した。しかし、その判断は誤っている。
(1) 本件審決の予告は、第三者は、「その発明特定事項により特定される発明を、特許請求の範囲に記載された発明と信頼する」と判断した。
しかし、上記の判断は、訂正が「実質上」特許請求の範囲を拡張し又は変更するか否かという命題に結び付くものではない。上記の判断によると、第三者は、必ず特許請求の範囲に記載のとおりの発明を信頼することになり、特許請求の範囲が形式的に拡張又は変更することは許されなくなる。その結果、誤記の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正は、およそ認められなくなってしまう。しかし、そのような結論は、特許法126条1項ただし書2号及び3号の趣旨を没却するものであり、誤っている。
(2) 本件審決の予告は、当業者は本件訂正前の特許請求の範囲に記載された結晶を本件明細書に記載の製造方法によって得られた結晶と信頼することはないと判断した。
しかし、特許請求の範囲は結晶構造パラメータを構成要件として用いており、この記載は、特許請求に記載された発明が結晶形に特徴を有すること、つまり新たな結晶形であることを示している。その結晶形とは、実施例2の製造方法によって得られた結晶形である。したがって、当業者は、本件訂正前の特許請求の範囲に記載された結晶形は実施例2に記載の製造方法によって得られた結晶形であることを信頼し、そして特許請求の範囲のパラメータはその特定手段であることを理解する。
(3) 特許請求の範囲では、回折ピークは発明の特定に用いられていない。しかし、結晶構造パラメータから回折ピークは簡単に算出できる。そして、ある結晶構造の回折ピーク(2θ)が、基準となる相での主要なピーク位置から0.2°以内にある場合、当該結晶構造は当該相に同定される(乙15号証)(本件陳述要領書16頁)。
それに対し、本件審決の予告は、「発明特定事項とされていない回折ピークをわざわざ算出した上で、その算出値について0.2°以内のものが 特許請求の範囲に記載された発明であると信頼するということはない」と判断した。
しかし、結晶構造パラメータが与えられている場合、回折ピーク(2θ)の位置は、簡単な計算で求まる。ブラッグの回折条件は、以下のとおりである(乙16号証821頁)。
2dsinθ=nλ
(n:整数、λ:X線の波長)
dは、面間隔であり、結晶構造パラメータから求めることができる(例として、乙17号証6頁)。λは、実験に使用するX線の波長により定まる。d及びλが決まると、上記式により、θが求まる。そのため、回折ピークの位置(2θ)は、エクセルでも求めることができる。さらに、基準となる相のピーク位置から0.2°以内という基準は、日本薬局方に記載された技術常識である(乙15号証)。」(令和4年5月13日提出の上申書16頁17行〜18頁4行)


第10 当審合議体の判断
1 無効理由1(訂正の目的)について
(1)特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」について
ア 特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」については、第3 1(1)ア(ア)で述べた判断基準と同様の判断基準で以下判断する。

イ 訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の記載に係るものであり、訂正事項A1は、その記載に対応する訂正A前の明細書等の発明の詳細な説明の記載に係るものであることから、事案に鑑み、訂正事項A2から検討する。

(ア)訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「格子定数a=10.352(2)」との記載を、「格子定数a=10.325(2)」との記載に訂正するものであるから、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載を、「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載に訂正するものといえる(下線は当審合議体による。以下、同様。)。

訂正A前の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載は、被請求人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項としたものの一つであって、その記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体で誤記であると理解されない。
また、記載(1)には、「格子定数a=10.352(2)」との記載が四箇所にわたって記載されており、訂正A前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.352(2)」とのみ記載され、ほかの数値は見当たらない。そして、「格子定数a=10.352(2)」との記載と訂正A前の明細書等のほかの記載との間に特段の矛盾もないから、訂正A前の「格子定数a=10.352(2)」との記載が誤記であるとは理解されない。
一方、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との記載は、訂正A前の明細書等には一切記載されておらず、訂正A前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」と直ちに算出される等、「格子定数a=10.325(2)」との記載が本来正しい記載であることが明らかといえる事情も認められない。
したがって、訂正事項A2は、明細書等の中の記載を、本来その意であることが明細書等の記載などから明らかな内容の字句、語句に正す訂正とはいえない。

また、格子定数a、b及びcは結晶の単位格子の軸長を示すものであり、令和3年12月21日提出の上申書(被請求人)に示されるとおり、格子定数の末尾に「( )」で囲まれる数値はその直前の桁における標準偏差を表す(すなわち、「格子定数a=10.352(2)」は格子定数aの値の標準偏差が0.002であることを表す。)ものであるから、格子定数aの値は小数点以下第三位の桁の標準偏差で示される程度の精度(「格子定数a=10.325(2)」であれば、測定値のばらつきは、標準偏差0.002のせいぜい三倍程度の範囲(10.325±0.006(=10.319〜10.331))に収まる。)を有するということができる。たとえ、格子定数aの値の違いが標準偏差の範囲内であっても(例えば、「格子定数a=10.325(2)」と「格子定数a=10.327(2)」)、それらの値は同一の意味を表示することにはならないことは当然であるところ、「格子定数a=10.352(2)」と「格子定数a=10.325(2)」との違いは、測定値のばらつきと捉えられる範囲を遙かに超える大きな違いであることから、これらの格子定数の値はなおさら異なるものとして明確に理解され、これらが当然に同一の意味を表示するものと客観的に認められない。

したがって、訂正A前の「格子定数a=10.352(2)」との記載が、当然に、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められない。

(イ)訂正事項A1は、訂正A前の明細書等の【0039】における「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載を、「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載に訂正するものである。

訂正A前の明細書等の【0039】における「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体で誤記であると理解されない。
そして、訂正A前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば、訂正A前の「格子定数a=10.352(2)」との記載が誤記であると理解されないし、「格子定数a=10.325(2)」との記載が本来正しい記載であることが明らかといえる事情も認められないし、訂正A前の「格子定数a=10.352(2)」との記載が、当然に、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」と同一の意味を表示するものと客観的に認められないことは、上記(ア)で述べたとおりである。

ウ よって、訂正事項A1及び訂正事項A2は、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・訂正」を目的とするものではない。
なお、本件特許に係る出願は、外国語書面に基づくものではないから、同号に掲げる「誤訳の訂正」を目的とするものでもないことは明らかである。

(2)特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」について
ア 特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」については、第3 1(1)イ(ア)で述べた判断基準と同様の判断基準で以下判断する。

イ 訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の記載に係るものであり、訂正事項A1は、その記載に対応する訂正A前の明細書等の発明の詳細な説明の記載に係るものであることから、事案に鑑み、訂正事項A2から検討する。

(ア)訂正事項A2に係る訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載は、被請求人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項としたものの一つであって、その記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体意味の不明瞭な記載ではない。
また、記載(1)には、「格子定数a=10.352(2)」との記載が四箇所にわたって記載されており、訂正A前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.352(2)」とのみ記載され、ほかの数値は見当たらず、「格子定数a=10.352(2)」との記載が訂正A前の明細書等のほかの記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている等の記載上の不備があるとも認められない。
そして、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との記載は、訂正A前の明細書等には一切記載されておらず、訂正A前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」と直ちに算出される等、「格子定数a=10.352(2)」との記載の本来の意が、「格子定数a=10.325(2)」であることが明らかといえる事情も見当たらない。
したがって、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載を「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」とする訂正は、訂正A前の明細書等に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにするものではなく、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正とはいえない。

(イ)訂正事項A1に係る訂正A前の明細書等の【0039】における「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載は、それ自体きわめて明瞭であって、それ自体意味の不明瞭な記載ではない。また、訂正A前の「格子定数a=10.352(2)」について記載上の不備があるとも、その本来の意が「格子定数a=10.325(2)」であることが明らかともいえないことは、上記(ア)で述べたとおりである。
したがって、訂正A前の明細書等の【0039】における「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載を「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載とする訂正は、訂正前明細書等に生じている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにするものではなく、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正とはいえない。

ウ よって、訂正事項A1及び訂正事項A2は、特許法第126条第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものではない。

(3)特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」について
訂正事項A1は、訂正A前の明細書等の【0039】における記載を訂正するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではない。
訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16における「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載を、「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載に訂正するものといえ、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の請求項1、5、12及び16において記載された結晶を技術的に限定するものではないから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではない。
以上のとおりであるから、訂正事項A1及び訂正事項A2は、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではない。

(4)特許法第126条第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」について
訂正事項A1及び訂正事項A2が、特許法第126条第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものではないことは明らかである。

(5)被請求人の主張について
被請求人は無効理由1について、上記第9 1(2)に示す点を要点とする主張をする。
被請求人による上記主張について検討する。

ア 被請求人は、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記の訂正」にいう「誤記」とは、発明をした者の内心の意思と明細書又は図面の記載による表示との間に錯誤があることを指し、「訂正」とは、出願人の内心の意思と明細書又は図面の記載による表示との間の錯誤を解消することを指す旨を主張して、その根拠として株式会社三省堂「大辞林第三版」(乙7)の記載と昭和39年(行ナ)第159号に係る東京高裁判決(昭和41年3月29日言渡し)の抜粋を示す。
しかしながら、昭和39年(行ナ)第159号に係る東京高裁判決は、その上告審である昭和41年(行ツ)第46号に係る最高裁判決(昭和47年12月14日判決言渡し)において、「誤記」及び「誤記の訂正」の意味について判断は示されていないことから、特許法における「誤記」及び「誤記の訂正」の意を、被請求人の主張するように解することはできない。仮に、上記東京高裁判決を参照しても、上記東京高裁判決は、特許法における「誤記の訂正」についての規定の趣旨を述べたものであって、「誤記」というためには、具体的にどのような要件が必要であるかを述べたものではなく、特許権者の錯誤による誤記を訂正するものというだけで、ただちに「誤記の訂正」に当たるとして許容されることを述べたものではない。そして、第3 1(1)ア(ア)で挙げた判決(参考判決)でも同様の判断が示されているように、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」とは、
a 明細書等の中の記載を、本来その意であることが明細書等の記載などから明らかな内容の字句、語句に正すことをいい、
b 訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいう
といえる。
これにつき、被請求人は、上記参考判決は、上記規範の根拠となるものではないと主張する(第9 1(2)キ)。
しかしながら、上記参考判決は、そもそも、上記規範の参考として例示したものに過ぎないが、念のために検討しても、訂正しようとする記載が、訂正前の明細書等の記載などから明らかに誤りであること、又は訂正前後の記載が客観的に同一であることに基づいて、訂正しようとする記載が「誤記」であるかどうかを判断しており、上記規範に沿った参考判決例であるといえ、上記主張は受け入れられない。

イ また、被請求人は、結晶多形の結晶構造は、通常、互いに大きく異なっており、エルデカシトールについてもこれまでに報告されている3つの結晶形のX線回折パターンは、互いに大きく異なっているため、これらが混同されることはなく、本件訂正前の値及び本件訂正後の値の何れも、当該結晶形(A型結晶)の格子定数aとして同一の意味を有する旨を主張して、その根拠として乙1〜乙3、乙7、乙11〜乙15を示す。
しかしながら、上記主張は、エルデカルシトールの結晶形の数には限りがあり(本願出願後の文献である乙4は、3つの結晶形が知られていることが記載されている。)、おおよそ似たような「格子定数a」の値を有する結晶形であれば、それらの結晶形は同一のものと第三者は解するはずであり、訂正A前の記載が当然に訂正A後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められることを主張しようとするものと解されるが、訂正A前の明細書等を見た第三者は、実施例2において「格子定数a=10.352(2)」の結晶形が得られたと解し、再現実験で「格子定数a=10.325(2)」の結晶形が得られたとしても、格子定数aの値の違いから、それらが同一の結晶形を意味しているとは解せない。2つの結晶形が似たような「格子定数a」を有しているからといって、再現実験の過程で新たな結晶形を得ることもあり、必ずそれらが同一の結晶形であるとは第三者は判断することはできない。さらに、乙4記載の知見のない状況では、エルデカルシトールの結晶形の数に限りがあるかどうかは不明であり、なおさら、同一の結晶形であるとは判断できない。すなわち、本件特許出願時において、本件特許の請求項1に記載された式(I)で表される化合物(以下「ED−71」ともいう。)は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0003】にも記載されるとおり、当業界において、アモルファスの形態のもののみが知られていて、結晶の形態のものは知られていなかったので、本件特許出願時において、ED−71の結晶に3つの結晶形が存在すると理解されるものであったとすることも、それらのX線回折パターンが互いに大きく異なると理解されるものであったとすることも、できない。
そもそも、訂正事項A1及び訂正事項A2は、「格子定数a=10.352(2)」という発明特定事項及び該発明特定事項に対応する発明の詳細な説明の記載に関する訂正であるから、問題となるのは、該発明特定事項及び該発明特定事項に対応する発明の詳細な説明の記載の訂正の適否であり、訂正事項A1及び訂正事項A2が、訂正A前後でいずれもA型結晶の格子定数aの値に関するものであることを仮定したとしても、訂正A前の格子定数aの値を訂正A前の明細書等に全く記載のない異なる訂正A後の格子定数aの値に変更してよいことの根拠にならないことは明らかである。

ウ また、被請求人は、当業者であれば、訂正A前の明細書等に記載された実施例の合成方法に従って本件特許発明の結晶を得て、X線構造解析を行うことにより、訂正A後の格子定数に係る「格子定数a=10.325(2)」を認識することができた旨を主張して、その根拠として乙4及び乙5(本件公開公報)を示す。
しかし、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」の値を得るためには、被請求人が「XRDの試料を得るため、本件明細書に基づいた再現実験が必要である。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書13頁20行)と述べるように、ED−71の結晶の合成・精製を行った上でX線回折実験・構造解析を精度良く行う再現実験が必要であるところ、乙4及び乙5の記載内容を参酌しても、再現実験を行わなければ得られない値が訂正A前の記載の本来の意であることが、訂正A前の明細書等の記載及び本件特許出願時の技術常識から明らかということはできず、訂正A前の記載が、当然に、訂正A後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるということもできない。
さらにいえば、被請求人が、第三者は訂正A後の格子定数に係る「格子定数a=10.325(2)」を認識することができた旨の主張の根拠とする乙4は、そもそも本件特許出願の20年以上後の文献であって、本件特許出願時の技術水準を示すものではない上に、乙4に係る発明の発明者は、乙5に記載された結晶が、自らの発明の結晶に対する従来技術であると一応認識したに過ぎず、乙4には、乙5に記載された結晶の「格子定数a=10.352(2)」の値が誤記であることが示されているわけでもない。そうであるから、乙4及び乙5は、本件特許出願時において第三者が、訂正A後の格子定数に係る「格子定数a=10.325(2)」を認識することができたことを示すものではなく、訂正事項A1及び訂正事項A2が、特許法第126条第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とすることの根拠になるものではない。
これにつき、被請求人は、本件出願時であろうと、現在であろうと、研究者がエルデカルシトールの結晶を得ようとする場合、その結晶形の数には限りがあり、この事実は、実験を行う時期によって変動するものではなく、何れの時期であっても、結晶多形の間で混同は生じ難い旨、主張する(第9 1(2)コ)。
また、被請求人は、「X線構造解析による結晶構造パラメータの特定が技術常識であり、本件明細書にもX線構造解析を行ったことが記載されているのだから、当該技術常識を適用して得られる結晶構造パラメータこそ「本来の意」である。そして、本件訂正前後の記載は、この手法によって得られる格子定数aという「同一の意味」を表示する。」と主張する(第9 1(2)コ)。
しかしながら、再現実験を行わなければ得られない値が訂正A前の記載の本来の意であることが、訂正A前の明細書等の記載及び本件特許出願時の技術常識から明らかということはできないことは、上述のとおりである。そして、研究者がエルデカルシトールの結晶を得ようとし、「格子定数a=10.325(2)」の結晶形が得られたとしても、その結晶形を、訂正A前の明細書等から把握される「格子定数a=10.352(2)」の結晶形と同一の結晶形であるとは解せないこと、及び結晶形の数が何ら明らかになっていない本件特許出願時では、なおさらであることは、上記イで述べたとおりであり、「何れの時期であっても、結晶多形の間で混同は生じ難い」とはいえない。

エ よって、被請求人による上記主張は妥当ではない。

(6)小括
以上のとおりであるから、上記(5)を考慮しても、上記(1)〜(4)の判断に誤りはなく、訂正Aは、特許法第126条第1項ただし書の規定に違反してされたものである。
よって、本件特許発明1〜7、本件特許発明12〜16、本件特許発明19及び本件特許発明20に係る特許は、特許法第123条第1項第8号に該当し、無効とすべきものである。

2 無効理由2(新規事項の追加)について
(1)訂正Aが、訂正A前の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものか否かについては、第3 1(2)アで述べた判断基準と同様の判断基準で以下判断する。

(2)訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の特許請求の範囲の記載に係るものであり、訂正事項A1は、その記載に対応する訂正A前の明細書等の発明の詳細な説明の記載に係るものであることから、事案に鑑み、訂正事項A2から検討する。

ア 訂正Aが、訂正A前の明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものか否かの検討
(ア)訂正事項A2に係る訂正後の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載については、訂正A前の明細書等に「格子定数a=10.325(2)」との記載は全く存在しない。
また、訂正A前の明細書等には、格子定数aについて、一貫して「格子定数a=10.352(2)」とのみ記載されているところ、上記1(1)イで説示したとおり、「格子定数a=10.352(2)」と「格子定数a=10.325(2)」とは異なるものとして明確に理解される。したがって、訂正A前の明細書等に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載から、訂正後の「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項が導かれるということはできない。

また、記載(1)〜記載(9)及び記載(図1)〜記載(図4)並びに本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」と直ちに算出される等、訂正事項A2に係る訂正A後の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との事項が、訂正A前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとすべき事情も認められない。

以上のとおり、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との事項は、訂正A前の明細書等に記載されておらず、訂正A前の明細書等に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載から導かれる技術的事項であるとは認められないし、そのほかに、訂正A前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項が導かれるとすべき事情もない。
したがって、訂正事項A2は、訂正A前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正事項A2は、訂正A前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

(イ)次に、訂正事項A1に係る訂正A後の「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載については、訂正A前の明細書等に「格子定数a=10.325(2)」との記載は全く存在しない。
また、上記(ア)のとおり、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との事項は、訂正A前の明細書等に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載から導かれる技術的事項であるとは認められないし、そのほかに、訂正A前の明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項が導かれるとすべき事情もない。
したがって、訂正事項A1は、訂正A前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正事項A1は、訂正A前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

(ウ)よって、訂正事項A1及び訂正事項A2は、特許法第126条第5項の規定に違反するものである。

イ 訂正Aが、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものか否かの検討
上記1(1)に記したとおり、訂正Aは、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・の訂正」を目的とするものではないが、仮に、同号に掲げる「誤記・・・の訂正」を目的とするものとして、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものか否かを検討する。

(ア)訂正事項A2に係る訂正A後の「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」との記載については、当初明細書等に遡ってさえ、「格子定数a=10.325(2)」との記載は全く存在しない。
また、上記ア(ア)と同様に、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との事項は、訂正A前の明細書等に対応する当初明細書等に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載から導かれる技術的事項であるとは認められないし、そのほかに、当初明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項が導かれるとすべき事情もない。

したがって、訂正事項A2は、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正Aは、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

(イ)訂正事項A1に係る訂正A後の「本結晶は斜方晶系に属し、空間群P212121、格子定数a=10.325(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である」との記載についても、同様に、当初明細書等に遡ってさえ、「格子定数a=10.325(2)」との記載は全く存在しない。
また、上記(ア)と同様に、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との事項は、訂正A前の明細書等に対応する当初明細書等に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載から導かれる技術的事項であるとは認められないし、そのほかに、当初明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づけば「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項が導かれるとすべき事情もない。

したがって、訂正事項A1は、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであり、訂正Aは、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない。

(ウ)よって、訂正事項A1及び訂正事項A2は、仮に、特許法第126条第1項ただし書第2号に掲げる「誤記・・・訂正」を目的とするものであると仮定しても、特許法第126条第5項の規定に違反するものである。

(3)被請求人の主張について
ア 被請求人は無効理由2について、上記第9 2(2)に示す点を要点とする主張をする。
被請求人による上記主張について検討する。

イ 被請求人は、当初明細書等及び訂正A前の明細書等に、ED−71の結晶の合成方法及び結晶構造の情報が記載されていることにより、特定の結晶形の発明が開示されており、結晶多形の間で結晶構造は大きく異なるから、第三者は訂正A前の格子定数で特定される結晶をほかの結晶と誤解することはなく、訂正A前後の何れにおいても、結晶構造パラメータは、実施例2で得られた試料の結晶構造を特定するためのものであり、この点で訂正A前後において変わることはないから、訂正Aは、当初明細書等又は訂正A前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない旨を主張して、その根拠として乙4、乙5及び乙7を示す。
しかし、当初明細書等及び訂正A前の明細書等にED−71の結晶の合成方法及び結晶構造の情報が記載されていても、当該結晶は、被請求人自らが「結晶構造解析における空間群の種類、格子定数の値、Z値」の技術的事項により特定したものであって、当該結晶を特定するための技術的事項である格子定数aの値について、当初明細書等及び訂正A前の明細書等には、一貫して「格子定数a=10.352(2)」とのみ記載され、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」との技術的事項は全く記載されていない。
また、訂正A後の「格子定数a=10.325(2)」の値を得るためには、被請求人が「XRDの試料を得るため、本件明細書に基づいた再現実験が必要である。」(令和3年11月16日提出の口頭審理陳述要領書13頁20行)と述べるように、ED−71の結晶の合成・精製を行った上でX線回折実験・構造解析を精度良く行う再現実験が必要であるところ、乙4、乙5及び乙7の記載内容を参酌しても、当初明細書等又は訂正A前の明細書等に全く記載がなく、再現実験により初めて得られるに過ぎない値を、当初明細書等又は訂正A前の明細書等の記載より導かれる技術的事項ということはできない。
したがって、「格子定数a=10.352(2)」との記載を「格子定数a=10.325(2)」との記載にする訂正は、当初明細書等又は訂正A前の明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。

ウ これにつき、被請求人は、「格子定数の数値に誤記があったとしても、当該製造方法(合議体注:実施例2の製造方法)によって得られ(合議体注:原文ママ)結晶形の結晶構造パラメータという技術的事項は、本件訂正の前後で変わるものではない。」、「製造方法は実施例2に記載されており、X線回折による結晶構造解析は、本件出願時には技術常識であった。したがって、再現実験には 何ら試行錯誤は必要ではない。しかも、結晶形は製造方法によって記載されているのだから、技術事項として本件訂正前の明細書に記載されている。格子定数aの値を正しい値に訂正とすることは、当該結晶形をより正確に特定するものであり、新たな技術的事項の導入には当たらない。」と主張する(第9 2(2)エ)。
しかしながら、「格子定数a=10.352(2)」の結晶形と、「格子定数a=10.325(2)」の結晶形とは、別の技術的事項であり、再現実験により初めて得られるに過ぎない値を、当初明細書等又は訂正A前の明細書等の記載より導かれる技術的事項ということはできないことは、上記イで述べたとおりである。

エ よって、被請求人による上記主張は妥当ではない。

(4)小括
以上のとおりであるから、上記(3)を考慮しても、上記(1)〜(2)の判断に誤りはなく、訂正Aは、特許法第126条第5項の規定に違反してされたものである。
よって、本件特許発明1〜7、本件特許発明12〜16、本件特許発明19及び本件特許発明20に係る特許は、特許法第123条第1項第8号に該当し、無効とすべきものである。

3 無効理由3(特許請求の範囲の実質上拡張又は変更の有無)について
(1)訂正Aが、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについては、第3 1(3)アで述べた判断基準と同様の判断基準で以下判断する。

(2)訂正事項A2は、訂正A前の特許請求の範囲に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載を「格子定数a=10.325(2)」との記載にする訂正であるところ、上記1(1)イ(ア)で述べたとおり、「格子定数a=10.352(2)」と「格子定数a=10.325(2)」とは明確に異なるものとして理解されるから、訂正A前の特許請求の範囲に記載された「格子定数a=10.352(2)」との記載を「格子定数a=10.325(2)」との記載にする訂正は、特許請求の範囲を変更するものである。
そして、訂正事項A2により、特許請求の範囲に記載された結晶は、「格子定数a=10.352(2)」である結晶から「格子定数a=10.325(2)」である結晶に変更されることになるから、この変更により、訂正A前の特許請求の範囲の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。
したがって、訂正事項A2は、特許法第126条第6項の規定に違反するものである。

(3)被請求人の主張について
ア 被請求人は無効理由3について、上記第9 3(2)に示す点を要点とする主張をする。
被請求人による上記主張について検討する。

イ 被請求人は、当初明細書等及び訂正A前の明細書等に、ED−71の結晶の合成方法及び結晶構造の情報が記載されていることにより、当業者は正しい格子定数aを認識することができ、また、一つの化合物において結晶形の数は限られており、結晶多形の間で結晶構造は互いに大きく異なるから、第三者が訂正A前の特許請求の範囲に記載された結晶構造を、ほかの結晶形と誤解するおそれはない。また、特許請求の範囲において結晶構造パラメータが用いられている場合、第三者は、当該結晶構造パラメータから算出される回折ピーク位置の0.2°以内の回折ピークをもたらす結晶構造について、特許請求の範囲に表示されたものと理解し、自らの試料の回折ピークがその範囲外にある場合には、その試料の結晶構造は特許請求の範囲において規定されたものとは異なると信頼するから、訂正Aは、第三者が不測の不利益を被ることはなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない旨を主張して、その根拠として乙1〜乙5、乙7、乙11〜乙15を示す。
しかし、訂正A前の特許請求の範囲に記載された結晶はいずれも、「結晶構造解析において空間群P212121、格子定数a=10.352(2)、b=34.058(2)、c=8.231(1)Å、Z=4である結晶」であることを、被請求人自らが発明特定事項として記載したものであり、第三者は、当然、その発明特定事項により特定される発明を、特許請求の範囲に記載された発明として信頼するのであって、訂正A前の明細書等に記載された合成方法に従って、わざわざ再現実験をして得られる結晶の結晶構造解析よって判明する空間群、格子定数a、b及びc並びにZの値を正しい値であると信頼したり、わざわざ再現実験をして、発明特定事項とされていない回折ピークを算出した上で、その算出値について0.2°以内のものが特許請求の範囲に記載された発明であると信頼するということはない。
さらにいえば、被請求人が、第三者は訂正A後の格子定数に係る「格子定数a=10.325(2)」を認識することができた旨の主張の根拠とする乙4は、そもそも本件特許出願の20年以上後の文献であって、本件特許出願時の技術水準を示すものではない上に、乙4に係る発明の発明者は、乙5(本件公開公報)に記載された結晶が、自らの発明の結晶に対する従来技術であると一応認識したに過ぎず、乙4には、乙5に記載された結晶の「格子定数a=10.352(2)」の値が誤記であることが示されているわけでもない。そうであるから、乙4及び乙5は、本件特許出願時において第三者が、訂正A後の格子定数に係る「格子定数a=10.325(2)」を認識することができたことを示すものではなく、訂正事項A2により訂正A前の格子定数aの値を大きく異なる訂正A後の格子定数aの値に変更することが、実質上特許請求の範囲を変更するものではないことの根拠になるものではない。

ウ これにつき、被請求人は、上記イの「第三者は、「その発明特定事項により特定される発明を、特許請求の範囲に記載された発明と信頼する」」との判断が誤りであると主張する(第9 3(2)エ)。
しかしながら、上記1(1)で述べたとおり、訂正A前の明細書等からは、「格子定数a=10.352(2)」との記載が誤記であると理解されないから、訂正前Aの特許請求の範囲を見た第三者が「その発明特定事項により特定される発明を、特許請求の範囲に記載された発明と信頼する」ことに誤りはない。そして、仮に、実施例2の製造方法に基づいて再現実験をして「格子定数a=10.325(2)」の結晶形が得られたとしても、当業者は、「格子定数a=10.352(2)」の結晶形とは明確に異なるものであると理解されることは、上記(2)で述べたとおりである。そして、訂正A前の明細書等には、回折ピークの値が記載されていないのだから、再現実験をして「格子定数a=10.325(2)」の結晶形の回折ピークを見ても、それが、「格子定数a=10.352(2)」の結晶形の回折ピークと同じであることは判断できない。

エ よって、被請求人による上記主張は妥当ではない。

(4)小括
以上のとおりであるから、上記(3)を考慮しても、上記(2)の判断に誤りはなく、訂正Aは、特許法第126条第6項の規定に違反してされたものである。
よって、本件特許発明1〜7、本件特許発明12〜16、本件特許発明19及び本件特許発明20に係る特許は、特許法第123条第1項第8号に該当し、無効とすべきものである。


第11 むすび
以上のとおり、本件特許発明1〜7、本件特許発明12〜16、本件特許発明19及び本件特許発明20に係る特許は、無効理由1〜無効理由3により無効とすべきものである。
そして、審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。


 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-09-30 
結審通知日 2022-10-05 
審決日 2022-10-18 
出願番号 P1997-155140
審決分類 P 1 123・ 841- Z (C07C)
P 1 123・ 831- Z (C07C)
P 1 123・ 855- Z (C07C)
P 1 123・ 853- Z (C07C)
P 1 123・ 854- Z (C07C)
P 1 123・ 857- Z (C07C)
P 1 123・ 851- Z (C07C)
P 1 123・ 852- Z (C07C)
最終処分 01   成立
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 阪野 誠司
伊藤 佑一
登録日 2003-05-16 
登録番号 3429432
発明の名称 ビタミンD誘導体結晶およびその製造方法  
代理人 一宮 維幸  
復代理人 末吉 剛  
代理人 森本 純  
代理人 寺地 拓己  
復代理人 高橋 聖史  
代理人 森本 純  

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