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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
管理番号 1394033
総通号数 14 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-02-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-10-18 
確定日 2023-02-03 
異議申立件数
事件の表示 特許第7057766号発明「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7057766号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7057766号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、令和元年7月9日に出願され、令和4年4月12日にその特許権の設定登録がされ、令和4年4月20日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1ないし4に係る特許に対し、令和4年10月18日に特許異議申立人小海善史は特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
特許第7057766号の請求項1ないし4の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板は、Crを16質量%以上含有する成分組成を有し、
前記成分組成は、質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:16.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面は、凹部と凸部とを有する凹凸構造を備え、前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であり、かつ、前記凸部間の平均間隔が20nm以上200nm以下であり、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面において、金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比である[Cr]/[Fe]が1.0以上である、硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、Mo:0.01〜2.50%、Cu:0.01〜0.80%、Co:0.01〜0.50%およびW:0.01〜3.00%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.45%、Nb:0.01〜0.60%、Zr:0.01〜0.40%、V:0.01〜0.30%、Ca:0.0003〜0.0030%、Mg:0.0005〜0.0050%、B:0.0003〜0.0050%、REM(希土類金属):0.001〜0.100%、Sn:0.001〜0.500%およびSb:0.001〜0.500%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1または2に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1 〜3のいずれか1項に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
素材フェライト系ステンレス鋼板を準備し、
前記素材フェライト系ステンレス鋼板の表面の酸化皮膜を除去し、
前記酸化皮膜を除去した前記素材フェライト系ステンレス鋼板に、前記素材フェライト系ステンレス鋼板の活性態域でエッチング処理を施し、
前記エッチング処理を施した前記素材フェライト系ステンレス鋼板に、酸化性を有する溶液中において、浸漬処理または前記素材フェライト系ステンレス鋼板の不動態域で電解処理を施す、硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。」

第3 申立理由の概要
特許異議申立人小海善史は、次の証拠を提出するとともに、次の1、2のように主張している。

甲第1号証:国際公開第2014/156638号
甲第2号証:国際公開第2019/082591号(主たる証拠)
甲第3号証:特開2006−202511号公報
甲第4号証:国際公開第2011/105451号
甲第5号証:特表2015−513182号公報
甲第6号証:特開2014−212029号公報
甲第7号証:特開2013−26072号公報
甲第8号証:特開平8−31424号公報
甲第9号証:特開2003−168448号公報
甲第10号証:今村大地、固体高分子形燃料電池用白金担持カーボン触媒の硫黄被毒機構解析、自動車研究、第30巻、第7号、p.45
甲第11号証:特開2003−160840号公報

1 取消理由1
請求項1ないし4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。

2 取消理由2
請求項2ないし4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号及び同法第36条第4項第1号の規定を満足しない特許出願についてされたものであるから、取り消すべきものである。

第4 取消理由1について
1 文献の記載
(1)甲第1号証について
甲第1号証には、図面とともに、次のとおり記載されている(下線は、当審で付与した。)。
「[0004] この全固体二次電池実現の鍵を握る固体電解質のイオン伝導度は、以前には有機電解液に大きく及ばないものであったが、近年電解液に近いか同等以上のイオン伝導体が見出され、これを用いた固体電解質二次電池の実用化検討が始まっている(特許文献2、特許文献3)。
[0005] ところが、イオン伝導性に優れる固体電解質材料は硫黄を成分に含む硫化物系であるために、その取り扱い環境の整備の必要性と共に、電池を構成する他の材料への腐食懸念も想定されている。高度な安定性と信頼性、安全性を実現できるとされる硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池の構成要素において、硫化物固体電解質による他の構成要素への腐食懸念があった。特には、従来広く用いられてきた有機電解液Liイオン二次電池用の負極集電体銅箔が使用できない懸念、或いは使用した場合の腐食懸念があった。このため、負極活物質の制限による電池比容量の低下や、高価な集電材料を用いるコスト上昇などの問題があった。」

「[0013] <第1の実施形態:硫化銅層>
本発明の第1の実施形態について図面に基づいて詳細に説明する。図1は、第1の実施形態に係る全固体二次電池の断面図である。第1の実施形態に係る全固体二次電池1は、対向して設けられた負極集電体3と正極集電体17の間に、負極集電体3側から、負極活物質層5、固体電解質層9、正極活物質層13が積層されている。負極活物質層5は、負極活物質7、硫化物固体電解質11を含む。固体電解質層9は硫化物固体電解質11を含む。正極活物質層13は、正極活物質15、硫化物固体電解質11、導電助剤8を含む。 以下に、各層の構成について説明する。」


「[0018] (正極集電体)
正極集電体17は、アルミニウム、アルミニウム合金またはステンレスからなる。正極集電体17として、純Al系の1000系や、Al−Mn系の3000系とAl−Fe系の8000系などが主に用いられる。さらに具体的には、1085や1N30、および1100の純Al系、並びに3003や8021の合金系である。ステンレスは合金組成や番手にかかわらず用いることができるが、含有成分と組成により耐食性とコストが大きく相違するので、注意が必要である。」

よって、甲第1号証には、次の技術(以下、「甲1に記載された技術」という。)が記載されているものと認められる。
「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池では、固体電解質材料は硫黄を成分に含む硫化物系であるため、電池を構成する他の材料への腐食懸念があるので、正極集電体にステンレスを用いる」技術。

(2)甲第2号証について
ア 甲第2号証に記載された事項について
甲第2号証には、次の記載のとおり記載されている(下線は、当審で付与した。)。
「[0001] 本発明は、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法に関するものである。」

「[0005] また、固体高分子形燃料電池を実用に供する場合には、上記のような単セルを直列に数十〜数百個つないで燃料電池スタックを構成し、使用するのが一般的である。
ここに、セパレータには、
(a) 単セル間を隔てる隔壁
としての役割に加え、
(b) 発生した電子を運ぶ導電体、
(c) 酸素(空気)が流れる空気流路、水素が流れる水素流路、
(d) 生成した水やガスを排出する排出路(空気流路、水素流路が兼備)
としての機能が求められるので、優れた耐久性や電気伝導性が必要となる。」

「[0009] そこで、セパレータの素材として、グラファイトに替えて金属素材を適用する試みがなされている。特に、耐久性向上の観点から、ステンレス鋼やチタン、チタン合金等を素材としたセパレータの実用化に向けて、種々の検討がなされている。」

「[0017] 本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、低い接触抵抗が得られる燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板を、フッ酸を使用することなく、量産性や安全性の面でより有利に製造することできる、燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
[0018] 発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討を行った。
まず、発明者らは、フッ酸を含む処理液中への浸漬処理に代わるものとして、種々の処理液を用いた電解エッチング処理を試みた。
その結果、電解エッチング処理時の電解電位によって、接触抵抗の低減効果が異なることを知見した。具体的には、ステンレス鋼板の活性態域で電解エッチング処理を施す場合に、接触抵抗の低減効果が最も有利に得られることを知見した。
[0019] また、発明者らがさらに検討を重ねたところ、電解エッチング処理を施す前に、あらかじめ鋼板上に形成されている酸化皮膜(具体的には、大気中で形成される不動態皮膜や、鋼板製造時の光輝焼鈍で形成されるBA皮膜など)を除去することで、活性態域での電解エッチング処理の効果がより安定して得られ、これらを組み合わせることで、フッ酸を含む処理液中への浸漬処理と同等程度の接触抵抗の低減効果が得られることを知見した。
[0020] ・・・(省略)・・・この点について、発明者らがさらに検討を重ねたところ、上記の電解エッチング処理を施した後、ステンレス鋼板にその表面の安定化処理を施すことにより、接触抵抗を一層低減でき、また、実際の燃料電池のセパレータに適用する場合においても、素材鋼板の段階で期待された程度の接触抵抗の低減効果が確実に維持されることを知見した。」

「[0029] 以下、本発明の一実施形態に係る燃料電池のセパレータ用のステンレス鋼板の製造方法を説明する。
(1)素材となるステンレス鋼板の準備
当該工程は、素材とするステンレス鋼板を準備する工程である。ここで、素材とするステンレス鋼板は、特に限定されず、例えば、所定の成分組成を有するステンレス鋼板を以下のようにして準備すればよい。・・・(以下、省略)・・・
[0030] ここで、準備するステンレス鋼板の成分組成は特に限定されるものではないが、質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:11.0〜40.0%、Al:0.500%以下およびN:0.100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成とすることが好適である。
以下、その理由を説明する。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味する。」

「[0036] Cr:11.0〜40.0%
耐食性を確保するために、Cr含有量は11.0%以上とすることが好ましい。すなわち、Cr含有量が11.0%未満では、耐食性の面から燃料電池のセパレータとして長時間の使用に耐えることが困難となるおそれがある。好ましくは16.0%以上である。一方、Cr含有量が40.0%を超えると、σ相の析出によって靱性が低下する場合がある。従って、Cr含有量は40.0%以下とすることが好ましい。より好ましくは32.0%以下である。」

「[0039]・・・(省略)・・・なお、オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト−オーステナイト2相ステンレス鋼でのNi含有量の好適な下限は2.00%である。
また、フェライト系ステンレス鋼においてNiを含有させる場合には、Ni含有量は4.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.00%以下である。なお、フェライト系ステンレス鋼での好適な下限は0.01%である。」

「[0045] (2)酸化皮膜の除去
後述する電解エッチング処理を施す前に、準備したステンレス鋼板の表面にあらかじめ形成されている酸化皮膜(以下、単に酸化皮膜ともいう)を除去することで、活性態域における電解エッチング処理による接触抵抗の低減効果が安定して得られるようになる。」

「[0049] (3)電解エッチング処理
上記の酸化皮膜の除去処理を施して、表面の酸化皮膜を除去したステンレス鋼板に、当該ステンレス鋼板の活性態域において電解エッチング処理を施す。これにより、フッ酸を含む処理液中への浸漬処理と同等以上の接触抵抗の低減効果が得られる。」

「[0052] 一方、活性態域で電解エッチング処理を行う場合には、不動態域と比較して十分なエッチング効果が得られる。また、過不動態域と比較すると、ステンレス鋼の溶解量が少なく、また溶解量を制御しやすい。そのため、ステンレス鋼板の表面位置によってエッチング量の不均一な部分が生じ、微細な凹凸形状が形成される。
かような表面に微細な凹凸形状が形成されたステンレス鋼を固体高分子形燃料電池のセパレータに適用すると、セパレータとガス拡散層との接触面積が大きくなって、接触抵抗が低減される。また、前述したように、当該電解エッチング処理を行う前に、素材となるステンレス鋼板表面の酸化皮膜を除去することで、接触抵抗の低減効果が安定して得られるようになる。
これらの相乗効果により、表面の酸化皮膜を除去したステンレス鋼板に、当該ステンレス鋼板の活性態域において電解エッチング処理を施すことで、フッ酸を含む処理液中への浸漬処理と同等程度の接触抵抗の低減効果が得られるようになる、と発明者らは考えている。」

「[0058] (4)表面の安定化処理
上記のように電解エッチング処理を施すことでステンレス鋼板の接触抵抗を低減できるが、接触抵抗を一層低減したい場合や、燃料電池スタック製造工程において熱処理が施されることが想定される場合には、上記の電解エッチング処理を施したステンレス鋼板に、さらに、その表面の安定化処理を施してもよい。これにより、ステンレス鋼板の表面において、電解エッチング処理時に形成されたスマット等の付着物を溶解して除去させるとともに、ステンレス鋼板の表面において金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比を高めて、ステンレス鋼板表面の不動態皮膜を安定化させる。
その結果、接触抵抗がさらに低減され、かつ、実際の燃料電池のセパレータに適用する場合においても、素材鋼板の段階で期待された程度の接触抵抗の低減効果が維持される。
[0059] ・・・(省略)・・・この点、ステンレス鋼板の表面において金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比を高めて、ステンレス鋼板表面の不動態皮膜を安定化させれば、ステンレス鋼板が燃料電池スタック製造工程における熱処理環境下に曝される場合であっても、鋼板表面での不動態皮膜の成長を抑制することが可能となる。その結果、実際の燃料電池のセパレータに適用する場合においても、素材鋼板の段階で期待された程度の接触抵抗の低減効果が得られるようになるものと、発明者らは考えている。」

[0068]


また、段落[0064]に「・実施例1 表1に記載の組成成分(残部はFeおよび不可避的不純物)」と記載されていることを踏まえると、段落[0068]の表1には、実施例である鋼A(鋼No.A)の成分組成(質量%)として、
「C 0.009
Si 0.14
Mn 0.18
P 0.027
S 0.002
Cr 20.8
Al 0.033
N 0.009
Ni 0.21
Cu 0.43
Ti 0.29
残部はFeおよび不可避的不純物」、
及び
実施例である鋼B(鋼No.B)の成分組成(質量%)として、
「C 0.005
Si 0.18
Mn 0.16
P 0.026
S 0.007
Cr 30.3
Al 0.079
N 0.012
Ni 0.22
Mo 1.80
Nb 0.14
残部はFeおよび不可避的不純物」
が記載されている。

イ 甲第2号証に記載された技術事項について
よって、甲第2号証には、次の技術事項が記載されている。
(ア)段落[0005]、[0017]より、甲第2号証は、「単セルを直列に」「つないで燃料電池スタックを構成」した「固体高分子形燃料電池」における「セパレータ用のステンレス鋼板」に関するものであることがわかる。

(イ)段落[0030]、[0036]より、「ステンレス鋼板の成分組成は」、「質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:11.0〜40.0%、Al:0.500%以下およびN:0.100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と」し、「耐食性を確保するために、Cr含有量は11.0%以上とすることが好ましい」との技術事項を読み取ることができる。

(ウ)段落[0052]より、「表面に微細な凹凸形状が形成されたステンレス鋼を固体高分子形燃料電池のセパレータに適用すると、セパレータとガス拡散層との接触面積が大きくなって、接触抵抗が低減され」る、との技術事項を読み取ることができる。

(エ)段落[0058]、[0059]より、「ステンレス鋼板の表面において金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比を高めて、ステンレス鋼板表面の不動態皮膜を安定化させ」、「接触抵抗」を「さらに低減」させる、との技術事項を読み取ることができる。

(オ)段落[0030]、[0036]、段落[0064]より、段落[0068]の表1には、「ステンレス鋼板の成分組成」「(質量%)」の「実施例」として、「鋼A(C:0.009、Si:0.14、Mn:0.18、P:0.027、S:0.002、Cr:20.8、Al:0.033、N:0.009、Ni:0.21、Cu:0.43、Ti:0.29、残部はFeおよび不可避的不純物)、及び、鋼B(C:0.005、Si:0.18、Mn:0.16、P:0.026、S:0.007、Cr:30.3、Al:0.079、N:0.012、Ni:0.22、Mo:1.80、Nb:0.14、残部はFeおよび不可避的不純物)」が挙げられることを見て取れる。

ウ 甲第2号証に記載された発明について
よって、上記イ(ア)ないし(オ)より、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。
「単セルを直列につないで燃料電池スタックを構成した固体高分子形燃料電池におけるセパレータ用のステンレス鋼板であって、
ステンレス鋼板の成分組成は、質量%で、C:0.100%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:11.0〜40.0%、Al:0.500%以下およびN:0.100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成とし、耐食性を確保するために、Cr含有量は11.0%以上とすることが好ましく、
ステンレス鋼板の成分組成(質量%)は、実施例として、鋼A(C:0.009、Si:0.14、Mn:0.18、P:0.027、S:0.002、Cr:20.8、Al:0.033、N:0.009、Ni:0.21、Cu:0.43、Ti:0.29、残部はFeおよび不可避的不純物)、及び、鋼B(C:0.005、Si:0.18、Mn:0.16、P:0.026、S:0.007、Cr:30.3、Al:0.079、N:0.012、Ni:0.22、Mo:1.80、Nb:0.14、残部はFeおよび不可避的不純物)を含み、
表面に微細な凹凸形状が形成されたステンレス鋼を固体高分子形燃料電池のセパレータに適用すると、セパレータとガス拡散層との接触面積が大きくなって、接触抵抗が低減され、
ステンレス鋼板の表面において金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比を高めて、ステンレス鋼板表面の不動態皮膜を安定化させ、接触抵抗をさらに低減させた、
固体高分子形燃料電池におけるセパレータ用のステンレス鋼板。」

(3)甲第3号証について
甲第3号証には、次の事項が記載されている。
「【0004】
燃料電池の理論発電電圧は1.23Vであり、一般的な乾電池の実用電圧は1.5Vであるから、燃料電池を乾電池代替用途として用いる場合、複数の単位セルを直列に接続して使用する必要がある。そして通常は、複数の単位セルの間に導電性でなおかつ燃料やガスを拡散させることのできるセパレーターを用いたスタック構造体として用いられることが多い。セパレーターは耐腐食性金属成形体や固形カーボンブロック等の導電性材料で作られ、燃料電池の電極と密着させることによって発生した電流を伝導し外部配線に接続する集電体としての役割と表面に設けた溝等を用いて燃料や酸化剤を流路或い拡散によって触媒電極に供給させる役割を持つ。一般的にセパレーターには高精度・高剛性・耐食性・低抵抗等の要求品質がきわめて高く、それゆえに厚く、重く、さらには燃料電池本体の製造コストの1/3を占めるといわれるほど高コストになるという問題があった。」

よって、甲第3号証には、複数の単位セルを直列に接続して使用される燃料電池において、複数の単位セルの間に導電性でなおかつ燃料やガスを拡散させることのできるセパレーターを用い、セパレーターは、発生した電流を伝導し外部配線に接続する集電体としての役割も持つことが記載されている。

(4)甲第4号証について
甲第4号証には、次の事項が記載されている。
「[0001] 本発明は、リチウムイオン二次電池に用いられる正極集電体、正極および正極集電体の製造方法に関する。」

「[0008] また、集電体と活物質層との接触面積が減少すると、集電体と活物質層の界面における電気抵抗(内部抵抗)も増大するため、放電時に大電流を放電すると、二次電池内部における電圧降下が増大して電池出力が低下する。さらに、充電時においても、充電速度が低下することになる。」

(5)甲第5号証について
甲第5号証には、次の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は、電極活物質が集電体に塗布されている二次電池用電極の製造方法及びそれを用いて製造される電極に係り、・・・(以下、省略)・・・」

「【0014】
そこで、本発明の製造方法による、所定のモルフォロジーを有するように表面処理された集電体は、表面に形成された微細凹凸によって表面積が増加するので、電極活物質と集電体との接着力が著しく増加して、充放電サイクル特性の向上など、二次電池の諸性能を向上させることができる。」

「【0037】
前記正極集電体は、一般的に3〜500μmの厚さに製造する。このような正極集電体は、当該電池に化学的変化を誘発せずに高い導電性を有するものであれば、特に制限されるものではなく、例えば、ステンレススチール、アルミニウム、ニッケル、チタン、焼成炭素、またはアルミニウやステンレススチールの表面にカーボン、ニッケル、チタン、銀などで表面処理したものなどを使用することができる。集電体は、その表面に微細な凹凸を形成して正極活物質の接着力を高めることもでき、フィルム、シート、ホイル、ネット、多孔質体、発泡体、不織布体などの様々な形態が可能である。」

(6)甲第6号証について
甲第6号証には、次の事項が記載されている。
「【0024】
ステンレス集電体10の表面粗さRaは、0.03〜1μmであることが好ましく、0.04〜0.5μmであることがより好ましく、0.04〜0.1μmであることが特に好ましい。ステンレス集電体の表面粗さRaが前記範囲であると、活物質層が凹部に入り込むアンカー効果により活物質層とステンレス集電体との密着性をより向上させることができる。また、電極面内で活物質層の厚みをより均一にすることができ、蓄電容量の電極面での均一性を向上させることができる。さらに、塗工やプレスなどの電極製造工程や、電極を捲回させる等の蓄電デバイス製造工程中に金属箔の切断等の発生を抑制することができる。」

(7)甲第7号証について
甲第7号証には、次の事項が記載されている。
「【0001】
本技術は、電池特性を維持するとともに電極の破断を抑制する非水電解質電池に関する。」

「【0052】
負極集電体22Aは、例えば、銅(Cu)箔、ニッケル(Ni)箔またはステンレス(SUS)等の金属箔により構成されている。中でも、特に銅箔を用いることが好ましい。」

「【0054】
また、この負極集電体22Aの表面は、粗面化されていることが好ましい。いわゆるアンカー効果により、負極集電体22Aと負極活物質層22Bとの間の密着性が向上するからである。」

(8)甲第8号証について
甲第8号証には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は特に固体電解質型燃料電池(Solid Oxide Fuel Cells:以下SOFCと略す)の燃料電極材料に関する。
【0002】
【従来の技術】SOFCは図1に示すように固体電解質2を挟んで空気電極1と燃料電極4が取り付けられる。3は中間接続子(インターコネクタ)、5は基体管である。一般的に、固体電解質2として主として用いられている材料はYSZ(Y2 O3 :3〜8モル%固溶させたZrO2 )である。燃料電極4には接合されたYSZとの熱的整合性および焼結緩和を図る上でNiにYSZを混合したサーメットが使用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】・・・(省略)・・・これは燃料中に含まれる微量の不純物ガス(特に、硫化水素)が、従来の燃料電極に含まれる活性金属Niに影響を及ぼすためである。本来、Niは導電性、水素酸化触媒機能を有しているが、硫化水素等の不純物ガスの影響を受けることにより、その機能性を失い、その結果としてSOFCの出力低下や耐久性に影響を及ぼしているものと考えられる。具体的な影響の一つとして硫化水素の気相分解により生成した硫黄とNiが反応を起こすことがあげられる。」

(9)甲第9号証について
甲第9号証には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、固体電解質を用い、電気化学反応により電気エネルギーを得る固体電解質型燃料電池(SOFC)用の単セルに係り、さらに詳細には、固体電解質を電極で挟持してなる固体電解質型燃料電池用単セルに関するものである。」

「【0002】
【従来の技術】従来から、2つの電極、即ち燃料極(アノード)と空気極(カソード)で固体酸化物電解質を挟持する構成を発電要素としてもち、燃料極側に水素、メタンなどの炭化水素系燃料ガスを通じ、空気極側側に酸素、空気などの酸化性ガスを通じて発電する固体電解質型燃料電池(以下「SOFC」と略す)が知られており、このSOFCは、その発電効率が高く、また排熱利用も可能であり第三世代の燃料電池として期待されている。」

「【0030】SOFC用途の多孔質金属基体およびその補強部材は、高温下において還元性ガスや酸化性ガスに晒されることから、高温下でも十分な耐還元性,耐酸化性および耐硫化性が求められる。」

(10)甲第10号証について
甲第10号証には、次の事項が記載されている。
「1.緒言
固体高分子形燃料電池(PEFC)は高効率の自動車用動力源として期待され,実用化に向けた研究開発が盛んに行なわれている.PEFCでは酸化剤ガスとして空気を,燃料として水素を使用するが,空気中に含まれる微量成分や水素中に含まれる不純物の中には,PEFCの性能を低下させるものがあることが知られている.中でも硫化水素や二酸化硫黄などの硫黄化合物は,燃料電池の性能を大きく低下させ,その後の初期性能までの回復が困難であることが報告されているが,性能低下機構の詳細については十分に解明されているといいえない.」(第45頁左欄第1〜13行)

(11)甲第11号証について
甲第11号証には、次の事項が記載されている。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、ガソリン,ナフサ,灯油,LPG等の石油系燃料を水素に改質する際に使用される改質器の要求特性を満足するオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】・・・(省略)・・・最近では、燃料電池用水素を得るために、各種改質器の開発が急ピッチで進められている。燃料電池用改質器としては、複数の反応管を容器に収容した多管式,大径の反応管をもつ単管式等が知られている。」

「【0009】
【作用】SUS430やSUH409Lに代表されるフェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比較すると熱疲労特性に優れているものの、多量の水蒸気を含む改質器の高温雰囲気に曝されると、水蒸気酸化が容易に進行する。また、加熱・冷却が頻繁に繰り返される改質器にあっては、より一層の優れた熱疲労特性が要求される。そこで、本発明者等は、水蒸気酸化及び熱疲労の発生メカニズムを材質面から検討し、SUS430をベースとして種々の合金成分を添加し、添加合金成分が水蒸気酸化及び熱疲労に及ぼす影響を調査した。」

「【0011】この水蒸気酸化は、ステンレス鋼表面に生成するCr系酸化物を主体とする酸化皮膜を安定化することによって抑制できる。加熱によりステンレス鋼表面に生成する酸化皮膜は、ステンレス鋼に耐酸化性を付与するものであり、800℃程度の高温雰囲気にあっては8質量%以上のCr含有量で耐酸化性の向上が顕著となる。」

「【0012】そこで、Si,Al添加によってCr系酸化物を安定化させることにより、耐水蒸気酸化性,耐硫化性を改善する。」

2 対比・判断
(1)本件発明3について
ア 対比
事案に鑑み、まず、甲2発明と、請求項2を引用する本件発明3とを対比する。
なお、請求項2を引用する本件発明3を独立形式に書き下せば、次のとおりである。
「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板は、Crを16質量%以上含有する成分組成を有し、
前記成分組成は、質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:16.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Mo:0.01〜2.50%、Cu:0.01〜0.80%、Co:0.01〜0.50%およびW:0.01〜3.00%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.45%、Nb:0.01〜0.60%、Zr:0.01〜0.40%、V:0.01〜0.30%、Ca:0.0003〜0.0030%、Mg:0.0005〜0.0050%、B:0.0003〜0.0050%、REM(希土類金属):0.001〜0.100%、Sn:0.001〜0.500%およびSb:0.001〜0.500%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面は、凹部と凸部とを有する凹凸構造を備え、前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であり、かつ、前記凸部間の平均間隔が20nm以上200nm以下であり、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面において、金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比である[Cr]/[Fe]が1.0以上である、硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板。」

(ア)甲2発明の「鋼A」及び「鋼B」に含有される「Ni」の質量%は、それぞれ「0.21」、「0.22」であるから、甲第2号証の段落[0039]に「オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト−オーステナイト2相ステンレス鋼でのNi含有量の好適な下限は2.00%である。また、フェライト系ステンレス鋼においてNiを含有させる場合には、Ni含有量は4.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは1.00%以下である。なお、フェライト系ステンレス鋼での好適な下限は0.01%である。」と記載されていることより、「鋼A」及び「鋼B」は「フェライト系ステンレス鋼」であると考えるのが自然である。
よって、甲2発明における「ステンレス鋼板」と、請求項2を引用する本件発明3の「硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板」とは、「フェライト系ステンレス鋼板」の点で共通する。
しかしながら、「フェライト系ステンレス鋼板」が、請求項2を引用する本件発明3では「硫化物系固体電池の集電体用」であるのに対し、甲2発明では「固体高分子形燃料電池におけるセパレータ用」のものである点で相違する。

(イ)甲2発明の「鋼A」及び「鋼B」に含有される「Cr」の質量%は、それぞれ「20.8」、「30.3」であるから、甲2発明は、少なくとも「鋼A」及び「鋼B」の成分組成において、請求項2を引用する本件発明3の「Crを16質量%以上含有する成分組成を有」する、との条件を満たしている。

(ウ)甲2発明における「鋼A」及び「鋼B」の成分組成は、請求項2を引用する本件発明3の「前記成分組成は、質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:16.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Mo:0.01〜2.50%、Cu:0.01〜0.80%、Co:0.01〜0.50%およびW:0.01〜3.00%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.45%、Nb:0.01〜0.60%、Zr:0.01〜0.40%、V:0.01〜0.30%、Ca:0.0003〜0.0030%、Mg:0.0005〜0.0050%、B:0.0003〜0.0050%、REM(希土類金属):0.001〜0.100%、Sn:0.001〜0.500%およびSb:0.001〜0.500%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からな」る、との条件を満足している。
よって、甲2発明における「ステンレス鋼板」の成分組成は、少なくとも「鋼A」及び「鋼B」の成分組成において、請求項2を引用する本件発明3の成分組成の条件を満たしているといえる。

(エ)甲2発明は「表面に微細な凹凸形状が形成され」ているから、請求項2を引用する本件発明3の「前記フェライト系ステンレス鋼板の表面は、凹部と凸部とを有する凹凸構造を備え」るとの構成を有している。
しかしながら、請求項2を引用する本件発明3では、「前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であり、かつ、前記凸部間の平均間隔が20nm以上200nm以下であり」、「前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であ」るのに対し、甲2発明ではそのような特定を有していない点で相違する。

(オ)甲2発明における「ステンレス鋼板の表面において金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比を高め」ることは、請求項2を引用する本件発明3と「前記フェライト系ステンレス鋼板の表面において、金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比である[Cr]/[Fe]」を大きくする点で共通する。
しかしながら、請求項2を引用する本件発明3では、該「[Cr]/[Fe]が1.0以上である」と特定されているのに対し、甲2発明では、下限値が特定されていない点で相違する。

よって、上記(ア)ないし(オ)より、請求項2を引用する本件発明3と甲2発明の一致点、相違点は次のとおりである。
【一致点】
「フェライト系ステンレス鋼板であって、
前記フェライト系ステンレス鋼板は、Crを16質量%以上含有する成分組成を有し、
前記成分組成は、質量%で、
C:0.001〜0.050%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.01〜1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.010%以下、
Cr:16.00〜32.00%、
Ni:0.01〜4.00%、
Al:0.001〜0.150%および
N:0.050%以下を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Mo:0.01〜2.50%、Cu:0.01〜0.80%、Co:0.01〜0.50%およびW:0.01〜3.00%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01〜0.45%、Nb:0.01〜0.60%、Zr:0.01〜0.40%、V:0.01〜0.30%、Ca:0.0003〜0.0030%、Mg:0.0005〜0.0050%、B:0.0003〜0.0050%、REM(希土類金属):0.001〜0.100%、Sn:0.001〜0.500%およびSb:0.001〜0.500%からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面は、凹部と凸部とを有する凹凸構造を備え、
前記フェライト系ステンレス鋼板の表面において、金属以外の形態として存在するFeの原子濃度に対する金属以外の形態として存在するCrの原子濃度の比である[Cr]/[Fe]が大きい、
フェライト系ステンレス鋼板。」

【相違点1】
「フェライト系ステンレス鋼板」が、請求項2を引用する本件発明3では「硫化物系固体電池の集電体用」であるのに対し、甲2発明では「固体高分子形燃料電池におけるセパレータ用」のものである点。

【相違点2】
請求項2を引用する本件発明3では、「前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であり、かつ、前記凸部間の平均間隔が20nm以上200nm以下であり」、「前記凸部の平均高さが20nm以上50nm以下であ」るのに対し、甲2発明ではそのような特定を有していない点。

【相違点3】
請求項2を引用する本件発明3では、該「[Cr]/[Fe]が1.0以上である」と特定されているのに対し、甲2発明では、下限値が特定されていない点。

イ 判断
そこで上記相違点1について検討する。
(ア)甲第1号証に記載された技術を再掲すれば、次のとおりである。
「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池では、固体電解質材料は硫黄を成分に含む硫化物系であるため、電池を構成する他の材料への腐食懸念があるので、正極集電体17にステンレスを用いる」技術。

(イ)ここで、燃料電池スタックにおけるセパレータには、甲第2号証の段落「0005]に記載されているとおり、
「(a) 単セル間を隔てる隔壁としての役割に加え、
(b) 発生した電子を運ぶ導電体、
(c) 酸素(空気)が流れる空気流路、水素が流れる水素流路、
(d) 生成した水やガスを排出する排出路(空気流路、水素流路が兼備)
としての機能が求められる」
ものである。
そして上記(c)、(d) は、外部から供給される水素(燃料ガス)と酸素(空気)とを反応させ、水やガスを生成することで発電を行なう燃料電池の動作原理から要求される基本的機能である。

(ウ)これに対し、甲第1号証に記載された技術における「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」は、外部から供給される電気を蓄える蓄電池として用いられる電池であって、その集電体は、上記(c)、(d)のような機能を備えないものである。
よって、甲2発明に係る「固体高分子形燃料電池」と甲第1号証に記載された技術における「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」とは、電池としての動作原理や用途は異なるものであり、技術分野が共通するとまではいえないから、甲2発明に係る「固体高分子形燃料電池におけるセパレータ」用の「フェライト系ステンレス鋼板」を、甲第1号証に記載された技術に係る「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」用の「集電体」として用いることは、当業者であっても容易に想到し得たことではない。

(エ)また、甲第3号証には「リチウムイオン二次電池において、集電体と活物質層との接触面積が減少した場合に生じる不具合」について記載され、甲第4号証ないし甲第7号証には、電池(燃料電池ではなく、蓄電池)において、集電体と活物質層との接触面積が減少した場合に生じる不具合(甲第4号証)や、ステンレス(SUS)等の金属により構成された集電体の表面を粗くし、いわゆるアンカー効果によって、集電体と活物質層との接着性や密着性を向上させる技術(甲第5号証ないし甲第7号証)が開示されているだけであって、「燃料電池」と「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」(蓄電池)との技術的関連性については、記載も示唆もされていない。

(オ)また、甲第8号証ないし甲第10号証には、燃料ガスに含まれる硫黄化合物に対する耐硫化性といった、燃料電池に特有な要求課題やそれに対する解決手段が記載されているに過ぎず、その要求課題や解決手段を「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」(蓄電池)に適用することは記載も示唆もされていない。

(カ)また、甲第11号証に記載された技術は、「石油系燃料を水素に改質する際に用いられる」「燃料電池用改質器」についての技術であって、「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」(蓄電池)との技術的な関連性は見い出せない。

ウ 請求項2を引用する本件発明3についてのまとめ
よって、上記相違点2、3について検討するまでもなく、請求項2を引用する本件発明3は、当業者であっても、甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証、甲第3号証ないし甲第11号証に記載された技術に基づいて容易になし得たものとはいえない。

エ 異議申立人の主張について
(ア)異議申立人は、上記相違点1について、「燃料電池のセパレータは『燃料電池の電極と密着させることによって発生した電流を伝導し外部配線に接続する集電体としての』(甲第3号証の段落【0004】)機能を有しているから、『電流を取り出す』という点において、硫化物系固体電池の集電体及び燃料電池のセパレータは作用、機能が共通している。また、甲第2号証に記載された燃料電池におけるセパレータ用のフェライト系ステンレス鋼板と、甲第1号証に記載されたステンレス鋼板とは、電池の集電体という点において、技術分野が共通している。したがって、甲第2号証に記載された「燃料電池用セパレータ用のフェライト径ステンレス鋼板を、甲第1号証に記載された硫化物系固体電池の集電体のステンレス鋼板に適用する動機付けがある」旨主張している(異議申立書第17頁最下行〜第18頁8行)。

(イ)当審の判断
燃料電池スタックにおけるセパレータと硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池の集電体とが同一の技術分野に属するとまではいえないことは、前記イで述べたとおりである。
また、前記イでも述べたとおり、燃料電池は、水素等の燃料ガスを酸素(空気)で酸化して電気を発生(つまり、発電)するものであるのに対し、硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池は、外部から供給される電気を蓄える「蓄電池」として用いられるのであって、両者は動作原理も用途も異なっているから、「電池」の技術的意味は両者で異なっている。
なお、燃料電池は「Fuel Cell」の訳語であり、蓄電池は「Battery」の訳語であって、両者における「電池」は訳語における一致に過ぎないことはいうまでもないことである。
よって、甲第2号証に記載された「固体高分子形燃料電池におけるセパレータ用のステンレス鋼板」を甲第1号証に記載された「硫化物固体電解質を用いる全固体二次電池」の「集電体」に用いる「ステンレス」に適用する動機付けがあるとはいえない。
したがって、異議申立人の主張は採用できない。

(2)本件発明1、2、及び、請求項1を直接引用する本件発明3について
本件発明1、2、及び、請求項1を直接引用する本件発明3と、甲第2号証に記載された発明とは、少なくとも上記【相違点1】の点で相違するから、請求項2を引用する本件発明3について述べたのと同じ理由によって、本件発明1、2、及び、請求項1を直接引用する本件発明3は、当業者であっても、甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証、甲第3号証ないし甲第11号証に記載された技術に基づいて容易になし得たものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明4は「請求項1〜3のいずれか1項に記載の硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法」に関する発明であるから、少なくとも上記【相違点1】の点で相違する。
よって、本件発明4は、本件発明1ないし3について述べたのと同じ理由によって、当業者であっても、甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証、甲第3号証ないし甲第11号証に記載された技術に基づいて容易になし得たものとはいえない。

第5 取消理由2(サポート要件違反)について
1 異議申立人の主張
異議申立人は、請求項2を引用する本件特許発明3に含まれる組成成分の組合せに比べ、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された実施例の数が極めて少なく、また、請求項1を引用する本件特許発明3に含まれる組成成分の組合せに対応する実施例は本件特許明細書に全く開示されていないのであるから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明におけるかる記載だけでは、本件特許発明2及び3の記載は、明細書のサポート要件を満足しない、また、本件特許発明4についても同様である旨主張している。

2 当審の判断
本件特許明細書の段落【0044】ないし【0059】には、請求項2、請求項3に列挙された各元素を組成成分として含有させることによって得られる効果が、含有させ得る数値範囲とともに、具体的に記載されている。
よって、当業者であれば、本件特許明細書における上記段落【0044】ないし【0059】の記載より、本件発明1における成分組成に「さらに」本件特許発明2、3における組成成分を含有させる際、本件特許発明2、3における組成成分の組合せによりどのような効果が得られるか、容易に理解できるといえる。
したがって、発明の詳細な説明に開示された実施例の数が極めて少なく、あるいは実施例が記載されていないからといって、本件特許発明2及び3がサポート要件を満足しないことにはならない。
本件特許発明4についても同様である。
よって、異議申立人の主張は採用できない。
なお、異議申立人が異議申立書で援用する平成23年(行ケ)第10415号(平成24年11月29日判決言渡)には、異議申立書第23頁第12行〜第24頁第4行で引用されているような説示箇所は見当たらない。

3 取消理由2(サポート要件違反)についてのまとめ
よって、本件特許発明2ないし4は、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の規定を満たさない特許出願についてされたものではない。

第6 取消理由2(実施可能要件違反)について
異議申立人は、明細書のサポート要件と同様の理由から、明細書の発明の詳細な説明に、本件特許発明2ないし4を当業者が実施できる程度にその発明の内容が記載されているとはいえない旨主張するが、上記「第5」「2」で述べたのと同様の理由により、異議申立人の主張は採用できない。
よって、本件特許発明2ないし4は、特特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)の規定を満たさない特許出願についてされたものではない。

第7 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2023-01-25 
出願番号 P2019-127367
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 536- Y (H01M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 信一
特許庁審判官 須原 宏光
清水 稔
登録日 2022-04-12 
登録番号 7057766
権利者 トヨタ自動車株式会社 JFEスチール株式会社
発明の名称 硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法  
代理人 伊東 秀明  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 伊東 秀明  

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